説明

生物学的活性物質含有リン酸八カルシウム系結晶、その製造方法及びそれを含む医薬組成物

【課題】正常な骨代謝機能が阻害されている難治性骨疾患である転移性骨腫瘍及び骨粗鬆症、又は骨免疫疾患である関節リウマチなどにおいて、患部局所で作用させることのできる徐放性の医薬組成物を提供する。
【解決手段】カルシウム八リン酸結晶の表面及び水和層のHPO2−基を、骨疾患を治療することのできる生物学的活性物質に置換することによって、十分な量の生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶を得ることができる。この生物学的活性物質を含有するカルシウム八リン酸系結晶を骨疾患の患部に投与することによって、機能が亢進している破骨細胞がカルシウム八リン酸系結晶を溶解するため、生物学的活性物質が患部において効率よく放出され、その部位での薬剤などの濃度を上昇させることが可能であり、効率的に治療を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶及びそれを含む医薬組成物並びにその製造方法に関する。本発明によれば、破骨細胞の機能亢進を伴う骨疾患の患部において、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶を破骨細胞が溶解することにより、生物学的活性物質が放出され、破骨細胞の機能亢進に対応した徐放性医薬組成物を提供することが可能である。
【背景技術】
【0002】
慢性疾患や生体内の局所で起こる疾患の治療法として、生体内で薬剤などの生物学的活性物質が徐々に放出される徐放性の医薬製剤を用いる治療法が知られている。徐放性の医薬製剤は、生体内で生物学的活性物質を徐々に放出させるため、少ない回数の投与により、その効果を持続させることが可能である。また、生体内の局所で生物学的活性物質を放出させることができるため、患部における生物学的活性物質の濃度を上昇させ、生物学的活性物質の治療効果を高めることが可能である。このような徐放性の医薬製剤としては、生物学的活性物質を担体に担持させ、生体内に投与し、徐々に放出させるものが知られている。例えば、慢性疾患に対する徐放性医薬製剤としては、タンパク質をアパタイトナノ粒子に担持させ、皮下に注射することにより、生体内で持続的に放出させる医薬製剤が報告されている(特許文献1、非特許文献1)。
【0003】
局所性の骨疾患としては、難治性骨疾患である転移性骨腫瘍及び骨粗鬆症、又は骨免疫疾患である関節リウマチなどを挙げることができるが、このような疾患では、骨を形成する骨芽細胞と骨を吸収する破骨細胞とのカップリングが破壊され、正常な骨代謝機能が阻害されている。特に、疾患部位において破骨細胞の機能が亢進しており、破骨細胞の機能を抑制し、骨の再生を促進することのできる治療方法の開発が望まれている。このような骨疾患に対し、例えば、高温で焼成された水酸アパタイト多孔体に、薬剤を担持させて、患部で作用させる方法が報告されている(特許文献2、非特許文献2、非特許文献3、及び非特許文献4)しかしながら、水酸アパタイト多孔体は、骨には親和性を有しているが、高温で焼成されているため、薬剤を担持することのできる量が少なく、患部で十分な量の薬剤を放出することができなかった。
【0004】
一般に、前記の徐放性の医薬製剤は、担体としてアパタイトナノ粒子、水酸アパタイト多孔体、炭酸カルシウム化合物又はポリ乳酸・グルコール酸(PLGA)などを利用しており、これらの担体の表面に、薬剤などの生物学的活性物質を疎水結合などによって吸着させているため、生体内で徐々に薬剤などが放出される。しかしながら、薬剤を吸着によって担持させているため、医薬製剤の投与初期に過剰に薬剤を放出する初期バースト放出などの問題があり、また、時間の経過と共に放出される薬剤の量が減少せざるを得なかった。
【0005】
【特許文献1】特開平2005−8545号公報
【特許文献2】特開平200373304号公報
【非特許文献1】「ジャーナル・オブ・コントロールド・リリース(Journal of Controlled Release)」(オランダ)、2006年、第110巻、p.260−265
【非特許文献2】「マテリアルズ・サイエンス・アンド・エンジニアリング・シー(Materials Science and Engineering C)」(オランダ)、2005年、第25巻、p.207−213
【非特許文献3】「ジャーナル・オブ・バイオメディカル・マテリアルズ・リサーチ・パートB:アプライド・バイオマテリアルズ(Journal of Biomedical Materials Research part−B: Applied Biomaterials)」(アメリカ)、2004年、第70B巻、p.240−249
【非特許文献4】「オステオアアルスライティス・アンド・カーティレイジ(Osteoarthritis and Cartilage)」(オランダ)、2005年、第13巻、p.405−417
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、正常な骨代謝機能が阻害されている難治性骨疾患である転移性骨腫瘍及び骨粗鬆症、又は骨免疫疾患である関節リウマチなどにおいて、患部局所で作用させることのできる徐放性の医薬組成物について鋭意検討を重ねた結果、アパタイト様層状化合物のリン酸八カルシウム〔Ca(PO・5HO;以下、OCPと称することがある〕を、薬剤などの生物学的活性物質を含有させるための担体として用いることにより、骨疾患の症状の軽重に対応して薬剤などの放出量をコントロールすることができることを見出した。具体的には、カルシウム八リン酸結晶の表面及び水和層のHPO2−基を、骨疾患を治療することのできる生物学的活性物質に置換することによって、十分な量の生物学的活性物質を含有させることが可能であった。また、製造時のpH及び温度などを調整することによって、薬剤などの生物学的活性物質の活性を損なうことなく、カルシウム八リン酸結晶に含有させることが可能であった。そして、この生物学的活性物質を含有するカルシウム八リン酸系結晶を骨疾患の患部に投与した場合、機能が亢進している破骨細胞がカルシウム八リン酸系結晶を認識し、溶解するため、生物学的活性物質が患部において効率よく放出されることを見出した。従って、疾患の原因である破骨細胞の機能が亢進している部位であるほど、より多くの生物学的活性物質が放出され、その部位での薬剤などの濃度を上昇させることが可能であり、効率的に治療を行うことができることを見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
従って、本発明は、水和層に生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶に関する。
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶の好ましい態様においては、前記生物学的活性物質が、その構造中に陰イオン基を有する生物学的活性物質であり、好ましくは骨疾患治療用化合物であり、より好ましくは、ビスホスホネートである。
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶の別の好ましい態様においては、前記リン酸八カルシウム系結晶のカルシウムイオンの一部が、金属陽イオンに置換されており、特には、前記金属陽イオンがマグネシウム、ストロンチウム、バリウム、白金、マンガン、銅、亜鉛及び鉄からなる群から選択された金属陽イオンである。
【0008】
また、本発明は、疾患の症状により生理活性物質が放出される医薬組成物にも関する。
本発明による医薬組成物の好ましい態様においては、前記疾患の症状が、生体内の細胞の機能亢進による症状であり、特には、前記生体内の細胞が、破骨細胞である。
また、本発明による医薬組成物の別の好ましい態様においては、前記リン酸八カルシウム系結晶を有効成分として含み、特には、前記疾患が骨疾患である。
また、本発明は、カルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液とをpH4.5〜8.5に保持しながら25〜80℃で混合及び撹拌する、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法であって、前記カルシウムイオンを含む溶液及び/又はリン酸イオンを含む溶液に生物学的活性物質を含むことを特徴とする、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶の製造方法にも関する。
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶の製造方法の好ましい態様においては、前記カルシウムイオンを含む溶液及び/又はリン酸イオンを含む溶液に金属陽イオンを含む。
更に、本発明は、pH4.5〜8.5に保持した生物学的活性物質を含む溶液に、CaHPO・2HO、CaHPO、αCa(PO、又はβCa(POを添加し、25〜80℃で撹拌する、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法にも関する。
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶の製造方法の好ましい態様においては、前記生物学的活性物質を含む溶液が金属陽イオンを含む。
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶の別の製造方法の好ましい態様においては、前記生物学的活性物質が、その構造中に陰イオン基を有する生物学的活性物質であり、好ましくは骨疾患治療用化合物であり、より好ましくはビスホスホネートである。
【発明の効果】
【0009】
本発明方法によれば、生物学的活性物質の効果を低下させることなく、リン酸八カルシウム系結晶の水和層や表面に、生物学的活性物質を含有させることが可能である。含有された生物学的活性物質の重量比は、リン酸八カルシウム系結晶の最大70重量%であり、長期の徐放が可能な含有量である。また、本発明による生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶は、中性条件では緩やかに、酸性条件で選択的に生物学的活性物質を放出することができる。従って、生体内において、通常の状態では、ほとんど生物学的活性物質は放出されないが、難知性骨疾患や関節リウマチの原因である破骨細胞が、リン酸八カルシウム系結晶を溶解する酸性条件において、破骨細胞の働きに応答するように、効率的に生物学的活性物質が放出され、骨疾患を治療することが可能である。更に、担体であるリン酸八カルシウムは、生体親和性が優れており、骨伝導能を示すなどの特徴があり、破骨細胞によって吸収された患部の骨を修復させる材料として利用される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
リン酸八カルシウムは水和物であり、水和層を含む層状の結晶を形成する。本発明におけるリン酸八カルシウム系結晶は、その水和層のHPO2−基の一部又は全部が、生物学的活性物質に置換されているという特徴を有している。更に、結晶の表面にも生物学的活性物質が、カルシウムとの結合により担持されている。
【0011】
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶に含有される生物学的活性物質は、生体内において生理活性機能を示すことのできる物質であれば、特に限定されるものではなく、例えば、慢性疾患や局所での疾患に対して薬効を示す物質を用いることができる。具体的には、タンパク質、ペプチド、低分子化合物などの薬剤、並びにDNA及びRNAなどの核酸を挙げることができる。本発明のリン酸八カルシウム系結晶を有効成分として、徐放性の医薬組成物に用いた場合、酸性条件において生物学的活性物質を放出することが可能であり、また、リン酸緩衝液中の中性条件でアパタイトに変換される場合にも、生物学的活性物質を放出することができる。従って、特定の疾患に対して薬効のある生物学的活性物質を含有させることによって、様々な疾患に対する徐放性の医薬組成物として利用することができる。これらの生物学的活性物質のリン酸八カルシウム系結晶中の含量の下限は、3重量%以上が好ましく、8重量%以上がより好ましい。3重量%以上であると生物学的活性物質を効率よく局所に徐放させることが可能である点で好ましい。また、生物学的活性物質の含量の上限は、70重量%以下が好ましく、50重量%以下がより好ましく、15重量%が最も好ましい。
【0012】
前記生物学的活性物質は、構造的には、リン酸八カルシウム系結晶の水和層に挿入されるため、陰イオン基をその構造内に有するものが好ましい。陰イオン基を有することにより、カルシウムイオンと相互作用し、生物学的活性物質が水和層に挿入されやすいからである。その陰イオン基は、特に限定されるものではなく、例えば、−HPO2−基、−PO2−基、−COO基、−OH基、−Cl基、−SO2−基などを挙げることができるが、特には−PO2−基が好ましい。
【0013】
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶は、有効成分として骨疾患に対する徐放性の医薬組成物に用いることができる。骨疾患としては、難治性骨疾患である骨粗鬆症、転移性骨腫瘍、骨免疫疾患である関節リウマチなどを挙げることができる。これらの骨疾患は、破骨細胞による骨吸収が亢進していることを特徴とするが、この他にも、破骨細胞による病的な骨吸収が見られる疾患としては、関節炎、歯周病(歯周炎)、炎症性腸疾患、糖尿病及びエリテマトーデスなどの自己免疫疾患、転移性の乳ガンや肺ガンなどを挙げることができる。
【0014】
前記の骨疾患に対する薬効を示す生物学的活性物質としては、破骨細胞の阻害薬、例えば、エストロゲン、カルシトニン、活性型ビタミンD3、ビタミンK、イプリフラボン、ミスラマイシン、プリカマイシン、硝酸ガリウム、及びビスホスホネートを挙げることができる。また関節リウマチに対して薬効を示す生物学的活性物質としては、前記破骨細胞の阻害薬以外に、サイトカイン阻害薬(例えば、抗TNF)、インターフェロン、及び抗リウマチ薬(例えば、ヒドロキシクロロキン、アザチオプリン、メトトレキサート、シクロホスホアミド、レフルノミド、スルファサラジン、ロベンザリットニナトリウム、ブシラミン、アクラリットサラゾスルファピリジン、及びファルネシル酸プレドニゾロン等)を挙げることができる。また、骨粗鬆症に対する薬効を示す生物学的活性物質としては、抗エストロゲン作用を有するラロキシフェンを挙げることができる。更に、転移性骨腫瘍、転移性の乳ガン及び肺ガンに対して薬効を示す生物学的活性物質としては、抗癌剤を用いることも可能である。
【0015】
前記破骨細胞の阻害薬であるビスホスホネートとしては、例えば、エチドロネート、アレンドロネート、リセドロネート、インカドロネート、ゾレドロネート、イバンドロネート、クロドロネート、パミドロネート、チルドロネート、オルパドロネート、ネリドロネート、ミノドロネート、1−ヒドロキシ−3−(1−ピロリジニル)−プロピリデン・ビスホスホネート、シマドロネート、リセドロネート、ピリドロネート、パミドロネート、これらの薬剤として許容できる塩及びこれらの混合物を挙げることができる。
【0016】
更に、本発明によるリン酸八カルシウム系結晶に含有することのできる生物学的活性物質としては、骨芽細胞の働きを亢進させることのできる薬剤、又は破骨細胞と骨芽細胞とのカップリングを正常な状態にすることのできる薬剤を用いることも可能である。
【0017】
本発明によるリン酸八カルシウム系結晶に含まれるカルシウムイオンは、金属陽イオンに置換することができる。金属陽イオンは、特に限定されないが、例えば、マグネシウム、ストロンチウム、バリウム、白金、マンガン、銅、亜鉛、鉄、及びそれらの混合物等を挙げることができる。カルシウムイオンが、他の金属陽イオンに置換されることによって、リン酸八カルシウム系結晶の水和層の層間距離を制御することが可能となり、大きさの異なる生物学的活性物質を水和層に挿入することができる。特に、ストロンチウムイオン及びバリウムイオンで置換されることによって、水和層の層間距離が大きくなり、比較的分子量の大きな生物学的活性物質を水和層に導入することが可能である。リン酸八カルシウム系結晶に含まれる金属陽イオンの含量は、特に限定されるものではないが、単位胞〔2分子のCa(PO・5HO〕当たりのカルシウム原子への置換が好ましくは1〜4であり、より好ましくは1〜3である。置換が4を超えると生体毒性を示す可能性があり、生体親和性が悪くなると破骨細胞による認識が弱くなる傾向が見られ、好ましくない。
【0018】
本発明のリン酸八カルシウム系結晶の大きさは、特に限定されるものではないが、骨疾患を治療するためには、少なくとも破骨細胞が認識できる大きさであることが好ましい。また、生体内の局所へ注射又は埋め込み等によって投与することのできる大きさであることが好ましい。本発明のリン酸八カルシウム系結晶は、立方体、直方体、又は粒子状など形態をとることが可能であるが、粒径が、好ましくは1μm〜1mmであり、より好ましくは1μm〜100μmである。
【0019】
本発明による水和層に生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶は、共沈法又は加水分解法によって製造することができる。生物学的活性物質が製造中に失活しないように、急激なpHの変化、急激なイオン濃度変化、高い生成温度での調製、激しい撹拌などを行わない方が好ましい。例えば、pHは4.5〜8.5の範囲で維持し、急激に変化させないことが好ましい。また、反応温度も急激に変化させず、一定に保つことが好ましく、好ましくは、25〜80℃、より好ましくは30〜60℃、最も好ましくは35〜50℃の温度範囲の一定温度で行う。激しい撹拌を行わない方が好ましく、例えば、スターラーなどを用いる場合は、3000rpm以下の回転数で行うことが好ましい。更に、反応に用いるpHも急激に変化させず、一定に保つことが好ましく、好ましくは、4.5〜8.5、より好ましくは5.0〜7.5、最も好ましくは5.0〜6.0の範囲で一定のpHで行う。このような、穏やかな条件で、本発明のリン酸八カルシウム系結晶を生成させることによって、薬効の低下を起こさずに、十分な量の生物学的活性物質をリン酸八カルシウム系結晶の水和層に導入することが可能である。
【0020】
例えば、共沈法により水和層に生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶を製造する場合は、pH及びイオン強度を制御して、以下のように行うことができる。pHを4.5〜8.5に維持しながら、リン酸イオンを含む溶液とカルシウムイオンを含む溶液とをゆっくり混合し、リン酸八カルシウム系結晶を生成させる。混合はリン酸イオンを含む溶液にカルシウムイオンを含む溶液を滴下するか、又はカルシウムイオンを含む溶液にリン酸イオンを含む溶液を滴下しながら、25〜80℃でゆっくりと撹拌する。薬剤などの生物学的活性物質は、リン酸イオンを含む溶液及び/又はカルシウムイオンを含む溶液に含ませることができるが、リン酸イオンを含む溶液に含ませることが好ましい。リン酸イオンとしては、オルトリン酸又はリン酸アンモニウムが好ましく、カルシウムイオンとしては、水酸カルシウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、酢酸カルシウム又は炭酸カルシウムが好ましい。更に、金属陽イオンを添加する場合は、生物学的活性物質と同じように、リン酸イオンを含む溶液及び/又はカルシウムイオンを含む溶液に含ませ、均一に溶解させることが好ましい。
【0021】
加水分解法により水和層に生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶を製造する場合は、酢酸塩などによりpHを4.5〜8.5に調整した溶液に生物学的活性物質を溶解させ、この溶液にブルッシャイト〔CaHPO・2HO〕、モネタイト〔CaHPO〕αCa(PO、又はβCa(POの粉末を分散させ、25〜80℃で、ゆっくりと撹拌し溶解させ、リン酸八カルシウム系結晶を生成する。更に、金属陽イオンを添加する場合は、生物学的活性物質と一緒に溶液に含ませ均一に溶解させておくことが好ましい。
【0022】
前記共沈法及び加水分解法においても、金属陽イオンを溶液に添加することによって、リン酸八カルシウム系結晶のカルシウムイオンが金属陽イオンに置換され、水和層の層間距離を制御することが可能となった。特に、ストロンチウムイオン及びバリウムイオンで置換されることによって、水和層の層間距離が大きくなり、比較的分子量の大きな生物学的活性物質を水和層に導入することが可能である。
【0023】
更に、本発明によるリン酸八カルシウム系結晶の粒子を破骨細胞が認識することのできる大きさに調整するために、スプレードライ法や造粒乾燥を用いることも可能である。作製した薬剤含有リン酸八カルシウム系結晶の懸濁液を0.1〜15重量%の濃度に調整し、噴霧圧を0.005〜0.6MPa、入り口温度と出口温度をそれぞれ100〜180℃と40〜90℃の範囲で調整して噴霧乾燥を行う。また、造粒乾燥を行うことも可能である。これら手法により粒子の大きさを1μm〜3mmの大きさに自在に調整することが可能である。
【0024】
生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶は、酸性条件(例えばpH6.0以下)で効率よく、生物学的活性物質を放出することができる。この放出の速度は酸性度が強いほど速く、例えば、溶液に一時間浸漬することによって、pH3.0では含有量の70%が、pH4.5では含有量の40%が放出され、中性に近づくほど放出の速度は緩やかである。
【0025】
また、生体内の環境に類似した疑似生体環境(中性、37℃、リン酸存在下)においては、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶は、一ヶ月以上をかけて、次第に生体組織類似のアパタイトに変化する。この際、含有される生物学的活性物質も、変化に伴い、ゆっくりと溶液内に放出される。更に、生体内に投与された生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶に対して、明確な拒絶反応や顕著な炎症反応は見られず、本発明のリン酸カルシウム系結晶は生体親和性を示す。
【0026】
本発明の水和層に生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶を有効成分とする医薬組成物は、それらの製剤化に通常用いることのできる担体、賦形剤、又はその他の添加剤を用いて調整することができる。
【0027】
本発明の医薬組成物は、非経口剤、例えば、静注、皮下、臓器、関節部位などへの注射剤、埋め込み剤、顆粒剤、散剤等の固形製剤、懸濁剤等の液剤又は軟膏剤などとして、投与することができる。注射剤としては、無菌の水溶性又は非水性の溶液剤、懸濁剤、又は乳濁剤を含む。水溶性の溶液剤又は懸濁剤には、希釈剤として、例えば、注射用蒸留水又は生理用食塩水などが含まれる。非水溶性の溶液剤又は懸濁剤の希釈剤としては、例えば、アルコール類(例えば、エタノール)、グリコール類(例えば、プロピレングリコール又はポリエチレングリコール)、又はポリソルベトール80(商品名)等を含む。前記組成物は、更に、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤、溶解若しくは溶解補助剤、又は防腐剤などを含んでいてもよい。
【0028】
本発明の医薬組成物を骨疾患の治療に用いる場合は、骨粗鬆症の患部、関節リュウマチの患部、又は骨腫瘍の部位に、医薬組成物を注射などによって直接投与することができる。従って、リン酸八カルシウム系結晶の大きさは、例えば、懸濁注射剤として使用する場合は、分散度、通針性を確保することのできる範囲であればよい。例えば、結晶の平均粒径は、0.1〜300μmが好ましく、より好ましくは1〜150μmであり、最も好ましくは2〜100μmである。
【0029】
本発明の医薬組成物の投与量は、生物学的活性物質の種類や含量、剤型、活性物質放出の持続時間、投与対象動物などにより異なるが、生物学的活性物質の有効量が含まれている投与量であればよい。例えば、一回あたりの投与量として、成人(体重50kg)当たり、ビスホスホネートとして、0.01mg〜500mg、好ましくは1mg〜250mg、より好ましくは5mg〜50mgを1週間〜3ヶ月に一回投与することができる。
【0030】
《作用》
破骨細胞は、古い骨に接着し、骨と破骨細胞との間に吸収窩(ピット)を形成し、その部分のpHを低下させ骨を溶解し、吸収する。正常な状態であれば、破骨細胞にカップリングしている骨芽細胞が、吸収された部分に新しい骨を形成するが、骨疾患、例えば、骨粗鬆症、骨腫瘍、関節リウマチなどでは、破骨細胞と骨芽細胞のカップリングが破壊され、破骨細胞の骨吸収作用が亢進しており、病的な骨吸収が起こっていると考えられる。
一方、本発明のリン酸八カルシウム系結晶は、その結晶内の水和層にビスホスホネートなどの生物学的活性物質を含有しているが、生物学的活性物質は結晶内に存在するため、生体内に投与された場合も、通常の生体内の環境では、生物学的活性物質は急激には放出されず、初期バースト放出などの問題は起こさないと考えられる。しかし、リン酸八カルシウム系結晶は、リン酸及びカルシウムを含むため、骨と同じように破骨細胞によって認識され、特に、破骨細胞の機能が亢進している骨疾患の患部においては、本発明のリン酸八カルシウム系結晶が破骨細胞によって溶解され、生物学的活性物質が放出される。生物学的活性物質が、破骨細胞の機能を抑制する化合物である場合には、その化合物が作用する破骨細胞の近傍において放出され、破骨細胞の機能を抑制するため、効率的な治療効果が期待できる。
また、リン酸八カルシウム系結晶に含有される生物学的活性物質としては、破骨細胞の機能を抑制する生物学的活性物質ばかりでなく、骨芽細胞の機能を亢進させる薬剤や破骨細胞と骨芽細胞のカップリングを正常な状態に戻す薬剤などを、導入することも可能であり、そのような物質も破骨細胞の機能が亢進している患部において、選択的に放出されるため、効率的な治療効果を期待することができる。
従来、このような疾患の症状や病態に応じて、薬剤などの生理活性物質を放出する症状対応型又は病態対応型の医薬組成物は存在しなかった。疾患の症状や病態は、外来の病原体などによって直接起きることもあるが、多くの場合は、生体の免疫反応や炎症反応などの生体防御反応や正常の生体反応が異常になった場合などに起きることがある。このような疾患の症状や病態を担っているものは、生体内の細胞であり、それらの機能が亢進したり、あるいは抑制されることによって、症状や病態が変化する。本発明の医薬組成物は、疾患の症状や病態に応じて、薬剤などの生理活性物質を放出することのできるものであり、選択的な治療効果が期待できるものである。
【実施例】
【0031】
以下に実施例及び比較例を示し本発明の具体的な説明を行うが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0032】
《実施例1》
本実施例1では、加水分解法によって、ビスホスホネートを含有するリン酸八カルシウム系結晶の生成を行った。
ビスホスホネート15mgを水に溶解し、酢酸ナトリウムを添加しpH5.0の溶液100mLを調製した。溶液をゆっくり撹拌しながら、ブルッシャイト〔CaHPO・2HO〕160mgを添加した。溶液を60℃で一日撹拌し、ビスホスホネートを含有するリン酸八カルシウム系結晶を得た。理論的には、下記の式により、ブルッシャイト140mgから100mgのリン酸八カルシウム結晶を生成することができるが、実際には、量論反応は85%程度であり、160mgのブルッシャイトから100mgのリン酸八カルシウム結晶が生成された。
[式1]
CaHPO・2HO→Ca(PO・5H
得られたビスホスホネート含有リン酸八カルシウム系結晶の粉末X線回折解析(XRD)、熱分析(TG−DTA)及び走査型電子顕微鏡(SEM)解析を行った。
【0033】
《X線回折解析》
X線回折装置〔理学電機(株)製〕RINT2200を用い、40kV/40mAで発生させたCuKα線を使用し、発散スリット角1度、発散縦制限スリット10mm、散乱スリット1.25mm、受光スリット0.3mm、スキャンスピード2度/分、サンプリング幅0.02度の条件で測定を行った。得られた生成物は、リン酸八カルシウム〔Ca(PO・5HO〕をベースとした結晶であり、ビスホスホネートを添加せずに得られたリン酸八カルシウム結晶と比較すると、低角の回折線(Cuba:4.7度)が、更に低角側に移動しており、ビスホスホネートが水和層に挿入されたことにより、水和層の層間距離が拡大していることが確認された。
【0034】
《熱分析》
島津製作所製DTG−50を用い、空気70mL/分の気流下で、得られた生成物約10mgを昇温速度10℃/分で30℃から600℃まで昇温し、測定開始前の重量を基準(100%)として重量減少曲線を求めた。その結果、有機物の燃焼に特徴的なピークが400℃付近に観察され、その重量減少は、12%程度であった。これより、得られた生成物に、ビスホスホネートが約12%含まれていることがわかった。
【0035】
《走査型電子顕微鏡による形態の解析》
ビスホスホネート含有リン酸八カルシウム系結晶の形態を、電界放出型走査型電子顕微鏡FE−SEM〔HITACHI S−5000〕を用いて加速電圧10kVで観察した。得られた生成物は、板状結晶であり、約100×10×10μmの大きさであった。
【0036】
《実施例2》
本実施例1では、共沈法によって、ビスホスホネートを含有するリン酸八カルシウム系結晶の生成を行った。
40mmolのNaHPO及び40mmolのNaHPOを混合してpH5.5のリン酸緩衝液250mLを調製した。この緩衝溶液にビスホスホネートを添加し、ゆっくりと撹拌ながら溶解させた。20mmol酢酸カリウム250mLをゆっくり添加し、37℃で、6時間反応させて、ビスホスホネートを含有するリン酸八カルシウム系結晶を得た。
得られたビスホスホネート含有リン酸八カルシウム系結晶の粉末X線回折解析(XRD)、熱分析(TG−DTA)及び走査型電子顕微鏡(SEM)解析を、実施例1と同じ方法を用いて行った。
《X線回折解析》
実施例1と同様に、ビスホスホネートを含有しないリン酸八カルシウム結晶と比較すると、低角の回折線(Cuba:4.7度)が、低角側に移動しており、ビスホスホネートが水和層に挿入されたことにより、水和層の層間距離が拡大していることが確認された。
《熱分析》
有機物の燃焼に特徴的なピークが400℃付近に観察されたが、その重量減少は、8%程度であった。これより、得られた生成物に、ビスホスホネートが約8%含まれていることがわかった。
《走査型電子顕微鏡による形態の解析》
実施例1と同様に、得られた生成物は、板状結晶であり、約100×10×10μmの大きさであった。
【0037】
《実施例3》
本実施例3では、得られたビスホスホネート含有リン酸八カルシウム系結晶の酸性条件でのビスホスホネートの放出を検討した。
実施例1で得られたビスホスホネート含有リン酸八カルシウム系結晶10mgを、塩酸でpH3.0及びpH4.5に調整した水溶液20mLに添加し、37℃で保持した。pH3.0の水溶液では、浸漬1時間後に70%のビスホスホネートが放出され、pH4.5の水溶液では、浸漬1時間後に40%のビスホスホネートが放出された。
【0038】
《実施例4》
本実施例4では、得られたビスホスホネート含有リン酸八カルシウム系結晶の中性条件でのビスホスホネートの放出を検討した。
実施例1で得られたビスホスホネート含有リン酸八カルシウム系結晶5mgを、リン酸緩衝液5mLに添加し、37℃で保持した。浸漬1時間後では、ビスホスホネートの放出は、ほとんど検出できなかった。この状態で一ヶ月放置したところ、ビスホスホネートは100%放出されていた。また、一ヶ月後の生成物を、実施例1と同じ粉末X線回折解析(XRD)により解析したところ、炭酸基を含有した生体組織類似アパタイトに変換されていた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶は、それを有効成分とする医薬組成物に用いることにより、骨疾患、例えば、転移性骨腫瘍及び骨粗鬆症、又は骨免疫疾患である関節リウマチなどを効果的に治療できる治療剤として利用することが可能である。また、本発明の生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶の製造方法により、徐放性製剤として十分な量の生物学的活性物質を含有することのできるリン酸八カルシウム系結晶を製造することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水和層に生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶。
【請求項2】
前記生物学的活性物質が、その構造中に陰イオン基を有する生物学的活性物質である、請求項1に記載のリン酸八カルシウム系結晶。
【請求項3】
前記生物学的活性物質が、骨疾患治療用化合物である、請求項1又は2に記載のリン酸八カルシウム系結晶。
【請求項4】
前記骨疾患治療用化合物が、ビスホスホネートである、請求項3に記載のリン酸八カルシウム系結晶。
【請求項5】
前記リン酸八カルシウム系結晶のカルシウムイオンの一部が、金属陽イオンに置換された請求項1〜4のいずれか一項に記載のリン酸八カルシウム系結晶。
【請求項6】
前記金属陽イオンがマグネシウム、ストロンチウム、バリウム、白金、マンガン、銅、亜鉛及び鉄からなる群から選択された金属陽イオンである、請求項5に記載のリン酸八カルシウム系結晶。
【請求項7】
疾患の症状により生理活性物質が放出される医薬組成物。
【請求項8】
前記疾患の症状が、生体内の細胞の機能亢進による症状である、請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記生体内の細胞が、破骨細胞である請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のリン酸八カルシウム系結晶を有効成分として含む請求項7〜9のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
前記疾患が骨疾患である、請求項7〜10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
カルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液とをpH4.5〜8.5に保持しながら25〜80℃で混合及び撹拌する、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法であって、前記カルシウムイオンを含む溶液及び/又はリン酸イオンを含む溶液に生物学的活性物質を含むことを特徴とする、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶の製造方法。
【請求項13】
前記カルシウムイオンを含む溶液及び/又はリン酸イオンを含む溶液に金属陽イオンを含む、請求項12に記載の生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウム系結晶の製造方法。
【請求項14】
pH4.5〜8.5に保持した生物学的活性物質を含む溶液に、CaHPO・2HO、CaHPO、αCa(PO、又はβCa(POを添加し、25〜80℃で撹拌する、生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法。
【請求項15】
前記生物学的活性物質を含む溶液が金属陽イオンを含む、請求項14に記載の生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法。
【請求項16】
前記生物学的活性物質が、その構造中に陰イオン基を有する生物学的活性物質である、請求項12〜15のいずれか一項に記載の生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法。
【請求項17】
前記生物学的活性物質が、骨疾患治療用化合物である、請求項12〜16のいずれか一項に記載の生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法。
【請求項18】
前記骨疾患治療用化合物が、ビスホスホネートである、請求項17に記載の生物学的活性物質を含有するリン酸八カルシウムの製造方法。

【公開番号】特開2008−222506(P2008−222506A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−64370(P2007−64370)
【出願日】平成19年3月14日(2007.3.14)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】