説明

生体情報取得方法

【課題】生体から低侵襲に採取可能な試料中のニコチンアミド代謝物量に基づいて、メタボリックシンドローム等の疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労等の状態などに関する情報、ライフスタイルに関する情報などの有用な生体情報を取得するための方法の提供。
【解決手段】生体から低侵襲に採取可能な、口腔粘膜上皮細胞、唾液又は表皮体液からなる群より選択される一以上の試料中のニコチンアミド代謝物の量を測定し、測定されたニコチンアミド代謝物量に基づいて前記生体に関する情報を取得する生体情報取得方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体情報取得方法に関する。詳しくは、生体から採取された試料中のニコチンアミド代謝物の量に基づいて、生体に関する情報を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニコチンアミドアデニンジヌクレオド(Nicotinamide dinucleotide: NAD)は、細胞内エネルギー代謝における酸化還元反応の補酵素としてよく知られている。NAD+(Nicotinamide dinucleotide, oxidized form)は、栄養として摂取されたニコチンアミド(NA)から生合成される。詳細には、NAがニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)によってニコチンアミドモノヌクレオチド(Nicotinamide mononucleotide: NMN)に変換され、次いでNMNがニコチンアミドモノヌクレオチド・アデニルトランスフェラーゼ(Nmnat)により変換されてNAD+が生成される(図14参照)。
【0003】
生成したNAD+は、酸化還元サイクルによりNADH(Nicotinamide dinucleotide, reduced form)へ変換されるのみならず、サーチュイン(SIRT1)などの酵素によってNAとO−アセチルADPリボースに分解されて、再度NAに変換される(図14参照)。
【0004】
最近までNADの代謝は細胞内でのみ起こる現象と思われていたが、近年になってNADの細胞外での代謝、輸送が注目されてきている。血中のNAD+、NADH、NMNは、数十μMの高濃度に維持されており、NAの血中濃度数μMに比べて10倍量以上存在している。そして、血中のNAD+、NADH、NMN濃度は、NAを摂取しても変化しない(非特許文献1参照)。これらのことから、NAD+、NADH、NMNは、NAとは独立して血中濃度を維持されており、細胞−組織間及び組織−臓器間においてその需要と供給が制御されていると考えられる。実際、神経細胞や膵臓のβ細胞は、NAをNMNに変換するNamptをほとんど発現しておらず、NAD+を自身で合成することができないため、NAD+の供給を細胞外に依存していることが知られている(非特許文献2・3参照)。
【0005】
ニコチンアミド代謝物(NA、NMN、NAD+、NADH)については、NAD+あるいはNADHの量やこれらの比(NAD+量/NADH量)が、細胞の状態や個体の健康状態を計る指標となり得ることが知られている。例えば、NADは細胞内エネルギー代謝に機能するため、NAD+量が少ない細胞では、脂肪を代謝することができず、脂肪が蓄積しやすい状態となる。従って、NAD+量に基づけば、個体の太りやすさやメタボリックシンドロームの発症リスクなどに関する情報を取得できると考えられる。また、癌細胞は、多量のエネルギーを必要とするためにNADH量が多くなっており、NADH量が極端に多い細胞は、癌化した状態と判定できる。既にNADHの自家蛍光に基づいて癌病変部を観察できる内視鏡が実用段階にあり、NADH量に基づいて、個体の癌の発症リスクや発症有無などに関する情報を取得することが行われ始めている。
【0006】
また、ニコチンアミド代謝物は、エネルギー代謝に関与していることから、細胞レベルでの疲労に関与していることは疑いようがないが、神経細胞がNAD+を神経伝達物質のように蓄積し、刺激に応じて放出するメカニズムが報告され(非特許文献4参照)、NAD+が個体レベルでの疲労にも関わっている可能性が考えられている。さらに、各臓器がストレスに対応して代謝状態を変化させることがよく知られており、NAD代謝もストレスによって変化すると考えられることから、ニコチンアミド代謝物量に基づけば個体のストレスに関する情報を取得することも可能となる。
【0007】
さらに、神経細胞や膵臓β細胞がNAD+の供給を細胞外に依存していることは上述の通りであるが、このうち神経細胞は、最もエネルギーを必要とする細胞であり、神経活動のために多量のNAD+を必要としている。NAの欠乏症(ペラグラ)では痴呆症状が最も顕著な症状として認められ、NAの欠乏が神経細胞のエネルギー代謝に異常を引き起こしていると考えられる。このことは、NAD+量に基づいて、痴呆の発症リスクや発症有無などに関する情報を取得できる可能性を示唆している。
【0008】
また、膵臓β細胞は、取り込んだ糖を代謝することで血糖値をセンシングしてインスリンを分泌している。この糖のセンシングにはNAD+が必須となるため、NAはI型糖尿病の治療薬としても使用されている。このことから、ニコチンアミド代謝物量に基づけば、糖尿病の発症リスクや発症有無などに関する情報も取得可能と考えられる。
【0009】
さらに、齧歯類において、老化に伴って血中NMN濃度が低下することが報告され、老化による血中NMN量低下と痴呆や糖尿病との関係が示唆されている(非特許文献5参照)。
【0010】
以上のように、ニコチンアミド代謝物(NA、NMN、NAD+、NADH)の量に基づけば、メタボリックシンドロームや癌、痴呆、糖尿病などの疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労やストレスの状態などに関する情報などの有用な生体情報を得ることが可能と考えられる。
【0011】
これまで、生体のストレスや情動、月経周期等の生体情報を取得するための方法として、問診や官能アンケート等による心理学的評価や、脳波や筋電等による生理学的検査、作業成績等による行動計測などに基づく生体情報取得方法が知られている。例えば、特許文献1には、心拍数に基づいて月経周期を判定するための技術が開示されている。また、特許文献2には、体温変動や心拍数をモニターする生活活性度モニターシステムが開示されている。
【0012】
さらに、より簡便な手法として、血液や尿、唾液中に含まれる生理活性物質を指標として生体に関する情報を取得する技術も開発されてきている。例えば、特許文献3には、唾液における副腎皮質ステロイド及び/又はその代謝産物の濃度を指標とするストレスの定量方法が開示されている。また、特許文献4には、血液等に含まれるβ−エンドルフィンやドーパミン、免疫グロブリンA、プラスタグランジンD2などを指標として、ストレスを快と不快の両面で把握する方法が開示されている。これらの血液や尿、唾液中に含まれる生理活性物質を指標とした生体情報取得方法は、心理学的評価や生理学的検査、行動計測等による方法に比べ、簡便であり、大型の装置を必要としないという利点がある。
【0013】
ところで、人々はかつて一つの社会の中で同じようなライフスタイルで生活していた。つまり、人々は、同じような時刻に起床・就寝し、同じような時刻に同じような内容の食事を摂り、同じ時間帯に労働していた。これに対して、現代社会においては、人々は多様なライフスタイルを自由に選択して生活を営んでいる。起床・就寝時刻や食事内容、摂食時刻等の生活習慣の態様は、個々人の間で大きく異なっている。また、利便性の向上とワークスタイルの多様化に伴って、運動時間や運動強度が極端に低下している人も多い。
【0014】
このようなライフスタイルの多様化は、過去数十年という非常に短い期間に急速に進展したものである。そのため、ライフスタイルの変化に生理的な適応が追い付かず、身体的・精神的な不調を訴える人々が増加している。このような状況にあっては、各人が自身のライフスタイルを考慮して適切な健康管理を行う必要が生じてきている。さらに、ライフスタイルの多様化に伴って、特定のライフスタイルに特化した商品・サービスの開発や販売戦略の立案が求められるようになっている。
【0015】
個々人のライフスタイルに応じた適切な健康管理や商品開発等を行うためには、多様化したライフスタイルを統一的に表現・評価するための手段が必要となる。しかしながら、起床・就寝時刻や食事内容、摂食時刻、運動時間・強度等の生活習慣の態様を個別に表現・評価し得る指標は存在するものの、これらをライフスタイルとして総合的に表現、評価し得る指標は存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2006−94969号公報
【特許文献2】特許第2582957号公報
【特許文献3】特開平11−38004号公報
【特許文献4】特開2000−131318号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】” Consideration of diurnal variations in human blood NAD and NADP concentrations.” J Nutr Sci Vitaminol(Tokyo), 2009, Jun;55(3):279-81.
【非特許文献2】” Nampt/PBEF/Visfatinregulates insulin secretion in beta cells as a systemic NAD biosynthetic enzyme.” Cell Metab, 2007, Nov;6(5):363-75.
【非特許文献3】” Stimulation of nicotinamideadenine dinucleotide biosynthetic pathways delays axonal degeneration after axotomy.” J Neurosci, 2006, Aug 16;26(33):8484-91.
【非特許文献4】” Storage and secretion of beta-NAD, ATP and dopamine in NGF-differentiated rat pheochromocytomaPC12 cells.” EurJ Neurosci, 2009, Sep;30(5):756-68. Epub 2009 Aug 27.
【非特許文献5】” Age-associated loss of Sirt1-mediated enhancement of glucose-stimulated insulin secretion in beta cell-specific Sirt1-overexpressing (BESTO) mice.” Aging Cell, 2008, Jan;7(1):78-88. Epub 2007 Nov 14.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上述のように、個々人のライフスタイルに応じた適切な健康管理や商品開発等を行うため、多様化したライフスタイルを統一的に表現・評価するための手段が求められている。ニコチンアミド代謝物量は、生体のメタボリックシンドロームや癌、痴呆、糖尿病などの疾患や、疲労やストレスなどに関する生理状態を反映する指標となり得るものである。従って、唾液や尿などの生体から低侵襲に採取可能な試料を用いて、これらの生理状態を反映したニコチンアミド代謝物量を測定することができれば、上記疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労やストレスの状態などに関する情報、さらにはライフスタイルに関する情報などの有用な情報を得ることが可能と考えられる。
【0019】
また、このとき、試料として血液を用いると、採血に伴う侵襲よって生体に精神的・肉体的負荷が生じ、これらがストレスとなって生体の生理状態が変化し、正確な生体情報を取得できないおそれがある。そのため、ニコチンアミド代謝物量の測定に用いる試料は、上記のごとく唾液や尿などの生体から低侵襲に採取可能な試料とすることが望ましい。
【0020】
そこで、本発明は、生体から低侵襲に採取可能な試料中のニコチンアミド代謝物量に基づいて、メタボリックシンドローム等の疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労等の状態などに関する情報、ライフスタイルに関する情報などの有用な生体情報を取得するための方法を提供する
ことを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題解決のため、本発明は、生体から低侵襲に採取可能な、口腔粘膜上皮細胞、唾液又は表皮体液からなる群より選択される一以上の試料中のニコチンアミド代謝物の量を測定し、測定されたニコチンアミド代謝物量に基づいて前記生体に関する情報を取得する生体情報取得方法を提供する。
この生体情報取得方法において、前記ニコチンアミド代謝物は、ニコチンアミド、ニコチンアミドモノヌクレオチド、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドからなる群より選択される一以上が用いられる。
この生体情報取得方法では、メタボリックシンドローム、癌、疲労、ストレス、痴呆、糖尿病、生体リズム、ライフスタイルからなる群より選択される一以上に関する生体情報を取得することができる。
また、本発明は、口腔粘膜上皮細胞、唾液又は表皮体液からなる群より選択される一以上の生体試料を用いて、該試料中の、生体の生理状態を反映したニコチンアミド代謝物の量を測定するニコチンアミド代謝物測定方法をも提供する。
【0022】
ここで、本発明において、「生体に関する情報(生体情報)」には、生物個体の生理状態に関する情報が広く含まれるものとする。生体情報は、特には、ニコチンアミド代謝物の量との関連が示唆されているメタボリックシンドロームや癌、痴呆、糖尿病などの疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報であり、また疲労やストレス、生体リズム、ライフスタイルの状態などに関する情報である。
【0023】
また、本発明において、「生体リズム」とは、生体現象にみられる自立的に振動する周期的なリズムを意味する。生体リズムは、様々な生体現象にみられるリズムを広く支配し、生体の生理状態を制御している。例えば、特によく知られた「概日リズム(サーカディアンリズム)」は、約一日を周期とし、睡眠覚醒リズムや体温、血圧、ホルモン分泌量の日内変動リズムを支配し、これらの生理状態を制御している。生体リズムは、「時計遺伝子(クロックジーン)」と呼ばれる遺伝子群によって制御されている。時計遺伝子は、その発現や活性、局在等を自律的に周期変動(振動)させることにより「体内時計」として機能し、生体リズム及びこれに制御される様々な生理状態をコントロールしている。
【0024】
さらに、本発明において、「ライフスタイル」とは、睡眠に関しての起床・就寝時刻、食事に関しての食事内容や摂食時刻、運動に関しての運動時間や運動強度のように、各生活習慣の態様によって規定される日常生活のあり方を意味するものとする。なお、「生活習慣」とは、睡眠や食事、運動、入浴、飲酒、喫煙、通勤・通学、テレビやモニタの視聴等の日常生活においてなされる種々の活動を広く包含するものとする。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、生体から低侵襲に採取可能な試料中のニコチンアミド代謝物量に基づいて、メタボリックシンドローム等の疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労等の状態などに関する情報、ライフスタイルに関する情報などの有用な生体情報を取得するための方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】指の皮膚表面から生理活性物質を取得するための方法を説明する図である。
【図2】口腔粘膜上皮細胞中のNAD+量及びNADH量を測定した結果を示すグラフである(試験例1)。
【図3】唾液中のコルチゾール量を測定した結果を示すグラフである(試験例1)。
【図4】口腔粘膜上皮細胞中のCLOCK/BMAL1発現量を測定した結果を示すグラフである(試験例1)。
【図5】唾液及び表皮体液中のNAD+量及びNADH量を測定した結果を示すグラフである(試験例2)。
【図6】表皮体液中のNMN及びNAD+、NAを検出した結果を示すクロマトグラムである(試験例2)。
【図7】運動負荷後の表皮体液中のニコチンアミド代謝物量を測定した結果を示すグラフである(試験例3)。
【図8】起床後の表皮体液中のニコチンアミド代謝物量を測定した結果を示すグラフである(試験例3)。
【図9】食事後の表皮体液中のニコチンアミド代謝物量を測定した結果を示すグラフである(試験例3)。
【図10】アルコール摂取後の表皮体液中のニコチンアミド代謝物量を測定した結果を示すグラフである(試験例3)。
【図11】加齢と表皮体液中のニコチンアミド代謝物量との相関を示すグラフである(試験例3)。
【図12】コルチゾールを培養液に添加した培養皮膚の角質表皮表面におけるニコチンアミド代謝物量を測定した結果を示すグラフである(試験例4)。
【図13】グルコースを培養液に添加した培養皮膚の角質表皮表面におけるニコチンアミド代謝物量を測定した結果を示すグラフである(試験例4)。
【図14】ニコチンアミド代謝物の代謝経路を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
ニコチンアミド代謝物量を指標として、メタボリックシンドローム等の疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労等の状態などに関する情報、ライフスタイルに関する情報などの生体情報を取得することを目的として、本発明者らは種々の検討を行った。その結果、以下の新規知見を見出した。
(1)口腔粘膜上皮細胞中のニコチンアミド代謝物量の量が、生体の生理状態を反映した変化を示すこと。
(2)唾液や表皮体液中からもニコチンアミド代謝物の検出が可能であること。
(3)表皮体液中のニコチンアミド代謝物量の量が、生体のライフスタイルを反映した変化を示すこと。
【0028】
上記知見(1)に関して、(1a)本発明者らは、口腔粘膜上皮細胞中のNAD+量及びNADH量が、唾液中のコルチゾール量と同様、起床直後に一過性の上昇を伴う日内変動を示すことを明らかにしている。また、(1b)この口腔粘膜上皮細胞中のNAD+量及びNADH量の日内変動が、口腔粘膜上皮細胞中の時計遺伝子CLOCK/BMAL1複合体の発現量の日内変動と逆位相の関係にあることも明らかにしている。
【0029】
コルチゾールやコルチコステロン、コルチゾン等のコルチゾール類の唾液中への分泌量は、生体のストレス状態と相関があることがよく知られている(上記特許文献3参照)。また、CLOCK及びBMAL1は、睡眠覚醒や体温、血圧、ホルモン分泌などの様々な生体現象にみられる生体リズムを広く支配し、生体の生理状態を制御している代表的な時計遺伝子である。
【0030】
口腔粘膜上皮細胞中のNAD+量及びNADH量の変化が、コルチゾール類やCLOCK/BMAL1と共通する変動を示したことは、これらがコルチゾール類やCLOCK/BMAL1と同様に、生体の生理状態を反映して変化し、その指標となり得ることを示すものである。
【0031】
また、上記知見(3)に関しては、表皮体液中のNAD+量及びNADH量などが、生体の睡眠や食事、運動といった生活習慣の態様や年齢を反映して変化することを明らかにした。
【0032】
本発明者らは、これらの知見に基づき、生体から低侵襲に採取可能な、口腔粘膜上皮細胞中や表皮体液中のニコチンアミド代謝物の量を測定し、測定されたニコチンアミド代謝物量に基づいて生体に関する情報を取得する生体情報取得方法を完成させた。さらに、知見(2)において、唾液からもニコチンアミド代謝物の検出が可能であること明らかにし、生体から低侵襲に採取可能な試料として唾液も用いて、生体情報を取得する方法を案出した。
【0033】
なお、上記知見(1)・(3)に関連しては、従来、種々の細胞中のニコチンアミド代謝物量の測定が行われているが、生体から低侵襲かつ簡易に採取可能な口腔粘膜上皮細胞中あるいは表皮体液中のニコチンアミド代謝物の量が生体の生理状態を反映した変化を示すとの報告はこれまでなされていない。
【0034】
また、上記知見(2)に関しても、唾液や表皮体液といった、血液(血漿)以外の非細胞性試料中から、ニコチンアミド代謝物を検出できたとの報告はこれまでなされていない。表皮体液からニコチンアミド代謝物が取得される機序については、例えば、汗や皮脂中にニコチンアミド代謝物が分泌されている可能性が考える。もしくは、血中のニコチンアミド代謝物が体表表面の細胞を透過して体表表面に存在している可能性も考えられる。
【0035】
以下、本発明に係る生体情報取得方法を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。説明は以下の順序で行う。

1.試料の採取
(1)口腔粘膜上皮細胞の採取
(2)唾液の採取
(3)表皮体液の採取
2.試料中のニコチンアミド代謝物の量の測定
(1)in vitro測定
(2)in vivo測定
3.生体情報の取得

【0036】
1.試料の採取
本発明に係る生体情報取得方法では、まず、生体から低侵襲に採取可能な試料中のニコチンアミド代謝物の量を測定する。そして、測定されたニコチンアミド代謝物量に基づいて、後述する生体情報を取得する。ここで、生体から低侵襲に採取可能な試料としては、具体的に口腔粘膜上皮細胞、唾液、体表体液が用いられる。以下、それぞれの採取方法を説明する。
【0037】
(1)口腔粘膜上皮細胞の採取
口腔粘膜上皮細胞は、生体から最も低侵襲に採取することのできる細胞性試料の一つである。口腔粘膜上皮細胞の採取は、例えば、ブラシやスパーテル等を用いて口腔粘膜表面から細胞を掻き取ることによって行うことができる。採取部位は、頬の裏側の粘膜が好適となる。
【0038】
ブラシ等で採取した口腔粘膜上皮細胞は、サンプルチューブ内に満たしたリン酸バッファー(PBS)などの緩衝液中でブラシ等を洗浄するようにして緩衝液中に回収できる。この際、界面活性剤を加えた緩衝液等を用いることで細胞を溶解させるか、あるいは、緩衝液に懸濁された細胞を超音波処理などによって物理的に破砕・溶解して、口腔粘膜上皮細胞由来のニコチンアミド代謝物が含まれるサンプル溶液を調製する。
【0039】
(2)唾液の採取
唾液は、無細胞性の試料であって、生体から低侵襲に採取可能である。唾液の採取は、例えば、ろ紙や毛細管を口腔内に差し入れ、ろ紙に吸収させるか毛細管内に導入することによって行うことができる。採取した唾液は、そのままあるいは緩衝液中に回収されて、ニコチンアミド代謝物を含むサンプル溶液として調製される。
【0040】
(3)表皮体液の採取
汗や皮脂等の表皮体液も、無細胞性の試料であって、生体から低侵襲に採取可能である。表皮体液の採取は、ろ紙や毛細管を体表表面に接触させて、ろ紙に吸収させるか毛細管内に導入することによって行うことができる。採取した表皮体液は、そのままあるいは緩衝液中に回収されて、ニコチンアミド代謝物が含まれるサンプル溶液として調製される。
【0041】
また、体表表面に溶媒を接触させることにより、表皮体液を溶媒中に回収し、サンプル溶液とすることもできる。使用する溶媒は、水や各種有機溶媒であってよく、例えば、エタノール水を用いることができる。溶媒を接触させる体表表面は特に限定されないが、指や掌などの皮膚表面が簡便である。
【0042】
表皮体液を取得する手順の好適な具体例として、図1を参照しながら、指の皮膚表面から表皮体液を取得するための方法について説明する。
【0043】
図1(A)は、マイクロチューブを用いて人差し指の皮膚表面から表皮体液を取得する手順を示す図である。
【0044】
エタノール水等の溶媒が入ったマイクロチューブの上部開口を人差し指の指先に当て、マイクロチューブの下端を親指で保持する。人差し指と親指でマイクロチューブを挟持した状態で、マイクロチューブを逆さにして、人差し指の皮膚表面に溶媒を接触させる。これにより、マイクロチューブ内の溶媒中に、人差し指の皮膚表面に存在する表皮体液を回収することができる。
【0045】
図1(B)は、シリンジを用いて人差し指の皮膚表面から表皮体液を取得する手順を示す図である。
【0046】
シリンジの先端にエタノール水等の溶媒を充填し、シリンジを人差し指の指先に当てた状態で、シリンジを親指と中指で保持した。右手でシリンジのピストンを引っ張ってシリンジ内を陰圧とし、皮膚表面にシリンジを吸い付け、人差し指の皮膚表面に溶媒を接触させる。この方法によれば、図1(A)に示したマイクロチューブによる採取に比べ、皮膚表面に接触させた溶媒を、シリンジ内の陰圧に基づいて高収率に回収することが可能である。
【0047】
図1では、表皮体液を体表表面に直接接触させた溶媒中に回収する手順を説明したが、溶媒中への表皮体液の回収は以下のようにして行うことも可能である。すなわち、例えば、まず体表表面にプラスチック板等を押圧し、体表表面に存在する表皮体液をプラスチック板等の表面に付着させる。そして、プラスチック板等の表面に溶媒を滴下し、付着した表皮体液を溶媒中に溶解させ回収させる。
【0048】
2.試料中のニコチンアミド代謝物の量の測定
調製されたサンプル溶液中のニコチンアミド代謝物の量は、以下の方法により測定することができる。
【0049】
(1)in vitro測定
サンプル溶液中のニコチンアミド代謝物は、液体クロマトグラフィー(HPLC)やキャピラリ電気泳動等により分離し、分子の吸光や蛍光、酸化還元電位の検出によって測定することができる。この方法では、HPLCの移動相溶媒やキャピラリ電気泳動ゲルを直接皮膚表面に接触させることにより表皮体液を採取して測定を行ってもよい。
【0050】
また、ニコチンアミド代謝物量は、NAD+及びNADHを補酵素とする酸化還元酵素と基質とを含んだ反応液とサンプル溶液を混合し、NAD+及びNADHの酸化還元電位の検出を行うことによって測定することもできる。酸化還元酵素と基質は、例えば、ジアホラーゼと2−アミノー1,4−ナフトキノン(ANQ)を用いればよい。NAD+及びNADHの酸化還元電位によりニコチンアミド代謝物量を測定する場合には、サンプル溶液中のNAはNamptを用いてNMNに変換し、NMNはNmnatによりNAD+に変換した後に測定を行う。この方法では、ブラシ等で採取した口腔粘膜上皮細胞や採取した唾液を直接上記反応液中に回収して測定を行ってもよい。また、反応液を直接皮膚表面に接触させることにより表皮体液を採取して測定を行ってもよい。
【0051】
さらに、ニコチンアミド代謝物量の測定には、酵素サイクリング反応を利用した比色分析を用いてもよい。比色分析による測定は、市販のキットを用いて行うことができる(後述、「実験例1」参照)。
【0052】
(2)in vivo測定
本発明では、生体から採取した口腔粘膜上皮細胞や唾液、表皮体液を用いてニコチンアミド代謝物量の測定を行うものであるが、口腔粘膜上皮細胞については、採取・分離された細胞中のニコチンアミド代謝物量を測定する方法に限らず、生体から分離することなく、in situで口腔粘膜上皮細胞中のニコチンアミド代謝物量を測定する方法を採用してもよい。
【0053】
in situで口腔粘膜上皮細胞中のニコチンアミド代謝物量を測定する方法としては、例えば、NADHの自家蛍光に基づいて測定を行う方法が挙げられる。NADHは、励起波長約350nm、発光波長約450nmの自家蛍光を示す。そのため、フェムト秒レーザー光を口腔粘膜に照射し、多光子励起を利用して上皮細胞内のNADHを励起し、発生する自家蛍光を検出すれば、この蛍光強度に基づいてNADHを定量することが可能である。また、多光子励起を利用することで、粘膜への障害を引き起こすことなく、細胞中のニコチンアミド代謝物量を測定することができる。なお、この方法は、皮膚細胞内のニコチンアミド代謝物量をin situで測定する場合にも適用可能である。
【0054】
また、表皮体液中のニコチンアミド代謝物量をin situで測定する方法として、ニコチンアミド代謝物と特異的に反応(相互作用)する酵素を固定した電極やFETセンサなどを皮膚表面に接触させて測定する方法を採用できる。
【0055】
3.生体情報の取得
測定されたニコチンアミド代謝物量は生体の生理状態を反映する指標となり得るものである。本発明に係る生体情報取得方法では、このニコチンアミド代謝物量に基づいて、ニコチンアミド代謝物量との関連が示唆されているメタボリックシンドロームや癌、痴呆、糖尿病などの疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労やストレスの状態などに関する情報、ライフスタイルに関する情報などの有用な生体情報を取得することができる。
【0056】
生体情報取得方法では、生体から低侵襲に採取可能口腔粘膜上皮細胞、唾液、体表体液を試料に用いることにより、簡便に生体情報を取得できる。また、体表体液を試料に用いた場合には、被検者に採取作業を強く意識させることなく、特に正確に生理状態を反映した情報を得ることができる。従って、本発明に係る生体情報取得方法は、生体の健康状態を知り、上記疾患や疲労、ストレスの診断や予防、予後観察を行うために活用できる。また、起床・就寝時刻や食事内容、摂食時刻、運動時間・強度等の生活習慣の態様を反映した指標として、多様化したライフスタイルを統一的に表現・評価するための手段として利用できる。
【実施例】
【0057】
<試験例1>
1.口腔粘膜上皮細胞中のNAD+・NADH量の測定
1名の被検者(成人男子)の口腔粘膜から、ブラシ(CytoSoft cytology brush, Medical Packaging Corp.)を用いて上皮細胞を採取した。採取は、4時間間隔で合計9回行った。被検者は、7:00の起床時刻後に採取を行い、続いて11:00、15:00、19:00にそれぞれ採取を行った後、23:00の採取後に就寝し、一時的に起床して3:00の採取を行った。採取は各時刻において3回行った。
【0058】
各時刻で採取した細胞は、緩衝液(20 mM Tris-HCl, pH 7.5, 150 mM NaCl, 1 mM EDTA, and 1% sucrose monolaurate)に溶解することで破砕した。得られた細胞溶解液2μlを用いて、市販の比色分析キット(Amplite Colorimetric NAD/NADH Assay Kit, ABD Bioquest Inc.)により、NAD+・NADH量の測定を行った。測定結果を、「図2」に示す。
【0059】
2.唾液中のコルチゾール量の測定
唾液の採取は、Sorbette (Salimetrics)を用いて行った。Sorbetteの綿に唾液を含ませた後、プラスチック製の柄の部分を半分に切除して 2.0 ml チューブにセットし、遠心することにより唾液を採取した。得られた唾液を用いて、市販の酵素免疫測定(Enzyme Immunoassay:EIA)キット(Salivary Cortisol EIA Kit, Salimetrics)により、コルチゾール量の測定を行った。測定結果を、「図3」に示す。
【0060】
3.口腔粘膜上皮細胞中のCLOCK/BMAL1発現量の測定
採取した口腔粘膜上皮細胞を破砕して得た細胞溶解液の一部を用いて、CLOCK/BMAL1複合体の発現量を、特開2008-67694号公報記載の方法に従って測定した。
【0061】
まず、「検出用核酸鎖」として、CLOCK/BMAL1複合体のDNA結合配列(配列番号1)の5′末端側に蛍光色素(FITC)、3′末端側にクエンチャー物質(BHQ)を結合したオリゴDNAを合成した(表1参照)。配列番号1に示す塩基配列は、転写因子としてのCLOCK/BMAL1複合体の認識配列であり、CLOCK/BMAL1複合体は、この配列を認識してDNAに結合し、転写活性を示す。また、この検出用核酸鎖と結合して二本鎖を形成する「相補核酸鎖」として、配列番号2に示す塩基配列を有するオリゴDNAを合成した(表1参照)。
【0062】
【表1】

【0063】
検出用核酸鎖の5′末端側から6番目の塩基は、グアニンが欠落された「AP部位(Apurinic/Apyrimidinic site)」とされている。AP部位は、核酸鎖において塩基が欠落(脱落)している部位である。AP部位は、二本鎖を認識してAP部位にニック(nick、切れ目)を入れる「AP-エンドヌクレアーゼ」によって特異的に切断される。
【0064】
次に、磁気ビーズ(micromer-M[PEG-COOH], mcromodPartikeltechnologie社)にPolyLink-Protein Coupling Kit for COOH Microparticles(Polyscience社)を用いて、抗BMAL1抗体(Santa Cruz Biotechnology社)を固定し、抗体磁気ビーズを調製した。
【0065】
細胞溶解液を遠心分離(16,000g、10min)し、不溶成分を沈殿させた。上清を分離し、吸光度測定(280nm)を行って、各サンプルのタンパク質濃度を揃えた。
【0066】
サンプルを、等量のprotease inhibitor cocktailを含んだPBS(pH7.5), 0.05% Tween20 (PBS-T)で希釈し、抗体磁気ビーズを加えて、4℃で2時間インキュベートして抗体磁気ビーズにCLOCK/BMAL1複合体を結合させた。その後、抗体磁気ビーズを回収し、PBS-Tで洗浄して非特異的に結合した分子の洗浄を行った。
【0067】
次に、二本鎖を形成した検出用核酸鎖と 相補核酸鎖(各0.25μM)を含む溶液(10mM Tris-Cl(pH7.5), 50mM KCl, 2.5% glycerol, 10mM EDTA, 0.05% NP-40, 0.05mg/mL salmon sperm DNA)に抗体磁気ビーズを懸濁し、37℃、1時間のインキュベーションを行ってビーズ上に捕捉されたCLOCK/BMAL1複合体に検出用核酸鎖を結合させた。その後、抗体磁気ビーズを回収し、PBS-Tで洗浄して非特異的に結合した分子の洗浄を行った。
【0068】
抗体磁気ビーズを水に懸濁し、80℃でインキュベーションして、CLOCK/BMAL1複合体に結合した検出用核酸鎖と 相補核酸鎖の二本鎖を解離させた。
【0069】
解離させた検出用核酸鎖と 相補核酸鎖の二本鎖を、20mM Tris-Acetat, 10mM Mg-Acetat, 50mM KCl, 1mM DTT(pH7.9)に懸濁し、一本鎖の検出用核酸鎖(0.2μM)と、APエンドヌクレアーゼを加えて37℃でインキュベーションした。
【0070】
このインキュベーションにより、検出用核酸鎖のAP部位がAPエンドヌクレアーゼによって切断され、蛍光色素とクエンチャー物質が分断されて、遊離した蛍光色素が蛍光を呈するようになる。同時に、切断された検出用核酸鎖と結合していた相補核酸鎖が一本鎖となって、別の一本鎖の検出用核酸鎖に結合して新たに二本鎖を形成する。そして、新たに形成された二本鎖がAPエンドヌクレアーゼによって切断されて蛍光色素が遊離し、この過程が繰り返されることによって蛍光強度が経時的に増加していく。この経時的な蛍光強度の増加量は、細胞溶解液に存在したCLOCK/BMAL1複合体量に正相関する。
【0071】
インキュベーション時の経時的な蛍光強度の増加量を測定した結果を、「図4」に示す。
【0072】
4.考察
図2に示す口腔粘膜上皮細胞中のNAD+・NADH量は、起床直後の7:00に一過性の上昇を示している。これは、図3に示す唾液中のコルチゾール量の変化と一致する特徴的な変動である。唾液や血液中のコルチゾールは、ストレス付加により一過性に上昇し、起床直後にもストレス付加と同等かそれ以上に上昇することが知られている。
【0073】
また、口腔粘膜上皮細胞中のNAD+・NADH量の変化は、起床直後の一過性上昇を除くと、11:00前後に極大、23:00前後に極小を示す概日リズムに従った変動を示している。これは、図4に示す口腔粘膜上皮細胞中のCLOCK/BMAL1複合体量の変化が示す概日リズムと逆位相の変動である。
【0074】
<試験例2>
1.唾液・表皮体液中のNAD+・NADH量の測定
採取した唾液の一部を用いて、唾液中のNAD+・NADH量を測定した。また、表皮体液の採取を行い、表皮体液中のNAD+・NADH量を測定した。表皮体液の採取は以下の手順により行った。
【0075】
純水を含ませたペーパータオルで人差し指の指先を軽く拭いた。純水50μLが入ったマイクロチューブの上部開口を人差し指の指先に当て、マイクロチューブの下端を親指で保持した(図1(A)参照)。人差し指と親指でマイクロチューブを挟持した状態で、マイクロチューブを逆さにして、人差し指の皮膚表面に純水を1分間接触させた。
【0076】
採取した唾液・表皮体液中のNAD+・NADH量を、上記比色分析キットにより測定した結果を、「図5」に示す。唾液及び表皮体液中においてNAD+及び/又はNADHを検出することができた。
【0077】
2.表皮体液中のNMN・NAD+・NA量の検出
さらに、表皮体液については、液体クロマトグラフィーを用いてNMN・NAD+・NAの検出を行った。
【0078】
液体クロマトブラフィー(UPLC/MS, waters)、逆相C18カラム(Acquity UPLC BEH, waters)、移動相5mM Ammonium Acetate, 0.25% Acetic Acid, 1% methanolを用いて分離を行い、質量分析によりNMN・NAD+・NAを検出した。結果を、「図6」に示す。
【0079】
図6(A)では、NMNの分子量335に相当するカラム保持時間のMSスペクトルにおいて、標準品NMNと同一ピークが確認できた(図中、円で囲ったスペクトル領域参照)。また、図6(B)・(C)においても、それぞれNAD+・NAの分子量664、123に相当するカラム保持時間のMSスペクトルにおいて、標準品NAD+・NAと同一ピークが確認できた(図中、円で囲ったスペクトル領域参照)。
【0080】
<試験例3>
1.表皮体液中のニコチンアミド代謝物量と運動との相関
1名の被検者にエルゴメーターを用いて2分間の運動負荷を行った後、6分間隔で表皮体液の採取を行い、表皮体液中のNAD+・NADH量を測定した。表皮体液の採取及びNAD+・NADH量の測定は、試験例2で説明した方法により行った。
【0081】
結果を、図7に示す。運動負荷直後にNAD+/NADH比が一過性に上昇している。このことから、表皮体液中のニコチンアミド代謝物量が、生体の運動時間や運動強度を反映して変化し得ることが確認された。
【0082】
2.表皮体液中のニコチンアミド代謝物量と睡眠との相関
1名の被検者について、7:00に起床後、7:45, 8:30, 9:30, 10:30に表皮体液の採取を行い、表皮体液中のNAD+・NADH量を測定した。表皮体液の採取及びNAD+・NADH量の測定は、試験例2で説明した方法により行った。
【0083】
結果を、図8に示す。起床直後に、NAD+量及びNADH量((A)参照)、NAD+/NADH比((B)参照)がいずれも一過性に上昇している。このような起床直後の一過性の上昇は、血中のコルチゾール濃度についてもみられ、CAR(Cortisol Awakening Response)と呼ばれている。CARは、睡眠の質(効果)を評価する指標となり得ることが報告されている(J.Psychosom. Res., 2000, Vol.49, No.5, p.335-42, Psychoneuroendocrinology, 2009, Vol.34, No.10, p.1476-85, Biol. Psychol., 2009, Vol.82, No.2, p.149-55, J. Endocrinol. Invest., 2008, Vol.31, No.1, p.16-24参照)。これらのことから、表皮体液中のニコチンアミド代謝物量が、生体の起床時刻を反映して変化し、睡眠の質を評価するための指標となり得ることが確認された。
【0084】
3.表皮体液中のニコチンアミド代謝物量と食事との相関
11人の被検者について、12:00から13:00の間に共通の食事を摂取させ、12:00, 13:00, 14:00, 15:00, 16:00に表皮体液の採取を行った。試験例2で説明した方法に従って、NAD+・NADH量の測定を行った結果を、図9に示す。
【0085】
食後2時間の15:00をピークとして、NAD+量とNADH量の和(NAD(H)総量)が上昇している((A)参照)。ほとんどの被検者(n=10/11)において、食後1時間(n=8)もしくは2時間(n=2)で、NAD+/NADH比の低下が観察された((B)参照)。また、食事の際にアルコールを摂取すると、摂取しない場合に比較して、NAD+/NADH比の一過性の上昇が増強された(図10参照)。このことから、表皮体液中のニコチンアミド代謝物量が、生体の摂食時間や食事内容を反映して変化し得ることが確認された。
【0086】
4.表皮体液中のニコチンアミド代謝物量と加齢との相関
11人の被検者について、12:00から13:00の間に共通の食事を摂取させ、表皮体液の採取を行った上記試験において、各被検者のNAD+・NADH量の日内平均を算出した。
【0087】
結果を、図11に示す。表皮体液中のNAD+量((A)参照)及びNAD+/NADH比((B)参照)は、加齢に伴って低下することが明らかとなった。
【0088】
<試験例4>
1.培養皮膚表面からのニコチンアミド代謝物の取得
培養皮膚を用い、皮膚がコルチゾールやグルコースに応答して、角質表皮表面にニコチンアミド代謝物を分泌することを明らかにした。
【0089】
3次元培養皮膚(クラボウ、EPI-200X)を、真皮側に培養液が接触する状態で培養した。培養液に糖質コルチコイド(コルチゾール)を終濃度50 nMあるいは500 nMで添加1時間後、表皮側にPBSを150 μL接触させてサンプルを採取した。市販の比色分析キット(Amplite Colorimetric NAD/NADH Assay Kit, Amplite Colorimetric NADP/NADPH Assay Kit, ABD Bioquest Inc.)を用いて、サンプル中のNAD+,NADH, NADP+, NADPH量の測定を行った。
【0090】
結果を、図12に示す。培養液に糖質コルチコイドを添加すると、濃度依存的にサンプル中のNAD+/NADH比((A)参照)が増加した。一方、NADP+/NADPH比((B)参照)は変化しなかった。
【0091】
次に、培養液にグルコースを低濃度(終濃度1500 mg/L)あるいは高濃度(4500 mg/L)で添加後、表皮側にPBSを150 μL接触させて採取したサンプル中のNAD+, NADH, NADP+, NADPH量の測定を行った。
【0092】
結果を、図13に示す。培養液にグルコースを添加すると、高濃度(図中、「High」)の場合では、低濃度(「Low」)の場合に比して、インスリンの非添加時及び添加時のいずれにおいても、NAD(H)総量(NAD+量とNADH量の和)が増加した((A)参照)。また、同様に、NADP(H)総量(NADP+量とNADPH量の和)も増加した((B)参照)。
【0093】
これまでに、ストレスやアルコール摂取によって、血中のコルチゾール濃度が増加することが知られている。また、起床直後の血中コルチゾール濃度の一過性の上昇は、CARとして睡眠の質(効果)を評価する指標となり得ることが報告されている。本試験例の結果から、ストレスやアルコール摂取による血中コルチゾール濃度の増加やCARを、皮膚表面で測定されるニコチンアミド代謝物量の上昇として検出できる可能性が示唆された。また、食後の血糖値の増加についても、同様に皮膚表面で測定されるニコチンアミド代謝物量の上昇として検出が可能と考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明に係る生体情報取得方法は、メタボリックシンドロームや癌、痴呆、糖尿病などの疾患の発症リスクや発症有無などに関する情報や、疲労やストレスの状態などに関する生体情報を取得して、これらの疾患等の診断や予防、予後観察などのために利用できる。また、起床・就寝時刻や食事内容、摂食時刻、運動時間・強度等の生活習慣の態様を反映した指標として、多様化したライフスタイルを統一的に表現・評価するための手段として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から低侵襲に採取可能な試料中のニコチンアミド代謝物の量を測定し、測定されたニコチンアミド代謝物量に基づいて前記生体に関する情報を取得する生体情報取得方法。
【請求項2】
前記試料として、口腔粘膜上皮細胞、唾液又は表皮体液からなる群より選択される一以上を用いる請求項1記載の生体情報取得方法。
【請求項3】
前記ニコチンアミド代謝物として、ニコチンアミド、ニコチンアミドモノヌクレオチド、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドからなる群より選択される一以上を用いる請求項2記載の生体情報取得方法。
【請求項4】
前記生体情報として、メタボリックシンドローム、癌、疲労、ストレス、痴呆、糖尿病、生体リズム、ライフスタイルからなる群より選択される一以上に関する情報を取得する請求項3記載の生体情報取得方法。
【請求項5】
口腔粘膜上皮細胞、唾液又は表皮体液からなる群より選択される一以上の生体試料を用いて、該試料中の、生体の生理状態を反映したニコチンアミド代謝物の量を測定するニコチンアミド代謝物測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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