説明

生体標本成形装置

【課題】初心者でも簡単に観察したい部位を切り出すことができる生体標本成形装置を提供すること。
【解決手段】組織を薄切りして固定液に浸漬し、樹脂材料で平板状に包埋して製作された生体試料12を、選択対象エリアの特定のため、光学顕微鏡21により観察可能に構成された観察機構13と、生体試料12から選択対象エリアをナイフ36で押し切りして生体標本を成形可能に構成された切出機構15とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人や動物の臓器等から採取された組織から電子顕微鏡等で観察するための生体標本を成形する生体標本成形装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノサイズ物資(ナノマテリアル)が、その利便性から工業製品のみならず一般家庭用品まで多用されその生産量は急増している。このナノマテリアルの生体への影響を形態学的に検索する手段として電子顕微鏡レベルでの研究が必須となる。
この場合、電子顕微鏡で観察するための生体標本は、人や動物等の臓器等から組織を採取し、この組織を固定、脱水、置換、包埋の手順により作製されている(例えば、特許文献1参照)。ここで、固定は、組織を生きている状態のまま維持させる目的で行うものであり、ホルマリンやグルタール等の固定液の浸透を良くすることが望ましい。このため、従来、組織を薄く、かつ、小さく(例えば、1mm3以下の大きさに)切り出し、これらを上記固定液に浸漬させて前固定するとともに、当該組織を洗浄後、オスミュウム酸等の固定液による後固定を行う。脱水の工程では、アルコールやアセトン等の脱水剤を用い組織内の水分を脱水剤で置換する。置換の工程では、包埋に先立って、エポキシ樹脂等の包埋樹脂との親和性の高いプロピレンオキサイド等の置換剤を用いて、組織内の脱水剤を置換剤で置換する。
【0003】
包埋は、組織の長期保存と薄切りを容易にする目的で行われるものであり、置換された組織を包埋樹脂の入ったゼラチンカプセルやビームカプセルに入れて包埋する。包埋後、組織まわりの樹脂を取り除き、光学顕微鏡で観察するためにミクロトームを用いて1〜2μm程度に薄切りされる。この薄切りされた組織は、スライドガラス上に載せられトリジンブルー染色液で染色され、光学顕微鏡で観察される。
光学顕微鏡で観察後、目的の視野があれば、その視野を中心に1〜2mm平方にトリミングし、これを超ミクロトームを用いて厚さ50nm〜100nmの生体標本に薄切りする。この薄切りされた切片(生体標本)は、100〜200メッシュの金網で3mm径になったグリッドに載せ、電子染色を行い電子顕微鏡で観察を行っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−286694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、電子顕微鏡で観察では、観察する部位の方向性や周辺組織とのつながりが重要になることが多い。しかしながら、従来の手法では、組織が約1mm3角に切り刻まれているため、観察した組織の周辺の部位の状況がどうであったか知ることができない。
また、従来の手法では、カプセル内に包埋された樹脂を手作業で削る等して組織を露出させ、この組織を薄切りする必要があるが、組織が包埋される位置はカプセルごとに異なるため、これら包埋された組織から目的の生体標本を取り出すのは熟練を要し、初心者には困難であった。
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、初心者でも簡単に観察したい部位を切り出すことができる生体標本成形装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明は、臓器を薄切りして固定液に浸漬し、樹脂材料で平板状に包埋して製作された生体試料を、選択対象エリアの特定のため、光学顕微鏡により観察可能に構成された観察機構と、前記生体試料から前記選択対象エリアをナイフで押し切りして生体標本を成形可能に構成された切出機構とを備えたことを特徴とする。
この構成によれば、光学顕微鏡で選択された選択対象エリアをそのままナイフで押し切りすることができ、初心者でも簡単に観察したい部位を切り出すことができる。
【0007】
この構成において、前記生体試料が載置されるステージを備え、このステージが前記観察機構と前記切出機構との間を移動可能としても良い。また、前記ステージを前記観察機構から前記切出機構へと移動させた場合、前記光学顕微鏡の観察野の中心に相当する当該ステージ上の位置が前記ナイフの略真下に位置する構成としても良い。また、前記ステージは前記生体試料とともに回動する回動機構を備えても良い。前記ステージに載置された前記生体試料を、該生体試料中の組織を変性することなく、前記樹脂材料が軟質化する所定温度に加熱する加熱手段を備えても良い。前記生体試料は、前記組織としての動物の臓器を丸ごと薄切りして固定液に浸漬し、樹脂材料で平板状に包埋して形成されても良い。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、臓器を薄切りして固定液に浸漬し、樹脂材料で平板状に包埋して製作された生体試料を、選択対象エリアの特定のため、光学顕微鏡により観察可能に構成された観察機構と、前記生体試料から前記選択対象エリアをナイフで押し切りして生体標本を成形可能に構成された切出機構とを備えたため、光学顕微鏡で選択された選択対象エリアをそのままナイフで押し切りすることができ、初心者でも簡単に観察したい部位を切り出すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本実施形態にかかる生体標本成形装置の正面図である。
【図2】生体標本成形装置の上面図である。
【図3】生体標本成形装置の左側面図である。
【図4】生体標本成形装置の右側面図である。
【図5】生体試料を製作する際の成型皿の側断面図である。
【図6】エポキシ系樹脂の混合比と樹脂面の硬度との関係を示すグラフである。
【図7】生体試料の上面図である。
【図8】生体試料から切り出された生体標本を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態について説明する。
図1は、本実施形態にかかる生体標本成形装置の正面図であり、図2は、生体標本成形装置の上面図であり、図3は、生体標本成形装置の左側面図であり、図4は、生体標本成形装置の右側面図である。
生体標本成形装置10は、樹脂材料で平板状に包埋して製作された生体試料から観察したい特定の部分を生体標本として切出すための装置である。この生体標本成形装置10は、図1及び図2に示すように、ベース板11上に横並びに配置された観察機構13及び切出機構15と、当該ベース板11上に設けられ、観察機構13と切出機構15との間をスライドして移動するステージ17とを備える。ベース板11の四隅には、それぞれ高さ調整が可能な脚片19が設けられ、ベース板11及びステージ17の水平が確保される。
【0011】
観察機構13は、ステージ17の上方に位置する双眼式の光学顕微鏡21を備え、この光学顕微鏡21は、図3に示すように、ステージ17の後方側でベース板11に固定されている。
光学顕微鏡21は、ベース板11上に立設される脚部23と、この脚部23に昇降自在に取り付けられるレンズユニット25とを備える。このレンズユニット25は、左右一対の接眼レンズ26A,26Bと、対物レンズ27と、これら各レンズが取り付けられるユニット本体28とを備え、このユニット本体28は、図1及び図3に示すように、調節ねじ29を操作することにより、対物レンズ27がステージ17の中心線上を昇降するように取り付けられている。また、観察機構13は、ベース板11上に配置されるLED照明22と、このLED照明22に電源を供給する電源ボックス24とを備える。LED照明22は、上記した光学顕微鏡21の対物レンズ27の下方に設けられ、ステージ17を観察機構13側に移動した際に、このステージ17に設けられた光路(後述する)を通じて、当該ステージ上に載置された生体試料12を照らす。本実施形態では、電源ボックス24は、ベース板11の側縁部に固定されているが、例えば、ベース板11の下方に収容してコンパクト化を図る構成としても良い。
【0012】
一方、切出機構15は、図4に示すように、ベース板11上に立設される脚部30と、この脚部30に取り付けられてステージ17の上方に延在する切出部31とを備える。この切出部31は、略直方体形状に形成される本体部32と、この本体部32を上下に貫通し、当該本体部32内を摺動する摺動軸33と、この摺動軸33の上端部33Aと当接して、当該摺動軸33を押し下げるレバー34とを備える。このレバー34は先端部が屈曲されて略L字形状をなし、この先端部が本体部32に連結軸35を介して回動自在に連結されている。
摺動軸33は、例えば、ばね部材等を介して上方(レバー34に当接する方向)に付勢されるように本体部32内に配置されている。レバー34を押し下げると、摺動軸33は、ばね部材の付勢力に抗って本体部32内を下降し、レバー34から手を離すと、摺動軸33は、ばね部材の付勢力により本体部32内を上昇する。摺動軸33の上端部33A、すなわち、レバー34と当接する部分には、例えば、テフロン(登録商標)樹脂等でコーティングされており、レバー34との摩擦抵抗を減じて摩耗を抑えている。
【0013】
摺動軸33の下端部33Bには、ステージ17上に載置された生体試料12から生体標本を押し切りするナイフ36を着脱自在に保持するアタッチメント37が設けられている。本構成では、アタッチメント37は、生体標本成形装置10の奥行方向(図2中Y方向)にナイフ36の刃が延びるように当該ナイフ36を保持している。また、アタッチメント37には、図4に実線で示す刃幅L1の狭いナイフ36や、破線で示す刃幅L2の広いナイフ36を取り付けることができ、これら刃幅の異なるナイフを組み合わせて所望の大きさの生体標本を切出すことができる。ナイフ36は、図1に示すように、両刃に形成されており、この刃先36Aは摺動軸33の軸線上に設けられている。このため、レバー34を下降させると、これに伴いナイフ36が下降し、このナイフ36が生体試料12を押し切りする。また、図4に示すように、ナイフ36の周囲には、このナイフ36が上方に位置する際に当該ナイフ36を覆う円筒状のカバー部材38が設けられ、このカバー部材38は、本体部32に取り付けられている。このカバー部材38は、ナイフ36を下げて生体試料12から生体標本を押し切り操作中に手指を保護するために設けられている。
また、切出機構15は、ステージ17上に載置された生体試料12をナイフ36で押し切りする際に、この生体試料12を押さえる試料押えプレート39が設けられている。この試料押えプレート39は、本体部32の前面に昇降自在に設けられる前板部80と、この前板部80の下端部に取り付けられ、生体試料12の上方に延びる押え部81とを備える。前板部80には、上下に延びる長孔80Aが設けられ、この長孔80Aを貫通する高さ調整ねじ82により本体部32に取りつけられている。また、押え部81は、生体試料12を上方から押さえることにより、ナイフ36で押し切りする際に、この生体試料12の横ずれ等を防止するものである。この押え部81には、図1に示すように、ナイフ36が通過する溝81Aが形成されている。
【0014】
次に、ステージ17について説明する。
ベース板11上には、図2に示すように、一対のレール16A,16Bが略平行に設けられ、これらレール16A,16Bに沿ってステージ17が移動する。
ステージ17は、大別して、3つの部位を積層して構成され、レール16A,16B上を移動するステージ本体40と、このステージ本体40上に設けられて当該ステージ本体40に対して、生体標本成形装置10の幅方向(図2中X方向)に移動可能な移動テーブル50と、この移動テーブル50上に設けられて当該移動テーブル50に対して回動する回動テーブル60とを備え、この回動テーブル60上に生体試料12が載置される。
【0015】
ステージ本体40の下面の4隅には、図3及び図4に示すように、上記したレール16A,16B上をスライドするスライド部材41がそれぞれ設けられている。これらスライド部材41は、レール16A,16Bの側面に設けられた溝に進入する突部が設けられており、ステージ本体40がレール16A,16Bから上方に離脱しないようになっている。また、レール16A,16Bの端部には、図1に示すように、スライド部材41と当接して、ステージ17(ステージ本体40)が、それ以上移動することを規制するストッパ18が設けられている。一方のストッパ18は、ステージ17を観察機構13に移動させた際に、当該ステージ17の回動テーブル60の中心(移動テーブル50がステージ本体40に対して基準位置にあるものとする)が、光学顕微鏡21の対物レンズ27の中心と一致するように設けられている。また、他方のストッパ18は、ステージ17を切出機構15に移動させた際に、当該ステージ17の回動テーブル60の中心(移動テーブル50が基準位置にあるものとする)が、ナイフ36の刃先36Aの中心と一致するように設けられている。これにより、ユーザは、ステージ本体40を各ストッパ18に当たるまで移動させれば、回動テーブル60の中心が光学顕微鏡21の対物レンズ27の中心もしくはナイフ36の刃先36Aの中心と一致するため、ステージ17を観察機構13または切出機構15に中心位置に簡単に移動させることができ、操作性の向上を図ることができる。
【0016】
ステージ本体40の背面側には、ステージ本体40を観察機構13または切出機構15で固定するための固定ねじ42が設けられている。一方、ベース板11上には、ステージ本体40を観察機構13または切出機構15に移動した場合、固定ねじ42に対応する位置に当該固定ねじ42の先端が嵌る穴部43が設けられており、固定ねじ42を穴部43に嵌めることにより、ステージ本体40がベース板11上に固定される。
また、ステージ本体40の前面側には、図2に示すように、前方側に延びる一対のハンドル44が設けられ、このハンドル44を把持してステージ本体40を移動させることにより、ステージ本体40の移動中に、誤って移動テーブル50を移動させることが防止される。更に、本実施形態では、ステージ本体40の両側面には、図1に示すように、各側面から上方に延出して移動テーブル50の誤操作を防止する一対のプレート45が設けられている。
【0017】
ステージ本体40の上面には、一対のレール46A,46Bが略平行に設けられ、これらレール46A,46Bに沿って移動テーブル50が移動する。この移動テーブル50は、ステージ17を切出機構15に移動した際に用いられ、ナイフ36に対してステージ17上の生体試料12を変位させることにより生体標本を切り出す大きさを調整するものである。一対のレール46A,46Bは、図4に示すように、ナイフ36の刃が延在する方向(装置10の奥行き方向)と直行する方向(装置10の幅方向)に設けられ、移動テーブル50と回動テーブル60とを組み合わせて操作することで所望の大きさの生体標本を切出すことができる。また、ステージ本体40の略中央には、上下方向に貫通する貫通孔47が形成されている。貫通孔47は、図1に示すように、ステージ本体40を観察機構13に移動させた際に、LED照明22と対物レンズ27との間に形成され、当該LED照明22からの光を対物レンズ27に導く光路の一部を形成する。貫通孔47は、光を導くのに十分な大きさ(本実施形態では、直径約25mm)に形成されている。
【0018】
移動テーブル50の下面の4隅には、図3及び図4に示すように、レール46A,46B上をスライドするスライド部材51がそれぞれ設けられている。これらスライド部材51は、レール46A,46Bの側面に設けられた溝に進入する突部が設けられており、移動テーブル50がレール46A,46Bから上方に離脱しないようになっている。また、ステージ本体40と移動テーブル50との間には、この移動テーブル50をステージ本体40に対して微小距離を移動させるための手段が設けられている。具体的には、移動テーブル50の下面には、スライド部材51の手前側に、当該移動テーブル50の幅方向に沿ってラックギア52が形成されている。
一方、ステージ本体40の前面略中央には、移動テーブル50を移動操作するための操作つまみ53が設けられ、この操作つまみ53は、ステージ本体40に回動自在に保持され、当該操作つまみ53の回動軸の周面には、上記ラックギア52と噛み合うピニオンギア54が形成されている。このため、操作つまみ53を操作すると、この回転力がピニオンギア54を介して、ラックギア52に伝達されて移動テーブル50をステージ本体40に対して移動する。また、操作つまみ53は、円柱形状に形成され、当該操作つまみ53の周面には、移動テーブル50の移動量を示す目盛が設けてある。このため、ユーザは、この目盛を見ながら操作つまみ53を操作することで、所望の距離だけ移動テーブル50を移動させることができる。
また、移動テーブル50の略中央には、この移動テーブル50を上下方向に貫通し、ステージ本体40の貫通孔47とともに光路の一部を形成する貫通孔55が形成されている。この貫通孔55は、上記貫通孔47と略同じ大きさに形成され、移動テーブル50をステージ本体40の略中央位置に移動した際に、各貫通孔47,55が上面視で一致するようになっている。本実施形態では、この各貫通孔47,55が上面視で一致する位置を移動テーブル50の基準位置という。
【0019】
回動テーブル60は、移動テーブル50に対して回動自在に設けられている。具体的には、回動テーブル60は、図1に示すように、観察機構13における観察台及び切出機構15における切削台として機能する上面部材61と、この上面部材61の下方に設けられ、上記した移動テーブル50に不図示のベアリング等を介して回動自在に取り付けられる下面部材62と、この下面部材62と上面部材61との間に挟持されるヒータ(加熱手段)63とを備えて一体に形成されている。
これら上面部材61、下面部材62及びヒータ63には、それぞれ移動テーブル50の貫通孔55に連通して上記した光路の一部を形成する貫通孔64,65,66が、上記各貫通孔47,55と略同じ大きさに形成されている。
【0020】
上面部材61は、ヒータ63からの熱を生体試料12に伝達するために熱伝導性の高い材料(例えば、アルミニウム)で形成され、この上面部材61の上面には、生体試料12を保持する一対のクリップ85A,85Bが設けられている。また、上面部材61の縁部には、下方に周方向に亘って延出してヒータ63を保護する壁部61Aが形成されている。この壁部61Aを含む上面部材61の周面には不図示の断熱材を設けておくのが望ましい。
また、上面部材61の貫通孔64には、円盤状のガラス板68がはめ込まれており、光透過性を確保しつつ、回動テーブル60上での作業を可能としている。このガラス板68には、ナイフ36が当接した際に当該ガラス板68への傷付きを防止する保護フィルム67が貼付されている。これにより、保護フィルム67を定期的に交換することにより、ガラス板68の光透過性を確保しつつ、ガラス板68の傷付きが防止される。また、ガラス板68は、保護フィルム67を貼付した状態で上面部材61の上面と面一となるように配置されていることは言うまでもない。
【0021】
下面部材62は、上面部材61の壁部61Aにねじ止め等で固定されることにより、上面部材61と一体に構成される。下面部材62は、移動テーブル50に対して90°の範囲で回動するように取り付けられており、下面部材62と移動テーブル50との間には、初期位置(0°)とこの初期位置から90°回動した回動位置(90°)とで、それぞれ下面部材62の回動を規制するストッパ(不図示)が設けられている。また、本構成では、初期位置及び回動位置で下面部材62を移動テーブル50に一時的に係止する係止部材(不図示)が設けられている。
ヒータ63は、例えば、シリコンラバーヒータ等のシート状に形成された電気ヒータであり、上面部材61上の生体試料12を均一に加熱するものである。本構成では、生体試料12の樹脂材料(例えばエポキシ樹脂)は、加熱することにより軟質化することが分かっている。このため、ヒータ63は、生体試料12中の組織を変性することなく樹脂材料を軟質化できる所定温度(例えば60℃)に加熱するようになっている。
【0022】
次に、臓器をスライスした組織を樹脂材料で包埋する生体試料の製作手順と、この生体試料から生体標本成形装置10を用いて生体標本を切出す手順とを説明する。
まず、13週齢のF344雄性ラットを用いて、ペントバルビタール麻酔下で頚部から胸腔内臓器(臓器)を一塊として摘出する。この摘出した臓器は、寒天で包埋した後に、この臓器の各組織(肺、胸腺・縦隔、気管、食道、心臓、リンパ節)を相互に連絡を保った状態の複合大型組織として気管上部から肺の下端までを連続にスライスされる。この場合、スライスされる臓器の厚みは、固定液の浸透を容易に行うために0.5mm〜0.8mmとすることが望ましい。
前固定では、ホルマリン固定液の調整に用いるリン酸緩衝液をベースに、パラホルムアルデヒド2%、グルタールアルデヒド0.5%を加えて使用する。後固定では、大型複合組織を洗浄後、この大型複合組織が変形しないように2枚のメッシュ板で組織をサンドイッチ状に保持し、オスミュウム酸により行った。本構成では、臓器を1mm以下の厚みにスライスしているため、組織面が広くても固定液の浸透は、従来の1mm3の組織と変わらないことが確認されている。このため、大型複合組織のように、各組織を相互に連絡を保った状態のものであっても早急に固定することができる。
その後、アルコールやアセトン等の脱水剤を用い組織内の水分を脱水し、この脱水剤をエポキシ系樹脂との親和性の高いプロピレンオキサイド等の置換剤を用いて置換する。
【0023】
包埋は、エポキシ系樹脂(樹脂材料:例えば、エポン812)を用いて、このエポキシ系樹脂を所定温度(例えば60℃)に加温した状態で重合することにより行われる。エポン812の混合には、Luff法のA:Bを基準にし、溶液AはDDSA(dodecenyl succinic anhydride)を100mlに対しエポン812を62ml混合して生成する。溶液Bは、MNA(methyl nadic anhydride)を89mlに対しエポン812を100ml混合して生成する。本構成では、大型組織の薄切が容易になるように、上記したA:Bの比率(混合比)を8:2とソフトに混合する。
具体的には、図5に示すように、テフロン樹脂製の円形の成型皿70の底にスライスした複数の複合大型組織71,71・・を並べ、この上に上記比率で混合されたエポキシ系樹脂溶液72を注入し、これにDMP−30(加速剤)を混合する。そして、注入されたエポキシ系樹脂溶液72の上から成型皿70の内径と同寸法に形成された蓋73をかぶせ、この状態で上記した成型皿70及び蓋73を所定温度(60℃)に設定されたオーブン(恒温槽)で数日間保持してエポキシ系樹脂溶液72の重合を行う。これによれば、複合大型組織71,71が均一に伸びた状態でエポキシ系樹脂溶液72が固まり、複合大型組織71がエポキシ系樹脂で円形の平板状に包埋された生体試料12が形成される。
【0024】
一般に、上記したA:Bの比率によって、生体試料12の硬さが異なることが判明しており、通常の生体組織を包埋するものでは、ダイヤモンドナイフで切削する場合は混合比を5:5、ガラスナイフを用いる場合は8:2、生体組織でないもの(非生物試料)では0:10が最適硬さとされている。
図6は、エポキシ系樹脂の混合比と樹脂面の硬度との関係を示したグラフである。この図6において、直線αはエポキシ系樹脂の温度を15℃とした状態での上記混合比及び硬度の関係を示し、直線βは樹脂温度を25℃とした状態での上記混合比及び硬度の関係を示す。
本実施形態では、10:0,8:2,5:5,2:8,0:10の5つの混合比で重合させた複数の樹脂板をそれぞれ15℃及び25℃に調整された室内に約1時間放置し、各温度状態での硬度をビッカース硬度計を用いて測定した。具体的には、上記した混合比で重合させた5つの樹脂板の樹脂面における硬度をそれぞれ10箇所測定し、これら10個の値の平均値を測定値とした。
この図6によれば、樹脂板は、同一の温度では溶液Aの比率が高くなるほど、樹脂面の硬度が低くなる(軟質化する)こと傾向にあり、さらに、同一の混合比では、温度が高い方が樹脂面の硬度が低くなる傾向にあることがわかる。また、図6には示されていないが、樹脂板の温度を、エポキシ系樹脂を重合する際の温度である60℃まで上昇させると、樹脂面の硬度が更に低くなり、ナイフで簡単に押し切りできることが発明者の実験により判明している。
このように、包埋に使用するエポキシ系樹脂は、温度を高くするほど軟質化する傾向にあるため、簡単に押し切りするという観点に立てば、当該エポキシ系樹脂を用いて製作された生体試料12を、より高い温度に加温する方が好ましい。
一方、生体試料12をあまり高温に加温すると、生体試料12中の組織が熱で変性する恐れがある。このため、本実施形態では、エポキシ系樹脂を重合させる温度(60℃)では、組織が変性しないことが判明していることから、この温度に加熱して切出しを行っている。なお、この温度はあくまで一例であり、生体試料12中の組織を変性することなく、ナイフで押し切りできる程度に樹脂材料を軟質化できる温度であれば適宜変更が可能である。
【0025】
続いて、平板包埋により製作された生体試料12から生体標本成形装置10を用いて生体標本を切出す手順を説明する。
まず、図1に示すように、生体試料12をステージ17の回動テーブル60上に載置し、このステージ17を観察機構13に移動させる。この状態で、LED照明22を点灯し、接眼レンズ26A,26Bを覗いて、生体試料12の中から詳細に観察したい選択対象エリアを探す。なお、本構成では、複合大型組織71をまるごとエポキシ系樹脂で包埋して生体試料12中を製作しているため、肉眼でも各組織の位置及び繋がりを把握することが可能である。このため、選択対象エリアをそれほど正確に選ばなくても良い場合には、肉眼でおおまかに当該エリアを探してもよい。
続いて、図7に示すように、生体試料12の中に選択対象エリア75が見つかると、この選択対象エリア75が観察野の中心に位置するように、回動テーブル60上で生体試料12を動かし、この生体試料12をクリップ85A,85Bで固定する。
【0026】
次に、ステージ17を、図1に破線で示すように、切出機構15側に移動する。この場合、LED照明22を消灯するとともに、ヒータ63への通電を開始する。なお、ヒータ63の温度を、例えば2段階に設定可能とし、ステージ17が観察機構13に位置する際には低い温度(例えば40℃)に予備的に加熱しておき、このステージ17が切出機構15側に移動した際に、上記した所定温度(60℃)まで加熱する構成としても良い。この構成では、生体試料12が所定温度まで短時間で昇温するため、その分作業時間の短縮を図ることができる。
本実施形態では、ステージ17が移動するレール16A,16Bに当該ステージ17の位置決めをするストッパ18が設けられており、このストッパ18にステージ17を突き当てると、当該ステージ17の中心が観察機構13及び切出機構15での中心と略一致するようになっている。このため、ステージ17を切出機構15側に移動することにより、生体試料12の選択対象エリア75が切出機構15のナイフ36の直下に位置することになる。
【0027】
次に、高さ調整ねじ82を緩めて、試料押えプレート39の押え部82が生体試料12を押さえる位置まで試料押えプレート39を下降させ、その位置で高さ調整ねじ82を締める。これにより、生体試料12は、試料押えプレート39により押えられるため、ナイフ36での押し切り時に、生体試料12の横ずれを防止できる。
この状態で、ナイフ36を降下させて選択対象エリア75に相当する部分の切り出しを行う。ただし、ステージ17を切出機構15に移動させただけでは、選択対象エリア75の中心がナイフ36の直下となるため、移動テーブル50を用いて生体試料12の位置を微調整する。
例えば、ナイフ36として刃幅が5mmのものがアタッチメント37に装着され、このナイフ36を利用して5mm×5mmの生体標本を切り出す場合、移動テーブル50を基準位置から2.5mm移動させ、この位置で切出機構15のナイフ36を下降させ、選択対象エリア75の第1の辺75Aを押し切りする。この場合、ステージ17の回動テーブル60では、ヒータ63に通電されることにより、生体試料12はエポキシ樹脂76が軟質化する上記した所定温度まで加熱されている。このため、この温度に加温された生体試料12上にナイフ36を降下させることにより、エポキシ樹脂76及び組織をナイフ36で簡単に押し切りすることが可能となる。また、エポキシ樹脂76及び組織をナイフ36で押し切りすることにより、エポキシ樹脂76及び組織に生じる切り代を最小限に抑えることができ、生体試料12と切り出された生体標本との連続性を確保できる。
【0028】
続いて、移動テーブル50を反対方向に5mm移動し、この位置で切出機構15のナイフ36を下降させ、選択対象エリア75の第2の辺75Bを押し切りする。次に、移動テーブル50を基準位置に戻し、この位置で回動テーブル60を90°回動させ、この回動させた位置から移動テーブル50を2.5mm移動させ、この位置で切出機構15のナイフ36を下降させ、選択対象エリア75の第3の辺75Cを押し切りする。最後に移動テーブル50を反対方向に5mm移動し、この位置で切出機構15のナイフ36を下降させ、選択対象エリア75の第4の辺75Dを押し切りする。
このように、選択対象エリア75を押し切りすることにより、図8に示す生体標本90が形成される。生体標本90の大きさは、この生体標本90をミクロトーム(不図示)で薄切りできる大きさに依存し、現在では小さいもので1mm×1mm、大きいものでは、横5.5mm×縦13mmであれば薄切可能である。
次に、この生体標本90をエポキシ樹脂で形成された台座91に接着し、この台座91及び生体標本90をミクロトームにセットして、生体標本90を厚さ1〜2μmの光顕切片を作製する。この厚切りした切片は、トリジンブルー染色を施し光学顕微鏡で観察後、電子顕微鏡で観察する部位を1mm×1mmまたは1mm×2mmの大きさの切片にトリミングされる。そして、このトリミングされた切片をミクロトームに取り付け、厚さ50nm〜100nmの超薄切切片を作製し、100〜200メッシュの金網で3mm径になったグリッドに載せ、電子染色を行い電子顕微鏡での観察を行う。
【0029】
以上、説明したように、本実施形態によれば、複合大型組織71を薄切りして固定液に浸漬し、エポキシ樹脂で平板状に包埋して製作された生体試料12を、選択対象エリア75の特定のため、光学顕微鏡21により観察可能に構成された観察機構13と、生体試料12から選択対象エリア75をナイフ36で押し切りして生体標本90を成形可能に構成された切出機構15とを備えたため、光学顕微鏡21で選択された選択対象エリア75をそのままナイフ36で押し切りすることができ、初心者でも簡単に観察したい部位を切り出すことができる。
更に、生体試料12は、複合大型組織71を薄切りして固定液に浸漬し、エポキシ樹脂で平板状に包埋されるため、観察したい部位とその周囲との関係を保ったまま生体標本90を切り出すことができ、周囲の観察を後からでも行うことができる。
更に、生体試料12から選択対象エリア75をナイフ36で押し切りして生体標本90を成形するため、生体標本90と生体試料12との切り代を最小限に抑えることができ、生体試料12と切り出された生体標本との連続性を確保できる。
【0030】
また、本実施形態によれば、生体試料12が載置されるステージ17を備え、このステージ17が観察機構13と切出機構15との間を移動可能に構成されているため、ステージ17を移動させるだけで、生体試料12を観察機構13から切出機構15に移すことができ、切出機構15での生体標本90の切り出しを容易に行うことができる。
【0031】
また、本実施形態によれば、ステージ17を観察機構13から切出機構15へと移動させた場合、光学顕微鏡21の観察野の中心に相当するステージ17上の位置がナイフ36の略真下に位置するため、例えば、光学顕微鏡21の観察野の中心に選択対象エリア75が位置するように、生体試料12をステージ17上で操作させることにより、このステージ17をこのまま切出機構15へ移動させるだけで、選択対象エリア75がナイフ36の略真下に位置する。このため、このままナイフ36で押し切りすることにより、生体試料12から生体標本90を簡単に切り出すことができる。
【0032】
また、本実施形態によれば、ステージ17は生体試料12とともに回動する回動テーブル60を備えるため、ステージ17の移動と回動テーブル60とを組み合わせて操作することにより、ナイフ36の刃幅に相当する生体標本90を切り出すことができる。
【0033】
また、本実施形態によれば、ステージ17の回動テーブル60には、この回動テーブル60に載置された生体試料12を、該生体試料12中の複合大型組織71を変性することなく、エポキシ樹脂76が軟質化する所定温度に加熱するヒータ63を設けたため、生体試料12を均一に温めることができ、当該生体試料12からナイフ36による生体標本90の切り出しを容易に行うことができる。
【0034】
また、本実施形態によれば、生体試料12は、複合大型組織71としての動物の臓器を丸ごと薄切りして固定液に浸漬し、エポキシ樹脂76で平板状に包埋して形成されているため、例えば、胸腔内臓器の各組織(肺、胸腺・縦隔、気管、食道、心臓、リンパ節)を相互に連絡を保った状態で包埋することができ、従来のように、臓器を細かく切り刻んで固定、包埋したものに比べて、周辺の部位との関係を理解した状態で観察したい部位の特定を容易に行うことができる。
【0035】
以上、本発明の一実施の形態について説明したが、これに限るものではない。例えば、上記した実施形態では、ステージ17の移動操作、移動テーブル50の移動操作、及び回動テーブル60の回動操作は、すべて手動で行うものについて説明したが、これに限るものではなく、操作量を入力して操作ボタンを操作することにより、サーボモータ等の駆動手段により、自動に所定の操作量だけ移動または回動する構成としても良いのは勿論である。
【0036】
また、本実施形態では、ヒータ63を回動テーブル60に設けた構成としたが、これに限るものではなく、例えば、温風発生器(加熱手段)等を設け、回動テーブル60の上方から生体試料12に向けて温風を当てる構成としても良い。この構成では、温風を生体試料12に局所的に当てることができるため、切出しする箇所を早く温めて軟質化させることができる。
【符号の説明】
【0037】
10 生体標本成形装置
12 生体試料
13 観察機構
15 切出機構
16A、16B レール
17 ステージ
21 光学顕微鏡
27 対物レンズ
34 レバー
36 ナイフ
36A 刃先
40 ステージ本体
50 移動テーブル
60 回動テーブル
63 ヒータ
68 ガラス板
70 成型皿
71 複合大型組織(組織)
72 エポキシ系樹脂溶液
75 選択対象エリア
76 エポキシ樹脂(樹脂材料)
90 生体標本

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織を薄切りして固定液に浸漬し、樹脂材料で平板状に包埋して製作された生体試料を、選択対象エリアの特定のため、光学顕微鏡により観察可能に構成された観察機構と、前記生体試料から前記選択対象エリアをナイフで押し切りして生体標本を成形可能に構成された切出機構とを備えたことを特徴とする生体標本成形装置。
【請求項2】
前記生体試料が載置されるステージを備え、このステージが前記観察機構と前記切出機構との間を移動可能に構成されたことを特徴とする請求項1に記載の生体標本成形装置。
【請求項3】
前記ステージを前記観察機構から前記切出機構へと移動させた場合、前記光学顕微鏡の観察野の中心に相当する当該ステージ上の位置が前記ナイフの略真下に位置することを特徴とする請求項2に記載の生体標本成形装置。
【請求項4】
前記ステージは前記生体試料とともに回動する回動機構を備えることを特徴とする請求項2または3に記載の生体標本成形装置。
【請求項5】
前記ステージに載置された前記生体試料を、該生体試料中の組織を変性することなく、前記樹脂材料が軟質化する所定温度に加熱する加熱手段を備えることを特徴とする請求項2乃至4のいずれかに記載の生体標本成形装置。
【請求項6】
前記生体試料は、前記組織としての動物の臓器を丸ごと薄切りして固定液に浸漬し、樹脂材料で平板状に包埋して形成されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の生体標本成形装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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