説明

癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法、それを実現するためのコンピュータプログラム及び装置

【課題】本発明の目的は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する新たな感受性判定方法を提供することである。
【解決手段】本発明は、癌細胞を含む生体試料中のGSTπの発現量が閾値より大きい場合に、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する判定工程を有する癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法である。また、上記判定方法は、上記生体試料中のGSTπの発現量を測定する測定工程を有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法、それを実現するためのコンピュータプログラム及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の一般的な治療法の一つに化学療法があり、この化学療法として各種の抗癌剤投与が行われている。しかし、このような抗癌剤の有効性は、癌の種類や患者毎に大きく異なることが知られている。従って、抗癌剤の選択を誤り、効果的でない抗癌剤を投与した場合は、癌の再発可能性が高まるばかりでなく、抗癌剤の副作用により患者の体力が低下し、次に有効な別の抗癌剤を投与しても十分な効果を得られない恐れがある。このことから、個々の患者に有効な抗癌剤をその投与前に正確に特定することができるシステムの開発が切望されている。
【0003】
従来、癌に対する抗癌剤の選定方法としては、患者から単離した癌細胞に様々な抗癌剤を接触させ、癌細胞の増殖抑制等を指標として、その癌細胞に有効と思われる抗癌剤を特定する方法が採用されてきた。しかしながら、このような試行錯誤的方法では、検査結果の再現性が不十分な場合も多いため、その検査結果が臨床治療効果に反映されないという不都合がある。また、上記感受性判定方法には、大量の癌細胞が必要となるため、患者への負担が大きいという不都合もある。
【0004】
一方、タキサン系抗癌剤は、臨床上高く評価され、乳癌、肺癌、胃癌、頭頚部癌、卵巣癌、食道癌等に広く用いられている。その主な作用機序は、細胞分裂の際に形成される微小管に結合し、癌細胞の細胞分裂を特異的に阻害するというものである。しかしながら、上記タキサン系抗癌剤も他の抗癌剤と同様に、白血球減少等の骨髄抑制、抹消神経障害、脱毛等の重大な副作用を引き起こす恐れがある。そのため、タキサン系抗癌剤の投与対象となる癌患者、すなわち、タキサン系抗癌剤に対する感受性が高い癌を予め判断できるシステムの確立は非常に重要である。
【0005】
そのための試みのひとつとして、患者の癌細胞における複数の細胞周期分子の発現レベル又は活性を測定することによって、その癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性を予測する方法が知られている(特許文献1参照)。また、抗癌剤の毒性を弱めることに関与していると考えられているグルタチオン-S-トランスフェラーゼπ(GSTπ)の癌組織における発現を測定し、その発現が高い場合にその癌細胞がタキサン系抗癌剤非感受性であると判定する方法が報告されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2007−503809号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Eur.J.Surg.Oncol.,Vol.34,No.7,pp.734−738,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する新たな感受性判定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者は、上述のように従来はGSTπが高発現している癌細胞がタキサン系抗癌剤に対する感受性が低いと考えられていたが、かかる点について検討、実験及び検証を繰り返した結果、逆にGSTπが高発現している癌細胞がタキサン系抗癌剤への感受性が高くなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
その結果、上記課題を解決するためになされた発明は、
癌細胞を含む生体試料中のGSTπの発現量が閾値より大きい場合に、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する判定工程を有する癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法である。
【0011】
本発明の判定方法は、上記生体試料中のGSTπの発現量を測定する測定工程をさらに有するとよい。
【0012】
上記測定工程におけるGSTπの発現量の測定方法としては、ドットブロット法又はウェスタンブロット法が好ましい。
【0013】
上記癌細胞としては、乳癌、肺癌、胃癌、大腸癌、卵巣癌、脳腫瘍、前立腺癌、皮膚癌又は白血病の癌細胞が好ましい。
【0014】
上記癌細胞としては、乳癌の癌細胞が特に好ましい。
【0015】
上記タキサン系抗癌剤としては、パクリタキセル又はドセタキセルが好ましい。
【0016】
当該判定方法の上記判定工程は、プログラムとコンピュータとの協働によって、又は癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置によって実現させることができる。
【0017】
すなわち、本発明のある態様のプログラムは、
癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得する機能と、
取得された情報をもとに上記発現量と閾値とを比較する機能と、
上記発現量が上記閾値より大きいことを示す比較結果が得られた場合、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する機能と
をコンピュータに実現させるためのプログラムである。
【0018】
本発明のある態様の癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置は、
癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得する取得部と、
閾値を記憶する記憶部と、
上記取得部によって取得された情報及び上記記憶部に記憶された閾値をもとに、上記発現量と閾値とを比較し、上記発現量が上記閾値より大きい場合、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する判定部と
を備える。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する新たな感受性判定方法を提供することができる。また、本発明によれば、上記感受性判定方法を実現するためのコンピュータプログラム及び装置を提供することができる。
【0020】
本発明の判定方法、コンピュータプログラム及び装置によれば、GSTπの発現量を閾値と比較することにより、客観的かつ簡便に癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性を判定することができる。そのため、癌患者に対して、適切で効果的なタキサン系抗癌剤による治療を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態2の癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定システムの概略構成図である。
【図2】図1のCPUが行う各手順を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施の形態3の癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明の実施形態を詳説する。
【0023】
[実施の形態1]癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法
当該癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法は、癌細胞を含む生体試料中のGSTπの発現量を測定する測定工程、及び上記GSTπの発現量が閾値よりも大きい場合に、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する判定工程を有する。以下、各工程について詳述する。
【0024】
(測定工程)
当該測定工程は、癌細胞を含む生体試料中のGSTπの発現量を測定する工程である。
【0025】
上記測定工程で用いられる癌細胞を含む生体試料における癌細胞としては、悪性腫瘍を構成する細胞であれば特に制限されるものではなく、例えば乳癌、肺癌、胃癌、大腸癌、卵巣癌、脳腫瘍、前立腺癌、皮膚癌、肝臓癌、胆嚢癌、膵臓癌、白血病細胞等の癌細胞が挙げられる。これらのうち、当該判定方法により有効な判定結果が得られる観点から、乳癌、肺癌、胃癌、大腸癌、卵巣癌、脳腫瘍、前立腺癌、皮膚癌、及び白血病細胞の癌細胞が好ましく、なかでも乳癌の癌細胞が特に好ましい。
【0026】
上記生体試料は、ヒト等の動物から採取された複数の細胞を含む試料であれば特に限定されない。この生体試料としては、具体的には、血液、血清、リンパ液、尿、乳頭分泌液及び手術や生検により被験者から採取した細胞や組織などが挙げられる。また、被検者から採取した細胞や組織を培養して得られた試料を生体試料として用いることもできる。
【0027】
上記GSTπとは、ヒトのグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)ファミリーに属する酵素のうち、GSTP1遺伝子にコードされた分子量約22.5kDaのタンパク質である。GSTπは、還元型グルタチオン(GSH)と抗癌剤との抱合体形成を触媒することにより、抗癌剤の毒性を弱めることに関与している。そのため、一般的にGSTπが高発現している癌細胞は、GSTπが低発現している癌細胞に比べ、抗癌剤に対する耐性が高まると考えられている。しかし、当該判定方法においては、逆にGSTπの発現量が上記閾値より大きい癌細胞は、タキサン系抗癌剤に対して感受性であると判定される。その判定結果は、多くの癌患者に対するタキサン系抗癌剤の治療効果を高い確率で予測するものである。
【0028】
上記測定工程において用いられるGSTπの発現量の測定方法は、GSTπタンパクの発現量、mRNAの発現量等を測定することができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、SDSポリアクリルアミド電気泳動法、2次元電気泳動法、プロテインチップによる解析法、酵素結合免疫測定法(ELISA法)、免疫蛍光法、ウエスタンブロット法、ドットブロット法、免疫沈降法、RT−PCR法、ノーザンブロット法、NASBA法及びDNAチップによる方法等が挙げられる。これらのうち、定量性、再現性、簡便さ等の観点から、GSTπタンパクの発現量の測定方法としてはウエスタンブロット法、ドットブロット法及びELISA法が好ましく、GSTπのmRNAの発現量の測定方法としてはノーザンブロット法が好ましい。なかでも、当該判定方法の正確性の観点から、GSTπタンパクの発現量の測定方法であるドットブロット法及びウエスタンブロット法がより好ましい。
【0029】
(判定工程)
本発明の判定工程は、上記測定工程により得られた癌細胞を含む生体試料中のGSTπの発現量が閾値よりも大きい場合に、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する工程である。
【0030】
上記GSTπの発現量としては、GSTπタンパクの発現量、mRNAの発現量等が挙げられる。これらの発現量は、上記測定工程により得られる。
【0031】
上記閾値としては、癌細胞の種類、生体試料の種類、GSTπの発現量の測定方法等に応じて適切な値を適宜設定することができる。例えば、複数の癌患者から採取した生体試料中のGSTπの発現量と、それぞれの癌患者の癌組織に対するタキサン系抗癌剤の治療効果、すなわち癌組織の縮小率とから閾値を算出することができる。これらのデータから閾値を設定する方法としては、例えばReceiver Operating Characteristic(ROC)分析、中央値の算出、平均値±標準偏差の算出等の方法が挙げられる。生体試料中のGSTπの発現量が設定された閾値より大きい場合には、その癌細胞はタキサン系抗癌剤感受性が高いと判定される。なお、タキサン系抗癌剤への感受性が高いとは、例えばタキサン系抗癌剤投与により腫瘍の体積が50%以上縮小すること等をいう。但し、タキサン系抗癌剤感受性が高いと判断する基準となる腫瘍の体積の縮小率は、癌の種類等によりそれぞれ適切な値を設定する必要がある。
【0032】
上記タキサン系抗癌剤としては、例えばパクリタキセル、ドセタキセル、アブラキサン等のタキサン環を有する化合物からなる抗癌剤が挙げられる。当該判定方法において、特に有効な判定結果を得ることができるという観点から、パクリタキセル及びドセタキセルが好ましい。
【0033】
当該判定方法が上記測定工程及び判定工程を有していることで、上記生体試料中のGSTπの発現量の測定後すぐに判定工程を実施することができるため、患者の癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性を迅速に判定することができる。
【0034】
当該感受性判定方法は、上記実施形態に限定されず、例えば測定工程を有さず、既に測定されたデータを用いた判定工程のみでも可能であり、上述と同様の作用を奏することができる。
【0035】
[実施の形態2]コンピュータプログラム
次に、上述した癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法のうちの判定工程の機能をコンピュータに実現させる形態を図1及び2を用いて説明する。先ず、図1のシステム100の構成を説明する。図1のシステム100は、コンピュータ1と、キーボード2と、マウス3と、測定装置4と、表示装置5とを有する。コンピュータ1は、キーボード2、マウス3、測定装置4及び表示装置5のそれぞれと通信ケーブルによって接続されている。
【0036】
コンピュータ1は、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得し、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを判定する装置である。コンピュータ1の構成の詳細は後述する。キーボード2及びマウス3は、医師等の使用者がGSTπの発現量の情報をコンピュータ1に入力するための装置である。測定装置4は、ドットブロット法を用いてGSTπの発現量を測定し、測定結果をGSTπの発現量の情報としてコンピュータ1に入力する装置である。表示装置5は、コンピュータ1によって得られた判定結果をコンピュータ1から受け取って表示する装置である。
【0037】
次に、コンピュータ1の構成を説明する。コンピュータ1は、主に入力ポート11と、CPU12と、ROM13と、RAM14と、出力ポート15とを有する。入力ポート11は、キーボード2、マウス3及び測定装置4のそれぞれと通信ケーブルによって接続されており、CPU12がキーボード2、マウス3又は測定装置4から癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得するためのインタフェイスである。
【0038】
CPU12は、入力ポート11、ROM13、RAM14及び出力ポート15のそれぞれと通信バスによって接続されており、プログラムに含まれる機能を実現する。ROM13は、CPU12によって実現させる3つの機能を含むプログラムを記憶している。それら3つの機能は、(1)癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得する機能、(2)取得された情報をもとにGSTπの発現量と閾値とを比較する機能、及び(3)GSTπの発現量が閾値より大きいことを示す比較結果が得られた場合、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する機能である。加えて、ROM13は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを判定するための上記閾値を記憶している。
【0039】
RAM14は、CPU12によって取得された、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を記憶する。出力ポート15は、通信ケーブルによって表示装置5と接続されており、CPU12が判定結果を表示装置5に出力するためのインタフェイスである。
【0040】
次に、コンピュータ1のCPU12の動作を図2を用いて説明する。使用者の操作によって、CPU12は、入力ポート11を介して、キーボード2、マウス3又は測定装置4から、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得する(S1)。CPU12は、使用者がキーボード2又はマウス3を用いて入力したGSTπの発現量の情報を受け付けることによってその情報を取得してもよいし、測定装置4からその情報を受け取ることによってその情報を取得してもよい。CPU12は、取得した癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報をRAM14に格納する。
【0041】
そして、CPU12は、RAM14から癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得するとともに、ROM13から癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを判定するための閾値を取得し、GSTπの発現量と閾値とを比較する(S2)。
【0042】
CPU12は、GSTπの発現量が閾値より大きいことを示す比較結果を得た場合(S2でYes)、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する(S3)。癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いことは、タキサン系抗癌剤を投与することにより腫瘍の体積が50%以上縮小すること等を意味する。それに対して、GSTπの発現量が閾値以下である比較結果を得た場合(S2でNo)、CPU12は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かは不明であると判定する(S4)。CPU12は、判定結果を出力ポート15を介して表示装置5に出力する。これにより、CPU12の動作は終了する。表示装置5は、コンピュータ1の出力ポート15から判定結果を受け取って表示する。
【0043】
上述の通り、CPU12は、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得し、GSTπの発現量と閾値とを比較し、発現量が閾値より大きい場合、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する。表示装置5は判定結果を表示する。したがって、使用者は、コンピュータ1を用いることにより、簡便にかつ客観的に、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを認識することができる。その結果、使用者は、癌患者に対するタキサン系抗癌剤による治療の効果を高い確率で推定することができる。
【0044】
なお、上述した実施の形態2では、CPU12によって実現させる機能を含むプログラムは、ROM13によって記憶されている。しかしながら、そのプログラムは例えば携帯可能な記憶媒体に記憶されていて、コンピュータ1のRAM14に格納された後にCPU12によって用いられてもよい。したがって、そのプログラムの実施態様は、記憶媒体に記憶されること、及び、記憶媒体に記憶された状態で流通すること等を含む。
【0045】
また、上述した実施の形態2では、図2のステップS1において、CPU12は、GSTπの発現量の情報を受動的に取得する。しかしながら、CPU12は、測定装置4にその情報を出力することを定期的に又は不定期に要求してその情報を能動的に取得してもよい。
【0046】
また、上述した実施の形態2では、閾値は、ROM13によって記憶されている。しかしながら、閾値は、使用者がキーボード2又はマウス3を用いてコンピュータ1に入力することによって、又は測定装置4がコンピュータ1に入力することによって、CPU12によって取得された後にROM14によって記憶されてもよい。その閾値は、癌細胞の種類、生体試料の種類、及びGSTπの発現量の測定方法の全部又は一部に応じて適切に決定される。例えば、閾値は、複数の癌患者から採取した生体試料中のGSTπの発現量と、それぞれの癌患者の癌組織に対するタキサン系抗癌剤による治療の効果、すなわち癌組織の縮小率との相関関係に基づいて決定される。
【0047】
また、上述した実施の形態2では、コンピュータ1は、キーボード2、マウス3、測定装置4、及び表示装置5のそれぞれと通信ケーブルによって接続されている。しかしながら、コンピュータ1は、キーボード2、マウス3、測定装置4、及び表示装置5の全部又は一部と無線によって接続されてもよい。
【0048】
また、上述した実施の形態2では、コンピュータ1は、表示装置5と接続されているが、表示装置5の代わりに又は表示装置5とともに、スピーカ、印刷装置、携帯通信端末装置等と接続されてもよい。その場合、それらは判定結果を報知するので、使用者は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを認識することができる。
【0049】
また、上述した実施の形態2では、測定装置4は、ドットブロット法を用いてGSTπの発現量を測定する。しかしながら、測定装置4は、SDSポリアクリルアミド電気泳動法、2次元電気泳動法、プロテインチップによる解析法、酵素結合免疫測定法(ELISA法)、免疫蛍光法、ウエスタンブロット法、免疫沈降法、RT−PCR法、ノーザンブロット法、NASBA法又はDNAチップによる方法等を用いてGSTπの発現量を測定してもよい。要するに、測定装置4は、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量を測定する装置であればよい。ただし、ドットブロット法又はウエスタンブロット法は、測定結果を数値化することが容易であり、再現性に優れ、感度が比較的高く、かつ極微量の試料により測定を行うことができるので好ましい。
【0050】
また、上述した実施の形態2のGSTπの発現量は、GSTπタンパクの発現量又はmRNAの発現量等である。また、上述した実施の形態2の癌細胞は、乳癌、肺癌、胃癌、大腸癌、卵巣癌、脳腫瘍、前立腺癌、皮膚癌又は白血病等の癌細胞である。更に、上述した実施の形態2のタキサン系抗癌剤は、パクリタキセル又はドセタキセル等である。
【0051】
[実施の形態3]癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置
次に、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置を図3を用いて説明する。先ず、図3の癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30の構成を説明する。図3の判定装置30は、取得部31と、記憶部32と、判定部33とを有する。取得部31と判定部33とは通信ケーブルによって接続されており、記憶部32と判定部33とは通信バスによって接続されている。図3には、表示装置5も表示されており、表示装置5は判定装置30の判定部33と通信ケーブルによって接続されている。
【0052】
取得部31は、例えばキーボード、マウス又は測定装置であって、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得し、取得した情報を判定部33に出力する。取得部31がキーボード又はマウスである場合、取得部31は、医師等の使用者から情報を受け付けることによってその情報を取得し、その情報を判定部33に出力する。他方、取得部31が測定装置である場合、取得部31は、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量を測定することによりその情報を取得し、取得したその情報を判定部33に出力する。測定装置は、例えば実施の形態2の測定装置4である。
【0053】
記憶部32は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを判定するための閾値を記憶している。例えば使用者がキーボード等の入力装置を用いて閾値を記憶部32に格納することによって、又は測定装置4が閾値を記憶部32に格納することによって、記憶部32は閾値を記憶する。
【0054】
判定部33は、取得部31からGSTπの発現量の情報を受け取るとともに、記憶部32から閾値を取得し、発現量と閾値とを比較し、発現量が閾値より大きい場合、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する。判定部33は、判定結果を表示装置5に出力する。判定部33は、専用回路によって実現されてもよいし、コンピュータによって実現されてもよい。表示装置5は、判定装置30の判定部33から判定結果を受け取って表示する。
【0055】
次に、実施の形態3に係る癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30の動作を説明する。先ず、取得部31は、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得する。そして、判定部33は、取得部31からGSTπの発現量の情報を受け取るとともに、記憶部32から閾値を取得して、発現量と閾値とを比較する。
【0056】
判定部33は、発現量が閾値より大きいと判断した場合、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定し、他方、発現量が閾値以下であると判断した場合、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かは不明であると判定する。判定部33は、判定結果を表示装置5に出力する。これにより、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30の動作は終了する。表示装置5は、判定装置30の判定部33から判定結果を受け取って表示する。
【0057】
上述の通り、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30は、癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得し、GSTπの発現量と閾値とを比較し、発現量が閾値より大きい場合、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する。表示装置5は判定結果を表示する。したがって、使用者は、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30を用いることにより、簡便にかつ客観的に、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを認識することができる。その結果、使用者は、癌患者に対するタキサン系抗癌剤による治療の効果を高い確率で推定することができる。
【0058】
なお、上述した実施の形態3では、判定部33は、GSTπの発現量の情報を受動的に取得する。しかしながら、取得部31が測定装置である場合、判定部33は、測定装置にその情報を出力することを定期的に又は不定期に要求してその情報を能動的に取得してもよい。
【0059】
また、上述した実施の形態3の閾値は、癌細胞の種類、生体試料の種類、及びGSTπの発現量の測定方法の全部又は一部に応じて適切に決定される。例えば、閾値は、複数の癌患者から採取した生体試料中のGSTπの発現量と、それぞれの癌患者の癌組織に対するタキサン系抗癌剤による治療の効果、すなわち癌組織の縮小率との相関関係に基づいて決定される。
【0060】
また、上述した実施の形態3では、取得部31と判定部33とは通信ケーブルによって接続されている。しかしながら、取得部31と判定部33とは無線によって接続されてもよい。同様に、上述した実施の形態3では、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30は表示装置5と通信ケーブルによって接続されているが、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30は表示装置5と無線によって接続されてもよい。また、癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置30は、表示装置5の代わりに又は表示装置5とともに、スピーカ、印刷装置、携帯通信端末装置等に接続されてもよい。その場合、それらは判定結果を報知するので、使用者は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いか否かを認識することができる。
【0061】
また、上述した実施の形態3のGSTπの発現量は、GSTπタンパクの発現量又はmRNAの発現量等である。また、上述した実施の形態3の癌細胞は、乳癌、肺癌、胃癌、大腸癌、卵巣癌、脳腫瘍、前立腺癌、皮膚癌又は白血病等の癌細胞である。更に、上述した実施の形態3のタキサン系抗癌剤は、パクリタキセル又はドセタキセル等である。
【実施例】
【0062】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0063】
(生体試料中のGSTπの発現量の測定)
[測定用生体試料の調製]
マンモトーム生検により採取した乳癌組織検体を含むマイクロチューブに、可溶化試薬150μLを加え、ホモジナイザーを用いてホモジナイズした。次に、ホモジナイズした試料を、微量高速遠心機CF15RX(日立社)を用い、4℃、15000rpmで5分間遠心分離した。遠心分離して得られた上清を測定用生体試料とした。なお、上記可溶化試薬の組成は、50mM Tris−HCl(pH7.5)、5mM EDTA(pH8.0)、50mM NaF、1mM NaVO、0.1% NP−40、0.2% protease inhibitor cocktail(sigma社)であった。また、上記乳癌組織検体は合計112検体であった。
【0064】
[GSTπの発現量の測定試薬の調製]
GSTπの発現量を測定するために、ブロッキング試薬、トリス緩衝生理食塩水(TBS)、一次抗体試薬、二次抗体試薬及び蛍光標識試薬を調製した。それぞれの試薬の調製法を以下に示す。
【0065】
ブロッキング試薬:
Block Ace(粉末)(大日本住友製薬社)を、最終濃度が4%となるように超純水に溶解し、ブロッキング試薬を調製した。
【0066】
一次抗体試薬:
ブロッキング試薬を10倍希釈して調製したブロッキング溶液に、抗GSTπ抗体(BD Transduction社)を、5ug/mLとなるように溶解し、一次抗体試薬を調製した。
【0067】
トリス緩衝生理食塩水(TBS):
10×TBS(2−Amino−2−hydroxymethyl−1,3−propanediol30.28g、NaCl87.7g、6N HCl110gを超純水に添加し、最終量を1Lとした溶液)を10倍希釈して、TBSを調製した。
【0068】
二次抗体試薬:
TBSに、ウシ血清アルブミンBSAを、最終濃度が1%となるように超純水に溶解し、TBS(1%BSA)を調製した。得られたTBS(1%BSA)に、Goat Anti−Mouse IgG(H+L)−BIOT Human/Mouse(Southern Biotech社)を、30ug/mLとなるように溶解し、二次抗体試薬を調製した。
【0069】
蛍光標識試薬:
上述のTBS(1%BSA)に、Fluorescein StreptAvidin(Vector社)を、10μg/mLとなるように溶解し、蛍光標識試薬を調製した。
【0070】
[GSTπの発現量の測定]
フィルタープレート(Multi Screen HTS PSQ Plates)に、各測定用試料を10μg/well分注し、吸引により水分を除去した。その後、ブロッキング試薬を100μL/well分注し、吸引した。ブロッキング試薬を吸引後、1次抗体試薬を50μL/well分注し、すぐに吸引した。吸引後、再び1次抗体試薬を50uL/well分注し、2時間静置した。その後、吸引により1次抗体試薬を除去した。次に、TBSを、300μL/well分注して吸引する洗浄を4回行った。洗浄後、2次抗体試薬を50μL/well分注し、すぐに吸引した。吸引後、再び2次抗体試薬を50uL/well分注し、1時間静置した。その後、吸引により2次抗体試薬を除去した。次に、TBSを300μL/well分注し、吸引する洗浄を2回行った。洗浄後、蛍光標識試薬を100μL/well分注し、すぐに吸引した。次に、TBSを300μL/well分注して吸引する洗浄を4回行った後、フィルタープレートを乾燥させた。
【0071】
乾燥後、上記フィルタープレート中の各wellについて、InfiniteF200(Tecan社)で蛍光強度を測定した。ここで、各測定用試料のGSTπの発現量の算出は、キャリブレーターとしてGSTP1 recombinant Protein(Abnova社 Cat No.H00002950−P01)を用いて作成した検量線により行った。なお、検量線の作成は、以下の方法により行った。0ng/100uL/well、10ng/100uL/well、30ng/100uL/well、50ng/100uL/wellの各濃度となるようにフィルタープレート上に上記GSTP1 recombinant Proteinを添加し、上記測定用生体試料について行ったのと同様の方法によりブロッキング、1次抗体反応、2次抗体反応及び蛍光標識試薬反応等を行い、InfiniteF200を用いてそれぞれの蛍光強度を測定し検量線を作成した。
【0072】
ここで、GSTπの発現量の閾値を61.3ng/mLとし、閾値以上を示す検体を、GSTπの発現が大きい検体であると評価した。また、閾値未満を示す検体を、GSTπの発現が小さい検体であると評価した。ここで、閾値としてはROC分析により得られた値を用いた。
【0073】
(画像診断によるパクリタキセル感受性及び非感受性の評価)
上記乳癌組織検体を提供した112人の各乳癌患者に対して、パクリタキセルによる化学療法を3ヶ月行った。各患者の腫瘍の縮小率を、画像診断により確認した。ここで、画像診断による腫瘍の体積の縮小率が50%以上の検体を、パクリタキセルに対する感受性が高いと評価した。また、画像診断による腫瘍の体積の縮小率が50%未満の検体を、パクリタキセルに対する感受性が低いと評価した。
【0074】
本実施例の結果を表1に示す。表1において、「GST high」は、GSTπの発現量が閾値以上であるGSTπの発現が大きい検体を示す。「GST low」は、GSTπの発現量が閾値未満であるGSTπの発現が小さい検体を示す。「Sensitive」は、画像診断において、腫瘍の縮小率が50%以上であり、パクリタキセルに対する感受性が高いと評価された検体を示す。「Resistant」は、画像診断において、腫瘍の縮小率が50%未満であり、パクリタキセルに対する感受性が低いと評価された検体を示す。
【0075】
【表1】

【0076】
表1に示す通り、画像診断においてパクリタキセルに対する感受性が高いと評価された89検体のうち、63検体がGSTπの発現が大きい検体であることが分かる。また、「「GST high」群は、パクリタキセルに対する感受性が高い」という仮説の有意性を示すp−valueは0.03815であった。なお、このp−value値が0.05以下である場合に有意性があると判断される。このことから、GSTπの発現が大きい検体は、パクリタキセルに対する感受性が高い傾向が明らかである。一方、GSTπの発現が小さい検体群は、パクリタキセルに対する感受性についての一定の傾向は示していなかった。以上のことから、GSTπの発現量が大きい場合、パクリタキセルのようなタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明の癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法、それを実現するためのプログラム、及び装置は、癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性を検査する手段として有用である。
【符号の説明】
【0078】
100 システム
1 コンピュータ
2 キーボード
3 マウス
4 測定装置
5 表示装置
11 入力ポート
12 CPU
13 ROM
14 RAM
15 出力ポート
30 癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置
31 取得部
32 記憶部
33 判定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌細胞を含む生体試料中のGSTπの発現量が閾値より大きい場合に、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する判定工程を有する癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定方法。
【請求項2】
上記生体試料中のGSTπの発現量を測定する測定工程を有する請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
上記測定工程におけるGSTπの発現量の測定方法として、ドットブロット法又はウェスタンブロット法を用いる請求項2に記載の判定方法。
【請求項4】
上記癌細胞が乳癌、肺癌、胃癌、大腸癌、卵巣癌、脳腫瘍、前立腺癌、皮膚癌又は白血病の癌細胞である請求項1、請求項2又は請求項3に記載の判定方法。
【請求項5】
上記癌細胞が、乳癌の癌細胞である請求項4に記載の判定方法。
【請求項6】
上記タキサン系抗癌剤が、パクリタキセル又はドセタキセルである請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項7】
癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得する機能と、
取得された情報をもとに上記発現量と閾値とを比較する機能と、
上記発現量が上記閾値より大きいことを示す比較結果が得られた場合、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する機能と
をコンピュータに実現させるためのプログラム。
【請求項8】
癌細胞を含む生体試料におけるGSTπの発現量の情報を取得する取得部と、
閾値を記憶する記憶部と、
上記取得部によって取得された情報及び上記記憶部に記憶された閾値をもとに、上記発現量と閾値とを比較し、上記発現量が上記閾値より大きい場合、上記癌細胞のタキサン系抗癌剤に対する感受性が高いと判定する判定部と
を備える癌細胞のタキサン系抗癌剤感受性判定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−173278(P2012−173278A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−39035(P2011−39035)
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】