説明

癌の転移又は増殖抑制剤

【課題】癌の死亡要因に癌の遠隔転移が直接的または間接的に関与している。癌の転移過程で癌細胞の運動能の亢進による浸潤・転移は極めて重要な段階である。この運動能を亢進させる因子を抑制し、転移を抑制する薬剤が望まれる。
【解決手段】ブラジキニンはブラジキニン受容体を介して癌細胞の運動能を亢進するが、ブラジキニン拮抗剤が癌細胞の運動能の亢進を抑制し、癌細胞の増殖をも抑制することを見出した。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は癌細胞の運動能の亢進による浸潤・転移を抑制する癌転移抑制剤又は癌増殖抑制剤に関するものである。
【0002】
【従来の技術】近年、癌治療は着実に進歩しており、特に、外科的手術、放射線治療あるいは化学療法による原発癌の除去に対する成功率の向上がその進歩に寄与している。
【0003】しかしながら、原発癌の除去が完全になされても癌の転移により死亡する場合が少なくなく、外科的手術、放射線治療あるいは化学療法では癌の転移を完全に阻止するには限界があり、依然として癌による死亡原因に於いて癌の遠隔転移が直接的又は間接的に関与している。
【0004】現在、癌の転移について、下記の血行性転移メカニズムが想定されている。即ち、(1)原発巣で癌細胞が増殖、(2)血管が新生、(3)悪性化した癌細胞が新生血管を浸潤、血管内に侵入、(4)体内を循環、(5)標的部位に到達、(6)血管外に浸潤、(7)標的臓器で増殖、(8)転移巣の形成、というものである。
【0005】これらの複雑な転移成立過程の中で、癌細胞の運動能の亢進による浸潤・転移は極めて重要な段階である(Cell, 64, 327-336 (1991))。これまでに、高転移性癌細胞は、それ自身が自己分泌型運動因子を産生し、固有運動を亢進させることが報告されている(Proc. Natl. Acad. Sci., 83, 3302-3306 (1986))。
【0006】この悪性因子に対する阻害物質は転移抑制剤として期待できる。しかし、現在までにその特異的阻害剤は見出されていない。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】このような状況において、自己分泌型運動因子の阻害剤を見出し癌転移抑制剤として開発することが求められている。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者らは癌細胞が浸潤・転移する時にブラジキニンがブラジキニン受容体を介して細胞内カルシウムを変動させて運動・移動することを見出し、また、ブラジキニン受容体の拮抗剤がその運動を抑制することを見出し、更に、ブラジキニン拮抗剤が癌の増殖を阻害することも見出し、本発明を完成した。即ち、本発明は、
【0009】(1)癌細胞のブラジキニン受容体とそのリガンドとの結合により生じる作用を抑制する薬剤、(2)リガンドがブラジキニンである上記(1)記載の薬剤、(3)ブラジキニン拮抗剤を有効成分とする癌細胞の浸潤又は転移抑制剤、(4)ブラジキニン拮抗剤を有効成分とする癌細胞の増殖抑制剤、(5)ブラジキニン拮抗剤がブラジキニンB2受容体に対する拮抗剤である上記(3)記載の浸潤又は転移抑制剤、(6)ブラジキニン拮抗剤がブラジキニンB2受容体に対する拮抗剤である上記(4)記載の増殖抑制剤、(7)ブラジキニン拮抗剤を有効成分とする癌の治療又は転移予防剤、に関する。
【0010】ブラジキニン受容体としては、ブラジキニンB1受容体、ブラジキニンB2受容体などが知られており、又、ブラジキニン拮抗剤としてはいくつかの化合物が知られている。本発明のブラジキニン拮抗剤としては、現在までに知られているブラジキニン拮抗剤をはじめ、ブラジキニン受容体と結合しその作用を阻害するものであればどのようなものでも使用できる。本発明のブラジキニン拮抗剤の具体例としては、例えば、[des-Arg9,[Leu8]]-ブラジキニン、[Lys0,des-Arg9,[Leu8]]-ブラジキニン、[D-Phe7]-ブラジキニン、HOE−140([D-Arg0, Hyp3, Thi5, D-Tic7, Oic8]-ブラジキニン:Hyp=Hydroxyprolyl,Thi=β-2-Thienylalanyl,Tic=Tetrahydroisoquinolinecarbonyl,Oic=Octahydroindolecarbonyl)、NPC17761([1-Adamantaneacetyl-D-Arg0, Hyp3, Thi5,8, D-Phe7]-ブラジキニン)、WIN64338(Phosphonium[[4[[2[[bis(cyclohexylamino)methylene]amino]-3-(2-naphthalenyl)-1-oxopropyl]amino]phenyl]methyl]tributyl,chloride,monohydrochloride)、FR173657((E)-3-(6-Acetamide-3-pyridyl)-N-[N-[2,4-dichloro-3-[(2-methyl-8-quinolinyl)oxymethyl]phenyl]-N-methylaminocarbonylmethyl]acrylamide)などをあげることができる。好ましくは、HOE−140、FR173657などがあげられる。
【0011】本発明に使用されるブラジキニン拮抗剤は経口、非経口のいずれでも投与することができ、錠剤、散剤、注射剤など通常使用されている剤型に製剤化することができる。製剤中に含まれるブラジキニン拮抗剤等のリガンドは特に限定されないが、通常0.001%〜100%の範囲から選択することができる。
【0012】本発明に使用されるブラジキニン拮抗剤の投与量は年齢、体重、病態、治療効果、投与方法、投与時期、投与日数、投与期間により異なるが、1回1〜300mgを1日1〜3回、好ましくは、10〜100mgを1日1〜2回投与する。本発明により浸潤、転移又は増殖の抑制及び治療される腫瘍は、ブラジキニン受容体を持つものであれば特に限定されないが、例えば胃癌、肝臓癌、膵臓癌、大腸癌、膀胱癌、子宮癌、肺癌等が挙げられる。
【0013】
【実施例】次に、本発明の実施例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0014】実施例1マウス膀胱癌細胞MBT−2に対する運動促進活性
【0015】マウス膀胱癌細胞MBT−2を10%牛胎児血清を含むRPMI−1640培地にて継代培養し、対数増殖期にある細胞を無血清培地に置き換え一晩培養した。運動促進活性の測定にはボイデン・チャンバー(膜ポアサイズ8μm)を用い、膜にはあらかじめマウス・ラミニンを塗布したものを用いた。細胞を2x10/wellとなるようにボイデン・チャンバーの上室に撒き、下室にはケモアトラクタントとしてブラジキニンを最終濃度で5nM、50nM、500nM添加した。対照群はブラジキニン無添加群とした。37℃、10時間培養後、ヘマトキシリン・エオシン染色で細胞を染色し、膜の下側に移動した細胞数を倒立顕微鏡下で計測した。
[結果]対照群での移動細胞数は30±9個(平均±標準偏差)であり、ブラジキニン5nM、50nM、500nM添加群の移動細胞数はそれぞれ50±12個、58±10個、60±14個であった。対照群に比べ、ブラジキニンを添加した群では膜の下側に移動したMBT−2細胞数が増加し、ブラジキニンには運動促進活性があることを認めた。また、ブラジキニンの運動促進活性は濃度依存的に増強されていた。
【0016】実施例2マウス膀胱癌細胞MBT−2に対する浸潤促進活性マウス膀胱癌細胞MBT−2を10%牛胎児血清を含むRPMI−1640培地にて継代培養し、対数増殖期にある細胞を1x105/mlに調整し、マトリゲル・インベージョン・チャンバーの上室に播種した。上室には更にブラジキニンを最終濃度100nMを加え、対照群はブラジキニンを添加しない群とした。37℃で24時間培養後、ヘマトキシリン・エオシン染色で細胞を染色し、膜の下側に移動した細胞数を倒立顕微鏡下で計測した。
[結果]ブラジキニン添加群では浸潤した細胞数は389±112個(平均±標準偏差、n=6)であり、対照群では38±19個で、ブラジキニンによるMBT−2細胞の浸潤能の亢進が認められた。
【0017】実施例3マウス膀胱癌細胞MBT−2の運動能に対するブラジキニン拮抗剤[D-Arg0,Hyp3,Thi5,8,D-Phe7]-ブラジキニンの阻害活性実施例1と同様にマウス膀胱癌細胞MBT−2を10%牛胎児血清を含むRPMI−1640培地にて継代培養し、対数増殖期にある細胞を無血清培地に置き換え一晩培養した。運動促進活性の測定にはボイデン・チャンバー(膜ポアサイズ8μm)を用い、膜にはあらかじめマウス・ラミニンを塗布したものを用いた。細胞を2x10/wellとなるようにボイデン・チャンバーの上室に撒き、下室にはケモアトラクタントとしてブラジキニンを最終濃度で50nM添加し、更にブラジキニン拮抗剤[D-Arg0,Hyp3,Thi5,8,D-Phe7]-ブラジキニン(シグマ社製)を最終濃度で1μM、5μMとなるよう添加した。37℃で10時間培養後、ヘマトキシリン・エオシン染色で細胞を染色し、膜の下側に移動した細胞数を倒立顕微鏡下で計測した。
[結果]対照群、ブラジキニン50nM添加群の移動細胞数はそれぞれ、114±14個(平均±標準偏差)、177±12個であり、対照群に比べブラジキニン50nM単独添加群では明らかにMBT−2の運動促進活性が認められた。しかしブラジキニン50nMに対してブラジキニン拮抗剤を添加した群では、1μM添加群では129±47個、5μM添加群では70±9個であり、ブラジキニンによって促進された運動活性はブラジキニン拮抗剤で抑制された。特にブラジキニン拮抗剤5μM添加群では対照群よりも運動能を抑制しており、ブラジキニン拮抗剤には強い運動能阻害活性が認められた。
【0018】実施例4マウス膀胱癌細胞MBT−2の浸潤能に対するブラジキニン拮抗剤[D-Arg0,Hyp3,Thi5,8,D-Phe7]-ブラジキニンの阻害活性実施例2と同様にマウス膀胱癌細胞MBT−2を10%牛胎児血清を含むRPMI−1640培地にて継代培養し、対数増殖期にある細胞を1x10/mlに調整し、マトリゲル・インベージョン・チャンバーの上室に播種した。上室には更にブラジキニン、ブラジキニン拮抗剤を添加した。実験群は、ブラジキニン100nM群、ブラジキニン100nM+ブラジキニン拮抗剤5μM群、ブラジキニン拮抗剤5μM群とし、対照群は溶媒として5%グルコース溶液のみ添加した。37℃で24時間培養後、ヘマトキシリン・エオシン染色で細胞を染色し、膜の下側に移動した細胞数(浸潤細胞数)を倒立顕微鏡下で計測した。
[結果]対照群の浸潤細胞数は89.8±8.93個(平均±標準偏差)、ブラジキニン100nM群の浸潤細胞数は183.5±30.5個であり、有意に細胞浸潤の亢進が認められた(t検定、p<0.01)。また、ブラジキニン100nM+ブラジキニン拮抗剤5μM群の浸潤細胞数は88.9±8.10個であり、ブラジキニンによる浸潤亢進が有意に抑えられた(p<0.01)。一方、ブラジキニン拮抗剤5μM群の浸潤細胞数は73.6±10.4個であり、ブラジキニン拮抗剤単独では細胞浸潤に対する抑制は認められなかった。
【0019】
【発明の効果】本発明のブラジキニン拮抗剤によるブラジキニンで刺激した細胞の運動の抑制は、ブラジキニンの関与する細胞運動能の亢進により病態が悪化する癌の治療及び転移の予防に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】癌細胞のブラジキニン受容体とそのリガンドとの結合により生じる作用を抑制する薬剤。
【請求項2】リガンドがブラジキニンである請求項1の薬剤。
【請求項3】ブラジキニン拮抗剤を有効成分とする癌細胞の浸潤又は転移抑制剤。
【請求項4】ブラジキニン拮抗剤を有効成分とする癌細胞の増殖抑制剤。
【請求項5】ブラジキニン拮抗剤がブラジキニンB2受容体に対する拮抗剤である請求項3の浸潤又は転移抑制剤。
【請求項6】ブラジキニン拮抗剤がブラジキニンB2受容体に対する拮抗剤である請求項4の増殖抑制剤。
【請求項7】ブラジキニン拮抗剤を有効成分とする癌の治療又は転移予防剤。

【公開番号】特開2000−86531(P2000−86531A)
【公開日】平成12年3月28日(2000.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−150807
【出願日】平成11年5月31日(1999.5.31)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)