説明

生体関連物質の非特異吸着防止剤および物品のコーティング方法

【課題】化学発光免疫診断測定等において使用する固相表面や器具・容器などへのタンパクなどの非特異吸着を防止することができる生体関連物質の非特異吸着防止剤、ならびに、該非特異吸着防止剤を用いた物品のコーティング方法を提供する。
【解決手段】生体関連物質の非特異吸着防止剤は、下記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と、特定の式で表される繰り返し単位(B)とを有する共重合体を含有する。


・・・・・(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、臨床診断薬、臨床診断装置、バイオチップなどに用いられる各種タンパク等の生体関連物質の非特異吸着を防止する生体関連物質の非特異吸着防止剤、ならびに、該非特異吸着防止剤を用いた物品のコーティング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、疾病の早期発見等の目的のため、検査の高感度化が求められており、診断薬の感度向上は大きな課題となっている。ポリスチレンプレートや磁性粒子などの固相を用いた診断薬においても、感度向上のため、検出方式として酵素発色を用いる方式から、より高い感度が得られる蛍光や化学発光を用いる方式へと切り替わりつつあるが、実際には十分な感度が得られていない。その原因としては、血清などの生体分子混在下で特定の物質を検出する診断では、共存する生体分子や2次抗体、発光基質などが固相や器具・容器などへ非特異的に吸着し、その結果、ノイズが増加して高感度化の妨げとなっている。そのため、免疫診断測定においては、特異的に結合する物質以外の物質が免疫反応に使用する固相表面や器具・容器に非特異的に吸着することによる感度の低下を軽減するため、通常、アルブミン、カゼイン、ゼラチン等の生物由来物質を非特異吸着防止剤として用いることにより、非特異吸着を抑制して、ノイズを低減させている。
【0003】
しかしながら、従来法による非特異吸着防止剤を添加しても、なお、非特異的な吸着が残り、さらに、生体由来の非特異吸着防止剤を用いる場合、BSEに代表される生物汚染の問題があることなどから、化学合成による高性能の非特異吸着防止剤の開発が望まれている。
【0004】
化学合成による非特異吸着防止剤としては、特開平10−153599号公報や特開平11−352127号公報にポリオキシエチレンを有するポリマー、ならびに、特許第3443891号に特定のメタクリル系共重合体が提案されているが、これらの非特異吸着防止効果は不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−153599号公報
【特許文献2】特開平11−352127号公報
【特許文献3】特許第3443891号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、化学発光免疫診断測定等において使用する固相表面や器具・容器などへのタンパクなどの生体関連物質の非特異吸着を防止することができる生体関連物質の非特異吸着防止剤、ならびに、該非特異吸着防止剤を用いた物品のコーティング方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、この課題を解決するために、特定の組成の共重合ポリマーが生体関連物質に対する高い非特異吸着防止効果を有することを見いだし、本発明を完成した。
【0008】
本発明の一態様に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は、
下記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と、下記一般式(2)で表される繰り返し単位(B)とを有する共重合体を含有する。
【0009】
【化1】

・・・・・(1)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Zは下記式(1a)または(1b)で表される基を示す。)
【0010】
【化2】

・・・・・(1a)
(式中、RおよびRは独立して、水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、或いは、水酸基、カルボキシル基、アルコキシ基、アシロキシ基、およびアルコキシカルボニル基から選ばれる少なくとも1つの基で置換された炭素数1〜8のアルキル基である。)
【0011】
【化3】

・・・・・(1b)
(式中、RおよびRは独立して、単結合、メチレン、水酸基またはカルボキシル基で置換されたメチレン、炭素数2〜7のアルキレン基、或いは水酸基またはカルボキシル基で置換された炭素数2〜7のアルキレン基であり(ただし、RおよびRの炭素数の合計は4〜10である。)、RおよびRの少なくとも一方がエーテル結合を有していてもよく、Yは単結合、O、Sの何れかを示す。)
【0012】
【化4】

・・・・・(2)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rはフェニル基または−CO(ここで、Rは炭素数1〜12の置換または非置換のアルキル基、脂環式炭化水素基、または芳香族炭化水素基を示す。)で表される基を示す。)
【0013】
本発明において、生体関連物質とは脂質、タンパク質、糖類、または核酸類をいう。
【0014】
上記生体関連物質の非特異吸着防止剤において、上記一般式(1)において、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rは水素原子、メチル基、およびヒドロキシエチル基から選ばれる少なくとも1種を示すものであることができる。
【0015】
上記生体関連物質の非特異吸着防止剤において、前記繰り返し単位(B)は、水への溶解度が20%未満である少なくとも1種のモノマーに由来する構造であることができる。
【0016】
上記生体関連物質の非特異吸着防止剤において、上記一般式(2)において、Rは、水素原子またはメチル基を示し、Rは、−CO基を示し、Rは、メチル基、エチル基、およびメトキシエチル基から選ばれる少なくとも1種を示すものであることができる。
【0017】
上記生体関連物質の非特異吸着防止剤において、前記共重合体がさらに、下記一般式(3)で表される繰り返し単位(C)を含むことができる。
【0018】
【化5】

・・・・・(3)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rは少なくとも1個のアルド基またはケト基を有する有機基を示す。)
【0019】
上記生体関連物質の非特異吸着防止剤は、一分子当たり少なくとも2個のヒドラジノ基を有するヒドラジド化合物(H)をさらに含むことができる。
【0020】
本発明の一態様に係る物品のコーティング方法は、上記生体関連物質の非特異吸着防止剤を含有する溶液に物品を接触させる工程を含む。
【発明の効果】
【0021】
上記生体関連物質の非特異吸着防止剤によれば、上記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と、上記一般式(2)で表される繰り返し単位(B)とを有する共重合体を含有することにより、高い非特異吸着防止効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤、ならびに、該非特異吸着防止剤を用いた物品のコーティング方法について、具体的に説明する。
【0023】
1.生体関連物質の非特異吸着防止剤
1.1.生体関連物質の非特異吸着防止剤の構成
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は、下記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と、下記一般式(2)で表される繰り返し単位(B)とを有する共重合体を含有する。
【0024】
【化6】

・・・・・(1)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Zは下記式(1a)または(1b)で表される基を示す。)
【0025】
【化7】

・・・・・(1a)
(式中、RおよびRは独立して、水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、或いは、水酸基、カルボキシル基、およびアルコキシ基から選ばれる少なくとも1つの基で置換された炭素数1〜8のアルキル基である。)
【0026】
【化8】

・・・・・(1b)
(式中、RおよびRは独立して、単結合、メチレン、水酸基またはカルボキシル基で置換されたメチレン、炭素数2〜7のアルキレン基、或いは水酸基またはカルボキシル基で置換された炭素数2〜7のアルキレン基であり(ただし、RおよびRの炭素数の合計は4〜10である。)、RおよびRの少なくとも一方がエーテル結合を有していてもよく、Yは単結合、O、Sの何れかを示す。)
【0027】
【化9】

・・・・・(2)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rはフェニル基または−CO(ここで、Rは炭素数1〜12の置換または非置換のアルキル基、脂環式炭化水素基、または芳香族炭化水素基を示す。)で表される基を示す。)
【0028】
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は、その一部に上記共重合体を含んでいてもよく、あるいは、上記共重合体のみから構成されていてもよい。
【0029】
1.2.生体関連物質の非特異吸着防止剤の物性および用途
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤において、上記共重合体の数平均分子量は、通常1,000〜1,000,000であり、好ましくは2,000〜100,000であり、より好ましくは3,000〜50,000である。また、上記共重合体の分子量分布は、典型的には、重量平均分子量/数平均分子量が1.5〜3である。上記共重合体の数平均分子量が上記範囲未満であると、非特異吸着防止効果が不十分である場合があり、一方、上記共重合体の数平均分子量が上記範囲より大きいと、溶液の粘度が増加してコーティングやハンドリングが困難になる場合があるからである。
【0030】
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤が含有する共重合体は水溶性である。本発明において、「水溶性である」とは、25℃で1%のポリマー固形分となるように水に共重合体を添加・混合したときに、目視で透明または半透明に溶解することをいう。
【0031】
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は、高い非特異吸着防止効果を有する。本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は、具体的には以下のように作用することができる。
【0032】
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤においては、上記共重合体の繰り返し単位(B)の疎水性結合によって、容器・器具などの壁面に非特異吸着防止剤を吸着させることができ、かつ、繰り返し単位(A)によって壁面が親水性されることにより、タンパク質、脂質などの非特異吸着を防止することができる。
【0033】
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤においては、特に繰り返し単位(A)と繰り返し単位(B)とがバランス化された共重合体を含むことにより、吸着速度が速いため、タンパク質などの非特異吸着原因物質が容器・器具などの壁面に吸着するのを効果的に防止することができる。
【0034】
また、本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤においては、上記共重合体の繰り返し単位(B)がタンパク質と相互作用し、かつ、繰り返し単位(A)が水に対する分散作用を有するため、タンパク質がコンフォメーションを変化させて疎水化することを防ぎ、タンパク質を水溶媒に可溶化させることができる。
【0035】
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は例えば、容器・器具などへコーティングする方法や、診断薬の希釈剤、反応溶媒、または保存剤へ添加する方法によりタンパクなどの非特異吸着を強力に防止する効果を有する。すなわち、本発明の一実施形態に係る物品のコーティング方法は、本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤を含有する溶液に物品を接触させる工程を含む。
【0036】
また、本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は、免疫診断薬の希釈液として用いることにより、非特異検体のシグナルを抑制することができる。
【0037】
さらに、本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤は例えば、臨床診断薬として使用される標識抗体、標識抗原、酵素、一次抗体、一次抗原の安定化剤、血漿製剤に含まれるタンパクの安定化剤、コンタクトレンズの洗浄に使用される酵素などの安定化剤などとして、タンパク溶液中に添加することにより、タンパクの活性を長期間にわたり維持させる効果を有する。
【0038】
1.3.繰り返し単位(A)
上記共重合体において、上記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)は、高い非特
異吸着防止効果の発現に寄与することができる。
【0039】
上記一般式(1a)において、R、Rで表される炭素数1〜8の置換または非置換のアルキル基としては、直鎖または分岐の置換または非置換のアルキル基が挙げられ、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ならびにこれらの基が例えば水酸基、アルコキシ基等の官能基で置換された基が挙げられる。
【0040】
より具体的には、上記一般式(1)において、上記一般式(1)において、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rは水素原子、メチル基、およびヒドロキシエチル基から選ばれる少なくとも1種を示すものであることが好ましい。
【0041】
また、上記一般式(1b)に相当する環構造の例としては、ピロリジノ基、ピペリジノ基、モルホリノ基、チオモルホリノ基等を挙げることができる。
【0042】
1.4.繰り返し単位(B)
上記共重合体において、上記一般式(2)で表される繰り返し単位(B)は、共重合体の親水/疎水バランスを疎水側にずらすことにより、より高い非特異吸着防止効果の発現に寄与することができる。
【0043】
上記一般式(2)において、Rで表される炭素数1〜12の置換または非置換のアルキル基としては、直鎖または分岐の置換または非置換のアルキル基が挙げられ、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ならびにこれらの基が例えば水酸基、アルコキシ基等の官能基で置換された基が挙げられる。
【0044】
また、上記一般式(2)において、Rで表される脂環式炭化水素基としては、例えば、イソボニル基、シクロヘキシル基が挙げられ、Rで表される芳香族炭化水素基としては、例えばベンジル基が挙げられる。
【0045】
また、上記一般式(2)において、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rが−COで表される基であって、Rはメチル基、エチル基、およびメトキシエチル基から選ばれる少なくとも1種を示すものであるのが好ましい。
【0046】
また、上記共重合体において、繰り返し単位(A)および繰り返し単位(B)をそれぞれ、少なくとも1種以上含有していてもよい。なお、上記共重合体は、繰り返し単位(A)および繰り返し単位(B)以外のその他の繰り返し単位(C)を含有していてもよい。
【0047】
1.5.繰り返し単位(C)
本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤において、上記共重合体はさらに、下記一般式(3)で表される繰り返し(C)単位を含むことができる。上記共重合体において、繰り返し単位(C)は、形成される被膜(非特異吸着防止剤層)の耐久性の向上に寄与することができる。
【0048】
【化10】

・・・・・(3)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rは少なくとも1個のアルド基またはケト基を有する有機基を示す。)
【0049】
本発明において、アルド基とは炭素原子に結合したアルデヒドを意味し、ケト基とは2個の炭素原子と結合したカルボニル基を意味し、カルボキシル基やアミド基は含まない。
【0050】
上記一般式(3)において、Rは好ましくは水素原子である。Rは好ましくは、ホルミル基、ホルミルフェニル基、下記一般式(4)で示されるアルド基を含有するエステル基、下記一般式(5)で示されるアルド基を含有するアミド基などのアルド基を有する有機基;
【0051】
【化11】

・・・・・(4)
(式中、R10〜R13は独立して、水素原子、メチル基、またはエチル基である。)
【0052】
【化12】

・・・・・(5)
(式中、R14〜R17は独立して、水素原子、メチル基、またはエチル基である。)
【0053】
アセチル基、アセチルフェニル基、下記一般式(6)で示されるケト基を含有するエステル基、下記一般式(7)で示されるケト基を含有するアミド基などのケト基を有する有機基である。
【0054】
【化13】

・・・・・(6)
(式中、R18〜R21は独立して、水素原子、メチル基、またはエチル基である。)
【0055】
【化14】

・・・・・(7)
(式中、R22〜R25は独立して、水素原子、メチル基、またはエチル基である。)
【0056】
としてより好ましい有機基は、ホルミル基、アセチル基、および下記式(8)で示される有機基であり、最も好ましい有機基は、下記式(8)で示される有機基である。
【0057】
【化15】

・・・・・(8)
【0058】
1.6.ヒドラジド化合物(H)
ヒドラジド化合物(H)は、一分子中に少なくとも2個のヒドラジノ基を有するものである。このようなヒドラジド化合物(H)としては、例えば、シュウ酸ジヒドラジド、マロン酸ジヒドラジド、コハク酸ジヒドラジド、グルタル酸ジヒドラジド、アジピン酸ジヒドラジド、セバシン酸ジヒドラジド、フタル酸ジヒドラジド、イソフタル酸ジヒドラジド、テレフタル酸ジヒドラジド、マレイン酸ジヒドラジド、フマル酸ジヒドラジド、イタコン酸ジヒドラジド等の合計炭素数が2〜10、特に4〜6のジカルボン酸ジヒドラジド類;クエン酸トリヒドラジド、ニトリロ酢酸トリヒドラジド、シクロヘキサントリカルボン酸トリヒドラジド、エチレンジアミン四酢酸テトラヒドラジド等の3官能以上のヒドラジド類;エチレン−1,2−ジヒドラジン、プロピレン−1,2−ジヒドラジン、プロピレン−1,3−ジヒドラジン、ブチレン−1,2−ジヒドラジン、ブチレン−1,3−ジヒドラジン、ブチレン−1,4−ジヒドラジン、ブチレン−2,3−ジヒドラジン等の合計炭素数が2〜4の脂肪族ジヒドラジン類等の水溶性ジヒドラジンや、これらの多官能性ヒドラジン誘導体の少なくとも一部のヒドラジノ基を、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ブチルアルデヒド、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチル−
n−プロピルケトン、メチル−n−ブチルケトン、ジアセトンアルコール等のカルボニル化合物と反応させることによりブロックした化合物、例えば、アジピン酸ジヒドラジドモノアセトンヒドラゾン、アジピン酸ジヒドラジドジアセトンヒドラゾン等を挙げることができる。これらのヒドラジド化合物(H)のうち、アジピン酸ジヒドラジド、セバシン酸ジヒドラジド、イソフタル酸ジヒドラジド、およびアジピン酸ジヒドラジドジアセトンヒドラゾンから選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。ヒドラジド化合物(H)は、単独でまたは2種以上を混合して使用することができる。
【0059】
ヒドラジド化合物(H)の使用量は、上記共重合体中のアルド基およびケト基の合計量とヒドラジド化合物(H)のヒドラジノ基とのモル当量比が、1:0.1〜5、好ましくは1:0.5〜1.5、さらに好ましくは1:0.7〜1.2の範囲となる量であることが好ましい。この場合、ヒドラジノ基がアルド基およびケト基の合計1当量に対して、0.1当量未満であると、形成される被膜(非特異吸着防止剤層)の耐久性が劣る場合があり、一方、5当量を超えると、非特異吸着防止効果が低下する場合がある。
【0060】
ヒドラジド化合物(H)は、本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤を調製する適宜の工程で配合することができるが、上記共重合体の製造時における重合安定性を維持するためには、ヒドラジド化合物(H)の全量を、上記共重合体の製造後に配合することが好ましい。
【0061】
ヒドラジド化合物(H)は、本実施形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤の施用後の乾燥過程で、そのヒドラジノ基が上記共重合体のケト基および/またはアルド基と反応して、親水性の網目構造を形成し、非特異吸着防止剤層を架橋させる作用を有する。この架橋反応は、通常触媒を用いなくても常温で進行するが、必要に応じて、硫酸亜鉛、硫酸マンガン、硫酸コバルト等の水溶性金属塩等の触媒を添加したり、あるいは、加熱乾燥したりすることにより、促進させることができる。
【0062】
2.生体関連物質の非特異吸着防止剤の製造
次に、上記共重合体を製造するために使用するモノマー組成について説明する。
【0063】
2.1.モノマー(a)
繰り返し単位(A)は、少なくとも1種のモノマー(a)に由来する構造を有する。モノマー(a)は、アクリルアミドおよびアクリルアミドのN−置換モノマーから選ばれる少なくとも1種のモノマーであることが好ましい。
【0064】
アクリルアミドのN−置換モノマーとしては、例えば、N,N−ジメチルアクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド、N−ヒドロキシエチルアクリルアミド、アクリロイルモルホリン、アクリロイルピロリジン、アクリロイルピペリジンなどを挙げることができる。
【0065】
モノマー(a)として、より好ましくは、アクリルアミド、N−ヒドロキシエチルアクリルアミド、およびN,N−ジメチルアクリルアミドから選ばれる少なくとも1種であり、さらに好ましくは、N,N−ジメチルアクリルアミドまたはN,N−ジメチルアクリルアミドおよびN,N−ジエチルアクリルアミドの組み合わせである。
【0066】
2.2.モノマー(b)
繰り返し単位(B)は、少なくとも1種のモノマー(b)に由来する構造を有する。モノマー(b)は、水への溶解度が20%未満である少なくとも1種のモノマーである。
【0067】
本発明において、「水への溶解度が20%未満であるモノマー」とは、25℃の水にお
けるモノマー濃度が20%になるようにモノマーを添加して攪拌した後に、モノマーが水相から分離することを目視で確認できるモノマーのことをいう。
【0068】
モノマー(b)の水への溶解度が20%未満であることにより、より高い非特異吸着防止効果を発現することができる。
【0069】
モノマー(b)としては、例えば、(メタ)アクリル酸メトキシエチル、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ラウリル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸イソボニル、(メタ)アクリル酸ベンジル、スチレンなどを挙げることができる。モノマー(b)としてより好ましくは、メタクリル酸メチル、アクリル酸エチル、およびアクリル酸メトキシエチルから選ばれる少なくとも1種である。
【0070】
2.3.モノマー組成および重合
本実施の形態に係る生体関連物質の非特異吸着防止剤において、上記共重合体は、繰り返し単位(A)および(B)の他に、繰り返し単位(C)を含んでも良く、さらに繰り返し単位(D)を含んでも良い。
【0071】
モノマー(c)は、繰り返し単位(C)を形成するための成分であり、モノマー(d)は、繰り返し単位(D)を形成するための成分である。すなわち、繰り返し単位(C)は、少なくとも1種のモノマー(c)に由来する構造を有し、繰り返し単位(D)は、少なくとも1種のモノマー(d)に由来する構造を有する。
【0072】
モノマー(c)は好ましくは、アクロレイン、ホルミルスチレン、ビニルメチルケトン、ビニルフェニルケトン、上記式(4)〜(7)で表される基を有する(メタ)アクリレート、(メタ)アクリルアミド類から選ばれる少なくとも1種であり、共重合性の点で、より好ましくは、アクロレイン、ビニルメチルケトン、およびダイアセトンアクリルアミドから選ばれる少なくとも1種であり、さらにモノマーの安全性の点で、最も好ましくは、ダイアセトンアクリルアミドである。
【0073】
その他のモノマー(d)として、1〜10重量%のアニオン性モノマー、特に、スチレンスルホン酸、イソプレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸などを、モノマー(a)およびモノマー(b)(さらに必要に応じてモノマー(c))と共重合して共重合体を製造することにより、免疫診断薬の希釈液として用いた場合に非特異検体のシグナル抑制効果が得られる場合がある。
【0074】
上記共重合体を製造するためのモノマー組成は、全モノマーを100重量%として、好ましくは、モノマー(a)30〜99重量%、モノマー(b)1〜70重量%、モノマー(c)0〜49重量%、およびその他のモノマー(d)0〜49重量%であり、より好ましくは、モノマー(a)40〜95重量%、モノマー(b)5〜60重量%、モノマー(c)0〜30重量%、およびその他のモノマー(d)0〜20重量%である。特に耐久性が必要な場合のモノマー組成は、全モノマーを100重量%として、好ましくは、モノマー(a)30〜97重量%、モノマー(b)1〜68重量%、モノマー(c)2〜49重量%、およびその他のモノマー(d)0〜49重量%である。
【0075】
モノマー(a)、(b)が上記範囲を外れると、非特異吸着防止効果に劣る場合がある。また、モノマー(c)が2重量%未満であると耐久性に劣る場合があり、49重量%を超えると非特異吸着防止効果に劣る場合がある。
【0076】
使用するモノマーは、工業用原料として入手することができるものを精製して、あるいは、未精製のまま、共重合に使用することができる。
【0077】
モノマーの重合は、例えば、ラジカル重合、アニオン重合、カチオン重合など公知の重合法で行うことができ、製造が容易であることから、好ましくはラジカル重合である。
【0078】
また、モノマーの重合は、公知の溶媒、開始剤、連鎖移動剤などと共に攪拌・加熱することにより実施される。重合時間は、通常30分〜24時間、重合温度は、0〜120℃程度である。
【0079】
重合後の共重合体水溶液は、透析膜、ダイアライザー、アシライザー等により精製することが好ましい。
【0080】
3.実施例および比較例
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって制限されるものではない。
【0081】
なお、本実施例では、重量平均分子量(Mw)および数平均分子量(Mn)は,東ソー社製 TSKgel α−Mカラムを用い、流量1ミリリットル/分、溶出溶媒は0.1mM塩化ナトリウム水溶液/アクリロニトリル混合溶媒、カラム温度40℃の分析条件で、単分散ポリエチレングリコールを標準とするゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定された。吸光度は、日本バイオ・ラッドラボラトリーズ社製モデル680マイクロプレートリーダーにより測定された。
【0082】
3.1.実施例1
3.1.1.非特異吸着防止剤(N−1)の合成
モノマー(a)としてジメチルアクリルアミド60g、および、ジエチルアクリルアミド30g、モノマー(b)としてメタクリル酸メチル10g、連鎖移動剤としてシステアミン塩酸塩1gを水900gに混合して攪拌機付きセパラブルフラスコに入れた。これに窒素を吹き込みながら、70℃まで昇温し、開始剤として2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオンアミジン)ジハイドロクロライド2gを添加した後、2時間重合を続け、さらに80℃に昇温して3時間エージングした後、室温まで冷却した。得られた共重合体溶液をダイアライザーにより精製し、さらに凍結乾燥することにより、本実施例の非特異吸着防止剤(N−1)95gを得た。
【0083】
非特異吸着防止剤(N−1)のGPCによる数平均分子量は8,000であり、重量平均分子量16,000であった。
【0084】
3.1.2.非特異吸着防止効果の測定
非特異吸着防止剤(N−1)の0.5%水溶液をポリスチレン製96穴プレート(以下、「96穴プレート」という。)に満たし、37℃で30分間インキュベートした後、交換水で5回洗浄した。次に、西洋ワサビパーオキシダーゼ標識マウスIgG抗体(ミリポア社製「AP124P」)水溶液を96穴プレートに満たし、室温で30分間インキュベートした後、PBSバッファーで3回洗浄し、TMB(3,3’,5,5’−テトラメチルベンジデン)/過酸化水素水/硫酸で発色させて450nmの吸光度を測定した。
【0085】
3.2.実施例2、3
モノマーとして表1に示すモノマー比とした以外は実施例1と同様の操作を行った。
【0086】
3.3.比較例1
実施例1において、モノマー(a)としてジメチルアクリルアミド60g、および、ジエチルアクリルアミド30g、モノマー(b)としてメタクリル酸メチル10gを用いた代わりに、モノマーとしてジエチルアクリルアミド100gのみを用いた以外は、「3.1.1.非特異吸着防止剤(N−1)の合成」と同様の方法にて、共重合ポリマー(X−1)を得た。
【0087】
共重合ポリマー(X−1)のGPCによる数平均分子量は5,200であり、重量平均分子量13,000であった。
【0088】
また、「3.1.2.非特異吸着防止効果の測定」と同様の方法にて、共重合ポリマー(X−1)を用いた場合の吸光度を測定した。
【0089】
3.4.比較例2
実施例1において、モノマー(a)としてジメチルアクリルアミド60g、および、ジエチルアクリルアミド30g、モノマー(b)としてメタクリル酸メチル10gを用いた代わりに、モノマーとしてジメチルアクリルアミド100gのみを用いた以外は、「3.1.1.非特異吸着防止剤(N−1)の合成」と同様の方法にて、共重合ポリマー(X−2)を得た。
【0090】
共重合ポリマー(X−2)のGPCによる数平均分子量は9,800であり、重量平均分子量は20,000であった。
【0091】
また、「3.1.2.非特異吸着防止効果の測定」と同様の方法にて、共重合ポリマー(X−2)を用いた場合の吸光度を測定した。
【0092】
3.5.比較例3
実施例1において、非特異吸着防止剤(N−1)の代わりにウシ血清アルブミン(BSA)を用いて、「3.1.2.非特異吸着防止効果の測定」と同様の方法にて、BSAを用いた場合の吸光度を測定した。
【0093】
3.6.比較例4
実施例1において、モノマー(a)としてジメチルアクリルアミド60g、および、ジエチルアクリルアミド30g、モノマー(b)としてメタクリル酸メチル10gを用いた代わりに、モノマーとしてメタクリル酸メチル100gのみを用いた以外は、「3.1.1.非特異吸着防止剤(N−1)の合成」と同様の方法を行ったが、開始剤添加数分後、多量の白色凝固物が発生したため、重合を中止した。
【0094】
3.7.比較例5
実施例1において、非特異吸着防止剤(N−1)の代わりに市販のポリビニルピロリドンを用いて、「3.1.2.非特異吸着防止効果の測定」と同様の方法にて、BSAを用いた場合の吸光度を測定した
3.8.測定結果
以上の実施例および比較例における非特異吸着防止効果の測定結果を表1に示す。
【0095】
【表1】

【0096】
表1によれば、実施例1〜3にかかる生体関連物質の非特異吸着防止剤を用いることにより、モノマー(a)に相当するジエチルアクリルアミドやジメチルアクリルアミドのみに由来する高分子や、ウシ血清アルブミンを用いた場合に比べて、96穴プレートに対するマウスIgG抗体の非特異吸着量を著しく低減できることが確認された。
【0097】
3.9.実施例4
3.9.1.非特異吸着防止剤(N−4)の合成
実施例1において、モノマー(a)としてジメチルアクリルアミド60gおよびジエチルアクリルアミド30g、モノマー(b)としてメタクリル酸メチル10gを用いた代わりに、モノマー(a)としてジメチルアクリルアミド56gおよびジエチルアクリルアミド16g、モノマー(b)としてメタクリル酸メチル8g、モノマー(c)としてダイアセトンアクリルアミド20gを用いた以外は、「3.1.1.非特異吸着防止剤(N−1)の合成」と同様の方法にて、共重合ポリマーである非特異吸着防止剤(N−4)を得た。
【0098】
非特異吸着防止剤(N−4)のGPCによる数平均分子量は9,000であり、重量平均分子量25,000であった。
【0099】
また、「3.1.2.非特異吸着防止効果の測定」と同様の方法にて、非特異吸着防止剤(N−4)を用いた場合の吸光度を測定した。
【0100】
3.9.2.界面活性剤による洗浄後の非特異吸着防止効果の測定
非特異吸着防止剤(N−4)の0.5%水溶液を96穴プレートに満たし、37℃で30分間インキュベートした後、交換水で洗浄し、エアーガンで残余の水を吹き飛ばした。これを40℃で3時間乾燥した。さらに界面活性剤であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレートで3回洗浄した。次に、西洋ワサビパーオキシダーゼ標識マウスIgG抗体(ミリポア社製「AP124P」)水溶液を96穴プレートに満たし、室温で30分間インキュベートした後、PBSバッファーで3回洗浄し、TMB(3,3’,5,5’−テトラメチルベンジデン)/過酸化水素水/硫酸で発色させて450nmの吸光度を測定した。
【0101】
3.10.実施例5
非特異吸着防止剤(N−4)10gに対し、アジピン酸ジヒドラジド1gを添加して、非特異吸着防止剤(N−4)とアジピン酸ジヒドラジドとを含む0.55%水溶液を使用して、非特異吸着防止効果の測定および界面活性剤による洗浄後の非特異吸着防止効果の
測定を実施した。
【0102】
3.11.比較例6
BSAを使用して、非特異吸着防止効果の測定および界面活性剤による洗浄後の非特異吸着防止効果の測定を実施した。
【0103】
3.12.測定結果
以上の実施例4、5および比較例6における測定結果を表2に示す。
【0104】
【表2】

【0105】
表2によれば、実施例4および実施例5にかかる生体関連物質の非特異吸着防止剤を用いることにより、比較例6においてBSAを用いた場合と比較して、界面活性剤による洗浄後において非特異吸着を低減できることが確認された。特に、実施例5によれば、ヒドラジド化合物(H)を含有する非特異吸着防止剤を用いることにより、界面活性剤による洗浄後において非特異吸着を著しく低減できることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と、下記一般式(2)で表される繰り返し単位(B)とを有する共重合体を含有する、生体関連物質の非特異吸着防止剤。
【化16】

・・・・・(1)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Zは下記式(1a)または(1b)で表される基を示す。)
【化17】

・・・・・(1a)
(式中、RおよびRは独立して、水素原子、炭素数1〜8のアルキル基、或いは、水酸基、カルボキシル基、アルコキシ基、アシロキシ基、およびアルコキシカルボニル基から選ばれる少なくとも1つの基で置換された炭素数1〜8のアルキル基である。)
【化18】

・・・・・(1b)
(式中、RおよびRは独立して、単結合、メチレン、水酸基またはカルボキシル基で置換されたメチレン、炭素数2〜7のアルキレン基、或いは水酸基またはカルボキシル基で置換された炭素数2〜7のアルキレン基であり(ただし、RおよびRの炭素数の合計は4〜10である。)、RおよびRの少なくとも一方がエーテル結合を有していてもよく、Yは単結合、O、Sの何れかを示す。)
【化19】

・・・・・(2)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rはフェニル基または−CO(ここで、Rは炭素数1〜12の置換または非置換のアルキル基、脂環式炭化水素基、または芳香族炭化水素基を示す。)で表される基を示す。)
【請求項2】
上記一般式(1)において、
は、水素原子またはメチル基を示し、
は、水素原子、メチル基、およびヒドロキシエチル基から選ばれる少なくとも1種を示す、請求項1に記載の生体関連物質の非特異吸着防止剤。
【請求項3】
前記繰り返し単位(B)は、水への溶解度が20%未満である少なくとも1種のモノマーに由来する構造である、請求項1または2に記載の生体関連物質の非特異吸着防止剤。
【請求項4】
上記一般式(2)において、
は、水素原子またはメチル基を示し、
は、−CO基を示し、
は、メチル基、エチル基、およびメトキシエチル基から選ばれる少なくとも1種を示す、請求項1ないし3のいずれかに記載の生体関連物質の非特異吸着防止剤。
【請求項5】
前記共重合体がさらに、下記一般式(3)で表される繰り返し単位(C)を含む、請求項1ないし4のいずれかに記載の生体関連物質の非特異吸着防止剤。
【化20】

・・・・・(3)
(式中、Rは水素原子またはメチル基を示し、Rは少なくとも1個のアルド基またはケト基を有する有機基を示す。)
【請求項6】
一分子当たり少なくとも2個のヒドラジノ基を有するヒドラジド化合物(H)をさらに含む、請求項1ないし5のいずれかに記載の生体関連物質の非特異吸着防止剤。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載の生体関連物質の非特異吸着防止剤を含有する溶液に物品を接触させる工程を含む、物品のコーティング方法。

【公開番号】特開2012−189605(P2012−189605A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−118406(P2012−118406)
【出願日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【分割の表示】特願2008−61119(P2008−61119)の分割
【原出願日】平成20年3月11日(2008.3.11)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【Fターム(参考)】