説明

生物模倣体

【課題】周囲の色との間のコントラストを十分に確保でき、生物の行動を精度良く制御することが可能な生物模倣体を提供する。
【解決手段】ブロック共重合体が形成するミクロ相分離構造5によって構造発色する構造発色体3は、対象となる生物に対して誘引色或いは忌避色となる波長の光を例えば70%を超える反射率で反射させることができる。このため、構造発色体3を用いた生物模倣体1では、誘引色や忌避色の彩度が通常の色剤と比較して格段に高く、昼間であっても発光しているかのような鮮明さを有することとなる。したがって、生物模倣体1では、周囲の色とのコントラストを十分に確保でき、生物の行動を精度良く制御することが可能となる。また、生物模倣体1では、上記の構造発色体3を用いてタマムシの体全体を規範としているので、タマムシの習性を利用した行動制御を実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物の少なくとも一部の部位を規範とした生物模倣体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特定の色に対して昆虫などの生物が誘引されたり忌避したりする傾向を利用して生物の行動を制御する道具がある。例えば特許文献1では、凸状の湾曲面を有する硬質基板上に、黒色ペイントを塗布してなる基礎反射面、強反射性物質の粉末等を含む合成樹脂からなる中間層、及び透明な合成樹脂からなる透明層を積層し、鳥が忌避する構造色を呈するようにした鳥おどし具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−149327号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のような生物の行動を制御する道具においては、対象となる生物に対して誘引色や忌避色をより確実に弁別させるという観点から、道具の色と周囲の色とのコントラストを十分に確保することが重要となっている。
【0005】
本発明は、上記課題の解決のためになされたものであり、周囲の色との間のコントラストを十分に確保でき、生物の行動を精度良く制御することが可能な生物模倣体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題の解決のため、本発明に係る生物模倣体は、生物の少なくとも一部の部位を規範とした生物模倣体であって、部位の形状に対応した土台部に、ブロック共重合体が形成するミクロ相分離構造によって構造発色する構造発色体を固定してなることを特徴としている。
【0007】
この生物模倣体では、ブロック共重合体が形成するミクロ相分離構造によって構造発色する構造発色体を用いることにより、対象となる生物に対して誘引色や忌避色となる波長の光を十分な強度で反射させることができる。したがって、この生物模倣体の色と周囲の色とのコントラストを十分に確保でき、生物の行動を精度良く制御することが可能となる。また、この生物模倣体では、上記の構造発色体を用いて生物の少なくとも一部の部位を規範としているので、対象となる生物の習性を利用した行動制御を実現できる。
【0008】
また、構造発色体は、第1の方向とこれに交差する第2の方向との間で所定の波長における反射強度の角度依存性が異なることが好ましい。生物によっては色の弁別範囲が方向によって異なる場合がある。したがって、所定の波長における反射強度の角度依存性を方向によって異ならせることで、より広範囲の生物に色を弁別させることができる。
【0009】
また、構造発色体は、第1の方向とこれに交差する第2の方向との間で反射波長が視認角度によって異なることが好ましい。生物によっては弁別できる波長が方向によって異なる場合がある。したがって、反射波長を方向によって異ならせることで、より生物に構造発色体を選好させることができる。
【0010】
また、構造発色体は、土台部との固定部分が黒色となっていることが好ましい。この場合、土台部の色の影響が構造発色体の色に及ぶことを防止できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る生物模倣体によれば、周囲の色との間のコントラストを十分に確保でき、生物の行動を精度良く制御できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る生物模倣体の一実施形態を示す分解斜視図である。
【図2】図1の平面図である。
【図3】図1に示した生物模倣体の特性を示す図である。
【図4】変形例に係る生物模倣体の特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら、本発明に係る生物模倣体の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0014】
図1は、本発明に係る生物模倣体の一実施形態を示す分解斜視図である。また、図2は、図1の平面図である。図1及び図2に示すように、生物模倣体1は、土台部2と、構造発色体3とを備えている。この生物模倣体1は、特定の色に対して昆虫などの生物が誘引されたり忌避したりする傾向を利用して生物の行動を制御するための道具として構成されている。行動を制御する対象の生物は種々の生物を想定できるが、本実施形態ではタマムシを対象としている。
【0015】
土台部2は、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン樹脂、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、シリコンゴム、二トリルゴム、ブタジエンゴム等の合成樹脂、金属材料、ガラス、木材などによって形成されている。土台部2は、タマムシの体格に擬似させるため、細長い楕円状の平面形状をなすと共に、表面側が緩やかに凸状に湾曲した状態となっている。
【0016】
構造発色体3は、土台部2の平面形状に対応して細長い楕円状をなしており、例えば接着によって土台部2の表面側に固定されている。土台部2に固定される構造発色体3の裏面3bは、フィルムの貼り付けや塗料の塗布によって黒色となっている。
【0017】
構造発色体3は、高分子ブロック共重合体を含有している。ブロック共重合体とは、2種以上のポリマー鎖(セグメント)が結合した共重合体であり、例えばモノマーAを構造単位とする第1ポリマー鎖と、モノマーBを構造単位とする第2ポリマー鎖とがポリマー鎖の末端同士で結合した共重合体が挙げられる。
【0018】
ブロック共重合体の具体例としては、例えばポリスチレン−b−ポリ(メチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(エチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(プロピルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(tert−ブチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(n−ブチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(イソプロピルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(ペンチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(ヘキシルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(デシルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(ドデシルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(メチルアクリレート)、ポリスチレン−b−ポリ(tert−ブチルアクリレート)、ポリスチレン−b−ポリブタジエン、ポリスチレン−b−ポリイソプレン、ポリスチレン−b−ポリジメチルシロキサン、ポリブタジエン−b−ポリジメチルシロキサン、ポリイソプレン−b−ポリジメチルシロキサン、ポリビニルピリジン−b−ポリ(メチルメタクリレート)、ポリビニルピリジン−b−ポリ(tert−ブチルメタクリレート)、ポリビニルピリジン−b−ポリブタジエン、ポリビニルピリジン−b−イソプレン、ポリブタジエン−b−ポリビニルナフタレン、ポリビニルナフタレン−b−ポリ(メチルメタクリレート)、ポリビニルナフタレン−b−ポリ(tert−ブチルメタクリレート)等の2元ブロック共重合体、ポリスチレン−b−ポリブタジエン−b−ポリ(メチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリブタジエン−b−ポリ(tert−ブチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリイソプレン−b−ポリ(メチルメタクリレート)、ポリスチレン−b−ポリイソプレン−b−ポリ(tert−ブチルメタクリレート)等の3元ブロック共重合体等が挙げられる。なお、ブロック共重合体は、ポリマー鎖間で屈折率が異なれば上記に限られるものではない。
【0019】
ブロック共重合体の重量平均分子量(Mw)の下限値は、構造発色体3としての光学特性を発現させるために必要な周期構造が良好に得られる観点から、8.0×105(g/mol)以上が好ましく、9.0×105(g/mol)以上がより好ましく、1.0×106(g/mol)以上が更に好ましい。
【0020】
上記重量平均分子量の上限値は、構造発色体3としての光学特性を発現させるために必要な周期構造が更に良好に得られる観点から、3.0×106(g/mol)以下が好ましく、2.5×106(g/mol)以下がより好ましく、2.0×106(g/mol)以下が更に好ましい。なお、重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いてポリスチレン換算の重量平均分子量として得ることができる。
【0021】
また、構造発色体3は、図1に示すように、内部にミクロ相分離構造5を有している。ミクロ相分離構造とは、ミクロドメインが周期的に配置された集合体をいう。ミクロドメインとは、ブロック共重合体の異種のポリマー鎖が互いに混じり合うことなく相分離して形成される相をいう。ミクロ相分離構造5は、ラメラ状のミクロドメイン7aと、ラメラ状のミクロドメイン7bとが交互に積層されて形成された屈折率周期構造7である。ミクロドメイン7a,7bのそれぞれは、構造発色体3の表面3a及び裏面3bの少なくとも一方に対して略平行に配向されており、本実施形態では、表面3a及び裏面3bの双方に対して略平行に配向されている。
【0022】
ミクロドメイン7aは、ブロック共重合体のうちの一のポリマー鎖9aを主成分として含んでおり、ミクロドメイン7bは、ブロック共重合体のうちの他のポリマー鎖9bを主成分として含んでいる。なお、ミクロドメイン7a,7bの繰り返し周期やポリマー鎖9a,9bの配置は、図1に示したものに限定されるものではない。
【0023】
以上のようなミクロ相分離構造5により、構造発色体3では、対象となる生物に対して誘引色或いは忌避色となる波長の光を例えば70%を超える反射率で反射させることができる。このため、構造発色体3を用いた生物模倣体1では、誘引色や忌避色の彩度が通常の色剤と比較して格段に高く、昼間であっても発光しているかのような鮮明さを有することとなる。したがって、生物模倣体1では、周囲の色とのコントラストを十分に確保でき、生物の行動を精度良く制御することが可能となる。また、この生物模倣体1では、上記の構造発色体3を用いてタマムシの体全体を規範としているので、タマムシの習性を利用した行動制御を実現できる。
【0024】
また、構造発色体3では、タマムシの体長方向(第1の方向)とこれに交差する体幅方向(第2の方向)との間で、誘引色或いは忌避色における反射強度の角度依存性が異なっている。図3に示す例では、構造発色体3における所定の波長(例えば560nm)の反射強度の角度依存性を示している。この例では、反射強度の半値全幅が、体長方向では約±10.5°、体幅方向では約±7°となっており、体幅方向に比べて体長方向の方がより広範囲に光が反射するようになっている。
【0025】
反射強度の角度依存性は、波状に湾曲したミクロドメイン(構造発色体3の表面3a及び裏面3bに略平行に配向されていない領域を持つミクロドメイン)を構造発色体3に含ませることで調整可能である。タマムシのように色の弁別範囲が方向によって異なる生物では、反射強度の角度依存性を方向によって異ならせることで、より構造発色体を選好させることができる。
【0026】
本発明は、上記実施形態に限られるものではない。例えば上述した実施形態では、行動を制御する対象の生物全体の形状を有する生物模倣体を例示したが、胴体や羽といった生物の一部の部位を模したものであってもよい。また、行動を制御する対象の生物自体を模したものに限られず、その生物の行動に関連する他の動植物の一部の部位を模したものであってもよい。
【0027】
また、上述した実施形態では、構造発色体の第1の方向とこれに交差する第2の方向との間で反射強度の角度依存性が異なっているが、例えば図4に示すように、第1の方向とこれに交差する第2の方向との間で反射波長が異なるようにしてもよい。生物によっては弁別できる波長が方向によって異なる場合があるため、反射波長を方向によって異ならせることで、より生物に構造発色体を選好させることができる。また、角度依存的に変化するスペクトル光を飛翔接近行動などの引き金にさせることも可能となる。
【実施例1】
【0028】
以下、生物模倣体の実施例について説明する。実施例に係る生物模倣体の作製にあたっては、まず、タマムシの翅を3mm角の小片に切断し、反射強度の角度依存性を評価した。この結果、タマムシの翅の反射強度の半値全幅は、体長方向では約±10.5°、体幅方向では約±7°であった。
【0029】
次に、合成樹脂で作製した土台部にタマムシの翅の小片を貼り付けた生物模倣体を作製し、タマムシの飛翔行動の観察を行った。タマムシの翅の小片を土台部に貼り付ける際、切断前の向きと同じ方向に貼り付けたサンプル(サンプルA)と、切断前の向きから90°回転させて貼り付けたサンプル(サンプルB)とを用意した。これら2種のサンプルを棒先に取り付けて晴天時にタマムシを観察したところ、サンプルAでは近傍まで飛翔して交尾行動をしようとする個体が90%程度現れたが、サンプルBでは飛翔接近はするものの、交尾行動をしようとする個体は0%程度であった。
【0030】
以上の結果を受けて、タマムシの翅と同様に反射鏡殿角度依存性を有する構造発色体を作製した。構造発色体の元となる高分子ブロック共重合体としては、ポリスチレン−b−ポリ(tert−ブチルメタクリレート)を用いた。用いた試料は、真空下リビングアニオン重合により合成した(重量平均分子量=1.0×10g/mol、ポリスチレン:ポリ(tert−ブチルメタクリレート)=38:62 vol.%)。
【0031】
次に、この高分子ブロック共重合体を、光重合性モノマーである1,6−ビス(アクリロイルオキシ)ヘキサンとラウリルアクリレートとが重量比で50:30の混合溶媒に15.0質量%となるように溶解させた。また、1,6−ビス(アクリロイルオキシ)ヘキサンに対して0.3質量%となるように光重合開始剤(チバ・スペシャリティ・ケミカルズ社製:IRGACURE651)を添加した。この溶液中で高分子ブロック共重合体がラメラ状ミクロ相分離構造を形成し、構造発色を呈している。
【0032】
続いて、この溶液を直径10cmの石英ガラス円板上に滴下し、0.3mmのスペーサを介して同径の石英ガラス円板で挟むことによって膜状に展開した。さらに、溶液を挟んだ石英ガラス円板を動かすことにより、溶液にずり流動場を印加し、ラメラ状ミクロ相分離構造を配向させた。ずり流動場を印加後、余分な流動が加わらないように10分間室温でアニールし、ミクロ相分離構造の規則性を向上させた。その後、紫外線を5分間照射して溶液を硬化させ、ミクロ相分離構造が配向された構造発色体のフィルムを得た。
【0033】
ずり流動場の印加にあたっては、まず、2つの石英ガラス円板を1軸方向に振動的に動かすことで、溶液に対して1軸方向のずり流動場を印加し、流動方向から90°方向に湾曲したミクロ相分離構造を形成した。これにより、体長方向と体幅方向とで反射強度の角度依存性が異なる構造発色体のフィルムを得た。また、2つの石英ガラス円板をランダムな方向に振動的に動かすことで、溶液に対してランダムな方向のずり流動場を印加した。これにより、体長方向と体幅方向とで反射強度の角度依存性が同等の構造発色体のフィルムを得た。
【0034】
構造発色体のフィルムを得た後、これらをタマムシの翅の形に模して切り取り、合成樹脂で作製した土台部に貼り付けることで生物模倣体のサンプルを作製した。サンプルとしては、角度依存性のないフィルムを貼り付けたサンプル(サンプルC)と、角度依存性のあるフィルムを本物と同様の向きに貼り付けたサンプル(サンプルD)と、角度依存性のあるフィルムを90°回転させた向きに貼り付けたサンプル(サンプルE)とを用意した
【0035】
これら3種のサンプルを棒先に取り付けて上述と同様にタマムシを観察したところ、近傍まで飛翔した個体の数は、サンプルD>サンプルE>サンプルCの順となり、その上、サンプルDでは交尾しようとした行動を引き起こし、本物のタマムシの翅の場合と同様の結果が得られた。この結果から、本発明に用いた構造発色体がタマムシの行動の制御に有効であることが確認できた。
【符号の説明】
【0036】
1…生物模倣体、2…土台部、3…構造発色体、5…ミクロ相分離構造。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物の少なくとも一部の部位を規範とした生物模倣体であって、
前記部位の形状に対応した土台部に、ブロック共重合体が形成するミクロ相分離構造によって構造発色する構造発色体を固定してなることを特徴とする生物模倣体。
【請求項2】
前記構造発色体は、第1の方向とこれに交差する第2の方向との間で所定の波長における反射強度の角度依存性が異なることを特徴とする請求項1記載の生物模倣体。
【請求項3】
前記構造発色体は、第1の方向とこれに交差する第2の方向との間で反射波長が異なることを特徴とする請求項1記載の生物模倣体。
【請求項4】
前記構造発色体は、前記土台部との固定部分が黒色となっていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の生物模倣体。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate