説明

生体組織保存溶液及びそれを用いる方法

【課題】生体組織の機能を低下させることなく、組織の保存期間をさらに延伸した生体組織保存溶液を提供する。
【解決手段】生体組織保存溶液は、生体組織を、非凍結状態で保存する溶液であって、アルブミンを含む。好ましくは、濃度が0.1%〜5%のアルブミン、又は濃度が5%〜30%の血清を含む。さらに好ましくは50〜240(mmol/L)のトレハロースと、10〜140(mmol/L)のナトリウムと、4〜140(mmol/L)のカリウムと、H2PO4-、HPO42-からなる群より選ばれた12〜65(mmol/L)の物質と、CL-、HCO3-、CO32-、有機酸、及び有機酸アニオンからなる群より選ばれた15〜150(mmol/L)の物質とを含み、浸透圧が270〜450(mOsm/L)で、且つpHが7〜8である生体組織保存溶液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体組織保存溶液、生体組織を低温で保存するための生体組織保存溶液、及びそれを用いる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インスリン依存状態糖尿病(以下、単に「糖尿病」という)の多くは、膵島におけるβ細胞の消失、若しくは膵臓の喪失によってインスリン分泌が枯渇することにより生じる。このような糖尿病患者は、生命維持のためにインスリン注射を行い、血糖をコントロールする必要がある。
【0003】
また、糖尿病の他の治療法として、インスリンを分泌するβ細胞を含む膵島組織を、患者の体内に移植する方法(膵島移植)が知られている。例えば、膵島組織を点滴等で患者の門脈に注入すれば、肝臓内に生着した膵島組織からインスリンが分泌され、血糖のコントロールが可能となる。
【0004】
この場合の生着とは、膵島組織内に豊富に存在する毛細血管網と肝臓から伸びてきた毛細血管とが吻合して膵島組織内への血流が再開し、もともと膵臓に存在していたように肝臓の門脈内で血糖の変動に応じて適量のインスリンが適時に分泌されるようになった状態のことをいう。
【0005】
生着する移植膵島量が充分な場合、インスリン注射をしなくとも血糖値をコントロールできるようになると考えられている(この状態を「インスリン離脱」という)。通常、1回の膵島移植ではインスリン離脱することは少なく、インスリン離脱を達成するためには、2〜3人のドナーが必要となる。また、膵臓を摘出した後、膵島分離を実施する施設まで膵臓を運搬する必要がある。その際に、膵臓を低温保存するための保存液が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2006/068226号
【特許文献2】特開2009−219376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、膵島移植の治療成績向上を目的として、移植膵島の品質管理、レシピエントに対する免疫抑制剤投与などの移植前処置が行われるようになっている。移植膵島を生物由来の製剤として扱うためには、移植前に品質管理(生体内で機能し得るものであることを判定すること)を行う必要があるが、この品質管理検査に要する時間を確保するために、分離した膵島組織を保存することが求められている。また、移植膵島に対するレシピエントの拒絶反応を抑制するため、2000年に発表された臨床膵島移植方法(エドモントン・プロトコール)では、免疫抑制剤として抗IL−2(CD25)受容体抗体を使用して、分離した膵島組織を出来るだけ早期に移植していたが、この方法では長期のインスリン離脱率が低いことが分かった。そこで、免疫抑制剤の導入療法として、抗ヒト胸腺細胞ウサギ免疫グロブリン(rATG)と可溶性TNF−alpha受容体製剤(etanercept)を使用した新たな免疫抑制プロトコールが考案された。この新たな免疫抑制プロトコールでは、レシピエントの免疫担当細胞を出来るだけ除去した後、すなわち免疫抑制剤投与開始より12〜48時間経過後に膵島移植が行われる。免疫抑制剤の導入は膵島組織を分離した後に行われるため、分離した膵島組織の機能を低下させることなく、一定期間保存(例えば、48時間〜72時間程度)することが必要となっている。
【0008】
膵島組織を保存する方法としては、凍結保存法と培養保存法とが知られている。凍結保存法とは、膵島組織を−80℃といった非常に低い温度で凍結させて保存する方法である。しかしながら、この方法では、凍結保存膵島組織を移植前に融解する必要があり、膵島組織の機能に著しい損傷を与えてしまうため、臨床使用はされていない。培養保存法とは、膵島組織を構成する細胞の代謝を促進し、生体内の環境に出来るだけ近づける目的で血清が添加されている培養液(培地)を用いて、37℃で膵島組織を培養しながら保存する方法である。しかしながら、この方法では、時間の経過と共に膵島組織が崩壊して膵島組織数が減少するという課題がある。このため、移植直前になって膵島組織数が足りずに移植ができなくなることがあり、複数回使用を避けることが推奨されている免疫抑制剤が既に投与されて移植を待つレシピエントに与えるリスクは大きい。
【0009】
また、特許文献1に記載の保存溶液を膵島組織の保存に適応した場合には、膵島組織の機能を低下させることなく保存できる期間が24時間未満であり、それ以降は、膵島組織の機能が急激に低下してしまうという課題がある。他の例として、細胞を保護する細胞保護用液も知られている(特許文献2参照)。特許文献2に記載された細胞保護用液は、浮遊させた細胞の凝集を回避する懸濁化剤の役割を意図する目的で血清アルブミンが含有されており、この細胞保護用液を用いて培養細胞を低温化で、長期間、安定に保持できることが示されている。しかしながら、このような細胞保護用液は、特定の機能と構造を持った細胞群が目的をもって集合し、高次の機能を発揮する組織、例えば膵島組織の長期保存には適さない。
【0010】
この発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、生体組織の機能を低下させることなく、生体組織の保存期間をさらに延伸した生体組織保存溶液及びそれを用いる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一形態に係る生体組織保存溶液は、生体組織を、非凍結状態で保存する溶液であって、アルブミンを含む。上記組成の生体組織保存溶液を用いることにより、従来の臓器保存液よりも長期間に亘って、生体組織の機能を低下させることなく保存することが可能となる。また、保存の対象となる「組織」とは、多種類の細胞の集団であり、それら複数の細胞が合目的的な三次元配置をしていることで高次の機能を発揮することが可能となるものである。すなわち、その機能を維持したまま組織を保存することは、単なる細胞を保存するよりも困難である(難易度が高い)。
【0012】
なお、本発明の生体組織保存溶液を用いて保存することのできる生体組織としては、例えば、ヒトを含む哺乳動物から分離した種々の組織、例えば、表面上皮(皮膚、角膜、血管、胃や小腸の粘膜上皮組織等)や腺上皮(分泌機能を持つ上皮細胞群が腺組織を形成した、外分泌組織や内分泌組織)等の上皮組織、結合組織や骨組織等の支持組織、横紋筋や平滑筋等の筋組織、神経組織、ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)等の多能性幹細胞又は体性幹細胞から分化誘導させた組織あるいは、体性細胞の培養で得られた組織等を挙げることができる。本発明の生体組織保存溶液は、内分泌組織、特にヒトやブタ等の哺乳動物の膵臓から分離した膵島組織を保存するのに適している。
【0013】
なお、生体組織保存溶液は、濃度が0.1%〜5%のアルブミン、又は濃度が5%〜30%の血清を含むのが好ましい。
【0014】
一例として、生体組織保存溶液は、50〜240(mmol/L)のトレハロースと、10〜140(mmol/L)のナトリウムと、4〜140(mmol/L)のカリウムと、H2PO4-、HPO42-からなる群より選ばれた12〜65(mmol/L)の物質と、CL-、HCO3-、CO32-、有機酸、及び有機酸アニオンからなる群より選ばれた15〜150(mmol/L)の物質とを含み、浸透圧が270〜450(mOsm/L)で、且つpHが7〜8が好ましい。
【0015】
さらに、生体組織保存溶液は、プロテアーゼ阻害剤を含むのが好ましい。これにより、特に生体組織を適切に保護することができる。
【0016】
本発明の一形態に係る方法は、生体組織を、非凍結状態で保存する方法であって、アルブミンを含む生体組織保存溶液を用いる。上記組成の生体組織保存溶液を用いることにより、従来の臓器保存液よりも長期間に亘って、生体組織の機能を低下させることなく保存することが可能となる。
【0017】
なお、生体組織保存溶液は、濃度が0.1%〜5%のアルブミン、または濃度が5%〜30%の血清を含むのが好ましい。
【0018】
また、生体組織保存溶液は、2〜15℃に維持されるのが好ましい。保存温度は、生体組織の凍結を防止する観点から0℃より高くなければならない。一方、保存温度が高くなると(例えば、体温に近い37℃)、生体組織が活性化され、長期間に亘って抽出後の状態を維持するのが困難になる。そこで、上記の範囲内で4℃に近い温度で保存するのが望ましい。
【0019】
一例として、生体組織保存溶液は、50〜240(mmol/L)のトレハロースと、10〜140(mmol/L)のナトリウムと、4〜140(mmol/L)のカリウムと、H2PO4-、HPO42-からなる群より選ばれた12〜65(mmol/L)の物質と、CL-、HCO3-、CO32-、有機酸、及び有機酸アニオンからなる群より選ばれた15〜150(mmol/L)の物質とを含み、浸透圧が270〜450(mOsm/L)で、且つpHが7〜8が好ましい。
【0020】
さらに、生体組織保存溶液は、プロテアーゼ阻害剤を含むのが好ましい。これにより、特に生体組織を適切に保護することができる。
【発明の効果】
【0021】
この発明によれば、生体組織、特に膵島組織の機能を低下させることなく、保存期間をさらに延伸した生体組織保存溶液及びそれを用いる方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】保存期間毎の膵島組織の数の変化を示す図である。
【図2】保存期間毎の膵島組織の大きさの変化を示す図である。
【図3】保存期間毎の膵島組織の直径のばらつきを示すヒストグラムである。
【図4】MK(+)で保存した膵島組織、及びMK(−)で保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図5】UW(+)で保存した膵島組織、及びUW(−)で保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図6】各生体組織保存溶液で所定期間保存した膵島組織の生細胞率を示す図である。
【図7】マウスに膵島組織を移植した際の血中グルコース濃度の変化を示す図である。
【図8】膵島組織を移植したマウスの体重の変化を示す図である。
【図9】膵島組織を移植してから30日経過後のマウスにグルコースを投与した際の血中グルコース濃度の変化を示す図である。
【図10】各生体組織保存溶液で保存した膵島組織を移植した各6匹のマウスのうち、正常血糖に達したマウスの比率を示す図である。
【図11】MK(FBS+)で保存した膵島組織と、MK(Alb+)で保存した膵島組織と、MK(−)で保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図12】MK(FBS+)で所定期間保存した膵島組織、及びMK(Alb+)で所定期間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図13】UW(FBS+)で保存した膵島組織、及びUW(Alb+)で保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図14】異なる保存温度で4時間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図15】異なる保存温度で18時間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図16】異なる保存温度で28時間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図17】異なる保存温度で43時間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図18】異なる保存温度で51時間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図19】異なる保存温度で68時間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図20】異なる保存温度で75時間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図21】ウシ胎児血清の添加量を変えて1日間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図22】ウシ胎児血清の添加量を変えて3日間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【図23】ウシ胎児血清の添加量を変えて4日間保存した膵島組織のグルコース応答性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、この発明の一実施形態に係る生体組織保存溶液を説明する。
【0024】
本発明の一形態に係る生体組織保存溶液は、従来から用いられている臓器保存液と、アルブミンとを含む溶液であって、生体から抽出した直後の生体組織を、非凍結状態で保存するための溶液である。
【0025】
従来の臓器保存液としては、例えば、ET−Kyoto液、M−Kyoto液、UW(University of Wisconsin)液、Viaspan(登録商標)(Belzer UW液)、Custodiol(登録商標)(HTK溶液)、Euro−Collins液、Celsior(登録商標)、Perfadex(登録商標)、Polysol(登録商標)等を用いることができる。ET−Kyoto液は、トレハロースと、ナトリウムと、カリウムと、H2PO4-、HPO42-からなる群より選ばれた物質と、CL-、HCO3-、CO32-、有機酸、及び有機酸アニオンからなる群より選ばれた物質とを主に含む。各物質の含有量は以下に示す通りである。
【0026】
トレハロースの含有量は、50〜240(mmol/L)、より好ましくは80〜160(mmol/L)に設定される。トレハロースを含有することにより、生体組織に対する保護作用が高まる。なお、トレハロースには、α,α−トレハロース、α,β−トレハロース、及びβ,β−トレハロースの3種類が存在するが、天然に存在するα,α−トレハロースが最も望ましい。
【0027】
カリウム(K+)の含有量は、4〜140(mmol/L)、好ましくは4〜50(mmol/L)、さらに好ましくは10〜50(mmol/L)に設定される。カリウム濃度を低くすれば、生体組織の保存作用がより向上する。
【0028】
ナトリウム(Na+)の含有量は、は、10〜140(mmol/L)、より好ましくは80〜120(mmol/L)に設定される。H2PO4-、HPO42-からなる群より選択された物質(リン酸)の含有量は、12〜65(mmol/L)、より好ましくは20〜40(mmol/L)に設定される。
【0029】
Cl-、HCO3-、CO32-、有機酸、及び有機酸アニオンからなる群より選択された物質の含有量は、15〜150(mmol/L)に設定される。有機酸としては、グルコン酸、乳酸、酢酸、プロピオン酸、β−ヒドロキシ酪酸、クエン酸等が挙げられる。
【0030】
上記組成のET−Kyoto液には、グルコネートを含めてもよい。グルコネートの含有量は、15〜150(mmol/L)に設定される。また、ヒドロキシエチル澱粉(HES)をさらに含めてもよい。ヒドロキシエチル澱粉の含有量は、80(g/L)以下、より好ましくは20〜60(g/L)に設定される。このヒドロキシエチル澱粉は、置換度が0.4〜0.8の範囲で、かつ平均分子量が200000〜900000、より好ましくは350000〜800000に設定される。
【0031】
さらに、上記組成のET−Kyoto液にプロテアーゼ阻害剤を含めてもよい。プロテアーゼ阻害剤を含むET−Kyoto液をM−Kyoto液と称する。プロテアーゼ阻害剤としては、例えば、ウリナスタチン、メシル酸ガベキサート及びメシル酸ナファモスタット等を挙げることができる。
【0032】
プロテアーゼ阻害剤の含有量は、ウリナスタチンの場合、10000〜100000(U/L)、好ましくは50000〜100000(U/L)に設定される。また、メシル酸ガベキサートの場合、100〜10000(mg/L)、好ましくは500〜2000(mg/L)に設定される。
【0033】
また、アルブミンは、生体組織を構成する細胞の細胞膜の安定化、組織の膠質浸透圧の調節ならびに活性酸素による組織障害の抑制を目的として、従来の臓器保存液に添加される。添加されるアルブミンは、どのような脊椎動物、特に哺乳類、例えばヒト、ウシ、ヒツジ又はブタに由来するものであってもよく、例えば、ヒト血清から抽出されたヒト血清アルブミン(Human−Albumin)であってもよいし、ウシ胎児血清(Foetal Bovine Serum:FBS)に含まれるウシ胎児血清アルブミンであってもよいし、遺伝子組換えヒトアルブミン、α−ラクトアルブミン等であってもよい。
【0034】
ウシ胎児血清は、ウシの胎児の血液から調製された血清である。ウシ胎児血清には細胞増殖阻害作用を有するγ-グロブリンがほとんど含まれないため、細胞培養の分野で多く利用される。なお、生体組織保存溶液中のウシ胎児血清の含有率は5〜30%、好ましくは5〜15%、さらに好ましくは10%程度に設定される。
【0035】
ヒトアルブミンは、一般的にヒトの血液から抽出される蛋白質である。このヒトアルブミンは、市販されているものを使用してもよいし、保存対象となる生体組織のドナー又はレシピエントの血液から抽出(すなわち自己血清)してもよい。なお、生体組織保存溶液中のヒトアルブミンの含有率は、0.1〜5%、好ましくは1〜5%、さらに好ましくは4%程度に設定される。
【0036】
ヒト生体組織の保存において、本発明の生体組織保存溶液に含まれるアルブミンは、ヒト血清アルブミン、ヒト血清、遺伝子組換えヒトアルブミンが好ましく、血清含有物による汚染の危険性がない点でヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒトアルブミンがさらに好ましい。
【0037】
さらに、上記組成の生体組織保存溶液は、本発明の効果を損なわない範囲で、さらに他の成分を含有することができる。例えば、各種電解質、糖質、薬剤、ビタミン等を挙げることができる。
【0038】
また、AMP(dibutyry1 cAMP)やATP等の細胞賦活剤、プロスタグランジン、ニトログリセリン等の血管拡張剤、抗生物質、アデノシン、N−アセチル−L−システイン、グリシン、アスコルビン酸、グルタミン、ニコチン酸アミド、グルタチオン、ラフィノース等を含めてもよい。
【0039】
この生体組織保存溶液の浸透圧は、270〜450(mOsm/L)、より好ましくは300〜400(mOsm/L)に設定される。これにより、保存中の生体組織が膨張又は収縮するのを防止することができる。また、pH(potential Hydrogen:水素イオン指数)は、7〜8に設定されている。これにより、生体組織の酸性分解等を防止することができる。
【0040】
但し、本発明の生体組織保存溶液は、上記の組成に限定されない。例えば、従来の保存溶液として、ET−Kyoto液又はM−Kyoto液に代えて、UW(University of Wisconsin)液を用いてもよいが、UW液にアルブミン及び/又は血清を添加すると塩の結晶が生じてしまう点で、臨床での使用に際してはET−Kyoto液又はM−Kyoto液が好ましい。ET−Kyoto液及びM−Kyoto液は細胞外溶液であるのに対し、UW液は細胞内溶液であり、その組成は下記表1のように大きく異なる。但し、表1の組成は代表例であり、これに限定されないことは言うまでもない。
【0041】
【表1】

【0042】
上記組成の生体組織保存溶液は、生体から抽出されたあらゆる組織を保存することができるが、分離後の生理的活性の低下が著しい内分泌組織を保存するのに特に好適である。以下、内分泌組織の一例である膵島組織を例にとって説明する。
【0043】
膵島組織は、膵臓内に存在する直径が50〜700(μm)の細胞塊であり、血糖量を低下させるホルモンであるインスリンを分泌する。膵島組織を得る方法としては、従来から知られている方法を用いることができる。例えば、まず、脳死ドナー及び心停止ドナーから膵臓の全部を、又は健常ドナーから膵臓の一部を摘出する。次に、消化酵素を用いて膵臓から膵島組織を分離する。さらに、遠心分離によって膵島を純化することによって移植用の膵島組織を得ることができる。
【0044】
上記の方法によって得られた膵島組織は、本発明の一形態に係る生体組織保存溶液にすぐに浸漬される。このときの生体組織保存溶液は、2〜15℃、最も好ましくは4℃程度に維持される。これにより、膵島組織の機能及び数を維持した状態で長時間に亘って保存することが可能となる。
【0045】
次に、図1〜図23を参照して、上記組成の生体組織保存溶液の効果を確認するための実施例について説明する。なお、以下の各実施例では、マウスから摘出した膵島組織を保存する例を説明するが、本発明に係る生体組織保存溶液で保存できる組織は、これに限定されない。
【0046】
まず、図1〜図3を参照して、4種類の生体組織保存溶液で所定期間保存した膵島組織の数及び大きさの変化を説明する。図1は、保存期間毎の膵島組織の数の変化を示す図である。図2は、保存期間毎の膵島組織の大きさの変化を示す図である。図3は、保存期間毎の膵島組織の直径のばらつきを示すヒストグラムである。
【0047】
なお、4種類の生体組織保存溶液とは、ウシ胎児血清を含まないUW液(以下、「UW(−)」と表記する)、10%のウシ胎児血清を含むUW液(以下、「UW(+)」と表記する)、ウシ胎児血清を含まないM−Kyoto液(以下、「MK(−)」と表記する)、及び10%のウシ胎児血清を含むM−Kyoto液(以下、「MK(+)」と表記する)である。
【0048】
また、この実施例では、マウスから摘出した膵島組織の数及び大きさを、摘出直後と、4℃に維持された上記の各生体組織保存溶液で1日間、2日間、3日間、4日間、5日間保存した後とにそれぞれ測定した。
【0049】
図1に示されるように、4種類のいずれの生体組織保存溶液で保存した場合でも、摘出直後から5日後までの膵島組織の数は、ごく僅かしか変化していない。すなわち、4種類のいずれの生体組織保存溶液で膵島組織を保存した場合でも、膵島組織が完全に破壊されることはないと確認された。
【0050】
また、膵島組織を37℃で培養した場合、時間の経過と共に膵島組織が崩壊していくので、膵島組織数が減少するのが一般的である。すなわち、膵島組織を4℃で保存することにより、組織数の減少を抑制できることが確認された。
【0051】
一方、図2に示されるように、4種類のいずれの生体組織保存溶液で保存した場合でも、膵島組織の大きさは、5日間で僅かに増加した。より具体的には、UW(−)、UW(+)、MK(+)で保存した膵島組織の大きさは、5日間で15%程度増加したのに対して、MK(−)で保存した膵島組織の大きさは、5日間で30%程度増加した。すなわち、特にM−Kyoto液で膵島組織を保存する場合において、ウシ胎児血清を添加することにより、膵島組織の膨大を抑制できることが確認された。
【0052】
さらに、図3に示されるように、UW(+)、MK(+)で保存した膵島組織は、摘出直後と5日後とで直径のバラツキがほとんど変化していないのに対して、UW(−)、MK(−)で保存した膵島組織は、時間の経過に伴って直径のバラツキが大きくなった。
【0053】
このように、ウシ胎児血清を含まない生体組織保存溶液で膵島組織を保存すると、摘出直後と比較して直径が変化している膵島組織の数が多くなっていることから、膵島組織に何らかの変化が生じていると推測される。また、膵島組織を37℃で培養した場合、膵島組織が崩壊する過程で直径が小さくなるのが一般的である。すなわち、従来の臓器保存液にウシ胎児血清を添加した溶液で膵島組織を低温保存することにより、摘出直後の状態を長時間維持できるようになると考えられる。
【0054】
図1〜3に示される実験結果から、臓器保存液の種類による膵島組織の見た目(形態)への影響は殆ど無く、形態のみから判断すると、所定期間経過後でも新鮮膵島と殆ど同じ形態で保存できていることが分かる。
【0055】
次に、図4及び図5を参照して、4種類の生体組織保存溶液で所定期間保存した膵島組織のグルコース応答性(グルコース濃度を変化させたときのインスリン分泌量)を説明する。なお、全ての場合において保存温度は4℃である。また、Low(図中「L」と表記する)とはグルコース濃度が3.3(mM)の状態、High(図中「H」と表記する)とはグルコース濃度が10(mM)の状態を指す。
【0056】
図4は、MK(−)で保存した膵島組織(◇)と、MK(+)で保存した膵島組織(◆)とのグルコース応答性を示す図である。図5は、UW(−)で保存した膵島組織(○)と、UW(+)で保存した膵島組織(●)とのグルコース応答性を示す図である。
【0057】
正常な膵島組織は、周囲のグルコース濃度に応じてインスリンの分泌量を調整する機能を有している。つまり、グルコース濃度をLow→Highにするとインスリンの分泌量が増加し、High→Lowにするとインスリンの分泌量が減少する。すなわち、上記のような挙動を示している場合、膵島組織は正常に機能していると推定できる。
【0058】
そこで、図4及び図5を参照すると、ウシ胎児血清を添加しない生体組織保存溶液で保存した膵島組織のうち、UW(−)で保存した膵島組織(○)は、摘出から1日経過後では正常に機能していると推定されるが、摘出から2日後で既に正常に機能していないことが明らかである。一方、MK(−)で保存した膵島組織(◇)は、摘出から1日後で既に正常に機能していない。
【0059】
一方、ウシ胎児血清を添加した生体組織保存溶液で保存した膵島組織(◆、●)は、摘出から2日後まではグルコース濃度の変化に追従してインスリンの分泌量が変化していることがはっきりと分かる。さらに、摘出から3日後では応答性が若干低下するものの、グルコース濃度の変化に応じてインスリンの分泌量が変化している。このように、ウシ胎児血清を含む生体組織保存溶液は、ウシ胎児血清を含まない生体組織保存溶液と比較して、膵島組織の機能を長期間に亘って維持できることが確認された。特に、M−Kyoto液にウシ胎児血清を添加した時の効果は顕著である。
【0060】
次に、図6を参照して、4種類の生体組織保存溶液で所定期間保存した膵島組織の生細胞率の変化を説明する。図6は、色素(YOYO−1)で染色された細胞数(死細胞数)を計数し、生細胞数(全細胞数−死細胞数)を全細胞数で除した結果(生細胞率)を示す図である。また、保存温度は4℃、保存期間は1日、2日、3日、4日、7日である。
【0061】
試験で使用した色素(YOYO−1)は、細胞膜が破損している細胞の細胞核のみを染色する。つまり、この色素で染色された細胞は、既に細胞膜の一部が破壊されており、正常な機能を発揮し得ない細胞(死細胞)であると推定される。
【0062】
図6を参照すれば明らかなように、ウシ胎児血清を添加しない生体組織保存溶液で保存した膵島組織(◇、○)は、時間の経過に伴う生細胞の減少が顕著であり、1日後で60%、2日後で20−50%、3日後で10−30%となっている。また、このときの膵島組織を電子顕微鏡で確認すると、細胞膜の構造が不安定化し、ネクローシス様の形態変化を起こしていることが確認された。
【0063】
一方、ウシ胎児血清を添加した生体組織保存溶液で保存した膵島組織(◆、●)は、時間の経過に伴う生細胞の減少が緩やかであり、1日後で78%、2日後で73%、3日後で70%となっている。このように、従来の保存溶液に添加されるウシ胎児血清は、膵島組織の細胞膜を安定化させる機能を有しているものと推測される。すなわち、本発明の一形態に係る生体組織保存溶液によれば、特に、保存開始1日後から2日後にかけての死細胞数を顕著に減少できることが確認された。
【0064】
次に、図7〜図10を参照して、4種類の生体組織保存溶液で所定期間保存した膵島組織を移植したマウスの状態の変化を説明する。ここで、移植される膵島組織は、上記の4種類の生体組織保存溶液で2日間、4℃で保存した膵島組織(◇、◆、○、●)、及びマウスから摘出した直後の膵島組織(■)の5種類である。
【0065】
図7は、薬剤(ストレプトゾシン)により糖尿病を誘導されたマウスの腎皮膜下に、300個の膵島組織を移植し、血中グルコース濃度の時間変化を測定した結果を示す図である。図8は、膵島組織を移植したマウスの体重の変化を示す図である。図9は、膵島組織を移植してから30日経過後のマウスを絶食させて血中グルコース濃度を一旦低下させ、再びグルコースを投与し、血中グルコース濃度の時間変化を測定した結果を示す図である。図10は、上記の5種類の膵島組織を移植した各6匹のマウスのうち、正常血糖に達したマウスの比率を示す図である。
【0066】
図7に示されるように、ウシ胎児血清を添加しない生体組織保存溶液で保存した膵島組織を移植したマウス(◇、○)は、30日経過後も血中グルコース濃度が高いまま(400−600mg/dl)であった。一方、ウシ胎児血清を添加した生体組織保存溶液で保存した膵島組織を移植したマウス(◆、●)は、新鮮な膵島組織を移植したマウス(■)とほぼ同じように血中グルコース濃度が低下し、いずれの場合も移植後8日〜16日後には正常血糖(200mg/dl)に達した。
【0067】
なお、図8に示されるように、血中グルコース濃度の測定と合わせてマウスの体重を測定したところ、全てのマウスの体重が僅かながら増加していた。すなわち、図7に示される血中グルコース濃度の低下は、マウスが食事(グルコースを摂取)しなかったからではなく、膵島組織が分泌したインスリンによって血液中のグルコースが細胞に取り込まれていることを示している。
【0068】
また、移植した膵島組織が生着したと考えられる期間(この例では30日後)に、マウスを絶食させて血中グルコース濃度を一旦低下させ、再びグルコースを投与した。このとき、図9に示されるように、ウシ胎児血清を添加しない生体組織保存溶液で保存した膵島組織を移植したマウス(◇、○)は、120分経過後も血中グルコース濃度が高いまま(300−400mg/dl)であった。一方、ウシ胎児血清を添加した生体組織保存溶液で保存した膵島組織を移植したマウス(◆、●)は、新鮮な膵島組織を移植したマウス(■)とほぼ同じように、120分経過後には正常血糖に達した。
【0069】
さらに、図10に示されるように、上記の試験を6匹ずつのマウスに対して行ったところ、新鮮な膵島組織を移植したマウス(実線)は、2週間程度で全てのマウスが正常血糖に達した。また、UW(+)で保存した膵島組織を移植したマウス(短ピッチ破線)、及びMK(+)で保存した膵島組織を移植したマウス(長ピッチ破線)は、15日〜20日程度で全てのマウスが正常血糖に達した。一方、UW(−)で保存した膵島組織を移植したマウス(一点鎖線)のうち正常血糖に達したのは33%(2匹)に過ぎず、MK(−)で保存した膵島組織を移植したマウス(二点差線)は1匹も正常血糖に達しなかった。
【0070】
このように、ウシ胎児血清を添加した生体組織保存溶液で2日間保存した膵島組織は、生体内で十分な量のインスリンを分泌する機能を維持しているのに対して、ウシ胎児血清を添加しない生体組織保存溶液で2日間保存した膵島組織は、生体内でインスリンを分泌する機能を既に喪失していることが確認された。なお、この試験では300個の膵島組織を移植したが、これは、膵島移植を受けた糖尿病マウス全例が血糖を正常化できる最小限の膵島量である。すなわち、本発明の一形態に係る生体組織保存溶液で保存した場合、2日間保存した膵島組織のほとんどがその機能を維持しており、且つマウスの体内で生着したことを示している。
【0071】
次に、図11〜図13を参照して、生体組織保存溶液に添加するアルブミンの種類を変更した場合の膵島組織のグルコース応答性を説明する。具体的には、ウシ血清アルブミン(FBS)を添加した場合と、ヒトアルブミン(Alb)を添加した場合とを説明する。
【0072】
図11は、M−Kyoto液に10%のウシ胎児血清を添加した生体組織保存溶液(以下、「MK(FBS+)」と表記する)で保存した膵島組織(◆)と、M−Kyoto液に4%のヒトアルブミンを添加した生体組織保存溶液(以下、「MK(Alb+)」と表記する)で保存した膵島組織(△)と、血清を添加していないM−Kyoto液(MK(−))で保存した膵島組織(×)とのグルコース応答性を示す図である。なお、図左側は1日間保存した後の測定結果、図右側は2日間保存した後の測定結果である。
【0073】
まず、1日間保存した膵島組織(図11の左側)について考察する。MK(FBS+)で保存した膵島組織(◆)では、グルコース濃度が高くなる(L→H)のに伴ってインスリン濃度も上昇し、インスリン濃度が低くなる(H→L)のに伴ってインスリン濃度も低下する。すなわち、膵島組織の機能が十分に発揮されていることが確認された。これは、MK(Alb+)で保存した膵島組織(△)の場合も同様である。
【0074】
一方、MK(−)で保存した膵島組織では、最初のL→Hにおいて僅かにインスリン濃度が上昇したものの、それ以降はインスリン濃度が低くなる(H→L)のに伴ってインスリン濃度が上昇し、インスリン濃度が高くなる(L→H)のに伴ってインスリン濃度が低下している。すなわち、膵島組織の機能が失われつつあることが確認された。
【0075】
次に、2日間保存した膵島組織(図11の右側)について考察する。MK(FBS+)で保存した膵島組織(◆)、及びMK(Alb+)で保存した膵島組織(△)では、1日目と比較すると反応は緩慢ではあるものの、グルコース濃度が高くなる(L→H)のに伴ってインスリン濃度も上昇している。すなわち、膵島組織の機能が未だ失われていないことが確認された。
【0076】
一方、MK(−)で保存した膵島組織では、最初のL→Hにおいてインスリン濃度が低下(正常な挙動と反対)し、それ以降はグルコース濃度の変化にほとんど反応していない。すなわち、膵島組織の機能が完全に失われたことが確認された。
【0077】
次に、図12は、MK(FBS+)で保存した膵島組織(◆)と、及びMK(Alb+)で保存した膵島組織(△)とのグルコース応答性を示す図である。また、図13は、UW液に10%のウシ胎児血清を添加した生体組織保存溶液(以下、「UW(FBS+)」と表記する)で保存した膵島組織(●)と、UW液に4%のヒトアルブミンを添加した生体組織保存溶液(以下、「UW(Alb+)」と表記する)で保存した膵島組織(▽)とのグルコース応答性を示す図である。なお、図12及び図13の左側から順に、1日間、2日間、3日間保存した後の測定結果である。
【0078】
図12及び図13に示されるように、保存開始から2日後までは、全ての場合でグルコース濃度の変化に追従して、インスリンの分泌量が変化している。すなわち、膵島組織の機能が維持されていることが確認された。
【0079】
さらに、保存期間が1日及び2日の間においては、MK(Alb+)で保存した膵島組織(△)の方が、MK(FBS+)で保存した膵島組織(◆)よりグルコース応答性が高いことが確認された。一方、3日経過すると、MK(FBS+)で保存した膵島組織(◆)は、まだ僅かにグルコース濃度の変化に追従してインスリンを分泌しているのに対して、MK(Alb+)で保存した膵島組織(△)は、H→Lにおいてインスリンの分泌量が減少していない、すなわち膵島組織の機能が失われつつあることが確認できる。
【0080】
すなわち、保存期間が2日間程度の場合には、ヒトアルブミンを添加した場合の方が、膵島組織の機能を高いレベルに維持できると考えられる。一方、3日間以上保存する場合には、ウシ胎児血清の方が適していると考えられる。
【0081】
上記の結果が示すように、従来の保存溶液に添加するアルブミンは、ウシ胎児血清に含まれるウシ血清アルブミンに限定されず、ヒトアルブミン等の他の種類のアルブミンであってもよいことが確認された。
【0082】
次に、図14〜図20を参照して、保存温度を変えた場合の膵島組織の機能の変化を検証する。図14〜図20は、MK(FBS+)で保存した膵島組織のグルコース応答性を保存開始から4時間後(図14)、18時間後(図15)、28時間後(図16)、43時間後(図17)、51時間後(図18)、68時間後(図19)、75時間後(図20)のそれぞれについて測定した結果を示す図である。また、各図とも4℃で保存した場合(○)と、37℃で保存しした場合(□)を示している。
【0083】
まず、4℃で保存した膵島組織は、図14〜図20に示されるように、保存開始4時間後から75時間後のどの結果においても、グルコース濃度が高くなる(Low1→High1、Low2→High2)のに伴ってインスリン濃度も上昇し、グルコース濃度が低くなる(High1→Low2)のに伴ってインスリン濃度も低下している。
【0084】
なお、図14〜図17と、図18〜図20とではインスリン濃度の絶対値に大きな差があるが、これは、グルコース応答性を確認する最初の試験で43時間後(図17)まで膵島組織の機能が保たれていることが確認されたので、図18〜図20を追加試験として行ったことに起因する。すなわち、この絶対値の差は、長時間保存したことに伴う膵島組織の機能低下を示すものではない。むしろ、図20のインスリン濃度の変化量は、図18及び図19と比較して大きくなっているので、この発明に係る生体組織保存溶液で保存した膵島組織の機能は、保存開始から75時間後もほとんど低下していないことが確認された。
【0085】
次に、37℃で保存した膵島組織は、図14に示されるように、保存開始4時間後までは4℃で保存した場合と同様にその機能を発揮している。しかしながら、インスリン濃度の変化量は4℃で保存した場合と比較して明らかに低くなっているので、グルコース応答性が低下しているのが確認された。さらに、図15に示されるように、保存開始から18時間後の膵島組織は、グルコース濃度の変化にほとんど反応しておらず、その後(図16〜図20)は4℃で保存した場合と反対の挙動を示している。すなわち、18時間後〜28時間後の間でその機能を完全に喪失していることが確認された。
【0086】
すなわち、4℃の生体組織保存溶液で保存することにより、膵島組織の機能を長期間に亘って維持できることが確認された。なお、膵島組織を保存する溶液の温度を4℃に設定するのと、37℃に設定するのとでは、その目的や意義が全く異なる。
【0087】
生体内温度に近い温度(例えば、37℃)の溶液に組織を浸漬することを培養(Culture)という。培養は、組織の成長や分裂を促進することを目的として行われる。この場合、培養液を生体内の環境に近づけて組織のストレスを軽減するために、血清が添加されることがある。しかしながら、膵島組織に代表される内分泌組織は、これ以上分裂しない最終分化細胞であり、組織の成長や分裂を目的とした培養を行う意義は少ない。
【0088】
一方、低温(例えば、4℃)の溶液に組織を浸漬することを保存(Preservation)という。保存は、抽出直後の組織の状態及び数を維持することを目的として行われる。そして、本発明においては、組織を低温保存する保存溶液に、細胞膜の安定化、組織の膠質浸透圧の調節ならびに活性酸素による組織障害の抑制を目的としてアルブミンを添加している。これにより、内分泌組織のような高機能の組織であっても、その機能を長期間に亘って維持することができる。
【0089】
次に、図21〜図23を参照して、生体組織保存溶液に添加するウシ胎児血清の濃度を変えた場合の膵島組織のグルコース応答性の変化を説明する。この試験では、M−Kyoto液に添加するウシ胎児血清の濃度(FBS濃度)を0%、0.5%、5%、10%、30%、100%とした生体組織保存溶液で、1日間(図21)、3日間(図22)、及び4日間(図23)保存した膵島組織のグルコース応答性をそれぞれ測定した。
【0090】
グルコース濃度の変化に追従してインスリン濃度が変化しているのは、1日間保存した膵島組織ではFBS濃度が5%〜30%の範囲内(図21)、図22に示される3日間保存した膵島組織ではFBS濃度が10%〜30%の範囲内、図23に示される4日間保存した膵島組織ではFBS濃度が10%であった。すなわち、従来の保存溶液に添加するウシ胎児血清の濃度は、5%〜30%、より好ましくは、10%〜30%、最も好ましくは、10%であることが確認された。
【0091】
本発明の生体組織保存溶液は、膵臓から分離した膵島組織の保存に利用できるが、分離中の膵島組織の機能の維持を目的として、分離時(例えば、膵臓分解工程後の純化工程以降)に利用することもできる。
【0092】
なお、上記の実施形態においては、保存対象として膵島組織の例を示したが、これに限ることなく、この発明は他の組織の保存にも適用することができる。また、組織に限らず細胞の保存にも適用することができる。例えば、肝細胞、骨髄間質細胞、及び神経細胞等を挙げることができる。さらに、様々な組織が組み合わさって形成され、ある特定の機能を営む臓器の保存にも応用することができる。例えば、膵臓、腎臓、肝臓、肺、及び心臓等を挙げることができる。
【0093】
以上、図面を参照してこの発明の実施形態を説明したが、この発明は、図示した実施形態のものに限定されない。図示した実施形態に対して、この発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0094】
この発明は、生体組織の保存に有利に利用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織を、非凍結状態で保存する生体組織保存溶液であって、
アルブミンを含む
生体組織保存溶液。
【請求項2】
生体組織保存溶液は、濃度が0.1%〜5%のアルブミン、又は濃度が5%〜30%の血清を含む
請求項1に記載の生体組織保存液。
【請求項3】
50〜240(mmol/L)のトレハロースと、
10〜140(mmol/L)のナトリウムと、
4〜140(mmol/L)のカリウムと、
2PO4-、HPO42-からなる群より選ばれた12〜65(mmol/L)の物質と、
CL-、HCO3-、CO32-、有機酸、及び有機酸アニオンからなる群より選ばれた15〜150(mmol/L)の物質とを含み、
浸透圧が270〜450(mOsm/L)で、且つpHが7〜8である
請求項1又は2に記載の生体組織保存溶液。
【請求項4】
さらにプロテアーゼ阻害剤を含む
請求項1〜3のいずれか1項に記載の生体組織保存溶液。
【請求項5】
生体組織を、非凍結状態で保存する方法であって、
アルブミンを含む生体組織保存溶液を用いる
方法。
【請求項6】
生体組織保存溶液は、濃度が0.1%〜5%のアルブミン、又は濃度が5%〜30%の血清を含む
請求項5に記載の方法。
【請求項7】
生体組織保存溶液は、2〜15℃に維持される
請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
生体組織保存溶液は、
50〜240(mmol/L)のトレハロースと、
10〜140(mmol/L)のナトリウムと、
4〜140(mmol/L)のカリウムと、
2PO4-、HPO42-からなる群より選ばれた12〜65(mmol/L)の物質と、
CL-、HCO3-、CO32-、有機酸、及び有機酸アニオンからなる群より選ばれた15〜150(mmol/L)の物質とを含み、
浸透圧が270〜450(mOsm/L)で、且つpHが7〜8である
請求項5〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
生体組織保存溶液は、さらに、プロテアーゼ阻害剤を含む
請求項5〜8のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2012−116823(P2012−116823A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−270886(P2010−270886)
【出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(300061835)財団法人先端医療振興財団 (28)
【Fターム(参考)】