説明

病原性因子産生抑制剤

【課題】実質的に病原性細菌の種類を選ばない病原性因子産生抑制剤を提供する。
【解決手段】病原性細菌による病原性因子の産生を抑制するための組成物であって、有効成分として1)レブリン酸類、2)タングステン酸類、3)ベンゾイルアセトン類及び4)ポリリン酸類の少なくとも1種を含む病原性因子産生抑制剤に係る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な病原性因子産生抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
感染症の治療には抗生物質等の各種抗菌薬が用いられているが、抗菌薬の濫用によって抗生物質の全く効かない多剤耐性菌の出現を誘起するに至り、院内感染を引き起こす事態を招いている。現状では、院内感染に対する有効な治療方法はなく、大きな医療上の問題を抱えたままである。
【0003】
このような院内感染を引き起こす代表的な病原性細菌としては、緑膿菌(Pseudomonas aureus)と黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aeruginosa)が挙げられる。緑膿菌と黄色ブドウ球菌は、ともにヒトの日和見病原体の典型であり、免疫機能が低下した患者に感染し、時には患者を死に至らしめる。どちらの病原性細菌も、消毒液又は抗生物質に対する抵抗力が本来的に高いうえ、後天的に薬剤耐性を獲得したものも多いため、いったん感染によって発症すると治療が困難となる。
【0004】
このように薬剤耐性(特に多剤耐性)を獲得した病原性細菌に対しては、もはや抗生物質はその効力を発揮できない。つまり、抗生物質をはじめとする抗菌剤の使用には限界があり、抗生物質とは全く作用機序の異なる治療薬及び予防薬の開発が望まれている。
【0005】
近年、多剤耐性菌をはじめとする多くの病原性細菌の病原性因子産生は、自身が生産するオートインデューサーと呼ばれる細胞シグナル伝達物質によって促進されることが明らかになっている。このオートインデューサーの構造は、菌種によって異なり、特にグラム陰性菌とグラム陽性菌とでは全くその構造が異なっている。グラム陰性菌はアシルホモセリンラクトン(AHL)という化合物であるのに対し、グラム陽性菌は環状のオリゴペプチドである。
【0006】
このため、オートインデューサーレベルを調節して病原性を制御する試みが行われるようになっている。オートインデューサーの作用を抑制するために、プリンストンユニバーシティ社は2003年にオートインデューサーとよく似た構造を持つ物質(アナログ)(特許文献1)を用い、ハプトゲンリミテッド社は2006年にオートインデューサーの抗体(特許文献2)を用いて、病原性因子産生を抑制する方法を開発している。さらに、グラム陰性菌のオートインデューサーをトラップするシクロデキストリンが宇都宮大学によって開発されている(特許文献3)。これらの方法は、病原菌の増殖を抑制せずに病原性因子の産生だけを抑制するので、選択圧が生じず、耐性菌が出現しにくい感染症治療薬及び予防薬として注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2003−532698号
【特許文献2】特表2006−508910号
【特許文献3】特開2009−280736号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの従来技術による方法は、個々の病原性細菌によって構造の異なるオートインデューサーを標的としているため、特定の病原性細菌にしか作用しないという抗菌スペクトルの狭さが問題となっている。抗菌スペクトルが比較的広いシクロデキストリンであってもグラム陰性菌にしか作用しない。このため、感染症が発生した際には、感染した病原性細菌を特定しなければならないことから、病原性細菌の特定に時間を要し、症状を悪化させてしまう場合が多い。
【0009】
しかも、従来技術による方法では、病原性因子の抑制効果そのものも50〜80%程度にとどまっており、その抑制効果という点においても十分なものとは言えない。
【0010】
従って、本発明の主な目的は、実質的に病原性細菌の種類を選ばない病原性因子産生抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、従来技術の問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、特定の物質を有効成分として採用することにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、下記の病原性因子産生抑制剤に係る。
1. 病原性細菌による病原性因子の産生を抑制するための組成物であって、有効成分として1)レブリン酸類、2)タングステン酸類、3)ベンゾイルアセトン類、4)ポリリン酸類及び5)アセチルアセトン類の少なくとも1種を含む病原性因子産生抑制剤。
2. pHが6〜8である、請求項1に記載の病原性因子産生抑制剤。
3. 抗菌作用を有しない、請求項2に記載の病原性因子産生抑制剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の病原性因子産生抑制剤によれば、特に1)レブリン酸類、2)タングステン酸類、3)ベンゾイルアセトン類、4)ポリリン酸類及び5)アセチルアセトン類の少なくとも1種を用いることから、病原性細菌の種類のいかんを問わず、病原性細菌による病原性因子の産生を抑制することができる。すなわち、実質的にあらゆる病原性細菌に対して病原性因子の産生を抑制することができる。
【0014】
特に、本発明の病原性因子産生抑制剤を中性領域(例えばpH6〜8)で使用する場合には、より効果的に抗菌作用を抑制することができるので、病原性細菌に耐性をもたせることなく、なおかつ、有用な常在菌を実質的に維持しつつ、感染症の治療・予防を行うことができる。しかも、中性領域であることから患部への刺激等も効果的に抑制することができる。
【0015】
本発明の病原性因子産生抑制剤は、動物及び植物に対する感染症治療薬、感染症予防薬等として効果的に用いることができる。製品形態としては、例えば医薬・農薬、医薬部外品(歯磨き粉、絆創膏、生理用品等)のほか、食品、化粧品等にも幅広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例5における細胞内ポリリン酸蓄積量の測定結果を示す図である。
【図2】実施例5におけるオートインデューサー合成酵素遺伝子の発現量の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の病原性因子産生抑制剤は、病原性細菌による病原性因子の産生を抑制するための組成物であって、有効成分として1)レブリン酸類、2)タングステン酸類、3)ベンゾイルアセトン類、4)ポリリン酸類及び5)アセチルアセトン類の少なくとも1種(以下「有効成分」ともいう。)を含むことを特徴とする。
【0018】
病原性因子産生抑制剤としては、細菌等の細胞内にあるポリリン酸合成酵素(PPK)の働きを阻害するもの(ポリリン酸合成酵素阻害剤)であれば特に限定されないが、特に本発明では上記の5つの物質がより効果的である。
【0019】
レブリン酸類としては、特に限定されず、例えばレブリン酸、レブリン酸誘導体及びこれらの塩の少なくとも1種を好適に用いることができる。レブリン酸誘導体としては、例えばレブリン酸の炭素鎖に結合した水素原子がメチル基、エチル基、プロピル基等で置換されたものを挙げることができる。レブリン酸塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等のアルカリとの塩を挙げることができる。これらは公知又は市販のものを使用することができる。また、公知の方法で製造されたものも使用することができる。これらの中でも、本発明では、特にレブリン酸及びその塩を好適に用いることができる。
【0020】
タングステン酸類としては、特に限定されず、例えばタングステン酸、タングステン酸誘導体及びこれらの塩の少なくとも1種を好適に用いることができる。タングステン酸塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等のアルカリとの塩を挙げることができる。これらは公知又は市販のものを使用することができる。また、公知の方法で製造されたものも使用することができる。
【0021】
ベンゾイルアセトン類としては、ベンゾイルアセトン、ベンゾイルアセトン誘導体及びこれらの塩の少なくとも1種を好適に用いることができる。これらは公知又は市販のものを使用することができる。また、公知の方法で製造されたものも使用することができる。
【0022】
ポリリン酸類としては、ポリリン酸、ポリリン酸誘導体及びこれらの塩の少なくとも1種を好適に用いることができる。ポリリン酸としては、特に重合度が3以上のものを好適に用いることができる。これらは公知又は市販のものを使用することができる。また、公知の方法で製造されたものも使用することができる。
【0023】
アセチルアセトン類としては、アセチルアセトン、アセチルアセトン誘導体及びこれらの塩の少なくとも1種を好適に用いることができる。これらは公知又は市販のものを使用することができる。また、公知の方法で製造されたものも使用することができる。
【0024】
これらの有効成分はいずれも病原性因子産生抑制効果を発揮できるが、例えば後記の実施例にも示したように、レブリン酸、タングステン酸ナトリウム、ベイゾイルアセトン、アセチルアセトン、トリリン酸等の少なくとも1種をより好ましく用いることができる。
【0025】
本発明の病原性因子産生抑制剤において、これらの有効成分は、それぞれ単独で含有していても良いし、またこれらを併用しても良い。両者を併用する場合の含有割合は用いる有効成分の種類等に応じて適宜設定することができる。例えば、レブリン酸類とタングステン酸類とを併用する場合は、通常は両者の合計量を100モル%として、レブリン酸類50〜85モル%及びタングステン酸類50〜15モル%とすることが好ましく、さらにはレブリン酸類75〜85モル%及びタングステン酸類25〜15モル%とすることがより好ましい。上記のような割合に設定することによって、両成分による相乗的効果をより確実に得ることができる。
【0026】
本発明の病原性因子産生抑制剤は、通常はpH6〜8程度、特に6.5〜7.5、さらには6.8〜7.2の範囲内で使用することが好ましい。病原性因子産生抑制剤のpHを上記範囲内に調整することによって抗菌作用を示さない性質とすることができる。これによって、病原性細菌の死滅ないしは成長抑制を効果的に回避することができるので、病原性細菌に耐性を発現させることなく、病原性因子の産生を特異的に抑制することができる。
【0027】
pHの調整に関し、用いる有効成分が当初より上記pH範囲内であれば、pH調整することなく使用することができる。一方、用いる有効成分が当初より上記pH範囲外であれば、pH調整を行った上で使用すれば良い。pH調整の方法は限定的でなく、例えば有効成分の溶液又は分散液に対してアルカリを添加すれば良い。アルカリとしては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、アミン等を使用することができる。また、上記の溶液又は分散液の溶媒としては、例えば水を好適に使用することができる。
【0028】
また、本発明の病原性因子産生抑制剤では、必要に応じて、他の薬効成分(例えば抗生物質)と併用しても良い。抗生物質としては、例えばペニシリン又はペニシリン誘導体等のβ-ラクタム系抗生物質のほか、カナマイシン、アンピシリン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン、フルオロキノロン、ゲンタマイシン、イミペネム、カルベニシリン等の少なくとも1種を用いることができる。
【0029】
本発明の病原性因子産生抑制剤は、各種の剤形で提供することができる。例えば、液剤、懸濁剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、軟膏剤、パップ剤、エアロゾール剤、点眼剤、トローチ剤、クリーム剤、ペースト剤、噴霧剤、ゲル剤、ローション剤等を挙げることができる。従って、本発明の病原性因子産生抑制剤では、上記の有効成分等のほか、本発明の効果を妨げない範囲内で剤形等に応じて他の成分が含まれていても良い。例えば、溶媒、崩壊剤、賦形剤、着色剤、安定剤、乳化剤、粘稠剤、保存剤等を挙げることができる。
【0030】
本発明の病原性因子産生抑制剤を溶媒に溶解又は分散させて用いる場合、その有効成分の濃度は対象となる病原性細菌の種類、使用条件等に応じて適宜調整することができるが、一般的には0.5〜500mM、特に1〜300mMの範囲とすることが好ましい。かかる濃度範囲に設定することによって、よりいっそう効果的に病原性因子産生抑制効果を発現させることが可能となる。
【0031】
本発明の病原性因子産生抑制剤は、対象となる病原性細菌に有効成分が接触できる限りはどのような投与方法であっても良く、特に制限されない。本発明の病原性因子産生抑制剤による治療法及び予防法は、ヒトにも獣医学用にも、さらには植物病理用にも等しく適用可能である。例えば、ヒトを含む動物に対しては、例えば経口投与、経皮投与、経粘膜投与、経静脈投与、経動脈投与、経膣投与、筋肉内投与、吸引投与等が挙げられる。
【0032】
この場合、経口投与用に調製された薬学的組成物は、カプセル剤又は錠剤、粉剤又は顆粒剤、液剤、シロップ剤、懸濁剤等の剤形で投与することができる。局所適用のために調製された薬学的組成物にあっては、例えば軟膏剤、クリーム剤、懸濁剤、ローション剤、粉剤、液剤、ペースト剤、ゲル剤、噴霧剤、エアロゾール剤、油剤等の形態で投与できる。眼に対する局所適用のために調製された薬学的組成物では、有効成分が水性溶媒中に溶解又は懸濁化された点眼薬が含まれる。口腔内への局所適用のために調製された薬学的組成物では、バッカル錠剤、トローチ剤及び含嗽剤が含まれる。直腸内投与のために調製された薬学的組成物は、坐薬又は浣腸剤として提供することができる。鼻内投与のために調製された担体が固体である薬学的組成物は、鼻から吸入する様式で鼻腔を介した急速吸入によって投与される粗末が含まれる。担体が液体であるスプレー式点鼻薬又は点鼻薬としての投与のために適した組成物には、レブリン酸類及びタングステン酸類の少なくとも1種の水溶液又は油性溶液が含まれる。吸入による投与のために調製された薬学的組成物には、さまざまな種類の定量噴霧加圧噴霧装置、ネブライザー又は吸入器によって生成される微粒子状物質又はミストが含まれる。腟内投与のために調製された薬学的組成物は、例えばペッサリー、タンポン、クリーム剤、ゲル剤、ペースト剤、発泡体又は噴霧製剤として提供することができる。避腸的投与のために調製された薬学的組成物には、水性及び非水性の滅菌注射液ならびに水性及び非水性の滅菌懸濁液が含まれる。用時調製による注射液及び懸濁液は、滅菌した粉末、顆粒及び錠剤から調製することもできる。
【0033】
また、投与方法に関し、対象が植物である場合は、感染部位を中心に例えば噴霧、塗布等の方法で植物に直接付与しても良いし、あるいはその土壌に投与すれば良い。
【0034】
本発明の病原性因子産生抑制剤を動植物に投与する場合の用量は、限定的ではなく、例えば病原性細菌の種類、菌体量等に応じて適宜設定すれば良い。
【0035】
本発明の病原性因子産生抑制剤の対象となる病原性細菌に関し、本発明の病原性因子産生抑制剤はクオラムセンシングを有する細菌(すなわち、オートインデューサーを産生する細菌)のオートインデューサー産生を抑制することによって病原性因子の産生を抑制するものであると考えられるため、クオラムセンシングを有する細菌、カビ類等であればいずれにも本発明の病原性因子産生抑制剤を適用することが可能である。従って、例えばグラム陰性菌及びグラム陽性菌のいずれにも適用することができる。
【0036】
クオラムセンシングを有する病原性細菌の具体例としては、アクチノバチルス-アクチノミセテムコミタンス(Actinobacillus actinomycetemcomitans)、アシネトバクター-バーマニー(Acinetobacter baumannii)、百日咳菌(Bordetella pertussis)、ブルセラ属菌(Brucella sp.)、カンピロバクター属菌(Campylobacter sp.)、カプノシトファガ属菌(Capnocytophaga sp.)、カルジオバクテリウム-ホミニス(Cardiobacterium hominis)、エイケネレラ-コロデンス(Eikenella corrodens)、野兎病菌(Francisella tularensis)、軟性下疳菌(Haemophilus ducreyi)、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)、ヘリコバクター-ピロリ菌(Helicobacter pylori)、キンゲラ-キンガエ(Kingella kingae)、レジオネラ-ニューモフィラ菌(Legionella pneumophila)、パスツレラ-ムルトシダ(Pasteurella multocida)、シトロバクター属菌(Citrobacter sp.)、エンテロバクター属菌(Enterobacter sp.)、大腸菌(Escherichia coli)、肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)、プロテウス属菌(Proteus sp.)、腸炎菌(Salmonella enteriditis)、チフス菌(Salmonella typhi)、霊菌(Serratia marcescens)、シゲラ属菌(Shigella sp.)、エルシニア-エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)、ペスト菌(Yersinia pestis)、淋菌(Neisseria gonorrhoeae)、髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)、モラクセラ-カタラーリス(Moraxella catarrhalis)、ベイヨネラ属菌(Veillonella sp.)、バクテロイデス-フラジリス(Bacteroides fragilis)、バクテロイデス属菌(Bacteroides sp.)、プレボテラ属菌(Prevotella sp.)、フソバクテリウム菌属(Fusobacterium sp.)、鼠咬症スピリルム(Spirillum minus)、エロモナス属菌(Aeromonas sp.)、プレシオモナス-シゲロイデス(Plesiomonas shigelloides)、コレラ菌(Vibrio cholerae)、腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)、ビブリオ-バルニフィカス(Vibrio vulnificus)、アシネトバクター属(Acinetobacter sp.)、フラボバクテリウム属菌(Flavobacterium sp.)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、ブルクホルデリア-セパシア(Burkholderiacepacia)、ブルクホルデリア-シュードマレイ(Burkholderia pseudomallei)、キサントモナス-マルトフィリア(Xanthomonas maltophilia)、ステノトロフォモナス-マルトフィラ(Stenotrophomonas maltophila)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、バシラス属細菌(Bacillus spp.)、クロストリジウム属細菌(Clostridium spp.)、連鎖球菌属細菌(Streptococcus spp.)等が挙げられる。
【実施例】
【0037】
以下に実施例を示し、本発明の特徴をより具体的に説明する。ただし、本発明の範囲は、実施例に限定されない。特に、本実施例では、グラム陰性菌感染症の代表例として緑膿菌を用い、グラム陽性菌感染症の代表例として黄色ブドウ球菌を用いるが、これは本発明の範囲をいかなる形でも限定するものではない。
【0038】
実施例1
中和したレブリン酸の抗菌作用について調べた。緑膿菌に対するレブリン酸の最小発育阻止濃度(MIC)は1.5mg/mlであることが知られている。しかし、これはレブリン酸を中和せずに用いた結果であるため、酸としての効果でレブリン酸自体に抗菌活性はないことも考えられる。実際に投与する際には、患部に刺激性を与えないように中和する必要があるため、中和したレブリン酸(pH7.0)の抗菌作用を調べた。レブリン酸を純水50mLに溶解した後、濃度2Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下することによってpH7.0に調節した。中和したレブリン酸を50mM(5.8mg/ml)、100mM(11.6mg/ml)となるようにLuria−Bertani medium(LB培地)を調製し、緑膿菌を接種してから48時間、37℃で培養した。培養終了後、吸光度(490nm)を測定し菌体量とした。レブリン酸無添加の培地と比較した結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
この結果、報告されているMICの約8倍量のレブリン酸を投与(100mM)しても、中和されていれば抗菌作用が発現されていないことがわかる。すなわち、従前知られていたレブリン酸の抗菌作用は、あくまで一般的な酸としての作用(培地のpHを低下させることによる増殖阻害)によるものであることがわかる。
【0041】
実施例2
病原性細菌として緑膿菌を用いて、その病原性因子産生抑制効果を調べた。
実施例1と同様にしてレブリン酸又はタングステン酸ナトリウムの水溶液をpH7.0に調製し、100mMまでの濃度になるようにLB培地を作製し、緑膿菌(Pseudomonas
aeruginosa)を37℃で96時間培養した。培養後、菌体増殖量を吸光光度計(波長490nm)で測定した。また、緑膿菌から産生される病原性因子であるピオシアニンの量は、遠心分離によって菌体を除去し、得られた上澄み液をクロロホルムで抽出した後、0.2M HCl中に溶出させた溶液の吸光度(波長570nm)を測定して求めた。その結果を表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
表2の結果からも明らかなように、レブリン酸及びタングステン酸ナトリウムは、ともに緑膿菌の増殖を抑制することなく病原性因子(ピオシアニン)の産生だけを特異的に抑制していることがわかる。
レブリン酸は、従前より抗菌性を有すること自体は既に知られているが、実施例1及び2からも明らかなように、酸性度の高いレブリン酸を中和して投与すると抗菌活性は消失していることがわかる。つまり、従来技術としてのレブリン酸の利用は、酸として抗菌作用を発現させるものであるのに対し、本発明では病原性因子産生抑制作用を発現させていることがわかる。
【0044】
実施例3
レブリン酸及びタングステン酸ナトリウムの両者を併用したほかは、実施例2と同様にして実験を行った。その結果を表3に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
表3の結果からも明らかなように、上記の割合でレブリン酸及びタングステン酸ナトリウムを併用した場合は、それぞれの効果が相乗的に発揮され、ピオシアニン(病原性因子)の産生量が大幅に減少していることが確認された。これは、レブリン酸及びタングステン酸ナトリウムの併用が効果的であり、緑膿菌の増殖を阻害することなく、病原性因子の産生を特異的に著しく抑制したことを示している。
【0047】
実施例4
黄色ブドウ球菌での効果を調べた。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)をLB培地で培養した後、遠心分離によって得た培養上清を用い、溶血活性(毒素)を測定した。代表例としてレブリン酸を用いた結果を表4に示す。
【0048】
【表4】

【0049】
表4の結果からもわかるように、レブリン酸は黄色ブドウ球菌の毒素産生(溶血活性)も著しく抑制することが確認された。グラム陰性菌である緑膿菌とグラム陽性菌である黄色ブドウ球菌は、産生するオートインデューサーの構造は全く異なる。ところが、表4に示す通り、オートインデューサーの構造に関係なく、病原性因子産生抑制効果が発揮されていることから、あらゆる病原性細菌に作用することが期待される。
【0050】
病原性細菌の細胞内で合成されるポリリン酸の蓄積量が少なければオートインデューサーの合成量が低下し、病原性因子(毒素)の産生も抑制されることは既に知られている(Raidら,2000年)。一方、前記の実験結果のように、グラム陰性菌である緑膿菌とグラム陽性菌である黄色ブドウ球菌とは、産生するオートインデューサーの構造が全く異なるにもかかわらず、病原性因子の産生を抑制することが可能となっている。このことから、本発明の病原性因子産生抑制剤においても、ポリリン酸の合成を阻害する機能を有するがゆえに、種々のタイプのオートインデューサーの合成を抑制し、これによって病原性因子の産生も抑制できるものと考えられる。すなわち、本発明においては、レブリン酸類及びタングステン酸類による病原性細菌のオートインデューサーの合成抑制によって、病原性細菌の病原性因子産生の低下をもたらすと考えられ、それゆえにあらゆる病原性細菌のオートインデューサー自体の合成を抑制できることから、抗菌スペクトルが広く、耐性菌を出現させにくい手法として期待できる。
【0051】
実施例5
ベンゾイルアセトンの機能について下記の方法によってそれぞれ調べた。ポリリン酸の合成は、ポリリン酸キナーゼ(PPK)という酵素が行っており、この酵素はマグネシウムを要求する。ベンゾイルアセトンにはマグネシウムを奪い去る性質があるため、ポリリン酸キナーゼ活性を抑制し、細胞内のポリリン酸蓄積量を低下させることが期待され、ひいてはオートインデューサー合成の抑制効果も期待される。そこで、ベンゾイルアセトンの機能について下記の実験を実施した。
【0052】
(1)細胞内のポリリン酸蓄積量
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)をTSB培地(トリプチックソイブロス)で低細胞密度(吸光度600nm=0.9)まで培養した後、遠心分離によって菌体を回収した後、ベンゾイルアセトンを含むTSB培地に懸濁し、高細胞密度(吸光度600nm=1.8)となるように調製した。ベンゾイルアセトンの添加は、100ミリモル/リットル(以下 mMと略す)となるように蒸留水に溶解し、2モル/リットルの水酸化ナトリウムによってpH=7.0に調製し、最終濃度が10mMとなるように添加して行った。その後3時間培養を行った後、細胞内ポリリン酸蓄積量の増加量を測定した。その結果を図1に示す。図1の結果からも明らかなように、ベンゾイルアセトンは、大幅に細胞内ポリリン酸蓄積量を減少させることがわかる。
【0053】
(2)オートインデューサー合成酵素遺伝子の発現量
上記の実験で、実際にオートインデューサーの合成も抑制されていることを確かめることにした。オートインデューサー合成関連遺伝子(agrB)が読み取られてmRNA(メッセンジャーRNA)に転写され、転写されたmRNAがタンパク質に変換されるので、このmRNA量の減少は、実際にオートインデューサーの合成量が減少していることを意味している。そこで、オートインデューサー合成関連遺伝子(agrB)のmRNA量を定量的PCR(real−time PCR)法によって調べた。その結果を図2に示す。ベンゾイルアセトはオートインデューサー合成関連遺伝子のmRNAの転写も明らかに抑制していた。つまり、ベンゾイルアセトは細胞内に蓄積するポリリン酸量を減少させることによってオートインデューサーの合成を抑制していることが示され、これが毒素産生抑制効果をもたらすことがわかる。
【0054】
これらの結果より、PPK阻害剤として機能するベンゾイルアセトンがポリリン酸蓄積量の抑制及びオートインデューサー合成の抑制効果があることから、レブリン酸等と同様に病原性因子産生抑制剤として有効であることがわかる。同時に、PPK阻害剤として機能するポリリン酸、アセチルアセトンも同様の効果を発揮することが期待できる。
【0055】
実施例6
実施例5において、病原性因子産生抑制剤として期待できるベンゾイルアセトン、アセチルアセトン及びポリリン酸(以下これらを「阻害剤」と総称する。)の機能について調べた。
【0056】
(1)アセチルアセトン及びベンゾイルアセトンについて
BHI培地(Brain Heart Infusion)にリステリア菌を接種し、37℃で3時間培養した。その後、培養液中の阻害剤濃度が1mMとなるように調製し、遠心分離(7500rpm、4℃、5分)を4回繰り返し集菌した。回収した菌体に、L−グルタミンを添加してあるRPMI1640培地20mLと阻害剤が1mMになるように加え、さらに37℃で2時間培養を行った。培養終了後、培養液を遠心分離(7500rpm、4℃、10分)し、上清をCellulose Acetateメンブレンフィルター(ポアサイズ0.2μm)で限外濾過し、1mLに濃縮した。この溶液を用いて溶血活性を測定した。その結果を表5に示す。
【0057】
【表5】

【0058】
(2)ポリリン酸の場合について
ポリリン酸(トリリン酸)の濃度が50mMあるいは100mM(pH7.0)となるように培地に添加した。その他の方法は実施例2と同様にして行った。その結果を表6に示す。
【0059】
【表6】

【0060】
以上の結果からも明らかなように、ベンゾイルアセトン、アセチルアセトン及びポリリン酸のいずれも病原性因子産生抑制剤として有効に機能することが確認された。これは、前記の通り、ポリリン酸もPPK阻害剤として機能する結果、病原性因子の産生を抑制する作用が働いているものと考えられ、これにより病原性細菌の種類を選ぶことなく、病原性因子産生抑制効果が得られることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の病原性因子産生抑制剤は、耐性菌の出現により効力を失いつつある抗生物質に代わる感染症治療薬又は予防薬として利用することができる。また、現在、有効な治療方法のない院内感染菌に対する効果的な治療薬又は予防薬としての利用も可能である。さらには、虫歯・歯周病や口臭に対する効果的な治療薬及び予防薬としての利用も可能である。ヒト以外でも、家畜・ペット等の動物及び植物の感染症に対する治療薬及び予防薬として利用できる可能性がある。それ以外では、下水管を詰まらせる細菌が生成するバイオフィルムの産生抑制剤あるいは予防薬として利用できる。さらには、植物病原菌による植物の感染を抑制する農薬として利用できる。この場合、殺菌作用がないため、有用な土壌細菌を排除することなく感染だけを抑制することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
病原性細菌による病原性因子の産生を抑制するための組成物であって、有効成分として1)レブリン酸類、2)タングステン酸類、3)ベンゾイルアセトン類、4)ポリリン酸類及び5)アセチルアセトン類の少なくとも1種を含む病原性因子産生抑制剤。
【請求項2】
pHが6〜8である、請求項1に記載の病原性因子産生抑制剤。
【請求項3】
抗菌作用を有しない、請求項2に記載の病原性因子産生抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−46437(P2012−46437A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−188400(P2010−188400)
【出願日】平成22年8月25日(2010.8.25)
【出願人】(509349141)京都府公立大学法人 (19)
【Fターム(参考)】