説明

癌治療用組成物

【課題】 超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤とからなり、抗癌作用における相乗効果を有し、また、静脈注射によって体内投与することができ、さらに治療が終了した後に自然に体外へ放出されるような薬剤であるとともに、少ない投与量で治癒効果を発現することで、いわゆる副作用を軽減できるような薬剤を提供することを技術的課題とする。
【解決手段】 スピネル構造の組成物MOFe(Mは2価金属)などの超常磁性酸化鉄粒子とタキサン系抗癌剤などの抗癌剤とからなることを特徴とする癌治療用組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤からなる癌治療用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的に、抗癌剤は癌細胞のDNAを標的として、その損傷を起こさせることにより殺細胞効果を示す。その過程において、過酸化水素やスーパーオキサイドを代表とする活性酸素種(ROS)が生成し、このROSがDNA損傷を誘発させ、殺細胞効果あるいは抗腫瘍効果に重要であることはすでに報告されている。多くの抗癌剤や放射線療法や光療法は腫瘍細胞内でのROSの産生を誘導する。一方、超常磁性酸化鉄粒子は、MRI用造影剤としてや、癌治療の有効な方法の一つである温熱療法において重要な材料として検討されている。
【0003】
例えば、特許文献1(特開2005−247807号公報)には、非ステロイド系抗炎症剤とプロテアソーム・インヒビターとを有効成分とする癌治療用組成物に関して報告されている。そのメカニズムとして、スリンダクおよびこの代謝産物であるスリンダクスルフィド、スリンダクスルホン等の活性酸素誘発効果のある非ステアロイド系炎症剤とを併用すると、各種癌細胞に酸化ストレスが増大し、酸化的DNA傷害の増大を惹起し、抗腫瘍効果を高めると考えられている。
【0004】
また、特許文献2(特表2006−520752号公報)には、マンガンの有機塩または誘導体を用いてROSを生成し、癌や炎症等の酸化ストレスに関連する種々の疾病の処置に関して報告されている。
【0005】
さらに、特許文献3〜5(特開平5−49704、特開平5−137803、特開平5−228219号公報)には、42〜90℃のキューリー温度を有する磁性材料の表面に、抗がん剤と40〜70℃で溶融する感温性高分子を被覆した癌治療用温熱素子組成物に関して報告されている。
【0006】
また、特許文献6(特開平2−9813号公報)には、10〜100メッシュの磁性体、すなわち254〜2540μmの磁性材(酸化鉄)と生理活性物質と付着性物質を必須成分とする経口投与型磁性体含有剤形に関して報告されている。
【0007】
前立腺癌は男性ホルモンであるアンドロゲンに対して感受性をもつ癌であり、一般的には高齢者の癌と考えられている。欧米では、前立腺癌は罹患率・死亡率が男性の悪性腫瘍の上位を占め、米国男性の最も罹患率の高い癌であり、欧米における癌死亡率の約20%を占めている。日本では、前立腺癌の罹患率・死亡率は、比較的低い癌であったが、高齢化および食生活の欧米化により、その頻度は増加し、2020年にはその罹患者数は日本の男性の癌の第二位を占めると予測されている。
【0008】
前立腺癌の治療法には、手術療法、放射線治療、内分泌療法、および特別な治療を実施せず、当面経過観察する「待機療法」がある。前立腺癌の治療の基本方針として、前立腺癌の病期によりこれらの治療法の選択及び組み合わせが決まる。
【0009】
内分泌療法は、手術あるいは薬物により男性ホルモンを低下させたり、作用を遮断する事により前立腺癌細胞を死滅あるいは増殖を抑制させる。治療早期には90%以上の患者に有効であるが、数年後に徐々に効果がなくなる(再燃)。この再燃した前立腺癌に対して、抗癌剤単剤あるいは多剤併用により化学療法が行われている。最近では、ドセタキセルを中心にした併用療法で、生存率が改善されたと報告され、first−lineとして使用することが進められている。しかし、その予後の改善は2−3ヶ月にすぎない。
【0010】
活性酸素種(ROS)は細胞に対し有害であるとともに、細胞内の情報伝達に重要な役割を果たす。また、ROSは癌の発生・進展に重要な役割を果たす。特に、前立腺癌では、高年齢で発生する事と低いレベルのROS刺激との関係が報告されている。一方、そのROSは、多くの抗癌剤や放射線療法や光療法は腫瘍細胞内で産生を誘導され、殺細胞効果をもたらす。
【0011】
抗癌剤ドセタキセルは、微小管に結合して安定化させ脱重合を阻害することで、腫瘍細胞の分裂を阻害することにより、殺細胞の効果を発揮する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005−247807号公報
【特許文献2】特表2006−520752号公報
【特許文献3】特開平5−49704号公報
【特許文献4】特開平5−137803号公報
【特許文献5】特開平5−228219号公報
【特許文献6】特開平2−9813号公報
【特許文献7】特開2006−347949号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記したように、活性酸素種(ROS)誘発効果の高い抗癌剤を含む物質を癌細胞に作用させることができれば、効果的な治療を行うことができる。このROSを直接癌細胞の中で産生させる事を上昇させる事やROSを除去する機構を抑制する事で、癌細胞の中でのROS産生を効率的に高めることができる。加えて、従来の抗癌剤とは異なる物質を機序の異なる抗癌剤に併用する事で、その副作用を軽減できる。
特定の癌細胞だけに抗癌剤を運搬するために、磁石によりターゲティングする方法が提案されている。特許文献6にも磁性材を同目的で使用している。ただし、本特許で使用している磁性材は上記のように非常に大きな材料であり、実際の使用には種々の制限が生じる。
【0014】
一方、特許文献3〜5に記載された磁性材は、直径30〜100μm、厚さと直径のアスペクト比が3〜10の円板状であり、この場合は、局部加熱用インプラント材として使用するためのものである。よって、抗がん剤の抗がん作用を促進させるものではない。さらに、その大きさ故に体外への自然放出は難しく、体内に滞留するものである。
【0015】
引用文献7には、磁性酸化鉄微粒子をCT診断用又は温熱治療法などに用いられることが記載されているが、磁性酸化鉄微粒子を抗癌剤と併用することは何ら考慮されていない。
【0016】
このように、磁性体ナノ粒子と抗癌剤とからなり、抗癌作用における相乗効果を有し、また、静脈注射によって体内投与することができ、さらに治療が終了した後に自然に体外へ放出されるような薬剤が望まれている。
同時に、少ない投与量で治癒効果を発現することで、いわゆる副作用を軽減できるような薬剤が強く望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、磁性酸化鉄の超常磁性粒子と抗癌剤との併用使用について検討し、抗癌剤の使用量を大幅に減少できるという癌細胞への優れた殺細胞効果を見出した。
【0018】
即ち、本発明は、平均粒子径が5〜10nmである超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤とからなることを特徴とする癌治療用組成物である(本発明1)。
【0019】
また、本発明は、抗癌剤がタキサン系抗癌剤で、且つ、対象となる癌が前立腺癌である本発明1記載の癌治療用組成物である(本発明2)。
【0020】
また、本発明は、超常磁性酸化鉄粒子がスピネル構造の組成物MOFe(Mは2価金属)である本発明1又は2に記載の癌治療用組成物である(本発明3)。
【0021】
また、本発明は、超常磁性酸化鉄粒子が生体適合性の薬剤を用いて分散させた本発明1〜3のいずれかに記載の癌治療用組成物である(本発明4)。
【0022】
また、本発明は、超常磁性酸化鉄粒子のBET比表面積が70〜180m/gである本発明1〜4のいずれかに記載の癌治療用組成物である(本発明5)。
【発明の効果】
【0023】
本発明の超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤とを併用することで、抗癌剤のみを使用する場合に比較して、抗癌剤の添加量を1/10に低減することができる。すなわち、抗癌剤による化学療法において最大の問題とされる副作用を低減できることが可能となる。また、異なる抗癌作用のある薬剤と組み合わせることができる。一方、超常磁性酸化鉄粒子の単分散コロイド無菌水溶液を用いることで、生体への安全性を確保しながら、かつ、血管への投与が可能となることに加えて、超微粒子であることにより、投与後は体内からの排泄を容易にする等の作用効果をもたらす。
【発明を実施するための形態】
【0024】
まず、本発明における超常磁性酸化鉄粒子について述べる。
【0025】
超常磁性酸化鉄粒子として、スピネル型強磁性体MOFe(Mは2価金属)であり、MがFeの場合の組成はFexOFeであり、この組成式のxは2価鉄の含有量を表し、x=1はFeOFeでマグネタイト、x=0はγ−Feでマグヘマイト、その中間(x=0〜1)のスピネル型酸化鉄も磁性酸化鉄であり、これ等の超常磁性酸化鉄粒子が用いられる。
【0026】
超常磁性酸化鉄粒子は保磁力が1〜20Oe.である。20Oe.を超える大きな保磁力の場合は残留磁化を生じて磁気凝集し易くなる。好ましくは1〜10Oe.である。飽和磁化は50〜90emu/gである。50emu/g未満の飽和磁化では磁性が不足しており、90emu/gを超える飽和磁化はスピネル酸化鉄粒子では得難い。好ましくは55〜85emu/gである。
【0027】
超常磁性酸化鉄粒子の大きさは約5nm〜10nmである。5nm未満は非晶質であり、10nmを超えると超常磁性で無くなる。磁性酸化鉄粒子の限界粒子径は5nm〜10nmである。
【0028】
本発明における超常磁性酸化鉄粒子のBET比表面積は70〜180m/gが好ましく、より好ましくは100〜180m/gである。
【0029】
超常磁性を発現するのは保磁力がゼロの強磁性体である。即ち、強磁性体の粒子が単磁区構造であっても大きな粒子の場合は、外部磁界を印加して磁化した後、外部磁界から開放すると残留磁化を生じるが、粒子が極微細になると保磁力は減少して遂にはゼロとなり外部磁界を印加すると磁化するが、外部磁界から開放した後には残留磁化を生じない。この現象は熱擾乱作用によるものであり、このような強磁性微粒子を超常磁性であると言い、この現象が生起する粒子の大きさを限界粒子径という。
【0030】
また、磁性粒子として超常磁性酸化鉄粒子を用いるのは、酸化鉄には生体適応性があるからであり、微粒子ほど生体内からの排泄が容易であるからである。
【0031】
また、この超常磁性酸化鉄粒子を水に分散させた単分散コロイド水溶液は、表面磁束100ガウスの永久磁石を近付けても凝集しない場合は長期安定な単分散コロイド水溶液であることを見出した。これは、磁性酸化鉄粒子の飽和磁化が50〜90emu/gの強磁性体であることと矛盾する現象であるように思えるが、しかし、この飽和磁化値とは磁性酸化鉄粒子を粉末状で測定したときの1グラム当たりの磁化値を表わしたものであるから、これを粒子1個当たりの磁化値に換算すると、微粒子であるほど1グラム中の総粒子個数が多くなるので、1個当たりの磁化値は小さな値となるのである。従って、単分散している超常磁性酸化鉄粒子1個当たりの磁化値は当然小さく、粒子間の磁気凝集も外部磁界の影響も受け難く安定した分散状態を保つことができるのである。
【0032】
本発明における超常磁性酸化鉄粒子は無菌水に分散させて単分散コロイド無菌水溶液とすることができる。単分散コロイド無菌水溶液の濃度は、長期の分散安定性を考慮して上限値を50mg/mlと定めた。50mg/mlを超える濃度では粒子間に働くファンデアワールス力の影響が大きくなり凝集が生起し易くなり好ましくない。下限値は経済性を勘案して5mg/mlと定めた。
【0033】
保磁力が1〜20Oe.で飽和磁化が50〜90emu/gの超常磁性酸化鉄粒子は、鉄塩水溶液とアルカリを用いる水溶液反応(湿式法と言う)、または、酸化鉄粉を水素等の還元性ガス中で加熱還元する方法(乾式法と言う)で合成することができる。
【0034】
本発明における超常磁性酸化鉄粒子の合成方法は、共沈法や水酸化第一鉄コロイドの酸化反応などと呼ばれる湿式法が好ましい。共沈法とは、第一鉄塩水溶液Fe(II)を1モルと第二鉄塩水溶液Fe(III)を2モルとの混合水溶液にアルカリ水溶液を攪拌しながら加えると、Fe(II)と2Fe(III)の共沈反応が生起して黒色スピネル型磁性酸化鉄であるマグネタイト粒子が生成する反応である。この反応においてFe以外の2価金属、例えばMgを添加した場合にはMgを含有したスピネル型磁性酸化鉄粒子が得られる。また、鉄塩濃度や混合温度などの反応条件により生成粒子の大きさが制御できるので、これらの反応条件を組み合わせることにより超常磁性酸化鉄粒子を合成することができる。
【0035】
水酸化第一鉄コロイドの酸化反応法とは、第一鉄塩水溶液にアルカリ水溶液を添加すると水酸化第一鉄コロイドが生成する。この水酸化第一鉄コロイド水溶液を加熱攪拌しながら空気等の酸素含有ガスを通気すると水酸化第一鉄コロイドの酸化反応により黒色磁性酸化鉄であるマグネタイト粒子が生成する反応である。上記の共沈法と同様にFe以外の2価金属を添加した場合には添加金属を含有したスピネル酸化鉄粒子が得られる。また、この反応条件を組み合わせて制御することにより超常磁性酸化鉄粒子を合成することができる。
【0036】
磁性酸化鉄の単分散コロイド水溶液は下記の3工程により生成することができる。即ち、(1)上記した合成法で超常磁性酸化鉄粒子を生成した後、(2)反応母液から反応時に副生した水可溶性副生塩類を定法により水洗除去して超常磁性酸化鉄粒子のコロイド水溶液を精製する。
【0037】
次に、(3)上記精製したコロイド水溶液の分散媒を超純水で置換する。例えば遠心分離機により固液分離した後、超純水を加えて再分散する方法で実施できる。
【0038】
そして、さらに上記コロイド水溶液の濃度を超純水で5〜50mg/mlに希釈調整した後、毒性検査及びエンドトキシン検査を行い、何れも陰性であることを確認することにより、超常磁性酸化鉄粒子が無菌水に単分散している磁性粒子含有医薬用原薬を得ることができる。原薬濃度は5〜50mg/mlである。5mg/ml未満では濃度が希薄すぎて実用的でなく、また、50mg/mlを超える場合は単分散コロイドの粒子間が過密になり、粒子間引力による粒子の凝集が生じるので好ましくない。好ましい濃度は10〜40mg/mlである。
【0039】
さらに、得られた磁性粒子含有医薬用原薬は表面磁束100ガウスの永久磁石を用いて磁気凝集生起の有無を確認する。
【0040】
一方、抗癌剤としては、アルキル化剤、代謝拮抗剤、植物アルカロイド、抗腫瘍剤等がある。これらはいずれもDNAへの作用により抗癌効果を発現するものである。
【0041】
今回、種々の抗癌剤の中でも、微小管重合阻害薬といわれる微小管が重合した状態でより安定にすることで細胞の有糸分裂を停止させ、癌細胞を死滅させるような作用機構を持った抗癌剤を用いた。
【0042】
具体的には、ドセタキセル(docetaxel)、パクリタキセル等のタキサン系抗癌剤が挙げられる。
【0043】
超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤との添加割合は、抗癌剤1nMに対して1μg/mlから100μg/mlが好ましい。
【0044】
本発明においては、癌細胞に対し、超常磁性酸化鉄粒子を曝露した後、抗癌剤を投与するか、あるいは癌細胞に対し超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤との混合物を曝露することによって、癌細胞を死滅させることができる。
【0045】
<作用>
本発明では、超常磁性酸化鉄粒子は、前立腺癌細胞内でROS(活性酸素種)を生成させ、DNA損傷を生じる事が明らかになった。それは同粒子が前立腺癌細胞内で、DNA損傷修復遺伝子発現の誘導あるいは抑制は無く、損傷除去酵素遺伝子発現の抑制、抗酸化酵素遺伝子発現の抑制によるものである。その結果、抗癌剤ドセタキセルに併用する事により、ドセタキセルの単独使用に比べ、その容量をごく少量、例えば、1/10量で同等の効果を得る事が出来る。
【0046】
抗癌剤は、癌細胞内のDNA等の標的物質の損傷を誘起する作用を持っている。その過程で生じる活性酸素種(ROS)の生成量が、抗癌剤の効果に重要な影響を与えると言われている。ところが、癌細胞のみならず正常細胞への影響も多く生じ、いわゆる副作用が最大の課題とされている。
【0047】
そのためには、癌細胞のみに少ない抗癌剤を作用させることが求められている。一方、超常磁性酸化鉄粒子は、MRI用造影剤や温熱療法等の癌治療薬として重要な材料として種々検討されている。また特定の臓器へ薬剤を運ぶ、DDS用担体としての検討も種々なされている。これらは磁性酸化鉄微粒子を用い生体適応性物質と複合した磁性粒子含有医薬として検討されているが、磁性酸化鉄微粒子の粒度や磁性等の粉体特性と磁性粒子含有医薬特性との特性要因の関係は未だ十分に解明されているとは言えない。
【0048】
すなわち、抗癌剤の機能を十分に発揮できるよう抗癌剤と磁性粒子の均質な組成物を再現性良く生成できる癌治療用組成物の開発が求められていた。
【0049】
本発明では、超常磁性酸化鉄粒子の単分散コロイド無菌水溶液と抗癌剤とからなる組成物を提供することにより前記課題を解決した。すなわち、超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤の相乗作用により、ROSの発生を促進し、結果として癌細胞の生存率が大幅に低下し、少ない抗癌剤の添加量で同等の効果を発揮することが明らかとなった。同時に、生体への安全性を確保した超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤との組成物を用いることで、血管への投与が可能となることに加えて、超微粒子であることにより、人体に投与後の安全性及び代謝・排泄に関して何ら問題を生じない薬剤を提供することができる。将来は、温熱療法と化学療法との併用治療用としても有効に使用できる薬剤を提供することが期待できる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。但し、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0051】
尚、生成物の構造解析にはX線回折装置を用いた。
【0052】
平均粒子径はX線回折線(311)の半値幅からシェラーの式を用いて算出した。
【0053】
粒度分布は透過型電子顕微鏡TEMで観測した。
【0054】
磁気特性の測定には振動試料型磁力計VSMを用い10kOe.の磁場で測定した。
【0055】
また、Fe2+含有量はキレート滴定法により測定した。
【0056】
生成物は無菌検査及び菌の残骸有無に関するエンドトキシン検査を行った。
【0057】
<実施例1>
撹拌装置及び加熱装置を備えた5000mlの反応容器を用い、原料鉄塩と苛性ソーダは試薬特級を用い、また水はイオン交換水を用いた。生成物の超常磁性酸化鉄粒子の超純水分散液は、無菌検査及びエンドトキシン検査を行った。
【0058】
(1)超常磁性酸化鉄粒子の合成工程
水溶液濃度0.5モルの塩化第一鉄水溶液500mlと、濃度0.5モルの塩化第二鉄水溶液1000mlを反応容器に投入し、撹拌して第一鉄と第二鉄塩の混合水溶液を調整した後、加熱昇温した。この混合鉄塩水溶液が80℃に昇温した時、予め準備した濃度1.0モルの苛性ソーダ水溶液2300mlを該混合水溶液に撹拌しながら添加した。添加が完了してから温度を80℃に保持して60分間撹拌をつづけた。生成物は磁石に感応する黒色を呈したコロイド水溶液であった。生成物は、上記コロイド水溶液の一部を採取し水洗ろ過したペーストを凍結乾燥して得た粉末を分析した結果、平均粒子径が10nmのスピネル型結晶構造の粒子粉で、粒度分布もシャープ(8〜10nm)であった。また、Fe2+含有量が27.5モル%の磁性酸化鉄粒子であり、磁気特性は飽和磁化σsが68emu/g、保磁力Hcが5Oe.の超常磁性酸化鉄粒子であった。
【0059】
(2)コロイド粒子の精製工程
生成した黒色コロイド水溶液中には黒色コロイド粒子の合成反応で副生した可溶性塩が混在しているので、イオン交換水を用いてデカンテーション法により、副生塩を水洗除去することにより黒色コロイド水溶液を精製した。
【0060】
(3)磁性体含有医薬用原薬の生成工程
生成物の物性を評価するために採取した残りの黒色コロイド水溶液から100mlを良く攪拌しながら採取し、該コロイド水溶液は遠心分離機を用いて固液分離して分散媒を除去した。その後、同量の超純水を注入して超音波分散機を用いて再分散した。これを1サイクルとして5サイクル繰り返し行いコロイド水溶液の分散媒を超純水に置換した。次に、該コロイド水溶液に超純水を加えてコロイド粒子濃度を22mg/mlに調整して超音波分散機で分散した。60分後に超音波分散機を停止してコロイド水溶液を静置し、360分間放置した後のコロイド水溶液には沈殿が生じていないこと、さらに表面磁束が100ガウスの永久磁石を用いて磁気凝集しないことを観測した。このコロイド水溶液は毒性検査及びエンドトキシン検査を行い何れも陰性であることを確認して超常磁性酸化鉄粒子の単分散コロイド無菌水溶液150mlを生成した。
【0061】
(4)超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤の併用による前立腺癌細胞への効果
培養シャーレにヒト前立腺癌細胞DU−145およびPC−3に、実施例1で得られた超常磁性酸化鉄粒子および抗癌剤であるドセタキセルを添加し、細胞生存率の測定、細胞内の8−OHdG の生成量、活性酸素種(ROS)の発生量、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)1および2遺伝子、DNA修復遺伝子hOGG1、損傷除去酵素遺伝子hMTHの発現に関して評価を行った。
【0062】
ドセタキセルの添加量を1nMおよび10nMとし、そこに超常磁性酸化鉄粒子の添加量を1μg/ml、10μg/ml、100μg/mlの3水準で添加した。
【0063】
結果として、DU-145細胞株では、細胞生存率(Alamar Blue Assay)分析により、ドセタキセルを1、10nM添加した際、細胞生存率は90.3±4.1%、84.7±6.4%であった。併用療法の効果としてドセタキセルを1nMに超常磁性酸化鉄粒子1、10、100μg/mLを添加すると生存率はそれぞれ、87.7±6.4%、87.1±4.9%、84.5±4.5%となった。ドセタキセル1nMに超常磁性酸化鉄粒子100μg/mlを添加した時は、ドセタキセル1nMを単独で用いた時と比べて、p<0.05で有意差をもって低下させ,またドセタキセル10nMを単独に用いた時と同じ効果,すなわちドセタキセルの約10倍の効果が認められた。
【0064】
次に、PC-3細胞株では、ドセタキセルを1、10nM添加した際、細胞生存率は85.9±4.6%、79.2±8.6%であった。併用療法の効果としてドセタキセルを1nMに超常磁性酸化鉄粒子1、10、100μg/mLを添加すると生存率はそれぞれ、83.3±4.0%、81.0±3.8%、79.5±3.7%となった。ドセタキセル1nMに超常磁性酸化鉄粒子10、100μg/mlを添加した時は、ドセタキセル1nMを単独で用いた時と比べて、p<0.05をもって低下させ,またドセタキセル10nMを単独に用いた時と同じ効果,すなわちドセタキセルの約10倍の効果が認められた。
【0065】
細胞生存率分析は、Alamar Blue Assayを用いた。このAlamar Blue Assayは、570、600nmの波長で吸光度測定をして、細胞の代謝活性による還元量により細胞生存率を算出している。前立腺癌細胞を24−well plateに4.0×10cells/mlで播種し、5%CO条件下で、培養を行った。そして24時間後に各濃度で超常磁性酸化鉄粒子を添加した。更に24時間後に、超常磁性酸化鉄粒子とドセタキセルを添加した。その24時間後にAlamar Blue試薬を加えて、3時間発色後に570、600nmで吸光度を測定した。
【0066】
また、H2DCF−DA分析により、超常磁性酸化鉄粒子を100μg/ml添加した際に、ROSの発生を確認した。
【0067】
H2DCF−DA分析により、DU−145細胞株において、超常磁性酸化鉄粒子を添加してない条件と比較して、超常磁性酸化鉄粒子を1、10、100μg/mL添加した際、1.03、1.50、2.72倍の細胞内のROSの生成が認められた。このとき、活性酸素種の一種である過酸化水素100μM添加した値は2.60倍であった。従って、超常磁性酸化鉄粒子100μg/mL添加したのは、過酸化水素100μM添加した値と同等のROSが生成した。
【0068】
次に、PC−3細胞株において、ナノ粒子を添加してない条件と比較して、超常磁性酸化鉄粒子を1、10、100μg/mL添加した際、1.07、2.03、2.80倍の細胞内のROSの生成が認められた。このとき、活性酸素種の一種である過酸化水素100μM添加した値は2.98倍であった。従って、超常磁性酸化鉄粒子100μg/mL添加したのは、過酸化水素100μM添加した値と同等のROSが生成した。
【0069】
H2DCF−DAは、生細胞の細胞質で酸化されるまでは、細胞透過性の非蛍光物質であり、生細胞に入ると、二酢酸基が細胞内エステラーゼによって切断される。細胞内にROS(活性酸素種)が存在すると、還元された色素が酸化され、色素が蛍光を発する。その蛍光の発光を蛍光顕微鏡で写真を撮影し、そしてイメージングソフト(photoshop)により定量化を行った。
【0070】
DNAエキストラクターWBキット(和光純薬)に1mMのdesferalを抗酸化剤として加え、DNA抽出を行った。得られたDNAはNuclease P1, alkaline phosphataseによりヌクレオシドに分解し、電気化学検出器(ECD検出器)を備えたHPLCによって分析を行った。
結果として、未添加の場合と超常磁性酸化鉄粒子を以下の濃度0.1、1、10μg/mLで添加した場合0.89、1.28、4.12、13.16[8−OH−dG/10dG]という結果となった。
【0071】
酸化的DNA損傷は、化学物質や放射線、喫煙、生活習慣などの要因によって起こる生体内酸化ストレスにともなって生じ、発がんを始めとする生活習慣病の発症に関与しているとされる。具体的な酸化的DNA損傷として8−ヒドロキシデオキシグアノシン(8−hydroxy−2’−deoxyguanosine:8−OH−dG)が挙げられる。DNA中の8−OH−dGの生成は、GCからTAへの突然変異を引き起こす。8−OH−dGに代表されるDNAの酸化的損傷は細胞の癌化要因の一つとされている。一方、過剰に生成された場合は、癌細胞はその生存がおびやかされる。
【0072】
Realtime−PCRを用いて、8−OHdGの修復酵素であるhOGG1について解析を行った。hOGG1/GAPDH比は、超常磁性酸化鉄粒子を未処理した時を1.00として相対的評価を行うと、超常磁性酸化鉄粒子1、10、100μg/mLを添加すると、1.00±0.43、0.92±0.19、1.18±0.30、1.21±0.24となった。促進・抑制効果とも有意差が認められなかった。
【0073】
次に、dGTPはDNA中のグアニン塩基の原料として、DNA複製の時にポリメラーゼが利用する。塩基が酸化されるのはDNA中の塩基だけではなく、このdGTPが酸化されることもある。dGTPが酸化されると8−オキソグアニンとなる。つまり、8−オキソグアニンとしてポリメラーゼに利用される。8−オキソグアニンはシトシン以外にもアデニンとも対合する。これを阻止するために、酸化されたdGTPを使えない形にする酵素がある。この酵素はdGTPをdGMPに変化させる。dGMPにまで変化されると再びdGTPに戻ることはなく、そのまま排泄される。この働きをする酵素がhMTH1である。
Realtime−PCRを用いて、hMTH遺伝子について解析を行った結果、1.00±0.23、0.56±0.14、0.57±0.11、0.48±0.14となり超常磁性酸化鉄粒子の添加による抑制効果がp<0.05の有意差で認められた。
【0074】
DNA中の8−OHdGの修復に直接かかわる酵素はOGG1(8−OHdGのDNAグリコシラーゼ)およびヌクレオチドプールの8−OHdGTPを加水分解する損傷除去酵素MTH1が代表的である。
【0075】
Realtime−PCRを用いて、SOD1、SOD2両者の発現量の定量化を行った。
【0076】
SODは、生体内で生成したOをHとOを不均一化する酵素でこれにより生体内のOは低いレベルに保たれている。反応は非常に早く良く拡散律速反応と言われる。すなわち、反応は極めて早く基質であるOとSODが出会うと直ちに反応が終了するため、拡散によって基質と酵素がお互い出会う速度が全体の反応をむしろ律速していることになる。SODの中で、細胞質にあるCu,Zn−SOD(SOD1)、ミトコンドリアにあるMn−SOD(SOD2)について解析を行った。
【0077】
SOD1/GAPDH比は、超常磁性酸化鉄粒子を未処理した時を1.00として相対的評価を行うと、超常磁性酸化鉄粒子を以下の濃度1、10、100μg/mLを添加すると、1.00±0.21、0.16±0.03、0.29±0.06、0.13±0.03となり、超常磁性酸化鉄粒子の添加による抑制効果がp<0.01の有意差で認められた。
【0078】
次にSOD2/GAPDH比は、超常磁性酸化鉄粒子を未処理した時を1.00として相対的評価を行うと、超常磁性酸化鉄粒子を以下の濃度1、10、100μg/mLを添加すると、1.00±0.21、0.16±0.03、0.31±0.06、0.14±0.03となり、超常磁性酸化鉄粒子の添加による抑制効果がp<0.01の有意差で認められた。
【0079】
生成されたROSを取り除く抗酸化酵素として、スーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)、スーパーオキシドジスムターゼ2(SOD2)が代表的である。
【0080】
前記実施例に示したとおり、本発明では、超常磁性酸化鉄粒子は、前立腺癌細胞内でROS(活性酸素種)を生成させ、DNA損傷を生じる事が明らかになった。それは同粒子が前立腺癌細胞内で、DNA損傷修復遺伝子発現の誘導あるいは抑制は無く、損傷除去酵素遺伝子発現の抑制、抗酸化酵素遺伝子発現の抑制によるものである。その結果、抗癌剤ドセタキセルに併用する事により、ドセタキセルの単独使用に比べ、その容量を1/10量で同等の効果を得る事が出来た。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒子径が5nm〜10nmである超常磁性酸化鉄粒子と抗癌剤とからなることを特徴とする癌治療用組成物。
【請求項2】
抗癌剤がタキサン系抗癌剤で、且つ、対象となる癌が前立腺癌である請求項1に記載の癌治療用組成物。
【請求項3】
超常磁性酸化鉄粒子がスピネル構造の組成物MOFe(Mは2価金属)である請求項1又は2に記載の癌治療用組成物。
【請求項4】
超常磁性酸化鉄粒子が生体適合性の薬剤を用いて分散されている請求項1〜3のいずれかに記載の癌治療用組成物。
【請求項5】
超常磁性酸化鉄粒子のBET比表面積が70〜180m/gである請求項1〜4のいずれかに記載の癌治療用組成物。



【公開番号】特開2012−153681(P2012−153681A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16671(P2011−16671)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(000166443)戸田工業株式会社 (406)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】