説明

生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物

【課題】新規物質である光架橋ヘパリ溶媒和ヒドロゲルを提供する。
【解決手段】以下の成分B〜Dを含有する溶液を調製した後に凍結させ、得られた凍結物に光を照射してゲル化した後、凍結ゲルを溶融させる方法により得られる光架橋ヘパリ溶媒和ヒドロゲル。
B:ヘパリン骨格のヘキソサミン(N−硫酸化グルコサミン若しくはN−アセチルグルコサミン)残基の6位水酸基に結合した硫酸基を部分的または完全に除去した6位脱硫酸化ヘパリン誘導体に桂皮酸アミノプロピルが結合している光反応性ヘパリン
C:ポリエチレングリコール又はエデト酸ナトリウム
D:B及びC成分を溶解し得る水性溶媒

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維芽細胞増殖因子(以下、FGFとも言う)は生体内に存在するヘパリン結合性増殖因子(以下、HBGFとも言う)の一種であり、血管新生などの作用を有し、ヘパリンへの親和性を有していることが知られている。FGF等のHBGFは、生体内の様々なタンパク質分解酵素によって速やかに分解されるので、一般にそれらの活性半減期(以下、安定性ともいう。)は短いが、HBGFはヘパリンと複合体を形成することによりタンパク質分解酵素に対して抵抗性を獲得するので、安定性が向上する等の実験結果が報告されている。しかし、動物実験などにおいて、単に、ヘパリンとb−FGFを混合投与しただけでは、それらが投与部位から容易に消失してしまう為、十分な効果が期待できなかった。
【0003】
そこで、投与部位からの消失を防止する為に、近時、ヘパリンと1種類以上のヘパリン以外の多糖類を架橋させた架橋体に成長因子を含有させることによる徐放剤が提案されている(特許文献1)。しかし、斯かる徐放剤は、成長因子を含有する架橋体(基材)に機械的強度を付与したキセロゲルであり、従って、その投与方法は、生体欠損部への貼付法または縫付け法であり、注入法ではない。
【0004】
ところで、従来より、グリコサミノグリカン(以下、GAGとも言う)に光反応性基を導入し、紫外線などの光の照射により光反応性基を架橋させて得られる光架橋GAGが報告され、更に、GAGの種類の他、ゲル、スポンジ等の性状の違いにより種々の光架橋GAGも報告されている(特許文献2〜5)。しかし、従来、光架橋GAGにHBGFを含有させたゲルで、かつ、注入具によってHBGFを投与したい部位に注入出来る様なゲルは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−233786号公報
【特許文献2】特開平6−073102号公報
【特許文献3】特開平8−143604号公報
【特許文献4】特開平9−087236号公報
【特許文献5】WO02/060971号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであり、その目的は、投与部位におけるHBGFの安定性を図ってその効果を持続的に発揮させることが出来、しかも、局所投与に最適な形態である注入法が適用し得る、生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決する為に鋭意検討した結果、次の様な知見を得た。すなわち、架橋ヘパリンとヘパリン結合性生理活性分子とを含む溶液を特定条件下に架橋する方法、特に、光反応性基を結合したヘパリンを光架橋させる方法によるならば、従来知られていなかった、注入法が適用し得る粘度を有する架橋ヘパリンゲル組成物が得られ、しかも、架橋ヘパリンゲル組成物によれば、ヘパリン結合性増殖因子の安定化が図られるとの知見を得た。
【0008】
本発明は、上記の知見に基づき完成されたものであり、関連する複数の一群の発明から成り、その要旨は次の通りである。
【0009】
本発明の第1の要旨は、少なくとも架橋ヘパリンとヘパリン結合性生理活性分子とを含有し、注入具より押出し可能な粘度を有することを特徴とする生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物に存する。
【0010】
本発明の第2の要旨は、以下の成分A〜Dを含有する溶液を調製した後に凍結させ、得られた凍結物に光を照射してゲル化した後、凍結ゲルを溶融させる方法により得られることを特徴とする注入具より押出し可能な粘度を有する生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物に存する。
【0011】
A:ヘパリン結合性生理活性分子
B:光反応性基を結合したヘパリン(以下、「光反応性ヘパリン」とも言う。)
C:アルコール、界面活性剤およびキレート剤から成る群から選択される何れかの水性溶媒混和性を有する成分
D:A、B及びC成分を溶解し得る水性溶媒
【0012】
本発明の第3の要旨は、有効成分として上記の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物を含むことを特徴とする医療用製剤に存する。
【0013】
本発明の第4の要旨は、有効成分として上記の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物を含むことを特徴とする局所投与用製剤に存する。
【0014】
本発明の第5の要旨は、有効成分として上記の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物を含むことを特徴とするヘパリン結合性生理活性分子徐放用製剤に存する。
【0015】
本発明の第6の要旨は、有効成分として上記の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物を含むことを特徴とする血管新生促進剤に存する。
【0016】
本発明の第7の要旨は、有効成分として上記の各製剤または上記の血管新生促進剤を含有することを特徴とする末梢虚血性疾患に有用な治療剤に存する。
【0017】
本発明の第8の要旨は、ヘパリン結合性生理活性分子を、架橋ヘパリンゲルと共存させることを特徴とするヘパリン結合性生理活性分子の安定化方法に存する。
【0018】
本発明の第9の要旨は、前記の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物を押出し可能な容器に充填させて成ることを特徴とするキットに存する。
【0019】
本発明の第10の要旨は、以下の成分A〜Dを含有する溶液を調製した後に凍結させ、得られた凍結物に光を照射してゲル化した後、凍結ゲルを溶融させることを特徴とする注入具より押出し可能な粘度を有する生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物の製造方法に存する。
【0020】
A:ヘパリン結合性生理活性分子
B:光反応性基を結合したヘパリン
C:アルコール、界面活性剤およびキレート剤から成る群から選択される何れかの水性溶媒混和性を有する成分
D:A、B及びC成分を溶解し得る水性溶媒
【発明の効果】
【0021】
本発明により、注入具より押出し可能である生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物が提供される。そして、本発明の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物は、投与部位におけるFGF等のヘパリン結合性生理活性分子の安定的貯留性の向上により、徐放化が可能となり、末梢性虚血性疾患の治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ラットにおけるb−FGF含有光架橋6DSHの効果(血管新生)を示すグラフであり、「6DS−Hep/b−FGF」はb−FGF含有光架橋6DSHゲル、「b−FGF」はb−FGF水溶液、「6DS−Hep」は光架橋6DSHゲルを表す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。先ず、説明の便宜上、本発明に係る生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物の製造方法について説明する。なお、以下の説明は光反応性基を結合したヘパリンを光架橋反応して得られる光架橋ヘパリンを例示して説明するが、注入具より押し出し可能な粘度を有し、ヘパリン結合性生理活性分子を阻害しないものであれば他の架橋ヘパリンも本発明に適用される。
【0024】
本発明において、成分Aとして使用するヘパリン結合性生理活性分子とは、ヘパリン結合性を有するサイトカインや、同様にヘパリン結合性を有し、細胞の増殖促進作用や分化促進作用を持つことが知られている一群のヘパリン結合性増殖因子(HBGF)を指す。その例としては、繊維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、骨形成因子(BMP)、血管内皮細胞増殖因子(ECGF)、上皮細胞成長因子(EGF)、トランスフォーミング成長因子(TGF)、血管内皮細胞成長因子(VEGF)、ミッドカイン(MK)、インターロイキン8(IL8)、ビトロネクチン(VN)、ヘパリン結合性脳細胞分裂誘発因子(HBBM)、ヘパリン結合性神経突起伸長促進因子(HBNF)、ヒト男性ホルモン誘導性増殖因子(AIGF)、インスリン様成長因子(IGF)、毛様体神経成長因子(CNTF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、脳由来成長因子(BNDF)、神経細胞増殖因子(NGF)、幹細胞増殖因子(CSF)、インターフェロンγ(IFN−γ)、角質細胞成長因子(KGF)、CXCケモカイン等が挙げられる。これらの中では、繊維芽細胞増殖因子(FGF)が好ましく、特に塩基性繊維芽細胞増殖因子(b−FGF)が好ましい。
【0025】
本発明において、成分Bとして使用する光反応性基を結合したヘパリンは、ヘパリンと光反応性架橋基を有する化合物(光反応性物質)とを反応して得られる。
【0026】
上記の光架橋ヘパリンを製造する際の原料としてのヘパリンとしては、一般に知られているウロン酸残基とヘキソサミン残基から成る二糖単位の繰り返し構造であるヘパリン骨格を基本骨格として有するものであれば、特に限定されない。例えば、通常、ヘパリンと称される化合物だけでなく、ヘパラン硫酸、ヘパリノイド等のHBGF等を含むヘパリン結合性生理活性分子と親和性を有するグリコサミノグリカンも本発明においてはヘパリンに包含される。また、これらに化学修飾など行って得られる誘導体(例えば、硫酸基を結合させた硫酸化誘導体、硫酸基を除去させた脱硫酸化誘導体など)や、天然物から抽出・精製された通常のヘパリンを酵素や硝酸、硫酸、塩酸などで分解し、低分子化したヘパリンも含まれる。
【0027】
しかし、後述の様に、本発明の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物を医薬用途に使用することを考慮すると、ヘパリンが有する出血傾向を減弱させた又は除去したヘパリン誘導体が好ましい。斯かるヘパリン誘導体としては、例えば、ヘパリンから硫酸基を部分的または完全に除去した脱硫酸化ヘパリン誘導体、ヘパリンを酸化還元反応に付した酸化還元ヘパリン誘導体、ヘパリンを酸化還元反応および脱硫酸化反応に付した酸化還元−脱硫酸化ヘパリン誘導体などが挙げられる。
【0028】
上記の中では、脱硫酸化ヘパリン誘導体や酸化還元−脱硫酸化ヘパリン誘導体が好ましい。脱硫酸化ヘパリン誘導体としては、ヘパリン骨格のヘキソサミン(N−硫酸化グルコサミン若しくはN−アセチルグルコサミン)残基の6位水酸基に結合した硫酸基を部分的または完全に除去した6位脱硫酸化ヘパリン誘導体(例えば、WO00/06608号パンフレットに記載のもの)、2位脱硫酸化ヘパリン誘導体(例えば、特開2003−113090号公報に記載のもの)、完全脱硫酸化ヘパリン誘導体などが挙げられ、酸化還元−脱硫酸化ヘパリン誘導体としては、特開平11−310602号公報に記載されている様な過ヨウ素酸酸化還元−脱硫酸化ヘパリン誘導体などが挙げられる。
【0029】
なお、上述の様に、これら脱硫酸化ヘパリン誘導体や酸化還元−脱硫酸化ヘパリン誘導体が有する抗凝固活性は、減弱されている。例えば、ヘパリン骨格のN−アセチルグルコサミン残基の6位水酸基に結合した硫酸基を部分的又は完全に除去した6位脱硫酸化ヘパリン誘導体における活性化部分トロンボプラスチン時間(以下、「APTT」とも言う。)は、血漿に最終濃度30μg/mLで当該ヘパリン誘導体を添加して測定した場合に、50秒以下であり、また、トロンボプラスチン時間(以下、「TT」とも言う。)は、最終濃度100μg/mLで当該ヘパリン誘導体を添加して測定した場合に、50秒を超過することがない。
【0030】
なお、APTTとは、抗凝固活性を示す指標であり下記測定方法により得られる。ラットの下大動脈より3.2重量%クエン酸ナトリウム1容量に対して9容量の割合で血液を採取し、1000×gで10分間遠心分離して血漿100μLを得、これと測定対象となる既知濃度のヘパリン誘導体溶液100μLとを測定用カップに入れ、37℃で1分間保温し、その後、予め37℃に保温しておいたアクチン(商品名:三菱ウェルファーマ(株))100μLを添加し、更に2分間保温する。次いで、37℃に保温しておいた0.02M塩化カルシウム溶液100μLを添加し、この時より凝固が起こるまでの時間を血液凝固自動測定装置で測定する。
【0031】
また、TTも、抗凝固活性を示す指標であり、下記測定方法により得られる。上記APTT測定と同様の方法で調製した血漿100μLと既知濃度のヘパリン誘導体水溶液100μLとを測定用カップに分注し、37℃で1分間保温する。その後、予め37℃で5分間保温しておいたトロンビン(10U/mL:吉富製薬(株)製)100μLを添加して凝固を開始させ、凝固時間を血液凝固自動測定装置で測定する。
【0032】
本発明で使用するヘパリンは、天然物由来でも、化学的に合成したり、遺伝子工学的手法により酵母などの微生物に生産させたものであってもよく、市販のヘパリン、ヘパラン硫酸またはヘパリノイドでも構わない。一般的には、生物材料(小腸、肺、皮膚など)から抽出したものや、抽出後化学修飾させ調製することが可能である。また、ヘパリンの重量平均分子量は、通常1,500〜30,000、好ましくは3,500〜25,000である。
【0033】
前記の光反応性基は、紫外線などの光照射によって光二量化反応または重合化反応を生じる化合物の残基である限り、特に制限されない。光反応性架橋基を有する光反応性物質の具体例としては、桂皮酸、置換桂皮酸、アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、ソルビン酸、クマリン、チミン及びこれらの誘導体などが挙げられる。置換桂皮酸としては、例えば、ベンゼン環の何れかの水素がアミノ基に置換された桂皮酸であるアミノ桂皮酸(好ましくはp−アミノ桂皮酸)が挙げられ、アクリル酸の誘導体としては、例えば、チオフェンアクリル酸、フリルアクリル酸などが挙げられる。これらの中では、光反応性および安全性の面から、桂皮酸または置換桂皮酸が好ましく、置換桂皮酸としてはアミノ桂皮酸が好ましい。
【0034】
また、光反応性物質は、光反応性を向上し、光架橋反応を容易にしたり、ヘパリンに光反応性基を導入する反応を容易にするスペーサーを結合していてもよい。スペーサーとしては、炭素数2〜18の鎖状もしくは環状の炭化水素残基を有する二価または多価官能基の化合物が好ましく、炭素数2〜18のジアミノアルカン、アミノアルキルアルコール、アミノ酸などが挙げられる。更に、例えば、光反応性物質が桂皮酸の場合は、スペーサーとして炭素数2〜8のアミノアルコールが好ましい。この場合、桂皮酸のカルボキシル基にアミノアルコールがエステル結合またはアミド結合する。特に好ましいスペーサーはn−アミノプロパノール又はn−アミノブタノールである。
【0035】
光反応性ヘパリンは、例えば、特開平6−73102号公報、特開平8−143604号公報、特表平11−512778号公報などの公知の方法に準じて調製することが出来る。
【0036】
更に、本発明においては、成分Cとして、アルコール、界面活性剤およびキレート剤から成る群から選択される何れかの水性溶媒混和性を有する成分を使用する。斯かる成分は、従来より、不凍液形成用添加剤として知られた物質である。
【0037】
本発明においては、成分Dとして、前記のヘパリン結合性生理活性分子と光反応性ヘパリン及びアルコール、界面活性剤およびキレート剤から成る群から選択される何れかの水性溶媒混和性を有する成分を溶解し得る水性溶媒を使用する。斯かる水性溶媒は光架橋反応の溶媒として作用し、その種類は水を含んでいる限り特に限定されない。例えば、水、注射用水、生理食塩水、Tris−HCl緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水などが挙げられる。
【0038】
すなわち、光反応性基を導入した多糖のゲル化において、代表的なグリコサミノグリカンであるヒアルロン酸と比べると低分子量のヘパリンは、光照射(架橋反応)によるゲル化が極めて困難である。ところが、意外にも、凍結状態での光照射によるならば極めて効率的に光反応性ヘパリンの架橋反応を進めることが出来る。しかしながら、この場合、反応系に上記のアルコール等の水性溶媒混和性成分が存在しないならば、架橋反応によりヘパリンのスポンジが生成し、目的とする光架橋ヘパリンゲルは得られない。ところが、反応系に上記のアルコール等の水性溶媒混和性を有する成分が存在するならばスポンジ化が抑制されてゲルが形成される。その理由は、必ずしも明らかではないが、溶質成分の一部の不凍液化が起こり且つそれが関係しているものと推定される。
【0039】
上記のアルコール、界面活性剤およびキレート剤としては、従来より、不凍液形成用添加剤として使用されているものを適宜選択することが出来る。水性溶媒混和性を有するアルコールとしては以下の一般式(1)で表されるアルコール、特にポリエチレングリコール類が好ましい。
【0040】
【化1】

【0041】
炭素数1〜10の鎖状アルキルとしては、メチル、エチル等が、炭素数3〜10の分岐を有するアルキルとしてはイソプロピル、t−ブチル等が挙げられる。
【0042】
上記の様なアルコールとしては、低級アルコール、多価アルコールまたは多糖アルコールが挙げられる。
【0043】
低級アルコールとしては、炭素数が1〜10、より好ましくは1〜8のアルコールが挙げられ、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコール等が例示される。多価アルコールとは、すなわち、分子内に存在するヒドロキシル基が2個以上であるアルコールであり、より好ましくは3個以上のヒドロキシル基を有するアルコールが挙げられる。例えば、エチレングリコール、グリセリンが挙げられ、エチレングリコール(PEG)が好ましい。また、糖アルコールとしては、鎖状の糖アルコールであっても、環式糖アルコールであっても使用することは可能であるが、鎖状の糖アルコールが好ましい。糖アルコールとしては、イノシトール、マンニトール、キシリトール、ソルビトール等が好ましく挙げられるが、マンニトール、キシリトール、ソルビトールがより好ましく、マンニトール又はソルビトールが更に好ましく挙げられる。
【0044】
界面活性剤としては、非イオン界面活性剤またはアニオン界面活性剤が好ましく挙げられ、中でも、非イオン界面活性剤としてはポリエチレングリコールが、アニオン界面活性剤としてはアルキル硫酸塩が挙げられ、特にドデシル硫酸ナトリウムが好ましく挙げられる。
【0045】
キレート剤としては、クエン酸またはその塩の様なオキシカルボン酸類やエデト酸またはその塩(例えば、エチレンジアミン四酢酸またはその塩)の様なポリアミノカルボン酸類が挙げられる。
【0046】
また、塩基性繊維芽細胞増殖因子(b−FGF)として、市販の「フィブラスト」(科研製薬株式会社製)を使用する場合は、賦形剤として含有されているエデト酸ナトリウムは、それ自体、水性溶媒混和性を有するキレート剤であり、不凍液形成用添加剤であるから、別途に前述の成分Cを使用する必要はない。
【0047】
先ず、本発明においては、前記の各成分A〜Dを含有する溶液を調製する。この場合、各成分の使用割合は次の通りである。成分Aの濃度は、通常1ng/mL〜100μg/mLであり、成分Bの濃度は、光反応性基の導入率の関係によって適宜選択されるが、通常0.1〜10重量%であり、0.5〜9重量%がより好ましい。また、成分Cの濃度は、通常0.1〜10重量%であり、0.8〜9重量%がより好ましい。水性溶媒(成分D)に対する他の各成分の溶解順序などは、適宜に選択することが可能である。
【0048】
なお、光反応性基の導入率とは、多糖中に存在する「光反応性基を導入可能な官能基」のモル数に対する「導入された光反応性基」のモル数(=光反応性物質の導入数)の割合を百分率で表示した値である。また、光反応性基を導入可能な多糖の官能基とは、光反応性基およびスペーサーの種類によって異なるが、光反応性基またはスペーサーに含まれるヒドロキシル基を多糖への結合に使用する場合は、多糖中のカルボキシル基が例示され、光反応性基またはスペーサーに含まれるカルボキシル基を多糖への結合に使用する場合は、多糖中のアミノ基やヒドロキシル基が例示され、光反応性架橋基またはスペーサーに含まれるアミノ基を多糖への結合に使用する場合は、多糖のカルボキシル基が例示される。通常のヘパリンにおける光反応性基を導入可能な官能基としては、カルボキシル基やヒドロキシル基が挙げられる。例えば、ヘパリンにおいて光反応性基を導入する官能基としてカルボキシル基を選択した場合の光反応性基の導入率は、ヘパリンが構成二糖単位当たりにカルボキシル基を1個有することに基づき、ヘパリンの構成二糖単位当たりに導入された光反応性基の数を百分率で表した値で示される。また、上記の各成分を混合して調製された溶液において、ヘパリン結合性生理活性分子と光反応性ヘパリンとは単なる物的混合物ではなく、生化学的親和性により複合体を構成している。
【0049】
次いで、上記の溶液を凍結する。溶液は適当な容器に収容して凍結に供される。この際、光反応性物質として、例えばシンナモイル基(桂皮酸残基)等の、紫外線を吸収して架橋反応を起こす不飽和二重結合を有する化合物を使用する場合は、架橋反応時の溶媒である水によって紫外線が吸収される性質を有する為、紫外線の光路長が1cm以下となる様な形態を選択するのが好ましい。容器の材質は、光反応性基の架橋反応に必要な波長の光を吸収しない材質であって、その様な光を透過する材質でなければならない。斯かる材質としては、例えば、架橋反応に紫外線が使用される場合は、紫外線吸収率が低いポリプロピレン等の高分子化合物、ガラス(特に石英ガラス又は硬質ガラス)等が挙げられる。凍結条件は、特に制限されず、例えば、液体窒素の様な超低温物質、架橋反応溶液の凍結温度以下に冷却されたアルコール等の冷媒を使用して急激に凍結してもよく、また、一般家庭用冷凍庫を使用して比較的緩やかに凍結してもよい。凍結温度は、通常−10〜−40℃、好ましくは−20〜−30℃である。
【0050】
次いで、上記で得られた凍結物に光を照射して架橋反応を行う。照射する光は、光反応性物質に作用し、重合、二量化などの反応を起こさせる限り特に限定はされない。例えば、可視光、紫外線、赤外線、電子線、放射線なども本発明における光に包含される。これらの中では、好ましくは可視光または紫外線であり、更に好ましくは紫外線である。そして、波長としては180〜650nmが好ましい。例えば、光反応性物質として桂皮酸を使用した場合は、260〜350nmの紫外線が好ましい。
【0051】
次いで、本発明においては上記で得られた凍結ゲルを溶融させる。これにより、注入具より押出し可能な粘度を有する生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物が得られる。ここに、ゲルは溶媒和ゲルを意味し、架橋反応時に水性溶媒として水を使用した場合は水和によりヒドロゲルとして得られる。
【0052】
次に、本発明の生理活性分子含有架橋ヘパリンゲル組成物(以下、単に組成物と言うことがある。)について説明する。本発明の組成物は例えば上記の様な特定の製造方法で得ることが出来る。そして、本発明の組成物(溶媒和ゲル)は、少なくともヘパリン結合性生理活性分子と光架橋ヘパリンとを含有し、その好ましい態様においては、アルコール、界面活性剤およびキレート剤から成る群から選択される何れかの水性溶媒混和性を有する成分を含有する。
【0053】
本発明の組成物を構成する光架橋ヘパリンは、ヘパリンに光反応性基を化学的に結合した光反応性ヘパリンに紫外線などの光を照射して当該光反応性基同士を二量体化し、当該ヘパリンを架橋させて得られる光架橋ヘパリンである。なお、斯かる光架橋ヘパリンは、通常は水性溶媒中で溶解しない性質、すなわち不溶性となることが多い。
【0054】
本発明のゲルの最大の特徴は、注入具より押出し可能な粘度を有する点にある。具体的な粘度は、回転粘度計を使用して20℃で測定した粘度として、通常100〜10,000mPa・s、好ましくは500〜8,000mPa・sである。なお、上記粘度測定に使用される回転粘度計としては例えば東機産業株式会社製のE型回転粘度計が挙げられ、回転ローターとしては標準コーン(W1°,34’×R24)を使用するのが好適である。また、例えば、本発明のゲルを、室温にて、内径9mmのシリンジに充填し、23ゲージの注射針から押し出す場合の押し圧(加圧)は200〜8000g/cmである。
【0055】
本発明に従い得られるヘパリン結合性生理活性分子を包含する架橋ヘパリンゲル組成物は、ヘパリン結合性生理活性分子が有する作用と、架橋ゲルによりもたらされる作用を利用して、ヘパリン結合性生理活性分子を生体内において持続的に放出する為に利用する医療用製剤として使用することが出来る。
【0056】
本発明に従い、ヘパリン結合性生理活性分子を包含する光架橋ヘパリンをゲル化することによりヘパリン結合性生理活性分子を長期間安定化させること、及び、生体内で一定期間、ヘパリン結合性生理活性分子の濃度を保てる様に徐放化することが可能となる。つまり、本発明の組成物はヘパリン結合性生理活性分子用徐放製剤として使用することが可能である。
【0057】
また、注入具より押出し可能なゲルである本発明の組成物は、局所投与が可能であり、治療部位への送達の過程における代謝損失が少なく、治療部位において治療有効濃度を維持でき、非常に有効に効果を得ることが出来る。例えば、ヘパリン結合性生理活性分子としてFGFを含む本発明の組成物を有効成分として含有する血管新生促進剤を虚血部位に局所投与することにより、血管新生を促進し、末梢虚血性難治性疾患を改善することが出来る。
【0058】
現在、ヘパリンは医薬品(抗血液凝固剤)として一般に使用されており、また、特に上述の様にヘパリンの有する出血活性を減弱または除去したヘパリン誘導体は、抗凝固活性および出血活性が通常のヘパリンに比べ大幅に減弱されている為、この様なヘパリン誘導体を本発明の組成物の原料として使用することにより、本発明の組成物を含む製剤は、医薬、医療用具(機器)等の医療用製剤として生体に投与しても抗凝固活性または出血活性が低いので好ましい。
【0059】
本発明の組成物の投与剤形や投与方法などは、対象とする疾患の性質や重篤度に応じて適宜選択することが可能であるが、非経口投与が好ましく、具体的には、注入、塗布などが挙げられる。用量については、投与方法、剤形、患者の体重や代謝機能の状態、疾患の状態などに応じて、個別に適宜決定されるべきであり、特に限定されない。
【0060】
例えば、基本的には調製した製剤が含有する生理活性分子の有効量に基づいて用量は選択されるが、本発明の組成物を血管新生を目的とする製剤または治療剤として使用する場合、含有される生理活性分子として、概ね1日当たり5μg〜60μg程度を例示することが出来る。用法としては、基本的には、調製した製剤が含有する生理活性分子の量、病態、血流量の変化により適宜選択することが好ましく、例えば虚血足のすねや太ももに対して1回に数ヶ所から数百ヶ所に分けて少量ずつ投与することが出来る。一方、本発明組成物はゲル状であり投与部位においての安定性が高く、また、包含している生理活性分子を徐放化することも可能であるので、3日〜4週間に1回の投与も可能である。剤型としては、特に限定されず、通常の製剤方法をもって様々な剤型が可能であるが、中でも、本発明の組成物が有する特性を活かした注入剤および注射剤が特に好ましく挙げられる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下の諸例で使用した技術用語の定義および測定方法は次の通りである。
【0062】
(1)光反応性基の導入率の測定方法:
光架橋ヘパリンゲル組成物における光反応性基の導入率は、ヘパリンを構成する繰り返し二糖単位当りに導入された光反応性基の数を百分率で表した値を意味する。導入率の算出に必要なヘパリンの構成二糖単位の量は、検量線を利用したカルバゾール測定法により測定し、光反応性基の量は、検量線を利用した吸光度測定法により測定した。因みに、光反応性基として桂皮酸またはアミノ桂皮酸を使用した場合は測定波長269nmにおける吸光度を利用した。
【0063】
(2)架橋率の測定方法:
架橋率は、1mol/lの水酸化ナトリウム1mlで被検物質(光架橋ヘパリンゲル組成物)1gを1時間加水分解した後、得られた溶液を酸性にして酢酸エチルで光反応性基由来物(光反応性基の単量体および光反応性基の二量体)を抽出し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって解析し、検量線を利用して光反応性基の二量体の量を測定した。そして、上記(1)により測定されたヘパリンに導入された光反応性基に対する二量体となった光反応性基のモル数を百分率(%)により算出した。
【0064】
実施例1:
(1)WO00/06608号パンフレットに記載の方法に従い、調製した6−O−脱硫酸化ヘパリン(ブタ小腸由来、重量平均分子量:約9000、以下、6DSHとも言う。)3gを蒸留水100mlに溶解させ、1,4−ジオキサン50mlを加えた。次いで、N−ヒドロキシスクシンイミド(以下、HOSuとも言う。)205.8mg、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド塩酸塩(以下、EDCI・HClとも言う。)171.4mg及び桂皮酸アミノプロピル塩酸塩216.1mgを順次添加し、室温で2時間反応させた。その後、塩化ナトリウム(以下、NaClとも言う)3gを添加し、エタノールを注ぎ込み、析出した沈殿を回収した。回収した沈殿をエタノールで洗浄した後、40℃で減圧乾燥し、光反応性6DSH2.7gを得た。光反応性基の導入率は16.0%であった。
【0065】
(2)上記(1)で得られた光反応性6DSHを重量濃度が4%となる様に注射用水に溶解させた溶液に、塩基性繊維芽細胞増殖因子(以下、b−FGFとも言う。)を50μg/mLとなる様に加え溶解し、光反応性6DSHとb−FGFとの複合体を含む反応溶液とした。なお、塩基性繊維芽細胞増殖因子(b−FGF)として、市販の「フィブラストスプレー500」(科研製薬株式会社製、組成:b−FGF500μg、エデト酸ナトリウム460mg)を使用した。反応溶液を0.22μmのメンブレンフィルター(日本ミリポア株式会社製)で濾過した後、間隙が1mmとなる様に調節したパイレックス(登録商標)板に流し込み、−20℃雰囲気下で凍結させた。凍結状態を維持したまま800W高圧水銀ランプ(オーク製作所製)を使用し、照射光量が5.0J/cmとなる様に紫外線照射を行って光架橋反応させた。その後、室温に戻して凍結体を融解させ、ゲル状のb−FGF含有光架橋6DSHゲル組成物を得た。このゲル状物質の架橋率を測定したところ、24.5%であった。また、回転粘度計を使用し、粘度を測定したところ、1°コーン、20℃条件下での粘度は3810mPa・sであった。
【0066】
参考例1:
実施例1の(1)で得られた光反応性6DSHを重量濃度が4%となる様に注射用水に溶解した溶液に、ポリエチレングリコール400(以下、PEG400とも言う)を重量濃度が4%となる様に溶解させて溶液とした。この溶液を、実施例1の(2)と同様に光架橋反応させた後、室温に戻して凍結体を融解させ、ゲル状の光架橋6DSHゲルを得た。このゲル状物質の架橋率を測定したところ、13.4%であった。また、回転粘度計を使用し、粘度を測定したところ、1°コーン、20℃条件下での粘度は3700mPa・sであった。
【0067】
試験例1(紫外線がb−FGFに及ぼす影響):
実施例1における光架橋反応は紫外線を使用する為、紫外線がb−FGFに及ぼす影響について検討した。40mg/mLとなる様に調製したb−FGF溶液について、10J/cmの紫外線を照射する前後における、HPLCによるピーク面積の変化を測定した。結果、紫外線照射前後でピーク面積が28%減少することを確認した。実施例1のb−FGF濃度は試験例1の約1/1000であり、実施例1の照射光量は試験例1の1/2であることを考慮すると、実施例1の光架橋反応における紫外線のb−FGFに対する影響(分解)は少ないと考えられる。
【0068】
なお、HPLCは、カラムに「TOSOHODS−120T」(4.6mmφ×150mm)を使用し、溶離液Aとして0.01nHClを使用し、溶離液Bとしてアセトニトリルを使用し、グラジェント条件はB%:25(0min)−31(15min)−55(25min)、流速1.0mL/min、測定温度40℃、検出波長214nmで測定を行なった。試料はb−FGF含有量が約50mg/mLとなる様調製したものを使用した。
【0069】
試験例2(ラットにおけるb−FGF含有光架橋6DSHの効果):
SD系雄性ラット(SPL、14週齢、体重約480g)8匹を使用し、ケタミン・キシラジン麻酔下で背部を剃毛し、実施例1で得られたb−FGF含有光架橋6DSHゲル、参考例1で得られたb−FGFを含まない光架橋6DSHゲル、b−FGFの濃度が50μg/mLであるb−FGF水溶液の夫々100μLを2箇所ずつ計6箇所に皮下注射した。3、6、10、15日後に大量の麻酔注射により犠牲死させた後、注射部位の組織を採取し、ヘマトキシリン・エオシン染色により標本作製を行なった後、顕微鏡を使用し、残存ヘパリンゲルの周辺像を選択し、100倍での視野当りの赤血球を含んだ毛細血管を肉眼で計測した。その結果を血管数グラフとして図1に示した。図中、「6DS−Hep/b−FGF」はb−FGF含有光架橋6DSHゲル、「b−FGF」はb−FGF水溶液、「6DS−Hep」は光架橋6DSHゲルを表す。図1に示す様に、b−FGF含有光架橋6DSH組成物の投与群では明らかに血管新生を認めた。また、15日後でも、b−FGF含有光架橋6DSH組成物の残留が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の成分B〜Dを含有する溶液を調製した後に凍結させ、得られた凍結物に光を照射してゲル化した後、凍結ゲルを溶融させる方法により得られることを特徴とする光架橋ヘパリ溶媒和ヒドロゲル。
B:ヘパリン骨格のヘキソサミン(N−硫酸化グルコサミン若しくはN−アセチルグルコサミン)残基の6位水酸基に結合した硫酸基を部分的または完全に除去した6位脱硫酸化ヘパリン誘導体に桂皮酸アミノプロピルが結合している光反応性ヘパリン
C:ポリエチレングリコール又はエデト酸ナトリウム
D:B及びC成分を溶解し得る水性溶媒

【図1】
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【公開番号】特開2011−225619(P2011−225619A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−172658(P2011−172658)
【出願日】平成23年8月8日(2011.8.8)
【分割の表示】特願2004−264738(P2004−264738)の分割
【原出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】