説明

生体組織のシミュレーション方法

【課題】前駆細胞の細胞分裂を伴う実際の生体組織の成長や分化などの状態変化をより正確に摸擬することができるシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】前駆細胞を表す前駆細胞モデル110を計算空間内に配置する処理と、前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を含み、遷移ステップが以下のステップaからcを含むシミュレーション方法。a:二次細胞を表す二次細胞モデル120を前駆細胞モデル110の近傍に配置する。b:二次細胞モデル120の位置または当該二次細胞モデル120が生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して当該二次細胞モデル120に関する粒子間係数を増大させる。c:一の二次細胞モデル120と、前駆細胞モデル110または他の二次細胞モデル120と、の距離および粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデル120の位置を更新する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体組織のシミュレーション方法、シミュレーション装置およびそのコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、仮想三次元空間内に閉空間を設定して複数の仮想粒子を配置し、この仮想粒子を生物の皮膚細胞の成長パターンに従って成長させるシミュレーション方法が記載されている。この方法では、仮想粒子に作用する力として粒子間のファンデルワールス力、重力および境界反力にあたる制約力を算出している。これにより、生物の皮膚の特徴をリアルに表す凹凸テクスチャを生成することが可能であるとされている。非特許文献1および2については後述する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第07/074728号パンフレット
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「皮膚病理組織診断学入門改訂第2版」、斎田俊明著、南江堂、2009年、P.10
【非特許文献2】"お肌の基本構造とその働き"、[2010年6月10日検索]インターネット<URL:http://skin.netget-tools.com/010/ent681.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の方法では粒子間に作用するファンデルワールス力を粒子同士の中心間距離の三次関数のみで一意に決定しており、バネ係数を定数で与えている。このため、特許文献1の方法では、前駆細胞の細胞分裂を伴う実際の生体組織の成長や分化などの状態変化を正確に摸擬することはできないという問題がある。
【0006】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、前駆細胞の細胞分裂を伴う実際の生体組織の成長や分化などの状態変化をより正確に摸擬することができるシミュレーション方法およびシミュレーション装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の生体組織のシミュレーション方法は、前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する処理と、前記前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を含み、前記遷移ステップが以下のステップaからステップc;
(ステップa)二次細胞を表す二次細胞モデルを前記前駆細胞モデルの近傍に配置するステップ、
(ステップb)二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップ、
(ステップc)一の前記二次細胞モデルと、前記前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および前記粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップ、を含むことを特徴とする。
【0008】
上記発明によれば、演算対象の二次細胞モデルに作用する粒子間力を求めるための粒子間係数が、前駆細胞モデルとの距離または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数に対応して増大する。このため、前駆細胞が細胞分裂してから死滅するまでの成長過程において、細胞分裂直後のように細胞同士の流動性が高い状態や、細胞が成長して近接する細胞同士が堅く結合した状態など、実際の生体組織の状態変化を正確に摸擬することができる。
【0009】
本発明の生体組織のシミュレーション装置は、前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する配置処理手段と、前記前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する遷移処理手段と、を含み、前記遷移ステップが以下のステップaからステップc;
(ステップa)二次細胞を表す二次細胞モデルを前記前駆細胞モデルの近傍に配置するステップ、
(ステップb)二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップ、
(ステップc)一の前記二次細胞モデルと、前記前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および前記粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップ、を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明のコンピュータプログラムは、前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する処理と、前記前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を生体組織のシミュレーション装置に実行させるためのコンピュータプログラムであって、前記遷移ステップが以下のステップaからステップc;
(ステップa)二次細胞を表す二次細胞モデルを前記前駆細胞モデルの近傍に配置するステップ、
(ステップb)二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップ、
(ステップc)一の前記二次細胞モデルと、前記前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および前記粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップ、を含むことを特徴とする。
【0011】
本発明の生体組織のシミュレーション方法は、複数の工程を順番に記載してあるが、その記載の順番は複数の工程を実行する順番やタイミングを限定するものではない。このため、本発明を実施するときには、その複数の工程の順番は内容的に支障のない範囲で変更することができ、また複数の工程の実行タイミングの一部または全部が互いに重複していてもよい。
【0012】
また、本発明の生体組織のシミュレーション装置の各種の構成要素は、その機能を実現するように形成されていればよく、たとえば、所定の機能を発揮する専用のハードウェア、所定の機能がコンピュータプログラムにより付与されたデータ処理装置、コンピュータプログラムによりデータ処理装置に実現された所定の機能、これらの任意の組み合わせ、等として実現することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の生体組織のシミュレーション方法およびシミュレーション装置によれば、前駆細胞の細胞分裂を伴う実際の生体組織の成長や分化などの状態変化を正確に摸擬することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第一実施形態にかかるシミュレーション装置の機能ブロック図である。
【図2】第一実施形態にかかる解析モデルの説明図である。
【図3】毛髪の断面写真である。
【図4】(a)から(c)は球形から回転楕円体に遷移する二次細胞モデルを示す説明図である。
【図5】コルテックス細胞の最終形態を示す説明図である。
【図6】(a)は前駆細胞モデルを示す図であり、(b)は前駆細胞モデルの近傍に新たな二次細胞モデルが配置された細胞分裂状態を示す図であり、(c)は二次細胞モデルが体積力により押し上げられた状態を示す図である。
【図7】第一実施形態にかかるシミュレーション方法のフローチャートである。
【図8】二次細胞モデルが計算空間内で成長する様子を示す図である。
【図9】粒子間に作用する体積力を示すグラフである。
【図10】粒子間に作用するバネ力を示すグラフである。
【図11】粒子間に作用する粒子間力を示すグラフである。
【図12】解析結果を示す説明図である。
【図13】本発明の第二実施形態にかかるシミュレーション装置の機能ブロック図である。
【図14】第二実施形態にかかる解析モデルおよび粒子形状の説明図である。
【図15】皮膚組織を説明する断面図である。
【図16】メラニン色素が産生および蓄積される様子を示す説明図である。
【図17】第二実施形態にかかるシミュレーション方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0016】
図1は、本発明の実施形態にかかる生体組織のシミュレーション装置100(以下、シミュレーション装置という)の基本構成を示す機能ブロック図の一例である。
【0017】
はじめに、本実施形態のシミュレーション装置100の概要について説明する。
シミュレーション装置100は、前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する配置処理手段(前駆細胞配置部34)と、前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する遷移処理手段(遷移演算部40)と、を含む。
遷移ステップは、その一つの演算周期に以下のステップaからステップcを含むことを特徴とする。
ステップaは、二次細胞を表す二次細胞モデルを前駆細胞モデルの近傍に配置するステップである。
ステップbは、二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップである。
ステップcは、一の二次細胞モデルと、前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップである。
【0018】
シミュレーション装置100は、コンピュータプログラムを読み取って対応する処理動作を実行できるように、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、I/F(Interface)ユニット、等の汎用デバイスで構築されたハードウェア、所定の処理動作を実行するように構築された専用の論理回路、これらの組み合わせ、等として実現することができる。
【0019】
シミュレーション装置100のためのコンピュータプログラムは、前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する処理と、前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を生体組織のシミュレーション装置100に実行させるためのコンピュータプログラムである。
そして、遷移ステップが以下のステップaからステップcを含むことを特徴とする。
(ステップa)二次細胞を表す二次細胞モデルを前駆細胞モデルの近傍に配置するステップ、
(ステップb)二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップ、
(ステップc)一の二次細胞モデルと、前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップ。
【0020】
なお、演算周期内におけるステップaからステップcの順番は任意である。特に、ステップbとステップcとは、同一の演算周期内においていずれを先に実行してもよい。言い換えると、ステップbで増大した粒子間係数を用いてステップcで二次細胞モデルの粒子位置を更新してもよく、または、ステップcで更新した粒子位置においてステップbで粒子間係数を演算してもよい。
【0021】
また、ステップbにおいて粒子間係数を増大させるとは少なくとも一部の演算周期において粒子間係数を増大させることを意味するものであり、繰り返し演算の全周期、すなわち遷移において毎回粒子間係数が常に単調増加することを必ずしも意味しない。
【0022】
本実施形態では、粒子状の細胞が三次元的に密集した生体組織の細胞集合体を扱う。生体組織の細胞は均一な形状ではなく、球状に近いものや、扁平なものなど多様であるが、基本的に隙間なく密着して存在する。このため、シミュレーション装置100は、前駆細胞と二次細胞をそれぞれ仮想的な粒子に見立てた粒子モデルを設定し、この粒子に作用する外力を算出して運動方程式により当該粒子の位置を更新するという、いわゆる粒子法により生体組織を摸擬的にシミュレートする。これにより、前駆細胞から分裂した二次細胞が成長または分化する様子を把握することができる。このため、生体組織の一例として皮膚や毛髪をシミュレートした場合には、シミュレーション結果を各種の美容アドバイスに活用したり、状態変化に影響を及ぼし得る生理活性成分の効果を予測したり、医薬品や医薬部外品、化粧品の開発にとって必要な皮膚や毛髪の状態変化の鍵となるステップを探索したりするなど、様々な用途に用いることができる。
ここで、粒子法を用いて生体組織を摸擬することで、各細胞に対応するミクロ的な情報を粒子ごとに設定することができる。このため、細胞の形状および寸法や、可視光の透過または反射係数などの光学的な性質を個々の粒子に設定したり、細胞間の結合力を生体組織内の位置や経過時間に応じて変化させたりして、粒子のミクロ的な性質が解析モデルの全体、すなわちシミュレートする生体組織の全体に与える影響を知得することができる。
【0023】
ここでいう生体組織は動物、植物または一部の菌などの多細胞生物の個体の一部(典型的には特定の組織または器官)または全部である。生体組織の状態変化とは、細胞分裂による細胞生成、細胞個々の成長または分化および死滅の一部または全部をいう。
【0024】
前駆細胞と二次細胞は、それぞれ実際の生体組織を構成する細胞である。前駆細胞は細胞分裂する細胞であり、二次細胞は前駆細胞以外の細胞をいう。毛髪に関していえば、前駆細胞は毛母細胞であり、二次細胞はコルテックス細胞やキューティクル細胞である。皮膚に関していえば、前駆細胞は表皮基底細胞であり、二次細胞は表皮有棘細胞、表皮顆粒細胞および角質細胞にあたる。
【0025】
次に、シミュレーション装置100およびこれを用いて行う生体組織のシミュレーション方法についてより詳細に説明する。第一実施形態では、状態変化を摸擬する生体組織が毛髪であり前駆細胞が毛母細胞である場合について説明する。第二実施形態では、状態変化を摸擬する生体組織が皮膚であり前駆細胞が表皮基底細胞である場合について説明する。
【0026】
<第一実施形態:毛髪のシミュレーション>
第一実施形態として、図1の機能ブロック図で示したシミュレーション装置100を用いて毛髪の成長を摸擬する態様を説明する。図2は本実施形態にかかる解析モデル150の説明図である。本実施形態の解析モデル150は三次元モデルであり、図2は解析モデル150を長手方向(毛髪の伸張方向)に切った縦断面を表している。図3は解析モデル150を作成する参考とした毛髪の断面写真(上記の非特許文献1を参照)に、説明のための符号を付したものである。毛髪の毛根部には略球形の毛乳頭Pが存在し、その表面に毛母細胞Mが存在している。毛母細胞Mの周囲には、細胞分裂した球状の二次細胞が多数存在し、毛乳頭Pよりも上方では伸張方向(図3の上下方向)に細長いコルテックス細胞Cに遷移していることが観察される。
【0027】
図2を用いて、本実施形態のシミュレーション方法の概要を説明する。前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120は、それぞれ前駆細胞および二次細胞を摸擬する粒子モデルである。本実施形態の前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120(粒子モデル)は、一個の粒子によって各一つの前駆細胞および二次細胞を摸擬している。ただし本発明はこれに限られず、複数個の粒子で一つの細胞を摸擬してもよく、または一個の粒子で複数の細胞を摸擬してもよい。
【0028】
本実施形態では直交三軸(x,y,z軸)座標系で定義される三次元モデルを解析モデル150に用いるものとする。このほか、解析モデル150として、直交二軸(x,y軸)座標系で定義される二次元モデルを用いてもよく、または円筒座標系や斜交座標系で定義される二次元または三次元モデルを用いてもよい。
【0029】
本実施形態の解析モデル150は、内毛根鞘の形状を摸擬した外側計算境界130をもつ。内毛根鞘および外毛根鞘は皮膚内部に存在し、毛髪の根本部分の周囲を覆う毛髪組織である。毛髪は、内毛根鞘および外毛根鞘に案内されて略直線形状に伸びる。コルテックス細胞は内毛根鞘および外毛根鞘の内部、すなわち皮膚内部において棒状の最終形態に成長しており、隣接するコルテックス細胞同士は強固に連結されている。このため、内毛根鞘や外毛根鞘を超えて皮膚表面から飛び出した毛髪は、内毛根鞘や外毛根鞘の筒状形状のまま、略直線形状に押し上げられて伸張する。
【0030】
なお、本実施形態に代えて、外毛根鞘の形状を摸擬した外側計算境界130としてもよい。この場合、内毛根鞘を構成する鞘小皮、外上皮細胞層および内上皮細胞層などの細胞(以下、鞘小皮等という)を二次細胞(二次細胞モデル120)で摸擬するとよい。すなわち二次細胞モデル120として、コルテックス細胞、キューティクル細胞および鞘小皮等をそれぞれ表す粒子を設定してもよい。
【0031】
解析モデル150の基端には毛乳頭領域131が形成されており、その内部には前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120は配置していない。前駆細胞モデル110は毛乳頭領域131の表面の任意位置に配置されている。前駆細胞モデル110は毛乳頭領域131の表面に固定されている。ただし、前駆細胞モデル110を毛乳頭領域131の表面に沿って移動可能に設定してもよい。ここで、毛乳頭領域131は、その表面が内側計算境界となる。
【0032】
本実施形態の外側計算境界130は、毛乳頭領域131を基端とし、その反対側の端部(図2における上端)が開口した有底筒状をなしている。外側計算境界130の上端の位置は特に限定されない。本実施形態では、シミュレーションの一例として、二次細胞モデル120の上端が外側計算境界130を超えない範囲における毛髪の成長を摸擬する。言い換えると、本実施形態では、内毛根鞘(または外毛根鞘)で保護された根本部分の毛髪の成長を摸擬する。しかしながら、本実施形態の変形例として後述するように、外側計算境界130の上端を超える高さまで二次細胞モデル120が成長する様子を摸擬してもよい。これにより、毛髪が皮膚から飛び出して成長する様子を摸擬することができる。
【0033】
本実施形態では、粒子(前駆細胞モデル110または二次細胞モデル120)の位置更新の結果、外側計算境界130の外側空間または毛乳頭領域(内側計算境界)131の内側空間(以下、計算空間外という)に粒子が位置することとなった場合、当該粒子には境界条件が適用される。境界条件の設定は種々をとることができる。一例として、粒子の重心位置が計算空間外に至った場合、以後の計算では当該粒子を削除するとよい。この場合、当該粒子に対応する細胞モデルの情報は後述する粒子情報記憶部46から削除される。
解析モデル150は、毛乳頭領域131の途中高さまでの基端側にあたる流動領域151と、その上部の変化領域152と、毛髪の中間部および先端側にあたる硬化領域153とを含む。
【0034】
流動領域151は毛根末端部に相当する。この領域では、粒子同士は流動性をもつとともに、二次細胞モデル120は球形で存在している。
変化領域152では、二次細胞モデル120の流動性が流動領域151よりもやや低下するとともに、その形状が球形から回転楕円体に変化する。
硬化領域153では、変化領域152よりも二次細胞モデル120同士が堅く結合して流動性すなわち細胞間の距離変化がほぼ無視できる。
本実施形態では、流動領域151と変化領域152とを隔てる第一境界141、および変化領域152と硬化領域153とを隔てる第二境界142は、それぞれ毛髪の伸張方向(図2の上下方向)に対して直交する平面として設定されている。ただし、第一境界141および第二境界142の一方または両方は曲面として設定してもよい。
【0035】
前駆細胞モデル110は、図2に示すように毛乳頭領域131の表面の全体に配置してもよく、または毛乳頭領域131の両側の最基端にあたる基底層のみに配置してもよい。前駆細胞モデル110から細胞分裂した初期の二次細胞モデル120は、図4(a)に示すように球形とする。
第一境界141を通過して、計算空間下端からの距離が所定以上となった二次細胞モデル120の粒子形状は、変化領域152にて図4(b)に示すように回転楕円体に変形し、さらに図4(c)のように扁平率が増大していく。
【0036】
ここで、回転楕円体の長半径をa、短半径をbとした場合、扁平率は1−b/aで表される。
【0037】
第二境界142を通過して硬化領域153に至った二次細胞モデル120は、図5に示すように棒状の二次細胞モデル120となる。本実施形態では、硬化領域153に含まれる二次細胞モデル120をすべて棒状としているが、本発明はこれに限られない。外側計算境界130の近傍の二次細胞モデル120に関しては、キューティクル細胞を摸擬した鱗状などの平板形状としてもよい。また、上述のように本実施形態に代えて外側計算境界130を外毛根鞘の形状を摸擬したものとした場合には、外側計算境界130の近傍の二次細胞モデル120を、鞘小皮等を摸擬した球状または円柱状としてもよい。
【0038】
毛髪の細胞分裂は、前駆細胞モデル110の近傍に新たな二次細胞モデル120を配置することにより摸擬される。新たな二次細胞モデル120に与える位置は、計算空間内であれば特に限定されない。ここで、シミュレーション装置100において新たな二次細胞モデル120を配置するとは、後述する粒子情報記憶部46に記憶領域を確保して、当該二次細胞モデル120の重心の座標と、粒子サイズおよび粒子形状を示す情報とを記録することを意味する。図6(a)から(c)は細胞分裂の摸擬方法の一例を示す説明図である。図6(a)は、毛乳頭領域131の表面に前駆細胞モデル110が配置された初期状態を表している。同図(b)は、前駆細胞モデル110と部分的に重複する位置に新たな二次細胞モデル120を配置した状態を表している。具体的には、前駆細胞モデル110と同サイズの球形の二次細胞モデル120を、前駆細胞モデル110の二分の一の高さ位置に配置する。同図(c)は、後述する体積力により二次細胞モデル120が前駆細胞モデル110から排斥されて押し上げられた状態を表している。本実施形態では、新たに生成される二次細胞モデル120の初速をゼロとし、前駆細胞モデル110からの斥力により二次細胞モデル120が移動を開始するよう設定している。ただし、本実施形態に代えて、生成される二次細胞モデル120に初速を与えてもよい。初速を与える場合、前駆細胞モデル110の外部に二次細胞モデル120を生成してもよい。前駆細胞モデル110からの斥力がなくとも二次細胞モデル120が初速に基づいて移動し、生体組織の成長を摸擬することができるためである。
【0039】
このように本実施形態では、解析モデル150における位置ごとに二次細胞モデル120の粒子形状を変化させながら、前駆細胞モデル110が細胞分裂を繰り返して二次細胞モデル120を全体に押し上げることにより毛髪の成長を摸擬する。
【0040】
なお、本実施形態に代えて上述のように複数個の粒子で一つの細胞を摸擬する場合、粒子情報記憶部46には、それぞれの二次細胞モデル120が摸擬する二次細胞を示す細胞識別番号を、二次細胞モデル120と対応づけて記憶しておく。そして、共通の細胞識別番号に対応づけられた複数個の二次細胞モデル120(細胞モデル群)によって、当該二次細胞の状態変化を摸擬する。より具体的には、細胞モデル群に属する一部(たとえば一個)の二次細胞モデル120を代表粒子とし、その座標位置を二次細胞の重心位置に設定するとよい。そして、細胞モデル群に属する他の二次細胞モデル120(たとえば複数個)によって、その二次細胞の三次元形状と、近接する他の細胞モデル群との間に作用する粒子間力を演算してもよい。
【0041】
具体的には、キューティクル細胞はコルテックス細胞群を取り囲むように鱗状に存在しているため、細胞形状の変化がコルテックス細胞よりも複雑であると考えられる。このため、キューティクル細胞の状態変化を正確に摸擬するためには、これを単一の粒子ではなく複数個の粒子で摸擬するとよい。具体的には、キューティクル細胞の重心位置を表す代表粒子と、この代表粒子にバネ結合されて膜構造を表す一個または複数個の他の粒子(従属粒子)とを、キューティクル細胞の細胞識別番号と対応づけて粒子情報記憶部46に記憶するとよい。
そして、毛髪の表面近傍に位置するキューティクル細胞同士が堅く連結されて鱗状になっていることを摸擬するため、硬化領域153における外側計算境界130の近傍(図2を参照)に位置する粒子のバネ係数(後述)を大きく設定するとよい。具体的には、硬化領域153に存在する代表粒子同士のバネ係数を、外側計算境界130に近づくに従って大きく設定するとよい。これにより、近接するキューティクル細胞同士が堅く連結される様子を摸擬することができる。または、代表粒子が硬化領域153に存在する場合、その従属粒子と、他のキューティクル細胞の従属粒子とのバネ係数を、同様に外側計算境界130に近づくに従って大きく設定してもよい。
さらに、硬化領域153に存在する共通の代表粒子に関する従属粒子同士のバネ結合の強度に関しても、代表粒子が外側計算境界130に近づくに従って大きく設定するとよい。これにより、個々のキューティクル細胞が鱗状に硬化する様子を摸擬することができる。
【0042】
また、上記に代えて、一個の粒子で複数の細胞を摸擬するよう設定してもよい。この場合、互いの相対移動を無視した複数の細胞からなる群(クラスター)を、一個の粒子で摸擬する。たとえば生体の全身組織の状態変化をシミュレートするなど大量の細胞を扱う場合には、一個の粒子によって複数の細胞を摸擬することにより、所定の摸擬精度を維持しつつ演算処理を高速化することができる。この場合、粒子情報記憶部46には、それぞれの二次細胞モデル120に対応づけられた二次細胞の個数と、クラスターの重心位置、三次元形状および体積を記憶するとよい。
【0043】
図1に戻り、シミュレーション装置100の構成および処理動作について詳細に説明する。
入力部10は、各種の解析条件の入力をユーザから受け付ける手段であり、キーボードなどのI/Fユニットにより実現される。条件設定部20は、入力部10が受け付けた入力データを解析条件として保持する記憶部である。
【0044】
初期形状作成部30は、条件設定部20において設定され記憶された条件に従って、外側計算境界130の形状、前駆細胞モデル110の位置および個数を決定して解析モデル150の初期状態を生成する。
より具体的には、初期形状作成部30は計算空間生成部32と前駆細胞配置部34を含む。
計算空間生成部32は、外側計算境界130および毛乳頭領域131の形状と境界条件を設定する。境界条件としては、一例として、外側計算境界130に位置する二次細胞モデル120に対して、外側計算境界130の法線方向の外向きの荷重成分を打ち消すとよい。これにより、二次細胞モデル120が外側計算境界130を超えて計算空間外に飛び出すことがない。このほか、二次細胞モデル120が外側計算境界130を超えて計算空間外に飛び出すことを防ぐ境界条件として、上記の法線方向の外向きの荷重成分を法線方向の内向きに反転してもよい。なお、計算空間外に粒子が飛び出すことを許容して、前述のごとく外側計算境界130を越えた二次細胞モデル120は粒子情報記憶部46の情報から除くこともできる。
前駆細胞配置部34は、流動領域151における毛乳頭領域131の表面に一様に前駆細胞モデル110を配置する。
【0045】
遷移演算部40は、遷移ステップを繰り返し演算する処理手段であり、CPUおよび記憶手段により実現される。遷移演算部40は、粒子生成部42、粒子形状変化部44、粒子情報記憶部46、粒子間距離算出部48、粒子間係数算出部50、粒子間力算出部52および粒子位置更新部54を含む。
【0046】
粒子生成部42は、前駆細胞モデル110の近傍に二次細胞モデル120を新たに配置する処理手段であり、言い換えると上記のステップaを実行する手段である。これにより細胞分裂が摸擬され、また生体組織が全体に成長する。図6に示したように新たな二次細胞モデル120を前駆細胞モデル110の一部に重複して配置するほか、前駆細胞モデル110の外部で重複しない位置に二次細胞モデル120を新たに配置してもよい。
【0047】
また、粒子生成部42は、毛乳頭領域131の表面に、新たな前駆細胞モデル110を生成してもよい。すなわち本実施形態のシミュレーション装置100は、前駆細胞モデル110の細胞分裂による二次細胞モデル120の生成のみならず、前駆細胞モデル110の個数を増大させて演算してもよい。具体的には、粒子生成部42は、新たな前駆細胞モデル110の識別番号と座標を粒子情報記憶部46に設定してもよい。同様に、粒子生成部42は、前駆細胞が経時的に死滅することを摸擬するため、所定回数の細胞分裂が行われた前駆細胞モデル110を粒子情報記憶部46から削除してもよい。
【0048】
粒子形状変化部44は、粒子情報記憶部46に記憶された二次細胞モデル120の形状を球形から非球形(回転楕円体)に徐々に変形させる処理手段である。具体的には、図2に示すように第一境界141を通過して変化領域152に至った二次細胞モデル120の扁平率を徐々に増大させる。
【0049】
言い換えると、ステップbにおいて、二次細胞モデル120の位置、または二次細胞モデル120が生成されてからの経過ステップの増大に対応して回転楕円体の扁平率を増大させる。
【0050】
粒子情報記憶部46は、それぞれの二次細胞モデル120の重心位置、粒子サイズおよび粒子形状を示す情報を記憶する手段である。粒子情報記憶部46は、前駆細胞モデル110の位置および粒子サイズに関する情報も記憶する。本実施形態の粒子情報記憶部46は、すべての二次細胞モデル120についてこれらの情報を個々に記憶する。ただし本発明においては、解析モデル150を多数の区画領域に分割したうえで、粒子情報記憶部46は、その区画領域内に存在する二次細胞モデル120に対して共通の粒子サイズおよび粒子形状を代表値として記憶してもよい。これにより、粒子情報記憶部46が記憶する情報を削減することができる。
【0051】
粒子間距離算出部48は、二次細胞モデル120と、近接する他の粒子(前駆細胞モデル110または他の二次細胞モデル)との重心間距離(粒子間距離)を算出する。粒子間距離は、三次元の各軸方向に関して算出する。粒子間距離算出部48は、すべての二次細胞モデル120について、粒子径の数倍以内に位置する他の粒子との粒子間距離をそれぞれ算出する。
【0052】
粒子間係数算出部50は、粒子間距離算出部により算出された粒子間距離から求まる後述のバネ力と体積力の係数を算出する。ここで、生体組織のように細胞(粒子)が密接して存在する系では、粒子形状が、近接する粒子の位置に影響を与える。すなわち、粒子形状は排除体積を意味し、近接する粒子の重心間距離を決める要因となる。一般に粒子に作用する体積力は、近接する粒子の重心間距離に応じて変化する。互いに安定状態となる重心間距離よりも近接した粒子間には斥力が作用し、離間すると引力が作用する。ただし、粒子径の数倍以上の距離だけ離間すると、もはや当該粒子間の体積力は無視しうる程度となる。
【0053】
すなわち粒子間係数は、互いに安定状態にある二次細胞モデル120と前駆細胞モデル110または他の二次細胞モデルとのモデル間距離を微小変位させるのに必要な相互間力の大きさに対応して設定される。
【0054】
安定状態にかかるモデル間距離は、二次細胞モデルと前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルとの間に作用する斥力と引力とが切り替わる粒子間基準距離である。粒子間係数は、粒子間基準距離から微小変位させるのに必要な相互間力である。
【0055】
粒子間距離算出部48は、二次細胞モデルおよび前駆細胞モデルの粒子サイズをそれぞれ表すサイズ情報と、二次細胞モデルおよび前駆細胞モデルの粒子形状をそれぞれ表す形状情報と、に基づいて粒子間基準距離を算出する。すなわち、粒子間距離算出部48は、個々の二次細胞モデル120に関して、その近傍に存在する他の粒子と安定状態となる粒子間基準距離と実際の粒子間距離との差を算出する。この乖離に基づいて粒子間にバネ力と体積力が作用する。
【0056】
粒子間係数は、粒子間基準距離からの乖離距離と、当該乖離距離での粒子間力と、の比を表す。粒子間係数は、粒子間の斥力と引力とが打ち消し合う中立状態(安定状態)から微小変位させるのに要する力、すなわち粒子間基準距離における相互間力と歪との比例係数(微分値)をいう。本実施形態の粒子間係数は二次細胞モデル120の位置または二次細胞モデル120が生成されてからの時間により変化させる。
その他、個々の二次細胞モデル120の粒子間係数は、他の細胞から伝達される情報伝達物質や所定の化学成分の濃度等を反映して、実際の生体の情報にあわせて変動させることができる。また、これに限らず、養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等の薬効やマッサージ等の施術の効果を勘案して、生体組織の部位ごとに、または時間経過に応じて設定することができる。
【0057】
ここで、球状の粒子同士が安定状態となる重心間距離と、扁平な粒子同士が安定状態となる粒子間距離とは異なる。このため本実施形態では、粒子形状を粒子情報記憶部46で記憶するとともに、粒子間係数算出部50は粒子の非球形としての異方性を考慮してバネ力と体積力の係数を三次元の各軸方向に関して算出する。また、本実施形態の粒子間係数算出部50は、上記のステップbとして、二次細胞モデル120の位置に対応して、またはこの二次細胞モデル120が生成されてからの時間すなわち経過ステップ数の増大に対応して、この二次細胞モデル120に関する粒子間係数を増大させる。具体的には、流動領域151に含まれる二次細胞モデル120の粒子間係数を小さな一定の値とし、変化領域152においてこれを位置に応じて上方に移るに従い漸増し、硬化領域153において実質的に無限大の大きさとする。
【0058】
なお、ステップbにおいて二次細胞モデル120の位置に対応して粒子間係数を増大させるにあたっては、生体組織の実際の特性にあわせて種々の位置条件を設定することができる。ここで、二次細胞モデル120の位置に対応して、とは、二次細胞モデル120の重心または表面位置が何らかの条件を満たすことをいう。一例として、二次細胞モデル120が計算空間内における所定の領域に至った場合のほか、二次細胞モデル120が基準点から所定の距離以上または距離以内に至った場合が挙げられる。たとえば、本実施形態のように毛髪をシミュレートする場合には、二次細胞モデル120が、計算空間内の所定領域に達した場合のほか、分裂元の前駆細胞モデル110、毛乳頭領域131または計算空間の下端からの距離が所定以上となった場合を挙げることができる。なお、二次細胞モデル120の重心または表面が所定の領域内にある場合のみ、または経過ステップ数が所定の範囲内である場合のみ、粒子間係数を漸増し、それ以外は不変としてもよい。
【0059】
ここで、上記特許文献1では仮想粒子の形状に関する形状情報を用いず、計算空間内において仮想粒子の形状は常に球形で不変としている。このため、生体組織内の部位によって異なる細胞を正確に摸擬することは困難である。一方、本実施形態によれば、毛髪の毛母細胞Mとコルテックス細胞C(図3を参照)、または皮膚組織の表皮基底細胞EP、表皮顆粒細胞GRおよび角質細胞HO(図15を参照)など、扁平率が異なる細胞を正確に摸擬することができる。
【0060】
粒子間力算出部52は、粒子間距離算出部48が算出した粒子間距離と、粒子間係数算出部50が算出した係数とに基づいて、二次細胞モデル120に作用する粒子間力を求める。具体的には、演算対象の二次細胞モデル120と、周辺に存在する他の粒子について、粒子間基準距離からの乖離距離を符号つき長さとして算出し、これにバネ力と体積力の係数を乗じて粒子間力を求める。粒子間力算出部52は、個々の二次細胞モデル120について、その近傍に位置するすべての他の粒子からの粒子間力を三次元の各軸方向に関して算出して合成する。ここで、粒子間力を求める対象とする他の粒子は、粒子間距離が所定以下の粒子とすることが演算量を少なくできるので好ましい。また、粒子間距離を計算する粒子の組み合わせは、粒子間距離算出部48で予め設定することが好ましい。
【0061】
粒子位置更新部54は、上記のステップcとして、二次細胞モデル120に作用する粒子間力と運動方程式に基づいて二次細胞モデル120の変位(差分)を算出し、粒子情報記憶部46に記憶された前回位置を更新する。
【0062】
すなわちステップcにおいて、粒子位置更新部54は、一の二次細胞モデル120と他の二次細胞モデルとの粒子間基準距離に基づいてこの一の二次細胞モデル120が他の二次細胞モデルから受ける相互間力を算出し、算出された相互間力に基づいて一の二次細胞モデル120の位置を更新する。より具体的には、粒子位置更新部54は、二つの粒子が安定状態で存在することが可能な粒子間基準距離と、実際の重心間距離すなわち粒子間基準距離からの乖離距離と、に基づいてこの二つの粒子間に作用する相互間力を算出する。
【0063】
本実施形態のシミュレーション装置100は、さらに生体組織描画部60と出力部62を備える。生体組織描画部60は、初期形状作成部30が作成した解析モデル150の形状と、二次細胞モデル120の位置および当該二次細胞モデル120の粒子形状の情報とから生体組織の形状を描画する。描画される生体組織には前駆細胞モデル110を含めてもよい。具体的な描画方法は特に限定されないが、公知のレンダリング処理により解析モデル150を毛髪のごとく描画してもよい。生体組織描画部60は、遷移ステップの各周期ごとに生体組織を描画してもよく、複数の周期ごとに描画してもよい。
出力部62は、描画された生体組織の形状をディスプレイ装置などに出力する手段である。
【0064】
図7は本実施形態のシミュレーション方法のフローチャートである。
【0065】
本実施形態のシミュレーション方法は、前駆細胞を表す前駆細胞モデル110を計算空間内に配置する処理(ステップS20)と、前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップ(ステップS30〜S70)を繰り返し演算する処理と、を含み、遷移ステップが以下のステップaからステップcを含む。
ステップaは二次細胞を表す二次細胞モデル120を前駆細胞モデル110の近傍に配置するステップS30である。ステップbは、二次細胞モデル120の位置または当該二次細胞モデル120が生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデル120に関する粒子間係数を増大させるステップS50である。ステップcは、一の二次細胞モデル120と、前駆細胞モデル110または他の二次細胞モデル120と、の距離および粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデル120の位置を更新するステップS60である。
【0066】
かかるシミュレーション方法によれば、皮膚の角質化や毛髪の直線的な伸張など、生体組織の実際の成長の様子をリアルに摸擬することができる。
【0067】
初期設定ステップ(ステップS10)では解析条件を設定する。解析条件としては、前駆細胞モデル110の位置、個数および粒子サイズ、前駆細胞モデル110(毛母細胞)の生成頻度、細胞分裂の頻度および上限回数、二次細胞モデル120の粒子サイズなどが挙げられる。このほか、被験者の毛髪の状態や形状に応じた解析モデル150の外側計算境界130を入力してもよい。また、後述する養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等の薬効やマッサージ等の施術の効果を解析条件として入力してもよい。一例として、前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120の初期粒子サイズは、直径10μmの球形とし、前駆細胞の生成頻度を1回/半日、細胞分裂の分裂頻度を5回/半日、各前駆細胞の細胞分裂の上限回数を5回とする。すなわち、前駆細胞モデル110は、二次細胞モデル120を半日に5回まで生成し、新たな前駆細胞モデル110を半日に1回生成するものとする。
遷移ステップの時間刻み(演算周期)を5〜10秒として演算する。
【0068】
初期形状作成ステップ(ステップS20)では、毛髪の内毛根鞘を摸擬した外側計算境界130を含む解析モデル150を生成し、毛乳頭領域131を設定し、その表面に前駆細胞モデル110を配置する(図2を参照)。解析モデル150は、被験者の実際の毛髪の断面画像に基づいて生成してもよく、または属性(人種、性別、年齢)や髪質ごとに解析モデル150のサンプルを予め生成しておき、被験者の属性や髪質に適合するものを選択してもよい。
【0069】
本実施形態のシミュレーション方法で対象とする生体組織は毛髪であり、計算空間は毛母細胞の配置領域(毛乳頭領域131)から一方向に延在している。この一方向は直線方向に限らず湾曲方向でもよい。
【0070】
二次細胞モデルの粒子形状は、この一方向を長軸方向とする回転楕円体に遷移する。
【0071】
粒子発生ステップ(ステップS30)では、上記の解析条件に従って前駆細胞モデル110が二次細胞モデル120および新たな前駆細胞モデル110に分裂する。二次細胞モデル120は、毛乳頭領域131の表面に対して垂直に生成され、新たな前駆細胞モデル110は毛乳頭領域131の表面に沿って生成されるものとして、図6各図で説明したように細胞分裂を摸擬する。
【0072】
図8は二次細胞モデル120が計算空間内で成長する様子を示す図である。毛乳頭領域131の表面から分裂した二次細胞モデル120が外側計算境界130の内部で拡散していることがわかる。二次細胞モデル120は、図6(c)で説明した斥力を受けて前駆細胞モデル110から遠ざかる方向に移動している。
【0073】
粒子形状変化ステップ(ステップS40)では、図2に示した変化領域152に含まれる二次細胞モデル120の扁平率を、第一境界141からの高さに応じて増大させる。これにより、二次細胞モデル120がコルテックス細胞の最終形態に遷移していくことが摸擬される。本実施形態のシミュレーション方法では、二次細胞モデル120の扁平率を増大させても粒子体積は不変とする。
【0074】
二次細胞モデル120の粒子の形状変化は、粒子が球形から非球形に変形することにより表現されている。粒子の形状変化は粒子間の力が0になる距離の変化で表現される。粒子の形状は球形などの等方形状に限らず、座標軸方向により異なる寸法を有してもよい。粒子形状は、粒子の発生時点など所定の基準時点からの時間経過によるタイマー設定により変化させてもよい。このほか、計算空間内の位置(座標)に応じて粒子形状を変化させてもよく、または他の細胞から伝達される情報伝達物質や所定の化学成分の濃度等を反映して、実際の生体の情報にあわせて変化させてもよい。また、これに限らず、養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等の薬効やマッサージ等の施術の効果を勘案して、生体組織の部位ごとに、または時間経過に応じて設定することができる。
一例として、本実施形態の毛髪は、最下層から240μmの高さ位置(図2の第一境界141)で変形が開始し、徐々に引き伸ばされて500μmの高さ位置(図2の第二境界142)までに最終形状に至るよう設定されている。
【0075】
粒子間力計算ステップ(ステップS50)では、近接する粒子間の体積力とバネ力の粒子間係数を算出し、各二次細胞モデル120に作用する粒子間力を計算する。
粒子モデルの構造変化は、自由な運動が可能な体積力に、弾性体として移動を制限するバネ力を徐々に加えて表現されている。
【0076】
粒子間の体積力の式は下記の式(1)で与えることができる。また、粒子間のバネ力の式は下記の式(2)で与えることができる。
【0077】
【数1】

【0078】
【数2】

【0079】
体積力の式(1)およびバネ力の式(2)において、dr0は粒子間基準距離、ddrは粒子間距離、kおよびk'は粒子間係数を表す正の数である。粒子間基準距離は、二つの粒子がもっとも安定して存在する距離であり、同径の球形同士の場合は粒子直径と等しくなる。
【0080】
具体的な体積力とバネ力の設定を示すグラフを図9および図10にそれぞれ示す。図11は、図9と図10とを合成した、粒子間力を示すグラフである。横軸は、粒子間距離を粒子径で除して無次元化している。粒子間基準距離は、無次元距離=1.2に相当する。粒子間係数kおよびk'は、それぞれ図9と図10のグラフにおける無次元距離=1での傾きの絶対値に比例する値である。
【0081】
図9に示すように、近接する二次細胞モデル120は、無次元距離=1.2(粒子間基準距離)以下の近接状態では強い斥力で体積を保ち、無次元距離=1.7程度までは弱い引力で引き合って細胞組織の形状を保つ。そして、無次元距離=1.7以上の遠距離では粒子間に体積力は作用せず互いに自由に運動する。
一方、図10に示すように、粒子間基準距離よりも近接した粒子間にはバネ力による反発力が生じ、離れると引力が生じる。ただし、無次元距離=2を超えるとバネ力が減少に転じ、同2.5にてバネ力をゼロとしてそれ以上の距離では相互作用を無視することとしている。これにより、現実の生体組織と同様に、細胞間の距離が大きくなった場合に結合が切れて構造が変化することが許容される。
【0082】
変化領域152に含まれる二次細胞モデル120の粒子形状は非等方形状であって、複数の方向ごとに異なる相互間力を算出する。二次細胞モデル120の粒子形状が非等方形状であるとは、計算空間内の一部または全部の領域において、二次細胞モデル120の各座標方向の寸法のうち少なくとも二つの軸方向の寸法が互いに異なることをいう。より具体的には、解析モデル150が直交三次元モデルである本実施形態の場合、二次細胞モデル120のx、y、z軸方向の寸法の少なくとも二つが互いに異なることをいい、具体的には二次細胞モデル120が球形または立方体ではないことをいう。解析モデル150が二次元モデルの場合には、二次細胞モデル120が非等方形状であるとは、x、y軸方向の寸法が異なることをいい、具体的には少なくとも一部の二次細胞モデル120が円形または正方形でないことをいう。
【0083】
本実施形態では、上記の式(1)および(2)におけるdr0(粒子間基準距離)とddr(粒子間距離)をx、y、z軸方向ごとに個別に算出する。二次細胞モデル120がz軸を回転軸=長軸とする縦長の回転楕円体である場合、x軸方向とy軸方向のdr0を互いに等しく設定し、z軸方向のdr0はこれよりも大きく設定する。そして、xyz各軸方向に関するddrとdr0との乖離に基づいて、二次細胞モデル120に作用する各軸の粒子間力成分を算出する。
【0084】
バネ力に関する粒子間係数k'(以下、バネ係数という場合がある)の大きさは、実際の毛髪の特性にあわせて、計算空間内の位置や時間(経過ステップ数)で変化させて任意に設定することができる。具体的には、最下層からの高さ位置が240μm未満でバネ係数k'=0とし、高さ位置500μm以上でバネ係数k'=一定値(非零)とし、その間(変化領域152)ではバネ係数k'を漸増している。その他、バネ係数k'は、他の細胞から伝達される情報伝達物質や所定の化学成分の濃度等を反映して、実際の生体の情報にあわせて設定することができる。また、これに限らず、養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等の薬効やマッサージ等の施術の効果を勘案して、生体組織の部位ごとに、または時間経過に応じて設定することができる。
【0085】
本実施形態のシミュレーション方法では、図10および図11に示すように、バネ係数k'を複数通りに設定する。具体的には、変化領域152における下部ではバネ係数k'の絶対値を小さく設定し、上部ではバネ係数k'の絶対値を大きく設定する。これにより、実際の細胞と同様に、流動領域151から変化領域152に至った当初の二次細胞モデル120には小さな粒子間力が作用し、硬化領域153に近づくに従って二次細胞モデル120に大きな粒子間力が作用することとなる。
【0086】
一方、図9に示すように、本実施形態では体積力に関する粒子間係数k(以下、体積係数という場合がある)は計算空間内の位置や時間によらず一定としているが、本発明はこれに限られない。本実施形態に代えて、流動領域151における体積係数kを、硬化領域153における体積係数kよりも小さく設定してもよい。これにより、流動領域151では細胞が柔軟で互いに位置が重複しても大きな斥力が発生せず、硬化領域153では逆に細胞が硬質化して大きな斥力が発生するという生体組織のリアルな様子を摸擬することができる。
【0087】
ただし、本実施形態のように式(1)の体積力と式(2)のバネ力とを併用して粒子間力を計算する場合には、粒子の位置または粒子が生成されてからの経過ステップにより変動する粒子間係数を、一方の式に統合して演算することが可能である。これにより、演算処理が簡略化される。本実施形態では、体積係数kを一定としておき、バネ係数k'の設定において、粒子の位置や経過ステップによるバネ係数の変動と体積係数の変動とを統合して表現してもよい。
【0088】
そして、本実施形態のステップb(ステップS50)においては、計算空間内における二次細胞モデル120の位置または当該二次細胞モデル120が生成されてからの経過ステップの増大に対応して粒子間係数を増大させたのち、粒子間係数を実質的に無限大としてもよい。
【0089】
言い換えると、硬化領域153では、図11の負の傾きを実質的に無限大に近似しうる勾配とするとよい。これにより、コルテックス細胞同士が緊密に連結している状態が摸擬される。よって、実際の毛髪のように、コルテックス細胞の剥離が無視されて毛髪が伸張方向に成長することがシミュレートされる。
【0090】
粒子移動ステップ(ステップS60)では、粒子間力を受けた粒子を移動させて重心位置を更新する。粒子を移動させる方法は特に限定されないが、回転楕円体を球形に等積変形してから、この粒子に作用する力の総和によって並進移動させるものとする。
【0091】
図12に示すように、二次細胞モデル120の位置が更新された解析モデル150を表示出力することで(出力ステップ:ステップS70)、生体組織(毛髪)が直線的に成長していく状態を目視確認することができる。
【0092】
以上の遷移ステップを繰り返すことで、生体組織(毛髪)の成長が摸擬される。そして、分岐ステップ(ステップS80)にて演算終了と判定された場合(ステップS80:NO)には、本実施形態のシミュレーション方法を終了する。演算処理を続行する場合(ステップS80:YES)、遷移ステップ(ステップS30〜S70)を再度実行する。
【0093】
以上説明したように、本実施形態のシミュレーション装置100およびシミュレーション方法では、粒子モデル(二次細胞モデル120)の状態変化を、形状変化と構造変化とで表現している。このように粒子モデルの形状変化と構造変化とを組み合わせることにより、生体組織の状態変化をリアルに表現することが可能である。
【0094】
本実施形態は種々の変形例を許容する。たとえば、上記実施形態では硬化領域153に到達した二次細胞モデル120を棒状のコルテックス細胞とすることを例示したが、本発明はこれに限られない。棒状のコルテックス細胞とともに、平板状のキューティクル細胞を摸擬した二次細胞モデル120を用いてもよい。キューティクル細胞は毛髪の外周表面に位置し、コルテックス細胞を囲む他の細胞である。
【0095】
すなわち、本実施形態の変形例として、回転軸方向が計算空間の延在方向と略一致した回転楕円体である二次細胞モデルと、計算空間で二次細胞モデルよりも外側に配置されて回転楕円体よりも扁平した他の二次細胞モデルと、を用いてもよい。
【0096】
これにより、縦長楕円形状(棒状)のコルテックス細胞と、平板状に扁平したキューティクル細胞とをともに摸擬することができるため、よりリアルに毛髪をシミュレートすることができる。
【0097】
また、他の変形例として、養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等の薬効やマッサージ等の施術の効果を勘案して、前駆細胞モデル110の位置、個数および粒子サイズ、前駆細胞モデル110(毛母細胞)の生成頻度、細胞分裂の頻度および上限回数、二次細胞モデル120の粒子サイズなどの解析条件、二次細胞モデル120の粒子の形状変化、バネ係数などの粒子間係数を変化させた場合のシミュレーション結果をあわせて出力してもよい。
【0098】
すなわち、本実施形態の変形例として、遷移ステップを繰り返し演算する処理と、粒子の一部または全部に関して、ステップbにおける距離または経過ステップ数の増大と粒子間係数の増大との関係を変化させた遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を行ってもよい。また、粒子生成の頻度、すなわちステップaにおいて二次細胞モデル120を配置する頻度を種々に増減させて遷移ステップを繰り返し演算し、結果を対比してもよい。さらに、ステップaにおいて、二次細胞モデル120のみならず、前駆細胞モデル110の個数を増減させて遷移ステップを繰り返し演算し、結果を対比してもよい。これにより、たとえば養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等の薬効やマッサージ等の施術によって前駆細胞が増加した場合の毛髪の成長の変化を知得することができる。
【0099】
粒子間係数を変化させるにあたっては、計算空間の外側から内側に向かって粒子間係数を漸減または漸増させるとよい。これにより、養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等が毛髪表面から浸透して薬効を発揮していく状況をシミュレートすることができる。そして、養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等を投与した被験者の毛髪の変化を予めモニタして養毛・育毛剤、抑毛剤や髪質改善剤等の薬効が浸透する速度を定量的に取得しておくことにより、前駆細胞モデル110や二次細胞モデル120の生成速度に適合して毛髪を好適に改善する薬効成分またはその濃度を知得することができる。また、前駆細胞モデル110や二次細胞モデル120の生成頻度を種々に設定するにあたっては、増殖または細胞分裂する前駆細胞モデル110の位置や個数などのパラメータと、毛髪伸長・毛髪形状との関係をシミュレートしておくと良い。これにより、別途探索した前駆細胞の分裂や増殖に作用する薬剤の効果を予測したり、毛髪伸長・毛髪形状の改善に効果的な薬剤のスクリーニング条件を知得したりすることができる。
【0100】
上記実施形態では、非等方形状の二次細胞モデル120に作用する粒子間力成分および二次細胞モデル120の移動距離をx、y、z軸方向ごとに個別に算出することを説明したが、本発明はこれに限られない。二次細胞モデル120の粒子形状を球形や立方体などの等方形状に変換して、他の粒子から受ける粒子間力の演算を単純化して算出し、これを元の非等方形状に逆変換して粒子間力成分および移動距離を求めてもよい。
【0101】
すなわち、二次細胞モデル120の粒子形状が非等方形状であって、当該二次細胞モデル120を等方形状に変換して相互間力を算出し、さらに、この等方形状に変換された二次細胞モデル120を非等方形状に換算して、相互間力および当該二次細胞モデル120の移動距離に関する座標方向成分を算出してもよい。
【0102】
具体的には、たとえば毛髪の伸張方向(z軸方向)を長軸とする回転楕円体の二次細胞モデル120の場合、演算対象の二次細胞モデル120およびその近傍の二次細胞モデルについてそれぞれx軸およびy軸方向を伸張しz軸方向を圧縮して等積の球形に変換する。これにより、x、y、z軸方向ごとではなく、近接する粒子の重心同士を結ぶ方向(以下、半径方向という)に関してdr0(粒子間基準距離)、ddr(粒子間距離)、バネ係数および体積係数を算出する。よって、当該粒子間に作用する粒子間力を半径方向に一括して求めることができる。粒子間力を受けた二次細胞モデル120の半径方向の移動量(変位)は運動方程式により求められる。
ここで、二次細胞モデル120の位置および形状に基づいて生体組織描画部60により解析モデル150を描画するにあたっては、二次細胞モデル120の移動を半径方向ではなく座標方向(x、y、z軸方向)ごとに取得することが好ましい。そこで、算出された半径方向の移動量を、二次細胞モデル120の元の非等方形状に換算して取得するとよい。本変形例の場合、半径方向の移動量のうちのx軸成分およびy軸成分を圧縮し、z軸成分を伸張する。このように、非等方形状の二次細胞モデル120を球形や立方体などの等方形状に変換して粒子間力を半径方向に算出することにより、粒子間力の発生方向と座標軸方向との関係によらず二次細胞モデル120の移動量を簡易かつ正確に求めることができる。
【0103】
上記実施形態では、二次細胞モデル120の上端が外側計算境界130を超えない範囲における毛髪の成長を摸擬することを例示的に説明した。しかしながら、上記実施形態に変えて、外側計算境界130の上端を超える高さまで二次細胞モデル120が成長する様子を摸擬してもよい。
すなわち、毛髪が皮膚から飛び出して成長する場面を想定して、外側計算境界130に上端開口を設けるとともに、解析モデル150(外側計算境界130)を包含する任意の三次元空間の最外領域133を計算空間として設定してもよい(図2を参照)。この場合、外側計算境界130の上端は、境界142を越えて所定長さの硬化領域153を設定できれば特に限定されないが、実際の毛根組織との相同性を考慮して下端からの距離を設定することが好ましい。一例として、外側計算境界130の基端から上端までの高さを1000μm程度に設定することができる。
【0104】
そして、二次細胞モデル120が外側計算境界130の上端を越えた場合は、最外領域133に達するまで、粒子の移動は境界領域の制限を受けないこととする。これにより、毛髪が内毛根鞘や外毛根鞘を超えて皮膚から飛び出し、径方向の制約なく伸張する様子を摸擬することができる。ただし、第二境界142を通過した二次細胞モデル120(コルテックス細胞)のバネ係数は極めて大きいため、近接する二次細胞モデル120同士の相対変位は径方向および伸張方向とも無視しうる程度となる。このため、本変形例で摸擬される毛髪は、実際の毛髪と同様に、前駆細胞モデル110の細胞分裂によりコルテックス細胞が伸張方向に押し上げられて直線的に成長し、径方向の成長はほぼ無視される。
【0105】
なお、外側計算境界130の上端を越えた粒子が、計算の経過に伴い下向きに変位して外側計算境界130を再び下向きに通過して解析モデル150の内部に位置することとなった場合は、当該粒子に対して外側計算境界130から上述の境界条件が適用されることとしてもよい。
【0106】
以上、本発明においては、外側計算境界130の少なくとも一部が開口しており、その開口を超えて二次細胞モデル120が移動することを許容してもよい。そして、外側計算境界130により皮膚を摸擬することで、毛髪や爪など皮膚から突出して成長する生体組織を二次細胞モデル120によってシミュレートすることができる。
【0107】
<第二実施形態:皮膚のシミュレーション>
図13は第二実施形態にかかるシミュレーション装置100の機能ブロック図である。図14は本実施形態で用いる解析モデル150の説明図である。図15は本実施形態の解析モデル150を作成する参考とした皮膚の断面写真(上記の非特許文献2を参照)に、説明のための符号を付したものである。
【0108】
本実施形態で対象とする生体組織は皮膚である。最初に、図15を用いて人間の皮膚組織の特徴を簡単に説明する。真皮組織DEは一般に凹凸形状を有し、その表面に表皮基底細胞EPが一層形成されている。表皮基底細胞EPは前駆細胞であり細胞分裂により二次細胞を生成する。表皮基底細胞EPおよび生成された二次細胞は直径10〜15μm程度の略球形である。表皮基底細胞EPの上層には表皮有棘細胞PRが4〜6層程度積層されている。表皮有棘細胞PRは下層から上層にむかって細胞形状が球形から円柱形に遷移するとともに、細胞体積が増大する。円柱の径は10〜20μm程度である。表皮有棘細胞PRの上層には表皮顆粒細胞GRが2〜3層程度積層されている。表皮顆粒細胞GRは円柱形状が徐々に円盤状に扁平化して細胞体積が減少する。円盤の直径は15〜35μm程度である。さらに、表皮顆粒細胞GRの上層には最表面に角質細胞HOが積層されている。角質細胞HOの積層数は体の部位により大きく相違する。成人の顔の場合は13〜15層程度が一般的である。角質細胞HOは円盤状または五〜六角形の板状をなし直径は30〜40μm程度、厚みは0.15〜0.25μm程度である。角質細胞HOは、成長とともに皮膚から剥がれ落ちるため、その積層数は上記のように13〜15層程度を維持することが一般的である。
【0109】
そこで本実施形態では、上記の遷移ステップにおけるステップbにおいて、二次細胞モデル120の位置または経過ステップの増大に対応して粒子間係数を増大させたのち、この粒子間係数を実質的にゼロにする。これにより、角質細胞HOが最後に皮膚から剥がれ落ちることが摸擬される。このため、角質化した古い角質細胞HOが表皮に無限に蓄積されることがなく、実際の皮膚組織を正確に摸擬することができる。
【0110】
本実施形態では、隣接する角質細胞HO同士の間に存在するセラミドなどの間質(細胞間脂質)を含めて角質細胞HOと呼称し、これを二次細胞モデル120で摸擬している。ただし本実施形態に代えて、角質細胞HOと間質とを別々の粒子モデルで摸擬してもよい。この場合、間質は角質細胞HOよりも柔軟に変形することから、間質の粒子モデルの体積係数kを、角質細胞HOの粒子モデルの体積係数kよりも小さく設定するとよい。
また、角質細胞HOおよび間質は、保湿剤などの薬剤の投与や洗浄や各種の施術(以下、投与等という)によって体積が増減する。したがって、この種の投与等の作用を摸擬するため、角質細胞HOまたは間質の粒子モデルの粒子体積やバネ係数を、それぞれ所定の条件に従って変化させてシミュレーションを繰り返し行うとよい。これにより、投与等の大小の評価、洗浄剤の性能の評価、投与等の効果の高い部位、方法またはタイミングなどの予測が可能となる。
【0111】
図14に示す本実施形態の解析モデル150で、外側計算境界130は真皮組織DEの表面形状を摸擬している。この境界よりも下部に前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120が進入した場合には、当該粒子に所定の境界条件を与える。具体的には、当該粒子を解析モデル150から除去してもよい。または、外側計算境界130に至った粒子に対して、当該粒子に作用する粒子間力のうち、外側計算境界130の法線方向外向きの成分をゼロに打ち消すよう設定してもよい。ここで、外側計算境界130の法線方向外向きとは、外側計算境界130に直交し、計算空間外に向かう方向である。
【0112】
本実施形態の解析モデル150は、真皮組織DEが下部、皮膚表面が上部に配置されている。解析モデル150の左右のモデル境界132は細胞モデルの流入および流出を表す境界であり、生体組織の境界ではない。モデル境界132の左右一方を通過して計算空間外に至った粒子は演算から削除せず、同形状および同サイズの条件で他方のモデル境界132から計算空間内に再配置する。これにより、広がりのある大きな皮膚のシミュレーションを、小さな計算空間および少ない粒子モデルで実行することができる。なお、本実施形態に代えて、モデル境界132に至った粒子に適用する境界条件を、外側計算境界130と共通としてもよい。具体的には、モデル境界132に至った粒子がこれを超えないよう当該粒子の荷重成分のうちモデル境界132の法線方向の外向き成分を内向き成分に反転してもよい。または、モデル境界132を超えた粒子を計算空間から削除してもよい。
【0113】
本実施形態の解析モデル150では、外側計算境界130の上部に第一境界141と第二境界142がそれぞれ曲面にて設定されている。第一境界141は表皮有棘細胞PRと表皮顆粒細胞GRとを区分する界面を摸擬しており、第二境界142は表皮顆粒細胞GRと角質細胞HOとを区分する界面を摸擬している。第一境界141は第二境界142よりも内部、すなわち外側計算境界130に近接して設定されている。
外側計算境界130と第一境界141との間を流動領域151(有棘層)、第一境界141と第二境界142との間を変化領域152(顆粒層)、第二境界142の上方を硬化領域153(角質層)とそれぞれ呼称する。
【0114】
本実施形態の流動領域151は、球形の前駆細胞モデル110から新たな球形の二次細胞モデル120が分裂生成し、この二次細胞モデル120が表皮有棘細胞PR(有棘細胞モデル125)に遷移する領域である。図14に示すように有棘細胞モデル125は円柱状をなしている。前駆細胞モデル110は、外側計算境界130の表面すなわち流動領域151に配置されている。
変化領域152は、円柱状の有棘細胞モデル125の扁平率が増大して顆粒細胞モデル126に遷移する領域である。この領域に到達した二次細胞モデル120(有棘細胞モデル125)は、円柱径が増大し、円柱高さが減少して顆粒細胞モデル126となる。
硬化領域153は、顆粒細胞モデル126がさらに扁平化して角質細胞モデル127に遷移する領域である。この領域に到達した顆粒細胞モデル126は、さらに扁平率が増大して角質細胞モデル127となる。
【0115】
上述のように、二次細胞モデル120(角質細胞モデル127)の粒子間係数を実質的にゼロにすることで、角質細胞HOが皮膚から剥離することが摸擬される。粒子間係数をゼロにする条件としては、たとえば下記に示すように種々を設定することができる。
(1)第二境界142よりも上部に設定された剥離境界(図示せず)を二次細胞モデル120が通過した場合に粒子間係数をゼロとする条件。
(2)二次細胞モデル120が前駆細胞モデル110から細胞分裂してからの経過ステップが所定の上限に達した場合に粒子間係数をゼロとする条件。
(3)皮膚の最表層に供給されて皮膚内部に浸透していく外来の薬剤である角層剥離剤と二次細胞モデル120とが接触した場合に粒子間係数をゼロとする条件。
(4)第二境界142を二次細胞モデル120が通過した後、皮膚の最表層に向けて経過ステップに応じて粒子間係数をゼロまで漸減させる条件。
【0116】
すなわち本実施形態においては、上記(4)のように、計算空間内の所定の領域(硬化領域153)に位置する二次細胞モデル120(角質細胞モデル127)の粒子間係数を、皮膚の表面に向けて実質的にゼロに漸減させてもよい。
【0117】
上記の条件は、個別に選択して設定してもよく、または複数の条件を論理和(OR条件)もしくは論理積(AND条件)として設定してもよい。とくに、上記(4)を条件とした場合には、実際の生体において角質細胞HOの細胞間の接着が角質内の分解酵素によって徐々に弱まる様子をリアルに摸擬することができる。
【0118】
本実施形態における細胞分裂は、第一実施形態と同様に、前駆細胞モデル110と一部重複して、または前駆細胞モデル110の近傍に、新たな二次細胞モデル120を生成することにより摸擬される。新たな二次細胞モデル120は前駆細胞モデル110から斥力を受けて計算空間内に押し出され、皮膚表面に向かって成長していく。
【0119】
図13に示す本実施形態のシミュレーション装置100は、メラニン付与部43、メラニン産生細胞増殖部45、残存粒子判定部56、メラニン積算部64および色算出部66を備える点で第一実施形態と相違する。また、本実施形態の解析モデル150は、図14に示すように、外側計算境界130の表面にメラニン産生細胞112が配置されていることを特徴とする。
【0120】
メラニン産生細胞112は、近傍の前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120にメラニン色素を付与する細胞(メラノサイト)の粒子モデルであり、前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120と区別して識別される。図16は、メラニン色素が産生および蓄積される様子を示す説明図である。メラニン産生細胞112は、同図に円で表示するように自身の近傍にある一つまたは複数の二次細胞モデル120にメラニン色素を付与する。具体的には当該メラニン産生細胞112を中心として、前駆細胞モデル110の直径の6個分の範囲内に含まれる二次細胞モデル120に対してメラニン色素を付与する。
前駆細胞モデル110または二次細胞モデル120との粒子間力を受けて、外側計算境界130の表面に沿ってメラニン産生細胞112は移動可能である。また、メラニン産生細胞112は、細胞分裂をすることにより増殖する。この場合の増殖とは、前駆細胞モデル110が二次細胞モデル120になることではなく、メラニン産生細胞112と同じものが複製されることである。メラニン産生細胞112の増殖はメラニン産生細胞増殖部45(図13を参照)により摸擬される。具体的には、メラニン産生細胞増殖部45は、新たなメラニン産生細胞112の粒子情報を粒子情報記憶部46に記憶させる。すなわち、メラニン産生細胞112は自ら移動し、かつ増殖しながら、周囲の二次細胞モデル120にメラニン色素を付与する。なお、メラニン産生細胞112の移動と増殖の一方のみを摸擬してもよい。
【0121】
二次細胞モデル120に与えられたメラニン色素は、当該二次細胞モデル120が有棘細胞モデル125から角質細胞モデル127に遷移していく間、当該二次細胞モデル120の内部から消失することなく保持されるか、または所定の速度で減少しながら保持される。メラニン色素の減少速度は種々に設定することができるが、たとえば単位時間あたりの減少比率を一定とすることができる。
メラニン色素を個別に含む多数の二次細胞モデル120が角質細胞モデル127となって多層に積層されると、皮膚の表面から深さ方向に積算されているメラニン色素の量(以下、メラニン蓄積量という)は大きくなる。一方、メラニン蓄積量と、皮膚の見た目の色(シミ、黒ずみの程度)とは高い相関関係があり、互いに換算可能である。メラニン蓄積量と皮膚の見た目の色との相関関係は、関数またはテーブルなどの形式の換算データとして色算出部66に記憶されている。
【0122】
本実施形態のシミュレーション装置100では、メラニン産生細胞112が周囲の二次細胞モデル120に対してメラニン色素を付与する速度を種々に変更してシミュレーションを行う。これにより、メラニン産生細胞112によるメラニン産生の活性と、皮膚の見た目の色との関係を知得することができる。また、メラニン産生細胞112の増殖速度と角質細胞モデル127の剥離速度とのバランスを変化させたり、メラニン産生細胞112の増殖速度とメラニン色素を付与する速度とのバランスを変化させたりするなど、皮膚組織のメラニン蓄積量を変化させる種々の条件において遷移ステップを演算して結果を対比してもよい。これにより、メラニン産生、メラニン産生細胞の増殖やメラニン転送、表皮の剥離、表皮の細胞増殖などをそれぞれコントールする薬剤や施術の効果を定量的に予測することが可能である。
【0123】
本実施形態のシミュレーション装置100において、粒子情報記憶部46には二次細胞モデル120およびメラニン産生細胞112の重心位置が記憶されている。メラニン付与部43は粒子情報記憶部46を参照し、メラニン産生細胞112の周囲に位置する二次細胞モデル120を選択する。さらにメラニン付与部43は、選択された二次細胞モデル120に対して、予め入力部10より入力された時間間隔でメラニン色素を付与する。具体的には、粒子情報記憶部46は個々の二次細胞モデル120ごとにメラニン色素の含有量の加算値を色素情報として記憶している。メラニン産生細胞112の周囲に位置する二次細胞モデル120にメラニン色素が付与されると、粒子情報記憶部46は色素情報の加算値を増大させて更新する。
【0124】
前駆細胞モデル110の細胞分裂により計算空間内に生成された二次細胞モデル120は、周囲の前駆細胞モデル110および二次細胞モデル120を押しのけて初期の体積を確保する。その後、有棘細胞モデル125に成長したのち、時間とともに体積減少して顆粒細胞モデル126から角質細胞モデル127に至る。
【0125】
すなわち本実施形態では、二次細胞モデル120の粒子形状を、当該二次細胞モデル120の位置、または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して扁平化させる。そして、第一実施形態と同様に二次細胞モデル120と周囲の他の細胞モデルとの粒子間係数を粒子間係数算出部50で算出し、粒子間力算出部52は二次細胞モデル120に作用する粒子間力を求める。粒子位置更新部54は、当該二次細胞モデル120の位置を更新する。これにより、二次細胞モデル120は外側計算境界130から皮膚表面に向かって積層されていく。
【0126】
ここで、本実施形態では二次細胞モデル120の位置に対応して粒子間係数kおよびk'(上記の式(1)および式(2)を参照)を増大させる。具体的には、流動領域151(有棘層)ではバネ力の粒子間係数k'を実質的にゼロとし、変化領域152(顆粒層)から硬化領域153(角質層)にかけてk'を漸増する。そして、硬化領域153では、角質細胞モデル127を皮膚表面から剥離させるため、k'を実質的にゼロとしてバネ接続を解除する。
【0127】
残存粒子判定部56は、皮膚表面から剥離して他の細胞モデルから所定距離以上離間した二次細胞モデル120を計算空間外に至ったとみなし、当該二次細胞モデル120を解析モデル150(粒子情報記憶部46)から除去する。
【0128】
生体組織描画部60は、解析モデル150に残る二次細胞モデル120の位置と、当該二次細胞モデル120の粒子形状の情報とから生体組織の形状を描画する。
【0129】
シミュレーション装置100は、二次細胞モデル120がそれぞれ保有するメラニン色素の量を表す色素情報に基づいて、皮膚を目視した場合の皮膚濃度を算出する。具体的には、メラニン積算部64は粒子情報記憶部46を参照して二次細胞モデル120ごとの座標およびメラニン含有量を取得し、これを積算して皮膚表面の部位ごとにメラニン蓄積量を計算する。色算出部66は、計算されたメラニン蓄積量と、予め記憶している換算データとに基づき、皮膚濃度の数値を取得して出力部62で出力させる。皮膚濃度は、肌の白さ・明るさや黒ずみの度合いなどの見た目の濃淡を定量化した値である。色算出部66が記憶している換算データは、メラニン蓄積量から求まる二次細胞の透過率の二乗と皮膚の反射率とが略比例するという、いわゆるKubelka−Munkの第2法則に基づいて設定された関数またはテーブルである。この他、実際の動物の表皮や、表皮細胞とメラニン細胞を含む三次元組織培養などの方法で作成したモデル皮膚を用いて、皮膚濃度とメラニン量実測値とを対応づけた関数またはテーブルを用いることも可能である。
さらに、皮膚濃度の数値を出力部62から出力する際に、得られた皮膚濃度と、所定の色データとを加算合成して得られる色を表示してもよい。ここで、所定の色データとしては、任意の色を選ぶことができるが、ヘモグロビン色素の分光反射データや、血管を含む真皮組織DEの色データを用いることによって、より実際の肌色に近い色で表示することができる。血管を含む真皮組織DEの色データは、実際に動物の表皮を剥離した皮膚や、白斑病変部の皮膚を測色すること等で得ることができる。
【0130】
図17は、本実施形態の生体組織のシミュレーション方法のフローチャートである。第一実施形態との共通点に関しては説明を省略する。
本実施形態のシミュレーション方法では、初期設定ステップ(ステップS10)においてメラニン産生細胞112の位置、個数、増殖の程度、メラニン色素の産生頻度および各回の産生量を解析条件として設定する。
初期形状作成ステップ(ステップS20)では、真皮組織DEの形状を摸擬した外側計算境界130を含む解析モデル150を生成し、外側計算境界130の表面に前駆細胞モデル110を配置する。前駆細胞モデル110の配置間隔や外側計算境界130の形状は、シミュレートされる皮膚の部位に応じて選択的に設定されてもよい。
【0131】
粒子形状変化ステップ(ステップS40)では、二次細胞モデル120の位置に応じて粒子形状を更新する。具体的には、二次細胞モデル120が位置する領域(流動領域151、変化領域152または硬化領域153)に応じて、二次細胞モデル120の扁平率および体積を更新する。
【0132】
粒子発生ステップ(ステップS30)では、前駆細胞モデル110の近傍に新たな二次細胞モデル120を生成する。このとき、所定の演算周期ごとにメラニン産生細胞112を新たに生成してもよい。
粒子形状変化ステップ(ステップS40)と粒子発生ステップ(ステップS30)とは、同一の演算周期内において、いずれを先に処理してもよい。
【0133】
粒子間力計算ステップ(ステップS50)および粒子移動ステップ(ステップS60)では、第一実施形態と同様に二次細胞モデル120の位置を更新する。さらに、本実施形態ではメラニン産生細胞112を外側計算境界130の表面上で移動させてもよい。また、粒子移動ステップ(ステップS60)では、モデル境界132(図14を参照)の一方を通過した二次細胞モデル120またはメラニン産生細胞112を、他方のモデル境界132から再び計算空間内に進入するように配置する。
【0134】
粒子除去ステップ(ステップS65)では、皮膚表面から剥離した角質細胞モデル127を解析モデル150から除去する。
出力ステップ(ステップS70)では、二次細胞モデル120の位置が更新された解析モデル150を表示出力する。メラニン産生細胞112の位置もあわせて表示出力してもよい。
【0135】
分岐ステップ(ステップS80)では遷移ステップ(ステップS40〜S70)の演算処理の繰り返しの要否を判定し、演算終了と判定された場合(ステップS80:NO)には、メラニン積算ステップ(ステップS90)に移行する。演算処理を続行する場合(ステップS80:YES)、遷移ステップを再度実行する。
【0136】
メラニン積算ステップ(ステップS90)では、二次細胞モデル120の位置および色素情報に基づいてメラニン蓄積量を算出する。肌色算出ステップ(ステップS90)では、解析モデル150の表面の部位ごとに皮膚濃度を算出する。そして、皮膚濃度の高い部位を強調して表示出力することで、美白化粧料や美白施術を施すことが特に有効な箇所をユーザは知得したり、皮膚濃度から換算された正確な皮膚色から、美白剤や表皮ターンオーバー改善剤などの肌に対する効果の大きさを推測したりすることができる。
【0137】
以上の処理により本実施形態のシミュレーション方法は終了する。本実施形態によれば、皮膚組織を構成する細胞の形状や細胞間の結合力を摸擬することができるため、皮膚がマクロ的に成長する様子を正確に把握することができる。また、細胞モデルに対して個々に色素情報を設定することができるため、皮膚濃度の高低を部位ごとに求めることが可能である。このため、細胞モデルに色素を与える条件を種々に変更することで、被験者の皮膚濃度を所望に改善するために有効な薬剤や施術を好適に選択することができる。
【0138】
本実施形態では、メラニン産生細胞112から二次細胞モデル120に付与されたメラニン色素が皮膚表面まで蓄積されることを摸擬したが、本発明はこれに限らず種々の物質が皮膚または毛髪内で輸送されることを摸擬することができる。具体的には、皮膚表面または毛髪表面の二次細胞モデル120に付与された栄養分や水分が、皮膚や毛髪の内部に浸透して輸送されていく様子をシミュレートすることができる。これにより、経皮的(毛髪表面からの吸収を含む)に浸透する栄養分や水分の移動速度や移動経路を把握することができ、一例として栄養分の効果的な投与間隔や投与位置を知ることができる。同様に、経口的に摂取した栄養分や水分が、皮膚の真皮組織から角質細胞に向かって、または毛髪の毛乳頭から先端および表面に向かって輸送される様子や、その成分が前駆細胞の分裂状態に影響して、皮膚や毛髪の形状や外観色などが変化することをシミュレートすることもできる。さらに、描画処理にMGF(Mathematica Graphics Format)形式などで記述された三次元幾何形状ファイルを用い、細胞形状をリアルに再現することで、形状の異なる細胞の集合構造である生体組織に近い表示をすることが可能である。このことにより、個々の細胞状態と組織全体とのつながりを、視覚的に解り易く表示することができる。
【0139】
上述した第一および第二実施形態は種々の変形例を許容する。たとえば、第一実施形態として説明した毛髪のシミュレーションの変形例として、さらに第二実施形態のようにメラニン色素が二次細胞モデル120に蓄積される様子を摸擬してもよい。ここで、毛髪の色は主としてメラニン色素の成分および濃度によって左右される。毛髪に含まれるメラニン色素には、黒または茶褐色のユーメラニンと、赤褐色または黄色のフェオメラニンの2種類がある。そして、毛髪の色の濃淡はユーメラニンの濃度に大きく影響され、ユーメラニンの濃度が高いほど黒色の毛髪に近づく。また、フェオメラニンが多い毛髪は赤みを帯びる傾向にある。ユーメラニンとフェオメラニンは、毛乳頭領域131の表面に配置されたメラニン産生細胞で産生されて近傍の二次細胞に付与される点で皮膚組織と共通している。したがって、毛髪の形状とともに見た目の色を算出する本変形例のシミュレーションは、図13に示した機能ブロック図にかかるシミュレーション装置100で実施することができる。
【0140】
すなわち、本変形例のシミュレーション装置100は、二次細胞モデル120がそれぞれ保有するメラニン色素の量を表す色素情報に基づいて、毛髪を目視した場合の毛髪濃度を算出する。ここで、毛髪濃度とは黒色や赤色などの所定の色相に関する濃淡を定量化した値である。
【0141】
メラニン産生細胞増殖部45は、毛乳頭領域131(図2を参照)の表面にメラニン産生細胞112(図14を参照)を生成する。メラニン付与部43は、メラニン産生細胞112の周囲に位置する二次細胞モデル120を選択して、メラニン色素(少なくともユーメラニン)の含有量を表す色素情報を増大させる。本変形例の粒子情報記憶部46は、色素情報として、ユーメラニンの含有量を示す情報に加えて、フェオメラニンの含有量を示す情報をさらに備えてもよい。この場合、メラニン付与部43は、ユーメラニンとともにフェオメラニンに関する色素情報を増大させる。
【0142】
メラニン積算部64は、毛髪表面の部位ごとに、深さ方向(毛髪の半径方向)に積算されているメラニン色素の含有量(メラニン蓄積量)を算出する。色算出部66は、計算されたメラニン蓄積量と、予め記憶している換算データとに基づき、毛髪濃度の数値を取得して出力部62で出力させる。色算出部66が記憶している換算データとしては、一例として、ユーメラニンおよびフェオメラニンそれぞれに関するメラニン蓄積量の実測値と、官能評価された見た目の毛髪濃度とを対応づけたテーブルを用いることができる。
【0143】
本変形例によれば、メラニン蓄積量としてユーメラニンの含有量を毛髪の深さ方向に積算することにより、毛髪の見た目の濃淡を摸擬することができる。また、さらにフェオメラニンの含有量をあわせて積算することにより、毛髪の見た目の色相を摸擬することができる。
【0144】
本変形例においては、さらに、毛髪の二次細胞のメラニン蓄積量を変化させる種々の条件において遷移ステップを演算して結果を対比してもよい。たとえば、メラニン産生細胞や二次細胞の増殖速度とメラニン色素を付与する速度とのバランスを変化させてもよい。これにより、メラニン産生や毛髪の成長をそれぞれコントールする薬剤や施術の効果を定量的に予測することが可能である。
【0145】
さらに本変形例においては、遷移ステップにおける経過ステップ数の増大に伴って、計算空間の外側(毛髪の表面)から内側に向かってメラニン色素の量を増大または減少させるように条件を設定してもよい。これにより、毛髪の表面に塗布した染毛剤による染毛効果やブリーチ剤による脱色効果を定量的に予測することが可能である。
【0146】
上述した実施形態および変形例は、その内容が相反しない範囲で組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0147】
10 入力部
20 条件設定部
30 初期形状作成部
32 計算空間生成部
34 前駆細胞配置部
40 遷移演算部
42 粒子生成部
43 メラニン付与部
44 粒子形状変化部
45 メラニン産生細胞増殖部
46 粒子情報記憶部
48 粒子間距離算出部
50 粒子間係数算出部
52 粒子間力算出部
54 粒子位置更新部
56 残存粒子判定部
60 生体組織描画部
62 出力部
64 メラニン積算部
66 色算出部
100 シミュレーション装置
110 前駆細胞モデル
112 メラニン産生細胞
120 二次細胞モデル
125 有棘細胞モデル
126 顆粒細胞モデル
127 角質細胞モデル
130 外側計算境界
131 毛乳頭領域
132 モデル境界
133 最外領域
141 第一境界
142 第二境界
150 解析モデル
151 流動領域
152 変化領域
153 硬化領域
C コルテックス細胞
DE 真皮組織
EP 表皮基底細胞
GR 表皮顆粒細胞
HO 角質細胞
M 毛母細胞
P 毛乳頭
PR 表皮有棘細胞

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する処理と、前記前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を含み、
前記遷移ステップが以下のステップaからステップc;
(ステップa)二次細胞を表す二次細胞モデルを前記前駆細胞モデルの近傍に配置するステップ、
(ステップb)二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップ、
(ステップc)一の前記二次細胞モデルと、前記前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および前記粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップ、
を含むことを特徴とする生体組織のシミュレーション方法。
【請求項2】
前記粒子間係数が、互いに安定状態にある前記二次細胞モデルと前記前駆細胞モデルまたは前記他の二次細胞モデルとのモデル間距離を微小変位させるのに必要な相互間力の大きさに対応して設定されている請求項1に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記安定状態にかかる前記モデル間距離が、前記二次細胞モデルと前記前駆細胞モデルまたは前記他の二次細胞モデルとの間に作用する斥力と引力とが切り替わる粒子間基準距離であり、
前記粒子間係数が、前記粒子間基準距離から前記微小変位させるのに必要な前記相互間力である請求項2に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項4】
前記二次細胞モデルおよび前記前駆細胞モデルの粒子サイズをそれぞれ表すサイズ情報と、前記二次細胞モデルおよび前記前駆細胞モデルの粒子形状をそれぞれ表す形状情報と、に基づいて粒子間基準距離を算出することを特徴とする請求項3に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項5】
前記ステップcにおいて、前記一の二次細胞モデルと前記他の二次細胞モデルとの前記粒子間基準距離に基づいて前記一の二次細胞モデルが前記他の二次細胞モデルから受ける相互間力を算出し、算出された前記相互間力に基づいて前記一の二次細胞モデルの位置を更新する請求項4に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項6】
前記一の二次細胞モデルの粒子形状が非等方形状であって、複数の方向ごとに異なる前記相互間力を算出する請求項5に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項7】
前記一の二次細胞モデルの粒子形状が非等方形状であって、当該二次細胞モデルを等方形状に変換して前記相互間力を算出し、さらに、前記等方形状に変換された二次細胞モデルを前記非等方形状に換算して、前記相互間力および当該二次細胞モデルの移動距離に関する座標方向成分を算出する請求項5に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項8】
前記生体組織が毛髪または皮膚であり、前記前駆細胞が毛母細胞または表皮基底細胞である請求項1から7のいずれか一項に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項9】
前記生体組織が毛髪であり、前記計算空間が前記毛母細胞の配置領域から一方向に延在している請求項8に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項10】
前記二次細胞モデルの粒子形状が、前記一方向を長軸方向とする回転楕円体である請求項9に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項11】
前記ステップbにおいて、前記位置または前記経過ステップの増大に対応して前記回転楕円体の扁平率を増大させることを特徴とする請求項10に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項12】
前記ステップbにおいて、前記位置または前記経過ステップの増大に対応して前記粒子間係数を増大させたのち、前記粒子間係数を実質的に無限大とすることを特徴とする請求項9から11のいずれか一項に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項13】
回転軸方向が前記計算空間の延在方向と略一致した回転楕円体である前記二次細胞モデルと、前記計算空間で前記二次細胞モデルよりも外側に配置されて前記回転楕円体よりも扁平した他の前記二次細胞モデルと、を用いる請求項9から12のいずれか一項に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項14】
前記二次細胞モデルがそれぞれ保有するメラニン色素の量を表す色素情報に基づいて、前記毛髪を目視した場合の毛髪濃度を算出する請求項9から13のいずれか一項に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項15】
前記生体組織が皮膚であり、前記二次細胞モデルの粒子形状を、当該二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して扁平化させることを特徴とする請求項8に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項16】
前記ステップbにおいて、前記位置または前記経過ステップの増大に対応して前記粒子間係数を増大させたのち、前記粒子間係数を実質的にゼロにすることを特徴とする請求項15に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項17】
前記計算空間内の所定の領域に位置する前記二次細胞モデルの前記粒子間係数を、前記皮膚の表面に向けて実質的にゼロに漸減させる請求項16に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項18】
前記二次細胞モデルがそれぞれ保有するメラニン色素の量を表す色素情報に基づいて、前記皮膚を目視した場合の皮膚濃度を算出する請求項15から17のいずれか一項に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項19】
前記遷移ステップを繰り返し演算する処理と、
前記粒子の一部または全部に関して、前記ステップbにおける前記位置または前記経過ステップ数の増大と前記粒子間係数の増大との関係を変化させた前記遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を含む請求項1から18のいずれか一項に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項20】
前記計算空間の外側から内側に向かって前記粒子間係数を漸減または漸増させる請求項19に記載の生体組織のシミュレーション方法。
【請求項21】
前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する配置処理手段と、
前記前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する遷移処理手段と、を含み、
前記遷移ステップが以下のステップaからステップc;
(ステップa)二次細胞を表す二次細胞モデルを前記前駆細胞モデルの近傍に配置するステップ、
(ステップb)二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップ、
(ステップc)一の前記二次細胞モデルと、前記前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および前記粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップ、
を含むことを特徴とする生体組織のシミュレーション装置。
【請求項22】
前駆細胞を表す前駆細胞モデルを計算空間内に配置する処理と、前記前駆細胞を含む生体組織の状態変化を摸擬する遷移ステップを繰り返し演算する処理と、を生体組織のシミュレーション装置に実行させるためのコンピュータプログラムであって、
前記遷移ステップが以下のステップaからステップc;
(ステップa)二次細胞を表す二次細胞モデルを前記前駆細胞モデルの近傍に配置するステップ、
(ステップb)二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させるステップ、
(ステップc)一の前記二次細胞モデルと、前記前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および前記粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新するステップ、
を含むことを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図15】
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【図17】
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【図3】
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【図14】
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【図16】
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