説明

生体成分固定化ポリマー組成物および三次元架橋体

【課題】本発明では、水を主体とする媒体中で、化学的反応、熱、光、放射線照射などの物理的手法を利用することなく、かつ常温、常圧という生体成分に対して温和な条件のもと、ポリマーネットワークを生成することで生体成分をハイドロゲルネットワーク内に包括固定化する。これにより、固定化された生体成分は高い活性を維持でき、バイオ産業に有効に利用できる。
【解決手段】ホスホリルコリン基とボロン酸基を同時に有するポリマーが、多価水酸基を持つ化合物と効果的に可逆的な共有結合を生成して、三次元の水に不溶な架橋体を形成する。さらに、これを利用することにより、タンパク質、核酸、あるいは細胞、組織を常温、常圧、かつ水系溶媒中、しかも極めて短時間の処理で固定化できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
生体成分を常温、常圧で化学的処理をすることなく固定化できるポリマー組成物およびこれを利用した三次元架橋体に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、生体成分を固定化することは、バイオテクノロジー、バイオエンジニアリングを基礎としたバイオ産業に重要な技術である。しかしながらこれまでの手法では不溶性担体に吸着、包括、結合する方法が用いられてきたが、固定化する際には化学反応や物理的手法が不可欠であった。これらは生体成分の活性低下、構造変化を著しく引き起こすことが大きな問題として残されていた。また、利用する担体物質も、生体成分に対して親和性に乏しいために、構造変化と活性低下を招く一因であった。
【0003】
この様な背景の中から、水溶液中で重合反応を生じ、三次元に架橋した網目構造を生成するモノマーと架橋剤の組み合わせで、生体成分を固定化することが行なわれてきているが、反応の活性種が生体成分と直接反応する、あるいは反応熱による生体成分の構造変化などの問題が残されていた。
【0004】
また、水溶性高分子であるポリエチレングリコールなどを利用して化学的な架橋反応で高含水量の三次元架橋体を調製して、生成する網目構造に標的となる生体成分を固定化する方法がとられてきたが、架橋構造体を生成する反応により生体成分の活性が低下したり、細胞の機能が変化したりするという点が問題とされてきた。
【非特許文献1】川口春馬 監修:ナノ粒子・マイクロ粒子の最先端技術、シーエムシー出版、東京(2004)
【0005】
一方で、化学試薬を利用しない生体成分の固定化として、感光性ポリマーを用い、光照射による架橋反応の進行に伴う方法が提案されているが、一般に生体成分は光に対して過敏であるものもあり、この方法により高い活性維持が期待できない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明では、水を主体とする媒体中で、化学的反応、熱、光、放射線照射などの物理的手法を利用することなく、かつ常温、常圧という生体成分に対して温和な条件のもと、ポリマーネットワークを生成することで生体成分をハイドロゲルネットワーク内に包括固定化する。これにより、固定化された生体成分は高い活性を維持でき、バイオ産業に有効に利用できる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、ホスホリルコリン基とボロン酸基を同時に有するポリマーが、多価水酸基を持つ化合物と効果的に可逆的な共有結合を生成して、三次元の水に不溶な架橋体を形成することを見いだした。さらに、これを利用することにより、タンパク質、核酸、あるいは細胞、組織を常温、常圧、かつ水系溶媒中、しかも極めて短時間の処理で固定化できることを発見した。また、多価水酸基化合物を器材に固定化させることで、その表面においても三次元架橋体が生成することを見いだした。本発明はこのようにして完成された。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)多価水酸基を有する化合物とホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーからなる組成物
(2)該組成物より形成される三次元架橋体
(3)該三次元架橋体より形成される生体成分固定化膜、粒子および器材
【発明の効果】
【0009】
本発明では、分子中に細胞膜表面と同じ構造を有するホスホリルコリン基を持つポリマーを持たせることにより生体親和性を与えるとともに、親水性を付与することができるポリマー組成物を提供できる。また、本発明によれば、水系、常温、常圧で一切の化学的、物理的手法を適用することなく三次元架橋体を調製でき、生体成分の固定化する簡便かつ効果的な方法を提供できる。さらにこのポリマー組成物および三次元架橋体を利用して、高活性を維持して生体成分を固定化した粒子、膜および器材を提供することで、従来技術の問題点を解決する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。
【0011】
1.ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの製造方法
本発明は、ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの製造方法であって、ホスホリルコリン基を含有するモノマーとボロン酸基を有するモノマーを溶液状態で混合し、ラジカル発生剤の存在化にてラジカル重合反応をすることにより製造することができる。なお適宜、第三のモノマーを添加して、生成するポリマーの性質を調製しても差し支えない。ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーは、下記一般式(1):
【化1】

〔式中、Rは、水素原子、メチル基又はエチル基を表し、Rは炭素数2から12のアルキル基およびオキシエチレン基を示し、Rは炭素数2から4のアルキル基を示し、は、置換基を有していてもよいフェニル基又は−C(O)−、−C(O)O−、−O−、−C(O)NH−若しくは−S−で示される基を表し、Aは、水素原子,ハロゲン原子および任意の有機置換基表し、[nは0.01〜0.99、mは0.01〜0.99、1は0〜0.98を表し,これらの和が1.00となる。]
で示される構造をとることを特徴としている。
【0012】
ホスホリルコリン基を有するモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素−炭素二重結合を重合性基として有し、かつホスホリルコリン基を同一分子中に有する化合物から選択することができる。
【0013】
例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、3−(メタ)アクリロイルオキシプロピル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、4−(メタ)アクリロイルオキシブチル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、5−(メタ)アクリロイルオキシペンチル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシプロピル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシブチル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシペンチル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル−2′−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル−3′−(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、3−(メタ)アクリロイルオキシプロピル−3′−(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、4−(メタ)アクリロイルオキシブチル−3′−(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、5−(メタ)アクリロイルオキシペンチル−3′−(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル−3′−(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、3−(メタ)アクリロイルオキシプロピル−4′−(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート、4−(メタ)アクリロイルオキシブチル−4′−(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート、5−(メタ)アクリロイルオキシペンチル−4′−(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート及び6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル−4′−(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート等を挙げることができ、特に、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以下、MPCと略す。)が好ましい。ここで、「(メタ)アクリル」とは、メタクリル及び/またはアクリルを意味する。
【0014】
フェニルボロン酸基を有するモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素−炭素二重結合を重合性基として有し、かつフェニルボロン酸基を同一分子中に有する化合物から選択することができる。
【0015】
例えば、p−ビニルフェニルボロン酸、m−ビニルフェニルボロン酸、p−(メタ)アクリロイルオキシフェニルボロン酸、m−(メタ)アクリロイルオキシフェニルボロン酸、p−(メタ)アクリルアミドフェニルボロン酸、m−(メタ)アクリルアミドフェニルボロン酸、p−ビニルオキシフェニルボロン酸、m−ビニルオキシフェニルボロン酸、ビニルウレタンフェニルボロン酸などが挙げられるが、原料の入手の点でp−ビニルフェニルボロン酸あるいはm−ビニルフェニルボロン酸が望ましい。
【0016】
添加可能な第三のモノマーとは、疎水性や荷電、器材への化学結合性を該ポリマーに付与する目的で使用される。
【0017】
例えば、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸ナトリウム、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリセロール(メタ)アクリレート、N−ビニルピロリドン、アクリロニトリル、(メタ)アクリルアミド、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ビニルベンゼンスルホン酸、ビニルベンゼンスルホン酸ナトリウム等の親水性単量体、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、スチレン、酢酸ビニル等の疎水性単量体、3−メタクリロイルオキシプロピル)トリメトキシシラン、(3−メタクリロイルオキシプロピル)トリエトキシシラン、(3−メタクリロイルオキシプロピル)メチルジメトキシシラン、トリメトキシビニルシラン等のアルキルオキシシラン基を有する単量体、シロキサン基を有する単量体、グリシジルメタクリレート等のグリシル基を有する単量体、アリルアミン、アミノエチル(メタ)アクリレート、2−メチルアリルアミン等のアミノ基を有する単量体、カルボキシル、水酸基、アルデヒド、チオール、ハロゲン、メトキシ、エポキシ、スクシンイミド、マレインイミド等の基を有する単量体を挙げることができる。特に、ブチル(メタ)アクリレートが好ましい。これらは、単独で利用するだけでなく、混合物として利用できる。
【0018】
重合反応の際に、モノマーが均一溶液になっていることが好ましく、固定状のモノマーを使用する際には、これらを均一に溶解する溶媒を添加することができる。さらに、生成するポリマーも溶解させることのできる溶媒を使用することが、構造の安定したポリマーを得るのに好ましい。また、溶媒は単一である必要はなく、二種類以上の混合溶媒でも良い。
【0019】
ラジカル発生剤としては、モノマー混合液に溶解し、反応温度30℃〜90℃の範囲で分解し、ラジカルを発生するものであれば制限なく使用することができるが、安全性、安定性の点で、アゾビスイソブチロニトリル、4,4‘−アゾビス(4−シアノペンタン酸)等の脂肪族アゾ化合物、過酸化ベンゾイルやこはく酸パーオキシド等の過酸化物が好ましい。
【0020】
さらに、光照射でラジカルを発生する開始剤、原子移動リビングラジカル重合反応、可逆的付加開裂連鎖移動重合法などを利用し、分子構造と分子量の制御を行なうことも妨げない。
【0021】
該ポリマー中のホスホリルコリン基を有するモノマー単位のモル分率組成は、モノマー混合溶液中の組成で制御することができ、その範囲は0.01〜0.99であり、好ましくは0.05〜0.80、さらに好ましくは0.30〜0.70の範囲である。この範囲以外であると、ポリマーの水媒体への溶解性、生体親和性の点で障害となる。
【0022】
該ポリマー中のフェニルボロン酸基を有するモノマー単位のモル分率組成は、モノマー混合溶液中の組成で制御することができ、その範囲は0.01〜0.99であり、好ましくは0.03〜0.50、さらに好ましくは0.05〜0.20の範囲である。この範囲以外であると、多価水酸基を有する化合物との反応性、生成する三次元架橋体の強度および、ポリマーの水媒体への溶解性の点で障害となる。
【0023】
添加可能な第三のモノマーの組成は、全体からホスホリルコリン基を有するモノマーおよびフェニルボロン酸を有するモノマーの差で表される。
【0024】
該ポリマーの分子量はゲル浸透クロマトグラフィーで測定した際に、ポリエチレンオキシドを標準物質として換算でき、その範囲は、1,000〜10,000,000であり、好ましくは10,000〜1,000,000、さらに三次元架橋体の生成能力と、水媒体への溶解性の観点から30,000〜500,000であることが望ましい。
2.多価水酸基を有する化合物の製造方法
【0025】
多価水酸基を有する化合物としては、水系媒体に溶解し、均一な溶液となることが好ましく、天然のグルコース、グルコサミン等の単糖類、マルトース、ラクトース等の二糖類、アミロース、アミロペクチン、キチン等の多糖類、合成ジオール、トリオールなど低分子多価アルコールおよびポリビニルアルコール、ポリ(2−ヒドロキシエチル(メタ)アククリレート)、ポリ(2,3−ジヒドロキシエチル(メタ)アククリレート)、ポリ((メタ)アクリル酸配糖体)等およびこれらポリマーを構成するモノマー単位を一成分として含有する水溶性ポリマーアルコール等を選択することができる。
【0026】
これらの中で、多糖類およびポリマーアルコールを選択することが、構造の安定した三次元架橋体を短時間で製造するために好適である。この際の分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した際に、ポリエチレンオキシドを標準物質として換算でき、その範囲は、1,000〜10,000,000であり、好ましくは5,000〜1,000,000、さらに三次元架橋体の生成能力と、水系媒体への溶解性の観点から10,000〜600,000であることが望ましい。
3.三次元架橋体の製造方法
【0027】
多価水酸基化合物を含む水系溶液と、ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーを含む水系溶液を混合することで、三次元架橋体が製造できる。水系溶液を調製す媒体としては、純水、緩衝液、細胞培養溶液および、30%以下の有機溶媒を含有する水溶液が使用できる。有機溶媒の含有率が30%以上になると、生体成分を固定化する際に障害となる。
【0028】
調製する水溶液中の多価水酸基化合物およびホスホリルコリン基とボロン酸基を同時に含有するポリマーの濃度は、溶解できる範囲であれば使用可能であるが、粘性や得られる三次元架橋体の網目構造の安定性の観点から、いずれも0.5〜20重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは0.7〜7重量%の範囲である。
【0029】
三次元架橋体を得るための温度は、用途により制限を受けない場合は4〜90℃であり、特に生体成分の固定化の際、構造変化や活性の低下を防止する観点から、10〜40℃が好ましく、さらに操作上好ましくは20〜37℃の室温近辺である。
【0030】
三次元架橋体を形成するポリマー群の一成分を、粒子状担体、膜状担体あるいは平板器材に被覆、化学結合など物理的、化学的方法を利用して固定させることで、三次元架橋体をこれらの担体あるいは基材表面に安定に形成させることが可能である。また、三次元架橋体自体から、粒子、膜あるいは器材を生成させて利用してもよい。
4.生体成分の固定化方法
【0031】
本発明の生体成分の固定化方法は、タンパク質、核酸、あるいは細胞、組織などを対象とすることができ、該ポリマー組成物より生成する三次元架橋体内に包括固定するものである。この際に、三次元架橋体を形成させる際のポリマー溶液に生体成分を予め混合させておくことが好ましいが、この方法に限定されることなく、三次元架橋体を形成させた後に、生体成分を拡散させることで固定化することもできる。また、適宜、インジェクターを使用して、三次元架橋体内に生体成分を注入してもよい。
【0032】
生体成分を固定化した三次元架橋体は、生体環境に近い状態、あるいは低温で保存することが好ましい。
【0033】
生体成分を固定化した該三次元架橋体から、溶出拡散性を利用して、内部に固定化させた生体成分を徐放させることができる。また、低分子量の多価水酸基化合物を添加することで、三次元架橋体が解離し、これに伴い架橋体内部に固定化された生体成分が放出できる。
【0034】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
実施例1(ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの合成)フラスコに2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPCと略記する)53gを秤量し、エタノール300gを仕込み、かき混ぜながら容器内をアルゴンで置換した。次いでp−ビニルフェニルボロン酸(p−VPBと略記する)4.4g、n−ブチルメタクリレート(BMAと略記する)13gおよび2,2‘−アゾビスイソブチロニトリル0.49gを添加し全体が均一になるようにかき混ぜた。密栓をした後、60℃に加温し、48時間かき混ぜた。得られた溶液を取り出し、ジエチルエーテル/クロロホルム(8/2)混合溶液6000ml中に滴下して固形のポリマーを得た。収量は50g、収率は71%であった。これを減圧乾燥し、ポリマーを得た。前記のポリマーのIR分析条件に従ってこのポリマーを分析した。結果は、フェニル基に由来する赤外吸収が3600cm−1に、エステル結合に由来する赤外吸収が1730cm−1に、ホスホリルコリン基に由来する赤外吸収が1200〜1100cm−1に確認できた。NMRの測定結果よりポリマー中の各モノマーユニットの組成はMPC/p−VPB/BMA=58/11/31(モル%)であった。分子量はゲル浸透クロマトグラフィーにより求め、ポリエチレンオキシドの標準物質を利用して計算した。その結果、数平均分子量で39,000であった。
【0036】
実施例2(ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの合成)試験管にMPC5.3gを秤量し、エタノール25gを仕込み、かき混ぜながら容器内を窒素で置換した。次いでm−ビニルフェニルボロン酸(m−VPBと略記する)0.44g、BMA1.3gおよび2,2‘−アゾビスイソブチロニトリル0.049gを添加し、さらにTHF5gを入れて全体が均一になるように窒素雰囲気下にてかき混ぜた。その後試験管を封管した。これを60℃に加温し、24時間かき混ぜた。得られた溶液を取り出し、ジエチルエーテル/クロロホルム(9/1)混合溶液500ml中に滴下して固形のポリマーを得た。収量は4.2g、収率は60%であった。これを減圧乾燥し、ポリマーを得た。前記のポリマーのIR分析条件に従ってこのポリマーを分析した。結果は、フェニル基に由来する赤外吸収が3600cm−1に、エステル結合に由来する赤外吸収が1730cm−1に、ホスホリルコリン基に由来する赤外吸収が1200〜1100cm−1に確認できた。NMRの測定結果よりポリマー中の各モノマーユニットの組成はMPC/m−VPB/BMA=60/27/13(モル%)であった。分子量はゲル浸透クロマトグラフィーにより求め、ポリエチレンオキシドの標準物質を利用して計算した。その結果、数平均分子量で52,000であった。
【0037】
実施例3(ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの合成)試験管に2−アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(APCと略記する)1.69gを秤量し、エタノール20gを仕込み、かき混ぜながら容器内を窒素で置換した。次いでp−VPB148mg、BMA426mgおよび過酸化ベンゾイル23.4mgを添加し、さらにN,N−ジメチルホルムアミド1.90gを入れて全体が均一になるように窒素雰囲気下にてかき混ぜた。その後、試験管を溶封し、オイルバスにて70℃に加温し、12時間かき混ぜた。得られた溶液を取り出し、ジエチルエーテル/クロロホルム(8/2)混合溶液200ml中に滴下して固形のポリマーを得た。収量は1.81g、収率は80%であった。これを減圧乾燥し、ポリマーを得た。前記のポリマーのIR分析条件に従ってこのポリマーを分析した。結果は、フェニル基に由来する赤外吸収が3600cm−1に、エステル結合に由来する赤外吸収が1730cm−1に、ホスホリルコリン基に由来する赤外吸収が1200〜1100cm−1に確認できた。NMRの測定結果よりポリマー中の各モノマーユニットの組成はAPC/p−VPB/BMA=70/21/9(モル%)であった。分子量はゲル浸透クロマトグラフィーにより求め、ポリエチレンオキシドの標準物質を利用して計算した。その結果、数平均分子量で64,000であった。
【0038】
実施例4(ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの合成)試験管にAPC1.69gを秤量し、エタノール30gを仕込み、かき混ぜながら容器内を窒素で置換した。次いでm−VPB148mg、BMA426mgおよび過酸化ベンゾイル23.4mgを添加し、さらにN,N−ジメチルホルムアミド1.90gを入れて全体が均一になるように窒素雰囲気下にてかき混ぜた。その後、試験管を溶封し、オイルバスにて65℃に加温し、8時間かき混ぜた。得られた溶液を取り出し、ジエチルエーテル/クロロホルム(8/2)混合溶液100ml中に滴下して固形のポリマーを得た。収量は1.36g、収率は60%であった。これを減圧乾燥し、ポリマーを得た。前記のポリマーのIR分析条件に従ってこのポリマーを分析した。結果は、フェニル基に由来する赤外吸収が3600cm−1に、エステル結合に由来する赤外吸収が1730cm−1に、ホスホリルコリン基に由来する赤外吸収が1200〜1100cm−1に確認できた。NMRの測定結果よりポリマー中の各モノマーユニットの組成はAPC/m−VPB/BMA=60/27/13(モル%)であった。分子量はゲル浸透クロマトグラフィーにより求め、ポリエチレンオキシドの標準物質を利用して計算した。その結果、数平均分子量で47,000であった。
【0039】
実施例5(ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの合成)p−VPBの替わりにm−アクリルアミドフェニルボロン酸(以下APBと略す)5.7gを使用した以外は実施例1と同じ操作にて、ポリマーを得た。収量は41.5g、収率は58%であった。これを減圧乾燥し、ポリマーを得た。前記のポリマーのIR分析条件に従ってこのポリマーを分析した。結果は、フェニル基に由来する赤外吸収が3600cm−1に、エステル結合に由来する赤外吸収が1730cm−1に、ホスホリルコリン基に由来する赤外吸収が1200〜1100cm−1に確認できた。NMRの測定結果よりポリマー中の各モノマーユニットの組成はMPC/APB/BMA=61/20/19(モル%)であった。分子量はゲル浸透クロマトグラフィーにより求め、ポリエチレンオキシドの標準物質を利用して計算した。その結果、数平均分子量で81,000であった。
【0040】
実施例6(三次元架橋体の調製)
実施例1〜5で得られたポリマーを水に溶解し、所定濃度のポリマー水溶液を調製した。一方、ポリビニルアルコール(PVAと略記する。)を温水で溶解し、水溶液を調製した後、所定の濃度に水で希釈した。これらを室温で混合することにより、三次元架橋体を調製した。混合による三次元架橋体形成の写真を図1に、各濃度における三次元架橋体形成結果を表1に示す。液体から三次元架橋体となり、媒体を含んだまま固体(ゲル)状態となることがわかる。また、三次元架橋体はポリマー濃度、混合組成を変化させた場合でも生成できる。ここでは、判定基準に以下の官能指標を定めた。
○ :液体全体が流動性を失い、ポリマーの三次元架橋体が完全に生成する。
△ :一部分の液体が残存し、三次元架橋体が部分的に生成する。
× :液体状態を維持し、三次元架橋体の生成が認められない。
【0041】
【表1】

【0042】
実施例7(三次元架橋体の構造観察)
実施例6で得られた三次元架橋体を凍結乾燥して観察試料を作成し、その断面を走査電子顕微鏡にて観察した。結果を図2に示す。多孔質の三次元架橋体となっていることがわかる。また孔径は約1μmであった。
【0043】
実施例8(細胞の固定化)
実施例1で得られたポリマー5%水溶液を24穴のマルチウェルプレートに入れ、これにマウス線維芽細胞L929を含む細胞培養液を添加し、混合した。次いで、等量となるようにポリビニルアルコール5%水溶液と混合して三次元架橋体を得た。これを、5%二酸化炭素を含む雰囲気下、37℃にて培養した。24時間後に取り出し、細胞の状態を位相差顕微鏡にて観察した。結果を図3に示す。細胞は球状を維持していることがわかる。これより三次元架橋体内部へのL929細胞の固定化が可能である。
【0044】
実施例9(細胞の固定化)
実施例1で得られたポリマー5%水溶液を24穴のマルチウエルプレートに入れ、これにマウス急性骨髄性白血病細胞HL60を含む細胞培養液を添加し、混合した。次いで、等量となるようにポリビニルアルコール5%水溶液と混合して三次元架橋体を得た。これを、5%二酸化炭素を含む雰囲気下、37℃にて培養した。24時間後に取り出し、細胞の状態を位相差顕微鏡にて観察した。細胞は球状を維持していた。これより三次元架橋体内部へのHL60細胞の固定化が可能であった。
【0045】
実施例10(細胞の固定化)
実施例1で得られたポリマー5%水溶液を24穴のマルチウエルプレートに入れ、これにマウス線維芽細胞NIH3T3を含む細胞培養液を添加し、混合した。次いで、等量となるようにポリビニルアルコール水溶液と混合して三次元架橋体を得た。これを、5%二酸化炭素を含む雰囲気下、37℃にて培養した。24時間後に取り出し、細胞の状態を位相差顕微鏡にて観察した。細胞は球状を維持していた。これより三次元架橋体内部へのNIH3T3細胞の固定化が可能であった。
【0046】
実施例11(細胞の固定化)
実施例1で得られたポリマー5%水溶液を24穴のマルチウエルプレートに入れ、これにヒト臍帯血管内皮細胞HUVECを含む細胞培養液を添加し、混合した。次いで、等量となるようにポリビニルアルコール2.5%水溶液と混合して三次元架橋体を得た。これを、5%二酸化炭素を含む雰囲気下、37℃にて培養した。24時間後に取り出し、細胞の状態を位相差顕微鏡にて観察した。細胞は球状を維持していた。これより三次元架橋体内部へのHUVEC細胞の固定化が可能であった。
【0047】
実施例12(細胞の固定化)
実施例1で得られたポリマー5%水溶液を12穴のマルチウエルプレートに入れ、これにマウス胚線維芽細胞STOを含む細胞培養液を添加し、混合した。次いで、等量となるようにポリビニルアルコール2.5%水溶液と混合して三次元架橋体を得た。これを、5%二酸化炭素を含む雰囲気下、37℃にて培養した。48時間後に取り出し、細胞の状態を位相差顕微鏡にて観察した。細胞は球状を維持していた。これより三次元架橋体内部へのSTO細胞の固定化が可能であった。
【0048】
実施例13(細胞の固定化)
実施例2で得られたポリマー5%水溶液を6穴のマルチウエルプレートに入れ、これにラット褐色細胞PC12を含む細胞培養液を添加し、混合した。次いで、等量となるようにポリビニルアルコール5%水溶液と混合して三次元架橋体を得た。これを、5%二酸化炭素を含む雰囲気下、37℃にて培養した。48時間後に取り出し、細胞の状態を位相差顕微鏡にて観察した。細胞は球状を維持していた。これより三次元架橋体内部へのPC12細胞の固定化が可能であった。
【0049】
実施例14(細胞の固定化)
実施例2で得られたポリマー5%水溶液を24穴のマルチウエルプレートに入れ、これにマウス由来マクロファージ様細胞株RAW264を含む細胞培養液を添加し、混合した。次いで、等量となるようにポリビニルアルコール5%水溶液と混合して三次元架橋体を得た。これを、5%二酸化炭素を含む雰囲気下、37℃にて培養した。48時間後に取り出し、細胞の状態を位相差顕微鏡にて観察した。細胞は球状を維持していた。これより三次元架橋体内部へのRAW264細胞の固定化が可能であった。
【0050】
実施例15(タンパク質の固定化)
ポリビニルアルコールの5%水溶液をポリエステル樹脂のフィルムに展開し、乾燥させることで表面に厚さ300μmの膜を作成する。これに実施例1で得られたポリマーの5%水溶液を滴下して、ゆっくり攪拌して三次元架橋体を形成させた。この膜に抗ヤギIgGヒツジ抗体を含む緩衝液をスポットにより展開した。蛍光化合物(FITC)にて標識したヤギIgGを含む緩衝液を滴下することにより、蛍光性のスポットが観察できた。このことは、三次元架橋体内部で抗原抗体反応が進行していることを示している。これよりタンパク質が三次元架橋体内に固定化できることが示された。
【0051】
実施例16(タンパク質の固定化)
ポリビニルアルコールの5%水溶液をポリエステル樹脂のフィルムに展開し、乾燥させることで表面に厚さ300μmの膜を作成する。これに実施例1で得られたポリマーの2.5%水溶液を滴下して、ゆっくり攪拌して三次元架橋体を形成させた。この膜にマウス白血病阻害因子(LIF)を含む緩衝液をスポットにより展開した。これに蛍光化合物(FITC)にて標識した抗マウスLIF抗体を含む緩衝液を滴下することにより、蛍光性のスポットが観察できた。これよりLIFが三次元架橋体内に固定化できることが示された。
【0052】
実施例17(タンパク質の固定化)
ポリビニルアルコールの2.5%水溶液をポリエステル樹脂のフィルムに展開し、乾燥させることで表面に厚さ150μmの膜を作成する。これに実施例1で得られたポリマーの5%水溶液を滴下して、ゆっくり攪拌して三次元架橋体を形成させた。この膜にマウス繊維芽細胞成長因子(FGF)を含む緩衝液をスポットにより展開した。続いて蛍光化合物(FITC)にて標識した抗マウスFGF抗体を含む緩衝液を滴下することにより、蛍光性のスポットが観察できた。これよりFGFが三次元架橋体内に固定化できることが示された。
【0053】
実施例18(タンパク質の固定化)
ポリビニルアルコールの5%水溶液をナイロンフィルムに展開し、乾燥させることで表面に厚さ300μmの膜を作成する。これに実施例1で得られたポリマーの5%水溶液を滴下して、ゆっくり攪拌して三次元架橋体を形成させた。この膜にマウス上皮細胞成長因子(EGF)を含む緩衝液をスポットにより展開した。これに蛍光化合物(FITC)にて標識した抗マウスEGF抗体を含む緩衝液を滴下することにより、蛍光性のスポットが観察できた。これよりEGFが三次元架橋体内に固定化できることが示された。
【0054】
実施例19(タンパク質の固定化)
ポリビニルアルコールの5%水溶液を細胞培養用のポリスチレンシャーレに展開し、乾燥させることで表面に厚さ300μmの膜を作成する。これに実施例1で得られたポリマーの5%水溶液を滴下して、ゆっくり攪拌して三次元架橋体を形成させた。この膜に骨形成因子(BMP)を含む緩衝液をスポットにより展開した。これに蛍光化合物(FITC)にて標識した抗マウスBMP抗体を含む緩衝液を滴下することにより、蛍光性のスポットが観察できた。これよりBMPが三次元架橋体内に固定化できることが示された。
【0055】
実施例20(タンパク質の固定化)
ポリビニルアルコールの5%水溶液をガラス基板に展開し、乾燥させることで表面に厚さ300μmの膜を作成する。これに実施例1で得られたポリマーの5%水溶液を滴下して、ゆっくり攪拌して三次元架橋体を形成させた。この膜にマウス神経細胞成長因子(NGF)を含む緩衝液をスポットにより展開した。これに続いて蛍光化合物(FITC)にて標識した抗マウスNGF抗体を含む緩衝液を滴下することにより、蛍光性のスポットが観察できた。これよりNGFが三次元架橋体内に固定化できることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】ポリビニルアルコール水溶液と実施例1で得られたポリマー水溶液からなる組成物を混合して三次元架橋体が形成される過程を示す図である。
【図2】三次元架橋体の走査電子顕微鏡写真を示す図である。
【図3】三次元架橋体内部に固定化された細胞の写真を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多価水酸基を有する化合物とホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーからなる組成物
【請求項2】
多価水酸基を有する化合物とホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの組成物より形成される三次元架橋体
【請求項3】
多価水酸基を有する化合物がポリマーである請求項1の組成物。
【請求項4】
多価水酸基を有する化合物がポリマーである請求項2の三次元架橋体。
【請求項5】
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーが、下記一般式(1):
【化1】

〔式中、Rは、水素原子、メチル基又はエチル基を表し、Rは炭素数2から12のアルキル基およびオキシエチレン基を示し、Rは炭素数2から4のアルキル基を示し、は、置換基を有していてもよいフェニル基又は−C(O)−、−C(O)O−、−O−、−C(O)NH−若しくは−S−で示される基を表し、Aは、水素原子,ハロゲン原子および任意の有機置換基表し、[nは0.01〜0.99、mは0.01〜0.99、1は0〜0.98を表し,これらの和が1.00となる。〕
で示されるものである請求項1および2に記載の組成物もしくは三次元架橋体。
【請求項6】
多価水酸基を有する化合物が天然糖類、合成糖類および有機アルコールから選ばれる請求項1および2に記載の組成物もしくは三次元架橋体。
【請求項7】
多価水酸基を有する化合物が多糖類および合成ポリマーアルコールから選ばれる請求項1および2に記載の組成物もしくは三次元架橋体。
【請求項8】
請求項3および4記載の組成物および三次元架橋体を含む膜。
【請求項9】
請求項3および4記載の組成物および三次元架橋体からなる粒子。
【請求項10】
請求項3および4記載の組成物および三次元架橋体からなる表面を持つ器材。
【請求項11】
生体成分として細胞、タンパク質、核酸を包括固定化した請求項8の三次元架橋膜
【請求項12】
生体成分として細胞、タンパク質、核酸を包括固定化した請求項9の三次元架橋体からなる粒子
【請求項13】
生体成分として細胞、タンパク質、核酸を包括固定化した請求項10の三次元架橋からなる表面を持つ器材

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−314736(P2007−314736A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−168036(P2006−168036)
【出願日】平成18年5月23日(2006.5.23)
【出願人】(592057341)
【Fターム(参考)】