説明

発光の色調変化による複数微生物の同時検出方法

【課題】複数の微生物等を同時に検出するための試薬及びキット、並びに、該試薬又はキットを使用した微生物等の検出方法を提供する。
【解決手段】Y及びXが異なる式(I)の化合物を2以上含んでなる微生物又は毒素を検出する試薬である。


[式中(I)中、Xは以下の置換基


(但し、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eはケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、nは1〜4の整数である)であり、Yは微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、l及びmはl+m=2を満たす整数である]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の微生物を同時に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くのウィルスや細菌による感染症は、重篤な病態を引き起こすことも少なくないため、感染予防や感染後の治療は、常に重要な臨床的課題となっている。感染病原体の中でも、とりわけ危険度の高いインフルエンザウィルス、特にここ数年世界規模での蔓延が危惧されている高病原性トリインフルエンザ、SARSに対する予防及び治療上の対策は、早急に対応すべき重要な問題の一つである。さらに、近年の地球温暖化に伴い、熱帯地方特有の感染症(例えば、デング出血熱)が感染地域を拡大してきており、今後の対策が不可欠である。
【0003】
ウィルスや細菌などの微生物による生体への感染経路は、各微生物によって異なるが、感染標的細胞への侵入の際には、標的細胞表層に存在する受容体上の糖鎖構造を認識し、結合することが、多くの場合において知られている。このような感染時の現象に着目して、発明者らは、ウィルスや細菌感染によって生じる疾患の予防及び治療法の開発を行ってきた。発明者らは、例えば、カルボシランデンドリマーあるいはポリマー上に糖鎖を集積させ、病原性大腸菌O−157の産生するベロ毒素に対して動物レベルでも強い阻害活性を示す糖鎖クラスター化合物の創製(非特許文献1及び特許文献1)、デングウィルス(非特許文献2及び特許文献2)、インフルエンザウィルスの引き起こす感染症に対し効果を示す糖鎖クラスター化合物の創製(非特許文献3、特許文献3、特許文献4及び特許文献5)など、精力的に研究を行ってきた。
このように、ウィルス又は細菌感染時の標的細胞上の糖鎖構造の認識機構は、感染症の予防又は治療方法の開発において有益な手掛かりを与えてきた。
【0004】
感染症自体の予防又は治療は当然のこととして、その一方で、どのような微生物感染が生じているのかを早急に突き止めることも、早期治療を行う上では非常に重要なことである。現在、主として行われている感染病原体の検査は、検査対象の病原体に特異的な抗原タンパク質を検出する方法、特定の遺伝子領域を増幅して検出する方法、あるいは、感染病原体を顕微鏡下で直接観察する方法などが行われている。これらの方法のうち、抗原タンパク質や特定遺伝子を同定する方法は、検出感度及び精度の点において優れてはいるものの、やや操作が煩雑であり、迅速な検査結果の取得の点に若干の問題がある。また、顕微鏡を用いて形態学的に感染病原体を特定する方法においては、観察対象の病原体の数がある程度高濃度でなければ検出が難しく、そのための感染病原体の増殖等に多くの時間が必要とされ、検査の迅速性に問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−289907
【特許文献2】特開2005−306766
【特許文献3】特開2008−50283
【特許文献4】特開2008−81411
【特許文献5】特開2005−77276
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.Infect.Dis.,2005,191:2097−2105
【非特許文献2】Carbohydr.Res.,2006,341:467−473
【非特許文献3】Tetrahedron Lett.,2001,42:3327−3330
【非特許文献4】J.Korean Phys.Soc.2004,45:329
【非特許文献5】J.Am.Chem.Soc.2005,127:11661
【非特許文献6】Syn.Met.2005,152:249
【非特許文献7】Tetrahedron Lett.,2007,48:4365−4368
【非特許文献8】Chem.Eur.J.,2000,6:1683−1692
【非特許文献9】Chem.Commun.,2009,4332−4353
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記状況の中、感染症の原因病原体の検出及び同定をさらに迅速かつ正確に行うために、従来方法とは異なる方法論に基づいた新たな手法の開発に期待が寄せられている。
そこで、本発明は、感染病原体を迅速かつ正確に検出及び同定する方法、及び該方法に使用される試薬又はキットの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、病原体に特異的に結合する糖鎖を担持したカルボシランデンドリマーによるAIE(aggregation−induced emission)効果を利用して本発明を完成させた。AIE効果とは、2,3,4,5−テトラフェニルシロール(以下、シロールと略記)など、中心の環の周りを囲むように複数のアリール基(例えば、フェニル基)が結合した分子が、液体中で互いに凝集し合い、紫外線照射により高効率発光を行う現象のことである(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7、非特許文献8及び非特許文献9)。発明者らは、シロールと上記カルボシランデンドリマーを結合させた化合物によって引き起こされるAIE効果が、該カルボシランデンドリマーが担持する糖鎖と病原体(例えば、インフルエンザウィルスなど)又は病原体が分泌する毒素(例えば、ベロ毒素など)との結合によって消失すること初めて見出した。これまでにも、発光分子を利用して病原微生物を検出する試みが行われてはいたが、発光分子と病原微生物との結合の前後において、発光量又は色調の変化を明瞭に現出させる有効な方法が見出されていなかったため、いずれの試みも実用化には程遠い状態にあった。本発明は、AIE効果を利用することで、シンプルかつ迅速な微生物検出を提供する点において、特別顕著な効果を有している。
さらに、発明者らは、異なる色調のAIE効果を利用して、簡易かつ迅速に複数のウィルスや微生物等を検出する方法を見出した。すなわち、シロールは、2位と5位の置換基に特徴的な色調のAIE効果を発揮することが報告されている(例えば、非特許文献8を参照)。そこで、異なる色調のAIE効果を示すシロール誘導体にデンドリマーを結合させたシロール誘導体−デンドリマー結合体を複数使用して、対象物の検出実験を行ったところ、対象物が存在する場合には、色調の変化が可視的に確認できることを初めて見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、微生物等と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬及びキット、並びに該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法である。
より具体的には、本発明は、Y及びXが異なる式(I)の化合物を2以上含んでなる微生物又は毒素を検出する試薬及びキット、並びに該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法である(つまり、本発明の試薬又はキットに含まれる複数の式(I)の化合物(群)は、互いに、Y及びXが異なっている)。
【化1】


[式中(I)中、Xは以下の置換基
【化2】


(但し、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eはケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、nは1〜4の整数である)であり、R、R及びRは酸素、窒素又はカルボニル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、Rは炭化水素基であり、Eは炭素、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであってEと同一でも異なっていてもよく、Yは微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、l及びmはl+m=2を満たす整数である]
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、複数の微生物等が含まれる混合物の中から、特定の検出対象を簡易、迅速、かつ、高精度で定性的、定量的に検出することができる。
【0011】
また、本発明によれば、微生物等が複数存在する場合でも、蛍光強度の変化が明瞭であるため、検出対象の存在を視覚的に捉えることが可能である。
【0012】
本発明の検出試薬又はキットは、煩雑な操作を必要とせず、また、複数の微生物等が存在する場合でも、検出対象の微生物の検出が可能であることから、迅速な感染源の特定並びに早急な感染症治療を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】デンドリマーの基本的な骨格を模式的に示した図である。
【図2】式(Ia)で示される化合物の蛍光強度に対する溶媒の影響。有機溶媒(アセトン)に対する水の比率を変動させて、励起波長360nmに対する化合物からの蛍光強度を測定した。
【図3】シロールデンドリマーとアニシルシロールデンドリマーとの混合液に、WGAを添加したときの発光波長の変化を測定した結果を示す。シロールデンドリマー(0.35μM)とアニシルシロールデンドリマー(0.35μM)の混合液にWGA溶液(10μM)を10μlづつ滴下した後、励起波長378nmでの発光波長の変化を測定した。
【図4】シロールデンドリマー(0.35μM)とアニシルシロールデンドリマー(0.35μM)との混合液(3ml)の色が、WGA溶液を滴下するごとに、シアン色から青色へと変化する様子を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーと、AIE効果を惹起、あるいは、発現する化合物を結合させた化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬又はキット、並びに、該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法に関するものである。ここで、「デンドリマー」とは、ギリシャ語の「dendra」(樹木)を語源とする規則正しく分岐した樹状高分子化合物の総称である。デンドリマーの形態としては、例えば、ダンベル型、ファン型、ボール型などが知られているが(図1を参照のこと)、本発明においては、AIE効果を惹起する化合物と作用可能(即ち、AIE効果を阻害することなく)に結合できる形態であればいずれの形態を使用することも可能であり、デンドリマーの形態の選択は、当業者であれば容易に行うことができる。本発明に使用されるデンドリマーは、微生物又は毒素と特異的に結合するものである。例えば、カルボシランデンドリマーのコア骨格に、微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖(式(I)中のYに相当する)を結合させたデンドリマーなどを使用することができる。微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖としては、限定はしないが、例えば、腸管出血性大腸菌O−157が産生するベロ毒素と特異的に結合するグロボ3糖(Gb3、Galα1−4Galβ1−4Glcβ1−)、インフルエンザウィルス等のウィルス表面に存在するヘマグルチニンと特異的に結合するシアリルラクトース、デング熱ウィルスのスパイク糖タンパク質と特異的に結合するラクトネオテトラオースなど、本発明で使用可能な糖鎖はこれまでに数多く同定されており、検出対象の微生物又は毒素に適した糖鎖を選択することは当業者であれば容易である。本発明で使用可能な糖鎖と該糖鎖が認識する微生物の組合せの一例を表1〜5に示す。
【0015】
【表1】


【表2】


【表3】


【表4】


【表5】

【0016】
本発明の実施形態の1つは、Y及びXが異なる式(I)の化合物を2以上含んでなる微生物又は毒素を検出する試薬である。
【化3】


[式中(I)中、Xは以下の置換基
【化4】


(但し、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eはケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、nは1〜4の整数である)であり、R、R及びRは酸素、窒素又はカルボニル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、Rは炭化水素基であり、Eは炭素、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであってEと同一でも異なっていてもよく、Yは微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、l及びmはl+m=2を満たす整数である]
本実施形態は、式(I)で示されるデンドリマーであって、式(I)中のXの部分がAIE効果を発現するシロール基及びその誘導体であり、Yの部分には、種々のウィルス、微生物又は毒素に特異的に存在する物質と結合する糖鎖(表1〜表5を参照のこと)を担持した化合物を含む試薬である。
式(I)の化合物は、Yと特異的に結合する物質の非存在下においては、互いに凝集し合い、Rに特徴的な特定の波長の発光を行う。一方、Yが特異的に結合する物質の存在下においては、凝集状態が崩壊し、特定の波長の発光が消失する。本実施形態は、Yが特異的に結合する物質の存在(すなわち、Yが特異的に結合する物質を有するウィルス、微生物又は毒素の存在)を、AIE効果の有無により確認するものである。すなわち、Xの置換基Rが異なれば、AIE効果によって惹起される発光の波長も異なるため、検査対象の特異性を決定するYごとに異なる発光を誘起するXを使用すると、検査対象に特徴的なAIE効果の消失が確認される。従って、異なる色のAIEを惹起する式(I)の化合物を複数使用すると、検査サンプル中にその検査対象が存在する式(I)の化合物からの発光が消失し、どの検査対象が存在しているのかを確認することが可能となる。例えば、AIEによる発光色が、青、緑、赤である式(I)の化合物が、各々、Y、Y、Yの糖鎖を担持しているとする。これら3種類の式(I)の化合物を含む本発明の試薬の色は、当初白色(無色)であるが、例えば、Yと結合する微生物等の存在下では青色のみが消失し、無色から緑と赤の合成色(黄色)へと変化する。あるいは、同じ試薬を、Yと結合する微生物等の存在下では、赤色のみが消失し、無色から青と緑の合成色(シアン)に変化することになる。
以上のように、検査対象に特徴的な発光色を示す式(I)の化合物を複数含んでなる本発明の試薬は、複数の検査対象の存在を色の変化によって可視的に確認することを可能にするものである。
【0017】
式(I)の化合物において、E及びEは、同一又は相異なるケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、特にケイ素が好ましい。また、R、R及びRは酸素、窒素又はカルボニル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、アミド結合を含んでもよく、例えば、炭素数1〜6の直鎖アルキル基、アルキレン基、アルケニレン基又はアルコキシレン基(オキシアルキレン基)などが好ましく、Rは炭化水素基を示し、メチル基などが好ましい。また、l及びmはl+m=2を満たす整数である。
Rは、同一又は相異なるアリール基であり、好ましくは、3位及び4位がフェニル基であり、及び/又は、2位及び5位が同一のアリール基である。Rは、Xが誘起するAIEの色を特徴付ける上で重要な役割を果たしており、発光波長が異なるようにRを選択した複数の化合物(I)が含まれる本発明の試薬は、同一のサンプル中に存在する複数の検出対象を同定することが可能となる。Rは、異なるYを担持する化合物(I)ごとに、例えば、クロロホルム中で測定したときの最大発光波長が、430nm〜470nm(例えば、Rが表6に示すグループaの置換基)、470nm〜490nm(例えば、Rが表6に示すグループbの置換基)、490nm〜510nm(例えば、Rが表6に示すグループcの置換基)、510nm〜550nm(例えば、Rが表6に示すグループdの置換基)、550nm〜610nm(例えば、Rが表6に示すグループeの置換基)のいずれかの波長領域に含まれる発光を誘起するように選択すると、最大で5種類の検査対象の存在を確認することが可能となる。あるいは、Rは、異なるYを担持する化合物(I)ごとに、(a)C、p−FCC、m−FC、m−FCC、2−ピリジル、3−ピリジル、1−ナフチルからなる青色系の発光グループ、(b)m−CH、p−CHからなるシアン系の発光グループ、(c)p−CHOC、ビフェニル、2−チアゾールからなる緑系の発光グループ、((d)2−チエニル、p−(NO)C、2−スチリル、p−((CHN)Cからなる黄色系の発光グループ、(e)ビチエニル、5−(2−ベンゾ[b]チエニル)2−チエニルからなる赤色系の発光グループのいずれかに含まれる置換基を選択してもよい。
なお、AIEの発光色とRとして選択される置換基との関係については、例えば、非特許文献8、非特許文献9などの公知の文献を参考にして当業者であれば容易に選択することができる。
【0018】
【表6】

【0019】
Yは検出対象の微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、検出対象の微生物又は毒素に応じて選択するができ、かかる選択は当業者であれば容易に行うことができる。特に限定はしないが、例えば、式(I)で示される化合物は、Yが以下の式(II)の糖鎖の場合、ベロ毒素を、式(III)の糖鎖の場合、インフルエンザウィルスを、式(IV)の糖鎖の場合、デング熱ウィルスの検出に使用することができる。
【化5】

【0020】
また、検出対象がインフルエンザウィルスの場合、トリインフルエンザウィルスのヘマグルチニンが認識する糖鎖構造であるシアリルα(2→3)ラクトース(又はガラクトース)などを本発明の糖鎖として使用すればトリインフルエンザウィルスを特異的に検出することができ(例えば、WO02/002588を参照のこと)、ヒトインフルエンザウィルスのヘマグルチニンが認識する糖鎖構造であるシアリルα(2→6)ラクトース(又はガラクトース)などを本発明の糖鎖として使用すればヒトインフルエンザウィルスを特異的に検出することができる(例えば、特開2008−31156を参照のこと)。
【0021】
式(I)中のYは、1分子中の全てのYの位置が微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であることが望ましいが、必ずしも、全てのYが上記置換基である必要はなく、例えば、水素、C=C二重結合、水酸基などであってもよく、当該技術分野における通常の合成方法により、Yの位置に結合し得ると当業者が予測可能な如何なる置換基であってもよい。
なお、本明細書においては、「微生物」にはウィルスを含むものとする。また、「微生物等」には、微生物そのものの他、微生物上に存在する毒素などが含まれるものとする。
【0022】
本発明で使用される式(I)で示される化合物として、例えば、以下に示す化合物(Ia)(シロール−ダンベル(1)6−Gb3)を使用することができる(合成方法の詳細については、例えば、非特許文献7などを参照のこと)。
【化6】

【0023】
本発明の試薬は、式(I)で示される化合物を複数含む他、当業者において微生物又は毒素の検出において必要と思われる物質、又は、当該検出に対し効果的に作用する物質など、他の添加物質を含んでもよい。このような添加物質としては、限定はしないが、例えば、界面活性剤、安定化剤、防腐剤、キレート剤などを使用することができる。また、本発明の検出試薬は、本発明の試薬を適当な溶媒、例えば、水溶液、有機溶媒等に溶解させた状態で提供することもできる。適切な溶媒は、当業者において容易に選択可能である。
【0024】
本発明の試薬は、適当な容器又はパック中に使用説明書と共に含めてキットとして提供することもできる。本発明の試薬がキットとして供給される場合、活性構成成分の機能低下を回避するなどの必要に応じて、各構成成分を別々に包装してもよい。キット中に含まれる試薬を収納する容器は、構成成分を吸着せず、また、構成成分の活性が長期間有効に持続するような材質のものが好ましい。また、キットに使用説明書が添付される場合、その使用説明は、紙又は他の材質上に印刷されて供給されてもよく、及び/又はフロッピー(登録商標)ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、Zipディスク、ビデオテープ、オーディオテープなどの電気的又は電磁的に読み取り可能な媒体として供給されてもよい。あるいは、キットの製造者によって指定され又は電子メール等で通知されるウェブサイトに掲載されていてもよい。
【0025】
本発明の他の実施形態は、上述の本発明の試薬又はキットを使用した、微生物又は毒素の検出方法である。
本発明の式(I)の化合物によるAIE効果の発現は、該化合物の構造に適した溶媒環境において、発光強度が異なってくる。従って、使用する式(I)の化合物のAIE効果に適した溶媒環境において検出を実施することが望ましい。このような、検出環境に最も適する溶媒環境の選択は、当業者において通常の試行錯誤の範囲内の予備実験等で容易に設定することができる。例えば、本発明の式(I)の化合物が式(Ia)で示される化合物の場合、測定を行う溶媒中の有機溶媒に対する水の比率が約20%以下又は約70%以上になると、発光効率が上昇する(図2を参照のこと)。よって、式(Ia)の化合物の発光効率は、例えば、有機溶媒中(例えば、アセトンなど)あるいは水中において発光効率が最大になる。また、測定に使用される測定環境は、検出対象の微生物又は毒素の安定性も考慮して、塩濃度、pHなど至適な条件を選択することが望ましく、かかる選択は当業者にとって容易に行うことができる。また、検出対象物によっては、試薬に含まれる化合物(I)同士が凝集して沈殿などが生じる場合もあるが、このような場合には、試薬等を超音波処理、高速撹拌、遠心分離など行うことで、沈殿の解消又は除去が可能である。
また、AIE効果は、式(I)の化合物に紫外線を照射することによる発光として可視的に検出することができる。紫外線の照射はUVランプなど通常利用可能な線源を利用して容易に行うことができる。
【0026】
式(Ia)の化合物は、適当な測定溶媒(例えば、水)中において紫外線を照射すると強く青色発光を発する。この状態に、検出対象微生物又は毒素、例えば、ベロ毒素を添加すると、式(Ia)の化合物とベロ毒素が結合することによって、式(Ia)の化合物の凝集が崩壊することでAIE効果が阻害され、青色発光が消失する。これに対し、ベロ毒素以外の式(Ia)の化合物に担持される糖鎖とは結合しない微生物又は毒素を添加した場合には、AIE効果の阻害は起こらず、青色発光には影響を与えない。従って、式(Ia)に示す化合物を本発明の検出化合物として使用する場合には、検出対象であるベロ毒素を検出環境中に添加した場合にのみ、青色発光が消失するため、ベロ毒素の存在を確認することができる。
以上のことは、式(Ia)以外の式(I)の化合物を用いた場合にも同様に起こる現象であることから、ベロ毒素以外の微生物又は毒素が検出対象である場合、該検出対象に特異的に結合する糖鎖を担持した本発明の化合物を使用すれば、ベロ毒素以外の微生物又は毒素を容易に検出することができる。
本発明の化合物による発光強度は、検出対象の微生物又は毒素の量に依存して変動するため、検出対象微生物又は毒素を定量的に測定することも可能である。
【0027】
以下の実施例は、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0028】
1.シロール−ダンベル(1)6−Gb3(化合物(Ia))の合成
本発明の化合物の1例であるシロール−ダンベル(1)6−Gb3の合成を下記のスキームに示す。
【化7】


J.Organomet.Chem.,1990、391:27を参考に、1、1−ジクロロー2、3、4、5−テトラフェニルシロールをジフェニルアセチレン(もしくはトラン)のリチウムの還元、それによるテトラクロロシランとの環化反応により合成した。その後のカルボシランデンドリマーの世代拡張反応、末端官能基化反応、糖鎖導入反応はいずれも特許文献1と全て同じ反応条件により合成することができる。
このように合成したシロール−ダンベル(1)6−Gb3がAIE効果を示すことを確認した。
【0029】
2.シロール−ダンベル(1)6−Gb3(化合物(Ia))とベロ毒素のStx1及びStx2との接着能
ベロ毒素にはStx1とStx2の2種類の毒素があり、それぞれに対し結合親和性の測定を2種類(KD及びRUmax)ずつ行なった。いずれも、それらの値が小さいほどベロ毒素に対する接着能が高いことを示している。これによると、シロールダンベル(1)6−Gb3の値は、ダンベル(1)6−Gb3やボール(1)12−Gb3のそれに比べるとやや大きな数値(KD値で一桁)を示すが、ファン(0)3−Gb3より遥かに低い値を示した。このことから、シロールダンベル(1)6−Gb3はベロ毒素に対する接着能を有していることが分かる。
【表7】

【実施例2】
【0030】
本実施例は、発光色が異なる式(I)の化合物の混合物を検出試薬として使用した場合、これら化合物の1つと特異的に結合する検査対象の検出を行った1例を示すものである。
本実施例において、植物由来のレクチンであるWGAとPNAを、各々、認識する2種類の式(I)の化合物からなる試薬を用いて、PNAが特異的に検出されるかどうかを検討した。PNAと特異的に結合する糖鎖であるラクトース(Lac)を担持した式(I)の化合物(シロール−ダンベル(1)6−Lac)は、Xの2位及び5位にフェニル基を有し、AIEにより青色の発光を呈する。一方、WGAと特異的に結合する糖鎖であるラクトリアオース(Lc)を担持した式(I)の化合物(アニシル−シロール−ダンベル(1)6−Lc)は、Xの2位及び5位にp−CHOCを有し、AIEにより緑色の発光を呈する。これら2種類の化合物を混合した試薬は、シアン系の色の発光を呈する(図4)。
【0031】
1.シロール−ダンベル(1)6−Lacの合成
シロール−ダンベル(1)6−Lacは、以下に示すスキームのように合成を行った。
【化8】

【0032】
2.アニシル−シロール−ダンベル(1)6−Lcの合成
アニシル−シロール−ダンベル(1)6−Lcは、以下に示すスキームのように合成を行った。
【化9】

【0033】
3.2種の式(I)の化合物を使用した、色調変化による検出対象の同定
まず、シロール−ダンベル(1)6−LacのPBSバッファー溶液(0.35μM)とアニシルシロールダンベル(1)6−LcのPBSバッファー溶液(0.35μM)を同量混合した。この混合液は、シロールの青色発光(PBS中での最大発光波長;476nm、励起波長;360nm)とアニシルシロールからの緑色発光(PBS中での最大発光波長;494nm、励起波長;382nm)が合成されたシアン色(PBS中での最大発光波長;486nm、励起波長;378nm)を呈していた(図4参照)。この混合液(3ml)にWGAのPBSバッファー溶液(10μM)(10μl)を滴下し、5℃で30分静置した後、10分間超音波照射を行った。再び、5℃で30分静置後、孔径0.1μmのフィルターでろ過して、ろ液を5℃で蛍光高度計(PL)で測定した。以下、滴下総量が50μlになるまでWGA溶液を10μlづつ混合液に滴下し、滴下する毎に同様の処理をして、PL測定を行った。励起波長378nmにおける発光波長の変化を図3に示す。
アニシル−シロール−ダンベル(1)6−Lcが、WGAと結合することにより、アニシル−シロールによるAIE効果が消失し、発光波長が486nmから476nmへと変化することが確認された。また、色調もWGA溶液を滴下するごとにシアン色から青色へと変化した。(図4)
以上、発光色(発光波長)の異なる式(I)の化合物を複数組み合わせて使用すると、発光色の色調の変化から、検出対象の存在を確認できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、複数の微生物及び/又は毒素の検出を迅速かつ簡便に行うことを可能ならしめるものであり、微生物等の検出技術の向上に貢献するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Y及びXが異なる式(I)の化合物を2以上含んでなる微生物又は毒素を検出する試薬。
【化1】


[式中(I)中、Xは以下の置換基
【化2】


(但し、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eはケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、nは1〜4の整数である)であり、R、R及びRは酸素、窒素又はカルボニル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、Rは炭化水素基であり、Eは炭素、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであってEと同一でも異なっていてもよく、Yは微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、l及びmはl+m=2を満たす整数である]
【請求項2】
及びEがケイ素である請求項1に記載の試薬。
【請求項3】
Xの3位及び4位のRがCである請求項1に記載の試薬。
【請求項4】
Xの2位と5位のRが同一である請求項1乃至3のいずれかに記載の試薬。
【請求項5】
Xの2位及び5位のRが以下の(a)〜(e)のいずれかに属する置換基である式(I)の化合物を少なくとも1つ含む請求項4に記載の試薬。
クロロホルム中で測定したときの最大発光波長が、
(a)430nm〜470nmの範囲である置換基、
(b)470nm〜490nmの範囲である置換基、
(c)490nm〜510nmの範囲である置換基、
(d)510nm〜550nmの範囲である置換基、
(e)550nm〜610nmの範囲である置換基
【請求項6】
Xの2位及び5位のRが、C、p−FCC、m−FC、m−FCC、2−ピリジル、3−ピリジル、1−ナフチル、m−CH、p−CH、p−CHOC、ビフェニル、2−チアゾール、2−チエニル、p−(NO)C、2−スチリル、p−((CHN)C、ビチエニル、5−(2−ベンゾ[b]チエニル)2−チエニルのいずれかである式(I)の化合物を少なくとも1つ含む請求項4に記載の試薬。
【請求項7】
Xの2位及び5位のRが、Yごとに以下の(a)〜(e)に示される置換基が選択されることを特徴とする請求項4に記載の試薬。
(a)C、p−FCC、m−FC、m−FCC、2−ピリジル、3−ピリジル、1−ナフチル、
(b)m−CH、p−CH
(c)p−CHOC、ビフェニル、2−チアゾール、
(d)2−チエニル、p−(NO)C、2−スチリル、p−((CHN)C
(e)ビチエニル、5−(2−ベンゾ[b]チエニル)2−チエニル
【請求項8】
、R及びRが同一又は異なり、アミド結合を含んでもよく、炭素数1〜6の直鎖アルキル基、アルキレン基、アルケニレン基又はアルコキシレン基(オキシアルキレン基)であり、Rがメチル基である請求項1乃至7のいずれかに記載の試薬。
【請求項9】
Yが以下の(II)〜(IV)の置換基のいずれかである式(I)の化合物を含む請求項1乃至8のいずれかに記載の試薬。
【化3】

【請求項10】
lが0、mが2、nが4、R及びRが−C−、Rが−C−であり、前記式(II)の置換基である請求項9に記載の試薬。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれかに記載の試薬を含む、微生物又は毒素を検出するためのキット。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載の試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−180018(P2011−180018A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45452(P2010−45452)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】