説明

生体高分子結晶生成装置及び方法

本発明は、簡単にかつ効率的に生体高分子結晶を得ることができる生体高分子結晶生成装置及び生成方法である。本発明では、生体高分子試料を収容した第一容器、生体高分子の結晶化に際して緩衝剤として作用するゲルを収容した第二容器、及び生体高分子の結晶化に際して分子の凝集化を促進するための機能を果たす沈殿化剤溶液を収容した第三容器をそれぞれ準備し、これらを所定の態様で結合して生体高分子試料と沈殿化剤溶液とをゲルを介して接触させることにより生体高分子の結晶化を行わせるようにする。
本発明によれば、多種、多数の蛋白質結晶用試料が必要となる場合であっても、所望の生体高分子溶液に対応した所望のゲル及び沈殿化剤溶液を備えた生体高分子結晶生成装置を迅速容易に得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、生体高分子結晶化装置のうち、液−液拡散法による生体高分子結晶化に関する。
【背景技術】
ポストゲノム時代と呼ばれる現代においては、これまでの発見的手法による研究ではなく、網羅的なゲノムデータに基づき、様々な構造の生体高分子を発現させ、その分子構造と機能を明らかにし、この結果に基づいて人工的に分子構造を設計してより高機能の医薬品分子や生体高分子を作成し、創薬、生物科学、医学あるいは産業に応用していく時代である。分子構造解析をより精度高く行うためには、高品質な生体高分子結晶の取得が必須となるため、生体高分子の結晶化実験は非常に基本的かつ重要なステップである。このような状況のもと、まず結晶化実験の条件スクリーニングを簡便かつ迅速に行い、得られた最適結晶化条件をもとに高品質結晶を作成することは社会的要請でもある。生体高分子結晶化手法としては主に蒸気拡散法、バッチ法、透析法、液−液拡散法などがある。
従来では、蒸気拡散法が最も広く用いられてきた。この理由は、この方法が比較的簡便であり過去に多くの研究者たちが結晶化に関する多くの情報を蓄積していることや、蒸気拡散法を使用した製品やスクリーニングキットが数多く市販されているからである。
しかし、蒸気拡散法で最適な結晶化条件を見つけるためには、多数の生体高分子試料と沈殿化剤溶液の濃度の組み合わせを作り、結晶化実験を試行する必要がある。これは、蒸気拡散法による結晶化条件の検索では、1個のサンプルドロップはある初期条件から、リザーバの沈殿化剤溶液濃度で定まる終了条件までの間の直線状の区間しか条件検索できないからである。一方、細管中における液−液拡散を用いた結晶化法では、ほとんどすべての濃度条件を1本の細管内のいずれかの点において経時的に実現できる。したがって、細管内での液−液拡散法は、結晶化の最適条件を見つける手法として、簡便かつ効率的であると言える。
従来の液−液拡散法では、細管内における生体高分子の結晶化においては、まず、管内に生体高分子試料と沈殿化剤溶液を混ざらないように重層する方法がとられてきた。この場合、生体高分子試料と沈殿化剤溶液とはその境界面を通して互いに拡散する。通常、生体高分子試料より沈殿化剤溶液の方が拡散速度が速いので、生体高分子試料の領域で結晶化が開始する。
この手法において、近年、生体高分子の結晶進行緩衝する機能を有するゲル層を通して両溶液を拡散させる方法が考え出された。この方法を用いると、二つの溶液を重層する際に溶液が混ざらないように注意する必要がない。ゲルを介することにより、両溶液の拡散速度が抑制され、拡散に時間がかかることも大きな特徴である。一般にゆっくりと成長した生体高分子結晶の方が良質であるため、時間をかけて拡散を生じさせることが望ましい。
上記のような従来のゲルを介在させる液−液拡散を利用した生体高分子結晶生成技術においては、容器にゲル層を形成し、そこに生体高分子試料を収容した細管を容器の中に入れ、細管の先端を所定長さだけゲル層の中に挿入する。挿入した後、沈殿化剤溶液をゲル層の上に充填することによってゲル層と沈殿化剤溶液層との二層構造を形成する。
この状態で時間が経過すると、沈殿化剤層の沈殿化剤溶液は、ゲル層内に拡散し、さらに生体高分子試料を収容した細管の先端から細管内の生体高分子試料溶液中に拡散する。このような状態で細管内で沈殿化剤溶液と生体高分子試料とが接触して生体高分子の結晶が生成する環境が生じる。そして時間の経過とともに沈殿化剤溶液の拡散が進行して、細管先端から内部に向かって、濃度が減少するような濃度勾配を持つ。一方、細管内の生体高分子試料は逆にゲル中に拡散することによって細管内部の生体高分子試料には、細管内部から先端に向かって濃度が減少する濃度勾配が生じる。
このような互いの濃度勾配の存在によって生体高分子の結晶成長に最適な接点が高い確率で生じ、良好な結晶を得ることができる。
しかし、上記の従来の結晶生成手法では、細管内生体高分子試料が編出しやすく、また細管をゲル層内に均一かつ一定の長さ入れることが技術的に難く、多数ある多種の試料を作成する必要がある場合には、ばらつきが生じ、結果的に結晶の品質あるいは歩留りが悪くなるという問題が指摘されていた。
また、上記の方法では、多くの生体高分子の試料結晶を必要とする今日の研究のニーズに十分対応できないという問題がある。
また、装置の構造上、多量の沈殿化剤溶液及びゲルが無駄に消費されるという問題もある。
【発明の開示】
本発明は上記のような事情に鑑みて提供されたもので、簡単にかつ効率的に生体高分子結晶を得ることができる生体高分子結晶生成装置及びその生成方法を提供することを目的とする。
別の観点では、良好な生体高分子結晶を得ることができる結晶生成装置及び生成方法を提供することを目的とする。
上記目的を達成するために、本発明の生体高分子結晶生成装置は、生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器と、
前記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器と、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した少なくとも一つの開口部を有する第三容器とを備え、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第三容器内の沈殿化剤溶液とが前記第二容器内のゲルを介して拡散し前記沈殿化剤溶液が前記第一容器内において前記生体高分子試料と接触するように構成されたことを特徴とする。
好ましくは、前記第一容器の開口部が前記第二容器の一つの開口部に結合され、前記第二容器の他の一つの開口部が前記第三容器の前記一つの開口部に結合されている。
好ましくは、前記第二容器は弾性材料から構成されており、前記第一容器の開口部を有する端部が前記第二容器の一つの開口部を有する端部に挿入され、前記第三容器の開口部を有する端部が前記第二容器の他の一つの端部に挿入されて、第二容器の弾性力によって結合が維持される。
また、前記第一容器と第三容器とが前記第二容器に結合された状態で互いに相対的に変位可能になっていることが好ましい。
本発明の別の特徴によれば、生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器と、
前記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器と、
前記生体高分子試料と前記ゲルとが接触するように前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを結合させた状態で収容するとともに、前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三容器とを備え、
前記第二容器の他の一つの開口部において前記ゲルと前記沈殿化剤溶液とが接触し、前記沈殿化剤溶液が前記ゲルを介して前記第一容器内の生体高分子試料内に拡散するようになったことを特徴とする生体高分子結晶生成装置が提供される。
この場合好ましくは、前記第二容器が弾性材料で構成されており、前記第一容器の前記開口部を有する端部が前記第二容器の前記一つの開口部を有する端部に挿入されて前記第二容器の弾性力によって両者の結合状態が維持されるようになっている。
また、少なくとも前記生体高分子試料及び前記沈殿化剤溶液は密封されていることが望ましい。
本発明の別の特徴によれは、生体高分子試料を収容した開口端を有する第一管状容器と、記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した両端開口の第二管状容器と、
前記生体高分子試料と前記ゲルとが接触するように前記第一管状容器の前記開口端と前記第二管状容器の一つの開口端とを結合させた状態で収容するとともに、前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三管状容器とを備え、
前記第二管状容器の他方の開口端において前記ゲルと前記沈殿化剤溶液とが接触するように前記沈殿化剤溶液が前記第三管状容器に収容されていることを特徴とする生体高分子結晶生成装置が提供される。
好ましい態様では、前記第一管状容器が前記第二管状容器に挿入されて結合されることによって第一管状容器内の前記生体高分子試料と前記第二管状容器内の前記ゲルとが接触するようになっている。
また、前記第二管状容器は、弾性力によって前記第一管状部材の端部を収容してその結合状態を維持するようになっている。
また、別の好ましい態様では、前記第三管状容器は試験管状を成しており、その低部に前記沈殿化剤溶液が収容されており、前記第二管状容器の下部開口端が前記沈殿化剤溶液中に浸漬しており、これによって沈殿化剤溶液が第二管状容器中のゲルと接触し前記沈殿化剤溶液が前記ゲル中に拡散し、その後さらに生体高分子試料溶液中に拡散するようになっている。
さらに、好ましい態様では前記第一管状容器と前記第二管状容器との結合部を介して前記第一管状容器内の生体高分子試料が前記第二管状容器中のゲル内に拡散し、前記第二管状容器の他端側の開口部を介して沈殿化剤溶液が第二管状容器内のゲル及び前記第一管状容器内の生体高分子試料内に拡散するようになっている。
前記第一管状容器の第二管状容器と結合されていない側の端部及び第三管状容器の端部は密閉されている。
これによって、生体高分子試料及び沈殿化剤溶液の蒸発を防ぎ、成分変化の発生を防止することができ良好な制御性を維持することができる。
好ましい態様では、前記第一管状容器内において、第二管状容器内のゲルと前記生体高分子試料との接触界面から遠ざかる方向に生体高分子試料濃度が増大する一方、沈殿化剤溶液濃度が減少する濃度勾配が生じる。
本発明の別の特徴によれば、生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記ゲルとを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内のゲルとを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記ゲルを前記沈殿化剤溶液と接触させる段階を有することを特徴とする生体高分子結晶生成方法が提供される。
好ましい態様では、両端が開口した細長い管材料を用意し、
該管材料の一方の一つの開口端から生体高分子試料を管材料の内部に充填し、
前記管材料を所定の長さに切断して前記第一容器を形成する。
また、好ましくは、前記生体高分子試料を収容した貯留槽に前記管材料の一端を接続し、他端にバキュームポンプを接続して管材料の内部に負圧を生成しまたは毛細管現象により、これによって生体高分子試料を管材料に充填する。
さらに、前記生体高分子試料を充填したポンプを前記管材料の一端に接続し、ポンプを作動して前記管材料に生体高分子試料を充填するのが好ましい。
両端が開口した細長い管材料を用意し、
好ましい態様では、該管材料の一方の一つの開口端から前記ゲルを管材料の内部に充填し、
前記管材料を所定の長さに切断して前記第二容器を形成するようになっている。
また、別の好ましい態様では、前記ゲルを収容した貯留槽に前記管材料の一端を接続し、他端にバキュームポンプを接続して管材料の内部に負圧を生成し、これによってゲルを管材料に充填する。
さらに、前記ゲルを充填したポンプを前記管材料の一端に接続し、ポンプを作動して前記管材料にゲルを充填するのが好ましい。
前記管材料が弾性を有していても良い。
なお、ゲル以外に同様な機能を有する他の緩衝材、例えば、多孔質材料を用いてもよい。
本発明の別の特徴によれば、
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器と、
前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器と、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した少なくとも一つの開口部を有する複数個連結された第三容器とを備え、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第三容器内の沈殿化剤溶液とが前記第二容器内のゲルを介して拡散し前記沈殿化剤溶液が前記第一容器内において前記生体高分子試料と接触するように構成されたことを特徴とする生体高分子結晶生成装置が提供される。
さらに好ましい態様では、前記第三容器が前記第二容器との結合もしくは接続のための開口部以外に、開口部を備えており、該開口部に取り外し可能な密閉型蓋を備えている。
また別の好ましい態様では、生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記ゲルとを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容し、かつ複数個連結されて一体化された第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内のゲルとを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記ゲルを前記沈殿化剤溶液と接触させる段階を有することを特徴とする生体高分子結晶生成方法が提供される。
この場合好ましくは、前記第三容器は、前記第二容器との結合もしくは接続のための開口部以外に、開口部を備えており、該開口部に取り外し可能な密閉型蓋を有することにより、沈殿化剤溶液の調整および入れ替えを行う段階を有する。
さらに別の好ましい態様では、生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記ゲルとを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容し、かつ複数個連結されて一体化された第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内のゲルとを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記ゲルを前記沈殿化剤溶液と接触させる段階と、
前記ゲルと沈殿化剤溶液との接触開始後所定時間経過したのち、沈殿化剤溶液の一部または全部を交換する段階を備えたことを特徴とする生体高分子結晶生成方法が提供される。この場合、第三容器には、ゲルと接触する側とは反対側の端部に貫通穴が設けられており、この貫通穴を介して沈殿化剤溶液の交換が行われるようになっている。この貫通穴は、結晶化現象が生じている際には適宜封止される。封止は貫通穴を有する材料が高分子の場合には、加熱融着が一般的である。栓をすることによって封止してもよい。
以下、本発明の実施例について添付図面を参照して説明する。
【図面の簡単な説明】
図1は、本発明の生体高分子結晶生成装置10の概念図である。
図2は、本発明の1実施例にかかる生体高分子結晶生成装置10の概略構造を示す概略図である。
図3は、シリコンチューブ5の形成にかかる説明図である。
図4は、シリコンチューブ5に結合されたキャピラリー4を示す外観図である。
図5は、蛋白質として使用したリゾチームと沈殿化剤溶液として使用した塩化ナトリウムの濃度の経時変化を示すグラフである。
図6は、生成したリゾチームの結晶の顕微鏡写真である。
図7は、蛋白質として使用したアルファ−アミラーゼと沈殿化剤溶液として使用したポリエチレングリコールの濃度の経時変化を示すグラフである。
図8は、生成したアルファ−アミラーゼの結晶の顕微鏡写真である。
図9は、本発明に従う、他の構造にかかる生体高分子結晶装置の例を示す概略図である。
図10は、本発明に従う他の構造にかかる生体高分子結晶装置の例を示す概略図である。
図11は、本発明に従う、さらに他の構造にかかる生体高分子結晶装置の例を示す概略図である。
図12は、本発明に従う、さらに他の構造にかかる生体高分子結晶装置の例を示す概略図である。
図13は、本発明に従う、さらに他の構造にかかる生体高分子結晶装置の例を示す概略図である。
図14は、本発明に従う、さらに他の構造にかかる生体高分子結晶装置のシリンジケースユニット20の斜視図である。
図15は、本発明に従う、さらに他の構造にかかる生体高分子結晶装置のシリンジケースユニット20に組み込まれた生体高分子結晶生成装置10のセルの1つを示す断面図である。
図16(a)は、シリンジケースユニット20の平面図である。
図16(b)は、シリンジケースユニット20の断面図である。
図17(a)は、キャップ25の断面図である。
図17(b)は、キャップ25の平面図である。
図18は、一対のシリンジケースユニット20を部分的に折り重ねて収納ボックス8収納した状態を示す斜視図である。
図19は、図15は、本発明に従う、さらに他の構造にかかる生体高分子結晶装置のシリンジケースユニット20に組み込まれた生体高分子結晶生成装置10のセルの1つを示す断面図である。
図20は、キャップ40の断面図である。
図21は、ブッシュ30の断面図である。
図22は、生成したリゾチームの結晶の顕微鏡写真である。
図23は、蛋白質と沈殿化剤溶液の濃度の経時変化を示すグラフであって、結晶生成装置の動作開始後所定時間経過後に沈殿化剤溶液濃度を変化させるようにした場合の濃度変化を示す経時変化のグラフである。
発明を実施するための好ましい形態
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しつつ説明する。
図1を参照すると、本発明の1実施形態にかかる生体高分子試料すなわち、蛋白質溶液を用いてその蛋白質の結晶を生成するための生体高分子結晶生成装置10の概念図が示されている。
本例の生体高分子結晶生成装置10は、生体高分子試料(蛋白質溶液)1を収容した細管形状の第一容器すなわちキャピラリー4を備えている。さらに、同様に内部にゲル3を収容した細管形状の第二容器、シリコンチューブ5を備えている。シリコンチューブ5は両端が開口しており、内部円筒空間にゲルが予め充填された状態で準備される。ゲル3は上記生体高分子の結晶化現象が生じる際に結晶化溶液条件、開始時間および成長速度の緩衝材として機能する。さらに、結晶生成装置10は、蛋白質1の結晶化に際して蛋白質分子を凝集させ、結晶化を促進する機能を果たす沈殿化剤溶液2を収容した第三容器7を備えている。
本発明の1つの特徴は、生体高分子試料溶液を収容した第一容器、生体高分子の結晶化に際して緩衝剤として作用するゲルを収容した第二容器、及び生体高分子の結晶化に際して分子の凝集化を促進するための機能を果たす沈殿化剤溶液を収容した第三容器をそれぞれ準備し、これらを所定の態様で結合して生体高分子試料と沈殿化剤溶液とをゲルを介して接触させることにより生体高分子の結晶化を行わせるようにしたことである。この場合、上記第二容器内でゲルと沈殿化剤溶液とを混合したゲル化した沈殿化剤溶液を形成し、このゲル化沈殿化剤溶液と第一容器内の生体高分子試料と接触させるようにしても良い。
以下、図2以降を参照しつつ具体的な実施例について説明する。
まず、生体高分子(蛋白質)を収容した細管すなわちキャピラリー4を準備する。本実施例で使用した生体高分子試料(蛋白質溶液)が、第1表に示されている。本例のキャピラリー4はガラス製(11cm、内径0.3mm)であり、内部の管状空間に蛋白質溶液が収容される。この場合、キャピラリー4に所定量の蛋白質溶液を吸引して一方の開口端部を封管する。
つぎに、ゲル剤(アガロース−III(商品名)和光純薬(株)製)を準備する。
ゲル剤は水あるいは適当な緩衝溶液に煮沸溶解してゲル剤溶液を生成する。そして、本例では、図3に示すように一本の長いシリコンチューブ5を用意し、この開口端をゲル剤溶液を入れた容器8に浸漬する。シリコンチューブ5の他方の開口端にシリンジ9(ポリプロピレン製)を取り付け、シリンジを引くことによってシリコンチューブ5の内部空間を負圧吸引する。これによってシリコンチューブ5の内部空間は、ゲル剤溶液で充満する。その後シリコンチューブ5内部でゲル剤溶液を冷却して、ゲル3の充填されたシリコンチューブ5を形成する。
生体高分子結晶生成装置10を構成するに際して上記で準備したゲル入りシリコンチューブ5を所定長さ(約15mm)に切断して使用する。
この場合所定長さに切断されたシリコンチューブ5をキャピラリー4の開口端に嵌め込むことによって図4に示すように両者を結合する。このとき、シリコンチューブと細管との間に気泡が入らないように十分留意する。万一気泡が入った場合には、一度ゲル入りシリコンチューブを抜いて新しくはめ込む。また、ゲル入りシリコンチューブ5をキャピラリー4にはめると、キャピラリー4の挿入端では蛋白質溶液とゲルとの接触界面が形成される。一方シリコンチューブ5の他端側からは固化したゲルが押し出されてくる。押し出されたゲルはカッターで切断する。
シリコンチューブ5は、弾性を有しており、キャピラリー4をシリコンチューブ5の一端に差し込んだ場合に弾性的にキャピラリー4との結合状態を維持する。このシリコンチューブ5と結合したキャピラリー4を沈殿化剤溶液2を収容した第三容器すなわち、試験管7にセットする。本例では、15ml容量のキャップ付き試験管7(直径約16mm、長さ約130mm、ガラス製:キャップはメラミン製)が使用される。該試験管7に沈殿化剤溶液2を約3mlを注入し、上記作成したシリコンチューブ5に結合された上記キャピラリー4を試験管7に挿入する。
この場合、キャピラリー4に結合されたシリコンチューブ5の開口端は沈殿化剤溶液2の中に沈んだ状態で収容される。したがって、シリコンチューブ5の開口端側においてゲルと沈殿化剤溶液2とが接触状態になっている。またキャピラリー4のゲルと接触していない側の開口はシール11で密閉される。シール11はクレイ、グリースで構成できる。または、熱で封止することによってシール11を構成してもよい。さらに試験管7の開口端は栓12によって密栓されている。
これによって、蛋白質溶液1及び沈殿化剤溶液2の成分の蒸発が阻止され、均一な組成を維持することができる。
表1には蛋白質溶液及び沈殿化剤溶液の組成が示されている。なお結晶化条件はいずれも室温である。

図2に示す生体高分子結晶生成装置10を用い、生体高分子試料すなわち蛋白質溶液1としてリゾチーム、沈殿化剤溶液2として塩化ナトリウムを用いた場合の、キャピラリー4とシリコンチューブ5の長さ方向に沿った溶液濃度の経時変化のシミュレーションによる推定結果を図5に示す。実際に生成した結晶の顕微鏡写真を図6に示す。リゾチーム100mg/mlは、蛋白質溶液1のリゾチームとゲル3との接触界面から十分に遠いキャピラリー4の先端での濃度変化である。一方、沈殿化剤溶液20パーセントは該接触界面から遠い側のシリコンチューブ5内の先端の濃度変化を示す。結晶生成装置のセットアップ後、約6時間でキャピラリー4の先端部に結晶が析出し始め、以後24時間以内にキャピラリー4すべての部位で結晶化の開始を確認した。
また、蛋白質溶液1としてタカアミラーゼを用い沈殿化剤溶液2としてポリエチレングリコール8000を用いた場合の、キャピラリー4におけるキャピラリー4及びシリコンチューブ5の長さ方向に沿った図5と同様の溶液濃度の経時変化のシミュレーションによる推定結果を図7に示す。また、実際に生成した結晶の顕微鏡写真を図8に示す。本例においては図2の構造の生体高分子結晶生成装置10のセットアップ後、数日でキャピラリー4内で結晶化の開始を確認した。
本発明により、1本1本の生体高分子試料を収容したキャピラリー4に対応して所望のゲル及び沈殿化剤溶液を備えた生体高分子結晶生成装置を迅速容易に得ることができる。この場合において、ゲル層を簡便かつ迅速に供給することにより、細管を用いた生体高分子結晶化実験の効率を上げることができる。
また、ゲル入りシリコンチューブを用いるとゲルの体積が少なくなることから、細管内への沈殿化剤溶液の拡散が速くなり、近年開発されたゲル層を用いた結晶化法に比べて結晶化開始時間を短縮することができる。これは、特に拡散速度の遅い沈殿化剤溶液を用いる場合に有効である。
さらに生成した結晶も極めて良好である。
また、溶液濃度の経時変化の推定結果と結晶が生成するキャピラリー内の位置及び時間から、少なくとも1つの結晶生成に必要な蛋白質溶液濃度と沈殿化剤溶液濃度が推定可能であり、その結果を用いて結晶化条件を最適化することが可能である。
さらにまた、結晶化に要する時間も推定可能である。
以下、本発明に使用することができる結晶生成装置の他の構造について説明する。
図9の例では、キャピラリー4の先端に取り付けられたシリコンチューブ5は曲がっており沈殿化剤溶液収容容器7は、一般的に蒸気拡散法による結晶化実験で用いられているような多セルの容器を使用している。セルに沈殿化剤溶液を入れ、蛋白質溶液の入った細管4を押し込んだゲル3入りシリコンチューブ5の下端を浸す。この方法では、簡便に数多くの結晶化実験を一度に行うことができる。
図10に示す例では、蛋白質溶液の入ったキャピラリー4を押し込んだゲル3入りシリコンチューブ5の他端に溶液もしくはゲル化した沈殿化剤溶液2を充填した管状容器7を接続している。この構造では、シリコンチューブ5が弾性変形可能であることからキャピラリー4と沈殿化剤容器7との相対的位置関係が自由に設定できるという利点がある。
図11示す例では、沈殿化剤溶液用容器7とゲル容器3とが一体化されている。すなわち、あらかじめゲルを充填したゲル用容器としての管路5aを設け、この管路5aに連続して沈殿化剤溶液2を溜めるための沈殿化剤槽を有する容器7を設ける。この容器7の一部を構成する上記管路5aに蛋白質溶液1を充填したキャピラリー4を挿入して結合する。これによって管路5aの他端の開口端を上記沈殿化剤溶液槽に連通させることによりゲルと沈殿化剤を接触させる。
図12に示す例では、上記図11の例と同様に沈殿化剤溶液槽を有する容器7の一部にこの槽に連通する管路5aを設けてゲルを充填、収容する。そのゲルを充填した管路5aを有する容器7のゲル充填部に、蛋白質溶液1を充填したキャピラリー4を図2において説明したゲル3入りのシリコンチューブ5を結合して上記容器7の管路5aの先端に取り付ける。
図13に示す例では、あらかじめゲルと沈殿化剤溶液が混合された状態になっている、ゲル化した沈殿化剤溶液6をシリコンチューブ5に充填し、蛋白質溶液1の入ったキャピラリー4を装着する。
図14ないし図20を参照しつつ本発明のさらなる実施例について説明する。
本例においては、生体高分子結晶生成装置10が複数個連結されて一体化された形態を有する。すなわち、本例においては、前例における沈殿化剤収容容器7が複数個連結一体化された形態のシリンジケースユニット20を備えている。本例は、このように複数の沈殿化剤収容容器すなわちシリンジケース21を一体化したシリンジケース20を独特の形態にしたことを特徴とする。図14は、シリンジケースユニット20の斜視図である。本例では、5つの生体高分子結晶生成装置10のセルが一体化した状態で連結されるようになっている。そして、本例のシリンジケースユニット20においては、5つの所定長を有する円筒状シリンジケース21が所定の間隔を有して並列的に並んでいる。図15を参照すると、シリンジケースユニット20に組み込まれた生体高分子結晶生成装置10すなわちセルの1つが断面の形式で示されている。
セルは蛋白質溶液1を充填したキャピラリー4を備えている。本例では、ゲル3を収容する第二容器として、シリコンチューブ5ではなく、ポリイミドチューブ22を用いている。これによって、容器をさらにコンパクトにできる。そして、このゲル3を収容したこのポリイミドチューブ22は,キャピラリー4の一端を受け入れる。さらに、キャピラリー4とポリイミドチューブ22とを結合したもののポリイミドチューブ22とは反対側の端部は、グリース23で密封されている。キャピラリー4とポリイミドチューブ22と結合体は、さらにポリイミドチューブ22の外側を覆うPVCチューブ24を介して上記シリンジケース21にそれぞれ嵌合している。上記したようにシリンジケース21には、沈殿化剤溶液2が充填されている。本例のシリンジケース21のそれぞれは両端に開口部を有する円筒形状をしており一端側の開口は、PVCチューブ24を介して、蛋白質溶液1を充填したキャピラリー4とゲル3を充填したポリイミドチューブ22との結合体を受け入れることによって閉塞され、他端側の開口は、キャップ25によって塞がれるようになっている。図16及び図17を併せて参照すると、図16(a)には、シリンジケースユニット20の平面図が示されており、図16(b)には、その断面図が示されている。この場合、隣合う各シリンジケース21の一定の間隔となるように裏当てプレート27と一体的に成形されている。またこの裏当てプレート27は、キャピラリー4とポリイミドチューブ22との結合体をシリンジケース21に装着する際のガイド部28を備えている。このガイド部28はそれぞれのシリンジケースの一端を超えてプレート27を延ばす形態で設けられている。また、上記シリンジケース21間の間隔は一定であり、かつシリンジケース21の外径より僅かに大きくなっている。また、図17(a)及び図17(b)に示すように、キャップ25はそれぞれのセルに挿入される凸部26を有するとともに、各シリンジケース21に対応した間隔で5つの該凸部26が並んで配置されている。キャップ25は、この5つのシリンジケース21それぞれの開口に対応してとそれぞれの凸部26が位置するように一体形状とされている。
本例では、キャピラリー4の長さは、55mm、内径0.5mm、外径1.25mmである。また、ポリイミドチューブの長さは12mm、PVCチューブの長さは5mmである。
以下、本例の5つのセルを一体的に結合して形成される生体高分子結晶生成装置10の組立手順について説明する。組立に先立って、ポリイミドチューブには予めゲルを充填しておく(前例同様)。シリンジケースユニット20のシリンジケース21の一端側のそれぞれの開口に対してキャップ25の凸部26をそれぞれはめ込み開口を封止して沈殿化剤溶液を密封充填する。つぎに、ゲルを充填してポリイミドチューブを所定長さにカットする(本例では上記のとおり12mm)。PVCチューブについても所定の長さ(5mm)にカットする。キャピラリー先端にグリースを塗布して、キャピラリー4の一端を密封するための用意をしておく(この段階では開放状態を維持しておく)。キャピラリー4の他端側にPVCチューブ24を嵌め込む。キャピラリー4内に蛋白質溶液を吸い上げて充填する。つぎに、キャピラリー4の一端を高真空グリースで密閉する。つぎに、ゲルを充填し、かつ所定長さに切断されたポリイミドチューブ22をキャピラリー4の他端側すなわちグリースで密封されていない側に差し込む。これによってキャピラリー4内の蛋白質溶液と、ポリイミドチューブ22内のゲルとを接触させる。つぎにPVCチューブ24をスライドして、ポリイミドチューブ22の外側にかぶせる。この状態で、キャピラリー4とポリイミドチューブ22との結合体をシリンジケースユニット20のそれぞれのシリンジケース21に差し込む。この場合、シリンジケースユニットにガイド部28が設けられているため、キャピラリー4とポリイミドチューブ22との結合体をシリンジケース21の開口に挿入するさいにガイド部を利用してスライドさせて、挿入することができるため、作業が容易であり、効率性及び確実性が向上する。なお、本例に使用するポリイミドチューブ22の外径は1.2mm、肉厚は0.006mm、PVCチューブ24は、外径2mm肉厚0.5mmである。上記したように、いずれも、一本の長いチューブの所定長さに切断して使用する。
図18を参照すると、図に示すようにキャピラリー4とポリイミドチューブ22との結合体を組み込んだ一対のシリンジケースユニット20を互いに突き合わせて重ねることによってコンパクトに収納することができる。上記したように、各シリンジケース21の間隔は、シリンジケース21の外径より僅かに大きくなっているため、互いに他方のシリンジケース21がその間隔に収納することができる。したがって一方のシリンジケース21の間に他方のキャピラリー4の先端が位置するように反対向きにして且つ裏当てプレート27が外側になるようにすることによってシリンジケース21の2倍の長さのスペースの間に完全な生体高分子結晶生成装置の所定数のセルを内部に含む一対のシリンジケースユニット20を格納することができる。このようにして多くのセルをコンパクトに収容することができるため、たとえば、宇宙空間における蛋白質の結晶生成実験の場合などの空間的に極めて制約の強い環境のもとでは、本例の構造は、極めて効率的に多様の実験を行うことできる点において、極めて重要な意義を有する。
本例では、このようにして互いに長手方向及び上下方向を反対向きにして部分的に折り重ねた一対のシリンジケースユニット20を1つの収納ボックス8に、収納している。なお、本例の場合、図に示すように収納ボックス8の本体部分8aには、6つのセルを有するシリンジケースユニット20が収容され、収納ボックス8の蓋部分8bには、5つのセルを有するシリンジケースユニット20が収容されている。
図19ないし21を参照すると本発明のさらに他の実施例にかかる生体高分子結晶生成装置10の構造が示されている。
本例においては、ゲルを充填する第二容器が前実施例のポリイミドチューブ22の代わりに3つの異なる外径の円筒部を有し、異なる2の内径の円筒部分を有する構造のブッシュ30で構成している。すなわち、ブッシュ30は大外径部31、中外径部32及び小外径部33を備えており、大外径部31と中外径部32が大内径部を有しており、小外径部33が小内径部に対応している。また、前例においてはキャップ25が各シリンジケースの開口に対応する突起26をそれぞれ有する構造であったが、本例のキャップ40は、図20に示すように、開口に挿入されるように突出する嵌合部41とこれと反対側に延びる突出部42を内部に連通させる連通穴43を有する構造で与えられる。
なお、本例のキャップ40には、前例のキャップ25と同様にセルごとに分離を容易にするために切欠44を形成している。
この実施例の生体高分子結晶生成装置の組立手順を説明すると、ブッシュ30に予めゲルを充填する。シリンジケース21のそれぞれに沈殿化剤溶液を充填してキャップ30をシリンジケース21の一方の開口に嵌め込む。つぎに、前例同様にキャピラリー4の先端にグリースを塗布する。つぎに、蛋白質溶液をキャピラリー4に充填し、高充填グリースでキャピラリー4の一端を密封する。キャピラリー4をブッシュ30に差し込み、蛋白質溶液を充填したキャピラリー4とゲルを充填したブッシュ30とを一体化する。この結合体をブッシュ30の小外径部33の側からシリンジケース21に差し込む。これによってシリンジケース内の沈殿化剤溶液の一部はキャップ40の開口43から押し出される。この動作において、蛋白質溶液を充填したキャピラリー4とゲルを充填したブッシュ30とを一体化した結合体をブッシュ30の側から気密性を維持しつつ挿入する過程において、シリンジケース内空間が一端側から押されて内部の沈殿化剤溶液が圧迫されるためその逃げ場とを確保する必要が生じる。本例の構造ではキャップ40に設けられたシリンジケース21内の空間と外部とを連通する連通開口43の存在によって、上記結合体のシリンジケース空間内への進入に伴う余剰の沈殿化剤溶液を該開口43を介して、適切に排出することができる。したがって、内部の沈殿化剤溶液の充填状態を良好に維持しつつ、キャピラリー4とブッシュ30との結合体をシリンジケース21内に挿入することができる。つぎに、キャップ40の突出部42の開口43を熱によって封じる。そして、この状態で結晶化を進行させる。
表2に、蛋白質溶液としてリゾチーム、沈殿化剤溶液として塩化ナトリウムを用いた場合の、本例の装置を使用した場合の実施例の条件を示す。

図22に、本装置で生成したリゾチームの結晶の顕微鏡写真を示す。
図23を参照すると、図5及び図7と同様の蛋白質溶液と沈殿化剤溶液との濃度の経時変化を示す図がチャートの形式で示されている。すなわち、ゲルを充填したブッシュ30とキャピラリー4の長さ方向沿った蛋白質溶液濃度及び沈殿化剤溶液濃度変化を示す図である。縦軸は、蛋白質溶液濃度を示すパラメータであり、横軸は、沈殿化剤溶液濃度を示すパラメータである。図23において沈殿化剤溶液0における蛋白質溶液濃度パラメータが20の位置において各特性線が集中していることが観察される。このことは、この点がキャピラリーの封止側23の蛋白質溶液部分であることを示している。また、沈殿化剤溶液濃度パラメータが30の位置において蛋白質が0になって集中していることが観察される。このことは、この位置が沈殿化剤溶液部分21とゲル部分30との接点であることを示すものである。
この図において、沈殿化剤溶液濃度パラメータが30の溶液を使用した場合においては、極めて長時間を経ても蛋白質溶液濃度と沈殿化溶液濃度との両者が初期濃度に近い濃度にさせることは困難である。そして、このような両者の濃度環境においてのみ結晶生成が可能な蛋白質が存在する可能性がある。従来では、このような場合に蛋白質の結晶環境を創出することが極めて困難であった。本発明者らは、このような事情に鑑み、シリンジケース21の後端に取りつけられる開口付のキャップ40を用いることにより、上記のような場合でも、蛋白質結晶生成環境を創出することができることを見出した。すなわち、本発明者らは、所定の濃度を有する蛋白質溶液と沈殿化剤溶液とを用いて、図の開口44を通じて沈殿化剤溶液の入れ替え行うことにより、結晶生成環境を拡大した。上記の装置を使用して前記ゲルと沈殿化剤溶液との接触開始後所定時間経過したのち、すなわち、蛋白質の結晶化現象が開始された後、 沈殿化剤溶液の一部または全部を交換する段階を付加したものである。この場合、第三容器すなわちシリンジケース20には、ゲルと接触する側とは反対側の端部に上記のように貫通穴が設けられており、この貫通穴に取り付けたキャップ40をはずして沈殿化剤溶液の交換が行われるようになっている。再びキャップ40を取り付けた後には貫通穴43は、結晶化現象が生じている際には適宜封止される。封止は貫通穴を有する材料が高分子の場合には、加熱融着が一般的である。栓をすることによって封止してもよい。
例えば、所定濃度の蛋白質溶液と所定濃度の沈殿化剤溶液とを用いて図19で示す構造の生体高分子結晶生成装置を構成して、所定時間(例えば一週間)結晶生成を進行させる。その後、キャップ40を介して、沈殿化剤溶液濃度パラメータが60となるように濃度の高い沈殿化剤溶液をシリンジケース21の内部に充填する。このようにキャップ40を介して、結晶生成動作開始後所定時間経過したのち、沈殿化剤溶液の濃度を高くすると(本例では、濃度パラメータ30から60)、図23において、沈殿化剤溶液濃度パラメータ30のラインを超えて延びる複数の濃度特性線が形成される。すなわち、図19の構造の生体高分子結晶生成装置を用いることにより、初期の蛋白質溶液濃度及び沈殿化剤溶液濃度の組み合わせでは実現が困難な両者の濃度環境を迅速かつ容易に創出できる。
【産業上の利用可能性】
以上説明したように、本発明によりゲルを介した液−液拡散法による生体高分子結晶化を簡便かつ効率的に行うことができる。
取り分け、本発明によれば、多種、多数の蛋白質結晶用試料が必要となる場合であっても、所望の生体高分子溶液に対応した所望のゲル及び沈殿化剤溶液を備えた生体高分子結晶生成装置を迅速容易に得ることができる。この場合、ゲル層を簡便かつ迅速に供給することにより、細管を用いた生体高分子結晶化実験の効率を上げることができる。
また、本発明の装置の構造にかかる、ゲル入りシリコンチューブを用いると使用するゲルの体積を従来に比して減少させることができる。したがって、細管内への沈殿化剤溶液の拡散が速くなり、従来のゲル層を用いた結晶化法に比べて結晶化開始時間を短縮することができる。実際リゾチームの場合、従来法では約7日目に結晶化が始まるものが本発明装置によると約6時間で結晶化が始まる。また、タカアミラーゼの場合、約10日目に結晶化が始まるものが本発明装置によると約3日目で結晶化が始まる。したがって、本発明は、特に拡散速度の遅い沈殿化剤溶液を用いる場合に有効である。さらに生成した結晶も極めて良好である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】

【図19】

【図20】

【図21】

【図22】

【図23】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器と、
前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器と、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した少なくとも一つの開口部を有する第三容器とを備え、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第三容器内の沈殿化剤溶液とが前記第二容器内のゲルを介して拡散し前記沈殿化剤溶液が前記第一容器内において前記生体高分子試料と接触するように構成されたことを特徴とする生体高分子結晶生成装置。
【請求項2】
前記第一容器の開口部が前記第二容器の一つの開口部に結合され、前記第二容器の他の一つの開口部が前記第三容器の前記一つの開口部に結合されていることを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記第二容器は弾性材料から構成されており、前記第一容器の開口部を有する端部が前記第二容器の一つの開口部を有する端部に挿入され、前記第三容器の開口部を有する端部が前記第二容器の他の一つの端部に挿入されて、第二容器の弾性力によって結合が維持されていることを特徴とする請求項1または2に記載の装置。
【請求項4】
前記第一容器と第三容器とが前記第二容器に結合された状態で互いに相対的に変位可能になっていることを特徴とする請求項1ないし3に記載の装置。
【請求項5】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器と、
前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器と、
前記生体高分子試料と前記ゲルとが接触するように前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを結合させた状態で収容するとともに、前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三容器とを備え、
前記第二容器の他の一つの開口部において前記ゲルと前記沈殿化剤溶液とが接触し、前記沈殿化剤溶液が前記ゲルを介して前記第一容器内の生体高分子試料内に拡散するようになったことを特徴とする生体高分子結晶生成装置。
【請求項6】
前記第二容器が弾性材料で構成されており、前記第一容器の前記開口部を有する端部が前記第二容器の前記一つの開口部を有する端部に挿入されて前記第二容器の弾性力によって両者の結合状態が維持されていることを特徴とする請求項5に記載の装置。
【請求項7】
少なくとも前記生体高分子試料及び前記沈殿化剤溶液は密封されていることを特徴とする請求項5または6に記載の装置。
【請求項8】
生体高分子試料を収容した開口端を有する第一管状容器と、記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝するゲルを収容した両端開口の第二管状容器と、
前記生体高分子試料と前記ゲルとが接触するように前記第一管状容器の前記開口端と前記第二管状容器の一つの開口端とを結合させた状態で収容するとともに、前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三管状容器とを備え、
前記第二管状容器の他方の開口端において前記ゲルと前記沈殿化剤溶液とが接触するように前記沈殿化剤溶液が前記第三管状容器に収容されていることを特徴とする生体高分子結晶生成装置。
【請求項9】
前記第一管状容器が前記第二管状容器に挿入されて結合されることによって第一管状容器内の前記生体高分子試料と前記第二管状容器内の前記ゲルとが接触することを特徴とする請求項8記載の装置。
【請求項10】
前記第二管状容器は、弾性力によって前記第一管状部材の端部を収容してその結合状態を維持するようになっていることを特徴とする請求項8または9に記載の装置。
【請求項11】
前記第三管状容器は試験管状を成しており、その低部に前記沈殿化剤溶液が収容されており、前記第二管状容器の下部開口端が前記沈殿化剤溶液中に浸漬しておりこれによって沈殿化剤溶液が第二管状容器中のゲルと接触し前記沈殿化剤溶液が前記ゲル中に拡散し、その後さらに生体高分子試料溶液中に拡散するようになっていることを特徴とする請求項8ないし10に記載の装置。
【請求項12】
前記第一管状容器と前記第二管状容器との結合部を介して前記第一管状容器内の生体高分子試料が前記第二管状容器中のゲル内に拡散し、前記第二管状容器の他端側の開口部を介して沈殿化剤溶液が第二管状容器内のゲル及び前記第一管状容器内の生体高分子試料内に拡散するようになっていることを特徴とする請求項8ないし11に記載の装置。
【請求項13】
前記第一管状容器及び第三管状容器は密閉されていることを特徴とする請求項8ないし12に記載の装置。
【請求項14】
前記第一管状容器内において、第二管状容器内のゲルと前記生体高分子試料との接触界面から遠ざかる方向に生体高分子試料濃度が増大する一方、沈殿化剤溶液濃度が減少する濃度勾配が生じることを特徴とする請求項8ないし13に記載の装置。
【請求項15】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記ゲルとを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内のゲルとを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記ゲルを前記沈殿化剤溶液と接触させる段階を有することを特徴とする生体高分子結晶生成方法。
【請求項16】
両端が開口した細長い管材料を用意し、
該管材料の一方の一つの開口端から生体高分子試料を管材料の内部に充填し、
前記管材料を所定の長さに切断して前記第一容器を形成することを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記生体高分子試料を収容した貯留槽に前記管材料の一端を接続し、他端にバキュームポンプを接続して管材料の内部に負圧を生成し、これによって生体高分子試料を管材料に充填することを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記生体高分子試料を充填したポンプを前記管材料の一端に接続し、ポンプを作動して前記管材料に生体高分子試料を充填することを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項19】
両端が開口した細長い管材料を用意し、
該管材料の一方の一つの開口端から前記ゲルを管材料の内部に充填し、
前記管材料を所定の長さに切断して前記第二容器を形成することを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項20】
前記ゲルを収容した貯留槽に前記管材料の一端を接続し、他端にバキュームポンプを接続して管材料の内部に負圧を生成し、これによってゲルを管材料に充填することを特徴とする請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記ゲルを充填したポンプを前記管材料の一端に接続し、ポンプを作動して前記管材料にゲルを充填することを特徴とする請求項18に記載の方法。
【請求項22】
前記管材料が弾性を有することを特徴とする請求項15ないし21に記載の方法。
【請求項23】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝する緩衝剤を収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記緩衝材とを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内の緩衝材とを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記緩衝材を前記沈殿化剤溶液と接触させる段階を有することを特徴とする生体高分子結晶生成方法。
【請求項24】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝する多孔質材料を収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記多孔質とを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内の多孔質とを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記多孔質を前記沈殿化剤溶液と接触させる段階を有することを特徴とする生体高分子結晶生成方法。
【請求項25】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器と、
前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝する多孔質材料を収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器と、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した少なくとも一つの開口部を有する第三容器とを備え、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第三容器内の沈殿化剤溶液とが前記第二容器内の多孔質材料を介して拡散し前記沈殿化剤溶液が前記第一容器内において前記生体高分子試料と接触するように構成されたことを特徴とする生体高分子結晶生成装置。
【請求項26】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器と、前記生体高分子の結晶化溶液条件、開始時間および成長速度を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器と、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容した少なくとも一つの開口部を有する複数個連結された第三容器とを備え、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第三容器内の沈殿化剤溶液とが前記第二容器内のゲルを介して拡散し前記沈殿化剤溶液が前記第一容器内において前記生体高分子試料と接触するように構成されたことを特徴とする生体高分子結晶生成装置。
【請求項27】
前記第三容器が前記第二容器との結合もしくは接続のための開口部以外に、開口部を備えており、該開口部に取り外し可能な密閉型蓋を備えたことを特徴とする請求項26に記載の装置。
【請求項28】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記ゲルとを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容し、かつ複数個連結されて一体化された第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内のゲルとを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記ゲルを前記沈殿化剤溶液と接触させる段階を有することを特徴とする生体高分子結晶生成方法。
【請求項29】
前記第三容器は、前記第二容器との結合もしくは接続のための開口部以外に、開口部を備えており、該開口部に取り外し可能な密閉型蓋を有することにより、沈殿化剤溶液の調整および入れ替えを行う段階を有することを特徴とする請求項28に記載の方法。
【請求項30】
生体高分子試料を収容した少なくとも一つの開口部を有する第一容器を用意し、
前記生体高分子の結晶化を緩衝するゲルを収容した少なくとも二つの開口部を有する第二容器を用意し、
前記第一容器の前記一つの開口部と前記第二容器の一つの開口部とを介して前記第一容器と第二容器とを結合し、前記生体高分子試料と前記ゲルとを接触させ、
前記生体高分子試料と接触して該生体高分子の結晶化を促進する沈殿化剤溶液を収容し、かつ複数個連結されて一体化された第三容器を用意し、
前記第一容器内の生体高分子試料と前記第二容器内のゲルとを接触させた状態で、前記第二容器の他の一つの開口部を介して前記ゲルを前記沈殿化剤溶液と接触させる段階と、
前記ゲルと沈殿化剤溶液との接触開始後所定時間経過したのち、沈殿化剤溶液の一部または全部を交換する段階を備えたことを特徴とする生体高分子結晶生成方法。

【国際公開番号】WO2004/106598
【国際公開日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【発行日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506561(P2005−506561)
【国際出願番号】PCT/JP2004/007682
【国際出願日】平成16年5月27日(2004.5.27)
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】