説明

疎水性が高められたセリシンおよびその製造方法

【課題】
本発明は、セリシン本来の機能性を高度に維持しつつ、疎水性が高められたセリシン、および、その製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
以下の性質を有する、疎水性が高められたセリシン:
(1)アミノ酸組成として疎水性アミノ酸を15モル%以上含み、
(2)重量平均分子量が1,000〜70,000であり、かつ、
(3)0.1重量%水溶液の表面張力が60mN/m以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水性が高められたセリシンおよびその製造方法に関する。詳しくは、絹タンパク質セリシンから特定の条件下にて選択的に得られたセリシンであって、セリシン本来の機能性を損なうことなく疎水性を高めることにより、優れた皮膚浸透性を備えたセリシン、および、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セリシンとは、繭糸に含まれる天然の絹タンパク質の1種である。セリシンはそのアミノ酸組成において、セリンを約30モル%と高い割合で含むため、親水性が高く、水に溶け易い。
【0003】
セリシンについては、これまでに、保湿作用、抗酸化作用、皮膚炎症防止作用、コラーゲン産生促進作用、細胞賦活作用、紫外線防御作用など、種々の作用効果を有することが報告され、その優れた機能性および生体適合性から、食品、化粧品、医薬品など、各種分野への応用が期待されている。
【0004】
このようなセリシンの優れた機能性を、生体に対しより有効に作用させるには、例えば、化粧品などの皮膚外用剤に配合して用いる場合、セリシンが十分な皮膚浸透性を備えていることが重要である。セリシンなどの皮膚外用剤成分が皮膚に浸透するには、皮膚表面を覆う皮脂膜を透過して、角層(角質層)に浸透する必要がある。しかしながら、皮脂膜は、主としてトリグリセライド、ワックスエステル、スクワレンなどの疎水性成分から構成されるため、疎水性が高い。また、角質細胞の細胞間隙には、スフィンゴ脂質、コレステロールなどの疎水性成分が存在している。そのため、親水性が高く、疎水性が低いセリシンが皮膚に浸透するのは容易でない。したがって、セリシンの疎水性を高めて皮脂膜となじみやすくすることで、皮膚親和性を高め、もって、皮膚浸透性を高めることが求められている。
【0005】
また、セリシンの疎水性が高まることにより、有機溶剤系や油脂性の組成物(例えば、クリーム、軟膏、除光液などの形態の皮膚外用剤)に対するセリシンの配合が容易になるという効果も期待できる。従来、セリシンは、その高い親水性から有機溶剤や油脂類にはほとんど溶けず、これらを基剤とする組成物に配合するには界面活性剤の使用が不可欠で、製剤化上の制約を受けてきた。これに対し、セリシンの疎水性が高まることにより、有機溶剤系や油脂性の組成物に対するセリシンの配合が容易になる結果、応用範囲が拡大されるというわけである。
【0006】
タンパク質の疎水性を高める方法としては、アシル化やアルキル化などの化学修飾により、タンパク質のヒドロキシ基やアミノ基の一部を置き換える方法が一般的である。セリシンについても例外でなく、例えば、特許文献1には、セリシンを非水溶媒中でリパーゼを用いて有機酸と反応させることにより、アシル化セリシンを得る方法が記載されており、得られたアシル化セリシンは、乳化性、油滴界面への吸着性、保湿性に優れ、食品や化粧品用の乳化剤、界面活性剤、調湿剤として有用であることが記載されている。
【0007】
また、特許文献2には、Schotten−Baumann反応に準拠した反応により、具体的には、セリシン溶液にアルカリ条件下で脂肪族カルボン酸エステルを滴下して反応させることにより、セリシンアシル化合物を得る方法が記載されており、得られたセリシンアシル化合物は、水に不溶である一方、種々の有機溶剤や液状油に可溶であり、化粧料への配合が容易で、セリシンアシル化合物を配合した化粧料は、湿潤・エモリエント効果の持続性に特に優れていることが記載されている。
【0008】
しかしながら、これらの方法は、反応時間が長く、操作が複雑である上、収率も低い。また、セリシンの構造が変化してしまうため、セリシンが本来持ち合わせていた種々の機能性が損なわれたり、あるいは、失われたりする可能性がある。特に、特許文献2に記載のものは水に不溶であることから、セリシン本来の優れた性質である、水に対する高い親和性が失われている。その結果、ヒューメクタント(humectant)、すなわち、親水性の保湿剤としての効果も失われると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−52066号公報
【特許文献2】特開昭61−118307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、セリシン本来の機能性を高度に維持しつつ、疎水性が高められたセリシン、および、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは今般、繭糸に含まれるセリシンを加水分解させて得た加水分解セリシン(以下、単に「セリシン」または「分画前のセリシン」という場合がある)から、高濃度の有機溶剤(有機溶剤と水との混合溶媒であって、有機溶剤の割合が70重量%以上であるもの)に可溶な画分のみを選択的に回収して得た特定のセリシンが、アミノ酸組成として疎水性アミノ酸を特定の高い割合で含み、疎水性が有意に高められていることを見出した。本発明は、かかる知見に基づくものである。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の性質を有する、疎水性が高められたセリシンである:
(1)アミノ酸組成として疎水性アミノ酸を15モル%以上含み、
(2)重量平均分子量が1,000〜70,000であり、かつ、
(3)0.1重量%水溶液の表面張力が60mN/m以下である。
【0013】
前記疎水性が高められたセリシンの、70重量%エタノールに対する溶解度は3g/100g以上であることが好ましい。
また、80重量%エタノールに対する溶解度は2g/100gであることが好ましい。
前記疎水性が高められたセリシンは、有機溶剤系または油脂性の組成物に好ましく配合して用いられる。
【0014】
また、本発明の別態様によれば、前記疎水性が高められたセリシンの製造方法であって、
繭糸から水を用いてセリシンを抽出し、
得られたセリシンと、
有機溶剤と水との混合溶媒であって、有機溶剤の割合が70重量%以上である混合溶媒とを混合し、
前記混合溶媒に可溶な画分のみを回収する
ことを含んでなる、製造方法が提供される。
【0015】
前記製造方法において、有機溶剤は、エタノールであることが好ましい。
また、混合溶媒における有機溶剤の割合は、80〜95重量%であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によるセリシンは、セリシン本来の機能性を高度に維持しつつ、疎水性が有意に高められている。したがって、セリシンの応用範囲を、水系の組成物のみならず、有機溶剤系や油脂性の組成物にまで拡大することができる。また、優れた皮膚浸透性を備えるため、セリシンの優れた機能性を、皮膚に対しより有効に作用させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】セリシンを皮膚に塗布し、拭き取ってからの放置時間と、角層水分量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明による疎水性が高められたセリシン(以下、「疎水化セリシン」という場合がある)は、前記したように、アミノ酸組成として疎水性アミノ酸を15モル%以上含み、重量平均分子量が1,000〜70,000であり、かつ、その0.1重量%水溶液の表面張力が60mN/m以下であるという性質を有するものである。
【0019】
本発明による疎水化セリシンは、繭糸から抽出したセリシン(後述するように多様なセリシン分子を含む)に分画処理を施すことにより、前記特定の疎水化セリシンを選択的に調製したものである。
【0020】
本発明による疎水化セリシンは、アミノ酸組成として疎水性アミノ酸を15モル%以上、好ましくは17モル%以上、より好ましくは20モル%以上含んでなる。含有量が15モル%未満であると、所望の疎水性を備えず、分画前のセリシンと比較して優位性が認められない虞がある。
【0021】
ここで、疎水性アミノ酸とは、側鎖に非極性基を持つアミノ酸を言う。具体的には、バリン、ロイシン、イソロイシン、アラニン、フェニルアラニン、プロリン、メチオニンを挙げることができる。なお、トリプトファンも疎水性アミノ酸に分類されるが、セリシンにはほとんど存在しないことから無視して差し支えない。
【0022】
また、所望の疎水性とは、0.1重量%水溶液の表面張力が60mN/m以下となる程度の疎水性であり、さらには、高濃度の有機溶剤、例えば、70重量%エタノールに可溶な程度の疎水性、そしてさらには、皮膚浸透性の向上が認められる程度の疎水性をいう。
【0023】
アミノ酸組成は、例えば、高速液体クロマトグラフアミノ酸分析システムLC10A(株式会社島津製作所製)を用い、OPA法により分析することができる。
【0024】
本発明による疎水化セリシンは、重量平均分子量が1,000〜70,000であり、好ましくは1,000〜50,000である。重量平均分子量が1,000未満であると、セリシン本来の機能性が十分に発揮されない虞がある。重量平均分子量が70,000を超えると、水および高濃度の有機溶剤に対する溶解度が低下し、例えば、皮膚外用剤に配合した場合の製剤安定性が低下したり、皮膚浸透性が低下したりする虞がある。
【0025】
重量平均分子量は、例えば、高速液体クロマトグラフLC9A(株式会社島津製作所製)を用い、ゲル濾過クロマトグラフィーにより測定することができる。
【0026】
本発明による疎水化セリシンは、分画前のセリシンと比較して遜色のない水溶性を示す程度の親水性を維持しつつ、疎水性が有意に高められている。疎水化の程度は、例えば、水溶液の表面張力を指標として表すことができる。本発明による疎水化セリシンは、その0.1重量%水溶液の表面張力が60mN/m以下であり、好ましくは55mN/m以下である。表面張力が60mN/mを超えると、分画前のセリシンと比較して優位性が認められない虞がある。
【0027】
なお、本明細書において表面張力は、液温が20℃である場合の表面張力であるものとする。このとき、水の表面張力は72mN/mである。すなわち、疎水化セリシンは、表面張力を低下させる作用を有する。
【0028】
表面張力は、例えば、接触角・表面張力測定装置FTA1000(First ten angstroms社製)を用い、ペンダントドロップ法により測定することができる。
【0029】
本発明による疎水化セリシンは、分画前のセリシンと同様、水に易溶であり、水溶液として安定な性状を保つことができる。加えて、高濃度の有機溶剤、例えば、70重量%エタノールにも可溶であり、混合溶液として安定な性状を保つことができる。したがって、有機溶剤系や油脂性の組成物に対するセリシンの配合が容易になり、セリシンの応用範囲を拡大することができる。このとき、界面活性剤の使用は必須でなく、また、乳化製剤の安定化を目的に界面活性剤を使用する場合にあっても、分画前のセリシンと比較して、界面活性剤の使用量を低減したり、界面活性能力がより低く、したがって、皮膚刺激性がより低い界面活性剤に置き換えたりすることができる。もちろん、水系の組成物に対しても、分画前のセリシンと同様、容易に配合することができる。
【0030】
本発明による疎水化セリシンを、水との混合溶媒の形で可溶な有機溶剤は、特に限定されるものでなく、配合する組成物の用途や安全性、安定性を考慮し、適宜選択すればよい。例えば、化粧品などの皮膚外用剤に配合する場合に用いられる有機溶剤としては、エタノール、イソプロパノールなどが好ましい。
【0031】
本明細書において、「高濃度の有機溶剤に可溶」とは、高濃度の有機溶剤に対する溶解度が、1g/100g以上であることをいうものとする。本発明による疎水化セリシンの高濃度の有機溶剤に対する溶解度が1g/100g以上であることにより、有機溶剤系や油脂性の組成物に対し、所望量のセリシンを配合することが容易になる。
【0032】
本発明による疎水化セリシンの高濃度の有機溶剤に対する溶解度は、有機溶剤の種類や割合はもちろん、疎水化セリシンにおける疎水性アミノ酸の含有量、重量平均分子量などによって異なる。例えば、70重量%エタノールに対する溶解度は、3g/100g以上であることが好ましく、より好ましくは5g/100g以上である。上限は特に限定されないが、セリシン本来の親水性を維持していることから、20g/100g程度である。また、80重量%エタノールに対する溶解度は、2g/100g以上であることが好ましく、より好ましくは3g/100g以上であり、上限は20g/100g程度である。
【0033】
本発明による疎水化セリシンは、分画前のセリシンと比較して、顕著に優れた皮膚浸透性を具備する。その理由は、前記したように、皮脂膜や角質層との親和性が増すためである。したがって、例えば、化粧品などの皮膚外用剤に配合して用いる場合、セリシンの優れた機能性を、皮膚に対しより有効に作用させることができる。
【0034】
本発明による疎水化セリシンは、例えば、次のようにして調製することができる。
はじめに、繭糸からセリシンを抽出する。
セリシンは、水を用いて繭糸から抽出することができる。例えば、蚕繭や生糸など、繭糸を含んでなる原料を熱水に浸漬して処理することにより、原料中のセリシンを加水分解させて水中に溶出させることができる。このとき、必要に応じて、酸、アルカリまたは酵素を併用してもよい。
【0035】
繭糸に含まれるセリシンには、分子量が異なるいくつかの分子種があることが知られている。例えば、特開2002−128691号公報によれば、分子量が約40万、約25万、約20万、約3万5千のセリシンが確認されている。また、セリシン分子が互いに水素結合し、見かけの分子量を増している場合もある。さらに、酸、アルカリまたは酵素を併用して繭糸に含まれるセリシンを加水分解させたものは、多様な分子種を含む混合物である。
【0036】
抽出液に含まれるセリシンの分子量は特に限定されないが、この段階で、重量平均分子量がおおよそ1,000〜70,000となるように調整しておくとよい。具体的には、抽出温度や時間、併用する剤の種類や濃度などの条件を制御することにより可能である。
【0037】
抽出液に含まれるセリシンは、アミノ酸組成として疎水性アミノ酸を、通常、約8〜14モル%含むものである。
【0038】
次いで、公知の方法により、抽出液を分離精製し、セリシンを含む水溶液を得る。
さらに、必要に応じて、公知の方法により、水溶液を濃縮してもよいし、乾燥してセリシンを固体化してもよい。
【0039】
次いで、得られたセリシンから、目的とする疎水化セリシンを分画する。分画は、セリシンと、高濃度の有機溶剤(有機溶剤と水との混合溶媒であって、有機溶剤の割合が最終的に70重量%以上であるもの)とを混合し、高濃度の有機溶剤に可溶な画分のみを回収することにより行うことができる。このとき、固体化したセリシンを用いる場合には、セリシンと水とを混合し、水溶液とした後、有機溶剤と混合してもよいし、セリシンを固体のまま、高濃度の有機溶剤と混合してもよく、さらには、セリシンと有機溶剤とを混合した後、水と混合してもよい。すなわち、分画処理に供するセリシンは、固体であっても水溶液であってもよく、前記抽出液を分離精製して得られる水溶液や、その濃縮液を、乾燥することなく用いることもできる。ただし、収率の点からは、濃度管理の容易な固体セリシンを出発材料とすることが好ましい。
【0040】
分画処理に用いられる有機溶剤としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ポリエチレングリコール、メチルペンタンジオールなどのアルコール類や、アセトン、ジオキサンなどを挙げることができる。なかでも、使用性、安全性、コストの点から、エタノールを用いることが好ましい。
【0041】
有機溶剤の最終割合は、有機溶剤と水との総量(すなわち、セリシンを除く)に対して、70重量%以上であることが求められ、好ましくは80重量%以上である。最終濃度が70重量%未満であると、所望の疎水性を備えたセリシンを得ることができない虞がある。上限は特に限定されないが、収率の点からは、95重量%以下であることが好ましい。
【0042】
高濃度の有機溶剤と混合するセリシンの割合は特に限定されないが、より効率よく目的とする疎水化セリシンを得るためには、高濃度の有機溶剤に対する溶解量が飽和となるよう混合することが好ましく、沈殿が認められる量のセリシンを混合することが好ましい。ただし、沈殿は回収されることなく、通常、除去廃棄されるため、沈殿があまりにも多いようでは、収率が低下し、かえって効率的でない。
【0043】
次いで、セリシンを混合した高濃度の有機溶剤(すなわち、セリシンと有機溶剤と水との混合液)を室温以下、好ましくは−80〜−20℃で、2時間以上静置する。この過程で、目的とする疎水化セリシンが高濃度の有機溶剤に完全に溶解し、目的外のセリシンは沈殿する。このとき、室温を超える温度条件で静置すると、溶解度が上昇し、目的外のセリシンも溶解するため、所望の疎水性を備えたセリシンを得ることができない虞がある。
【0044】
次いで、セリシンと有機溶剤と水との混合液から、上清(目的とする疎水化セリシンが溶解している)を分離、回収する。分離方法は特に限定されるものでなく、公知の方法、例えば、遠心分離や濾過などを、1種単独で、または2種組み合わせて用いればよい。
【0045】
次いで、公知の方法により、上清から有機溶剤を除去し、目的とする疎水化セリシンの水溶液を得る。
さらに、必要に応じて、公知の方法により、水溶液を濃縮してもよいし、乾燥して疎水化セリシンを固体化してもよい。
【0046】
さらに、必要に応じて、疎水化セリシンの重量平均分子量が1,000〜70,000となるように、分画処理を施すことができる。分画方法は特に限定されるものでなく、公知の方法、例えば、塩析、ゲル濾過クロマトグラフィー、透析、逆相クロマトグラフィー、逆浸透、限外濾過、超遠心分離などを、1種単独で、または2種以上組み合わせて用いればよい。なお、分子量の分画処理は、いずれの段階で行ってもよい。
【0047】
かくして、本発明による疎水化セリシンを得ることができる。
【0048】
よって、本発明の別態様によれば、本発明による疎水化セリシンの製造方法であって、繭糸から水を用いてセリシンを抽出し、得られたセリシンと、高濃度の有機溶剤(有機溶剤と水との混合溶媒であって、有機溶剤の割合が70重量%以上であるもの)とを混合し、高濃度の有機溶剤に可溶な画分のみを回収することを含んでなる、製造方法が提供される。
【0049】
本発明による製造方法は、アシル化やアルキル化などの化学修飾に依らないため、セリシン本来の機能性を損なうことなく、セリシンの疎水性を高めることができる。
【実施例】
【0050】
本発明を以下の例により詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0051】
1.セリシンの製造
(1)セリシンA(分画前、比較例)
家蚕の切り繭200gを水洗した後、蒸留水1kgに浸漬し、炭酸ナトリウム8gを添加した。この条件で繭を1時間煮沸し、セリシンの抽出と加水分解を行った。
次いで、得られた抽出液にクエン酸を添加して中和した。次いで、抽出液を10℃の低温室に15時間静置し、不溶物を沈殿させた。次いで、遠心機H−501FR(株式会社コクサン製)を用いて20℃、6,000rpmの条件にて10分間遠心分離を行い、上清を回収した。次いで、回収した上清を平均孔径0.2μmのセルロース膜を用いて濾過し、膜透過画分約200gを回収した。
回収した膜透過画分を凍結乾燥して、セリシン(セリシンAとする)の粉末52.34gを得た。
【0052】
(2)セリシンB(80重量%エタノールに可溶なセリシン、本発明)
前記セリシンAの粉末10gを蒸留水40gに溶解させて、セリシンAの水溶液を調製した。このセリシンAの水溶液にエタノール160gを添加し(エタノールと水との総量に対するエタノールの割合:80重量%、エタノールと水との総量に対するセリシンAの割合:5重量%)、室温で約10分間撹拌した後、−30℃で2時間静置した。
次いで、遠心機H−501FR(株式会社コクサン製)を用いて20℃、6,000rpmの条件にて20分間遠心分離を行い、上清を回収した。次いで、回収した上清を平均孔径0.2μmのセルロース膜を用いて濾過し、膜透過画分約200gを回収した。
次いで、膜透過画分に含まれているエタノールを減圧エバポレーターにより除去し、得られた溶液を凍結乾燥して、80重量%エタノールに可溶なセリシン(セリシンBとする)の粉末1.43gを得た。
【0053】
(3)セリシンC(80重量%エタノールに不溶なセリシン、比較例)
前記(2)において、上清を回収して残る沈殿約8.5gを回収した。次いで、回収した沈殿を水100gに溶解させた後、僅かに含まれているエタノールを減圧エバポレーターにより除去し、得られた溶液を凍結乾燥して、80重量%エタノールに不溶なセリシン(セリシンCとする)の粉末6.71gを得た。
【0054】
2.セリシンの物性評価
セリシンA〜Cについて以下の物性を評価した。
【0055】
(1)重量平均分子量
ゲル濾過クロマトグラフィーにより、重量平均分子量を測定した。測定機器としてLC9A(株式会社島津製作所製)を用い、カラムとしてSuperdex 75HR 10/30(ファルマシア社製)を用いた。溶離液には0.2M塩化ナトリウムを含む0.05Mトリス塩酸緩衝液(pH7.0)を用い、流速0.7mL/分、カラム温度25℃、ペプチド検出波長275nmの条件で測定した。分子量マーカーには、Gel Filtraion Calibration Kit LMW(GEヘルスケア社製)とAprotinin(シグマアルドリッチ社製)を併せて使用した。
結果は、表1に示される通りであった。
【0056】
(2)アミノ酸組成
セリシンを塩酸で加水分解処理した後、高速液体クロマトグラフィーにより、アミノ酸組成を測定した。測定機器としてLC10A(株式会社島津製作所製)を用い、カラムとしてshim−pack Amino−Na(株式会社島津製作所製)を用い、OPA法により検出した。
結果は、表1に示される通りであった。
表中、酸性アミノ酸とはアスパラギン酸、グルタミン酸をさし、塩基性アミノ酸とはヒスチジン、アルギニン、リジンをさし、極性アミノ酸とはセリン、スレオニン、グリシン、チロシン、システインをさし、疎水性アミノ酸とは、バリン、ロイシン、イソロイシン、アラニン、フェニルアラニン、プロリン、メチオニンをさす。
セリシンBは、セリシンAやセリシンCと比較して、疎水性アミノ酸の割合が高いことが確認された。
【0057】
(3)逆相クロマトグラフィーによる溶出挙動
逆相クロマトグラフィーによる溶出挙動を解析することにより、疎水性を評価した。逆相クロマトグラフィーによる分離では、疎水性が高い物質ほどカラムに対する親和性が強く、溶出時間が長くなる。
測定機器としてLC10A(株式会社島津製作所製)を用い、カラムとして、MERCK Chromolith Performance HPLC−Saule RP−18e 100−4.6(メルク社製)を用いた。溶離液には20容量%アセトニトリルを用い、流速1mL/分、検出波長275nmの条件で測定した。試験溶液には、溶離液に対し、セリシンを0.1重量%となるように溶解させたものを用いた。
結果は、表1に示される通りであった。
セリシンBは、セリシンAやセリシンCと比較して、疎水性が高いことが確認された。
【0058】
(4)各種溶媒に対する溶解性
蒸留水、70重量%エタノール、80重量%エタノール、エタノール、50重量%アセトン、70重量%アセトン、ジメチルスルホキシド、グリセリン、ブチレングリコールに対する溶解性を評価した。
それぞれの溶媒1gに対し、セリシンを10mg添加し、撹拌後、60℃で1時間加温した。次いで、遠心機M150−IV(株式会社佐久間製作所製)を用いて室温、16,000rpmの条件にて5分間遠心分離を行い、不溶物を沈殿させた。沈殿の有無および量を目視にて確認し、下記の基準に従って判定した。
○:沈殿なし
×:少量の沈殿あり
××:多量の沈殿あり
結果は、表1に示される通りであった。
セリシンBは、セリシンAやセリシンCと比較して、高濃度の有機溶剤に対する溶解性が高いことが確認された。
また、セリシンBの70重量%エタノールおよび80重量%エタノールに対する溶解度を同様の方法で求めたところ、70重量%エタノールに対する溶解度は7.5g/100gであり、80重量%エタノールに対する溶解度は4.5g/100gであった。
【0059】
(5)表面張力および接触角の低下作用
接触角・表面張力測定装置FTA1000(First ten angstroms社製)を用い、ペンダントドロップ法により、セリシン水溶液の表面張力および接触角を測定した。
表面張力は、20ゲージの針を用いて5μLの液滴を作成し、10秒間静置後画像を撮影し、画像処理にてその表面張力を算出した。接触角は、同様に液滴を作成後、ポリエステルフィルム ルミラーTタイプ(株式会社東レ製)に液滴を接触させて半円の液滴を作成し、10秒間静置後画像を撮影し、画像処理にてその接触角を測定した。試験溶液には、超純水に対し、セリシンを0.1重量%となるよう溶解させたものを用いた。なお、超純水の表面張力は液温20℃にて72.75mN/mであり、接触角は77.7°であった。
結果は、表1に示される通りであった。
セリシンBは、セリシンAやセリシンCと比較して、両親媒性の性質が上昇したことから、表面張力を低下させる作用が高くなり、接触角が小さくなることが確認された。
【0060】
【表1】

【0061】
3.セリシンの皮膚浸透性および水分保持力
健常なパネラーに対し以下の試験を行い、皮膚浸透性を評価した。試験溶液には、蒸留水に対し、セリシンAおよびBをそれぞれ0.5重量%となるように溶解させたものを用いた。
前腕内側を石鹸で洗浄した後、室温25℃、湿度40%の環境下で15分間以上馴化させた。次いで、試験溶液10μLを前腕内側に塗布した。1分後にコットンで拭き取り、その直後から、15、30、45、60秒後の角層水分量を、SKICON−200(IBS社製)を用いて測定した。
結果は、図1に示される通りであった。
セリシンBは、セリシンAと比較して拭き取り直後の角層水分量が高く、皮膚浸透性に優れることが確認された。また、拭き取り60秒後の角層水分量がセリシンAと比較して同等、またはそれ以上であることが確認された。つまり、セリシンBは、セリシンが本来持ち合わせている水に対する親和性を失っていないものと考えられる。また、セリシンBがセリシンAと比較して、角層への即時給水力に優れているのは、疎水性が高められた結果、皮膚親和性および皮膚浸透性が高められたことによるものと考えられる。
【0062】
以上の結果から明らかなように、本発明による疎水化セリシン(すなわち、セリシンB)は、分画前のセリシン(すなわち、セリシンA)と比較し、疎水性が有意に高く、異なる物性を有するものであった。また、セリシン本来の親水性を高度に維持しつつ、優れた皮膚浸透性を備えたものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の性質を有する、疎水性が高められたセリシン:
(1)アミノ酸組成として疎水性アミノ酸を15モル%以上含み、
(2)重量平均分子量が1,000〜70,000であり、かつ、
(3)0.1重量%水溶液の表面張力が60mN/m以下である。
【請求項2】
70重量%エタノールに対する溶解度が3g/100g以上である、請求項1に記載の疎水性が高められたセリシン。
【請求項3】
80重量%エタノールに対する溶解度が2g/100g以上である、請求項1または2に記載の疎水性が高められたセリシン。
【請求項4】
有機溶剤系または油脂性の組成物に配合して用いられる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の疎水性が高められたセリシン。
【請求項5】
請求項1に記載の疎水性が高められたセリシンの製造方法であって、
繭糸から水を用いてセリシンを抽出し、
得られたセリシンと、
有機溶剤と水との混合溶媒であって、有機溶剤の割合が70重量%以上である混合溶媒とを混合し、
前記混合溶媒に可溶な画分のみを回収する
ことを含んでなる、製造方法。
【請求項6】
有機溶剤がエタノールである、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
混合溶媒における有機溶剤の割合が80〜95重量%である、請求項5または6に記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−190226(P2011−190226A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−59592(P2010−59592)
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【Fターム(参考)】