説明

異種金属接合方法

【課題】アルミニウム合金材と鋼材の接合を、鋼材同士の接合等に最も広く採用されているTIG溶接により行え、しかも、良好なビード外観と必要な継手強度を得ることができる異種金属接合方法を提供する。
【解決手段】タングステン電極5を、鋼材2側に35°以上60°未満傾けると共に、タングステン電極5の先端部を、アルミニウム合金材1の表面から2.0mm以上4.5mm未満垂直に離れた位置に配置し、タングステン電極5の中心軸の延長線がアルミニウム合金材1の表面と交わる位置を、アルミニウム合金材1の端縁から1.0mm以上3.0mm未満アルミニウム合金材1側の範囲とし、アーク7を照射してアルミニウム合金材1と鋼材2をすみ肉溶接する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステン電極を用いた直流TIG溶接によりアルミニウム合金材と鋼材をすみ肉溶接する異種金属接合方法に関するものである。尚、本発明でいうアルミニウム合金材とは、アルミニウム合金製の圧延板材(冷延板など)、押出形材、或いはこれらを成形加工した車体用などの各種部材、部品の総称であり、鋼材とは、冷延鋼材や型鋼、或いはこれらを成形加工した車体用などの各種部材、部品の総称である。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車を始めとした輸送用車両から排出される排気ガスなどによる地球温暖化などの地球環境に対する問題が提起されており、その対策の一つとして、自動車などの車両の軽量化による燃費の向上が検討されている。一方、車両に軽量化を施すだけでは、自動車などが衝突事故を起こした場合に大きな事故となる可能性が高くなることが懸念されるため、軽量化と併せて安全性を高めることも検討されている。このような理由があって、軽量且つエネルギー吸収性に優れたアルミニウム合金を、自動車を始めとした輸送用車両の車体の一部に適用することが検討されており、近年は実用化にも至っている。
【0003】
但し、アルミニウム合金の自動車を始めとした輸送用車両への適用には、アルミニウム合金の特性を活かした構造設計を行うことが必要となる。オールアルミニウム合金製の特殊な車両を除けば、車体の構造体を構成する鋼材に対し、アルミニウム合金材を部分的に組み合わせた車体構造となるため、鋼材とアルミニウム合金材の異種金属接合技術が必須となる。
【0004】
しかしながら、単に鋼材とアルミニウム合金材の異種金属接合を溶接により行おうとすると、鋼材とアルミニウム合金材との互いの接合界面に、高硬度で非常に脆いFeとAlとの金属間化合物層(或いは反応層)が生成されてしまう。すなわち、鋼材とアルミニウム合金材が見かけ上で互いに接合されてはいても、接合界面に生成される非常に脆いFeとAlとの金属間化合物層(或いは反応層)が原因となって、継手に十分な接合強度が得られないという問題が発生する。
【0005】
鋼材とアルミニウム合金材の接合技術に溶接を採用した場合、上記したような問題が発生するため、鋼材とアルミニウム合金材の接合に、セルフピアスリベットやボルトなどの固着具を用いた機械的接合技術や、接着剤を用いた接合技術も採用されている。しかしながら、これらの接合技術は、接合作業の煩雑さや接合コストの上昇といった課題も兼ね備えており、広く適用はされていない。
【0006】
自動車を始めとした輸送用車両を構成する鋼材等の接合には、TIG溶接などの線接合や、スポット接合などの溶接技術が汎用されているのが現状である。これら溶接技術を、鋼材とアルミニウム合金材との異種金属接合技術に適用することができれば、工場内の鋼材と同じラインや工程で、アルミニウム合金材を用いた車両を製造することができ、接合作業の効率化をより進めることができる。
【0007】
これら溶接技術の中でも、TIG溶接は鋼材同士の接合等に最も広く採用されている技術であるが、前記したように、鋼材とアルミニウム合金材の異種金属接合には、FeとAlとの金属間化合物層の生成という問題の発生が懸念されるため、実用化ばかりか提案も殆どされていないというのが実情である。
【0008】
そのような実情の中、特許文献1により、TIG溶接による鋼材とアルミニウム合金材の異種金属接合に関する技術が提案されている。しかしながら、この提案には、突合せ溶接および重ね溶接の一例としてTIG溶接が掲げられているに過ぎない。すなわち、この提案は、レーザー、電子ビーム、プラズマアーク、TIG、MIG、及びCOアークの群から選択される溶接手段で行うというもので、TIG溶接は、この提案の中ではTIG溶接でも良いという位置づけに過ぎない。
【0009】
特許文献2では、溶接施工方向に対して鋼材を上側とし、アルミニウム合金材を下側として、互いに重ね合わせて溶接する異種金属接合方法において、アルミニウム合金材の溶接面の位置を、鋼材の溶接面の位置よりも、溶接施工方向に対して上側に突出させた状態で、溶接線に沿って溶接することが提案されている。この方法によって、鋼材の溶接面のアルミニウム溶湯の濡れ性を改善し、鋼材の表面(溶接面)の酸化膜除去を促進でき、良好な接合が実現できるとしている。
【0010】
また、この特許文献2では、アルミニウム材外皮内部にフラックスを充填してなるフラックスコアードワイヤ(FCW)を用いた態様のTIG溶接も意図されている。因みに、このような異種金属接合に用いるFCWの組成は、従来から特許文献3などで多数提案されている。しかしながら、これら特許文献2,3でも、TIG溶接を用いたアルミニウム合金材と鋼材の具体的な異種金属接合方法は開示されていない。
【0011】
そのため、本発明者らは、改めてアルミニウム合金材と鋼材をTIG溶接により接合する異材接合試験を実際に実施して、その際に発生する問題点を確認することとした。具体的には、図3に示すように、アルミニウム合金材1を上側として、アルミニウム合金材1の一端部を鋼材2の上に重ね合わせ、アルミニウム合金材1の端縁と鋼材2の表面で形成された段状部3にフラックスコアードワイヤ(FCW)4を供給しながら、タングステン電極5を用いてアルミニウム合金材1と鋼材2をすみ肉溶接する異種金属接合試験を行った。尚、TIG溶接は、アルミニウム合金材1,1同士の溶接に一般的に用いられる交流TIG溶接によって行った。
【0012】
この異種金属接合試験の結果、溶接時のスパッタの発生は殆どなく良好であったにもかかわらず、溶融したアルミニウム合金材1と、同じく溶融したFCW4が、ビード6aと6bのように別れて鋼材2の表面上に存在する、いわゆる湯別れした接合(ビード)状態となった。
【0013】
このようなビード6aと6bに湯別れした接合(ビード)状態は、電力(入熱)を上げたり、溶接速度を遅くしたりするなどの、TIG溶接の溶接条件を大きく変更する調整を行っても発生し、完全に防止することはできなかった。このような湯別れした接合(ビード)状態では、継手(異種金属接合継手)の接合強度は高くすることはできない。
【0014】
尚、この湯別れは、鋼材同士のTIG溶接では、特に、アークの高圧力下、高速での溶接下で発生しやすく、溶融プールの形状が不安定となり、溶融プールが振動してビードに激しい凹凸ができるハンピング現象として知られている。
【0015】
この湯別れの発生を防止する手段としては、あくまで鋼材同士のTIG溶接に関する技術ではあるが、磁場を用いる方法や、タングステン電極の先端部の形状に工夫を凝らした技術も提案されている。磁場を用いる方法としては、例えば、溶接アークの周囲に一定磁界を印加させ、その磁界と溶接アークに流れるアーク電流との電磁気的相互作用により生じる電磁力を、溶接アークに作用させて、溶接アークの放射形状を被接合部の溶接線方向に偏向させることで2つの被接合部を連続して接合するという技術が、特許文献4で提案されている。
【0016】
特許文献4に開示されたような磁場を用いる方法は、確かに湯別れの発生の防止には有効な技術ではあるが、磁石装置が別途必要になると共に、磁石装置により生じる電磁力が溶接アークに作用するためにその制御が必要となり、既存溶接設備では簡単に対応することができず、また、コストアップにつながることから実用上は問題がある。
【0017】
一方、タングステン電極の先端部の形状に工夫を凝らした技術が、特許文献5や特許文献6によって提案されている。一般的なタングステン電極の先端部の形状は、鉛筆の先端のような円錐形状であるが、特許文献5では、先端部に稜線を有するTIG溶接用電極棒の表面の一点を最先端とする形状であって、稜線を形成する面間の角度を40〜100度とした電極が提案されている。特許文献5では、この技術により、アーク点を稜線の部分に沿って発生させ、アークが電極先端近傍の面の部分に這い上がるのを防止して、ビードの幅方向へのアークの広がりを防止してアークを集中させ、大電流で高速のTIG溶接を可能にしようとしている。
【0018】
特許文献6では、狭開先をもつ鋼材同士の接合溶接を行うTIG溶接装置において、タングステン電極をアルミニウム合金材の上方から溶接線に向かわせると共に、タングステン電極の先端を30°〜40°の角度で斜め切りした偏芯形状となし、そのタングステン電極を狭開先の内で回転させながらワイヤを溶融させることが提案されている。
【0019】
特許文献5記載の鋼材同士のTIG溶接における電極改良技術を、FCWを用いたアルミニウム合金材と鋼材との異種金属のTIG溶接に適用したとしても、前記した湯別れの発生を防止することはできない。その理由は、FCWを用いたアルミニウム合金材と鋼材との異種金属のTIG溶接は、異材同士の溶接であるため、鋼材同士のTIG溶接とは、その溶接メカニズムや湯別れの発生メカニズムなどが異なるためと考えられる。
【0020】
また、特許文献6記載の技術は、厚板の突合せ溶接に関する技術であり、薄板の重ねすみ肉溶接にはそのまま適用することはできない。尚、特許文献5記載の技術、特許文献6記載の技術ともに、電極を通常とは異なる形状に加工する必要があり、また電極消耗時の手入れが困難になるという課題も併せて兼ね備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開2001−47244号公報
【特許文献2】特開2010−207886号公報
【特許文献3】特開2008−68290号公報
【特許文献4】特開2008−105056号公報
【特許文献5】特開平6−328287号公報
【特許文献6】特開2004−237326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、アルミニウム合金材と鋼材との異種金属接合を、鋼材同士の接合等に最も広く採用されているTIG溶接により行うことができ、しかも、良好なビード外観と必要な継手強度を得ることができる異種金属接合方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
請求項1記載の発明は、アルミニウム合金材と鋼材の少なくとも一部を重ね合わせ、前記アルミニウム合金材側を正極として、前記アルミニウム合金材の端縁と鋼材の表面で形成された段状部にフラックスコアードワイヤを供給しながら、棒状のタングステン電極を用いた直流TIG溶接により前記アルミニウム合金材と鋼材をすみ肉溶接する異種金属接合方法であって、前記タングステン電極を、前記鋼材に垂直な方向から前記鋼材側に35°以上60°未満傾けた状態(θ=35°以上60°未満)とすると共に、前記タングステン電極の先端部を、前記アルミニウム合金材の表面から、2.0mm以上4.5mm未満垂直に離れた位置(z=2.0mm以上4.5mm未満)に配置して、前記タングステン電極の中心軸の延長線が前記アルミニウム合金材の表面と交わる位置を、前記アルミニウム合金材の端縁から1.0mm以上3.0mm未満前記アルミニウム合金材側の範囲(x=1.0mm以上3.0mm未満)とし、前記タングステン電極からアークを照射して前記アルミニウム合金材と鋼材をすみ肉溶接することを特徴とする異種金属接合方法である。
【0024】
請求項2記載の発明は、前記フラックスコアードワイヤを溶接進行方向から供給する請求項1記載の異種金属接合方法である。
【発明の効果】
【0025】
本発明の異種金属接合方法によると、アルミニウム合金材と鋼材との異種金属接合を、鋼材同士の接合等に最も広く採用されているTIG溶接により、特殊な形状のタングステン電極を準備する等、現状設備に用いられている部品を交換することなく簡単な設備改良で行うことができる。また、異種金属接合であるにかかわらず湯別れの発生を防止することができ、良好なビード外観と必要な継手強度を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の異種金属接合方法の一実施形態を示す縦断面図である。
【図2】タングステン電極を用いてアルミニウム合金材と鋼材をTIG溶接している状態を示す斜視図である。
【図3】従来のTIG溶接を用いた異種金属接合方法を示し、ビードが湯別れしている状態を示す縦断面図である。
【図4】同じ種類の金属板同士を重ねすみ肉溶接している状態を示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明者らは、アルミニウム合金材と鋼材との異種金属接合を、鋼材同士の接合等に最も広く採用されているTIG溶接で、湯別れを発生させることなく行うための提案を先に行ったが、この提案はタングステン電極の先端部の形状に改良を施すことで湯別れの発生を防止した提案である。しかしながら、この提案は、タングステン電極の先端部を通常とは異なる形状に加工する必要があって、現状設備に用いられている部品を交換する必要があるため、現状設備に用いられている部品をそのまま用いて、アルミニウム合金材と鋼材との異種金属接合を、湯別れを発生させることなく、TIG溶接で行えるための適切な条件を見出すために更に鋭意研究を重ねた。
【0028】
その結果、TIG溶接を直流TIG溶接により行うこととし、更に、溶接されるアルミニウム合金材と鋼材に対しタングステン電極の傾きを適切な傾きとすると共に、そのタングステン電極の先端部を適切な位置に配置して、アークを適切な位置に照射することで、湯別れを発生させることなく、TIG溶接でアルミニウム合金材と鋼材との異種金属接合を行うことができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0029】
まず、本発明者らは、アルミニウム合金材の溶接に最も広く採用されている交流TIG溶接により、図2に示すような方法で、フラックスコアードワイヤ(FCW)を供給しながら、棒状のタングステン電極5を用いてアルミニウム合金材1と鋼材2をすみ肉溶接したところ、スパッタの発生が殆どなく溶接ができるという結果を得られた。しかしながら、この一般的な方法では、図3に示すように、溶融したアルミニウム合金材1とFCW4がビード6aと6bのように別れて鋼材2の表面上に存在する、いわゆる湯別れした接合(ビード)状態となった。
【0030】
本発明者らが、この際の溶接状況を詳細に観察したところ、アルミニウム合金材1と鋼材2のTIG溶接における湯別れの発生原因は、図3に示すように、TIG溶接時にタングステン電極5から発生するアーク7が、アルミニウム合金材1側(図3では左側)に大きく偏ることが原因であることが分かった。
【0031】
タングステン電極5から発生するアーク7がアルミニウム合金材1側に偏ると、アルミニウム合金材1が先に溶融し始め、FCW4の溶融開始は必然的に遅れることとなる。その結果、鋼材2の表面にフラックスが十分に広がらないこととなり、アルミニウム合金材1における鋼材2側のビード6となるべくアルミニウム合金溶湯の、鋼材2側への濡れ性確保が困難となる。また、アーク7のアルミニウム合金材1側への偏りによって、鋼材2の温度上昇も相対的に遅くなるため、鋼材2表面へのフラックスの広がりが阻害されているものと考えられる。
【0032】
これらの現象から、アルミニウム合金材1が溶融して形成された溶湯は、鋼材2側へ濡れ広がりにくくなる。更には、アルミニウム合金材1側に偏ったアーク7によって、アルミニウム合金材1が溶融して形成された溶湯がアルミニウム合金材1側(図3では左側)に押されることから、その溶湯はアルミニウム合金材1側に移動した状態でビード6aとして凝固することになる。アルミニウム合金材1の溶融範囲が広くなればなるほど、アルミニウム合金材1が溶融して形成された溶湯はアルミニウム合金材1側により大きく移動することとなる。
【0033】
一方、FCW4が溶融して形成された溶湯は、フラックスの効果により、鋼材2の表面に広がりはする。しかしながら、タングステン電極5から発生するアーク7によりアルミニウム合金材1側と反対の方向(図3では右側)へ押されることとなる。その結果、FCW4が溶融して形成された溶湯は、アルミニウム合金材1が溶融して形成された溶湯とは混合せず、前記したビード6aとは離れた状態で別のビード6bとして凝固してしまう。この結果、湯別れが発生することとなる。
【0034】
このような原理によって湯別れが発生することをできる限り抑制するためには、以下の方策をとることが重要であると考えられる。(1)できるだけ早くFCW4を溶融させて、濡れ性を確保する。(2)アルミニウム合金材1の溶融範囲を抑制し、アルミニウム合金材1が溶融して形成された溶湯のアルミニウム合金材1側への移動を小さくする。但し、アルミニウム合金材1の板厚方向全域にわたる溶融は確保する必要がある。
【0035】
本発明者らは、溶接試験を行うことで実際にこれらの方策を施して、湯別れの発生を抑制することができるか否かの確認を行った。ここでは以下2種の改良試験を実施したが、どちらの方策を施しても湯別れの発生を確実に抑制するには至らなかった。
【0036】
(1)タングステン電極5の位置を、図3に示す位置より、鋼材1の側(図3では右側)に0.5mm移動させ、アルミニウム合金材1への入熱を減少させようとした。しかし、タングステン電極5の先端部とアルミニウム合金材1の表面の間で強いアーク7が発生してしまい、湯別れの発生を防止することはできなかった。また、タングステン電極5の位置を、鋼材1の側に1mm移動させると、鋼材2が溶融し始め、溶接による接合自体ができないという結果となった。
【0037】
(2)電源を交流電源から直流電源に変えた。その結果、アーク7の広がりを抑制でき、アルミニウム合金材1の溶融範囲を減少させることができたが、湯別れの発生を防止するまでには至らなかった。
【0038】
これらの試験結果から、前記した一般的な方策に基づいて、溶接施工条件を単に変更するだけでは、湯別れ発生の問題を解消するまでに至らないことを確認した。そこで、本発明者らは、前記(1)および(2)の一般的な方策に代わる新たな対策案を検討した。その結果、アーク7の方向および狙い位置を従来とは変更して、アルミニウム合金材1/FCW4/鋼材2の入熱の配分を変化させ、アルミニウム合金材1の溶湯のアルミニウム合金材1側(図1では左側)への移動を抑制することが、湯別れの発生防止に有効であることを知見した。
【0039】
以下、本発明を添付図面に示す実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0040】
本発明では、例えば、図1および図2に示すように、アルミニウム合金材1と鋼材2のTIG溶接は、アルミニウム合金材1と鋼材2の少なくとも一部を重ね合わせ、アルミニウム合金材1側を正極として、アルミニウム合金材1の端縁と鋼材2の表面で形成された段状部3にフラックスコアードワイヤ(FCW)4を供給しながら、棒状のタングステン電極5を用いてアーク7を発生させることで行う。
【0041】
図4に示すように、二枚の金属板11,12を重ね合わせ、上側の金属板11の端縁と下側の金属板12の表面で形成された段状部13を狙ってトーチ(電極15)を傾けて溶接する重ねすみ肉溶接は、鋼材同士、アルミニウム合金材同士等、同じ種類の金属板11,12同士の溶接では一般に行われている方法である。この時のトーチ(電極15)の傾斜角度θは、上側の金属板11と下側の金属板12への溶け込みが適正となるような範囲を適宜選択している。例えば、自動車を始めとした輸送用車両を構成する金属板11,12の接合では1パスのすみ肉溶接が行われるが、トーチ(電極15)の傾斜角度θが大きくなりすぎると、下側の金属板12への溶け込みが小さくなってしまう。例えば、アルミニウム合金材同士の重ねすみ肉溶接の場合、トーチ(電極)の傾斜角度θは、5°〜15°としている。
【0042】
一方、タングステン電極5を用いたTIG溶接によりアルミニウム合金材1と鋼材2をすみ肉溶接する異種金属接合では、アルミニウム合金材1と溶接材料であるFCW4の溶融を確保しながら、鋼材2の表面も適度に加熱するような溶接条件が必要であって、鋼材同士、アルミニウム合金材同士等、同じ種類の金属板同士の溶接とは必然的に条件が異なってくる。 このようにアルミニウム合金材1と鋼材2を重ねすみ肉溶接する異種金属接合では、同じ種類の金属板同士の溶接とは、適正な重ねすみ肉溶接を行うための、タングステン電極5の傾斜角度、また、タングステン電極5からアーク7を照射するときの狙い位置(タングステン電極5の中心軸の延長線が1アルミニウム合金材の表面と交わる位置)が異なってくると考えられる。
【0043】
そこで、本発明者らは、TIG溶接におけるタングステン電極5の傾斜角度と、タングステン電極5からアーク7を照射するときの狙い位置を、種々変更する溶接試験を実施し、鋭意研究を重ねた結果、良好なビード6が形成できる適切な溶接条件を見出した。
【0044】
(タングステン電極の傾き)
タングステン電極5を、鋼材2に垂直な方向から鋼材2側に向けて傾斜させると、タングステン電極5から照射されるアーク7が相対的にアルミニウム合金材1側に向かうことになり、FCW4の溶湯をアルミニウム合金材1側に押しやる作用が発生することになる。その結果、アルミニウム合金材1の溶湯とFCW4の溶湯が一体化し、湯別れ防止効果を得ることができる。その効果は、タングステン電極5の傾斜が30°以上になると徐々に表れ始める。また、FCW4が早期に溶融するため、フラックスの濡れ性改善効果も発現しやすくなる。その効果はタングステン電極5の傾斜が35°以上になると発現し、引張せん断強度も得られやすくなると考えられる。
【0045】
以上説明した湯別れ防止効果と濡れ性改善効果は、タングステン電極5から照射されるアーク7をできる限りアルミニウム合金材1側に向けることで発現し、また、タングステン電極5の傾斜角度をできる限り大きくとればより顕著に発現する。しかしながら、タングステン電極5の傾斜角度を大きくとりすぎると、タングステン電極5が鋼板2の表面に接触してしまうため、傾斜角度を大きくとるとしても限界がある。このようなことを考慮して、タングステン電極5は、鋼材2に垂直な方向から鋼材2側に向けて35°以上60°未満傾けた状態(θ=35°以上60°未満)とする。
【0046】
(タングステン電極からのアークの狙い位置)
タングステン電極5からアーク7を照射するときの狙い位置(タングステン電極5の中心軸の延長線が1アルミニウム合金材の表面と交わる位置)を、同じ種類の金属板同士の溶接で一般的に行われているように、アルミニウム合金材1の端縁と鋼材2の表面で形成された段状部3とすると、鋼材2への入熱が大きくなりすぎて鋼材2が溶融してしまうか、または、鋼材2の溶融に至らなくても厚い金属間化合物が生成してしまうため、連続ビード6が形成できても割れが発生したり、十分な継手強度が得られなくなったりする。
【0047】
本発明者らはこれらの問題点の改善を検討した結果タングステン電極5からアーク7を照射するときの狙い位置を、同じ種類の金属板同士の溶接で一般的に行われている段状部3とするのではなく、よりアルミニウム合金材1側、すなわちアルミニウム合金材1の表面とすることが有効であることを見出した。具体的には、タングステン電極5からアーク7を照射するときの狙い位置(タングステン電極5の中心軸の延長線がアルミニウム合金材1の表面と交わる位置)を、アルミニウム合金材1の端縁から1.0mm以上3.0mm未満前記アルミニウム合金材1側の範囲(x=1.0mm以上3.0mm未満)とする。尚、アルミニウム合金材1側とは、アルミニウム合金材1の端縁を起点としてアルミニウム合金材1の中央寄りのことを示す。
【0048】
(タングステン電極の先端部の配置)
タングステン電極5の先端部は、アルミニウム合金材1の表面位置から垂直に離れた位置(アルミニウム合金材1の表面と直交する垂線上)に配置する必要があるが、少なくとも2.0mm以上4.5mm未満垂直に離れた位置(z=2.0mm以上4.5mm未満)に配置する必要がある。尚、この位置は、アルミニウム合金材1の板厚、タングステン電極5の傾斜角度、タングステン電極5からのアーク7の狙い位置、更に溶接条件(電流電圧、溶接速度、FCW供給速度)の影響も受ける。
【0049】
(電源)
電源8(図2に示す)は一般的にアルミニウム合金材1の溶接に用いられている交流電源から直流電源に変更し、TIG溶接は直流TIG溶接で行うこととした。直流TIG溶接とすること、アルミニウム合金材1の溶融範囲を減少させることができる。
【0050】
(その他の条件)
以上説明した条件が必須条件であるが、FCW4は溶接進行方向から供給することが好ましく、また、タングステン電極5には、15°以内程度の前進角αを設けても良い。FCW4は溶接進行方向から供給した場合、アルミニウム合金材1の溶融プールの前側でFCW4が溶融を開始するため、両者の溶融混合が容易であり、良好なビード6を形成することができる。進行方向と逆からFCW4を供給すると、アルミニウム合金材1の溶融プールの後ろ側でFCW4が溶融するため、両者の溶融混合が困難となり、良好なビード6の形成が難しくなる。
【0051】
尚、本発明の異種金属接合方法では、アルミニウム合金材1、鋼材2、フラックスコアードワイヤ(FCW)4については、材質などを特に限定しないが、以下に説明する材料を用いることが推奨できる。
【0052】
(アルミニウム合金材)
被溶接材であるアルミニウム合金材1としては、強度や成形、或いは耐食性など適用する車体構造などの要求特性に応じて、JIS或いはAA規格で規定される3000系、5000系、6000系、7000系などのアルミニウム合金を用いることができる。但し、自動車などの車体軽量化の要求に対するアルミニウム合金材1の薄肉化という観点からは、これらアルミニウム合金の中でも、特に高強度で且つ成形性にも優れたアルミニウム合金を用いることが好ましい。
【0053】
また、成分組成中のSiとMgの質量比(Si/Mg) が1 以上で、Mg含有量に対しSiが過剰に含有されている6N01、6016、6111、6022などのSi過剰型の6000系アルミニウム合金を用いることが特に好ましい。これらの6000系アルミニウム合金で成るアルミニウム合金材1を用いた溶接後の継手は、160〜180℃の極低温で且つ10〜50分程度の極短時間の人工時効処理を施すことにより、溶接熱影響によって一旦低下した強度や伸びを回復できるという特徴も有する。
【0054】
これらアルミニウム合金材1は、冷間圧延や熱間押出後に、溶体化処理および焼き入れ処理(質別記号T4)やその後の時効処理(質別記号T6)、過時効処理(質別記号T7)を施すことで、溶接母材として用いられる。因みに、アルミニウム合金材1は、必ずしも全体が板状の冷延板でなくても良く、少なくとも鋼材2との重ね部が板状であれば良い。また、種々の形状の押出形材も用いることができ、更には、所定形状に成形加工した車体用部材や部品であっても良い。このアルミニウム合金材1の板状の部位の厚さは1〜3mmであることが好ましい。アルミニウム合金材1の厚さが薄すぎる場合、自動車部材としての必要な強度や剛性を確保できなくなり、一方、厚すぎる場合は、溶接を行うことが困難になる。
【0055】
(鋼材)
被溶接材である鋼材2としては、軟鋼、高張力鋼(ハイテン)、ステンレス鋼の冷延鋼板など、種々の鋼板或いは形鋼を用いることができる。また、鋼材2は、これらの素材を所定形状に成形加工した車体用の部材、部品などであっても構わない。尚、自動車などの車体軽量化の要求に対する鋼材2の薄肉化という観点からは、Si、Mnなどを含む公知の成分組成で、引張強度が450MPa以上の高張力鋼板(ハイテン)などの高張力鋼材を用いることが好ましい。
【0056】
また、自動車部材として用いることを想定すると、冷延鋼板などの(溶接される部分の)鋼材2の厚さは0.3〜3.0mmであることが好ましい。アルミニウム合金材1の場合と同様に、鋼材2の厚さが薄すぎる場合、自動車部材としての必要な強度や剛性を確保できなくなり、一方、厚すぎる場合は、溶接を行うことが困難になる。
【0057】
尚、鋼材2は、溶接の効率上、また良好なビード形成のために、その表面に亜鉛系やアルミニウム系の被覆層が形成されていることが好ましいが、鋼材2のまま(裸)であっても構わない。被覆層を形成する場合は、溶融めっき又は溶射等の手段により形成することができる。
【0058】
(フラックスコアードワイヤ)
フラックスコアードワイヤ(FCW)4としては、アルミニウム合金材1と鋼材2との異材接合用として従来から市販されているFCW4などを用いることができる。このようなFCW4は、溶融溶接の効率化のために開発された周知のFCW4であり、フラックスが、例えばSiを含有するA4047やA4043などの規格アルミニウム合金製の管状の外皮(フープとも言う)に心材として充填されたものである。
【0059】
このFCW4の線径は、高効率の全自動溶接用、若しくは半自動溶接用として汎用されている0.8〜1.6mmφ程度の細径であることが好ましい。また、フラックスとしては、アルミニウム合金材1と鋼材との異材同士を接合するための通称「ノコロック」と称されるフッ素化合物系の組成からなるフラックスを用いることが好ましい。このフラックスは、フッ素化合物に加えて、酸化物(酸化アルミニウム等)やアルミニウム合金粉末を適宜混合した周知のフラックスである。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【0061】
図2に示すように、アルミニウム合金材1の一端部を鋼材2の一端部の上に重ね合わせ、アルミニウム合金材1側を正極として、アルミニウム合金材1の端縁と鋼材2の表面で形成された段状部3にフラックスコアードワイヤ(FCW)4を供給しながら、棒状のタングステン電極5を用いてTIG溶接を行う溶接試験を実施した。
【0062】
アルミニウム合金材1は、厚さが1.2mm或いは2.0mmの6000系(6022)アルミニウム合金冷延板を用い、鋼材2は、厚さが1.4mmの980MPa級冷延板、厚さが1.4mmの1470MPa級冷延板、或いは厚さが1.4mmの980MPa級GA鋼板を用いた。
【0063】
また、フラックスコアードワイヤ(FCW)4は、Cs系フラックスを10質量%含有させ、皮材は1.25質量%のSiを添加したアルミニウム合金を用い、線径がφ1.2mmとした。
【0064】
溶接条件は、直流TIG溶接で、電流は80〜120A、溶接速度は30cm/minとし、フィラー供給速度は6〜10m/min、シールドガスはArガスを用いて20L/minとした。また、タングステン電極5の前進角αは5°〜15°とし、ビード6の長さが200mmとなるようにして溶接を施した。
【0065】
試験結果は、形成されたビード6の外観と引張せん断強度(継手効率)で評価した。
【0066】
ビード6の外観は、図5に示すように、ビード6がアルミニウム合金材1の溶接面と鋼材2の溶接面の両方にわたり連続して良好に形成されており、濡れ性が良好と判断できるものを「○」で示して合格、ビード6が連続して形成されてはいるものの、濡れ性が不良と判断できるものを「△」、明らかに図3に示すような湯別れが発生しているものを「×」で夫々示し、不合格とした。
【0067】
また、引張せん断強度(継手効率)は、TIG溶接後の異材接合継手から溶接部を含む板幅20mmの短冊状試験片を2本ずつ切り出して引張試験を行い、引張破断強度を測定した。この結果得られた2つの引張破断強度の平均値を求めた後、母材である6000系(6022)アルミニウム合金冷延板の引張破断強度に対する割合である継手効率を求め出し、一般的なアルミニウム合金用溶接ワイヤを用い、TIG溶接により製作した6000系(6022)アルミニウム合金冷延板同士の重ねすみ肉溶接継手の継手効率と比較することで評価した。
【0068】
6000系(6022)アルミニウム合金冷延板同士の重ねすみ肉溶接継手の単位溶接線当たりの継手効率は60%以上であるので、TIG溶接した異材重ねすみ肉溶接継手の継手効率が少なくとも同レベルの60%以上のものを「○」で合格、継手効率が40%〜60%未満のものを「△」、40%未満のものを「×」で、夫々不合格とした。以上の試験結果を表1に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
タングステン電極の鋼材側に向けた傾斜角度(電極角度)θを35°以上60°未満(θ=35°以上60°未満)とする。タングステン電極からのアークの狙い位置を、アルミニウム合金材の端縁から1.0mm以上3.0mm未満内側寄りの範囲(x=1.0mm以上3.0mm未満)に配置する(狙い位置)。タングステン電極の先端部を、アルミニウム合金材の表面位置から2.0mm以上4.5mm未満上方に離した位置(z=2.0mm以上4.5mm未満)に配置する(高さ)。という全ての要件を満足する発明例1〜10は、ビードの外観、引張りせん断強度は共に、「○」であり、優れた外観並びに接合強度を得ることができた。すなわち、TIG溶接において、互いに両立させることが難しいビードの湯別れの発生防止と、界面での金属間化合物層(或いは反応層)の生成の抑制や、アルミニウム合金の溶け込みの確保などを両立させることができている。
【0071】
一方、比較例1〜5、6〜10は、タングステン電極の鋼材側に向けた傾斜角度(電極角度)θを35°以上60°未満(θ=35°以上60°未満)とするという要件を満足せず、また、比較例1,3,7,9,10は、タングステン電極からのアークの狙い位置を、アルミニウム合金材の端縁から1.0mm以上3.0mm未満内側寄りの範囲(x=1.0mm以上3.0mm未満)に配置するという要件を満足せず、比較例3,67,10はタングステン電極の先端部を、アルミニウム合金材の表面位置から2.0mm以上4.5mm未満上方に離した位置(z=2.0mm以上4.5mm未満)に配置するという要件を満足していない。その結果、ビードの外観、引張りせん断強度のうち少なくとも一方が「△」或いは「×」で不合格という結果になった。
【符号の説明】
【0072】
1…アルミニウム合金材
2…鋼材
3…段状部
4…フラックスコアードワイヤ(FCW)
5…タングステン電極
6、6a、6b…ビード
7…アーク
8…電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金材と鋼材の少なくとも一部を重ね合わせ、前記アルミニウム合金材側を正極として、前記アルミニウム合金材の端縁と鋼材の表面で形成された段状部にフラックスコアードワイヤを供給しながら、棒状のタングステン電極を用いた直流TIG溶接により前記アルミニウム合金材と鋼材をすみ肉溶接する異種金属接合方法であって、
前記タングステン電極を、前記鋼材に垂直な方向から前記鋼材側に35°以上60°未満傾けた状態(θ=35°以上60°未満)とすると共に、
前記タングステン電極の先端部を、前記アルミニウム合金材の表面から、2.0mm以上4.5mm未満垂直に離れた位置(z=2.0mm以上4.5mm未満)に配置して、
前記タングステン電極の中心軸の延長線が前記アルミニウム合金材の表面と交わる位置を、前記アルミニウム合金材の端縁から1.0mm以上3.0mm未満前記アルミニウム合金材側の範囲(x=1.0mm以上3.0mm未満)とし、
前記タングステン電極からアークを照射して前記アルミニウム合金材と鋼材をすみ肉溶接することを特徴とする異種金属接合方法。
【請求項2】
前記フラックスコアードワイヤを溶接進行方向から供給する請求項1記載の異種金属接合方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−71134(P2013−71134A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210460(P2011−210460)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】