説明

生物学的リン除去方法

【課題】生物学的リン除去方法において、有機物が十分に供給されているにもかかわらずリン放出能力が悪化してしまった場合に、これを回復させる。
【解決手段】嫌気槽におけるリン放出工程と好気槽におけるリン摂取工程とを含む活性汚泥法による生物学的リン除去方法において、嫌気槽におけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽におけるリン除去能力が悪化したときに、嫌気槽内の被処理水に接触させた電極の電位をリン放出が正常に起こっているときの嫌気槽内部の酸化還元電位よりも低い値に制御し、リン放出能力を回復させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学的リン除去方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、嫌気槽におけるリン放出工程と好気槽におけるリン摂取工程とを含む、活性汚泥法による生物学的リン除去方法において、嫌気槽におけるリン放出能力が悪化したときに、これを回復することのできる生物学的リン除去方法に関する。
【0002】
尚、本明細書における電位の値は、銀/塩化銀電極を基準とする値である。
【背景技術】
【0003】
下水等の被処理水に含まれるリンを除去する方法として、化学的な処理方法である凝集沈殿法と、生物学的な処理方法である生物学的リン除去方法が知られている。
【0004】
凝集沈殿法は、塩化第二鉄や硫酸第二鉄などの鉄塩、硫酸アルミニウム及びポリ塩化アルミニウム等の凝集剤を用いて、被処理水に含まれるリンを沈殿させて回収することにより除去するものである。この方法は、リンを確実に除去できる反面、凝集剤自体にかかる費用や余剰汚泥量の増加に伴う処理費の上昇等によって、ランニングコストが嵩んでしまう問題がある。
【0005】
生物学的リン除去方法は、活性汚泥に含まれるポリリン酸蓄積細菌の性質を利用したリン除去方法である。ポリリン酸蓄積細菌は、嫌気性環境下においては細胞中のリンを放出しながらエネルギー源の有機物を摂取・蓄積するが、環境を好気性にシフトさせると、蓄積した有機物を分解しながら、嫌気性環境下において放出したリンの量よりも多くのリンを摂取する。この性質を利用することで、下水等の被処理水中からリンを除去することができる。この方法は、生物学的な作用によってリンの除去を行うものであることから、凝集沈殿法と比較してランニングコストが安く済むという利点があり、実際に実用化も進められている状況にある。
【0006】
しかしその一方で、生物学的リン除去方法は、不安定化しやすいという問題を有している。この問題の主たる原因として、嫌気性環境でポリリン酸蓄積細菌が十分な量の有機物を摂取できないことが挙げられる。具体的には、被処理水中の有機物濃度が低い場合や、ポリリン酸蓄積細菌以外の細菌が有機物を摂取してしまう場合がある。いずれの場合でも、ポリリン酸蓄積細菌によるリンの放出量が減少するため、その後の好気性環境におけるリン摂取量も減少する。そこで、引用文献1では、嫌気槽出口の酸化還元電位(ORP)値をモニタリングし、この値が−400mV以上−200mV以下の範囲に維持されるように、好ましくは、−350mV以上−250mV以下の範囲に維持されるように有機酸を嫌気槽に添加することで、嫌気槽におけるリン放出能力を安定に維持して、生物学的リン除去方法を安定に実施するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−144264号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、生物学的リン除去方法においては、リン放出能力を安定に維持するという観点から、嫌気槽に対する有機酸などの有機物の添加が検討されている。しかしながら、本願発明者等の実験や非特許文献1(Cech J.S., Hartman P. (1993) Water Research, Vol.27, pp1219-1225)によると、嫌気槽に対する有機物の供給量が十分であっても、リン放出能力を安定に維持できずに悪化してしまう場合があることが確認されている。したがって、生物学的リン除去方法の今後の実用化の拡大に鑑みると、有機物が十分に供給されているにもかかわらずリン放出能力が悪化してしまった場合に、これを回復する手法を確立しておくことも重要且つ意義のあることと考えられる。
【0009】
そこで、本発明は、生物学的リン除去方法において、有機物が十分に供給されているにもかかわらずリン放出能力が悪化してしまった場合に、これを回復させることのできる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、生物学的リン除去方法を模擬する実験を行い、各種検討を行った。
【0011】
リン放出が正常に起こっているときの嫌気槽内部(被処理水)の酸化還元電位が−0.5Vである嫌気槽において、嫌気槽内の被処理水に電極を接触させて電極電位を−0.2Vに制御したところ、有機物供給量を変えていないにもかかわらず、嫌気槽におけるリン放出能力が大幅に低下し、電極電位の制御を止めた後も、リン放出能力は低下し続けて、最終的にはリン放出能力が極めて低い状態(0〜3mg/L)で低迷し、リン放出能力の悪化に至ることが確認された。このときの嫌気槽内の被処理水の酸化還元電位は+0.1Vであった。
【0012】
そこで、この状態からのリン放出能力の回復について検討した結果、通常時の嫌気槽内部の酸化還元電位(−0.5V)よりも高い電位である−0.4Vに電極電位を制御した場合にはリン放出能力が回復する傾向は見られなかったが、通常時の嫌気槽内部よりも低い電位である−0.6Vに電極電位を制御すると、リン放出能力が回復する傾向が見られた。この傾向は−0.8Vに電極電位を制御した場合にも見られた。
【0013】
本願発明者等は、上記の新規知見に基づき、生物学的リン除去方法において、嫌気槽におけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽におけるリン放出能力が悪化したときに、嫌気槽内の被処理水に接触させた電極の電位をリン放出が正常に起こっているときの嫌気槽内部の酸化還元電位よりも低い値に制御することで、嫌気槽におけるリン放出能力を回復させることが可能であることを知見するに至り、本願発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明の生物学的リン除去方法は、嫌気槽におけるリン放出工程と好気槽におけるリン摂取工程とを含む活性汚泥法による生物学的リン除去方法において、嫌気槽におけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽におけるリン放出能力が悪化したときに、嫌気槽内の被処理水に接触させた電極の電位をリン放出が正常に起こっているときの嫌気槽内部の酸化還元電位よりも低い値に制御し、リン放出能力を回復させるようにしている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、生物学的リン除去方法において、嫌気槽におけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽におけるリン放出能力が悪化したときに、リン放出能力を回復させることが可能となる。したがって、嫌気槽におけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で、不測の事態等によりリン放出能力を一時的に安定に維持することができなくなって、リン放出能力が悪化した場合に、これを回復させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の生物学的リン除去方法を実施するための生物学的リン除去設備の一例を示す構成概略図である。
【図2】本発明の生物学的リン除去方法を実施するための生物学的リン除去設備の他の例を示す構成概略図である。
【図3】嫌気槽の構成の一例を示す断面図である。
【図4】実施例で使用した生物学的リン除去設備(リアクター)の概略図である。
【図5】実施例で使用した嫌気槽の構成を示す図である。
【図6】実施例で使用した嫌気槽内に収容されている対電極槽としての小容器の構成を示す図である。
【図7】嫌気槽におけるリン酸吐き出し量の電位による変化を示す図である。
【図8】定量PCRの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0018】
本発明の生物学的リン除去方法は、嫌気槽におけるリン放出工程と好気槽におけるリン摂取工程とを含む活性汚泥法による生物学的リン除去方法において、嫌気槽におけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽におけるリン放出能力が悪化したときに、嫌気槽内の被処理水に接触させた電極の電位をリン放出が正常に起こっているときの嫌気槽内部の酸化還元電位よりも低い値に制御し、リン放出能力を回復させるようにしている。
【0019】
本発明の生物学的リン除去方法は、例えば図1に示す設備により実施される。
【0020】
図1に示す生物学的リン除去設備1は、最初沈殿池1a、嫌気槽1b、好気槽1c、最終沈殿池1dから構成され、下水等の被処理水がこの順で通過し処理される。
【0021】
最初沈殿池1aでは、被処理水から浮遊物等が沈降除去される。
【0022】
嫌気槽1bでは、嫌気条件下にて、被処理水が活性汚泥と共に攪拌される。これにより、活性汚泥に含まれるポリリン酸蓄積細菌の細胞内に蓄積しているリンが放出される。
【0023】
好気槽1cでは、曝気(エアレーション)が行われて、好気条件下にて、被処理水が活性汚泥と共に攪拌される。これにより、活性汚泥に含まれるポリリン酸蓄積細菌がリンを摂取する。そして、この際のポリリン酸蓄積細菌のリンの摂取量は、嫌気槽1bにおけるポリリン酸蓄積細菌のリンの放出量よりも多い。
【0024】
最終沈殿池1dでは、活性汚泥が被処理水から沈降分離され、上澄み液が放流される。沈降分離された活性汚泥は、返送汚泥として返送ポンプ等により嫌気槽1bに返送されると共に、その一部は余剰汚泥として引き抜かれる。余剰汚泥にはリンが高濃度に含まれることから、被処理水に含まれていたリンは余剰汚泥の形で系外に引き抜かれることになる。
【0025】
本発明では、嫌気槽1bにおけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときに、リン放出が正常に起こっているときの嫌気槽1b内部(嫌気槽1b内の活性汚泥を含む被処理水)の酸化還元電位よりも低い電位を被処理水に浸漬した電極9に印加して、嫌気槽1bにおけるリン放出能力を回復させるようにしている。
【0026】
嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときとは、嫌気槽1bにおけるリン放出(吐き出し)量が低い値で低迷したとき、具体的には、リン放出量が3mgP/L未満となったとき、より具体的には0mgP/L超〜3mgP/L未満となったとき、さらに具体的には2mgP/L〜3mgP/L未満となったときを意味している。より詳細には、嫌気槽1bにおけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下、具体的には、10mgP/L以上のリン放出が起こり得る量の有機物が供給されている状況にもかかわらず、リン放出量が上位範囲となったときを意味している。
【0027】
リン放出が正常に起こっているときの嫌気槽1b内部の酸化還元電位(以下、通常時における嫌気槽1b内部の酸化還元電位と呼ぶこともある)は、被処理水中のDO(溶存酸素)、NO−N(硝酸性窒素、亜硝酸性窒素)負荷によって変動する。具体的には、水面からの酸素の溶け込みや、返送汚泥中のDO、NO−Nが多くなる程、酸化還元電位は高まり、少なくなる程、酸化還元電位は低下する。また、有機物が存在すると、DOやNO−Nを消費する生物反応が生じるため、嫌気槽1b内部の酸化還元電位を下げることとなる。これらのバランスによって酸化還元電位が決まるため、嫌気槽の形状や流入水が異なれば、通常時の酸化還元電位も異なる値となる。本実施例では、嫌気槽を密閉して水面と酸素が触れない構造としたため、比較的低い値である−0.5Vを示したが、嫌気槽の上部が開放されている場合、より高い酸化還元電位を示すと考えられる。
【0028】
したがって、例えば、通常時における嫌気槽1b内部の酸化還元電位が−0.25Vである場合には、嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときに、電極9の電位を−0.25V未満とすればよい。より具体的には、投入した電気エネルギーとリン放出能力の回復力との兼ね合いによって、電極9の電位を−0.25V未満、−0.3V以下、−0.4V以下、−0.5V以下、または−0.6V以下に制御すればよい。
【0029】
また、例えば、通常時における嫌気槽1b内部の酸化還元電位が−0.3Vである場合には、嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときに、電極9の電位を−0.3V未満とすればよい。より具体的には、投入した電気エネルギーとリン放出能力の回復力との兼ね合いによって、電極9の電位を−0.3V未満、−0.4V以下、−0.5V以下、または−0.6V以下に制御すればよい。
【0030】
さらに、例えば、通常時における嫌気槽1b内部の酸化還元電位が−0.4Vである場合には、嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときに、電極9の電位を−0.4V未満とすればよい。より具体的には、投入した電気エネルギーとリン放出能力の回復力との兼ね合いによって、電極9の電位を−0.4V未満、−0.5V以下、または−0.6V以下に制御すればよい。
【0031】
また、例えば、通常時における嫌気槽1b内部の酸化還元電位が−0.5Vである場合には、嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときに、電極9の電位を−0.5V未満とすればよい。より具体的には、投入した電気エネルギーとリン放出能力の回復力との兼ね合いによって、電極9の電位を−0.5V未満または−0.6V以下に制御すればよい。
【0032】
ここで、電極9の電位は、低下させ過ぎてもリン放出能力の回復力が飽和して投入した電気エネルギーに対する見返りが十分なものとならず無駄となり得、また水の電気分解反応が起こることによってリン放出能力の回復が阻害される虞がある。したがって、電極9の電位は、−1.0V以上とすることが好適であり、−0.9V以上とすることがより好適であり、−0.8V以上とすることがさらに好適である。
【0033】
本発明の生物学的リン除去方法を実施するための嫌気槽1bの構成の一例を図3に示す。
【0034】
嫌気槽1bとしての容器20は、例えば、コンクリート、ガラス、プラスチック、絶縁処理を施した金属等により構成され、被処理水流入部50、被処理水流出部51及び汚泥流入部52が備えられている。そして、容器20には、最初沈殿池1aからの被処理水4が被処理水流入部50から流入する。また、最終沈殿池1dからの返送汚泥が汚泥流入部52から流入する。そして、容器20内の被処理水4は一定の滞留期間を経て被処理水流出部51から好気槽1cに向けて流出する。
【0035】
容器20内の活性汚泥2を含む被処理水4には、作用電極9と参照電極11が浸されている。また、容器20内の被処理水4には、イオン交換膜6を少なくとも一部に備える小容器21が対電極槽8として浸され、小容器21の内部には、電解液4aが収容され、電解液4aには対電極10が浸されている。これにより、イオン交換膜6を介して被処理水4と電解液4aが接触する。
【0036】
作用電極9と対電極10と参照電極11は定電位設定装置12に結線され、定電位設定装置12により作用電極の電位を3電極方式で制御するようにしている。このように、3電極方式で作用電極9の電位を制御することで、作用電極9の電位を厳密に設定電位に制御することができる。詳細には、定電位設定装置(ポテンシオスタット)12により、作用電極9と参照電極11との間の電位差を測定し、この電位差が設定電位に達するように作用電極9と対電極10との間に電流を流し、基準となる参照電極11には一切電流が流れないようにしている。尚、3電極方式による電位制御については、例えば、電気化学測定法(上)、技報動出版株式会社、第1版15刷、2004年6月発行の6〜9ページにその詳細が記載されている。但し、作用電極9と対電極10の極間電圧のみで作用電極9の電位を制御できる場合には、3電極方式とせずともよい。
【0037】
作用電極9としては、例えばグラッシーカーボン等の炭素電極、白金電極等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、対電極10としては、作用電極9における還元反応を補完する酸化反応が生じ得る材質の電極、例えば炭素電極、白金電極等を用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0038】
ここで、図3において、容器20は密閉構造としているが、必ずしも密閉構造とせずともよい。
【0039】
また、小容器21は、その全体をイオン交換膜6で形成した袋状の容器としてもよいし、袋状の容器の片面だけをイオン交換膜6で構成したり、一つの面のさらに一部分をイオン交換膜6のみで構成するようにしてもよい。部分的にイオン交換膜6を用いる場合には、その他の部分は容器20と同様の上記材質で構成してもよいし、イオン交換膜6以外の膜材により構成してもよい。ここで、小容器21は必ずしも密閉構造とせずともよい。例えば、対電極10が被処理水4に直接接触しない範囲で、小容器21の上部を開放しても構わない。
【0040】
尚、図3において、対電極10と定電位設定装置12を結線する配線は、対電極10から発生するガスを容器20の外側に排出するガス排出管22の中を通過させているが、必ずしもこの構成には限定されず、配線をガス排出管22を通さずに定電位設定装置12と結線するようにしても構わない。また、上記のように小容器21の上部を開放した場合には、ガス排出管22は設けずともよい。
【0041】
図3に示す嫌気槽1bの構成によれば、作用電極9、参照電極11、内部に対電極10と電解液4aが収容された対電極槽8としての小容器21、及びこれらの電極が結線された定電位設定装置12を、生物学的リン除去方法を実施している既存の処理設備における嫌気槽の被処理水に電位を印加する電位印加ユニットとして取り扱うことができる。したがって、既存の処理設備に対して必要に応じて電位印加ユニットを設置して嫌気槽1bにおけるリン放出能力の回復を図ることができる。
【0042】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
【0043】
例えば、嫌気槽におけるリン放出工程と好気槽におけるリン摂取工程とを少なくとも含む活性汚泥法による生物学的リン除去方法として、生物学的硝化・脱窒を同時に実施する生物学的リン除去方法に対して本発明の方法を適用しても勿論良い。生物学的硝化・脱窒を同時に実施する生物学的リン除去方法するための設備の一例を図2に示す。図2に示す生物学的リン除去設備1’は、図1に示す生物学的リン除去設備1の構成に加えて、さらに嫌気槽1bと好気槽1cの間に無酸素槽1eが備えられている。最初沈殿池1a、嫌気槽1b、好気槽1c、最終沈殿池1dでは、図1に示す生物学的リン除去設備における処理と同様の処理が行われる。尚、好気槽1cでは、リンの摂取と同時に、アンモニア態窒素の硝化等も行われる。無酸素槽1eでは、溶存酸素のない無酸素条件下において、好気槽1cから循環返送される被処理水中の硝酸態窒素及び亜硝酸態窒素が、活性汚泥に含まれる脱窒細菌により窒素ガスに変換されて除去される。このような生物学的硝化・脱窒処理をリン除去処理と同時に行う設備を利用した生物学的リン除去方法において、上述の実施形態と同様に、嫌気槽1bにおけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときに、通常時における嫌気槽1b内の被処理水の酸化還元電位よりも低い電位を被処理水に浸漬した電極9に印加することで、嫌気槽1bにおけるリン放出能力を回復させて、生物学的リン除去方法によるリン除去処理を実施することが可能となる。
【0044】
また、嫌気槽におけるリン放出工程と好気槽におけるリン摂取工程とを少なくとも含む活性汚泥法による生物学的リン除去方法として、連続式ではなく回分式の生物学的リン除去方法に対して本発明を適用しても良い。回分式の生物学的リン除去方法は、嫌気条件下でのリン放出工程と好気条件下におけるリン摂取工程と沈殿処理工程とを同一の槽で順に実施する手法である。この場合にも、上述の実施形態と同様に、嫌気条件(リン放出工程)でリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下でリン放出能力が悪化したときに、通常時におけるリン放出工程の被処理水の酸化還元電位よりも低い電位を被処理水に浸漬した電極9に印加することで、リン放出工程におけるリン放出能力を回復させて、生物学的リン除去方法によるリン除去処理を実施することが可能となる。
【0045】
また、電極9に電位を制御するための構成は、図3に示す嫌気槽1bの構成には限定されず、電極9の電位を制御可能な他の構成としても構わない。
【0046】
さらに、上述の実施形態では、嫌気槽1bにおけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化したときに、リン放出能力の回復を図るようにしていたが、嫌気槽1bにおけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で嫌気槽1bにおけるリン放出能力が正常時よりも低下したときに、通常時における嫌気槽1b内の被処理水の酸化還元電位よりも低い電位を被処理水に浸漬した電極9に印加するようにしてもよい。この場合にも、一旦低下したリン放出能力の回復を図り得る場合がある。
【実施例】
【0047】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0048】
[実施例1]
連続式の嫌気好気法のリアクターを構築し、本発明の有効性について検討した。
【0049】
<リアクターの構成>
本実施例で使用した連続式の嫌気好気法のリアクターを図4に示す。嫌気槽1bに貯水タンクから送液ポンプにより流入水を供給した。流入水の組成を以下に示す。
【0050】
(流入水1Lあたりの組成)
・NHCl:107mg
・CaCl(二水和物):14mg
・MgSO(七水和物):180mg
・KHPO:50mg
・KHPO:30mg
・NaHCO:1680mg
・微量金属溶液:0.3mL
・アリルチオ尿素:5mg
【0051】
(微量金属溶液1Lあたりの組成)
・EDTA:10g
・FeSO(七水和物):1.54g
・HBO:150mg
・CuSO(五水和物):30mg
・MnCl(四水和物):120mg
・KI:180mg
・NaMoO(二水和物):60mg
・ZnSO(七水和物):120mg
・CoCl(六水和物):150mg
【0052】
また、酢酸封入ポリエチレン袋(ポリエチレン厚さ:0.05mm厚、15cm×8cm×2枚)とプロピオン酸封入ポリエチレン袋(ポリエチレン厚さ:0.05mm厚、20cm×4cm×1枚)を嫌気槽1b内に収容し、酢酸とプロピオン酸をポリエチレンから徐放させて嫌気槽1b内の流入水に供給した。酢酸の供給量は210mgCOD/L相当であり、プロピオン酸の供給量は190mgCOD/L相当であった。
【0053】
嫌気槽1bに流入した流入水は、最終沈殿池から返送された活性汚泥と共に嫌気条件下で攪拌した。嫌気槽1bの流入水の流入量は7.4Lとした。
【0054】
好気槽1cに流入した流入水及び活性汚泥は、曝気して好気条件下で攪拌した。好気槽1cの流入水の流入量は7.4Lとした。曝気風量は0.5L/分とした。
【0055】
最終沈殿池1dに流入した流入水及び活性汚泥は、沈殿処理して活性汚泥を沈殿させ、一部を余剰汚泥として回収すると共に、残りを返送汚泥として嫌気槽1bに返送した。上澄液は処理水として回収した。尚、種汚泥は、嫌気好気法(AO法)を採用している都市下水処理場から採取した。
【0056】
運転条件は、HRT(水理学的滞留時間)を嫌気槽8.1時間、好気槽8.1時間の合計16.2時間とし、汚泥返送率を100%とし、SRT(汚泥保持時間)を12日とした。水温は25℃とした。
【0057】
<嫌気槽1bの構成>
本実施例において使用した嫌気槽1bの構成を図5に示す。2.9L容の容器20に蓋30をし、蓋30の上面30aにはシリコーンゴム栓を設けて、配線や電極、管を通した際の容器20の密閉性を確保した。
【0058】
対電極槽8としての小容器21は、イオン交換膜6を成型して袋状(以下、袋21と呼ぶ)とした。実験で用いた小容器21の形態を図6に示す。具体的には、陽イオン交換膜(ナフィオンK、デュポン製)をヒートシーラーで熱圧着により加工して上部が開口した袋状の容器21とし、袋21の内部には対電極10を収容した。そして、対電極10と定電位設定装置12を結線するための配線31をガス排出管22に通した。ガス排出管22は両端が開口されており、一端を小容器21の内部に、他端を容器20の外側に配置するようにして、小容器21内で発生するガスが容器20の外側に排出されるようにした。袋状の小容器21の上部の開口部は、シリコン接着剤32で塞いだ。
【0059】
小容器21と作用電極9とを流入水4と接触可能に容器20内に収容し、小容器21のガス排出管22と作用電極9の配線は蓋30に設けたシリコーンゴム栓に通して容器20の外側に引き出した。銀・塩化銀参照電極11(RE-1B, BAS株式会社)は容器20の外側からシリコーンゴム栓に通して差し込むことにより流入水と接触可能に配置した。作用電極9と対電極10と参照電極11とを3電極式の定電位設定装置(ポテンシオスタット)12に結線して、作用電極9の電位を厳密に制御可能とした。実験中は容器20内に攪拌子34を収容して、流入水4と活性汚泥を攪拌し続けた。
【0060】
流入水4は被処理水流入部50から流入させた。また、容器20内の流入水4は一定の滞留期間を経て被処理水流出部51から好気槽1cに向けて流出させた。さらに、最終沈殿池1dからの返送汚泥は汚泥流入部52から流入させた。
【0061】
尚、作用電極9と対電極10は共に炭素板とした。作用電極9のサイズは15cm×3cm(5mm厚)、対電極10のサイズは15cm×2.5cm(5mm厚)とした。
【0062】
<分析方法>
流入水のリン濃度、嫌気槽1bの流入水のリン濃度、及び最終沈殿池1dの処理水のリン濃度を、工場排水試験法(JIS K 0102 46.1.1)のモリブデン青(アスコルビン酸還元)法に準じて測定した。そして、流入水量と返送汚泥量が等しいことから、嫌気槽におけるリン酸吐き出し量(リン酸放出量)を、以下の式により算出した。
【0063】
(リン酸吐き出し量の計算式)
リン酸吐き出し量=嫌気槽リン濃度−(流入水リン濃度+処理水リン濃度)/2
【0064】
<実験結果>
リン吐き出し量の電位制御による変化を図7に示す。
【0065】
電位制御を行っていない(酸化還元電位:−0.5V)の期間においては、リン放出が正常に起こっていることが確認された。また、流入水と嫌気槽の有機物濃度を比べることにより、嫌気槽1bに供給された有機物のほぼ全量が活性汚泥に摂取されていることを確認した。さらに、本実施例では、容器20を密閉して実験を行うと共に、流入水には硝酸性窒素や亜硝酸性窒素が含まれていなかったことから、DO及びNO−Nによる酸化還元電位への影響が小さく、且つ有機物による酸化還元電位への影響も小さい条件下で実験が行われたことになる。
【0066】
次に、リン放出が正常に起こっている状態から、電極の電位を−0.2Vに制御したところ、リン吐き出し量が正常時に比べて大幅に低下することが明らかとなった。
【0067】
そして、電位を−0.2Vに制御した後に、電位制御を行わずに実験を継続すると、酸化還元電位が+0.1Vとなり、リン吐き出し量も正常時に比べて極めて大幅に低下し、リン放出能力が悪化している状態(0mgP/L超〜3mgP/L未満)が維持されることが明らかとなった。このことから、リン放出が正常に起こり得る十分な量の有機物を供給したとしても、嫌気槽1bにおけるリン放出能力が低下し続けて最終的にはリン放出能力が悪化している状態に至る場合があることが明らかとなった。
【0068】
次に、電位を−0.4V、−0.6Vと段階的に低下させると、−0.6Vにおいて、リン吐き出し量が徐々に増加して14日程度で5mgP/L以上となり、リン放出能力が回復する傾向が見られた。そして、この傾向は、−0.8Vにおいても見られた。
【0069】
以上の結果から、−0.5Vで安定にリン放出が起こっていた嫌気槽1bにおいて、流入水4の酸化還元電位が上昇してリン放出能力が悪化した状態から、電極9に−0.6V以下の電位を印加することによって、リン放出能力を回復可能であることが明らかとなった。
【0070】
そして、この結果から、嫌気槽1bにおいてリン放出が安定に起こっているときの被処理水4の酸化還元電位を基準として、この酸化還元電位よりも低い電位を電極9に印加することによって、嫌気槽1bにおけるリン放出能力が悪化した場合に、これを回復できるものと考えられた。
【0071】
ここで、本実施例においては、ポリリン酸蓄積細菌に対して十分な量(つまり、リン放出が正常に起こり得る量)の有機物が供給されていたことから、リン放出能力の悪化は、活性汚泥に含まれるポリリン酸蓄積細菌以外の細菌による有機物の摂取が起こったことによって、ポリリン酸蓄積細菌が十分な量の有機物を摂取できなくなったことによるものと推察される。そして、嫌気槽1bにおいてリン放出が安定に起こっているときの被処理水4の酸化還元電位よりも低い電位を電極9に印加することによって、ポリリン酸蓄積細菌が優先的に有機物を摂取できるようになり、悪化したリン放出能力が回復したものと推察される。
【0072】
[実施例2]
ポリリン酸蓄積細菌の群集解析を行った。
【0073】
実施例1において、電極の電位を−0.2Vに制御した期間から−0.8Vに制御した期間にかけて、好気槽1cから定期的に活性汚泥を採取し、He等の方法(He et al.(2007)Appl Environ Microbiol, Vol.73, pp.5865-5874)により、ポリリン酸蓄積細菌(Accumulibacter)のppk1遺伝子を標的として、定量PCRを行った。そして、別途行ったクローニングの結果から、リアクター内に多く存在すると予想されたグループであるClade−IIC(以下、単にIICと呼ぶ)及びClade−IID(以下、単にIIDと呼ぶ)の2種類を定量した。
【0074】
結果を図8に示す。電極の電位を−0.2Vに制御すると、IIC及びIIDともにコピー数が減少する傾向が見られたが、実施例1において嫌気槽1bにおけるリン放出能力が回復する傾向を示した−0.6Vでは、IICについてのみコピー数が増加する傾向が見られた。この結果から、IIC遺伝子を持つ細菌群が、リン放出能力の回復に何らかの形で寄与している可能性が示唆された。
【符号の説明】
【0075】
1b 嫌気槽
1c 好気槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
嫌気槽におけるリン放出工程と好気槽におけるリン摂取工程とを含む活性汚泥法による生物学的リン除去方法において、前記嫌気槽におけるリン放出が正常に起こり得る量の有機物が供給されている状況下で前記嫌気槽におけるリン除去能力が悪化したときに、前記嫌気槽内の被処理水に接触させた電極の電位を前記リン放出が正常に起こっているときの前記嫌気槽内部の酸化還元電位よりも低い値に制御し、前記リン放出能力を回復させることを特徴とする生物学的リン除去方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−232268(P2012−232268A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−104064(P2011−104064)
【出願日】平成23年5月9日(2011.5.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年11月23日 第26回日本微生物生態学会大会委員会発行の「第26回 日本微生物生態学会大会 プログラム・要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年3月18日 社団法人日本水環境学会発行の「第45回 日本水環境学会年会講演集」に発表
【出願人】(000173809)一般財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】