説明

生体組織用刺激回路

【課題】 双極性の電気刺激パルス信号の刺激条件の設定範囲を広くでき、好適に電気刺激を行える生体組織用刺激回路を提供する。
【解決手段】 生体組織用刺激回路は、電源側の第1半導体スイッチと接地側の第3半導体スイッチを直列接続してなる第1直列部と,電源側の第2半導体スイッチと接地側の第4半導体スイッチを直列接続してなる第2直列部とが並列接続されてなるHブリッジ回路と、第1半導体スイッチと第3半導体スイッチとの間の第1接続点に接続される刺激電極と、第2半導体スイッチと第4半導体スイッチとの間の第2接続点に接続される対向電極と、第3半導体スイッチ及び第4半導体スイッチの接地側の一端に設けられ、刺激電極から出力される電流値を定める第1電流源と、第1半導体スイッチ及び第2半導体スイッチの電源側の一端に設けられ、刺激電極から出力される電流値を定める第2電流源とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織の一部に電気刺激を与えるための生体組織用刺激回路に関する。
【背景技術】
【0002】
患者の耳小骨へ音の振動を伝達するための人工中耳、患者の胸部に埋植されて心臓に電気刺激を与えることで不整脈の発生を抑制する心臓ペースメーカ等、刺激電極(以下、電極)を体内に埋植し、生体組織の一部を電気刺激することで生体の機能を調節する電気刺激装置の研究がされている。また、近年このような電気刺激装置として、電極から電気刺激パルス信号(電荷)を出力して網膜を構成する細胞を電気刺激することにより、視覚の再生を試みる視覚再生補助装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
このような電気刺激装置を用いた生体組織の電気刺激では、電極から所定量の電荷が注入されることで細胞に必要な刺激が与えられる。この時、電極から出力される1刺激分の電気刺激パルス信号は、複数の半導体スイッチによる切換によって正負方向にそれぞれ振幅を持つ双極性の電気刺激パルス信号(以下、双極性パルス)とされる。このような双極性パルスが用いられることで、電気刺激される部位での電荷の偏りが低減されてバランスを保つことができ、好適に電気刺激がされるようになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010‐187747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来技術の生体組織用刺激回路では、双極性パルスの刺激条件によっては、双極性パルスの電流の極性を切換えたときに、本来はオフとされる半導体スイッチの寄生PN接合が順バイアスされることで、回路に制御不能な電流が流れ、正負の電荷のバランスが崩れて電荷に偏りが生じる場合があることが分かった。この場合、余った電荷が生体内に残ることで、患者の生体組織に悪影響が生じることが懸念される。そのため、従来の電気刺激装置では、オフとされるべき半導体スイッチの寄生PN接合が順バイアスされずに、正負の電荷バランスを保つことができる刺激条件の双極性パルスに制限されなければならなかった。
【0006】
本発明は上記従来技術の問題点に鑑み、双極性パルスの刺激条件の設定範囲を広くする事ができ、より好適に電気刺激を行うことのできる生体組織用刺激回路を提供することを技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は以下のような構成を備えることを特徴とする。
【0008】
(1) 電源側の第1半導体スイッチと接地側の第3半導体スイッチを直列接続してなる第1直列部と,電源側の第2半導体スイッチと接地側の第4半導体スイッチを直列接続してなる第2直列部とが並列接続されてなるHブリッジ回路と、前記第1直列部の第1半導体スイッチと第3半導体スイッチとの間の第1接続点に接続される刺激電極と、前記第2直列部の第2半導体スイッチと第4半導体スイッチとの間の第2接続点に接続される対向電極と、前記第3半導体スイッチ及び前記第4半導体スイッチの接地側の一端に設けられる第1電流源であって,前記刺激電極から出力される電流値を定めるための第1電流源と、前記第1半導体スイッチ及び前記第2半導体スイッチの電源側の一端に設けられる第2電流源であって,前記刺激電極から出力される電流値を定める第2電流源と、を備えることを特徴とする。
(2) (1)の生体組織用刺激回路において、前記電源側及び前記接地側のうち少なくとも一方には、前記第1電流源又は前記第2電流源と前記Hブリッジ回路との電気的な接続の有無を切換えるために,前記第1電流源又は前記第2電流源に対して並列接続されるバイパススイッチが設けられていることを特徴とする。
(3) (2)の生体組織用刺激回路において、前記バイパススイッチは少なくとも前記第1スイッチ及び第3スイッチに対してそれぞれ並列接続される又は、前記接地側に接続される前記第2スイッチと第4スイッチに対してそれぞれ並列接続されることを特徴とする。
(4) (3)の生体組織用刺激回路において、前記Hブリッジ回路の対向する前記第1半導体スイッチ及び前記第4半導体スイッチの組み合わせと、前記第2半導体スイッチと前記第3半導体スイッチとの組み合わせのオンとオフが交互に切換えられることにより、前記刺激電極から出力される双極性の電気刺激パルス信号の1stパルスと2ndパルスの正負の電流の極性が切換えられることを特徴とする。
(5) (4)の生体組織用刺激回路において、前記双極性の電気刺激パルス信号の電流の極性は、1stパルスで正電流,2ndパルスで負電流を出力するカソーディックファースト又は1stパルスで負電流,2ndパルスで正電流を出力するアノーディックファーストの印加パターンのいずれかであることを特徴とする。
(6) (5)の生体組織用刺激回路において、前記第1電流源又は前記第2電流源に並列接続される前記バイパススイッチのうち少なくとも一方は、前記1stパルスの出力時にオンとされ,前記2ndパルスの出力時にオフとされることを特徴とする。
(7) (6)の生体組織用刺激回路は、前記第1接続点及び前記第2接続点の電位差を検出するための電位差検出回路を備え、該電位差検出回路で検出された電位差に基づき前記第1電流源又は前記第2電流源に並列接続される前記バイパススイッチのうち少なくとも一方をオンとすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、双極性パルスの刺激条件の設定範囲を広くする事ができ、より好適に電気刺激を行うことのできる生体組織用刺激回路を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の実施形態を図面を用いて説明する。図1は生体組織用刺激回路(以下、刺激回路)100の回路ブロック図である。刺激回路100は、半導体スイッチとしてn−MOS(又はp−MOS)からなる4つのMOSトランジスタスイッチ(以下、スイッチ)SW1〜SW4からなるHブリッジ回路と、Hブリッジ回路の片側の出力端子となる接続点Aに接続される刺激電極(電極)10と、もう一方の出力端子となる接続点Bに接続される対向電極20と、電極10から出力される電流を一定の電流値に制限するために、接地側に接続される直流の定電流源(以下、電流源)DS1と、電源Vh側に接続される直流の定電流源(以下、電流源)DS2とから構成されている。なお、図1では、説明のために、各半導体スイッチSW1〜SW4が固有する寄生ダイオードD1〜D4を、各スイッチSW1〜SW4に対して並列に示している。また、各電流源はミラー回路にて構成されている。なお、ミラー回路としてはバイポーラ型、MOS型のトランジスタ等で構成され、例えば、本実施形態ではp−MOSとn−MOSが使用される。
【0011】
Hブリッジ回路(極性切換回路)は、スイッチSW1とスイッチSW2の一端が電源(ライン)Vhに接続された電流源DS2に接続される。また、スイッチSW3とスイッチSW4の一端が接地側(グランド)に設けられた電流源DS1に接続される。また、スイッチSW1とスイッチSW3の他端は直列接続され、スイッチの接続間には接続点Aが形成される。また、スイッチSW2とスイッチSW4の他端も同様に直列接続され、その接続間には接続点Bが形成される。また、接続点Aには患者の生体組織を電気刺激するための電極10が接続されており、接続点Bには対向電極20が接続される。
【0012】
以上のような構成のHブリッジ回路は、対向するスイッチ(SW1とSW4、SW2とSW3)の組み合わせが対になり同じ動作をする(異なる組み合わせのスイッチは逆の動作をする)。そして、対向するスイッチの組み合わせのON(オン)とOFF(オフ)とが交互に切換えられることで、単一の電源Vhからの供給電圧に基づき電流源DS1及び電流源DS2が駆動される。これにより、電極10から出力される電流の正負の極性が交互に反転され、電極10から出力された双極性の電気刺激パルス信号(以下、双極性パルス)によって生体組織が電気刺激されるようになる。
【0013】
なお、本実施形態では接地側に接続された電流源DS1と、電源Vh側に接続された電流源DS2によって、双極性パルスの刺激条件に関わらず、電極10から出力される双極性パルスの正負の電荷バランスが保たれるようになっている。2つの電流源を用いて双極性パルスの電荷バランスを保つ原理についての詳細な説明は後述する。
【0014】
また、刺激回路100の接続点Aと接続点Bとの間には、生体組織を含む被刺激回路が位置される。被刺激回路(生体組織)の電気特性は、電極10の表面に形成される電気二重層により発生する容量成分(コンデンサ成分)Ceと、生体固有の抵抗成分Reと、有効電圧範囲を定めると共に直流成分を好適にカットするための直流阻止コンデンサCoと、刺激回路100の出力抵抗Roとの直列接続で表される。なお、図1では、以上のような被刺激回路の電気特性を、等価コンデンサC(Ce+Co)、等価抵抗R(Re+Ro)の直列接続として簡略化して示している。
【0015】
なお、刺激回路100の回路構成として組み込まれるコンデンサCoの容量は十分に大きくすることが可能であるので、等価コンデンサCの電位は実質的に電気二重層により生じるコンデンサ成分Ceにより決定される。なお、コンデンサ成分Ceは電極10の表面積と刺激する生体の状態によって決定される。
【0016】
次に、以上のような構成を備える生体組織用刺激回路100の動作を説明する。なお、ここでは、双極性パルスとして、最初に(1stパルスに)対向電極20から生体を通して刺激電極10に電流(負電流)を流した後に、極性を切換えて(2ndパルスに)刺激電極10から生体を通して対向電極20へ電流(正電流)が流す印加パターン(カソーディックファースト)を例に挙げて説明する。
【0017】
はじめに、刺激回路100に接続されている制御部(図示は省略する)からの指令信号により、スイッチSW2とスイッチSW3の組み合わせがONとされ、スイッチSW1とスイッチSW4の組み合わせがOFFとされる。この場合、接続点B側が電源Vh側の電位となり、接続点A側は電流源DS1に引かれて接地電位側となる。これによって電極10からは負の刺激パルス電流(負電流)が出力される(1stパルス)。一方、負電流によってコンデンサCが充電されて、所定の電位を持つようになる。
【0018】
次に、制御部は、負電流と同じ電荷量の逆極性の正電流を流すために、スイッチSW2とスイッチSW3の組み合わせをOFFに、スイッチSW1とスイッチSW4の組み合わせをONに切換える。これにより、接続点A側が電源Vh側の電位とされ、接続点B側が電流源DS1に引かれて接地電位側となる。これにより、電極10からは正の刺激パルス電流(正電流)が出力される(2ndパルス)。
【0019】
一方、電極10から出力される電流の極性が反転されるときに、1stパルス(ここでは負の刺激パルス)で充電されたコンデンサCの電位Vcに対して、2ndパルス(ここでは正の刺激パルス)の印加時に抵抗Rで発生する電圧降下の電位Vrが小さいと、電流の極性が反転された瞬間に、接続点Bの電位が接続点Aの電位よりも高くなる。この時、電流源DS2の電流値がDS1の電流値よりも大きい(わずかに大きい)と、接続点Aおよび接続点Bの電位が電源Vh側に引き寄せられて、寄生ダイオードD2がONとなる。これにより、電流源DS2と電流源DS1の差分の電流が電流源DS2に流れるようになる。一方、電流源DS2の電流値が電流源DS1の電流値よりも小さい(わずかに小さい)場合には、接続点Aおよび接続点Bの電位が接地電位側に引き寄せられ、寄生ダイオードD3がONとなることで、電流源DS2と電流源DS1の差分の電流が寄生ダイオードD3に流れる。つまり、いずれの場合にも、寄生ダイオードに流れる電流の電流値は、電流源DS1と電流源DS2の電流誤差分だけとなる。そこで、電流源DS1と電流源DS2に電流誤差が実用上問題ない範囲のものが選択されることで、刺激電極10には所望の電流が流れるようになる。
【0020】
ここで、図5に従来技術の刺激回路100cの回路構成の説明図を示し、不正電流の発生の問題点を詳しく説明する。なお、従来技術の刺激回路100cは、図1に示した刺激回路100から電流源DS2を取り除き、スイッチSW1とスイッチSW2の一端を電源(ライン)Vhに直接接続した構成になっている。このような従来技術の刺激回路100cにおいて、上述した刺激電流の極性の反転時に、スイッチSW2の寄生ダイオード(PN接合)D2が順バイアス(ON)されると、寄生ダイオードD2側から電源Vh側へと電流が流れる不正経路d(ダイオードD2→スイッチSW1→接続点A→生体組織→接続点B)が形成されるようになる。この時、不正経路dには電流源DS1が含まれないため、電流源DS1によって不正経路dの電流を制御することはできない。その結果、電極10からは電流源DS1で定められる刺激電流の値よりも大きな電流が出力されてしまい、生体組織に与えられり電流の電荷バランスが崩れて生体内に電荷が蓄積されるようになる。そして、体液の電気分解が発生する等の患者の生体組織への悪影響が生じる可能性が高くなる。
特に、双極性パルスの刺激条件が、1stパルスの電流値よりも、2ndパルスの電流値が低く設定される場合には、2ndパルスの出力時に抵抗Rでの電圧降下の電位Vrが小さくなるので、より電流値の大きな不正電流が発生しやすくなる。
【0021】
そこで、本実施形態では不正経路が形成される可能性のある電源VhとスイッチSW1及びSW2との間に電流源DS2を接続する。これにより、回路に不正経路が形成されたとしても、その電流は必ず電流源DS1又は電流源DS2を介して流れるので、その電流値は、電流源DS1又はDS2で定められた値に制限されるようになる。
【0022】
なお、電流源DS1と電流源DS2の特性(電流値)が完全に一致する場合には、回路に不正電流が流れないようにできる。しかし、通常の場合には、電流源DS1と電流源DS2の電流値には誤差が生じることになる。そこで、本実施形態では、電流源DS1及び電流源DS2は、その出力電流の差が刺激電流の誤差範囲内となるものを選択する。このようにすると、刺激回路100に不正に発生した電流が流れたとしても、その電流値は刺激電流値の誤差範囲内に抑えられる。これにより、双極性パルスの電荷バランスが保たれるようになる。
【0023】
図1に示す本実施形態の刺激回路100の説明に戻る。上述したように電極10から1stパルスを出力した後に、スイッチの切換によって電流の極性が反転されることで、接続点Bの電位が電源Vh(接続点A)の電位よりも高くなると、本体はOFFとされる寄生ダイオードD2が順バイアスされることで不正経路が形成される。なお、刺激回路100に形成される不正経路は、電流源DS1と電流源DS2からの出力電流の値を比べたときに、出力電流値の大きい方に形成される。
【0024】
例えば、電流源DS2の電流値の方が大きい場合は、不正経路は電流源DS2を流れる経路(コンデンサC→ダイオードD2→電流源DS2→スイッチSW1→抵抗R→コンデンサC)となる。一方、電流源DS1の電流値の方が大きい場合には、不正経路は電流源DS1を流れる経路(コンデンサC→スイッチSW4→電流源DS1→ダイオードD3→抵抗R→コンデンサC)となる。
【0025】
いずれの場合にも、本実施形態では不正経路には、電流源DS1又は電流源DS2のどちらか一方が組み込まれることになるため、その電流値は電流源DS1又は電流源DS2で予め定められた刺激電流の値に補正されるようになる。これにより、回路には電流源DS1とDS2の出力電流の差(誤差範囲内)の不正電流のみが流れるようになる。これにより、電極10から出力される双極性パルスの刺激電流のバランスが保たれるようになる。
【0026】
以上のようにすることで、双極性パルスの極性の反転時に、本来はOFFとされるスイッチが固有する寄生ダイオードが順バイアスされたとしても、回路に流れる不正電流の値が双極性パルスの正負の電荷バランスを保つように補正される。これにより、生体組織が好適に電気刺激されるようになる。
【0027】
なお、上記では刺激パルスとして、1stパルスで電極10から負電流、2ndパルスで正電流を流す印加パターン(カソーディックファースト)の例を示したが、1stパルスで正電流、2ndパルスで負電流を流す印加パターン(アノーディックファースト)の場合にも、不正経路が発生する可能性のある電源側と接地側のそれぞれに電流源が接続されることで、本来はOFFとされる寄生ダイオードが順バイアスされたとしても、双極性パルスの電荷バランスを保つことができるようになる。これにより、様々な双極性パルスの刺激条件での生体の電気刺激を行うことができるようになる。
【0028】
なお、本発明の刺激回路は以上の構成に限られるものではない。図2に第2実施形態の刺激回路100aの構成を示す。なお、以降の説明において刺激回路100と同じ構成には同じ図番号を付して説明する。なお、ここでは、電流源DS2の電流値の出力が電流源DS1の電流値の出力よりも刺激電流の誤差範囲で高くなっているとする。この場合、電流源DS2が接続されている電源側に不正経路が形成される可能性がある。
【0029】
そこで、第2実施形態の刺激回路100aでは、刺激回路100に電流源DS2の電気的な接続の有無を切換えるためのバイパススイッチ(以下、スイッチ)SW5を追加した構成とする。具体的には、スイッチSW5の一端を電源Vhに接続し、他端をスイッチSW1又はSW2に直列接続することで、電源Vhに対して電流源DS2とバイパススイッチ(以下、スイッチ)SW5が並列接続されるようにする。そして、スイッチSW5のONとOFFとを切換えることで、不正経路が形成される可能性が有る場合のみ、刺激回路100aに電流源DS2が接続されるようにする。このようにすると電源Vhの電圧がより効率よく利用されるようになる。
【0030】
次に、以上のような構成を備える刺激回路100aの動作を説明する。なお、ここでは、1stパルスの出力時に生体のコンデンサ(成分)Cは充電されていない(電位を有していない)とする。つまり、1stパルスの出力時にコンデンサCが充電されていなければ、1stパルスを出力させるために刺激回路100aに電圧が加えられたとしても、出力端子A(B)の電位が電源Vhの電位を越えることは無いため、不正経路は発生せず、電流源DS2は不要となる。そこで、この場合には、制御部(図示は省略する)は、1stパルスの出力時にスイッチSW5をONにして、電流源DS2の刺激回路100aへの電気的な接続状態を切り離すようにする。このようにすると、1stパルスの出力時に電流源DS2に電圧が加えられないので、電源Vhから供給される電圧が、電極10から刺激電流を出力するために好適に利用されるようになる。
【0031】
一方、2ndパルスの出力時には、制御部はスイッチSW5をOFFにして、電流源DS2を刺激回路100aに電気的に接続する。これにより、2ndパルスの出力時に刺激電流の極性が反転されることによって不正経路が発生したとしても、電流源DS2によってその電流値が刺激電流の誤差範囲内に抑えられる。これにより、双極性パルスの電荷バランスが保たれるようになる。なお、以上のように、1stパルスで電極10から十分な刺激電流が出力されることでコンデンサCが充電される。そして、2ndパルスの出力時に、コンデンサCの電位が電源の役割を果たすことで、電極10からは1stパルスと2ndパルスの両方において、十分な刺激電流が出力されるようになる。
【0032】
また、1stパルスの出力時にコンデンサCが予め充電された状態で双極性パルスを加えると、電極10に加えられる正負の最高電位の絶対値が小さくなり、電極10にかかる負荷を小さくできる場合がある。そこで、刺激回路100aにおいて、コンデンサCの充電の有無を双極性パルスの刺激条件に組合せることによって、より好適に双極性パルスが出力されるようにしても良い。この場合、刺激回路100aの接続点A,Bに、電位を検出するための周知の電位差検出回路を接続する。そして、電位差検出回路による接続点A,B(コンデンサC)の電位の検出結果に基づき、不正電流が流れないと判定された場合には、スイッチSW5をONとする。一方、不正電流が流れると判断された場合には、スイッチSW5をOFFにして電流源DS2が接続されるようにしても良い。
勿論、バイパススイッチは電流源DS1と電流源DS2側の少なくとも一方、又は両方に設けられていても良い。
【0033】
更に、図3に第3実施形態の刺激回路100bの構成を示す。ここでは、第2実施形態の刺激回路100aのバイパススイッチSW5の代わりに、刺激回路100bに電流源DS2の接続の有無を切換えるためのバイパススイッチ(以下、スイッチ)SW6及びSW7を設ける。具体的には、電流源DS2とスイッチSW1の直列接続に対してスイッチSW6を並列接続させる。また、電流源DS2とスイッチSW2の直列接続に対してスイッチSW7を並列接続させる。
【0034】
以上のような構成により、不正電流が流れない状態で、制御部は1stパルスを印加する場合に、例えば、対向するスイッチSW7及びスイッチSW3をONにして、その他のスイッチをOFFにする。このようにすると、不正電流を制限するために使用される電流源DS2が回路から切り離されるので、電源Vhの電圧を電極10から刺激電流が出力するために好適に利用できるようになる。一方、2ndパルスの出力時には、対向するスイッチSW1とスイッチSW4をONにして、その他のスイッチをOFFにする。これにより、刺激回路100bに電流源DS2が電気的に接続されることで、電流源DS2によって不正電流の電流値が制限されるようにする。
【0035】
以上のように刺激パルスの電流の極性に応じて回路に対する電流源DS2の電気的な接続の有無が切換えられることによって、電源Vhの電圧が好適に利用されるようになる。このようにすると、限られた電源を効率的に利用することが求められる生体組織用刺激回路で有利な構成となる。
【0036】
また、本実施形態では、予めコンデンサCが充電された状態で双極性パルスを印加することもできる。この場合には、例えば、1stパルスの印加時に対向するスイッチSW1及びスイッチSW4をONにして、その他のスイッチをOFFにする。これにより、1stパルスの印加時にも、刺激回路100bに電流源DS2が電気的に接続された状態にする。このようにすると、コンデンサCが充電された状態で、1stパルスが印加されることにより、不正な電流が流れたとしても、電流源DS2によってその電流値が制限されるようになる。
また、刺激回路100bにおいても、1stパルスの印加時にコンデンサCが充電されているかどうかを上述した電位差検出回路で検出することによって、図示を略す制御部により、上記に示すような各スイッチのONとOFFとが制御されるようにしても良い。
【0037】
なお、第3実施形態の刺激回路100bでは、Hブリッジ回路を構成する各スイッチに対して、スイッチSW6とスイッチSW7がそれぞれ並列接続されるので、刺激回路100aと比べて、スイッチSW1、2、6、7の抵抗を大きくでき、刺激回路100bの構成をよりコンパクトにし易くなる。
【0038】
また、第3実施形態においては、上述したスイッチSW6とスイッチSW7とを電流源DS1側(接地側)に設けるようにしても良い。これ以外にも、以上のようなバイパススイッチを、電流源DS2側(電源側)と電流源DS1側(接地側)の両方に設けるようにしても良い。この場合には、各スイッチ及び電流源に対してバイパススイッチが並列接続される。そして、電位差検出回路で接続点A,B間の電位差のモニタを行い、不正経路に電流が流れることがないと判断されるときに、各バイパススイッチがONにされるようにすればよい。
【0039】
以上のように、刺激回路の不正経路が形成される可能性がある側に電流値を調節するための電流源が設けられることで、本来はOFFとされるべき半導体スイッチの寄生ダイオードが順バイアスされたとしても、不正電流の値が電流源によって制限されるので、刺激回路から出力される双極性パルスの正負の電荷バランスが保たれるようになる。
これにより、従来の回路構成では電荷バランスが崩れるために使用できなかった双極性パルスの刺激条件を、本実施形態の刺激回路では使用することが出来るようになる。これにより、刺激条件のバリエーションを増やすことができ、生体に対して様々な電気刺激を行うことができるようになる。
【0040】
次に、以上のように形成された刺激回路100を、電気刺激装置として患者の視覚の一部又は全部を再生する視覚再生補助装置に使用する場合を例に挙げて説明する。図4に視覚再生補助装置の制御系のブロック図を示す。
視覚再生補助装置1は、外界を撮影するための体外装置1aと、網膜を構成する細胞に電気刺激を与え視覚の再生を促す体内装置1bとからなる。体外装置1aは、患者が掛ける眼鏡形状のバイザ(図示を略す)と、バイザに取り付けられるCCDカメラ等からなる撮影装置3と、撮影装置3で撮影された被写体像を画像データに変換すると共に視覚再生補助装置1に電力供給を行うための外部デバイス4と、体外装置1aで生成された画像データ及び電力を体内装置1bに送信するための一次コイルからなる送信手段5等にて構成されている。なお、送信手段5の中心には図示なき磁石が取り付けられており、後述する体内装置1b側の受信手段6との位置固定に使用される。
【0041】
体内装置1bは、体外装置1aから送信される画像データや電力を電磁波で受信する受信手段6と体内装置1bの制御を行うための制御部7aを備える受信ユニット7と、網膜を構成する細胞を電気刺激する刺激部(刺激ユニット)8と、刺激部8に接続される複数の電極10とから構成されている。なお、刺激部8は上述した刺激回路100を有し、制御部7aからの制御信号に基づき、電極10から双極性パルスを出力させる。また、本実施形態のように、複数の電極10を使用して電気刺激を行う場合には、装置を小型にするために、一つの刺激回路100に複数の電極10が切換え接続される構成とされている。
【0042】
以上の構成を備える視覚再生補助装置1の動作を説明する。撮影装置3で撮影された被写体像は外部デバイス4で画像データに変換されて、送信手段5から電磁波として体内装置1b側に送信される。体内装置1b側では、体外装置1aから供給され、受信手段6で受信された画像データ及び電力が制御部7aに送信される。制御部7aでは受信信号に基づき、刺激回路100を動作させて、各電極10から双極性パルスを出力させる。これにより、患者眼の網膜E1を構成する細胞が刺激されて、患者は視覚を得るようになる。
【0043】
この時、本実施形態では、双極性パルスの刺激条件によって、回路に不正経路が発生したとしても、電源側と接地側に設けられた電流源によって、その電流値が刺激電流の誤差範囲内に抑えられる。その為、電極10からは予め設定された刺激条件の双極性パルスが精度良く出力されるようになる。これにより、患者には多様な視覚が好適に与えられるようになる。
【0044】
なお、本発明の生体組織用刺激回路は、これ以外にも、生体内の様々な部位の生体組織の電気刺激に用いられることで、長期間安定した生体の電気刺激を行う事が出来るようになる。例えば、患者に聴覚を与えるための人工内耳、不整脈の発生を抑制するための心臓ペースメーカ等、患者の体内に長期間埋植して生体に所定の電気刺激を与えるための刺激回路に本発明の構成が適用されることで、双極性パルスの刺激条件の設定範囲を広くする事ができると共に、生体組織の電気刺激を長期間安定して行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】生体組織用刺激回路の回路ブロック図である。
【図2】第2実施形態の生体組織用刺激回路の回路ブロック図である。
【図3】第3実施形態の生体組織用刺激回路の回路ブロック図である。
【図4】視覚再生補助装置の制御系のブロック図である。
【図5】従来技術の生体組織用刺激回路の回路ブロック図である。
【符号の説明】
【0046】
10 刺激電極
20 対向電極
100、100a、100b、100c 刺激回路
DS1、DS2 電流源
SW1、SW2、SW3、SW4 半導体スイッチ
SW5、SW6、SW7 バイパススイッチ
Vh 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電源側の第1半導体スイッチと接地側の第3半導体スイッチを直列接続してなる第1直列部と,電源側の第2半導体スイッチと接地側の第4半導体スイッチを直列接続してなる第2直列部とが並列接続されてなるHブリッジ回路と、
前記第1直列部の第1半導体スイッチと第3半導体スイッチとの間の第1接続点に接続される刺激電極と、
前記第2直列部の第2半導体スイッチと第4半導体スイッチとの間の第2接続点に接続される対向電極と、
前記第3半導体スイッチ及び前記第4半導体スイッチの接地側の一端に設けられる第1電流源であって,前記刺激電極から出力される電流値を定めるための第1電流源と、
前記第1半導体スイッチ及び前記第2半導体スイッチの電源側の一端に設けられる第2電流源であって,前記刺激電極から出力される電流値を定める第2電流源と、
を備えることを特徴とする生体組織用刺激回路。
【請求項2】
請求項1の生体組織用刺激回路において、
前記電源側及び前記接地側のうち少なくとも一方には、前記第1電流源又は前記第2電流源と前記Hブリッジ回路との電気的な接続の有無を切換えるために,前記第1電流源又は前記第2電流源に対して並列接続されるバイパススイッチが設けられていることを特徴とする生体組織用刺激回路。
【請求項3】
請求項2の生体組織用刺激回路において、
前記バイパススイッチは少なくとも前記第1スイッチ及び第3スイッチに対してそれぞれ並列接続される又は、前記接地側に接続される前記第2スイッチと第4スイッチに対してそれぞれ並列接続されることを特徴とする生体組織用刺激回路。
【請求項4】
請求項3の生体組織用刺激回路において、
前記Hブリッジ回路の対向する前記第1半導体スイッチ及び前記第4半導体スイッチの組み合わせと、前記第2半導体スイッチと前記第3半導体スイッチとの組み合わせのオンとオフが交互に切換えられることにより、前記刺激電極から出力される双極性の電気刺激パルス信号の1stパルスと2ndパルスの正負の電流の極性が切換えられることを特徴とする生体組織用刺激回路。
【請求項5】
請求項4の生体組織用刺激回路において、
前記双極性の電気刺激パルス信号の電流の極性は、1stパルスで正電流,2ndパルスで負電流を出力するカソーディックファースト又は1stパルスで負電流,2ndパルスで正電流を出力するアノーディックファーストの印加パターンのいずれかであることを特徴とする生体組織用刺激回路。
【請求項6】
請求項5の生体組織用刺激回路において、
前記第1電流源又は前記第2電流源に並列接続される前記バイパススイッチのうち少なくとも一方は、前記1stパルスの出力時にオンとされ,前記2ndパルスの出力時にオフとされることを特徴とする生体組織用刺激回路。
【請求項7】
請求項6の生体組織用刺激回路は、
前記第1接続点及び前記第2接続点の電位差を検出するための電位差検出回路を備え、該電位差検出回路で検出された電位差に基づき前記第1電流源又は前記第2電流源に並列接続される前記バイパススイッチのうち少なくとも一方をオンとすることを特徴とする生体組織用刺激回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−115545(P2012−115545A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−269108(P2010−269108)
【出願日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【出願人】(000135184)株式会社ニデック (745)
【Fターム(参考)】