説明

生体用インプラントの処理液及び処理方法

【課題】生体内に埋入されるチタンやチタン合金から成るインプラントの表面の生体親和性や骨結合能を上げるための処理液及びこの処理液を用いてインプラントを処理する方法を提供する。
【解決手段】チタンやチタン合金から成るインプラントの表面処理液を検討した結果、NaやKを含まず、Ca2+やMg2+イオンから成る処理液でインプラントを処理することにより、インプラントの生体親和性や骨結合能が格段に向上する。すなわち、Na及びKを含まず、Ca2+若しくはMg2+又はこれらの混合から成るチタン又はチタン合金から成るインプラントの処理液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、チタンやチタン合金のインプラントを生体に移植する前に生体との親和性を向上させるための処理液、及びこの処理液を用いてインプラントを処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
整形外科や歯科の分野において、チタンやチタン合金又はジルコニアなどにより構成されるインプラントを人工歯根や人工関節等として生体内に埋入することにより生体の機能を一部代替する技術の需要が高まっている。
これらの生体用インプラント材料に要求される特性の一つに骨細胞との親和性がある。
近年インプラント材料として用いられているチタンやチタン合金は、機械研磨や酸処理などの表面加工が行われた直後は、生体との親和性は高いが、時間経過とともに生体との親和性は低下する(非特許文献1)。
そのため、インプラントを生体に移植する際に、インプラント表面を物理的に処理して低下した生体との親和性を回復させることが行われている(特許文献1)。
一方、表面の骨細胞との親和性を向上するため、生体に移植する前にインプラントを表面処理することも行なわれている(特許文献2、3など)。
このようなインプラントの表面処理には生理食塩水(NaCl)が必須になっていた。それは骨細胞を生かしておくために生理食塩水が必要だと考えられてきたからであり、インプラントにチタンが使われるようになってからも見直されることは無かった。そのため、従来の生体用インプラントの処理液にはNaやKに他のイオンなどを加えたものが多い(特許文献2、3など)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2009-508631
【特許文献2】特表2005-505352
【特許文献3】特開平8-182755
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Biomaterials 30 (2009) 4268-4267
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、生体内に埋入されるチタンやチタン合金から成るインプラントの表面の生体親和性や骨結合能を上げるための処理液及びこの処理液を用いてインプラントを処理する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、チタンやチタン合金から成るインプラントの表面処理液を検討した結果、NaやKを含まず、Ca2+やMg2+イオンから成る処理液でインプラントを処理することにより、インプラントの生体親和性や骨結合能が格段に向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、Na及びKを含まず、Ca2+若しくはMg2+又はこれらの混合から成るチタン又はチタン合金から成るインプラントの処理液である。
また、本発明は、チタン又はチタン合金から成るインプラントを、この処理液で処理することから成るインプラントの処理方法である。
さらに、本発明は、この処理液で処理されたチタン又はチタン合金から成るインプラントである。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】インプラント(チタン製ロッド)を埋入したラットの大腿骨の断面図を示す図である。1はチタン製ロッド(直径1mm×長さ2mm)を示し、2はラットの大腿骨を示す。
【図2】インプラント骨結合力試験の様子を示す図である。Aは直径1mmのヘッドが装着された万能材料試験機を示し、Bは、インプラント(1)が埋め込まれ、固定された大腿骨(2)を示す。1はインプラント(チタン製ロッド)を示し、2はラットの大腿骨を示す。Aの万能材料試験機のヘッドは、インプラント(B1)を押し込んでいる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、インプラントの生体親和性や骨結合能を向上させるためのインプラントの処理液であって、この処理液は、NaやKを含まず、Ca2+若しくはMg2+又はこれらの混合から成る。
【0009】
本発明の処理液の処理の対象であるインプラントは、チタン又はチタン合金から成る。
チタン(即ち、純チタン)は酸素量によりJIS規格で1種〜3種として規定されている。またチタン合金はV、Mo、Fe、Cr、Cu、Mnなどの元素を含むものが挙げられる。
チタン又はチタン合金の具体例としては、例えば、JIS第2種純チタン、Ti−6Al−4V合金、Ti−4.5Al−3V−2Mo−2Fe合金、Ti−6Al−7Nb合金、Ti−5Al−2.5Fe合金、Ti−13Nb−13Zr合金等が挙げられる。
インプラントとして、人工歯根、人工関節、脊髄固定等が挙げられ、人工股関節用ステム材、骨補填材、人工椎体、人工椎間板、骨プレート、骨スクリューなどの形態をしていてもよい。
【0010】
処理液の溶媒は、通常水であるが、用途によっては他の適当な溶媒でもよい。
Ca2+源としては、水溶性である必要があり、通常塩であり、例えば、塩化カルシウム、水酸化カルシウム、乳酸カルシウム、炭酸カルシウムなどが挙げられる。
Mg2+源としては、水溶性である必要があり、通常塩であり、例えば、塩化マグネシウム,炭酸マグネシウム、硫酸マグネシウムが挙げられる。
処理液中のCa2+若しくはMg2+又はこれらの混合などの2価の陽イオン濃度は、好ましくは50〜300mEq、より好ましくは100〜300mEqである。
この濃度は、例えば、陽イオンカラムを用い、イオン濃度を電気伝導度検出器で検出するイオンクロマトグラフ法により測定することができる。これ以外に、原子吸光光度法、IPC質量分析法等の公知の方法で測定することもできる。
【0011】
この処理液は、NaやKイオンを含まない。従来インプラントの処理液の主成分として使用されてきたNaやKイオンは、却ってチタン又はチタン合金から成るインプラントの生体親和性や骨結合能を阻害している(後記の実施例を参照されたい。)。
また、処理液には、本発明の効果を損ねない範囲で、処理液を保存するために防腐剤や界面活性剤などや、他の治療効果を奏するためにホスフェートアニオン、ホスホネートアニオン、アルミニウムイオンなどを含んでもよい。
処理液は、上記溶媒中に、所定濃度のCa2+源やMg2+源及びその他の任意成分を、溶解させることにより調整する。
【0012】
本発明の処理液を用いて、上記インプラントを処理することにより、インプラントの生体親和性や骨結合能を格段に向上させることができる。
チタン又はチタン合金から成るインプラントには、通常表面加工が施されている。この表面加工としては、表面機械研磨(例えば、旋盤、モーターエンジン等による研磨)、酸処理(硫酸、塩酸、フッ素酸など)、サンドブラスト(例えば、酸化アルミナ粉末、ガラスビーズ等を噴射など)などが行われている。
既に述べたように、これらの表面加工が行われた直後は、生体との親和性は高いが、時間経過とともに生体との親和性は低下し、表面加工後約4週間大気中で保管したものでは、タンパク吸着量が3分の1まで低下する(非特許文献1)。
このような表面加工が行なわれた直後にはその表面は活性化しているため、本発明の処理液によりインプラントを処理する効果は小さい。一方、表面加工が行なわれた後1ヶ月以上経過した場合には、本発明の処理液によりインプラントを処理する効果は大きいといえる。通常のインプラント製品は表面加工されてから少なくとも1ヶ月以上、通常数ヶ月から数年の単位で保管され使用されている。
【0013】
処理方法は、インプラントに上記2価の陽イオンが表面を覆うことのできる方法であれば特に問わない。
たとえば、インプラントを十分量の上記処理液に浸漬してもよいし、インプラントに上記処理液を刷毛等で塗布してもよいし、インプラントにスポイト等で上記処理液の液滴を垂らしてもよいし、インプラントに上記処理液をスプレー等で吹きかけてもよい。
この中で、インプラントをそれが浸漬できるだけの大きさの容器に上記処理液を満たして、それにインプラントを浸漬させることが好ましい。このときの温度は通常4〜38℃、好ましくは36〜37℃、時間は好ましくは10〜60分程度である。
【0014】
なお、一旦本発明に従って処理したインプラントの効果は24時間程度であり、その時間以内にインプラントを生体に移植することが好ましい。
なお、生体内にはNaやKイオンが存在するが、一旦Ca2+やMg2+イオンがインプラント表面に付着すれば、インプラントを生体内に移植しても、その効果が阻害されることはない。
【実施例】
【0015】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
実施例1
塩化カルシウム(和光純薬工業 036-00485、純度99.5%)、塩化マグネシウム(和光純薬工業 136-03995、純度99.5%)、塩化ナトリウム(和光純薬工業 198-01675、純度99.5%)及び塩化カリウム(和光純薬工業 160-03555、純度99.5%)を、表1に示す濃度(10〜500 mEq)で超純水(Millipore, Milli-Q System)に溶解させ、各種水溶液(処理液)を調整した。
これらの水溶液を用いて、(1)タンパク吸着能力試験と(2)インプラント骨結合力試験を行った。
試験に用いたチタン材料は、120℃に加熱した硫酸(67% w/W)に75秒浸漬し(酸処理)、その後滅菌プレート内で、1ヶ月以上(数ヶ月から数年経過)保管したものを使用した。
【0016】
(1)タンパク吸着能力試験
試験片として、純チタン板(FORT WAYNE METALS RESEARCH PRODUCTS CORPORATION、Grade2、直径20mm×厚さ2mm)に上記の処理を行なって用いた。
このチタン板を、表1に示す組成の処理液に室温で10分間浸漬し、クリーンベンチ内で表面を乾燥させた。
一方、アルブミン(Thermo Scientific 社製)を溶媒(0.9%生理食塩水、0.05%アジ化ナトリウム)に溶解させ、濃度が2mg/mlのタンパク質溶液を調整した。
このタンパク溶液300mlにチタン板を浸漬し、1時間後、タンパク質溶液を回収し、0.9%生理食塩水を300ml使用してチタン板を洗浄し、この洗浄液も回収した。
回収した溶液のうち500mlを採取し、Micro BCA Kit溶液(Micro Bicinchoninic acid kit: Pierce Biotechnology社製)を500ml混合した。
96穴マイクロプレートにこの混合液100μlを入れ、マイクロプレートリーダー(Bio-TeK社製Synergy HT)にて562nmにおける吸光度(アルブミンの吸収)を測定した。
この吸光度から、予め規定のアルブミン濃度で作成した検量線を用いて、この溶液中に含まれるアルブミンの濃度を算出して、最初のタンパク溶液(300ml)中のアルブミン量から差し引き、チタン板上に吸着したアルブミンの量を算出した。この比(吸着したアルブミン量/最初のアルブミン量)を「吸着率(%)」とした。
【0017】
(2)インプラント骨結合力試験
チタン製ロッド(FORT WAYNE METALS RESEARCH PRODUCTS CORPORATION、Grade2、直径1mm×長さ2mm)を上記のように処理して用いた。
ラット(7〜8週齢、雄性、Sprague-Dawley rat)大腿骨部分を切開し、骨膜を剥離し、関節部分から11mmの場所に直径1mmの穴を電動ドリルで穴を開け、上記チタン製ロッド(インプラント)を埋入した(図1)。
図1に示すように、インプラント上部には皮質骨があるが、その下の部分は骨髄内のため、中空状態になっており、最終的に上部からインプラントを押しても下の皮質骨部分には接触せず、計測が可能である。これはレントゲンその他で埋入部位を確認し、関節より11mmの位置に適正化されている。
インプラント埋入後、縫合を行い、2週間の治癒期間を経た。この間、ラットには通常の固形食や水などを自由に与えた。
2週間の治癒後、ラットから大腿骨を取り出した。乾燥による影響を防ぐため、大腿骨取り出し後、同日内に骨結合力の測定を行った。
取り出した大腿骨を、歯科用レジン(GC社製ユニファストII)でインプラント表面が上部に出るように周囲を固定し、直径1mmのヘッド(埋入したインプラントと同形)が装着された万能材料試験機(Instron社製Instron 5544 electromechanical testing system)を用いて、図2に示すように、大腿骨に埋め込んだインプラントを、1mm/1分の速さで、インプラントが抜け落ちるまで押し込んだ。このときの最大の力を骨−インプラント結合力(単位はN、最大2000Nまで計測可能)とした。
【0018】
試験結果を下表にまとめる。
【表1】

【0019】
表1において、アルブミン吸着率と骨−インプラント結合力はほぼ同様の傾向を示している。
NaClのみの処理液(No.2〜5)、KClのみの処理液(No.6〜9)、NaCl又はKClとCaCl又はMgClの混合処理液(No.22〜25)は、いずれも水(No.1)と同等以下である。特に0.9%生理食塩水に相当するNo.4の処理液は、CaClやMgClを含む処理液よりも劣る。これらの事実は、従来インプラントの処理液の主成分として使用されてきたNaイオンが、インプラントの生体親和性や骨結合能を阻害していることを示している。
一方、CaClのみの処理液(No.10〜15)、MgClのみの処理液(No.16〜21)はいずれも他の処理液よりも優れている。また、CaClのみの処理液とMgClのみの処理液において、濃度が50〜300mEq、特に100〜300mEqにおいて、優れた性能を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Na及びKを含まず、Ca2+若しくはMg2+又はこれらの混合から成るチタン又はチタン合金から成るインプラントの処理液。
【請求項2】
処理液中のCa2+若しくはMg2+又はこれらの混合の濃度が、50〜300mEqである請求項1の処理液。
【請求項3】
チタン又はチタン合金から成るインプラントを、請求項1又は2に記載の処理液で処理することから成るインプラントの処理方法。
【請求項4】
前記処理が、インプラントを前記処理液に浸漬すること、インプラントに前記処理液を塗布すること、インプラントに前記処理液の液滴を垂らすこと、又はインプラントに前記処理液を吹きかけることから成る請求項3に記載の方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の処理液で処理されたチタン又はチタン合金から成るインプラント。
【請求項6】
前記処理が、インプラントを前記処理液に浸漬すること、インプラントに前記処理液を塗布すること、インプラントに前記処理液の液滴を垂らすこと、又はインプラントに前記処理液を吹きかけることから成る請求項5に記載のインプラント。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−32223(P2011−32223A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−180758(P2009−180758)
【出願日】平成21年8月3日(2009.8.3)
【出願人】(505079785)学校法人神奈川歯科大学 (6)
【Fターム(参考)】