説明

生細胞の検出方法

【課題】 試料中の生細胞を、迅速、簡便かつ正確に検出、測定することができ、更には、試薬の安全性、保存安定性、コスト性等に優れた生細胞の検出方法を提供する。
【解決手段】 (1)試料に蛍光染料を添加・接触させて細胞を蛍光染色し、(2)前記蛍光染料で染色した試料に、(a)生細胞の細胞膜を透過でき、(b)生細胞内のpHでは前記蛍光染料の蛍光を吸収し難く、(c)生細胞内のpHと異なるpHにおいて前記蛍光染料の蛍光を吸収する、性質を有する消光染料を、生細胞内のpHと異なるpH条件下で添加し、若しくは接触させ、(3)前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料を、生細胞内のpHと異なるpH条件下で、前記蛍光染料の励起光を照射して、前記試料が発する蛍光を捕集、検出することにより生細胞の検出を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中の生細胞を検出する方法に関し、詳細には、試料を蛍光染料及び消光染料を用いて染色することにより、生細胞とゴミ等の夾雑物との判別が容易に可能で、正確に生細胞を検出できる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬、農薬、食品衛生管理等の分野や医学、薬学、生物学等の研究分野においては、品質管理、安全性や薬効の評価等のために、試料に含まれる生細胞を検出、測定することが多い。
【0003】
そのため、より迅速かつ簡便に生細胞を検出、測定する方法として、染色試薬を用いて生細胞を染色して検出する方法が提案されている。
【0004】
例えば、下記特許文献1には、菌類を染色する蛍光染料としてフルオレセインジアセテートとヨウ化プロピジウムを用い、菌類をこれらの蛍光染料で二重染色し、染色した菌類に対して励起光を照射することにより、フルオレセインジアセテートで染色された生菌細胞が発する特定波長の蛍光発光と、ヨウ化プロピジウムで染色された死菌細胞が発する特定波長の蛍光発光とを検出して、蛍光発光の数から生菌細胞と死菌細胞の数を計測する方法が記載されている。
【0005】
下記特許文献2には、死菌細胞のみを蛍光発光させる蛍光試薬で検体となる菌類全体を染色して、蛍光発光した死菌細胞数を計測する第1のステップと、前記検体となる菌類全体に殺菌処理を施した上で、当該殺菌処理した菌類全体を前記蛍光試薬で再度染色して、蛍光発光した死菌細胞数を計測する第2ステップで計測した数とを比較することにより、生菌細胞数及び死菌細胞数を計測することを特徴とする微生物計測方法が開示されている。
【0006】
下記特許文献3には、死細胞のみを染色する核酸蛍光染色剤を作用させた測定試料が発する蛍光の強度と、該核酸蛍光染色剤を作用させる処理及び細胞膜を損傷させる処理を施した測定試料が発する蛍光の強度とを各々測定し、両強度を対比することを特徴とする生存細胞数及び/又は細胞生存率の測定方法が開示されている。
【0007】
下記特許文献4には、細胞を含む試料に色素又は蛍光性酵素基質を添加して色素又は蛍光を検出又は測定することを含む生細胞の検出方法において、細胞膜を透過できず、且つ上記色素又は蛍光性酵素基質の発光を吸収する吸収体の存在下で検出又は測定を行うことを特徴とする方法が開示されている。そして、蛍光性酵素基質として、5−カルボキシフルオレセインジアセテートアセトキシメチルエステル、5−(6−)カルボキシフルオレセインジアセテート、2’,7’−ビス−(2−カルボキシエチル)−5−(6−)カルボキシフルオレセインアセトキシメチルエステル、5−(6−)スルホフルオレセインジアセテート、フルオレセインジアセテート、カルセインアセトキシメチルエステル、5−クロロメチルフルオレセインジアセテート、5−(6−)カルボキシフルオレセインジアセテートスクシニミジルエステル、及びフルオレセイン−5−カルボニルアジドジアセテートよりなる群から選択される化合物を用いること、また、色素として、アクリジンオレンジ、ビスベンズイミドフルオロクロム三塩酸塩、4’,6’−ジアミノ−2−フェニルインドール、「SYTO9」、「SYTO10」、「SYTO11」、「SYTO12」、「SYTO13」、「SYTO14」、「SYTO15」、「SYTO16」、「SYTO17」、「SYTO20」、「SYTO21」、「SYTO22」、「SYTO23」、「SYTO24」、「SYTO25」(上記カッコ内はいずれも商品名、Molecular Probes社製)、ヘキシジウムイオダイド及びジヒドロエチジウムよりなる群から選択される化合物を用い、また、吸収体として、チトクロームC、ヘモグロビン及びブルーデキストランよりなる群から選択される化合物を用いることが記載されている。
【0008】
下記特許文献5には、蛍光染料として生細胞のみに蓄積される染料を用い、消光染料として前記蛍光染料を消光でき、且つ死細胞に浸透できるが生細胞には排除される染料を用いて生細胞を含む試料を染色し、該試料の蛍光強度を計測することで相対的な生細胞数を計測する方法が開示されている。そして、蛍光染料としてフルオレセインジアセテート、消光染料としてeosin Yを組み合わせて用いること、あるいは蛍光染料としてcalcein−AM、消光染料としてトリパンブルーを組み合わせて用いることが記載されている。
【0009】
下記非特許文献1には、生細胞を蛍光発光させる試薬としてカルボキシフルオレセインジアセテート(CFDA)を用い、生細胞から漏れるCFDA蛍光を消光するためにヘモグロビンを用いて試料を二重染色し、染色した試料に励起光を照射することにより、CFDAで染色された生細胞が発する蛍光発光を蛍光顕微鏡に接続したフォトマルチプライヤーで検出して、蛍光発光強度から生細胞数を計測する方法が記載されている。
【特許文献1】特許2979383号公報
【特許文献2】特開2003−169695号公報
【特許文献3】特開平10−99096号公報
【特許文献4】特開2002−34594号公報
【特許文献5】米国特許公報6,459,805号
【非特許文献1】Y. Hansson et al. ; Journal of Immunological Methods, 100 (1987) pp.261-267
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1に記載された方法は、フルオレセインジアセテートが分解されやすく、生菌以外の夾雑物も染色されてしまうため、試料に生菌と死菌と菌以外の夾雑物とが一緒に含まれる場合は、正確な生菌数を測定できないという欠点があった。
【0011】
また、上記特許文献2に記載された方法は、殺菌処理が必要なため煩雑であるだけでなく、殺菌条件が測定に影響を与えやすく、殺菌条件を十分に検討する必要がある等の欠点があった。
【0012】
また、上記特許文献3に記載された方法も同様に、細胞膜を損傷させる処理が必要なため煩雑である、その処理条件を検討する必要がある、細胞壁を有する細胞は測定できないなど測定対象が限定されてしまう、トリパンブルーは有害物であり、取り扱いに注意を要するといった欠点があった。
【0013】
また、上記特許文献4や上記非特許文献1に記載された方法は、色素又は蛍光性酵素基質の発光を吸収する吸収体としてチトクロームC、ヘモグロビン等のタンパク質を用いるため、試薬の冷蔵保存が必要であり、品質が安定し難く、また、ブルーデキストランは高価であるといった欠点があった。
【0014】
また、上記特許文献5に記載された方法は、試料を蛍光染料で染色するために比較的時間(30分)かかり、測定の迅速性に問題があった。また、消光染料として用いられるeosin Yが、カルボキシフルオレセインジアセテートの蛍光波長である550〜650nm部分を吸収できないため、eosin Yがフルオレセインジアセテートの蛍光を十分に消光できないという欠点があった。
【0015】
したがって、本発明の目的は、試料中の生細胞を、迅速、簡便かつ正確に検出、測定することができ、更には、試薬の安全性、保存安定性、コスト性等に優れた生細胞の検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、本発明の生細胞の検出方法は、(1)試料に蛍光染料を添加し、若しくは接触させて細胞を蛍光染色する工程と、(2)前記蛍光染料で染色した試料に、前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する消光染料を添加し、若しくは接触させる工程と、(3)前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料に、前記蛍光染料の励起光を照射して、前記試料が発する蛍光を捕集、検出する工程とを有する生細胞の検出方法であって、前記工程(2)において、(a)生細胞の細胞膜を透過でき、(b)生細胞内のpHでは前記蛍光染料の蛍光を吸収し難く、(c)生細胞内のpHと異なるpHにおいて前記蛍光染料の蛍光を吸収する、性質を有する消光染料を、生細胞内のpHと異なるpH条件下で添加し、若しくは接触させ、前記工程(3)において、前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料を、生細胞内のpHと異なるpH条件下に保つことを特徴とする。
【0017】
本発明の生細胞の検出方法によれば、試料を、蛍光染料と、(a)生細胞の細胞膜を透過でき、(b)生細胞内のpHでは前記蛍光染料の蛍光を吸収し難く、(c)生細胞内のpHと異なるpHにおいて前記蛍光染料の蛍光を吸収する、性質を有する消光染料とを用いて二重染色し、生細胞内のpHと異なるpH条件下に保つことにより、前記蛍光染料によって染色された夾雑物に由来する蛍光を前記消光染料が吸収・消光するので、夾雑物の影響を排除することができ、試料中の生細胞を、迅速、簡便かつ正確に検出、測定することができる。
【0018】
本発明の生細胞の検出方法においては、前記蛍光染料として、おもに生細胞を染色できる蛍光染料を使用することが好ましい。この態様によれによれば、夾雑物の影響を更に排除することができる。
【0019】
また、前記蛍光染料として、核酸を蛍光標識する物質、又は酵素分解されると蛍光性を有するようになる酵素基質を用いることが好ましい。この態様によれば、試料中の生細胞を迅速かつ簡便に染色することができる。
【0020】
また、前記消光染料は、前記蛍光染料の蛍光波長を吸収する共役二重結合を有する化合物であることが好ましく、そのような化合物として、少なくとも2つの芳香族環を有する芳香族化合物、少なくとも1つの縮合芳香族環を有する芳香族化合物、不飽和炭化水素構造を有する化合物がより好ましく、具体的には、下記構造式(I)〜(IX)に示されるいずれかの化合物又はアントシアン類が好ましい。
【0021】
【化1】

【0022】
【化2】

【0023】
【化3】

【0024】
【化4】

【0025】
【化5】

【0026】
【化6】

【0027】
上記構造式(I)〜(III)及び(V)中のR〜R11は、水素原子、メチル基、炭素原子が少なくとも2個以上からなる脂肪鎖又は脂肪酸エステル、ヨウ素、臭素を示し、同一若しくは異なっていてもよい。
【0028】
【化7】

【0029】
上記構造式(VII)中のMeは、鉄、銅又はマグネシウムを示し、R〜Rは炭化水
素基、R〜R12は炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示す。
【0030】
【化8】

【0031】
上記構造式(VIII)中のR〜Rは炭化水素基、R〜R12は炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示す。
【0032】
【化9】

【0033】
上記構造式(IX)中のR〜Rは炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示し、nは1〜11の整数である。
【0034】
これらの消光染料は、蛍光染料で非特異的に染色される夾雑物を効果的に消光することができる。また、従来用いられていた消光染料に比べて、安全性、保存安定性、コスト性等の点において同等若しくは優れている。
【0035】
更に、本発明の生細胞の検出方法においては、前記工程(2)において、アルカリ性条件下において前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する消光染料を用い、前記工程(3)において、前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料をアルカリ性条件下に保つ、あるいは前記工程(2)において、酸性条件下において前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する消光染料を用い、前記工程(3)において、前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料を酸性条件下に保つことが好ましい。
【0036】
更にまた、本発明の生細胞の検出方法においては、前記工程(3)において、前記試料が発する蛍光のうち、前記蛍光染料の蛍光波長の光のみを捕集し、その蛍光像を取り込むことが好ましい。この態様によれば、蛍光染料で染色された生細胞が発する蛍光は撮影されるが、蛍光染料で染色された夾雑物の蛍光は消光染料によって消光され、更に、蛍光染料の蛍光を吸収することで受け取ったエネルギーにより消光染料が発する蛍光は撮影されないので、生細胞のみの蛍光を検出できる。
【0037】
また、前記工程(3)において、前記試料が発する蛍光を捕集し、捕集した蛍光をカラー画像として取り込み、前記蛍光染料に由来する蛍光と、それ以外の蛍光とを区別することが好ましい。この態様によれば、生細胞は蛍光染料の蛍光像として撮影され、夾雑物は消光染料の蛍光像(蛍光染料の蛍光より長波長の蛍光を発する)として撮影されるので、撮影した画像に対して蛍光染料の蛍光輝点を測定し、それ以外の輝点を測定しないようにすることで、生細胞のみの蛍光を検出できる。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、生細胞及び夾雑物を含む様々な試料、特に食品等に含まれる細菌等を検出する際に、生菌等と共に蛍光染料で染まってしまう夾雑物による測定妨害を低減できるので、正確、簡便、かつ短時間に生菌を検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
本発明でいう細胞とは、特に限定されず、例えば、大腸菌、ブドウ球菌、シュードモナス、バチルス、セラチア等の細菌、酵母等の真菌のみならず、動物細胞や植物細胞等も含む意味である。また、生細胞とは、上記細菌や真菌の生菌や生きた細胞等を意味する。
【0040】
本発明で用いられる蛍光染料は、細胞を蛍光染色できるものであれば特に制限はないが、好ましくは核酸を蛍光標識する物質、酵素分解されると蛍光性を有するようになる酵素基質等が例示できる。
【0041】
核酸を蛍光標識する物質としては、細胞膜を透過してDNAと結合する物質であればよく、DAPI(4’,6-Diamidino-2-phenylindole dihydrochloride)等が例示できる(文献:シグマ総合カタログ,2004-2005年版,p631)。
【0042】
また、酵素分解されると蛍光性をもつようになる酵素基質としては、Carboxy fluorescein diacetate(CFDA)、Calcein−AM、carboxyfluorescein diacetate succinimidyl esters、CMFDA、PFB−FDA、5−(and−6)−chloromethyl SNARF−1 acetate、2’,7’−dichlorodihydrofluoresceindiacetate acetate ester、CM−H2DCFDA、carboxyeosin diacetate succinimidyl ester等が例示できる(文献:「Molecular Probes Handbook of Fluorescent Probes and Research Products (Ninth Edition)」インビトロジェン株式会社,2002年)。
【0043】
本発明においては、発ガン性等の安全性やおもに生細胞を染色できる点から、酵素分解されると蛍光性を有するようになる酵素基質が特に好ましく用いられる。
【0044】
一方、本発明で用いられる消光染料は、(a)生細胞の細胞膜を透過でき、(b)生細胞内のpHでは前記蛍光染料の蛍光を吸収し難く、(c)生細胞内のpHと異なるpHにおいて前記蛍光染料の蛍光を吸収する、性質を有するものであれば特に制限されないが、前記蛍光染料の蛍光波長を吸収する共役二重結合を有する化合物が好ましく、そのような化合物として、少なくとも2つの芳香族環を有する芳香族化合物、少なくとも1つの縮合芳香族環を有する芳香族化合物、不飽和炭化水素構造を有する化合物がより好ましく、具体的には、下記構造式(I)〜(IX)に示されるいずれかの化合物又はアントシアン類が好ましく例示できる。
【0045】
【化10】

【0046】
【化11】

【0047】
【化12】

【0048】
【化13】

【0049】
【化14】

【0050】
【化15】

【0051】
上記構造式(I)〜(III)及び(V)中のR〜R11は、水素原子、メチル基、炭素原子が少なくとも2個以上からなる脂肪鎖又は脂肪酸エステル、ヨウ素を示し、同一若しくは異なっていてもよい。
【0052】
【化16】

【0053】
上記構造式(VII)中のMeは、鉄、銅又はマグネシウムを示し、R〜Rは炭化水素基、R〜R12は炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示す。
【0054】
【化17】

【0055】
上記構造式(VIII)中のR〜Rは炭化水素基、R〜R12は炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示す。
【0056】
【化18】

【0057】
上記構造式(IX)中のR〜Rは炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示し、nは1〜11の整数である。
【0058】
上記構造式(I)に示される化合物としては、3’,3’’,5’,5’’−Tetraiodophenolsulfonphthalein、Phenol Red、Cresol Red、m−Cresol Purple、Thymol Blue、Bromothymol Blue、p−Xylenol Blue等が例示できる。
【0059】
また、上記構造式(II)に示される化合物としてはo−Cresolphthalein、Phenolphthalein等が例示できる。
【0060】
上記構造式(III)に示される化合物としては、Aurin等が例示できる。
【0061】
上記構造式(IV)に示される化合物としては、p−Naphtholbenzein等が例示できる。
【0062】
上記構造式(V)に示される化合物としては、3’,3’’,5’,5’’−Tetraiodophenolsulfonphthalein sodium salt、Phenol Red sodium salt、Cresol Red sodium salt、m−Cresol Purple sodium salt、Thymol Blue sodium salt、Bromothymol Blue sodium salt、p−Xylenol Blue sodium salt等が例示できる。
【0063】
上記構造式(VI)に示される化合物としては、α−Naphtholphthalein等が例示できる。
【0064】
上記構造式(VII)、(VIII)に示される化合物としては、ポルフィリン系化合物が例示でき、より具体的には例えば、プロトヘム、プロトクロロフィル、プロトポルフィリン等が例示できる。
【0065】
上記構造式(IX)に示される化合物としては、不飽和炭化水素構造を有する化合物が挙げられ、より具体的には、β−カロチン、Curcuminが例示でき、また、上記構造式(IX)に示される化合物のうち、少なくとも2つの芳香族環を有する芳香族化合物として、Curcumin、Bis(2,4−dinitrophenyl)acetic Acid Ethyl ester等が例示できる。
【0066】
さらに、アントシアン類としては、植物由来色素であるペラルゴニン、カリステフィン、フラガリン、シアニン、クリサンテミン、シソニン、ケラシアニン、デルフィニン、ナスニン、ヒアシン、エニン等が例示できる。
【0067】
上記の消光染料は、生細胞内のpH(通常pH6.8〜7.4、以下同じ。文献:「Molecular Probes Handbook of Fluorescent Probes and Research Products (Ninth Edition)」、インビトロジェン株式会社、2000年、p829)では、前記蛍光染料の蛍光を吸収し難く、生細胞内のpHより弱酸性(約pH5〜pH6.8)もしくは弱アルカリ性(約pH7.4〜9)において前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する。
【0068】
上記の消光染料は、使用する蛍光染料に応じて適宜選択して用いられ、例えば、CFDAのような緑色の蛍光を発する蛍光染料や、DAPIのような青色の蛍光を発する蛍光染料を用いる場合は、消光染料としてPhenol Red及び/又はCresol Redを用いることが好ましい。
【0069】
本発明において、上記消光染料が蛍光染料を消光する機構は、その吸収波長域が蛍光染料の発する蛍光の波長域とオーバーラップするようなものを消光染料として用いることにより、夾雑物に由来する蛍光染料の蛍光を吸収・消光するものである。
【0070】
一般に、同一分子内に電磁エネルギーを吸収する官能基と蛍光を発する官能基が存在する物質の中には前記2つの官能基間で共鳴エネルギー移動が起こる場合があることが知られており、また、2分子間に分かれて前記官能基がある場合においても分子間の共鳴エネルギー移動が起こる場合があることが知られている(文献:「現代化学」,東京化学同人,2002年,p.22)。
【0071】
そして、ある官能基が、可視−紫外領域の電磁エネルギーを吸収するには、一般に二重結合のπ成分だけが関係していることが知られており、具体例としては、共役二重結合をもつ芳香族環等が挙げられる。一般則として、電子の非局在化される程度が大きいほど電子状態の間隔は密になり、可視−紫外領域の電磁エネルギー吸収帯の波長が長くなることが知られている(文献:「バーロー生命科学のための物理化学 第2版」,東京化学同人,1983年,p.300−312)。
【0072】
このような芳香族分子は1個又は数個の水素イオンを受け取ったり失ったりしうるため電荷が変化する。そして、その電荷変化は可視−紫外領域の電磁エネルギー吸収帯の波長として観測され、正電荷が増すと分子は電子を強く結合するようになるため、電磁エネルギー吸収帯は短波長の方にシフトし、一方、正電荷が減るか負電荷が増すと長波長の方へシフトすることが知られている。したがって、上記のような消光染料は、pHの違いによって電磁エネルギー吸収帯の波長シフトが起こる。
【0073】
そこで、蛍光染料で染色した試料を、上記のような消光染料で染色し、細胞の内外でpHの違いが生じるような条件下(例えば、細胞を細胞内とは異なるpHの溶液に接触させる)においた場合、生細胞内のpHは外界のpHの影響が緩和されて一定に保たれていると考えられているので(文献:「ブラック微生物」,丸善株式会社,2003年,p152)、生細胞は外部のpHの影響を受けにくく、生細胞は蛍光染料の発する蛍光を発する。一方、生細胞以外の夾雑物は外部のpHの影響を受けやすいため、上記消光染料が蛍光染料の蛍光を吸収・消光し(実際は、蛍光染料の蛍光より長波長の蛍光を発する)、生細胞とそれ以外の夾雑物を区別することができる。
【0074】
例えば、図1には、CFDAの励起波長及び蛍光波長のスペクトル特性と、pH8.6におけるフェノールレッド及びクレゾールレッドの吸収波長のスペクトル特性が示されている。図1に示すように、CFDAは470nmの光を照射すると480nm〜650nmの蛍光を発するが、フェノールレッドの吸収波長は上記CFDAの蛍光波長とオーバーラップしており、フェノールレッドはCFDAの蛍光を吸収・消光し、550nm〜800nmの赤色を発する。
【0075】
以下、本発明の生細胞の検出方法について説明する。
【0076】
(1)試料に蛍光染料を添加し、若しくは接触させて細胞を蛍光染色する工程
本発明においては、試料に直接蛍光染料溶液を添加することにより細胞を染色することもできるが、以下の(i)〜(iii)に示すように、試料中の細胞をフィルタや粘着シート等に固定した後、蛍光染料で染色することもできる。
【0077】
(i)試料中の細胞を採取するために、適量の液体状の試料をフィルタで濾過する。これにより、フィルタの濾過面上に、試料中の細胞等(生きた細胞、死んだ細胞やゴミ等の夾雑物)がトラップされる。上記フィルタとしては、ポリカーボネイト、ポリエステル等の材質からなる孔径0.2〜0.6μmの黒色若しくは透明のメンブレンフィルタを用いることができる。このようなメンブレンフィルタとしては、例えば、商品名「Nuclepore Track-Etch Membrane」(Whatman製)、商品名「Isopore Membrane Filters」(MILLIPORE製)、商品名「MEMBRANE FILTERS POLYCARBONATE」(東洋濾紙株式会社製)等の市販のものを用いることができる。
【0078】
なお、試料の種類によっては、脱脂、除タンパク、濾過、遠心分離等の前処理を行ってから用いることが好ましく、液体状でない試料を用いる場合は、ミキサーやストマッカー等の破砕分散装置により細胞を液体に抽出してから用いればよい。
【0079】
(ii)採取した細胞の転写
上記(i)で得られたフィルタ上にトラップされた細胞をそのまま蛍光染色することもできるが、上記フィルタの濾過面全体に粘着シートを貼り付け、粘着シートの粘着層にフィルタ上にトラップされた細胞を転写してから蛍光染色してもよい。
【0080】
粘着シートとしては、上記フィルタ上にトラップされた細胞を捕捉するのに十分な粘着性を有すると共に平滑な表面構造を有する粘着層が基材上に積層された構造からなるものを用いることができる。
【0081】
また、粘着層としては、上記フィルタ上にトラップされた細胞を捕捉するのに十分な粘着性を有していれば特に限定されないが、細胞の染色に用いる蛍光染料が粘着層に含浸しにくいこと及び粘着層が溶けて捕捉した細胞が移動しにくいことなどから、例えば、アクリル系粘着剤やゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等の非水溶性粘着材を用いることが好ましい。
【0082】
アクリル系粘着剤としては、具体的には、モノマーとして(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸ノニル、(メタ)アクリル酸デシル等の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを主成分として少なくとも1種類以上用い、これに共重合性モノマーとして(メタ)アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル(メタ)アクリル酸メトキシエチル、(メタ)アクリル酸エトキシエチル、(メタ)アクリル酸ブトキシエチル、(メタ)アクリル酸エチレングリコール等の親水性モノマーを1種若しくは2種以上共重合させたものを用いることができる。なお、上記のような粘着剤からなる粘着層は、その粘着特性をより良好にするためにイソシアネート化合物、有機過酸化物、エポキシ基含有化合物、金属キレート化合物等の熱架橋剤による処理を行ったり、保形性を良好にするために紫外線、γ線、電子線等の放射線照射による処理を行って架橋を施すことが好ましい。
【0083】
ゴム系粘着剤としては、天然ゴム、ポリイソブチレン、ポリイソプレン、ポリブテン、スチレン−イソプレン系ブロック共重合体、スチレン−ブタジエン系ブロック共重合体等の主ポリマーに、粘着性付与樹脂としてロジン系樹脂やテルペン系樹脂、クロマン−インデン系樹脂、テルペン−フェノール系樹脂、石油系樹脂を配合したものを用いることができる。
【0084】
シリコーン系粘着剤としては、ジメチルポリシロキサンを主成分とする粘着剤が例示できる。
【0085】
本発明においては、蛍光画像取得に際して光学特性に影響が少ないという点から、透明性の高いアクリル系粘着剤やシリコーン系粘着剤がより好ましく用いられる。
【0086】
粘着層の厚みは、フィルタへの接着性や追従性、細胞の捕捉性の点から5〜100μmとすることが好ましい。また、捕捉した細胞の蛍光画像の取得に際して蛍光画像取得手段の焦点の合致範囲が広くなり、より正確な画像処理を可能とするために、粘着層表面の平滑度(凹凸差)は20μm以下であることが好ましい。平滑度は、表面粗さ針や電子顕微鏡等で粘着シートの断面を観察し、粘着剤表面の凸部の頂点から凹部の最低点までの平均高さを測定して求めることができる。
【0087】
また、粘着シートの基材は、粘着層表面に大きな凹凸を形成させず、また、曲面や狭所表面にも自在に圧着し得る柔軟な材質であれば特に限定されず、例えば、ポリエステル、ポリエチレン、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル、織布、不織布、紙、ポリエチレンラミネート紙等を用いることができ、中でも平滑性の高いポリエステル、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリウレタンが好ましく用いられる。
【0088】
また、基材の厚さは、支持体として十分な強度があればよく、5〜200μm程度が好ましい。
【0089】
粘着シートは、上記粘着剤からなる粘着層を公知の方法によって上記基材上に形成することにより製造することができ、その使用に際しては任意の形状に裁断して用いることができる。
【0090】
(iii)蛍光染色
上記(i)で得られたフィルタ上にトラップされた細胞あるいは上記(ii)で得られた粘着シートに転写された細胞を蛍光染料で染色する。
【0091】
例えば、蛍光染料としてCFDAを用いる場合は、緩衝液(pH6〜9、好ましくはpH7.6〜8.6のリン酸緩衝液)に、CFDAを好ましくは300〜3,000μg/mLとなるように溶解した蛍光染料溶液を用いる。また、蛍光染料としてDAPIを用いる場合は、緩衝液(pH5〜9、好ましくはpH6〜8のリン酸緩衝液)に、DAPIを好ましくは0.1〜10mg/mL、より好ましくは1mg/mLとなるように溶解した蛍光染料溶液を用いる。蛍光染料の濃度が薄すぎると細胞を十分に染色することができず、蛍光染料の濃度が濃すぎるとゴミ等の夾雑物が強く染色されてしまい、消光染料によって消光しにくくなるため好ましくない。
【0092】
蛍光染料溶液は、雑菌の混入を防ぐために0.2μmのフィルタで濾過しておく。また、長期保存する際には、必要に応じてアジ化ナトリウム等の防腐剤を添加でき、例えば、アジ化ナトリウムの最終濃度が0.1〜5mg/mL程度になるよう添加すればよい。
【0093】
蛍光染料による細胞の染色は、上記のフィルタの濾過面あるいは上記の粘着シートの粘着層(集菌面)上に適量の蛍光染料溶液を滴下して広げる、又は該フィルタや粘着シートを蛍光染料溶液に浸漬し、2〜40℃で30秒〜3分間放置した後、余分な蛍光染料溶液を洗浄液で洗い流せばよい。
【0094】
上記洗浄液は、使用した蛍光染料の発色に適したpHの緩衝液が好ましく、例えば、蛍光染料としてCFDAを用いた場合は、好ましくはpH6〜9、より好ましくはpH7.6〜8.6のリン酸緩衝液が好ましい。この緩衝液は、0.2μmのフィルタで濾過してから用いる。
【0095】
(2)前記蛍光染料で染色した試料に、前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する消光染料を添加し、若しくは接触させる工程
消光染料は、用いる染料に応じて適当なpH(生細胞内のpHより弱酸性(約pH5〜6.8)もしくは弱アルカリ性(約pH7.4〜9)であって、且つ生細胞内のpHと異なるpH)の緩衝液に溶解して用いられる。消光染料溶液のpHが極端に酸性やアルカリ性であると、蛍光染料の蛍光を十分に吸収・消光できなかったり、生細胞が死ぬおそれがあるため好ましくない。
【0096】
例えば、消光染料としてフェノールレッドを用いる場合は、緩衝液(好ましくはpH8〜9、より好ましくはpH8.6のリン酸緩衝液)に、フェノールレッドを好ましくは1〜30mg/mL、より好ましくは1〜10mg/mLとなるように溶解した消光染料溶液を用いる。
【0097】
図2にフェノールレッド(0.01mg/mL)の各pHでの吸収スペクトル特性を示す。図2から、pHが低下するほど550nm付近の吸収が低下し、pH7以下では最大吸収波長が550nm付近から440nm付近に変わっていることが分かる。したがって、生細胞内外におけるpHの相違に応じて消光染料の吸収強度の違いがあれば、生細胞とそれ以外の夾雑物を区別できることとなる。そこで、フェノールレッドを消光染料に用いた場合は、550nm付近の吸収強度に違いが生じるpHの条件(好ましくはpH8〜9、より好ましくはpH8.6)で染色処理を行う。なお、後述する実施例2の図5において、消光の程度は弱いが、pH6やpH7でも夾雑物の消光ができているように見えるのは、夾雑物より生細胞のCFDAの蛍光が強かったこと、そして、フェノールレッドの550nm付近の吸収強度がpH6やpH7でも完全に無くなっていないため、夾雑物のCFDAの蛍光をフェノールレッドが若干消光したためである。
【0098】
また、クレゾールレッドを用いる場合は、上記と同様の緩衝液に、クレゾールレッドを好ましくは0.1〜2.5mg/mL、より好ましくは1〜2.5mg/mLとなるように溶解した消光染料溶液を用いる。消光染料の濃度が薄過ぎると、夾雑物に由来する蛍光染料の蛍光を十分に消光できなくなり、検出の誤差が大きくなる。一方、消光染料の濃度が濃過ぎると、例えば、フェノールレッドを用いた場合には生細胞の蛍光が弱くなり、クレゾールレッドを用いた場合には視野全体が緑に発色してしまい、生細胞を検出しにくくなる。
【0099】
消光染料溶液は、雑菌の混入を防ぐために0.2μmのフィルタで濾過しておく。また、長期保存する際には、必要に応じてアジ化ナトリウム等の防腐剤を添加でき、例えば、アジ化ナトリウムの最終濃度が0.1〜5mg/mL程度になるよう添加すればよい。
【0100】
消光染料による染色は、上記のフィルタの濾過面あるいは上記の粘着シートの粘着層(集菌面)上に適量の消光染料溶液を滴下して広げる、又は該フィルタや粘着シートを消光染料溶液に浸漬し、2〜40℃で1〜10秒間放置した後、余分な消光染料溶液をブロワで吹き飛ばせばよい。
【0101】
なお、試料と蛍光染料溶液と消光染料溶液とを混合して染色後、フィルターで濾過した後、適宜、上記粘着シートに転写してもよい。
(3)前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料に、前記蛍光染料の励起光を照射して、前記試料が発する蛍光を捕集、検出する工程
上記のようにして、蛍光染料と消光染料で染色したフィルタあるいは粘着シートに、蛍光染料の励起光(例えば、CFDAの場合は波長400〜495nm)を照射し、フィルタの濾過面あるいは粘着シートの粘着層表面上の蛍光の画像をCCDカメラ、カラーカメラ、白黒カメラ等によって取り込む。
【0102】
本発明においては、蛍光の画像を取り込む際に、蛍光染料の蛍光波長の光のみを透過させる光学フィルタ等を介して生細胞の発する蛍光染料の蛍光のみを画像として取り込むことが好ましい。例えば、蛍光染料としてCFDAを用いた場合は、上記光学フィルタとして、波長510〜550nmの光を透過するが波長550nmより大きい光は透過しないフィルタが好ましく用いられる。
【0103】
上記のようにして取り込まれた画像では、蛍光染料で染色された夾雑物の蛍光は消光染料によって吸収・消光され、更に、蛍光染料の蛍光を吸収することで受け取ったエネルギーにより消光染料が発する蛍光は撮影されないので、蛍光染料に由来する蛍光を発する生細胞が輝点として検出できる。この輝点(生細胞)の検出は、目視で行ってもよいが、例えば、商品名「Optimas」(MEDIA CYBERNETICS社製)等の市販の画像解析ソフトを用いて行うこともできる。
【0104】
なお、検数のノイズとなりうる微弱な発光に対しては、減光光学フィルタを介して蛍光画像を取り込んでノイズを削除する、あるいは画像処理で閾値を設定して電気的に処理することが好ましい。このような画像処理は、例えば以下のようにして行うことができる。
【0105】
・バックグラウンドノイズを除くために所定値(スレッショルド値)以下の画素は黒色にする。なお、スレッショルド値は使用者が設定する。
【0106】
・背景除去処理(CCDカメラの不良による輝点、ステージの傾きによる輝度の違いを補正)
・エッジの検出(ソーベル、プレヴィット等の画像処理フィルタで処理)
・2値化処理
・各輝点のナンバリングと面積計算
を行った後、使用者が設定した所定のサイズに合致する輝点を検出する。
【0107】
また、本発明においては、蛍光染料に由来する蛍光と消光染料に由来する蛍光をカラー画像として取り込むこともできる。
【0108】
上記のようにして取り込まれた画像では、生細胞は蛍光染料に由来する蛍光を発する輝点として撮影され、夾雑物は消光染料に由来する蛍光(蛍光染料の蛍光より長波長の蛍光を発する)を発する輝点として撮影されるので、蛍光染料に由来する蛍光を発する輝点(生細胞)を、目視、あるいは上記のような市販の画像解析ソフトを用いて検出する。なお、上記の場合と同様に、検数のノイズとなりうる微弱な発光に対しては、減光光学フィルタを介して蛍光画像を取り込んでノイズを削除してもよく、画像処理で閾値を設定して電気的に処理してもよい。
【0109】
なお、本発明においては、蛍光画像を取り込む際に、検出する細胞のサイズが撮像素子の画素と同じサイズ若しくは撮像素子の画素よりも大きなサイズとなるように、レンズ等の光学素子を用いて拡大してから取り込むことが好ましい。拡大倍率は、検出する細胞のサイズに応じて適宜選択すればよいが、通常、10〜1000倍で十分である。
【0110】
そして、上記のようにして検出された輝点(生細胞)の数から、試料中に含まれる生細胞数を以下のようにして算出することができる。例えば、「食品衛生管理指針(微生物版)」(厚生省生活衛生局監修、社団法人日本食品衛生協会)の総菌数測定方法に記載されているように、16視野以上観察し、観察した視野の輝点(生細胞)数の合計(A)を求める。そして、測定に供した液体試料の体積(V)と、フィルタの濾過面積(Sm)と、観察視野総面積(Sp)とから下記式に基づいて試料の生細胞数(C)を算出すればよい。
C=A×Sm/(Sp×V)
図3には、本発明の生細胞の検出方法において好適に用いられる検出装置の一実施形態が示されている。
【0111】
この検出装置10は、固定台2、鏡筒3、レンズ4、バンドパスフィルタ5、画像取り込み手段6、励起光源7、バンドパスフィルタ8、ダイクロイックミラー9とから構成されており、固定台2上に固定されたサンプル1(フィルタ上に固定、あるいは粘着シート上に転写され、蛍光染料及び消光染料で染色された試料)に、励起光源7、バンドパスフィルタ8、鏡筒3、ダイクロックミラー9、レンズ4から構成される励起光を照射する光学的手段によって、蛍光染料の励起光が照射されるようになっている。
【0112】
そして、前記サンプル1が発する蛍光の画像は、レンズ4、ダイクロックミラー9、鏡筒3、バンドパスフィルタ5から構成される蛍光を捕集する光学的手段を介して、画像取り込み手段6に取り込まれるようになっている。すなわち、前記サンプル1が発する蛍光の画像は、検出する細胞のサイズが撮像素子の画素と同じサイズ若しくは撮像素子の画素よりも大きなサイズとなるようにレンズ4で拡大されると共に、蛍光染料の蛍光波長の光は透過するが、消光染料の発する波長の光は透過しないバンドパスフィルタ5を介することにより、生細胞から発せられる蛍光染料の蛍光のみが画像取り込み手段6に取り込まれるようになっている。
【0113】
前記画像取り込み手段としては、例えば、CCDカメラ、カラーカメラ、白黒カメラ等を用いることができ、前記バンドパスフィルタ5を使用しない場合は、前記画像取り込み手段としてカラーカメラを用いて、蛍光染料に由来する蛍光と消光染料に由来する蛍光をカラー画像として取り込めばよい。
【0114】
なお、上記検出装置10は、更に、前記画像取り込み手段6に取り込まれた蛍光画像を、蛍光染料による蛍光の発光を捕らえて画像処理する手段と、前記処理した画像から輝点の数をカウントする手段を備えていてもよい。
【0115】
前記画像処理する手段及び前記輝点の数を検出する手段としては、コンピュータを用いることができ、例えば、上記(3)で説明したような画像処理プログラム及び画像解析プログラムを有するコンピュータを用いることができる。
【0116】
以下に、蛍光染料としてCFDA、消光染料としてフェノールレッド又はクレゾールレッドを使用し、検出装置10を用いて生細胞を検出する場合について説明する。
【0117】
励起光源7から出た光は、波長400nm〜495nmの光を透過するバンドパスフィルタ8を通り、次いで、波長500nm以下の光は反射して500nm以上の光は透過するダイクロイックミラー9で反射され、波長400〜495nmの励起光がサンプル1に照射される。
【0118】
図1に示したように、CFDAの蛍光波長と、フェノールレッド又はクレゾールレッドの吸収波長がオーバーラップするのでフェノールレッド又はクレゾールレッドはCFDAの蛍光を吸収・消光し、消光染料で染色された夾雑物は550〜800nmの赤色を発する。
【0119】
したがって、この蛍光画像を、波長510〜550nmの光は透過するが550nmより波長の大きい光は透過しないバンドパスフィルタ5を介して画像取り込み手段6に取り込んだ場合は、pHの影響を受け難い生細胞に由来するCFDAの緑色光(波長510〜550nm)は撮影されるが、pHの影響を受ける生細胞以外の夾雑物の発する赤色光(550nmより波長の大きい光)は撮影されず、CFDAで蛍光染色された生細胞のみが輝点として検出される。
【0120】
一方、この蛍光画像を、画像取り込み手段6としてカラーカメラを用い、前記バンドパスフィルタ5を介さずに取り込んだ場合は、生細胞はCFDAに由来する緑色光として、生細胞以外の夾雑物はフェノールレッド又はクレゾールレッドに由来する赤色光として撮影される。
【実施例1】
【0121】
以下の試薬を調製して用いた。
【0122】
・界面活性剤溶液:10%トリトンX−100水溶液を無菌濾過したもの
・タンパク質分解酵素溶液:2%トリプシン溶液(溶媒は生理食塩水)を無菌濾過したもの
・蛍光染料溶液:CFDAを300μg/mLとなるようにリン酸緩衝液(pH8.6)に溶解した後、0.2μmのフィルタで濾過したもの
・消光染料溶液:フェノールレッドを1mg/mLとなるようにリン酸緩衝液(pH8.6)に溶解した後、0.2μmのフィルタで濾過したもの
・洗浄液:リン酸緩衝液(pH8.6)
試料である生乳1mLと、上記界面活性剤溶液20μLと、上記タンパク質分解酵素溶液250μLとを、マイクロチューブ(トレフ社製1.5mL微量遠心チューブ、型番No.96.7246.9.01をオートクレーブ滅菌して使用)に入れて、試験管ミキサーで10秒混合した。そして、42℃の恒温水槽に上記マイクロチューブを浮かべ、10分間保温した後、室温(約25℃)で3分間遠心分離(7300×g)した。
【0123】
マイクロチューブを逆さまにして上澄みを捨て、乳脂肪を滅菌済み綿棒で拭いて除いた後、マイクロチューブにPBSを100μL入れ、ピペットで吸引と吐出を繰返して沈殿を懸濁した後、更にPBSを1mL入れて菌体を分散させた。
【0124】
孔径0.4μmのメンブレンフィルタ(商品名「Nuclepore Track-Etch Membrane」、Whatman製、直径25mm)をセットした濾過器に、生理食塩水10mLを入れた後、上記試料を加えて濾過した(ファンネルの内径8mm、濾過面積201mm)。
【0125】
濾過器のファンネル部分を外してメンブレンフィルタを取り出し、該メンブレンフィルタの濾過面にセロファンテープ状の無蛍光な粘着シート(日東電工株式会社製)を貼り付けて、メンブレンフィルタ上の菌体等を粘着シートの粘着面に転写した。
【0126】
そして、菌体等を転写した粘着シートの粘着面に、CFDA溶液を300μL滴下して広げ、25℃で1分間静置した後、洗浄液300μLで3回洗浄し、余分なCFDAを洗い流した。
【0127】
次いで、粘着シートの粘着面に消光染料溶液を300μL滴下して広げ、25℃で10秒間静置し、粘着シートの粘着面の水分をブロワで吹き飛ばした後、図3に示す装置で輝点(生菌)の検出を行った(画像取り込み手段6としてカラーカメラを用い、バンドパスフィルタ5を介さずに撮影)。なお、CFDAのみで染色したものを用いて同様にして輝点(生菌)の検出を行った。それらの結果を図4に示す。
【0128】
図4に示すように、試料をCFDAで染色後、フェノールレッドで染色した場合(a)は、試料をCFDAのみで染色した場合(b)に比べて、生菌を示す輝点が明瞭に検出できることが分かる。
【実施例2】
【0129】
大腸菌を添加した固形食品(ほうれん草のナムル)を用いて、生菌の検出を行った。なお、固形食品中の生菌を液体に抽出する処理は、「食品衛生検査指針 微生物編」(社団法人 日本食品衛生協会,1990年)を参考にした。
【0130】
すなわち、大腸菌(約10個程度)を添加した固形食品(ほうれん草のナムル)10gをストマック袋(ポリエチレンのような柔軟性のあるプラスチックフィルムで作られており、放射線による滅菌処理が施されている。また、内部には不織布や直径0.28mm程の穴のあけたプラスチックフィルムで仕切られた部分があり、そこから大きな固形物を除いた液部を採取することができるようになっている。)に量り取り、滅菌リン酸緩衝液90mLを加え、ストマッカーにかけ、この固形食品を粉砕分散した。なお、ストマッカーとは、固定された板とパドルの間に食品を入れたストマック袋を置き、パドルを前後させることで袋ごと食品を圧縮して食品を粉砕分散し、食品中の生菌を液体に抽出する装置である。
【0131】
そして、ストマック袋から液部を回収し、これを用いて実施例1とほぼ同様の手順で生菌を検出した。その結果を図5、6に示す。
【0132】
図5は、蛍光染料として用いたCFDA溶液と消光染料として用いたフェノールレッド溶液のpHを変えた場合(各溶液のpHは同じ)における生菌の検出効果を示す図である。図5に示すように、pH6〜8.6のCFDA溶液とフェノールレッド溶液を用いた場合、夾雑物は消光され、生菌を示す輝点が明瞭に検出できることが分かる。一方、pH5のCFDA溶液とフェノールレッド溶液を用いた場合は、生菌が蛍光染色されておらず、不適であることが分かる。
【0133】
また、図6(a)はメンブレンフィルタ上の菌体等を転写した粘着シートを何も染色せずにそのまま蛍光顕微鏡で撮影した蛍光像、(b)はメンブレンフィルタ上の菌体等を転写した粘着シートをフェノールレッド溶液(pH7)だけで染色して蛍光顕微鏡で撮影した蛍光像である。図6(a)には生菌を示す輝点が観察されないが、(b)では、生菌を示す輝点が多数観察され、フェノールレッドが生菌内に入り込んでいることが分かる。
【0134】
以上の結果から、消光染料として用いたフェノールレッドは、生菌内では蛍光染料の蛍光を吸収して消光することはなく、生菌以外の夾雑物等に由来する蛍光染料の蛍光のみを吸収して消光していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明の生細胞の検出方法は、医薬、農薬、食品衛生管理等の分野や医学、薬学、生物学等の研究分野において、生細胞の検出、測定に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0136】
【図1】CFDAの励起波長及び蛍光波長のスペクトル特性と、フェノールレッド及びクレゾールレッドの吸収波長のスペクトル特性を示す図である。
【図2】フェノールレッド(0.01mg/mL)の各pHでの吸収スペクトル特性を示す図である。
【図3】本発明で用いられる生細胞の検出装置の一実施形態を示す模式図である。
【図4】本発明の方法により生乳中の菌を検出した結果を示す図であり、(a)はCFDAで染色後、フェノールレッドで染色し、蛍光顕微鏡で観察した場合の結果を示す図であり、(b)はCFDAのみで染色し、蛍光顕微鏡で観察した場合の結果を示す図である。
【図5】CFDA溶液とフェノールレッド溶液のpHを変えた場合における生菌の検出効果を示す図である。
【図6】大腸菌の中に消光染料であるフェノールレッドが入り込み、染色されていることを示す図であり、(a)はメンブレンフィルタ上の菌体等を転写した粘着シートを何も染色せずにそのまま蛍光顕微鏡で撮影した結果を示す図、(b)はメンブレンフィルタ上の菌体等を転写した粘着シートをフェノールレッド溶液(pH7)だけで染色して蛍光顕微鏡で撮影した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0137】
1.サンプル
2.固定台
3.鏡筒
4.レンズ
5、8.バンドパスフィルタ
6.画像取り込み手段
7.励起光源
9.ダイクロイックミラー
10.生細胞の検出装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)試料に蛍光染料を添加し、若しくは接触させて細胞を蛍光染色する工程と、(2)前記蛍光染料で染色した試料に、前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する消光染料を添加し、若しくは接触させる工程と、(3)前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料に、前記蛍光染料の励起光を照射して、前記試料が発する蛍光を捕集、検出する工程とを有する生細胞の検出方法であって、
前記工程(2)において、(a)生細胞の細胞膜を透過でき、(b)生細胞内のpHでは前記蛍光染料の蛍光を吸収し難く、(c)生細胞内のpHと異なるpHにおいて前記蛍光染料の蛍光を吸収する、性質を有する消光染料を、生細胞内のpHと異なるpH条件下で添加し、若しくは接触させ、
前記工程(3)において、前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料を、生細胞内のpHと異なるpH条件下に保つことを特徴とする生細胞の検出方法。
【請求項2】
前記蛍光染料として、生細胞のみを染色できる蛍光染料を使用する請求項1に記載の生細胞の検出方法。
【請求項3】
前記蛍光染料として、核酸を蛍光標識する物質、又は酵素分解されると蛍光性を有するようになる酵素基質を用いる、請求項1又は2に記載の生細胞の検出方法。
【請求項4】
前記消光染料は、前記蛍光染料の蛍光波長を吸収する共役二重結合を有する化合物である、請求項1〜3のいずれか1つに記載の生細胞の検出方法。
【請求項5】
前記消光染料は、少なくとも2つの芳香族環を有する芳香族化合物である、請求項4に記載の生細胞の検出方法。
【請求項6】
前記消光染料は、少なくとも1つの縮合芳香族環を有する芳香族化合物である、請求項4に記載の生細胞の検出方法。
【請求項7】
前記消光染料は、不飽和炭化水素構造を有する化合物である、請求項4に記載の生細胞の検出方法。
【請求項8】
前記消光染料は、下記構造式(I)〜(IX)に示されるいずれかの化合物又はアントシアン類である、請求項1〜4のいずれか一つに記載の生細胞の検出方法。
【化1】


【化2】


【化3】


【化4】


【化5】


【化6】


上記構造式(I)〜(III)及び(V)中のR〜R11は、水素原子、メチル基、炭素原子が少なくとも2個以上からなる脂肪鎖又は脂肪酸エステル、ヨウ素、臭素を示し、同一若しくは異なっていてもよい。
【化7】


上記構造式(VII)中のMeは、鉄、銅又はマグネシウムを示し、R〜Rは炭化水素基、R〜R12は炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示す。
【化8】


上記構造式(VIII)中のR〜Rは炭化水素基、R〜R12は炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示す。
【化9】


上記構造式(IX)中のR〜Rは炭化水素基、水素原子又は炭素原子を示し、nは1〜11の整数である。
【請求項9】
前記工程(2)において、アルカリ性条件下において前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する消光染料を用い、前記工程(3)において、前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料をアルカリ性条件下に保つ、請求項1〜8のいずれか一つに記載の生細胞の検出方法。
【請求項10】
前記工程(2)において、酸性条件下において前記蛍光染料の蛍光を吸収する性質を有する消光染料を用い、前記工程(3)において、前記蛍光染料及び前記消光染料で染色した試料を酸性条件下に保つ、請求項1〜8のいずれか一つに記載の生細胞の検出方法。
【請求項11】
前記工程(3)において、前記試料が発する蛍光のうち、前記蛍光染料の蛍光波長の光のみを捕集し、その蛍光像を取り込む、請求項1〜10のいずれか一つに記載の生細胞の検出方法。
【請求項12】
前記工程(3)において、前記試料が発する蛍光を捕集し、捕集した蛍光をカラー画像として取り込み、前記蛍光染料に由来する蛍光と、それ以外の蛍光とを区別する、請求項1〜10のいずれか一つに記載の生細胞の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−68002(P2006−68002A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−222782(P2005−222782)
【出願日】平成17年8月1日(2005.8.1)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】