説明

生体適合性セメント材料およびその固化方法

【課題】 設置前には硬化が進行せず、患部に設置された後に速やかに硬化する生体適合性セメント、および生体適合性セメント材料の固化方法を提供する。
【解決手段】 生体適合性セメントを構成する成分の少なくとも一部を含有する粒子を、0℃〜50℃の間に転移温度を有し、当該転移温度未満における水への溶解度に対して、当該転移温度超過における水への溶解度が向上する温度感受性材料を含む被膜で被覆したことを特徴とする生体適合性セメント材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に整形外科分野に用いられる骨欠損充填材料に関し、特に、生体適合性セメント材料およびその固化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
整形外科分野において、骨粗鬆症を起こした骨や、複雑形状の骨欠損の空隙に、例えばペースト状のリン酸カルシウム組成物のような主に生体適合性セメントを注入し、体内で固化させて骨の強度を確保する手術がある。このような目的に使用される生体適合性セメントとしては、リン酸カルシウム系セメント(例えば、特許文献1、非特許文献1)等が市販されている。リン酸カルシウム系セメント等のセメント剤は粉剤であり、これを患部に設置(当業者においては「設置」を「埋植」という場合がある)するときには、設置の直前に水を主成分とする液剤と混和してペースト状にしたものを注入器で注入する方法がとられる。このペーストは、自発的に硬化する性質があるため、体内に設置されたペーストが体内で硬化して既存骨と一体化する。
【0003】
リン酸カルシウム系セメントを構成する粉剤には、リン酸四カルシウム(TTCP、Ca(POO)と無水リン酸水素カルシウム(DCPA、CaHPO)の混合物を主成分とするタイプと、α型リン酸三カルシウム(α‐TCP、α‐Ca(PO)を主成分とするタイプとがある。どちらの場合も、粉剤の成分が液剤の水分に溶解し(式(1)〜(3))、その結果生成するカルシウムイオンとリン酸イオンが液剤中で新たに水酸アパタイト(HAp、Ca10(PO(OH))の結晶を生成し(式(4))、それらが互いに絡み合うことによって硬化が進行する。
【0004】
【化1】

【0005】
リン酸カルシウム系等のセメント剤においては、一般に患部において早期に硬化が起こる特性が求められている。上記リン酸カルシウム系セメントの硬化反応の速度は、主に上式の(1)〜(3)の溶解反応の速度が律速になっているので、市販のリン酸カルシウム系セメント粉剤においては、粉末の粒径を調節して比表面積を変化することで式(1)〜(3)の反応速度を調節し、硬化時間が調整されている。
【0006】
その反面、早期に硬化が起こるという性質は、設置前にも硬化が進行しやすいことを意味する。設置前に硬化が進行すると、患部へのペーストの注入が困難になりやすく、また骨の空隙にペーストが行きわたらないという問題が生じる。そのため、設置前には硬化が進行せず、設置後には速やかに硬化が進行するような生体適合性セメント材料の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2621622号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】松屋茂樹ら、セラミックスvol.43 (2008), 298−302「アパタイトセメントの硬化機構」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、セメント剤を含む粉剤と液剤とを混和した後に自発的な硬化が進行し難く、その一方で患部に設置された後に硬化を生じさせることが可能な生体適合性セメント材料、およびこれを用いた生体適合性セメント材料の固化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、前記課題を解決するべく鋭意検討したところ、生体適合性セメントを構成する所定の粒子を、所定の温度で水溶性と非水溶性の転移を生じる温度感受性材料を含む被膜で被覆すれば、設置の前後において硬化の進行を制御できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本出願に係る第一の発明は、生体適合性セメントを構成する成分の少なくとも一部を含有する粒子を、0℃〜50℃の間に転移温度を有し、当該転移温度未満における水への溶解度に対して、当該転移温度超過における水への溶解度が向上する温度感受性材料を含む被膜で被覆したことを特徴とする生体適合性セメント材料である。
【0012】
本出願に係る第二の発明は、少なくとも前記第一の発明の生体適合性セメント材料と水を含む混合物を前記転移温度未満の温度において混練した混練物を設置する行程と、当該設置された混練物を当該転移温度超過に加熱することで当該混練物を硬化させることを特徴とする生体適合性セメント材料の固化方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の生体適合性セメント材料によれば、生体適合性セメント材料と液剤を混合する際には硬化が進行せず、その一方で設置後に適宜の加熱を行うことで硬化する生体適合性セメント、および生体適合性セメント材料の固化方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1(A)】本発明にかかる生体適合性セメント材料を用いたペーストの硬化挙動を示す図。
【図1(B)】従来のリン酸カルシウム系セメントを用いたペーストの硬化挙動を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について、詳細に説明する。
本発明の生体適合性セメント材料は、水に溶解後に再析出して硬化を生じるセメント反応を構成する成分の内の少なくても一成分を含む粒子を、0℃〜50℃の間の所定の温度に転移点を有し、この転移により低温側よりも高温側で水に対する溶解度が向上する温度感受性材料を含む被膜で被覆したことを特徴とする。高温側で水に対する溶解度が増加する転移として、融点における溶融の相転移の他、ゾルゲル転移点もしくはガラス転移点等の転移を用いることが可能であり、生体適合性セメント材料を使用する目的に応じて望ましい転移点を有する温度感受性材料を選択して使用することができる。また、当該転移点の前後における水への溶解度の変化の程度が大きな温度感受性材料が好ましく用いられる。
特に、当該転移点以下においては、水に対して実質的に溶解しない温度感受性材料を使用することで、被覆に使用する温度感受性材料の量を少なくすることが可能となり、硬化後のセメントの特性を阻害する等のおそれが少ない点で望ましい。ここで、水に対して実質的に溶解しないとは、10μm程度厚さの温度感受性材料が水中で10分程度以上の間、溶解せずに残留することをいう。
このような温度感受性材料によりセメント反応を構成する成分の内の少なくても一成分を被覆したセメント材料を用いることにより、当該転移点以下の温度で水を含む液剤と混練する行程においては当該被覆の存在によりセメント反応を構成する成分の溶解が阻害されてセメント反応が抑制される一方で、混練物を設置した後に混練物を加熱することで被覆が脱離してセメント反応が進行し、迅速に硬化を生じさせることが可能となる。
このような性質を利用し、例えばリン酸カルシウムセメントの適宜の成分を含む粒子を当該被膜で被覆すれば、被膜の転移温度未満では粒子表面の被膜が粒子の溶解(例えば式(1)〜(3))を妨げるために、水酸アパタイトの析出反応(例えば式(4))が進行せず、生体適合性セメント材料と水を含む混合物は長時間ペースト状態にて流動性を保つ。一方、この混合物を患部に充填し、被膜の転移温度超過に加熱すれば、粒子表面の被膜が水に溶解、ゾル化もしくは流動化し、それに伴って粒子が溶解するため、水酸アパタイトの析出反応が進行して当該混合物が硬化する。
被膜に含まれる温度感受性材料の溶解度が向上する転移点の温度が、水の融点である0℃以上である温度感受性材料を使用することが望ましい。また、生体に対して使用することを考慮すれば、当該転移点の温度が50℃以下である温度感受性材料を使用することが、セメント混練物の設置後に当該温度まで混練物を加熱して硬化させることが容易である点で望ましい。また、特に当該転移点の温度が25℃〜37℃の間である温度感受性材料を使用すれば、より好ましい。つまり、このような温度感受性材料を含む被覆を施すことにより、室温(25℃前後)下での混練時にはセメント反応が抑えられるため上記混練物を長時間ペースト状態に保つことができ、一方で、患部に充填された後は体温(37℃前後)により混練物が加熱されて粒子表面の被膜が溶解等して粒子も溶解するため、セメント反応が進行して当該混練物が硬化し、格別な冷却や加熱の手段を用いることなく容易に長い混練時間と短時間のセメント反応の進展を両立可能であるためである。
上記温度感受性材料を含む被膜は、当該温度感受性材料のみから構成することも可能であるが、混練時にセメント粒子間に生じる摩擦により当該被膜が機械的に剥離されることを防止する観点からは、被膜内に適宜の不溶性の微粒子を骨材として含有させることが有効である。このような骨材が被膜内に存在することで、セメント材料の混練時には骨材間に温度感受性材料が確実に残留してセメント反応の進行を抑制することができる。
被膜に含有される骨材の材質は特に限定されないが、骨材はセメント反応による硬化に伴って、当該セメントに取り込まれてセメント内の骨材となるため、当該セメント材との親和性の高い材料が好ましい。たとえば、上記リン酸カルシウムセメントを使用する場合には、被膜内の骨材として水酸アパタイトの微粒子を用いることが望ましい。
また、前記被膜により被覆されるセメント成分を含む粒子についても、前記混練物の硬化やセメントとしての特性に影響を与えない範囲内において、骨材等といった水に不溶性の成分を含んでもよい。これにより、セメント反応による硬化後の強度を向上することが可能となる。
【0016】
生体適合性セメントは、一般的に、使用目的に従って所望の量を使用した場合に、生体内に存在しても生体に害を及ぼすことのないセメントであり、本発明における生体適合性セメントも、これに該当するものである。具体的には、当該生体適合性セメントとしてアパタイトセメント、ブルッシャイトセメント、石膏等や、これらの組み合わせが挙げられる。
また、当該生体適合性セメントを構成する成分の被覆に使用する温度感受性材料についても、セメント混練物の加熱に伴って生体内の組織液等に溶解した際に生体に害を及ぼすことのない生体適合性高分子を使用することが望ましい。また、生体内に設置・硬化された生体適合性セメントは、その後に周囲の骨組織の再生に伴って生体に同化することが好ましいため、上記生体適合性高分子として骨再生を促す効果のあるゼラチンやコラーゲンを用いることも望ましい。その他に、低温で固体状であって加熱により溶解する傾向のある高分子であれば望ましく使用可能であって、例えば、多糖類であるジェランガムの他、カラギーナンやペクチンなどを適宜調整して使用することができる。
その他、本発明における生体適合性セメント材料は、セメントとしての特性を損なわない範囲内において、骨誘導性タンパク質や抗ガン剤、消炎剤等といった各種の作用を示す成分を、セメント成分内やその被覆内に含んでいてもよい。
【0017】
前記セメント成分を含む粒子を被覆する被膜は、液剤との混練時において粒子と水との接触を効果的に抑制し、前記混合物の硬化を制御できる程度に粒子の表面を被覆するものであればよい。セメント成分を含む粒子に対して被膜の量が少なすぎると、液剤との混練中に生じる被膜の機械的な剥離や溶解によりセメント成分が溶出して混合物の硬化が速やかに進行してしまい、これを制御することが困難となる。また、被覆量が多すぎると、混合物の硬化が遅れるのみならず、硬化後の生体適合性セメントの強度が不十分となってしまう。
そのため、セメント成分を含む粒子に対する被覆の量は、被覆に使用する温度感受性材料の転移温度以下における水への溶解度や、セメント成分を含む粒子の平均粒子径等に応じて十分な混練時間が確保されるように適宜決定される。典型的には、下記で説明するように、温度感受性材料としてゼラチンなどの生体適合性高分子を用いる場合には、前記被膜の量は、当該被膜に被覆されるべき粒子100質量部に対して1〜20質量部の質量割合で設けられることが好ましく、コストと硬化性とのバランスを考慮すれば、粒子100質量部に対して2〜10質量部の質量割合であることが、より好ましい。また、当該被膜の一部を骨材等の不溶成分の微粒子で置換してもよいことは上記のとおりである。
ここで、「被膜に被覆されるべき粒子」は、必ずしも生体適合性セメント成分が含まれる粒子の全てが被膜に被覆される必要はなく、少なくともセメント反応を生じる成分の一部について被膜により被覆されていることによりセメント反応による硬化が抑制されればよい。
例えば、リン酸四カルシウムと無水リン酸水素カルシウムの混合物を主成分とするセメント反応では、リン酸四カルシウムと無水リン酸水素カルシウムの一方又は両方のそれぞれの全量(又は、大部分)が被覆されていてもよく、また、リン酸四カルシウムと無水リン酸水素カルシウムの混合物の全量(又は、大部分)が被覆されていてもよい。
一方、α型リン酸三カルシウムを主成分とするセメント反応では、α型リン酸三カルシウムの全量またはその大部分が被覆されることが好ましい。また、リン酸四カルシウムと無水リン酸水素カルシウムの混合物に対して、α型リン酸三カルシウムを混合して用いる場合にも、適宜の成分の全量(又は、大部分)を被覆することで、当該被覆が溶解する以前においてセメント反応が生じないようにすればよい。
また、それぞれのセメント成分に骨材等の水に不溶性の成分が含まれてもよいことは上記のとおりである。
【0018】
本発明の生体適合性セメント材料において、前記被膜に含まれる温度感受性材料としては、生体吸収性の高分子およびそのゲル状物等を用いることが好ましい。このような高分子材料においては、0℃〜50℃の間に転移温度を有するものが多数存在すると共に、セメント材料と液剤との混練物を生体内で加熱して当該高分子材料を溶解させた場合に生体内の組織に良好に吸収されてセメント反応を阻害しないためである。被膜100質量部中に生体吸収性高分子およびそのゲル状物等が45質量部以上含まれていれば、前記混合物の硬化を制御することが容易となるため、より好ましい。
このような生体吸収性高分子としては、0℃〜50℃の間に転移温度を有するポリペプチドであるゼラチン、多糖類であるジェランガムのいずれか、もしくはこれらの組み合わせであることが好ましい。
また、前記被膜には、前記混合物の硬化やセメントとしての特性に影響を与えない範囲内において、骨材等といった水に不溶性の成分を含んでもよいことは上記のとおりである。
【0019】
少なくとも前記第一の発明に係る生体適合性セメント材料と水を含む混合物を前記転移温度未満の温度において混練すれば、前記被膜が前記粒子を被覆したままの状態であるため、当該混練物の硬化を制御することができる。そして、この混練物を動物(人を除く)の骨部に充填し、その後に当該混練物を当該転移温度超過に加熱すれば、当該混練物を患部に設置し、硬化させることができる。
なお、前記混合物は、生体適合性セメント材料と緩衝液を含む混合物であってもよい。そして、緩衝液が酢酸やコハク酸等の弱酸や、二糖やスクロース、およびトレハロース等の糖類、エタノールやマンニトール等のアルコールなどを含んでもよい。さらに、使用するセメント材料に応じて、当該セメント材料の特性を調整・向上する副成分を前記混合物に含ませることも有効である。
例えば、セメント材料としてリン酸カルシウム系のものを使用する場合には、硬化時間を短くするとともに、封鎖性を向上させるためにリン酸のアルカリ金属塩等を添加することができる。また、必要に応じて、リン酸カルシウム組成物ペーストの成形性又は均一な充填性を向上させるために、各種の増粘剤を配合することができる。
【0020】
本発明の生体適合性セメント材料において、セメント成分を含む粒子を所定の温度感受性材料を含む被膜で被覆する方法には、次のようなものがある。例えば、被膜を構成する温度感受性材料としての生体吸収性高分子をその転移温度超過の温水に溶解し、それにセメント成分を含む粒子を投入して、当該セメント成分の溶解が実質的に開始する以前に速やかに液体窒素または冷凍庫で凍結し、そののちに真空下で水分を凍結乾燥するという方法である。
【0021】
また、リン酸四カルシウムと無水リン酸水素カルシウムの混合物を主成分とする生体適合性セメント材料の場合には、無水リン酸水素カルシウムに対して溶解速度の高いリン酸四カルシウム粉末を所定の温度感受性材料で被覆することがより望ましい。このように溶解速度の高いセメント成分を被覆することで、加熱により被膜を溶解した後に当該セメント成分がより速やかに溶解して、セメント反応による硬化が円滑に進展するためである。
一方、α−リン酸三カルシウムを主成分とする生体適合性セメント材料の場合には、その全量(又は、大部分)を生体吸収性高分子で被覆する必要がある。
【0022】
本発明の生体適合性セメント材料において、その製造方法としての実施形態を下記に説明する。この実施形態における生体適合性セメント材料は、リン酸四カルシウム粉末を生体吸収性高分子で被覆したもの、及び、α−リン酸三カルシウムを生体吸収性高分子で被覆したものである。
【0023】
最初に、リン酸四カルシウムを主成分とする生体適合性セメント材料の作製法について記す。この、リン酸四カルシウムを主成分とする生体適合性セメント材料は、主に無水リン酸カルシウムと混合して使用することで、セメント反応を生じて硬化するものである。まず、高温側で水への溶解度が向上する転移温度を0〜50℃の範囲に有する生体吸収性高分子を当該転移温度を超過する温度の温水に溶解する。このときに溶解すべき生体吸収性高分子の質量は、後の工程で用いるリン酸四カルシウム粉末100質量部に対して1〜10質量部の範囲とすることが好ましい。温水の量は特に限定しないが、後の凍結乾燥の便宜を考慮して、生体吸収性高分子を完全に溶解し、なおかつリン酸四カルシウム粉末を懸濁するための必要最小限に留めることが好ましい。また、生体吸収性高分子を含む被膜中に不溶性の骨材成分等を混入する場合には、この生体吸収性高分子の水溶液中に当該成分を懸濁等させておくことが好ましい。
【0024】
リン酸四カルシウムは平均粒子径を5〜20μm、好ましくは6〜14μmになるように、あらかじめ粉砕をすることが、本発明に係る生体適合性セメント材料を用いたセメント反応を良好に進展させる点で好ましい。これを前記の生体吸収性高分子の水溶液に投入して懸濁させた後に、速やかに液体窒素に投入して凍結させ、凍結物を真空容器に入れて凍結乾燥する。この操作により、リン酸四カルシウム粉末の表面に所定の生体吸収性高分子が被覆された生体適合性セメント材料とされる。
【0025】
なお、上記で得られる凍結乾燥物を粉砕して最初の平均粒子径である5〜20μm、好ましくは6〜14μm程度に揃えることが、以下に説明するように、セメント混練物を加熱した際に被膜の溶解が円滑に進展する点で好ましい。粉砕方法は特に限定しないが、リン酸四カルシウム粉末と生体吸収性高分子の凍結乾燥物はボールミルや乳鉢などでは粉砕されにくいため、容器内で刃物を高速回転させる方式の粉砕機を用いることが好ましい。
このような方法で製造される生体適合性セメント材料においては、一般に前記で使用した生体吸収性高分子のほぼ全量が含まれる。
【0026】
一方、無水リン酸水素カルシウム粉末は、あらかじめ粉砕とふるい分けによって平均粒子径を0.1〜7μm、好ましくは0.8〜1.5μmに揃えておくことが、無水リン酸水素カルシウム粉末の良好な溶解のために好ましい。生体吸収性高分子で被覆したリン酸四カルシウム粉末と当該無水リン酸水素カルシウム粉末を、両者がセメント反応を生じるために適正な比率で混合する。このような操作により準備される、被覆リン酸四カルシウムと無水リン酸水素カルシウムの混合物に、生体吸収性高分子の水への溶解度が低い温度において水を主成分とする液剤を加えて混練し、この混練物を適宜の部位に設置して必要な整形などを施した後、当該混練物を使用した生体吸収性高分子の転移温度以上に加熱することで生体適合性セメント材料を硬化することができる。
セメント成分と水を主成分とする液剤の混練物を設置した後の加熱は、使用した温度感受性材料の転移温度等に応じて適宜選択される方法でなされれば良い。例えば、当該転移温度が生体の体温以下の温度感受性材料を用いた場合には、設置後に混練物が体温により加熱されることでセメント反応を生じて硬化を生じさせることができる。また、転移温度が生体の体温以上の温度感受性材料を用いた場合には、設置後の混練物を外部から赤外線で加熱したり、適宜の温度に加熱した器具で覆うなどして、混練物を当該転移温度以上に加熱すればよい。
【0027】
次に、α−リン酸三カルシウム粉末を主成分とする生体適合性セメント材料の作製法の一例について記す。まず、適切な可溶化転移温度を有する温度感受性材料としての生体吸収性高分子をその転移温度を超過する温度の温水に溶解する。このときに溶解すべき生体吸収性高分子の質量は、後の工程で用いるα−リン酸三カルシウム粉末100質量部に対して1〜10質量部の範囲とすることが好ましい。温水の量は特に限定されないが、後の凍結乾燥の便宜を考慮して、生体吸収性高分子を完全に溶解し、なおかつリン酸四カルシウム粉末を懸濁するための必要最小限に留めることが好ましい。
【0028】
α−リン酸三カルシウムは平均粒子径を20μm以下、好ましくは15μmになるように、あらかじめ粉砕とふるい分けをすることが、本発明に係る生体適合性セメント材料を用いたセメント反応を良好に進展させる点で好ましい。これを生体吸収性高分子の水溶液に投入して懸濁させた後に、速やかに液体窒素に投入して凍結させ、凍結物を真空容器に入れて凍結乾燥する。この操作により、α−リン酸三カルシウム粉末の表面に生体吸収性高分子が被覆されてなる生体適合性セメント材料が製造される。
【0029】
なお、上記凍結乾燥物を粉砕して最初の平均粒子径である20μm以下、好ましくは15μmに揃えることが、以下に説明するように、セメント混練物を加熱した際に被膜の溶解が円滑に進展する点で好ましい。粉砕方法は特に限定しないが、α−リン酸三カルシウム粉末と生体吸収性高分子の凍結乾燥物はボールミルや乳鉢などでは粉砕されにくいため、容器内で刃物を高速回転させる方式の粉砕機を用いることが好ましい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0031】
[実施例1]
使用した原料は以下の通りである。リン酸四カルシウム(太平化学製)、無水リン酸水素カルシウム(和光純薬製)、温度感受性材料としてのゼラチン(ゼライス株式会社製、RM−100B、転移温度34℃)、リン酸緩衝溶液(pH5.8)。リン酸四カルシウムは平均粒子径10μmであり、無水リン酸水素カルシウムは平均粒子径1.0μmに粉砕しておいた。
ゼラチン0.37gを35℃の温水50mLに溶解し、それに7.32gのリン酸四カルシウム粉末を投入し、ガラス棒で撹拌して懸濁させた後に液体窒素に投入して凍結させ、市販の凍結乾燥器内で24時間の凍結乾燥をした。これにより、投入したリン酸四カルシウム粉末が三次元網目状のゼラチンに被覆された形態のセメント材料が得られた。次に、当該凍結乾燥物を市販の食品粉砕用ミルグラインダーで粉砕することでゼラチンのネットワークを切断し、個々のリン酸四カルシウム粒子がゼラチンで被覆された粒子を得た。得られた粒子を電子顕微鏡で観察したところ、平均粒子径が使用したリン酸四カルシウム粉末と同等の10μm程度であることが観察された。また、使用したゼラチンのほぼ全量がリン酸四カルシウム粒子の被膜となっていたことから、この操作により得られた粒子は、リン酸四カルシウム100質量部に対して約5質量部のゼラチンが被膜を形成する、ゼラチン被覆のリン酸四カルシウム粒子であると考えられた。
上記ゼラチンで被覆されたリン酸四カルシウム粒子の7.69gを回収し、それに等モルに相当する2.72gの無水リン酸水素カルシウム粉末を混合し、混合粉末を得た。
質量10.41gの上記混合粉末に、室温(25℃)において5.2gのリン酸緩衝液を加えて混練して、ペースト状の混練物を得た。得られた混練物の特性を評価するために、当該混練物を内径6.0mm、高さ10mmのシリコーンゴム製チューブに注入したものを10個作製し、当該チューブを食品真空包装装置を用いてポリエチレン製の袋に脱気して封入したサンプルを作製した。
このようにして作製したサンプルのうち5個をゼラチンの転移温度より低い25℃に、残りの5個をゼラチンの転移温度より高い37℃に保ち、混和終了時から一定時間おきに、質量100g、先端直径1.0mmの圧子で10秒間、ペーストの表面を100gの負荷がかかるように押し、圧子が圧入される深さを測定した。また、上記試験による圧入深さがゼロになるまでの時間を表面硬化終了時間と定義した。
【0032】
[比較例1]
比較のために、ゼラチンによる被覆処理を行っていない以外は実施例1と同様に、リン酸四カルシウム7.32gに対して、等モルに相当する無水リン酸水素カルシウム2.72gを加えて混合物とし、さらにリン酸緩衝液を5.02g加えて混練したペーストを作製し、実施例1と同様にシリコーンゴム製チューブに注入・脱気封入を行い、25℃と37℃に保持し、混和終了時から一定時間おきにペースト表面の圧子圧入深さを測定した。
【0033】
図1には実施例1と比較例1において得られた、ペーストの25℃および37℃における硬化挙動を示す。それぞれ図1(A)が実施例1、図1(B)が比較例1である。実施例1で作製したペーストにおいて、37℃では3時間で圧入深さがゼロになって表面硬化終了時間となり、表面硬化が終了したのに対し、25℃では24時間後でも圧入深さの減少が見られず、ペーストの硬化が進行していなかった。
これに対して比較例1で作製したペーストでは、37℃では3時間、25℃でも8時間で表面硬化終了時間となった。このことから、実施例1で作製した生体適合性セメント材料を使用したペーストは、ゼラチンの転移温度より低い温度では硬化反応は進行しない一方で、ゼラチンの転移温度より高い温度においては被覆を行っていないセメント材料と同程度の速さで硬化反応が進むことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の生体適合性セメント材料、および生体適合性セメント材料の固化方法によれば、患部への設置の前後においてセメントの硬化を制御することが可能である。そのため、骨粗鬆症の骨や、欠損した骨等の空隙を埋めて、骨の強度を確保する充填材料用など、産業用として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合性セメントを構成する成分の少なくとも一部を含有する粒子を、0℃〜50℃の間に転移温度を有し、当該転移温度未満における水への溶解度に対して、当該転移温度超過における水への溶解度が向上する温度感受性材料を含む被膜で被覆したことを特徴とする生体適合性セメント材料。
【請求項2】
前記温度感受性材料は、生体吸収性高分子およびそのゲル状物の少なくても一方を含むことを特徴とする請求項1に記載の生体適合性セメント材料。
【請求項3】
前記被膜は、当該被膜に被覆されるべき粒子100質量部に対して1〜20質量部の質量割合で設けられることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の生体適合性セメント材料。
【請求項4】
前記粒子には、水に不溶性の成分を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の生体適合性セメント材料。
【請求項5】
前記被膜には、水に不溶性の成分を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生体適合性セメント材料。
【請求項6】
前記生体吸収性高分子は、ポリペプチドであるゼラチン、多糖類であるジェランガムのいずれか、もしくはこれらの組み合わせであることを特徴とする請求項2〜5のいずれかに記載の生体適合性セメント材料。
【請求項7】
前記生体適合性セメントは、アパタイトセメント、ブルッシャイトセメント、石膏のいずれか、もしくはこれらの組み合わせを少なくとも含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の生体適合性セメント材料。
【請求項8】
少なくとも請求項1〜7のいずれかに記載の生体適合性セメント材料と水を含む混合物を前記転移温度未満の温度において混練した混練物を設置する行程と、当該設置された混練物を当該転移温度超過に加熱することで当該混練物を硬化させることを特徴とする生体適合性セメント材料の固化方法。
【請求項9】
前記混練物が設置される対象が動物(ヒトを除く)の骨部であることを特徴とする請求項8に記載の生体適合性セメント材料の固化方法。

【図1(A)】
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【図1(B)】
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【公開番号】特開2012−235856(P2012−235856A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−105832(P2011−105832)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(304036754)国立大学法人山形大学 (59)
【Fターム(参考)】