説明

生体組織に範をとったエネルギー・情報生成膜システム

【課題】生体組織に範をとったリン脂質を用いた相界面膜からなる新規膜構造物、および該膜構造物を利用した、新規エネルギー生成デバイスの提供。
【解決手段】以下の工程を含む膜構造物の作成方法(1)小孔を有する基材の小孔内に、機能性分子(A)を含有する水相(A)を加える工程、(2)該水相(A)より比重が小さく、リン脂質を含有する油相を積層する工程、(3)該油相中に該油相と等比重の電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、(4)該油相より比重が小さく、機能性分子(B)を含有する水相(B)を積層する工程、(5)該単分子層被覆水滴を該水相(A)の界面および該水相(B)の界面と接触させる工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン脂質を用いた相界面膜に膜タンパク質などが組み込まれた新規膜構造物(上皮様相界面膜)の作成方法、該作成方法によって得られる膜構造物および該膜構造物を用いたエネルギー生成デバイス・情報処理デバイスなどに関する。
【背景技術】
【0002】
現在の世界的なエネルギー危機に対して様々な解決のための試みが行われている中で、生物原理を基礎としたアプローチが長年提案されてきた。それは生物の効率的なエネルギー戦略に学び、そこで使われているタンパク質などを利用・実装するというアイデアである。たとえばプロトンポンプと呼ばれる膜タンパク質はきわめて高いエネルギー効率を示すことが示されており、またイオンチャネルには小分子の立体異性体などを厳密に区別し応答し、しかもアルカリ金属イオンという極めてサイズの近いイオン種を厳密に選択して高速に透過できる。これらは人類が未だ合成に成功していない分子である。
その一分野として一枚の膜上に膜タンパク質などのセンサー素子を実装することによりセンサーデバイスとして用いるという発想は30年以上にわたって検討されてきたが、未だに実用化には至っていない。その最大の理由は、一枚膜の機械的脆弱性に起因する。また、実用化に向けてのデバイスの集積化・効率化を目指すための原理がそもそも想定されてこなかったことも実用化していないことの一因である。センサーデバイスでも未だ実用化されていない状況で、エネルギーデバイスの実現など夢のまた夢であった。
【0003】
脂質平面膜法と呼ばれている技術は、生体膜の代わりに、人工的に形成した脂質二重膜にチャネルを埋め込みその機能を電気生理学的に測定するための方法である。脂質平面膜法はすでに40年前に開発されたものであり、生化学的に抽出したチャネルタンパク質や合成ペプチドチャネルの機能解析のために使われてきた。現在では、脂質平面膜の形成技術は確立されており(特許文献1、2、非特許文献1)、また、精製した膜タンパク質を脂質二重膜に組み込む技術も確立している。さらに、発明者らは最近、油中水滴法により水相−油相(液滴含む)の層構造を形成させ、膜タンパク質を相界面膜中に組み込むことに成功している(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−98718号公報
【特許文献2】特開2006−312141号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】チャネル研究のための脂質平面膜法「新パッチクランプ実験技術法」(岡田泰伸 編), 吉岡書店, 153-183. 2011
【非特許文献2】Yanagisawa, M., M. Iwamoto, A. Kato, K. Yoshikawa, and S. Oiki: Oriented reconstitution of a membrane protein in vesicles with asymmetric lipid compositions: Experimental verification with the potassium channel KcsA. J. Am. Chem.Soc. 133, 11774-11779, 2011.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
エネルギー効率の良いバッテリーや情報処理能力の優れた情報デバイスを構築する上で生体が備える組織の原理を学び、取り込むことによって全く新しい動作原理のバッテリーや巧妙な情報処理を行うデバイスを開発する。従来、生体分子を人工膜上に組み込み生体分子の優れた分子認識能力などを利用する、という試みがあったが、すべてセンサーとしての利用にとどまっており、デバイスとしての自立性・体系性を欠いていた。バッテリーはもちろんのことセンサーでも外部からエネルギーを供給するのではなく、光エネルギーなどを利用した自律的なシステムを実現したい。
従って、本発明の目的は、リン脂質を用いた相界面膜に膜タンパク質などが組み込まれた新規膜構造物(上皮様相界面膜)を提供することである。本発明のさらなる目的は、該膜構造物を利用した、新規エネルギー生成デバイスや自律的情報デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、生体を構成する上皮組織の構造に注目した。上皮組織とは小腸や腎臓など物質輸送(イオン、アミノ酸、糖など)を担ったり、眼の網膜や聴覚の内耳など情報処理を担う組織である。上皮組織は2つの電解質溶液(たとえば小腸内腔液と組織液)を隔てる細胞層から構成され、それぞれの細胞はその細胞膜(脂質二重膜)の一部が一方のコンパートメントに、逆側の一部がもう一方のコンパートメントに曝露され、同一細胞を構成する細胞膜であってもその膜特性はその配置される位置によって異なることが知られている。上皮細胞は、一方のコンパートメントに曝露された膜には能動輸送体を、他方の膜には受動輸送体を備えることにより、上皮細胞層を横切る一方向のベクトル物質輸送とエネルギー輸送を行っている。本発明者らは上皮組織のこれら基本的機能を実装するために、全く新しい相界面膜を含む膜構造物の構築を思い至った。即ち、三枚のリン脂質の単分子層を二箇所で張り合わせ、二枚の脂質二重膜を相界面に形成する(図1、2)。このとき水−油界面にある単分子層を油層の厚さをコントロールして張り合わせるというところが全く新しい着想である。ここで単分子層形成などの要素技術は脂質平面膜法というすでに確立した方法を利用する。さらに、それぞれの脂質二重膜に異なる膜タンパク質を一定の向きに組み込むことにより、例えば図2における、水相(A)から単分子層被覆水滴へ、単分子層被覆水滴から水相(B)へ(あるいは逆向きの)という一方向物質輸送を実現できる。具体的には脂質二重膜(A)に光駆動ポンプを組み込み、脂質二重膜(B)にチャネルを組み込む。光駆動ポンプがバクテリオロドプシンの場合、光を照射すると単分子層被覆水滴にプロトンを輸送し、単分子層被覆水滴内にプロトンが蓄積する。チャネルをプロトンチャネルとすれば単分子層被覆水滴内の高濃度のプロトンと水相(B)の間に発生する濃度勾配にしたがってプロトンチャネルをプロトンが流れプロトンのNernast平衡電位が発生する(図3)。この結果、膜構造物の両側に電位差が発生する。これを電極で外部にとりだすことによってバッテリーとして利用できる。
この膜構造物は、上皮組織とトポロジカルに同等で、イオン輸送・エネルギー輸送を実現でき、コンパクトかつクリーンなエネルギー供給系を確立できることに着目した。
本発明者らは、これらの着想に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1]以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法
(1)小孔を有する基材の小孔内に、機能性分子(A)を含有する水相(A)を加える工程、
(2)該水相(A)より比重が小さく、リン脂質を含有する油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重の電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、機能性分子(B)を含有する水相(B)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を該水相(A)の界面および該水相(B)の界面と接触させる工程。
[2]機能性分子(A)がバクテリオロドプシンであり、かつ、機能性分子(B)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンの組み合わせ、または、機能性分子(A)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンであり、かつ、機能性分子(B)がバクテリオロドプシンの組み合わせである上記[1]記載の膜構造物の作成方法。
[3]以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法
(1)小孔を有する基材の小孔内に、機能性分子(A’)およびリン脂質(A’)を含有する水相(A’)を加える工程、
(2)該水相(A’)より比重が小さい油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重であって、リン脂質(B’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、機能性分子(B’)およびリン脂質(C’)を含有する水相(B’)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を水相(A’)の界面および水相(B’)の界面と接触させる工程。
[4]機能性分子(A’)がバクテリオロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンの組み合わせ、または、機能性分子(A’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’)がバクテリオロドプシンの組み合わせである上記[3]記載の膜構造物の作成方法。
[5]以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法
(1)小孔を有する基材の小孔内に、リン脂質(A’’)を含有する水相(A’’)を加える工程、
(2)該水相(A’’)より比重が小さい油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重であって、機能性分子およびリン脂質(B’’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、リン脂質(C’’)を含有する水相(B’’)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を水相(A’’)の界面および水相(B’’)の界面と接触させる工程。
[6]機能性分子(A’’)がバクテリオロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンの組み合わせ、または、機能性分子(A’’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’’)がバクテリオロドプシンの組み合わせである上記[5]記載の膜構造物の作成方法。
[7]上記[1]−[6]のいずれか1つに記載の膜構造物の作成方法によって作成される、膜構造物。
[8]上記[1]−[6]のいずれか1つに記載の膜構造物の作成方法によって作成される、膜構造物を用いた電池。
などを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の新規膜構造物の作成方法によって得られる該膜構造物は、リン脂質二重膜に組み込まれる膜タンパク質の組み合わせによって様々なタイプのエネルギー生成系と情報処理膜を構築することができる。
本発明の最大の特徴は、2枚のリン脂質二重膜の組成とそこに組み込む膜タンパク質を自由に制御できることである。たとえばリン脂質二重膜に関しては生体膜と同様に非対称の膜(異なる組成の単分子膜の張り合わせ)を簡単に実現できることである。また膜タンパク質をどちらのリン脂質二重膜に対しても希望する向きに取り込ませることができる。
直列に2枚のリン脂質二重膜を形成する方法は過去に全く例がなく、今後全く新しい基礎研究と応用研究が広がることが期待できる。2枚膜にすることによって一方のリン脂質二重膜にポンプを組み込んでエネルギー供給膜に、他方のリン脂質二重膜にチャネルやセンサーを組み込んで情報処理膜とすることができる。このようにしてエネルギーを自立的に供給して情報処理を行う自律膜としての系を確立できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、上皮組織の細胞構築を示した図である。
【図2】図2は、生体上皮様エネルギー膜を示した図である。
【図3】図3は、太陽電池の膜と膜タンパク質の構成を示した図である。
【図4】図4は、多小孔プレートでの上皮様相界面膜形成法と電流測定のためのアンプを示した図である。一個の小孔に1個の単分子層被覆水滴を組み込み、小孔間を外部電線でつなぐ方式と、一個の小孔の中に複数の単分子層被覆水滴を組み込み、接触させて、小孔間を外部電線でつなぐ方式をそれぞれ示している。これは生体上皮で見られる細胞間コミュニケーションと同等である。これにより水滴間の並列性を促進できる。
【図5】図5は、二つの水滴を接触させることにより形成される相界面にリン脂質二重膜が形成されることを示す図である。
【図6】図6は、各水滴に電極を挿入し、膜電圧をかけることでチャネル電流を記録した図である。
【図7】図7は、本発明の膜構造の具体的な作成法を示した図である。小孔に水、油、水の3層を重ね、油相に水滴を作る。各水−油界面には単分子層を形成する。ここまでがすべての作成手順で不可欠な基本構造である。どの水−油界面にどのリン脂質の単分子層を形成するかによって、これらを重ね合わせて形成される脂質二重膜の組成を自由にコントロールできる。脂質二重膜の組成や脂質二重膜の2枚のリーフレット(単分子層)の組成を変えるために、リン脂質を加える場所を変化させる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物(以下、本発明の膜構造物と記載する場合もある)の作成方法(以下、本発明の膜構造物の作成方法(I))を提供する。
(1)小孔を有する基材の小孔内に、機能性分子(A)を含有する水相(A)を加える工程、
(2)該水相(A)より比重が小さく、リン脂質を含有する油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重の電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、機能性分子(B)を含有する水相(B)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を水相(A)の界面および水相(B)の界面と接触させる工程。
【0012】
本発明の膜構造物の作成方法は、小孔を有する基材の小孔内に水相(A)を加える工程を含むことを特徴とする。
本発明の工程(1)で用いる基材の形状としては、曲面状であっても平面状であってもよく、例えば、フラスコ状、ディッシュ状、スライド状、チューブ状、シート状などが挙げられる。また、本発明の工程(1)で用いる基材の材質としては疎水性の素材、例えば、ガラス(疎水性表面処理をしたもの)、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリジメチルシロキサン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができるが、それらに限定されない。さらに本発明の工程(1)で用いる基材の厚さとしては、通常1mm〜10mm、好ましくは3mm〜6mmである。
【0013】
本発明の工程(1)で用いる基材は、水相および油相を積層することで、水相−油相の相界面を形成させるために用いられる。従って、本発明の工程(1)で用いる基材は、水相および油相を積層するための小孔を有することを特徴とする基材である。その孔径は、本発明の膜構造物の用途により適宜当業者が決定することができるが、少なくとも5mm以下であることが好ましい。また、小孔の深さは基材の厚さによるが、基材を貫通してもよいし、していなくてもよい。小孔が基材を貫通する場合は、貫通した面の一方を別の基材に接着することで塞ぐことが好ましい。この場合、接着するために用いる別の基材は、前記した基材と同一の材質からなるものであってもよいし、異なる材質からなるものであってもよい。
【0014】
本発明の工程(1)は、基材の小孔に水相(以下、水相(A)と表記する)を加えることを特徴とする工程である。ここで、水相(A)は、電解質溶液であれば特に限定されないが、例えば、塩酸−塩化カリウム緩衝液、グリシン−塩酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、炭酸−重炭酸緩衝液などが挙げられ、本発明の水相(A)のpHは、通常約3.0〜9.0であることから、その中でもクエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液などが好ましく用いられる。水相(A)を構成する電解質としてクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、トリスアミノメタン、塩化カリウム、塩化ナトリウム、硝酸タリウム、臭化カリウムなどが挙げられる。さらに、本発明の水相(A)の密度は、後述する油相よりも比重が大きいことが好ましい。従って、本発明の水相(A)の密度は、単糖類、二糖類、三糖類、多糖類、糖アルコール等によって調整される。単糖類としては、グルコース、フルクトース、キシロース等が用いられる。二糖類としては、マルトース、スクロース等が用いられる。三糖類としては、マルトトリオース等が用いられる。糖アルコールとしては、マンニトール、ソルビトール、キシリトール等が用いられる。多糖類としては、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ、プルラン等を用いることができる。その密度は通常1.2g/mlである。例えば、水相(A)にスクロースを加え比重1.2g/mlとし、後述する油相にはシリコンオイル(例えば、1.15g/ml)を用い、後述する水相(B)にはスクロースを加えずに低比重(1.1g/ml)にとどめることにより安定に水相(A)−油相−水相(B)の3層構造が形成される。本発明の水相(A)の厚さは、小孔の深さにもよるが、例えば、通常1mm〜5mm、好ましくは1mm〜2mmである。
【0015】
本発明の水相(A)は、機能性分子(A)が分散されていることを特徴とする。ここで、機能性分子(A)としては、本発明の構造体の一部を構成するリン脂質二重膜を貫通する態様で該膜に組み込まれる分子であって、Hを能動輸送または受動輸送させる機能を持つあるいは該機能を補助する分子であれば特に制限はされない。そのような機能性分子(A)としては、膜タンパク質、イオノフォアなどが挙げられる。膜タンパク質としては、例えば、バクテリオロドプシン(GenBankアクセッション番号:V00474.1(CAA23744.1))、チャネルタンパク質(カリウムチャネル、ナトリウムチャネル、カルシウムチャネル、プロトンチャネル、チャネルロドプシン等、好ましくは、プロトンチャネル(GenBankアクセッション番号:NP_001035196.1(NM_001040107.1))チャネルロドプシン)、チャネル形成ペプチド(グラミシジン)が挙げられる。イオノフォアとしては、中性イオノフォア、カルボキシルイオノフォアが挙げられる。中性イオノフォアとしては、例えば、バリノマイシン、カルボキシルイオノフォアとしては、例えば、ニゲリシンが挙げられる。本発明の水相(A)に分散される機能性分子(A)の濃度としては、通常1pM〜1μMである。
本システムの能動輸送系として自立性を持たせるためにはATP駆動性ポンプよりは光駆動性ポンプの方が汎用性が高いと考えられる。なぜなら光駆動性ポンプでは外部からの光刺激を定常的に行えるからである。ロドプシンを光駆動してプロトンの濃度勾配を形成する。次に異なる波長の光でチャネルロドプシンを刺激し、チャネルのゲートを開き膜電位を発生させる。このようにロドプシンとチャネルロドプシンを共存させることにより、それぞれを独立に刺激することができ、エネルギー蓄積と散逸を自由なタイミングで制御することができる。
【0016】
上記膜タンパク質としては、哺乳類(例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスターなどが挙げられる)由来の膜タンパク質であってもよいし、細菌類(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、酵母など)由来の膜タンパク質であってもよい。
【0017】
上記膜タンパク質は、哺乳類由来の膜タンパク質であれば、該哺乳類の細胞[例えば、肝細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、杯細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞、線維細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞(例:マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球)、巨核球、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞もしくは間質細胞、またはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくは癌細胞など]またはそれらの細胞が存在するあらゆる組織もしくは器官[例えば、脳、脳の各部位(例:嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆嚢、骨髄、副腎、皮膚、筋肉、肺、消化管(例:大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、椎間板、脂肪組織(例:褐色脂肪組織、白色脂肪組織)など]より単離され、あるいは細菌類由来の膜タンパク質であれば細菌類由来の細胞より単離された天然膜タンパク質であってもよく、また、化学的に、もしくは無細胞蛋白質合成系を用いて生化学的に合成された膜タンパク質であってもよい。
【0018】
本発明で用いられる膜タンパク質は塩の形態であってもよい。例えば、生理学的に許容される酸(例:無機酸、有機酸)や塩基(例:アルカリ金属塩)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが用いられる。
【0019】
本発明で用いられる膜タンパク質またはその塩は、前述した哺乳類または細菌類の細胞または組織から自体公知のタンパク質の精製方法によって調製することができる。具体的には、該哺乳類または細菌類の組織または細胞をホモジナイズした後、酸などで抽出を行い、該抽出液を逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィーなどのクロマトグラフィーを組み合わせることにより精製単離することができる。
【0020】
本発明で用いられる膜タンパク質またはその塩は、公知のペプチド合成法に従って製造することもできる。
ペプチド合成法は、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。本発明の膜タンパク質を構成し得る部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合し、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的とする膜タンパク質を製造することができる。ここで、縮合や保護基の脱離は、自体公知の方法、例えば、以下の(1)〜(5)に記載された方法に従って行われる。
(1) M. BodanszkyおよびM.A. Ondetti, ペプチド・シンセシス (Peptide Synthesis), Interscience Publishers, New York (1966年)
(2) SchroederおよびLuebke, ザ・ペプチド (The Peptide), Academic Press, New York (1965年)
(3) 泉屋信夫他, ペプチド合成の基礎と実験, 丸善 (株) (1975年)
(4) 矢島治明および榊原俊平, 生化学実験講座 1, 蛋白質の化学IV, 205, (1977年)
(5) 矢島治明監修, 続医薬品の開発, 第14巻, ペプチド合成, 広川書店
【0021】
このようにして得られた膜タンパク質は、公知の精製法により精製単離することができる。ここで、精製法としては、例えば、溶媒抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、再結晶、これらの組み合わせなどが挙げられる。上記方法で得られる膜タンパク質、チャネル形成ペプチドが遊離体である場合には、該遊離体を公知の方法あるいはそれに準じる方法によって適当な塩に変換することができるし、逆に膜タンパク質が塩として得られた場合には、該塩を公知の方法あるいはそれに準じる方法によって遊離体または他の塩に変換することができる。また、本発明の膜タンパク質は、予め界面活性剤で処理されていてもよい。
【0022】
また、本発明の膜タンパク質は、水相中で無細胞系タンパク質合成によって合成されるものであってもよい。無細胞系タンパク質合成は、一般に、mRNA(翻訳鋳型)の情報を読み取ってタンパク質を合成する無細胞翻訳系のみによるタンパク質合成(翻訳系)、ならびに鋳型DNA(転写鋳型)よりmRNAを転写する転写工程と、該転写工程で得られたmRNAの情報を読み取ってタンパク質を合成する翻訳工程とを含むタンパク質合成(転写/翻訳系)とに大きく分けられる。
【0023】
mRNAは、従来公知の方法にて鋳型DNAを転写して単離精製することができるが、自体公知のインビトロ転写によって鋳型DNAを転写し、調製することもできる。インビトロ転写は、たとえば、RiboMax Large Scale RNA production System−T7(プロメガ社製)などを利用して行うことができる。mRNAは、転写後、自体公知の方法にて精製して単離し、無細胞系タンパク質合成用の翻訳鋳型として、翻訳系用反応液に適用することができる。
【0024】
無細胞系タンパク質合成は、通常、翻訳装置としてのリボソームなどを含有する生体由来抽出物を含有する無細胞系タンパク質合成用反応液に、転写鋳型または翻訳鋳型を添加して行う。本発明に使用される無細胞系タンパク質合成用反応液に含まれる抽出物は、翻訳鋳型を翻訳して該鋳型にコードされるタンパク質を生成させ得るものであれば如何なるものであってもよく、従来公知の大腸菌、コムギ、オオムギ、イネ、コーン等のイネ科の植物、及びホウレンソウなど植物種子の胚芽、ウサギ網状赤血球などから抽出された抽出物、抽出液を特に制限なく使用することができる。これらは市販のものを用いることもできるし、それ自体既知の方法、具体的には、大腸菌、小麦胚芽またはウサギ網状赤血球由来の抽出液の場合には、「生物化学実験法43、遺伝子発現研究法」(学会出版センター)に記載の方法等に準じて調製することもできる。市販のタンパク質合成用細胞抽出液としては、大腸菌由来ではRTS100 E.coli HY Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)などが挙げられ、ウサギ網状赤血球由来ではRabbit Reticulocyte Lysate System,Nuclease Treated(プロメガ社製)など、コムギ胚芽由来ではPROTEIOS set(東洋紡績社製)などが挙げられる。
【0025】
翻訳系用反応液の場合は、上記抽出液を除く成分として、翻訳鋳型、カリウム塩、マグネシウム塩、DTT、アデノシン三リン酸、グアノシン三リン酸、クレアチンリン酸、クレアチンキナーゼ、アミノ酸成分、RNaseインヒビター、tRNA、緩衝剤を少なくとも含有するのが好ましい。かかる翻訳系用反応液を使用して翻訳系合成反応を行うことで、短時間で大量のタンパク質の合成が可能である。また翻訳系用反応液は、さらにグリセロールを添加されたものであるのがより好ましい。グリセロールを添加すると、翻訳系合成反応においてタンパク質合成に必須な成分を安定化できるという利点があるためである。さらに、翻訳系用反応液は、エチレングリコールビス(2−アミノエチルエーテル)四酢酸(以下、「EGTA」ということがある。)を含有するのが好ましい。EGTAを含有すると、EGTAが抽出液中の金属イオンとキレートを形成することでリボヌクレアーゼ、プロテアーゼなどを不活化させることにより、無細胞系タンパク質合成に必須な成分の分解を阻害することができるためである。上記翻訳系用反応液を用いた無細胞系タンパク質合成反応(翻訳系合成反応)を進行させる温度は、通常、10℃〜40℃、好ましくは20℃〜30℃の範囲内である。従って、水相を該範囲内の温度に保つことが好ましい。
【0026】
また、転写/翻訳系用反応液の場合は、上記抽出液を除く成分として、転写鋳型、RNAポリメラーゼ、ATP、GTP、シチジン5'−三リン酸、ウリジン5'−三リン酸、クレアチンリン酸、クレアチンキナーゼ、アミノ酸成分およびtRNAを少なくとも含有するのが好ましい。かかる転写/翻訳系用反応液を使用して転写/翻訳系合成反応を行うことで、短時間で大量のタンパク質の合成が可能である。転写/翻訳系用反応液は、さらに、カリウム塩、マグネシウム塩、DTT、RNaseインヒビター、スペルミジンおよび緩衝剤を含有するのが好ましい。また転写/翻訳系用反応液は、さらにグリセロールを添加されたものであるのがより好ましい。グリセロールを添加すると、転写/翻訳系合成反応においてタンパク質合成に必須な成分を安定化できるという利点があるためである。上記転写/翻訳系用反応液を用いた無細胞系タンパク質合成反応(転写/翻訳系合成反応)を進行させる温度についても、上記翻訳系合成反応の場合と同様、通常、10℃〜40℃、好ましくは20℃〜30℃の範囲内である。従って、水相を該範囲内の温度に保つことが好ましい。
【0027】
本発明の膜タンパク質は、水相(A)に加えることで、後述する単分子層被覆水滴と水相(A)−油相の相界面の間に形成されるリン脂質二重膜に組み込まれる。また、膜タンパク質のリン脂質二重膜への組み込みに関して、上記の通り、水相または電解質溶液に膜タンパク質をコードする遺伝子とその遺伝子転写/翻訳系を加えることにより、膜タンパク質発現とリン脂質二重膜への組み込みを一度に行うこともできる。
【0028】
本発明の膜構造物の作成方法は、上記水相(A)より比重の小さい、リン脂質含有油相を積層する工程を含むことを特徴とする。
油相は、疎水性溶媒であれば特に限定されないが、例えば、デカン、ヘキサデカン、ヘキサン、シリコンオイルまたはミネラルオイルなどが挙げられ、好ましくは、シリコンオイル、ミネラルオイルである。また、本発明の油相は水相(A)上に積層させるために、該水相(A)よりも比重が小さいことを特徴とする。ただし、3層膜構造物の大きさ(小孔の大きさで限定される)を小さくして密閉し、かつ小孔の内壁の疎水性が高ければ油相と水相(A)の比重差はわずかでもよい。
本発明の油相の厚さは、後述する単分子層被覆水滴の直径にもよるが、例えば、通常1mm〜5mm、好ましくは1mm〜2mmである。
【0029】
また、本発明の油相はリン脂質を含むことを特徴とする。リン脂質は、両親媒性界面活性剤であり、極性基を水相側に向けて界面を形成し、疎水基が界面の反対側に向くという構造を有する。本発明のリン脂質は水相(A)と油相の相界面において極性基を水相側、疎水基を油相側に向けて単分子層(リン脂質膜)を形成する。ここで相界面とは均一な相が他の均一な相と接している境界のことをいい、本発明においては、水相−油相または油相−水相の境界をさす。本発明の膜構造物の作成方法(I)の工程(2)のように、油相だけに1種類のリン脂質を加えれば、すべての水相−油相の相界面には同一の組成の単分子層が形成される。この結果、形成されるリン脂質二重膜は同一の組成を持つ。
【0030】
本発明で用いるリン脂質は、アシル基又は炭化水素基を有するリン脂質である。
該アシル基としては、具体的には、パルミトオレオイル基、オレオイル基、エルコイル基等が挙げられる。また、該炭化水素基としては、具体的には、テトラデセニル基、ヘキサデセニル基、オクタデセニル基、C20モノエン基、C22モノエン基、C24モノエン基等が挙げられる。
リン脂質としては、アシル基を有するリン脂質が好ましく用いられる。
なお、本発明において、リン脂質とはその塩を含む概念である。このような塩としては、リン脂質と無機塩基との塩、リン脂質とアンモニウム等の有機塩基との塩等が挙げられる。無機塩基との塩としては、ナトリウム、カリウム、リチウム等のアルカリ金属塩、カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属塩等が挙げられる。これらの中では、ナトリウム塩等のアルカリ金属塩が好適である。なお、リン脂質の塩は、1種又は2種以上を組合せて使用することができる。
【0031】
アシル基又は炭化水素基を有するリン脂質としては、酸性リン脂質、中性リン脂質または塩基性リン脂質が挙げられる。これらは、種々の要求に応じて、その種類、割合を適宜選択することができる。
【0032】
酸性リン脂質としては、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール等を用いることができる。相界面に形成されるリン脂質膜の膜タンパク質に対する選択性、及び工業的な供給性、安定性等の点から、その種類・量を適宜選択して用いることができる。酸性リン脂質は、リン脂質膜の表面にアニオン性電離基を与えるので、リン脂質膜表面にマイナスのゼータ電位を付与する。このためリン脂質膜は、電荷的な反発力を得、相界面で安定な単分子層として存在できる。このように、酸性リン脂質は、本発明のリン脂質の単分子層の安定性を確保できる。
【0033】
中性リン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン等を用いることができる。本発明で用いることができる中性リン脂質は、相界面に形成されるリン脂質膜の膜タンパク質に対する選択性、及び工業的な供給性、安定性等の点から、その種類・量を適宜選択して用いることができる。
【0034】
塩基性リン脂質としては、例えば、リジルホスファチジルグリセロール、エチルホスファチジルコリン等を用いることができる。本発明で用いることができる塩基性リン脂質は、相界面に形成されるリン脂質膜の膜タンパク質、チャネル形成ペプチドに対する選択性、及び工業的な供給性、安定性等の点から、その種類・量を適宜選択して用いることができる。
【0035】
また、本発明のリン脂質によって相界面に形成されるリン脂質膜は、アシル基又は炭化水素基を有するリン脂質を1種類だけ含有してもよいが、2種類または3種類以上含有してもよい。
例えば、本発明のリン脂質によって相界面に形成される単分子層は、ジアシルホスファチジルセリン、ジアシルホスファチジルグリセロール、ジアシルホスファチジン酸、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルイノシトール、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、サクシンイミジル−ジアシルホスファチジルエタノールアミン、エチルホスファチジルコリン及びマレイミド−ジアシルホスファチジルエタノールアミンなどから選ばれる1種類、2種類または3種類以上のアシル基又は炭化水素基を有するリン脂質によって形成される。
【0036】
なお、本発明においては、リン脂質によって相界面に形成されるリン脂質層の物理化学的安定性を向上させるために、水相に、予め糖類又は多価アルコール類を添加しても良い。
糖類としては、例えばグルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース、イノシトール、リボース、キシロース等の単糖類;スクロース、ラクトース、セロビオース、トレハロース、マルトース等の二糖類;ラフィノース、メレジトース等の三糖類;シクロデキストリン等のオリゴ糖;デキストリン等の多糖類;キシリトール、ソルビトール、マンニトール、マルチトール等の糖アルコール等が挙げられる。これらの糖類の中では単糖類又は二糖類が好ましく、中でもグルコース又はスクロースが入手性等の点からより好ましく挙げられる。
【0037】
前記多価アルコール類としては、例えば、グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン、テトラグリセリン、ペンタグリセリン、ヘキサグリセリン、ヘプタグリセリン、オクタグリセリン、ノナグリセリン、デカグリセリン、ポリグリセリン等のグリセリン系化合物;ソルビトール、マンニトール等の糖アルコール系化合物;エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ペンタエチレングリコール、ヘキサエチレングリコール、ヘプタエチレングリコール、オクタエチレングリコール、ノナエチレングリコール等が挙げられる。このうち、グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン、ソルビトール、マンニトール、分子量400〜10,000のポリエチレングリコールが入手性の点から好ましく挙げられる。
【0038】
本発明の膜構造物の作成方法(I)は、上記油相中に該油相と等比重の電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程を含むことを特徴とする。
ここで本発明の油相に注入される電解質溶液は、水相(A)と同様、例えば、塩酸−塩化カリウム緩衝液、グリシン−塩酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、炭酸−重炭酸緩衝液などが挙げられるが、本発明の電解質溶液のpHは、通常約3.0〜9.0であることから、その中でもクエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液などが好ましく挙げられる。また、本発明の油相に注入される電解質溶液に含まれる電解質としては、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、トリスアミノメタン、塩化カリウム、塩化ナトリウム、硝酸タリウム、臭化カリウムなどが挙げられる。
該電解質溶液は該油相中に散在するリン脂質によって単分子層被覆水滴を形成することを特徴とするため、その比重は該油相と同一に調整される。調整は水相(A)に記載した方法に従って実施することができる。
本発明の電解質溶液は、上記油相中に注入されることで、油相中に散在するリン脂質が極性基を水滴側、疎水基を油相側に向けて単分子層被覆水滴を形成する。電解質溶液は公知の方法で油相中に注入することができ、例えば本願実施例に記載のように微小ピペットで油相中に注入することができる。注入される電解質溶液の一滴あたりの容量は、安定な単分子層被覆水滴を形成できる範囲であれば特に制限はないが、通常1nl〜500nlである。電解質溶液を注入することによって油相中に形成される単分子層被覆水滴の数は一つまたは数個以上であってよく、十個あるいは百個以上であってもよい。複数の単分子層被覆水滴を形成すれば、単一の単分子層被覆水滴を形成した場合にできる膜構造物よりも大量の物質輸送・エネルギー輸送が可能になる。さらに、1つの小孔内の各単分子層被覆水滴に異なる輸送特性をもたせれば複雑な輸送機能を持つだけでなく、情報処理回路を形成することができる。また、複数の異なる特性の単分子層被覆水滴を組み込むことの利点は、単分子層被覆水滴間にもチャネル(ギャップジャンクションチャネル)を組み込み、単分子層被覆水滴間の電気的、輸送的交流を組み込むことができる点にある。数個以上の単分子層被覆水滴が形成される場合、その直径は均一であることが好ましい。
【0039】
本発明の膜構造物の作成方法は、上記油相より比重の小さい水相(以下、水相(B)と表記する)を積層する工程を含むことを特徴とする。
ここで、水相(B)は、電解質溶液であれば特に限定されないが、水相(A)と同様、例えば、塩酸−塩化カリウム緩衝液、グリシン−塩酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、炭酸−重炭酸緩衝液などが挙げられるが、本発明の水相(B)のpHは、通常約3.0〜9.0であることから、その中でもクエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液などが好ましく挙げられる。さらに、水相(B)に含まれる電解質としては、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、トリスアミノメタン、塩化カリウム、塩化ナトリウム、硝酸タリウム、臭化カリウムなどが挙げられる。本発明の水相(B)は油相上に積層させるために、油相よりも比重が小さいことを特徴とする水相である。従って、本発明の水相(B)の密度は、単糖類、二糖類、三糖類、多糖類、糖アルコール等によって調整される。単糖類としては、グルコース、フルクトース、キシロース等が用いられる。二糖類としては、マルトース、スクロース等が用いられる。三糖類としては、マルトトリオース等が用いられる。糖アルコールとしては、マンニトール、ソルビトール、キシリトール等が用いられる。多糖類としては、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ、プルラン等を用いることができる。その密度は通常1.1g/ml である。本発明の水相(B)の厚さは、小孔の深さにもよるが、例えば、通常1mm〜5mm、好ましくは1mm〜2mmである。水相(B)を油相に積層することによって、油相中に散在するリン脂質は油相と水相(B)の相界面において極性基を水相側、疎水基を油相側に向けて単分子層(リン脂質膜)形成する。
【0040】
本発明の水相(B)は、機能性分子(B)が分散されていることを特徴とする。ここで、機能性分子(B)としては、上記機能性分子(A)と同様、本発明の構造体の一部を構成するリン脂質二重膜を貫通する態様で該膜に組み込まれる分子であって、Hを能動輸送または受動輸送させる機能を持つあるいは該機能を補助する分子であれば特に制限はされない。そのような機能性分子(B)としては、上記機能性分子(A)と同様、膜タンパク質、イオノフォアなどが挙げられる。本発明で用いられうる膜タンパク質としては、バクテリオロドプシン(GenBankアクセッション番号:V00474.1(CAA23744.1))、チャネルタンパク質(カリウムチャネル、ナトリウムチャネル、カルシウムチャネル、プロトンチャネル(GenBankアクセッション番号:NP_001035196.1(NM_001040107.1))、チャネルロドプシン、チャネル形成イオノフォア(グラミシジンなど))などが挙げられる。イオノフォアとしては、中性イオノフォア(バリノマイシンなど)、カルボキシルイオノフォア(ニゲリシンなど)が挙げられる。本発明の水相(B)に分散される機能性分子(B)の濃度としては、機能性分子(A)と同様、通常1pM〜1μMである。
【0041】
上記膜タンパク質は、水相(A)に含まれる膜タンパク質と同様、天然膜タンパク質であってもよく、また、化学的に、もしくは無細胞蛋白質合成系を用いて生化学的に合成された膜タンパク質であってもよい。天然膜タンパク質であれば、公知の分離・精製方法に従って単離することができ、合成膜タンパク質であれば、公知のペプチド合成法に従って合成することができる。また、水相中で無細胞系タンパク質合成系によって合成されるものであってもよい。
【0042】
本発明の膜構造物の作成方法は、上記単分子層被覆水滴を水相(A)−油相の相界面および油相−水相(B)の相界面と接触させる工程を含むことを特徴とする。油相中に形成された単分子層被覆水滴を水相(A)との相界面に接触させ、かつ水相(B)との相界面に接触させる方法としては、例えば、単分子層被覆水滴が両相界面と接触するまで油相を除去していけばよい。
単分子層被覆水滴が両水相の相界面と接触した箇所は、相界面に形成されたリン脂質の単分子層と単分子層被覆水滴を形成したリン脂質の単分子層によってリン脂質二重膜(単分子層被覆水滴と水相(A)−油相の相界面の間に形成されるリン脂質二重膜(A)、単分子層被覆水滴と油相−水相(B)の相界面の間に形成されるリン脂質二重膜(B))が形成される。
【0043】
また本発明は、以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法(以下、本発明の膜構造物の作成方法(II))を提供する。
(1)小孔を有する基材の小孔内に、機能性分子(A’)およびリン脂質(A’)を含有する水相(A’)を加える工程、
(2)該水相(A’)より比重が小さい油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重であって、リン脂質(B’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、機能性分子(B’)およびリン脂質(C’)を含有する水相(B’)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を水相(A’)の界面および水相(B’)の界面と接触させる工程。
【0044】
本発明の膜構造物の作成方法(II)は、小孔を有する基材の小孔内に水相(A’)を加える工程を含むことを特徴とする。
本発明の膜構造物の作成方法(II)で用いる基材の形状、材質、厚さなどは、本明細書の膜構造物の作成方法(I)における記載と同様であってよい。また、該基材が有する小孔の孔径、深さについても本発明の膜構造物の作成方法(I)における記載に従ってよい。また、本発明の工程(1)は、基材の小孔に水相(A’)を加えることを特徴とする工程である。ここで、水相(A’)に用いられる緩衝溶液、pH、電解質、密度、小孔における深さなどは、本明細書の水相(A)と同様であってよい。
本発明の水相(A’)は、機能性分子(A)が分散されていることを特徴とする。本発明の水相(A’)中に分散される機能性分子(A’)は、本明細書の機能性分子(A)に関する記載に従ってよい。但し、後述する機能性分子(B’)とは異なる機能性分子であることが好ましい。
さらに、本発明の水相(A’)は、リン脂質(A’)を含むことを特徴とする。該リン脂質(A’)に関しては、本発明の膜構造物の作成方法(I)の油相において含有されるリン脂質に関する記載に従ってよい。また、該リン脂質(A’)は、後述するリン脂質(B’)およびリン脂質(C’)と同一のリン脂質であってもよいが、異なるリン脂質であってもよい。リン脂質が異なる場合としては、例えば、リン脂質(A’)とリン脂質(C’)は同一のリン脂質であって、リン脂質(B’)は異なるリン脂質である場合、全てのリン脂質がそれぞれ異なる場合などが挙げられる。本発明の膜構造物の作成方法(II)の工程(1)、後述する工程(3)、(4)のように、水相(A’)、電解質溶液、水相(B’)に異なる種類のリン脂質を加えれば、非対称な構造を持つリン脂質二重膜を形成できる。リン脂質が異なることによって、リン脂質二重膜に組み込まれる機能性分子の活性または取り込まれ易さが異なるため、当業者は機能性分子によって、適宜リン脂質の組み合わせを選択することできる。
【0045】
本発明の膜構造物の作成方法(II)は、上記水相(A’)より比重の小さい油相を積層する工程を含むことを特徴とする。
ここで、該油相の種類、厚さ、比重などは、本発明の膜構造物の作成方法(I)の油相に関する記載に従ってよい。
【0046】
本発明の膜構造物の作成方法(II)は、上記油相中に該油相と等比重であって、リン脂質(B’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程を含むことを特徴とする。
ここで本発明の油相に注入される電解質溶液は、該電解質溶液を構成する緩衝溶液、pH、電解質などについて、本発明の膜構造物の作成方法(I)の電解質溶液に関する記載に従ってよい。
本発明の膜構造物の作成方法(II)の電解質溶液は、さらにリン脂質(B’)を含むことを特徴とする。該リン脂質(B’)に関しては、本発明の膜構造物の作成方法(I)の油相において含有されるリン脂質に関する記載に従ってよい。
該電解質溶液は該電解質溶液中に散在するリン脂質(B’)によって単分子層被覆水滴を形成させることを特徴とするため、その比重は該油相と同一に調整される。
本発明の電解質溶液は、上記油相中に注入されることで、該電解質溶液中に散在するリン脂質が極性基を液滴側、疎水基を油相側に向けて単分子層被覆水滴を形成する。液滴は公知の方法で油相中に注入することができ、例えば本願実施例に記載のように微小ピペットで油相中に注入することができる。注入される電解質溶液の一滴あたりの容量は、安定な単分子層被覆水滴を形成できる範囲であれば特に制限はないが、通常1nl〜500nlである。電解質溶液を注入することによって油相中に形成される単分子層被覆水滴の数は一つまたは数個以上であってよく、十個あるいは百個以上であってもよい。また数個以上の単分子層被覆水滴が形成される場合、その直径は均一であることが好ましい。
【0047】
本発明の膜構造物の作成方法(II)は、上記油相より比重の小さい水相(以下、水相(B’)と表記する)を積層する工程を含むことを特徴とする。
ここで、水相(B’)に用いられる緩衝溶液、pH、電解質、密度、小孔における厚さなどは、本明細書の水相(B)と同様であってよい。
また、本発明の水相(B’)は、機能性分子(B’)が分散されていることを特徴とする。本発明の水相(B’)中に分散される機能性分子(B’)は、本明細書の機能性分子(B)に関する記載に従ってよい。
さらに、本発明の水相(B’)は、リン脂質(C’)を含むことを特徴とする。該リン脂質(C’)に関しては、本発明の膜構造物の作成方法(I)の油相において含有されるリン脂質に関する記載に従ってよい。
水相(B’)を油相に積層することによって、水相(B’)中に散在するリン脂質は油相と水相(B’)の相界面において極性基を水相側、疎水基を油相側に向けて単分子層(リン脂質膜)形成する。
【0048】
本発明の膜構造物の作成方法(II)は、上記単分子層被覆水滴を水相(A’)−油相の相界面および油相−水相(B’)の相界面と接触させる工程を含むことを特徴とする。油相中に形成された単分子層被覆水滴を水相(A’)との相界面に接触させ、かつ水相(B’)との相界面に接触させる方法としては、例えば、単分子層被覆水滴が両相界面と接触するまで油相を除去していけばよい。
単分子層被覆水滴が両水相の相界面と接触した箇所は、相界面に形成されたリン脂質の単分子層と単分子層被覆水滴を形成したリン脂質の単分子層によってリン脂質二重膜(単分子層被覆水滴と水相(A’)−油相の相界面の間に形成されるリン脂質二重膜(A’)、単分子層被覆水滴と油相−水相(B’)の相界面の間に形成されるリン脂質二重膜(B’))が形成される。
【0049】
さらに本発明は、以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法(以下、本発明の膜構造物の作成方法(III))を提供する。
(1)小孔を有する基材の小孔内に、リン脂質(A’’)を含有する水相(A’’)を加える工程、
(2)該水相(A’’)より比重が小さい油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重であって、機能性分子およびリン脂質(B’’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、リン脂質(C’’)を含有する水相(B’’)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を水相(A’’)の界面および水相(B’’)の界面と接触させる工程。
【0050】
本発明の膜構造物の作成方法(III)は、小孔を有する基材の小孔内に水相(A’’)を加える工程を含むことを特徴とする。
本発明の膜構造物の作成方法(III)で用いる基材の形状、材質、厚さなどは、本明細書の膜構造物の作成方法(I)または(II)における記載と同様であってよい。また、該基材が有する小孔の孔径、深さについても本発明の膜構造物の作成方法(I)または(II)における記載に従ってよい。また、本発明の工程(1)は、基材の小孔に水相(A’’)を加えることを特徴とする工程である。ここで、水相(A’’)に用いられる緩衝溶液、pH、電解質、密度、小孔における深さなどは、本明細書の水相(A)または水相(A’)と同様であってよい。
また、本発明の水相(A’’)は、リン脂質(A’’)を含むことを特徴とする。該リン脂質(A’’)に関しては、本発明の膜構造物の作成方法(I)の油相において含有されるリン脂質あるいは本発明の膜構造物の作成方法(II)の水相(A’)において含有されるリン脂質に関する記載に従ってよい。また、該リン脂質(A’’)は、後述するリン脂質(B’’)およびリン脂質(C’’)と同一のリン脂質であってもよいが、異なるリン脂質であってもよい。リン脂質が異なる場合としては、例えば、リン脂質(A’’)とリン脂質(C’’)は同一のリン脂質であって、リン脂質(B’’)は異なるリン脂質である場合、全てのリン脂質がそれぞれ異なる場合などが挙げられる。本発明の膜構造物の作成方法(III)の工程(1)、後述する工程(3)、(4)のように、水相(A’’)、電解質溶液、水相(B’’)に異なる種類のリン脂質を加えれば、非対称な構造を持つリン脂質二重膜を形成できる。リン脂質が異なることによって、リン脂質二重膜に組み込まれる機能性分子の活性または取り込まれ易さが異なるため、当業者は機能性分子によって、適宜リン脂質の組み合わせを選択することできる。
【0051】
本発明の膜構造物の作成方法(III)は、上記水相(A’’)より比重の小さい油相を積層する工程を含むことを特徴とする。
ここで、該油相の種類、厚さ、比重などは、本発明の膜構造物の作成方法(I)または(II)の油相に関する記載に従ってよい。
【0052】
本発明の膜構造物の作成方法(III)は、上記油相中に該油相と等比重であって、機能性分子およびリン脂質(B’’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程を含むことを特徴とする。
ここで本発明の油相に注入される電解質溶液は、該電解質溶液を構成する緩衝溶液、pH、電解質などについて、本発明の膜構造物の作成方法(I)または(II)の電解質溶液に関する記載に従ってよい。
本発明の膜構造物の作成方法(III)の電解質溶液は、機能性分子が分散されていることを特徴とする。本発明の膜構造物の作成方法(III)の電解質溶液中に分散される機能性分子は、本明細書の機能性分子(例えば本明細書の機能性分子(A)、(B)、(A’)、(B’)または(C’))に関する記載に従ってよいが、お互いに異なる2種類以上の機能性分子が含まれることが好ましい。異なる機能性分子は、リン脂質二重膜を構成するリン脂質の違いによって、取り込まれ易さに差異が生じうる。従って、本発明の膜構造物の作成方法(III)では、電解質溶液中に複数の機能性分子を混在させた場合であっても、特定の機能性分子が特定のリン脂質二重膜に組み込まれるような組み合わせをとることができる。
さらに、本発明の膜構造物の作成方法(III)の電解質溶液は、リン脂質(B’’)を含むことを特徴とする。該リン脂質(B’’)に関しては、本発明の膜構造物の作成方法(II)の電解質溶液中に分散されるリン脂質(B’)に関する記載に従ってよい。
該電解質溶液は該電解質溶液中に散在するリン脂質(B’’)によって単分子層被覆水滴を形成させることを特徴とするため、その比重は該油相と同一に調整される。
本発明の電解質溶液は、上記油相中に注入されることで、該電解質溶液中に散在するリン脂質が極性基を液滴側、疎水基を油相側に向けて単分子層被覆水滴を形成する。液滴は公知の方法で油相中に注入することができ、例えば本願実施例に記載のように微小ピペットで油相中に注入することができる。注入される電解質溶液の一滴あたりの容量は、安定な単分子層被覆水滴を形成できる範囲であれば特に制限はないが、通常1nl〜500nlである。電解質溶液を注入することによって油相中に形成される単分子層被覆水滴の数は一つまたは数個以上であってよく、十個あるいは百個以上であってもよい。また数個以上の単分子層被覆水滴が形成される場合、その直径は均一であることが好ましい。
【0053】
本発明の膜構造物の作成方法(III)は、上記油相より比重の小さい水相(以下、水相(B’’)と表記する)を積層する工程を含むことを特徴とする。
ここで、水相(B’’)に用いられる緩衝溶液、pH、電解質、密度、小孔における厚さなどは、本明細書の水相(B)または水相(B’)と同様であってよい。また、本発明の水相(B’’)は、リン脂質(C’’)を含むことを特徴とする。該リン脂質(C’’)に関しては、本発明の膜構造物の作成方法(II)の水相(B’)において含有されるリン脂質(C’)に関する記載に従ってよい。
水相(B’’)を油相に積層することによって、水相(B’’)中に散在するリン脂質は油相と水相(B’’)の相界面において極性基を水相側、疎水基を油相側に向けて単分子層(リン脂質膜)形成する。
【0054】
本発明の膜構造物の作成方法(III)は、上記単分子層被覆水滴を水相(A’’)−油相の相界面および油相−水相(B’’)の相界面と接触させる工程を含むことを特徴とする。油相中に形成された単分子層被覆水滴を水相(A’’)との相界面に接触させ、かつ水相(B’’)との相界面に接触させる方法としては、例えば、単分子層被覆水滴が両相界面と接触するまで油相を除去していけばよい。
単分子層被覆水滴が両水相の相界面と接触した箇所は、相界面に形成されたリン脂質の単分子層と単分子層被覆水滴を形成したリン脂質の単分子層によってリン脂質二重膜(単分子層被覆水滴と水相(A’’)−油相の相界面の間に形成されるリン脂質二重膜(A’’)、単分子層被覆水滴と油相−水相(B’’)の相界面の間に形成されるリン脂質二重膜(B’’))が形成される。
【0055】
本発明の膜構造物は、前記した工程を含む方法(I)、(II)または(III)によって作成することができる。本発明の方法によって作成された膜構造物は、本発明の膜構造物の作成方法(I)の場合、水相(A)−油相−水相(B)の水相(A)−油相と油相−水相(B)、本発明の膜構造物の作成方法(II)の場合、水相(A’)−油相−水相(B’)の水相(A’)−油相と油相−水相(B’)、本発明の膜構造物の作成方法(III)の場合、水相(A’’)−油相−水相(B’’)の水相(A’’)−油相と油相−水相(B’’)の各相界面にリン脂質からなる単分子層(相界面膜)がそれぞれ形成され、かつ油相中に形成されたリン脂質からなる単分子層被覆水滴と各相界面膜が各々1箇所ずつで接触して、結果として各々の接触箇所にリン脂質二重膜が形成されることを特徴とした膜構造物である。
【0056】
本発明の膜構造物の上記リン脂質二重膜(A)、(A’)および(A’’)は、それぞれ機能性分子(A)、(A’)および(A’’)が組み込まれ、上記リン脂質二重膜(B)、(B’)および(B’’)は、それぞれ機能性分子(B)、(B’)および(B’’)が組み込まれていることを特徴とする。組み込まれた膜タンパク質の組み合わせや機能によって、様々な用途に用いることができる。例えば、リン脂質二重膜(A)、(A’)または(A’’)にバクテリオロドプシンを組み込み、リン脂質二重膜(B)、(B’)および(B’’)にプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンを組み込んだ本発明の膜構造物は、特定波長の光線に曝露されることによって、バクテリオロドプシンが水相(A)、(A’)または(A’’)から単分子層被覆水滴内にプロトンを能動輸送する。さらに単分子層被覆水滴内に蓄積されたプロトンはプロトンチャネルによって水相(B)、(B’)または(B’’)に受動輸送されるか、または異なる波長の光線に曝露されることによって、チャネルロドプシンによって水相(B)、(B’)または(B’’)に能動輸送される。このプロトン輸送によって本発明の膜構造物には電気化学的平衡電位(Nernst平衡電位)が発生する。従って、リン脂質二重膜(A)、(A’)または(A’’)にバクテリオロドプシンが組み込まれ、リン脂質二重膜(B)、(B’)または(B’’)にプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンが組み込まれた本発明の膜構造物は該電位差を用いた太陽電池として用いることが可能である(図3)。
【0057】
本発明の膜構造物は基材に多数小孔があってもよく、各小孔に同一あるいは異なる輸送特性を有してよい(図4)。さらに各小孔は電気的に結合させることができる。同一の輸送特性を持つ場合、並列回路を形成することで、大量輸送を実現できる。この場合、1個の小孔内に多数の単分子層被覆水滴を形成する場合と、各小孔に1個の単分子層被覆水滴を形成する場合では電気的には等価であるが、機械的脆弱性などの点でどちらの系を採用すべきかというのをその都度選択することができる。一方、異なる輸送特性を持つ場合、巧妙な輸送特性を示したり、情報処理回路を形成することができる。例えば、腎臓の上皮組織の集合管は単一の細胞種ではなく、複数の輸送特性を持つ細胞が働くことで、溶液組成を細かく調整することができる。また聴覚を担う内耳ではカリウム輸送上皮と感覚上皮が共存することで 感度の高い情報の受容を生み出している。
【実施例】
【0058】
以下において、実施例により本発明をより具体的にするが、この発明はこれらに限定されるものではない。
【0059】
実施例1:油中水滴法によるリン脂質二重膜の形成とチャネルの機能的取り込み
油相−水相の相界面にリン脂質による単分子層が形成された1対の油中液滴を接触させ、接触面にリン脂質二重膜を形成させる(図5)。液滴中に含有した可溶化チャネルはリン脂質二重膜の形成の際に、リン脂質二重膜に取り込まれる。各々の液滴に電極を挿入し、膜電位を付加することによって、チャネルを通るイオン電流を測定することができる。膜電位をステップ状に変化させることにより、+100mVで電流が発生する(図6)。
【0060】
実施例2:生体上皮様相界面膜の形成
生体上皮様相界面膜の形成は以下の工程に従って行うことができる。まず、厚さ5mmのPDMS(polydimehytlsiloxane)シートに直径3mmの穴を貫通させる。次に、貫通させたPMDSをガラス板に貼付し、10%スクロースを含む電解質溶液を貫通した穴に加える。リン脂質(フォスファチジルコリン)をシリコンオイルに溶解させ(4mg/ml)を水相(電解質溶液)の上に重ねる。さらに、シリコンオイルと等比重に調整した電解質溶液を微小ピペットでオイル相(シリコンオイル)に注入し液滴を形成させる。次に、オイル相の上に電解質溶液を重ねる。最後に、オイル相の厚さを調整することによってオイル相中のミセルを水相−油相の相界面と接触させる(図7)。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の新規膜構造物の作成方法によって得られる膜構造物は、相界面膜に組み込まれる膜タンパク質の組み合わせによって様々なタイプのエネルギー生成系、例えば太陽電池などを構築することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法
(1)小孔を有する基材の小孔内に、機能性分子(A)を含有する水相(A)を加える工程、
(2)該水相(A)より比重が小さく、リン脂質を含有する油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重の電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、機能性分子(B)を含有する水相(B)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を該水相(A)の界面および該水相(B)の界面と接触させる工程。
【請求項2】
機能性分子(A)がバクテリオロドプシンであり、かつ、機能性分子(B)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンの組み合わせ、または、機能性分子(A)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンであり、かつ、機能性分子(B)がバクテリオロドプシンの組み合わせである請求項1記載の膜構造物の作成方法。
【請求項3】
以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法
(1)小孔を有する基材の小孔内に、機能性分子(A’)およびリン脂質(A’)を含有する水相(A’)を加える工程、
(2)該水相(A’)より比重が小さい油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重であって、リン脂質(B’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、機能性分子(B’)およびリン脂質(C’)を含有する水相(B’)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を水相(A’)の界面および水相(B’)の界面と接触させる工程。
【請求項4】
機能性分子(A’)がバクテリオロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンの組み合わせ、または、機能性分子(A’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’)がバクテリオロドプシンの組み合わせである請求項3記載の膜構造物の作成方法。
【請求項5】
以下の工程を含むことを特徴とする、膜構造物の作成方法
(1)小孔を有する基材の小孔内に、リン脂質(A’’)を含有する水相(A’’)を加える工程、
(2)該水相(A’’)より比重が小さい油相を積層する工程、
(3)該油相中に該油相と等比重であって、機能性分子およびリン脂質(B’’)を含有する電解質溶液を注入することによって単分子層被覆水滴を形成させる工程、
(4)該油相より比重が小さく、リン脂質(C’’)を含有する水相(B’’)を積層する工程、
(5)該単分子層被覆水滴を水相(A’’)の界面および水相(B’’)の界面と接触させる工程。
【請求項6】
機能性分子(A’’)がバクテリオロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンの組み合わせ、または、機能性分子(A’’)がプロトンチャネルまたはチャネルロドプシンであり、かつ、機能性分子(B’’)がバクテリオロドプシンの組み合わせである請求項5記載の膜構造物の作成方法。
【請求項7】
請求項1−6のいずれか1項に記載の膜構造物の作成方法によって作成される、膜構造物。
【請求項8】
請求項1−6のいずれか1項に記載の膜構造物の作成方法によって作成される、膜構造物を用いた電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−100252(P2013−100252A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−245986(P2011−245986)
【出願日】平成23年11月9日(2011.11.9)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】