説明

病原性グラム陰性細菌由来脂質小胞の検出方法および検出システム

【課題】ヘリコバクター・ピロリ(H. ピロリ)の存在の有無だけでなく、その病原性(悪性度)の識別が可能な当該菌の検出方法およびそのためのシステムを提供すること。
【解決手段】検体中のグラム陰性細菌由来の外膜小胞の検出方法であって、
(1) 検体と、検出対象菌(例えば、H. ピロリ、毒素原性大腸菌)が産生する病原性物質(例えば、VacA、易熱性エンテロトキシン)に結合し得る蛍光標識された物質(例えば、ガングリオシドGM1)とを混合して試料溶液を調製する工程、および
(2) 共焦点様光学系(好ましくは、共焦点領域に、試料溶液が流動するためのマイクロ流路が設けられてなる共焦点様光学系)を用いて、該試料溶液の蛍光信号の時間経過を計測する工程
を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病原性グラム陰性細菌由来脂質小胞の検出方法およびそれに用いられる検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
科学技術の進歩により、感染症に対する医療は飛躍的に亢進しているが、いまだに世界の人々の大きな死亡原因の1つは感染症である。エイズやエボラ出血熱、プリオン病などの新たな感染症をはじめ、地球温暖化や海外渡航の拡大によるマラリア、西ナイル熱といった亜熱帯感染症の蔓延が懸念されている。亜熱帯感染症は日本とは無縁と思われがちであるが、人の移動量が飛躍的に増大した現代では、旅行者により海外渡航先での感染を国内に持ち込んでしまう可能性が危惧されている。2009年4月にメキシコから始まった新型インフルエンザ(ブタ由来インフルエンザA/H1N1)の流行は、海外からの感染拡大阻止が困難であること、また感染症が人々の生活に大きな脅威を与えることをあらためて示した。
【0003】
こういった感染症を克服するためには、病原体の病原性、感染成立の機構、さらに感染防御機構の分子基盤を解明することが重要であり、その知見にもとづいた感染症の予防法や治療法を確立することが必須である。このことから、現在、新規な病原体の検出法の開発が必要であると考えられている。既存の技術より優れた検出技術の開発が成功すれば、感染症の拡大防止に利用でき、基礎から応用まで臨床医学分野や公衆衛生対策への大きな貢献が期待出来るためである。
【0004】
ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori;以下、H. ピロリと略記する。)はヒト胃粘膜に感染するグラム陰性らせん状桿菌であり、世界人口の約半数が感染していると考えられている。特に、高齢者での感染率は若年者層に比べて非常に高く、70%の人が菌を保有しているものと推測されている。長期的なH. ピロリの感染は慢性的な胃炎や胃潰瘍、さらには胃癌を引き起こす可能性が示唆されている。
【0005】
H. ピロリを検出する手段として、従来、本菌の産生するウレアーゼの活性を測定する方法(非特許文献1)や、ウレアーゼなどの抗原に対して特異的に結合する抗体を利用した免疫学的測定法が利用されている(非特許文献2)。例えば、ウレアーゼ活性測定方法としては尿素呼気試験がよく用いられている。これは、13Cで標識した尿素がH. ピロリ由来のウレアーゼによってアンモニアと二酸化炭素に変わることを利用して、呼気中の13Cを測定する方法である。この方法は、単にH. ピロリの存在を検出するには簡便で優れた方法であるが、H. ピロリの悪性度を判断することはできない。H. ピロリの病原性は菌株によって異なり、すべての感染者が胃潰瘍や胃癌などを発症するわけではない。したがって、すべての感染者を対象に除菌を行うことは、耐性菌の出現を助長するとともに、医療経済の観点からも適切ではない。そのため、H. ピロリの病原性の識別が診断ニーズとして存在する。
【0006】
H. ピロリの病原性の主な原因はVacAと呼ばれるタンパク質複合体であり、このタンパク質毒素が感染細胞内に空胞を形成させ、細胞を死に至らしめることが知られている。本発明者らは以前、ある種の糖脂質ガングリオシドを用いてVacAを検出できることを報告している(特許文献1)。しかし、H. ピロリや毒素原性大腸菌(ETEC)などのグラム陰性細菌の多くは、外膜から外膜小胞(OMV)と呼ばれる脂質小胞粒子を出芽様に分泌しており、ETECでは易熱性エンテロトキシン(LT)等の病原性毒素はOMVを介して宿主細胞に輸送されることが示されているが(非特許文献3)、これらの毒素がどのような態様でOMVに含まれているのか(内包されているのか、膜に結合しているのか等)については全く知られていない。したがって、上記ガングリオシドがH. ピロリから分泌されたOMVを高感度に検出できるか否かは不明であり、そもそもOMVを検出することによりH. ピロリの悪性度を判別するという発想自体が存在しなかった。
【0007】
ところで、病原体の測定・検出方法は、病原体そのものや生体中の特定の成分や化合物を対象とするため、極めて複雑な混合系でも十分に分別能力があることが求められる。また、それに加えて測定の迅速性、操作の簡便さを同時に満たすことも必要である。しかし、現行の技術ではその3つを同時に満たすものは少ない。現在用いられている代表的な手法として、免疫クロマトグラフィー法やPCR法、ELISA法が挙げられる。免疫クロマトグラフィー法は、簡便に短時間で測定を行うことが可能であり、臨床検査薬の主流となっているが、定量性や感度に問題がある。PCR法は、感度および確度の両面で優れているが、検出までに数時間を要し、分析装置を必要とすることからオンサイトでの迅速な検出は難しい。また、PCR法から派生したLAMP法は、検出までの工程を1ステップで行うことができ、増幅反応が等温で進行するため高価なサーマルサイクラーを必要とせず、反応時間を短縮できるが、プライマーの設計が難しく、仮に遺伝子変異型が生じた場合には、その対応にプライマーの再設計の手間を要する。ELISA法は、充分な感度で、定量性にも優れ、大量のサンプルを測定できるが、解析装置は必要であり、ある程度の反応時間と煩雑な分注操作の繰り返しを要するため、簡便性や迅速性といった面で課題を残す。
【0008】
近年、光計測装置の高性能化により、蛍光分子が発する蛍光は1分子レベルでも検出出来るようになってきており、1分子検出法として注目を集めている。蛍光を利用したセンシング技術の1つに、蛍光相関分光(FCS)法がある。これは、溶液中での蛍光標識分子の動きをもとにして分子間相互作用を解析する手法である。微小領域を通過する分子の溶液内での挙動を分子レベルで観察出来るため、生体内に近い状態での分子間相互作用の解析が可能である。微小領域を測定領域とするため高感度での測定が期待できる、測定時間は数十秒から数分で済む、表面プラズモン共鳴法を原理とするバイオセンサーなどとは異なりサンプルのセンサー表面への固定化や洗浄といった操作が不要である、といった利点がある一方で、測定値の安定化においては課題を残し、分析対象に応じて、測定値を安定化させるための好適な測定条件の検討が必要である。本発明者らは、このFCS法を利用したウイルスの検出方法を開発し、報告しているが(特許文献2、3)、グラム陰性細菌由来のOMVの検出にFCS法を適用し得るか否かは不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-57334公報
【特許文献2】特開2007-20565公報
【特許文献3】特開2008-116440公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】加藤元嗣、穂刈格、杉山敏郎、浅香正博:H.pyrori感染症の診断と除菌判定, 臨床医, 2001, 27, p.28-33
【非特許文献2】杉山敏郎:H.pyrori血清診断法の現状と問題点, Prog. Med., 1995, 15, p.515-520
【非特許文献3】Kuehn, M. J. and Kesty, N. C., Genes Dev. , 2005, 19, p. 2645-2655
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、H. ピロリの存在の有無だけでなく、その病原性(悪性度)の識別が可能な当該菌の検出方法およびそのためのシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、蛍光標識したVacA結合性ガングリオシドとFCS法とを組み合わせることにより、H. ピロリ由来のOMVを検出できることを見出した。また、FCS法においてマイクロ流路を組合せることにより、OMV検出の感度を顕著に向上させることに成功した。さらに、上記検出システムを用いることで、H. ピロリ由来のOMVだけでなく、該蛍光標識ガングリオシドに結合する易熱性エンテロトキシン(LT)を分泌する毒素原性大腸菌(ETEC)由来のOMVをも検出できること、しかもETEC株の分泌するLT量依存的な蛍光シグナルが得られ、ETECの存在のみならずその悪性度をも判別可能であることを見出した。以上の知見から、本発明者らは、H. ピロリやETECをはじめとする病原性グラム陰性細菌の、悪性度の識別を含めた検出方法とそのためのシステムを確立することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1]検体中のグラム陰性細菌由来のOMVの検出方法であって、
(1) 検体と、検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る蛍光標識された物質とを混合して試料溶液を調製する工程、および
(2) 共焦点様光学系を用いて該試料溶液の蛍光信号の時間経過を計測する工程
を含む方法。
[2]検体が除菌処理されたものである、上記[1]記載の方法。
[3]以下の(a)または(b)である、上記[1]または[2]記載の方法。
(a) 検出対象菌がH. ピロリであり、病原性物質がVacAである
(b) 検出対象菌がETECであり、病原性物質がLTである
[4]蛍光標識された物質がガングリオシドまたはそのリソ体である、上記[3]記載の方法。
[5]ガングリオシドがGM1である、上記[4]記載の方法。
[6]共焦点様光学系が、共焦点領域に、試料溶液が流動するためのマイクロ流路が設けられてなるものである、上記[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]蛍光標識された物質がリポソーム膜に結合した形態であることを特徴とする、上記[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
[8]グラム陰性細菌由来のOMVの検出システムであって、
(a) 検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る蛍光標識された物質、および
(b) 共焦点領域に、試料溶液が流動するためのマイクロ流路が設けられてなる共焦点様光学系
を含むシステム。
[9]共焦点様光学系が以下の(a)〜(c)の少なくとも1つを満たすものである、上記[8]記載のシステム。
(a) マイクロ流路の断面積が0.1〜0.2mm2である
(b) マイクロ流路内の試料溶液の流速が少なくとも5〜20μL/分の範囲で可変である
(c) 対物レンズの倍率が10〜100倍である
[10]蛍光標識された物質がガングリオシドまたはそのリソ体である、H. ピロリまたはETEC由来のOMVの検出用である、上記[8]または[9]記載のシステム。
[11]ガングリオシドがGM1である、上記[10]記載のシステム。
[12]蛍光標識された物質がリポソーム膜に結合した形態であることを特徴とする、上記[8]〜[11]のいずれかに記載のシステム。
【発明の効果】
【0014】
本発明の検出方法によると、グラム陰性細菌の病原性に基づいた検出が可能である。また、FCS法を利用するので検出が容易であり、既存の方法より迅速かつ高感度に病原性細菌の検出が可能となる。従って、例えばH. ピロリ感染者の中から、病原性を有する保菌者を早期に選別することができ、治療薬の投与の要否や時期を的確に判断して抗生物質等の乱用を防ぎ、耐性菌の発生を減少させることができ、ひいては医療費の削減に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本実施例で使用した共焦点様光学系の全体図(上図)とマイクロ流路部分の拡大図(下図)である。
【図2】蛍光シグナルの検出効率に及ぼすマイクロ流路の形状および試料溶液の流速の効果を示す図である。シグナル強度積算値(下図)は、上図の閾値を超えたシグナルの値の総和である。100秒測定でのシグナル強度積算値を求め、3回測定を行った結果の平均値を求めた。
【図3】蛍光シグナルの検出効率(上図:シグナル数、下図:シグナル強度積算値)に及ぼす共焦点顕微鏡の対物レンズの倍率の効果を示す図である(ともに100秒測定、3回の平均値)。
【図4】蛍光標識されたガングリオシドを内包するリポソームの模式図(上図)および蛍光シグナルの検出効率に及ぼすリポソームあたりの蛍光分子数の効果(下図)を示す図である。蛍光量の異なる直径200nmの蛍光標識リポソームの測定結果(100秒測定、3回の平均値)をシグナル強度積算値で比較した。
【図5】H. ピロリ培養液中のOMVと蛍光標識されたガングリオシドとの結合のVacA濃度依存性を示す図である。シグナル強度積算値(100秒測定で、3回の積算値)で比較した(上図)。下図は各ガングリオシドを用いた場合のVacAを含むOMV(VacA濃度:1μg/mL)測定のシグナル分析チャートを示す。
【図6】ETEC培養液中のOMVとガングリオシドとの結合に及ぼす蛍光標識ガングリオシド濃度(GM1およびGM3)の効果を示す図である。シグナル強度積算値(100秒測定、5回の積算値)で比較した。
【図7】各ETEC株の培養液中のOMVとガングリオシドとの結合(シグナル強度積算値(100秒測定、5回の積算値);上図)と、該ETEC株感染者から単離したOMV中のタンパク質の電気泳動像(下図)との比較を示す図である。
【図8】2種類のETEC株の培養上清中に含まれるOMVの40000倍の透過型電子顕微鏡による観察像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明はグラム陰性細菌由来のOMVの検出方法を提供する。本発明の方法において検出対象となるグラム陰性細菌(以下、単に検出対象菌ともいう)は特に限定されないが、病原性を有し、病原性の主因となる物質(毒素)を、OMVを介して感染した宿主細胞に輸送することにより、当該宿主に疾患を惹き起こすグラム陰性細菌が主たる標的であり、例えば、H. ピロリや、毒素原性大腸菌(ETEC)、腸管出血性大腸菌(EHEC)、腸管凝集性大腸菌(EAEC)等の下痢原性大腸菌、赤痢菌、アクチノバチルス属菌、ボレリア属菌、バクテロイデス属菌、シュードモナス属菌、ポルフィロモナス属菌、サルモネラ属菌、トレポネーマ属菌、ゼノラブダス属菌などが挙げられる。好ましくはH. ピロリ等のVacA産生菌、ETEC等のLT産生菌などが挙げられる。
【0017】
本発明のOMVの検出方法が適用され得る検体としては、検出対象であるグラム陰性細菌への感染や汚染が疑われる哺乳類(例えば、ヒト、ウシ、ウマ、ブタ、イノシシ、ヒツジ、ウサギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど、特にヒト)、鳥類(ニワトリ、アヒル、ウズラ、七面鳥、カモ、キジなど)、無脊椎動物(カイコ、ハチ、アリ、クワガタ、カブトムシなどの昆虫類、エビ、カニなどの甲殻類)、植物(桑、小豆、ソラマメ、トマト、ナス、キュウリ、メロン、タバコ、菊、ユリ、バラなど)の生体由来の試料、例えば、血液、血清、血漿、唾液、脳脊髄液、尿、便、糞、リンパ液、涙液、および各種臓器など、並びに食品(卵、牛乳、大豆、小麦、米などの穀類、魚介類、あるいはそれらの加工食品など)、河川、土壌などの環境由来の試料が例示される。
検出対象菌がH. ピロリの場合、ヒトなどの哺乳類由来の生体試料としては、胃由来の試料が好ましく、胃液、胃粘膜、胃の生検試料などが好適に例示される。また、検出対象菌がETECなどの下痢原性大腸菌の場合には、ヒトなどの哺乳類由来の生体試料として、好ましくは糞便などが例示される。
【0018】
本発明の方法は、グラム陰性細菌自体ではなく、当該菌由来の外膜小胞(OMV)を直接の検出対象とする。OMVとは、種々のグラム陰性細菌の外膜から出芽様に分泌されるサブミクロンサイズ(約50〜約200nm)の脂質小胞粒子であり、リン脂質、糖脂質、脂質結合タンパク質などの外膜構成成分のみならず、細胞内からペリプラズム空間に輸送された分泌タンパク質(H. ピロリの空胞化毒素VacA、ETECの下痢毒素LT、赤痢菌の志賀毒素等の毒素を含む)を含有することが知られている。しかしながら、それらの分泌タンパク質が、グラム陰性細菌外膜から出芽したOMVのどの部分に局在するか(小胞脂質膜内部に封入されているのか、脂質膜に結合して小胞外に一部露出した状態で存在するのか等)については十分に解明されていないため、病原性物質を含む分泌タンパク質がインタクトなOMVの検出用マーカーとなり得るか否かはこれまで不明であった。従って、本発明は、少なくとも部分的には、H. ピロリのVacAやETECのLT等の毒素がOMVの検出用マーカーとして利用可能であることの発見に基づくものである。
【0019】
上記のとおり、本発明の方法は、グラム陰性細菌由来のOMVを直接の検出対象とするので、検体にはOMVの産生菌自体が含まれている必要はない。したがって、本発明の好ましい一実施態様においては、後述の蛍光標識された物質との混合工程に先立って、検体中に含まれる細菌などの細胞画分を除去しておくことができる。そのような細胞画分の除去方法としては、例えば、通常の除菌濾過や遠心分離などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0020】
検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る物質は、検出マーカーとなる病原性物質の種類に応じて、それに結合性を有することが知られている種々の物質を適宜選択して用いることができる。例えば、標的病原性物質に対して特異的に結合する抗体やアプタマー、さらには当該病原性物質に対する宿主細胞表面受容体などが挙げられる。抗体やアプタマーは自体公知の手法に従って、適宜作製することができる。一方、細菌毒素に対する宿主細胞の表面受容体としては、種々の糖脂質が知られている。中でも、ガングリオシドは、細菌毒素が細胞表面に侵入する際の受容体となる例が多く知られている糖脂質であり、GM1、GM2、GM3、asialo GM1といった略号で表される、糖鎖構造が微細に異なるものが存在し、個々の細菌毒素に対し、結合力の高いガングリオシドの種類が異なる(Scengrund C.-L., Biochem. Pharmacol., 65, 699-707, 2003)。当業者は、標的とする病原性物質に応じて、高い結合親和性を有するガングリオシドを適宜選択することができる。
例えば、標的病原性物質がH. ピロリ由来のVacAやETEC由来のLTである場合、これらと結合性を有するガングリオシドとしては、GM1、GM2、GM3、GD1a、GD1b、GD3またはGT1bが挙げられるが、FCS法を用いる本発明の検出方法における検出感度の観点から、GM1を用いることが特に好ましい。上記ガングリオシドは、リソ体(ガングリオシドのセラミド部分から脂肪酸が遊離してアミノ基となったスフィンゴシンを含む構造をいう)であってもよく、好ましくはGM1のリソ体である。
【0021】
病原性物質に結合し得る物質は、単独で使用して蛍光標識されてもよく、あるいは当該結合物質をポリマー(例えば、キトサン、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸などの親水性ポリマー)あるいは微粒子(例えば量子ドットなどのナノ粒子)に多数結合させて高分子の結合物質とし、該ポリマーあるいはポリマー/微粒子に結合された結合物質をさらに蛍光標識してもよい。微粒子は、一定時間懸濁可能である限り、大きさは特に限定されず、また微粒子の素材も、ポリマー微粒子のような有機微粒子、あるいは量子ドットなどの無機微粒子のいずれでもよい。病原性物質に結合し得る物質は、ポリマーや微粒子に吸着させてもよく、必要に応じてスペーサーを介して共有結合により連結してもよい。
本発明の好ましい一実施態様においては、蛍光標識された病原性物質に結合し得る物質は、リポソーム膜に結合した形態で提供される。リポソームは脂質二重膜の内側に水相が閉じ込められている構造をとっており、生体膜の構造に比較的近く、生体膜の研究などに広く用いられている。また、最近では薬剤カプセルとしての応用についても研究されている。リポソームを細胞膜のモデルとして使用することで、生体内に近い状況での細菌毒素と細胞膜の相互作用が検出可能となることが期待できる。リポソーム膜に結合した形態で用いられる、病原性物質に結合し得る物質としては、脂肪鎖を構成要素として含むガングリオシド等の細菌毒素に対して結合性を有する糖脂質が好ましく例示される。
【0022】
リポソームの作製法としては、種々の既知の方法を用いることができる。選ばれた脂質の混合液を有機溶媒中に均一に溶解し、これに蛍光標識された病原性物質に結合し得る物質を添加して、アルゴンガスや真空乾燥により溶媒を完全に気化し、緩衝溶液中で水和させてリポソームを作製することがその代表であるが、これに限定されない。リポソームを構成する脂質の種類や配合比は特に限定されず、当業者は目的に応じて脂質成分の種類や比率を適宜選択することができる。
【0023】
作製された蛍光標識物質結合型リポソームは、超音波処理法、ホモジナイザー法又は他の方法によりサイジングすることができる。本発明では、直径10〜1000nm、好ましくは50〜500nmのサイズとなるように調整され得る。
【0024】
検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る物質の蛍光標識に用いる蛍光物質としては、蛍光強度が強く安定したものが好ましい。蛍光物質の蛍光波長としては350〜800nm程度が例示されるが、使用する共焦点様光学系で検出可能な波長であればこれに限定されない。蛍光標識試薬の分子量も特に規定されないが、20000以下が好ましく、より好ましくは120〜2000である。具体的な蛍光物質として、例えばAlexa、ローダミン各種(ローダミン6G、ローダミングリーン、TMR、TAMRA)、Bodipy、Cy5、R6G、FAM、JOE、ROX、EDANS、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)などが好ましく使用できるが、これらに限定されない。病原性物質に結合し得る物質の蛍光標識は、自体公知の手段に従って実施することができる。例えば、GM1のリソ体をローダミンで標識する具体的方法は、特開2007-57334公報に記載されている。
【0025】
検体と、検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る蛍光標識された物質とを混合する方法は、用いる蛍光標識物質に適した溶液中で、当該物質と検体中に含まれるOMVとが接触できるような条件下で行えばよい。例えば、蛍光標識物質が溶解可能な溶媒中で、当該物質と検体とを、約0〜40℃程度の温度で数分〜1日程度混合し、インキュベートすることにより行うことができる。前記混合には、機械的に混合する手段の他、静置させる手段も含まれる。蛍光標識物質の試料溶液中での濃度は、OMVの検出に十分な蛍光シグナルを与える限り特に制限されないが、例えば蛍光標識物質としてGM1を使用し、LTを含有するOMVを検出する場合、好ましくは50nM以上、より好ましくは60nM以上である。濃度の上限も特に制限されないが、好ましくは200nM以下である。調製された試料溶液は、下記計測工程に供される。
【0026】
本発明で使用する共焦点様光学系は、共焦点光学系そのものの他、共焦点光学系と同様に微小な空間に蛍光性物質を計測するに十分な励起光を照射し得る光学系、すなわち微小空間照射系、微小域照射系と呼べる光学系を含む。例えば、数μmの微小な幅で照射が可能なレーザーシステムなども、本発明の共焦点様光学系に含まれる。
【0027】
本発明で使用する共焦点様光学系は、共焦点領域または励起光の照射される領域が、10-16〜10-10リットル程度、好ましくは10-16〜10-13リットル程度の微小空間である光学系が好ましい。
【0028】
本発明の検出方法で使用し得る共焦点様光学系は、従来より顕微鏡(共焦点顕微鏡)に用いられている技術であり、FCS法などに応用されている。FCSは、蛍光分子を励起するレーザー部、共焦点様光学系、蛍光検出部、演算と解析を行うデジタル相関器の4つの部分を有する(図1参照)。共焦点様光学系として、共焦点(レーザー)顕微鏡が使用できるが、レーザーをスキャンする機能は必ずしも必要ではなく、溶液中の1点(例えばサブフェムトリットル領域)の蛍光強度を計測できればよい。共焦点(レーザー)顕微鏡に用いられる対物レンズの倍率としては10〜100倍程度が好ましい。
【0029】
本発明の検出方法において、共焦点様光学系による測定は、例えば、以下の手順(i)〜(v)で行うことができる。
(i) レーザー光を対物レンズでフェムトリットル以下の領域まで焦点を絞る。
(ii) 分子がレーザーの焦点領域を通過するミリ秒以下の時間内に、数百〜数千個のフォトンが発生する。
(iii) 試料溶液中のOMVと蛍光標識物質とを結合させ、OMVを蛍光標識する。こうすることにより分子サイズが大きくなるために、溶液中の移動速度が遅くなる。
(iv) 蛍光標識されたOMVの共焦点領域における蛍光信号の時間変化を、検出器にて測定する。
測定時間は特に制限されないが、例えば、30〜3600秒の範囲で適宜選択することができる。測定結果は、例えば、標的病原性物質を含有しない対照試料を用いて同様に測定を行った場合に得られる蛍光シグナル強度に基づいて適当な閾値を決定し、当該閾値を超えたシグナル強度を与えた数(シグナル数)あるいは当該閾値を超えたシグナル強度の総和(シグナル強度積算値)を計測・算出することにより、当該病原性物質を産生するグラム陰性細菌由来のOMVの有無を容易に判定することができる。
【0030】
本発明の検出方法に使用される共焦点様光学系は、好ましくは、共焦点領域に、試料溶液が流動するためのマイクロ流路が設けられてなることを特徴とする。具体的には、マイクロ流体チップを使用することが好ましい。マイクロ流体チップは、手のひらサイズの基盤の上にマイクロメートルスケールの溝を刻んで、その上にさまざまな化学合成や化学分析、バイオ実験などの操作を集積化するマイクロ化学の技術を利用したものである。チップの材料としては、ガラスやプラスティックも使用可能であるが、シリコーンゴムの一種であるポリジメチルシロキサン(PDMS)が、ウェットエッチングや高温接合を必要とせずモールディング(型取り)によりマイクロ構造が製作でき、サブミクロンの構造まで転写可能であること、無色透明で可視光領域による吸収が小さく、自家蛍光もほとんどみられないこと、生体適合性材料で細胞や組織に悪影響を及ぼさないことなどから、特に好ましい。
【0031】
マイクロ流路の形状は、図1に示されるような直線の溝状のものであってよいがこれに限定されない。OMVの検出においては、マイクロ流路の断面積は0.1〜0.2mm2であることが好ましい。特に好ましくは、流路の幅が1〜2mm、0.1〜0.2mmである。また、マイクロ流路内の試料溶液の流速は、5〜20μL/分の範囲内に設定することが好ましく、5〜10μL/分がより好ましい。単位時間あたりの試料溶液の移動距離に換算すると、マイクロ流路内の試料溶液の流速は、0.4〜4mm/秒であることが好ましく、0.4〜2mm/秒であることがより好ましい。
【0032】
試料溶液の吸引および/または吐出は、例えば、ノズル、ライン、シリンジまたはピペットからなる系;フローセルとポンプからなる系;あるいはラインとモータを利用する系などで行うことができる。
【0033】
本発明のOMVの検出方法によれば、得られる蛍光シグナル強度積算値と、検出対象菌が産生する病原性物質のOMV中含量との間に高い相関が認められる。従って、悪性度(病原性物質のOMV中含量)の異なる既知菌株由来のOMVについて、本発明の検出方法を実施して検量線を作成しておき、未知検体における測定結果をこれと比較することにより、検出対象菌由来のOMVの存在の有無だけでなく、OMVが検出された場合にはその産生菌の悪性度をも同時に判別することができる。例えば、検出対象菌がH. ピロリであり、標的病原性物質がVacAである場合に、胃炎、胃潰瘍または胃癌の発症リスクが高いとみなされている既知菌株と同等以上の蛍光シグナルが検出された被験者に対しては、除菌薬の投与等の発症予防措置を講ずるべきである、あるいは講ずることが好ましいと判定することができる。一方、発症高リスク菌株よりも有意に低い(従来法でH. ピロリへの感染が確認されているが、本発明の検出方法では閾値を超える蛍光シグナルが検出されない場合を含む)場合には、抗生剤投与等の積極的な予防措置は必要ないと判断することができる。
【0034】
本発明はまた、上記のOMVの検出方法を実施するための検出システムを提供する。当該システムは、
(a) 検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る蛍光標識された物質、および
(b) 共焦点領域に、試料溶液が流動するためのマイクロ流路が設けられてなる共焦点様光学系
を含むことを特徴とする。
検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る蛍光標識された物質、マイクロ流路を含む共焦点様光学系、並びにそれらの作製方法等については、本発明のOMVの検出方法の説明において上記したものを用いることができる。尚、蛍光標識物質は公知の添加剤などを含んでもよい。このような添加剤としては、例えば、アジ化ナトリウム、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、水、生理食塩水、緩衝液等の希釈剤、メタノール、エタノール、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、グリセロール等の有機溶媒などが挙げられるが、それらに限定されるものではない。前記添加剤を含む場合、蛍光標識物質の含有量は、所望の検出効果を奏することができる範囲で適宜設定することができるが、通常、0.01〜100重量%であり、好ましくは0.1〜99.9重量%、より好ましくは0.5〜99.5重量%である。
また、本発明のシステムは、OMVの高感度かつ高確度な検出を実現するために、以下の(a)〜(c)の条件の少なくとも1つ、好ましくは2つ以上、より好ましくはすべてを満たすことが好ましい。
(a) マイクロ流路の断面積が0.1〜0.2mm2である
(b) マイクロ流路内の試料溶液の流速が少なくとも5〜20μL/分の範囲で可変である
(c) 対物レンズの倍率が10〜100倍である
【0035】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0036】
1. 流路形状の調整による蛍光微粒子の検出効率の向上
直径1μmの蛍光標識ポリスチレンビーズ(Fluoresbrite Carboxylate Microspheres (2.5% Solids-Latex), NYO、Polysciences株式会社)をPDMS製マイクロ流体チップ(フルイドウェアテクノロジーズ株式会社)にポンプを用いて送液し、図1に示す共焦点様光学系を用いた検出システムにより、蛍光シグナルを測定した。レーザー波長は473nm、強度は1mWに調節した。共焦点様光学系としては、浜松ホトニクス社製FCS-101装置を利用し、別途マイクロポンプおよびマイクロ流体チップを設置した。蛍光標識ポリスチレンビーズの濃度は純水により105個/mLの濃度に調製し、100μL(104個)を送液した。マイクロ流体チップはそれぞれ1mm幅・深さ0.1mm、2mm幅・深さ0.1mm、1mm幅・深さ0.5mm、2mm幅・深さ0.5mmの流路溝を有する4種類を使用し、比較した。流速は5μL/min、10μL/min、20μL/min(シリンジポンプ 250μLシリンジ使用、Catamaran HII-10)、40μL/min、80μL/min、160μL/min(ペリスタリックポンプPERISTA BIO-MINIPUMP、アトー株式会社)の6種類に設定した。データの収集には、浜松ホトニクスより提供されたソフトウェアPhoton Burstを用い、1ミリ秒毎の蛍光強度を記録した。測定時間は100秒に設定した。このデータから表計算ソフトウェア(マイクロソフト社エクセル)を用いて、閾値以上の蛍光強度を持つ数値を抽出し、総和をとることで、蛍光標識ポリスチレンビーズの通過による蛍光シグナルの強度積算値を算出した。
強度積算値を比較した結果を図2に示す。流速5μL/minまたは10μL/minの範囲で、かつマイクロ流体チップの流路断面積が1mm幅・深さ0.1mm あるいは2mm幅・深さ0.1mmにおいて検出効率が増大した。このことから、流路断面積が小さいこと、低流速での測定条件で検出シグナルを増加させることがわかり、蛍光標識された微粒子の検出に適当な流速・流路断面積として、流速5〜20μL/min、流路断面積が0.1〜0.2mm2の範囲であることが明らかとなった。
【0037】
2. 蛍光微粒子の検出のための対物レンズの倍率の至適化
直径0.2μmの蛍光標識ポリスチレンビーズ(Fluoresbrite Carboxylate Microspheres (2.5% Solids-Latex), NYO、Polysciences株式会社)を1mm幅・深さ0.5mmの流路溝を持つPDMS製マイクロ流体チップにシリンジポンプ(250μLシリンジ使用、Catamaran HII-10)を用いて流速20μL/mLで送液し、FCS装置により蛍光シグナルを測定した。レーザー強度は1mWとした。FCS装置の対物レンズを装置付属の40倍(UApo/340 40×、OLYMPUS)の他に20倍(LCACHN 20×PHP、OLYMPUS)、10倍(CACHN 10×PHP、OLYMPUS)、4倍(UPLFLN 4×PHP、OLYMPUS)の3種類に交換し、蛍光シグナルを測定した。蛍光標識ポリスチレンビーズの濃度はMilliQ水により106個/mL、107個/mL、108個/mLに調整した。データ収集には、ソフトウェアPhoton Burstを用い、1ミリ秒毎の蛍光強度を記録した。測定時間は100秒に設定した。このデータから表計算ソフトウェア(マイクロソフト社エクセル)を用いて、閾値以上の蛍光強度を持つ数値を抽出し、このデータから蛍光標識ポリスチレンビーズの通過による蛍光シグナルの数を計測し、その総和から強度積算値を算出した。
図3に示すようにシグナルの検出頻度を表すシグナル数は視野が広い低倍率レンズ(10倍)が適当である。一方、シグナル強度積算に対しては大開口数の高倍率レンズ(40倍)が適切である。このことから、対物レンズの倍率は、10倍から40倍の範囲の対物レンズで蛍光標識された微粒子を検出可能であることがわかった。
【0038】
3. 蛍光標識された脂質小胞粒子(リポソーム)の検出範囲
1-パルミトイル-2-オレイル-ホスファチジルコリン(POPC;日油株式会社)をメタノール(和光純薬工業株式会社)とクロロホルム(ナカライテスク株式会社)を2:1で混合した溶液に溶解し、10mM POPCを調製した。そこへ蛍光(Rhodamine Red-X)標識したガングリオシドGM1を1μg、0.3μg、0.1μg、0.03μgの4種の量(溶液量の5%、2%、0.5%、0.2%)加え、デシケーターにて真空状態で乾燥させた。乾燥後、リン酸緩衝生理食塩水(PBS) 500μLに懸濁し、リポソーム調整器(Avestin株式会社)で粒径200nmの脂質小胞粒子(リポソーム)に調整した。
作製した蛍光標識リポソームを1mm幅・深さ0.5mmの流路溝を持つPDMS製マイクロ流体チップ(フルイドウェアテクノロジーズ株式会社)にシリンジポンプ(250μLシリンジ使用、Catamaran HII-10)を用いて流速20μL/mLで送液し、FCS装置を使用し蛍光シグナルを測定した。レーザー強度は1mWとした。蛍光標識リポソームの濃度はPBSにより5.0×105個/mL、5.0×106個/mL、5.0×107個/mL、5.0×108個/mLに調整した。データの収集には、浜松ホトニクスより提供されたソフトウェアPhoton Burstを用い、1ミリ秒毎の蛍光強度を記録した。測定時間は100秒に設定した。このデータから表計算ソフトウェア(マイクロソフト社エクセル)を用いて、閾値以上の蛍光強度を持つ数値を抽出し、総和をとることで、蛍光標識リポソームの通過による蛍光シグナルの強度積算値を算出した。
図4に示すように、リポソーム表面に脂質に対して75ppm以上の割合で蛍光を付与することにより、流路を100秒間に通過する脂質量が230pg以上の範囲であればリポソームを検出できることが示された。
【0039】
4. H. ピロリ培養液中の細菌外膜脂質小胞OMVからの分泌毒素(VacA)検出
0.45μmフィルタにより除菌処理したH. ピロリ培養液(ブルセラブロス培地)1mLを、10000rpm、17時間遠心(GF15R型微量高速遠心機、日立工機)し、上清970μLを取り除き、沈殿物にリン酸緩衝生理食塩水(PBS) 970μLを加えて懸濁させた。この操作によりOMVのみが沈殿し、上清に含まれるOMVと結合していないVacAを除去することができた。この溶液中に含まれるOMVに内包されるVacAは、クマシーブリリアントブルー色素で染色したSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動像による分析により定量した。この溶液をPBSにより2倍、5倍、10倍希釈し、計6種類の濃度の溶液を調製した。蛍光(Alexa Fluor 488)標識ガングリオシドGM1およびGM3はPBSにより200nMに調整し、凝集物を除くためにUltrafree-MC 0.1μm pore Durapore(MILLIPORE)を用いて10000rpm、5分間遠心(CF-15RXIII型高速遠心機、日立工機)して濾過を行った。これを上記のPBSに置換したH. ピロリ培養液の希釈液と等量混合した。37℃、遮光条件下で1時間インキュベーションし、1mm幅・深さ0.5mmの流路溝を持つPDMS製マイクロ流体チップ(フルイドウェアテクノロジーズ株式会社)にシリンジポンプ(250μLシリンジ使用、Catamaran HII-10)を用いて流速20μL/mLで送液し、FCS装置により蛍光シグナルを測定した。レーザー強度は1.5μWとした。データの収集には、浜松ホトニクスより提供されたソフトウェアPhoton Burstを用い、1ミリ秒毎の蛍光強度を記録した。測定時間は100秒に設定した。このデータから表計算ソフトウェア(マイクロソフト社エクセル)を用いて、閾値以上の蛍光強度を持つ数値を抽出し、総和をとることで、培養液中のOMVと蛍光標識ガングリオシドの結合による蛍光シグナルの強度積算値を算出した。
蛍光標識化したガングリオシドGM1は、ピロリ菌の分泌する毒素VacAと強く結合することから、図5に示すように蛍光標識化したガングリオシドGM1をピロリ菌の培養上清中のOMVと混合することで、OMVに含まれるVacA量の増加に従って増加するシグナルを検出することができた。一方、ピロリ菌の分泌する毒素VacAと弱く結合するガングリオシドGM3ではシグナルが検出されなかった。この測定例から、OMVに含まれるVacAと蛍光標識されたガングリオシドGM1とは特異的に結合し、共焦点様光学系を用いた検出システムでVacAを含有するOMVの検出が可能であることが示された。
【0040】
5. 毒素原性大腸菌(ETEC)培養液中のOMVからの毒素(LT)検出(1)
蛍光(Alexa Fluor 488)標識ガングリオシドGM1およびGM3は、PBSにより200nM、150nM、100nM、50nMに調整し、凝集体を防ぐためにUltrafree-MC 0.1μm pore Durapore(MILLIPORE)を用いて10000rpm、5分間遠心(CF-15RXIII型高速遠心機、日立工機)して濾過を行った。これを0.45μmフィルタにより除菌処理したETEC培養液(Casamino Acid Yeast Extract培地:CAYE培地)と等量混合した。37℃、遮光条件下で1時間インキュベーションし、1mm幅・深さ0.5mmの流路溝を持つPDMS製マイクロ流体チップにシリンジポンプ(250μLシリンジ使用、Catamaran HII-10)を用いて流速20μL/mLで送液し、FCS装置により蛍光シグナルを測定した。レーザー強度は1.5μWとした。データの収集には、浜松ホトニクスより提供されたソフトウェアPhoton Burstを用い、1ミリ秒毎の蛍光強度を記録した。測定時間は100秒に設定した。このデータから表計算ソフトウェア(マイクロソフト社エクセル)を用いて、閾値以上の蛍光強度を持つ数値を抽出し、総和をとることで、培養液中のOMVと蛍光標識ガングリオシドの結合による蛍光シグナルの強度積算値を算出した。
ガングリオシドGM1は、ETECの分泌する毒素(LT)と強く結合することが既知である。図6に示すように、蛍光標識ガングリオシドGM1の濃度を75nMまで増加させると、共焦点様光学系を用いた検出システムでの測定でのシグナル強度の積算値が増加した。一方、蛍光標識ガングリオシドGM3を添加した場合においては、得られるシグナルは微弱であり、蛍光標識ガングリオシドGM3濃度の変化にも応答しなかった。蛍光標識ガングリオシドGM1のみが培養液中のLT含有OMVに結合し、その量に対応するシグナルを与え、蛍光標識ガングリオシドGM1の適当な濃度範囲として50nM以上であることがわかった。
【0041】
6. 毒素原性大腸菌(ETEC)培養液中のOMVからの毒素(LT)検出(2)
蛍光(Alexa Fluor 488)標識ガングリオシドGM1およびGM3はPBSにより150nMに調整し、凝集体を防ぐためにUltrafree-MC 0.1μm pore Durapore(MILLIPORE)を用いて10000rpm、5分間遠心(CF-15RXIII型高速遠心機、日立工機)して濾過を行った。これを0.45μmフィルタにより除菌処理したETEC培養液(CAYE培地)と等量混合した。37℃、遮光条件下で1時間インキュベーションし、1mm幅・深さ0.5mmの流路溝を持つPDMS製マイクロ流体チップにシリンジポンプ(250μLシリンジ使用、Catamaran HII-10)を用いて流速20μL/mLで送液し、FCS装置により蛍光シグナルを測定した。レーザー強度は1.5μWとした。データの収集には、浜松ホトニクスより提供されたソフトウェアPhoton Burstを用い、1ミリ秒毎の蛍光強度を記録した。測定時間は100秒に設定した。このデータから表計算ソフトウェア(マイクロソフト社エクセル)を用いて、閾値以上の蛍光強度を持つ数値を抽出し、総和をとることで、培養液中のOMVと蛍光標識ガングリオシドの結合による蛍光シグナルの強度積算値を算出した。結果を図7に示す。
図7のクマシーブリリアントブルー色素で染色したSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動像(下図)には、ケニアで下痢患者より分離した毒素原性大腸菌11株の培養上清1mLを日立工機製高速遠心機で10000rpm、16時間遠心して沈殿させたOMVのタンパク質量の比較が示されている。この泳動像では、ETEC9株およびETEC21株において顕著にタンパク量が多いことが見て取れる。また図8にETEC22およびETEC23株の培養上清中に含まれるOMVの40000倍の透過型電子顕微鏡による観察像を示す。ETEC22およびETEC23株において50nm〜100nm程度の直径の微粒子が観察され、これがOMVであると考えられた。これらのことは、タンパク質量の乏しいETEC14株、ETEC25株は除き、他のETECの培養上清にはOMVが比較的大量に含まれていることを意味する。同一の培養上清に、LTへの吸着力の高い蛍光標識ガングリオシドGM1を添加して測定した蛍光シグナル強度積算値は、特にタンパク質含量の多いETEC9株およびETEC21株において顕著に高く、全体としてOMV量に相関した値が示された(上図)。一方、LTへの吸着力の低い蛍光標識ガングリオシドGM3を添加した場合にはシグナルはほとんど計数されなかった。なお対照用陰性サンプル(コントロール)としてCAYE培地のみを同様に分析した結果を図7に付した。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の検出方法および検出システムは、既存の方法より迅速かつ高感度に病原性細菌の検出が可能なため、病原性を有するH. ピロリ保菌者を早期に選別することができ、治療薬の投与の要否や時期を的確に判断することができる。よって、耐性菌の発生を減少させ、ひいては医療経済に貢献することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中のグラム陰性細菌由来の外膜小胞の検出方法であって、
(1) 検体と、検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る蛍光標識された物質とを混合して試料溶液を調製する工程、および
(2) 共焦点様光学系を用いて該試料溶液の蛍光信号の時間経過を計測する工程
を含む方法。
【請求項2】
検体が除菌処理されたものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
以下の(a)または(b)である、請求項1または2記載の方法。
(a) 検出対象菌がヘリコバクター・ピロリであり、病原性物質がVacAである
(b) 検出対象菌が毒素原性大腸菌であり、病原性物質が易熱性エンテロトキシンである
【請求項4】
蛍光標識された物質がガングリオシドまたはそのリソ体である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
ガングリオシドがGM1である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
共焦点様光学系が、共焦点領域に、試料溶液が流動するためのマイクロ流路が設けられてなるものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
蛍光標識された物質がリポソーム膜に結合した形態であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
グラム陰性細菌由来の外膜小胞の検出システムであって、
(a) 検出対象菌が産生する病原性物質に結合し得る蛍光標識された物質、および
(b) 共焦点領域に、試料溶液が流動するためのマイクロ流路が設けられてなる共焦点様光学系
を含むシステム。
【請求項9】
共焦点様光学系が以下の(a)〜(c)の少なくとも1つを満たすものである、請求項8記載のシステム。
(a) マイクロ流路の断面積が0.1〜0.2mm2である
(b) マイクロ流路内の試料溶液の流速が少なくとも5〜20μL/分の範囲で可変である
(c) 対物レンズの倍率が10〜100倍である
【請求項10】
蛍光標識された物質がガングリオシドまたはそのリソ体である、ヘリコバクター・ピロリまたは毒素原性大腸菌由来の外膜小胞の検出用である、請求項8または9記載のシステム。
【請求項11】
ガングリオシドがGM1である、請求項10記載のシステム。
【請求項12】
蛍光標識された物質がリポソーム膜に結合した形態であることを特徴とする、請求項8〜11のいずれか1項に記載のシステム。

【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−169834(P2011−169834A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35441(P2010−35441)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(503303466)学校法人関西文理総合学園 (26)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【出願人】(391048049)滋賀県 (81)
【出願人】(300090846)株式会社ライフテック (13)
【Fターム(参考)】