説明

男性ホルモン減少によるうつ症状モデル動物の作製、うつ症状の評価方法及び抗うつ薬評価方法

【課題】男性ホルモン減少に伴ううつ症状を再現するための動物モデルの作製、うつ症状の評価方法及び抗うつ薬の有効性を簡単に評価する方法を提供する。
【解決手段】男性ホルモン減少を再現するために被験動物の精巣を摘出し、3週間以上経過させた後に、所定条件下で強制水泳させ、そのときの被験動物の無動時間を測定することで、うつ状態を評価することができる。また治験薬を投与することで、治験薬の有効性評価も可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、男性ホルモン減少によるうつ症状モデルの作製、うつ症状の評価方法及び抗うつ薬評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、女性のみならず男性にも中年以降に更年期障害が現れることが認められるようになっている。男性更年期障害の症状には、発汗、易疲労、うつ、精力減退などが挙げられ、特に更年期障害と密接な関係のある中年男性のうつは、深刻な社会問題として注目を集めている。
【0003】
治療としては抗うつ薬が用いられており、一般的な抗うつ薬にはイミプラミンをはじめとした三環系抗うつ薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などがある。
【0004】
また、中年男性のうつの原因には加齢による男性ホルモン(テストステロン)の減少も関与していると考えられており、臨床では抗うつ薬の処方だけでなくテストステロンの補充療法も行われている。しかしながら、抗うつ薬の性機能に及ぼす副作用およびホルモン補充療法による肝障害や前立腺癌のリスク増大などが懸念されている。
【0005】
一方、うつ状態を再現させる動物モデルとして、動物を強制水泳させ、無動時間短縮作用を観察する方法が提唱され、頻繁に使用されるようになりつつある(たとえば非特許文献1参照)。しかし、男性ホルモン減少に伴ううつ状態に対応する動物モデルは知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Porsolt, R.D, et al, Behavioural Despair in Mice: A Primary Screening Test for Antidepressants, Arch. Int. Pharmacodyn. 229, 327-336 (1977)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、男性ホルモン減少に伴う男性更年期障害によるうつ病者に対して、抗うつ薬の有効性を簡単に評価するための動物モデルは、これまで知られていなかった。
【0008】
そこで本発明は、男性ホルモン減少に伴ううつ症状を再現するための動物モデルの作製、うつ症状の評価方法及び抗うつ薬の有効性を簡単に評価する方法を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、男性ホルモン減少を再現するためにマウスの精巣摘出を行い、うつ状態を評価するために強制水泳法を用いることで、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち本発明は、被験動物の精巣を摘出し3週間以上経過させることを特徴とする男性ホルモン減少によるうつ症状モデル動物の作製方法である。
【0011】
第2の発明は、被験動物の精巣を摘出し3週間以上経過させた後に2分間以上強制水泳させ、その後の無動時間を測定する男性ホルモン減少によるうつ症状の評価方法である。
【0012】
第3の発明は、被験動物の精巣を摘出し3週間以上経過させた後に被験薬を被験動物に投与し、2分間以上強制水泳させ、その後の無動時間を測定することにより、男性ホルモン減少によるうつ症状に対する抗うつ薬評価方法である。

【発明の効果】
【0013】
本発明により、簡便な方法で臨床の男性ホルモン減少に伴ううつ症状に近似した動物モデルを作ることが可能となった。
【0014】
また、当該動物モデルにより、男性更年期のうつ症に対する薬物の抗うつ作用を簡単に評価、スクリーニングすることができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】精巣摘出マウスの強制水泳時の無動時間の増加率
【図2】精巣摘出マウスに対する抗うつ薬投与有無による無動時間比較
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、以下の手順で行う。
【0017】
男性ホルモンの減少を再現するために、予め被験動物の精巣を摘出し、1週間以上経過させ、被験薬を投与する。その後、強制水泳を一定時間させ、そのときの無動時間を測定し、無動時間の長短によりうつ状態レベルを評価する。
【0018】
被験動物の一例として、1週間予備飼育した6週齢のddY系雄性マウス (23−28g)を用いることができる。マウスは温度23±2℃、湿度55±10%、8:00点灯、20:00消灯の12時間毎サイクルで飼育し、実験期間中は自由に摂水、摂餌させた。
【0019】
マウスを麻酔にかけ、マウスの精巣を摘出した。
【0020】
精巣摘出後の保持期間は、3週間以上経過させることが望ましい。3週間未満であると十分なうつ症状を引き起こすことができないからである。
【0021】
被験物質は腹腔内または皮下注射および経口投与にて投与する。
【0022】
次に、うつ状態を測定するために強制的にストレスを負荷する。負荷するストレスは、強制水泳、強制歩行、寒冷暴露などが知られているが、強制水泳が好ましい。最も簡便で、有効な実験法だからである。
【0023】
強制水泳試験とはマウスが逃避不可能な水槽内で一定時間強制水泳を負荷させ、逃避行動の後に起こる無動状態(泳がずにただ浮かんでいる状態)の時間(無動時間)を「うつ」症状の指標とする。
【0024】
ここで、マウスを水槽に入れた後、2分間以上経過させることが望ましい。マウスは水槽に入れられた直後に暴れたりするため、水に順化するための一定の時間が必要だからで
ある。
【0025】
次にマウスを水槽に入れ、2分間以上経過させた後は、無動時間を2分間以上測定するのが好ましい。2分間未満であると、うつ状態の発現が不十分な場合があるからである。更に好ましくは5分間程度が望ましい。5分間も測定すれば、対照群とのうつ状態の差異がより明確になるからである。
【0026】
上記のように、本願発明によれば、精巣摘出しているマウスの強制水泳における無動時間を測定かつ比較するという簡便な方法でうつ症状の改善を見極めることができ、臨床の男性ホルモン減少によるうつ症状に近似した動物モデルを作ることが可能となる。
【実施例1】
【0027】
以下、試験例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0028】
6週齢のマウス72匹を無作為にそれぞれ12匹ずつ6群に分けた。マウスを麻酔にかけ、マウスの精巣を摘出する「精巣摘出群」(3群)と、精巣摘出偽手術をする「偽手術群」(3群)をつくり、それぞれ1週間、3週間、4週間飼育し、偽手術群と精巣摘出群の無動時間を測定するために強制水泳試験を実施した。強制水泳試験3日前から生理食塩液の腹腔内投与を開始し、強制水泳試験当日まで4日間連日投与した。そして、最終投与30分後に強制水泳試験を行った。
【0029】
強制水泳試験は、透明アクリル製円筒の容器 (直径19cm×高さ25cm) に高さ14cmまで水温23〜25℃の水をはり、その中に1匹ずつマウスを入れ、最初に2分間水泳させた後、次の2分間以上の水泳における無動時間を自発運動量測定装置(室町機械株式会社)で測定した。
【0030】
結果を表1に示す。表中の「無動時間」は、強制水泳試験開始直後の2分間を除き、その後、測定時間1〜4分間中のマウスの不動時間を示している。この結果より明らかなように、精巣摘出後1週間経過時においては、計測時間を4分間まで延長しても「精巣摘出群」と「偽手術群」との間に強制水泳中の無動時間に有意差は認められない。
しかし、精巣摘出後3週間以上経過させ、かつ計測時間を2分間以上とすると、「精巣摘出群」と「偽手術群」との間に有意差が認められた。
以上のことから、精巣摘出後3週間以上経過させることで十分なうつ症状を発現させることができることが分かる。
【0031】
【表1】

【0032】
図1には、「精巣摘出群」マウスの強制水泳中における無動時間増加率の経時的推移を示した。「無動時間の計測時間」は、強制水泳試験開始直後の2分間を除き、その後の測定時間を示している。無動時間増加率は、下記の式より求めた。

増加率(%)=(T−T)/T×100%

:精巣摘出群の無動時間(秒)
:偽手術群の無動時間(秒)

この結果からみると、精巣摘出後3週間以上経過していれば、無動時間の測定時間として一定の結果を得ることができ、5分間程度が最も適していることが判った。
また、精巣摘出後の期間も3週間よりも4週間の方がより無動時間の差が明確であることも確認できた。
【実施例2】
【0033】
次に、本モデルが男性ホルモン減少によるうつ症状に対する抗うつ薬評価方法として適切であるかを判断するため、既存の抗うつ薬を被験薬とし、強制水泳試験にてうつ症状改善を評価できるかの判定を行った。
【0034】
6週齢のマウス24匹の精巣摘出後、無作為にそれぞれ12匹ずつ2群に分けた。既存の抗うつ薬であり、臨床でも常用されているイミプラミン(20mg/kg/日)を投与するマウスを「投与群」、一方イミプラミンを投与しないマウスを「非投与群」とした。
強制水泳試験日を精巣摘出手術後3週間と設定し、強制水泳試験3日前から投与を開始し、4日間連日腹腔内投与した。最終投与30分後に強制水泳試験を実施し、マウスの無動時間を自発運動量測定装置(室町機械株式会社)で測定し、その結果を図2に示した。
【0035】
横軸には強制水泳試験開始直後の2分間を外した無動時間の計測時間を示し、縦軸には強制水泳試験でのマウスの無動時間を表示した。
この試験から、「投与群」と「非投与群間」では、測定期間が2分経過後より有意な差が認められ、経時的にその差は拡がっていく傾向を確認した。
したがって、試験1および試験2の結果を総合的に勘案すると、本発明は男性ホルモン
減少によるうつ症状に対する、抗うつ薬評価方法として有用であることが示された。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験動物の精巣を摘出し3週間以上経過させることを特徴とする男性ホルモン減少によるうつ症状モデル動物の作製方法。
【請求項2】
被験動物の精巣を摘出し3週間以上経過させた後に2分間以上強制水泳させ、その後の無動時間を測定する男性ホルモン減少によるうつ症状の評価方法。
【請求項3】
被験動物の精巣を摘出し3週間以上経過させた後に被験薬を被験動物に投与し、2分間以上強制水泳させ、その後の無動時間を測定することにより、男性ホルモン減少によるうつ症状に対する抗うつ薬評価方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−188753(P2011−188753A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−55247(P2010−55247)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(306018343)クラシエ製薬株式会社 (32)