説明

甲状腺疾患の治療法

【課題】甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症、カルシウム代謝疾患を治療する。
【解決手段】ボツリヌス毒素のような神経毒を甲状腺に局所投与し、それによって甲状腺ホルモン分泌における阻害作用を減少させることによって甲状腺機能低下症を治療する方法;甲状腺を神経支配する交感神経節に、ボツリヌス毒素のような神経毒を局所投与し、それによって甲状腺ホルモン分泌における刺激作用を減少させることによって甲状腺機能亢進症を治療する方法;神経毒を局所投与してカルシトニン分泌を調節することによって、カルシウム代謝疾患を治療する方法を開示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲状腺疾患の治療法に関する。本発明は特に、患者に神経毒を投与することによって甲状腺疾患を治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界中で少なくとも約2億人が甲状腺疾患に罹患し、女性は男性に比較して10:1の比率でより多く罹患していることが確認されている。米国では、45才以上の全女性の10%を含む約1千万人が、過剰活性または低活性甲状腺を有する。Baylissら、Thyroid Disease The Facts, preface, Oxford University Press(1998)。
【0003】
甲状腺機能
甲状腺は、小胞細胞および非小胞またはC細胞から成る内分泌腺である。小胞細胞は、2つのホルモン、即ち、3つのヨウ素原子を含有するトリイオドチロニン(T3)および4つヨウ素原子を含有するチロキシン(T4)を作ることができる。甲状腺ホルモンの作用は、例えば大部分の正常組織によるエネルギー産生および酸素消費を増加させることによって、代謝速度を調節することに主に関係している。甲状腺細胞によるT3およびT4の合成および放出は、下垂体によって作られる甲状腺刺激ホルモン(TSH、チロトロフィンとも呼ばれる)によって影響を受ける。C細胞はカルシウム代謝に影響を与えると考えられるカルシトニンを作ることができる。重要なことに、カルシトニンは強力な低カルシウム血症剤である。甲状腺疾患は、自己免疫疾患(グレーヴス病;バセドウ病)、甲状腺炎(甲状腺の炎症または感染)および癌を包含し、それらの症状は全て、甲状腺機能低下症(橋本甲状腺炎において生じる)または甲状腺機能亢進症(バセドウ病において生じる甲状腺中毒症)を生じる。肥大した甲状腺(甲状腺腫)は、甲状腺機能正常であるか、または甲状腺機能亢進症(甲状腺中毒症)または甲状腺機能低下症の徴候である。
【0004】
大部分の甲状腺機能亢進症は、甲状腺全体における甲状腺刺激抗体の作用によると考えられる(バセドウ病、広汎性中毒性甲状腺腫)。
【0005】
バセドウ病は、米国の人口の0.4%において、1%の寿命リスクで生じると推定される。30歳代または40歳代において、女性対男性の比率は約7:1〜約10:1であることが一般に明らかである。バセドウ病を特徴とする甲状腺異常は明らかに、甲状腺のIgGクラスの免疫グロブリンの作用によって生じる。これらの抗体は、甲状腺刺激ホルモン(TSH)自体の受容体を含む形質膜の成分または領域に向かうと考えられる。自己免疫性甲状腺疾患を生じる主要な不安定化因子は、サプレッサーT−リンパ球における器官特異性欠陥であると考えられる。甲状腺機能亢進症自体が、全身化(generalized)サプレッサーT細胞機能に不利な作用を有すると考えられ、これは、バセドウ病における自己永続化または相乗因子であると考えられる。重大なことに、バセドウ病の治療法は知られておらず、治療は甲状腺ホルモンを産生する甲状腺の能力を減少させるようにデザインされるにすぎない。
【0006】
バセドウ病以外の甲状腺機能亢進症の原因は、中毒性多結節性甲状腺腫、中毒性アデノーマ、亜急性ウイルス性甲状腺炎、分娩後甲状腺炎、甲状腺、生殖腺および下垂体腫瘍、および過剰な下垂体TSHを包含する。
【0007】
正常な甲状腺の重さは約15gである。甲状腺が線維組織によってしっかり固定されている気管および喉頭の前外側部分との関係の結果として、甲状腺は、前方に凸状、後方に凹状である。甲状腺の2つの外側葉は、喉頭の側面に沿って伸長し、甲状腺軟骨の中央レベルに達する。各甲状腺葉は、気管と喉頭との間の床に内側に、頸動脈鞘と胸鎖乳様突起性筋肉との間の床に外側に、存在する。
【0008】
甲状腺は、種々の大きさの球形または卵形の嚢状小胞の集合体から成る。小胞間領域は、カルシトニンの分泌に関与する傍濾胞細胞(C細胞)を含む高脈管化網状構造によって占められている。上皮小体ホルモン(PTH、傍甲状腺によって作られる)、カルシトニン(甲状腺のC細胞によって作られる)およびジヒドロキシコレカルシフェロール(腎臓においてビタミンDから代謝される)は、カルシウム、リン酸、ピロリン酸、クエン酸およびマグネシウムのようなイオンの代謝、ならびに骨およびその有機成分の代謝の調節に関係している主要ホルモンである。ヒトにおいて、カルシトニンは、PTHに拮抗するように作用し、血漿カルシウムを減少させると考えられる。
【0009】
甲状腺は、厚い線維被膜に封入されている。深頚筋膜は前方および後方の鞘に分かれ、甲状腺のために緩く適用された疑似(false)被膜を形成する。甲状腺葉の前方に革帯筋が存在する。甲状腺の外側葉の後方面に位置するのは、傍甲状腺および喉頭反回神経であり、後者は、一般に、気管と食堂の間の溝(cleft)に存在する。甲状腺の外側葉は、気管を横切る峡部によって連結されている。多くの場合、錐体葉が存在する。錐体葉は、甲状腺軟骨の表面に存在する峡部から上向きに伸長する甲状腺組織の、長く細い突起である。それは、胚甲状舌管の痕跡を表す。
【0010】
甲状腺血管供給
甲状腺は多くの血液供給を有する。それの4つの主要動脈は、一対の上甲状腺動脈(外頸動脈から生じ、首において数センチ降下して、各甲状腺葉の上極に到達し、そこでそれらは分岐する)、および一対の下甲状腺動脈(各動脈は、鎖骨下動脈の甲状頸動脈から生じ、頸動脈の後を中間的に走り、甲状腺葉の下方または中央部分に後から入る)である。第五動脈、副甲状腺が存在する場合もあり、それは、冠動脈弓から生じ、中線において甲状腺に入る。
【0011】
甲状腺被膜の下に静脈叢が形成される。各葉は、上極において上甲状腺静脈によって、および葉の中間部分において中甲状腺静脈によって、排液され、その両方の静脈は、内頚静脈に入る。各下極から下甲状腺静脈が生じ、それらは直接的に無名静脈に入る。
【0012】
甲状腺神経支配
重要なことに、甲状腺は、自律神経系の交感神経性および副交感神経性部分の両方から神経支配を受ける。交感神経線維は、頚神経節から生じ、血管と一緒に入り、一方、副交感神経線維は、迷走神経に由来し、喉頭神経の枝を介して腺に到達する。甲状腺の、喉頭反回神経および上喉頭神経の外枝との関係は外科的に重要であり、何故なら、これらの神経への損傷は発音障害を生じうるからである。
【0013】
甲状腺細胞の交感神経支配は、小胞細胞におけるノルエピネフリンのアドレナリン作用性受容体を介して、甲状腺ホルモン放出において刺激作用を有することが報告されている。Endocrinology 1979;105:7-9。重要なことに、ヒト甲状腺は、コリン作用性副交換神経線維によっても神経支配される。Cell Tiss Res 1978;195:367-370。Biol Signals 1994;3:15-25も参照。他の哺乳動物種もコリン作用的に神経支配される甲状腺細胞を有することが知られている。例えば、Z. Mikrosk Anat Forsch Leipzig 1986;100:1,S,34-38(ブタ甲状腺はコリン作用的に神経支配される);Neuroendocrinology 1991;53:69-74(ラット甲状腺はコリン作用的に神経支配される);Endocrinology 1984;114:1266-1271(イヌ甲状腺はコリン作用的に神経支配される)を参照。
【0014】
迷走神経の刺激は、甲状腺血流および甲状腺ホルモン分泌の両方を増加することが報告されているが(Cell Tiss Res 1978;195:367-370)、これは明らかに、全迷走神経領域に帰する多くの反射作用を誘発しうる迷走神経刺激の広範囲な全身化した作用によるものである。従って、この観察から、迷走神経刺激が甲状腺に直接的に作用して、甲状腺ホルモン放出を増加させると推定するのは適切でない。
【0015】
重要なことに、甲状腺小胞細胞およびおそらくは緊密に関係しているC細胞による甲状腺ホルモン分泌における、コリン作用性副交感神経の作用は、抑制的であることは一致した見解である。Endocrinology 1979;105:7-9;Endocrinology 1984;114:1266-1271;Peptides 1985;6:585-589;Peptides 1987;8:893-897;およびBrazilian J Med Biol Res 1994;27:573-599。コリン作用性阻害がアトロピンによってブロックされる故に、甲状腺における直接的なコリン作用性の作用は、甲状腺小胞細胞のムスカリンアセチルコリン受容体によって媒介されると考えられる。Endocrinology 1979;105:7。甲状腺の非小胞カルシトニン分泌細胞の、甲状腺ホルモン分泌小胞細胞への近接は、C細胞における副交感神経作用も抑制的であるという推定に導く。
【0016】
現在の治療法
甲状腺疾患の治療法は、全身投与薬物、放射線療法および外科的切除を包含する。残念なことに、バセドウ病を包含する甲状腺疾患を治療する現在のこれらの3つの治療法は全て、重大な短所および欠点を有する。
【0017】
甲状腺機能亢進症の薬物療法は、抗甲状腺薬である、プロピルチオウラシル(PTU)およびメチマゾール(Tapazole)の使用を包含し、これら両薬物はヨウ化物の器官結合(organic binding)を阻害する。さらに、プロピルチオウラシルは、T4からT3への末梢変換を阻害する。注目すべきことに、プロピルチオウラシルの半減期は、約1.5時間にすぎず、メチマゾールの半減期は約6時間にすぎない。ポリチオウラシルの初期用量は、1日に200〜300mg、最大1200mgであり、8〜12時間ごとか、または多くの用量が必要とされる場合は4〜6時間ごとに投与される。メチマゾールの一般的な投与計画は、1〜3つに分けた用量において、1日に20〜40mgである。そのような薬物治療法は一般に12〜18ヶ月間にわたって処方される。
【0018】
よく知られているように、薬物投与における静脈内、経口または他の全身性経路は、吐き気、下痢および薬物耐性を包含する多くの好ましくない副作用を生じうる。さらに、患者は、薬物を摂取することを覚えておかなければならない。甲状腺機能亢進症の治療用の抗甲状腺薬、例えばカルビマゾール、メチマゾールおよびプロピルチオウラシルは、ホルモンを作る甲状腺の能力を抑制し、患者の甲状腺機能を正常にすることができるが、それらは吐き気、消化不良、皮膚発疹、関節痛、発熱およびリンパ腺浮腫も生じうる。付加的副作用は、好中球減少症および顆粒球減少症を包含する。プロプラノロール(1日数回の経口投与)のようなβアドレナリン作用性遮断薬は、過剰発汗、頻脈、手の震えおよび不安のような甲状腺機能亢進症の二次徴候の治療に使用されている。ヨウ素も、甲状腺ホルモンにおけるそれの抑制作用の故に、甲状腺機能亢進症の治療に使用されている。残念なことに、この作用は約3〜4週間持続するにすぎない。
【0019】
131I療法を使用する放射性ヨウ素療法は、甲状腺実質を部分的に破壊するのに充分な放射線量を投与するようにデザインされる。131Iの生物学的作用は、小胞細胞の核濃縮および壊死、後の、血管および支質線維症を包含する。マイクロキューリー(μCi)で示す輸送される131I用量は、次の式を使用して計算される:甲状腺の重量(gm)×用量(μCi/gm)/取り込み(%)。甲状腺の重量は触診によって推定され、24時間のヨウ素の取り込みを、123Iのトレーサー用量を使用して測定する。バセドウ病の治療に使用される131Iの用量は、70〜215μCi/gmである。高用量は、より低い再発に関係するが、治療後の最初の数年間の甲状腺機能低下症の高発生率にも関係する。
【0020】
甲状腺において濃縮する放射性ヨウ素(131I)を使用するような放射線療法は、放射線によって健康な組織を破壊し、毒性反応を生じ、放射線療法は潜在的に有害な作用を有する。特に、ヨウ素療法は、妊娠の最初の3ヶ月を越えた場合、または15才未満の子どもには使用されない。さらに、放射性ヨウ素治療の効果が明らかになるまでに、2〜3ヶ月を要する。さらに、甲状腺細胞の破壊は、後の甲状腺機能低下症を生じる場合がある。
【0021】
重大なことに、131Iで治療されたバセドウ病患者の約80%は、後に甲状腺機能低下になる。さらに、バセドウ病における甲状腺過剰活性の放射性ヨウ素での治療は、抗甲状腺薬での治療と比較して、種々の眼病症状を悪化させることが明らかである。Baylissらの前記文献69-70。
【0022】
バセドウ病の一般的な外科治療は、完全下甲状腺動脈に付着した残留甲状腺組織3〜5gを残す、大半の甲状腺切除から成る。治療の選択は、費用、年齢、甲状腺腫の大きさ、甲状腺中毒症の程度、妊娠状態、患者の選択、および初期治療への反応によって影響される。外科手術は、潜在的合併症および外見的影響の故に、バセドウ病の治療において最小限の役割を果たすにすぎず、他の療法が禁忌であるかまたは拒絶された患者においてのみ薦められる。
【0023】
外科手術の選択、即ち甲状腺切除は、甲状腺中毒症の治療法として、良性および悪性腫瘍を除去するために、甲状腺に起因する圧力症候(pressure symptoms)または呼吸閉塞を緩和するために、ある場合には、醜い甲状腺腫を除去するために、行われている。ビデオ補助による甲状腺切除を使用して、首における切開の長さを最小限にするか、または鎖骨の下かまたは首のかなり側面に切開を配置することによって切開を隠す。喉頭反回神経および傍甲状腺は、甲状腺葉切除が行われる際に見ることができる。機能不全甲状腺組織の外科的除去は有効な治療法でありうるが、それは不可逆的であり、外科医の技術にかなりの程度依存する。さらに、いくつかの甲状腺腫瘍および癌は、生体構造への近接または付着によって手術不能である。さらに、甲状腺切除に関する死亡率は極めて低いが(0.19%と報告されている)、最も主要な型を包含する全ての合併症を考慮した場合に罹患率は約13%である。
【0024】
外科手術から起こる合併症は、甲状腺機能低下症、甲状腺発症、傷感染、血腫形成を伴う傷出血、喉頭反回神経損傷、上皮小体機能低下症および気管軟化症を包含する。重要なことに、全部またはほぼ全部の甲状腺切除を受けた後、患者は生涯にわたって甲状腺ホルモン置換を受けなければならないか、または疲労、虚弱、鬱病、精神病、精神薄弱、昏睡および死を包含する粘液水腫の重度の症状および徴候に苦しまなければならない。
【0025】
注目すべきことに、外科的甲状腺切除を受けた甲状腺機能亢進症患者の約20%は、1年以内に甲状腺機能低下になる。さらに、手術の際の喉頭反回神経への損傷は、永久的なしゃがれ声を生じうる。さらに、傍甲状腺への外科手術中の損傷は、血中カルシウム濃度を低下させて、テタニーを生じうる。
【0026】
甲状腺低活性は食事のヨウ素欠乏によって生じ、その欠乏は甲状腺ホルモンの甲状腺細胞合成を妨げる。西洋においては、橋本病は甲状腺機能低下症の最も一般的な原因である。甲状腺機能低下症は、甲状腺過剰活性を治療する放射性ヨウ素治療または外科手術、ならびに下垂体疾患からも生じうる。甲状腺機能低下症の最良の治療法は、チロキシンでの置換療法である。甲状腺ホルモン置換による甲状腺機能低下症の治療は、好ましくない副作用を生じうる高価な薬剤を長期間にわたって毎日投与する必要がある。
【0027】
眼病
甲状腺機能亢進症は、交感神経系の過剰活性を生じ、その結果、眼瞼の退縮を生じる。他の眼疾患は、自己免疫性甲状腺機能亢進症(即ち、バセドウ病および橋本甲状腺炎)の結果として生じ、その際、自己抗体も眼筋に作用する。従って、突出または眼球突出(眼球が前方に出る)、液圧増加および失明を生じうる損なわれた眼液排出、眼筋麻痺(損なわれた眼筋調節)、複視(二重視)および失明を生じる。治療法は、瞼退縮を減少させるβブロッカー、眼瞼を下げて複視を矯正する外科手術、眼の自己免疫応答を抑制することによる眼突出を減少させるコルチコステロイド(例えばプレドニソンおよびメチルプレドニソロン)、および眼窩のX腺照射および眼窩を大きくする外科手術を包含する。
【0028】
重要なことに、前記のように、131Iでの甲状腺機能亢進症の治療は、抗甲状腺薬での治療と比較して、眼病をより悪化しうる。従って、潜在的合併症を伴い、技術を必要とする放射性ヨウ素または外科手術より、有効な薬剤治療が好ましい。
【0029】
従って、甲状腺疾患を治療する薬物療法、放射性ヨウ素療法および外科的療法のそれぞれは、重大な不随リスク、合併症、短所および欠点を有する。現在入手可能な薬剤は、甲状腺支持(prothyroid)作用に対するものとして、抗甲状腺作用のみを有し、全身投与される。明らかに、甲状腺機能亢進症を治療するのに有効な抗甲状腺薬、および甲状腺機能低下症を治療する甲状腺ホルモン置換の好適な代替物が極めて必要とされている。
【0030】
ボツリヌス毒素
嫌気性グラム陽性細菌クロストリジウム・ボツリヌスは、強力なポリペプチド神経毒素、ボツリヌス毒素を産生し、該毒素は、ヒトおよび動物において、ボツリヌス中毒症と称される神経麻痺疾患を引き起こす。クロストリジウム・ボツリヌスの胞子は土(soil)に見い出され、ボツリヌス中毒症の多くの場合の原因である家庭における缶詰作業(home based canneries)の不充分に滅菌され密閉された食品容器中で増殖しうる。ボツリヌス中毒症の作用は、クロストリジウム・ボツリヌス培養菌または胞子で汚染された食品を食べてから18〜36時間後に一般に現れる。ボツリヌス毒素は明らかに、消化管の内層を減毒せずに通過し、末梢運動ニューロンを攻撃することができる。ボツリヌス毒素中毒症の徴候は、歩行困難、嚥下困難および会話困難から、呼吸筋麻痺および死へと進行しうる。
【0031】
ボツリヌス毒素A型は、知られている最も致死性の高い天然生物薬剤である。約50ピコグラムの商業的入手可能なボツリヌス毒素A型(精製神経毒複合体)(Irvine, CaliforniaのAllergan, Incから商品名BOTOX(登録商標)として、100単位バイアルで入手可能。BOTOX(登録商標)の1単位は、約50ピコグラムのボツリヌス毒素A型複合体を含有する)は、マウスにおいてLD50である(即ち1単位)。興味深いことに、モルベースでは、ボツリヌス毒素A型は、ジフテリアより約18億倍、シアン化ナトリウムより約6億倍、コブラ毒素より約3000万倍、コレラより約1200万倍の致死性である。Singh, Critical Aspects of Bacterial Protein Toxins, p.63-84 (chapter 4), Natural Toxins II、B. R. Singhら編、Plenum Press, New York (1976)(該文献において、0.3ngのボツリヌス毒素A型のLD50は1Uに相当するという記載は、約0.05ngのBOTOX(登録商標)は1単位に相当するという事実に関して校正される)ボツリヌス毒素の1単位(U)は、各18〜20gの体重の雌Swiss Websterマウスに腹膜組織注射した際のLD50として定義される。
【0032】
7つの免疫学的に区別されるボツリヌス神経毒が特性決定されており、これらはそれぞれボツリヌス神経毒抗原型A、B、C1、D、E、FおよびGであり、それぞれ、型特異性抗体での中性化によって識別される。ボツリヌス毒素の種々の抗原型は、それらが作用する動物種、およびそれらが誘発する麻痺の程度および期間において異なる。例えば、ボツリヌス毒素A型は、ラットにおいて生じた麻痺の割合(rate)によって測定した場合に、ボツリヌス毒素B型より500倍強力であることが分かった。さらに、ボツリヌス毒素B型は、霊長動物において480U/kgの用量で非毒性であることが分かり、これはボツリヌス毒素A型の霊長動物LD50の約12倍である。ボツリヌス毒素は明らかに、コリン作用性運動神経に高親和性を有して結合し、ニューロンに転位し、アセチルコリンの放出を遮断する。
【0033】
ボツリヌス毒素は、活動亢進骨格筋を特徴とする神経筋疾患の治療用の臨床設定において使用されている。ボツリヌス毒素A型は、眼瞼痙攣、斜視および顔面半分の痙攣の治療に関して、米国食品医薬品局によって承認されている。非A型ボツリヌス毒素抗原型は明らかに、ボツリヌス毒素A型と比較して低い有効性および/または短い活性期間を有する。末梢筋肉内ボツリヌス毒素A型の臨床効果は、注射から1週間以内に一般に見られる。ボツリヌス毒素A型の単一筋肉注射からの症候軽減の一般的な期間は、平均して約3ヶ月である。
【0034】
全てのボツリヌス毒素抗原型は、神経筋接合部における神経伝達物質アセチルコリンの放出を明らかに阻害するが、それらは、種々の神経分泌性タンパク質に作用し、および/または種々の部位でこれらのタンパク質を分解することによって、それを行う。例えば、ボツリヌス毒素A型およびE型の両方は、25キロダルトン(kD)シナプトソーム関連タンパク質(SNAP−25)を分解するが、それらはこのタンパク質の異なるアミノ酸配列を標的とする。ボツリヌス毒素B、D、FおよびG型は、小胞関連タンパク質(VAMP、シナプトブレビンとも称される)において作用し、各抗原型は、異なる部位においてタンパク質を分解する。最後に、ボツリヌス毒素C1型は、シナタキシンおよびSNAP−25の両方を分解することが示されている。作用メカニズムにおけるこれらの違いは、種々のボツリヌス毒素抗原型の相対的有効性および/または作用期間に影響を与えると考えられる。重要なことに、膵島B細胞のサイトソルは、少なくともSNAP−25(Biochem J 1;339(pt1):159-65(1999年4月))、およびシナプトブレビン(Mov Disord 1995年5月;10(3):376)を含有することが知られている。
【0035】
既知の7つの全てのボツリヌス毒素抗原型の分子量は約150kDである。興味深いことに、ボツリヌス毒素は、150kDボツリヌス毒素タンパク質分子および関連した非毒素タンパク質を含んで成る複合体として、クロストリジウム属細菌によって放出される。従って、ボツリヌス毒素A型複合体は、クロストリジウム属細菌によって、900kD、500kDおよび300kD形として産生される。ボツリヌス毒素B型およびC1型は明らかに、500kD複合体としてのみ産生される。ボツリヌス毒素D型は、300kDおよび500kD複合体の両方として産生される。最後に、ボツリヌス毒素E型およびF型は、ほぼ300kDの複合体としてのみ産生される。複合体(即ち、約150kDより大きい分子量)は、非毒素赤血球凝集素タンパク質および非毒素および非毒性非赤血球凝集素タンパク質を含有すると考えられる。これらの2つの非毒素タンパク質(ボツリヌス毒素分子と共に、関連した神経毒複合体を含んで成る)は、ボツリヌス毒素分子への変性に対する安定性、毒素が摂取された場合の消化器官の酸(digestive acids)に対する保護を与える作用をすると考えられる。さらに、大きい(約150kD分子量より大きい)ボツリヌス毒素複合体は、ボツリヌス毒素の筋肉注射部位からボツリヌス毒素が拡散する速度を遅くすることもできる。
【0036】
生体外試験は、脳幹組織の一次細胞培養物からの、アセチルコリンおよびノルエピネフリンの両方のカリウムカチオン誘発放出を、ボツリヌス毒素が阻害することを示している。さらに、ボツリヌス毒素は、脊髄ニューロンの一次培養物におけるグリシンおよびグルタメートの両方の誘発放出を阻害すること、および脳シナプトソーム試料において、ボツリヌス毒素が、神経伝達物質アセチルコリン、ドーパミン、ノルエピネフリン、CGRPおよびグルタメートのそれぞれの放出を阻害することが報告されている。
【0037】
ボツリヌス毒素A型は、発酵槽においてクロストリジウム・ボツリヌスの培養物を定着させ、増殖させ、次に、採収し、既知の手順によって発酵混合物を精製することによって得られる。全てのボツリヌス毒素抗原型は、初めに不活性一本鎖タンパク質として合成され、プロテアーゼによって分解するかまたはニックを入れて神経活性にしなければならない。ボツリヌス毒素抗原型AおよびGを作る細菌株は、内因性プロテアーゼを有し、従って、抗原型AおよびGは、主としてそれらの活性形態において、細菌培養物から採収することができる。これに対して、ボツリヌス毒素抗原型C1、DおよびEは、非タンパク質分解菌株によって合成され、従って、培養物から採収した際に、一般に非活性である。抗原型BおよびFは、タンパク質分解および非タンパク質分解菌株の両方によって産生され、従って、活性または非活性形態で採収することができる。しかし、例えばボツリヌス毒素抗原型Bを産生するタンパク質分解菌株でさえ、産生された毒素の一部を分解するにすぎない。ニック分子/非ニック分子の正確な比率は、培養時間および培養温度に依存する。従って、ある試料、例えばボツリヌス毒素B型のある割合は不活性になる場合があり、おそらくは、ボツリヌス毒素A型と比較して、ボツリヌス毒素B型の既知の有意に低い有効性を説明するものであると考えられる。臨床試料における不活性ボツリヌス毒素分子の存在は、試料の全体的タンパク質負荷に寄与し、これは、それの臨床効果に寄与せずに、増加した抗原性に関係づけられる。さらに、ボツリヌス毒素B型は、筋肉注射した際に、短い活性期間を有し、同じ用量レベルのボツリヌス毒素A型より低い有効性であることが知られている。
【0038】
高品質の結晶質ボツリヌス毒素A型は、≧3x107U/mg、0.60未満のA260/A278、およびゲル電気泳動における明確なバンドパターンを特徴とするクロストリジウム・ボツリヌスのHall A菌株から製造することができる。Shantz, E.J.,ら、Properties and use of Botulinum toxin and Other Microbial Neurotoxins in Medicine, Microbiol Rev. 56:80-99(1992)に記載されているように、既知のShantz法を使用して、結晶質ボツリヌス毒素A型を得ることができる。一般に、ボツリヌス毒素A型複合体は、好適な培地においてクロストリジウム・ボツリヌスA型を培養することによって、嫌気性発酵から単離し、精製することができる。既知の方法を使用して、非毒素タンパク質からの分離後に、下記のような純粋ボツリヌス毒素を得ることもできる:分子量約150kD、比力価(specific potency)1〜2x108LD50U/mgまたはそれ以上を有する精製ボツリヌス毒素A型;分子量約156kD、比力価1〜2x108LD50U/mgまたはそれ以上を有する精製ボツリヌス毒素B型;および、分子量約155kD、比力価1〜2x107LD50U/mgまたはそれ以上を有する精製ボツリヌス毒素F型。
【0039】
既に製造され、精製されたボツリヌス毒素および毒素複合体を、List Biological Laboratories, Inc,, Campbell, California;the Centre for Applied Microbiology and Research, Porton Down, U.K.;Wako(大阪、日本);ならびにSigma Chemicals, St. Louis, Missouriから得ることができる。
【0040】
純粋ボツリヌス毒素は極めて不安定であるので、医薬組成物の製造に一般に使用されない。さらに、ボツリヌス毒素複合体、例えば、毒素A型は、表面変性、熱およびアルカリ性条件による変性を極めて受けやすい。不活性化毒素は、免疫原になる場合もあるるトキソイドタンパク質を形成する。得られる抗体は、患者を毒素注射に対して無反応性にする。
【0041】
一般に酵素と同様に、ボツリヌス毒素の生物学的活性(細胞内ペプチダーゼ)は、それらの立体配置に少なくとも部分的に依存する。従って、ボツリヌス毒素A型は、熱、種々の化学物質表面伸長(stretching)および表面乾燥によって解毒される。さらに、既知の培養、発酵および精製によって得られる毒素複合体の、医薬組成物製剤に使用されるかなり低い毒素濃度への稀釈は、好適な安定剤が存在しない場合は、毒素の急速な解毒を生じることが知られている。ミリグラム量から、1mLにつきナノグラムを含有する溶液への毒素の稀釈は、そのような高稀釈後の比毒性(specific toxicity)の急速な損失の故に、極めて困難である。毒素は、毒素含有医薬組成物を処方してから数ヶ月または数年間にわたって使用される場合があるので、毒素はアルブミンのような安定剤を使用して処方しなければならない。
【0042】
商業的に入手可能なボツリヌス毒素含有医薬組成物は、商品名BOTOX(登録商標)(Allergan Inc, Irvine, Californiaから入手可能)として販売されている。BOTOX(登録商標)は、滅菌真空乾燥形態で包装された精製ボツリヌス毒素A型複合体、アルブミンおよび塩化ナトリウムから成る。ボツリヌス毒素A型は、N−Zアミンおよび酵母エキスを含有する培地で増殖させたクロストリジウム・ボツリヌスのHall菌株の培養物から製造される。ボツリヌス毒素A型複合体を、一連の酸沈殿によって培養液から精製して、活性な高分子量毒素タンパク質および関連した赤血球凝集素タンパク質から成る結晶質複合体を得る。結晶質複合体を、生理食塩水およびアルブミンを含有する溶液に再溶解し、滅菌濾過し(0.2ミクロン)、真空乾燥する。BOTOX(登録商標)は、筋肉注射の前に、滅菌非保存生理食塩水を使用して再構成することができる。BOTOX(登録商標)の各バイアルは、防腐剤を含有しない滅菌真空乾燥形態において、約100単位(U)のクロストリジウム・ボツリヌス毒素A型精製神経毒複合体、0.5mgのヒト血清アルブミンおよび0.9mgの塩化ナトリウムを含有する。
【0043】
BOTOX(登録商標)は、0.9%の塩化ナトリウム注射剤で再構成することができる。BOTOX(登録商標)は、泡立ちまたは同様の激しい撹拌によって変性しうるので、稀釈剤をバイアルにゆっくり注入する。BOTOX(登録商標)は、再構成後4時間以内に投与しなければならない。この間、BOTOX(登録商標)は冷蔵庫(2℃〜8℃)に保存される。再構成BOTOX(登録商標)は、透明、無色、粒状物質不含である。真空乾燥製剤は、冷凍庫、または−5℃未満で保存する。BOTOX(登録商標)は、バイアルを冷凍庫から取り出して再構成してから4時間以内に投与される。この4時間の間、再構成したBOTOX(登録商標)を冷蔵庫(2℃〜8℃)に保存することができる。再構成BOTOX(登録商標)は、透明、無色、粒状物質不含である。
【0044】
ボツリヌス毒素A型は、下記のような臨床設定において使用されていることが報告されている:
(1) 頚部失調の治療のための、筋肉注射(多重筋)につき約75〜125単位のBOTOX(登録商標);
(2) 眉間皺(前額溝)の治療のための、筋肉注射につき5〜10単位のBOTOX(登録商標)(5単位は鼻根筋に筋肉注射し、10単位は各皺眉筋に筋肉注射する);
(3) 恥骨直腸筋の括約筋注射による便秘の治療のための、約30〜80単位のBOTOX(登録商標);
(4) 上眼瞼の外側前瞼板眼輪筋および下眼瞼の外側前瞼板眼輪筋に注射することによる眼瞼痙攣の治療のための、筋肉につき約1〜5単位の筋肉注射BOTOX(登録商標);
(5) 斜視の治療のために、眼外筋に約1〜5単位のBOTOX(登録商標)を筋肉注射し、注射する量は、注射される筋肉の大きさ、および所望される筋肉麻痺の程度(即ち、所望される屈曲矯正の量)の両方に基づいて変化する;
(6) 卒中後の上眼瞼痙攣の治療のための、下記の5種類の上眼瞼屈筋へのBOTOX(登録商標)の筋肉注射:
(a) 深指屈筋: 7.5U〜30U
(b) 浅指屈筋: 7.5U〜30U
(c) 尺側毛根屈筋: 10U〜40U
(d) とう側毛根屈筋: 15U〜60U
(e) 上腕二頭筋: 50U〜200U
指定した5つの筋肉はそれぞれ、同じ治療期間において注射され、従って、患者は、各治療期間において筋肉注射によって、上眼瞼屈筋に90U〜360UのBOTOX(登録商標)を投与される;
(7) 片頭痛を治療するための、25UのBOTOX(登録商標)の頭蓋骨膜注射(眉間筋、前頭筋および側頭筋に対称的に注射される)は、賦形剤と比較した場合に、25Uの注射から三ヶ月間の偏頭痛頻度、最大重度、関連した嘔吐、および急性薬剤使用の減少によって、偏頭痛の予防措置として極めて有効であることを示した。
【0045】
種々の臨床疾患の治療におけるボツリヌス毒素A型の成功は、他のボツリヌス毒素抗原型への関心を高めている。商業的に入手可能な2つのボツリヌスA型製剤(BOTOX(登録商標)およびDysport(登録商標))、およびボツリヌス毒素B型およびF型製剤(両方ともWako Chemicals, Japanから入手できる)の試験を行って、局部筋肉虚弱化作用、安全性、抗原潜在性が評価された。ボツリヌス毒素製剤を、右ひ腹筋の上部(0.5〜200.0単位/kg)に注射し、マウス外転スコアリングアッセイ(DAS)を使用して筋肉虚弱を評価した。用量反応曲線によりED50値を計算した。別のマウスに筋肉注射して、LD50用量を求めた。治療指標をLD50/ED50として計算した。マウスの分離したグループに、BOTOX(登録商標)(5.0〜100単位/kg)またはボツリヌス毒素B型(50.0〜400.0単位/kg)を後足に注射し、筋肉虚弱および増加した水消費について試験し、後者は口腔乾燥の推定モデルであった。抗原潜在性は、ウサギにおける毎月の筋肉注射によって評価した(ボツリヌス毒素B型について1.5または6.5ng/kg、BOTOX(登録商標)については0.15ng/kg)。ピーク筋肉虚弱および期間は、全ての抗原型について用量に関係していた。DAS ED50値(単位/kg)は以下の通りであった:BOTOX(登録商標):6.7、Dysport(登録商標):24.7、ボツリヌス毒素B型:27.0〜244.0、ボツリヌス毒素F型:4.3。BOTOX(登録商標)は、ボツリヌス毒素B型またはボツリヌス毒素F型より長い作用持続時間を有していた。治療指数値は、以下の通りであった:BOTOX(登録商標):10.5、Dysport(登録商標):6.3、ボツリヌス毒素B型:3.2。水消費は、BOTOX(登録商標)よりボツリヌス毒素B型を注射したマウスにおいて多かったが、ボツリヌス毒素B型は、筋肉の虚弱化において低い有効性であった。注射から4ヶ月後、4匹のうちの2匹(1.5ng/kgで措置)および4匹のうちの4匹(6.5ng/kgで措置)のウサギは、ボツリヌス毒素B型に対する抗体を示した。分離した試験において、BOTOX(登録商標)で処理したウサギ9匹のうち0匹が、ボツリヌス毒素A型に対する抗体を示した。DAS結果は、ボツリヌス毒素A型の相対ピーク潜在性はボツリヌス毒素F型と同じであり、ボツリヌス毒素F型はボツリヌス毒素B型より高いことを示す。作用持続時間に関して、ボツリヌス毒素A型はボツリヌス毒素B型より長く、ボツリヌス毒素B型の作用持続時間はボツリヌス毒素F型より長い。治療指数値で示されるように、ボツリヌス毒素A型の2つの市販製剤(BOTOX(登録商標)およびDysport(登録商標))は異なる。ボツリヌス毒素B型を後足に注射した後に観察される増加した水消費挙動は、この抗原型の臨床的に有意な量がマウスの全身性循環に入ったことを示す。その結果は、ボツリヌス毒素A型に比較しうる有効性を得るために、試験した他の抗原型の用量を増加しなければならないことも示す。増加される投与量は、安全性を含みうる(can comprise safety)。さらに、ウサギにおいて、抗原型BはBOTOX(登録商標)より抗原性であり、その理由はおそらく、ボツリヌス毒素B型の有効用量を得るために注射されたタンパク質高負荷であると考えられる。Eur J Neurol 1999 Nov;6(Suppl 4):S3-S10。
【0046】
アセチルコリン
一般に、唯1つの型の小分子神経伝達物質が、哺乳動物神経系における各ニューロン型によって放出される。神経伝達物質アセチルコリンは、脳の多くの領域におけるニューロンによって分泌されるが、特に、運動皮質の大きい錐体細胞、大脳基底核におけるいくつかの種類の異なるニューロン、骨格筋を刺激する運動ニューロン、自律神経系(交感神経および副交感神経の両方)の神経節前ニューロン、副交感神経系の神経節後ニューロン、および交感神経系のいくつかの神経節後ニューロンによって分泌される。特に、交感神経系の大部分の神経節後ニューロンは神経伝達物質ノルエピネフィン(norepinephine)を分泌するので、汗腺、立毛筋および少しの血管への神経節後交感神経線維だけが、コリン作用性である。ほとんどの場合、アセチルコリンは興奮作用を有する。しかし、アセチルコリンは、いくつかの末梢副交感神経末端において、迷走神経による心拍の阻害のような阻害作用を有することが既知である。
【0047】
自律神経系の遠心性信号は、交感神経系または副交感神経系を介して身体に伝達される。交感神経系の神経節前ニューロンは、脊髄の中間外側角に位置する神経節前交感神経ニューロン細胞体から伸長する。細胞体から伸長する神経節前交感神経線維は、脊椎傍交感神経節または脊椎前神経節に位置する神経節後ニューロンとシナプスを形成する。交感神経系および副交感神経系の両方の神経節前ニューロンはコリン作用性であるので、神経節へのアセチルコリンの適用は、交感神経および副交感神経の神経節後ニューロンを刺激する。
【0048】
アセチルコリンは、2種類の受容体、ムスカリン受容体およびニコチン受容体を活性化する。ムスカリン受容体は、副交感神経系の神経節後ニューロンによって刺激される全てのエフェクター細胞、ならびに交感神経系の神経節後コリン作用性ニューロンによって刺激されるエフェクター細胞に見い出される。ニコチン受容体は、交感神経および副交感神経の両方の神経節前ニューロンと神経節後ニューロンとの間のシナプスにおいて見い出される。ニコチン受容体は、神経筋接合部における骨格筋繊維の多くの膜にも存在する。
【0049】
アセチルコリンは、小さい透明(clear)な細胞内小胞がシナプス前ニューロン細胞膜と融合する際に、コリン作用性ニューロンから放出される。種々の非ニューロン分泌細胞、例えば、副腎随質(ならびにPC12細胞系)および膵島細胞は、それぞれカテコールアミンおよび甲状腺ホルモンを、大きい濃染される芯をもつ小胞(large dense-core vesicles)から放出する。PC12細胞系は、交感神経副腎発達(sympathoadrenal development)の試験用の組織培養モデルとして広く使用されているラットのクロム親和性細胞腫細胞のクローンである。ボツリヌス毒素は、神経除去した細胞に毒素を浸透させる(例えば、電気穿孔法による)かまたは直接注射によって、生体外において両方の種類の細胞からの両方の種類の化合物の放出を阻害する。ボツリヌス毒素は、皮質シナプトソーム細胞培養物からの神経伝達物質グルタミン酸塩の放出を遮断することも知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0050】
従って、甲状腺疾患の治療のための、有効な、長期間持続性、非外科的切除、非放射線療法、非全身性薬剤投与の治療薬および治療法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0051】
本発明はこの要求を満たし、有効な、非外科的切除、相対的に長期間持続、非放射線療法、非全身性薬剤投与の、甲状腺疾患の治療法を提供する。甲状腺疾患の治療用の本発明の薬剤は、神経毒である。重要なことに、神経毒の局所投与の部位および投与される神経毒の量のような要因に依存して、同じ神経毒を、甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症、低カルシウム血症および高カルシウム血症の治療に使用することができる。
【0052】
本明細書において使用される「局所投与」という用語は、甲状腺、または甲状腺細胞(例えば、甲状腺小胞細胞または甲状腺C細胞)を神経支配する交感神経節への、神経毒の直接的注射を意味する。全身性の投与経路、例えば経口および静脈投与経路は、神経毒の「局所投与」に含まれない。
【0053】
本明細書において使用される「甲状腺ホルモン(単数)」という用語は、チオキシン(T4)を意味するが、「甲状腺ホルモン(複数)」は、トリヨードチロニン(T3)およびチロキシン(T4)を意味する。
【0054】
本発明の甲状腺疾患治療法は、治療に有効な量の神経毒を患者に投与し、それによって甲状腺疾患を治療することによって実施することができる。治療される甲状腺疾患が甲状腺機能低下症である場合に、神経毒を患者に投与することができる。または、治療される甲状腺疾患が甲状腺機能亢進症である場合に、甲状腺を神経支配する交感神経節に神経毒を投与することができる。
【0055】
本発明によって甲状腺疾患を治療する詳細な方法は、治療に有効な量のボツリヌス毒素を患者に投与する段階を含んで成る。すなわち、本発明の甲状腺機能低下症の治療法は、治療に有効な量のボツリヌス毒素を局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺細胞からの不足した甲状腺ホルモン分泌を増加させ、甲状腺機能低下症を効果的に治療する。さらに、甲状腺機能亢進症を治療する本発明の方法は、甲状腺細胞を神経支配する交感神経節に、治療に有効な量のボツリヌス毒素を局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺細胞からの過剰な甲状腺ホルモン分泌を減少させ、従って、甲状腺機能亢進症を効果的に治療する。
【0056】
神経毒は、約10−3U/kg〜約35U/kgの量で投与することができる。35U/kgは、ボツリヌス毒素A型のようなある種の神経毒の致死量に近いので、上限である。ボツリヌス毒素B型のような他のボツリヌス毒素を、数オーダーの高投与量において、安全に投与することができる。好ましくは、神経毒は、約10−2U/kg〜約25U/kgの量で投与される。より好ましくは、神経毒は、約10−1U/kg〜約15U/kgの量で投与される。最も好ましくは、神経毒は、約1U/kg〜約10U/kgの量で投与される。多くの場合、約1単位〜約500単位の神経毒、例えばボツリヌス毒素A型の投与が、有効な長期間持続する治療的軽減を与える。より好ましくは、約5単位〜約300単位の神経毒、例えばボツリヌス毒素A型を使用することができ、最も好ましくは、約10単位〜約200単位の神経毒、例えばボツリヌス毒素A型を使用することができ、甲状腺または交感神経節のような標的組織に局所投与して有効な結果を得ることができる。本発明の特に好ましい実施態様においては、約10単位〜約100単位のボツリヌス毒素、例えばボツリヌス毒素A型を、甲状腺または交感神経節のような標的組織に局所投与して、治療的に有効な結果を得ることができる。
【0057】
クロストリジウム属細菌、例えばクロストリジウム・ボツリヌス、クロストリジウム・ブチリカム、クロストリジウム・ベラッティまたはクロストリジウム・テタニ細菌によって、神経毒を作ることができる。さらに、神経毒は、改質神経毒、即ち、生または野生型神経毒素と比較して少なくとも1つのアミノ酸が、欠失、改質または置換されている神経毒であることができる。さらに、神経毒は、組換え生成神経毒またはその誘導体またはフラグメントであることもできる。
【0058】
神経毒は、ボツリヌス毒素抗原型A、B、C1、D、E、FまたはGの1つのようなボツリヌス毒素であることができる。好ましくは、神経毒はボツリヌス毒素A型であり、神経毒は、甲状腺または甲状腺を神経支配する交感神経節への神経毒の直接注射によって局所投与される。
【0059】
甲状腺疾患を治療する本発明の方法の詳細な実施態様は、治療に有効な量のボツリヌス毒素をヒト患者の甲状腺に注射する段階を含んで成り、それによって、甲状腺細胞からの甲状腺ホルモン分泌を増加させ、甲状腺疾患を治療することができる。
【0060】
ヒト患者の甲状腺疾患を治療する本発明の方法の他の詳細な実施態様は、治療に有効な量のボツリヌス毒素A型を、コリン作用的に影響を受けるヒト患者の甲状腺細胞に局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺細胞からのコリン作用的に影響を受ける欠乏甲状腺ホルモン分泌を増加させて、甲状腺疾患を治療することができる。
【0061】
本発明の他の方法は、患者の交感神経系に神経毒を投与することによって、甲状腺疾患を治療する方法である。この方法において、甲状腺細胞を神経支配する交感神経節に神経毒が局所投与され、甲状腺疾患は甲状腺機能亢進症である。
【0062】
ヒト患者の甲状腺疾患を治療する本発明の方法の詳細な実施態様は、生体内において、治療に有効な量のボツリヌス毒素を、患者の甲状腺細胞を神経支配する交感神経節に局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺細胞からの過剰甲状腺ホルモン分泌を減少させ、、甲状腺機能亢進症を治療することができる。
【0063】
本発明の詳細な実施態様は、治療に有効な量のボツリヌス毒素をヒト患者の甲状腺に注射することによって甲状腺疾患を治療する方法であって、それによって、甲状腺細胞からの甲状腺ホルモンの分泌を増加させて甲状腺疾患を治療する。好ましくは、治療される分泌はコリン作用的に影響を受ける分泌であり、使用されるボツリヌス毒素はボツリヌス毒素A型であるが、ボツリヌス毒素は、ボツリヌス毒素A、B、C(即ちC1)、D、E、FおよびG型から成る群から選択することもできる。
【0064】
本発明は、高カルシウム血症を治療する方法も包含し、該方法は、治療に有効な量のボツリヌス毒素を甲状腺C細胞に局所投与することを含んでなり、それによって、甲状腺C細胞からの欠乏カルシトニン分泌を増加させて、高カルシウム血症を治療する。さらに、本発明は、低カルシウム血症を治療する方法も包含し、該方法は、治療に有効な量のボツリヌス毒素を、甲状腺C細胞を神経支配する副交感神経節に局所投与することを含んでなり、それによって、甲状腺C細胞からの欠乏カルシトニン分泌を増加させて、低カルシウム血症を治療する。
【発明を実施するための形態】
【0065】
本発明は、患者への神経毒の生体内投与によって、甲状腺疾患を治療しうるという発見に基づいている。従って、患者の甲状腺への神経毒の投与は、甲状腺ホルモン分泌における阻害性コリン作用を除去することができ、それによって甲状腺機能低下症の有効な治療法を提供する。さらに、甲状腺を神経支配する交感神経節への神経毒の投与は、甲状腺ホルモン分泌における刺激性アドレナリン作用を除去することができ、それによって、甲状腺機能亢進症の有効な治療法を提供する。
【0066】
従って、甲状腺疾患は、本発明によれば、(a)甲状腺への神経毒素の局所投与、または(b)患者の交感神経節への神経毒の局所投与、の選択的治療法によって治療するこができ、それによって、甲状腺細胞からの分泌の増加、または甲状腺細胞からの分泌の減少をそれぞれ生じる。
【0067】
特定の神経毒、ボツリヌス毒素を使用して劇的改善効果を伴って甲状腺疾患を治療することができ、それによって、経口甲状腺ホルモン(甲状腺機能低下症の治療用)または放射性ヨウ素(甲状腺機能亢進症の治療用)のような現在の治療法に有意に取って代わることを見い出した。重要なことに、本発明による、甲状腺への、ボツリヌス毒素のような神経毒の単一局所投与は、甲状腺ホルモン分泌を増加させることができ、それによって甲状腺機能低下症の症状を治療することができる。本発明による、甲状腺を神経支配する交感神経節へのボツリヌス毒素のような神経毒の単一局所投与は、甲状腺ホルモン分泌を減少させ、それによって甲状腺機能亢進症の症状を治療しうることも見い出した。いずれの場合も、1回の神経毒投与によって、甲状腺疾患の徴候を少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって軽減することができる。注目すべきことに、ボツリヌス毒素によって措置された神経節組織は、毒素の注射後27ヶ月にもわたって、減少した分泌活性を示しうることが報告されている。Laryngoscope 1999;109:1344-1346, Laryngoscope 1998;108:381-384。
【0068】
本発明によって治療しうる甲状腺機能低下症は、甲状腺の副交感神経支配の甲状腺ホルモン分泌における阻害活性を原因要素として有する甲状腺機能低下症である。従って、例えば、食事のヨウ素欠乏または抗甲状腺抗体の作用だけから直接的に生じる甲状腺機能低下症の治療は、本発明に含まれない。同様に、本発明によって治療しうる甲状腺機能亢進症は、甲状腺の交感神経支配の甲状腺ホルモン分泌における刺激活性を原因要素として有する甲状腺亢進症である。従って、例えば、甲状腺における甲状腺刺激抗体の作用だけから直接的に生じる甲状腺機能亢進症の治療は、本発明に含まれない。
【0069】
注目すべきことに、阻害性副交感神経活性を包含する要因の組合せから生じる甲状腺機能低下症は、本発明の方法によって治療しうる。同様に、刺激性交感神経活性を包含する要因の組合せから生じる甲状腺機能亢進症も、本発明の方法によって治療しうる。
【0070】
甲状腺への神経毒の局所投与
本発明の好ましい実施態様は、患者の甲状腺に、神経毒(例えばボツリヌス毒素A型)を、1〜500単位、好ましくは10〜200単位、最も好ましくは20〜100単位で注射し、それによって、甲状腺小胞ホルモン分泌を「減少」させることである。本発明は、過形成性、高張性または肥大性の甲状腺小胞細胞による、甲状腺疾患の治療も包含する。甲状腺疾患は、機能不全甲状腺細胞を神経支配するコリン作用性神経節後副交感神経に、神経毒、例えば10〜500単位のボツリヌス毒素A型を局所投与することによって効果的に治療しうる。理論に縛られるわけではないが、ボツリヌス毒素は、甲状腺小胞細胞を神経支配するコリン作用性神経節後副交感神経線維からのアセチルコリン神経伝達物質の放出を阻害することによって作用すると考えられる。
【0071】
ボツリヌス毒素のような神経毒を生体内において甲状腺に局所投与し、それによって、甲状腺小胞細胞の分泌活性における阻害作用を除去する。甲状腺小胞細胞は、コリン作用的に神経支配されるか、または高毒素投与を受けやすく、それによって、毒素のタンパク質分解軽鎖が、甲状腺細胞の分泌活性に影響を与えるコリン作用性ニューロンによって取り込まれる。
【0072】
従って、コリン作用的に神経支配される甲状腺細胞は、ボツリヌス毒素のような神経毒の局所投与によって治療することができる。局所投与は、神経毒を、治療される甲状腺細胞に直接的かまたはすぐ近くに投与することを意味する。
【0073】
特定の適切な投与量は、前記の要素に基づいて当業者によって容易に求めることができる。投与量は、治療されるかまたは神経除去される甲状腺組織質量、および毒素の市販製剤にも依存する。従って、ヒトにおける適切な投与量の推定値は、他の組織の効果的神経除去に必要とされるボツリヌスの量を求めることによって得られる。従って、注射されるボツリヌス毒素A型の量は、治療される甲状腺組織の質量および活性レベルに比例する。一般に、約0.01〜35単位/kg患者体重のボツリヌス毒素、例えばボツリヌス毒素A型を投与して、甲状腺への神経毒の投与後の毒素誘発甲状腺組織分泌上方調節(up regulation)を効果的に達成できる。約0.01U/kg未満のボツリヌス毒素は、甲状腺細胞の分泌活性において有意な治療効果を示さないが、約35U/kgより多いボツリヌス毒素は、神経毒の毒性用量に近づく。注射針の注意深い配置、および使用される神経毒の低容量は、ボツリヌス毒素の有意量が全身的に現れるのを防止する。より好ましい用量範囲は、BOTOX(登録商標)のように処方されたボツリヌス毒素約0.01U/kg〜約25U/kgである。投与されるボツリヌス毒素の実際の量(U/kg)は、治療される甲状腺組織の活性レベル、および選択された投与経路に依存する。ボツリヌス毒素A型は、本発明の方法に使用するのに好ましいボツリヌス毒素抗原型である。
【0074】
クロストリジウム神経毒のニューロン選択性は、高選択性結合および細胞侵入メカニズムの結果であることが報告されている。ボツリヌス毒素の作用部位は、毒素がそこに急速に結合し、コリン作用性ニューロンからのアセチルコリンの放出を妨げる神経筋接合部であるが、クロストリジウム神経毒は、高濃度の神経毒を長期間にわたって細胞と一緒に培養した場合に、低親和性受容体を介してある種の神経分泌細胞(例えばPC12細胞)に入りうることが既知である。このプロセスは、神経筋接合部に存在する高特異性および高親和性受容体と異なる受容体を介する通路を使用すると考えられる。さらに、ある種のクロストリジウム毒素は、マクロファージのような食細胞における作用を有することが報告されており、細胞への侵入は、これらの細胞の特異性食細胞活性によると推測される。さらに、ボツリヌス毒素A型を使用する、ある種のアジポサイト(即ち、脂肪細胞)の培養は、脂肪細胞によるグルコースの取り込みを阻害することが報告されている。グルコース取り込みの阻害のメカニズムは明らかに、サイトゾル循環性膜小胞(cytosolic, recyclable membrane vesicles)(RMV)の形質膜融合または接合の毒素阻害によるものであり、該RMVはグルコース輸送体タンパク質を含有する。PCT公開WO94/21300。
【0075】
ボツリヌス毒素は、コリン作用性シナプス前末梢運動神経に対して、既知の結合親和性を有することが知られているが、ボツリヌス毒素は、種々の非ニューロン分泌細胞に結合し、その中に転位しうることが報告されており、該細胞において、毒素は、既知の方法で、それの各分泌管膜接合タンパク質(secretory vessel-membrane docking protein)におけるエンドプロテアーゼとして作用する。甲状腺細胞を神経支配するコリン作用性ニューロンに対するボツリヌス毒素の親和性と比較して、甲状腺細胞のような分泌細胞に対するボツリヌス毒素の相対的に低い親和性の故に、ボツリヌス毒素は、分泌組織または腺性組織に注射して、毒素の局所高濃度を得ることができ、それによって、コリン作用性ニューロンおよび直接的に甲状腺分泌細胞の両方における毒素の作用を助長する。従って、本発明は、標的甲状腺細胞がコリン作用性神経支配をほとんど有さないか、または有さない甲状腺疾患の治療に適用することができる。
【0076】
好ましくは、本発明の方法を実施するのに使用される神経毒は、ボツリヌス毒素、例えば、抗原型A、B、C、D、E、FまたはGのボツリヌス毒素のうちの1つである。使用されるボツリヌス毒素は、ヒトにおける高有効性、容易入手性、および筋肉注射によって局所用途した場合の骨格筋および平滑筋疾患の治療についての既知の安全かつ有効な使用の故に、ボツリヌス毒素A型であるのが好ましい。
【0077】
本発明は、患者の甲状腺細胞疾患を治療するために局所投与した場合に、長期間の治療効果を有するあらゆる神経毒の使用を包含する。クロストリジウム・ボツリヌス、クロストリジウム・ブチリカムおよびクロストリジウム・ベラッティのような、毒素産生クロストリジウム細菌種のいずれかによって作られる毒素を、本発明の方法に使用するか、または使用のために適合させることができる。さらに、全てのボツリヌス抗原型A、B、C、D、E、FおよびGを本発明の実施において有利に使用することができるが、先に説明したように、A型が最も好ましい抗原型である。本発明の実施は、ヒトにおいて、2〜27ヶ月またはそれ以上にわたって、甲状腺疾患を効果的に軽減することができる。
【0078】
ボツリヌス毒素の軽鎖が細胞内媒体に転位される限り、ボツリヌス毒素は、あらゆる分泌(即ち、ニューロン、腺、分泌、クロム親和性)細胞系からのあらゆる小胞媒介エキソサイトーシスの放出を遮断しうると考えられる。例えば、細胞内タンパク質SNAP−25は、ニューロンおよび非ニューロン分泌細胞の両方に広く分布し、ボツリヌス毒素A型は、それの特異性基質がSNAP−25であるエンドペプチダーゼである。従って、コリン作用性ニューロンは、ボツリヌスおよびテタヌス毒素に対して高親和性受容体を有する(従って、分泌化合物の小胞媒介エキソサイトーシスの阻害に対して、他のニューロンおよび他の細胞より感受性である)が、毒素濃度が増加すると共に、非コリン作用性交感神経ニューロン、クロム親和性細胞および他の細胞系が、ボツリヌス毒素を取り込み、減少したエキソサイトーシスを示す。
【0079】
従って、本発明を実施することによって、非コリン作用性神経線維、ならびに非または低神経支配の甲状腺細胞を、適切に高い濃度のボツリヌス毒素を使用することによって処理して、甲状腺疾患の治療的軽減を得ることができる。
【0080】
交感神経節への神経毒の局所投与
重要なことに、過剰な甲状腺ホルモンの分泌を減少させる本発明の方法は、交感神経系に神経毒を局所投与する段階を含んで成る。甲状腺の交感神経支配が存在することは既知である。従って、交感神経線維は、甲状腺小胞におけるアドレナリン作用性受容体を介して作用することによって、甲状腺ホルモンの分泌を阻害することができる。従って、本発明の方法は、コリン作用性神経節前交感神経ニューロンへの神経毒の局所投与によって実施することができる。コリン作用性神経節前交感神経ニューロンは、アドレナリン作用性神経節後交感神経と接合し、これらの後の副交感神経ニューロンは、甲状腺細胞による甲状腺ホルモン分泌において刺激作用を有する。好ましくは、本発明によって神経毒を投与される交感神経節は、頚神経節である。
【0081】
本発明による頚神経節ブロックは、腹腔神経叢ブロックと同様に行うことができる。従って、神経溶解性腹腔神経叢ブロックは、上腹部臓器癌から生じる難治性の痛みを治療する既知の方法である。Reg Anest Pain Med 1998:23(1):37-48。従って、エタノールまたはフェノールを腹腔神経叢に注射して、膵臓癌または膵臓炎から生じる痛みを軽減することが既知である。AJG 1999;94(4):872-874。従って、頚神経節の抗侵害受容性注射は、経皮法によるか、または開放(外科手術中)注射として行うことができる。経皮(閉鎖)法は、極めて細い針(22ゲージ)を使用して腹側法(anterior approach)によって行うことができる。頚神経節ブロックは、好ましくは、1本の細い針を使用して、コンピューター断層撮影(CT)(透視検査に対するものとして)針誘導によって行われる。
【0082】
さらに、本発明の方法は、改善した患者機能を与えることができる。「改善した患者機能」は、痛みの減少、ベッドで過ごす時間の減少、歩行の増加、より健康的な姿勢、より多様なライフスタイルおよび/または正常な筋肉緊張によって認めれる治癒のような要素によって測定される改善として定義することができる。改善した患者機能は、改善した生活の質(quality of life; QOL)と同意義である。QOLは、例えば、既知のSF-12またはSF-36健康調査評価法を使用して評価することができる。SF-36は、肉体的機能、肉体的問題による役割制限、社会的機能、体の痛み、一般的な精神的健康、感情問題による役割制限、活力および一般的健康認知の8つの領域において、患者の肉体的および精神的健康を評価する。得られた評点を、種々の一般および患者人口に関して得られる公表値と比較することができる。
【0083】
先に記載したように、甲状腺、またはヒト患者の甲状腺を神経支配する副交感神経節への、神経毒の経口投与によって、驚異的に有効な、長期間持続する治療効果が得られることを見い出した。最も好ましい実施態様において、本発明は、ボツリヌス毒素A型を甲状腺または交感神経節に直接注射することによって行われる。神経腺接合部において、ボツリヌス毒素A型のようなボツリヌス毒素の化学的神経除去作用は、長期間の作用、即ち3ヶ月に対して27ヶ月の作用を有することが報告されている。
【0084】
本発明は(a)細菌培養、毒素抽出、濃縮、保存、凍結乾燥および/または再構成によって得られたかまたは処理された神経複合体ならびに純粋神経毒、および(b)改質または組換え神経毒、即ち、既知の化学的/生化学的アミノ酸改質法または既知の宿主細胞/組換えベクター組換え法を使用して、1つまたはそれ以上のアミノ酸またはアミノ酸配列を、意図的に欠失、改質または置換した神経毒、ならびにそのようにして製造された神経毒の誘導体またはフラグメントを包含し、および甲状腺細胞に存在する細胞表面受容体のための1つまたはそれ以上の結合標的成分を有する神経毒を包含する。
【0085】
本発明に使用されるボツリヌス毒素は、真空下の容器中において凍結乾燥または真空乾燥形態で保存することができる。凍結乾燥の前に、ボツリヌス毒素を、医薬的に許容される賦形剤、安定剤および/または担体、例えばアルブミンと合わせることができる。凍結乾燥または真空乾燥物質は、生理食塩水または水で再構成することができる。
【0086】
甲状腺疾患を治療するために本発明によって投与される神経毒(例えば、ボツリヌス毒素抗原型、A、B、C、D、E、FまたはG)の投与経路および量は、体格、体重、年齢、疾患の程度、治療への反応性を包含する種々の患者の変化、および選択した神経毒の溶解性および拡散性によって、広い範囲で変化しうる。さらに、甲状腺または神経節組織の影響を受けた程度は、注射された神経毒の容量に比例すると考えられるが、神経除去の量は、大部分の投与範囲において、注射された神経毒の濃度に比例すると考えられる。
【0087】
適切な投与経路および投与量は、一般に、ケースバイケースで担当医によって決められる。そのような決定は、当業者に日常的である(例えば、Harrison's Principles of Internal Medicine(1998)、Anthony Fauciら発行、第14版、McGraw Hill出版)。例えば甲状腺疾患を治療するために、ボツリヌス毒素A型複合体の溶液を、甲状腺組織に直接的に内視鏡注射または腹膜組織注射し、それによって、全身性循環への毒素の侵入を実質的に防止する。
【0088】
(実施例)
下記実施例は、本発明を実施する本発明の特定の好ましい方法を示すものであり、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。下記の各実施例において、投与されるボツリヌス毒素の特定の量は、担当医の裁量の範囲の重視し考慮すべき種々の要素に依存し、各実施例において、全身的に有意な副作用を伴わないボツリヌス毒素の極僅量の侵入が見られる。下記の1kg当たりの、注射されるボツリヌス毒素の単位は、患者の全体重の1kgについての単位である。例えば、70kgの患者について3U/kgである場合、210単位のボツリヌス毒素の注射を必要とする。
【0089】
実施例1
神経毒の外科手術中投与
神経毒の外科手術中の局所投与は、下記のように行うことができる。手順は、気管支内麻酔下に行うことができる。枕を膨らますか、または肩の下に甲状腺円筒(chyroid roll)を挿入することによって、患者の首を伸ばすことができる。次に、鎖骨から約1〜2cm上の皮膚のしわ(natural skin crease)の線に、対称の低い頚輪切開(symmetrical, low, collar incision)を行うことができる。切開は、皮膚、皮下組織および広頚筋を通って、革帯筋および前頚静脈の上に重なる稠密な頚部筋膜に向かって行うことができる。次に、上弁を、頭の方に輪状軟骨の高さに持ち上げることができる。感覚神経を切断しないように注意する。小さい下方弁も、柄状切痕の高さに持ち上げる。広頚筋と、革帯筋の上に重なる筋膜との間の平面で、弁の剥離を行うことによって、出血が最小限になる。次に、頚部筋膜を、中心線において縦に甲状腺軟骨から胸骨切痕に切開する。
【0090】
甲状腺の上面および側面の露出は、胸骨舌骨筋および胸骨甲状軟骨筋を横方向にに収縮させるか、または極めて大きい腺においては、これらの筋肉を分割することによって行うことができる。これらの筋肉の分割は、無能化(disability)をほとんど伴わないか、または伴うことはないが、腺が顕著に肥大していない場合は必要でない。頚神経ワナが筋肉を下から神経支配するので、高横断面切断(high transection)が好ましい。この手順は、麻痺される筋肉の量を減少させる。
【0091】
指剥離または短太針(blunt、ブラント)剥離によって周囲筋膜から甲状腺を離す。最初のステップとして、甲状腺峡部を一般に露出させる。ブラント剥離の前に、甲状腺の1つの葉を回転することができる。中甲状腺静脈が初めに現れ、結紮し、分割する。この方法は、甲状腺葉の上極または下極の露出を容易にする。提靱帯を、峡部に向かって頭方に横断面切断し、錐体葉およびデルフィ結節を移動させる。輪状甲状隙を開放して、上極を周囲組織から分離する。上葉の剥離を行う場合(即ち、神経毒の投与と一緒に行う甲状腺切除)、上喉頭神経を損傷しないように注意する。喉頭蓋および喉頭に感覚線維を供給する神経の内部の枝は、外科手術領域にほとんど存在することはない。保護しなければならないのは、下咽頭括約筋および輪状甲状筋に運動神経支配を供給する外部神経である。この目的は、識別できる場合に、その神経を上極管(superior pole vessels)から剥離するか、または甲状腺葉の上極に頭方にあるのではなく、直ぐに隣接する上甲状腺管の個々の枝を別々に結紮し分割することによって達成できる。
【0092】
次に、葉を正中へ収縮させて、下甲状腺動脈および喉頭反回神経の識別を可能にすることができる。剥離のこの部分の間に、非常に注意深い止血を行うことが不可欠である。下甲状腺動脈を分離するが、横方向に結紮する必要はない。むしろ、葉切除を行う場合に、傍甲状腺への枝を出した後の点で、甲状腺皮膜に近い各小動脈枝を結紮し分割するのが好ましい。この手法は、傍甲状腺の血流遮断の発生を減少させ、永久的傍甲状腺機能低下症を減少させる役割を果たす。傍甲状腺が血流遮断された場合、凍結部分分析(frozen section analysis)によって確認した後に、細かく切り刻んで、胸鎖乳様突起に自己移植することができる。喉頭反回神経は、それの進路に沿って、鈍的剥離によって確認することができる。線維組織は、神経の前部からゆっくり剥離する。神経は、過度の外傷またはその分割によって同側声帯麻痺を生じるので、慎重に取り扱う。気管および喉頭の接合部において、喉頭反回神経は甲状腺葉に直ぐに隣接し、見られない場合は、最も危険である。露出した甲状腺葉は、ボツリヌス毒素A型のようなボツリヌス毒素10〜300単位を直接注射することができる。
【0093】
甲状腺の後表面の露出の間に、傍甲状腺を確認し、それら血管茎(vascular pedicles)と一緒に保存しなければならない。傍甲状腺が切り取られるかまたは血流遮断されないように注意しなければならない。
【0094】
次に、全ての創傷を検査し、縫合の前に注意深い止血を行う。ほとんどの場合、吸引カテーテルを使用し、切開部の横の刺創から出される小さい軟質プラスチックドレーンを使用して、甲状腺葉床を排液する。この手法を使用した場合の術後の創傷外見は、廃液法を行わなかった場合と比較してかなり優れている。胸骨舌骨筋および胸骨甲状軟骨筋を横断面切断した場合、それらを再接合する。中線垂直筋膜切開は、1つの断続縫合によってゆるく接合されるだけであり、ドレーンは革帯筋の表面に配置する。一般に広頚筋は縫合する必要がないが、その代わりに、深い真皮は4〜0断続再吸収性縫合糸で接合し、上皮は5〜0連続皮内縫合糸で接合するのが好ましい。最後に、上皮表面を滅菌皮膚テープで接合する。1〜7日以内に、コリン作用性阻害の除去によって、甲状腺ホルモン分泌が実質的に増加し、この作用は2〜6ヶ月間持続する。
【0095】
実施例2
甲状腺への神経毒の局所投与
甲状腺に直接的かまたは甲状腺の近くへの神経毒の局所投与は、いくつかの方法で行うことができる。例えば、甲状腺内視鏡によって行うことができる。甲状腺療法に使用される内視鏡は、ボツリヌス毒素のような神経毒の甲状腺組織への直接的注射に使用しうるように改良することができる。例えば米国特許第5674205号参照。適切に配置した後、中空針先端を内視鏡から甲状腺組織に伸長させ、その針から甲状腺組織に神経毒を注射することができる。さらに、甲状腺生検を目的とする微細針吸引はよく知られており、甲状腺組織を吸引するのではなく、神経毒を注射するのに使用することができる。それによって、10〜300単位ボツリヌス毒素、例えばボツリヌス毒素A型を、甲状腺に注射することができる。1〜7日間以内に、コリン作用性阻害の除去によって、甲状腺ホルモン分泌が実質的に増加し、この作用は2〜6ヶ月間持続する。
【0096】
実施例3
ボツリヌス毒素A型を使用する甲状腺機能低下症の治療
43才の肥満男性が、過去8ヶ月間にわたる増加する疲労、および同じ期間にわたる悪化する足およびふくらはぎの浮腫を示し、該浮腫は非常に長時間立っていた後に悪化する。患者は、同じ期間にわたる多飲および少ない排尿も示す。注目すべきことに、TSHは690である(正常値は3〜5である)。甲状腺機能低下症の診断がなされる。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素A型製剤(例えば、約10単位〜約300単位のBOTOX(登録商標))を、前記実施例1または2に記載した方法を使用して直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、甲状腺機能低下症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは実質的に正常なレベルに戻る。甲状腺機能低下症の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0097】
実施例4
ボツリヌス毒素B型を使用する甲状腺機能低下症の治療
52才の女性が甲状腺機能低下症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素B型製剤(例えば、約1000単位〜約20000単位のボツリヌス毒素B型製剤)を、前記実施例1または2に記載した方法を使用して、直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、甲状腺機能低下症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは実質的に正常なレベルに戻る。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0098】
実施例5
ボツリヌス毒素C型を使用する甲状腺機能低下症の治療
58才の女性が甲状腺機能低下症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素C型製剤(例えば、約10単位〜約10000単位のボツリヌス毒素B型製剤)を、前記実施例1または2に記載した方法を使用して、直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、甲状腺機能低下症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは実質的に正常なレベルに戻る。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0099】
実施例6
ボツリヌス毒素D型を使用する甲状腺機能低下症の治療
56才の肥満女性が甲状腺機能低下症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素D型製剤(例えば、約10単位〜約10000単位のボツリヌス毒素D型製剤)を、前記実施例1または2に記載した方法を使用して、直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、甲状腺機能低下症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは実質的に正常なレベルに戻る。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0100】
実施例7
ボツリヌス毒素E型を使用する甲状腺機能低下症の治療
61才の女性が甲状腺機能低下症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素E型製剤(例えば、約10単位〜約10000単位のボツリヌス毒素E型製剤)を、前記実施例1または2に記載した方法を使用して、直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、甲状腺機能低下症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは実質的に正常なレベルに戻る。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0101】
実施例8
ボツリヌス毒素F型を使用する甲状腺機能低下症の治療
52才の男性が甲状腺機能低下症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素F型製剤(例えば、約10単位〜約10000単位のボツリヌス毒素F型製剤)を、前記実施例1または2に記載した方法を使用して、直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、甲状腺機能低下症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは実質的に正常なレベルに戻る。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0102】
実施例9
ボツリヌス毒素G型を使用する甲状腺機能低下症の治療
59才の女性が甲状腺機能低下症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素G型製剤(例えば、約10単位〜約10000単位のボツリヌス毒素G型製剤)を、前記実施例1または2に記載した方法を使用して、直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、甲状腺機能低下症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは実質的に正常なレベルに戻る。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0103】
実施例10
ボツリヌス毒素A型を使用する甲状腺機能亢進症の治療
27才の女性が、甲状腺中毒症および両側眼病を含む甲状腺機能亢進症の症状および徴候を示す。甲状腺機能検査は、甲状腺機能亢進症の診断を確認した。甲状腺シンチグラフィーは肥大した腺を示し、甲状腺過形成を示す。アトロピンでの試験は、甲状腺ホルモンレベルを減少させた。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素A型製剤(例えば、約10単位〜約300単位のBOTOX(登録商標))を、下記のように頚神経節に直接注射する。コンピューター断層撮影針誘導によって頚神経節に到達する極めて細い針(22ゲージ)を使用して、患者を仰臥位にする腹側法によって、経皮法を実施する。1〜7日以内に、甲状腺機能亢進症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは正常レベルに戻る(低下する)。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0104】
実施例11
ボツリヌス毒素B〜G型を使用する甲状腺機能亢進症の治療
62才の女性が甲状腺機能亢進症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素B、C、D、E、FまたはG型製剤(例えば、約10単位〜約20000単位のボツリヌス毒素B、C、D、E、FまたはG型製剤)を、下記のように直接頚神経節に注射する。コンピューター断層撮影針誘導によって頚神経節に到達する極めて細い針(22ゲージ)を使用して、患者を仰臥位にする腹側法によって、経皮法を実施する。1〜7日以内に、甲状腺機能亢進症の症状が軽減する。甲状腺ホルモンレベルは正常レベルに戻る(減少する)。甲状腺疾患の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0105】
実施例12
ボツリヌス毒素A〜G型を使用するカルシウム代謝疾患の治療
28才の女性が高カルシウム血症と診断される。約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素A、B、C、D、E、FまたはG型製剤(例えば、約10単位〜約200単位のボツリヌス毒素A型製剤)を、前記実施例1または2に記載の方法を使用して直接甲状腺に注射する。1〜7日以内に、高カルシウム血症の症状が軽減する。血漿カルシウムレベルは実質的に正常なレベルに戻る。高カルシウム血症の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0106】
さらに、低カルシウム血症を治療するために、約10−3U/kg〜約35U/kgのボツリヌス毒素A、B、C、D、E、FまたはG型製剤(例えば、約10単位〜約200単位のボツリヌス毒素A型製剤)を、下記のように頚神経節に直接的に注射する。コンピューター断層撮影針誘導によって頚神経節に到達する極めて細い針(22ゲージ)を使用して、患者を仰臥位にする腹側法によって、経皮法を実施する。1〜7日以内に、低カルシウム血症の症状が軽減する。血漿カルシウムレベルは正常なレベルに戻る(増加する)。低カルシウム血症の軽減は、少なくとも約2ヶ月〜約6ヶ月間にわたって持続する。
【0107】
本明細書に開示した本発明の方法は、下記の長所を含む多くの長所を有する:
(1)本発明は、甲状腺疾患の有効な治療のために多くの外科的手順を必要としない;
(2)本発明による神経毒の直接的局所投与によって、全身性薬剤作用を防止することができる;
(3)本発明の軽減作用は、前記の神経毒の単一局所投与から平均で約2〜約6ヶ月間にわたって持続しうる。
【0108】
ある種の好ましい方法に関して本発明を詳しく説明したが、本発明の範囲に含まれる他の実施態様、変更および改質も可能である。例えば、種々の神経毒を本発明の方法に有効に使用することができる。さらに、本発明は、2つまたはそれ以上の神経毒、例えば2つまたはそれ以上のボツリヌス毒素を、同時にまたは連続的に投与する局所甲状腺投与法も包含する。例えば、臨床反応の消失または中和抗体が発生するまで、ボツリヌス毒素A型を投与し、次に、ボツリヌス毒素E型を投与することができる。または、ボツリヌス抗原型A〜Gのいずれか2つまたはそれ以上の組合せを局所投与して、所望の治療効果の開始および持続期間を調節することができる。さらに、非神経毒化合物を、神経毒の投与の前か、同時か、または後に投与して、ボツリヌス毒素のような神経毒がその治療効果を発揮し始める前に、増加したか、またはより迅速な神経除去の開始のような補助効果を得ることができる。
【0109】
本発明は、神経毒の局所投与による甲状腺疾患の治療用の薬剤の製造における、ボツリヌス毒素のような神経毒の使用も含む。
【0110】
従って、本発明の意図および範囲は、上述の好ましい実施態様に限定すべきではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
甲状腺疾患の治療法であって、患者に神経毒を投与する段階を含んで成り、それによって甲状腺疾患を治療する方法。
【請求項2】
神経毒を患者の甲状腺に投与する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
治療される甲状腺疾患が甲状腺機能低下症である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
甲状腺を神経支配する交感神経節に神経毒を投与する請求項1に記載の方法。
【請求項5】
治療される甲状腺疾患が甲状腺機能亢進症である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
神経毒を約10−3U/kg〜約35U/kgの量で投与する請求項1に記載の方法。
【請求項7】
神経毒をクロストリジウム属細菌によって作製する請求項1に記載の方法。
【請求項8】
神経毒がボツリヌス毒素である請求項1に記載の方法。
【請求項9】
ボツリヌス毒素が、ボツリヌス毒素A、B、C1、D、E、FおよびG型から成る群から選択される請求項1に記載の方法。
【請求項10】
神経毒がボツリヌス毒素A型である請求項1に記載の方法。
【請求項11】
甲状腺疾患の治療法であって、治療に有効な量のボツリヌス毒素を患者に投与する段階を含んで成り、それによって甲状腺疾患を治療する方法。
【請求項12】
ボツリヌス毒素が、ボツリヌス毒素A、B、C1、D、E、FおよびG型から成る群から選択される請求項11に記載の方法。
【請求項13】
甲状腺機能低下症の治療法であって、治療に有効な量のボツリヌス毒素を甲状腺に局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺細胞からの欠乏甲状腺ホルモン分泌を増加させて甲状腺機能低下症を治療する方法。
【請求項14】
ボツリヌス毒素が、ボツリヌス毒素A、B、C1、D、E、FおよびG型から成る群から選択される請求項13に記載の方法。
【請求項15】
甲状腺機能亢進症の治療法であって、甲状腺細胞を神経支配する交感神経節に、治療に有効な量のボツリヌス毒素を局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺細胞からの過剰甲状腺ホルモン分泌を減少させて甲状腺機能亢進症を治療する方法。
【請求項16】
ボツリヌス毒素が、ボツリヌス毒素A、B、C1、D、E、FおよびG型から成る群から選択される請求項15に記載の方法。
【請求項17】
高カルシウム血症の治療法であって、治療に有効な量のボツリヌス毒素を甲状腺C細胞に局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺C細胞からの欠乏カルシトニン分泌を増加させて高カルシウム血症を治療する方法。
【請求項18】
ボツリヌス毒素が、ボツリヌス毒素A、B、C1、D、E、FおよびG型から成る群から選択される請求項17に記載の方法。
【請求項19】
低カルシウム血症の治療法であって、甲状腺C細胞を神経支配する交感神経節に、治療に有効な量のボツリヌス毒素を局所投与する段階を含んで成り、それによって、甲状腺C細胞からの過剰カルシトニン分泌を減少させて低カルシウム血症を治療する方法。
【請求項20】
ボツリヌス毒素が、ボツリヌス毒素A、B、C1、D、E、FおよびG型から成る群から選択される請求項19に記載の方法。

【公開番号】特開2012−207030(P2012−207030A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−145866(P2012−145866)
【出願日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【分割の表示】特願2001−559492(P2001−559492)の分割
【原出願日】平成13年2月15日(2001.2.15)
【出願人】(591018268)アラーガン、インコーポレイテッド (293)
【氏名又は名称原語表記】ALLERGAN,INCORPORATED
【Fターム(参考)】