説明

疲労の評価方法

【課題】肉体疲労の回復度合いを適正に評価する方法を提供する。
【解決手段】トレッドミルの傾斜角を5〜25°の範囲で固定し、被験動物に1〜10分毎に1〜10cm/秒の範囲で速度を上げていく走行運動を行わせ、該被験動物が走れなくなった時の速度を第1限界走行速度、時間を第1限界走行時間と定め、その後10分〜6時間の休憩時間を挟んで、再び該被験動物に前記と同様のトレッドミルによる走行運動を行わせて、該被験動物が走れなくなった時の速度を第2限界走行速度、時間を第2限界走行時間と定めと定め、該第1限界走行速度と該第2限界走行速度の値または該第1限界走行時間と該第2限界走行時間の値から、該被験動物の疲労の回復度合いを評価する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉体疲労の回復度合いを評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疲労は日常生活の中で、誰もが感じる一般的な感覚である。目まぐるしく変化する現代社会においては、疲労の蓄積を事前に回避するような環境下で生活することは、なかなかに困難なことである。そうすると、回復困難な深刻な疲労状態に陥る前、すなわち疲労の初期において、疲労状態から脱するということが、QOLを維持する上で、重要なポイントとなる。
【0003】
そこで、疲労の回復を図る手段を講じることになる。もとより良質の睡眠を十分に取るとか、ストレスの少ない生活を心がけるとか、生活習慣の改善が有効であることは言うを待たない。しかし、そもそもそのような生活ができないからこその疲労であり、そうすると疲労の回復に有効な医薬品等の摂取が選択肢の1つとして挙げられる。
【0004】
ところで、疲労は一般的には肉体疲労と精神疲労に大別される。精神疲労の評価に関しては、不安やうつの評価に用いられるオーソライズされた方法が多く存在するが、肉体疲労の評価、特に疲労の回復度合いを評価する方法に関しては、オーソライズされた方法が十分に確立されているとはいえない状況にある。
【0005】
これまで、肉体疲労の評価方法としては、強制水泳装置(特許文献1参照)やトレッドミル装置を用い、限界水泳時間や限界走行時間等の持久力の延長効果を指標とした評価方法(特許文献2参照)、ATP含量や自発行動量を指標にした評価方法(特許文献3参照)が知られている。これらの方法は、疲れにくさや持久力向上効果等の抗疲労効果の評価には適しているが、肉体疲労の回復度合いや回復過程を評価する際には、必ずしも、十分とはいえない。そこで、肉体疲労の回復を促進するような医薬品等を簡便かつ適正に評価するための評価方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−230989号公報
【特許文献2】特開2009−161459号公報
【特許文献3】特許第4484058号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
肉体疲労の回復度合いや回復過程を簡便かつ適正に評価できなければ、肉体疲労の回復を促進するのに有効な医薬品等の評価が的確になし得ず、肉体疲労の回復に有効な医薬品等の開発にも支障を生じることとなる。
【0008】
そこで、本発明は、従来知られているトレッドミル装置を用いた疲労の評価方法を改善し、肉体疲労の回復度合いを簡便かつ適正に評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、トレッドミル装置を用いて、被験動物に走行運動を漸増式に負荷し、休憩、すなわち回復過程を経た後に、再度、走行運動を漸増式に負荷し、その走行運動能力の低下率を算出することにより、疲労の回復度合いを評価しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
かかる本発明の態様は、次のとおりである。
(1)トレッドミルの傾斜角を5〜25°の範囲で固定し、被験動物に1〜10分毎に1〜10cm/秒の範囲で速度を上げていく走行運動を行わせ、該被験動物が走れなくなった時の速度を第1限界走行速度、時間を第1限界走行時間と定め、その後10分〜6時間の休憩時間を挟んで、再び該被験動物に前記と同様のトレッドミルによる走行運動を行わせて、該被験動物が走れなくなった時の速度を第2限界走行速度、時間を第2限界走行時間と定め、該第1限界走行速度と該第2限界走行速度の値または該第1限界走行時間と該第2限界走行時間の値から、該被験動物の疲労の回復度合いを評価する方法。
(2)被験動物がマウス又はラットである前記(1)に記載の方法。
(3)前記(1)又は(2)に記載の方法を使って、被験物質の疲労の回復度合いを評価する方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、被験動物を用いて、肉体疲労の回復度合いを、より適正に評価することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明で用いるトレッドミル装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のトレッドミル装置としては、概略は図1に示したとおりであるが、傾斜角の調整機能を有する一般的なものを用いればよい。
【0014】
トレッドミルの傾斜角は適宜に調整可能であり、この角度が小さいと後述する限界走行速度に達するまでの時間が長くなり、結果、本発明の評価方法全体に要する時間が長くなるため好ましくない。逆にトレッドミルの傾斜角が大きいと限界走行速度に達するまでの時間は短くなるが、この角度が大きすぎると被験動物がトレッドミル上を走行することすらできなくなり、適切な限界走行速度を求めることができなくなるため好ましくない。よって、トレッドミルの傾斜角度としては、5〜25°の範囲が適当であり、10〜20°の範囲が好ましい。
【0015】
本発明に用いる被験動物としては、マウスやラット等の小動物が適している。
【0016】
まず、トレッドミルの傾斜角度を5〜25°の範囲で固定し、次にトレッドミルの初期走行速度を10〜50cm/秒の範囲に設定する。トレッドミルの初期走行速度が10cm/秒未満であると被験動物に対する疲労の負荷強度が小さすぎ、限界走行速度に達するまでの時間が長くなるため、本発明の評価方法全体に要する時間が長くなり好ましくない。一方、トレッドミルの初期走行速度が、50cm/秒を超えると被験動物が走行速度に対応できず、限界走行速度に達する前に走行不能の状態になる可能性があるため好ましくない。
【0017】
次に、トレッドミルの走行速度を1〜10分毎に1〜10cm/秒の範囲で上げていくことが好ましい。走行速度を1〜10分毎に上げていくのは、初期走行速度のままでは、疲労の負荷強度が弱く限界走行速度に達するまでの時間が長くなるため、本発明の評価方法全体に要する時間が長くなり好ましくないからである。そして、走行速度を1〜10cm/秒の範囲で上げていくのは、この速度が1cm/秒未満であると疲労の負荷強度が弱く、限界走行速度に達するまでの時間が長くなるため、本発明の評価方法全体に要する時間が長くなり好ましくない。一方、この速度が10cm/秒を超えると被験動物が走行速度の上昇に対応できず、限界走行速度に達する前に走行不能の状態になる可能性があるため好ましくない。
【0018】
そして、被験動物が走れなくなった時の時間と走行速度を求め、それぞれ第1限界走行時間、第1限界走行速度と定める。
【0019】
その後、疲労の回復度合いを評価するという本発明の最大の特徴である休憩時間を設定する。これは、第1限界走行速度に達した後、10分〜6時間の範囲で適宜に設定することが好ましい。この休憩時間が10分未満であると、疲労の回復が不十分であるため、2回目のトレッドミルによる適切な走行運動を行うことができず好ましくない。また、被験物質の評価を行う際にも、被験物質が効果を発現するまでの時間を考慮すると、時間が短すぎるため、十分な休憩時間とはいえない。一方、休憩時間が6時間を超えると、1回目の疲労状態から回復しすぎるため、1度目の走行運動が繰り返されるのと同じこととなり、第1限界走行時間や第1限界走行速度を設定した意義が小さくなる。また、本発明の評価方法全体に要する時間が長くなりすぎ、被験動物が、日内リズムの変動による影響を受ける可能性も大きくなり、肉体疲労の回復度合いを適正に評価できなくなる可能性が生じる。
【0020】
そして、この休憩時間を経て、2回目のトレッドミルによる走行運動を行うことになるが、これは、評価の客観性を担保するために、1回目の走行運動試験と同じ条件設定を課すのが好ましい。
【0021】
2度目の走行運動によって被験動物が走れなくなった時の時間と走行速度をそれぞれ第2限界走行時間、第2限界走行速度として設定する。
【0022】
本発明の疲労の回復度合いは、第1限界走行速度または時間と第2限界走行速度または時間との関係から求めることができる。例えば、第2限界走行速度の第1限界走行速度に対する割合(%)を100(%)から減じた値(第2限界走行速度の低下率)を算出し、このときの数値が小さいほど疲労の回復度合いは大きいと評価することができる。
【0023】
さらに、例えば、休憩時間の間に被験物質を被験動物に投与することによって、該被験物質の疲労回復作用の有無やその強さを評価することができる。
【実施例】
【0024】
以下に試験例を挙げ、本発明をさらに具体的に説明する。
【0025】
試験例1
トレッドミル装置(Panlab社製)の傾斜角を10°〜20°に設定し、BALB/c雄性マウス(日本エスエルシー(株)、1群5匹)に、漸増式(15cm/sから4分毎に5cm/sずつ速度を増加)に走行運動を負荷し、走行不能となる第1限界走行速度を算出した。その後、休憩時間を1時間挟み、再度、同じ条件にて、走行運動を負荷し、走行不能となる第2限界走行速度を算出した。
【0026】
第1限界走行速度に対する第2限界走行速度の低下率を算出し、疲労の度合いを比較した結果、傾斜角10°のときの低下率は15.4%、傾斜角15°のときの低下率は16.4%、傾斜角20°のときの低下率は22.9%であった。
【0027】
試験例2
トレッドミル装置(Panlab社製)の傾斜角を10°に設定し、BALB/c雄性マウス(日本エスエルシー(株)、1群10匹)に、漸増式(15cm/sから4分毎に5cm/sずつ速度を増加)に走行運動を負荷し、走行不能となる第1限界走行速度を算出した。その後、休憩時間を1〜6時間挟み、再度、同じ条件にて、走行運動を負荷し、走行不能となる第2限界走行速度を算出した。
【0028】
第1限界走行速度に対する第2限界走行速度の低下率を算出し、疲労の度合いを比較した結果、休憩時間1時間のときの第2限界走行速度の低下率は、12.9%、休憩時間2時間のときの第2限界走行速度の低下率は、15.8%、休憩時間4時間のときの第2限界走行速度の低下率は、19.3%、休憩時間6時間のときの第2限界走行速度の低下率は、10.2%であった。
【0029】
また、血液中の疲労のマーカー物質の1つとして報告されている(特開2009−263337号公報参照)β-ヒドロキシ酪酸濃度を、休憩時間を1時間または4時間挟んだ2回目の走行運動後に、プレシジョン エクシード(アボット社製)にて測定したところ(1群4匹)、休憩時間1時間の群では、走行前の12.4倍に、休憩時間4時間の群では、走行前の13.3倍に増加していた。すなわち、休憩時間4時間のときが最も疲労状態にあることが明らかとなった。
【0030】
試験例3
トレッドミル装置(Panlab社製)の傾斜角を10°に設定し、BALB/c雄性マウス(日本エスエルシー(株)、1群5匹)に、漸増式(15cm/sから4分毎に5cm/sずつ速度を増加)に走行運動を負荷し、走行不能となる第1限界走行速度を算出した。その後、休憩時間を1時間挟み、再度、同じ条件にて、走行運動を負荷し、走行不能となる第2限界走行速度を算出した。その後、さらに、休憩時間を1時間挟み、再度、同じ条件にて、走行運動を負荷し、走行不能となる第3限界走行速度を算出した。
【0031】
第1限界走行速度に対する第2及び第3限界走行速度の低下率を算出し、疲労の度合いを比較した結果、第2限界走行速度の低下率及び第3限界走行速度の低下率は、共に16.3%であった。第2限界走行速度と第3限界走行速度との間に違いがなかったことから、2度目の走行運動を負荷し、第2限界走行速度を求めれば、疲労の回復度合いを評価するには十分であることが明らかとなった。
【0032】
試験例4
BALB/c雄性マウス(日本エスエルシー(株)、1群8匹)に抗疲労効果が報告されているケルセチンを50mg/kgの用量で14日間経口投与した。対照群には水を投与した。トレッドミル装置(Panlab社製)の傾斜角を10°に設定し、漸増式(15cm/sから4分毎に5cm/sずつ速度を増加)に走行運動を負荷し、第1限界走行速度を算出した。走行終了直後にケルセチンを50mg/kgの用量で経口投与した。また、対照群には、水を投与した。その後、休憩時間を1時間挟み、再度、同じ条件にて、走行運動を負荷し、走行不能となる第2限界走行速度を算出した。
【0033】
第1限界走行速度に対する第2限界走行速度の低下率を算出し、疲労の回復度合いを比較した結果、対照群の第2限界走行速度の低下率は22.8%、ケルセチン投与群の第2限界走行速度の低下率は13.3%であった。
【0034】
本発明の評価方法を用いることにより、被験物質の疲労回復度合いの評価が可能であることが明らかとなった。
【0035】
試験例5
トレッドミル装置(Panlab社製)の傾斜角を5°または25°に設定し、BALB/c雄性マウス(日本エスエルシー(株)、1群4または5匹)に、漸増式(15cm/sから1分毎に1cm/sずつ速度を増加、または10分毎に10cm/sずつ速度を増加)に走行運動を負荷し、走行不能となる第1限界走行速度を算出した。その後、休憩時間を10分〜6時間挟み、再度、同じ条件にて、走行運動を負荷し、走行不能となる第2限界走行速度を算出した。
【0036】
第1限界走行速度に対する第2限界走行速度の低下率を算出し、疲労の度合いを比較したところ、表1に示す結果となった。すなわち、上記条件において、休憩をはさみ2回限界走行を負荷することにより疲労度合を評価可能なことが明らかとなった。
【0037】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明により、肉体疲労の回復度合いを実験動物を使って簡便かつ適正に評価することが可能となったので、肉体疲労の回復に有効な物質の探索が容易になり、肉体疲労の回復に有効な医薬品等の開発の促進が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トレッドミルの傾斜角を5〜25°の範囲で固定し、被験動物に1〜10分毎に1〜10cm/秒の範囲で速度を上げていく走行運動を行わせ、該被験動物が走れなくなった時の速度を第1限界走行速度、時間を第1限界走行時間と定め、その後10分〜6時間の休憩時間を挟んで、再び該被験動物に前記と同様のトレッドミルによる走行運動を行わせて、該被験動物が走れなくなった時の速度を第2限界走行速度、時間を第2限界走行時間と定め、該第1限界走行速度と該第2限界走行速度の値または該第1限界走行時間と該第2限界走行時間の値から、該被験動物の疲労の回復度合いを評価する方法。
【請求項2】
被験動物がマウス又はラットである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法を使って、被験物質の疲労の回復度合いを評価する方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−90626(P2012−90626A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210287(P2011−210287)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000002819)大正製薬株式会社 (437)