説明

異方性多孔質膜

【課題】血液成分の測定において血液の性状の違いによる影響を受けにくい異方性多孔質膜を提供する。
【解決手段】血液が適用される第1の表面とその反対側に位置し血漿が滲み出す第2の表面とを有し、第1の表面の平均孔径が第2の表面の平均孔径より大きい異方性の多孔質膜であって、1)前記第1の表面の表面開孔率が、3.0〜9.5%であり、2)前記第1の表面の平均孔径が、3.0〜5.0μmであり、3)前記第2の表面の平均孔径が、0.1〜3.0μmであり、4)前記多孔質膜の膜厚が、70〜150μmであり、5)前記第1の表面からの赤血球の侵入率が、膜厚の20〜40%であり、6)ヘマトクリット値60%の血液を前記第1の表面に適用したとき、展開が1秒以内に完了する、異方性多孔質膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性の異方性多孔質膜で、血液成分測定に有用な試験紙に関する。
【背景技術】
【0002】
血糖値の測定を行う血糖値測定装置(血中成分測定装置)が知られている。この血糖値測定装置は、血中のグルコース量に応じて呈色する試験紙の呈色の度合いを光学的に測定(測色)して血糖値を定量化するものであり、試験紙の測色は、発光素子および受光素子を備える測光部において、試験紙に光を照射しその反射光の強度を測定することにより行われている。
【0003】
試験紙としての合成ポリマー膜は、特許文献1に記載されている。特許文献1は、「対抗する2つの非対称な表面を有するポリスルホンポリマー膜の非対称性多孔質支持体であって、検体を測定する多孔質表皮層表面(第1の多孔質表皮層表面)が比較的開放孔構造を有し、検体と接する表面(第2の表面)がより開放孔構造を有し、支持構造体が検体を測定する多孔質表皮層表面に近接する等方性領域を含み、該等方性領域は実質的に一定の孔径を有し、該多孔質支持体はさらに該等方性領域に近接する非対称性領域を含み、該非対称性領域は高度の非対称性を有しかつ該支持構造体の少なくとも50%であるが80%以下にわたって広がるポリマー膜(特許文献1の請求項1)。」を記載する。このポリマー膜は、「実質的にすべての表皮層の孔が約1.2ミクロンより大きい直径を有する膜の一面にある積層多孔質表皮層、及び支持層が第1ゾーンと第2ゾーンとがあり、第2ゾーンから反対面の方向へ徐々に増加する孔径を有する膜(特許文献1の請求項19)。」が記載される。
また、「1.2ミクロンより大きい表面孔を第1の多孔質表皮層表面に形成するに十分な時間、孔形成雰囲気を有する気体雰囲気にキャスト層を接触させる製造方法(請求項29)」が記載される。このように、このポリマー膜は検体を測定する面の平均または最小孔径が1.2ミクロンより大きいものである。検体と接する第2の面の平均孔径は、より大きいものであることがわかる。
【0004】
特許文献2には、「検体中の濾別物を濾別する機能を有し、該検体中の特定成分と反応して呈色する試薬を担持する多孔質膜からなる試験紙であって、前記多孔質膜が、検体が供給される表面を有する第1の層と、該検体がしみ出し測定される表面を有する第2の層とを有し、前記第1の層が断面密度40%以下の大孔部からなり、該第1の層の表面が開孔部を有し、前記第2の層が断面密度40%を超える小孔部からなり、該第2の層の表面が開孔部を有する表面であって、該第1の層は、該第1の層の表面から前記多孔質膜の膜厚の1/5乃至1/2までの範囲にあり、さらに、前記多孔質膜の膜厚が50〜200μm、空孔率が60〜95%であり、前記第1の層の表面の平均孔径が0.5〜10μmであり、前記第2の層の表面の平均孔径が0.1〜3.0μmであり、前記第2の層のJISZ8741による表面の光沢度が、11以下である試験紙(特許文献2の請求項1)。」が、記載されている。特許文献2に記載の試験紙は、「検体の展開速度が速く、十分な試薬担持量を確保することができ、より高精度の測定を行うこと(段落0058)。」ができる。
【0005】
一方、血糖値を測定される血液は、人種、地域、年代、個人の状態によっても広い範囲で成分が変化する。また測定時の条件、特に温度によっても変化する。このような変化は、通常、予め多種類のデータから補正値または補正式を予測して、試験紙の測色結果を補正して結果を表示する。しかし、このような補正はあくまで一般的なものであり測定精度には一定の限界がある。
特に血液中のヘマトクリット値はおよそ20から60の幅があり、血液粘度が大きく異なるので従来の測定用多孔質膜では血液の展開速度(染み込み速度)が大きく変動し、測定精度を向上させるために苦労していた。
従来技術ではこのような測定される血中のヘマトクリット値が変動しても測定時間が一定範囲内である血糖値測定用多孔質膜は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3585175号公報
【特許文献2】特許第4374342号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者等は、上記従来技術の問題点を解決し、血液の性状による差の影響を受けにくい異方性多孔質膜(以下、多孔質膜ということがある)を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、異方性多孔質膜において、血液が適用される第1の表面を適切な範囲で表面孔径を大きくすることによって、測定される血液の性状の影響を受けにくい測定が可能で、測定値の再現性が向上することを知見し本発明に至った。
【0009】
すなわち本発明は以下を提供する。
(1)血液が適用される第1の表面とその反対側に位置し血漿が滲み出す第2の表面とを有し、前記第1の表面の平均孔径が第2の表面の平均孔径より大きい異方性の多孔質膜であって、1)前記第1の表面の表面開孔率が、3.0〜9.5%であり、2)前記第1の表面の平均孔径が、3.0〜5.0μmであり、3)前記第2の表面の平均孔径が、0.1〜3.0μmであり、4)前記多孔質膜の膜厚が、70〜150μmであり、5)前記第1の表面からの赤血球の侵入率が、膜厚の20〜40%であり、6)ヘマトクリット値60%の血液を前記第1の表面に適用したとき、展開が1秒以内に完了する、異方性多孔質膜。
(2)前記赤血球の侵入率が膜厚の26〜34%である(1)に記載の異方性多孔質膜。
(3)前記多孔質膜の膜厚が、100〜140μmである(1)または(2)に記載の異方性多孔質膜。
(4)前記第1の表面の表面開孔率が4.6〜8.2%であり、前記第1の表面の平均孔径が3.4〜4.4μmである(1)ないし(3)のいずれかに記載の異方性多孔質膜。
(5)前記多孔質膜の通気度が、1.7〜5.2L/min/cm2である(1)ないし(4)のいずれかに記載の異方性多孔質膜。
(6)前記多孔質膜の通気度が、2.0〜4.3L/min/cm2である(1)ないし(5)のいずれかに記載の異方性多孔質膜。
(7)上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の異方性多孔質膜を用いた血液成分測定用膜。
【発明の効果】
【0010】
本発明の異方性多孔質膜は、血液のしみこみが速く、血液成分測定用の試験紙として用いると短時間、低温(常温付近)での測定が可能となる。また、血液の性状による差の影響を受けにくいため測定値の再現性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1(標本番号3)の多孔質膜の断面(図1(A))と第1の表面(図1(B))とを示すSEM写真である。
【図2】比較例1(標本番号1)の多孔質膜の断面(図2(A))と第1の表面(図2(B))とを示すSEM写真である。
【図3】赤血液侵入率を示す実施例1(標本番号3)の顕微鏡写真(図3(A−1))、およびこの写真の模式図(図3(A−2))である。比較例1(標本番号1)の顕微鏡写真(図3(B−1))、およびこの写真の模式図(図3(B−2))である。
【図4】血液のヘマトクリット値の違いによる多孔質膜(比較例1、標本番号1)への血液の展開状態を測定したグラフである。
【図5】血液のヘマトクリット値の違いによる多孔質膜(実施例1、標本番号3)への血液の展開状態を測定したグラフである。
【図6】血液のヘマトクリット値の違いによる多孔質膜(比較例5、標本番号8)への血液の展開状態を測定したグラフである。
【図7】血糖測定値の同時再現性を実施例4および比較例7の血糖値測定用膜で比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<多孔質膜の形状>
以下に本発明の異方性多孔質膜を説明する。以下、異方性多孔質膜を単に膜とも称する。
本発明の異方性多孔質膜は、血液が適用される第1の表面とその反対側に位置し血漿(実質的に血球成分を含まない液体成分)が滲み出す第2の表面とを有し、第1の表面の平均孔径が第2の表面の平均孔径より大きい異方性多孔質膜であって、以下の1)から3)の範囲にある膜の中で、4)で規定される膜である。
1)第1の表面の表面開孔率が、3.0〜9.5%、好ましくは4.6〜8.2%であ
る。ここで、第1の表面についてφ2.04μm(孔面積3.27μm2)以上の孔の面積の総和の測定範囲面積に対する比率を表面開孔率とした。
表面開孔率(%)=孔面積の総和/測定領域面積・・・式(1)
本発明の異方性多孔質膜の1例(実施例1、標本番号3)の表面のSEM写真を図1(B)に示す。図1(B)から、観察可能なφ2.04μm以上の孔の面積の総和の、測定領域面積に対する比率を開孔率とする。
第1の表面の表面開孔率が上記範囲であると、第2の表面との間で毛細管現象が適切に働き、しかも赤血球の侵入深さが適正に確保される。
【0013】
2)第1の表面の平均孔径が、3.0〜5.0μm、好ましくは3.4〜4.4μmである。第1の表面の平均孔径がこの範囲であると、第2の表面との間で表面張力が適切に働き、しかも赤血球の侵入を阻害しない。
3)第2の表面の平均孔径が、0.1〜3.0μmである。第2の表面の平均孔径がこの範囲であると、第1の表面との間で、毛細管現象が適切に働き、しかも赤血球が第2の表面に到達することがない。
【0014】
また、上記第1の表面の平均孔径がこの範囲であれば、検体のしみ込みが速く、濾別物(赤血球)による目詰まりがない理由から好ましく、上記第2の表面の平均孔径がこの範囲であれば、検体の展開が速く、また、血液成分等の測定用の試薬を十分に担持させることができる理由から好ましい。第1の表面の平均孔径が大きくなりすぎて、それにつれて第2の表面の平均孔径も大きい場合は、毛細管現象による血液の吸引が弱くなり、血液のしみ込みが逆に遅くなる。
【0015】
4)第1の表面からの赤血球の侵入率は、膜厚の20〜40%、好ましくは26〜34
%である。赤血球の侵入率がこの範囲であると血液のしみこみが速くなるため、短時間、低温での測定が可能となる。この範囲を超えると第2の表面での血液色が濃くなるため、血液色の影響を受けにくい測定波長の選定が必要になる。
赤血球の侵入率は、膜の大孔径面(第1の表面)から血液を点着した後、血液の展開が血液の性状によらずに充分完了する時間経過後、膜を細胞固定液で固定し、断面切片中の赤血球を染色し、光学顕微鏡で観察および写真撮影して、赤血球の侵入深さを測定し、その侵入深さの膜厚に対する比率を赤血球侵入率とした。
赤血球侵入率(%)=侵入深さ(μm)/膜厚(μm)・・・式(2)
第1の表面からの赤血球の侵入率は異方性多孔質膜の内部の異方性の特性を示す指標となる。
【0016】
本発明の多孔質膜は、血液が適用される第1の表面から血液を吸収して濾過しつつ血液中の濾別物(赤血球)を濾別する機能を有する。また、本発明の多孔質膜は、血液と接触する第1の表面に大きな孔を有し、表面開孔率が高い。一方で血液を測定する第2の表面の孔は比較的小さく、毛細管現象の吸い上げ力を維持している。多孔質膜内部は赤血球の侵入率が特定範囲に制御された異方性の多孔質膜である。
【0017】
本発明の多孔質膜は、血中のグルコース量を測定する場合には、第2の表面から所定の深さまで血中のグルコースと反応して呈色する試薬を坦持していて、多孔質膜中で展開され濾過された血液が第2の表面に達し、試薬と反応して呈色する。第2の表面の呈色の度合いを光学的に測定(測色)して血糖値を定量測定する。第2の表面の測色は、発光素子および受光素子を備える測光部において、多孔質膜に光を照射しその反射光の強度を測定することにより行われる。
【0018】
検体である血糖値を測定される血液は、人種、地域、年代、個人の状態によってもひろい範囲で成分が変化する。また測定時の条件、特に温度によっても変化する。特にヘマトクリット値は平均40%位であるが、およそ20%から60%の幅があり、ヘマトクリット値によって血液粘度が大きく異なる。従来の多孔質膜ではヘマトクリット値の違いにより、多孔質膜での展開速度が異なり、それが測定精度に影響している。
本発明の多孔質膜は上記の特徴を有するので、ヘマトクリット値60%〜20%の血液の展開が1秒以内に完了する。ここで、血液の展開が完了するとは、測定面(第2の表面)をビデオカメラで撮影し動画解析したときの測定面での輝度が、時間の経過に対してプラトーを示す状態のことをいう。表面開孔率が増加すると展開速度も速くなるが、表面開孔率が大きすぎると展開速度は逆に低下する。これは、製造上の制約から、点着面(第1の表面)の開孔率が大きくなると、測定面側(第2の表面)の孔も大きくなりやすく、毛細管力が働きにくくなるためと考えられる。なお、ヘマトクリット値は、血液中に占める血球の容積の割合を示す数値で、ほぼ赤血球の容積比と等しい。成人男性で40‐50%、成人女性で35‐45%程度が正常値であるとされる。
【0019】
本発明の多孔質膜は、第1の表面の平均孔径が第2の表面の平均孔径より大きい異方性多孔質膜であって、第1の表面と第2の表面とその間にある異方性の多孔質層とのバランスによって、毛細管現象を損なうことなく、血液のしみ込み展開が早く、短時間、低温での血液成分の測定が可能になる。しかも測定面へ赤血球が近づくが露出せず、赤血球の色が呈色試薬の呈色を光学的に測定するときのノイズとなるような悪影響も少ない。さらに血液のヘマトクリット値によらず血液の性状による差の影響を受けにくくなり、測定値の再現性が向上する。
【0020】
また、多孔質膜の膜厚は70〜150μm、好ましくは100〜140μmである。多孔質膜の膜厚がこの範囲であれば、十分な膜強度が得られ、赤血球の色による測定への影響も少なくなり、また上記検体のしみ出し時間(展開時間)が短縮され、必要な検体量も少なくて済む理由から好ましい。
さらに、多孔質膜の通気度は、1.7〜5.2L/min/cm2であるのが好ましく、2.0〜4.3L/min/cm2であるのがより好ましい。通気度がこの範囲であれば、血液の侵入速度を確保する上で好ましい。
通気度の測定は、膜をφ13のポンチで打ち抜いてシリコンリングを用いてホルダに固定し、第1の表面から第2の表面方向へ空気を圧力20kPaで透過させたときの透過速度(L/min/cm2)を膜の8箇所で測定し平均して求める。
【0021】
上記多孔質膜の膜材質となるポリマーとしては、具体的には、例えば、ニトロセルロース、ポリビニルジフロライド、セルロースアセテート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエチレン等が挙げられる。これらのうち、ポリエーテルスルホンであることが、血糖値測定に使用する試薬を担持する場合に試薬活性の経時的劣化が最も少ないという理由から好ましい。
【0022】
また、上記多孔質膜は、親水化剤を担持させる、親水性を有する膜材質から構成する、もしくは親水化処理を行うことが、検体を吸い込み、展開させる時間を短縮することができるという理由から好ましい。
上記親水化剤としては、具体的には、例えば、トライトンX−100(Rohm&Ha
as社製)等の界面活性剤、水溶性シリコン、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等が挙げられる。親水化処理としては、具体的には、プラズマ処理、グロー放電、コロナ放電、紫外線照射等の処理方法が好適に例示される。
さらに、上記多孔質膜は、上述した試薬および親水化剤以外に、所望により電解質(例えば、リン酸塩、フタル酸塩、コハク酸塩、クエン酸塩、ホウ酸塩、酢酸塩)、有機物(例えば、グリシン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン)を担持していてもよい。
【0023】
上記試薬としては、本発明の試験紙を血糖値測定用に用いる場合、具体的には、酵素として、グルコースオキシターゼ(GOD)、ペルオキシターゼ(POD)、発色剤として、1−(4−スルホフェニル)−2,3−ジメチル−4−アミノ−5−ピラゾロン(4−アミノ−1,2−ジヒドロ−1,5−ジメチル−2−(4−スルホフェニル)−3H−ピラゾール−3−オン)、N−エチル−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3,5−ジメチルアニリンナトリウム(3−((3,5−ジメチルフェニル)エチルアミノ)−2−ヒドロキシ−1−プロパンスルホン酸ナトリウム・1水和物)および、コハク酸緩衝液等の緩衝剤等が好適に使用される。
上記多孔質膜に担持させる上記試薬の担持量について、好ましい範囲は以下の通りである。
・グルコースオキシターゼ(GOD):13〜720U/cm2
・ペルオキシターゼ(POD):8〜1300U/cm2
・1−(4−スルホフェニル)−2,3−ジメチル−4−アミノ−5−ピラゾロン:30〜175μg/cm2
・N−エチル−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3,5−ジメチルアニリンナトリウム:51〜295μg/cm2
なお、酵素の単位Uとは1分間に1μモルの基質を変化できる酵素量である。
【0024】
<多孔質膜の製造方法>
次に、本発明の異方性多孔質膜の製造方法について詳細に説明する。
上記多孔質膜の製造方法としては、湿式製膜が好適に例示される。湿式製膜の他には、溶融製膜、乾式製膜等が知られているが、一方の表面の孔径が反対側の表面の孔径と異なる異方性膜を製造する場合、湿式製膜により製造することが好ましい。
上記湿式製膜は、製膜原液を基材上に膜状に広げる製膜原液供給工程と、該製膜原液供給工程後の基材を凝固浴に浸漬させる凝固浴浸漬工程と、該凝固浴浸漬工程後の基材を水浴中で溶剤成分および/または水溶性添加剤成分を除去する洗浄工程と、該洗浄工程後の基材を乾燥させる乾燥工程とを具備する。
【0025】
上記製膜原液供給工程は、製膜原液を基材上に膜状に塗布する工程であり、具体的には、製膜原液を、基材の表面に、キャスト厚調整可能なアプリケータを用いて押し広げる、もしくは塗り広げる、もしくはT−ダイから吐出する工程である。
【0026】
上記製膜原液としては、膜成分となる非水溶性第1成分ポリマーと被抽出成分である水溶性第2成分とを含み、第1成分ポリマーの濃度が14〜17w/w%のものが好ましい。非水溶性第1成分ポリマーと水溶性第2成分とを含んでいれば、ポリマーの凝集を抑制し、これらの成分を抽出除去したあとの空間に孔が形成され空孔率を向上させることができるため好ましい。
【0027】
上記非水溶性第1成分ポリマーとしては、具体的には、例えば、ニトロセルロース、ポリフッ化ビニリデン、セルロースアセテート、ポリスルホン、ポリエチレン、ポリエーテルスルホン等が挙げられる。これらのうち、ポリエーテルスルホンであることが、上述したように、血糖値測定に使用する試薬を担持する場合に試薬活性の経時的劣化が最も少ない理由から好ましい。
上記水溶性第2成分としては、具体的には、例えば、後述する溶媒には溶解し、後述する凝固浴浸漬工程後に容易に抽出除去できるポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース等が挙げられる。これらのうち、ポリビニルピロリドンは、ニトロセルロース、ポリビニルジフロライド、セルロースアセテート、ポリスルホン、ポリエチレン、ポリエーテルスルホンなどとは溶解せず、これらのポリマーを溶かす極性溶媒に溶解し、凝固後には水により抽出除去できるといった特性を有するため好ましい。
【0028】
第1成分ポリマーと水溶性第2成分との溶解を目的とする製膜原液の溶媒としては、具体的には、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド等の有機極性溶媒が挙げられ、N−メチル−2−ピロリドンであることが好ましい。
【0029】
製膜原液において、上記第1成分ポリマーと上記水溶性第2成分との仕込み比は、1:1〜1:3であることが好ましい。仕込み比がこの範囲であると、本発明の特性を有する異方性多孔質膜が得られるので好ましい。
なお、上記製膜原液が基材上に塗布される時に調整されるキャスト厚は、70〜300μmであることが、得られる多孔質膜の膜厚が上述した好適範囲に収まる理由から好ましい。
【0030】
上記凝固浴浸漬工程は、上記製膜原液供給工程後の基材を、水を含有する凝固浴に浸漬させる工程であり、具体的には、上記製膜原液が塗布された基材を凝固浴に浸漬させて、上記第1成分ポリマーを該基材上に析出させる工程である。
凝固浴としては、60〜85w/w%、好ましくは70〜80w/w%、更に好ましくは75〜79w/w%の上記製膜原液の溶媒を含有する水系凝固浴が好適に例示され、具体的には、N−メチル−2−ピロリドンを60〜85w/w%含有する水溶液であることが好ましい。溶媒の含有率がこの範囲であれば、上記第1成分ポリマーの緩慢な凝固が実現し、多孔質構造の膜が形成される。
また、凝固浴中の製膜原液の溶媒の濃度が60w/w%を下回ると、上述した製膜原液の溶媒の添加効果が得られず、85w/w%を越えると膜が凝固しない。
【0031】
また、上記凝固浴への基材の浸漬は、該凝固浴の温度が10〜50℃、好ましくは20〜40℃、更に好ましくは25〜27℃で、3〜20分間、好ましくは5〜10分間浸漬させることが好ましい。凝固浴の温度がこの範囲であれば、第1成分ポリマーの析出速度が適当となり多孔質構造の膜が形成される。また、浸漬させる時間が3分より短いと第1成分ポリマーが全て析出しないため膜が形成されず、時間が20分より長いと膜構造は変化せず生産効率が低下してしまう。
【0032】
上記洗浄工程は、上記凝固浴浸漬工程後の基材を水浴中で溶剤成分および/または水溶性添加剤成分を除去する工程であり、具体的には、第1成分ポリマーが析出されて形成される膜(以下、単に「第1成分ポリマーからなる膜」という)を、水浴中に10〜1000分間、好ましくは15〜60分間浸漬させることで、上記溶剤成分および/または上記水溶性添加剤成分(例えば、上記溶媒、上記水溶性第2成分)等を抽出除去する工程である。
【0033】
上記乾燥工程は、上記洗浄工程後の第1成分ポリマーからなる膜を乾燥させる工程であり、具体的には、自然乾燥や電気オーブン等を用いて、30〜100℃、好ましくは40〜80℃で、1分〜24時間、好ましくは1分〜2時間乾燥させる方法が例示される。
【0034】
<膜特性の測定方法>
1)血液展開性
試薬を坦持しない多孔質膜の大孔径面(第1の表面)から血液を点着したとき、裏面の小孔径面(第2の表面)からLED(最大波長520nm付近)で照射して、血液展開の様子をカメラで動画画像を撮影する。撮影した動画について520nm付近の輝度(反射光量)変化を画像処理し、展開速度として比較し、解析した。血液のヘマトクリット値を変えたときの輝度の変化を比較した。なお、輝度は血液(実際には血漿)が第2の表面から滲み出すと変化が一定となり、血液の展開が完了したことがわかる。
(判断基準)
○(良好):ヘマトクリット60の血液展開が、1秒以内に完了する膜。この膜を「血液展開性の良い膜」と定義した。
×(不良):ヘマトクリット60の血液展開が、1秒以内に完了せず、1秒を超える膜。
測定条件と使用機器を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
2)赤血球侵入率
定義:膜の大孔径面(第1の表面)から血液を点着した断面図について、赤血球浸透深さの膜厚に対する比率を赤血球侵入率とした。
実験方法:大孔径面(第1の表面)から血液を点着して、中性緩衝ホルマリン溶液で固定する。膜サンプルをパラフィンで包埋、薄切後、切片のヘマトキシリン・エオジン染色を行う。切片断面を顕微鏡で観察、撮影し、染色された赤血球の侵入深さを計測ソフトで測定した。
計算:計測ソフトウエアで大孔径面(第1の表面)からの赤血球侵入深さおよび膜厚を測定する。5点測定値の平均値を使用して赤血球侵入率を算出した。
赤血球侵入率(%)=侵入深さ(μm)/膜厚(μm)・・・式(2)
測定に用いた機器を表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
3)平均孔径、表面開孔率
実験方法:膜の孔径の測定範囲257μm×258μmをレーザー顕微鏡で観察し、撮影する。撮影画像を画像解析ソフトで解析し、第1の表面については平均孔径および表面開孔率を算出し、第2の表面については平均孔径を算出した。測定に用いた機器を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
4)膜厚は、各多孔質膜をマイクロメーター(ミツトヨ社製)で測定した。
【0041】
5)通気度
膜をφ13のポンチで打ち抜いてシリコンリングを用いてホルダに固定し、第1の表面から第2の表面方向へ空気を圧力20kPaで透過させたときの透過速度(L/min/cm2)を膜の8箇所で測定し平均した。測定機器を次に示す。
圧力発生器:PRESSURE CONTROLLER PC20(長野計器)
流量計測器:FILM FLOW METER(堀場ステック)
ホルダ:UHP‐13C用ホルダー(アドバンテック)
リング:特注フィルタ押えシリコンOリング硬度50°ナチュラル(アドバンテック)
【実施例】
【0042】
(実施例1)
多孔質膜の原液を基材上にキャスト厚200〜270μmとなるように膜状に塗り広げ(製膜原液供給工程)、基材を製膜原液の溶媒を含有する凝固浴に浸漬させる。凝固浴は、N−メチル−2−ピロリドンを含有する水溶液からなり、製膜原液が塗布された基材は、5〜10分浸漬される(凝固浴浸漬工程)。水浴中で溶剤成分を除去して(洗浄工程)、多孔質膜を製造することができる。表4の製膜原液の組成表に示すとおり、組成比が、ポリエーテルスルホン(PES)15.0%、ポリビニルピロリドン(PVP)32.0%、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)53%の製膜原液を用いて、多孔質膜を製造した。
ここで、上記基材として、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムをコートした板ガラスを用いた。また、ポリエーテルスルホンには商業的に入手可能な重量平均分子量80,000、数平均分子量40,000のものを使用し、ポリビニルピロリドンには商業的に入手可能な平均分子量58,000のものを使用した。
得られた多孔質膜(実施例1、標本番号3)の断面のSEM写真(下側が第1の表面)を、図1(A)に示し、第1の表面のSEM写真を図1(B)に示す。
【0043】
(実施例2、3)
表4に示す製膜原液の組成比で、ポリエーテルスルホン、ポリビニルピロリドン、N−メチル−2−ピロリドンの比率を変えることによって、実施例1と同様の条件で、2種類の多孔質膜を製造した。
【0044】
(比較例1〜4)
表4に示す製膜原液の組成比で、ポリエーテルスルホン、ポリビニルピロリドン、N−メチル−2−ピロリドンの比率を変えることによって、実施例1と同様の条件で、4種類の多孔質膜を製造した。
得られた多孔質膜(比較例1、標本番号1)の断面のSEM写真(下側が第1の表面)を、図2(A)に示し、第1の表面を図2(B)に示す。
【0045】
【表4】

【0046】
(比較例5、6)
ポール社から購入した、MMMシリーズ(比較例5、標本番号8)およびBTSシリーズ(比較例6、標本番号9)の多孔質膜を試験に用いた。
【0047】
(試験例1)
上記の実施例1〜3および比較例1〜6の多孔質膜を用いて、第1の表面から血液を点着したとき、第2の表面からみた血液展開を画像で解析した。血液のヘマトクリット値を20%、40%、60%としたときの輝度(反射光量)を血液展開性として比較した。図4〜図6は、比較例1(標本番号1)、実施例1(標本番号3)、比較例5(標本番号8)の結果をグラフで示している。図4では、ヘマトクリット60%(Ht60)の血液は、展開するのに1秒を超え、ヘマトクリット40%(Ht40)の血液は、展開が1秒でプラトーに達したことが示されている。上記判断基準による結果を表5に示す。
また、実施例1〜3および比較例1〜6の多孔質膜を用いて赤血球侵入率を測定した。測定結果を表5に示す。図3では、実施例1(標本番号3、図3(A))および比較例1(標本番号1、図3(B))の多孔質膜を用いたときの、赤血球が侵入した状態を示す顕微鏡写真ならびにその模式図を示す。赤く着色した赤血球40は、標本番号1の多孔質膜11(図3(B−2))よりも標本番号3の多孔質膜10(図3(A−2)の方が第1の表面20、21(大孔径面)である上面からより深く分布していることがわかる。
その他、表面開孔率、平均孔径、通気度および膜厚の測定結果を表5に示す。
【0048】
【表5】

なお、表5中に示さないが、第2の表面の平均孔径は、実施例1〜3および比較例1〜4の多孔質膜において、いずれも0.1〜3.0μmの範囲内であった。
【0049】
(実施例4)
実施例1(標本番号3)の多孔質膜を用い、以下に示す試薬および親水化剤を担持させて、血液成分測定用膜の一例として血糖値測定用膜を製造した。
【0050】
上記試薬としては、グルコースオキシターゼ(GOD)、ペルオキシターゼ(POD)、発色剤として、1−(4−スルホフェニル)−2,3−ジメチル−4−アミノ−5−ピラゾロン(4−アミノ−1,2−ジヒドロ−1,5−ジメチル−2−(4−スルホフェニル)−3H−ピラゾール−3−オン)、N−エチル−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3,5−ジメチルアニリンナトリウム(3−((3,5−ジメチルフェニル)エチルアミノ)−2−ヒドロキシ−1−プロパンスルホン酸ナトリウム・1水和物)を用いた。上記親水化剤としてはトライトンX−100を用いた。
また、これらの試薬および親水化剤の担持方法は、通常行われる条件等を選択することができ、本実施例においては、上記試薬および親水化剤を溶解させたコハク酸緩衝液に、各多孔質膜を浸漬させ、該試薬および親水化剤がコートされた後に乾燥することにより担持させた。
【0051】
(比較例7)
比較例1(標本番号1)の多孔質膜を用い、実施例4の製造方法と同様にして、血糖値測定用膜を製造した。
【0052】
(試験例2)
同一条件下で血糖計を用いて測定した血糖測定値について同時再現性を比較した。実際には、Ht40、BG100に調製した血液を使用し、実施例4および比較例7の血糖値測定用膜を適用した測定チップを用いて測定を行い、同時再現性を比較した(図7)。個数n=30での測定値のバラツキをCV%で示す。CV(変動係数、Coefficient of variation)は、母集団の標準偏差を母集団の算術平均で割ったものである。通常この値は100倍した百分率で表示される。
CV(%)=(標準偏差÷平均値)×100
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の異方性多孔質膜は、不均一流体サンプルから、特定物質を検知し、測定する分析装置の膜(試験紙)として有用である。特に血液測定装置の成分測定用チップの膜(試験紙)に有用である。
血糖値測定装置に用いると測定値の同時再現性が向上する。血糖計の性能が検体、あるいは血液の状態による差の影響を受けにくくなり、測定装置の設計が容易である。
【符号の説明】
【0054】
10,11・・・多孔質膜
20,21・・・第1の表面
30,31・・・第2の表面
40・・・赤血球

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液が適用される第1の表面とその反対側に位置し血漿が滲み出す第2の表面とを有し、前記第1の表面の平均孔径が第2の表面の平均孔径より大きい異方性の多孔質膜であって、
1)前記第1の表面の表面開孔率が、3.0〜9.5%であり、
2)前記第1の表面の平均孔径が、3.0〜5.0μmであり、
3)前記第2の表面の平均孔径が、0.1〜3.0μmであり、
4)前記多孔質膜の膜厚が、70〜150μmであり、
5)前記第1の表面からの赤血球の侵入率が、膜厚の20〜40%であり、
6)ヘマトクリット値60%の血液を前記第1の表面に適用したとき、展開が1秒以内に完了する、異方性多孔質膜。
【請求項2】
前記赤血球の侵入率が膜厚の26〜34%である請求項1に記載の異方性多孔質膜。
【請求項3】
前記多孔質膜の膜厚が、100〜140μmである請求項1または2に記載の異方性多孔質膜。
【請求項4】
前記第1の表面の表面開孔率が4.6〜8.2%であり、前記第1の表面の平均孔径が3.4〜4.4μmである請求項1ないし3のいずれかに記載の異方性多孔質膜。
【請求項5】
前記多孔質膜の通気度が、1.7〜5.2L/min/cm2である請求項1ないし4のいずれかに記載の異方性多孔質膜。
【請求項6】
前記多孔質膜の通気度が、2.0〜4.3L/min/cm2である請求項1ないし5のいずれかに記載の異方性多孔質膜。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載の異方性多孔質膜を用いた血液成分測定用膜。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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