説明

癒着形成防止、抑制又は治療剤

本発明の課題は、例えば、心臓、胸部、婦人科的、眼病、腹部等の整形外科的あるいは形成外科的な手術を含む様々な外科的工程の前若しくは後に、又は外傷若しくは炎症等の起因による内臓癒着が危惧される場合に、効果的に癒着形成を防止、抑制又は治療を可能とする薬剤を提供することである。静脈内投与、経口投与又は経皮適用することによる少なくとも1の効果的な量のプロテアーゼ阻害剤を含む薬剤による。該プロテアーゼ阻害剤は、好ましくはセリンプロテアーゼ阻害剤であり、該セリンプロテアーゼ阻害剤はキモトリプシン様セリンプロテアーゼ阻害剤である。具体的には、キマーゼ阻害剤であり、Suc−Val−Pro−Phe(OPh)であるα−アミノアルキルホスホン酸のアリールジエステルのペプチド誘導体であり、好ましくは鏡像異性体Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)である。

【発明の詳細な説明】
本出願は、参照によりここに援用されるところの、日本特許出願番号特願2003−028743からの優先権を請求する。
【技術分野】
本発明はプロテアーゼ阻害剤を使用した癒着形成予防方法に関する。さらに詳しくは、本発明はセリンプロテアーゼ阻害剤、特にキマーゼ阻害剤を使用した癒着形成予防方法に関する。
【背景技術】
術後癒着形成は、例えば心臓、胸部、婦人科、眼科および腹部等の一般的な整形外科的あるいは形成外科的な手術後におこる主要な合併症である。囲心癒着は顕著な問題を引きおこし、再手術の心臓外科手術の罹病率や死亡率を増加させる(J.Invest.Surg.14:93−97,2001:非特許文献1)。術後の腹膜癒着は、腹部や婦人科手術後において、重症な場合には腸閉鎖症、不育症、痛みなどの合併症を伴う罹病の主な原因となっている(Dig.Surg.18:260−73,2001:非特許文献2)。トラウマ、乾燥、局部貧血、伝染性由来の腹膜炎、子宮内膜症を含む多くの原因が癒着形成に関係あるとされる一方、癒着形成の病態生理学的本質は完全には理解されてはいない。
術後癒着は、一般的に傷害後5〜7日内の通常創傷治癒反応の結果としておこる。癒着形成と非癒着再上皮形成は代替経路であり、いずれも共に凝固の作用から開始し、それはカスケード反応でフィブリンゲルマトリックスの構築へ結びつくものと考えられる。フィブリン沈着が過剰又は除去されないと、フィブリンが架橋を形成することにより、フィブリンゲルマトリックスが形成され癒着の予備軍となりうる。架橋は線維芽細胞を含む細胞要素により癒着組織の基礎となる。これに対してプラスミンシステムのような腹膜の線維素溶解酵素保護システムはフィブリンゲルマトリックスを除去することができるが、外科手術は劇的にフィブリノゲン分解活動を衰退させるので、癒着形成又は再上皮形成のいずれの経路を選択するかは損傷した組織表面及びフィブリン溶解の程度により決定される。
癒着形成に対する予防と治療に対する様々な試みが行われてきたが、限られた成果と好ましくない副作用を残すだけであった(The Pertioneum,Springer−Verlag,NY 307−369,1992:非特許文献3)。例えば、フィブリン沈着を予防する試みとして、腹膜洗浄で線維素性滲出液を洗い流すもの、局部貧血を最小限に抑える手術技術、治療漿膜表面の付着を制限する障壁の使用などが試されてきた。かわって、コルチコステロイドや非ステロイド系などの抗炎症剤が広く使用されるようになった(Clin.Exp.Gynecol.28:126−127,2001:非特許文献4)。骨格形成後に従来のタンパク質分解酵素でフィブリンを分解してフィブリン沈着を除去する方法は研究中である(Int.surg.83:11−14,1998:非特許文献5)。術後癒着の形成防止又は治療方法として普遍的に効果的な方法は、まだ立証されているとはいえない。
マスト細胞はアレルギー性の炎症反応の誘導において重要な役割をはたしている。マスト細胞はその表面にIgEのFc部及びあるクラスのIgGを結合させる受容体を発現し、それらの表面に抗体が結合するのを可能にさせる。結合した抗体と抗原の相互作用により、結果として、マスト細胞からヒスタミン、セロトニン、シトキン、その他アレルギー性、過敏性の反応の発生に対抗する様々な酵素等の伝達物質が放出される。加えて、マスト細胞は腹膜癒着形成に関わっているとの指摘もある(Am.J.Surg.165;127−130,1993:非特許文献6)。ラットモデルで、マスト細胞の活性化、滞留を抑制するマスト細胞安定剤が癒着形成の減衰に効果があるとの報告がある(Surg.Today 29:51−54,1999:非特許文献7)。また、マスト細胞欠乏マウスにおける癒着形成が、正常マウスに比べ顕著に軽症である事をも立証されている(J.Surg.Res.92:40−44,2000:非特許文献8)。これらの報告はマスト細胞が癒着形成に密接に関わっていることを示すものである。しかしながら、マスト細胞の正確な役割や、マスト細胞から放出されたいずれの物質が癒着に関係するのかはまだ明らかにされていない。
キマーゼは、マスト細胞の分泌顆粒に含まれるキモトリプシン様セリンプロテアーゼである。キマーゼは、幹細胞因子を活性化させるサイトカインであり、マスト細胞蓄積誘導能を有する。例えば、盲腸擦過後のマウスの治療サイトにおいて、キマーゼ活性が顕著に増加したことが報告されている(J.Surg.Res.92:40−44,2000:非特許文献8)。つまり、キマーゼ陽性マスト細胞は癒着形成の発生に関し、役割を担っているようである。しかしながら、癒着形成の発生におけるキマーゼの病態生理学的な役割はいまだ不明確である。キマーゼと癒着形成の関係を解明するために、現在、我々はキマーゼに対し効果のあるプロテアーゼ阻害剤の癒着形成の防止、抑制手段としての使用効果について研究している。
心臓、胸部、婦人科的、眼病、腹部の外科手術を含む様々な外科的工程の後に効果的に癒着形成を防止、抑制する方法に対する顕著な要望がある。癒着の予防に関し、中皮細胞によるプラスミノゲン活性剤の合成及び/又は分泌を促進させること等による方法が開示されている(特表2002−506817号公表公報:特許文献1)。
また、プロテアーゼ阻害剤を使用した癒着の形成、再形成を防止・阻害するための方法について、我々は米国に出願中である。ここではキマーゼ阻害剤(例:α−aminoalkylphosphonate derivatives)やその他セリンプロテアーゼ阻害剤を使用して、哺乳類における外科手術又は事故等による創傷後の腹膜又は胸膜腔の器官、その他の身体部位に対する癒着形成・再形成を防止、抑止するために、被検体の組織表面のある部位に、組織修復に十分の一定期間投与することにより脊椎動物被検体内の組織表面間の癒着形成を防止、抑制する方法を提供した。
しかしながら、これらの方法は、組織表面に薬剤を投与するものであり、該投与方法であれば、投与時期は外科手術後の一定期間に限定されるため、癒着の防止及び抑止に十分とはいえない。さらに、炎症等により生体内で癒着が起こる場合もありうるが、この場合にも従来の方法では処理することができない。
(非特許文献1)Krause et al.,J.Invest.Surg.14:93−97,2001
(非特許文献2)Liakakos et al.,Dig.Surg.18:260−73,2001
(非特許文献3)diZerega and Rogers,The Pertioneum,Springer−Verlag,NY 307−369,1992
(非特許文献4)Baysal,Clin.Exp.Gynecol.28:126−127,2001
(非特許文献5)Hioki et al.,Int.surg.83:11−14,1998
(非特許文献6)Liebman et al.,.M.,Am.J.Surg.165;127−130,1993
(非特許文献7)Adachi et al.,Surg.Today 29:51−54,1999
(非特許文献8)Yao et al.,J.Surg.Res.92:40−44,2000
(特許文献1)特表2002−506817号公表公報
【発明の開示】
本発明は、例えば、心臓、胸部、婦人科的、眼病、腹部の整形外科的あるいは形成外科的な手術を含む様々な外科的処理の前、若しくは後に、又は外傷若しくは炎症等の起因による内臓癒着が危惧される場合に、効果的に癒着形成を防止、抑制を可能とする薬剤を提供することを目的とする。
本発明者らは、少なくとも1の効果的な量のプロテアーゼ阻害剤を、癒着が危惧される組織の組織修復に十分量一定期間投与することで、癒着形成を防止可能としたことに着目し、鋭意研究を重ねた結果、該プロテアーゼ阻害剤を含む薬剤を静脈内投与、経口投与又は経皮適用することで上記目的を解決しうることを見出し、本発明を完成した。
すなわち本発明は、
1.少なくとも1のプロテアーゼ阻害剤を有効量含む薬剤であって、静脈内投与、経口投与又は経皮適用されることを特徴とする脊椎動物被検体内の組織表面の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
2.該プロテアーゼ阻害剤が、セリンプロテアーゼ阻害剤である、前項1に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
3.該セリンプロテアーゼの阻害剤が、キモトリプシン様セリンプロテアーゼ阻害剤である前項2に記載の癒着形成防止、抑制又は治療剤、
4.該キモトリプシン様セリンプロテアーゼ阻害剤が、キマーゼ阻害剤である前項3に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
5.該キマーゼ阻害剤が、α−アミノアルキルホスホン酸のアリールジエステルのペプチド誘導体である前項4に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
6.該キマーゼ阻害剤が、Suc−Val−Pro−Phe(OPh)である、前項4のに記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
7.該キマーゼ阻害剤が、Suc−Val−Pro−Phe(OPh)の鏡像異性体Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)の濃縮製剤である前項4に記載の癒着形成防止、抑制又は治療剤、
8.該鏡像異性体濃縮製剤において、Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)がSuc−Val−Pro−Phe(OPh)の総重量の95%以上を含有する前項7に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
9.該プロテアーゼ阻害剤が、当該部位において当該プロテアーゼ阻害剤の効果的な局所濃度を維持する伝達体と結合して投与され、そして、当該伝達体は、ヒアルロン酸、ヒドロゲル、カルボキシメチルセルロース、デキストラン、シクロデキストラン、そしてその化合物からなる集合体より選択された高分子量担体をなす、前項1〜8のいずれか1に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
10.前項1〜9のいずれか1に記載のプロテアーゼ阻害剤と、薬学的に許容できる希釈液又は賦形剤からなる、癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤、
11.外科手術前、外科手術中若しくは外科手術後、又は炎症性の内臓癒着が危惧される場合に脊椎動物被検体に対し、前項1〜8のいずれか1に記載の治癒形成の防止、抑制又は治療剤を投与する治癒形成の防止、抑制又は治療方法、よりなる。
【図面の簡単な説明】
図1は、偽薬またはSuc−Val−Pro−L−Phe(OPh)を内服したときの平均癒着スコアーを示した図である。(実験例)
【発明を実施するための最良の形態】
本発明は、プロテアーゼ阻害剤を有効量含む薬剤を、静脈内投与、経口投与又は経皮適用することを特徴とする脊椎動物披検体内の組織表面の癒着形成防止、抑制又は治療剤に関するものである。当該プロテアーゼ阻害剤は、例えば外科的処理の前・中・後に当該被検体に投与することができる。また、外科的手術を施さない場合でも、例えば外傷や炎症性の内臓癒着が危惧される場合等においても投与することができる。
本発明の薬剤は、温血の哺乳類の腹膜内の癒着形成を防止、抑制又は治療する為の薬剤であり、当該哺乳類に少なくとも1の効果的な量のセリンプロテアーゼ阻害剤を、静脈内投与、経口投与又は経皮適用により組織修復に十分量一定期間投与することからなる。好ましい実施例は、少なくとも1のキモトリプシン様セリンプロテアーゼであるセリンプロテアーゼ阻害剤を使用し、術後癒着形成を防止、抑制する方法に関する。本発明の薬剤は当該温血哺乳類としてヒトに適用することができる。
(プロテアーゼ阻害剤)
本発明の薬剤に含有されるプロテアーゼ阻害剤は公知物質であり、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを使用することができる。
本発明の癒着形成防止、抑制又は治療剤の対象となるプロテアーゼ群は、好ましくはセリンプロテアーゼである。該セリンプロテアーゼは、ペプチド中のセリンを開裂結合させるエンドペプチダーゼのサブクラスである(Barrett,A.J.,In:Protease Inhibitors,Ed.Barrett,A.J.et.al,Elsevir,Amsterdam,p.3−22,1986)。セリンプロテアーゼ自体は公知である。例えばキモトリプシン・スーパーファミリー及び放線菌属(Streptomyces)ズブチリシン・スーパーファミリー等の2種のセリンプロテアーゼのスーパーファミリーが報告されている。
セリンプロテアーゼ阻害剤は公知であり、以下の系統群に分類することができる。(1)ウシのすい臓来トリプシン阻害剤(クニッツ)ファミリーであり、塩基性プロテアーゼ阻害剤(Ketcham,L.K.et al,In:Atlas of Protein Sequence and Structure,Ed.Dayhoff,M.O.,p.131−143,1978)(以下「BPTI」という)としても知られている、(2)Kazal群、(3)放線菌属(Streptomyces)ズブリシン阻害剤群(以下「SSI」という)、(4)セルピンファミリー、(5)大豆トリプシン阻害剤(クニッツ)ファミリー、(6)ポテト阻害剤ファミリー、(7)ボウマンバークファミリー(Laskowski,M.et al.Ann.Rev.Biochem.,49:p.593−626,1980)を含む。BPTI群、Kazal群、SSI群、大豆トリプシン群、ポテトトリプシン群のメンバを含む多くの完全な阻害剤と、Seprin−α−1−抗トリプシンの開裂型のための結晶学的データが利用できる(Read,R.J.et al.)。多くのセリンプロテアーゼ阻害剤は広い特異性をもち、血液凝固セリンプロテアーゼを含むプロテアーゼのキモトリプシン・スーパーファミリーとセリンプロテアーゼの放線菌属スーパーファミリー両者を抑制することができる(Laskowski et al,Ann.Rev.Biochem.,49:p.593−626,1980)。各阻害剤の特異性は、セリンプロテアーゼの直接の開裂部位に対するアミノ末端のアミノ酸の同一性によって決定すると考えられている。P部位残基として知られるこのアミノ酸は、セリンプロテアーゼの活性部位において、セリンとアシル結合を形成すると考えられている(LaskowskiLaskowski et al,Ann.Rev.Biochem.,49:p.593−626,1980)。
本発明の薬剤に含有される好ましいセリンプロテアーゼ阻害剤は、セルピン(serpin)ファミリーとボウマンバーク(Bowman−Birk)ファミリーに属する。セルピンファミリーに対するセリンプロテアーゼ阻害剤として、プラスミノゲン活性化因子阻害剤であるPAI−1、PAI−2、PAI−3があり、Clエステラーゼ阻害剤、α−2−抗プラスミン、コントラプシン(contrapsin)、α−1−抗トリプシン、抗トロンビンIII、プロテアーゼネクシンI、α−1−抗キモトリプシン、プロテインC阻害剤、ヘパリンコファクターII及び成長ホルモン調節タンパク質が挙げられる(Carrell et al,Cold Spring Harbor Symp.Quant.Biol.,52:527−535,1987)。
キモトリプシン・スーパーファミリーのセリンプロテアーゼの例としては、組織型プラスミノゲン活性化因子(tissue−type plasminogen activator:t−PA)、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、キモトリプシン、プラスミン、エラスターゼ、ウロキナーゼ(又は非尿型プラスミノゲン活性化因子:u−PA)、アクロシンン、活性化プロテインC、Clエステラーゼ、カプテシンG、キマーゼ、そしてカリクレイン、トロンビン、VIIa因子、IXa因子、Xa因子、XIa因子、XIIa因子を含む血液凝固カスケードのプロテアーゼなどが含まれる(Barrett,A.J.,In:Protease Inhibitors,Ed.Barrett,A.J.et.al.,Elsevir,Amsterdam,p.3−22,1986,Strassburger,W.et.al,FEBS Lett.,157:p.219−223,1983)。
キモトリプシン・スーパーファミリーのすべてのセリンプロテアーゼの触媒ドメインは、配列相同性と構造相同性をもつ。配列相同性は、(1)特異活性部位残基、例えば、トリプシンの場合に、195位のセリン、57位のヒスチジン及び102位のアスパラギン酸が共通する;(2)オキシアニオン孔(oxyanion hole)(例えば、トリプシンの場合に、193位のグリシン及び194位のアスパラギン酸)、(3)構造においてジスルフィド架橋を形成するシステイン残基、の全保存を含む(Hartley,B.S.,Symp.Soc.Gen.Micrbopl.,24:152−182(1974))。
構造相同性は(1)2つのグリーク・キー構造からなる一般ホールド(common fold)(Richrdoson)、(2)触媒残基の一般要因、(3)分子核内での構造の精密な保存(Stroud,R.M.,Sci.AM.,231:24−88)を含む。
本発明の薬剤は、α−アミノアルキルホスホン酸のアリールジエステルのペプチド誘導体を含むことができる。ウシトロンビン、ヒト因子XIIa、ヒト因子Xa、ヒト結晶カリクレイン、ウシトリプシン、ラット皮膚トリプターゼ、ヒト白血球エラスターゼ、ブタすい臓エラスターゼ、ウシキモトリプシン、ヒト白血球カテプシンG、ラットマスト細胞プロテアーゼIIを含む幾多のセリンプロテアーゼの阻害剤に関し、これらα−アミノアルキルホスホン酸塩誘導体が発見されている(米国特許5543396,5686419,5952307、他)。これらの誘導体は、ヒト血漿に含まれ、種々の環境下で非常に安定している。例えば、本発明の薬剤に含有される好適な阻害剤Suc−Val−Pro−Phe(OPh)、特に好ましくはSuc−Val−Pro−L−Phe(OPh)は、ヒト血漿内で約20時間の半減期をもつ。この安定性は重要である。なぜなら、腹膜の浸出物は、大部分のプロテアーゼ阻害剤を中和し、活性を失わせると予測されるからである。アミノアルキルホスホン酸はa−アミノ酸に相似しており、そして、一般的に受容したアミノ酸のための上付き文字のPへと続く3文字の略称が命名された。例えば、アラニンに関するジフェニルα−(N−ベンジルオキシカルボニルアミノ(N−benzyloxycarbonylamino)エチルホスホネイト(ethylphosphonate)はCbz−Ala(OPh)と略称される。
C−端末のリン酸塩残基を有するペプチドVal(OPh)、それはバリンの類似体であるが、これは比較的有効で比較的特異的なエラスターゼ及びエラスターゼ様酵素に特異的な不可逆性阻害剤である。フェニルアラニン、他の芳香族アミノ酸又は長脂肪酸族側鎖と関連性があるC−端末リン酸塩残基は比較的有効であり、比較的特効のあるキモトリプシンとキモトリプシン様酵素の阻害剤である。オルニチン、溶解素、アルギニン又は、α−アミノ−α−(4−アミジノフェニル)メタンホスホン酸塩[(4−AmPhGly)(OPh)]又はα−アミノ−α−(4−アミジノフェニルメチル)メタンホスホン酸塩[(4−AmPhe)(OPh)]のC−端末ジフェニルエステルに関連性があるペプチドは、比較的有効で比較的安定性のあるトリプシンとトリプシン様酵素の阻害剤である。
酵素との反応に対する付加的な特異性及び/又は増加した活性は、ペプチド構造の部位におけるアミノ酸配列の変異により、阻害分子へ導くことができる。ペプチドのP−ニトロアニリドといった酵素基質の配列と効果的なペプチドのリン酸塩阻害剤の配列間には一般的に一致した配列がある。比較的高活性の阻害剤は、一般的に、特定の酵素のための好都合なペプチドのP−ニトロアニリド基質の配列をもつ。例えば、キモトリプシンそしてキモトリプシン様酵素に対して比較的有効な阻害剤であるSuc−Val−Pro−Phe(OPh)は、これらの酵素に適当な基質であるSuc−Val−Pro−Phe−NAと類似のアミノ酸配列を有する。ヒト白血球エラスターゼに比較的有効な阻害剤[Meo−Suc−Ala−Ala−Pro−Val(OPh)及びBoc−Val−Pro−Val(OPh)]は、この酵素に対する2つの適当な基質MeO−Suc−Ala−Ala−Pro−Val−NA及びBoc−Val−Pro−Val−NAと類似のアミノ酸配列をもつ。論文中に報告された、それらの同じセリンプロテアーゼのための比較的有効な可逆的・不可逆的な阻害剤中に発見されたペプチド配列に基づくセリンプロテアーゼのためのホスホン酸塩阻害剤の設計も可能である(Powers and Harper,in Protease Inhibitors,Barrett and Salvesen,eds.,Elsevier,p55−152,1986;Trainore,D.A.,Trends in Pharm.Sci.8:303−307,1987)。
α−アミノアルキルホスホン酸のジフェニルエステルは前記方法により合成することができる(米国特許5543396)。α−アミノアルキルホスホン酸の2(置換フェニル)エステルは、トリフェニル亜リン酸の代わりに3(置換フェニル)リン酸を使用する方法にて調製することができる。パーフルオロアルキルジエステルは、エステル転移反応に含まれる方法によって合成することができる(Szewczyk et al.,Synthesis,p.409−414,1982)。代わりに、前記のようにアミノアルキルホスホン酸のジエステルの合成とそれらのペプチドは、ホスホン酸部分のエステル化により行うことができる(Bartlett et al.,Bioorg.Chem.,14:356−377,1986)。本発明の薬剤に含有される多くの付加的セリンプロテアーゼ阻害剤は、米国特許により開示される(米国特許6262069,5916888,5900400,5157019,4829052,5723316,5807829)。
多くの有機化合物は光学活性型が存在する。光学活性化合物を示す場合、識別コードDそしてL又はRそしてSが、キラル中心の分子の絶対配置を示すために使用される。識別コード(+)と(−)又はdとlは、水平偏光の回転のサインを示すため、化合物により使用される。(−)又はlは化合物が左旋回していることを意味し、化合物識別コード(+)又はdは化合物が右旋回していることを示す。立体異性体とよばれるこれらの化合物は、互いに鏡像であることを除けば同一である。特定の立体異性体は鏡像異性体として表すことができ、そのような異性体の混合物は鏡像異性混合物又は鏡像異性ラセミックと呼ばれることもある。本発明の薬剤の製法として、立体異性純度又は光学純度をより有効性を増加及び/又は有害作用を減少させる手段を利用することができる。
本明細書において使用される用語「キラル」は、鏡像相手の重合不可の性質の分子をしめすものである。しかしながら、用語「アキラル」は鏡像相手に重合可能な分子を示す。用語「立体異性体」は同一化学構造をもつ化合物を意味する。しかし、空間の原子又は群の配置に関しては相違する。特に「鏡像異性体」は、重合不可能な鏡像ともう一つの2種の化合物の立体異性体を意味する。
一方、「ジアステレオマ」は非対称の2以上の中心を持つ立体異性体を示し、その分子は相互に鏡像ではない。キラル中心の命名法に関しては、用語SとR配置がIUPAC1974(Recommendations for Section E.,Fundamental Stereochemistry,Pure Appl.Chem.,45:13−30,1976)により定義される。
本発明の薬剤に含有される化合物に関し、互換的に使われている用語「鏡像異性的に濃縮された」と「非ラセミ体」は、光学的に濃縮された構成物を示し、その構成物内では鏡像異性体のラセミ混合物と比較して、一方の鏡像異性体が濃縮されている。別に明記されていない場合は、それらは、望ましい鏡像異性体の望ましくない鏡像異性体に対する相対的な割合が1対1以上である構成物を示す。例えば、鏡像異性的に濃縮された製剤は、望ましい鏡像異性体の望ましくない鏡像異性体に対する相対的な割合が、重さにして50%以上であり、望ましくは少なくとも75%、さらに望ましくは80%である。もちろん濃縮物は、「十分に鏡像異性的に濃縮」された製剤、「十分に非ラセミ体の」製剤又は「十分に光学的に純粋」な製剤にすることにより80%以上とすることが可能であり、それは少なくとも望ましい鏡像異性体が85%以上、望ましくは90%以上、さらに望ましくは95%以上である薬剤を意味する。
鏡像体の分離は、既に公知の幾つかの方法によって達成することができる。例えば、2の鏡像異性体のラセミ混合物はクロマトグラフィーによって分離することができる(”Chiral Liquid Chromatography”,W.J.Lough,Ed.Chapman and Hall,New York,1989)。鏡像異性体は、伝統的な分離技術によっても分離することができる。例えば、ジアステレオマ塩の構成物と分画結晶化によって鏡像異性体を分離することができる。カルボン酸の鏡像異性体の分離については、ジアステレオマ塩が、ブルシン、キニーネ、エフェドリン、ストリキニーネ、その他のような鏡像異性的に純粋なキラル塩基を添加することにより形成される。代わりに、ジアステレオマエステルは、遊離物質を産出するためのジアステレオマエステルの分離、加水分離に続いて、鏡像異性的に濃縮されたカルボン酸であるメントールのような鏡像異性的に純粋なキラルアルコールを加えることにより形成される。アミノ化合物の光学異性体の分離に関しては、キラルカルボン又はカンファースルホン酸、酒石酸、マンデル酸又は乳酸といったスルホン酸の添加によりジアステレオマ塩の形成といった結果になる。上記のような分離技術のほかに、活性鏡像異性体は、既に公知の方法を使用し、望ましい光学異性体のみを産する立体特異的合成によっても合成することができる。キラル合成は高鏡像異性的純度の生成物を産出することができる。しかしながら、幾つかの事例では、生成物の鏡像異性的純度は特段高くない。熟練者たちは、キラル合成によって得られた鏡像異性的濃度をより高めるものとして、上記分離方法を高く評価している。鏡像異性体の光学的濃度は先行技術によって既知の方法によって決定される。例えば、鏡像異性体試料は、キラルクロマトグラフィーカラム上の高速液体クロマトグラフィーによって分析することができる。
本発明の薬剤に含有されるセリンプロテアーゼ阻害剤としてのキマーゼ阻害剤は、温血の哺乳類の腹膜内の癒着形成を防止、抑制又は治療方法に使用され、当該哺乳類に少なくとも1の効果的な量のキマーゼ阻害剤を組織修復に十分量一定期間存在するように、静脈内投与、経口投与又は経皮適用することができる。
好適には、例えばSuc−Val−Pro−Phe(OPh)といったα−アミノアルキルホスホン酸のアリールジエステルのペプチド誘導体であるキマーゼ阻害剤を使用することができる。より好適には、鏡像異性的に濃縮したα−アミノアルキルホスホン酸のアリールジエステルのペプチド誘導体、例えばSuc−Val−Pro−L−Phe(OPh)の製剤を使用することができる。このSuc−Val−Pro−L−Phe(OPh)は、全Suc−Val−Pro−Phe(OPh)重量の50%、80%好ましくは95%以上に濃縮したものが好適である。当該温血哺乳類はヒトであることが望ましい。濃縮する方法は、例えばアセトン−エーテルを用いて結晶化させ、再度同様に結晶化させることにより得ることができる。
(製剤)
本発明の薬剤は、前記プロテアーゼ阻害剤を単独で、あるいは適当な製剤用添加物と共に製剤形態の医薬組成物として調製し、投与することができる。このような医薬組成物の投与形態としては、経口的投与に使用されるもの、又は非経口的に投与されるものであれば特に限定されないが、例えば、錠剤、シロップ、注射用アンプル剤、注射用凍結乾燥粉末剤や軟膏剤、シップ剤等を用いることができる。各種製剤型への調製は、当業者が利用可能な周知の製剤添加物、例えば、希釈剤や添加剤などを用いて慣用の手法に従って行うことができる。
例えば、注射用凍結乾燥粉末剤は、精製された前記プロテアーゼ阻害剤の有効量を注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液等の希釈液に溶解し、必要に応じてカルボキシメチルセファロース、アルギン酸ナトリウム等の賦形剤、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、アミノ酸、ヒト血清アルブミン等の安定化剤、ベンジルアルコール、塩化ベンザルコニウム、フェノール等の保存剤、ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカイン等の無痛化剤、塩酸、酢酸、クエン酸、水酸化ナトリウム等のpH調節剤等を加え、常法により製造することができる。また、注射用アンプル剤は、前記プロテアーゼ阻害剤の有効量を注射用蒸留水、生理食塩水、リンゲル液などの希釈剤に溶解し、必要に応じてサリチル酸ナトリウム、マニトール等の溶解補助剤、クエン酸ナトリウム、グリセリン等の緩衝剤、ブドウ糖、添加糖等の等張化剤、前述の安定化剤、保存剤、無痛化剤、pH調節剤等の添加剤を加えた後、通常の加熱滅菌、無菌ろ過等により無菌化して調製することができる。なお、有効成分の種類によっては加熱滅菌工程で失活する場合があるので、滅菌方法は適宜選択すべきである。
本発明の薬剤は、医薬上許容される担体等を用いて、錠剤、顆粒、カプセル剤、散剤等の固型状、あるいは液剤、懸濁剤、シロップ、乳剤、レモナーデ剤等の液状の態様や軟膏剤、シップ剤の態様で、経口投与、非経口投与に適した剤型に製剤化し、医薬製剤として用いることもできる。必要ならば、上記製剤に補助剤、安定化剤、湿潤剤、その他の常用添加剤、例えば乳糖、クエン酸、酒石酸、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、白土、庶糖、トウモロコシ澱粉、タルク、ゼラチン、寒天、ペクチン、落花生油、オリーブ油、カカオ油、エチレングリコール等を配合してもよい。
(投与量)
本発明の薬剤は、少なくとも1種のプロテアーゼ阻害剤を有効量含み、該プロテアーゼ阻害剤が癒着形成の部位において効果的な濃度で実質的に上皮化に足る十分な時間滞留するように投与することができる。
本発明において、投与可能なプロテアーゼ阻害剤の量と濃度は、効果を得るに十分な濃度すなわち「有効量」を最低濃度とし、「薬学的に許容できる」濃度を最高濃度とした範囲で決定することができる。所望の癒着形成を防止、抑制又は治療したい部位(腹部、胸部、眼、心臓、婦人科的組織等)で効果が得られるように、プロテアーゼ阻害剤混合物は適した剤型や媒体(生理食塩水)で、静脈内投与、経口投与又は経皮適用することができる。本発明において、経皮適用とは、軟膏剤や、シップ剤の製剤に調製したものを患部に塗る、若しくは貼ること等をいい、被検体の組織表面のある部位に塗布するのとは区別される。
本発明において「有効量」という用語は、上記の癒着形成の防止、抑制又は治療において、微毒又は無毒で、所望する反応を得る為の薬剤の十分な量を意味する。求められる正確な量は被検体によってまちまちであり、被検体の種、年齢、体重、一般的体調、投与の形態などによって変わってくる。適切な「有効量」は、ここに提供された事と慣例的な方法を使用した普遍的な先行技術により決定することもできる。
「薬学的に許容できる」とは、効果と危険性の比率的と比例して、過度の毒性、炎症、アレルギー反応又はその他の問題点又は合併症を伴わない、ヒト又は動物の組織との接触に適当な、信頼できる医療判断の範囲内での、物質、化合物、混合物又は投与形式を意味する。
該プロテアーゼ阻害化合物は一般的に作用する間隔で投与することができ、例えば手術前、手術中、手術完了後の期間にも投与することができる。術後少なくとも1〜72時間、好ましくは1〜48時間の間に投与を開始することができる。例えば静脈内投与の場合は、術後少なくとも1〜24時間、好ましくは1〜12時間の間に投与を開始することができ、経口投与の場合は、同様に1〜72時間、好ましくは12〜48時間、より好ましくは12〜24時間の間に投与を開始することができる。さらに、軟膏剤等を経皮適用する場合は、術後少なくとも1〜72時間、好ましくは1〜48時間の間に投与を開始することができる。一般的に術後癒着を形成しうる期間は、術後24時間〜14日であるから、静脈内投与、経口投与及び経皮適用の場合にはいずれもこの期間内に本発明の薬剤を継続的に投与することができる。
本発明の薬剤は、少なくとも1種のプロテアーゼ阻害剤が癒着形成の部位において効果的な濃度で実質的に上皮化に足る投与量で投与することができる。例えば、本発明の薬剤に含有されるプロテアーゼ阻害剤の具体例であるキマーゼ阻害剤(Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh))を手術中に10μM使用したとき、該生体内のキマーゼ活性は、血管組織において4週間にわたり顕著に抑制された。キマーゼ阻害剤(Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh))の効果的な投与量は、成人体重1kg、1日あたり0.0001〜100mgの間で選択することができる。例えば静脈内投与の場合には0.0001〜100mg、好ましくは0.01〜1mgの間で、また経口投与の場合には0.1〜100mg、好ましくは0.1〜10mgの間で投与量を選択することができる。さらに、経皮適用の場合には、0.0001〜1000mg、好ましくは0.1〜100mgの間で適用することができる。
他のプロテアーゼ阻害剤の効果的な量、経路は、公知の手段により決定することができる。
【実施例】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
(アミノアルキルホスホン酸誘導体の調製)
アミノアルキルホスホン酸のアリールジエステルのペプチド誘導体からなる薬剤は先行技術の1つによって証明され、実行される(Biochemistry,30,p.485−493,1991)。
キマーゼ活性と癒着形成との関係を説明するのに、典型的なセリンプロテアーゼ阻害剤、キマーゼ阻害剤、Suc−Val−Pro−Phe(OPh)の効果を調べた。この化合物は公知の方法を使用し合成した(Biochemistry,30,p.485−493,1991)。さらに詳しくは、Cbz−Val−OH(0.25g,1mmol)、DCC(0.2g,1mmol)と水素和物Cbz−Val−Pro−Phe(OPh)(0.584g,1mmol)は、30mlの酢酸エチルに溶解し、オイルを加える。この溶液に対し、0.1g(1mmol)のコハク無水物と0.1gの5%Pd/Cが加えられ、混合物は、薄層クロマトグラフィーが新しい斑点を示すまで、水素気圧下で攪拌される。触媒はろ過により取り除かれ、有機層は数回水で洗浄され、乾燥後有機溶媒は提供の為に除去させる。有機物として例えば、ハイドロスコープ固体としての0.45g(65%)の生成物が得られた(mp.50−53℃.;one apot on TLC,R=0.4;31P NMR 19.75,19.23ppm,ratio 1:1,Anal.Calcd.for C3440P.2HO:59.56;H,6.42.Found:C,59.59;H,6.42)。
【実施例2】
(Suc−Val−Pro−Phe(OPh)キマーゼ阻害剤の濃縮鏡像異性体の調製)
以下に使用されているように、以下の略語が適用される。Zはベンジルオキシカルボニル、Bocはtert−ブチルオキシカルボニル、WSCDはカルボジイミド、HOBtはOleksyszynとPowers(Methods Enzymol,244:423−441,1994)及びベンジルオキシカルボニルは水素臭化物酸溶液により取り除かれた。生成物をWSCD−HOBt反応によりBoc−Proとカップリングさせ、その後ラセミ混合物を得た。その後、再沈殿により分離した。まず、溶液中の非活性鏡像異性体を結晶化させて、溶液から除去した。HClを加えたBocの溶液中の活性鏡像異性体からブロックを除いた後、試料をWSCD−HOBt反応によりBoc−Valとカップリングさせ、再度ブロックを除いて分離された。この生成物に対し、コハク無水物とトリエタノアミンを加え、Suc−Val−Pro−Phe(OPh)を得た。そして、生成物を逆相HPLCによって濃縮した。
(Z−DL−Phe(OPh)
フェニルアセトアルデヒド(28.3mL,0.242mol)を45mLの酢酸で溶解した。カルバミル酸ベンジルエステル(24.4g,0.161mol)とトリフェニル亜リン酸塩(50.0g,0.161mol)をこの溶液に加え、1.5時間85℃で攪拌した。有機溶剤を蒸発させた後、残りの溶液を室温まで冷まし、400mLのメタノールをこの溶液に加え、−20℃で結晶化できるようにした。該生成物をろ過により集め、冷メタノールにより洗浄し、32.9g(42%)のZ−D−Phe(OPh)とZ−L−Phe(OPh)の化合物を産出するため真空内で乾燥した。
(DL−Phe(OPh)・HBr)
Z−Phe(OPh)とZ−L−Phe(OPh)(14.3g,29.3mmol)の混合物を30mLの25%水素臭化物/酢酸溶液中に溶解し、室温で1時間攪拌した。両方を加えた後、分離された固体試料をろ過によって集めた。この試料をエーテルで洗浄し、12g(94%)のDとL−Phe(OPh)・HBrの混合物を得る為に真空乾燥した。
(Boc−Pro−DL−Phe(OPh)
DとL−Phe(OPh)・HBr(11.5g,26mmol),Boc−Pro(5.53g,25.7mmol)とHOBt(3.58g,26.5mmol)の混合物を70mLのDMFに溶解し、WSCD(4.70mL,26.5mmol)を点滴によりで氷で冷却しながら加えた。室温で3.5時間攪拌した後、溶液を真空で濃縮し、エチルアセテートを加えた。結果により得られた溶液を逐次、酢酸とアルカリ性溶液で洗浄し、MgSOで乾燥し、真空乾燥濃縮した。アセトン−エテールにより結晶化させ、同様に再結晶化させて不活性鏡像異性体(D体)を除去し、Boc−Pro−L−Phe(OPh)を得た。残存溶液を真空で濃縮し、5.10gの鏡像異性体を産出するための溶解剤としてトルエン−エチル−アセテート(5:1)を加え、中圧シリカゲルで精製した。
(Boc−Pro−L−Phe(OPh)
Boc−Pro−L−Phe(OPh)(4.98g,9.05mmol)を37mLの冷HCl/ジオキサン(4.9N)に溶解し、室温で1時間攪拌した。概溶液は真空で蒸発、乾燥させた。残物を40mLのDMFで溶解し、Boc−Val(2.06g,9.50mmol)とHOBt(1.35g,9.96mmol)をこの溶液に加えた。WSCD(1.77mL,9.96mmol)を点滴又は氷で冷やしながらこの溶液に加え、室温で一晩攪拌した。酢酸エチルをこの反応溶液に加え、引き続いて、酸性とアルカリ性の溶液で洗浄した。MgSOで乾燥させ、ろ過した後、無色オイルとして6.26g(94%)の生成物を産出し、真空で濃縮した。
(Suc−Pro−L−Phe(OPh)
Boc−Pro−L−Phe(OPh)(5.86g,8.47mmol)を35mLの冷HCl/ジオキサン(4.9N)に加え溶解し、室温で1時間攪拌した。概溶液を真空で蒸発、乾燥した。残物を35mLのDMFを加え溶解し、コハク無水物(1.02g,10.2mmol)を加えた。トリエチルアミン(2.36mL,16.9mmol)を点滴によりこの溶液に加え、室温で2時間攪拌した。氷冷しながらHCl溶液により溶液のpHがpH1.0となるように調整し、酢酸エチルを加えて試料を抽出した。抽出物を飽和塩水溶液で洗浄し、MgSOで乾燥させ、黄色オイルとして生成物を産出し、真空でろ過、濃縮した。オイルを逆相HPLC(分離管:YMC ODS SH−363−5,30×250mm,移動相:0.1TFA,勾配40−70% MeCN)により濃縮し、ホワイトパウダーとして、2.30g(42%)の生成物を産出し冷却乾燥した。


(実験例 Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)の内服による癒着予防効果)
シリアンハムスター(SLC社)、年齢6週間(体重85〜90グラム)を開胸し、心臓を擦過後、心筋癒着モデルを作製し、Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)(10mg/kg)(8例)又は偽薬(8例)をモデル作製前3日よりモデル作成後14日まで1日1回、ゾンデで強制経口投与し、モデル作製後14日の癒着程度を比較検討した。尚、癒着スコアーは下記のとおりである。なお、癒着スコアーにより、Student−t testを用いて有意差検定を行った。
癒着度0;心臓が容易に取り出せ、通常の心臓と同様に周囲から独立して存在している。
癒着度1;心臓の一部と周囲組織との薄膜性の癒着が認められるが、簡易癒着部位が剥離でき、心臓を露出できる。
癒着度2;心臓の数箇所と周囲組織との癒着が認められるが牽引することにより、癒着部が剥離でき、心臓を露出できる。
癒着度3;心臓が確認できるが、周囲の組織数箇所と強固に癒着し、強く牽引しなければ心臓の露出が行いにくい。
癒着度4;心臓を中心とした極度の細胞増殖、線維化が起こり周囲の組織との癒合が認められる。心臓が周辺組織と癒着しているため、牽引しても剥離不可能で、心臓の露出が非常に困難である。
偽薬群では、癒着度4が3例(37.5%)、癒着度3が2例(25%)、癒着度1が1例(12.5%)、そして残りが癒着度0(25%)であったのに対し、Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)投与群では、癒着度4が1例(12.5%)、癒着度2が1例(12.5%)、そして残りが癒着度0(75%)であり、有意に癒着度が軽減されていた。
【産業上の利用の可能性】
以上説明したように、本発明の癒着形成防止、抑制又は治療剤は、静脈内投与や経口投与又は経皮適用することにより癒着予防に有用であり、整形外科的あるいは形成外科的な手術後の癒着のみならず炎症性の内臓癒着にも有用である。
【図1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1のプロテアーゼ阻害剤を有効量含む薬剤であって、静脈内投与、経口投与又は経皮適用されることを特徴とする脊椎動物被検体内の組織表面の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項2】
該プロテアーゼ阻害剤が、セリンプロテアーゼ阻害剤である、請求の範囲第1項に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項3】
該セリンプロテアーゼの阻害剤が、キモトリプシン様セリンプロテアーゼ阻害剤である請求の範囲第2項に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項4】
該キモトリプシン様セリンプロテアーゼ阻害剤が、キマーゼ阻害剤である請求の範囲第3項に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項5】
該キマーゼ阻害剤が、α−アミノアルキルホスホン酸のアリールジエステルのペプチド誘導体である請求の範囲第4項に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項6】
該キマーゼ阻害剤が、Suc−Val−Pro−Phe(OPh)である、請求の範囲第4項に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項7】
該キマーゼ阻害剤が、Suc−Val−Pro−Phe(OPh)の鏡像異性体Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)の濃縮製剤である請求の範囲第4項に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項8】
該鏡像異性体濃縮製剤において、Suc−Val−Pro−L−Phe(OPh)がSuc−Val−Pro−Phe(OPh)の総重量の95%以上を含有する請求の範囲第7項に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項9】
該プロテアーゼ阻害剤が、当該部位において当該プロテアーゼ阻害剤の効果的な局所濃度を維持する伝達体と結合して投与され、そして、当該伝達体は、ヒアルロン酸、ヒドロゲル、カルボキシメチルセルロース、デキストラン、シクロデキストラン、そしてその化合物からなる集合体より選択された高分子量担体をなす、請求の範囲第1項〜第8項のいずれか1に記載の癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項10】
請求の範囲第1項〜第9項のいずれか1に記載のプロテアーゼ阻害剤と、薬学的に許容できる希釈液又は賦形剤からなる、癒着形成の防止、抑制又は治療用薬剤。
【請求項11】
外科手術前、外科手術中若しくは外科手術後、又は炎症性の内臓癒着が危惧される場合に脊椎動物被検体に対し、請求の範囲第1項〜第8項のいずれか1に記載の癒着形成防止、癒着形成抑制又は癒着形成治療用薬剤を投与する治癒形成の防止、抑制又は治療方法。

【国際公開番号】WO2004/069276
【国際公開日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【発行日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504850(P2005−504850)
【国際出願番号】PCT/JP2004/001111
【国際出願日】平成16年2月4日(2004.2.4)
【出願人】(502371679)
【Fターム(参考)】