説明

異常診断装置および異常診断方法

【課題】移動体の異常診断の信頼性を向上させる。
【解決手段】異常診断装置2の演算処理部21は、診断要求があった場合、センサ12を介して、移動体(昇降機1)が運転を停止している状態で移動体周辺から発せられる音響信号などの物理信号を取得し、当該取得した物理信号と、予め記憶部20に記憶されている基準となる物理信号とを比較して、移動体が診断可能な環境にあるか否かを判定し(診断可否判定部214)、移動体が診断可能な環境にあると判定された場合、移動体の運転状態に応じて発せられる物理信号を取得して所定の演算に基づく解析により移動体の異常診断を行う(診断処理部215)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昇降機等、移動体の運転状態に応じて発せられる物理信号を検知し、当該検知された物理信号を所定の演算により解析して診断を行う異常診断装置および異常診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、診断の対象となる昇降機の動作音をマイクロフォンなどの音響センサで集音し、この音響センサで生成される音響信号と、予め収集し、登録済みの正常動作時における音響信号とを比較することにより、昇降機の正常運転、異常運転を検知する異常診断方法が知られている。
【0003】
前記した方法を用いて異常診断を行うためには、昇降機の動作音を録音するときに、人の話し声のような周囲の環境音が入り込まないように注意する必要がある。その理由は、診断対象の昇降機は、健全で、かつ、動作時に異常音が発生していないにもかかわらず、音響信号に混入された環境音成分を、昇降機の異常音であるとして誤診断することが考えられるためである。
【0004】
この問題を解決するために、例えば、特許文献1には、人がいない時間帯に昇降機の動作音を録音して異常診断することによって、診断対象の音響信号に人の声などが紛れ込むことを防止するようにした異常診断装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−277082号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された異常診断装置は、例えば、デパートや鉄道駅構内などの深夜など、周囲に人がいない時間帯が予め分かる環境に設置されている昇降機に対しては有効であると考えられる。しかしながら、昇降機が設置されている場所は、集合住宅や雑居ビルなど、周囲に人が存在しない時間帯を特定するのが困難である場合が多い。また、人の声のみならず、交通車両などが発する音、繁華街の雑踏、犬の遠吠えなど様々な環境音が存在する。従って、特許文献1に開示された異常診断装置のように、人がいない時間帯を設定して異常診断するだけでは、様々な環境音の混入を防ぐことができず、その環境音の混入が誤診断の原因となっていた。
【0007】
本発明は、前記課題を解決するためになされたものであり、誤診断の原因となる環境音の混入を防止し、診断結果の信頼性を向上させることが可能な異常診断装置および異常診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために本発明における移動体の異常診断装置は、診断要求があった場合、移動体が運転を停止している状態で移動体周辺から発せられる物理信号を取得し、当該取得した物理信号と、予め記憶されている物理信号とを比較して移動体が診断可能な環境にあるか否かを判定し、診断可能な環境にあると判定された場合にその運転状態に応じて発せられる物理信号を取得して所定の演算に基づく解析により移動体の異常診断を行う構成としたものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、誤診断の原因となる環境音の混入を防止し、診断結果の信頼性を向上させることが可能な異常診断装置および異常診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置の構成を示すブロック図。
【図2】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置における診断要求生成部の処理手順を示したフローチャート。
【図3】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置における運転状態判定部の処理手順を示したフローチャート。
【図4】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置における測定環境差算出部の処理手順を示したフローチャート。
【図5】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置における測定環境差算出部による測定環境差算出のための信号処理の流れを示したブロックチャート。
【図6】本発明の第1の実施形態に係る移動診断装置における測定環境差算出部によるクラスタ分析の概要を説明するための説明図。
【図7】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置におけるクラスタ情報テーブルのデータ構造の一例を示す図。
【図8】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置における測定環境差算出部のクラスタ同定処理手順を示したフローチャート。
【図9】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置におけるチェックテーブルのデータ構造の一例を示した図。
【図10】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置における診断可否判定部の処理手順を示したフローチャート。
【図11】本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置における診断処理部の処理手順を示したフローチャート。
【図12】本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置における測定環境差算出部の処理手順を示したフローチャート。
【図13】本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置における測定環境差算出部による測定環境差算出のための信号処理の流れを示したブロックチャート
【図14】本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置における測定環境差テーブルのデータ構造の一例を示した図。
【図15】本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置における診断可否判定部の処理手順を示したフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
<第1の実施形態>
(異常診断装置の構成)
図1は、本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置の構成を示すブロック図である。本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置2は、診断対象となる昇降機1に接続されて構成される。
【0013】
昇降機1は、ケージの昇降動作を制御する昇降機制御装置11と、ケージの動作により発生する音響信号を収集するセンサ12とを備える。ここで、センサ12は、環境音などの物理信号を取得する音響センサの他に、ケージの任意の場所に設置され、ケージの重量を計測する荷重センサも含む。
【0014】
異常診断装置2は、IC(Integrated Circuits)メモリやハードディスク装置などの記憶媒体が実装された記憶部20と、記憶部20に格納されるプログラムを実行するCPU(Central Processing Unit)が実装された演算処理部21と、を含む。ここで、記憶部20には、前記プログラムの他に、閾値など予め設定される値、プログラムにより作成される各種データ(後記するクラスタ情報テーブル201、チェックテーブル202、測定環境差テーブル203など)が保持される。
【0015】
演算処理部21における診断要求生成部211、運転状態判定部212、測定環境差算出部213、診断可否判定部214、診断処理部215などの処理機能は、前記CPUが記憶部20に格納された所定のプログラムを実行することによって実現される。
【0016】
図1において、診断要求生成部211は、時刻監視を行い、予め設定した時刻になると異常診断の実行を要求する診断要求信号を生成し、運転状態判定部212を起動する機能を有する。また、運転状態判定部212は、昇降機制御装置11からケージの運転状態情報とケージ重量情報とを取得し、ケージが停止中であって、かつ、動作音が発生しないことを監視したうえで診断対象としての昇降機1が異常診断可能な状態にあるか否かを判定する機能を有する。また、測定環境差算出部213は、センサ12を介してケージの周囲で発生している環境音(音響信号)を収集し、ここで収集した環境音と記憶部20に予め格納されている基準音データとを比較してその差分を算出し、その差分により昇降機1が診断可能な環境にあるか否かを判定する機能を有する。また、診断可否判定部214は、測定環境差算出部213で評価した差分を評価して昇降機1の異常診断実行可否を判定する機能を有する。診断処理部215は、昇降機1が備えるセンサ12から収集した音響信号を周波数成分に変換し(フーリエ変換)、各周波数成分の大きさを基準値と比較することにより異常診断を行う機能を有する。
【0017】
(異常診断装置の動作)
以下、図2〜図12を参照して図1に示す本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置2の動作について説明する。
【0018】
図2は、異常診断装置2における診断要求生成部211の処理手順を示したフローチャートである。診断要求生成部211の機能は、予め設定された時刻になると診断要求信号を生成して運転状態判定部212を起動することであり、診断要求生成部211は、一定周期の時間で繰り返し実行される。
【0019】
すなわち、図2に示す診断要求生成部211は、一定周期毎(例えば、5分毎)に起動され、異常診断装置2に含まれている計時装置(図示せず)から現在時刻を取得し(ステップS201)、記憶部20に予め保持されている設定時刻を読出して、その取得した現在時刻と比較する(ステップS202)。そして、現在時刻が設定時刻を過ぎている場合には(ステップS202“Yes”)、診断要求生成部211は、診断要求信号を生成して、運転状態判定部212の処理を起動し(ステップS203)、現在時刻が設定時刻を過ぎていない場合には(ステップS203“No”)、診断要求生成処理を終了する。
【0020】
図3は、異常診断装置2における運転状態判定部212の処理手順を示したフローチャートである。運転状態判定部212の機能は、昇降機制御装置11からケージの運転状態情報とケージ重量情報とを取得し、ケージが停止中で、かつ動作音が発生しないことを監視したうえで環境音を収集し、昇降機1が異常診断可能な状態にあるか否かを判定することである。
【0021】
運転状態判定部212の処理は、診断要求生成部211により生成される診断要求信号によって起動され、図3に示すように、まず、昇降機制御装置11から昇降機1の運転状態情報およびケージ重量を取得する(ステップS301)。続いて、運転状態判定部212は、昇降機制御装置11から取得した昇降機1の運転状態情報から昇降機1が停止中であるか否かを判定する(ステップS302)。
【0022】
ステップS302の判定の結果、昇降機1が昇降動作中の場合には(ステップS302“No”)、運転状態判定部212は、一定時間待機した後(ステップS305)、再びステップS301の処理を実行して昇降機制御装置11から運転状態情報を取得する。また、昇降機1が停止中の場合には(ステップS302“Yes”)、運転状態判定部212は、さらに、ケージに人が乗っていないことを検知するため、昇降機制御装置11から取得したケージ重量が所定の基準値内にあるか否かを判定する(ステップS303)。ここで、ケージ重量の基準値は、ケージに人が乗っていない場合のケージ重量をある一定の幅をもたせて設定したものであり、記憶部20の所定の領域に予め設定されている。
【0023】
次に、昇降機1に人が乗っているなどのため、ケージ重量が基準値外と判定された場合には(ステップS303“No”)、運転状態判定部212は、再びステップS301の処理を実行し、昇降機制御装置11から運転状態情報を取得する。一方、ケージに人が乗っていない、つまり、ケージ重量が基準値内にあると判定された場合には(ステップS303“Yes”)、運転状態判定部212は、測定環境差算出部213の処理を起動する(ステップS304)。
【0024】
図4は、異常診断装置2における測定環境差算出部213の処理手順を示したフローチャートである。測定環境差算出部213の機能は、周囲で発生している環境音を収集し、これを基準状態と比較して診断可能な環境であるか否かを判定することである。測定環境差算出部213の処理は、前記した運転状態判定部212により起動される。
【0025】
図4に示すように、測定環境差算出部213は、センサ12を介して音響信号(以下、“実録環境音”という)を収集するとともに(ステップS401)、記憶部20の所定の領域を参照して、異常診断処理を実行する際の基準データとなる理想環境の音響信号(以下、“理想環境音”という)を取得する(ステップS402)。次に、測定環境差算出部213は、それぞれ取得した実録環境音と理想環境音とから、その差分である測定環境差を算出し(ステップS403)、その後、診断可否判定部214の処理を起動する(ステップS404)。
【0026】
図5は、異常診断装置2における測定環境差算出部213による測定環境差算出のための信号処理の流れを示したブロックチャートである。以下、図5を参照しながら測定環境差の算出方法について説明する。
【0027】
図5に示すように、測定環境差算出部213は、理想環境音を入力データとしてフーリエ変換51を行い、さらに、その結果得られる周波数スペクトルのクラスタ分析52を行う。また、実録環境音についても、同様に、フーリエ変換51aを行い、クラスタ分析52aを行う。そして、クラスタ同定処理53により、各々のクラスタ分析52,52a後のデータに基づき、測定環境差を算出する。
【0028】
すなわち、測定環境差算出部213は、フーリエ変換51,51aにより、時間経過で変動する音響信号を、周波数成分のスペクトルに変換する。この際、窓関数をフーリエ変換の度に時間方向へシフトさせることにより各時刻の周波数スペクトルを算出することができる。
【0029】
次に、測定環境差算出部213は、各時刻の周波数スペクトルの大きさを座標空間上にプロットする。ここで、座標軸はフーリエ変換後の各周波数である。
【0030】
図6は、測定環境差算出部213によるクラスタ分析52,52aの概要を説明するための説明図である。まず、図6(a)を参照しながら、座標空間上へのプロットの仕方を説明する。図6(a)では、説明の簡単化のために、フーリエ変換後のスペクトル周波数はf1,f2のみとし、座標空間を2次元としているが、一般には、n次元である。
【0031】
測定環境差算出部213は、フーリエ変換51,51aにより、時刻t1の音響信号を周波数スペクトルに変換した結果、周波数f1のスペクトルの大きさがx1、周波数f2のスペクトルの大きさがy1の場合、座標空間上の座標(x1,y1)にその周波数スペクトルをプロットする。時刻t以降の音響信号についても同様にフーリエ変換したものを全てプロットする。
【0032】
また、測定環境差算出部213は、前記座標空間へプロットしたデータをグルーピングする。グルーピングには、例えば、周知のウォード法(Ward’s Method)などを用い、クラスタの数がある一定値になるまでグループ分け、すなわち、クラスタ化を実施する。なお、クラスタ化の方法としては、ウォード法ではなく、他の周知技術である最短・最長距離法(Nearest/Furthest Neighbor Method)、群平均法(Group Average Method)などを用いてもよい。
【0033】
次に、測定環境差算出部213は、各クラスタにおいて、全てのプロットが含まれる最小の球(一般には、n次元の球、2次元の場合は、円)を設定し、その中心座標と半径を算出する。ここでは、図6(b)を参照して、その球の中心座標と半径の算出方法について説明する。
【0034】
図6(b)には、プロットを3つのクラスタ(C1,C2,C3)にグループ分けした場合が示されている。この場合、設定する球の中心座標と半径は、それぞれ、クラスタC1の中心座標は(Cx1,Cy1)、半径はr1、クラスタC2の中心座標は(Cx2,Cy2)、半径はr2、クラスタC3の中心座標は(Cx3,Cy3)、半径はr3になる。そして、測定環境差算出部213は、このようにして算出した中心座標と半径をクラスタ番号毎に、図7に示すようなデータ構造を有するクラスタ情報テーブル201に設定する。なお、クラスタ情報テーブル201は、記憶部20の所定の領域に割当てられる。
【0035】
クラスタ同定処理53において、測定環境差算出部213は、理想環境音を処理したクラスタ情報テーブル201と実録環境音を処理したクラスタ情報テーブル201とを比較することにより各環境音のクラスタの同定判定を行う。この同定判定の方法について、以下、図8に示すフローチャートを参照しながら説明する。
【0036】
図8は、異常診断装置2における測定環境差算出部213のクラスタ同定処理手順を示したフローチャートである。図8に示すように、測定環境差算出部213は、最初に、理想環境音のクラスタ情報テーブル201のデータを参照し、クラスタ番号毎にループ処理を行う(ステップS101〜S109)。このループ処理では、まず、各クラスタの中心座標と半径に関するデータを取得する(ステップS102)。次に、実録環境音のクラスタ情報テーブル201を参照し(ステップS103)、クラスタ番号毎にループ処理を行う(ステップS103〜S108)。すなわち、測定環境差算出部213は、理想環境音のクラスタの中心座標と、実録環境音のクラスタの中心座標とを照合して位置関係を評価する(ステップS104)。
【0037】
ここで、測定環境差算出部213は、中心座標の照合を行うために、次に示す式(1)を演算する。そして、測定環境差算出部213は、式(1)を満たされているか否かを記憶部20へ一時的に格納する。
【0038】
【数1】

ここで、nはフーリエ変換後の周波数成分の数、fsは実録環境音データのs番目のクラスタの中心座標の成分、fiは理想環境音データのi番目のクラスタの中心座標の成分、riは理想環境音データのi番目のクラスタの半径である。
【0039】
次に、測定環境差算出部213は、半径比率を算出する(ステップS105)。半径比率は、以下の算式(2)を実行することにより算出され、ここでの算出結果は、記憶部20の所定の領域に一時記憶される。
【0040】
【数2】

ここで、ratioは半径比率、rsは実録環境音データのs番目のクラスタの半径、riは理想環境音データのi番目のクラスタの半径である。
【0041】
続いて、測定環境差算出部213は、式(1)、式(2)の演算結果に基づき、理想環境音のi番目のクラスタと、実録環境音のs番目のクラスタと一致するか否かを判定する(ステップS106)。具体的には、測定環境差算出部213は、式(1)を満たし、かつ、式(2)で求められるratioが一定値(例えば、1.5)以下である場合、または、式(1)および式(2)の両方を満たす場合、当該理想環境音のクラスタと当該実録環境音の当該クラスタとは同じものであると判定し(ステップS106“Yes”)、 図9に示すチェックテーブル202を更新する(ステップS107)。なお、チェックテーブル202は、記憶部20の所定の領域に割り当てられる。
【0042】
図9は、チェックテーブル202のデータ構造の一例を示した図である。図11に示すようにチェックテーブル202のクラスタ番号欄には、実録環境音のクラスタ番号が記録され、判定欄は、全ての欄に予め“1”が設定されている。測定環境差算出部213は、理想環境音のクラスタと同じものであると判定された実録環境音のクラスタのクラスタ番号に対し、判定欄の値を“1”から“0”へ書き換えるための処理を実行する。これにより、理想環境音のクラスタと同じであると判定されなかったクラスタ番号のみ、判定欄の値が“1”になる。
【0043】
以上の処理によって測定環境差算出処理(図4、ステップS403)を終了し、測定環境差算出部213は、次には、診断可否判定部214の処理を起動する(ステップS404)。
【0044】
図10は、本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置2における診断可否判定部214の処理手順を示したフローチャートである。診断可否判定部214の機能は、測定環境差算出部213で評価した環境差の結果を受け、異常診断の実行可否を判定することである。
【0045】
図10に示すように、測定環境差算出部213は、まず、測定環境差算出部213により生成され、記憶部20に記憶されているチェックテーブル202(図9参照)を参照し(ステップS501)、チェックテーブル202の判定欄が全て“0”であるか否かを判定する(ステップS502)。
【0046】
診断可否判定部214は、いずれかの判定欄に“1”がある場合には(ステップS502“No”)、実録環境音は理想環境音と乖離しており異常診断が不可能な環境にあると判定する。ここで異常診断が不可能な環境にあると判定された場合、診断可否判定部214は、運転状態判定部212の処理を起動し(ステップS504)、測定環境差算出部213により測定環境差を求め、再び診断可能な環境にあるか否かを評価する。なお、再び診断可能な環境にあるか否かを評価する際には、昇降機1のケージの停止位置を移動させて別のフロアで異常診断が可能な環境にあるか否かを評価してもよい。
【0047】
一方、判定欄が全て“0”の場合(ステップS502“Yes”)、診断可否判定部214は、実録環境音は理想環境音に類似しており異常診断可能な環境であると判定し、診断処理部215の処理を起動する(ステップS503)。
【0048】
図11は、本発明の第1の実施形態に係る異常診断装置2における診断処理部215の処理手順を示したフローチャートである。診断処理部215の機能は、昇降機1が備えるセンサ12から収集した音響信号を周波数成分に変換し、各周波数成分の大きさを基準値と比較することにより異常診断を行うことである。
【0049】
図11に示すように、診断処理部215は、まず、診断対象となる昇降機1を動作させ、センサ12から、昇降機1の動作音である音響信号を収集する(ステップS601)。続いて、診断処理部215は、収集した音響信号をフーリエ変換により周波数成分に変換する。次に、診断処理部215は、記憶部20から予め設定された異常判定閾値を読み出し(ステップS602)、フーリエ変換した各周波数成分の大きさと異常判定閾値とを比較し、異常判定閾値よりも大きな周波数成分が存在する場合には異常ありと判定する異常判定処理を実行する(ステップS603)。
【0050】
(第1の実施形態の効果)
前記した本発明の第1の実施形態に係る移動体の異常診断装置2によれば、診断の断対象となる昇降機1などの移動体が発する音響信号を用いて異常診断する場合に、まず、昇降機1が停止状態にあって動作音が発生しないことを確認したうえで周囲の環境音を収集し、フーリエ変換およびクラスタ分析などを用いた演算処理により、周囲の環境音が診断可能な状態にあると判定された場合に、昇降機1を動作させて動作音を収集して異常診断処理を行う構成としたものである。
【0051】
従って、本実施形態においては、誤診断の原因になる環境音が存在しない状態で移動体の動作音が収集される、つまり、周囲の音響状態が異常診断可能な状態になった時点で、その異常診断処理が行われるので、異常診断の信頼性の向上を図ることができる。
【0052】
なお、環境音が診断できない状態にあると判定された場合には、所定時間待機後、または、昇降機1を所定距離だけ移動させ、つまり、他の階へ移動させ、診断可能な状態になった時点で昇降機1を動作させて動作音を収集し、異常診断処理を行うこととしている。このことにより、一層の信頼性の向上を図ることができる。
【0053】
<第2の実施形態>
続いて、本発明の第2の実施形態に係る移動体の異常診断装置について説明する。本発明の第2の実施形態に係る移動体の異常診断装置のブロックレベルでの構成は、第1の実施形態で示した異常診断装置のブロック構成(図1参照)と同じである。従って、ここでも、図1に示した異常診断装置のブロック構成を用いることとする。なお、第1の実施形態との相違は、測定環境差算出部213および診断可否判定部214の処理内容にある。以下、説明の重複を回避するために、第1の実施形態との相違に着目して説明を行う。
【0054】
(第2の実施形態の動作)
図12は、本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置2における測定環境差算出部213の処理手順を示したフローチャートである。図12示すように、測定環境差算出部213は、まず、センサ12から、実録環境音を収集する(ステップS121)。次に、測定環境差算出部213は、記憶部20から、理想環境音の周波数特性として周波数別に値が設定された基準データを読み出し(ステップS122)、実録環境音と基準データとの差分である測定環境差を算出する(ステップS123)。この算出方法については、次に、図13を参照して、詳しく説明する。に示す測定環境差算出部213による測定環境差のための信号処理の流れを示したブロックチャートを参照しながら説明する。
【0055】
図13は、本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置2における測定環境差算出部213による測定環境差算出のための信号処理の流れを示したブロックチャートである。図13に示すように、測定環境差算出部213は、測定環境差を算出するにあたり、理想環境音をフーリエ変換1301し、周波数別の成分に変換する。そして、差分演算1302により、周波数別に測定環境差を算出して診断可否判定部214へ出力する。測定環境差の算出式は、次の式(3)によって表される。
【0056】
【数3】

ここで、nは、フーリエ変換後の周波数の順番、Adは、測定環境差(周波数別)、Asnは、実録環境音をフーリエ変換した後の値(周波数別)、Ainは、基準データの値(周波数別)である。
【0057】
式(3)を用いて算出された測定環境差Adnは、図14に示す測定環境差テーブル203に格納される。ここで、図14は、本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置における測定環境差テーブルのデータ構造の一例を示した図である。測定環境差テーブル203の内容は、記憶部20の所定の領域に一時保持される。
【0058】
再度、説明を図12に戻す。前記のように、測定環境差算出部213は、測定環境差算出後、診断可否判定部214を起動する(ステップS124)。診断可否判定部214の機能は、測定環境差算出部213で評価した差分を評価して昇降機1の異常診断実行可否を判定することである。
【0059】
図15は、本発明の第2の実施形態に係る異常診断装置における診断可否判定部の処理手順を示したフローチャートである。図15に示すように、診断可否判定部214は、まず、記憶部20に一時記憶された測定環境差テーブル203を参照して(ステップS151)、全ての測定環境差Adnを読み出し、その全ての測定環境差Adnが、記憶部20の所定の領域に予め設定されて保持されている閾値と比較する(ステップS152)。
【0060】
ここで、閾値より大きな値の測定環境差Adnが存在する場合(ステップS152“No”)、診断可否判定部214は、実録環境音は理想環境音との乖離が大きく、異常診断不可能な環境であると判定し、第1の実施形態の場合と同様、運転状態判定部212を起動し(ステップS154)、測定環境差算出部213により測定環境差を求め、再び診断可能な環境にあるか否かを評価する。なお、再び診断可能な環境にあるか否かを評価する際には、第1の実施形態の場合と同様、昇降機1のケージの停止位置を移動させて別のフロアで異常診断が可能な環境にあるか否かを評価することとする。
【0061】
一方、閾値より大きな値の測定環境差Adnが存在しない場合(ステップS152“Yes”)、診断可否判定部214は、実録環境音は理想環境音に類似しており異常診断が可能な環境にあると判定し、診断処理部215を起動して(ステップS153)、診断処理を実行させる。以降の処理は、第1の実施形態の場合と同様であるため説明を省略する。
【0062】
(第2の実施形態の効果)
前記した本発明の第2の実施形態に係る移動体の異常診断装置によれば、移動体が発する、例えば、音響信号を用いて異常診断を行う場合に、まず、周囲の環境音を収集し、これを基準状態と比較して診断可能な環境であるかを判定し、環境音が小さく診断可能な環境であると判定した場合に、移動体を動作させてその動作音を収集して異常診断処理を実行する。従って、誤診断の原因となる環境音が存在しない状態で移動体の動作音を収集できるので、環境音による誤診断を防止することが可能である。
【0063】
<その他の実施形態>
以上、第1および第2の実施形態では、診断対象の物理信号として音響信号を用いる場合についてのみ説明したが、音響信号のみならず、振動データ(加速度信号)や移動速度のデータを用いる場合にも、同様の処理により異常診断装置2を構成することが可能である。また、第1および第2の実施形態では、異常診断装置2を適用する移動体として、昇降機1のみを例示したが、昇降機1に限らず、車両などの移動体に適用することも可能である。さらには、タービンやボイラなど固定された機器に対しても適用可能である。
【0064】
また、第1および第2の実施形態では、図1に示した演算処理部21が有する機能は、プログラム処理、つまり、ソフトウェアによって実現されるものとしたが、その全部または一部の機能をハードウェア(専用の電子回路など)で実現してもよい。
【0065】
例えば、演算処理部21が、診断要求があった場合、移動体が運転を停止している状態で移動体周辺から発せられる物理信号を取得し、当該取得した物理信号と、記憶部20に記憶された物理信号と比較して移動体が診断可能な環境にあるか否かを判定し、移動体が診断可能な環境にあると判定された場合、移動体の運転状態に応じて発せられる物理信号を取得して所定の演算に基づく解析を行い移動体の異常診断を行うデータ処理は、1または複数のプログラムによりコンピュータ上で実現してもよく、また、その少なくとも一部をハードウェアで実現してもよい。
【0066】
以上、本発明は、デパートや鉄道駅構内など人が集まる施設に設置される昇降機はもちろんのこと、集合住宅や雑居ビルなどの施設に設置される昇降機など、人がいない時間帯を特定するのが困難なケースに用いて好適である。また、移動する昇降機や車両に限らず、タービンなど固定された機器にも適用することができる。
【符号の説明】
【0067】
1 昇降機
2 異常診断装置
11 昇降機制御装置
12 センサ
20 記憶部
21 演算処理部
201 クラスタ情報テーブル
202 チェックテーブル
203 測定環境差テーブル
211 診断要求生成部
212 運転状態判定部
213 測定環境差算出部
214 診断可否判定部
215 診断処理部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体の運転状態に応じて発せられる物理信号を検知し、当該検知された物理信号を所定の演算により解析して診断を行う異常診断装置であって、
基準となる診断環境における物理信号が記憶された記憶部と、
診断要求があった場合、前記移動体が運転を停止している状態で前記移動体周辺から発せられる物理信号を取得し、当該取得した物理信号と、前記記憶部に記憶された物理信号と比較して前記移動体が診断可能な環境にあるか否かを判定し、前記移動体が診断可能な環境にあると判定された場合、前記移動体の運転状態に応じて発せられる物理信号を取得して前記所定の演算に基づく解析を行い、前記移動体の異常診断を行う演算処理部と、
を備えたことを特徴とする異常診断装置。
【請求項2】
前記演算処理部は、
前記移動体が診断できない環境にあると判定された場合、所定時間経過後、再度診断可能な状態にあるか否かを判定すること
を特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項3】
前記演算処理部は、
前記移動体が診断できない環境にあると判定された場合、前記移動体を所定距離だけ移動させた後、再度診断可能な状態にあるか否かを判定すること
を特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項4】
前記演算処理部が取得する物理信号は、音響信号または加速度信号であること
を特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の異常診断装置。
【請求項5】
前記演算処理部は、
前記移動体が診断可能な環境にあるか否かを判定するとき、前記取得した物理信号と前記記憶部に記憶された物理信号との差分を算出し、当該差分が所定の範囲内にある場合に前記移動体が診断可能な状態にあると判定すること
を特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の異常診断装置。
【請求項6】
前記演算処理部は、
前記記憶部に記憶された物理信号、および、前記移動体が運転を停止している状態で取得された前記移動体周辺から発せられる物理信号をそれぞれ周波数成分に変換してクラスタ分析を行い、クラスタ分析後のそれぞれのデータを同定して前記差分を算出すること
を特徴とする請求項5に記載の異常診断装置。
【請求項7】
少なくとも記憶部と演算処理部とを備え、移動体の運転状態に応じて発せられる物理信号をセンサで検知し、当該検知された物理信号を前記演算処理部が所定の演算を実行することにより解析して診断を行う異常診断装置に用いられる異常診断方法であって、
前記演算処理部は、
診断要求があった場合、前記移動体が運転を停止している状態で前記移動体周辺により発せられる物理信号を取得する運転状態判定および物理信号取得ステップと、
前記取得した物理信号と前記記憶部に記憶された基準となる診断環境における物理信号と比較して前記移動体が診断可能な環境にあるか否かを判定する診断可否判定ステップと、
前記移動体が診断可能な環境にあると判定された場合、前記移動体の運転状態に応じて発せられる物理信号を取得して前記所定の演算に基づく解析を行い、前記移動体の異常診断を行う診断処理ステップと、
を実行することを特徴とする異常診断方法。
【請求項8】
前記演算処理部は、
前記移動体が診断できない環境にあると判定された場合、所定時間経過後、再度診断可能な状態にあるか否かを判定すること
を特徴とする請求項7に記載の異常診断方法。
【請求項9】
前記演算処理部は、
前記移動体が診断できない環境にあると判定された場合、前記移動体を所定距離だけ移動させた後、再度診断可能な状態にあるか否かを判定すること
を特徴とする請求項7に記載の異常診断方法。
【請求項10】
前記演算処理部が取得する物理信号は、音響信号または加速度信号であること
を特徴とする請求項7ないし請求項9のいずれか1項に記載の異常診断方法。
【請求項11】
前記演算処理部は、
前記移動体が診断可能な環境にあるか否かを判定するとき、前記取得した物理信号と前記記憶部に記憶された物理信号との差分を算出し、当該差分が所定の範囲内にある場合に前記移動体が診断可能な状態にあると判定すること
を特徴とする請求項7ないし請求項10のいずれか1項に記載の異常診断方法。
【請求項12】
前記演算処理部は、
前記記憶部に記憶された物理信号、および前記移動体が運転を停止している状態で取得された前記移動体周辺から発せられる物理信号をそれぞれ周波数成分に変換してクラスタ分析を行い、クラスタ分析後のそれぞれのデータを同定して前記差分を算出すること
を特徴とする請求項11に記載の異常診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−189100(P2010−189100A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−33614(P2009−33614)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】