説明

痕跡採取方法、および痕跡保存セット、転写用シート

【課題】足跡痕、タイヤ痕、指紋痕などの痕跡を鮮明に採取することができる痕跡採取方法を提供すること、さらに、痕跡を鮮明に採取することができ、採取された痕跡を保存することができる痕跡保存セットを提供すること、痕跡を鮮明に採取することができる転写用シートを提供することを目的とする。
【解決手段】痕跡を採取する方法であって、
a)痕跡に樹脂層のJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下である転写用シートを貼着し、痕跡を転写用シートへ転写する工程
b)転写用シートに転写された痕跡を、基材上に粘着層を有する粘着シートの粘着層へ転写する工程を含む工程を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、犯罪捜査における足跡痕、タイヤ痕、指紋痕などの痕跡を採取するための方法、およびそれに用いられる痕跡保存セット、ならびに転写用シートに関する。
【背景技術】
【0002】
犯罪捜査において、足跡痕、タイヤ痕、指紋痕などの鑑識は、犯人の特定に有力な手がかりとなる。足跡痕やタイヤ痕、指紋痕など痕跡の採取には、いわゆる鑑識シートと呼ばれる、透明フィルムの一方の面に粘着剤を塗布した粘着シートが用いられている(特許文献1、特許文献2)。
【0003】
痕跡の採取は、このような粘着シートの粘着層を、痕跡上に貼着し、痕跡を粘着層に付着させることにより行われ、粘着シートを保存することにより、痕跡を保存している。
【0004】
しかし、このような粘着シートを用いた痕跡の採取では、痕跡のほかにも、痕跡周辺のゴミや埃なども粘着シートに付着してしまい、痕跡が不鮮明になりやすいといった問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−096982号公報(段落番号0022)
【特許文献2】特開2009−208320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記問題を解決するために、粘着シートの粘着層の粘着力を低下させることが考えられる。しかし、粘着シートの粘着力を低下させても、痕跡周辺のゴミや埃の付着を防止することはできず、ゴミや埃を付着しない程度に粘着力を下げると、痕跡が判別しにくい状態となる。
【0007】
そこで、本発明では、ゴミや埃の付着を避けつつ痕跡を鮮明に採取することができる痕跡採取方法を提供すること、さらに、痕跡を鮮明に採取することができ、採取された痕跡を保存することができる痕跡保存セットを提供すること、及び痕跡を鮮明に採取することができる転写用シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、痕跡を転写する際に、転写用シートを用いて痕跡を吸着し、吸着した痕跡を、さらに粘着シートへ転写することにより、鮮明に痕跡を採取・保存することができることを見出し、これを解決するに至った。
【0009】
従来の粘着シートに直接、痕跡を転写する方法においては、痕跡を採取するシートと痕跡を保存するシートを兼用しているため、粘着シートには、どちらの機能も求められる。しかし、痕跡だけを採取するためには、粘着力は高くないことが求められ、痕跡を保存するためには、粘着力が高いことが求められる。このように両者の関係が相反する関係であるため、痕跡の採取と保存を兼用するシートでは、採取・保存どちらかの機能が犠牲になり、鮮明な痕跡を保存することができない。
【0010】
そのため、本発明では、粘着性を発現しない、または粘着力の極めて低い転写用シートを用いて、痕跡周辺部のゴミや埃を転写せず、痕跡を選択的に転写用シートに転写してから、粘着シートへ再度、痕跡を転写することで、痕跡を保存する。このように痕跡の採取と痕跡の保存という異なる性能を個々に満たす転写用シートと粘着シートとを用いることによって、転写用シートにより痕跡を採取し、粘着シートによって保存することができ、痕跡の採取と保存を一枚の粘着シートにより行っていた場合に比べて、鮮明に痕跡を保存することができる。
【0011】
一方、従来の粘着シートを転写用シートとして用いることは、粘着層の粘着力が高いことから、痕跡周辺部のゴミや埃が粘着層表面に付着しやすくなり、痕跡だけを転写することができない。
【0012】
また、本発明を好ましく行う方法として、転写用シートを自己吸着性の樹脂層とすることにより、痕跡の表面は吸着することができるが、三次元形状である痕跡周辺部のゴミや埃を吸着することがなくなり、粘着シートに痕跡を鮮明に転写することができる。
【0013】
即ち、本発明の痕跡採取方法は、a)痕跡に転写用シートを貼着し、痕跡を転写用シートへ転写する工程、b)転写用シートに転写された痕跡を、粘着層を有する粘着シートの粘着層へ転写する工程を含む工程を行うことを特徴とするものである。
【0014】
また、さらに、粘着シートを載置する平面状の台板と、それより上にあって粘着シートに斜めから投光できる光源及び/または台板が導光板を兼ね、導光板を介して粘着シートに透過光を与える光源を備える採取痕跡鑑識装置の台板または導光板の上に粘着シートを載置する工程を含むことを特徴とするものである。
【0015】
また、本発明の痕跡採取方法に用いる転写用シートは樹脂層を有し、当該樹脂層はJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下であることを特徴とするものである。
【0016】
また、本発明の痕跡保存セットは、転写用シートと粘着シートからなる痕跡保存セットであって、痕跡を粘着シートへ転写するための転写用シートは樹脂層を有し、当該樹脂層はJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下であり、粘着シートは、基材上に粘着層を有するものであることを特徴とするものである。
【0017】
また、本発明の痕跡採取に用いる転写用シートは樹脂層を有し、当該樹脂層がJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の痕跡採取方法によれば、ゴミや埃の付着を回避しながら痕跡を鮮明に採取することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】自己吸着性の樹脂層、および粘着層の剥離強度測定結果を表すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の痕跡採取方法の実施の形態について説明する。本発明の痕跡採取方法は、a)痕跡に転写用シートを貼着し、痕跡を転写用シートへ転写する工程、b)転写用シートに転写された痕跡を、粘着層を有する粘着シートの粘着層へ転写する工程を含む工程を行うことを特徴とするものである。
【0021】
このような痕跡採取方法には、転写用シートと粘着シートからなる痕跡保存セットを用いることが好ましい。痕跡保存セットは、痕跡を粘着シートへ転写するための転写用シートは樹脂層を有し、当該樹脂層はJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下であることが好ましく、痕跡を保存する粘着シートが、基材上に粘着層を有するものが好ましい。
【0022】
転写用シートの樹脂層に用いられる樹脂としては、シリコーン樹脂、イソプレン樹脂、ブタジエン樹脂、スチレンブタジエン樹脂、クロロプレン樹脂、ニトリル樹脂、ウレタン樹脂などがあげられ、自己吸着性のある樹脂が好ましい。なかでも、粘着シートの粘着層と馴染みにくい離型性と、自己吸着性とを併せ持つシリコーン樹脂が、特に好ましい。また、環境中の温度や水分の影響を受けにくく、樹脂層としたときの安定性が高い点でも、シリコーン樹脂は、特に好ましい。
【0023】
シリコーン樹脂は、シロキサン結合を骨格とするオルガノシロキサンで、適宜三次元架橋されたものである。オルガノポリシロキサンを用いて形成されるシリコーン樹脂の架橋度は、多官能性シランモノマーの含有量の他、ポリオルガノシロキサンとともに用いられる硬化剤の種類、量により変えることができる。硬化剤としては、有機過酸化物、金属脂肪酸塩、金属アルコラート、アミン化合物、シランカップリング剤や、オルガノハイドロジエンポリシロキサンと白金系化合物の組み合わせなどを用いることができる。多官能性シランモノマーの含有量が少なかったり、硬化剤の含有量を少なくすると架橋度が低くなりシリコーンゲルのような樹脂とすることができる。一方、架橋度が高くなりすぎると、ショアA硬度が80度を超え、実質的にゴム弾性を有しないシリコーン樹脂板のようになり、本発明の転写用シートに不適なものとなりやすい。
【0024】
また、シリコーンゲルは、粘着性を発現することもあるので、樹脂層の表面だけに新たに硬化剤を添加して表層部の架橋度を上げて非粘着性を達成することができる。こうすることにより所望の硬度を維持しつつ、表面の粘着性を除去し、所望の自己吸着性のある樹脂層とすることができる。
【0025】
このような自己吸着性の樹脂層は、JIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であることが好ましい。このように、ショアA硬度80度以下とすることにより、樹脂層に吸着性を付与することができる。ショアA硬度は、後述する樹脂材料を用いて、加硫剤や他の添加剤を加えることにより、所定の範囲に調整することができる。
【0026】
なお、本願においてのショアA硬度は、JIS K6253による測定値が基本であるが、樹脂層の厚みが薄く、JIS K6253に規定する厚みを満たさない場合には、厚みを満たすように積み重ねて測定したときの値である。
【0027】
このような自己吸着性の樹脂層を構成する樹脂材料としては、JIS K6253によるショアA硬度0度以上80度以下の範囲となる樹脂材料、好ましくは、5度以上70度以下、さらに好ましくは、30以上70度以下の範囲となる樹脂材料を、単独であるいは二種以上を混合して使用する。ショアA硬度0度以上80度以下となる樹脂材料は、樹脂層を構成する樹脂成分の80%以上が好ましく、さらに90%以上がより好ましい。
【0028】
従来の痕跡採取に用いられる粘着シートは、粘着層や接着層を構成する樹脂の水酸基などの化学結合による凝着力を利用するものである。これに対し、本発明に用いられる転写用シートの自己吸着性の樹脂層は、粘着シートの粘着層の凝着力による粘着作用とは異なる作用を有し、その違いは、明らかでないが以下のように考えられる。即ち、空気の力を利用するもので、自己吸着性の樹脂層が、被着体に貼着されると、被着体と樹脂層との間で空気が抜けて真空になり被着体に密着状態で吸着する。足跡などの痕跡は、押し固められているため、その表面がほぼ平滑であり、痕跡の表面は、樹脂層の表面と密着しやすく、痕跡の表面は吸着されやすい。一方、痕跡周辺部のゴミや埃は、三次元形状を保っており平滑面が少ないため、樹脂層と密着しにくく、ゴミや埃は吸着されにくいと考えられる。
【0029】
尚、本発明における痕跡に転写用シートを貼着するときの貼着とは、痕跡を含む床面や路面などに転写用シートを置き、痕跡の種類に応じて、腕や手の力で圧力を調節しながら、加圧状態で圧着することをいう。このとき圧力ムラが生じないよう、転写用シートの上からバレンなどの平面状の重しやローラーがけを、ずりなどによる位置づれが生じないように注意しながら選択的に行う。
【0030】
また、自己吸着性の樹脂層は、粘着性がほとんどないので、痕跡を吸着した後、水洗いなどをすることにより、樹脂層に吸着された痕跡は、洗い流されて、再利用することができるようになる。
【0031】
また、樹脂層のマルテンス硬さは、0.4N/mm2以上が好ましく、さらに好ましくは、0.7N/mm2以上であり、1.5N/mm2以下が好ましい。このように樹脂層のマルテンス硬さを0.4N/mm2以上とすることにより、樹脂層がゴミや埃の三次元形状に追従しにくくなり、痕跡周辺部のゴミや埃をより吸着しにくくすることができる。また、樹脂層のマルテンス硬さを1.5N/mm2以下とすることにより、樹脂層が硬い板状を呈するのを防止して、痕跡の凹凸に追従し、しかし、痕跡以外の床や路面にあるノイズとなる深い凹部には追従しにくくなり、明瞭な痕跡を採取しにくくなることを防止することができる。
【0032】
樹脂層の厚みを5μm〜1mmの範囲で調整することにより、目的のマルテンス硬さとすることができる。例えば、ショアA硬度が低いやわらかい樹脂材料を用いる場合には、樹脂層の厚みを薄く、ショアA硬度が高い硬い樹脂材料を用いる場合には、樹脂層の厚みを厚くすることで、樹脂層のマルテンス硬さを所定の範囲にすることができる。
【0033】
なお、マルテンス硬さとは、ビッカース圧子により樹脂層の痕跡に貼着する面を押し込んだときの試験荷重と押し込み表面積から求められる樹脂層の硬さ(凹み難さ)を表し、樹脂層の硬さの指標となるものである。本明細書において、マルテンス硬さは、温度20℃、相対湿度60%の雰囲気下で、ISO−14577−1に準拠した方法で測定した値であり、押し込み荷重を1mN/20秒、保持時間を5秒、除去荷重:押し込み荷重を1mN/20秒で測定したものである。
【0034】
また、本明細書において樹脂層のマルテンス硬さは、転写用シートを痕跡に貼着する際に、転写用シートが樹脂層単体からなる場合には、樹脂層単体のマルテンス硬さであり、支持体などの基材上に樹脂層が設けられた形態である場合には、基材上に樹脂層が設けられた状態での樹脂層のマルテンス硬さである。
【0035】
樹脂層は、JIS Z0237における傾斜式ボールタックの傾斜角度30度の値が、3以下、好ましくは、2以下であることが好ましい。粘着剤を用いた粘着層のように粘着力が強いものでは、上記の傾斜角度30度の値が3より大きく粘着力が強くなり、痕跡の周辺のゴミや埃まで粘着してしまうため、痕跡とゴミや埃などとを区別できない。また、洗い流して再利用することもできない。
【0036】
また、図1の剥離強度グラフに示すように従来の痕跡を採取する粘着シートは、被着体からの剥離力が、引き剥がし開始直後より立ち上がり、初期に高くなる傾向がある。このような粘着シートでは、痕跡の周辺のゴミや埃を一様に粘着してしまう。
【0037】
そのため、樹脂層を構成する樹脂としては、引き剥がし初期とその後の剥離強度に大きな変化がない樹脂が好ましく、いわゆる自己吸着性の樹脂を用いることが好ましい。転写用シートとして用いることのできる引き剥がし初期の剥離強度のピーク値としては、0.15MPa/50mm以下であることが好ましい。引き剥がし初期の剥離強度のピーク値は、樹脂層を構成する樹脂の凝集力を調整することにより、目的の範囲とすることができる。
【0038】
また、自己吸着性の樹脂層は、引き剥がし初期の剥離強度のピーク値を除いた剥離強度も、0.15MPa/50mm以下が好ましく、0.10MPa/50mm以下であることが、さらに好ましい。剥離力が高いものでは、吸着力が強くなり、痕跡の周辺のゴミや埃まで吸着しやすくなる。
【0039】
なお、本願における剥離強度は、50mm×250mmの試験片を、アクリル板に長手方向に100mm貼り合わせ、残りの150mmを180度で折り返し、1分間に100mmのスピードで長手方向に剥離したときの剥離強度である。
【0040】
樹脂層の厚みとしては、対象となる被着体の状態や樹脂層の硬軟との関係も考慮して適宜選択することができるが、3μm〜2mmが好ましく、より好ましくは、5μm〜1mm、更に好ましくは、10〜500μmである。3μm以上とすることにより、痕跡に追従するために必要な弾性を樹脂層に付与することができる。3μmより薄くすると、痕跡上の凹凸に追従しにくくなり、折れ曲がった時にシワが樹脂層に残りやすく、現場でのハンドリングにも問題が生じる。また、厚みを2mm以上としても、樹脂層の吸着性にそれほど影響がなく、本発明の効果は得られるがコストだけが高くなる。
【0041】
樹脂層の硬軟との関係においては、例えば、樹脂層がゲル状態を含むJIS K6253によるショアA硬度が0〜10度程度の場合、樹脂層が柔らかいので、貼着の際の樹脂層の変形が大きいため、変形を抑えて転写時の精度を上げたい場合は樹脂層の厚さを100μm以下の薄い層にして用いることが好ましい。また、JIS K6253によるショアA硬度が30度以上のように、比較的ショアA硬度が大きい硬めのゴム弾性を示す樹脂層においては、路上のタイヤ痕の採取など、大判の転写用シートが要求され、取扱いがラフで、作業中外力がかかりやすい場合は、樹脂層を200μm以上にすることが好ましい。
【0042】
本発明の転写用シートを構成する樹脂層は、樹脂層だけで転写用シートとしてもよいし、樹脂層の片面、または両面に支持体を設けて転写用シートとしてもよい。両面に支持体を設ける場合には、少なくとも片面の樹脂層は、支持体から剥離可能とする。
【0043】
かかる樹脂層を支持するための支持体としては、ポリエステル、ABS(アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン)、ポリスチレン、ポリカーボネート、アクリル、ポリオレフィン、セルロース樹脂、ポリスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリアミド、塩化ビニル系樹脂、フッ素樹脂などの合成樹脂フィルム、厚手の紙などがあげられる。その中でも平面性に優れるものが好適に用いられ、特に延伸加工、二軸延伸加工されたポリエステルフィルムが機械的強度、寸法安定性に優れ、さらに腰が強いため好ましい。また、支持体の厚みは、2〜400μm程度が好ましく、さらに好ましくは、10〜200μmである。このような支持体は、樹脂層の少なくとも片面に設けられていればよく、樹脂層と支持体は、接着されていてもよく、剥離可能であってもよいが、樹脂層の一方の面に設けられる支持体は、樹脂層に接着されており、他方の面に設けられる支持体は、剥離可能であることが、樹脂層の耐久性を向上することができるため好ましい。
【0044】
このような転写用シートは、転写用シートを40〜80cmの幅の長巻シートとすることで、歩行跡や車の轍を長い距離で採取することができる。また、転写用シートを採取現場一面に敷き詰めることで、現状を保存することができると共に、敷きつめた支持体上を捜査官が歩行することができるため作業効率を一段と向上させることができるため、特に好ましい。
【0045】
また、このような転写用シートは、支持体、または樹脂層が着色されていてもよく、着色することによって、転写用シートに転写された痕跡を現場で目視確認しやすくすることができ、作業性が向上する。
【0046】
次に、本発明に用いられる粘着シートは、転写用シートに転写された痕跡を、粘着層にさらに転写して保存するためのものである。このような粘着シートは、基材上に粘着層を有するものであり、粘着層は、一般に使用されるアクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、ウレタン系粘着剤、シリコーン系粘着剤などの公知の透明粘着剤を使用することができる。このような粘着剤は、粘着剤に存在する水酸基やカルボキシル基などの官能基により、被着体との間で水素結合や共有結合といった分子間力を発現し接着性が得られたり、粘着剤のやわらかさを利用して痕跡表面の微細な孔や谷間に入り込んで、そこで固まることによって接着性が得られ、転写されるものである。
【0047】
粘着シートは、粘着層に転写された痕跡を、基材側から目視や顕微鏡で、確認することができるように、粘着剤も透明で、高い透光性を有していることが望ましい。また、変色や変形がなく、保存状態が一定に維持されるよう耐候性を有していることが望ましい。このような粘着剤としては、ウレタン架橋性またはエポキシ架橋性の高分子量のアクリル系の粘着剤が適している。また、帯電防止などの性能を持つ粘着剤を使用しても良い。
【0048】
このような粘着層は、転写された痕跡をしっかり保持するために、引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が、0.20MPa/50mm以上であることが好ましく、さらに、引き剥がし初期の剥離強度ピークを除いた剥離強度が、0.15MPa/50mmより大きいことが、痕跡をより強固に転写して粘着層に残すことができるため好ましい。また、剥離力が強いものでは、転写用シートと貼り合わせた後、転写用シートを粘着層から再剥離することができないため、転写用シートを再剥離し、別のカバー用シートで粘着層を被覆する場合には、剥離強度は、0.50MPa/50mm以下が好ましい。
【0049】
この粘着層の厚みとしては、透明性を阻害せず、痕跡を正確に転写できる適度な粘着性が得られる範囲で選択され得るが、下限として0.5μm以上、好ましくは1μm以上、より好ましくは2μm以上の範囲が望ましく、上限としては100μm以下、好ましくは50μm以下、より好ましくは30μm以下の範囲が望ましい。
【0050】
粘着シートの基材としては、転写用シートの支持体と同様のものを用いることができるが、基材側から、粘着層に転写された痕跡を目視や顕微鏡で確認することができるように、透明性を有するものが好ましい。基材を透明にすることにより、透過光を基材側より照射し、台上で痕跡を精度よく検視することができる。
【0051】
また、粘着シートは、粘着層の基材が設けられている面とは反対面に、離型性を有するセパレータを設けることが好ましい。このようにセパレータを設けることにより、粘着層を、粘着シートの基材と、セパレータとの間に挟みこむことができ、粘着層にゴミや埃が付着することが防止でき、転写用シートから痕跡を粘着シートに転写する直前で剥離して用いることができる。
【0052】
また、セパレータは、痕跡が転写された粘着層の面を保護するカバー用シートとして兼用することによって、痕跡を長期に亘って鮮明に保存することができ経済的である。痕跡が転写された粘着層を被覆して保護するためのシートに用いられる場合のセパレータは、転写された痕跡を確認しやすくするために、不透明または半透明であることが好ましく、黒色である場合は、透明な粘着シートの基材側から投光して、透明基材を透過して痕跡を観察することができる。透明または半透明の場合は、導光板である台板の上に置き、導光板の端面または下側から透光して透過光を利用して、痕跡を観察することができる。
【0053】
また、セパレータが離型性を有する面とは反対側の面には、印刷適性を有する機能を持たせることが好ましく、サンプルの採取日時、場所、番号等記載されることが好ましい。
【0054】
セパレータの材料としては、ある程度、腰のあるシートが好ましく、例えば70μm〜2000μmの厚さの紙に、ワックスやシリコーンなどの離型層を設けたものや、フッ素処理加工されたプラスチックフイルムなどを用いることができる。紙の場合は、炭酸カルシウム、染料、顔料またはカーボンなど不透明化する材料を漉き込んでまたは塗工して着色または不透明化させて用いることができる。
【0055】
このような粘着シートのセパレータを剥離し、転写用シートにより痕跡を粘着層上に転写した後、セパレータを再貼着することにより、痕跡を保存することができる。なお、粘着シートの基材とセパレータとの透明および不透明の関係は、基材が透明で、セパレータが不透明の場合を説明したが、基材、セパレータ共に透明であっても良いし、基材、セパレータの一方が透明で、他方が不透明であっても良いし、基材、セパレータ共に不透明であってもよいが、基材が透明であるものは、転写された痕跡を確認しやすく好ましい。
【0056】
また、粘着シートを載置する平面状の台板と、それより上にあって粘着シートに斜めから投光できる光源及び/または台板が導光板を兼ね、導光板を介して粘着シートに透過光を与える光源を備える採取痕跡鑑識装置の台板または導光板の上に粘着シートを載置することによって、粘着シートに転写された痕跡を確認しやすくすることができる。
【0057】
本発明に用いられる転写用シート、粘着シート、セパレータ、あるいは別途用意されるカバー用シートの各層には、分散剤、界面活性剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、耐候安定剤、紫外線吸収剤、顔料、染料、微粒子、充填剤、帯電防止剤などの無機成分や有機成分を目的に応じて適宜加えることができる。
【0058】
粘着シートの粘着層は、各層を構成する材料を含む溶液をロールコーティング法、バーコーティング法、スプレーコーティング法、エアナイフコーティング法、ダイコート法、アプリケーター法、コンマコーティング法、ディッピング法などの公知の方法により必要によりコロナ処理などで表面処理された基材上に塗布し、必要に応じて乾燥することにより形成することができる。
【0059】
以上のように本実施形態によれば、足跡痕、タイヤ痕、指紋痕などの痕跡を鮮明に転写することができ、痕跡の保存も良好に行うことができる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明を更に説明する。なお、「部」、「%」は特に示さない限り、質量基準とする。
【0061】
1.転写用シートの作成
[実施例1]
未架橋のミラブル型シリコーンゴム組成物として、シリコーンゴム(TSE221−5U:モメンティブ社、ショアA硬度:50)100質量部、加硫剤(TC−8:モメンティブ社)0.5質量部、黒色着色剤(ME−41B:モメンティブ社)0.5質量部とを混合したもの用いて、下記プレス条件で、厚さ300μmの樹脂層を作成し、一方の面に接着層を介して50μmのポリエチレンテレフタレートフィルム(ルミラーT60:東レ社)、他方の面に厚さ30μmの不活性表面処理したポリプロピレンフィルムからなる離型フィルムを貼り合せ、実施例1の転写用シートを作製した。
【0062】
<プレス条件>
温度:165〜170℃
時間:5〜6分
圧力:180〜200kgf/cm2
【0063】
[実施例2]
実施例1の転写用シートの樹脂層の厚さを50μmに変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例2の転写用シートを作製した。
【0064】
[実施例3]
実施例1の転写用シートの樹脂層のミラブル型シリコーンゴム組成物を、シリコーンゴム(TSE221−7U:モメンティブ社、ショアA硬度:70)100質量部、加硫剤(TC−8:モメンティブ社)0.5質量部、黒色着色剤(ME−41B:モメンティブ社)0.5質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例3の転写用シートを作製した。
【0065】
[実施例4]
実施例1の転写用シートの樹脂層のミラブル型シリコーンゴム組成物を、シリコーンゴム(TSE221−3U:モメンティブ社、ショアA硬度:30)100質量部、加硫剤(TC−8:モメンティブ社)0.6質量部、黒色着色剤(ME−41B:モメンティブ社)0.5質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例4の転写用シートを作製した。
【0066】
[実施例5]
実施例1の転写用シートの樹脂層のミラブル型シリコーンゴム組成物を、シリコーンゴム(DY32−1005U:東レ・ダウコーニング社、ショアA硬度:5度)100質量部、加硫剤(RC−4(50P):東レ・ダウコーニング社)0.5質量部、黒色着色剤(ME−41B:モメンティブ社)0.5質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例5の転写用シートを作製した。
【0067】
2.痕跡採取
[実施例1〜5]
実施例1〜5の転写用シートの離型フィルムを剥がして、床面の足跡部分に、転写用シートの樹脂層面を貼り合わせ、厚さ5mmのフェルトを板に貼った300mm径のバレンで腕に体重をかけて圧着した後、転写用シートを床面から剥離することで、床面の足跡痕を転写用シートへ転写した。
【0068】
次に、粘着シートとして市販の足跡採取シート(A、B)を用いた。足跡採取シートの粘着層からセパレータを剥離し、足跡採取シートの粘着層面と、転写用シートの樹脂層面とを貼り合わせた後、足跡採取シートを転写用シートから剥離することで、転写用シートに転写された足跡痕を、足跡採取シートへ採取した。その後、再びセパレータで粘着層面を被覆した。転写用シートと足跡採取シートの組み合わせは、表1の通り
【0069】
[比較例1、2]
市販の足跡採取シート(A、B)のセパレータを剥がして、床面の足跡部分に、足跡採取シートの粘着層面を貼り合わせた後、足跡採取シートを床面から剥離することで、床面の足跡痕を足跡採取シートへ採取した。
【0070】
【表1】

【0071】
以下の項目について、測定した結果を表2、表3に示す。
(1)ショアA硬度
実施例1〜4の転写用シートの樹脂層を基材から剥離し樹脂層のみを数枚積層して、厚さ6mm以上としたサンプル片を用いて、JIS K6253に準拠した方法で測定した。
【0072】
(2)マルテンス硬さ
実施例1〜4の転写用シート、および市販の足跡採取シートA、Bの離型シートを剥離し、樹脂層及び粘着層の表面の硬さを、温度20℃、相対湿度60%の雰囲気下で、超微小硬さ試験装置(商品名:フィッシャー・スコープHM2000、フィッシャー・インストルメンツ社)により、ISO−14577−1に準拠した方法で測定した。但し、最大試験荷重:1mNで測定した値である。なお、実施例5の転写用シートのマルテンス硬さは測定不能であった。
【0073】
(3)剥離強度
実施例1〜5の転写用シート、および市販の足跡採取シートA、Bを、50mm×250mmに裁断する。
次に、各サンプル片の離型シートを剥離し、樹脂層および粘着層をアクリル板に長手方向に100mm貼り合わせ、残りの150mmを180度で折り返し、100mm/分のスピードで長手方向に剥離し、剥離強度を測定した。なお、剥離強度は、引き剥がし初期の剥離強度ピークと、引き剥がし初期の剥離強度ピークを除いた剥離強度を測定した。
【0074】
(4)ボールタック試験
実施例1〜5の転写用シート、および市販の足跡採取シートA、Bの樹脂層および粘着層の傾斜式ボールタックを、JIS Z0237:2009に準拠した方法で、測定した。なお、傾斜板の角度は、30度とした。
【0075】
【表2】

【0076】
(4)足跡採取シートへの転写状況
足跡痕が転写された足跡採取シートを、採取痕跡鑑識装置の導光板上へ配置し、足跡採取シートへの足跡の転写状況を目視にて確認し、足跡痕だけが鮮明に採取できていて、不鮮明な部分がなかったものを◎、1〜5箇所不鮮明な部分があったが、足跡痕が概ね鮮明に採取できたものを○、5箇所以上不鮮明な部分があったものを×とした。
【0077】
【表3】

【0078】
以上の結果から明らかなように、実施例1〜5の転写用シートは、ショアA硬度が0度以上80度以下のシリコーン系樹脂層としたことにより、痕跡の凹凸に追従して、平らな痕跡表面を吸着することができ、三次元形状の痕跡周辺部のゴミや埃を吸着しにくいものであった。
【0079】
特に、実施例1〜4の転写用シートは、ショアA硬度が30度〜70度のシリコーン系樹脂層であり、樹脂層のマルテンス硬さが0.4N/mm2以上、1.5N/mm2以下の範囲であったため、より樹脂層が痕跡周辺部のゴミや埃の三次元形状に追従しにくく、痕跡の痕跡周辺部のゴミや埃を吸着しにくいものとなった。
【0080】
また、実施例1〜4の転写用シートは、樹脂層に適度な柔軟性とコシがあったため、足跡や粘着シートへの貼着や剥離の際の、取り扱い性に優れるものであった。特に、足跡からの剥離や、粘着シートからの剥離の際に、樹脂層が伸びることがなく、作業性がよいものであった。
【0081】
なお、粘着シートとして用いた足跡採取シートA及び足跡採取シートBとでは、転写用シートと貼り合せた後の剥離性は、足跡採取シートBのほうが滑らかに剥離することができ、作業性に優れるものであった。
【0082】
また、実施例1〜4の転写用シートは、自己吸着性のシリコーン系樹脂層であるため、痕跡を転写した後、水洗いをすることにより、痕跡を除去し、再利用することができるものであった。
【0083】
実施例5の転写用シートは、水洗いにより痕跡を除去することができるものであったが、水洗いを数十回繰り返すと、樹脂層が柔らかくなってしまい、ゴミや埃の三次元形状の物体に樹脂層が追従して、痕跡周辺部のゴミや埃を吸着してしまうものとなった。
【0084】
また、このような転写用シートを用いることにより、痕跡だけを粘着シートへ転写することができ、痕跡周辺のゴミや埃を転写することがないものとすることができるものであった。
【0085】
比較例1、2の足跡採取シートにより、足跡痕を直接転写する方法では、粘着層がゴミや埃まで転写してしまい、鮮明な痕跡を保存することができないものであった。また、水洗いによる再利用もできないものであった。
【0086】
また、表面温度70℃のアスファルト面に変更して痕跡採取を行ったところ、実施例1と同等のショアA硬度が50度、樹脂層のマルテンス硬さが0.75N/mm2、ボールタック試験値が2であるアクリル系樹脂層を有する転写用シートを用いた場合には、アスファルト面の熱により、アクリル系樹脂層が軟化してしまい、痕跡周辺部のゴミや埃の三次元形状に追従しやすくなり、痕跡の痕跡周辺部のゴミや埃を吸着しやすいものとなった。なお、アクリル系樹脂層を用いた場合でも、このような高温環境下とならない場合には、使用に差し支えないものであった。
【0087】
実施例1の転写用シートは、シリコーン系樹脂層を用いているため、採取環境による影響を受けず、痕跡だけを粘着シートへ転写することができ、痕跡周辺のゴミや埃を転写することがないものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
痕跡を採取する方法であって、下記a)工程とb)工程を含む工程を行うことを特徴とする痕跡採取方法。
a)痕跡に転写用シートを貼着し、痕跡を転写用シートへ転写する工程
b)転写用シートに転写された痕跡を、粘着層を有する粘着シートの粘着層へ転写する工程
【請求項2】
請求項1に記載の痕跡採取方法であって、下記c)工程を含む工程を行うことを特徴とする痕跡採取方法。
c)粘着シートを載置する平面状の台板と、それより上にあって粘着シートに斜めから投光できる光源及び/または台板が導光板を兼ね、導光板を介して粘着シートに透過光を与える光源を備える採取痕跡鑑識装置の台板または導光板の上に粘着シートを載置する工程
【請求項3】
請求項1に記載の痕跡採取方法であって、前記転写用シートは樹脂層を有し、当該樹脂層はJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下であることを特徴とする痕跡採取方法。
【請求項4】
転写用シートと粘着シートとからなる痕跡保存セットであって、
前記転写用シートは樹脂層を有し、当該樹脂層はJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下であり、粘着シートは、基材上に粘着層を有するものであることを特徴とする痕跡保存セット。
【請求項5】
痕跡採取に用いる転写用シートであって、前記転写用シートは樹脂層を有し、当該樹脂層はJIS K6253によるショアA硬度が0度以上80度以下であり、前記樹脂層の引き剥がし初期の剥離強度のピーク値が0.15MPa/50mm以下であることを特徴とする転写用シート。


【図1】
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【公開番号】特開2013−31646(P2013−31646A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−143132(P2012−143132)
【出願日】平成24年6月26日(2012.6.26)
【出願人】(000125978)株式会社きもと (167)
【出願人】(597096161)株式会社朝日ラバー (74)
【Fターム(参考)】