説明

生物学的対象物の分化制御方法及びその装置

【課題】液性因子暴露の精密な制御を実現することができる、生物学的対象物の分化制御方法及びその装置を提供する。
【解決手段】生物学的対象物の分化制御方法は、マイクロ流体デバイス1内部に上部チャンネル2と下部チャンネル3との境界に微小孔5を有する薄膜4を挟み込み、前記上部チャンネル2に導入した生物学的対象物を前記微小孔5に固定・保持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学的対象物の分化制御方法及びその装置に関するものである。特に、胚様体や受精卵に対する液性因子暴露の精密な制御による生物学的対象物の分化制御方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞や組織の挙動を理解する上で、それらをとりまく微小環境が大きな役割を果たすことが指摘されて久しいが、培養皿を用いる静的な実験方法では、細胞を取りまく微小環境を精密に設計・制御することが困難であった。これに対して、微小流体操作を応用して微小環境を制御する方法もあるが、三次元の生物学的対象物である胚様体に対して流れを用いる(下記特許文献1参照)と、流れそのものを乱してしまうために、液性因子暴露の精密な制御が困難であった。なお、ここで、胚様体とはES細胞(多能性幹細胞)・iPS細胞(人工多能性幹細胞)の集合体である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2004−535176号公報
【特許文献2】特開2011−147387号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】G.Keller,“Embryonic stem cell differetiation:emergence of a new era in biology and medicine”,Genes Devel.,19,1129(2005).
【非特許文献2】Electra Coucouvanis and Gail Ft.Martin,“Signals for Death and Survival:A Two−Step Mechanism for Cavitation in the Vertebrate Embryo”,Cell,83,279(1995)
【非特許文献3】Yali Chen,Xiaofeng Li,Veraragavan P Eswarakumar,Rony Seger and Peter Lonai,“Fibroblast growth factor(FGF) signaling through PI 3−kinase and Akt/PKB is required for embryoid body differentaition”,Oncogene,19,3750(2000)
【非特許文献4】Jiro Kawada,Hiroshi Kimura,Hidenori Akustu,Yasuyuki Sakai and Toruo Fujii,MICROFLUIDIC SPATIAL CONTROL OF STEM CELL DIFFERENTIATION”,Proceedings of MicroTAS 2010,7(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ES細胞やiPS細胞は無限に増殖可能であり、三胚様から様々な細胞へ分化させることができる(上記非特許文献〔1〕参照)。そして、胚様体(以下、EBという)を発生させることが分化過程の初期段階となり得ることが示された(上記非特許文献1参照)。いくつかの論文では、EBの分化過程が生体内(in vivo)での胚の発生過程とある程度類似性を有することも示されている(上記非特許文献2,3参照)。したがって、特に、発生生物学分野において、EBの時空間的分化制御ツールの開発は重要である。そこで、これまでに、本発明者らは二次元培養された多能性幹細胞の分化制御のためのマイクロ流体デバイスを提案している(上記特許文献2,上記非特許文献4参照)。
【0006】
しかし、上記したように、従来はEBなどの三次元の生物学的対象物に対して微小流だけでは部位特異的な液性因子暴露の精密な制御は困難であった。より具体的には、本発明では、マイクロ・ナノ統合アプローチによるES細胞・iPS細胞の集合体又は受精卵を含む生物学的対象物の分化制御方法及びその装置を対象とする。
本発明は、上記状況に鑑みて、液性因子暴露の精密な制御を実現することができる、生物学的対象物の分化制御方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕生物学的対象物の分化制御方法であって、マイクロ流体デバイス内部に上部チャンネルと下部チャンネルとの境界に微小孔を有する薄膜を挟み込み、前記上部チャンネルに導入した生物学的対象物を前記微小孔に固定・保持することを特徴とする。
〔2〕上記〔1〕記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記生物学的対象物がEBであることを特徴とする。
【0008】
〔3〕上記〔2〕記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記上部チャンネルを上層流路、前記下部チャンネルを下層流路となし、前記下層流路の吸引送液により、上層流路に導入した前記EBを前記微小孔に固定・保持することを特徴とする。
〔4〕上記〔3〕記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記微小孔で前記上層流路と前記下層流路とを隔てることによって部分的に連接されつつ独立なもう一つのEBを持つ特殊形状のEBを形成することを特徴とする。
【0009】
〔5〕上記〔3〕記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記上層流路と前記下層流路のそれぞれの入口ポートにはリザーバが設置され、前記上層流路と前記下層流路にはそれぞれ異なる組成の培養液を導入して連接したそれぞれのEBを異なる液性因子に暴露し、独立した分化制御を可能にすることを特徴とする。
〔6〕上記〔3〕記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記下層流路に二つ以上の組成の培養液によって層流を形成することで、下層流路側のEBを異なる液性因子に暴露するようにしたことを特徴とする。
【0010】
〔7〕上記〔2〕から〔6〕の何れか一項記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記微小孔の孔径や孔数を変更することにより、取り扱うEB又は受精卵のサイズの変更や個数の変更を可能にすることを特徴とする。
〔8〕上記〔3〕記載の生物学的対象物の分化制御方法であって、前記上層流路を開放空間とすることによって、前記生物学的対象物の増殖による大きさの変化に対応させることを特徴とする。
【0011】
〔9〕生物学的対象物の分化制御装置において、マイクロ流体デバイス内部に形成される上部チャンネル及び下部チャンネルと、前記上部チャンネルと下部チャンネルとの境界に挟み込こまれる微小孔を有する薄膜とを備え、前記上部チャンネルに導入した生物学的対象物を前記微小孔に固定・保持することを特徴とする。
〔10〕上記〔9〕記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記生物学的対象物が三次元形状のEB又は受精卵であることを特徴とする。
【0012】
〔11〕上記〔10〕記載の生物学的対象物の分化制御装置において、上部チャンネルが上層流路であり、前記下部チャンネルが下層流路であり、前記下層流路の吸引送液により、上層流路に導入した前記EBを前記微小孔に固定・保持することを特徴とする。
〔12〕上記〔10〕記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記微小孔で前記上層流路と前記下層流路とを隔てられ、部分的に連接されつつ独立なもう一つのEBを持つ特殊形状のEBを形成することを特徴とする。
【0013】
〔13〕上記〔11〕記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記上層流路と前記下層流路のそれぞれの入口ポートには設置されるリザーバと、前記上層流路と前記下層流路のそれぞれに前記リザーバから導入される、それぞれ異なる組成の培養液とを備え、前記培養液を導入して連接したそれぞれのEBを異なる液性因子に暴露し、独立した分化制御を可能にすることを特徴とする。
【0014】
〔14〕上記〔10〕から〔13〕の何れか一項記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記微小孔の孔径や孔数を変更することにより、取り扱うEB又は受精卵のサイズの変更や個数の変更を可能にすることを特徴とする。
〔15〕上記〔10〕記載の生物学的対象物の分化制御装置であって、前記上部チャンネルが開放空間であり、前記EBの増殖による大きさの変化に対応させることを特徴とする。
【0015】
〔16〕上記〔10〕から〔15〕の何れか一項記載の生物学的対象物の分化制御装置であって、前記薄膜が樹脂材料であることを特徴とする。
〔17〕上記〔16〕記載の生物学的対象物の分化制御装置であって、前記樹脂材料がポリジメチルシロキサン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレートであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、薄膜の微小孔の吸引現象によって、生物学的対象物を固定・保持することができ、培養状態をタイムラプス(Time−Lapse)装置などで観察することができる。また、薄膜の微小孔で上下層の流路を隔てることによって、部分的に連接されつつ独立なもう一つの生物学的対象物としてのEBを持つ特殊形状のEBを形成することができる。このとき、上下層に組成の異なる培養液を導入すると、連接したそれぞれの生物学的対象物を異なる液性因子に暴露することができるため、独立した分化制御が可能である。特に、連接部位(括れ部分)では連接したEB間の相互作用を観察することができる。孔径や孔数を任意に変更することも容易であり、取り扱うEBの集合体又は受精卵のサイズ変更やアレイ化も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第1実施例を示す生物学的対象物としてのEBの分化制御装置の模式図である。
【図2】タイムラプス(Time−Lapse)装置を示す図面代用写真である。
【図3】微小孔に固定されたEBを示す図である。
【図4】薄膜に形成された微小孔に固定されたEBを示す側面図である。
【図5】デバイス内培養1日目及び3日目のEBの状態を示す図である。
【図6】培養4日目のデバイスから取り出したEBの状態を示す図である。
【図7】図1〜図6までをまとめたフローを示す図である。
【図8】培養7日目(培養皿に移してから3日目)のEBの分化状態を示す図である。
【図9】培養8日目(培養皿に移してから4日目)のEBの分化状態を示す図である。
【図10】培養8日目での蛍光観察を示す図である。
【図11】薄膜の微小孔変更後(直径100μm)の未分化状態のEBの固定を示す図である。
【図12】デバイス内のEB培養の様子を示す図である。
【図13】art−EB培養結果を示す図である。
【図14】図13の培養後のEBの分割を活かした系統的分化を示す図である。
【図15】本発明の第2実施例を示す生物学的対象物としてのEBの形成装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
生物学的対象物の分化制御方法は、マイクロ流体デバイス内部に上部チャンネルと下部チャンネルとの境界に微小孔を有する薄膜を挟み込み、前記上部チャンネルに導入した生物学的対象物を前記微小孔に固定・保持する。
【実施例】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明の第1実施例を示す生物学的対象物としてのEBのart−EB分化制御装置の模式図であり、図1(a)はその全体斜視図、図1(b)はその部分拡大斜視図である。
これらの図において、1は生物学的対象物としてのEBのart−EBの分化制御装置、2は上部チャンネル、3は下部チャンネル、4は上部チャンネル2と下部チャンネル3とを仕切る薄膜、5は薄膜4に形成される微小孔、6は上部チャンネル2のリザーバ、7はリザーバ6から導入されるEB、8はリザーバ6から上部チャンネル2に供給される第1の培地、9は下部チャンネル3のリザーバ、10はリザーバ9から下部チャンネル3に供給される印加される陰圧の第2の培地である。
【0020】
また、微小孔の大きさは、例えば、数μmから数mm(具体的には1μmから1mm)の範囲で制御可能であり、また、薄膜の厚みは特に限定されないが、例えば、5μm〜100μmが望ましい。
なお、薄膜4の材料としては、樹脂であればよく、例えば、製作し易いポリジメチルシロキサン(PDMS)やこのPDMS以外にもポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレートなどでもよい。
【0021】
また、微小孔5の孔径はEB7の径よりも小さければよいものとする。また、微小孔5の形状は円形に限定されるものではないが、上部チャンネル2と下部チャンネル3とが仕切られるようにする必要がある。
上部チャンネル2および下部チャンネル3にはそれぞれリザーバ6,9が設置されており、各チャンネル2,3に供給する培地8,10が貯蔵されている。下部チャンネル3には下部チャンネル3の出口側から陰圧が印加されるように構成しているので、微小孔5には上部チャンネル2から下部チャンネル3方向への流れ生じ、この微小孔5への吸引現象が生じる。リザーバ6から上部チャンネル2へ導入されるEB7をこの吸引現象により微小孔5に固定・保持することができる。このように固定・保持されたEB7を培養し、図2に示すようなタイムラプス(Time−Lapse)装置にセットアップ〔図2(a)〕し、培養状態を撮影することで〔図2(b)〕、培養の様子を観察することができる。さらに、このように固定・保持されたEB7に液性因子暴露を行うこともできる。
【0022】
このように、本発明によれば、培地中で浮遊状態となる三次元構造物であるEB又は受精卵を流体操作のみで固定・保持することができ、観察および液性因子暴露による分化誘導を行うことができる。
ところで、実際の培養においては、体内と類似したHeterogenuse環境下で培養を行う必要がある。つまり、EB又は受精卵の培養を行う装置では、そのようなHeterogenuse環境を実現する必要がある。
【0023】
図1(b)に示したように、本発明の装置では、EB7は微小孔5に固定・保持されている。例えば、ここで導入されるEB7の直径が約500μmであり、微小孔5の直径が200μmとすると、EB7の薄膜4により上側部分が第1の培地8に暴露され、EB7の薄膜4により下側部分が第2の培地10に暴露されることになる。そこで、第1の培地8と第2の培地10を異なる培地とすることで、1つのEB7に対し、異なる液性因子暴露を行うことができる。
【0024】
図3は微小孔に固定されたEBを示す図であり、図3(a)は分化制御装置内のEBに焦点を当てた画像、図3(b)は微小孔に焦点を当てた画像である。
これらの図において、5は薄膜4に形成された微小孔、7は上部チャンネル2に導入されたEBである。図3(b)に見られるように、微小孔5の輪郭が確認でき、EB7が微小孔5に固定されていることが分かる。この状態で、上部チャンネル2に第1の培地8として心筋分化培地であるFBS(細胞培養液成分)20%培養液、下部チャンネル3に第2の培地10として神経分化培地であるRHBA培養液の送液を開始する。
【0025】
図4は薄膜に形成された微小孔に固定されたEBを示す側面図である。
図5は培養1日目及び3日目のEBの分化状態を示す図であり、図5(a)はその1日目の微小孔5に固定されたEBに焦点を当てた画像、図5(b)はそのEBが固定された微小孔5に焦点を当てた画像、図5(c)はその3日目の微小孔5に固定されたEBに焦点を当てた画像、図5(d)はそのEBが固定された微小孔5に焦点を当てた画像を示す図である。
【0026】
これらの図から明らかなように、時間の経過とともに、微小孔5の手前側に派生したEBが下部チャンネル3で徐々に大きくなっている。つまり、図5(b)及び図5(d)の画像では、黒いものが徐々に大きくなっていることがわかる。
図6は培養4日目のEBの状態を示す図であり、デバイス内から取り出して培養皿に移したものを示す。この図より分かるように、上部チャンネル2側に心筋分化培地を暴露させた心筋分化培地暴露部位11と下部チャンネル3側で神経分化培地を暴露させた神経分化培地暴露部位12と薄膜に形成された微小孔に対応したそれらの境界部位(括れ部)13を示しており、雪だるま状のEB14が形成されている。
【0027】
図7は上記した図1〜図6までをまとめたフローを示す図であり、第1日目の培養〔図7(a)参照〕から第4日目の培養〔図7(b)参照〕を経て、図7(c)に示すように、培養皿15にEBをピックアップするようにしており、上記したようにEBが培養され、図7(d)に示すように、雪だるま状のEBが形成されている。
図8は培養7日目(培養皿に移してから3日目)のEB分化状態を示す図であり、図8(a)はEBの全体を示す図、図8(b)は心筋分化培地暴露部位の様子を示す図、図8(c)は神経分化培地暴露部位の様子を示す図である。ここで、神経分化培地暴露部位12では神経様細胞22を確認し、心筋分化培地暴露部位11での非神経様細胞21とは細胞の形態が明らかに異なる。
【0028】
図9は培養8日目(培養皿に移してから4日目)のEBの分化状態を示す図であり、神経分化培地暴露部位12では神経様細胞22a,22b,22cを確認し、心筋分化培地暴露部位11の非神経様細胞21a,21b,21cとは細胞の形態が明らかに異なる。
図10は培養8日目での蛍光観察を示す図であり、心筋分化培地暴露部位11のMitotracker(タカラバイオ株式会社製)による蛍光観察〔図10(a)〕、T α−1 チューブリンによる蛍光観察〔図10(b)〕、神経分化培地暴露部位12のMitotrackerによる蛍光観察〔図10(c)〕、T α−1 チューブリンによる蛍光観察〔図10(d)〕を示す図である。 より具体的には、本発明でマウス胚性幹細胞(T α−1 チューブリン−GFP マウスES細胞株。なお、T α−1 チューブリンは初期神経分化マーカーの1つ)より作製したEBを本装置中で培養した。まず、ウェルプレートでEBを作製し、ウェルプレートで24時間培養したものを本デバイスに導入する。次に、上部チャンネルについてはFBS20%培地を、下部チャンネルについては神経分化(ND)培地(ステムセル社製)を、リザーバにそれぞれ充填した。4日目にEBをデバイス内から回収し、FBS培地で満たされたコラーゲンコートされた培養皿に移した。
【0029】
上記で示したように,本発明で形成されたEBは、EBの膜上側部分が大きくなっており、同時に薄膜下側にも別の球状構造が形成されている。薄膜上側と薄膜下側の2つの球状構造は互いに結合しており、連接型胚様体(articulated EB;art−EB)と呼ぶような雪だるま形状を形成している。本発明の形成装置では、art−EBの2つの球状部を異なる培地にそれぞれ暴露することができ、art−EBを培養皿に移すと、連接形状がはっきりと観察される。art−EBを接着してさらに培養皿で培養したところ、ND培地に暴露された、art−EBの下側の球状構造に対応する部分の細胞に神経様形状が見られる。さらに、下側の球状部分では、T α−1 チューブリンの発現と関連するGFPの蛍光強度が、art−EBの上側の球状構造に対応する部分よりもかなり高かった。これらの結果から、art−EBの下側の球状部分で神経分化が誘導されたことがわかる。さらに、上側の球状部分は神経細胞とは明らかに異なる形態を示した。
【0030】
このように、本発明によれば、部分的に連接される2つの球状部分を備えるEBを形成することができ、さらに、各球状部分に対して独立した分化制御を行うことに成功した。
次に、薄膜の微小孔変更後のEBの固定について説明する。
図11は薄膜の微小孔へ変更後(直径100μm)のEBの固定を示す図であり、図11(a)はEB33に焦点をあてた図、図11(b)は微小孔32に焦点をあてた図である。なお、31は薄膜である。図11の右側の蛍光画像は、胚様体が未分化である状態を示す。
【0031】
本実施例では、Nanog−GFP iPS(人工多能幹細胞、なおNanogは未分化を示すマーカー遺伝子)を使用し、上部チャンネルは未分化維持培地〔LIF(+)KSR15%〕、下部チャンネルは分化培地(LIF(−)FBS15%〕である。
このように微小孔径を変更しても同様に雪だるま形状のEBを形成することができる。
図12はデバイス内のEBの様子を示す図である。図12(a)は培養開始時のEBの様子を示し、微小孔に焦点を当てたもの(明視野と蛍光画像)で蛍光画像から蛍光が確認できるため、未分化状態が保たれていることを示す。図12(b)は培養後(培養3日目)のEBの様子を示し、下層流路側に焦点を当てたもの(明視野と蛍光画像)を示す図である。上層流路内のEBから蛍光が観察され、上層流路内の培養液によって未分化状態が維持されていることを示す。
【0032】
図13はart−EB形成時の分化の様子を示す図であり、図13(a)はart−EBをデバイスから取り出し、上層部に形成されたEBの図、図13(b)はcontrol実験として、96ウェルプレートの中で、LIF(+)培養液に暴露したEBであり、図13(c)はLIF(−)培養液に暴露したEBの明視野と蛍光画像、蛍光で光っている部位は未分化状態を示している。一方、蛍光が見られない部位は分化した状態を示している。
【0033】
図14は図13の培養後のEBの分割を活かした系統分化を示す図である。実験方法としては、art−EBを形成した後、上下層流路に形成された両方のEBを再びデバイスに入れ、培養し、再びart−EBを培養する。この実験を繰り返して、デバイス内で時間的に異なる培養液にさらしたart−EBを形成させることで、生体内での胚発生に準じた分化制御を系統的に行うことができる。
【0034】
図15は本発明の第2実施例を示す生物学的対象物としてのEBの分化制御装置の模式図である。
この実施例では、上部チャンネルが開放空間であり、前記生物学的対象物の増殖による大きさの変化に対応させるように構成した例であり、上記した上部チャンネルとして、流路に代えて、開放空間を用いることもできる。また、開放空間にすることによって、微小孔5へのアクセスがしやすくなることで、EBの配置や培養後の回収が可能になる。
【0035】
図15において、41は生物学的対象物としてのEB又は受精卵の分化制御装置、42は上部チャンネルとしての上部空間が開放される桶、43は下部チャンネル、44は桶42と下部チャンネル43とを仕切る薄膜、45は薄膜44に形成される微小孔、46はウェルプレートであり、桶42内に導入される第1の培地48とともに封入されるEB47がセットされている。49は下部チャンネル43のリザーバ、50は下部チャンネル43に供給される印加される陰圧の第2の培地である。
【0036】
このように、第1実施例における上部チャンネル2に代えて、上部空間を設定しておき、上記したように、ES又は受精卵の培養と分化制御を促すことができる。
上記実施例では主に、EBについて説明したが、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞又は受精卵を含む三次元生物学的対象物についても適用できる。
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の生物学的対象物の形成方法は、液性因子暴露の精密な制御を実現することができる、生物学的対象物の形成方法として利用可能である。
【符号の説明】
【0038】
1,41 生物学的対象物としてのEBのart−EBの分化制御装置
2 上部チャンネル
3,43 下部チャンネル
4,31,44 上部チャンネルと下部チャンネルとを仕切る薄膜
5,32,45 薄膜に形成される微小孔
6 上部チャンネルのリザーバ
7 リザーバから導入されるEB
8 上部チャンネルに供給される第1の培地
9,49 下部チャンネルのリザーバ
10,50 下部チャンネルに供給される第2の培地
11 心筋分化培地暴露部位
12 神経分化培地暴露部位
13 境界部位(括れ部)
14 雪だるま状のEB
15 培養皿
21,21a,21b,21c 非神経様細胞
22,22a,22b,22c 神経様細胞
33 EB
42 上部チャンネルとしての上部空間が開放される桶
46 ウェルプレート
47 桶内に導入されるEB
48 桶内に導入される第1の培地

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロ流体デバイス内部に上部チャンネルと下部チャンネルとの境界に微小孔を有する薄膜を挟み込み、前記上部チャンネルに導入した生物学的対象物を前記微小孔に固定・保持することを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項2】
請求項1記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記生物学的対象物がEB又は受精卵であることを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項3】
請求項2記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記上部チャンネルを上層流路、前記下部チャンネルを下層流路となし、前記下層流路の吸引送液により、上層流路に導入した前記EB又は受精卵を前記微小孔に固定・保持することを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項4】
請求項3記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記微小孔で前記上層流路と前記下層流路とを隔てることによって部分的に連接されつつ独立なもう一つのEBを持つ特殊形状のEBを形成することを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項5】
請求項3記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記上層流路と前記下層流路のそれぞれの入口ポートにはリザーバが設置され、前記上層流路と前記下層流路にはそれぞれ異なる組成の培養液を導入して連接したそれぞれのEBを異なる液性因子に暴露し、独立した分化制御を可能にすることを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項6】
請求項3記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記下層流路に二つ以上の組成の培養液によって層流を形成することで、下層流路側のEBを異なる液性因子に暴露するようにしたことを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項7】
請求項2から6の何れか一項記載の生物学的対象物の分化制御方法において、前記微小孔の孔径や孔数を変更することにより、取り扱うEB又は受精卵のサイズの変更や個数の変更を可能にすることを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項8】
請求項3記載の生物学的対象物の分化制御方法であって、前記上層流路を開放空間とすることによって、前記生物学的対象物の増殖による大きさの変化に対応させることを特徴とする生物学的対象物の分化制御方法。
【請求項9】
マイクロ流体デバイス内部に形成される上部チャンネル及び下部チャンネルと、前記上部チャンネルと下部チャンネルとの境界に挟み込こまれる微小孔を有する薄膜とを備え、前記上部チャンネルに導入した生物学的対象物を前記微小孔に固定・保持することを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項10】
請求項9記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記生物学的対象物が三次元形状のEB又は受精卵であることを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項11】
請求項10記載の生物学的対象物の分化制御装置において、上部チャンネルが上層流路であり、前記下部チャンネルが下層流路であり、前記下層流路の吸引送液により、上層流路に導入した前記EB又は受精卵を前記微小孔に固定・保持することを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項12】
請求項10記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記微小孔で前記上層流路と前記下層流路とを隔てられ、部分的に連接されつつ独立なもう一つのEBを持つ特殊形状のEBを形成することを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項13】
請求項11記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記上層流路と前記下層流路のそれぞれの入口ポートには設置されるリザーバと、前記上層流路と前記下層流路のそれぞれに前記リザーバから導入される、それぞれ異なる組成の培養液とを備え、前記培養液を導入して連接したそれぞれのEBを異なる液性因子に暴露し、独立した分化制御を可能にすることを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項14】
請求項10から13の何れか一項記載の生物学的対象物の分化制御装置において、前記微小孔の孔径や孔数を変更することにより、取り扱うEB又は受精卵のサイズの変更や個数の変更を可能にすることを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項15】
請求項10記載の生物学的対象物の分化制御装置であって、前記上部チャンネルが開放空間であり、前記EB又は受精卵の増殖による大きさの変化に対応させることを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項16】
請求項10から15の何れか一項記載の生物学的対象物の分化制御装置であって、前記薄膜が樹脂材料であることを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。
【請求項17】
請求項16記載の生物学的対象物の分化制御装置であって、前記樹脂材料がポリジメチルシロキサン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレートであることを特徴とする生物学的対象物の分化制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2013−74822(P2013−74822A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−215851(P2011−215851)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(503020998)
【出願人】(511237092)
【出願人】(502004881)
【出願人】(511237106)
【出願人】(510263294)
【出願人】(511237128)
【Fターム(参考)】