説明

生菌数測定方法

【課題】油脂組成物に含まれる乳酸菌やビフィズス菌等の生菌数を、正確に測定する技術を提供する。
【解決手段】菌末を含む油脂組成物を、菌の発育温度条件で液体である液状油脂に混合して菌末懸濁液を調製し、続いて菌末懸濁液を水性溶媒で希釈して測定用希釈液を調製し、この測定用希釈液を培地に添加して培養した後、培地上の菌数を計測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌やビフィズス菌等の微生物粉末(菌末)を含む油脂組成物中の生菌数を測定する方法に関する。
また、本発明は、菌末を含む油脂組成物中の生菌数を測定するのに用いられる菌末懸濁液を調製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビフィズス菌や乳酸菌類は有用な腸内細菌として広く知られている。特にビフィズス菌の生理学的意義については多数の報告があり、腸内において乳酸、酢酸等の有機酸を生産し、かつ有害菌の増殖を抑制する作用、ビタミンの産生作用、免疫力の賦活化作用等が明らかにされている(非特許文献1)。
そのため、これらのビフィズス菌や乳酸菌類は、プロバイオティクスとしてヨーグルト等の発酵乳、又は粉末食品等の様々な食品に利用されている。これらの菌は、近年ではカプセルや錠剤、マイクロカプセル等の形態に加工され、健康食品又はサプリメントとしても広く普及している。
【0003】
食品やサプリメント中のビフィズス菌、乳酸菌、或いはその他の微生物の生菌数を測定する方法としては、今まで様々な方法が報告されているが、検体を生理食塩水、蒸留水、又は緩衝液等の水性溶媒に懸濁し、更に同水性溶媒にて希釈を行った後に、標準寒天培地やBCP加プレートカウント培地等の適当な寒天培地に希釈液を混釈或いは塗末し、菌を培養して、培地上の菌数(コロニー数)を測定する方法が一般的である(特許文献1)。
【0004】
一方、ビフィズス菌や乳酸菌類は、熱や低pH或いは水分等に対して感受性が高いことから、これらの菌をプロバイオティクスとして利用したサプリメントを製造する際には、製品中の生菌数を維持するため、或いは製剤を腸溶性とするために、菌末を油脂でコーティングしたり、カプセリングしたりする技術が採用されている(特許文献2)。
これらの技術に利用される油脂は、40℃以上の比較的高い融点を有し、流通や保管時の温度条件では固体であるものが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開2009/157316号パンフレット
【特許文献2】特開2005−68094号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】光岡知足編著、「ビフィズス菌の研究」、財団法人日本ビフィズス菌センター、1994年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
食品やサプリメント中の生菌数を正確に測定することは、製品の品質を維持し、保証するために欠かせない。
しかしながら、上記のように比較的高い融点の油脂を用いて製剤化されているサプリメント等の製品の場合、製品中に含まれる微生物の生菌数を正確に測定できないという問題があった。
【0008】
即ち、前述したように微生物の生菌数を測定する場合には、通常、サンプルを生理食塩水や緩衝液などの水性溶媒に懸濁して希釈液を調製する必要がある。しかしながら、油脂組成物を水性溶媒に混合しようとすると、その水性溶媒の温度が低い場合には、油脂組成物に含まれる油脂が固化し、油脂組成物中の菌末が水性溶媒中に抽出されないため正確な生菌数を測定することができなかった。
【0009】
一方、水性溶媒の温度を45℃以上などの高い温度に上げて、油脂組成物に含まれる油脂を融解しながら、菌末を水性溶媒に抽出しようとすると、油脂が融解し始め菌末が水性溶媒に触れた時点から、水性溶媒の温度の影響を受けて菌数が減少し始めるため、やはり正確な菌数が測定できないという問題がある。
また、このような方法では、懸濁用の水性溶媒を高温に保持する必要があるため、菌数測定のための準備に手間がかかり、多くのサンプルを処理する上で困難さが増加するという問題もある。
【0010】
ビフィズス菌や乳酸菌類を含有するサプリメントの場合、サプリメント中に含有されるビフィズス菌や乳酸菌の生菌数を正確に測定できなければ、製品の品質を保証し、消費者に伝えることができない。更には、製品中の一般細菌やカビ、酵母類などの所謂雑菌を正確に測定することができなければ、衛生的な品質管理或いは品質検査も十分に行えず、問題である。
【0011】
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、油脂組成物に含まれる乳酸菌やビフィズス菌、その他菌の生菌数を、正確に測定する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、従来技術の問題点を鑑みて鋭意研究を重ねた結果、菌末を含む油脂組成物を融解したもの(融解物)を、菌の発育温度条件で液体である液状油脂と混合して菌末懸濁液を調製し、これを水性溶媒で希釈することにより、菌を水性溶媒に効率的に分散できることを見出した。そして、このようにして調製した希釈液を培地に添加し、菌を培養することで、正確に生菌数を計測することができ、油脂組成物中の生菌数の測定精度を高めることができることを見出した。
加えて、菌末懸濁液を希釈する水性溶媒の温度を、菌の発育温度の範囲内とすることで、菌末懸濁液を水性溶媒に懸濁した際の菌の死滅を抑制し、生菌数の測定をより正確に行うことができることを見出した。
【0013】
前記課題を解決する本発明は、油脂組成物に含まれる菌の生菌数を測定する方法であって、融解した、菌末を含む油脂組成物を、菌の発育温度条件で液体である液状油脂に混合して菌末懸濁液を調製する工程、前記菌末懸濁液を水性溶媒で希釈して、測定用希釈液を調製する工程、前記測定用希釈液を培地に添加して、菌を培養する工程を含む。
本発明の方法を用いることで、菌末を含む油脂組成物に用いられる油脂の融点よりも低い温度(例えば室温)の水性溶媒に、油脂組成物中の菌を効率よく分散でき、結果として、油脂組成物中の菌の生菌数の測定精度を高めることができる。
【0014】
本発明の好ましい形態では、前記水性溶媒の温度は、前記菌の発育温度の範囲内である。
これにより、菌末懸濁液を水性溶媒に混合した後、菌が直ちに発育温度条件におかれることとなるため、菌の死滅を抑制し、生菌数の測定精度をより高めることができる。
【0015】
本発明の生菌数測定方法は、菌の発育温度条件で固体である油脂を含む油脂組成物における生菌数の測定に好適である。上述したように、このような油脂組成物は、菌の発育温度範囲の温度条件の水性溶媒に容易に懸濁できないため、従来、生菌数を正確に測定できないという問題が顕著であったためである。
【0016】
本発明の好ましい形態では、前記菌末を含む油脂組成物と前記液状油脂との混合比は、以下を目安とすることができる。
菌末を含む油脂組成物:液状油脂=2:1〜1:1000
このような混合比とすることにより、水性溶媒に分散しやすい菌末混濁液を調製することができる。
【0017】
本発明の好ましい形態では、前記水性溶媒は、ポリソルベート等の界面活性剤を含有する。
これにより、菌末懸濁液の水性溶媒への分散が容易になり、生菌数の測定精度を一層高めることができる。
【0018】
本発明の好ましい形態では、前記菌末を含む油脂組成物に用いられる油脂の融点は、40℃以上である。
本発明の方法は、このような高融点の油脂を用いた油脂組成物中の菌の測定に特に有用である。
【0019】
本発明の生菌数測定方法は、特に、ビフィズス菌又は乳酸菌の菌末を含む油脂組成物に対して有用である。ビフィズス菌や乳酸菌は、温度やpHの影響を受けやすいため、特に正確な生菌数の測定が求められるためである。
【0020】
また、本発明は、油脂組成物に含まれる菌の生菌数を測定するための菌末懸濁液の調製方法にも関する。本発明の菌末懸濁液の調製方法は、融解した、菌末を含む油脂組成物を、菌の発育温度条件で液体である液状油脂に混合して菌末懸濁液を調製することを特徴とする。
本発明の調製方法によれば、生菌数の測定の際に用いる水性溶媒に混合しやすい菌末懸濁液を調製することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の生菌数測定方法を用いれば、油脂組成物に含まれる菌の生菌数を、精度良く測定することが可能となる。例えば油脂を用いて製剤化した、有用細菌を含む健康食品やサプリメントなどの製品中に含まれる菌を高収率で回収することができ、製品中の生菌数を精度よく測定することが可能となる。
また、本発明の菌末懸濁液の調製方法を用いれば、生菌数の測定に用いる菌数の測定の際に用いる水性溶媒に混合しやすい菌末懸濁液を調製することができ、測定用希釈液の調製が容易になる。これにより、食品やサプリメントの品質検査、品質管理のための生菌数の測定の精度向上、効率化が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の生菌数測定方法の一形態を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次に、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の好ましい実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができるものである。
本明細書において百分率は、菌の生残率を除き、特に断りのない限り質量による表示である。
【0024】
本発明の生菌数測定方法のサンプル(検体)となる油脂組成物は、菌末と油脂とを含む。
菌末とは、菌体を凍結乾燥等により粉末化したものをいう。
本発明においては、前記ビフィズス菌、乳酸菌を凍結乾燥等により粉末化したものをビフィズス菌末、乳酸菌末として記載する。また、ビフィズス菌や乳酸菌等の細菌を粉末化したものを総称して細菌末、酵母やカビなどの真菌類を粉末化したものを真菌類粉末と記載することがある。
なお、ビフィズス菌末、乳酸菌末等の細菌末、真菌類粉末を総称して、菌末又は微生物粉末と記載することがある。
菌末は、通常の方法により製造される。ビフィズス菌末の製造方法を例に挙げると、以下のような方法で製造することができる。
【0025】
2%の割合でグルコ−ス(ナカライテスク社製)を添加したGAM液体培地(ニッスイ社製)にビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)ATCC BAA−999(ATCCから入手)を接種し、37℃で12時間培養し、培養終了後、培養液から遠心分離により菌体(湿菌体)を集菌する。その湿菌体を、10%濃度に調整した脱脂粉乳の水溶液を用いて、菌体固形分濃度10%の割合で分散した試料を調製する。調製した試料のpHを、10%水酸化ナトリウム溶液(ナカライテスク社製)により7.0に調整した後、凍結乾燥機(共和真空社製)を用いて20℃で24時間の凍結乾燥を行い、凍結乾燥終了後の菌体を粉砕し、1.0×1011CFU/gの菌濃度のビフィズス菌末を得ることができる。
【0026】
前記油脂組成物に含まれる菌末を構成する菌、すなわち、本発明により生菌数を測定することが可能な菌は、特に制限されない。
例をあげると、ビフィドバクテリウム属に属する細菌(以下、ビフィズス菌類と記載することがある)、ラクトバチルス属に属する細菌、ラクトコッカス属に属する細菌、ストレプトコッカス属に属する細菌等の乳酸菌類、真菌類等を例示することができる。
【0027】
ビフィドバクテリウム属に属する細菌としては、ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)、ビフィドバクテリウム・インファンティス(Bifidobacterium infantis)、ビフィドバクテリウム・アニマリス(Bifidobacterium animalis)、ビフィドバクテリウム・ビフィダム(Bifidobacterium bifidum)、ビフィドバクテリウム・ブレーベ(Bifidobacterium breve)、ビフィドバクテリウム・アドレセンティス(Bifidobacterium adolescentis)、ビフィドバクテリウム・シュードロンガム(Bifidobacterium pseudolongum)、及びビフィドバクテリウム・シュードカテヌラータム(Bifidobacterium pseudocatenulatum)等から選ばれる細菌が例示できる。
例えば、Bifidobacterium longum subsp. longum ATCC BAA-999、Bifidobacterium longum subsp. infantis LMG 23728、Bifidobacterium breve LMG 23729、Bifidobacterium breve MCC1274 (FERM BP-11175)、Bifidobacterium pseudolongum NITE SD 00053等の生菌数の測定に利用することができる。
上記菌株のうち、ATCC BAA-999は、American Type Culture Collection(ATCC)から、LMG 23728、LMG 23729は、BELGIAN CO-ORDINATED COLLECTIONS OF MICRO-ORGANISMS(BCCM)から、NITE SD 00053は、独立行政法人製品評価技術基盤機構から、それぞれ一般に入手することが可能である。
上記菌株のうち、Bifidobacterium breve MCC1274は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国 茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に、平成21年8月25日付けで受託番号FERM BP−11175にて寄託されている。
【0028】
また、ラクトバチルス属に属する細菌としては、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactobacillus delbrueckii subsp. lactis)、ラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)、およびラクトバチルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)等から選ばれる細菌が例示できる。
また、ラクトコッカス属に属する細菌としては、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、およびラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)が例示できる。
また、ストレプトコッカス属に属する細菌としては、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)が例示できる。
例えば、Lactococcus lactis subsp. lactis MCC866 (FERM BP-10746)、Lactobacillus acidophilus NITE SD 00054等の生菌数の測定に利用することができる。
上記菌株のうち、NITE SD 00054は、独立行政法人製品評価技術基盤機構から、一般に入手することが可能である。
上記菌株のうち、Lactococcus lactis subsp. lactis MCC866は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国 茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に、平成18年12月1日付けで受託番号FERM BP−10746にて寄託されている。
【0029】
油脂組成物に含まれる油脂は、特に制限されず、菌末を含む製剤に通常用いられる、常温で固体である油脂が挙げられる。
本発明の生菌数測定方法は、測定対象となる菌の発育温度条件で固体である比較的高融点の油脂を用いた油脂組成物の生菌数を測定するのに好適である。菌の発育温度条件は、菌種や菌株によって異なるが、ビフィズス菌や乳酸菌の発育温度の上限は、通常40〜55℃程度である。
さらに、本発明の生菌数測定方法は、後述する菌の培養温度条件(最適発育温度付近)で固体である油脂を用いた油脂組成物の生菌数を測定するのに好適である。菌の培養温度条件は菌種や菌株によって異なるが、ビフィズス菌や乳酸菌の培養温度条件は、通常25〜42℃程度である。
油脂組成物に用いられる油脂の融点としては、好ましくは、40℃以上である。融点の上限は特に限定されないが、通常は80℃程度、好ましくは70℃程度である。
【0030】
本発明において、油脂の融点は、以下の測定法により求めることができる。
すなわち、日本油化学会制定、基準油脂分析試験法(I)1996年版、2.2.4.2−1996、上昇融点の測定方法により融点温度を決定することができる。具体的には、油脂試料を融解し、乾燥濾紙で濾過し、内径1mm、外径2mm以下、長さ50〜80mmで両端が開いている毛細管の一端を、完全に融解した試料(通常60℃)につけて約10mmの高さまで試料を満たし、速やかに氷片等で固化させ、10℃以下で24時間又は氷上で1時間放置して試料調製した毛細管を準備する。
この試料調製した毛細管を温度計(長さ385〜390mm、水銀球の長さ15〜25mm、0.2℃目盛)の下部にゴム輪又は適当な方法で速やかに密着させ、それらの化痰を揃える。
毛細管を密着させた温度計を、予想される融点より約20℃低い温度の水を満たしたビーカー(内容量500〜1000mL)の中に浸し、温度計の下部を水面下30mmの深さに置く。
ビーカーの中の水を適当な方法でかき混ぜながら、最初は2℃/分ずつ上昇するように加熱する。予想される融点の10℃下に達した後は0.5℃/分で加熱する。
試料が毛細管中で上昇を始める温度を融点(上昇融点)とする。
【0031】
油脂組成物を構成する油脂としては、サプリメント、医薬等の菌を含む固体の製剤に通常用いられているものが特に制限なく挙げられる。その例を以下に挙げる。
・商品名:TP-9(日油(株)) 融点65−69℃
・商品名:RHPI(太陽油脂(株)) 融点60.5℃
・サンプル名:S1044(太陽油脂(株)) 融点53.5℃
・サンプル名:S1043(太陽油脂(株)) 融点49.9℃
・サンプル名:S0182(太陽油脂(株)) 融点46.4℃
【0032】
本発明の生菌数測定方法を適用し得る油脂組成物の剤形は特に制限されず、顆粒上の菌末を油脂によりコーティングした顆粒剤、菌末を賦形剤と共に打錠した後、油脂によりコーティングした錠剤、菌末と油脂を混合した後にスプレークーリング等により粉末化した粉末油脂、菌末と油脂を混合した後にハードカプセルやソフトカプセルに充填したカプセル剤等が挙げられる。
【0033】
以下、本発明の生菌数測定方法の各工程について説明する。
図1は、本発明の生菌数測定方法の工程図である。
【0034】
<菌末懸濁液の調製>
本発明の生菌数測定方法では、融解した前記油脂組成物を、液状油脂に混合して菌末懸濁液を調製する。油脂組成物の融解は、油脂組成物に用いられる油脂の融点以上の温度まで加温することにより行うことができる。
ここで用いる液状油脂は、生菌数の測定の対象となる菌の発育温度条件で液体であるものであればいずれも利用できる。
生菌数の測定の対象となる菌の発育温度の上限は、例えば、2%の割合でグルコース(ナカライテスク社製)を添加したGAM液体培地(ニッスイ社製)、還元脱脂粉乳(森永乳業社製)を8〜12%の割合で溶解した脱脂粉乳培地、又は脱脂粉乳培地に適宜、酵母エキスやペプトン等の栄養成分を添加した活性化脱脂粉乳培地等に、各菌を接種し、種々の温度で培養を行い、pHの変化又は菌数の変化等から各菌の発育温度の上限を求めることができる。
菌の発育温度条件は、菌種や菌株によって異なるが、ビフィズス菌や乳酸菌の発育温度の上限は、通常40〜55℃程度である。以下に、各種ビフィズス菌の発育温度の上限を例示する。
・Bifidobacterium longum subsp. longum ATCC BAA-999 : 45℃
・Bifidobacterium breve LMG 23729:48℃
・Bifidobacterium breve MCC1274 (FERM BP-11175):42℃
・Lactococcus lactis subsp. lactis MCC866 (FERM BP-10746):45℃
・Lactobacillus acidophilus NITE SD 00054:50℃
【0035】
中でも、液状油脂は、生菌数の測定の対象となる菌の培養温度条件(最適発育温度付近)で液体であるものが好ましい。
菌の培養温度条件は、菌種や菌株によって異なるが、ビフィズス菌や乳酸菌の場合は、通常25〜42℃程度である。
【0036】
このような観点からも、液状油脂としては、特に室温(例えば、20〜30℃程度)で液状のもの(融点が室温以下)が利用しやすい。その例を以下に挙げる。
・商品名 大豆油(ナカライテスク社製) 室温で液体(融点22〜31℃)
・商品名 食用とうもろこし油(J−オイルミルズ社製) 室温で液体
・商品名 サラダオイル(J−オイルミルズ社製) 室温で液体
・商品名 オリーブオイル(J−オイルミルズ社製) 室温で液体
・商品名 食用サンフラワー油(J−オイルミルズ社製) 室温で液体
・商品名「CY−2」(太陽油脂社製) 室温で液体(凝固点 −12〜0℃)
・商品名「MCD−25」(太陽油脂社製) 室温で液体(凝固点 −5℃)
(なお、凝固点は、基準油脂分析試験法(日本油化学会)に掲載されている凝固点測定法(シュコッフ法)により求めることができる。)
【0037】
前記菌末を含む油脂組成物と前記液状油脂の混合比は、両者が十分に混合され、菌末混濁液を調製できる範囲であれば特に制限されない。このような混合比の範囲として、以下の比率を目安とすることができる。
菌末が含有された油脂組成物:液状油脂=2:1〜1:1000
【0038】
<測定用希釈液の調製>
続いて、得られた菌末懸濁液を水性溶媒で希釈して、測定用希釈液を調製する。水性溶媒としては、従来、生菌数の測定の際に希釈液として用いられている生理食塩水や緩衝液等を特に制限なく用いることができる。
この工程において、水性溶媒の温度は、生菌数の測定対象の菌の発育温度の範囲内に保持することが好ましい。これにより、上述した菌末懸濁液を水性溶媒に混合し、菌末を水性溶媒中に抽出した際に、直ちに菌を発育温度条件におくことができ、生菌数の減少を抑制することができる。また、上記の観点から、前記水性溶媒の温度は、生菌数の測定対象の菌の培養温度(最適発育温度付近)に保持することが、より好ましい。
【0039】
前記菌末懸濁液を水性溶媒に混合する際、好ましくは、菌末懸濁液の温度も、生菌数の測定対象の菌の発育温度の範囲内、さらには菌の培養温度(最適発育温度付近)に保持されていることが好ましい。これにより、菌末懸濁液を水性溶媒に混合した際に、水性溶媒の温度変化を抑制し、菌を直ちに発育温度におくことが容易となり、より確実に生菌数の減少を抑制することができる。
【0040】
水性溶媒は、好ましくは界面活性剤を含有する。界面活性剤を用いることにより、菌末懸濁液の水性溶媒との混合を容易にし、菌の水性溶媒への分散をより確実にすることができる。
界面活性剤としては、ポリソルベートが好ましく挙げられる。ポリソルベートは、ソルビタン脂肪酸エステルにエチレンオキシドが縮合したもの(ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル)である。
ポリソルベートを構成するエチレンオキシドの数は、通常約20分子である。
ポリソルベートを構成する脂肪酸としては、炭素数12〜18の飽和又は不飽和の脂肪酸が一般的である。脂肪酸の具体例としては、ラウリン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、オレイン酸等が挙げられる。
ポリソルベート類としては、市販のものを利用することができ、このような市販品として、Tween(登録商標)20、Tween40、Tween60、Tween65、Tween80等が挙げられる。
Tween20は、ポリソルベート20、モノラウリン酸ポリオキシエチレンソルビタン(polyoxyethylene sorbitan monolaurate)とも称される。
Tween40は、ポリソルベート40、モノパルミチン酸ポリオキシエチレンソルビタン(polyoxyethylene sorbitan monopalmitate)とも称される。
Tween60は、ポリソルベート60、モノステアリン酸ポリオキシエチレンソルビタン(polyoxyethylene sorbitan monostearate)とも称される。
Tween65は、ポリソルベート65、トリステアリン酸ポリオキシエチレンソルビタン(polyoxyethylene sorbitan tristearate)とも称される。
Tween80は、ポリソルベート80、モノオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン(polyoxyethylene sorbitan monooleate)とも称される。
【0041】
水性溶媒において、界面活性剤の濃度は、好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.5%以上である。このような範囲とすることにより、菌末懸濁液を効率よく分散させることができる。また、界面活性剤の濃度の上限は、30%を目安とすることができる。経済性を考慮すると、2%以下とすることが好ましい。
【0042】
水性溶媒は、生菌数の測定に一般的に用いられる水性溶媒に添加され得る成分を適宜含んでいてもよい。
【0043】
<培養>
上記のようにして調製した測定用希釈液を培地に添加し、菌を培養する。培養は、常法に従って行うことができる。培地への添加の方法としては、培地と混釈する方法(混釈法)、培地に塗布する方法(平板塗末法)等が挙げられる。
用いる培地は、測定の対象とする菌の種類に応じて適宜公知のものを選択することができる。培養条件も、測定対象である菌の種類に応じて適宜設定することができる。ビフィズス菌の場合は、通常25〜42℃で、数日間、嫌気条件で培養すればよい。乳酸菌の場合は、通常25〜42℃で、数日間、好気条件又は嫌気条件のいずれかで培養すればよい。
【0044】
<菌数の計測>
菌の培養後、培地上の菌数(コロニー数)を計測することで、測定用希釈液に含まれていた生菌数を計測することができ、これに基づいて油脂組成物中の生菌数を算出することができる。これらの方法は、従来の生菌数の測定方法と同様である。
【0045】
<菌末懸濁液の調製方法>
本発明の菌末懸濁液の調製方法は、上述した生菌数の測定に用いられるものであり、融解した前記油脂組成物を、菌の発育温度条件で液体である液状油脂に混合して菌末懸濁液を調製することを特徴とする。菌末懸濁液の調製の好ましい形態は、本発明の生菌数測定方法における説明がそのままあてはまる。
【実施例】
【0046】
以下に実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0047】
[実施例1]
本実施例1は、本発明の生菌数測定方法によって計測された油脂組成物に含まれる菌の生菌数の測定精度(回収率)を検討することを目的とする。
【0048】
(試験方法)
46.4℃の融点を持つ油脂(太陽油脂社製、油脂サンプルNo. S0182)9gを、47℃の温度に温めて融解して液状にした後、1g当たり1,000億(1011)個のビフィドバクテリウム・ブレーベ(Bifidobacterium breve)MCC1274(FERM BP−11175)を含有するビフィズス菌末B−3(森永乳業社製)を添加して均一に混合して、ビフィズス菌含有油脂組成物を得た。
前記油脂組成物の融解物1gを、22〜31℃の融点を有する大豆油脂(ナカライテスク社製)の液状物9gに混合し均一にして菌末懸濁液を調製した後、その1gを37℃に保温された希釈用バッファー(水性溶媒:4.5gリン酸二水素カリウム、6.0gリン酸水素二ナトリウム、0.5gL−システイン塩酸塩一水和物、0.5g Tween(登録商標)80、蒸留水1,000mL)9gに添加して十分に懸濁した。
この懸濁液を更に同バッファーで10倍ずつ常法に従って希釈し、10の8乗希釈液を得た。
本希釈液を強化クロストリジア寒天培地(Reinforced Clostridial Agar Medium:OXOID社製)と混釈して、シャーレに撒き、固化した後、37℃で3日間の嫌気培養を行い、コロニー数をカウントして、添加時の菌数からの回収率を算出した。
なお、対象としてビフィズス菌含有高融点油脂組成物1gを25℃、37℃、42℃、45℃、及び60℃で保温した前記希釈用バッファー9gにそれぞれ懸濁した後に、同様に希釈して培養し、菌数を測定し、回収率(培地への接種菌数に対する、培養後の測定菌数の割合)を求めた。
【0049】
(試験結果)
得られた菌数結果を以下の表1に示す。
表1に記載されるとおり、ビフィズス菌末高融点油脂組成物を、25℃及び37℃の希釈用バッファー(水性溶媒)に直接添加した場合、油脂が固化し、希釈バッファー中に均一に懸濁されないため、菌数の測定が不可能であった。
また、油脂が固化しないように60℃で保温した希釈バッファーで希釈して培養した場合は、その高温性のためにビフィズス菌のほとんどが死滅し、回収率は10%以下であった。
さらに、希釈用バッファーの保温温度を45℃に設定した場合では回収率が50%であり、42℃に設定した場合では62%であった。これらの回収率では、菌の回収は高められたものの、菌数測定においては十分な精度が確保された結果ではなかった。
このように、ビフィズス菌の温度感受性が高いため、または油脂の部分的な固化によってビフィズス菌は希釈用バッファーに十分に分散されないため、十分な回収率が得られなかったと考えられる。
【0050】
一方、22〜31℃の融点を有する大豆油脂に、ビフィズス菌末高融点油脂組成物を懸濁した後に、37℃で保温された希釈用バッファーで希釈した場合には、37℃の低温でも均一に油脂が懸濁されてビフィズス菌が分散し、その後、培養した結果、90%以上の高い回収率でビフィズス菌の菌数を測定できることが観察された。
すなわち、高融点の油脂を含む常温で固体の油脂組成物に含まれるビフィズス菌の生菌数を測定する際に、大豆油脂などの低融点油脂に、融解した油脂組成物を懸濁することにより、固体の油脂組成物に含まれるビフィズス菌の生菌数を正確に測定することが可能であることが分かった。
【0051】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の生菌数測定方法は、ビフィズス菌や乳酸菌などの有用な菌の菌末を油脂を用いて製剤化した健康食品やサプリメントの品質管理、品質検査に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂組成物に含まれる菌の生菌数を測定する方法であって、
融解した、菌末を含む油脂組成物を、菌の発育温度条件で液体である液状油脂に混合して菌末懸濁液を調製する工程、
前記菌末懸濁液を水性溶媒で希釈して、測定用希釈液を調製する工程、
前記測定用希釈液を培地に添加して、菌を培養する工程、
培養後、培地上の菌数を計測する工程、を含む生菌数測定方法。
【請求項2】
前記水性溶媒の温度が、前記菌の発育温度の範囲内である、請求項1に記載の生菌数測定方法。
【請求項3】
前記菌末を含む油脂組成物に用いられる油脂は、前記菌の発育温度条件で固体である、請求項1又は2に記載の生菌数測定方法。
【請求項4】
前記菌末を含む油脂組成物と前記液状油脂の混合比が、菌末を含む油脂組成物:液状油脂=2:1〜1:1000である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の生菌数測定方法。
【請求項5】
前記水性溶媒が界面活性剤を含有する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の生菌数測定方法。
【請求項6】
界面活性剤がポリソルベートである、請求項5に記載の生菌数測定方法。
【請求項7】
前記菌末を含む油脂組成物に用いられる油脂の融点が40℃以上である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の生菌数測定方法。
【請求項8】
前記菌末がビフィズス菌又は乳酸菌の菌末である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の生菌数測定方法。
【請求項9】
油脂組成物に含まれる菌の生菌数を測定するための菌末懸濁液の調製方法であって、
融解した、菌末を含む油脂組成物を、菌の発育温度条件で液体である液状油脂に混合して菌末懸濁液を調製することを特徴とする、菌末懸濁液の調製方法。

【図1】
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