説明

生体組織補填材とその製造方法

【課題】生着および修復能に優れた生体組織補填材を提供し、そのような生体組織補填材を簡易に製造することができる製造方法を提供する。
【解決手段】ゼラチンからなる多孔質担体の表面に、硫酸化ヒアルロン酸からなるコーティングを施した生体組織補填材を提供する。また、ゼラチンからなる多孔質担体に硫酸化ヒアルロン酸溶液を滴下して含浸させるステップS3と、硫酸化ヒアルロン酸溶液が含浸された多孔質担体を凍結させるステップS4と、凍結した多孔質担体を乾燥させるステップS5とを含む生体組織補填材の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体組織補填材とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、多孔質ゼラチン等の生体吸収親水性材料と、ポリ乳酸のような生体吸収性高分子材料とを組み合わせた組織再生用基材が知られている(例えば、特許文献1,2参照。)。
【特許文献1】国際公開第96/10426号のパンフレット
【特許文献2】国際公開第2003/011353号のパンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1および特許文献2に開示されている組織再生用基材では、生体適合性や材料の埋植の煩雑さなどから細胞の生着および修復能が必ずしも十分ではなく、軟骨欠損部のような欠損部を十分に修復することができない、あるいは炎症が生ずる等の問題がある。
【0004】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、生着および修復能に優れた生体組織補填材を提供し、またそのような生体組織補填材を簡易に製造することができる製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、ゼラチンからなる多孔質担体の表面に、硫酸化ヒアルロン酸からなるコーティングを施した生体組織補填材を提供する。
本発明によれば、ゼラチンからなる多孔質担体の表面にコーティングされた硫酸化ヒアルロン酸の作用により、不安定な各種有用なサイトカイン(例えば、bFGF、IGF、HGF等)を吸着して安定化させ、これらのサイトカインの作用を局在する箇所で増強することができる。また、硫酸化ヒアルロン酸は、細胞膜タンパク質Notchを介してWnt遺伝子群の発現を促進するので、βカテニン経路でカドヘリンやコネキシン等の細胞間接着因子の発現を促進し、特に軟骨への分化を促進することができる。さらに、硫酸化ヒアルロン酸はIGF結合タンパク質(IGFNBP)の遺伝子発現を向上することができ、軟骨分化が発生する凝集場所を規定し軟骨分化に関与するIGFの分解を抑制し、軟骨分化を促進することができる。これにより、軟骨への細胞の分化や細胞の増殖を促進することができ、特に軟骨等の生体組織の欠損部を早期に修復することができる。
【0006】
上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.6以上であることが好ましい。
このようにすることで、軟骨細胞の増殖能および分化能を大きく向上することができる。
【0007】
また、本発明は、ゼラチンからなる多孔質担体に硫酸化ヒアルロン酸溶液を滴下して含浸させるステップと、硫酸化ヒアルロン酸溶液が含浸された多孔質担体を凍結させるステップと、凍結した多孔質担体を乾燥させるステップとを含む生体組織補填材の製造方法を提供する。
本発明によれば、ゼラチンからなる多孔質担体の表面に硫酸化ヒアルロン酸のコーティングが施された生体組織補填材を簡易に製造することができる。
【0008】
上記発明においては、硫酸化ヒアルロン酸溶液を含浸させるステップに先立って、ゼラチンからなる多孔質担体に純水を含浸させるステップと、多孔質担体に含浸された水分を脱水するステップとを行うこととしてもよい。
このようにすることで、硫酸化ヒアルロン酸溶液をゼラチンからなる多孔質担体の奥部まで浸透させることが可能となり、多孔質担体の奥部に配される気孔内面にまで硫酸化ヒアルロン酸がコーティングされた生体組織補填材を製造することができる。
【0009】
また、上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.6以上であることが好ましい。
このようにすることで、軟骨細胞の増殖能および分化能を大きく向上させることが可能な生体組織補填材を製造することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る生体組織補填材によれば、生着および修復能に優れ、欠損部を早期に修復することができるという効果を奏する。また、本実施形態に係る生体組織補填材の製造方法によれば、生着および修復能に優れ、欠損部を早期に修復可能な生体組織補填材を簡易に製造することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の一実施形態に係る生体組織補填材とその製造方法について、図1を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る生体組織補填材は、ゼラチンからなる多孔質担体の表面に硫酸化ヒアルロン酸のコーティングを施すことにより構成されている。硫酸化ヒアルロン酸としては、その硫酸化度が0.6以上のものが使用されている。
【0012】
次に、本発明の一実施形態に係る生体組織補填材の製造方法について説明する。
本実施形態に係る生体組織補填材を製造するに先立って、使用する道具に対して乾熱滅菌またはオートクレーブによる滅菌を施しておく。
【0013】
特に、ゼラチンからなるスポンジ状の多孔質担体は、完全な滅菌状態にしておく。多孔質担体は、ゼラチンを水に溶解し、泡立てた後にそのまま凍結乾燥させることにより調製できる。多孔質担体の気孔径は、50〜500μmであり、気孔率は90%程度である。
また、硫酸化ヒアルロン酸溶液は、硫酸化度0.6の硫酸化ヒアルロン酸を250μg/mLの濃度で純水に溶解させ、フィルタ滅菌しておく。
【0014】
本実施形態に係る生体組織補填材の製造方法は、まず、上記のようにして調製されたゼラチンからなる多孔質担体にフィルタ滅菌された純水を含浸させ、水和させておく(水和ステップS1)。次いで、オートクレーブ滅菌した後に乾燥させた濾紙の上に水和させられた多孔質担体を載せ、水分を濾紙に吸収させることにより脱水する(脱水ステップS2)。
【0015】
多孔質担体から十分に水分が脱水された後に、滅菌されたディッシュ内に滅菌された4フッ化エチレン樹脂シートを載せ、その上に脱水された多孔質担体を載せる。そして、多孔質担体に対し、上記により製造しておいた硫酸化度0.6の硫酸化ヒアルロン酸溶液をゆっくり滴下し、全体に行き渡らせる(含浸ステップS3)。
【0016】
その後、ディッシュに蓋をして滅菌パックに封入し、−80℃のフリーザに滅菌パックごとディッシュを入れ、十分な時間をかけて凍結させる(凍結ステップS4)。そして、凍結された後には、フリーザから素早く出して多孔質担体が溶解する前に凍結乾燥機に入れて減圧することにより乾燥する(乾燥ステップS5)。
これにより、本実施形態に係る生体組織補填材が製造される。
【0017】
このようにして構成された本実施形態に係る生体組織補填材によれば、ゼラチンからなる多孔質担体の表面にコーティングされた硫酸化ヒアルロン酸の作用により、不安定な各種有用なサイトカイン(例えば、bFGF、IGF、HGF等)が吸着されて安定化させられ、これらのサイトカインの作用を局在する箇所で増強することができる。
また、硫酸化ヒアルロン酸は、細胞膜タンパク質Notchを介してWnt遺伝子群の発現を促進するので、βカテニン経路でカドヘリンやコネキシン等の細胞間接着因子の発現を促進し、特に軟骨への分化を促進することができる。
【0018】
さらに、硫酸化ヒアルロン酸はIGF結合タンパク質(IGFNBP)の遺伝子発現を向上することができ、軟骨分化が発生する凝集場所を規定し軟骨分化に関与するIGFの分解を抑制し、軟骨分化を促進することができる。これにより、軟骨への細胞の分化や細胞の増殖を促進することができ、特に軟骨等の生体組織の欠損部を早期に修復することができる。
【0019】
ここで、硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度および供給量を変化させたときの軟骨細胞の増殖能および軟骨への分化能の変化について、図2〜図4を参照して説明する。
図2〜図4は、硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度をそれぞれ0.4,0.6,1.0としたときのグラフであり、(a)細胞の増殖能、(b)軟骨への分化能をそれぞれ示している。図中、controlは、硫酸化ヒアルロン酸を添加しない場合、10μg、50μg、100μgは、それぞれ硫酸化ヒアルロン酸をその量だけ加えた場合のcontrolに対する比率である。
【0020】
ゼラチンからなる多孔質担体としては、直径約12mm、厚さ約3mm、気孔径約50〜500μm、気孔率約90%のものを使用した。このような多孔質担体に軟骨細胞を播種して30分間静置した。
【0021】
その結果、これらの図2〜図4によれば、硫酸化度0.6以上の場合には、硫酸化ヒアルロン酸が50μg以上において軟骨細胞の増殖能および軟骨への分化能が大きく増加していることがわかった。また、硫酸化度1.0の場合には、硫酸化ヒアルロン酸の量にかかわらず、軟骨細胞の増殖能および軟骨への分化能が大きく増加していることがわかった。
【0022】
なお、本実施形態においては、多孔質担体に硫酸化ヒアルロン酸溶液を含浸させた後、凍結乾燥することにより多孔質担体の表面に硫酸化ヒアルロン酸をコーティングすることとしたが、これに代えて、バインダを用いてコーティングしてもよい。
バインダとしては、例えば、アルコキシシリル基やイソシアネート基、もしくは4−メタクリロイロキシエチルトリメリト酸無水物(4-methacryloyloxyethyl
trimellite anhydride)を挙げることができる。
【0023】
次に、硫酸化ヒアルロン酸によるコーティングのない多孔質担体からなる生体組織補填材を軟骨欠損部に補填する場合の実施例について説明する。
ミニブタに直径12mm厚さ3mmの軟骨欠損部を作成し、同じサイズの多孔質担体を作成した。多孔質担体は、ゼラチンを水に溶解し、泡立てた後にそのまま凍結乾燥させることで調製した。多孔質担体の気孔径は50〜500μm、気孔率は約90%である。
【0024】
細胞懸濁液は、ミニブタの骨髄液20mLを13日間培養し、シャーレに接着した骨髄由来細胞を採取し、5×10個/mLの細胞懸濁液を調製した。
上記多孔質担体に一旦培地を含浸させて脱水した後、その体積の1/3容量の細胞懸濁液を播種し、37℃で静置した。静置時間は15分で播種効率80%以上を達成した。
【0025】
細胞播種した多孔質担体を軟骨欠損部に移植した。多孔質担体は柔軟性があり、かつ、細胞懸濁液を吸収することにより膨潤しているので、軟骨欠損部に隙間無く嵌め込むことができ、一旦嵌め込まれると抜けなくなる。これにより、縫合糸による固定を実施することなく軟骨欠損部に埋植状態に維持した。
【0026】
移植から6ヶ月後の移植部の肉眼的所見によれば、図5に示されるように、埋植部分の表面は比較的スムーズであり、光沢も周囲正常軟骨部分と遜色なかった。図5によれば、(b)の細胞なしでは、埋植部分に組織がシュリンクしていて滑らかではないが、(a)の細胞有りでは、埋植部分に多少の凹凸はあるものの細胞なしに比べて組織が滑らかであった。
【0027】
また、組織学的所見(トルイジンブルーおよびサフラニン染色)によれば、図6に示されるように、トルイジンブルーおよびサフラニンO染色陽性部分が大半を占めていた。軟骨組織が染色される図6によれば、(b)の細胞なしでは組織がきちんと形成されていないが、(a)の細胞有りでは層状の組織がきちんと形成されているのがわかる。
【0028】
これらの所見により、軟骨欠損部に埋植された多孔質担体に軟骨の形成が確認され、欠損部の修復が行われていることが確認された。
なお、多孔質担体のサイズとしては、軟骨欠損部と同じサイズに限られるものではなく、軟骨欠損部より若干大きいサイズを採用してもよい。
【0029】
以上の通り、軟骨細胞を含有したゼラチンは軟骨修復に有効であることが示された。また、先に示したとおり、このゼラチンに硫酸化ヒアルロン酸をコートすれば、硫酸化ヒアルロン酸と軟骨細胞との相乗効果、さらにはサイトカインとの相乗効果により、軟骨修復にきわめて有用な生体組織補填体を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の一実施形態に係る生体組織補填材の製造方法を示すフローチャートである。
【図2】本実施形態に係る生体組織補填材に硫酸化度0.4の硫酸化ヒアルロン酸を用いた場合の硫酸化ヒアルロン酸の量に対する(a)軟骨細胞の増殖能、(b)軟骨への分化能の関係を示すグラフである。
【図3】本実施形態に係る生体組織補填材に硫酸化度0.6の硫酸化ヒアルロン酸を用いた場合の図2と同様のグラフである。
【図4】本実施形態に係る生体組織補填材に硫酸化度1.0の硫酸化ヒアルロン酸を用いた場合の図2と同様のグラフである。
【図5】移植部の肉眼的所見を示す(a)細胞有りの場合、(b)細胞なしの場合の写真である。
【図6】トルイジンブルーおよびサフラニン染色による組織学的所見を示す(a)細胞有りの場合、(b)細胞なしの場合の軟骨組織の断層写真である。
【符号の説明】
【0031】
S1 水和ステップ
S2 脱水ステップ
S3 含浸ステップ
S4 凍結ステップ
S5 乾燥ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼラチンからなる多孔質担体の表面に、硫酸化ヒアルロン酸からなるコーティングを施した生体組織補填材。
【請求項2】
前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.6以上である請求項1に記載の生体組織補填材。
【請求項3】
ゼラチンからなる多孔質担体に硫酸化ヒアルロン酸溶液を滴下して含浸させるステップと、
硫酸化ヒアルロン酸溶液が含浸された多孔質担体を凍結させるステップと、
凍結した多孔質担体を乾燥させるステップとを含む生体組織補填材の製造方法。
【請求項4】
硫酸化ヒアルロン酸溶液を含浸させるステップに先立って、
ゼラチンからなる多孔質担体に純水を含浸させるステップと、
多孔質担体に含浸された水分を脱水するステップとを行う請求項3に記載の生体組織補填材の製造方法。
【請求項5】
前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.6以上である請求項3または請求項4に記載の生体組織補填材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−228812(P2008−228812A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−69160(P2007−69160)
【出願日】平成19年3月16日(2007.3.16)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(597128004)国立医薬品食品衛生研究所長 (22)
【出願人】(507088026)
【Fターム(参考)】