説明

生体用インプラント及び生体用インプラントの製造方法

【目的】生体用金属材料を用いたインプラントであって、歯肉組織などの軟組織との結合性を高め、生体外部に突出した部分からの細菌感染を予防すると共に、歯肉組織との接着を図る。
【構成】金属芯材表面に異なる研磨手段をから選ばれた2種類以上の研磨を行った部位にリン酸、カルシウムを含む水性雰囲気下で水熱処理を施して水熱処理部を歯肉との接触部位に形成する歯科用インプラント、及び当該歯科用インプラントの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面が改質された生体用インプラントであって、人工歯根に代表される生体内外を連通する様な形式の生体用インプラント及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、医学及び歯学領域において、人工関節、人工歯根など多くの金属製インプラントが臨床に用いられているが、金属イオンの溶出のために生体組織に対する十分な適合性が得られていないのが現状である。耐食性材料とされている316Lステンレス鋼においても微量のNiの溶出が確認されている。純チタンは表面に安定な酸化皮膜を形成しており耐食性の高い不働態皮膜として働いているため、イオンの溶出はほとんどなく組織反応は良好とされている。しかし細胞培養においてチタン板が細胞により貪食または孔食された例が認められるなど、細胞との界面での反応については未だ不明な点が多く、チタンにおいても細胞レベルでの親和性をより高める必要があると考えられている。
【0003】
これまで、生体用金属材料の組織適合性を高めることを目的としてさまざまな表面改質が試みられている。また、材料からのイオン溶出を防止するため加熱もしくは陽極酸化を行うことにより酸化皮膜を厚くする方法が試みられているが、酸化皮膜が厚くなりやすく、剥離や基材の結晶化など材料劣化につながる心配がある。またチタン系材料では窒化処理を行うことで強度や組織親和性を高める試みがあるが、強度は上がるものの窒化物の組織反応は酸化物よりむしろ劣るとみられている。一方、ハイドロキシアパタイトのセラミックスは皮膚組織や歯肉上皮組織など軟組織や粘膜に対して親和性があることが明らかとなっており、経皮端子、人工歯根、人工血管、人工気管などが実用化され、またはされつつある。
【特許文献1】特開平4−371146号公報
【特許文献2】特開平5−57011号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、ハイドロキシアパタイトは強度的に十分でなく、力学的ストレスのかかる部位への適用には限界がある。そこで金属材料との複合化がいろいろと研究されているが、骨組織への応用を目的としたものがほとんどで、軟組織への親和性を考慮したものではなかった。特に、人工歯根は一部が口腔内に露出しているため、口腔内からの細菌感染を防ぐために、歯肉上皮組織との親和性及び上皮付着性がきわめて良好であることが不可欠であるが、この条件を満たす材料または有効な製法はほとんどないのが実状である。
【0005】
本発明は、金属製インプラント材の歯肉上皮との接合性や筋組織など軟組織への適合性を高めるための有効かつ簡便な表面改質法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記のことを鑑み、鋭意検討を重ねた結果、軟組織に対する親和性と感染抵抗性を達成する最も有効かつ簡便な方法を知見し本発明に至った。
すなわち、本発明は、鏡面研磨を行った後、水中に浸漬し高温高圧下で加熱処理する、いわゆる水熱処理を行うことにより、化学的に良好な表面性状を獲得する方法についてである。これによって(1)微細な突起を除去し、微小な付着物を洗浄することにより、炎症性細胞、マクロファージ、異物巨細胞による貪食作用を抑制する効果がある、(2)微量溶出イオンを溶出させ表面を清浄化することにより細胞に対する反応を抑制する効果がある。
【0007】
(3)加熱下で水中に長時間浸漬しておくことにより表面の安定な酸化皮膜の形成を促進し、金属イオンの溶出を抑制すると共に生体内での水素結合反応により細胞及び組織に対する親和性をもたらす効果がある、(4)水熱環境下で皮膜中酸化物を一部水酸化物に変化させる作用があり、細胞及び組織に対する親和性を高める効果がある、(5)さらに、水中にリン酸イオンとカルシウム
イオンを加えることにより、水熱処理による金属表面での不働態皮膜形成時にこれらのイオンが皮膜内に取り込まれ、あるいは表面でのリン酸カルシウムの豊富な層の形成を促進することにより生体親和性を高める効果が期待できるなど、生体用金属材料の細胞及び軟組織に対する生体親和性を高め感染抵抗性を得るのにきわめて有効で、かつきわめて簡便な表面改質法である。
【0008】
以下、本発明のインプラント表面改質法について、組成、使用態様等につき詳細に分説する。
本発明における水熱処理とは、水性雰囲気中、高圧下で熱処理を行うことをさし、温度90℃以上、好ましくは110〜130℃、0.1〜0.2MPaの圧力下で水中に浸漬した状態で1〜200時間処理する。金属材料表面は予め研磨紙、バフなどによる機械研磨、化学研磨、電解研磨などの方法を用いて鏡面研磨を行ったのちに水熱処理を行うことにより本発明の効果はさらに増幅される。水中に共存させるリン酸イオンは、PO4で表され、ハイドロキシアパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸水素カルシウムなどのリン酸カルシウム化合物の他に、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸アンモニウムなどが例示しうる。カルシウムイオンは、上記リン酸カルシウム化合物の他に、炭酸カルシウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、水酸化カルシウムなどが例示しうる。また、金属の耐食性、化学的安定性などを考慮して、Mg、Sr、Fe、Cr、Ti、Zr、Co、Mo、Al、Si、V、Fなどの各種イオンを添加したものをも包含する。
【発明の効果】
【0009】
以上、詳述のごとく本発明は、生体用金属材料からなるインプラントに対し簡便な方法で細胞及び軟組織に対する生体親和性を高め感染抵抗性を得ることができる等の効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、主に歯肉等の軟組織と金属部材との接触面に前記複数の研磨を行った後、水熱処理を施して酸化皮膜を形成した歯科用のインプラントであればよく、様々な形状の人工歯根であって、歯肉部位との接触面に本発明が適用されればよい。
複数の研磨としては、例えば、バフ研磨+化学研磨、研磨紙研磨+バフ研磨+化学研磨、等が例示される。
又、酸化皮膜には、リン酸とカルシウムが含まれることで、より歯肉等の軟組織との生体親和性、早期適合性が期待できる。
【実施例1】
【0011】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。(実施例1)純チタンをバフ研磨後、化学研磨を行い鏡面とした。これをアセトン中で十分に超音波洗浄を行い乾燥した後、テフロン(登録商標)容器に入れたリン酸三カルシウム懸濁液の中に浸漬し、容器毎オートクレーブ内に設置した。110℃で40時間反応させたのち取り出し、オージェ電子表面分析装置を用いて元素分析したところ、酸化皮膜表面にリンとカルシウムの存在が認められた。
【実施例2】
【0012】
直径4mm、長さ20mmのうち片端から10mmをネジ形状とした純チタン製インプラントを作成した。ネジのない部分にバフ研磨を施した後、さらに化学研磨を行い鏡面とした。これをアセトン中で十分に超音波洗浄を行い乾燥した後、テフロン(登録商標)容器に入れた非晶質リン酸カルシウム懸濁液の中に浸漬し、容器毎オートクレーブ内に設置した。120℃で40時間反応させたのち取り出し、イヌ顎骨内にネジ部のみを埋入し歯肉上皮を縫合したところ、歯肉との接合性がきわめて良好で、6カ月後でも発赤、出血、疼痛、腫脹、歯肉退縮、ポケット、骨吸収など明らかな感染や炎症は認められなかった。一方、対照とした未処理のものは、3ヶ月後で出血があり、ポケットが認められた。
【実施例3】
【0013】
下述(1)の処理により得られたチタンプレート、研磨しただけのチタンプレート(未処理)及び対照(プレートを含まず)について下述(2)以降に記載された諸条件下で細胞の接着状態について測定した。
(1)密封可能な耐圧瓶にイオン交換水を約300mlとα-TCPを約2gいれた。この密閉容器の中に片面鏡面研磨したJIS II種チタンプレート(12.5×12.5mm)を研磨面を上にして静置した。この時、α-TCPがチタン面に乗らないように配置した。この試料瓶を120℃に制御された恒温槽の中に20時間入れることにより水熱変換処理を行った。所定の時間後、試料を取り出し表面をかるくふき取り大気中で乾燥させた。そして、試料を滅菌パックに封入し、120℃のオートクレーブ中で約30分間滅菌した後、乾燥させた。
(2)細胞:NB1RGB cell(ヒト新生児皮膚線維芽細胞、理研cell bank)培地:RITC80-7(極東製薬社製)+10%FCS(IRVINE SCIENTIFIC社製)培養面積3.8cm2 12 well Micro Plate、或いは 2.0cm2 24 well Micro Plateを使用。Micro Plateに研磨面を上にして上記試料(チタンプレート(12.5×12.5mm))を置き、2×105個のNB1RGB cellを培養(37℃,5%CO2(インキュヘ゛ータ))した。培養開始後3及び6時間に試料プレートに接着した細胞のgenomic DNA量をDNAfragmentation ELISA Kit(Boehringer-Mannheim社製)で吸収波長450nmを使用して測定した。また、細胞数とDNA量から得た検量線より細胞数を求めた。結果を第1表に示す。
【表1】

【0014】
図1に、吸光度、図2に、試料チタンプレートの1表面に接着した細胞数の比較を示した。何れも試験開始後3時間と6時間についての結果である。図中、Ti Plateとは、未処理チタンプレート、Coated Ti plateは、(1)の処理を施したチタンプレートに接着した細胞についての値を示している。更に、細胞接着表面を走査型電子顕微鏡にて撮影した。その結果を図3〜図6に示す。図3、図4は、培養面積2cm2,24 well Micro Plateに5×5mmチタンプレートを置き、1×105個の細胞を培養して6時間後の写真を示す。図5、図6は、同じく24 well Micro Plateに同チタンプレートを置き1×104個の細胞を培養して、2日後の写真を示す。
各図中図3、図5は、未処理チタンプレート、図4、図6は、上記(1)の処理を施したプレート表面である。以上の結果からチタンプレートを研磨した後、リン酸イオン及びカルシウムイオン雰囲気下で水熱処理することによって細胞の接着性が増加することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明を説明する為の吸光度−時間グラフ図。
【図2】本発明を説明する為の細胞数−時間グラフ図。
【図3】本発明の実施例に対する比較例を説明するためのSEM写真。
【図4】本発明の実施例を説明するためのSEM写真。
【図5】本発明の実施例に対する比較例を説明するためのSEM写真。
【図6】本発明の実施例を説明するためのSEM写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属芯材表面に異なる研磨手段から選ばれた2種類以上の研磨を行った部位に水熱処理部を有する生体用インプラント。
【請求項2】
金属芯材表面に異なる研磨手段から選ばれた2種類以上の研磨を行った後、水熱処理を行うことを特徴とする生体用インプラントの製造方法。
【請求項3】
前記研磨の種類が機械研磨、化学研磨、電解研磨である請求項1に記載の生体用インプラントの製造方法。
【請求項4】
前記金属がチタン材である請求項1,2に記載の生体用インプラント及び生体用インプラントの製造方法。
【請求項5】
前記水熱処理部が、リン酸及びカルシウムを含む酸化皮膜である請求項1に記載の生体用インプラント。
【請求項6】
前記水熱処理が、リン酸イオン及びカルシウムイオンを含む水性雰囲気下で行われた請求項1に記載の生体用インプラント及び生体用インプラントの製造方法。
【請求項7】
前記水熱処理の条件が、温度90℃以上、処理時間1〜200時間である請求項1、2及び4に記載の生体用インプラントの製造方法。
【請求項8】
前記水熱処理部が、軟組織との接触部である請求項1乃至7に記載の生体用インプラント及び生体用インプラントの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−218310(P2006−218310A)
【公開日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−92346(P2006−92346)
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【分割の表示】特願平8−195453の分割
【原出願日】平成8年7月5日(1996.7.5)
【出願人】(000126757)株式会社アドバンス (60)
【Fターム(参考)】