説明

異極像結晶を用いたX線発生装置

【課題】実用上十分な強度のX線を発生し得る、異極像結晶を用いたX線発生装置を提供する。
【解決手段】内部に高真空または低圧ガス雰囲気を維持する容器1と、容器内に配置された異極像結晶4と、異極像結晶の温度を昇降させる温度昇降手段3、5〜7と、容器内における温度昇降手段によって熱励起された異極像結晶から生じる電界の到達範囲内に配置され、異極像結晶からの電子線の照射を受けるX線発生用金属ターゲット8を備える。金属ターゲットは、異極像結晶から間隔をあけてこれに対向して配置されるとともに、異極像結晶に向かってのびる先の尖った突起を少なくとも1つ有し、突起の先端部において異極像結晶から生じる電界の強度が増大する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異極像結晶(焦電結晶とも呼ばれる)を用いたX線発生装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニオブ酸リチウム(LiNbO)やタンタル酸リチウム(LiTaO)等の異極像結晶を用いたX線発生装置は、高圧電源装置を必要としないので、小型軽量で可搬性に優れており、従来のX線管に代わるX線源として期待されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
そして、従来の異極像結晶を用いたX線発生装置では、異極像結晶の温度昇降によって発生する電子を箔状のターゲットに衝突させ、X線を結晶とターゲットの中心を結ぶ直線方向に取り出すようになっている。
【0004】
しかし、このX線発生装置の発生X線の強度はあまり大きくなく、例えば、X線撮影やX線分析等に応用するのに十分な強度のX線を得ることができなかった。
【0005】
【特許文献1】特開2005−174556号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の課題は、実用上十分な強度のX線を発生し得る、異極像結晶を用いたX線発生装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は、内部に高真空または低圧ガス雰囲気を維持する容器と、前記容器内に配置された異極像結晶と、前記異極像結晶の温度を昇降させる温度昇降手段と、前記容器内における、前記温度昇降手段によって熱励起された前記異極像結晶から生じる電界の到達範囲内に配置され、前記異極像結晶からの電子線の照射を受けるX線発生用金属ターゲットと、を備えたX線発生装置において、前記金属ターゲットは、前記異極像結晶から間隔をあけてこれに対向して配置されるとともに、前記異極像結晶に向かってのびる先の尖った突起を少なくとも1つ有し、前記突起の先端部において前記異極像結晶から生じる電界の強度が増大するようになっていることを特徴とするX線発生装置を構成したものである。
【0008】
上記構成において、前記金属ターゲットの突起の先端部は、前記金属ターゲットのそれ以外の部分とは異なる少なくとも1種類の金属またはそれらの合金から形成されていてもよい。
また、前記金属ターゲットは、円錐状、または角錐状、または斜めにカットされた先端面を有する柱状、または尖った先端を有する刃状や棒状に形成されていてもよい。
【0009】
また、前記温度昇降手段は、前記異極像結晶の温度を測定する温度センサーと、前記異極像結晶の加熱および冷却を繰り返し行うことができる加熱・冷却手段と、前記温度センサーからの温度検出信号に基づき、前記加熱・冷却手段の動作を制御する制御手段と、を有していることが好ましい。
また、好ましくは、前記容器の壁がX線を透過させない材料から形成され、前記壁に前記金属ターゲットから照射されたX線を外部に照射させるX線透過窓が備えられている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、異極像結晶の熱励起によって異極像結晶から金属ターゲットに向かう電界が生じたとき、この電界は金属ターゲットの突起の先端部で非常に強くなる。その結果、電界放出によって、金属ターゲットの先の尖った先端部から電子が放出され、異極像結晶の表面に蓄積される。そして、金属ターゲットから異極像結晶に向かう電界が生じたとき、このときも上記と同様、電界は金属ターゲットの突起の先端部で非常に強くなり、容器内が高真空に維持される場合には、電界放出電子が金属ターゲットに向けて衝突せしめられ金属ターゲットからX線が発生する。また、容器内に低圧ガス雰囲気が維持される場合には、上記異極像結晶表面に蓄積された電子が残留ガス原子・分子の電離による電子やイオンとともに金属ターゲットに向けて衝突せしめられ、金属ターゲットからX線が発生する。こうして、本発明によれば、異極像結晶から金属ターゲットに向かい、または金属ターゲットから異極像結晶に向かう電界の強度を強めたことにより、発生するX線の強度を増大させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、添付図面を参照して本発明の好ましい実施例について説明する。図1は、本発明の1実施例による異極像結晶を用いたX線発生装置の概略構成を示した断面図である。図1を参照して、本発明のX線発生装置は、内部に、例えば、高真空、あるいは、窒素、ネオンまたはヘリウム等の低圧ガス雰囲気(1〜10−4Pa)を維持する容器1を備えている。この実施例では、容器1は、X線を透過させない材料から形成され、両端開口が閉じられた円筒形状を有している。容器1の形状はこれに限定されず、任意の形状の容器が使用可能である。容器1の周壁には、例えばBeまたはX線透過性プラスチックから形成されたX線透過窓2が備えられている。
【0012】
また、容器1内の底部にはペルチェ素子3が配置されている。ペルチェ素子3の電極3a、3bは、容器1の底壁に気密シールされた状態で取り付けられ、底壁を貫通している。ペルチェ素子3は、この実施例では、異極像結晶の加熱および冷却を繰り返し行う加熱・冷却手段として機能するだけでなく、異極像結晶支持手段としても機能する。そして、ペルチェ素子3の上側の基板上に、異極像結晶4が接合、支持される。この場合、異極像結晶は、常温で自発的に分極しており、一方の端面側に正の電気面が、他方の端面側に負の電気面が生じているが、この実施例では、異極像結晶4が、負の電気面4aを上向きにしてペルチェ素子3の基板上に配置される。なお、異極像結晶4をその正の電気面が上向きになるように配置してもよい。
【0013】
異極像結晶4としては、LiNbOやLiTaO等の公知の異極像結晶を用いることができる。異極像結晶4の形状や大きさは限定されないが、この実施例では、異極像結晶4は、直径約10mm、厚さ約5mmの円柱形状を有している。
【0014】
容器1の外部には、ペルチェ素子3に電力を供給する、例えば電池からなる電源部7と、電源部7からペルチェ素子3に供給される電流を切り換えて、ペルチェ素子3の基板上面を発熱面または吸熱面として機能させる制御部6が配置される。また、異極像結晶4の適当な位置に温度センサー5が取付けられ、制御部6は、温度センサー5の検出信号に基づき、ペルチェ素子3の動作を制御し得るようになっている。
【0015】
そして、これらペルチェ素子3、温度センサー5、電源部7および制御部6から、異極像結晶4の温度を昇降させる温度昇降手段が構成される。温度昇降手段3、5〜7は、異極像結晶4の温度を、種々の温度勾配で、種々の周期で、あるいは非周期的に昇降させることができる。この場合、各温度昇降過程毎に、温度の上昇時間と下降時間は同じであることが好ましく、また、室温と、異極像結晶4のキューリー点以下の適当な高温度との間で温度の昇降が繰り返されることが好ましい。
【0016】
異極像結晶4は、定常状態においても分極していて、その電荷量と等量で異符号の電荷が結晶表面に吸着しているため、常時は電気的に中性である。そして、異極像結晶4が加熱及び冷却を繰り返されると、その温度変化に伴って結晶内部の自発分極が増減し、表面吸着電荷がその変化に追従できなくなって、電気的な中和が破られ、結晶の周囲に強い電界を生じさせる。こうして、温度昇降手段3、5〜7によって異極像結晶4の温度が昇降せしめられると、異極像結晶4からまたはこれに向かって電界が生じる。
【0017】
そして、容器1内であって、異極像結晶4から生じる電界の到達範囲内に、X線発生用金属ターゲット8が異極像結晶4から間隔をあけて配置される。この場合、金属ターゲット8および異極像結晶4間の間隔が変化すると、発生するX線の強度が変化する。
この実施例では、金属ターゲット8は、円錐形状を有していて、その先端が異極像結晶4に対向し、かつその傾斜した外周面が容器1のX線透過窓2に対向するようにして、容器1の内側上壁面に取り付けられる。金属ターゲットが円錐形の場合、発生するX線の強度は円錐の中心角に依存し、中心角が90°のとき、円錐の先端部での電界強度が最大となり、X線強度が最大になる。
【0018】
金属ターゲット8の形状はこれに限定されず、異極像結晶4に向かってのびる先の尖った突起を少なくとも1つ有する任意の形状の金属ターゲットが使用可能であり、例えば、図2(A)のような四角錐形、図2(B)のような楔形、図2(C)のような斜めにカットされた先端面を有する円柱状、または図2(D)のような円錐形の先端を有する棒状の金属ターゲット8を用いることができる。
金属ターゲット8としては、発生させるべきX線の性質、用途に応じて適当な材料を選択することができる。例えば、本発明のX線発生装置をX線分析装置に適用する場合には、分析目的に適合するAl、Mg、Cu等を使用することができる。
また、金属ターゲット8の突起の先端部を、それ以外の部分とは異なる少なくとも1種類の金属またはそれらの合金から形成することもできる。この場合には、点状のX線源が形成される。
【0019】
次に、本発明のX線発生装置の動作方法について説明する。以下の説明では、装置の容器内に低圧ガス雰囲気が維持されている。
異極像結晶4は、定常状態においても分極していて、その電荷量と等量で異符号の電荷が結晶表面に吸着しているため、常時は電気的に中性である。異極像結晶4の温度が上昇せしめられると、負の電気面4aでは、自発分極が小さくなり、よって、負の電荷の表面電荷密度が減少するが、負の電気面4aに吸着している正の電荷量はすぐには減少しない。その結果、負の電気面4aは正に帯電し、異極像結晶4から金属ターゲット8に向かう強い電界が生じる。そして、この電界は金属ターゲット8の先端の突起部において非常に強くなる。
【0020】
この電界により、容器中の残留ガス等のガス原子・分子が電離されて、正イオンと電子が生成され、また、金属ターゲット8の先端から電界放出によって電子が放出される。これらの電子は、異極像結晶4の負の電気面4aに衝突するか、あるいは、負の電気面4aに吸着している正イオン(外部から見ると、自発分極の負極に吸着しているので電気的に中性になっている)に吸着される。電子が異極像結晶4の負の電気面4aに衝突すると、制動輻射によって、異極像結晶4の特性X線及び連続X線が発生する。
【0021】
次に、異極像結晶4の温度が下降せしめられると、負の電気面4aでは、自発分極が大きくなり、よって負の電荷の表面電荷密度が増加するが、負の電気面4aに吸着している正の電荷量はすぐには増加しない。その結果、表面は負に帯電し、金属ターゲット8から異極像結晶4に向かう強い電界が生じる。この場合にも、電界は金属ターゲット8の先端の突起部において非常に強くなる。
【0022】
このとき、電界は異極像結晶4の温度上昇時の電界と逆向きなので、金属ターゲット8から電子は放出されない。一方、この電界により、ガス原子・分子が電離して電子が生成される。また、電子が吸着した正イオンが電界によって再び電離して、正イオンと電子の状態に戻る。これらの電子が金属ターゲット8に向けて加速され、金属ターゲット8に衝突し、制動輻射によって、金属ターゲット8を形成する物質に固有の特性X線及び連続X線が発生する。こうして、本発明によれば、異極像結晶4から金属ターゲット8に向かい、または金属ターゲット8から異極像結晶4に向かう電界の強度を強めたことにより、非常に強いX線を発生させることができる。
また、この場合、金属ターゲット8の電子衝突面が傾斜しているので、X線は電子の衝突方向に対して横向きに照射され、X線透過窓2を通って外部に照射される。そして、従来の箔状の金属ターゲットの場合と異なり、発生するX線が金属ターゲット中を通過して吸収されることがないので、X線強度はより大きくなる。
【0023】
異極像結晶4の温度がさらに下降すると、異極像結晶4は、再び定常状態に戻り、分極の電荷量と等量で異符号の電荷が結晶表面に吸着し、電気的に中和状態となる。
【0024】
上記説明において、容器内が高真空に維持される場合には、容器内に残留ガスが殆ど存在せず、よって、容器内には、それらのガス原子・分子の電離による正イオンおよび電子が生じない点が、低圧ガス雰囲気が容器内に維持される場合と異なるだけである。
【0025】
次に、この実施例によるX線発生装置の作用効果を確認すべく実験を行った。
(実施例)
図3に示すように、両端開口が閉じられた内径d=16mmの円筒状のステンレス製容器1を準備し、容器1内にペルチェ素子3を配置するとともに、ペルチェ素子3の上側基板上に、直径a=10mm、厚さb=5mmの円柱形状のニオブ酸リチウム単結晶4を、その負の電気面4aが上向きになるようにして配置した。さらに、直径d=16mmの底面を有し、高さh=8mmの円錐形のCu製ターゲット8(中心角90°)を、容器1の内側上壁面に取り付けた。そして、異極像結晶4と、銅製ターゲット8の先端との距離sが17.5mmとなるように配置した。また、容器1の周壁には、銅製ターゲット8の傾斜した周面に対向する位置に、直径10mmの円形のBe製X線透過窓2を設けた。
【0026】
(比較例)
図4に示すように、実施例と同じ円筒状のステンレス製容器1を準備し、容器1内には、実施例と同じペルチェ素子3を配置するとともに、その上側基板上に実施例と同じ異極像結晶4を負の電気面4aが上向きになるようにして配置した。さらに、異極像結晶4の負の電気面4aから距離L1=16mm離れた位置に、金属ターゲット8’として直径16mmの銅箔を配置した。また、容器1の上壁に実施例と同じBe製X線透過窓2を設けた。この場合、X線透過窓2および金属ターゲット8’間の距離L2は11mmとした。
【0027】
実施例及び比較例のそれぞれについて、容器内を高真空(10−4Pa)に維持し、ペルチェ素子に対して2V‐1Aの電力を供給することによって、異極像結晶4の温度を5〜80℃の範囲で昇降させ、発生するX線の強度(cps)を測定した。測定結果を図5のグラフに示す。図5のグラフ中、縦軸はX線の強度(cps)を示し、横軸は温度昇降の繰り返し回数を示している。図5のグラフから、実施例では、比較例と比べて、発生するX線の強度が約1桁大きいことがわかる。
【0028】
こうして、本発明によれば、金属ターゲットを円錐形としたことによって、従来の箔状の金属ターゲットの場合よりも強いX線を得ることができることがわかった。しかも、この場合、従来例では、X線を異極像結晶の中心と金属ターゲットの中心を結ぶ直線方向にしか照射できなかったのに対し、本発明によれば、X線を異極像結晶の中心と金属ターゲットの中心を結ぶ直線方向に対して横向きに照射することができる。したがって、本発明によるX線発生装置を、小型X線撮影装置や小型蛍光X線分析装置のX線源として使用することによって設計の自由度が増大する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明による異極像結晶を用いたX線発生装置の概略構成を示した図である。
【図2】金属ターゲットの変形例の図である。
【図3】本発明の実施例の概略構成を示した図である。
【図4】比較例の概略構成を示した図である。
【図5】本発明の実施例と比較例の発生X線の強度を比較したグラフである。
【符号の説明】
【0030】
1 容器
2 X線透過窓
3 ペルチェ素子
4 異極像結晶
5 温度センサー
6 制御部
7 電源部
8 金属ターゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に高真空または低圧ガス雰囲気を維持する容器と、
前記容器内に配置された異極像結晶と、
前記異極像結晶の温度を昇降させる温度昇降手段と、
前記容器内における、前記温度昇降手段によって熱励起された前記異極像結晶から生じる電界の到達範囲内に配置され、前記異極像結晶からの電子線の照射を受けるX線発生用金属ターゲットと、を備えたX線発生装置において、
前記金属ターゲットは、前記異極像結晶から間隔をあけてこれに対向して配置されるとともに、前記異極像結晶に向かってのびる先の尖った突起を少なくとも1つ有し、前記突起の先端部において前記異極像結晶から生じる電界の強度が増大するようになっていることを特徴とするX線発生装置。
【請求項2】
前記金属ターゲットの突起の先端部は、前記金属ターゲットのそれ以外の部分とは異なる少なくとも1種類の金属またはそれらの合金から形成されていることを特徴とする請求項1に記載のX線発生装置。
【請求項3】
前記金属ターゲットは、円錐状、または角錐状、または斜めにカットされた先端面を有する柱状、または尖った先端を有する刃状や棒状に形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のX線発生装置。
【請求項4】
前記温度昇降手段は、
前記異極像結晶の温度を測定する温度センサーと、
前記異極像結晶の加熱および冷却を繰り返し行うことができる加熱・冷却手段と、
前記温度センサーからの温度検出信号に基づき、前記加熱・冷却手段の動作を制御する制御手段と、を有していることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載のX線発生装置。
【請求項5】
前記容器の壁がX線を透過させない材料から形成され、前記壁に前記金属ターゲットから照射されたX線を外部に照射させるX線透過窓が備えられていることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載のX線発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−110795(P2009−110795A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281612(P2007−281612)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【出願人】(000117054)朝日レントゲン工業株式会社 (36)
【出願人】(000201814)双葉電子工業株式会社 (201)
【Fターム(参考)】