説明

疲労き裂シュミュレーションおよび構造物の残余寿命の推定方法

【課題】成長した既成疲労き裂同士の合体、新たに発生した新生疲労き裂と成長した既成疲労き裂との合体を考慮した疲労き裂シュミュレーションと、構造物に作用する応力を推定した上で、構造物の残余寿命を推定する方法とを提供する。
【解決手段】疲労き裂シュミュレーションは、溶接接合部を複数の薄肉ブロックに分割し、それぞれに作用する繰返しブロック応力振幅を確率的に付与した後、線形累積疲労被害則に基づいて、疲労き裂が発生するか否か判断する疲労き裂発生判断工程と、存在している疲労き裂のそれぞれについて、Paris−Elber則に基づいて、疲労き裂長さ成長量および疲労き裂深さ成長量を演算する疲労き裂成長演算工程と、疲労き裂が、相互に合体するか否か判断する疲労き裂合体判断工程と、を有する。構造物の残余寿命の推定方法は、実計測疲労き裂長さから等価応力振幅を演算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労き裂シュミュレーションおよび構造物の残余寿命の推定方法、特に、溶接部における疲労き裂の発生および伝播のシュミュレーションと、該シュミュレーションを用いた構造物の溶接部の残余寿命の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶のような大型の溶接鋼構造物では、使用期間中に作用する繰返し荷重によって、しばしば溶接部から疲労き裂が発生することがある。疲労き裂が進展すると貨物の漏洩や、構造の崩壊などの重大な問題につながる。したがって、発生した疲労き裂を検査により発見し、その大きさを特定し、さらに残余寿命を推定することが大変重要である。
従来から、よく利用され、信頼度の高い疲労き裂の非破壊検査方法には、(イ)目視、(ロ)浸透探傷(PT)、(ハ)磁気探傷(MT)、(ニ)超音波探傷(UT)、(ホ)X線探傷(RT)、などがある。しかし、これらはいずれも「疲労き裂の表面長さ」を検出する方法である。しかし、疲労き裂損傷が発見されると、ほとんどの場合、疲労き裂の長さよりも疲労き裂の深さを知ることがより求められる。これは、疲労き裂が深いほど「残余寿命」が短く、また貨物の漏洩などの問題に直結するためである。
【0003】
疲労き裂深さを計測する方法としては、超音波を利用する方法などがある。しかし、上述の表面長さの検査に比べて、計測精度が高くなく、実績も多くないことから、一般的に利用されているとは言い難い状況である。特に疲労き裂の先端は破面が接触しているため、特に検出が困難である。
そのため、多くの場合、上述の非破壊検査手法を用いて疲労き裂の表面長さを測定し、その結果と材料、荷重状態、使用年数などを勘案して、疲労き裂の深さを経験的に推定することになる。疲労き裂深さの推定には、溶接部に微小な初期疲労き裂あるいはアンダーカット等のき裂状初期欠陥の存在を仮定し、そのき裂状初期欠陥が荷重の繰返しによって徐々に成長していく過程を解析して疲労き裂寸法を推定する、いわゆる「疲労き裂の伝播解析」が用いられることもある。
【0004】
また、タンカーのピルジナックル部(図10参照)のように溶接が長く続く箇所では、複数の疲労き裂が相次いで発生し、それらが合体しながら成長するので、単一の初期疲労き裂が成長する場合とは、疲労き裂の表面長さと深さの比(以下、「疲労き裂のアスペクト比」と称す)が全く異なる。したがって、単一の初期疲労き裂を仮定した疲労き裂進展解析を行っても、疲労き裂のアスペクト比が実際とは全く異なってしまう。そこで、「複数の疲労き裂の進展解析方法」が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2006−64652号公報(5−6頁、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載された発明は、複数の疲労き裂状欠陥を有する構造物を構成する材料の疲労き裂進展特性データが入力されるデータ入力部と、疲労き裂進展を計算する複数疲労き裂進展計算部とを備えた複数疲労き裂進展解析装置であって、前記複数疲労き裂進展計算部が、
前記データ入力部に入力された応力と部材寸法と疲労き裂寸法とから個々の疲労き裂の応力拡大係数を計算する応力拡大係数計算部と、
計算された前記応力拡大係数と前記疲労き裂進展特性データから疲労き裂進展量を計算する疲労き裂進展量計算部と、
疲労き裂間の距離が予め設定された基準値以下となるものを総ての隣り合う疲労き裂同士について確認する合体判定部と、
前記合体判定部により疲労き裂同士の距離が基準値以下と判定した場合にこの疲労き裂同士を一つの疲労き裂に置き換える疲労き裂置換部と、を備えたものである。
【0007】
すなわち、材料の疲労き裂進展特性データが入力されるデータ入力部を有し、複数の疲労き裂状欠陥等をデータとして予め入力し、当該疲労き裂(以下「既成疲労き裂」と称す)の進展量を計算して、相互の合体を判定するものであるため、当該入力疲労き裂の進展と平行して新たに発生する疲労き裂(以下「新生疲労き裂」と称す)については全く考慮されていない。このため、新生疲労き裂との合体が考慮されない分、既成疲労き裂同士を一つの疲労き裂に置き換えた「既成疲労き裂」は小さく推定されることになるから、当該既成疲労き裂を有する構造物の残存寿命は、長目に推定、すなわち、危険側に推定されるという問題があった。
また、通常の構造物において、複数の疲労き裂状欠陥のそれぞれに作用する応力を知ることが困難であるため、実構造物の残存寿命の推定に利用できないという問題があった。
【0008】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであって、既に発生している既成疲労き裂同士の合体に限らず、既成疲労き裂の成長と平行して新たに発生する「新生疲労き裂」と成長した既成疲労き裂との合体も、考慮した疲労き裂シュミュレーション、および構造物における疲労き裂に作用する応力を推定することが可能で、当該推定した応力を用いた構造物の残余寿命の推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係る疲労き裂シュミュレーションは、所定の繰返し荷重を受けている所定の板厚の鋼板を所定の溶接長に渡って溶接接合する溶接接合部における疲労き裂シュミュレーションであって、
前記溶接接合部を長さ方向に渡って複数個の薄肉ブロックに分割して、前記薄肉ブロックのそれぞれに作用する繰り返しブロック応力振幅を確率的に付与した後、
前記薄肉ブロックのうち疲労き裂が発生していない薄肉ブロックのそれぞれについて、線形累積疲労被害則に基づいて、所定の単位負荷繰返し数だけ前記繰り返しブロック応力振幅が繰返し負荷されたときに前記疲労き裂が発生するか否か判断する疲労き裂発生判断工程と、
存在している疲労き裂のそれぞれについて、Paris−Elber則に基づいて、所定の単位負荷繰返し数だけ繰返し負荷された場合の、前記繰り返しブロック応力振幅を用いた応力拡大係数による疲労き裂長さ成長量および疲労き裂深さ成長量を演算する疲労き裂成長演算工程と、
前記疲労き裂発生判断工程において発生したと判断された疲労き裂および前記疲労き裂成長演算工程において演算された疲労き裂が、相互に合体するか否か判断する疲労き裂合体判断工程と、
前記疲労き裂成長演算工程において成長したと判断された疲労き裂および前記疲労き裂合体判断工程において合体したと判断された疲労き裂のうち最も深い疲労き裂の深さが、前記板厚未満であるか判断して、当該疲労き裂の深さが前記板厚未満であるとき、再度、前記薄肉ブロックのそれぞれに作用する繰り返しブロック応力振幅を確率的に付与して、前記疲労き裂発生判断工程ないし疲労き裂発生合体判断工程を繰返し、
一方、当該疲労き裂の深さが前記板厚以上であるとき、演算を終了することを特徴とする。
【0010】
(2)前記(1)において、前記疲労き裂成長演算工程において成長したと判断された疲労き裂および前記疲労き裂合体判断工程において合体したと判断された疲労き裂のうち最も深い疲労き裂について、当該疲労き裂の深さと当該疲労き裂の長さとの関係を、求めることを特徴とする。
【0011】
(3)また、本発明に係る疲労き裂シュミュレーションは、 所定の繰返し荷重を受けている所定の板厚の鋼板を所定の溶接長に渡って溶接接合する溶接接合部における疲労き裂シュミュレーションであって、
前記溶接接合部を長さ方向に渡って複数個の薄肉ブロックに分割する薄肉ブロック生成工程と、
前記繰返し荷重によって前記溶接接合部に繰返し作用する繰返し接合部荷重を演算する溶接部荷重演算工程と、
該演算によって求められた繰返し接合部荷重を、前記薄肉ブロックのそれぞれに付与して、前記薄肉ブロックのそれぞれに作用する繰り返しブロック応力振幅を確率的に演算する薄肉ブロック応力振幅付与工程と、
前記薄肉ブロックのそれぞれ、または、下記疲労き裂のそれぞれについて、荷重単位負荷繰返し数を単位ステップとして、下記成長したと判断された疲労き裂および合体したと判断された疲労き裂のうち最も深さの深い疲労き裂の深さが前記板厚以上になるまで、下記疲労き裂発生演算部、下記疲労き裂成長演算部、および下記疲労き裂合体演算部、を繰り返す繰返し演算工程と、
下記下記成長したと判断された疲労き裂および合体したと判断された疲労き裂のうち最も深さの深い疲労き裂の深さが前記板厚以上になった際、前記繰返し演算工程を終了し、下記疲労き裂発生演算部における荷重単位負荷繰返し数(fi)とステップ繰返し数(Ni)との積(fi・Ni)と、下記疲労き裂成長演算部における荷重単位負荷繰返し数(fp)とステップ繰返し数(Np)と積(fp・Np)との和(fi・Ni+fp・Np)を、疲労破壊負荷繰返し数とする、疲労破壊負荷繰返し数決定工程と、を有し、
疲労き裂発生演算部が、前記薄肉ブロックのうち、疲労き裂が発生していない薄肉ブロックについて、単位ステップ毎に前記繰り返しブロック応力振幅を用いた線形累積疲労被害則に基づいて累積被害度を演算する、累積被害度演算工程と、
前記演算された累積被害度が閾値未満である薄肉ブロックについては、疲労き裂が発生していない薄肉ブロックとして、前記累積被害度演算工程を繰返し、一方、前記演算された累積被害度が閾値以上である薄肉ブロックについては、当該薄肉ブロックの位置に、当該薄肉ブロックの長さで当該薄肉ブロックの厚さの深さの半楕円状の疲労き裂が発生したと判断して下記疲労き裂成長演算部の次のステップに進む、疲労き裂発生判断工程と、を有し、
疲労き裂成長演算部が、前記疲労き裂発生演算部において発生したと判断された疲労き裂と、下記疲労き裂合体演算部において合体したと判断された疲労き裂とのそれぞれについて、当該疲労き裂の位置に相当する位置の前記繰り返しブロック応力振幅を用いて、当該疲労き裂の深さ方向先端における深さ方向の応力拡大係数と、長さ方向先端における長さ方向の応力拡大係数とを演算する応力拡大係数演算工程と、
前記演算された深さ方向の応力拡大係数と長さ方向の応力拡大係数とを用いたParis−Elber則に基づいて、前記疲労き裂のそれぞれが単位ステップ毎に成長する深さ方向の深さ成長量と長さ方向の長さ成長量とを演算すると共に、それぞれの疲労き裂が、当該深さ成長量を加えた深さで当該長さ成長量を加えた長さの半楕円状の疲労き裂に成長したと判断する、疲労き裂成長演算工程と、を有し、
疲労き裂合体演算部が、前記疲労き裂発生演算部において発生したと判断された疲労き裂と、前記疲労き裂成長演算部において成長したと判断された疲労き裂とのそれぞれについて、相互の距離を判断し、相互の長さ方向の先端同士が接触または重なる関係になる疲労き裂同士は合体し、
当該重なった疲労き裂のうち最も深い疲労き裂は、当該疲労き裂の深さで、当該重なった疲労き裂同士において最も離れた先端間距離を長さとする半楕円状の疲労き裂になったと判断する、疲労き裂合体判断工程と、
前記成長した疲労き裂および合体した疲労き裂のうち最も深い疲労き裂の深さが、前記板厚未満のとき、前記疲労き裂発生演算部の次のステップに進み、一方、前記成長した疲労き裂および合体した疲労き裂のうち最も深い疲労き裂の深さが、前記板厚以上のとき、疲労破壊が発生したと判断する、疲労破壊発生判断工程と、を有すことを特徴とする。
【0012】
(4)前記(3)において、 前記疲労き裂合体演算部において合体したと判断された疲労き裂のうち最も深い疲労き裂について、当該疲労き裂の深さと当該疲労き裂の長さとの関係を、求めることを特徴とする。
【0013】
(5)前記(3)または(4)において、前記応力拡大係数演算工程において、一方の疲労き裂の前記深さ方向の応力拡大係数および前記長さ方向の応力拡大係数を、当該一方の疲労き裂の隣に位置する他方の疲労き裂との相互干渉を考慮して演算することを特徴とする。
【0014】
(6)さらに、本発明に係る構造物の残余寿命の推定方法は、稼働開始から現在までの実経過時間が既知であって、所定の板厚の鋼板における溶接接合部に長さ方向の長さが実計測長さである実疲労き裂を有する構造物の残余寿命の推定方法であって、
前記経過時間における前記構造物に付与された繰返し荷重の実平均荷重周期を設定すると共に、該実平均荷重周期および前記実経過時間から実繰返し数を演算する工程と、
前記(3)の疲労き裂シュミュレーションにおける前記単位ステップの単位負荷繰返し数を決定する工程と、
前記(3)の疲労き裂シュミュレーションにおける前記所定の長さを、前記実計測長さとする工程と、
前記(3)の疲労き裂シュミュレーションに基づいて、前記実繰返し数の負荷の後、前記合体したと判断された疲労き裂のうち最も長い疲労き裂の長さが前記実計測長さに略等しくなる繰返しブロック応力振幅である等価繰返しブロック応力振幅を、収束計算によって求める、等価繰返しブロック応力振幅演算工程と、
前記等価繰返しブロック応力振幅および計測長さに基づいて、前記実疲労き裂の長さ方向の応力拡大係数を演算する工程と、
前記(4)の疲労き裂シュミュレーションにおける整理に基づいて、前記実疲労き裂の推定実深さを推定する工程と、
前記等価繰返しブロック応力振幅および前記推定実深さに基づいて、前記実疲労き裂の深さ方向の応力拡大係数を演算する工程と、
前記演算された深さ方向の応力拡大係数と長さ方向の応力拡大係数とを用いたParis−Elber則に基づいて、前記実疲労き裂が前記単位ステップ毎に成長する深さ方向の深さ成長量と長さ方向の長さ成長量とを演算すると共に、当該深さ成長量を加えた深さで当該長さ成長量を加えた長さの半楕円状の推定疲労き裂に成長したと推定する工程と、
前記成長したと判断された推定疲労き裂の深さが、前記所定の板厚未満であるとき、前記推定疲労き裂を前記実疲労き裂と読み替えて、前記実疲労き裂の長さ方向の応力拡大係数を演算する工程から前記半楕円状の推定疲労き裂に成長したと推定する工程までの工程を繰り返す、単位ステップ繰返し工程と、
一方、前記成長したと判断された推定疲労き裂の深さが、前記所定の板厚以上であるとき、当該判断までの前記単位ステップ繰返し工程のステップ繰返し数と前記単位負荷繰返し数との積である残余繰返し数を、演算する残余繰返し数の演算工程と、
該残余繰返し数と前記実平均荷重周期との積を残余寿命と推定する残余寿命演算工程と、を有すことを特徴とする。
【0015】
(7)前記(6)において、前記構造物が船舶であって、前記実平均荷重周期が平均波周期であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る疲労き裂シュミュレーションは以上の構成であるから、以下の効果を奏する。
(i)本発明に係る疲労き裂シュミュレーションは、溶接接合部を長さ方向に渡って複数個の薄肉ブロックに分割して、該薄肉ブロックのそれぞれに作用する繰返しブロック応力振幅を確率的に付与して、疲労き裂の発生挙動を推定すると共に、新たに発生したと判断された「発生疲労き裂」および既に成長した「成長後の既成疲労き裂(先の繰返し演算において発生した新生疲労き裂、および、先の繰返し演算において合体した合体疲労き裂を含む)」が、相互に合体するか否か判断するから、より正確な疲労き裂のシュミュレーションが可能になる。なお、繰返しブロック応力振幅とは、正確には、当該薄肉ブロックに繰り返し負荷される最大応力と最小応力との差である。
(ii)また、疲労き裂の成長の過程における、疲労き裂の深さと当該疲労き裂の長さとの関係を求めるから、測定された疲労き裂の長さから、当該疲労き裂の深さを推定することが容易になる。
【0017】
(iii)また、本発明に係る疲労き裂シュミュレーションは、前記(i)の効果に加え、たとえば、単位ステップ繰返し数、応力と一定とした場合には、所定の荷重単位負荷繰返し数を単位ステップとして、該単位ステップ毎の疲労き裂発生、疲労き裂成長および疲労き裂合体を演算し、これを繰り返すから、合計の演算時間が短くなる。
(iv)また、前記単位ステップ毎に、疲労き裂の深さと当該疲労き裂の長さとの関係が求められるから、測定された疲労き裂の長さから、当該疲労き裂の深さを推定することが容易になる。
(v)さらに、疲労き裂成長演算部が、既成疲労き裂の応力拡大係数の計算において、疲労き裂の発生していない薄肉ブロックを介して隣接する発生疲労き裂または既成疲労き裂との相互干渉を考慮するから、成長量の演算精度が向上する。
【0018】
(vi)一方、本発明に係る構造物の残余寿命の推定方法は、前記疲労き裂シュミュレーションを用いて、測定された疲労き裂に作用する「等価繰返しブロック応力振幅」を収束計算によって求め、該「等価繰返しブロック応力振幅」に基づいて構造物の残余寿命を推定するから、疲労き裂に作用する応力を知ることができない通常の構造物に対しても、残余寿命を推定することが可能になる。
(vii)そして、船舶の溶接接合部について、実平均荷重周期が平均波周期である場合の、当該船舶の残余寿命を推定することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
[実施形態1:疲労き裂シュミュレーション]
図1〜図7は、本発明の実施形態1に係る疲労き裂シュミュレーションを説明するものであって、図1は全体を示す概略フローチャート、図2〜図5は各工程毎のフローチャート、図6および図7はシュミュレーションモデルを模式的に示す断面図である。
図1において、本発明に係る疲労き裂シュミュレーションは、最初に1回だけ実行する初期設定部と、破断するまで繰返し実行する、疲労き裂発生演算部、疲労き裂成長演算部および疲労き裂合体演算部と、を有している。
【0020】
すなわち、初期設定部において、演算対象の全範囲を複数の薄肉ブロックに分割し、各荷重ステップ毎の繰返し数と、各荷重ステップ毎の各薄肉ブロックに作用する繰返し応力を、確率的に付与する。
そして、各荷重ステップ毎に繰返し数を単位負荷ステップとして、疲労き裂発生演算部においては、たとえば、マイナー則(線形累積疲労被害側に同じ)に基づいて、疲労き裂が発生していない全ての薄肉ブロックの累積被害度を演算し、疲労き裂成長演算部においては、発生または存在している疲労き裂の全てについて、それぞれの疲労き裂の成長量を演算し、疲労き裂合体演算部においては、当該単位負荷ステップにおいて初めて発生した初期疲労き裂と、当該単位負荷ステップにおいて成長した後の成長疲労き裂とが、合体するか否かを判断する。以下、各工程について詳細に説明する。
【0021】
(初期設定部)
図2において、溶接接合部(長さL、厚さT)の表層部の厚さWの範囲を、長さ方向に渡ってJ個の薄肉ブロック1、2・・・J(以下、それぞれを「薄肉ブロックj」と称する、このとき、j=1、2・・・J)に分割して(S11)、薄肉ブロックjのそれぞれに作用する繰返しブロック応力集中率kj(j=1、2・・・J)を確率的に付与する(S12)。
そして、演算の便宜上、各荷重ステップにおける演算単位となるそれぞれの演算ステップiにおける繰返し数(以下、「単位繰返し数」と称す、荷重ステップ毎に相違してもよい)fを決定し(S13)、当該溶接接合部が破断するまで、を演算ステップiを繰り返す(S14)。
【0022】
(疲労き裂発生演算部)
図3に示す疲労き裂発生演算部において、演算ステップiまでに疲労き裂が発生していない全ての薄肉ブロックjについて以下の演算を順次実行するものである(S21)。
まず、全ての薄肉ブロックjについて既に 疲労き裂F(i−1、j)が発生しているか否か判断して、既に疲労き裂F(i−1、j)が発生している薄肉ブロックjについては、当該演算の対象から外す(S22)。
なお、以下の説明において、疲労き裂F(i、j)とは、演算ステップiにおいて、薄肉ブロックjに発生した疲労き裂、あるいは、薄肉ブロックjを含む範囲に既に発生している疲労き裂を示している。
【0023】
そして、疲労き裂が発生していない薄肉ブロックjについて、マイナー則による当該演算ステップiにおける累積被害度増分ΔD(i、j)を演算し(S23)、当該演算ステップiの前の演算ステップ(i−1)までに、累積されている累積被害度D(i−1、j)に累積被害度増分ΔD(i)を加え、当該演算ステップiまでに累積した累積被害度D(i、j)を演算する(S24)。
このとき、ΔD(i、j)=f/Nj
D(i、j)=D(i−1、j)+ΔD(i、j)
Njは、薄肉ブロックjに繰返しブロック応力集中率kjが繰返し負荷された場合に、薄肉ブロックj(当該溶接接合に同じ)に疲労き裂が発生する繰り返し数(疲労寿命)である。
【0024】
そこで、累積被害度D(i、j)の値が1以上であるか否か判断し(S25)、1以上である薄肉ブロックjにおいては、薄肉ブロックjの大きさに同じ大きさの初期疲労き裂F(i、j)が発生したとする。すなわち、初期疲労き裂F(i、j)は、疲労き裂長さa(i、j)が薄肉ブロックjの長さ(L/J)であって、疲労き裂深さc(i、j)が、薄肉ブロックjの当初厚さ(W)に等しい、初期疲労き裂F(i、j)が発生したとする。
一方、累積被害度D(i、j)が1未満である薄肉ブロックjにおいては、疲労き裂が未発生であるとして、次の演算ステップ(j+1)においても疲労き裂発生演算部を繰返し実行する(S27)。
さらに、以上の演算を全ての薄肉ブロックjに対して実行したところで、薄肉ブロックjの状況を判断する(S28)。すなわち、疲労き裂が発生していない薄肉ブロックについては、次の演算ステップに進み、初期疲労き裂F(i、j)が発生した薄肉ブロックについては、疲労き裂合体演算部に進み、疲労き裂F(i−1、j)が既に発生している薄肉ブロックについては、疲労き裂成長演算部に進む。
【0025】
(疲労き裂成長演算部)
図4に示す疲労き裂成長演算部において、演算ステップiを開始する際、既に存在している全ての疲労き裂F(i−1、j)について以下の演算を順次実行するものである(S31)。
まず、全ての疲労き裂F(i−1、j)のそれぞれについて、長さ方向の先端における長さ方向応力拡大係数ΔKc(i−1、j)および深さ方向の先端における深さ方向応力拡大係数ΔKa(i−1、j)を演算する(S32、図7参照)。このとき、長さ方向の先端位置に対応する薄肉ブロックjに作用する繰返しブロック応力集中率kj、および深さ方向の先端位置に対応する薄肉ブロックjに作用する繰返しブロック応力集中率kjを、用い、さらに、隣接する疲労き裂F(i−1、j−1)または疲労き裂F(i−1、j+1)の一方との相互干渉を考慮する。
【0026】
そして、Paris−Elber則に基づいて、全ての疲労き裂F(i−1、j)のそれぞれについて、当該演算ステップiにおける、疲労き裂長さ増加量Δc(i、j)、および疲労き裂深さ増加量Δa(i、j)を演算する(S33)。
このとき、疲労き裂長さ増加量Δc(i、j)は、長さ方向応力拡大係数ΔKc(i−1、j)のm乗を、単位繰返数fに渡って積分して求められる(m、および比例係数は当該溶接接合部の材料特性から決まる値である)。同様に、疲労き裂深さ増加量Δc(i、j)は、深さ方向応力拡大係数ΔKc(i−1、j)のm乗を、単位繰返数fに渡って積分した値に比例している。ここで、Paris−Elber則の一般式は以下である。
【0027】
【数1】

【0028】
そして、疲労き裂F(i−1、j)の演算ステップiにおける成長後の疲労き裂長さc(i、j)、および疲労き裂深さa(i、j)を演算する(S34)。
このとき、c(i、j)=c(i−1、j)+Δc(i、j)
a(i、j)=a(i−1、j)+Δa(i、j)
である。
【0029】
(疲労き裂合体演算部)
図5に示す疲労き裂合体演算部において、既に存在している全ての疲労き裂F(i、j)について隣接するもの同士の相互距離を判定する(S41)。
すなわち、疲労き裂合体演算部において成長したことによって、相互の長手方向の先端同士が重なった場合、あるいは、疲労き裂発生演算部において発生した初期疲労き裂に、疲労き裂合体演算部において成長した疲労き裂の長手方向の先端が重なった場合、には、当該疲労き裂同士は「合体」するとみなしている(S43)。一方、重ならない場合は、「合体しない」とみなしている(S42)
【0030】
そして、疲労き裂F(i、j)と疲労き裂(i、k)とが合体した場合、疲労き裂F(i、j)の長手方向先端と疲労き裂F(i、k)の長手方向先端との最も離れた距離を、合体後の疲労き裂長さとし、疲労き裂F(i、j)の疲労き裂深さa(i、j)または疲労き裂F(i、k)の疲労き裂深さa(i、k)の深い方の疲労き裂深さを、合体後の疲労き裂深さとする(S44)。
【0031】
さらに、全ての疲労き裂について前記演算をした後、成長後の疲労き裂および合体後の疲労き裂のうち、疲労き裂深さの最も大きな値が、溶接接合部の厚さT未満か否か判断する(S45)。
そして、最も大きな疲労き裂深さが厚さT未満の場合、当該溶接接合部は破断していないから、次の演算ステップに進む(S46)。このとき、演算の便宜上、合体後の疲労き裂を「疲労き裂F(i、j)」、その疲労き裂長さを「疲労き裂長さc(i、j)」、その疲労き裂深さを「疲労き裂深さa(i、j)」と置き換える。また、当該演算ステップiにおいて発生したり成長したりしたものの、合体しない疲労き裂F(i、j)は、そのままの疲労き裂長さc(i、j)、疲労き裂深さa(i、j)としている。
一方、最も大きな疲労き裂深さが厚さT以上の場合、当該溶接接合部は、破断すると判断して、演算を終了する(S47)。
【0032】
(疲労き裂の変遷)
次に、前記疲労き裂シュミュレーションの工程を、図6を用いて説明する。
図6の(a)は、初期設定部を説明するものであって、溶接接合部を、長さ方向に渡ってJ個(図中、24個)の薄肉ブロックjに分割し(図2のS11参照)、それぞれに繰返しブロック応力集中率kjを確率的に付与している(図2のS12参照)。たとえば、薄肉ブロック6には「繰返しブロック応力振幅σ6」が繰返し付与される。
【0033】
図6の(b)は、疲労き裂発生演算を説明するものであって、たとえば、演算ステップ30(単位繰返し数f=1万回として、30万回の負荷を受けている)において、ブロック6およびブロック12に、それぞれ初期疲労き裂F(30、6)および初期疲労き裂F(30、12)が発生している(図3のS26参照)
【0034】
図6の(c)は、疲労き裂成長演算を説明するものであって、たとえば、演算ステップ60(単位繰返し数f=1万回として、60万回の負荷を受けている)において、既に発生してた疲労き裂は成長して疲労き裂F(60、6)および初期疲労き裂F(60、12)となり、新たに、初期疲労き裂F(60、17)が発生している(図4のS34参照)。このとき、疲労き裂F(60、6)は、当初の発生源である薄肉ブロック6に隣接する薄肉ブロック5や薄肉ブロック8等に及んでいる(取り込んでいるに同じ)。
【0035】
図6の(d)は、たとえば、演算ステップ90(単位繰返し数f=1万回として、90万回の負荷を受けている)である。このとき、成長した疲労き裂F(90、6)とは、成長した疲労き裂F(90、12)の長手方向の先端が重なって、両者は合体している(図5のS43参照)。そして、疲労き裂F(60、6)と疲労き裂(60、12)とが合体した場合、両者の長手方向先端同士の最も離れた距離(便宜上「c(90、6)」とする)が、合体後の疲労き裂長さ、それぞれの疲労き裂深さa(90、6)または疲労き裂深さa(90、12)の深い方の疲労き裂深さが、合体後の疲労き裂深さである疲労き裂を、便宜上、合体疲労き裂F(90、6)する。
なお、合体疲労き裂F(90、6)の「6」に替えて、疲労き裂F(90、6)および疲労き裂(90、12)が及んでいる(取り込んでいる)薄肉ブロックの番号にしてもよい(たとえば、合体疲労き裂(90、9)等)。
【0036】
図6の(e)は、たとえば、演算ステップ120(単位繰返し数f=1万回として、120万回の負荷を受けている)である。このとき、成長した疲労き裂F(120、2)と成長した疲労き裂F(120、6)とは合体して、疲労き裂長さc(120、6)、疲労き裂深さa(120、6)になっている(図5のS43参照)。
【0037】
図6の(f)は、たとえば、演算ステップ150(単位繰返し数f=1万回として、150万回の負荷を受けている)である。このとき、成長した疲労き裂F(150、2)の疲労き裂深さa(150、6)は溶接接合部の厚さT以上になっているから、この時点で、当該溶接接合部は「破断する」と判断する(図5のS47参照)。
【0038】
(疲労き裂のアスペクト比)
図8は、本発明の実施形態1に係る疲労き裂シュミュレーションによって求めた繰り返し負荷によって疲労き裂が成長する過程における疲労き裂長さと疲労き裂深さとの関係を示す相関図である。
図8において、縦軸は疲労き裂深さ(a)、横軸は疲労き裂表面長さ(c)である。したがって、図8を用いると、疲労き裂表面長さ(図8において「c’」)が計測されれば、当該疲労き裂の疲労き裂深さ(図8において「a’」)が、容易に推定されることになる。なお、図8に示された線図は、溶接接合部の形状や、ここに作用する繰返し荷重の大小等によって、変動するものである。
【0039】
[実施形態2:構造物の残余寿命の推定方法]
図9および図10は、本発明の実施形態2に係る構造物の残余寿命の推定方法を説明するものであって、図9は全体を示す概略フローチャート、図10は構造物の例を示す部分斜視図等である。
本発明に係る構造物の残余寿命の推定方法(以下、「本寿命推定方法」と称する場合がある)は、たとえば、船舶のビルジナックル部(図10参照)の溶接接合部(長さL、厚さT)に疲労き裂が発見された場合、当該疲労き裂の成長を予測して、当該溶接接合部の残余寿命を推定するものである。
【0040】
このとき、当該疲労き裂の疲労き裂表面長さは計測によって知られ(以下、「実計測長さ(ak)」と称す)、当該計測までに当該溶接接合部に繰り返し作用した荷重の「実繰返し数(Nk)」は、当該船舶の就航期間(稼働期間)を平均波周期で除して求めることができるものの、当該溶接接合部に繰り返し作用した「実繰返し荷重(正確には「実繰返しブロック応力振幅(σk)」)は計測が困難であって不明である。
このため、本寿命推定方法においては、前記疲労き裂シュミュレーションを用いて、当該溶接接合部に繰り返し作用する「等価繰返しブロック応力振幅(σe、以下「等価応力振幅σe」と称する場合がある)を演算し、次に、等価応力振幅σeが継続して繰り返し作用した場合の、疲労き裂の成長・合体挙動を演算している。以下、各工程について詳細に説明する。
【0041】
図9において、まず、前記疲労き裂シュミュレーションを用いて、演算ステップi毎に、最も大きな疲労き裂F(i,j)における疲労き裂表面長さc(i、j)と疲労き裂深さa(i、j)との関係を求める(以下、それぞれを。「き裂長さci」および「き裂深さai」と記載する)。
このとき、当該構造物や溶接接合部の「構造寸法」、「設計応力の頻度分布」および「材料定数」等を入力する(S101)。
そして、計測によって知られた疲労き裂の「実計測長さ(ck)」を入力する。
さらに、前記疲労き裂表面長さ(ci)と疲労き裂深さ(ai)との関係を用いて、実計測長さ(ck)に対応した「推定疲労き裂深さ(as)」を演算する(S103)。
【0042】
そこで、前記疲労き裂シュミュレーションに基づいて、実繰返し数(Nk)の後、前記合体したと判断された疲労き裂のうち最も長い疲労き裂の長さ(ci)が、実計測長さ(ck)に略等しくなる「等価応力振幅(σe)」を、収束計算によって求める(S104)。
【0043】
そうすると、計測された実疲労き裂は、等価応力振幅(σe)の負荷が、実繰返し数(Nk)だけ繰返し作用して、実計測疲労き裂長さ(ck)で推定疲労き裂長深さ(as)に成長・合体したものとすることができる。
したがって、これ以降の成長については、単一の疲労き裂についてのParis−Elber則を適用して、等価応力振幅(σe)が繰返し作用した場合に、当該疲労き裂が、板厚(T)を貫通するまでの残余繰返し数(Nz)を求めることができる。
そして、残余繰返し数(Nz)と平均波周期との積が「当該構造物の残余寿命(推定時間Z)」となる(S105)。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は以上の構成であるから、複数の疲労き裂の発生・成長と隣接する疲労き裂同士の合体を演算するから、精度の高い疲労き裂のシュミュレーションおよび構造物の残余寿命の推定ができるため、各種構造部における疲労き裂のシュミュレーション、および各種構造物の残余寿命の推定方法として広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の実施形態1に係る疲労き裂シュミュレーションを説明する全体を示す概略フローチャート。
【図2】図1における初期設定部のフローチャート。
【図3】図1における疲労き裂発生演算部のフローチャート。
【図4】図1における疲労き裂成長演算部のフローチャート。
【図5】図1における疲労き裂合体演算部のフローチャート。
【図6】発明の実施形態1に係る疲労き裂シュミュレーションを説明するシュミュレーションモデルを模式的に示す断面図。
【図7】本発明の実施形態1に係る疲労き裂シュミュレーションを説明するシュミュレーションモデルを模式的に示す断面図。
【図8】本発明の実施形態1に係る疲労き裂シュミュレーションによって求めた疲労き裂長さと疲労き裂深さとの関係を示す相関図。
【図9】本発明の実施形態2に係る構造物の残余寿命の推定方法を説明する概略フローチャート。
【図10】本発明の実施形態2に係る構造物の残余寿命の推定方法における構造物の例を示す部分斜視図等。
【符号の説明】
【0046】
1、2・・・J:薄肉ブロック
as:推定疲労き裂深さ
ai:演算ステップiにおける疲労き裂深さ
ck:実計測長さ
ci:演算ステップiにおける疲労き裂長さ
f: 単位繰返数
L:溶接接合部の長さ
T:溶接接合部の厚さ
W:薄肉ブロックの厚さ
Z:残余寿命(推定時間Z推定時間
ΔKa:深さ方向応力拡大係数
ΔKc:長さ方向応力拡大係数
Δa:疲労き裂深さ増加量
Δc:疲労き裂長さ増加量
σe:等価応力振幅
kj:ブロック応力集中率
ΔD(i、j):演算ステップiにおいて薄肉ブロックjに蓄積された累積被害度増分
D(i、j):演算ステップiにおいて薄肉ブロックjに累積された累積被害度
F(i、j):演算ステップiにおける薄肉ブロックjに発生した疲労き裂
a(i、j):疲労き裂F(i、j)の疲労き裂長さ
c(i、j):疲労き裂F(i、j)の疲労き裂深さ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の繰返し荷重を受けている所定の板厚の鋼板を所定の溶接長に渡って溶接接合する溶接接合部における疲労き裂シュミュレーションであって、
前記溶接接合部を長さ方向に渡って複数個の薄肉ブロックに分割して、前記薄肉ブロックのそれぞれに作用する繰り返しブロック応力振幅を確率的に付与した後、
前記薄肉ブロックのうち疲労き裂が発生していない薄肉ブロックのそれぞれについて、線形累積疲労被害則に基づいて、所定の単位負荷繰返し数だけ前記繰り返しブロック応力振幅が繰返し負荷されたときに前記疲労き裂が発生するか否か判断する疲労き裂発生判断工程と、
存在している疲労き裂のそれぞれについて、Paris−Elber則に基づいて、所定の単位負荷繰返し数だけ繰返し負荷された場合の、前記繰り返しブロック応力振幅を用いた応力拡大係数による疲労き裂長さ成長量および疲労き裂深さ成長量を演算する疲労き裂成長演算工程と、
前記疲労き裂発生判断工程において発生したと判断された疲労き裂および前記疲労き裂成長演算工程において演算された疲労き裂が、相互に合体するか否か判断する疲労き裂合体判断工程と、
前記疲労き裂成長演算工程において成長したと判断された疲労き裂および前記疲労き裂合体判断工程において合体したと判断された疲労き裂のうち最も深い疲労き裂の深さが、前記板厚未満であるか判断して、当該疲労き裂の深さが前記板厚未満であるとき、再度、前記薄肉ブロックのそれぞれに作用する繰り返しブロック応力振幅を確率的に付与して、前記疲労き裂発生判断工程ないし疲労き裂発生合体判断工程を繰返し、
一方、当該疲労き裂の深さが前記板厚以上であるとき、演算を終了することを特徴とする疲労き裂シュミュレーション。
【請求項2】
前記疲労き裂成長演算工程において成長したと判断された疲労き裂および前記疲労き裂合体判断工程において合体したと判断された疲労き裂のうち最も深い疲労き裂について、当該疲労き裂の深さと当該疲労き裂の長さとの関係を、求めることを特徴とする請求項1記載の疲労き裂シュミュレーション。
【請求項3】
所定の繰返し荷重を受けている所定の板厚の鋼板を所定の溶接長に渡って溶接接合する溶接接合部における疲労き裂シュミュレーションであって、
前記溶接接合部を長さ方向に渡って複数個の薄肉ブロックに分割する薄肉ブロック生成工程と、
前記繰返し荷重によって前記溶接接合部に繰返し作用する繰返し接合部荷重を演算する溶接部荷重演算工程と、
該演算によって求められた繰返し接合部荷重を、前記薄肉ブロックのそれぞれに付与して、前記薄肉ブロックのそれぞれに作用する繰り返しブロック応力振幅を確率的に演算する薄肉ブロック応力振幅付与工程と、
前記薄肉ブロックのそれぞれ、または、下記疲労き裂のそれぞれについて、荷重単位負荷繰返し数を単位ステップとして、下記成長したと判断された疲労き裂および合体したと判断された疲労き裂のうち最も深さの深い疲労き裂の深さが前記板厚以上になるまで、下記疲労き裂発生演算部、下記疲労き裂成長演算部、および下記疲労き裂合体演算部、を繰り返す繰返し演算工程と、
下記下記成長したと判断された疲労き裂および合体したと判断された疲労き裂のうち最も深さの深い疲労き裂の深さが前記板厚以上になった際、前記繰返し演算工程を終了し、下記疲労き裂発生演算部における荷重単位負荷繰返し数(fi)とステップ繰返し数(Ni)との積(fi・Ni)と、下記疲労き裂成長演算部における荷重単位負荷繰返し数(fp)とステップ繰返し数(Np)と積(fp・Np)との和(fi・Ni+fp・Np)を、疲労破壊負荷繰返し数とする、疲労破壊負荷繰返し数決定工程と、を有し、
疲労き裂発生演算部が、前記薄肉ブロックのうち、疲労き裂が発生していない薄肉ブロックについて、単位ステップ毎に前記繰り返しブロック応力振幅を用いた線形累積疲労被害則に基づいて累積被害度を演算する、累積被害度演算工程と、
前記演算された累積被害度が閾値未満である薄肉ブロックについては、疲労き裂が発生していない薄肉ブロックとして、前記累積被害度演算工程を繰返し、一方、前記演算された累積被害度が閾値以上である薄肉ブロックについては、当該薄肉ブロックの位置に、当該薄肉ブロックの長さで当該薄肉ブロックの厚さの深さの半楕円状の疲労き裂が発生したと判断して下記疲労き裂成長演算部の次のステップに進む、疲労き裂発生判断工程と、を有し、
疲労き裂成長演算部が、前記疲労き裂発生演算部において発生したと判断された疲労き裂と、下記疲労き裂合体演算部において合体したと判断された疲労き裂とのそれぞれについて、当該疲労き裂の位置に相当する位置の前記繰り返しブロック応力振幅を用いて、当該疲労き裂の深さ方向先端における深さ方向の応力拡大係数と、長さ方向先端における長さ方向の応力拡大係数とを演算する応力拡大係数演算工程と、
前記演算された深さ方向の応力拡大係数と長さ方向の応力拡大係数とを用いたParis−Elber則に基づいて、前記疲労き裂のそれぞれが単位ステップ毎に成長する深さ方向の深さ成長量と長さ方向の長さ成長量とを演算すると共に、それぞれの疲労き裂が、当該深さ成長量を加えた深さで当該長さ成長量を加えた長さの半楕円状の疲労き裂に成長したと判断する、疲労き裂成長演算工程と、を有し、
疲労き裂合体演算部が、前記疲労き裂発生演算部において発生したと判断された疲労き裂と、前記疲労き裂成長演算部において成長したと判断された疲労き裂とのそれぞれについて、相互の距離を判断し、相互の長さ方向の先端同士が接触または重なる関係になる疲労き裂同士は合体し、
当該重なった疲労き裂のうち最も深い疲労き裂は、当該疲労き裂の深さで、当該重なった疲労き裂同士において最も離れた先端間距離を長さとする半楕円状の疲労き裂になったと判断する、疲労き裂合体判断工程と、
前記成長した疲労き裂および合体した疲労き裂のうち最も深い疲労き裂の深さが、前記板厚未満のとき、前記疲労き裂発生演算部の次のステップに進み、一方、前記成長した疲労き裂および合体した疲労き裂のうち最も深い疲労き裂の深さが、前記板厚以上のとき、疲労破壊が発生したと判断する、疲労破壊発生判断工程と、を有すことを特徴とする疲労き裂シュミュレーション。
【請求項4】
前記疲労き裂合体演算部において合体したと判断された疲労き裂のうち最も深い疲労き裂について、当該疲労き裂の深さと当該疲労き裂の長さとの関係を、求めることを特徴とする請求項3記載の疲労き裂シュミュレーション。
【請求項5】
前記応力拡大係数演算工程において、一方の疲労き裂の前記深さ方向の応力拡大係数および前記長さ方向の応力拡大係数を、当該一方の疲労き裂の隣に位置する他方の疲労き裂との相互干渉を考慮して演算することを特徴とする請求項3または4記載の疲労き裂シュミュレーション。
【請求項6】
稼働開始から現在までの実経過時間が既知であって、所定の板厚の鋼板における溶接接合部に長さ方向の長さが実計測長さである実疲労き裂を有する構造物の残余寿命の推定方法であって、
前記経過時間における前記構造物に付与された繰返し荷重の実平均荷重周期を設定すると共に、該実平均荷重周期および前記実経過時間から実繰返し数を演算する工程と、
請求項3記載の疲労き裂シュミュレーションにおける前記単位ステップの単位負荷繰返し数を決定する工程と、
請求項3の疲労き裂シュミュレーションにおける前記所定の長さを、前記実計測長さとする工程と、
請求項3記載の疲労き裂シュミュレーションに基づいて、前記実繰返し数の負荷の後、前記合体したと判断された疲労き裂のうち最も長い疲労き裂の長さが前記実計測長さに略等しくなる繰り返しブロック応力振幅である等価繰り返しブロック応力振幅を、収束計算によって求める、等価繰り返しブロック応力振幅演算工程と、
前記等価繰り返しブロック応力振幅および計測長さに基づいて、前記実疲労き裂の長さ方向の応力拡大係数を演算する工程と、
請求項4記載の疲労き裂シュミュレーションにおける整理に基づいて、前記実疲労き裂の推定実深さを推定する工程と、
前記等価繰り返しブロック応力振幅および前記推定実深さに基づいて、前記実疲労き裂の深さ方向の応力拡大係数を演算する工程と、
前記演算された深さ方向の応力拡大係数と長さ方向の応力拡大係数とを用いたParis−Elber則に基づいて、前記実疲労き裂が前記単位ステップ毎に成長する深さ方向の深さ成長量と長さ方向の長さ成長量とを演算すると共に、当該深さ成長量を加えた深さで当該長さ成長量を加えた長さの半楕円状の推定疲労き裂に成長したと推定する工程と、
前記成長したと判断された推定疲労き裂の深さが、前記所定の板厚未満であるとき、前記推定疲労き裂を前記実疲労き裂と読み替えて、前記実疲労き裂の長さ方向の応力拡大係数を演算する工程から前記半楕円状の推定疲労き裂に成長したと推定する工程までの工程をを繰返す、単位ステップ繰返し工程と、
一方、前記成長したと判断された推定疲労き裂の深さが、前記所定の板厚以上であるとき、当該判断までの前記単位ステップ繰返し工程のステップ繰返し数と前記単位負荷繰返し数との積である残余繰返し数を、演算する残余繰返し数の演算工程と、
該残余繰返し数と前記実平均荷重周期との積を残余寿命と推定する残余寿命演算工程と、を有すことを特徴とする構造物の残余寿命の推定方法。
【請求項7】
前記構造物が船舶であって、前記実平均荷重周期が平均波周期であることを特徴とする請求項6記載の構造物の残余寿命の推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−69046(P2009−69046A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−239071(P2007−239071)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【出願人】(502116922)ユニバーサル造船株式会社 (172)
【Fターム(参考)】