説明

疲労の予防・治療組成物及び予防・治療方法

【課題】 種々の疲労を予防または治療するために、NMDA受容体拮抗物質を有効成分として含有する医薬品組成物および飲食物を提供する。
【解決手段】 本発明では、キヌレニン経路におけるトリプトファンの代謝産物であるキノリン酸が、NMDA受容体の過度の活性化を引き起こして脳神経細胞を傷害し、これが原因となって種々の疲労を引き起こすというメカニズムを確認し、またNMDA受容体拮抗物質が疲労軽減作用を有することを見出した。すなわち、肉体的疲労、精神的疲労、慢性疲労症候群、および各種疾患に伴う疲労感などに対し、NMDA受容体拮抗物質を含有する医薬品組成物または飲食物が、疲労予防または疲労治療に有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗物質を有効成分として含有する肉体的疲労、精神的疲労、慢性疲労症候群、および細菌感染、ウイルス感染、炎症、アレルギー、糖尿病、貧血、甲状腺機能低下、リウマチ、癌、AIDSなどの各種疾患に伴う疲労感など様々な疲労の予防・治療組成物及び予防・治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疲労とは、一般的に「過度の肉体的または精神的な活動により生じた特有の病的不快感と、休養を求める欲求を伴う身体または精神機能の減退状態」と定義される。
【0003】
まず、疲労の代表的なものとして肉体的疲労が挙げられる。肉体的疲労は、長時間あるいは過度の運動などにより身体の代謝機能が低下して、疲労物質である乳酸が体内に蓄積して起きると考えられている。通常、肉体的疲労は身体の休息やマッサージなどにより軽減または解消させることができる。
【0004】
次に、精神的疲労が挙げられる。精神的疲労は、生活スタイルの急速な変化や社会システムの多様化、あるいは複雑な人間関係などによるストレスが原因と考えられているが、詳細は不明である。近年、精神的疲労を自覚する人が急増しているため、精神的疲労については、科学的根拠に基づいた原因解明とともに、その予防方法および治療方法の開発が求められている。
【0005】
次に、慢性疲労症候群が挙げられる。慢性疲労症候群は、健康に生活していた人が感冒などを引き金にして、それ以降激しい疲労感、微熱、頭痛、筋肉痛、脱力感、思考力・集中力の低下、抑うつなどの症状を長期間にわたって訴え、健全な社会生活ができなくなるという疾患である。慢性疲労症候群の患者には、既感染の各種ウイルスの再活性化、種々のサイトカインの産生異常、血中デヒドロエピアンドロステロン硫酸(DHEA−S)の減少、アセチルカルニチン代謝異常、ナチュラルキラー(NK)活性の低下など様々な異常が起きていることが確認されているが、いずれも発症原因との因果関係までは解明できていない。
【0006】
その他の疲労として、細菌感染、ウイルス感染、炎症、アレルギー、糖尿病、貧血、甲状腺機能低下、リウマチ、癌、AIDSなどの各種疾患に伴う疲労感が存在する。
【0007】
これら種々の疲労の内科的治療として、肉体的疲労に対しては、ブドウ糖、果糖などの糖類をはじめ、バリン、ロイシン、イソロイシンなどの各種アミノ酸などからなる栄養剤、ビタミンB1、B2、ビオチンなどビタミンB群に代表されるビタミン剤、エゾウコギ、ニンジン、大蒜(ニンニク)などの生薬、および補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯などの漢方薬などが用いられている。
【0008】
また、これら以外にも、最近ではコエンザイムQ10(CoQ10)、L−カルニチン、α−リポ酸など高エネルギー物質であるアデノシン−3−リン酸(ATP)の産生促進や、乳酸代謝の促進を目的とした物質なども用いられている(特許文献1、特許文献2)。
【0009】
しかし、これらの物質は肉体的疲労には一定の効果が認められるが、ストレスなどに起因する精神的疲労や慢性疲労症候群に対しては、十分な効果を得られていないのが実状である。
【0010】
そこで本発明者は、肉体的疲労のみならず、精神的疲労や慢性疲労症候群など、様々の疲労に対し予防および治療効果を有する物質を求めて、従来の抗疲労物質とは異なる新たな作用メカニズムを模索し、その結果、必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンの代謝経路に着目した。
【0011】
トリプトファンは、生体においてセロトニン経路とキヌレニン経路で代謝され、セロトニン経路では精神や感情の調節に関与するセロトニンや、睡眠や生体リズムの調節に関与するメラトニンの前駆体として代謝される。一方キヌレニン経路では、ヒトの場合、摂取されたトリプトファンの約95%がこの経路で代謝され、トリプトファンはキヌレニンやキノリン酸などの代謝産物を生成しながら、最終的にはニコチンアミドに代謝される。近年、このキヌレニン経路における代謝産物が、種々の疾患に関与していることが注目されている。
【0012】
感染症や炎症性疾患ではインターフェロン(IFN)、腫瘍壊死因子(TNF)−α、インターロイキン(IL)−6などの炎症性サイトカインが産生される。これらのサイトカインのうちIFNやTNF−αは、キヌレニン経路におけるトリプトファン代謝の起始酵素であるインドールアミン2,3ジオキシゲナーゼ(IDO)の合成を誘導することが知られており(非特許文献1)、感染症や炎症性疾患ではこのIDOは局所あるいは全身で劇的に誘導されるとの報告もある(非特許文献2)。一方で癌やC型肝炎の治療に用いられる前述のIFNには、副作用として疲労感(全身倦怠感)が現れることが知られている。これらのことから、感染症や炎症性疾患あるいはIFN治療において現れる疲労感は、キヌレニン経路におけるトリプトファン代謝の亢進が関与しているのではないかと本発明者は推測した。
【0013】
キヌレニン経路におけるトリプトファンの代謝産物であるキノリン酸は、酸化ストレスを惹起し、尿毒症時には体内で増加し、脳においてはグルタミン酸やアスパラギン酸などと同様にNMDA受容体活性化物質として作用し、神経細胞に対し強い毒性を示すことが知られている(非特許文献3、4)。
【0014】
前記NMDA受容体は興奮性アミノ酸であるグルタミン酸受容体の1つであり、神経細胞の表面に存在する。このグルタミン酸受容体はイオンチャネル型と代謝型とに大別され、イオンチャネル型は更にNMDA受容体、AMPA(2-アミノ-3-(3-ヒドロキシ-5-メチルイソキサゾール-4-イル)プロパン酸)受容体、およびカイニン酸受容体の3種類に分類される。
【0015】
このうちNMDA受容体が、グルタミン酸やアスパラギン酸などの興奮性アミノ酸により活性化されると、大量のカルシウムイオンが神経細胞内に流入し、続いて種々のカルシウムイオン依存性酵素が活性化して細胞内に連鎖的な変化が起きる。NMDA受容体の活性化が通常レベルであれば、脳の可塑性や学習・記憶、知覚系の神経伝達など種々の生理的機能において重要な役割を果たすが、過度に活性化した場合には神経細胞を傷害し、最終的に細胞死に至らしめる。
【0016】
これらのことから本発明者は、感染症や炎症性疾患あるいはIFN治療では、キヌレニン経路におけるトリプトファン代謝が亢進してキノリン酸が急増し、この急増したキノリン酸が脳においてNMDA受容体の過度の活性化を引き起こし、その結果神経細胞が傷害され、神経細胞の傷害により疲労感が引き起こされると考えた。
【0017】
また、マウスの実験ではIDOを誘導するサイトカインであるTNF−αの血中濃度が、絶食・絶水ストレス、断眠ストレス、拘束ストレスなど様々なストレスによって上昇す
ることが認められている(非特許文献5)。このことから本発明者は、ストレスなどによる精神的疲労の原因にも、前述したキヌレニン経路におけるトリプトファン代謝の亢進、キノリン酸の増加、およびそれに伴うNMDA受容体の過度の活性化による脳神経細胞の傷害が、関与していると考えた。
【0018】
一方、マウスに運動負荷を与えると、TNF−α、IL−1β、IL−6などの炎症性サイトカインが筋肉や血中などで増加することが確認されている(非特許文献6)。ラットでは運動負荷後に、キヌレニン経路におけるトリプトファンの代謝産物の1つであるキヌレニンが増加し(特許文献3)、さらに腹腔マクロファージのIDO活性が上昇するとの報告がある(非特許文献7)。これらのことから本発明者は、運動による肉体的疲労の原因にも、IDO誘導に伴うトリプトファン代謝の亢進、キノリン酸の増加、およびそれに伴うNMDA受容体の過度の活性化による脳神経細胞の傷害が関与していると考えた。
【0019】
ところでキノリン酸は肝臓などの末梢で生成されており、通常は血液脳関門(BBB)を通過することはできないため、キノリン酸が脳内に流入することはない。しかし生後間もない幼若ラットはBBBが脆弱なため、キノリン酸が脳内に移行することが認められている(非特許文献8)。また、ヒトをはじめとする高等動物では、ストレスがBBBの透過性を変化させるという報告があり、ストレスを受けると脳の視床下部室傍核から副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)が分泌され、このCRFがBBBの透過性を亢進させることが確認されている(非特許文献9)。このことから、ストレス状態ではBBBの透過性が亢進し、末梢のキノリン酸が脳内に移行し易くなることが考えられる。
【0020】
以上のことから、本発明者は、NMDA受容体拮抗作用を有する物質を用いれば、キノリン酸によるNMDA受容体の活性化を防止でき、その結果、脳神経細胞の傷害を防止することにつながり、肉体的疲労、精神的疲労、慢性疲労症候群、および細菌感染やウイルス感染、炎症、アレルギー、糖尿病、貧血、甲状腺機能低下、リウマチ、癌、AIDSなどの各種疾患に伴う疲労感など、様々な疲労に対して予防または治療効果を発揮することが期待できるのではないかと推察した。
【0021】
【特許文献1】特開平6−305963
【特許文献2】特開2005−97161
【特許文献3】特開2004−198325
【非特許文献1】「Brain,Behavior,Immunity 」 2002年、16、p.596−601
【非特許文献2】「Nature Reviews Immunology」 2004年、4、10、p.762−774
【非特許文献3】「Journal Fur Hirnforschung」 1990年、31、(5)、p.635−643
【非特許文献4】「細胞膜の受容体 基礎知識から最新の情報まで」、南山堂
【非特許文献5】「European Cytokine Network 」 1992年、3、p.391−398
【非特許文献6】「International Journal of Sports Medicine」 2001年、22、p.261−267
【非特許文献7】「Advances in Experimental Medicine and Biology」 2003年、527、p.531−535
【非特許文献8】「Neuropharmacology」 2000年、39、p.507−514
【非特許文献9】「Journal of Physiology and Pharmacology」 2002年、53、(1)p.85−94
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
本発明は、過度の運動などによる肉体的疲労、ストレスや睡眠障害などによる精神的疲労、慢性疲労症候群、および細菌感染やウイルス感染、炎症、アレルギー、糖尿病、貧血、甲状腺機能低下、リウマチ、癌、AIDSなどの各種疾患に伴う疲労感など、様々な疲労を予防または治療するために、NMDA受容体拮抗物質を有効成分として含有する医薬品組成物および飲食物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者は、キヌレニン経路におけるトリプトファンの代謝産物であるキノリン酸が、NMDA受容体の過度の活性化を引き起こして脳神経細胞を傷害し、これが原因となって種々の疲労を引き起こしていることを突き止め、NMDA受容体拮抗物質を投与することで種々の疲労を予防、軽減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0024】
すなわち本発明の疲労の予防・治療組成物は、N−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗物質を有効成分として含有することを特徴とする。このNMDA受容体拮抗物質は、NMDA受容体拮抗作用を有するメマンチン、ジゾシルピン(MK801)、フェンシクリジン(PCP)、デキストロメトルファン、アマンタジン、イフェンプロジル、3-(2-カルボキシピペラジン-4-イル)プロピル-1-リン酸(CPP)、ケタミン、チレタミン、ブジピン、フルピルチン、N-[1-(2-チエニル)シクロヘキシル]ピペリジン(TCP)、D(−)-2-アミノ-5-ホスホノバレリン酸(D-AP5)、D(−)-2-アミノ-7-ホスホノヘプタン酸(D-AP7)、キヌレン酸、6-ヒドロキシキヌレン酸、7-クロロキヌレン酸、テアニン(L‐グルタミン酸‐γ‐エチルアミド)などの化合物または該化合物の誘導体からなる群より1種または2種以上選択される。もしくは、NMDA受容体拮抗作用を有するイチョウ葉、緑茶、紅茶などからの抽出物からなる群より1種または2種以上選択される。
【0025】
本願発明の疲労の予防・治療方法は、本発明の疲労の予防・治療組成物を用いたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、NMDA受容体拮抗物質を有効成分として含有する肉体的疲労、精神的疲労、慢性疲労症候群、および細菌感染やウイルス感染、炎症、アレルギー、糖尿病、貧血、甲状腺機能低下、リウマチ、癌、AIDSなどの各種疾患に伴う疲労感など様々な疲労に対して予防または治療作用を有する医薬品組成物、飲食物が提供できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明で用いられるNMDA受容体拮抗物質としては、メマンチン、ジゾシルピン(MK801)、フェンシクリジン(PCP)、デキストロメトルファン、アマンタジン、イフェンプロジル、3-(2-カルボキシピペラジン-4-イル)プロピル-1-リン酸(CPP)、ケタミン、チレタミン、ブジピン、フルピルチン、N-[1-(2-チエニル)シクロヘキシル]ピペリジン(TCP)、D(−)-2-アミノ-5-ホスホノバレリン酸(D-AP5)、D(−)-2-アミノ-7-ホスホノヘプタン酸(D-AP7)、キヌレン酸、6-ヒドロキシキヌレン酸、7-クロロキヌレン酸、テアニン(L‐グルタミン酸‐γ‐エチルアミド)などの化合物、またはイチョウ葉、緑茶、紅茶などの天然物もしくはその抽出物で、好ましくは塩酸メマンチンなどが挙げられる。具体的な使用量として、ヒト1日の適切な摂取量の範囲内で、また食品などの場合は苦味などが
強すぎない範囲内で、1日あたり1〜50mg/kg(体重)摂取するのが好ましい。また、天然物もしくはその抽出物の場合には1〜500mg/kg(体重)で摂取するのが好ましい。
【実施例】
【0028】
本発明者は、疲労にはキノリン酸の脳内増加が関与しており、NMDA受容体拮抗物質を投与することで疲労が軽減されることを、マウスの疲労モデルを用いて明らかにした。
【0029】
まず最初に「キノリン酸の脳内増加により疲労症状が生じること」を実証するため、マウスの脳内にキノリン酸を直接投与し、疲労症状が誘発されるか否かを試験した。
【0030】
(試験1) キノリン酸脳内投与による疲労度
[試験方法]
1群当り9〜12匹のddY系雄性マウス(6週齢)に4μmol/mL濃度のキノリン酸(生理食塩液に溶解)を0.01mL脳内投与した(条件A)。一方、対照群には同量の生理食塩液を脳内投与した(条件B)。投与30分後にマウスを回転数カウンター付きの回転かごに入れ、明暗サイクルの飼育室で、暗期12時間、明期3時間を含む合計15時間における回転数を計測し、自発運動量の指標とした。なお、回転かごの横には自由に摂餌、摂水することが可能なホームケージが付属されており、マウスはホームケージと回転かご内を自由に行き来できるようになっている。結果は平均値±標準誤差で表し、条件A群(キノリン酸投与)と条件B群(生理食塩液投与)との有意差検定をステューデントのt検定法により行い、危険率5%未満(P<0.05)を有意とした。
【0031】
[試験結果]
結果を表1に示す。この結果より、「キノリン酸が脳内で増加すると明らかに自発運動量が減少し、疲労状態になる」ことがいえる。
【0032】
【表1】

【0033】
次に、「精神的疲労モデルにおけるキノリン酸の関与と、NMDA受容体拮抗物質を投与することで疲労度が軽減されるか」を検証した。
【0034】
(試験2) 拘束ストレス下におけるキノリン酸末梢投与による疲労度
[試験方法]
1群当り5〜8匹のddY系雄性マウス(6週齢)を、換気用の穴を開けた50mL容のポリプロピレンチューブ内に収容し拘束ストレスを負荷した。拘束1時間後、キノリン酸(生理食塩液に溶解)を100mg/kg(マウス体重換算)の用量で腹腔内投与し、更に1時間拘束ストレスを負荷した(条件C)。一方対照群として、キノリン酸の代わりに生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件D)、拘束ストレスを負荷しないでキノリン酸を腹腔内投与したもの(条件E)、同じく生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件F)とした。その後、解放直後に試験1で用いたものと同じ回転かごに入れ、明暗サイクルの飼育室で、暗期12時間、明期3時間を含む合計15時間における回転数を計測した。結果
は平均値±標準誤差で表し、条件C群(拘束ストレス+キノリン酸)と各群との有意差検定をステューデントのt検定法により行い、危険率5%未満(P<0.05)を有意とした。
【0035】
[試験結果]
結果を表2に示す。この結果より、「拘束ストレス下でキノリン酸を腹腔内投与する(条件C)と明らかに自発運動量が減少し、その他の群では自発運動量に大きな変化は認められない」ことを確認できた。
【0036】
【表2】

【0037】
引き続き、精神的疲労モデルにおいて、「NMDA受容体拮抗物質投与による疲労度変化」の試験を実施した。
【0038】
(試験3) 拘束ストレス下におけるNMDA受容体拮抗物質の作用
[試験方法]
1群当り5〜8匹のddY系雄性マウス(6週齢)に、まずNMDA受容体拮抗物質である塩酸メマンチン(生理食塩液に溶解)を30mg/kgの用量で腹腔内投与し、換気用の穴を開けた50mL容のポリプロピレンチューブ内に収容し拘束ストレスを負荷した。拘束1時間後、キノリン酸(生理食塩液に溶解)を100mg/kgの用量で腹腔内投与し、更に1時間拘束ストレスを負荷した(条件G)。一方対照群として、塩酸メマンチンの代わりに生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件H)、キノリン酸の代わりに生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件J)、腹腔内投与がいずれも生理食塩液のもの(条件K)とした。その後、解放直後に試験1で用いたものと同じ回転かごに入れ、明暗サイクルの飼育室で、暗期12時間、明期3時間を含む合計15時間における回転数を計測した。結果は平均値±標準誤差で表し、条件H群(キノリン酸のみ)と各群との有意差検定をステューデントのt検定法により行い、危険率5%未満(P<0.05)を有意とした。
【0039】
[試験結果]
結果を表3に示す。(条件H)と(条件G)の結果より、「拘束ストレス時にNMDA受容体拮抗物質である塩酸メマンチンを投与しておけば、自発運動量は減少しない」ことが認められた。一方、「キノリン酸投与がなければ、自発運動量は塩酸メマンチン投与の影響を受けない」ことも確認された。
【0040】
【表3】

【0041】
試験2および試験3の結果より、「拘束ストレス下においては、キノリン酸が脳内ではなく末梢投与であっても疲労症状(精神的疲労)が誘発される。しかしNMDA受容体拮抗物質を投与することで、疲労症状は大幅に軽減される」ことが実証できた。
【0042】
次に、「細菌感染モデルにおけるキノリン酸と疲労の関連性」、および「NMDA受容体拮抗物質を投与することで疲労度が軽減されるか」を検証した。
【0043】
細菌感染に伴う疲労モデルを確立するにあたり、LPS(リポポリサッカライド)を使用した。LPSは細菌由来の内毒素であり、炎症性サイトカインであるTNF−αやIFNの産生を促進し、その結果IDOを誘導してキヌレニン経路を活性化させるとともにBBBの透過性を亢進させ、末梢で増加したキノリン酸がBBBを通過して脳へ侵入し易くなると考えている。
【0044】
(試験4) 細菌感染モデルにおける体内キノリン酸濃度の変動と疲労度
[試験方法]
1群当り7〜8匹のddY系雄性マウス(6週齢)に、大腸菌由来LPSを0.2mg/kg(条件M)、0.6mg/kg(条件N)、2.0mg/kg(条件P)の用量で、対象群には生理食塩液(条件L)を腹腔内投与し、その6時間後に試験1で用いたものと同じ回転かごに入れ、明暗サイクルの飼育室で、暗期12時間、明期3時間を含む合計15時間における回転数を計測した。そして回転かごでの自発運動終了3時間後に採血し、血清中キノリン酸濃度を測定した。結果は平均値±標準誤差で表し、条件L群(生理食塩液投与)と各群(LPS投与)との有意差検定をステューデントのt検定法により行い、危険率5%未満(P<0.05)を有意とした。
【0045】
なお、血清中キノリン酸濃度は次の方法で測定した。血清を分離して超純水で適当に希釈した後、80μLを取り、これに100nMの3,5-ピリジンジカルボン酸溶液80μL、5N塩酸40μL、クロロホルム200μLを加えて激しく撹拌する。遠心分離後、上清100μLに62.5mMのTBAS50μLを加えて凍結乾燥した後、乾燥ペレットを7.5%ジイソプロピルエチルアミン、3%ペンタフルオロベンジルブロマイドを含む塩化メチレン溶液25μLに溶解させ、60℃にて15分間加熱して誘導体化させる。常温に冷却後にデカン50μL、超純水750μLを加えて分配した後、遠心して得られた有機層1μLをGC/MSで定量分析した。なお、キャピラリーカラムにはDB−5ms 30 m、キャリアーガスおよび反応ガスにそれぞれヘリウム、イソブタンを用いた。イオン化はNCIで行い、キノリン酸はm/z値346のシグナルをモニターした。
【0046】
[試験結果]
結果を表4と図1に示す。この結果より、「LPS投与量の増加に伴い自発運動量は減少し、その一方で血清キノリン酸濃度は増加する」ことが確認された。また、図1に示し
たように、「血清キノリン酸濃度と自発運動量の間には、有意な負の相関関係がある」ことも確認された(r=−0.69884、P<0.001)。
【0047】
【表4】

【0048】
続いて細菌感染モデルにおいて、「NMDA受容体拮抗物質投与による疲労度変化」の試験を実施した。
【0049】
(試験5) 細菌感染モデルによる疲労症状下におけるNMDA受容体拮抗物質の作用
[試験方法]
1群当り7〜8匹のddY系雄性マウス(6週齢)に、NMDA受容体拮抗物質である塩酸メマンチンを生理食塩液に溶解し30mg/kgの用量で腹腔内投与した。その0.5時間後に大腸菌由来LPSを0.6mg/kgの用量で腹腔内投与し、さらにその6時間後に再び塩酸メマンチンを同量の30mg/kg腹腔内投与した(条件Q)。一方対照群として、塩酸メマンチンの代わりに生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件R)、大腸菌由来LPSの代わりに生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件S)、腹腔内投与がいずれも生理食塩液のもの(条件T)とした。その後、試験1で用いたものと同じ回転かごに入れ、明暗サイクルの飼育室で、暗期12時間、明期3時間を含む合計15時間における回転数を計測した。そして回転かごでの自発運動終了3時間後に採血し、試験4と同じ方法で血清中キノリン酸濃度を測定した。結果は平均値±標準誤差で表し、条件R群(LPS投与のみ)と各群間の有意差検定をステューデントのt検定法により行い、危険率5%未満(P<0.05)を有意とした。
【0050】
[試験結果]
結果を表5に示す。(条件R)と(条件Q)の結果より、「LPS投与時にNMDA受容体拮抗物質である塩酸メマンチンを投与しておけば、血清キノリン酸濃度は増加するものの、自発運動量は減少しない」ことが認められた。一方「LPS投与がなければ、自発運動量及び血清キノリン酸濃度は、塩酸メマンチン投与の影響を受けない」ことも確認された。
【0051】
【表5】

【0052】
試験4および試験5の結果より、「細菌やウイルス感染によって体内でキノリン酸の生成が加速され、疲労症状を誘発・加速する」。しかし「NMDA受容体拮抗物質を投与することで、キノリン酸生成の加速を止めることはできないが、疲労症状は大幅に軽減できる」ことを実証できた。
【0053】
さらに疲労症状が起きる細菌感染モデルにおいて、「体内でキノリン酸の生成が加速し、キノリン酸がNMDA受容体を過度に活性化して脳神経細胞を傷害する」こと、「NMDA受容体拮抗物質の投与によってその細胞傷害が抑制されるか」を検証した。
【0054】
(試験6) 細菌感染モデルにおいて引き起こされる脳細胞傷害に対するNMDA受容体拮抗物質の作用
[試験方法]
1群当り7〜8匹のddY系雄性マウス(6週齢)に、NMDA受容体拮抗物質である塩酸メマンチンを生理食塩液に溶解し30mg/kgの用量で腹腔内投与した。その0.5時間後に大腸菌由来LPSを0.6mg/kgの用量で腹腔内投与し、さらにその6時間後に再び塩酸メマンチンを同量の30mg/kg腹腔内投与した(条件W)。一方対照群として、塩酸メマンチンの代わりに生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件X)、大腸菌由来LPSの代わりに生理食塩液を腹腔内投与したもの(条件Y)、腹腔内投与がいずれも生理食塩液のもの(条件Z)とした。そしてLPSを腹腔内投与してから3日後に、マウスの左心室からリン酸緩衝生理食塩液と4%パラホルムアルデヒド液を流して灌流し、そのあと脳を摘出した。摘出した脳を4%パラホルムアルデヒド液で固定した後、常法によりパラフィン包埋を行い、このパラフィン包埋ブロックをミクロトームで海馬領域を含む3μm厚の切片として薄切し、Nissel染色を行い、神経細胞を染め分けた。そして光学顕微鏡下で海馬のCA1およびCA3領域に存在する神経細胞数を計測し、1mm当りの細胞密度を算出した。結果は平均値±標準誤差で表し、条件X群(LPS投与のみ)と各群間の有意差検定をステューデントのt検定法により行い、危険率5%未満(P<0.05)を有意とした。
【0055】
【表6】

【0056】
試験6の結果より、LPS投与による細菌感染モデルでは、脳の海馬領域で神経細胞傷害が引き起こされるが、NMDA受容体拮抗物質を投与することで、その細胞傷害が有意に抑制されることを実証できた。
【0057】
以上の試験結果から、疲労のメカニズムとして、「細菌やウイルス感染によってキノリン酸の増加とBBBの弱体化が同時に起きた場合、キノリン酸が弱体化したBBBを通過して脳内へ侵入し、続いてNMDA受容体を過度に活性化して、脳神経細胞傷害を引き起こし、その結果疲労感を誘発する」ことが裏付けられた。また、「NMDA受容体拮抗物質を投与してNMDA受容体を不活性化することで、脳神経細胞傷害を抑制し、疲労症状を軽減できる」ことが実証できた。
【0058】
以下に、本発明を更に具体的な商品として展開する場合の製造例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0059】
(実施例1) 錠剤
塩酸メマンチン 25部、無水カフェイン 100部、アスパルテーム 15部、マンニット 970部、アビセル 66部、メントール 12部、ステアリン酸マグネシウム 12部、全量 1200部を常法に従い十分に混和した後、打錠して、1錠400mgの咀嚼錠を得た。
【0060】
(実施例2) 錠剤
臭化水素酸デキストロメトルファンクレゾールスルホン酸カリウム 25部、無水カフェイン 100部、アスパルテーム 15部、マンニット 970部、アビセル 66部、メントール 12部、ステアリン酸マグネシウム 12部、全量 1200部を常法に従い十分に混和した後、打錠して、1錠400mgの咀嚼錠を得た。
【0061】
(実施例3) カプセル剤
酒石酸イフェンプロジル 20.0mg、無水カフェイン90.0mg、ラウリル硫酸ナトリウム10.0mg、乳 糖 30.0mg、ステアリン酸マグネシウム30.0mg、アルファ化デンプン 60.0mg、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース 10.0mgを常法に従い十分に混和した後、顆粒を製造し、1カプセル当り250.0mgを2号カプセルに充填した。
【0062】
(実施例4) ドリンク剤
イチョウ葉抽出エキス 1g、DL−酒石酸ナトリウム 100mg、コハク酸 9mg、液糖 800g、クエン酸 12g、ビタミンC 10g、ニコチン酸アミド 120mg、硝酸チアミン 100mg、塩酸ピリドキシン 50mg、リン酸リボフラビン
ナトリウム 30mg、無水カフェイン 500mg、香料 15mLを蒸留水8Lに溶解し、蒸留水を加えて全量を10Lとした後、フィルターろ過し、100mLずつ褐色びんに無菌充填してドリンク剤を製造した。
【0063】
(実施例5) ドリンク剤
緑茶抽出エキス 20g、DL−酒石酸ナトリウム 100mg、コハク酸 9mg、液糖 800g、クエン酸 12g、ニコチン酸アミド 120mg、ビタミンC 10g、香料 12ml、塩化カリウム 1g、硫酸マグネシウム 0.5gを蒸留水8Lに溶解し、蒸留水を加えて全量を10Lとした後、フィルターろ過し、100mLずつ褐色びんに無菌充填してドリンク剤を製造した。
【0064】
(実施例6) ゼリー剤
テアニン 1.5g、バリン 1g、ロイシン 1g、イソロイシン 1g、ゲルアップSA3C 0.2g、ゲルアップK−S 0.1g、トレハロース 12g、デンプン
2g、水 60.7gを80℃の温浴で溶解させる。70℃に冷却後に1%カードラン分散液 20mLを加えてさらに撹拌し、パウチに充填した。100℃、20分間ボイル殺菌を行い、ゼリー剤とした。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】細菌感染モデルにおける血清キノリン酸濃度と自発運動量の相関関係

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗物質を有効成分として含有することを特徴とする疲労の予防・治療組成物。
【請求項2】
NMDA受容体拮抗物質が、NMDA受容体拮抗作用を有するメマンチン、ジゾシルピン(MK801)、フェンシクリジン(PCP)、デキストロメトルファン、アマンタジン、イフェンプロジル、3-(2-カルボキシピペラジン-4-イル)プロピル-1-リン酸(CPP)、ケタミン、チレタミン、ブジピン、フルピルチン、N-[1-(2-チエニル)シクロヘキシル]ピペリジン(TCP)、D(−)-2-アミノ-5-ホスホノバレリン酸(D-AP5)、D(−)-2-アミノ-7-ホスホノヘプタン酸(D-AP7)、キヌレン酸、6-ヒドロキシキヌレン酸、7-クロロキヌレン酸、テアニン(L‐グルタミン酸‐γ‐エチルアミド)などの化合物または該化合物の誘導体からなる群より1種または2種以上選択される請求項1に記載の疲労の予防・治療組成物。
【請求項3】
NMDA受容体拮抗物質が、NMDA受容体拮抗作用を有するイチョウ葉、緑茶、紅茶などからの抽出物からなる群より1種または2種以上選択される請求項1に記載の疲労の予防・治療組成物。
【請求項4】
請求項1〜3記載の疲労の予防・治療組成物を配合した食品もしくは飲料。
【請求項5】
請求項1〜4に記載のいずれかを用いる疲労の予防・治療方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−246507(P2007−246507A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−24944(P2007−24944)
【出願日】平成19年2月5日(2007.2.5)
【出願人】(306018343)クラシエ製薬株式会社 (32)
【Fターム(参考)】