説明

疎水性基材の表面処理方法

【課題】防汚性に優れた疎水性基材、並びに疎水性基材の防汚性を高めることができる表面処理剤及び表面処理方法を提供する。
【解決手段】本発明にかかる疎水性基材用の表面処理剤は、ホスホリルコリン基を含む側鎖と、疎水性基を含む側鎖と、アジド基を含む側鎖とを有するポリマーを主要成分として含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水性ポリマー材料等の疎水性基材の表面を親水化するための表面処理剤及び表面処理方法、並びに表面の防汚性に優れた疎水性基材(例えば歯科材料等)に関する。
【背景技術】
【0002】
口腔衛生思想の普及により齲蝕は減少傾向にある。これに伴い、年齢による残存歯数の減少にも歯止めがかかり、義歯の需要も減少傾向にある。とはいえ高齢化社会を迎えて義歯の必要性は誰もが認めるところである。口腔内の清掃状況と衛生状態は齢を重ねるごとに悪くなる傾向があり、特に寝たきりの老人の場合は個人による口腔内の清掃は不可能なために、その衛生状態は想像を絶するものがある。このような環境にある人々の口腔内は常在菌以外の菌、例えばカンジダなどの真菌も認められ、これらの菌の肺への感染による死亡例も報告されている。この問題を解決するには、介護をしている人たちの力に頼るしかないが、残念ながら十分に介護が行き届いていないのが現実である。また、従来、口腔内の清掃手段としては、ブラッシングやタンパク質汚れ除去剤による処理以外に常用されている手段はなかった。高齢化社会を迎えて高齢者医療にかかる医療費の伸びは、ここ数年上昇傾向にあり、このままでは公的な医療費は急増するばかりである。義歯等の歯科材料においては、疎水性ポリマー材料等の疎水性基材が利用されることが多いが、表面が疎水性であることによりタンパク質等の吸着汚れが発生しやすく、口腔内の衛生状態の劣化を招く原因となっていた。そのため、表面の防汚性に優れ、歯科材料等にも適用可能な疎水性基材の開発が望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明が解決しようとする課題は、防汚性に優れた疎水性基材、並びに疎水性基材の防汚性を高めることができる表面処理剤及び表面処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。生体親和性を有する官能基を含む側鎖と、疎水性基を含む側鎖と、アルキル基との光反応性を有する基を含む側鎖とを有する、三元系の新規光反応性ポリマーの合成に成功した。そして、当該光反応性ポリマーを含む表面処理剤及び表面処理方法を用いれば、疎水性ポリマー材料等の疎水性基材(例えば歯科材料(特にレジン部分))の表面を容易かつ効率的に親水化し、防汚性を高めることができることを見出し、本発明を完成した。
【0005】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)ホスホリルコリン基を含む側鎖と、疎水性基を含む側鎖と、アジド基を含む側鎖とを有するポリマーを含む、疎水性基材用の表面処理剤。
本発明の処理剤においては、前記ポリマーが、例えば、下記一般式(1)で示される構造を有するポリマーが挙げられる。
【化3】

(式中、X1、X2及びX3は、互いに独立して、重合した状態の重合性原子団を表し;R1、R2及びR4は、互いに独立して、置換基を有していてもよいフェニル基又は−C(O)−、−C(O)O−、−O−若しくは−S−で示される基を表し;R3は、水素原子又はOR5(ここで、R5は脂肪族炭化水素基又は芳香族炭化水素基を表す。)を表し;x及びyは、互いに独立して、2以上の整数を表し;zは1以上の整数を表し;a、b及びcは、互いに独立して、2以上の整数を表し;X1を含む構造単位とX2を含む構造単位とX3を含む構造単位とはランダムな順序で結合している。)
【0006】
ここで、上記一般式(1)で示される構造を有するポリマーは、例えば、下記一般式(2)で示される構造を有するポリマーが挙げられる。
【化4】

(式中、a、b及びcは、互いに独立して、2以上の整数を表し;ホスホリルコリン基を含む側鎖を有する構造単位とブチル基を含む側鎖を有する構造単位とアジドフェニル基を含む側鎖を有する構造単位とはランダムな順序で結合している。)
また、上記一般式(1)及び(2)で示される構造を有するポリマーは、例えば、a/(a+b+c)の値が0.10〜0.85であり、b/(a+b+c)の値が0.01〜0.85であり、c/(a+b+c)の値が0.005〜0.70であるものが挙げられる。
【0007】
本発明の処理剤としては、疎水性基材の表面を親水化することができるものであり、例えば、光照射処理を利用して表面処理を行うものが挙げられる。
本発明の処理剤は、例えば、表面処理剤中のポリマー成分全体の濃度が0.05重量%以上であるものが挙げられる。
本発明の処理剤の処理対象となる疎水性基材は、例えば、アルキル基含有アクリル系ポリマー由来の部分を含むものが挙げられる。
【0008】
(2)上記(1)に記載の処理剤を疎水性基材の表面に塗布する工程、及び、塗布された当該処理剤に光照射処理をする工程を含む、疎水性基材の表面処理方法。
本発明の方法は、疎水性基材の表面を親水化する方法であり、処理対象の疎水性基材としては、例えば、アルキル基含有アクリル系ポリマー由来の部分を含むものが挙げられる。
【0009】
(3)上記(2)に記載の方法により表面処理されてなる疎水性基材。
(4)疎水性基材の表面が、ホスホリルコリン基を含む側鎖と、疎水性基を含む側鎖と、アジド基を含む側鎖とを有するポリマーによりコーティング処理されてなる、疎水性基材。
本発明の基材は、例えば、前記ポリマー中のアジド基が疎水性基材の表面と架橋構造を形成してなるものが挙げられ、具体的んは、疎水性基材の表面が親水化されたものが挙げられる。
本発明の基材は、疎水性基材が、例えば、アルキル基含有アクリル系ポリマー由来の部分を含むものが挙げられ、具体的には、歯科材料であるものが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、防汚性に優れた疎水性基材、並びに疎水性基材の防汚性を高め得る表面処理剤及び表面処理方法を提供することができる。
前述の通り、口腔内に用いる歯科材料には、疎水性ポリマー材料等の疎水性基材が利用されることが多い。よって、本発明を歯科材料の適用した場合、歯科材料(なかでも特に汚れの著しい補綴物)の防汚及び清掃を容易化し、口腔内の衛生状態の改善及びこの状態の長期保持を実現すること、ひいては高騰する医療費の削減を図ることができる点で極めて有用である。また、歯科材料、特に歯科用補綴物(例えば、義歯(有床義歯)、ブリッジ、クラウン、インプラント等)は、通常、オーダーメイドで精密に設計及び作製されるものであるため、従来より表面親水化のために行われているプラズマ処理等では処理条件が厳しく、変形及び変質のおそれが高いことから、現実的には行うことができなかった。これに対し、本発明の表面処理剤及び表面処理方法を用いれば、基材表面への塗布後、光照射処理をするだけで十分な表面親水化処理を行うことができ、歯科材料等のようなオーダーメイドの疎水性基材であっても変形や変質をさせることなく、容易に表面処理を行うことができるため、本発明の表面処理剤等は極めて実用性に優れたものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0012】

1.表面処理剤
本発明の疎水性基材用の表面処理剤は、ホスホリルコリン基を含む側鎖と、疎水性基を含む側鎖と、アジド基を含む側鎖とを有する三元系ポリマーを主要成分として含んでなるものである。
【0013】
(1)三元系ポリマー
表面処理剤の主要成分となる前記三元系ポリマーは、いわゆる光反応性ポリマーとしての性質を有するものである(以下、当該ポリマーを光反応性ポリマーと称することがある。)。当該ポリマー中、アジド基(−N3)は、光照射(具体的にはUV照射が好ましい)により光分解し、反応性に富むナイトレンを生成する。このナイトレンは、水素引き抜き反応によりアルキル基と容易に反応して結合し得るものである。一方、当該ポリマー中、ホスホリルコリン基(PC基)は、生体膜の主成分であるリン脂質(ホスファチジルコリン)の極性基と同様の構造を有する極性基である。ホスホリルコリン基がポリマーに含有されることにより、当該ポリマーに、親水性(ぬれ性)、具体的には、生体膜の表面が有する極めて良好な生体適合性、特に生体分子の非吸着性、及び非活性化特性が付与され、各種分子に対する非特異的吸着を効果的に抑制することができるため、ひいては疎水性ポリマー材料等の疎水性基材表面に優れた防汚性を付与することができる。また、当該ポリマー中、疎水性基は、もともと処理対象である疎水性基材表面との吸着性を有し、当該ポリマーによる表面コーティングの安定性を向上させることができる。
【0014】
上記三元系ポリマーは、限定はされないが、例えば、下記一般式(1)で示される構造を有するポリマーが好ましく挙げられる。
【化5】

式(1)中、X1、X2及びX3は、互いに独立して、重合した状態の重合性原子団を表すものであればよく、限定はされないが、具体的には、例えば、ビニル系モノマー残基、アセチレン系モノマー残基、エステル系モノマー残基、アミド系モノマー残基、エーテル系モノマー残基及びウレタン系モノマー残基等が好ましく、これらの中でも、ビニル系モノマー残基がより好ましい。ビニル系モノマー残基としては、限定はされないが、例えば、ビニル部分が付加重合している状態のメタクリルオキシ基、メタクリルアミド基、アクリルオキシ基、アクリルアミド基、スチリルオキシ基及びスチリルアミド基等が好ましく、これらの中でも、メタクリルオキシ基、メタクリルアミド基、アクリルオキシ基及びアクリルアミド基がより好ましく、さらに好ましくはメタクリルアミド基及びアクリルアミド基であり、特に好ましくはメタクリルアミド基である。
【0015】
式(1)中、R1は、置換基を有していてもよいフェニル基又は−C(O)−、−C(O)O−、−O−若しくは−S−で示される基を表し、好ましくは、−C(O)−、−C(O)O−又は−O−で示される基、より好ましくは−C(O)O−で示される基である。また、xは、2以上の整数を表し、好ましくは2〜12の整数、より好ましくは2〜4の整数、特に好ましくは2である。
式(1)中、X1を含む構造単位の具体例としては、限定はされないが、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2−アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、N−(2−メタクリルアミド)エチルホスホリルコリン、4−メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6−メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、10−メタクリロイルオキシデシルシルホスホリルコリン、ω−メタクリロイルジオキシエチレンホスホリルコリン及び4−スチリルオキシブチルホスホリルコリン等に由来する構造単位が好ましく挙げられる。これらの中でも、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンに由来する構造単位が特に好ましい。2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンは、“Kazuhiko Ishihara, Tomoko Ueda, and Nobuo Nakabayashi, Polymer Journal, 22, 355-360 (1990)”に記載の方法等により調製することができ、また、その他のホスホリルコリン系化合物(モノマー化合物)についても、当該方法及び常法に基づいて容易に調製できる。
【0016】
式(1)中、R2は、置換基を有していてもよいフェニル基又は−C(O)−、−C(O)O−、−O−若しくは−S−で示される基を表し、好ましくは、−C(O)−、−C(O)O−又は−O−で示される基、より好ましくは−C(O)O−で示される基である。また、yは、2以上の整数を表し、好ましくは2〜18の整数、より好ましくは3〜10の整数、特に好ましくは3である。さらに、R3は、水素原子又はOR5(ここで、R5は脂肪族炭化水素基又は芳香族炭化水素基を表す。)を表し、好ましくは水素原子である。ここで、R5の脂肪族炭化水素基としては、例えば、アルキル基及びアルケニル基等が好ましく挙げられ、芳香族炭化水素基としては、例えば、フェニル基等が好ましく挙げられる。
【0017】
式(1)中、R4は、置換基を有していてもよいフェニル基又は−C(O)−、−C(O)O−、−O−若しくは−S−で示される基を表し、好ましくは、−C(O)−、−C(O)O−又は−O−で示される基、より好ましくは−C(O)O−で示される基である。また、zは、1以上の整数を表し、好ましくは1〜10の整数、より好ましくは1〜3の整数、特に好ましくは1である。
なお、式(1)で示されるポリマー構造において、X1を含む構造単位とX2を含む構造単位とX3を含む構造単位とは、ランダムな順序で結合していてもよく、限定はされない。
【0018】
さらに、上記一般式(1)で示される構造を有するポリマーの具体例としては、限定はされないが、下記一般式(2)で示される構造を有するポリマーが好ましく挙げられる。
【化6】

式(2)中、ホスホリルコリン基を含む側鎖を有する構造単位とブチル基を含む側鎖を有する構造単位とアジドフェニル基を含む側鎖を有する構造単位とは、式(1)と同様、ランダムな順序で結合していてもよく、限定はされない。
【0019】
上記式(1)及び(2)で示されるポリマーにおいては、a、b及びcは、特に限定はされず、互いに独立して、2以上の整数であればよいが、ここで、a/(a+b+c)の値は0.10〜0.85であることが好ましく、より好ましくは0.2〜0.85、さらに好ましくは0.3〜0.60であり、b/(a+b+c)の値は0.01〜0.85であることが好ましく、より好ましくは0.10〜0.75、さらに好ましくは0.15〜0.60であり、c/(a+b+c)の値は0.005〜0.70であることが好ましく、より好ましくは0.005〜0.50、さらに好ましくは0.01〜0.30である。
上記式(1)及び(2)で示されるポリマーの重量平均分子量は、限定はされないが、例えば、5,000〜1,000、000が好ましく、より好ましくは10,000〜300,000である。
上記式(1)及び(2)で示される構造を有するポリマーは、必要に応じ、他のモノマー由来の構造単位を含むものであってもよく、限定はされないが、通常、他のモノマー由来の構造単位の割合は、ポリマーを構成する全構造単位に対して、30モル%以下であることが好ましく、より好ましくは10モル%以下である。
【0020】
なお、上記式(1)及び(2)で示されるポリマーの合成については、モノマー化合物の調製及びそれらの重合を含め、基本的には、当業者の技術水準に基づき、常法により行うことができる。但し、上記式(2)で示されるポリマー中の、アジドフェニル基を含む側鎖を有する構造単位の由来元であるモノマー化合物の調製については、十分に水分を排除した条件下で行わないと、目的のモノマー化合物が得られないため、調製方法は困難であるといえる。具体的には、該モノマー化合物は、アジド安息香酸クロライドとメタクリル酸(アクリル酸)ω-ヒドロキシアルキルとの縮合反応で合成することができるが、アジド安息香酸クロライドが有するアジド基の電子受容性に起因して、酸塩化物の分解が起こりやすいために、完全な脱水条件化における反応条件を設定しなければならない。一方において、メタクリル酸ω-ヒドロキシアルキルは親水性の水酸基を持つために、多分の水分が混入している。メタクリル酸ω-ヒドロキシアルキルの熱に対する安定性、自然重合の点から通常の蒸留操作において脱水を行うことができないために、完全脱水系を実現することは極めて困難である。本発明者は反応条件を詳細に検討し、該モノマーの効率的かつ安定的合成法を完成し、これにより本発明に供することが可能となった。
【0021】
(2)表面処理剤
本発明の疎水性基材用表面処理剤は、前述の通り、上記三元系ポリマーを主要成分として含むものであり、対象基材である疎水性基材の表面を親水化することができるものである。
本発明の表面処理剤は、後述するように、疎水性基材の表面に塗布後、光照射処理を利用して表面処理を行うことができるものである。
本発明の表面処理剤は、上記三元系ポリマー以外に、一般的に基材の表面処理剤の成分として用いられる任意の他の成分(例えば、各種溶媒等)を含むものであってもよく、限定はされない。溶媒としては、例えば、水とエタノールとの混合溶媒等が好ましく挙げられる。
本発明の表面処理剤は、通常、溶液状のものであることが好ましく、主要成分として含まれる前記三元系ポリマーの濃度は、例えば、0.05重量%以上であることが好ましく、より好ましくは0.1重量%以上、さらに好ましくは0.2重量%以上、さらに好ましくは0.25重量%以上、さらにより好ましくは0.5重量%以上である。
【0022】
本発明の表面処理剤の対象基材となる疎水性基材としては、限定はされないが、例えば、各種疎水性ポリマー材料等が好ましく挙げられる。疎水性ポリマー材料としては、例えば、ポリメタクリル酸メチル(メタクリル樹脂;PMMA)等のアクリル系ポリマー;ポリジメチルシロキサン(PDMS)等の各種シリコーンゴム(置換シリコーン、変性シリコーンを含む等);ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート及びポリオレフィン等の有機物からなるもの;金属、セラミックスあるいはガラス系基材にシランカップリング剤で表面処理したもの等が挙げられ、好ましくは、少なくとも一部にアルキル基含有アクリル系ポリマー由来の部分を含むものである。
基材の形状は、特に限定はされず、例えば、板状、ビーズ状及び繊維状の形状のほか、板状の基材に設けられた穴や溝なども挙げられる。
また、基材の用途としては、限定はされないが、例えば、歯科材料、歯科用器具、各種医療用デバイス、コンタクトレンズ、人工臓器、バイオチップ、バイオセンサー、酸素富加膜及び細胞保存器具等が挙げられる。歯科材料としては、例えば、有床義歯、架工義歯、インプラント義歯及びクラウン等の歯科用補綴物が好ましく挙げられる。
【0023】

2.表面処理方法
(1)表面処理方法
本発明の表面処理方法は、対象基材である疎水性基材の表面を親水化する方法であり、具体的には、上述した本発明の表面処理剤を基材の表面に塗布する工程(塗布工程)、及び、塗布された当該処理剤に光照射処理をする工程(光照射工程)を含む方法である。
塗布工程においては、光反応性ポリマーである前記三元系ポリマーを主要成分として含む表面処理剤を用いて行えばよく、限定はされない。
光照射工程は、好ましくは、対象基材である疎水性基材に塗布した表面処理剤(液)が乾燥した後、当該処理剤に光を照射すればよく、限定はされない。照射光としては、アジド基がラジカルを生じさせることができるものがよいため、紫外線(UV光)が好ましい。照射光の線量は、限定はされず、当業者の通常の技術常識に基づいて、適宜設定することができる。
本発明の表面処理方法の対象基材となる疎水性基材としては、限定はされないが、その種類、形状及び用途等は、前記1.(2)項で列挙したものと同様のものが例示できる。
【0024】
(2)防汚性に優れた疎水性基材
本発明の疎水性基材は、表面が前記三元系ポリマーによりコーティング処理されてなる基材であり、表面が親水化されたものであるため防汚性に優れたものである。本発明の疎水性基材は、詳しくは、前記三元系ポリマー中のアジド基(−N3)が、当該基材の表面(具体的にはアルキル基)と結合をして架橋構造を形成してなるものであり、安定化した表面コーティングがなされたものであるため、表面親水化による防汚性が長期にわたり保持され得るものである。
本発明の疎水性基材は、上述した本発明の表面処理方法により疎水性基材を表面処理することで得ることができる。
本発明の疎水性基材としては、限定はされないが、その種類、形状及び用途等は、前記1.(2)項で列挙したものと同様のものが例示できる。

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
1.光反応性ポリマー(PMBPAz)の合成
(1)光反応性モノマー(メタクリロイルオキシエチルオキシカルボキシ4-フェニルアジド(MPAz))の合成
アジド安息香酸(12.3g)をベンゼン(74.0g)に溶解し、チオニルクロライド(37.1g)を加えた後、80°Cで4時間沸点還流した。不溶物をろ過後、エバポレートし、60gのリグロインに溶解した。再度、80°Cで沸点還流し、不溶物をろ過後、エバポレートによりアジド安息香酸クロライドを回収した。得られたアジド安息香酸クロライド(9.00g)を4つ口フラスコに入れ、クロロホルム90mLを加えて溶解した。トリエチルアミン(5.01g)と2-エチルヘキシルメタクリレート(HEMA) (6.51g)を滴下ロートに入れゆっくり滴下した。12時間室温で反応させた後、未反応のHEMAとMPAzを分離するため、HCl水溶液で抽出を行った。得られたMPAzクロロホルム溶液に無水硫酸マグネシウムを加え脱水した。無水硫酸マグネシウムをろ過後、エバポレートによりクロロホルムを除去し、オイル状のMPAzを得た。
【0026】
2.PMBPAzの合成
ガラス製のアンプルに2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)(2.23g)、ブチルメタクリレート(BMA)(0.53g)、メタクリロイルオキシエチルオキシカルボキシ4-フェニルアジド(MPAz)(0.34g)、開始剤として、2,2'アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(10.2mg)を秤量した。エタノールを用いてモノマー濃度0.5mol/L、開始剤濃度25mmol/Lとなるように希釈した。十分に溶液中の酸素をアルゴンで除去後、アンプルを封管した。反応はシリコーンオイルバスを用いて60℃にて15時間行なった。反応終了後、エーテル:クロロホルム=8:2の溶媒を用いて再沈殿法により未反応のモノマーを除去した。減圧乾燥し白色粉末のPMBPAzを得た。得られたPMBPAzは、下記構造式において、モノマー組成比がおよそa:b:c=58:40:2の三元系ポリマーであった。
【0027】
PMBPAzの構造式
【化7】

【0028】
3.基板表面のコーティング
本実施例においては、処理対象となる疎水性ポリマー材料としてアクリル製基板(アクリル製義歯基板を含む)を使用した。当該アクリル製基板をエタノールに浸漬し、1分間の超音波照射を行い、表面を洗浄した。所定濃度に調製したPMBPAz溶液に同基板を浸漬し風乾させた後、UV光(波長:254 nm)を1分間照射することで、基板表面にコーティングされたPMBPAzとアクリル製基板とを架橋した。対照基板として、PMBPAz溶液によるコーティング未処理のアクリル製基板、及び、PMB80溶液によりコーティング処理した(UV光照射無し)アクリル製基板を用いた。
ここで、PMB80は、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)とブチルメタクリレート(BMA)とのモノマー組成比(MPC:BMA(mol比))が80:20のポリマーであり、日油株式会社より入手した(製品名:LIPIDURE-PMB(登録商標)82)。
なお、PMBPAz溶液及びPMB80溶液の溶媒には、水:エタノール=1:1の混合溶媒を用い、ポリマー濃度は0.25 wt%とした。
【0029】
PMB80の構造式(q/(p+q)の値が0.80となる。)
【化8】

【0030】
4.水中接触角測定による表面の親水性(ぬれ性)の評価
水中接触角測定により、水中における表面のぬれ性を評価した。この接触角測定は、水中でアクリル製基板表面に気泡を接触させるcaptive bubble法(図1参照)を用いて行った。図1中、接触角θが大きいほど、基板表面の親水性が高いことを意味する。実際の測定は、自動接触角計(協和界面科学社製、製品名:CA-W)を用い、室温、常圧のもとで2μLの気泡を水中で表面に接触させ、接触角を測定した。
ぬれ性の評価に際しては、前述のコーティングにより得られたPMBPAz処理基板を、一晩、純水中に浸漬して表面を平衡化した。コーティングに用いたPMBPAz溶液の濃度と水中における空気の接触角との関係を図2に示した。アクリル製基板そのもの(未コーティング)が120度程度の接触角であるのに対し、PMBPAz処理基板はPMBPAz溶液の濃度によらず150度を超える接触角であり、アクリル製基板より親水性が高いものであった。これはPMBPAzに含まれるMPCユニットの親水性に由来すると考えられた。また、低い濃度のPMBPAz溶液でコーティングされた基板は、高い濃度のPMBPAz溶液でコーティングされた基板と比較して接触角のばらつきが大きかった。低い濃度でのコーティングでは、膜の均一性が低いためであると考えられた。親水性の付与及び向上、並びにコーティング膜の均一性の点から考慮すると、アクリル製基板には0.5 wt%の濃度のPMBPAz溶液により表面処理することが最適であると考えられた。また、0.5 wt%の濃度のPMB80溶液でコーティングされた処理基板も、PMBPAz処理基板と同様の接触角を示した。ポリマー中に存在するBMAユニットの疎水性相互作用によりアクリル製基板にコーティングされていると考えられた。
【0031】
5.コーティング膜の耐久性の評価
超音波照射により表面を洗浄したアクリル製基板を0.5 wt%濃度のポリマー溶液に浸漬し風乾させた後、UV光(波長:254 nm)を1分間照射することにより(前記3.項参照)、PMBPAz処理基板及びPMB80処理基板を作製した。得られた処理基板をエタノール及び純水を用いて交互に洗浄した。洗浄前後の表面元素(C、O、N、P)組成の変化をX線光電子分光(XPS)測定により調査し、また表面ぬれ性の変化を一晩純水中で表面を平衡化した基板に対してcaptive bubble法を用いて調査することで(前記4.項参照)コーティング膜の耐久性を評価した。対照基板として未処理のアクリル製基板を使用した。
図3に各基板におけるリン元素のスペクトルを示した。リン原子はMPCユニット内のホスホリルコリン基のみに含まれる元素であるため、コーティング膜の存在を評価できる。リン元素の存在しないアクリル製基板では、リン原子のピークが観察されなかった。洗浄前のPMBPAz処理基板及びPMB80処理基板ではMPCユニットに含まれるリン元素の高いピーク強度が観察された。一方、洗浄操作によりPMB80処理基板ではリン元素のピークが消失したことに対し、PMBPAz処理基板では高いピーク強度を保持した。
図4に各基板に対する洗浄操作前後の水中の空気の接触角を示した。PMBPAz処理基板は洗浄前後で150度を超える高いぬれ性に変化はなかった。一方、PMB80処理基板は洗浄前では高いぬれ性を示したが、洗浄後はアクリル製基板と同等の低いぬれ性に変化した。これらの結果はPMBPAzが高い耐久性を有していることを示しており、これはPMBPAzに含まれるMPAzユニットの共有結合能(アジド基と基板表面との架橋構造形成)に由来する特性であると考えられた。
【0032】
6.タンパク質吸着量の評価
PMBPAz処理したアクリル製基板のタンパク質吸着抑制能を、quartz crystal microbalance (QCM)測定により評価した。QCM用金電極基板にアクリル製基材及びPMBPAzをスピンコートした後、UV照射して架橋させた。対照基板としてアクリル製基材のみをスピンコートした基板を用いた。1 mg/mLの濃度に調製した牛血清アルブミン(BSA)のリン酸緩衝溶液(PBS、pH 7.4)を各基板に接触させ、各基板への吸着量を評価した。図5にQCMプロファイルを示した。アクリル製基材をスピンコートした基板では吸着したBSAによる15 Hz程度の振動数変化が観察された。一方、PMBPAz処理基板では1 Hz程度の変化しか観察されなかった。PMBPAz処理基板ではMPCユニットのタンパク質吸着抑制能が効果的に機能していることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】液中(水中)接触角測定法の一種であるcaptive bubble法の概略を示す図である。
【図2】ポリマー溶液(PMBPAz溶液)の濃度とアクリル製基板の表面ぬれ性との関係を示す図である。
【図3】リン元素のXPSスペクトルを示す図である(洗浄前(-)、洗浄後(+))。
【図4】各コーティング膜の洗浄操作前後の表面ぬれ性を示す図である(洗浄前(-)、洗浄後(+))。
【図5】QCM測定によるタンパク質吸着量の評価結果(QCMプロファイル)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスホリルコリン基を含む側鎖と、疎水性基を含む側鎖と、アジド基を含む側鎖とを有するポリマーを含む、疎水性基材用の表面処理剤。
【請求項2】
前記ポリマーが下記一般式(1):
【化1】

(式中、X1、X2及びX3は、互いに独立して、重合した状態の重合性原子団を表し;R1、R2及びR4は、互いに独立して、置換基を有していてもよいフェニル基又は−C(O)−、−C(O)O−、−O−若しくは−S−で示される基を表し;R3は、水素原子又はOR5(ここで、R5は脂肪族炭化水素基又は芳香族炭化水素基を表す。)を表し;x及びyは、互いに独立して、2以上の整数を表し;zは1以上の整数を表し;a、b及びcは、互いに独立して、2以上の整数を表し;X1を含む構造単位とX2を含む構造単位とX3を含む構造単位とはランダムな順序で結合している。)
で示される構造を有するポリマーである、請求項1記載の処理剤。
【請求項3】
一般式(1)で示される構造を有するポリマーが、下記一般式(2):
【化2】

(式中、a、b及びcは、互いに独立して、2以上の整数を表し;ホスホリルコリン基を含む側鎖を有する構造単位とブチル基を含む側鎖を有する構造単位とアジドフェニル基を含む側鎖を有する構造単位とはランダムな順序で結合している。)
で示される構造を有するポリマーである、請求項2記載の処理剤。
【請求項4】
一般式(1)及び(2)で示される構造を有するポリマーは、a/(a+b+c)の値が0.10〜0.85であり、b/(a+b+c)の値が0.01〜0.85であり、c/(a+b+c)の値が0.005〜0.70である、請求項2又は3記載の処理剤。
【請求項5】
疎水性基材の表面を親水化することができるものである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の処理剤。
【請求項6】
光照射処理を利用して表面処理を行うものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の処理剤。
【請求項7】
表面処理剤中のポリマー成分全体の濃度が0.05重量%以上である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の処理剤。
【請求項8】
疎水性基材が、アルキル基含有アクリル系ポリマー由来の部分を含むものである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の処理剤。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の処理剤を疎水性基材の表面に塗布する工程、及び、塗布された当該処理剤に光照射処理をする工程を含む、疎水性基材の表面処理方法。
【請求項10】
疎水性基材の表面を親水化する方法である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
疎水性基材が、アルキル基含有アクリル系ポリマー由来の部分を含むものである、請求項9又は10記載の方法。
【請求項12】
請求項9〜11のいずれか1項に記載の方法により表面処理されてなる疎水性基材。
【請求項13】
疎水性基材の表面が、ホスホリルコリン基を含む側鎖と、疎水性基を含む側鎖と、アジド基を含む側鎖とを有するポリマーによりコーティング処理されてなる、疎水性基材。
【請求項14】
前記ポリマー中のアジド基が疎水性基材の表面と架橋構造を形成してなる、請求項12又は13記載の基材。
【請求項15】
疎水性基材の表面が親水化されたものである、請求項12〜14のいずれか1項に記載の基材。
【請求項16】
疎水性基材が、アルキル基含有アクリル系ポリマー由来の部分を含むものである、請求項12〜15のいずれか1項に記載の基材。
【請求項17】
疎水性基材が歯科材料である、請求項12〜16のいずれか1項に記載の基材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−59367(P2010−59367A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−228894(P2008−228894)
【出願日】平成20年9月5日(2008.9.5)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】