説明

生体用複合材料及びその製造方法

【課題】力学的生体適合性及び生理的生体適合性の双方に優れ、製造も容易な生体用複合材料を提供する。
【解決手段】チタン多孔質体A内に充填すべきポリマーのモノマー液Bを容器内に準備する。モノマー液Bは重合開始剤を含み、重合開始温度以下の温度に保持される。そのモノマー液Bにチタン多孔質体Aを浸漬し、多孔質体A内の空隙Cの全体にモノマー液Bを充填する。充填完了後にモノマー液Bを重合開始温度以上の温度に加熱し、モノマー液Bをポリマーbに変化させる。多孔質体A内でモノマー液Bがポリマーbに変わり、ポリマーbが高充填率で均一充填されたチタン多孔質体Aが製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工骨、人工関節、インプラント材料等に使用される生体用複合材料及びその製造方法に関し、より詳しくはチタン多孔質体を基材とする生体用複合材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、人工股関節や人工歯根を構成する人工骨材料としては、金属系材料が主体であり、金属系材料のなかでもチタン合金が最も好適とされている。これは、チタン合金がステンレス鋼やCo−Cr合金などの他の金属系材料と比べて、比強度が高く(軽くて強靱)、金属系材料のなかでは比較的生体に対する適合性に優れているからである。そしてチタン合金のなかでも、β型Ti−29Nb−13Ta−4.6Zr合金は生体に対する毒性が少なく、特に優れた生体用材料として有望視されている。
【0003】
ちなみに、純チタンは強度が不足しており、工業界では代表的なチタン合金であり、生体用材料としても最も多く利用されているTi−6Al−4V合金はVの毒性が問題視されている。
【0004】
金属系生体材料で常に問題視されるのが、強度と弾性率の関係である。強度についてはは、軽くて高強度であるのが望ましいことは言うまでもない。しかし、高強度な金属材料は往々にして弾性率が高い。一方、生体用材料が接合される生体皮質骨の弾性率は約10〜30GPaと低い。生体用金属材料と生体皮質骨の弾性率が近いことは、最も重要視される力学的生体適合性である。
【0005】
チタン合金はステンレス鋼、Co−Cr合金等の他の生体用金属材料と比べると、この弾性率が低く、この点でも生体材料として適する。しかし、低弾性率であるといっても、純チタン及びTi−6Al−4V合金の弾性率は100GPa程度もあり、依然として生体皮質骨の弾性率との開きは大きい。したがって、チタン合金の弾性率を更に低下させる工夫が各方面で講じられている。ちなみに、SUS316Lステンレス鋼の弾性率及びCo−Cr合金の弾性率は、共に200GPa以上である。
【0006】
チタン合金の弾性率を低下させる有力な手法の一つは多孔質化(ポーラス化)であり、この考えに沿って様々な生体用チタン多孔質体が提案されている。しかし、チタン合金の多孔質化は、一方で機械的強度の低下を招く。したがって、多孔質化と共に、その強度低下を抑制する対策が必要となり、その対策の一つが、非特許文型1により提示された、チタン多孔質体への超高分子量ポリエチレンのホットプレスによる圧入である。
【0007】
【非特許文献1】日本金属学会2006年春期大会講演概要第177頁(会期2006年3月21〜23日)
【0008】
非特許文献1では、プラズマ回転電極法を用いて作製した純チタン粉末の真空焼結体をポリエチレンで挟み、温度473K、時間600sの条件で真空ホットプレスを行うことにより、チタン多孔質体と超高分子量ポリエチレンの複合化が図られている。
【0009】
チタン多孔質体内の空隙へ超高分子量ポリエチレンを充填することの第2の利点は、生理的生体適合性の付与である。すなわち、チタン合金は金属系生体材料のなかでは比較的生理的生体適合性が良好であるが、金属である以上、限界があり、生理的生体適合性の更なる改善が必要である。このために、チタン多孔質体内の空隙へアパタイト系無機材料を充填することは特許文献1及び2に提案されている。また、超高分子量ポリエチレン等のポリマーも生体材料として多々使用されており、チタン多孔質体内へこれを充填することにより、チタン多孔質体の生理的生体適合性の更なる向上を期待することができる。
【0010】
【特許文献1】特許第3619869号公報
【特許文献2】特開2003−325654号公報
【0011】
しかしながら、ホットプレスでチタン多孔質体内の空隙全体に超高分子量ポリエチレンを充填することは技術的に困難であり、中心部には空隙が残るおそれがある。特に、チタン多孔質体内の平均空隙径が小さいほど、樹脂の充填が困難となり、中心部に空隙が残る危険性が大となる。チタン多孔質体内に空隙が残ると、この未充填部に応力集中が起こり、機械的強度が期待するレベルまで上がらない。これに加え、チタン多孔質体内の空隙へのポリマー注入が不完全であると、その材料を切断して使用した場合に切断面に未注入部分が露出し、所定の生理的生体適合性が得られないおそれがある。また、ホットプレスによる圧入は、大がかりな設備を必要とする点でも問題である。
【0012】
一方、アパタイト系無機材料の充填には、乾燥工程、高温での焼結工程が必要であり、高温焼結工程において基材であるチタン多孔質体の特性が変化するおそれがある。また、生理的生体適合性が骨材に限定されるという制約がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、力学的生体適合性及び生理的生体適合性の双方に優れ、製造も容易な生体用複合材料及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、本発明者はチタン多孔質体へのポリマー系生体材料の充填が最も有効であると考え、その充填法について鋭意研究した。その結果、以下の事実が判明した。
【0015】
ホットプレスによる超高分子量ポリエチレンの注入で問題なのは、溶融した超高分子量ポリエチレンは溶融状態とは言え、その粘度が高く、チタン多孔質体内への充填がスムーズに進まないことと考えられる。超高分子量ポリエチレンは、代表的なポリマー系生体材料であり、人工股関節の臼蓋部分等に使用されているが、これ以外にも軟質ポリ塩化ビニル、シリコーン、ポリウレタン、ポリメタクリル酸メチル、ポリスルホン、ポリグリコール酸、ポリ乳酸など、ポリマー系生体材料は数多く存在する。
【0016】
ポリマーはモノマーが重合したものであり、そのモノマーは低粘度の液体又は気体として存在する。ポリメタクリル酸メチルのモノマーであるメタクリル酸メチルは常温で低粘度の液体であり、重合開始温度も例えば343Kと比較的低温である。メタクリル酸メチル液にチタン多孔質体を浸漬した場合、その液体は多孔質体内の空隙にスムーズに侵入し、真空脱泡処理等を併用すれば、多孔質体内の空隙に完全に充填率で充填させることができる。そして、充填後にその液体を重合開始温度以上に加熱すれば、多孔質体内でメタクリル酸メチルが重合してポリメタクリル酸メチルとなり、ポリメタクリル酸メチルが多孔質体内の空隙に断面積比で98%以上という極めて高い充填率で均一に充填されたチタン多孔質体が得られる。特に、チタン多孔質体内の平均空隙孔径が20μm以下、さらには10μm以下というような場合も98%以上という極めて高い充填率が得られる。
【0017】
ポリメタクリル酸メチルは眼内レンズ、ハードコンタクトレンズ等に使用される生体材料で、生理的生体適合性が高いことは勿論、ポリマー系生体材料のなかでは機械的強度が比較的高く、取り扱いも容易であることから、多孔質体の強化に特に適する。
【0018】
重合開始剤の添加量を変えたり架橋剤を加えるなど、モノマー液の調製を行えば、力学的性質が異なったポリマーを生成することができる。これにより、ポリマーの性質を使用目的に合わせて調整することができる。ホットプレスによる充填では、使用するポリマー以外の性質を期待することはできない。
【0019】
本発明はかかる知見を基礎として完成されたものであり、その生体用複合材料は、チタン多孔質体が基材とされ、その基材内の空隙全体に、重合前のモノマーが液体であるポリマー系生体材料が高充填率で実質的に隙間なく均一に充填されたものである。
【0020】
また、本発明の生体用複合材料の製造方法は、チタン多孔質体中に充填すべきポリマーのモノマー液であり、重合開始剤を添加されると共に重合開始温度以下に保持された液体を容器内に準備する工程と、容器内のモノマー液中にチタン多孔質体を浸漬する工程と、モノマー液中でチタン多孔質体中にモノマー液を充填する工程と、モノマー液を重合開始温度以上に加熱する工程とを含んでいる。
【0021】
図1は本発明の基本概念図である。本発明で使用するポリマー系生体材料の特性としては、重合前のモノマーが液体であることが必要であり、特に常温で液体であることが望ましい。そのモノマー液Bにチタン多孔質体Aを浸漬すると、多孔質体A内の空隙C(多孔質体Aが粉末焼結体の場合は隣接する粉末粒子a間に形成される隙間)にモノマー液Bが侵入する。モノマー液Bは重合後のポリマーの溶融物より粘性が低く、多孔質体A内の空隙Cに侵入しやすい。多孔質体A内の空隙Cにモノマー液Bが完全に充填された状態で、モノマー液Bをポリマーbに重合する。かくして、チタン多孔質体A内の空隙Cの全体に極めて高い充填率で均一にポリマーbが充填された、チタン−ポリマー複合体が得られる。ポリマーbの均一性については、ポリマー重合前のモノマー液を用いることがその向上に寄与していることは勿論であるが、ポリマーの充填率が高いことも、その均一性に寄与している。
【0022】
モノマー液中でチタン多孔質体中にモノマー液を充填する際に、真空脱泡処理等によりチタン多孔質体中から気泡を強制除去するのが、充填率を高める点から好ましい。モノマー液の重合により、多孔質体内のモノマー液だけでなく多孔質体外のモノマー液もポリマーに変化する。すなわち、容器内のモノマー液の全部がポリマーに変化する。容器内に生成したポリマー塊からチタン多孔質体を採取することにより、ポリマーが高充填率で均一に充填したチタン多孔質体が得られる。
【0023】
基材であるチタン多孔質体は、球状チタン粉末、特にガスアトマイズ粉末の焼結体が好ましい。球状チタン粉末の焼結体は、HDH粉末などの不定形粉末の焼結体と比べて表面が滑らかであるため、粒子間に形成される隙間の形状が滑らかで大きさが揃う。また粉末粒子間にモノマー液を含浸させるのに好都合な連通孔を有する。このためモノマー液の充填性が高く、完全充填が容易である。更に、粉末粒子の粒径の変更、焼結条件の変更により空隙率を広範囲に変更することができる。
【0024】
このようなメカニズムにより、本発明の生体用複合材料及びその製造方法においては、ホットプレスでは殆ど実施不能な微小小空隙孔への高密度充填が可能となる。すなわち、チタン多孔質体においては、粉末粒子径が小さくなるほど空隙孔径が小さくなる傾向があり、粉末焼結条件による若干の違いはあるものの、平均空隙孔径は平均粉末粒子径の1/4〜1/3と言われている。平均粒子径は用途によって様々であり、平均粉末粒子径が小さい生体材料も必要となる。そのような生体材料の場合、空隙孔径も小さくなり、ホットプレスでは充填が困難となるが、本発明の生体用複合材料及びその製造方法においては、平均空隙孔径が100μm以下の場合も95%以上の充填率が可能であり、98%以上の充填率さえも可能である。更に言えば、平均空隙孔径が60μm以下の場合も95%以上の充填率が可能であり、98%以上の充填率さえも可能であり、30μm以下の場合も95%以上の充填率が可能であり、98%以上の充填率さえも可能であることを確認している。このような空隙孔径が小さいチタン多孔質体、換言すれば平均粒子径が小さいチタン多孔質体におけるポリマーの充填率の高さが本発明の特徴の一つである。なお、充填率とは、多孔質体内の空隙中のポリマー占有率であり、本発明では断面における面積比で表されている。
【0025】
チタン粉末の材質は、純チタン、チタン合金のいずれでもよいが、純チタンより高強度であり、かつVなどの生体へ悪影響を与える危険のある元素を含まないチタン合金が好ましく、前述したβ型チタン合金、とりわけTi−29Nb−13Ta−4.6Zr合金などが好適である。
【0026】
チタン多孔質体で重要な特性は空隙率である。空隙率は大きくなるほど、弾性率は低下して皮質骨のそれに近づくが、その一方で機械的強度は低下する。機械的強度の低下はポリマーの充填で補うことができるので、皮質骨に近い弾性率が得られるように空隙率を選択することが重要である。具体的には、弾性率を皮質骨に近づけるために、チタン多孔質体の空隙率は大きいほどよい。空隙率が大きくなるとポリマーの充填比率が増大するので、空隙率の増大による機械的強度の低下は抑制され、その傾向は空隙率が大きくなるほど顕著となる。このようなことから、チタン多孔質体の空隙率は35%以上が好ましく、40%以上がより好ましい。空隙率の上限については、空隙率が大きくなると、機械的強度の低下が顕著となり、ポリマーの充填によっても、更には後述するシランカップリング処理よっても皮質骨レベルまで高めることが困難となる。また、球状チタン粉末焼結体の空隙率は概ね20〜55%である。このようなことから、空隙率の上限については50%以下が好ましく、45%以下が特に好ましい。
【0027】
球状チタン粉末焼結体の場合、粉末粒子径が大きくなるほど空隙率が大きくなる傾向がある。すなわち、その空隙率は焼結度によっても変化するが、焼結度を同程度とすれば、粉末粒子径が大きくなるほど空隙率が大きくなる(表1参照)。また、焼結度と空隙率の関係については、焼結温度、焼結時間等によって空隙率が変化する。粉末粒子径と焼結条件との組合せにより、空隙率を広範囲に変化させることができる。
【0028】
チタン多孔質体に組み合わせるポリマー系生体材料は、チタン多孔質体の機械的強度向上を目的とするものである場合、そのチタン多孔質体の機械的強度と同等かこれ以上のものの方が効果的である。他の特性としては、良好な生体適合性に加え、取り扱い性の点、チタン多孔質体の変質回避の点からモノマーの重合温度が低いこと、充填性の点からモノマーの粘度が低いことなどが重要である。チタン多孔質体との適性が特に良好なポリマー系生体材料は、ポリメタクリル酸メチルであるが、求める特性によってはこれ以外のポリマー系生体材料の使用も無論可能である。チタン多孔質体におけるポリマー系生体材料の充填率、均一性は高いほど好ましい。
【0029】
ちなみに、ポリメタクリル酸メチルの引張強度は48〜76MPaであり、その弾性率は約3GPa)である。
【0030】
ポリマー充填チタン多孔質体の物性には、チタン多孔質体とポリマー系生体材料との界面性状も影響し、具体的にはチタン多孔質体におけるチタン粉末粒子とポリマー系生体材料との界面の接着性を改善することにより、ポリマー充填チタン多孔質体の機械的強度を更に高めることができる。金属材料と高分子材料との界面の接着性を改善するのに有効な手段として、シランカップリング処理があり、本発明者らによる実験の結果、チタン多孔質体とポリマー系生体材料との接着性の改善にも、チタン多孔質体へのシランカップリング処理が有効であり、とりわけ機械的強度の改善に有効であることが判明した。
【0031】
一般にシランカップリング剤とは、有機物とケイ素物とから構成され、一つの分子中に無機材料及び有機材料のそれぞれに対して反応性を示す官能基を有する化合物である。その一般的な化学構造は化学式1のように表される。
【0032】
【化1】

【0033】
ここで、ROはメトキシ基、エトキシ基、或いはアセトン基等の無機材料と化学結合する加水分解性基、Xはアミノ基、メタクリロシキ基、或いはエポキシ基等の有機官能性基を示す。このようなシランカップリング剤は水と接することにより加水分解されてシラノールとなり、シラノール基が互いに部分的に脱水結合してシランオリゴマーを形成する。シランオリゴマーは、無機材料表面に水素結合的に吸着し、その後、無機材料を乾燥処理することにより脱水縮合反応させると、無機材料及び有機材料間に強固な化学結合が生じる。
【0034】
チタン多孔質体とポリマー系生体材料とを複合化するにあたって予めチタン多孔質体をこのシランカップリング剤溶液によって処理するシランカップリング処理により、チタン多孔質体とポリマー系生体材料の接合性を高め、特に機械的強度の更なる向上を図ることができる。
【0035】
製造された生体用複合材料内のポリマー系生体材料中に未重合モノマーが残留する危険性がある。残留モノマーによる生体への悪影響を回避するために、温水中への浸漬、ヘキサン洗浄、真空乾燥等によるモノマー除去処理を行うのが望ましい。
【発明の効果】
【0036】
本発明の生体用複合材料は、チタン多孔質体内の空隙全体にポリマー系生体材料が、極めて高い充填率で均一に充填しているので、第1に、多孔質化に伴う強度低下を効果的に抑制することができる。第2に、多孔質化により弾性率が低下し、生体皮質骨の弾性率との差を小さくでき、生体皮質骨の弾性率と同等にすることも可能である。第3に、充填材料が弾性率の低いポリマーであるために、充填による弾性率の上昇を小さく抑制できる。これらにより力学的生体適合性に優れる。第4に、どの部位で切断してもポリマーが十分に露出し、切断部位による生理的生体適合性の差を生じない。第5に、単なるポリマーではなく、重合前のモノマーが液体であるポリマーを使用する。その重合温度が焼結温度より格段に低いために、焼結で問題となるチタン多孔質体の変質を回避できる。第6に、モノマーをポリマーに変化させる際の架橋構造の制御が可能であり、その制御により、多種多様な特性をポリマーに発現させることができる。したがって、適用範囲が広い。第7に、大がかりな製造設備を必要とせず、経済性に優れる。
【0037】
また、本発明の生体用複合材料の製造方法は、チタン多孔質体中に充填すべきポリマーのモノマー液中にその多孔質体を浸漬し、多孔質体中でモノマーをポリマーに変化させることにより多孔質体中にポリマーを充填するので、多孔質体中の空隙孔径が大きい場合はもとより、小さい場合もその空隙内にポリマーを高密度で簡単に充填することができる。このため、空隙孔径が小さいチタン多孔質体中にポリマーが高密度で充填した複合材料についても、これを経済的に製造することができる。空隙孔径が小さいチタン多孔質体中にポリマーが高密度で充填した複合材料の特徴は前述したとおりである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下に本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。図2〜図4は本発明の生体用複合材料の製造方法の一例を工程順に示す模式図である。
【0039】
本実施形態の生体用複合材料の製造方法では、球状チタン粉末焼結体からなるチタン多孔質体内にポリメタクリル酸メチル(PMMA)が完全充填した生体用複合材料が製造される。この製造のために先ず、図2(a)に示すように、ポリメタクリル酸メチルのモノマーであるメタクリル酸メチル(MMA)の溶液1を容器2内に準備する。容器2内のモノマー液1に重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を例えば5mol%加え、その重合開始剤が十分に溶解するまで攪拌する。
【0040】
次いで、図2(b)に示すように、チタン多孔質体3である球状チタン粉末焼結体を容器2内の混合液4に浸漬する。浸漬する方法としては、例えばチタン多孔質体3を針金で縛って混合液4中に吊すといった方法を用いる。チタン多孔質体3を混合液4に浸漬することにより、多孔質体3内の空隙に混合液4が侵入する。チタン多孔質体3に対しては、必要に応じて予めシランカップリング処理をしておく。
【0041】
空隙への混合液4の充填を促進するために、図3(a)に示すように、真空脱泡処理を行う。具体的には、混合液4を収容する容器2を混合液4に浸漬されたチタン多孔質体3と共にデシケータ5内に配置し、そのデシケータ5内を真空ポンプ6にて真空排気する。モノマーは揮発性が高く、真空排気に伴ってポンプ6へ混入する。これを防ぐために、排気管7の途中にコールドトラップ8が設けられており、ここでモノマーが捕捉される。この真空排気処理により、チタン多孔質体3内の気泡が除去され、多孔質体3内の空隙に混合液4が高充填率で均一充填される。
【0042】
チタン多孔質体3内への混合液4の充填が終わると、図3(b)に示すように、混合液4を収容する容器2をチタン多孔質体3と共にデシケータ5内から取り出し、恒温槽9内に配置し、容器2内の混合液4をモノマーの重合開始温度(ここでは313K)以上に加熱する。これにより容器2内の混合液4がポリマーに変わる。10は容器2を恒温槽9内に保持するクランプ、11は同スタンドである。
【0043】
容器2内の混合液4をポリマーに変化させ終わると、図4(a)に示すように、容器2内からポリマー12の塊を塊中のチタン多孔質体3と共に取り出す。この段階では、チタン多孔質体3内の混合液4もポリマー12に変化している。容器2内からポリマー12の塊が取り出されると、図4(b)に示すように、ポリマー12の塊からチタン多孔質体3をファインカッターにて切り出す。切り出されたチタン多孔質体3は、内部の空隙全体がポリマー(ポリメタクリル酸メチル)によって極めて高い充填率で均一に充填されたチタン−ポリマー複合体13である。
【0044】
チタン多孔質体3を切り出すとき、表面にポリマー12を残せば、表面がポリマー12で覆われた複合体13を得ることができる。チタン多孔質体3は、ここでは板材としたが、用途に応じた形状に成形したものでもよいし、ポリマー充填後に用途に応じた形状に加工することも可能である。前者の場合は、表面の一部又は全部にポリマーを残すことにより、ポリマー被覆複合体を簡単に作製することができる。後者の場合は、多孔質体の空隙全体にポリマーが充填されているので、切断部位に関係なく切断面の状況は同じ(所定比率でポリマーが存在するもの)となる。
【実施例1】
【0045】
以上の手順でチタン−ポリメタクリル酸メチル複合体の試験片を作製した。すなわち、まずチタン多孔質体から試験片を採取した。チタン多孔質体は、純チタン(2種)のガスアトマイズ球状粉末焼結体であり、粉末粒子径及び空隙率が異なる3種類である。表1に、3種類のチタン多孔質体(pTi45、pTi150、pTi250)の物理的特性を示す。
【0046】
【表1】

【0047】
試験片は平行部断面が5mm×2mm、標点間距離20mmの平板型引張試験片である。そして、チタン多孔質体から採取した試験片を、図2〜図4に示す方法によりポリメタクリル酸メチル(PMMA)と複合化した。粒径が大きくなるpTi45、pTi150、pTi250の順番で焼結温度を上げた。真空脱泡処理における減圧条件は0.05MPa×3.6ksとした。
【0048】
表1から分かるように、焼結条件にもよるが、基本的には、チタン多孔質体における平均粒子径が大きくなるにしたがって空隙率が大きくなり、それに伴ってポリメタクリル酸メチルの含有量も多くなる。多孔質体の空隙率が35〜50%の場合、ポリメタクリル酸メチルの含有量は13〜21重量%となる。純チタンの比重は4.5、ポリメタクリル酸メチルの比重は1.2である。また、チタン多孔質体における平均粒子径が小さくなるにしたがって平均空隙孔径が小さくなり、pTi250(平均粒子径179μm)の平均空隙孔径は53μm、pTi150(平均粒子径79μm)の平均空隙孔径は23μm、pTi45(平均粒子径24μm)の平均空隙孔径は6.5μmであり、平均空隙孔径は平均粒子径の1/4〜1〜3の範囲内である。
【0049】
3種類の複合体の弾性率を調査した結果を図5(a)に示す。参考までに、皮質骨の弾性率(10〜30GPa)、ポリメタクリル酸メチルの弾性率を合わせて示す。また、3種類の複合体の引張強度を調査した結果を図5(b)に示す。参考までに、皮質骨の引張強度(60〜150MPa)、ポリメタクリル酸メチルの引張強度を合わせて示す。
【0050】
正常に固化したポリメタクリル酸メチルの特性は、重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)の混合量、重合開始温度等により殆ど変化しない。正常に固化するか否かを決める最重要因子は、重合反応に伴う発熱の管理である。ここでは、混合量は5mol%、重合開始温度は313Kとした。その弾性率は約3GPa、引張強度は約50MPaである。また、純チタン(2種)のバルク材の弾性率は約100GPa、引張強度は約350MPaである。
【0051】
純チタンの多孔質化により弾性率が低下し、皮質骨と同等かそれ以下にすることができる。ただし、多孔質化によりチタン合金の機械的強度は著しく低下し、皮質骨よりも更に低下する。チタン多孔質体内にポリメタクリル酸メチルを充填すると、多孔質化による機械的特性の低下が改善され、一部は皮質骨の機械的強度に匹敵するまでに改善される。弾性率はポリメタクリル酸メチルの充填によっても大きくは変化しないので、純チタンの多孔質化による弾性率の低下に悪影響を与えない。
【0052】
チタン粉末の粒径が45μm以下である空隙率35%の多孔質体(pTi45)の場合、ポリメタクリル酸メチルの充填前は、弾性率は皮質骨と同等レベルであるが、引張強度は皮質骨より低い。ポリメタクリル酸メチルの弾性率はpTi45より低く、引張強度はpTi45と同等である。その充填により、弾性率は殆ど変化しない。引張強度は皮質骨レベルまで上がる。かくして、弾性率、機械的強度ともに皮質骨と同等レベルとなる。
【0053】
製造された複合体は又、ポリマー系生体材料との複合体であるため、純金属材料と比べて生理的な生体適合性が良好なことはいうまでもない。そのポリマー系生体材料は、多孔質体内の全体に充填されているので、コーティングで問題となる剥離の危険がない。また、均一に充填されているため、切断部位によるポリマー比率の差が生じない。
【0054】
チタン粉末焼結体における空隙率は、粉末粒径、焼結温度、加圧の有無等により広範囲に調整可能である。ポリマー系生体材料の含有比は多孔質体内の空隙率に支配されるので、本発明の複合材料では、ポリマー系生体材料の含有率を広範囲に調整することができ、この点からも適用範囲が拡大する。
【実施例2】
【0055】
表1に示した3種類の粒径分布をもつ純Ti(2種)のガスアトマイズ球状粉末について、焼結条件を様々に変化させて7種類のチタン多孔質体を作製した。作製した7種類のチタン多孔質体の特性を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
チタン多孔質体の種類を示す「Ti45−35」中の前の数字「45」は最大粒径、後の数字「35」は空隙率を表す。他のチタン多孔質体についても同じである。表2中のTi45−35、Ti150−45、Ti250−50は表1中の3種類のチタン多孔質体(pTi45、pTi150、pTi250)に各対応している。
【0058】
7種類のチタン多孔質体から試験片を採取した。試験片は、平行部断面が3mm×2mm、平行部長さが13mm(標点間距離10mm)の引張試験片である。一部の試験片にはシランカップリング処理を行った。シランカップリング処理では、シランカップリング剤として3−メタクリロキシプロピルトリメトキシキシランを用い、これの2vol%溶液に試験片を浸漬した。各試験片を実施例1と同じ方法でポリメタクリル酸メチル(PMMA)と複合化した。
【0059】
7種類の複合体の弾性率及び引張強度をシランカップリング処理なし、シランカップリング処理ありの両方について調査した結果を、チタン多孔質体単体の場合と比較して図6(a)(b)に示す。また、これらの複合体の弾性率及び引張強度の、チタン多孔質体のこれら特性に対する比率を図7に示す。皮質骨の弾性率は10〜30GPa、引張強度は60〜150MPaである。
【0060】
図5に示した結果と同様に、チタン多孔質体の空隙率が大きくなるに従って弾性率が低下し、皮質骨のそれに近づく。一方で引張強度が激減し、皮質骨のそれを下回る。しかし、ポリマー系生体材料の充填により引張強度が改善される。特に、チタン多孔質体にシランカップリング処理を施した場合の引張強度の改善効果が大きい。弾性率の回復は軽微であり、シランカップリング処理の影響も小さい。このようなポリマー系生体材料の充填効果は、チタン多孔質体の空隙率が大きくなるほど顕著となる。これは、チタン多孔質体の空隙率が大きくなると、ポリマー系生体材料の充填量が増加するためと考えられる。
【0061】
かくして、チタン多孔質体の空隙率が35〜50%の場合に、ポリマー系生体材料の充填により、皮質骨と同等の引張強度及び弾性率の確保が可能となり、チタン多孔質体の空隙率が35〜45%の場合には、その確保がより容易となる。ポリマー系生体材料の充填による引張強度の改善に、シランカップリング処理は有効である。
【0062】
チタン多孔質体の空隙部に占めるポリマー系生体材料の面積割合を、走査型電子顕微鏡による画像解析から調査したところ、いずれの生体用複合材料においても、ポリマー系生体材料の充填率は98%以上であった。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の基本概念図である。
【図2】(a)及び(b)は本発明の生体用複合材料の製造方法の一例を工程順に示す模式図である。
【図3】(a)及び(b)は本発明の生体用複合材料の製造方法の一例を工程順に示す模式図である。
【図4】(a)及び(b)は本発明の生体用複合材料の製造方法の一例を工程順に示す模式図である。
【図5】(a)及び(b)は本発明の生体用複合材料において多孔質体の空隙率と複合材料の機械的特性との関係を示すグラフである。
【図6】(a)及び(b)は本発明の生体用複合材料において多孔質体の空隙率と複合材料の機械的特性との関係を示すグラフである。
【図7】本発明の生体用複合材料の弾性率及び引張強度の、チタン多孔質体のこれら特性に対する比率を、チタン多孔質体の空隙率との関係について示したグラフである。
【符号の説明】
【0064】
1 モノマー液
2 容器
3 チタン多孔質体
4 混合液
5 デシケータ
6 真空ポンプ
7 排気管
8 コールドトラップ
9 恒温槽
10 クランプ
11 スタンド
12 ポリマー
13 複合体
A 多孔質体
a 粉末粒子
B モノマー液
b ポリマー
C 空隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン多孔質体が基材であり、その基材内の空隙全体に、重合前のモノマーが液体であるポリマー系生体材料が高充填率で充填されていることを特徴とする生体用複合材料。
【請求項2】
請求項1に記載の生体用複合材料において、チタン多孔質体内の平均空隙孔径が100μm以下であり、且つ前記チタン多孔質体内の空隙におけるポリマー系生体材料の充填率が断面における面積比で95%以上である生体用複合材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の生体用複合材料において、前記チタン多孔質体の空隙率が35〜50%である生体用複合材料。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の生体用複合材料において、ポリマー系生体材料はポリメタクリル酸メチルである生体用複合材料。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の生体用複合材料において、前記チタン多孔質体は球状チタン粉末焼結体である生体用複合材料。
【請求項6】
チタン多孔質体中に充填すべきポリマーのモノマー液であり、重合開始剤を添加されると共に重合開始温度以下に保持された液体を容器内に準備する工程と、容器内のモノマー液中にチタン多孔質体を浸漬する工程と、モノマー液中でチタン多孔質体中にモノマー液を充填する工程と、モノマー液を重合開始温度以上に加熱する工程とを含む生体用複合材料の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の生体用複合材料の製造方法において、モノマー液に浸漬されたチタン多孔質体中から気泡を強制除去する生体用複合材料の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の生体用複合材料の製造方法において、チタン多孔質体を、モノマー液に浸漬する前にシランカップリング処理する生体用複合材料の製造方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれかに記載の生体用複合材料の製造方法において、容器内に生成したポリマー塊からチタン多孔質体を採取する生体用複合材料の製造方法。
【請求項10】
請求項6〜9に記載の生体用複合材料の製造方法において、前記ポリマーはポリメタクリル酸メチルである生体用複合材料の製造方法。
【請求項11】
請求項5〜10のいずれかに記載の生体用複合材料の製造方法において、前記チタン多孔質体は球状チタン粉末焼結体である生体用複合材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−66387(P2009−66387A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−68068(P2008−68068)
【出願日】平成20年3月17日(2008.3.17)
【出願人】(397064944)株式会社大阪チタニウムテクノロジーズ (133)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】