説明

画像処理方法

【課題】飛行時間型二次イオン質量分析装置において、試料へ照射される一次試料へ照射される一次ビームの広がりを、数値あるいは実験的で求め、この広がりをボケ関数として用い、画像復元することにより、ボケを低減する。
【解決手段】収束し短パルス化させたイオンビームまたはレーザービーム(一次ビーム)を試料表面へ位置を変えながら照射し、飛行時間型二次イオン質量分析計により取得した質量スペクトルから質量/電荷比ごとに信号強度を二次元表示した質量分析顕微鏡像の画像処理方法において、試料表面に到達する一次ビームの形状を理論的に、または実験的に求め、これをボケ関数として表現し、該ボケ関数を用いて画像を復元することである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型二次イオン質量分析装置により得られる質量分析顕微鏡像のボケ低減方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザー脱離イオン化法(LDI)やマトリクス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)など、高分子化合物を開裂しないでイオン化する方法が出現し、質量分析は特に生命科学の分野で広く用いられるようになった。さらに、レーザー照射位置を変えながら質量分析をおこなうことにより、質量スペクトルを二次元的に取得する手法である、質量分析顕微鏡が注目されている。質量分析顕微鏡として、二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometer)が用いられる。この二次イオン質量分析法は、試料に対する前処理が不要であり、なおかつ、イオンビームを絞ることにより、高い解像度が得られるなど利点が多い。SIMSは、一次イオンを試料に照射することによって、原子や分子をイオン化するイオン化法である。多くの場合、SIMSは、測定範囲が広い飛行時間型(TOF:time-of-flight)を分析部として組み合わされ、飛行時間型二次イオン質量分析計(TOF−SIMS)として用いられる。
【0003】
SIMSは、一次イオンの照射量の違いによって、dynamic-SIMSとstatic-SIMSに分けられる。dynamic-SIMSでは、大量の一次イオンの照射によって試料表面をスパッタすることにより、二次イオンを大量に発生させている。一方、static-SIMSでは、一次イオンの照射量を表面の構成分子数よりも十分に少ない量にすることによって、分子構造を維持した二次イオンを発生させている。static-SIMSでは、分子構造に関する情報が豊富に得られるため、dynamic-SIMSよりも有機物の組成分析に有利であり、TOF-SIMSでは一般的にstatic-SIMSが用いられる。
【0004】
一次ビームとしてレーザーを用い、質量分析部としてTOFを用いる場合には、パルスレーザーが必要であり、約100 ps幅の短パルスを発生できる窒素レーザーが好まれて利用される。
【0005】
TOF-SIMSでは、高い質量分解能を実現するために、一次イオンビーム照射系にビームバンチング機構を組み込むことが一般的である。ビームバンチングとは、パルスビームを圧縮し、パルス幅が短縮して試料に照射する機構であり、これにより、短パルス化された一次イオンが、試料表面へ同時に照射される。その結果、高い二次イオン強度が得られ、質量分解能が向上する。
【0006】
しかしながら、ビームバンチングを行うと、一次イオンビームの速度のばらつきが大きくなり、結果としてビーム径が大きくなってしまう。一般的に、一次イオンビーム照射系は、イオン源・パルス化機構・ビームバンチング機構・収束レンズから構成されている。ビームバンチングにより、一次イオンビームの速度(あるいはエネルギー)のばらつきが大きくなると、収束レンズで生じる色収差が大きくなり、収束が不十分となる。ビームバンチング機構を採用した場合、一般的には試料に照射される一次イオンビームは、直径約2 μm程度となる。一次イオンのビーム径が大きくなると、得られる二次元画像の空間分解能が低下する。
【0007】
図2は、パルス化された一次イオンの照射間隔とイオン発生領域を示した模式図である。TOF-SIMSでは、一次イオンビームの横走査間隔1と縦走査間隔2によって質量分析顕微鏡像の倍率を決めている。二次イオンは、一次イオンビームの照射領域3から発生する。そのために、低倍率観察では、図2(a)のように照射間隔が十分に広いので、二次イオン発生領域は重ならない。しかし、高倍率観察では図2(b)のように照射間隔が狭くなる。つまり、倍率を上げるに従い、次第に二次イオン発生領域が重なり始め、隣接する位置にある物質から発生する二次イオンの情報が混入し始める。その結果、得られる質量分析画像の空間分解能が低下する。
【0008】
これを解決するための対策方法として、二つの手法が考えられる。
【0009】
一つ目の方法は、一次イオンビーム照射光学系に補正を加え、イオンビームを収束させることである。特許文献1は、補正レンズを用いて、レンズがもつ球面収差と色収差の影響を取り除き、イオンビームを収束する技術を開示する。しかしながら、TOF-SIMSでは、イオンビームの速度のばらつきは大きく、特許文献1に記載の従来例に示されている補正レンズ技術をそのまま利用することは出来ない。
【0010】
もう一方の方法は、得られた画像を画像復元させることである。一般的に装置を用いて取得される画像は観測装置や観察対象に依存して像ボケが生じる。ボケ画像からボケを取り除き、鮮明な画像を得る手法が、顕微鏡分野のみならず望遠鏡や信号処理分野において広く知られている。このような場合、画像復元アルゴリズムが利用される。すなわち、像ボケの原因を関数として取り扱って、数値的な処理を行うことによって、像ボケを低減するのである。このように、像ボケの原因を関数として定義したものを「ボケ関数」という。
【0011】
特許文献2では、走査レーザー顕微鏡において、試料面に照射されるレーザー光の空間的な広がりを計測し、それをボケ関数として用いた画像復元方法が開示されている。しかしながら、static-SIMSにおいては、一次イオンビームの強度が弱いために、その形状測定は困難である。従って、特許文献2に記載の従来例に示されているような、ビームの空間的な広がりや強度を計測して、ボケ関数として用いることは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−120331号公報
【特許文献2】特開平3−44613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
TOF-SIMSにより得られる質量分析顕微鏡像のボケ低減方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明においては、TOF-SIMSにおいて、試料へ照射される一次ビームの広がりを、数値あるいは実験的で求め、この広がりをボケ関数として用い、画像復元することにより、ボケを低減する。
【0015】
すなわち、本発明の質量分析顕微鏡像の画像処理方法では、収束し短パルス化させたイオンビームまたはレーザービーム(一次ビーム)を試料表面へ位置を変えながら照射する。飛行時間型二次イオン質量分析計により取得した質量スペクトルから質量/電荷比ごとに信号強度を二次元表示する。試料表面に到達する一次ビームの形状を理論的に、または実験的に求め、これをボケ関数として表現し、該ボケ関数を用いて画像を復元する。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るTOF-SIMSにより得られる質量分析顕微鏡像の像ボケ低減法では、推定したボケ関数を用いて画像処理を行うことによって、質量分析顕微鏡像の像ボケが低減することにより、鮮明な画像を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1A】本発明の実施例に係る質量分析顕微鏡像のボケ低減方法を説明する図である。
【図1B】本発明の実施例に係る質量分析顕微鏡像のボケ低減方法を説明する図である。
【図2】試料に照射される一次イオンビームの模式図である。
【図3】質量分析顕微鏡像を取得するまでのフローチャートである。
【図4】取得した質量分析顕微鏡像をボケ関数として用いて、画像復元するまでのフローチャートである。
【図5】一次イオンビームのクレータ形状を表した画像である。
【図6】取得した質量分析顕微鏡像である。
【図7】取得した質量分析顕微鏡像を画像復元した復元画像である。
【図8】ボケ画像と復元画像を比較した結果である。
【図9】TOF-SIMS装置の構成を説明した図である。
【図10】照射条件を記した表である。
【図11】時間に依存した一次イオン数のグラフである。
【図12】各時刻における一次イオンの空間分布を示したグラフである。
【図13】ビームバンチングの影響によるビームの広がりをまとめた表である。
【図14】各時刻のビーム径がビームバンチングにより拡がる結果を示したグラフである。
【図15】イオンビームが試料に到着した時のビーム形状を示したグラフである。
【図16】細胞のモデル画像である。
【図17】質量分析顕微鏡像のモデル画像である。
【図18】ビームバンチングにより広がったイオンビーム形状である。
【図19】質量分析顕微鏡像を画像復元した復元画像である。
【図20】ボケ画像と復元画像を比較した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。以下の具体例は本発明にかかる最良の実施形態の一例ではあるが、本発明はかかる具体的形態に限定されるものではない。
【0019】
本発明による質量分析顕微鏡像の画像処理方法では、収束し短パルス化させたイオンビームまたはレーザービーム(一次ビーム)を試料表面へ位置を変えながら照射する。飛行時間型二次イオン質量分析計により取得した質量スペクトルから質量/電荷比ごとに信号強度を二次元表示する。
試料表面に到達する一次ビームの形状を理論的に、または実験的に求め、これをボケ関数として表現する。
該ボケ関数を用いて画像を復元する。
【0020】
飛行時間型二次イオン質量分析計とはイオン化部としてSIMS、検出部としてTOFをもつ質量分析計(TOF−SIMS)をいう。TOF-SIMSにおいては一次イオンビームを試料表面へ位置を変えながら照射することにより、質量/電荷比ごとに信号強度を二次元表示することができ、このようにして取得される画像を質量分析顕微鏡像という。
【0021】
一次イオンビームとは、一次イオンを試料に照射するために照射するビームをいう。一次イオンビームを、試料表面に照射すると、エネルギーを受けとった試料内の原子の一部が飛び出し、その一部が帯電し、二次イオンとなる。
【0022】
図3は、観察試料をTOF-SIMSで質量分析を行い、質量分析顕微鏡像が形成されるまでのフローチャートである。
【0023】
採取した組織試料片S201を凍結し、ミクロトームにより薄片を作製S202する。試料台に載せた後、TOF-SIMSによる質量分析S203を行う。各位置の質量分析データから、特定領域の質量/電荷のシグナル強度を抽出しS204、質量分析顕微鏡像S205を得る。
【0024】
図1A及び図1Bは、TOF-SIMSを利用して質量分析顕微鏡像を取得し、画像復元を行い、最終画像を得るまでのフローチャートを示している。パルス化した一次イオンビームの位置を制御するS101。一次イオンビームを照射するS102。発生した二次イオンをTOF検出器で検出するS103。得られた質量スペクトルを記録媒体に記録するS104。指定の範囲の測定が終了するまで、S101からS104を繰り返す。測定が終了したら、質量/電荷を指定するS106。測定した質量スペクトルから指定した質量/電荷の強度を抽出し、質量分析顕微鏡像を得るS107。照射条件から一次イオンビーム形状を予測しS108、ボケ関数を算出してS109、画像復元に利用する。S107とS109を利用して画像復元しS110、ボケが低減された最終画像を得るS111。
【0025】
一般に、得られる画像gは、真の画像fとボケ関数h、ノイズnを用いて、次式のように表現される。
【数1】

ここで、*は畳み込み演算子を示している。観察試料の本来の構造を再現するためには、実際の質量分析顕微鏡像gからfを推定することが必要となる。
【0026】
この推定には、図4(a)に示されている工程の概念図のような、逆畳込みが利用できる。得られた質量分析顕微鏡像S301とボケ関数S307を利用し、逆畳込みS303を行い、復元画像S304得る。指定した回数の逆畳み込みを行ったかどうかの判断S305を行った後、条件を満たすまでS302からS304を繰り返す。最終的に、最終画像S306を出力する。
【0027】
画像復元では、図4(b)に示されている工程の概念図のような、ボケ関数hの逆関数を求め、この関数を逆フィルタS308として用いて、画像処理を行っても同様な効果が得られる。
【0028】
ボケ関数とは、像ボケの原因を関数として定義したものである。本発明におけるボケ関数については、以下に説明する。
ボケ関数は、像ボケを生むメカニズムから求められ、TOF検出器を用いたSIMSでは、特有のものが存在する。ボケ関数は、一次イオンビームの広がりを実験的に直接または間接的に求める。このうち、間接的に求める方法として、平滑なシリコン基板に照射した一次イオンパルスのスパッタリングにより生成したクレータの形状を計測し、該形状を反映させたボケ関数を利用する。ボケ関数を求める別の方法として、一次イオンビームの広がりを数値計算により求めることができる。
【実施例1】
【0029】
一次イオンビームの広がりを間接的に求めるために、平滑なシリコン基板に一次イオンパルスを照射し、その後、スパッタリングにより生成したクレータの形状を計測した。
【0030】
図5は、平滑なシリコン基板へ、同一箇所に一次イオンビームを当て続けて生じたクレータの光学顕微鏡像である。画像の大きさは、縦40.76μm×横40.76μmである。この画像濃度は一次イオンビームによるスパッタ痕なので、一次イオン数と近似的に比例している。つまり、この画像をボケ関数として利用することができる。
【0031】
図6は、縦66.27μm×横66.27μmの領域から得られた銅グリッドの質量顕微鏡像である。この画像では、明るく表示されている部分が銅を示している。
【0032】
図5に示されるボケ関数を用いて、図4に従って、図6に示される質量顕微鏡像の画像復元を行った。
【0033】
画像復元は、米国のアメリカ国立衛生研究所で開発された画像処理ソフトImageJを使って実行した。この処理のプラグインとして、エモリー大学のProf. Piotr Wendykierが開発したParallel Iterative Deconvolutionを利用した。
【0034】
図7は、銅グリッドの復元画像である。ボケ画像である図6と復元画像である図7を比べると、復元画像が明瞭であることが分かる。
【0035】
元画像と復元画像についての像ボケの程度を合焦判定方法に従い評価する。合焦判定方法は輝度の分散法を採用した。輝度の分散法は、各画素値の分散σ2が大きい程、焦点合った画像であると判断する方法である。
【数2】

ここで、MとNはそれぞれxとy方向の画素数で、D(x,y)は各ピクセルの画素値、μは画素の平均値である。
【0036】
図8には、ボケ画像と復元画像の合焦判定値を示した。輝度の分散法により比較すると、それぞれの値は2958と3978であり、復元画像がボケ画像よりも焦点が合っていると判断できる。
【0037】
この方法によっても、復元画像の方が元画像よりも大きな値であり、画像復元の効果が示された。
【0038】
以上、一次イオンビームの形状を間接的に求める方法を述べた。一次ビームとしてレーザービームを利用する場合にも、同様な方法でビームの広がりを間接的に求め、画像復元を実施するための、ボケ関数として利用できる。
【実施例2】
【0039】
TOF検出器を用いたSIMSでは、高い質量分解能を実現するために、同時刻に一次イオンビームを試料へ照射することによって、二次イオンを発生させる必要がある。このため、複数の一次イオンが同時に試料表面に到達するように、一次イオンビームは短パルス化されている。
【0040】
一次イオンビームの短パルス化では、ビームバンチングを用いる。ビームバンチングとは、進行方向へビームを収束し短パルス化させることをいう。SIMSにおいては一次イオンビーム照射系にビームバンチング機構を組み込むことが一般的である。ビームバンチング機構により、短パルス化された一次イオンが、試料表面へ同時に照射され、その結果、高い二次イオン強度が得られ、質量分解能が向上するというものである。
【0041】
TOF-SIMSの一次イオンビーム照射系は、図9に示されるように、イオン源4・パルス化機構5・ビームバンチング機構6・収束レンズ7から構成されている。イオン源4で発生した連続的な一次イオンビームは、パルス化機構5で300n秒程度の長いパルスビーム9aに分割される。このイオン数11aは時刻10aと共に変化する。パルス化機構5は、電界の変調によって行われることが多い。
【0042】
生成した長いパルスビーム9aは、ビームバンチング機構6により進行方向に圧縮されて短パルス9bとなる。この機構では、進行方向前方のイオンには弱く、後方には強く電圧が印加されるので、この間に含まれるイオン数強く印加されるほどイオンは速度を増すので、後方のイオンは次第に前方に近づく。このため、時刻10bとイオン数11bの関係を見ると、単位時間当たりのイオン数が多くなる。
【0043】
このような機構により、高質量分解能が達成される一方で、試料表面8において、収束したイオンビームが得難いという問題も発生する。その理由は、一次イオンビームを収束させるために用いている磁界型あるいは電界型レンズでは、速度の速いイオン13は、速度の遅いもの12よりも収束されにくいという作用(色収差)をもつためである。
【0044】
様々な速度をもつ複数のイオンが一点から発せられた場合、これらのイオンが、色収差係数Ccを持つレンズを通じて収束されるときのガウス面での拡がり半径dは、次式で表される。
【数3】

ここで、E0はイオンの加速電圧、ΔEはイオンの持つ運動エネルギーの変化量、αは物面における点光源からの発散角、Mはレンズの倍率を示している。
【0045】
パルス化された一次イオンビームは、進行方向をz軸, 進行方向に垂直な面をx, y軸とすると、三次元的な広がりで表現できる。ビームバンチング後は、印加される電界の影響でz軸方向に狭くなり、色収差の影響でx,y平面に拡がるといえる。また、イオンの進行方向zは、時刻tで表現する方が都合よいので、今後は、時刻tの関数として取り扱う。
【0046】
ビームバンチング前におけるパルスイオンの進行方向の広がりは、経験的にガウス分布で表現される。時刻tのイオン数S(t)は次式のように表される。
【数4】

ここで、Sはパルス内の全てのイオン数、σtは標準偏差を表している。
【0047】
また、単位時間当たりに含まれるイオンは、進行方向に垂直な平面において、二次元ガウス分布状に拡がっているので、次式のように表される。
【数5】

ここで、x, yはそれぞれ座標を示し、tは時刻を示す。また、σsは標準偏差を表している。
【0048】
ビームバンチング機構では、パルスイオンの先端では0 V、終端では所定電圧E_bがイオンビームに印加される。この間、電場は連続的に変化しているので、印加される電圧ΔEは時刻tの関数となり、レンズの色収差Ccによる広がり半径d(t)は数式3を変形して、次式のようになる。
【数6】

ここで、pulsewidthはパルス幅、βは照射角で、β=Mαの関係をもつ。
【0049】
時刻tにおける座標x, yのイオン数の二次元分布は、三次元形状N(x, y, t)となり、数式7によって拡がる。つまり、N(x, y, t)がd(t)によって拡げられると、半径dを持つ円内部のイオン数Nd(x’, y’, t)はN(x, y, t)/d(t) (ただし、x’2 + y’2 < d(t)2)となり、時刻tの短パルスイオンの2次元分布は、全平面空間における足し合わせとなる。
【数7】

【0050】
試料あるいは基板の表面に到達する一次イオンビームの形状I(x,y)は、全ての時間における短パルスN’(x, y, t)の足し合わせとなるので、下記のようになる。
【数8】

【0051】
数式6、7及び8より、図9の試料表面8に到達する一次イオンビームの二次元分布I(x,y) は、数式1の通りである。ここで、時刻tにおける座標x, yのイオン数の二次元分布の三次元形状N(x,y,t)、パルス幅pulsewidth[秒]、パルス内の時刻t[秒]、加速電圧E0[V]、収束レンズの色収差係数Cc[m]、照射角β[rad]、およびビームバンチングの印加電圧E_b[V]をパラメータとする。
【数9】

【0052】
図10の条件における一次イオンビーム照射の広がりを数値計算によって求めた。ここでは、簡略化のために、一次元における照射を考えた。
【0053】
図11は、時刻とイオン数の関係14を示していて、全時間で1000個のイオンを含んでいる。パルスビーム中のイオン数は、時刻150 n秒で極大となり、パルスの最初(時刻0 n秒)と最後(時刻300 n秒)に向かうに従い、イオン数は少なくなる分布となっていることが分かる。
【0054】
図12の15a-15dは、それぞれ時刻1, 50, 100, 150 n秒における進行方向に垂直な平面でのイオン数を示している。空間的な広がり16は、標準偏差の6倍とした。図12に示されているように、イオン数は時刻と共に時刻150 n秒まで増大することが分かる。また、この分布がガウス分布であるために、200, 250, 300秒におけるイオン数は、それぞれ100, 50, 0秒におけるものと同じとなる。
【0055】
図13には、一次イオンビームの広がりを数式7から求めた結果を示した。ここで、ΔEはビームバンチング時に印加される電圧で、E0はイオンビームの初期加速電圧である。時刻0 nsではビームバンチングは行われないので、レンズの色収差によるボケは無い。従って、ビームの広がり半径dは0である。ビームバンチングによる印加電圧ΔEは、時刻tと共に増大するので、ビーム径も時刻と共に拡がることがこの表から見て取れる。最もイオン数の多くなる時刻150 n秒の時には、ビームの広がり半径dは167nmとなり、時刻300 n秒では333 nmまで拡がる。
【0056】
図14の17a-17fは、ビームバンチングによる一次イオンビームの広がりを示していて、それぞれ、1, 50, 100, 150, 200, 250 ns時の形状を示している。時刻1 n秒(17a)では、広がりは極わずかなのでガウス分布を保っている。この広がりは、時刻と共にビームバンチングの影響が大きくなるために、平たいイオン分布となっていくことが分かる。
【0057】
図15は、一次イオンビームが試料面上に到達した時のイオン分布で、ビームバンチングが行われる場合18と行われない場合19について、それぞれ記載してある。ビームバンチングを行わない場合には、ビーム形状はガウス分布を保ったままだが、ビームバンチングを行うと、最大強度は1/10程度で、広がりは8倍程度の幅広いビームが試料面に照射されることが分かる。
【0058】
このようにTOF-SIMSでは、ビームバンチングの影響により一次イオンビームが収束し難くなることが数値計算によって分かる。
【0059】
TOF-SIMSで得られる質量分析顕微鏡像の画像復元では、試料へ照射される一次イオンビームの広がりをこのように数値で求め、求めた広がりをボケ関数として利用できる。
【0060】
図16には細胞のモデル20、細胞膜21と核22が描かれている。画像の大きさは、縦20μm×横15μmである。図17には細胞中の細胞膜と核が見えている質量分析顕微鏡像を模式的にそれぞれ図17(a)、(b)に示している。
図18には、試料面に到達する1000個の一次イオンビームの形状を示した。一次イオンビームの条件は、図10と同様である。この図は、明るい程イオン数が多いことを示し、幅は1.3μm×1.3μmである。
【0061】
このボケ関数を用いて、図4に従って図17に示す質量顕微鏡像の画像復元を行った。
【0062】
画像復元は、米国のアメリカ国立衛生研究所で開発された画像処理ソフトImageJを使って実行した。この処理のプラグインとして、エモリー大学のProf. Piotr Wendykierが開発したParallel Iterative Deconvolutionを利用した。
【0063】
図19は、細胞膜(a)と核(b)の復元画像で、図17に示されているボケ画像よりも全体が明瞭になっていることが分かる。
【0064】
図17に示されているボケ画像と図19に示されている復元画像について、輝度の分散法により、合焦判定を行った。
【0065】
図20に示すように、細胞膜のボケ画像である図17(a)と復元画像である図19(a)を輝度の分散法により比較すると、それぞれの値は699と2530であり、復元画像がボケ画像よりも焦点が合っていると判断できる。また、核のボケ画像である図17(b)と復元である画像図19(b)を比較すると、同様に964と1912となり、復元画像の方がボケ画像よりも焦点が合っていると判断できる。
【0066】
このように、今回用いたボケ関数による画像復元の効果が示された。
【0067】
一方、TOF-SIMSの一次イオンビーム照射系は、ビームバンチング機構を持たない場合もある。この場合、上述した一次イオンビームの広がりは理論的には(または理論設計上は)発生しない。しかしながら、前記のパルス化機構や収束レンズは単純な構造でないために、予期せぬ一次イオンビームの広がりが現れる場合がある。この場合、例えば、前記一次イオンビームの広がりを実験的に求め、または間接的に求め、得られた結果をボケ関数として利用し、TOF-SIMSで得られる質量分析顕微鏡像の画像復元を行うこともできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
収束し短パルス化させた一次ビームを試料表面へ位置を変えながら照射し、飛行時間型二次イオン質量分析計により取得した質量スペクトルから質量/電荷比ごとに信号強度を二次元表示した質量分析顕微鏡像の画像処理方法において、
試料表面に到達する一次ビームの形状に基づくボケ関数を演算する工程;及び
該ボケ関数に基づいて質量分析顕微鏡像を復元する工程を特徴とする質量分析顕微鏡像の画像処理方法。
【請求項2】
前記ボケ関数を演算する工程において、
一次ビームの形状I(x,y)を、パルス幅pulsewidth[秒]、パルス内の時刻t[秒]、加速電圧E0[V]、収束レンズの色収差係数Cc[m]、照射角β[rad]、時刻tにおける座標x, yのイオン数の二次元分布の三次元形状N(x,y,t)、およびビームバンチングの印加電圧E_b[V]をパラメータとして持つ数式1に記載の関数に従いボケ関数として演算することを特徴とする請求項1に記載の画像処理方法。
【数1】

【請求項3】
前記ボケ関数を演算する工程において、前記一次ビームを照射することにより生じたクレータの光学顕微鏡像に基づいて、前記試料表面に到達する一次ビームの形状を演算することを特徴とする請求項1に記載の質量分析顕微鏡像の画像処理方法。
【請求項4】
前記一次ビームがイオンビームであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析顕微鏡像の画像処理方法。
【請求項5】
前記一次ビームがレーザービームであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析顕微鏡像の画像処理方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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