説明

癌の再発リスクの判定方法及びその利用

【課題】癌の再発リスクをより正確に判定可能な方法及びその方法をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムを提供すること。
【解決手段】第1CDKの活性値及び発現量、第2CDKの活性値及び発現量、並びにuPA及びPAI−1の発現量に基づいて、癌の再発リスクを判定する方法及びコンピュータプログラムにより、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌の再発リスクの判定方法及びその方法をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
癌治療の分野においては、外科的切除、放射線療法、化学療法などによって原発癌を治療しても、ある程度の割合で癌が再発することが知られている。さらに、再発した癌は、悪性度の高い症例が多いことも知られている。実際、原発癌によって死亡する患者よりも、癌の再発によって死亡する患者の方が多い。すなわち、癌の再発は、患者の予後を決定する重要な問題である。それゆえ、手術などにより原発癌を治療した患者について、癌の再発リスクを判定することは、補助化学療法の要否といった治療後の方針を決定する上で極めて有用である。
【0003】
癌の再発リスクを判定するための因子は、当該技術においていくつか知られている。そのような因子として、例えば患者の年齢、腫瘍の大きさ、進行度、腫瘍の組織及び核のグレード分類、リンパ節転移の有無などが挙げられる。また、近年では、癌の種類に応じたバイオマーカーが多数同定されており、これらは癌の発見及び予後の予測に利用されている。例えば、乳癌では、エストロゲン受容体などのホルモン受容体、及びHer2などの受容体型チロシンキナーゼがバイオマーカーとして注目されている。また、Harbeck N.らは、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(uPA)及びプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(PAI−1)の発現量に基づいて、乳癌の再発リスクを判定できることを報告している(非特許文献1参照)。
【0004】
本発明者らは、2種類のサイクリン依存性キナーゼ(CDK)の発現量及び活性値に基づいて、癌細胞の悪性度及び癌の再発リスクを判定する方法をこれまでに開発している(特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/116241号
【特許文献2】特開2009−232815号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Harbeck N.ら, J. Clin. Oncol., vol. 20, No. 4, pp. 1000-1007 (2002) "Clinical Relevance of Invasion Factors Urokinase-Type Plasminogen Activator and Plasminogen Activator Inhibitor Type 1 for Individualized Therapy Decisions in Primary Breast Cancer Is Greatest When Used in Combination"
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
癌の再発を予防するために施される補助化学療法は、患者にとって身体的、精神的及び経済的な負担となることから、不要であるならばそのような治療を避けたいという要望があった。このような要望をふまえ、原発癌の治療後の補助化学療法などを施さないことを決定する指標を医師などに提供するためには、再発リスクの判定方法は非常に高い精度が求められる。
そこで、本発明は、癌の再発リスクをより正確に判定可能な方法を提供することを目的とする。また、本発明は、そのような判定方法をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
驚くべきことに、本発明者らは、癌患者から採取した検体について、2種類のサイクリン依存性キナーゼ(CDK)の発現量及び活性値、並びにウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(uPA)及びプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(PAI−1)の発現量に基づいて癌の再発リスクを判定すると、その判定精度が従来の方法に比べて顕著に高くなることを見出して、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明によれば、
癌患者から採取した生体試料から、第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とを取得するステップと、
取得した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定するステップとを含む、癌の再発リスクの判定方法が提供される。
【0010】
また、本発明によれば、
癌患者から採取した生体試料から取得した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とを受信するステップと、
受信した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定するステップと、
得られた判定結果を出力するステップとをコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明の癌の再発リスクの判定方法及びコンピュータプログラムによれば、癌患者について、癌が再発するリスクをより正確に判定することができる。したがって、本発明によって、原発癌の治療後の方針を決定するための指標が医師などに提供されることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の癌の再発リスクの判定方法を実現するシステムのハードウエア構成を示すブロック図である。
【図2−1】コンピュータによる癌の再発リスクの判定処理を示すフローチャートである。
【図2−2】コンピュータによる癌の再発リスクの判定処理を示すフローチャートである。
【図3】乳癌患者から採取した検体について、従来の癌の再発リスクの判定方法及び本発明の判定方法によって高リスク群と低リスク群とに分類し、各群について生存時間分析した結果を示すグラフである。
【図4】2種類のCDKの発現量及び活性値と、種々の病理学的診断項目との各組み合わせによって再発リスクを検討した場合の判定精度を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、「再発」とは、原発癌を治療した後に、原発巣であった部位及び/又はその付近に同じ癌が発生する場合(局所再発)と、癌細胞が原発巣から分離して遠隔組織(遠隔臓器)に転移し、そこで癌が発生する場合(転移再発)の両方を意味する。
本明細書において、「再発リスク」とは、原発癌を治療した患者の身体に癌が再発する危険と、癌が再発することによって患者が死亡する危険の両方を意味する。
本明細書において、「再発リスクスコア」とは、癌の再発リスクを再発確率として数値的に評価するための指標である。
【0014】
サイクリン依存性キナーゼ(CDK)とは、サイクリンとの結合により活性化されるキナーゼの総称であり、細胞周期の進行の調節に関与することが知られている。
ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(uPA)とは、セリンプロテアーゼの一種であり、プラスミノーゲンを基質とする。uPAは、細胞表面に存在するウロキナーゼ受容体と結合して、腫瘍の増殖及び転移に関与するシグナル伝達を誘発することが知られている。
プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(PAI−1)とは、血中の組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)の活性を消失させて、線溶系を抑制する分子である。PAI−1は、血管内皮細胞より放出されると速やかにtPAと結合し、その活性を阻害するので、血中の線溶活性を規定する因子として知られている。
【0015】
本明細書において、「CDKの活性値」とは、活性化されたCDKによってリン酸化された基質の量から算出されるキナーゼ活性のレベル(単位をU(ユニット)で表す)を意味する。
本明細書において、「発現量」とは、生体試料(測定用試料)に含まれる目的のタンパク質又はmRNAの量を反映する値を意味する。発現量は、測定値自体又はその値に基づいて算出された値であってもよい。また、発現量は、質量(重量)、濃度、比、強度、レベルなどのいずれの形式又は単位で表されてもよい。
【0016】
[1]癌の再発リスクの判定方法
(1-1)生体試料
本発明の癌の再発リスクの判定方法(以下、単に「判定方法」ともいう)では、まず、癌患者から採取した生体試料から、第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とを取得する。
【0017】
本発明の実施形態において、生体試料は、癌患者から採取され、該患者の細胞を含む試料であれば特に限定されないが、好ましくは腫瘍組織など、癌細胞を含む試料である。そのような生体試料としては、例えば、胃、肺、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、大腸、子宮、卵巣などの各種臓器の組織、乳腺組織、前立腺組織、甲状腺組織、リンパ節組織、筋組織、神経組織、軟骨組織、骨組織、皮膚組織、血液、骨髄、体液、体腔洗浄液などが挙げられる。それらの中でも、乳腺組織及び大腸組織が好ましく、乳腺組織がより好ましい。
【0018】
本発明の実施形態において、癌患者の癌の種類は特に限定されず、例えば胃癌、肺癌、肝臓癌、腎臓癌、膵臓癌、大腸癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌、前立腺癌、甲状腺癌、リンパ腫、口腔癌、皮膚癌、脳腫瘍、白血病、骨髄腫などが挙げられる。それらの中でも、乳癌及び大腸癌が好ましく、乳癌がより好ましい。
【0019】
(1-2)CDKの活性値の取得
本発明の実施形態においては、第1CDKの活性値及び発現量、第2CDKの活性値及び発現量、並びにuPA及びPAI−1の発現量を取得するために、上記の生体試料から測定用試料を調製することが望ましい。そのような測定用試料は、後述するように当該技術において公知の方法により調製できる。
【0020】
本発明の実施形態において、第1及び第2CDKの活性値は、上記の生体試料から調製した測定用試料におけるCDKのキナーゼ活性を測定することにより取得することができる。なお、第1及び第2CDKは、当該技術において公知のCDKから適宜選択できるが、CDK1、CDK2、CDK4、CDK6、サイクリンA依存性キナーゼ、サイクリンB依存性キナーゼ、サイクリンD依存性キナーゼからなる群より選択されることが好ましい。より好ましい実施形態においては、第1CDKがCDK1であり、第2CDKがCDK2である。
【0021】
CDK活性の測定用試料は、例えば、生体試料を適切な緩衝液中で破砕することにより調製することができる。試料の破砕方法は特に限定されず、例えばピペットによる吸引排出、凍結融解による細胞破砕、ボルテックスミキサーによる撹拌、ブレンダーによる破砕、ペッスルによる加圧、超音波処理装置による超音波処理など、当該技術において公知の方法から適宜選択できる。あるいは、CDK活性の測定用試料は、生体試料と、適切な界面活性剤を含む可溶化液とを混合して、該試料中の細胞を溶解することにより調製してもよい。
【0022】
上記の緩衝液及び可溶化液は、生体試料中の細胞から抽出された測定対象のタンパク質を分解せず、且つ変性させない溶液であれば特に限定されない。緩衝液に用いられる緩衝材及び可溶化液に含まれる界面活性剤は当該技術において公知であり、生体試料の種類に応じて適宜選択できる。そのような緩衝剤としては、例えばリン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤、MOPS(3−モルホリノプロパンスルホン酸)、HEPES(2−[4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル]エタンスルホン酸)、Tris(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン)、トリシン(N−[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン)などが挙げられる。また、界面活性剤としては、例えばノニデットP−40(NP-40)(Shell International Petroleum Company Limited社の登録商標)、Triton-X(Union Carbide Chemicals and Plastics Inc.社の登録商標)、Tween(ICI Americas Inc.社の登録商標)、Brij(ICI Americas Inc.社の登録商標)、Emulgen(花王株式会社の登録商標)などが挙げられる。
上記の可溶化液は、緩衝液と同様の緩衝剤を含むことが好ましい。また、緩衝液及び可溶化液は、必要に応じて、当該技術において公知のプロテアーゼ阻害剤、脱リン酸化酵素阻害剤、還元剤などをさらに含んでいてもよい。
【0023】
本発明の実施形態においては、上記のようにして調製した測定用試料から目的のCDKを特異的に回収することが好ましい。CDKの回収には、目的のCDKを特異的に認識して結合する抗CDK抗体を用いてもよいし、目的のCDKと結合するサイクリンを特異的に認識して結合する抗サイクリン抗体を用いてもよい。いずれの抗体を用いる場合も、回収されたCDKには、活性型CDK以外のCDKが含まれ得る。例えば、サイクリンとCDKとの複合体にCDKインヒビターが結合した複合体も、回収されたCDKに含まれる。また、抗CDK抗体を用いた場合には、CDK単体(不活性型CDK)、CDKとサイクリン及び/又はCDKインヒビターとの複合体、CDKとその他の化合物との複合体などが、回収されたCDKに含まれる。したがって、本発明の実施形態において、CDKの活性値は、活性型CDK、不活性型CDK及び各種の競合物質が混在する状態下で、リン酸化された基質の単位(U)として測定される。
【0024】
本発明の実施形態において、第1及び第2CDKの活性値を取得する方法は、当該技術において公知のキナーゼ活性の測定方法から適宜選択できる。例えば、CDKの活性値は、生体試料から調製した測定用試料と、CDKの基質と、リン酸基供与体とを混合し、活性型CDKによりリン酸化された基質を検出し、その基質の単位量を定量する方法により取得できる。この方法では、活性型CDKを介する反応によってリン酸基供与体のリン酸基が基質に取り込まれるので、リン酸化された基質を定量することによりCDKの活性値を取得できる。
【0025】
より具体的な測定方法の例としては、次の方法が挙げられる。まず、測定用試料と、基質タンパク質と、放射性同位元素で標識したリン酸基供与体(γ−〔32P〕−ATP)とを反応させ、基質タンパク質に32Pを取り込ませることにより、基質タンパク質を標識する。そして、32P標識されたリン酸化された基質タンパク質の放射線強度を測定する。得られた測定値と、濃度既知のCDK標準品の測定から予め作成した検量線とを用いて、リン酸化された基質タンパク質の単位量を定量する。
【0026】
また、放射性同位元素を用いない方法としては、特開2002−335997号に開示される方法が挙げられる。この方法では、測定用試料と、基質タンパク質と、アデノシン5'−O−(3−チオトリホスフェート)(ATP−γS)とを反応させ、基質タンパク質のセリン又はスレオニン残基にモノチオリン酸基を導入する。そして、導入されたモノチオリン酸基の硫黄原子に標識蛍光物質又は標識酵素を結合させることによって基質タンパク質を標識する。そして、標識されたチオリン酸化された基質タンパク質の標識量(標識蛍光物質の蛍光強度又は標識酵素の活性)を測定する。得られた測定値と、濃度既知のCDK標準品の測定から予め作成した検量線とを用いて、リン酸化された基質タンパク質の単位量を定量する。
【0027】
なお、活性型CDKによりリン酸化される基質は、当該技術において公知である。例えば、活性型CDK1及び活性型CDK2の基質としてはヒストンH1が挙げられ、活性型CDK4及び活性型CDK6の基質としてはRb(網膜芽細胞腫タンパク質)が挙げられる。
【0028】
(1-3)発現量の取得
本発明の実施形態において、第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1の各発現量は、生体試料から調製した測定用試料を、当該技術において公知の方法により測定することによって取得することができる。なお、第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1の各発現量は、タンパク質及びmRNAのいずれの発現量であってもよいが、好ましくはタンパク質の発現量である。
【0029】
本発明の実施形態においては、第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1のタンパク質の各発現量を取得するための測定用試料として、CDKの活性値を取得するために調製した上記の測定用試料を用いることができる。
測定用試料に含まれる第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1のタンパク質の発現量は、例えばELISA法、ウェスタンブロット法、又は特開2003−130871号に開示されるタンパク定量方法などにより測定することができる。なお、これらの方法においては、第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1の各タンパク質を捕捉するために、それぞれのタンパク質を特異的に認識して結合する抗体が用いられる。例えば、抗CDK1抗体を用いた場合、測定用試料に含まれる全ての形態のCDK1(CDK1単体、CDK1とサイクリン及び/又はCDKインヒビターの複合体、CDK1とその他の化合物との複合体を含む)が捕捉される。
【0030】
uPA及びPAI−1のタンパク質の各発現量は、FEMTELLE(登録商標)(American Diagnostica Inc.社)などの市販の測定用キットを用いて取得してもよい。
【0031】
本発明の実施形態において、第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1のmRNAの各発現量を取得する場合、RNAを含む測定用試料は、当該技術において公知の方法により調製することできる。例えば、生体試料を適切な前処理液中で物理的処理(撹拌、ホモジナイズ、超音波破砕など)を施して、該試料中の細胞に含まれるRNAを溶液中に遊離させることにより、RNAを含む測定用試料を調製できる。
【0032】
上記のようにして得られた測定用試料は、必要に応じて、当該技術において公知の方法、例えば遠心分離、フィルター濾過、カラムクロマトグラフィーなどにより、組織及び細胞の残渣を測定用試料から除去してもよい。また、測定用試料に含まれるRNAを精製してもよい。例えば、細胞から遊離させたRNAを含む測定用試料を遠心分離して上清を回収し、この上清をフェノール/クロロホルム抽出することによりRNAを精製できる。また、測定用試料の調製及びRNAの精製は、市販のRNA抽出・精製キットを用いて行うこともできる。
【0033】
本発明の実施形態において、第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1のmRNAの各発現量は、当該技術において公知の方法、例えば核酸増幅法などによって取得することができる。また、これらのmRNAの発現量は、マイクロアレイハイブリダイゼーション法によっても取得できる。この方法では、第1及び第2CDK、並びにuPA及びPAI−1の各タンパク質をそれぞれコードする遺伝子の塩基配列に相補的な核酸プローブが配置されたマイクロアレイを用いる。これらの方法の中でも、核酸増幅法によってmRNAの発現量を取得することが好ましい。
【0034】
(1-4)癌の再発リスクの判定
本発明の判定方法では、上記のようにして取得した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定する。
本発明の一つの実施形態では、第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量とに基づいて再発リスクスコアを取得し、取得した再発リスクスコアと、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定する。
【0035】
上記の再発リスクスコアは、次の式(1)に基づいて取得することができる。
(再発リスクスコア)=F(x)×G(y) ・・・(1)
[式中、
xは第1CDKの比活性を表し、この第1CDKの比活性は、(第1CDKの活性値)/(第1CDKの発現量)で示され;
yは比活性の比を表し、この比活性の比は、(第2CDKの比活性)/(第1CDKの比活性)で示され、第2CDKの比活性は、(第2CDKの活性値)/(第2CDKの発現量)で示される]
【0036】
上記のF(x)及びG(y)は、それぞれx及びyについての関数であり、それぞれ次の式(2)及び式(3)で表される。
F(x)=a/(1+Exp(−(x1−b)×c)) ・・・(2)
G(y)=d/(1+Exp(−(y1−e)×f)) ・・・(3)
[式中、
a、b及びcは、xと癌の再発率との相関関係から定められた定数であり;
d、e及びfは、yと癌の再発率との相関関係から定められた定数である]
【0037】
式(2)は、CDK1比活性値に対する再発率の変化をロジスティックカーブによりフィッティングさせた際に得られる式である。定数a(例えば、0.15)は、CDK1比活性値が与えうる最大の再発率(例えば、15%)を意味している。定数bおよびcは、上記のカーブの形を規定する。
式(3)は、CDK2比活性値とCDK1比活性値との比に対する再発率の変化をロジスティックカーブによりフィッティングさせた際に得られる式である。定数d(例えば、0.25)は、比活性の比が与えうる最大の再発率(例えば、25%)を意味している。定数eおよびfは、上記のカーブの形を規定する。
【0038】
本発明の実施形態において、再発リスクスコアは、上記の式(1)で示されるように、第1CDK比活性及び比活性の比の2つの因子によって規定される値である。ここで、CDK比活性及び比活性の比について説明する。
CDKの比活性は、(CDK活性値)/(CDK発現量)で示されることから理解できるように、CDKの発現量に対する活性値の比である。すなわち、CDK比活性は、生体試料中の細胞に存在するCDKのうち、キナーゼ活性を示したCDKの割合に相当する。したがって、CDK比活性は、癌細胞の増殖状態に基づくCDK活性レベルを反映する。
【0039】
比活性の比は、(第2CDKの比活性)/(第1CDKの比活性)によって示されることから理解できるように、第1CDKの比活性に対する第2CDKの比活性の比である。細胞周期においてCDKが活性を示す時期はそのCDKの種類によって異なることから、比活性の比は、細胞周期の所定の時期においてそれぞれ活性を示す2種類のCDKの活性レベルの比を示している。したがって、比活性の比は、癌患者の細胞においていずれのCDKの活性が優位であるか、すなわち細胞周期の中でいずれの時期にある細胞がどの程度の割合で存在するかを反映する。
【0040】
一般に、癌細胞は正常な増殖制御を逸脱して活発に増殖していることから、DNAの複製期であるS期と、DNA合成の終了から有糸分裂の開始の間であるG2期にある細胞の割合が多い場合に、その細胞は癌化していると考えられる。また、癌細胞に見られる異数性及び倍数性は、細胞分裂期であるM期を異常な状態で経過した場合、又はM期を経ずにG1期に進み、そのままS期に移行した場合に発生すると考えられる。すなわち、M期にある細胞の割合が少ない場合も、その細胞が癌化していると考えられる。
したがって、例えば、G2期からM期に移行する際に活性を示すCDK1を第1CDKとし、G1期からS期に移行する際に活性を示すCDK2を第2CDKとして用いて、これらの活性値及び発現量に基づいてCDKの比活性の比を算出した場合、得られた比活性の比は、S期又はG2期にある細胞が、M期にある細胞に比べてどれだけ多く存在するかを反映する数値である。よって、比活性の比は、細胞の増殖能を正確に反映する指標として用いることができる。
【0041】
また、本発明者らはこれまでに、癌の再発の確率が、第1CDKの比活性、又は第1CDKと第2CDKの比活性の比に比例して増加することを見出している。そして、本発明者らは、再発の確率をロジスティック関数によって近似することにより、第1CDKの比活性、及び第1CDKと第2CDKの比活性の比についての関数として、上記の式(2)及び式(3)を得た(特許文献2参照)。
上述したように、CDK比活性及び比活性の比は、癌細胞の増殖状態及び増殖能を反映する指標であるので、本発明の実施形態においては、再発リスクスコアを、第1CDKの比活性についての式(2)と、第1CDKと第2CDKの比活性の比についての式(3)との積から取得できる値として規定される。
【0042】
本発明の実施形態において、癌の再発リスクは、上記のようにして取得した各値と、予め設定された閾値とを比較することにより判定される。具体的には、再発リスクスコアが第1閾値未満であり、uPAの発現量が第2閾値未満であり、且つPAI−1の発現量が第3閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定される。また、再発リスクスコアが第1閾値以上であるか、uPAの発現量が第2閾値以上であるか又はPAI−1の発現量が第3閾値以上であるとき、癌の再発リスクが高いと判定される。
【0043】
本発明の好ましい実施形態では、癌の再発リスクの判定のために、第1のCDK比活性をさらに用いる。すなわち、判定ステップにおいて、(第1CDKの活性値)/(第1CDKの発現量)で示される第1CDKの比活性を取得し、取得した第1CDKの比活性と、再発リスクスコアと、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定する。
この実施形態では、再発リスクスコアが第1閾値未満であり、uPAの発現量が第2閾値未満であり、PAI−1の発現量が第3閾値未満であり、且つ第1CDKの比活性が第4閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定される。また、再発リスクスコアが第1閾値以上であるか、uPAの発現量が第2閾値以上であるか、PAI−1の発現量が第3閾値以上であるか又は第1CDKの比活性が第4閾値以上であるとき、癌の再発リスクが高いと判定される。
【0044】
上記の第1、第2、第3及び第4の閾値は、判定対象の患者の癌の種類に応じて適宜設定できる値である。すなわち、閾値は、癌の再発が認められた患者群と再発が認められない患者群とを明確に区別できる所定の値として経験的に設定することができる。例えば、生体試料の採取から一定期間後に癌の再発が認められた患者及び再発が認められなかった患者のそれぞれから採取した生体試料について、第1CDKの活性値及び発現量、第2CDKの活性値及び発現量、uPAの発現量、並びにPAI−1の発現量を取得する。これらの値から、再発リスクスコア、uPA及びPAI−1の発現量、並びに第1CDKの比活性を取得する。そして、癌が再発した患者と再発しなかった患者とを区別できる再発リスクスコア、uPAの発現量、PAI−1の発現量及び第1CDKの比活性の各値を、それぞれ第1、第2、第3及び第4閾値として設定することができる。
【0045】
本発明の実施形態においては、閾値として、当該技術において公知の値を用いてもよい。例えば、乳癌の再発リスクの判定においては、第1及び第2CDKがそれぞれCDK1及びCDK2である場合、再発リスクスコアの閾値は0.45であり、第1CDKの比活性の閾値は70(maU/eU)である。また、乳癌の再発リスクの判定において、uPA及びPAI−1の発現量の閾値は、ELISA法による測定の場合、それぞれ3(ng/mg総タンパク量)及び14(ng/mg総タンパク量)である。なお、乳癌についてのuPA及びPAI−1の発現量の閾値は、国際基準として確立されている。
【0046】
[2]癌の再発リスクの判定用コンピュータプログラム
以下に、癌の再発リスクの判定方法をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム(以下、単に「プログラム」ともいう)について説明する。
【0047】
本発明の一つの実施形態として、プログラムを実行する判定装置100と測定用試料の測定装置200とを含む、癌の再発リスク判定用システムのハードウエア構成を、図1に示す。
この癌の再発リスク判定用システムは、判定装置100と測定用試料の測定装置200とを備え、これらの装置はケーブル300で接続されている。判定装置100は、測定装置200により測定された第1CDKの活性値及び発現量、第2CDKの活性値及び発現量、uPAの発現量、並びにPAI−1の発現量のデータ(以下、「癌患者のデータ」ともいう)を、ケーブル300を介して受信する。そして、判定装置100は、測定装置200から出力されたデータを解析して、癌患者の癌の再発リスクの感受性を判定し、判定結果を出力する。
なお、測定装置200は、複数の測定装置から構成されていてもよい。例えば、測定装置200は、CDKのキナーゼ活性を測定する装置、CDKの発現量を測定する装置、並びにuPA及びPAI−1の発現量を測定する装置から構成され得る。また、判定装置100及び測定装置200は、一体の装置として構成されてもよい。
【0048】
上記の判定装置100の構成について説明する。判定装置100は、本体110と、表示部120と、入力デバイス130とから主として構成される。本体110において、CPU(Central Processing Unit)110aと、ROM(Read Only Memory)110bと、RAM(Random Access Memory)110cと、ハードディスク110dと、読出装置110eと、入出力インターフェース110fと、画像出力インターフェース110gとは、バス110hによって互いにデータ通信可能に接続されている。
【0049】
CPU110aは、ROM110bに記憶されているコンピュータプログラム及びRAM110cにロードされたコンピュータプログラムを実行することが可能である。ROM110bは、マスクROM、PROM、EPROM、EEPROMなどによって構成され、CPU110aにより実行されるコンピュータプログラム及び該コンピュータプログラムの実行に用いられるデータが記録されている。
RAM110cは、SRAM(Static Random Access Memory)またはDRAM(Dynamic Random Access Memory)などによって構成される。RAM110cは、ROM110bおよびハードディスク110dに記録されているコンピュータプログラムの読み出しに用いられる。また、RAM110cは、CPU110aがこれらのコンピュータプログラムを実行するときの作業領域として利用される。
【0050】
ハードディスク110dには、オペレーティングシステム及びアプリケーションシステムプログラムなどの、CPU110aに実行させるための種々のコンピュータプログラム及び該コンピュータプログラムの実行に用いられるデータがインストールされている。また、ハードディスク110dには、本発明の判定方法を判定装置100に実現させるためのコンピュータプログラム140a及び判定に用いられる各閾値のデータがインストールされている。
【0051】
読出装置110eは、フレキシブルディスクドライブ、CD(Compact Disc)−ROMドライブ又はDVD(Digital Versatile Disc)−ROMドライブなどによって構成されている。読出装置110eは、可搬型記憶媒体140に記録されたコンピュータプログラムまたはデータを読み出すことができる。
可搬型記憶媒体140には、コンピュータがオペレーションを実行するためのアプリケーションプログラム140a及び各閾値のデータが格納されている。CPU110aが可搬型記憶媒体140から該アプリケーションプログラム140aを読み出し、これらのプログラム及び閾値のデータをハードディスク110dにインストールすることができる。
【0052】
ハードディスク110dには、例えば米国マイクロソフト社が製造販売するWindows(登録商標)などのグラフィカルユーザインターフェース環境を提供するオペレーションシステムがインストールされている。
以下、本発明のプログラム(コンピュータプログラム140a)は、該オペレーティングシステム上で動作するプログラムとして説明する。
【0053】
入出力インターフェース110fは、例えばUSB(Universal Serial Bus)、IEEE1394、RS−232Cなどのシリアルインターフェース、SCSI、IDE、IEEE1284などのパラレルインターフェース、及び、D/A変換器、A/D変換器などからなるアナログインターフェースなどから構成される。入出力インターフェース110fには、キーボード及びマウスからなる入力デバイス130が接続されている。ユーザは、入力デバイス130を使用することにより、測定用試料の測定により取得された癌患者のデータを、コンピュータ本体110に入力することができる。入出力インターフェース110fにはさらに、測定装置200が接続されている。測定装置200による測定用試料の測定により取得された癌患者のデータは、測定装置200からコンピュータ本体110に直接送信される。
【0054】
画像出力インターフェース110gは、LCD又はCRTなどで構成される表示部120に接続されており、CPU110aから入力される画像データに応じて映像信号を表示部120に出力する。表示部120は、入力された映像信号に基づいて、画像データを出力する。表示部120はさらに、CPU110aから入力された判定結果を出力する。
【0055】
以下、本発明の一実施形態として、上記の判定装置100において実行されるコンピュータプログラム140aの処理フローを、図2を参照して説明する。
測定装置200は、測定用試料の測定により取得された癌患者のデータを、コンピュータ本体110に直接送信する。
【0056】
判定装置100のCPU110aは、第1CDKの活性値及び発現量、第2CDKの活性値及び発現量、uPAの発現量、並びにPAI−1の発現量のデータを、入出力インターフェース110fを介して測定装置200から受信する(ステップS1)。CPU110aは、取得したデータをRAM110cに記憶させる。
【0057】
CPU110aは、RAM110cに記憶させた上記のデータを読み出し、再発リスクスコアを算出する(ステップS2)。CPU110aは、算出した再発リスクスコアをRAM110cに記憶させる。なお、このステップS2では、CPU110aは、第1CDKの比活性をさらに算出することが好ましい。
【0058】
CPU110aは、ハードディスク110dに予め記憶させていた第1、第2及び第3の閾値を読み出す。そして、CPU110aは、第1閾値と再発リスクスコアの値とを比較する(ステップ3−1)。再発リスクスコアの値が第1閾値よりも小さい場合(Yes)、処理をステップS3−2に進める。反対に、再発リスクスコアの値が第1閾値よりも小さくない場合(No)、処理をステップS4−2に進める。
ステップ3−2では、CPU110aは、第2閾値とuPAの発現量の値とを比較する。uPAの発現量の値が第2閾値よりも小さい場合(Yes)、処理をステップS3−3に進める。反対に、uPAの発現量の値が第2閾値よりも小さくない場合(No)、処理をステップS4−2に進める。
ステップ3−3では、CPU110aは、第3閾値とPAI−1の発現量の値とを比較する。PAI−1の発現量の値が第3閾値よりも小さい場合(Yes)、処理をステップS4−1に進める。反対に、PAI−1の発現量の値が第3閾値よりも小さくない場合(No)、処理をステップS4−2に進める。
【0059】
上記のステップ2において第1CDKの比活性を算出している場合、CPU110aは、ハードディスク110dに予め記憶させていた第4閾値を読み出し、第4閾値と第1CDKの比活性の値とを比較することが好ましい(図2−2のステップ3−4)。第1CDKの比活性の値が第4閾値よりも小さい場合(Yes)、処理をステップS4−1に進める。反対に、第1CDKの比活性の値が第1閾値よりも小さくない場合(No)、処理をステップS4−2に進める。
なお、図2−1及び図2−2から理解できるように、処理フローにおいて、ステップ3−1、3−2、3−3及び3−4の順序は入れ替えることができる。また、上記の説明では、癌患者のデータは、測定装置200からコンピュータ本体110に直接送信されたが、本発明はそのような実施の形態に限定されない。例えば、癌患者のデータは、ユーザによる入力デバイス130に対する入力操作により、入出力インターフェース110fを介してコンピュータ本体110に入力されてもよい。
【0060】
上記の各閾値は、癌患者の癌の種類に応じて設定可能である。この実施形態において設定した各閾値を以下の表1に示すが、各閾値は、これらの値に限定されない。
【0061】
【表1】

【0062】
本実施形態では、各閾値はハードディスク110dに予め記憶されていたが、本発明はこのような実施の形態に限定されない。例えば、CPU110aは、入力デバイスから入力された各閾値のデータを、入出力インターフェース110fを介して受信することができる。CPU110aはまた、外部記憶装置に記憶された各閾値のデータを、インターネットに接続された入出力インターフェース110fを介して受信することができる。CPU110aはさらに、可搬型記憶媒体140に記録された各閾値のデータを読出装置で読み出すことにより、これらを受信することができる。
【0063】
CPU110aは、再発リスクスコアが第1の閾値未満であり、uPAの発現量が第2の閾値未満であり、且つPAI−1の発現量が第3の閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定する(ステップS4−1)。CPU110aはまた、再発リスクスコアが第1の閾値以上であるか、uPAの発現量が第2の閾値以上であるか又はPAI−1の発現量が第3の閾値以上であるとき、癌の再発リスクが高いと判定する(ステップS4−2)。
【0064】
上記のステップ2において第1CDKの比活性を算出している場合、CPU110aは、再発リスクスコアが第1の閾値未満であり、uPAの発現量が第2の閾値未満であり、PAI−1の発現量が第3の閾値未満であり、且つ第1CDKの比活性が第4の閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定する(ステップS4−1)。CPU110aはまた、再発リスクスコアが第1の閾値以上であるか、uPAの発現量が第2の閾値以上であるか、PAI−1の発現量が第3の閾値以上であるか、又は第1CDKの比活性が第4の閾値以上であるとき、癌の再発リスクが高いと判定する(ステップS4−2)。
【0065】
CPU110aは、上記の判定結果をハードディスク110dに記憶させるとともに、画像出力インターフェース110gを介して表示部120に出力する(ステップS5)。
なお、ここでは、CPU110aは判定結果のみを出力したが、生体試料を採取した癌患者に対して補助療法を行うか否かの指示をさらに出力してもよい。すなわち、CPU110aが、癌の再発リスクが低いと判定した場合には、判定結果と共に補助療法を行わない指示を表示部120に出力する。
【0066】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0067】
(実施例1)
実施例1では、生体試料の採取後の癌の再発の有無が確認されている生体試料について、本発明の判定方法及び従来の判定方法によって癌の再発リスクを検討し、その判定精度を検討することを目的とする。
なお、この実施例では、従来の判定方法として、第1及び第2CDKの活性値及び発現量に基づく方法(以下、「従来法1」という)と、uPA及びPAI−1の発現量に基づく方法(以下、「従来法2」という)とを用いた。
【0068】
(1)生体試料
生体試料として、ミュンヘン工科大学医学部が管理する腫瘍バンクより、39名の乳癌患者から採取した組織片(39検体)を入手した。これら39検体については、患者に施行された治療法、検体採取後の癌の再発の有無など様々な臨床情報が得られている。また、これら39検体は、検体採取後に癌が再発した症例と再発が一定期間認められなかった症例とが、ほぼ1:1となるように選択された。すなわち、本実施例では、癌の再発率は約50%に設定されている。
【0069】
(2)測定用試料の調製
各検体(50〜3000 mg)と破砕用ボールとをチューブに入れ、破砕機(Mikro-Dismembrator S;Sartorius社製)により検体を回転速度3000/分で30秒間粉砕した。チューブに1mLの可溶化液(トリス緩衝食塩水(TBS)、pH8.5)を添加し、チューブを4℃にて4時間回転させて検体を可溶化した。チューブを遠心分離(100,000 x g、4℃、4時間)し、得られた上清を測定用試料として回収した。得られた測定用試料は、各測定に用いられるまで凍結保存した。
【0070】
(3)第1及び第2CDKの発現量の取得
(3-1)フィルタープレートへのタンパク質の固相化
発現量測定用フィルタープレート(Filter Plate MultiScreen HTS PSQPlate;ミリポア社製)の各ウェルに30%エタノールを100μLずつ加えた。プレートを、吸引装置(吸引/加圧両用ポンプ及びマルチスクリーンHTSバキュームマニホールド;ミリポア社製)に設置し、吸引装置の設定を「-5 in Hg」にしてウェル内の溶液を吸引した(以下、吸引は、吸引装置の設定を「-5 in Hg」にして行った)。吸引後、装置のバルブを閉じ、マニホールドからプレートを取り外した。プレートの各ウェルにメンブレン洗浄液(25 mM Tris-HCl (pH7.4)、150 mM NaCl)を200μLずつ加え、プレートを再びマニホールドに設置して、ウェル内の溶液を吸引した。そして、上記の測定用試料の希釈液を100μLずつウェルに分注した。また、検量線作成のためのCDK標準品溶液を100μLずつウェルに分注した。
なお、測定用試料の希釈液は下記のようにして調製した。また、CDK標準品溶液として、下記の濃度のCDK1溶液及びCDK2溶液を用いた。
【0071】
・測定用試料の希釈液(800μL)
メンブレン洗浄液(25 mM Tris-HCl (pH7.4)、150 mM NaCl) :475μL
検体希釈液(0.005% NP-40、25 mM Tris-HCl (pH7.4)、150 mM NaCl) :300μL
測定用試料 : 25μL
合計 :800μL
・CDK1標準品:340、170及び85 ng/mLの3点の希釈系列
・CDK2標準品:130、65及び32.5 ng/mLの3点の希釈系列
【0072】
なお、CDK標準品溶液は各濃度について2ウェルずつ分注し、測定用試料の希釈液は各検体について3ウェルずつ分注した。また、対照として、検体希釈液を4つのウェルに100μLずつ分注した。
分注後、プレートをマニホールドに設置し、ウェル内の溶液を吸引することにより、溶液中のタンパク質をフィルタープレートに吸着させた。各ウェルにメンブレン洗浄液を300μLずつ加えた後、再度吸引してフィルタープレートを洗浄した。
【0073】
(3-2)フィルタープレート上での抗原抗体反応及び蛍光標識反応
上記フィルタープレートの各ウェルにブロッキング試薬(4%BSA、TBS(pH7.4))を100μLずつ分注し、溶液を吸引した。そして、各ウェルにメンブレン洗浄液を300μLずつ加えた後、再度吸引してフィルタープレートを洗浄した。
CDK1の発現量を測定するためのウェルには、抗CDK1ポリクローナル抗体(120μg/mL)を50μLずつ分注した。また、CDK2の発現量を測定するためのウェルには、抗CDK2ポリクローナル抗体(75μg/mL)を50μLずつ分注した。そして、ウェル内の溶液を吸引した。再度、各抗体溶液を50μLずつ添加して、23℃に設定した恒温器内で2時間インキュベートした。プレートをマニホールドに設置し、ウェル内の溶液を吸引した。そして、各ウェルにメンブレン洗浄液を300μLずつ加えた後、吸引する洗浄工程を4回繰り返した。
【0074】
各ウェルに2次抗体試薬(ビオチン化抗ウサギIgG抗体(8μg/mL);商品名:Goat Anti-Rabbit IgG(H+L)-BIOT Human/Mouse Adsorbed, Southern Biotech社製, 型番:4050-08)を50μLずつ分注し、溶液を吸引した。再度、2次抗体試薬を50μLずつ添加し、23℃に設定した恒温器内で45分間インキュベートした。プレートをマニホールドに設置し、ウェル内の溶液を吸引した。そして、各ウェルにメンブレン洗浄液を300μLずつ加えた後、吸引する洗浄工程を2回繰り返した。プレートの各ウェルに蛍光標識試薬(FITC標識ストレプトアビジン(10μg/mL);商品名:FLUORESEIN STREPTAVIDIN, VECTOR社製, 型番:SA5001)を100μLずつ添加し、ウェル内の溶液を吸引した。そして、各ウェルにメンブレン洗浄液を300μLずつ加えた後、吸引する洗浄工程を4回繰り返した。洗浄後、フィルタープレートのアンダードレインを取り外し、該プレートの底をキムタオル(登録商標)(日本製紙クレシア株式会社)に押し付けて、残った溶液を吸収させた。そして、60℃に設定した恒温器内にプレートを逆さまに置いて、充分乾燥させた。
【0075】
(3-3)蛍光検出
蛍光標識物質からの蛍光の検出にはプレートリーダー(InfiniteF200;テカン社製)を用いた。プレートリーダーの励起波長を485nm、蛍光波長を535nmに設定して、プレートの各ウェルの蛍光強度を測定した。CDK標準品溶液を分注したウェルの測定値から、蛍光強度とCDKの量との関係を示す検量線を作成した。この検量線と得られた測定値から、各測定用試料に含まれるCDK1及びCDK2の発現量を定量した。
【0076】
(4)第1及び第2CDKの活性値の取得
(4-1)20%プロテインAビーズ懸濁液の調製
プロテインAビーズ(カタログNo. 17-5280-04;GEヘルスケア社)の試薬容器を転倒混和してビーズを懸濁させ、免疫沈降緩衝液(50 mM Tris-HCl(pH7.4)、0.1 % NP-40)を加えて20%のビーズ懸濁液を調製した。
【0077】
(4-2)免疫沈降によるCDK分子の捕捉
免疫沈降用フィルタープレート(製品名:MultiScreen(登録商標)HTS FilterPlate Hydrophilic, Millipore社製, 型番:MSHVN4550)の各ウェルに、上記の20%プロテインAビーズ懸濁液を30μLずつ分注した。該プレートにおいて、CDK1の活性値を取得するためのウェルには、抗CDK1抗体(8μg/ウェル)を、CDK2の活性値を取得するためのウェルには、抗CDK2抗体(3μg/ウェル)を、バックグラウンド測定のためのウェルには、ウサギIgG(5μg/ウェル)(CALBIOCHEM社)を添加した。そして、上記(3-1)で調製した測定用試料の希釈液を90μLずつウェルに分注した。また、検量線作成のためのCDK標準品溶液を30μLずつウェルに分注した。なお、CDK標準品溶液として、CDK1標準品溶液(5、2.5及び1.25 ng)とCDK2標準品溶液(40、20及び10 ng)との混合液である、3点の希釈系列を用いた。
【0078】
フィルタープレートにフタをして、4℃に設定した低温インキュベーター内のプレートシェーカーを用いて120分間撹拌して、免疫沈降反応を行った。反応終了後に、フィルタープレートを上記の吸引装置に設置し、該装置の設定を「-5 in Hg」にしてウェル内の溶液を吸引した(以下、吸引は、吸引装置の設定を「-5 in Hg」にして行った)。吸引後、プレートの各ウェルに免疫沈降用洗浄液1(50 mM Tris-HCl (pH7.4)、1% NP-40)を200μLずつ分注し、これを吸引装置で吸引した。そして、再度、免疫沈降用洗浄液を各ウェルに200μLずつ分注し、これを吸引装置で吸引した。吸引後、プレートの各ウェルに免疫沈降用洗浄液2(50 mM Tris-HCl (pH7.4)、300 mM NaCl)を200μLずつ分注し、これを吸引装置で吸引した。そして、プレートの各ウェルに免疫沈降用洗浄液3(50 mM Tris-HCl (pH7.4))を200μLずつ分注し、これを吸引装置で吸引した。プレートをキムタオル(登録商標)(日本製紙クレシア株式会社)に押し付けて、残った溶液を吸収させた。
【0079】
(4-3)酵素反応
上記の洗浄操作後のプレートの各ウェルに、酵素反応試薬(200μg/mLヒストンH1タンパク質、5mM ATP-γ-S、20 mM Tris-HCl (pH7.4))を50μLずつ分注した。プレートにフタをして、37℃に設定した恒温振とう機を用いて、900 rpmで60分間撹拌し、酵素反応を行った。この反応により、基質タンパク質のヒストンH1がチオリン酸化される。プレートを恒温振とう機から取り出し、該プレートの下部に回収用プレート(Rigid Plate V Bottom Non-Sterile Clear;Sterilin社製)を重ねた。2つのプレートを重ねた状態で遠心分離(4℃、2000 rpm、5分間)して、回収用プレートに反応生成物の溶液を得た。
【0080】
(4-4)蛍光標識反応
上記のようにして回収した反応生成物の溶液を、蛍光標識化反応用プレート(MicroAmp Optical 96-Well Reaction Plate;Applied Biosystems社製)の各ウェルに14μLずつ分注した。さらに、蛍光標識試薬(400 nM 5-インドアセトアミドフルオレセイン)を各ウェルに14μLずつ分注し、プレートを撹拌した。そして、プレートをアルミホイルに包んで遮光し、25℃に設定した恒温振とう機を用いて400 rpmで20分間撹拌して、蛍光標識反応を行った。反応停止液(2M MOPS、60 mM N-アセチルシステイン、pH7.4)を各ウェルに200μLずつ分注し、撹拌して蛍光標識反応を停止させた。
【0081】
(4-5)測定用フィルタープレートへの固相化
活性測定用フィルタープレート(MultiScreen HTS FilterPlate, Hydrophobic;ミリポア社製)の裏面のアンダードレインをゆっくりと取り外し、吸引装置に設置した。活性測定用フィルタープレートの各ウェルに70%エタノールを100μLずつ加え、これを吸引装置で吸引した。吸引後、装置のバルブを閉じ、ポンプをOFFにした。プレートの各ウェルにメンブレン洗浄液(25 mM Tris-HCl (pH7.4)、150 mM NaCl)を200μLずつ加え、これを吸引装置で吸引した。そして、上記の蛍光標識化反応用プレート中の反応を停止させた溶液を、活性測定用プレートの各ウェルに100μLずつ移した。吸引装置のバルブを開いて、活性測定用プレートのウェル内の溶液を吸引した。メンブレン洗浄液を各ウェルに300μLずつ分注し、これを吸引装置で吸引した。プレートの底をキムタオル(登録商標)(日本製紙クレシア株式会社)に押し付けて、残った溶液を吸収させた。そして、60℃に設定した恒温器内にプレートを逆さまに置いて、充分乾燥させた。
【0082】
(4-6)蛍光検出
蛍光標識物質からの蛍光の検出にはプレートリーダー(InfiniteF200;テカン社製)を用いた。プレートリーダーの励起波長を485nm、蛍光波長を535nmに設定して、活性測定用プレートの各ウェルの蛍光強度を測定した。CDK標準品溶液を分注したウェルの測定値から、蛍光強度とCDKの活性との関係を示す検量線を作成した。この検量線と得られた測定値から、各測定用試料に含まれるCDK1及びCDK2の活性値を定量した。
【0083】
(5)uPA及びPAI−1の発現量の取得
uPA及びPAI−1の発現量は、上記(3-1)で調製した測定用試料の希釈液を、American Diagnostica社製のELISA測定キット(uPA ELISA kit(製品番号894)及びPAI-1 ELISA kit(製品番号821))を用いて測定することにより取得した。なお、測定は、キットに添付されたマニュアルの記載に従って行った。具体的には、以下のとおりである。
抗uPA抗体が予めコートされたマイクロプレートの各ウェルに、測定用試料の希釈液及びキットに添付されたuPAの標準品溶液を100μLずつ加えた。抗PAI−1抗体が予めコートされたプレートについても同様に、測定用試料の希釈液及びキットに添付されたPAI−1の標準品溶液を100μLずつ加えた。これらのプレートを4℃で一晩インキュベートした。各プレートのウェルをキットに添付の洗浄用緩衝液で4回洗浄した。抗uPA抗体が予めコートされたマイクロプレートの各ウェルに、検出用の抗uPA抗体を100μLずつ加えた。抗PAI−1抗体が予めコートされたプレートについても同様に、検出用の抗PAI−1抗体を100μLずつ加えた。これらのプレートを室温で1時間インキュベートし、各プレートのウェルを洗浄用緩衝液で4回洗浄した。各ウェルに、キットに添付の酵素コンジュゲート希釈液を100μLずつ加えた。これらのプレートを室温で1時間インキュベートし、各プレートのウェルを洗浄用緩衝液で4回洗浄した。各ウェルに、キットに添付の基質溶液を100μLずつ加えて、室温で20分間インキュベートした。そして、各ウェルに0.5N H2SO4を50μLずつ加えて反応を停止させた。そして、各ウェルの450 nmにおける吸光度をプレートリーダーで測定した。uPA及びPAI−1の標準品溶液を分注したウェルの測定値から、吸光度と発現量との関係を示す検量線を作成した。この検量線と得られた測定値から、各測定用試料に含まれるuPA及びPAI−1の発現量を定量した。
【0084】
(6)癌の再発リスクの判定
(6-1)再発リスクスコア及びCDK1の比活性の算出
上記のようにして得たCDK1及びCDK2の発現量及び活性値を用いて、下記の式(1)〜(3)に基づいて再発リスクスコア(RRS)を算出した。また、下記の式(4)に基づいてCDK1の比活性を算出した。
【0085】
(RRS)=3000×F(x)×G(y) ・・・(1)
F(x)=0.15/(1+Exp(−(x−1.6)×7) ・・・(2)
G(y)=0.25/(1+Exp(−(y−1.0)×6) ・・・(3)
[ただし、式(2)及び式(3)において、
x=(CDK1活性値)/(CDK1発現量)であり、
y=[(CDK2活性値)×(CDK1発現量)]/[(CDK2発現量)×(CDK1活性値)]である。]
(CDK1比活性)=(CDK1活性値)/(CDK1発現量) ・・・(4)
【0086】
・従来法1による再発リスクの判定
従来法1による再発リスクの判定では、各検体について算出したRRS及びCDK1の比活性の値を、それぞれの閾値と比較して、癌患者を再発リスクの高い群(Highグループ)と、再発リスクの低い群(Lowグループ)とに分類した。すなわち、(RRS)≧0.45であるか又は(CDK1比活性)≧70(maU/eU)である検体の患者をHighグループと判定した。また、(RRS)<0.45であり、且つ(CDK1比活性)<70(maU/eU)である検体の患者をLowグループと判定した。
【0087】
・従来法2による再発リスクの判定
従来法2による再発リスクの判定では、各検体について取得したuPA及びPAI−1の発現量の値を、それぞれの閾値と比較して、癌患者を再発リスクの高い群(Highグループ)と、再発リスクの低い群(Lowグループ)とに分類した。すなわち、(uPAの発現量)≧3(ng/mg総タンパク量)であるか又は(PAI−1の発現量)≧14(ng/mg総タンパク量)である検体の患者をHighグループと判定した。また(uPAの発現量)<3(ng/mg総タンパク量)であり、且つ(PAI−1の発現量)<14(ng/mg総タンパク量)である検体の患者をLowグループと判定した。
【0088】
・本発明の判定方法による再発リスクの判定
本発明の判定方法による再発リスクの判定では、各検体について算出したRRS及びCDK1の比活性の値、並びに取得したuPA及びPAI−1の発現量の値を、それぞれの閾値と比較して、癌患者を再発リスクの高い群(Highグループ)と、再発リスクの低い群(Lowグループ)とに分類した。すなわち、(RRS)≧0.45であるか、(CDK1比活性)≧70(maU/eU)であるか、(uPAの発現量)≧3(ng/mg総タンパク量)であるか又は(PAI−1の発現量)≧14(ng/mg総タンパク量)である検体の患者をHighグループと判定した。また、(RRS)<0.45であり、(CDK1比活性)<70(maU/eU)であり、(uPAの発現量)<3(ng/mg総タンパク量)であり、且つ(PAI−1の発現量)<14(ng/mg総タンパク量)である検体の患者をLowグループと判定した。
【0089】
本発明の判定方法、並びに従来法1及び従来法2のそれぞれで分類したHighグループ及びLowグループについて、ログランク検定による生存時間分析を行った。得られた結果を図3に示す。なお、図3のA)は従来法1について、B)は従来法2について、C)は本発明の判定方法についての結果である。
従来法1では、Highグループに分類された20例のうちの12例(60%)およびLowグループに分類された19例のうちの6例(32%)が、再発により死亡した患者の検体であった。また、従来法2では、Highグループに分類された25例のうちの14例(56%)およびLowグループに分類された14例のうちの4例(29%)が、再発により死亡した患者の検体であった。すなわち、従来法1及び2では、再発リスクが低いと判定されたLowグループの5年後の無再発生存率は、いずれも90%未満であった。さらに、従来法1及び2により分類されたHighグループとLowグループとの間には、統計学的有意差は認められなかった(それぞれ、P=0.0976およびP=0.1)。
これに対して、本発明の方法では、Highグループに分類された29例のうちの17例(59%)およびLowグループに分類された10例のうちの1例(10%)が、再発により死亡した患者の検体であった。すなわち、本発明の判定方法では、Lowグループの5年後の無再発生存率は90%であった。また、HighグループとLowグループとの間には、統計学的有意差が認められた(P=0.0087)。
よって、本発明の判定方法は、従来法に比べて高い判定精度を有しており、この方法に用いられる判定項目の組み合わせは、強力な再発リスク予測因子となり得ることが示唆された。
【0090】
さらに、本発明の判定方法、並びに従来法1及び従来法2のそれぞれについて、危険率(ハザード比:HR)を検討した。Lowグループ対Highグループの危険率を、Cox比例ハザードモデルにより算出した。結果を下記の表2に示す。
表2より、従来法1及び2では、それぞれ危険率が2.2及び1.7であったが、本発明の判定方法では危険率が9.2と著しく高くなった。この値は、従来法1及び2の危険率の値の和(3.9)よりも高いことから、本発明の判定方法では、再発リスクの予測性能が相乗的に向上していることが示唆された。
【0091】
【表2】

【0092】
(参考例)
この参考例では、上記の生体試料について、従来法1又は従来法2に種々の病理学的診断項目を組み合わせた場合、癌の再発リスクの判定精度がどの程度向上するのかを検討することを目的とする。
用いられた病理学的診断項目は、患者の年齢、腫瘍径、リンパ節転移の有無、組織学的グレード分類、ホルモン受容体(プロゲステロン受容体(PR))の発現、Her2の発現である。それぞれの項目のリスク分類のための閾値は、以下の表3に示す。
【0093】
【表3】

【0094】
この参考例において、リンパ節転移の有無及び組織学的グレード分類は、検体の組織切片を一般的なヘマトキシリン・エオシン染色法により染色し、顕微鏡で観察することにより決定された。なお、組織学的グレード分類は、「乳癌取り扱い規約(第16版)」(日本乳癌学会編)に記載の判定基準に従って行った。
【0095】
Her2の発現は、一般的な免疫組織染色法により決定された。具体的な手順は次のとおりである。検体の組織切片を、アミノシランで予めコートされたスライドグラスに載せ、37℃で一晩乾燥させた。検体をPBSで再水和し、さらに2回洗浄した。そして、0.005%サポニン(Sigma社)を用いて、検体を室温で30分間前処理した。検体をPBSで洗浄して、抗Her2マウスモノクローナル抗体(0.125μg/mL;Oncogene Science社)と、4℃で一晩反応させた。検体をPBSで洗浄し、ウサギ抗マウスIgG(20μg/mL;Dianova GmbH社)と反応させた。検体をPBSで洗浄し、アルカリフォスファターゼ-抗アルカリフォスファターゼ複合体(50倍希釈;Dianova社)と、室温で30分間反応させた。検体をPBSで洗浄し、アルカリフォスファターゼの基質であるTexas Fast Red(Sigma社)と反応させ、さらにヘマトキシリンで対比染色した。染色後の組織切片を光学顕微鏡(4倍の対物レンズ)で観察した。この観察において、組織切片中にHer2陽性細胞がないか、又は該陽性細胞の数が組織切片中の腫瘍細胞全体に対し10%に満たない場合を陰性と判定し、10%以上である場合を陽性と判定した。
【0096】
PRの発現については、Her2の場合と同様にして、PRに対する抗体を用いた免疫組織染色法により決定された。具体的な判定手順は、次のとおりである。染色した検体について、光学顕微鏡(4倍の対物レンズ)で組織切片を観察して、腫瘍細胞の核内のPRの免疫反応性を確認した。そして、免疫反応性の認められる細胞の数が組織切片中の腫瘍細胞全体に対し10%に満たない場合を陰性と判定し、10%以上である場合を陽性と判定した。
【0097】
上記の各項目、並びに従来法1及び2のそれぞれにより癌の再発リスクを判定した場合のハザード比(Lowグループ対Highグループ、Cox比例ハザードモデル)を、以下の表4に示す。
【0098】
【表4】

【0099】
従来法1に種々の病理学的診断項目を組み合わせた場合、患者の癌の再発リスクの判定は次のようにして行った。従来法1及び病理学的診断項目の両方で低リスクと判定された検体の患者を、Lowグループと判定した。また、従来法1又は病理学的診断項目のいずれかで高リスクと判定された検体の患者を、Highグループと判定した。
従来法2に種々の病理学的診断項目を組み合わせた場合、患者の癌の再発リスクの判定は次のようにして行った。従来法2及び病理学的診断項目の両方で低リスクと判定された検体の患者を、Lowグループと判定した。また、従来法2又は病理学的診断項目のいずれかで高リスクと判定された検体の患者を、Highグループと判定した。
各組み合わせのハザード比(Lowグループ対Highグループ、Cox比例ハザードモデル)を、以下の表5に示す。また、各組み合わせのハザード比を、各項目のハザード比の和で除した値を、表5及び図4に示す。
【0100】
【表5】

【0101】
表5を参照して、病理学的診断項目の1つである年齢と従来法1とを組み合わせた場合、得られたハザード比は、2.653であった。この値は、表4に示されるそれぞれのハザード比を足した値「3.545」よりも低い値であった。同様に、他の各病理学的診断項目と従来法1又は従来法2とを組み合わせた場合においても、得られたハザード比は、それぞれのハザード比を足した値よりも低い値であるか、又は、同程度の値であった。
これに対し、本発明の判定方法である従来法1と従来法2とを組み合わせた場合、得られたハザード比は9.177であった。この値は、それぞれのハザード比を足した値「3.962」よりも有意に高い値であった。図4は、表5に示す各項目の組み合わせによって得られたハザード比を、各項目それぞれのハザード比の和によって除した値を、組み合わせ毎に示すグラフである。
図4を参照して、従来法1と従来法2とを組み合わせた本発明の判定方法は、他の組合せによる判定方法と比較して、判定精度が顕著に向上していることがわかる。
【符号の説明】
【0102】
100 判定装置
110 本体
110a CPU
110b ROM
110c RAM
110d ハードディスク(HD)
110e 読出装置
110f 入出力インターフェース
110g 画像出力インターフェース
110h バス
120 表示部
130 入力デバイス
140 可搬型記憶媒体
140a アプリケーションプログラム
200 測定装置
300 ケーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌患者から採取した生体試料から、第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とを取得するステップと、
取得した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定するステップと
を含む、癌の再発リスクの判定方法。
【請求項2】
前記判定ステップにおいて、第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量とに基づいて再発リスクスコアを取得し、
取得した再発リスクスコアと、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定する請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
前記再発リスクスコアが、下記の式(1):
(再発リスクスコア)=F(x)×G(y) ・・・(1)
[式中、
xは第1CDKの比活性を表し、この第1CDKの比活性は、(第1CDKの活性値)/(第1CDKの発現量)で示され;
yは比活性の比を表し、この比活性の比は、(第2CDKの比活性)/(第1CDKの比活性)で示され、第2CDKの比活性は、(第2CDKの活性値)/(第2CDKの発現量)で示される]
に基づいて取得される値である請求項2に記載の判定方法。
【請求項4】
前記F(x)及びG(y)が、それぞれ下記の式(2)及び(3):
F(x)=a/(1+Exp(−(x−b)×c)) ・・・(2)
G(y)=d/(1+Exp(−(y−e)×f)) ・・・(3)
[式中、
a、b及びcは、xと癌の再発率との相関関係から定められた定数であり;
d、e及びfは、yと癌の再発率との相関関係から定められた定数である]
である請求項3に記載の判定方法。
【請求項5】
前記判定ステップにおいて、再発リスクスコアが第1の閾値未満であり、uPAの発現量が第2の閾値未満であり、且つPAI−1の発現量が第3の閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定する請求項2〜4のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項6】
前記判定ステップにおいて、再発リスクスコアが第1の閾値以上であるか、uPAの発現量が第2の閾値以上であるか又はPAI−1の発現量が第3の閾値以上であるとき、癌の再発リスクが高いと判定する請求項2〜5のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項7】
前記判定ステップにおいて、さらに、(第1CDKの活性値)/(第1CDKの発現量)で示される第1CDKの比活性を取得し、
取得した第1CDKの比活性と、再発リスクスコアと、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定する請求項2〜4のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項8】
前記判定ステップにおいて、再発リスクスコアが第1の閾値未満であり、第1CDKの比活性が第4の閾値未満であり、uPAの発現量が第2の閾値未満であり、且つPAI−1の発現量が第3の閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定する請求項7に記載の判定方法。
【請求項9】
前記判定ステップにおいて、再発リスクスコアが第1の閾値以上であるか、uPAの発現量が第2の閾値以上であるか、PAI−1の発現量が第3の閾値以上であるか又は第1CDKの比活性が第4の閾値以上であるとき、癌の再発リスクが高いと判定する請求項7または8に記載の判定方法。
【請求項10】
前記第1CDKがCDK1であり、前記第2CDKがCDK2である請求項1〜9のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項11】
癌患者から採取した生体試料が、乳腺組織である請求項1〜10のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項12】
癌患者から採取した生体試料から取得した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とを受信するステップと、
受信した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量と、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定するステップと、
得られた判定結果を出力するステップと
をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項13】
前記判定ステップが、
前記受信ステップで受信した第1CDKの活性値及び発現量と、第2CDKの活性値及び発現量とに基づいて再発リスクスコアを算出し、
算出した再発リスクスコアと、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定するステップである請求項12に記載のコンピュータプログラム。
【請求項14】
前記再発リスクスコアが、下記の式(1):
(再発リスクスコア)=F(x)×G(y) ・・・(1)
[式中、
xは第1CDKの比活性を表し、この第1CDKの比活性は、(第1CDKの活性値)/(第1CDKの発現量)で示され;
yは比活性の比を表し、この比活性の比は、(第2CDKの比活性)/(第1CDKの比活性)で示され、第2CDKの比活性は、(第2CDKの活性値)/(第2CDKの発現量)で示される]
に基づいて算出される値である請求項13に記載のコンピュータプログラム。
【請求項15】
前記F(x)及びG(y)が、それぞれ下記の式(2)及び(3):
F(x)=a/(1+Exp(−(x−b)×c)) ・・・(2)
G(y)=d/(1+Exp(−(y−e)×f)) ・・・(3)
[式中、
a、b及びcは、xと癌の再発率との相関関係から定められた定数であり;
d、e及びfは、yと癌の再発率との相関関係から定められた定数である]
である請求項14に記載のコンピュータプログラム。
【請求項16】
前記判定ステップにおいて、再発リスクスコアが第1の閾値未満であり、uPAの発現量が第2の閾値未満であり、且つPAI−1の発現量が第3の閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定する請求項13〜15のいずれか1項に記載のコンピュータプログラム。
【請求項17】
前記判定ステップが、
さらに、(第1CDKの活性値)/(第1CDKの発現量)で示される第1CDKの比活性を算出し、
算出した第1CDKの比活性と、再発リスクスコアと、uPAの発現量と、PAI−1の発現量とに基づいて癌の再発リスクを判定するステップである請求項13〜15のいずれか1項に記載のコンピュータプログラム。
【請求項18】
前記判定ステップが、
再発リスクスコアが第1の閾値未満であり、uPAの発現量が第2の閾値未満であり、PAI−1の発現量が第3の閾値未満であり、且つ第1CDKの比活性が第4の閾値未満であるとき、癌の再発リスクが低いと判定するステップである請求項17に記載のコンピュータプログラム。
【請求項19】
前記第1CDKがCDK1であり、前記第2CDKがCDK2である請求項12〜18のいずれか1項に記載のコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−111021(P2013−111021A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260446(P2011−260446)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】