説明

生分解性架橋体およびその製造方法

【課題】 ポリ乳酸のガラス転移温度以下の温度における硬さが改善され軟質で曲げることが可能であり、一方ガラス転移温度以上の温度において強度が低下するという欠点を改良して形状を維持する。
【解決手段】 ポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体を含み、かつ前記両者が架橋により一体化されていることを特徴とする生分解性架橋体、およびポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体と架橋性モノマーとを少なくとも含む組成物を作製する工程と、前記工程で得られた組成物を成形する工程と、前記工程で得られた成形物に電離性放射線を照射してポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体とを架橋することにより一体化させる工程とを含むことを前記生分解性架橋体の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性架橋体の製造方法および該方法で製造された生分解性架橋体に関し、該生分解性架橋体は、フィルム、容器または筐体などの構造体や部品などのプラスチック製品が利用される分野において、特に使用後の廃棄処理問題の解決を図るために有用な生分解性製品または部品として利用されるものである。
【背景技術】
【0002】
現在、多くのフィルムや容器に利用されている石油合成高分子材料は、加熱廃棄処理に伴う熱および排気ガスによる地球温暖化、さらに燃焼ガスおよび燃焼後の残留物中の毒性物質による食物や健康への悪影響、廃棄埋設処理地の確保など、その廃棄処理過程についてだけでも様々な社会問題が懸念されている。
このような石油合成高分子材料の廃棄処理の問題点を解決する材料として、デンプンやポリ乳酸に代表される生分解性高分子材料が注目されてきている。生分解性高分子材料は、石油合成高分子材料に比べて、燃焼に伴う熱量が少なく、かつ自然環境での分解・再合成のサイクルが保たれる等、生態系を含む地球環境に悪影響を与えない。生分解性高分子材料のなかでも、脂肪族ポリエステル系樹脂は強度や加工性の点で石油合成高分子材料に匹敵する特性を有し、近年特に注目を浴びている素材である。脂肪族ポリエステル系樹脂のなかでも、特にポリ乳酸は植物から供給されるデンプンから作られ、近年の大量生産によるコストダウンで他の生分解性高分子材料に比べて非常に安価になりつつある点から、現在その応用について多くの検討がなされている。
【0003】
しかし、ポリ乳酸は、ガラス転移温度の60℃以下では非常に硬く、実質的に伸びが殆どないのに対し、ガラス転移温度の60℃以上では逆に形状が維持できないくらい軟らかくなるため、実用化の妨げとなっている。60℃という温度は自然界における気温や水温としては容易に達しない温度であるが、例えば真夏の締め切った自動車の車内や窓材などでは達し得る温度である。ゆえに、60℃以下では硬くて脆いのに対し、60℃以上になると軟弱になって形成された形状を維持できないという特性の著しい変化は、致命的な欠陥である。
このような著しい特性の変化は、ポリ乳酸の結晶構造に由来している。すなわち、溶融成形後の通常の冷却スピードでは、ポリ乳酸はほとんど結晶化せず、大部分は非結晶となる。ポリ乳酸は融点が160℃と高く、結晶部分は容易に融けないが、大部分を占める非結晶部分はガラス転移温度の60℃付近で拘束が解けて動き始める。そのため、ガラス転移温度の60℃付近で極端な特性変化を生じる。
【0004】
ガラス転移温度の60℃以下における硬さや脆さを改善し耐衝撃性を汎用のプラスチック並みに向上させるため、ポリ乳酸に特定の可塑剤を混練することが非特許文献1に記載されている。
一方、ガラス転移温度の60℃以上では柔軟になりすぎて強度が低下してしまうという問題を解決するために、電離性放射線や化学開始剤を利用してポリ乳酸を架橋させることが特開2003−313214号公報(特許文献1)に記載されている。
【0005】
しかし、これら技術はそれぞれ単独ではガラス転移温度の60℃以下における問題と60℃以上における問題の両方を同時に解決することはできない。また、これらの技術を単に組み合わせ、ポリ乳酸に可塑剤を混練した組成物を電離性放射線の照射などにより架橋させても、架橋は完全には進まない。
これは、ポリ乳酸が架橋するためにはポリ乳酸の分子同士が相互に接触し結合する必要があるが、可塑剤を先に混練すると可塑剤がポリ乳酸の分子間に浸入してポリ乳酸分子同士の結合を阻止するからである。
【0006】
【特許文献1】特開2003−313214号公報
【非特許文献1】荒川化学工業(株)発行、「荒川NEWS」、2004年7月発行、No.326号 第2頁〜第7頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ポリ乳酸のガラス転移温度である60℃前後での強度変化が少ない生分解性架橋体およびその製造方法を提供することを課題としている。
より具体的には、ポリ乳酸のガラス転移温度以下の温度における硬さが改善され軟質で曲げることが可能であり、一方、ガラス転移温度以上の温度において強度が低下するという欠点を改良して形状を維持することができる生分解性架橋体およびその製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、第一の発明として、ポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体を含み、かつ前記両者が架橋により一体化されていることを特徴とする生分解性架橋体を提供している。
第二の発明として、ポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体と架橋性モノマーとを少なくとも含む組成物を作製する工程と、
前記工程で得られた組成物を成形する工程と、
前記工程で得られた成形物に電離性放射線を照射してポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体とを架橋することにより一体化させる工程とを含むことを特徴とする前記生分解性架橋体の製造方法を提供している。
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、生分解性ポリエステルの一種であるポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体(以下「PBAT」という)がポリ乳酸に可塑性を与えることができることに着目した。しかし、単にポリ乳酸とPBATを混合しただけではポリ乳酸のガラス転移温度以下の温度における硬さが改善され軟質で曲げることが可能になっても、ポリ乳酸のガラス転移温度以上における強度低下は抑制できない。
そこで、本発明者らはさらなる検討を加えたところ、PBATがポリ乳酸と同様に電離性放射線の照射により架橋することができることを見出した。
図1にPBATにおける電子線照射量とゲル分率の関係を示す。但し、PBATには5質量%の割合で架橋性モノマーであるトリアリルイソシアヌレートが混練されている。
この知見を踏まえ、ポリ乳酸とPBATを架橋により一体化することで、ガラス転移温度以上における強度低下を有効に防止し耐熱性を向上できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
本発明で用いるポリ乳酸としては、L−乳酸からなるポリ乳酸、D−乳酸からなるポリ乳酸、L−乳酸とD−乳酸の混合物を重合することにより得られるポリ乳酸、またはこれら2種以上の混合物が挙げられる。なお、ポリ乳酸を構成するモノマーであるL−乳酸またはD−乳酸は化学修飾されていても良い。
本発明で用いるポリ乳酸としては前記のようなホモポリマーが好ましいが、乳酸モノマーまたはラクチドとそれらと共重合可能な他の成分とが共重合されたポリ乳酸コポリマーを用いても良い。コポリマーを形成する前記「他の成分」としては、例えばグリコール酸、3−ヒドロキシ酪酸、5−ヒドロキシ吉草酸もしくは6−ヒドロキシカプロン酸などに代表されるヒドロキシカルボン酸;コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、グルタル酸、デカンジカルボン酸、テレフタル酸もしくはイソフタル酸などに代表されるジカルボン酸;エチレングリコール、プロパンジオール、オクタンジオール、ドデカンジオール、グリセリン、ソルビタンもしくはポリエチレングリコールなどに代表される多価アルコール;グリコリド、ε−カプロラクトンもしくはδ−ブチロラクトンに代表されるラクトン類等が挙げられる。
【0011】
本発明で用いるPBATは、ブタンジオール、アジピン酸およびテレフタル酸のランダム共重合体であり、その3つのモノマー成分の分量比によりガラス転移温度などに差が生じるが、本発明においてはいずれも使用可能である。
なかでも、本発明で用いるPBATとしては、特表平10−508640号公報等に記載されているような、
(a)主としてアジピン酸もしくはそのエステル形成性誘導体またはこれらの混合物35〜95モル%、テレフタル酸もしくはそのエステル形成性誘導体またはこれらの混合物5〜65モル%(個々のモル%の合計は100モル%である)よりなる混合物に、
(b)ブタンジオールが、(a)と(b)とのモル比が0.4:1〜1.5:1の範囲内で選択されている量含まれている混合物の反応により得られるPBATが好ましい。
PBATの市販品としては、例えばBASF社製「エコフレックス」等が挙げられる。
【0012】
本発明においてポリ乳酸とPBATとの混合比はとくに制限されない。やや硬くても形状維持性が特に要求される場合はポリ乳酸を多くし、逆に柔軟性がより必要な場合はPBATを多くする。しかし、それぞれの成分特有の効果を発揮させるためには、ポリ乳酸およびPBATの各々がポリ乳酸とPBATの合計質量に対し少なくとも5質量%含まれていることが好ましい。すなわち、ポリ乳酸とPBATとの混合比はポリ乳酸:PBAT=19:1〜1:19であり、好ましくは9:1〜1:9であり、より好ましくは9:1〜1:4であり、さらに好ましくは9:1〜1:1である。
【0013】
本発明において、ポリ乳酸とPBATを架橋により一体化させる方法としては特に限定されず、公知の方法を用いてよく、例えば電離性放射線を照射する方法、化学開始剤を使用する方法等が挙げられる。なかでも、本発明においては電離性放射線を照射する方法を用いることが好ましい。
【0014】
本発明の生分解性架橋体は下記方法により製造することが好ましい。
すなわち、ポリ乳酸とPBATと架橋性モノマーとを少なくとも含む組成物を作製する工程と、
前記工程で得られた組成物を成形する工程と、
前記工程で得られた成形物に電離性放射線を照射してポリ乳酸とPBATとを架橋することにより一体化させる工程とを含む方法により本発明の生分解性架橋体を製造することができる。
【0015】
前記架橋性モノマーとしては、電離性放射線の照射により架橋できるモノマーであれば特に制限を受けないが、例えばアクリル系もしくはメタクリル系の架橋性モノマー、アリル系架橋性モノマーを有する多官能性モノマーが挙げられる。
【0016】
アクリル系もしくはメタクリル系の架橋性モノマーとしては、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、エチレンオキシド変性トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、プロピレンオキシド変性トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、エチレンオキシド変性ビスフェノールAジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ジペンタエリスリトールモノヒドロキシペンタアクリレート、カプロラクトン変性ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリス(アクリロキシエチル)イソシアヌレート、トリス(メタクリロキシエチル)イソシアヌレート等が挙げられる。
【0017】
アリル系架橋性モノマーとしては、トリアリルイソシアヌレート、トリメタアリルイソシアヌレート、トリアリルシアヌレート、トリメタアリルシアヌレート、ジアリルアミン、トリアリルアミン、ジアクリルクロレンテート、アリルアセテート、アリルベンゾエート、アリルジプロピルイソシアヌレート、アリルオクチルオキサレート、アリルプロピルフタレート、ビチルアリルマレート、ジアリルアジペート、ジアリルカーボネート、ジアリルジメチルアンモニウムクロリド、ジアリルフマレート、ジアリルイソフタレート、ジアリルマロネート、ジアリルオキサレート、ジアリルフタレート、ジアリルプロピルイソシアヌレート、ジアリルセバセート、ジアリルサクシネート、ジアリルテレフタレート、ジアリルタトレート、ジメチルアリルフタレート、エチルアリルマレート、メチルアリルフマレート、メチルメタアリルマレート、ジアリルモノグリシジルイソシアヌレート等が挙げられる。
【0018】
本発明で用いる架橋性モノマーとしては、比較的低濃度で高い架橋度を得ることができることからアリル系架橋性モノマーが好ましい。なかでもトリアリルイソシアヌレート(以下、TAICという)はポリ乳酸に対する架橋効果が高く、また図1に示したようにPBATに対しても架橋効果を有するため特に好ましい。また、TAICと加熱によって相互に構造変換しうるトリアリルシアヌレートを用いても、実質的に効果は同じである。
【0019】
前記架橋性モノマーはポリ乳酸とPBATの合計100質量部に対して4質量部以上15質量部以下の割合で配合されていることが好ましい。架橋性モノマーの配合量を4質量部以上としているのは、架橋性モノマーの配合量が4質量部未満であると、架橋性モノマーによるポリ乳酸とPBATの混合物の架橋効果が十分に発揮されず、60℃以上の高温時において生分解性架橋体の強度が低下し、最悪の場合形状を維持できなくなる可能性があるからである。一方、架橋性モノマーの配合量を15質量部以下としているのは、架橋性モノマーの配合量が15質量部を超えると、ポリ乳酸とPBATの混合物に架橋性ポリマー全量を均一に混合するのが困難になり、実質的に架橋効果に顕著な差が出なくなるという理由からである。
架橋性モノマーの配合量は、60℃以上の高温時における形状維持効果を確実にするために5質量部以上であることがより好ましく、ポリ乳酸およびPBATの含有量を多くして生分解性を高めるために10質量部以下であることがより好ましい。
【0020】
上記第1工程において作製する組成物には、前記ポリ乳酸、PBATおよび架橋性モノマー以外に、本発明の目的に反しない限り、他の成分を配合しても良い。
例えば、ポリ乳酸およびPBAT以外の生分解性樹脂を配合しても良い。ポリ乳酸およびPBAT以外の生分解性樹脂としては、ラクトン樹脂、脂肪族ポリエステルもしくはポリビニルアルコール等の合成生分解性樹脂、またはポリヒドロキシブチレート・バリレート等の天然直鎖状ポリエステル系樹脂等の天然生分解性樹脂を挙げることができる。
【0021】
また、生分解性を有する合成高分子および/または天然高分子を、溶融特性を損なわない範囲で混合してもよい。生分解性を有する合成高分子としては、酢酸セルロース、セルロースブチレート、セルロースプロピオネート、硝酸セルロース、硫酸セルロース、セルロースアセテートブチレートもしくは硝酸酢酸セルロース等のセルロースエステル、またはポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸もしくはポリロイシン等のポリペプチドが挙げられる。天然高分子としては、例えば澱粉として、トウモロコシ澱粉、コムギ澱粉もしくはコメ澱粉などの生澱粉、または酢酸エステル化澱粉、メチルエーテル化澱粉もしくはアミロース等の加工澱粉が挙げられる。
【0022】
さらに、前記組成物には、生分解性樹脂以外の樹脂成分、硬化性オリゴマー、各種安定剤、難燃剤、帯電防止剤、防カビ剤もしくは粘性付与剤等の添加剤、ガラス繊維、ガラスビーズ、金属粉末、タルク、マイカもしくはシリカ等の無機・有機充填材、染料もしくは顔料等の着色剤等を加えることもできる。
【0023】
上述したポリ乳酸、PBAT、架橋性モノマーおよび所望により他の成分を例えばバンバリーミキサー、ニーダー、オープンロールなど公知の方法で混ぜ合わせる。
具体的には、ポリ乳酸とPBATをポリ乳酸およびPBATの融点以上の温度に加熱し軟化させ、そこに架橋性モノマーおよび所望により他の成分を投入し混練する方法、またはクロロホルムやクレゾール等のポリ乳酸とPBATの両方が溶解しうる溶媒中にポリ乳酸とPBATを溶解または分散させ、そこに架橋性モノマーおよび所望により他の成分を投入し混練する方法が挙げられる。本発明においては、溶媒除去の必要がないことから前者の方が好ましい。
混練時間は架橋性モノマーの種類や混練時の温度によって適宜選択すればよい。また、混合順序も特に問わず、全ての成分を一度に混ぜ合わせても良いし、一部を予め混ぜ合わせ、得られた混練物に他の成分を混合しても良い。
【0024】
ついで、上記工程で得られた組成物を所望の形状に成形する。成形方法は特に限定されず、公知の方法を用いて良い。例えば、押出成形機、圧縮成形機、真空成形機、ブロー成形機、Tダイ型成形機、射出成形機、インフレーション成形機等の公知の成形機が用いられる。
【0025】
得られた成形物に電離性放射線を照射し、ポリ乳酸同士、PBAT同士およびポリ乳酸とPBATを架橋させることにより、本発明の生分解性架橋体を得ることができる。
電離性放射線としてはγ線、エックス線、β線またはα線などが使用できるが、工業的生産にはコバルト−60によるγ線照射や、電子線加速器による電子線照射が好ましい。
電離性放射線の照射は空気を除いた不活性雰囲気下や真空下で行うのが好ましい。電離性放射線の照射によって生成した活性種が空気中の酸素と結合して失活すると架橋効率が低下するためである。
【0026】
電離性放射線の照射量は10kGy以上200kGy以下であることが好ましい。
架橋性モノマーの量によっては電離性放射線の照射量が1kGy以上10kGy未満であってもポリ乳酸およびPBATの架橋は認められるが、ポリ乳酸のガラス転移温度である60℃以上の温度における強度低下を防ぐことができる程度にポリ乳酸分子を架橋するには電離性放射線の照射量が10kGy以上であることが好ましい。さらに、ほぼ100%のポリ乳酸およびPBAT分子を架橋するには電離性放射線の照射量が50kGy以上であることがより好ましい。そして、架橋一体化を完全に行うためには、電離性放射線の照射量が80kGy以上であることがより好ましい。
一方、電離性放射線の照射量が200kGy以下であるのは、ポリ乳酸およびPBATが樹脂単独では放射線で崩壊する性質を有するため、電離性放射線の照射量が200kGyを超えると架橋とは逆に分解を進行させることになるからである。電離性放射線の照射量の上限値は150kGyであることが好ましく、100kGyであることがより好ましい。
【0027】
前記のように、電離性放射線の照射による本発明の生分解性架橋体の製造方法について述べたが、化学開始剤を使用する下記の方法によっても本発明の生分解性架橋体を製造することができる。
すなわち、ポリ乳酸とPBATと架橋性モノマーと化学開始剤とを少なくとも含む組成物を作製する工程と、
前記工程で得られた組成物を成形する工程と、
前記工程で得られた成形物を化学開始剤が熱分解する温度まで加熱して、ポリ乳酸とPBATとを架橋することにより一体化させる工程とを含む方法である。
【0028】
前記化学開始剤としては、熱分解により過酸化ラジカルを生成する過酸化ジクミル、過酸化プロピオニトリル、過酸化ベンゾイル、過酸化ジ−t−ブチル、過酸化ジアシル、過酸化ペラルゴニル、過酸化ミリストイル、過安息香酸−t−ブチルもしくは2,2’−アゾビスイソブチロニトリルなどの過酸化物触媒をはじめとするモノマーの重合を開始する触媒であればいずれでもよい。
架橋させるための温度条件は化学開始剤の種類により適宜選択することができる。架橋は、放射線照射の場合と同様、空気を除いた不活性雰囲気下や真空下で行うのが好ましい。
他の項目については前記態様と全く同様である。
【発明の効果】
【0029】
本発明の生分解性架橋体は、ポリ乳酸のガラス転移温度である60℃を超える高温時においてもポリ乳酸とPBATの架橋ネットワークにより確実に形状を維持することができる。ポリ乳酸のガラス転移温度以下の温度においては、ポリ乳酸の架橋ネットワーク中にPBATが分散されポリ乳酸と架橋により一体化しているため、ポリ乳酸分子間の相互作用が阻止され、結果として優れた柔軟性と伸びを発揮することとなり、さらにはポリ乳酸の欠点である耐衝撃性も改善する。その上、加工性も大幅に向上することから、現在プラスチックが利用されている一般的な用途への応用が期待できる。また、柔軟性と形状記憶性の両方が必要となる形状記憶製品として利用することも好適である。
【0030】
本発明の生分解性架橋体は生分解性を有していることから、自然界において生態系に及ぼす影響が極めて少なく、従来のプラスチックが有していた廃棄処理に関わる諸問題を解決できる。しかも、本発明の生分解性架橋体は今までにない柔軟性と耐熱性の両方を有する点から、これまでポリ乳酸を利用できなかった分野への応用が期待できる。また、生体への影響がない点から、生体内外に利用される注射器やカテーテルなどの医療用器具への適用が可能な材料である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下に、本発明の実施形態を説明する。
本発明においてはポリ乳酸のホモポリマーを用いる。本発明で用いるポリ乳酸はDSC法により測定される融点が150℃以上であることが好ましく、160℃以上であることがより好ましい。さらに、ASTM D−1238により測定される190℃におけるMFRが1〜5g/10分であることが好ましい。
【0032】
本発明で用いるPBATとしては、ISO1183で測定される密度が1〜1.5g/cm、好ましくは1.2〜1.3g/cmであり、ISO1133で測定されるMVRが2〜5ml/10分であることが好ましく、DSC法により測定される融点が100〜130℃であることが好ましく、ISO868で測定されるシェアーD硬度が30〜35であることが好ましく、ISO306で測定されるピカット軟化点が70〜90℃、好ましくは75〜85℃であることが好適である。
【0033】
まず、ポリ乳酸およびPBATのペレットを所望の質量比、特に好ましくはポリ乳酸:PBAT=9:1〜2:1の質量比で予め混合しておく。
次に、この混合ペレットを加熱し軟化させるか、またはクロロホルムやクレゾール等のポリ乳酸とPBATの両方が溶解しうる溶媒中に前記混合ペレットを投入し溶解または分散させる。本発明においては、溶媒の除去の必要がないことから混合ペレットを加熱し軟化させることが好ましい。この際の加熱温度は、ポリ乳酸およびPBATの融点以上の温度、具体的には160℃以上、より好ましくは180℃程度であることが好ましい。
【0034】
ついで、架橋性モノマーを添加する。架橋性モノマーとしてはTAICが特に好ましい。架橋性モノマーの添加量は、ポリ乳酸とPBATの合計100質量部に対して5質量部以上10質量部以下が好ましい。
添加後、架橋性モノマーが均一になるように撹拌混合する。
ついで、さらに溶媒を乾燥除去しても良い。
このようにして、ポリ乳酸とPBATと架橋性モノマーとを少なくとも含む組成物を調製する。
【0035】
前記組成物を再び加熱などにより軟化させて、シート、フィルム、繊維、トレイ、容器または袋等の所望の形状に成形する。この成形は、組成物を調製したあと、例えば溶媒に溶解した状態のまま続けて行っても良いし、一旦冷却または溶媒を乾燥除去した後に行っても良い。
【0036】
ついで、得られた成形物に電離性放射線を照射し、ポリ乳酸とPBATを架橋させ、生分解性架橋体を得る。
電離性放射線は、電子線加速器による電子線照射が好ましい。
放射線照射量は80kGy以上150kGy以下の範囲から架橋性モノマーの配合量等に応じて適宜選択する。
【0037】
このようにして得られる本発明の生分解性架橋体においては、そこに含まれるポリ乳酸とPBATの実質的に全てが架橋されていることが好ましい。
すなわち、本発明の生分解性架橋体にポリ乳酸とPBATと架橋性モノマーのみが含まれている場合は、生分解性架橋体のゲル分率が実質的に100%となることが好ましい。
一方、本発明の生分解性架橋体にポリ乳酸とPBATと架橋性モノマー以外の他の成分が含まれている場合は、当該他の成分がゲル分率を測定するときの溶媒であるクロロホルムに可溶か否かを判断して、下記式に基づき生分解性架橋体のゲル分率の値を補正し、ポリ乳酸とPBATの架橋度合いを示す補正ゲル分率が実質的に100%となることが好ましい。
補正ゲル分率(%)
={(ゲル分乾燥質量−α)/(生分解性架橋体の乾燥質量−α−β)}×100
α;ポリ乳酸とPBATと架橋性モノマー以外の他の成分であって、
クロロホルムに不溶または難溶である成分の質量の総和
β;ポリ乳酸とPBATと架橋性モノマー以外の他の成分であって、
クロロホルムに可溶である成分の質量の総和
【実施例】
【0038】
以下、本発明について実施例および比較例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0039】
ポリ乳酸として、ペレット状の三井化学(株)製ポリ乳酸レイシア(LACEA)H−400を使用した。PBATとして、ペレット状のBASF社製エコフレックス(Ecoflex)を使用した。これらをポリ乳酸:PBAT=4:1の割合で混合した。
アリル系架橋性モノマーの1種であるTAICを用意し、押出機(池貝鉄工(株)製PCM30型)を用いてシリンダ温度180℃でポリ乳酸とPBATの混合物を溶融押出する際に押出機のペレット供給部にTAICをペリスタポンプにて定速滴下することでポリ乳酸およびPBATにTAICを添加した。その際、TAICの配合量がポリ乳酸とPBATの合計100質量部に対して7質量部になるように、TAICの滴下速度と押出機の押出速度の比率を調整した。押出品は水冷ののちにペレタイザーにてペレット化し、ポリ乳酸とPBATと架橋性モノマーを含むペレット状の組成物を得た。
【0040】
この組成物を180℃でシート状に熱プレスしたのち水冷で急冷し、500μm厚のシートを作製した。
このシートに対し、空気を除いた不活性雰囲気下で電子加速器(加速電圧10MeV、電流量12mA)により電子線を100kGy照射し、本発明の生分解性架橋体を得た。
【0041】
(実施例2)
ポリ乳酸:PBATの混合比を9:1としたこと以外は実施例1と同様にして本発明の生分解性架橋体を得た。
【0042】
(比較例1〜5)
TAICを配合しなかったこと以外は実施例1,2と同様にして、各々比較例1,2とした。
また、電子線照射を行わなかったこと以外は実施例1,2と同様にして、各々比較例3,4とした。
さらに、PBATを混合しなかったこと以外は実施例1と同様にして比較例5とした。
【0043】
実施例および比較例において、生分解性架橋体のゲル分率を下記方法で評価し、柔軟性を調査するために曲げ性試験を、耐熱性を調査するために温水浸漬試験を下記方法で行った。
(1)ゲル分率の評価
各生分解性架橋体の乾燥質量を正確に計ったのち、200メッシュのステンレス金網に包み、クロロホルム液の中で48時間煮沸したのちに、クロロホルムに溶解したゾル分を除いて残ったゲル分を得た。50℃で24時間乾燥して、ゲル中のクロロホルムを除去し、ゲル分の乾燥質量を測定した。得られた値をもとに下記式に基づきゲル分率を算出した。
ゲル分率(%)=(ゲル分乾燥質量/生分解性架橋体の乾燥質量)×100
【0044】
(2)曲げ性試験
シートを幅1cm長さ15cmのスティック状にカットし、両端を手でもって曲げ角90°になるように曲げ、数秒間静止したのち手を離し、サンプルが折れたり、折れ目・折れ癖がついたりしていないか観察した。
【0045】
(3)温水浸漬試験
シートを幅1cm長さ5cmのスティック状にカットし、90℃の水中に5分間浸漬して変形するか否かを観察した。
【0046】
前記評価の結果を、製造条件の相違点とともに下記の表1にまとめた。
【表1】

【0047】
(評価結果)
実施例1,2およびPBATを配合せずポリ乳酸のみを用いた比較例5ではゲル分率がほぼ100%であり、生分解性架橋体中のほとんどの構成分子が架橋により一体化していた。これらに対して、TAICを混合しなかった比較例1,2および電子線照射をしなかった比較例3,4では架橋がみられなかった。
PBATを配合した実施例1,2および比較例1〜4は柔軟性に富み、曲げ性試験では問題なく曲がり、弾性的に元の形状に復帰した。これらに対して、PBATを配合しなかった比較例5は硬く、曲げ性試験において90°に曲げた結果、折れてしまった。
温水浸漬試験では、ほとんどの構成分子が架橋されている実施例1,2および比較例5は温水中でも形状を維持するのに対して、架橋がみられなかった比較例1〜4は収縮して丸まり塊状に変形した。
以上の評価結果から明らかなように、実施例1,2では柔軟性と耐熱性が両立されているが、比較例ではいずれかの性質に問題があることが確認出来た。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】5質量%のTAICを混練したPBATにおける電子線照射量とゲル分率の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体を含み、かつ前記両者が架橋により一体化されていることを特徴とする生分解性架橋体。
【請求項2】
ポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体の混合比が19:1〜1:19である請求項1に記載の生分解性架橋体。
【請求項3】
ポリ乳酸と、ポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体と、架橋性モノマーとを少なくとも含む組成物を作製する工程と、
前記工程で得られた組成物を成形する工程と、
前記工程で得られた成形物に電離性放射線を照射してポリ乳酸とポリブチレンアジペートテレフタレート共重合体とを架橋することにより一体化させる工程とを含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の生分解性架橋体の製造方法。
【請求項4】
前記架橋性モノマーとして、アリル系架橋性モノマー、アクリル系もしくはメタクリル系架橋性モノマーが用いられる請求項3に記載の生分解性架橋体の製造方法。
【請求項5】
電離性放射線の照射量が10kGy以上200kGy以下である請求項3または請求項4に記載の生分解性架橋体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−63360(P2007−63360A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−249340(P2005−249340)
【出願日】平成17年8月30日(2005.8.30)
【出願人】(599109906)住友電工ファインポリマー株式会社 (203)
【Fターム(参考)】