説明

癌幹細胞の培養方法、および癌幹細胞

【課題】癌幹細胞を選択的に培養することができる培養方法、該培養方法により選択された癌幹細胞、該癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子および選択的阻害物質のスクリーニング法、および、該スクリーニング法により選択された癌幹細胞の特異的発現遺伝子および選択的阻害物質を提供する。
【解決手段】少なくとも腫瘍増殖因子β(Tumor growth factor β(TGFβ ))と腫瘍壊死因子α(Tumor necrosis factor α(TNFα))を含む培養液を用いる癌幹細胞の選択的培養方法。選択された癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子および選択的阻害剤のスクリーニング法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌幹細胞を選択的に培養することができる培養方法、該培養方法により選択された癌幹細胞、該癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子および選択的阻害物質のスクリーニング法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織の構成細胞は、大きく分化細胞と幹細胞とに分けられる。分化細胞はその組織特有の機能を発揮する成熟細胞であるが、細胞老化や組織障害により絶えず死んでいる。したがって、これらの細胞は生体組織を維持するよう供給される必要がある。この供給源となる細胞が幹細胞であり、活発な増殖能、分化能および自己複製能をもつことを特徴とする。分化能とは成熟細胞へと分化する能力を示し、自己複製能とは不均等分裂により自己と同じ幹細胞を維持する能力を示す。この自己複製能に関与する遺伝子群は「幹細胞遺伝子」として同定され、これらの遺伝子産物は、Wnt/Frizzeled、Hedgehog/PatchedあるいはNotchリガンド/Notch受容体の細胞伝達経路に関与する。一方、これら「幹細胞遺伝子」産物は癌細胞の増殖、分化および生存にも関与していることが、多発性骨髄腫、脳腫瘍、肝臓癌、膵臓癌、大腸癌、胃癌などにおいて報告されており、多くの「幹細胞遺伝子」と「癌関連遺伝子」が共通していることが示されている。したがって、幹細胞のシステムから癌の発生・増殖・転移・再発を説明することが試みられている。例えば、(1) 癌細胞は幹細胞から発生する可能性があること、(2)癌組織が、幹細胞(癌幹細胞)をもつ階層的な細胞社会を構成することが報告されており、(3)癌幹細胞は現在の治療法に抵抗性がある。この生き残った癌幹細胞が治療後増殖して、再発癌の主要構成細胞となり、これにより再発癌の多くが治療抵抗性となると説明されている。このように幹細胞システムに基づいた癌に対する新しい理解が進みつつあり、これらの知見から、今までの制癌剤や放射線治療とは異なった「幹細胞システムを調節する」という新しい癌治療法の開発が期待される。このためには、第一段階として癌幹細胞を分離することが望まれている。すなわち、この分離した癌幹細胞を用いた細胞機能解析、スクリーニングおよび発現遺伝子解析などにより、癌幹細胞に特異性の高い薬理化合物、生理活性物質、遺伝子および抗体などを見出すことが可能となる。これらの薬理化合物、生理活性物質、遺伝子および抗体などを用いることにより、癌幹細胞を標的とする新規の癌治療および癌診断の開発が可能となる。
【0003】
幹細胞の取得方法はいくつか知られているが(特許文献1参照)、現在、癌幹細胞の分離方法として幹細胞の特徴から3つの方法、(1)幹細胞表面マーカー、(2)サイド・ポピュレーション(Side Population(SP)以下SPともいう)、(3)浮遊細胞塊形成が試みられている。(1)
幹細胞表面マーカー:幹細胞を他の細胞と分離することができる細胞表面発現抗原をいう。グリオーマにおいて神経幹細胞マーカーCD133が、急性白血病幹細胞において造血幹細胞マーカーCD34が発現しており、このような正常組織の幹細胞マーカーを利用して癌幹細胞が濃縮されることが報告されている。上皮系癌では、上皮幹細胞マーカーとして同定されているp75神経栄養因子レセプター(p75 neutrophin receptor: 以下p75NTRという。特許文献2、非特許文献1及び2参照)、インテグリンα6、インテグリンβ1、Notch1およびp63を利用して癌幹細胞の分離が期待される。 (2)SP:蛍光色素Hoechst33342の排出能力により特異的な蛍光色素パターンを示す一群の細胞をいう。この排出能力はABCトランスポーターの活性によると考えられ、様々な正常組織幹細胞がこのSP分画に濃縮されることが発見された。また、近年、急性白血病、悪性固形腫瘍および癌細胞株においてもSP分取が癌幹細胞濃縮法として利用されている。(3)浮遊細胞塊形成;浮遊細胞塊培養法は神経幹細胞の培養・濃縮法として確立されたが、種々の癌幹細胞、乳癌幹細胞、グリオーマおよび髄芽腫幹細胞、メラノーマ幹細胞などもbFGF、EGF等の成長因子を加えた無血清培地中で浮遊細胞塊を形成し、維持・濃縮されていることが報告されている。これら3つの方法は、少なくとも癌幹細胞を濃縮することは可能であるが、混在する非幹細胞である癌細胞を完全に排除することができず、癌幹細胞を分離するためには更なる工夫が求められていた。
【0004】
【特許文献1】特開2004−267167号公報
【特許文献2】特開2000−4900号公報
【非特許文献1】安本 茂、外1名、“ヒト上皮幹細胞と上皮構成細胞の再生能力”、実験医学増刊、2001年、第19巻、第15号、p.2034−2041
【非特許文献2】OKAMURA,T.et al “Oncogene”,2003,22,p.4017−4026
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記現状に鑑み、癌幹細胞を選択的に培養することができる培養方法、該培養方法により選択された癌幹細胞、該癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子および選択的阻害物質のスクリーニング法、および、該スクリーニング法により選択された癌幹細胞の特異的発現遺伝子および選択的阻害物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは前記課題を解決すべく鋭意研究の結果、腫瘍増殖因子β(Tumor growth factor(TGFβ ))と腫瘍壊死因子α(Tumor necrosis factor α(TNFα))を含有する培養液を用いて癌幹細胞を培養することにより、癌幹細胞を選択し、かつ培養することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明は
(1)腫瘍増殖因子βと腫瘍壊死因子αとを含有する培養液を用いる癌幹細胞の培養方法、
(2)癌細胞と癌幹細胞の混在した状態から癌幹細胞のみを選択して培養することを特徴とする(1)に記載の癌幹細胞の培養方法、
(3)培養液における腫瘍増殖因子βと腫瘍壊死因子αの濃度がそれぞれ0.1〜1000ng/mLであることを特徴とする前記(1)又は(2)記載の癌幹細胞の培養方法、
(4)血清を含有しない培養液を用いることを特徴とする前記(1)ないし(3)のいずれか一項に記載の癌幹細胞の培養方法、
(5)癌幹細胞がヒトパピローマウイルス16の癌ウイルス遺伝子を導入して不死化させた子宮頸部上皮細胞である前記(1)ないし(4)のいずれか一項に記載の培養液を用いる培養方法、
(6)前記(1)ないし(5)のいずれか一項に記載の癌幹細胞の培養方法により選択される癌幹細胞、
(7)前記(6)記載の癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子のスクリーニング法、
(8)前記(7)記載のスクリーニング法により同定された特異的発現遺伝子、
(9)前記(6)記載の癌幹細胞を用いた特異的発現タンパク質のスクリーニング法、
(10)前記(9)記載のスクリーニング法により同定された特異的発現タンパク質、
(11)前記(8)記載の特異的発現遺伝子及び/または前記(10)記載の特異的発現タンパク質を用いた癌の治療法および診断方法、
(12)前記(8)記載の特異的発現遺伝子及び/または前記(10)記載の特異的発現タンパク質を検出するためのPCRプライマー、オリゴ・プローブおよび抗体、
(13)前記(12)記載のPCRプライマー、オリゴ・プローブおよび抗体を用いた癌の治療法および診断方法、
(14)前記(8)記載の特異的発現遺伝子の遺伝子組換体および遺伝子改変動物、
(15)前記(6)記載の癌幹細胞を用いた薬理化合物および生理活性物質のスクリーニング法、
(16)前記(15)記載のスクリーニング法により選択された薬理化合物および生理活性物質、
(17)前記(16)記載の薬理化合物および生理活性物質を用いた癌の治療法および診断方法、
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、癌幹細胞の選択的な培養方法、該培養方法により選択された癌幹細胞、該癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子および選択的阻害物質のスクリーニング法、および、該スクリーニング法により選択された癌幹細胞の特異的発現遺伝子および選択的阻害物質を提供できる。本発明は、TGFβとTNFαを含有する培養液を用いる癌幹細胞の培養方法、および、選択された癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子および選択的阻害剤のスクリーニング法である。
以下に本発明を詳述する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、癌幹細胞、一般的には、動物由来上皮系の癌細胞を培養液中で培養するに当たって、腫瘍増殖因子β(TGFβ)と腫瘍壊死因子α(TNFα)を組み合わせて添加することによって、癌幹細胞を含む組織片から癌幹細胞を選択的に培養可能であるという知見に基づくものである。
なお、本明細書において使用する用語「TGFβ」および「TNFα」とは、各々腫瘍増殖因子β(Tumor growth factor(TGFβ ))と腫瘍壊死因子α(Tumor necrosis factor α(TNFα))を意味し、組み換えDNA等により人工的に製造された非天然由来の腫瘍増殖因子βおよび腫瘍壊死因子αを包含することを意味する。
上記TGFβおよびTNFαにおいて、由来する動物種は特に限定されず(例えばヒト由来)、組み換えDNAを作製してこれを発現させることにより製造したものを用いてもよく、また市販のものを用いてもよい。上記TGFβおよびTNFαのうち市販のものとしては、例えば、「RecombinantTGFβ」および「RecombinantTNFα」(Peprotech社製)等が挙げられる。
これらの「TGFβ」および「TNFα」は、PCR等で合成した遺伝子配列が既知のものが好ましい。
【0010】
上記培養液中におけるTGFβとTNFαの濃度は特に限定されないが、それぞれ好ましい下限は、0.1ng/mL、好ましい上限は1000ng/mLである。0.1ng/mL未満であると、癌細胞から癌幹細胞が充分に選択されないことがあり、1000ng/mLを超えると、もはやそれ以上添加しても癌幹細胞の選択に影響せず、培養のコストが上昇することがある。より好ましい下限は1ng/mL、より好ましい上限は100ng/mLである。
【0011】
本発明に使用可能な培養液は、癌幹細胞を溶液培養するのに使用できる培養液であれば特に限定されるものではなく、例えばEGF、Insulin、Transferin、コルチコステロイドおよび脳下垂体抽出物等のサプリメントを加えた従来公知の基礎培養液又はこれらの混合物を培養液として用いることができる。EGFの濃度は特に限定されないが、0.1〜10ng/mL、好ましくは2.5〜8.0ng/mL、より好ましくは4.0〜6.0ng/mLである。Insulinの濃度は特に限定されないが、0.1〜10ng/mL、好ましくは2.5〜8.0ng/mL、より好ましくは4.0〜6.0ng/mLである。Transferinの濃度は特に限定されないが、0.1〜100ng/mL、好ましくは5.0〜15.0ng/mL、より好ましくは8.0〜12.0ng/mLである。コルチコステロイドの濃度は特に限定されないが、0.01〜10μM、好ましくは0.1〜5.0μM、より好ましくは0.1〜1.0μMである。脳下垂体抽出物の濃度は特に限定されないが、0.1〜10ng/mL、好ましくは3.0〜9.0ng/mL、より好ましくは5.0〜8.0ng/mLである。
公知の基礎培養液としては、癌幹細胞のもととなる癌細胞の培養に適したものであれば特に限定されないが、例えばMCDB153培地、イーグル培養液(EMEM)、ダルベッコ改変イーグル培養液(DMEM)、ハムF12培養液、RPMI1640培養液、McCoy’s 5a medium、等が挙げられる。この中ではMCDB153培地(以下細胞培養培地ともいう)が好ましい。
培養液の具体例としては、EGF:5ng/mL、Insulin:5ng/mL、Transferin:10ng/mL、コルチコステロイド:0.2μM、脳下垂体抽出物:6.25μg/mLを加えたMCDB153培地が挙げられる。
【0012】
上記培養液は血清を含有しないことが好ましい。TGFβとTNFαの他、血清に含まれる増殖因子、サイトカイン等が、幹細胞の選択および増殖に影響を与える可能性があるためである。しかし、癌幹細胞の選択および増殖に影響を与えないほど血清の濃度が十分に低ければ、血清の使用は妨げられない。すなわち、本明細書において血清を含有しない培養液とは、血清を含まないあるいは癌幹細胞の選択および増殖に影響を与えない程度に含有することを意味する。
【0013】
上記癌幹細胞とは、従来公知のマーカー、例えば本発明者のうちの一人が見出した上皮系がん幹細胞マーカーp75NTRを発現する幹細胞、一般には癌幹細胞発現マーカーを発現する上皮系の癌幹細胞を意味するものであり、例えば、子宮頸癌ウイルスであるヒトパピローマウイルス16の癌ウイルス遺伝子を導入して不死化させた子宮頸部上皮細胞株で、上皮幹細胞マーカーp75NTRを発現する細胞を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
上記癌幹細胞のもととなる癌細胞は、市販のHeLa細胞などの癌細胞株を用いてもよく、また、SV40などの癌ウイルス遺伝子もしくはRasなどの癌遺伝子を導入した細胞や、癌組織から採取・株化した細胞などを用いてもよい。組織からの細胞の採取は、従来公知の方法により採取することができる。例えば、組織からコラゲナーゼ、ディスパーゼ等による酵素処理により細胞を分離し、適切な培地を用いて増殖させて使用することができる。幹細胞の同定法としては、インテグリンα6、インテグリンβ1、Notch1およびp63等の上皮幹細胞表面マーカーやSPなどを用いても解析することができる。
本発明の培養方法の対象となる癌幹細胞の由来は特に限定されず、ヒト、ブタ、サル、チンパンジー、イヌ、ウシ、ウサギ、ラット、マウス等の哺乳動物;鳥類等に由来するものを用いることができる。なかでも薬理化合物・生理活性物質のスクリーニングの目的にはヒト由来のものが好ましい。
本発明の癌幹細胞の培養方法において、培養条件は、培養液中で癌幹細胞を選択的に培養できる条件、すなわち通常の細胞培養条件と同一であることができる。例えば、ヒトパピローマウイルス16の癌ウイルス遺伝子を導入して不死化させた子宮頸部上皮細胞等のヒト由来細胞である場合、約37℃、5%CO環境下で溶液培養を行うことができる。
コンフレントになった細胞は0.05%〜0.5%のトリプシンおよび0.005%〜0.05%EDTAを含むリン酸緩衝液(PBS)に37℃の環境下で浸すことで培養容器から剥がすことができる。遠心分離(500rpm〜1500rpm、3分〜10分)して回収した細胞の数を計測した後、コンフレントの状態から1/4〜1/10に培養液を用いて希釈し、新しい培養容器に移して培養することができる。継代間隔は細胞の状態によって適宜調節することができるが、好ましくは3〜5日である。
【0014】
本発明の培養方法によれば、無血清系であっても良好に癌幹細胞を選択的に培養することができる。本発明の培養方法により培養した癌幹細胞は、血清による影響がないことから、幹細胞特異的発現遺伝子および発現タンパク質の解析、幹細胞特異的薬理化合物および生理活性物質のスクリーニングなどに有用である。
【0015】
本発明の癌幹細胞を用いた癌幹細胞特異的に発現する遺伝子のスクリーニング法は特に限定されず、DNAマイクロアレイ法等による発現遺伝子解析法などが挙げられる。本発明のスクリーニング法により同定された癌幹細胞特異的発現遺伝子、この遺伝子にストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAおよびこの遺伝子の発現を抑制するRNAもまた、本発明の1つである。この遺伝子にストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAとは、例えば、ハイブリダイゼーション溶液(50mM トリス−塩酸(pH7.5)、1M 塩化ナトリウム、1%ドデシル硫酸ナトリウム、10%デキストラン硫酸、0.2mg/mL酵母RNA、0.2mg/mLサケ精子DNA)中で遺伝子を転写したメンブランを65℃にて、1時間保温し、プレハイブリダイゼーションとし、次に、放射性同位体標識した cDNA断片を放射性同位体量にして100万dpm/ml となるように添加し、65℃にて、16時間保温することにより、ハイブリダイゼーションを行う。続いて、このメンブランを、0.1%ドデシル硫酸ナトリウム を含む2×SSC溶液(300mM 塩化ナトリウム、30mM クエン酸三ナトリウム)中で、65℃にて、30分間洗浄した後、オートラジオグラフィーで解析した際にX線フィルム上でハイブリダイズが確認されるものである。
遺伝子の発現を抑制するRNAとは遺伝子もしくはその転写産物、または転写調節因子の全体又は部分に対してアンチセンスであり、癌幹細胞特異的遺伝子もしくはタンパク質の発現を阻害できる、siRNAなどのRNA配列、リボザイム等をいう。
【0016】
本発明の癌幹細胞特異的発現遺伝子を発現せしめる遺伝子を含む組換え体プラスミドを構築することで、該遺伝子を大腸菌などに導入し安定に保持させることが可能である。この際プラスミドとしては、一般に使われるものはすべて使用可能であるが、例えば、pBluescript KS(+)等がある。これらプラスミドを必要に応じて適当な制限酵素などで切断した後、適当なベクターに接続し、大腸菌用、昆虫細胞用、動物細胞用、トランスジェニック動物作成用のベクターとすることが出来る。動物細胞発現用ベクターとしては、pDEST26等のプラスミドをベクターとして使用すればよい。上記の組換え体プラスミドを、適当な宿主に導入して、形質転換体または形質導入体を構築することが出来る。大腸菌、酵母、昆虫、哺乳類細胞が使用可能である。
【0017】
本発明は、本発明の癌幹細胞を用いた、癌幹細胞特異的に発現するタンパク質のスクリーニング法も提供する。該スクリーニング法とは例えば、液体クロマトグラフィーもしくは二次元ディファレンス電気泳動技術と質量分析計を組み合わせた発現タンパク質の解析やプロテインチップ解析などを挙げることができる。これらのスクリーニング法により癌幹細胞特異的に発現するタンパク質を同定することができる。
またこのようにして同定されたタンパク質を用いて抗体を作成することができる。ここで抗体とは、モノクローナル抗体・ポリクローナル抗体、抗血清のいずれをも指す。該タンパク質に対するモノクローナル抗体は、抗原として癌幹細胞に特異的に発現するマウス、ラット等に感作した後に抗体産生細胞を採取し、抗体産生細胞とハイブリドーマ細胞と融合し、この融合細胞の培養上清から得ることができる。抗血清は、例えば、癌幹細胞特異的に発現するタンパク質を完全フロイドアジュバンド又は不完全フロイドアジュバンド等のアジュバンドを用いて懸濁し、ウサギ、ラット等の動物に皮下投与もしくは筋肉内投与を数回行った後、採取した血液から血清を分離し、該タンパク質に対する抗血清が得られる。また、本発明の抗体の作製に用いられる癌幹細胞特異的に発現するタンパク質は、癌幹細胞から調製したものでも該タンパク質のアミノ酸配列に基づき、ペプチド合成機による化学合成したものであってもよく、その由来は問わない。このようにして得られた抗体は、癌幹細胞特異的に発現するタンパク質を認識するため、癌幹細胞の選択や、後述する本発明を用いた新規薬剤のスクリーニング法において癌幹細胞特異的に発現するタンパク質の発現の確認等に有効に利用することができる。しかしながら、本発明の抗体の用途はこれに限定されるものではない。
【0018】
本発明では、本発明の癌幹細胞を用いた新規薬剤のスクリーニング法が提供される。例えば、本発明の癌幹細胞と幹細胞ではない癌細胞とを用い、両細胞の増殖の阻害に差がある化合物のうち、癌幹細胞の増殖を特異的に抑制する化合物をスクリーニングすることによって、癌幹細胞特異的な増殖阻害物質を発見することが出来る。また、本発明の癌幹細胞特異的遺伝子もしくは特異的発現タンパク質の発現や機能を阻害する薬剤をスクリーニングすることによって、癌幹細胞特異的な発現もしくは機能の阻害物質を発見することが出来る。サンプルとしては、例えば微生物二次代謝産物を用いても良いし、合成した化合物を用いても良い。本発明の癌幹細胞を用いた新規薬剤のスクリーニング法により選択された薬剤は、新規制癌剤となると期待される。
従って、本発明は、本発明で培養される癌幹細胞に対する測定しようとする成分(抗がん剤の単一成分や天然物等の混合物を含む成分)の癌幹細胞に対する影響を評価する方法まで拡大される。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。なお、実施例において、TGFβとTNFαを含有する培養液を幹細胞選択培地という。
【0020】
(実施例1)(比較例1)
ヒト子宮頸部上皮細胞にヒトパピローマウイルス癌遺伝子を遺伝子導入して不死化した細胞株NCE16細胞を得た(「Ohta Y.,Tsutsumi K.,Kikuchi K.and Yasumoto S.“Two distinct human uterine cervical epithelial cell lines established after transfection with human papillomavirus 16 DNA.” Jpn.J.Cancer Res.1997;88(7):p.644−651.」参照)。NCE16細胞から、幹細胞マーカーのp75NTRに対する抗体を用いた磁性細胞分離法(ミルテニーバイオテック社製)を用いて、p75NTR陽性細胞である「NCE16N+細胞」とp75NTR陰性細胞である「NCE16N−細胞」を得た。これらの細胞をEGF:5ng/mL、Insulin:5ng/mL、Transferin:10ng/mL、コルチコステロイド:0.2μM、脳下垂体抽出物:6.25μg/mLを添加したMCDP153(以下細胞培養培地という)に懸濁した細胞懸濁液を調製し、チャンバースライドに5.0×10cells/シャーレの濃度になるように播種し、37℃、5%CO環境下で24時間培養して細胞を培養プレートに接着させた。
次いで、培養液を、TNFαとTGFβをいずれも添加していない細胞培養培地、10ng/mLTNFα(Peprotech社製)のみをさらに添加した細胞培養培地、10ng/mLTGFβ(Peprotech社製)のみをさらに添加した細胞培養培地、およびTNFαとTGFβの濃度がいずれも10ng/mLである幹細胞選択培地1.0mLと交換した。5日後にTUNEL法により細胞死を赤色蛍光で検出した。
添加TNFαとTGFβの組み合わせによる、「NCE16N+細胞」または「NCE16N−細胞」の生存の違いを図1に示した。無添加の細胞培養培地、及びTNFα又はTGFβのみを添加した細胞培養培地で培養した「NCE16N+細胞」と「NCE16N−細胞」では生存に差は見られなかったが、幹細胞選択培地で培養した「NCE16N+細胞」と「NCE16N−細胞」とでは、「NCE16N+細胞」では細胞死が観察されなかったのに対し、「NCE16N−細胞」では多くの細胞死が観察された。
【0021】
(実施例2)
「NCE16N+細胞」を細胞培養培地に懸濁した細胞懸濁液を調製し、60mm細胞培養シャーレに5.0×10cells/シャーレの濃度になるように播種し、37℃、5%CO環境下で24時間培養して細胞を培養プレートに接着させた。
次いで、培養液を幹細胞選択培地(TNFαとTGFβの濃度はいずれも10ng/mL)0.5mLに交換した。この時点を培養0週とした。その後6週間培養を続け、培養0、2、4および6週の細胞数を測定し、またp75NTRの発現をフローサイトメトリーで解析した。
細胞数の変化を図2に、p75NTRの発現の変化を図3に示した。「NCE16N+細胞」は培養後第4週から6週にかけて10倍以上の数に増殖した。これらの増殖した「NCE16N+細胞」はp75NTRを発現していた。
【0022】
(比較例2)
「NCE16N−細胞」について、実施例2と同様にして播種・接着し、6週間培養を続け、培養0、2、4および6週の細胞数を測定した。
細胞数の変化を図2に示した。「NCE16N−細胞」は増殖せず、第2週において死滅した。
【0023】
(実施例3)
「NCE16N+細胞」を、細胞培養培地又は幹細胞選択培地で6週間培養した。6週間後の「NCE16N+細胞」におけるp75NTRのmRNA発現量をPCRで解析し、ヒト全遺伝子の発現量の比較をDNAマイクロアレイ解析(Human Genome U133 Plus 2.0 Array(株式会社バイオマトリックス研究所))で解析した。
p75NTRのmRNA発現を図4に、全ゲノムアレイ解析の結果を図5に示した。「NCE16N+細胞」を幹細胞選択培地で培養するとp75NTRのmRNA発現が認められたが、細胞培養培地で培養するとp75NTRのmRNA発現は認められなかった。
【0024】
(比較例3)
「NCE16N−細胞」を、細胞培養培地で6週間培養した。6週間後のp75NTRのmRNA発現量を実施例3と同様にPCRで解析した。
p75NTRのmRNA発現を図4に示した。「NCE16N−細胞」においてp75NTRのmRNA発現は認められなかった。
【0025】
実施例1及び2より、本発明の培養液は本発明の癌幹細胞を選択的に生存させ、培養することができることが明らかである。これらの事実から、癌細胞と癌幹細胞の混在した状態、例えば組織片等から本発明の培養液を用いて、癌幹細胞のみを選択できることは明らかであり、組織片からの癌幹細胞の選択も本発明の培養方法によって容易に行うことができることが判る。また、本発明の培養液で本発明の癌幹細胞を培養することにより、上皮幹細胞マーカーであるp75NTRの発現が維持されることも明白である。本発明の癌幹細胞は実施例3で示されるように、多くの本発明の特異的発現遺伝子を発現していることから、それら遺伝子の発現を調節する薬理化合物・生理活性物質のスクリーニングに有用である。また、これら遺伝子からは本発明の特異的発現タンパク質を得ることもできる。本発明の特異的発現遺伝子の中には、現在の癌治療法に対する抵抗性の原因遺伝子があると考えられる。よって本発明により、新たな癌治療の標的遺伝子・標的タンパク質が提供され、新たな癌治療剤となる薬理化合物・生理活性物質のスクリーニングも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例1において、「NCE16N+細胞」と「NCE16N−細胞」における添加TNFαとTGFβの組み合わせによる細胞生存の違いを示す図である。
【図2】実施例2および比較例2において培養0、2、4および6週の細胞数の変化を示す図である。
【図3】実施例2および比較例2において培養0、2、4および6週のp75NTR発現の変化を示す図である。
【図4】実施例3において培養培地と選択培地で培養後の「NCE16N+細胞」のp75NTR発現の差を示す図である。
【図5】実施例3において培養培地と選択培地で培養後の「NCE16N+細胞」の遺伝子発現の差をDNAマイクロアレイで解析した結果を示す図である。各ドットは発現遺伝子を示し、中央線は、培養培地と選択培地で培養後の遺伝子発現が変わらないもの、それより上にあるドットは発現が増大した遺伝子、下にあるドットは発現が減少した遺伝子を示す。中央線より上部にある線は4倍の遺伝子発現増大、下部にある線は1/4の遺伝子発現低下の境界を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍増殖因子βと腫瘍壊死因子αとを含有する培養液を用いる癌幹細胞の培養方法。
【請求項2】
癌細胞と癌幹細胞の混在した状態から癌幹細胞のみを選択して培養することを特徴とする請求項1に記載の癌幹細胞の培養方法。
【請求項3】
培養液における腫瘍増殖因子βと腫瘍壊死因子αの濃度がそれぞれ0.1〜1000ng/mLであることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の癌幹細胞の培養方法。
【請求項4】
血清を含有しない培養液を用いることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の癌幹細胞の培養方法。
【請求項5】
癌幹細胞がヒトパピローマウイルス16の癌ウイルス遺伝子を導入して不死化させた子宮頸部上皮細胞である請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の培養液を用いる培養方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか一項に記載の癌幹細胞の培養方法により選択される癌幹細胞。
【請求項7】
請求項6記載の癌幹細胞を用いた特異的発現遺伝子のスクリーニング法。
【請求項8】
請求項7記載のスクリーニング法により同定された特異的発現遺伝子。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−182912(P2008−182912A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−17344(P2007−17344)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【出願人】(503067878)
【Fターム(参考)】