説明

生殖細胞の保存容器及び保存方法

【課題】生殖細胞が充填された複数のストローを長時間安定して正確に輸送することができる生殖細胞の保存容器を供すること。
【解決手段】断熱性を有して凹状部35が設けられた本体部30と、断熱性を有して本体部30に装着されて凹状部35を覆う蓋部40と、凹状部35及び蓋部40の内側面の略全面に対し装填される蓄熱材60a,60bと、生殖細胞が充填された複数のストロー80を収容するストロー保持部70とを有し、ストロー保持部70は複数のストロー80が個別に収容される複数の収容部71が均等な間隔で並列に連なり、蓄熱材60a,60bによって挟持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生殖細胞の保存容器及び保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、牛胚移植には、牛胚を新鮮な状態で移植する新鮮胚移植と、牛胚を凍結した後に移植する凍結胚移植がある。これらの移植を受胎率で比較すると、牛胚を凍結せずに新鮮胚で移植した方が高い受胎率が得られる傾向にある。これは、牛胚を凍結しない方が牛胚へのダメージが少ないからと考えられている。
【0003】
このように、新鮮な生殖細胞(卵子、精液、胚等)は温度感作に敏感であるため、移植等を行う場合には温度変化を抑えて運ぶ必要がある。従来、恒温槽を備えた輸送装置によって生殖細胞が輸送されてきたが(特許文献1)、このような装置は温度調節機構等の電子部品やヒータを有するため高価であり、このことが一般の移植師に広く普及していないことの原因のひとつとして考えられた。
【0004】
そこで、出願人は、安価でありながら、移送中及び移送先で生殖細胞が充填されたストローが外気に触れる時間を短くして、急激な温度変化を生殖細胞に与える虞のない輸送容器として、防振断熱材によってストローを挟持する断熱性の輸送容器を提案している(特許文献2)。
【0005】
【特許文献1】特開平5−310501号公報(請求項1)
【特許文献2】特開2007−045790号公報(請求項1,[0022]〜[024],図1〜図3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この特許文献2に記載された従来技術によれば、比較的近距離の場所に生殖細胞を輸送する場合には、輸送容器内において安定して設定温度を維持できるが、輸送時間が長くなる遠距離の場所に輸送する場合には外気の温度が影響を及ぼす虞がある。また、1個の輸送容器には1本乃至2本のストローしか収容できないため、一度に複数本のストローを輸送する場合には、最大でストローの数量分だけ輸送容器が必要となっていた。また、複数のストローを輸送する場合、開閉時等に輸送容器内で配置が変わる可能性があり、どのストローに何が充填されているのかが分からなくなる虞がある。
【0007】
そこで、本発明は上記欠点を解決し、生殖細胞が充填された複数のストローを長時間安定して正確に輸送することができる生殖細胞の保存容器を供することを目的とする。また、本発明は生殖細胞が充填された複数のストローを長時間安定して正確に輸送するための保存方法を供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような課題を解決するため、本発明の生殖細胞の保存容器は、断熱性を有して凹部が設けられた本体部と、断熱性を有して前記本体部に装着されて前記凹部を覆う蓋部と、変形自在であり前記凹部及び前記蓋部の内側面の略全面を覆い装填される蓄熱材と、生殖細胞が充填された複数のストローを収容するストロー保持部とを有し、前記ストロー保持部は前記複数のストローが個別に収容される複数の収容部が均等な間隔で並列に連なり、前記蓄熱材によって挟持されることを特徴とする。
また、前記蓄熱材は所定の温度において固相と液相の相転移を行うことを特徴とする。
また、前記ストロー保持部は識別記号を記入する複数の記入欄が設けられ、該複数の記入欄は前記複数の収容部と一対一対応であることを特徴とする。
また、本発明の生殖細胞の保存方法は、生殖細胞が充填された複数のストローを均等な間隔で収容するストロー保持部を、所定の温度において固相と液相の相転移を行う蓄熱材によって、断熱性を有する容器内で挟持する生殖細胞の保存方法であって、前記蓄熱材は、前記容器外の温度が前記所定の温度より低い場合は液相の状態で前記ストロー保持部を挟持し、前記容器外の温度が前記所定の温度より高い場合は固相の状態で前記ストロー保持部を挟持することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明による生殖細胞の保存容器及び保存方法によれば、断熱性容器内で、ストローを収容するための収容部を複数有するストロー保持部が蓄熱材によって挟持されるため、生殖細胞が充填された複数のストローを長時間安定して正確に輸送することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
次に、実施の形態を示す図面に基づき本発明による生殖細胞の保存容器及び保存方法をさらに詳しく説明する。なお、便宜上同一の機能を奏する部分には同一の符号を付してその説明を省略する。
【0011】
図1(A)は本発明による生殖細胞の保存容器1を示した斜視図、図1(B)は図1(A)のA−A断面図、図1(C)は図1(A)のB−B断面図である。本体部30は、例えば発泡スチロールのような断熱材によって構成される底部31及び側部33からなり、上部に開口した凹状部35を形成する。側部33の上端部37は、その外縁部37aが内縁部37bより低く形成されており、外縁部37aが段部38aを、内縁部37bが凸部38bをそれぞれ形成する。本体部30の凹状部35は、蓋部40によって開閉自在となっている。
【0012】
該蓋部40は、下面(内側面)の外周に凸部41aを、該凸部41aの内側に凹部41bをそれぞれ形成する。そして、凹部41bよりも内側は全て凸部43となる。ここで、段部38a及び凸部41a、凸部38b及び凹部41bはそれぞれ幅が略同じであり、凸部38bと凸部41aの高さが略同じとなるように形成される。また、凸部43の幅(縦、横)は凹状部35の幅(縦、横)と略同じに形成される。これにより、本体部30と蓋部40とが嵌合自在となる。この際、蓋部40には凸部43が形成されているため、本体部30と蓋部40とはしっかりと嵌合することができる。なお、本体部30と蓋部40とが嵌合すると、保存容器1内に閉空間50が形成される。
【0013】
該閉空間50には、グリセリン系化合物が袋体に封入された蓄熱材60a,60bがそれぞれ凹状部35の底部と凸部43の内側面との略前面を覆うように装填され、該蓄熱材60aと蓄熱材60bとにより、生殖細胞がストローパウダー又は熱シール等によって封入されたストロー80を収容するための収容部71を複数備えたストロー保持部70が挟持される。閉空間50の高さは蓄熱材60a,60b及びストロー保持部70を重ねた厚さに略等しいため、蓄熱材60a,60b及びストロー保持部70は凹状部35と蓋部40とによって挟持される。また、蓄熱材60a,60bの幅(縦、横)は、凹状部35の底部と略同じ大きさである。よって、蓄熱材60a,60b及びストロー保持部70は、閉空間50内において上下左右にずれることが殆どない。また、閉空間50内は蓄熱材60a,60b及びストロー保持部70で略充填され、余分な空間がないので断熱効果が高まる。
【0014】
上記ストロー保持部70は、例えばポリプロピレン等のプラスチックからなり、蓄熱材60aと蓄熱材60bとにそれぞれ接する下面73と上面75との間に複数の側面77が並列に設けられてなる(図2参照)。これにより下面73、上面75及び隣接する2つの側面77によって上記した収容部71が複数構成される。
【0015】
該収容部71の高さ(側面77の高さ)及び幅(側面77の間隔)はいずれもストロー80の外径と同程度に形成される。これにより収容部71に挿入されたストローは摩擦によって保持され抜け落ちることがない。
【0016】
また、ストロー保持部70の上面75には、各収容部に対応して識別記号の記入欄(図示省略)が設けられている。この記入欄は1つの収容部に対して1つ設けられているため、識別記号を記入することでどの収容部に何の生殖細胞が充填されたストローが収容されているか容易に識別することが可能となる。
【0017】
上記蓄熱材60aは、グリセリン系化合物の種類を変えることにより固相と液相の間の相転移温度を任意に設定できる。例えば、相転移温度を20℃に設定した場合、20℃より温度が低ければ固相になり、反対に高ければ液相になる。20℃のときには固相と液相が混じり合った状態になり、この間は温度が一定に保たれる。そして、固相から液相への相転移(融解)も液相から固相への相転移(凝固)も潜熱を伴うため他の温度帯より一定温度が長く保たれる。
【0018】
そのため、気温が蓄熱材60a,60bの設定温度より低い条件、例えば気温が5℃の場合には、蓄熱材60aの温度を20℃より若干高い温度、例えば23℃に保持し液相の状態にしておけば気温の影響を受けて徐々に温度が下がっても液相から固相に相転移する20℃前後の温度帯が長く保持される。
【0019】
また、気温が蓄熱材60a,60bの設定温度より高い条件、例えば気温が45℃の場合には、蓄熱材60aの温度を20℃より若干低い温度、例えば17℃に保持し固相の状態にしておけば気温の影響を受けて徐々に温度が上がっても固相から液相に相転移する20℃の温度帯が長く保持される。
【0020】
図3の実線は、保存容器1を寒冷(5℃)の環境下(冷蔵庫)に設置したときの保存容器1に収容したストロー80内の温度変化を示したグラフである。縦軸が温度を、横軸が経過時間を示しており、破線は寒冷環境下の温度推移を示したグラフである。相転移温度が20℃に設定された蓄熱材を用い、初期温度を23℃として実験を行った。このグラフから外気温度が5℃前後にあるときに、保存容器1内の温度は、経過時間が12時間を超えても新鮮胚の設定温度(20℃前後)を維持することができることを確認した。なお、図示しないが、保存容器1を暑熱(45℃)の環境内に設置したときの保存容器1内の温度変化も寒冷の場合と同様に、経過時間が12時間を超えても設定温度(20℃前後)を維持することができることを確認した。
【0021】
本発明による生殖細胞の保存容器は保存及び輸送のみを用途とするものではなく、その他の用途にも利用することができる。例えば、凍結胚移植を行う場合など、一旦凍結させた生殖細胞を融解させるときは、それぞれの生殖細胞に適した一定の温度で行われることが求められる。例えば凍結させた牛胚を融解させる場合、20℃の微温湯に浸漬させることがあるが、この際、恒温槽を利用せずに感覚に頼って微温湯を作るとどうしても誤差が生じてしまう。
【0022】
本発明による生殖細胞の保存容器を用いれば、蓄熱材の固相と液相が混じり合っている状態では設定温度が維持されているため、例えば設定温度20℃の蓄熱材であれば、固相と液相が混じり合った状態のときは20℃前後であり、それが目視によって確認できる。そのため誤差が生じ難く、簡便に目的の温度を得ることができる。また、融解後はそのまま保存容器内で保存することができる。
【0023】
以上、本発明の実施の形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成は実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。例えば、本体30及び蓋部40について発泡スチロールを材料に用いた構成を示したが、これに限られず、例えば内側に真空の断熱層を備える構造であっても良い。なお、発泡スチロールを材料とした方がより安価であり、また軽量であるため携帯性に優れる。
【0024】
また、蓄熱材として相転移温度が20℃である例を示したが、これに限られず、グリセリン系化合物の種類を変えることにより固相と液相の間の相転移温度を任意に設定できる。また、蓄熱材の材料としてグリセリン系化合物を示したが、これに限られない。また、蓄熱材の構造としてグリセリン系化合物を単純に袋体に封入した例を示したが、例えばグリセリン系化合物をマイクロカプセルに封入し、該マイクロカプセルとゲル状またはゾル状物質とを混合させた混合物を袋体に封入しても良い。
【0025】
また、ストロー保持部70の収容部71の高さ及び幅をストロー80の外径と同程度である構成を示したが、これに限られず、例えばストロー80の外径より大であっても良い。この場合、収容部内あるいは収容部入り口にシリコンゴム等による挟持部を設けることで、ストローが摩擦によって保持される。
【0026】
また、ストロー保持部70はプラスチックに限られず、例えばシリコンゴムでも良い。シリコンゴムは伸縮性に優れているため、外径が異なるストローを同時に保持することができる。
【0027】
また、ストロー保持部70の記入欄は、幅を収容部の幅と略同じにして収容部の連設方向に並べて設けても良いが、一般的なストローは外径が細いため収容部1個分の幅で記入欄を設けても記入が困難である。そこで、記入欄の幅を収容部の幅より大とし、該記入欄を収容部の長手方向にずらして設けても良い。例えば記入欄の幅を収容部2個分の幅とし、記入欄の位置を収容部の入り口側と奥側とで交互に設けてもよい。この場合、どの記入欄がどの収容部に対応するのか明確に認識できるように記入欄から収容部に対して引き出し線等を設けることが望ましい。
【0028】
また、ストロー保持部70は蓄熱材60a,60bに直接接触しているが、例えばクッション性を有する緩衝材で保護してから蓄熱材で挟持しても構わないし、ストロー保持部がシリコンゴム製の場合には硬質のカバーで保護してから蓄熱材60a,60bで挟持しても構わない。
【0029】
また、気温が蓄熱材60a,60bの設定温度より高い場合と低い場合とで異なる保存又は輸送方法を示したが、例えば、保存容器1を蓄熱材60a,60bの設定温度より低い温度設定がなされた保温容器(例えば保冷剤を入れた断熱性容器)に入れて保存又は輸送するようにすれば、常に蓄熱材の設定温度より低い場合の保存方法となるため気温を気にすることなく作業を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】(A)は本発明の一実施の形態に係る生殖細胞の保存容器の斜視図を示す。(B)は(A)のA−A断面図を示す。(B)は(A)のB−B断面図を示す。
【図2】本発明の一実施の形態に係る生殖細胞の保存容器を構成するストロー保持部の斜視図である。
【図3】保存容器内の温度と経過時間との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0031】
1…保存容器、30…本体部、31…底部、33…側部、35…凹状部、37…上端部、37a…外縁部、37b…内縁部、40…蓋部、41a…凸部、41b…凹部、43…凸部、50…閉空間、60a,60b…蓄熱材、70…ストロー保持部、71…収容部、73…下面、75…上面、77…側面、80…ストロー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
断熱性を有し凹部が設けられた本体部と、
断熱性を有し前記本体部に装着されて前記凹部を覆う蓋部と、
前記凹部及び前記蓋部の内側面の略全面に対し装填される蓄熱材と、
生殖細胞が充填された複数のストローを収容するストロー保持部とを有し、
前記ストロー保持部は前記複数のストローが個別に収容される複数の収容部が均等な間隔で並列に連なり、前記蓄熱材によって挟持されることを特徴とする生殖細胞の保存容器。
【請求項2】
前記蓄熱材は所定の温度において固相と液相の相転移を行うことを特徴とする請求項1に記載の生殖細胞の保存容器。
【請求項3】
前記ストロー保持部は識別記号を記入する複数の記入欄が設けられ、各記入欄は各前記収容部と一対一に対応していることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の生殖細胞の保存容器。
【請求項4】
生殖細胞が充填された複数のストローを、所定の温度において固相と液相の相転移を行う蓄熱材によって、断熱性を有する容器内で挟持する生殖細胞の保存方法であって、
前記複数のストローはストロー保持部によって均等な間隔で収容され、
前記蓄熱材は、前記容器外の温度が前記所定の温度より低い場合は液相の状態で前記ストロー保持部を挟持し、前記容器外の温度が前記所定の温度より高い場合は固相の状態で前記ストロー保持部を挟持することを特徴とする生殖細胞の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−98971(P2010−98971A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271584(P2008−271584)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【出願人】(391011700)宮崎県 (63)
【Fターム(参考)】