説明

発光効率又は発色効率を高める酵素反応方法

【課題】本発明の目的は、化学発光基質又は発色基質を化学発光又は発色させる酵素反応において、酵素反応性を高め、化学発光効率又は発色効率を向上させる技術を提供することである。
【解決手段】化学発光基質又は発色基質を化学発光又は発色させる酵素反応において、特定のベタイン誘導体を添加することによって、酵素反応性が著しく高まり、化学発光効率又は発色効率を向上させることが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発光基質又は発色基質を化学発光、蛍光発光又は発色させる酵素反応において、酵素反応効率を向上させ、発色効率又は発色効率を高める技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、酵素反応は、生成物やエフェクター分子との結合によって反応過程で反応速度が頭打ちになる場合が多い。このような頭打ちとなる現象を改善して酵素反応の効率を高めることができれば、酵素反応を利用する様々な分野で多大なメリットをもたらすことになる。とりわけ、酵素反応を利用した発光や発色は、臨床検査薬、ELISAやウエスタンブロッティング等を利用した目的物質の検出法において広く利用されている技術であり、当該発光や発色の効率を向上できれば、目的物質の検出感度を高め、更には目的物質の検出時間を短縮することも可能になる。
【0003】
従来、酵素反応において、酵素活性を高める技術は報告されている。例えば、非特許文献1及び2には、糖を含むアルコール、ポリオール類を酵素反応溶液に添加することにより酵素活性を向上させる方法が開示されている。また、非特許文献3及び4には、ポリエチレングリコールや牛血清アルブミンのようなタンパク質を酵素反応溶液に添加することによって、酵素活性を向上できることが開示されている。また、非特許文献5には、グリシンが酵素活性を向上させることも開示されている。
【0004】
また、近年、酵素反応に使用する基質を改良して発光効率や発色効率を改善したり、或いは酵素自身を遺伝子光学的手法によって改変することにより、酵素反応の効率を高める手法が報告されている。
【0005】
しかしながら、発光基質又は発色基質を化学発光、蛍光発光又は発色させる酵素反応において、酵素や基質の改変以外の手法で、化学発光効率又は発色効率を向上させるための技術的手段は提言されていない。
【0006】
一方、特定構造のベタイン誘導体が核酸合成効率を向上させることが報告されているが(特許文献1)、ベタイン誘導体と発光又は発色させる酵素反応との関連性については一切明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−96766号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】S. N. Timasheff, Adv. Protein Chem., 51, 355 (1998)
【非特許文献2】M.Mejri, et al., Carbohydr. Polym., 45, 161 (2001)
【非特許文献3】K. Hayashi, et al., Nucleic Acids Res., 14, 7817 (1986)
【非特許文献4】K. Totani, et al., J. Am. Chem. Soc., 130, 2101 (2008)
【非特許文献5】V. Vathipadiekal, et al., Biol. Chem., 388, 61 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、発光基質又は発色基質を化学発光又は発色させる酵素反応において、酵素反応性を高め、発光効率又は発色効率を向上させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決すべき鋭意検討を行ったところ、発光基質又は発色基質を発光又は発色させる酵素反応において、特定のベタイン誘導体を添加することによって、酵素反応性が著しく高まり、発光効率又は発色効率を向上させることが可能になることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0011】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 一般式(1)に示すベタイン誘導体の存在下で、発光基質又は発色基質に対して酵素を作用させることを特徴とする、酵素反応方法。
【化1】

[一般式(1)中、R1〜R3は、同一又は異なって、炭素数1〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基を示し、且つR1〜R3の少なくとも1つは、炭素数3〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。nは1〜5の整数を示す。]
項2. R1〜R3が同一又は異なって炭素数3〜6の直鎖状のアルキル基であり、且つnが1である、項1に記載の酵素反応方法。
項3. 酵素がペルオキシダーゼ又はアルカリフォスファターゼである、項1又は2に記載の酵素反応方法。
項4. 一般式(1)に示すベタイン誘導体が0.00001〜1Mの濃度で存在する、項1乃至3のいずれかに記載の酵素反応方法。
項5. 発光基質又は発色基質を用いた酵素反応において発光効率又は発色効率を向上させるために使用される発光効率又は発色効率の向上剤であって、下記一般式(1)に示すベタイン誘導体からなることを特徴とする、発光効率又は発色効率の向上剤。
【化2】

[一般式(1)中、R1〜R3及びnは前記と同じ。]
項6. 項1乃至5のいずれかに記載の酵素反応方法を行うためのキットであって、下記一般式(1)に示すベタイン誘導体と、発光基質又は発色基質と、を含むことを特徴とする、キット。
【化3】

[一般式(1)中、R1〜R3及びnは前記と同じ。]
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、発光基質又は発色基質を化学発光、蛍光発光又は発色させる酵素反応において、酵素反応効率を向上させ、発光効率又は発色効率を高めることができる。特に、本発明は、臨床診断薬、ELISA、ウエスタンブロッティング等を利用した目的物質の検出法における酵素反応に好適に適用でき、当該目的物質の検出精度を向上させ、更には当該目的物質を検出するまでの時間を短縮させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】発色基質を用いた酵素反応(酵素:西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、基質:4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図2】発色基質を用いた酵素反応(酵素:西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、基質:4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図3】発色基質を用いた酵素反応(酵素:西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、基質:4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図4】発色基質を用いた酵素反応(酵素:西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、基質:4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図5】化学発光基質を用いた酵素反応(酵素:西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、基質:ECL Western Blotting Substrate)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図6】化学発光基質を用いた酵素反応(酵素:ペルオキシダーゼ、基質:ECL Western Blotting Substrate)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図7】発色基質を用いた酵素反応(酵素:西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、基質:4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図8】発色基質を用いた酵素反応(酵素:E. coli由来アルカリフォスファターゼ、基質:4-ニトロフェニルフォスフェイト)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図9】発色基質を用いた酵素反応(酵素:エビ由来アルカリフォスファターゼ、基質:4-ニトロフェニルフォスフェイト)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図10】発色基質を用いた酵素反応(酵素:仔ウシ腸由来アルカリフォスファターゼ、基質:4-ニトロフェニルフォスフェイト)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【図11】発色基質を用いた酵素反応(酵素:E. coli由来アルカリフォスファターゼ、基質:BCIP/NBT)において、ベタイン誘導体の添加による発色効率を評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.酵素反応方法
本発明は、一般式(1)に示すベタイン誘導体の存在下で、発光基質又は発色基質に対して酵素を作用させることを特徴とする。
【0015】
本発明で使用するベタイン誘導体は、以下の一般式(1)に示す構造である。
【化4】

【0016】
一般式(1)中、R1〜R3は、同一又は異なって、炭素数1〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基を示し、且つR1〜R3の少なくとも1つは、炭素数3〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。一般式(1)中、R1〜R3は、好ましくは炭素数3〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数3〜6の直鎖又は分岐状のアルキル基であり、特に好ましくは炭素数3又は4の直鎖又は分岐状のアルキル基である。
【0017】
また、一般式(1)中、nは、1〜5、好ましくは1〜3、更に好ましくは1の整数を示す。
【0018】
本発明に使用される一般式(1)に示すベタイン誘導体として、好ましくは、R1〜R3が同一又は異なって炭素数3〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基であり、且つnが1〜3の整数;更に好ましくはR1〜R3が同一又は異なって炭素数3〜6の直鎖又は分岐状のアルキル基であり、且つnが1〜3の整数;より好ましくはR1〜R3が同一又は異なって炭素数3〜6の直鎖状のアルキル基であり、且つnが1〜3の整数;特に好ましくはR1〜R3が同一又は異なって炭素数3〜6の直鎖状のアルキル基であり、且つnが1;最も好ましくはR1〜R3が同一又は異なって炭素数3又は4の直鎖状のアルキル基であり、且つnが1であるものが例示される。
【0019】
一般式(1)に示すベタイン誘導体の製造方法については、例えば、特開2009−96766号公報等で公知であり、更に公知の有機合成法から導き出されるものである。
【0020】
本発明の酵素反応方法では、酵素を発光基質又は発色基質と反応させる。本発明に使用される酵素としては、発光基質又は発色基質と反応可能であって、発光又は発色を生じさせ得るものである限り特に制限されないが、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、ルシフェラーゼ等が例示される。これらの中でも、本発明は、ペルオキシダーゼ又はアルカリフォスファターゼを用いた発光又は発色反応に好適である。
【0021】
本発明の酵素反応方法において、使用される発光基質及び発色基質は、使用する酵素の種類に応じて適宜選択される。ここで、発光基質は、過酸化水素やアデノシン三リン酸等の化学結合エネルギーを光エネルギーに変換して発光する性質の基質(即ち、化学発光基質)と、加水分解反応などによって、蛍光分子の量子収率が上昇し、蛍光発光が増す性質の基質(即ち、蛍光発光基質)に大別されるが、本発明では、これらのいずれを使用してもよい。また、発色基質とは、酸化反応や加水分解反応などによって、色素分子の極大吸収波長に変化が生じる性質の基質である。
【0022】
例えば、酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合、4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)−m−トルイジンナトリウム塩、3-アミノ-9-エチルカルバゾール、3,4’−ジアミノベンジジン、3,3’,5,5’−テトラメチルベンジジン、2,2’−アジノ−ビス(3−エチルベンズチアゾリン)−6−スルホン酸、o−フェニレンジアミン、o−ジアニシジン、5−アミノサリサイクリックアシッド、3−アミノ−9−エチルカルバゾール、4−クロロ−1−ナフトール等の発色基質;或いはECL Western Blotting Substrate、ルミノール等の化学発光基質が例示される。
【0023】
また、例えば、酵素としてアルカリホスファターゼを使用する場合、NBT/BCIP(nitroblue tetrazolium and 5−bromo−4−chloro−2−indolyl phosphate)(ロッシュ)、ファーストレッド(シグマ)、ニトロフェニルフォスフェイト等の発色基質;アトフォス(商標)(ロッシュ社製)やHNPP (hydroxy-3-naphthoic acid-2'-phenylanilidephosphate)等の蛍光発光基質;ジオキセタン等の化学発光基質が例示される。
【0024】
また、例えば、酵素としてルシフェラーゼを使用する場合、ルシフェリン等の化学発光基質が例示される。
【0025】
上記酵素、及び化学発光基質、蛍光発光基質又は発色基質の中でも、本発明の酵素反応は、酵素として、ペルオキシダーゼを使用し、且つ化学発光基質又は発色基質として、4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩、3-アミノ-9-エチルカルバゾール、3,3’-ジアミノベンジジン、又はECL Western Blotting Substrateを使用する酵素反応において好適に使用される。
【0026】
本発明の酵素反応では、上記基質又は発色基質に上記酵素を作用させる従来の酵素反応系に、上記一般式(1)に示すベタイン誘導体を添加することにより行われる。
【0027】
本発明の酵素反応において、酵素及び発光基質又は発色基質の濃度については、特に制限されず、ELISA、ウエスタンブロッティング、生体組織片の染色等に使用される酵素反応での一般的な濃度範囲であればよい。一例として、酵素の濃度としては、通常0.0001〜1000ng/mLが挙げられ、発光基質又は発色基質の濃度としては、通常0.000001〜0.05Mが挙げられる。
【0028】
また、本発明の酵素反応において、一般式(1)に示すベタイン誘導体は、化学構造によって最適の使用濃度は異なるが、例えば、0.00001〜1M、好ましくは0.0001〜0.5M、更に好ましくは0.001〜0.2Mの濃度で使用される。このような濃度範囲を充足させると、酵素反応の効率化が一層図られ、発光効率又は発色効率を向上させることができる。
【0029】
より具体的には、一般式(1)に示すベタイン誘導体の構造毎の使用濃度としては、下記範囲が好適に例示される。
一般式(1)に示すベタイン誘導体がR1〜R3が同一又は異なって炭素数3又は4の直鎖状のアルキル基であり、且つnが1である場合:好ましくは0.001〜0.4M、特に好ましくは0.001〜0.2M、
一般式(1)に示すベタイン誘導体がR1〜R3が同一又は異なって炭素数5又は6の直鎖状のアルキル基であり、且つnが1である場合:好ましくは0.0001〜0.1M、特に好ましくは0.005〜0.02M。
【0030】
また、本発明の酵素反応において、ペルオキシダーゼを発色基質と反応させる場合には、反応系に発色を生じさせるために過酸化水素を添加しておくことが望ましい。かかる酵素反応において、過酸化水素の濃度としては、例えば、0.000001〜8.8M、好ましくは0.0001〜2.0M、更に好ましくは0.001〜0.5Mが例示される。
【0031】
本発明の酵素反応は、酵素反応を行うのに適した溶媒(例えば、緩衝液)中で行われる。
【0032】
本発明の酵素反応は、臨床検査薬、ELISA、ウエスタンブロッティング、生体組織片の染色等における化学発光検出又は発色検出のために使用される。
【0033】
2.発光効率又は発色効率の向上剤
また、本発明は、一般式(1)に示すベタイン誘導体からなる発光又は発色効率の向上剤を提供する。
【0034】
当該剤は、酵素を発光基質又は発色基質に作用させる酵素反応系で、発光効率又は発色効率を向上させるために使用されるものであり、その使用態様は、前記「1.酵素反応方法」の欄に記載の通りである。
【0035】
3.キット
更に、本発明は、上記酵素反応方法を行うためのキットをも提供する。
【0036】
本発明のキットは、一般式(1)に示すベタイン誘導体、及び発光基質又は発色基質を含むものである。
【0037】
本発明のキットは、必要に応じて、発光基質又は発色基質から化学発光又は発色を生じさせる酵素を含んでいてもよく、当該酵素は、抗体やタンパク質に連結された状態であってもよい。
【0038】
また、本発明のキットは、ペルオキシダーゼと化学発光基質の酵素反応に使用するものである場合には、過酸化水素を含むものであってもよい。
【0039】
また、本発明のキットは、前述する酵素反応についてのプロトコールを示した実験手順書が含まれていてもよい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて、本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0041】
試験例1:ペルオキシダーゼによる発色基質の発色効率の評価−1
ペルオキシダーゼ、西洋わさび由来(和光純薬製、カタログ番号:165-10793)の可溶性基質に対するベタイン誘導体の添加効果を比較した。基質としては、4-アミノアンチピリン(和光純薬製、カタログ番号:017-02272)とN-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩(和光純薬製、カタログ番号:346-08811)を用い、ベタイン誘導体としては、下記のベタイン1〜9を用いた。なお、ベタイン5は、一般式(1)におけるR1〜R3がn-プロピル基であり、nが1であるベタイン誘導体(トリプロピルグリシン)であり、ベタイン6は、一般式(1)におけるR1〜R3がn-ブチル基であり、nが1であるベタイン誘導体(トリブチルグリシン)である。
【0042】
【化5】

【0043】
酵素反応は、以下の条件で行った。先ず、MES(2-(N- morpholino) ethanesulfonic acid)緩衝溶液(pH5.7)、ベタイン誘導体、4-アミノアンチピリン、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩、過酸化水素水、ペルオキシダーゼを、最終濃度がそれぞれ79mM、0〜400mM、0.2mM、0.3mM、20mM、125ng/mLになるように96穴マイクロプレートのウェルに加えた。ただし、4M過酸化水素水溶液、25μg/mLペルオキシダーゼ溶液はウェルの壁面に液滴として1μLずつ付着させた。
【0044】
次に、37℃の温度条件で、プレートを振とうさせ、ウェル内の溶液を混合することで反応を開始した。酸化反応が進行すると、540nm付近に極大吸収波長を持つ生成物が生成する。反応の進行は540nmの吸光度変化をマイクロプレートリーダー(サーモサイエンティフィック社製、Multi-skan)で測定した。全ての条件で酵素反応は6時間で吸光度の上昇が停止した。
【0045】
各ベタイン誘導体の添加濃度毎に6時間後における540nmの吸光度を測定した結果を図1〜4に示す。この結果から、ベタイン5(トリプロピルグリシン)及びベタイン6(トリブチルグリシン)を添加した場合において、ペルオキシダーゼの活性が著しく向上しており、発色強度が強く検出された。これに対して、他のベタイン誘導体(ベタイン1−4、7−9)では、化学発光の強度はさほど増強されていなかった。
【0046】
この結果から、本発明で規定する一般式(1)に示すベタイン誘導体を選択し、これを発色基質にて化学発光を行う酵素反応系に添加することによって、発色基質に対する酵素の反応性を高め、発色効率を向上できることが明らかとなった。
【0047】
試験例2:ペルオキシダーゼによる発色基質の発色効率の評価−2
ペルオキシダーゼ(HRP)、西洋わさび由来(和光純薬製、カタログ番号:165-10793)の沈殿性基質に対するベタイン誘導体の添加効果を比較した。基質としては、3,3’-ジアミノベンジジン(ナカライ製、カタログ番号:11009-41)を用い、ベタイン誘導体としては、前記するベタイン1及び6を用いた。
【0048】
酵素反応は、以下の条件で行った。先ず、MES緩衝溶液(pH5.5)、ベタイン誘導体、3,3’-ジアミノベンジジン、過酸化水素水を、最終濃度がそれぞれ100mM、50mM、1.0mM、176mMになるように96穴マイクロプレートのウェルに加えた。また、ペルオキシダーゼ溶液は、ウェルの壁面に付着させ、ウェル内の添加量が0.05ng(最終濃度0.00025ng/μL)になるように添加した。
【0049】
次に、37℃の温度条件で、プレートを振とうさせ、ウェル内の溶液を混合することで反応を開始した。酸化反応が進行すると、茶褐色の沈殿が生じる。ここでは、散乱に伴う540nmの吸光度上昇をマイクロプレートリーダー(サーモサイエンティフィック社製、Multi-skan)で測定した。
【0050】
10分後の540nmの吸光度をHRPの添加濃度毎に測定した結果を表1に示す。表1から明らかなように、3,3’-ジアミノベンジジンの発色強度は、ベタイン6を添加した場合に顕著に強くなった。一方、ベタイン1を加えた場合には、発色強度の増強は認められなかった。以上の結果から、本発明で規定する一般式(1)に示すベタイン誘導体は、その構造上の特徴に基づいて、発色基質による発色効率を上昇させていることが確認された。
【0051】
【表1】

【0052】
試験例3:ペルオキシダーゼによる発色基質の発色効率の評価−3
ペルオキシダーゼ、西洋わさび由来(和光純薬製、カタログ番号:165-10793)の沈殿性基質に対するベタイン誘導体の添加効果を比較した。基質としては、3-アミノ-9-エチルカルバゾール(和光純薬製、カタログ番号:014-14752)を用い、ベタイン誘導体としては、前記するベタイン1及び6を用いた。
【0053】
酵素反応は、以下の条件で行った。先ず、酢酸緩衝溶液(pH5.5)、ベタイン誘導体、3-アミノ-9-エチルカルバゾール、過酸化水素水を、最終濃度がそれぞれ100mM、50mM、1.0mM、176mMになるように96穴マイクロプレートのウェルに加えた。また、ペルオキシダーゼ溶液は、ウェルの壁面に付着させ、ウェル内の添加量が0.20ng(最終濃度0.001ng/μL)になるように添加した。
【0054】
次に、37℃の温度条件で、プレートを振とうさせ、ウェル内の溶液を混合することで反応を開始した。酸化反応が進行すると、540nm付近の吸光度が増大した。反応の進行は540nmの吸光度変化をマイクロプレートリーダー(サーモサイエンティフィック社製、Multi-scan)で測定することで評価した。
【0055】
10分後の540nmの吸光度をHRPの添加濃度毎に測定した結果を表2に示す。表2から分かるように、ベタイン6を添加した場合はベタイン非存在下と比較して3-アミノ-9-エチルカルバゾールの発色が強くなった。一方、ベタイン1を加えた場合には、ベタイン非存在下と3-アミノ-9-エチルカルバゾールの化学発光の強度は殆ど同じであった。即ち、この結果からも、本発明で規定する一般式(1)に示すベタイン誘導体は、発色基質による化学発光の効率を上昇させることが確認された。
【0056】
【表2】

【0057】
試験例4:ペルオキシダーゼによる化学発光効率の評価結果−1
ペルオキシダーゼ(HRP)、西洋わさび由来(和光純薬製、カタログ番号:165-10793)の化学発光基質に対するベタイン誘導体の添加効果を比較した。基質としては、ECL Western Blotting Substrate(プロメガ社製、カタログ番号:W1001)を用い、ベタイン誘導体としては、前記するベタイン1及び6を用いた。
【0058】
酵素反応は、以下の条件で行った。ヌンク社製96穴プレート(白色)を用い、ウェルにLuminol Enhancer Solution、蒸留水、ベタイン誘導体(3mol/L)、HRP(1ng/μL)を4μL、189μL、3μL、1μL加えた。ベタイン誘導体を加えないコントロールには3μLの蒸留水を加えている。化学発光はサーモサイエンティフィック社製、VARIOSKAN FLASHを用いた。インジェクターより、3μLのPeroxide Solutionをウェルに入れ、1秒ごとに発光強度を55秒間モニターした。
【0059】
結果を図5に示す。図5より、ベタイン6を添加した場合は、Peroxide Solutionを添加後、急速な化学発光が確認され、且つ、60秒後の発光強度はベタイン誘導体非存在下やベタイン1存在下と比較して5倍も高くなった。つまり、本発明で規定する一般式(1)に示すベタイン誘導体は、化学発光基質による化学発光効率の向上にも有効であることが、本試験結果によって示された。
【0060】
試験例5:ペルオキシダーゼによる化学発光効率の評価結果−2
Peroxidase, EIA grade(ロシュ社製、カタログ番号:10 814 393 001)を用い、化学発光基質に対するベタイン誘導体の添加効果を比較した。基質としては、ECL Western Blotting Substrate(プロメガ社製、カタログ番号:W1001)を用い、ベタイン誘導体としては、前記するベタイン1及び6を用いた。
【0061】
酵素反応は、以下の条件で行った。ヌンク社製96穴プレート(白色)を用い、ウェルにLuminol Enhancer Solution、蒸留水、ベタイン誘導体(3mol/L)、HRP(1ng/μL)を4μL、189.4μL、3μL、0.6μL加えた。ベタイン誘導体を加えないコントロールには3μLの蒸留水を加えた。化学発光はサーモサイエンティフィック社製、VARIOSKAN FLASHを用いた。インジェクターより、3μLのPeroxide Solutionをウェルに入れ、1秒ごとに発光強度を55秒間モニターした。
【0062】
結果を図6に示す。図6から明らかなように、ベタイン6を添加した場合は、Peroxide Solutionを添加後、急速な発光が確認され、且つ、60秒後の発光強度はベタイン非存在下やベタイン1存在下と比較して2倍程度も高くなった。この結果から、本発明で規定する一般式(1)に示すベタイン誘導体による、化学発光効率の向上効果は、ペルオキシダーゼの種類に拘わらず奏されることが確認された。
【0063】
試験例6:ペルオキシダーゼによる発色基質の発色効率の評価−4
より低濃度での発色効率を向上させるベタイン誘導体を調べるために、ブチル基よりも長いアルキル基を持つ下記ベタイン10および11を用いてペルオキシダーゼの酸化反応に対するベタインの添加効果を調べた。ペルオキシダーゼとしては、市販のペルオキシダーゼ (Horseradish由来(型番303-50991)、オリエンタルイースト)を用いて評価し、ベタイン誘導体としては化合物10および11を用いた。基質としては、4-アミノアンチピリンと3-[エチル(m-トリル)アミノ]-2-ヒドロキシ-1-プロパンスルホン酸ナトリウム水和物を用いた。
【0064】
【化6】

【0065】
酵素反応は、以下の条件で行った。先ず、MES緩衝溶液(pH5.7)、ベタイン誘導体、4-アミノアンチピリン/N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジンナトリウム塩、4-アミノアンチピリン、過酸化水素水を、最終濃度がそれぞれ79mM、0〜20mM、0.3mM、0.2mM、20mMになるように96穴マイクロプレートのウェルに加えた。また、ペルオキシダーゼ溶液は、ウェルの壁面に付着させ、ウェル内の最終濃度1.25×10-3mg/mLになるように添加した。
【0066】
次に、37℃の温度条件で、プレートを振とうさせ、ウェル内の溶液を混合することで反応を開始した。酸化反応が進行すると、540nm付近の吸光度が増大した。反応の進行は540nmの吸光度変化をマイクロプレートリーダー(サーモサイエンティフィック社製、Multi-scan)で測定することで評価した。全ての条件で酵素反応は6時間で吸光度の上昇が停止した。
【0067】
各ベタイン誘導体の添加濃度毎に酵素反応6時間後における540nmの吸光度を測定した結果を図7に示す。この結果から、ベタイン10および11を使用した場合には、1〜20mMという低濃度であっても、発色強度が増強されており、これらのベタイン誘導体は低濃度で発色基質の発色効率を向上させ得ることが明らかになった。
【0068】
試験例7:アルカリフォスファターゼによる発色基質の発色効率の評価−1
アルカリフォスファターゼ(E. coli由来(型番318-01531)、和光純薬製、エビ由来(型番296-68301)、和光純薬製、仔ウシ腸由来(型番016-14631))の発色基質に対するベタイン誘導体の添加効果を比較した。基質としては、4-ニトロフェニルフォスフェイを用い、ベタイン誘導体としては、前記ベタイン6を用いた。
【0069】
酵素反応は、以下の条件で行った。先ず、Tris−HCl緩衝溶液(pH8.0)、ベタイン誘導体、MgSO、4-ニトロフェニルフォスフェイトを、最終濃度がそれぞれ100mM、0又は50mM、1mM、2mMになるように96穴マイクロプレートのウェルに加えた。更に、アルカリフォスファターゼ溶液は、ウェルの壁面に付着させ、ウェル内の添加量が最終濃度2×10-6units/μlになるように添加した。
【0070】
次に、37℃の温度条件で、プレートを振とうさせ、ウェル内の溶液を混合することで反応を開始した。酸化反応が進行すると、405nm付近の吸光度が増大した。反応の進行は405nmの吸光度変化をマイクロプレートリーダー(サーモサイエンティフィック社製、Multi-scan)で、反応開始から10分毎に計60分間経時的に測定することで評価した。
【0071】
酵素反応開始から60分後まで405nmの吸光度を測定した結果を図8〜10に示す。この結果から、ベタイン6を添加した場合は、ペルオキシダーゼの場合と同様に、アルカリフォスファターゼによる発色効率を格段に向上させ得ることが確認された。
【0072】
試験例7:アルカリフォスファターゼによる発色基質の発色効率の評価−2
アルカリフォスファターゼの汎用基質に対するベタイン誘導体の添加効果を検討するため、一般的によく利用される5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルリン酸(BCIP)/p-ニトロブルーテトラゾリウムクロリド(NBT)を用いて実験を行った。アルカリフォファターゼとしては、市販のアルカリフォスファターゼ(E. coli由来(型番318-01531)、和光純薬製)を用い、ベタイン誘導体としては、前記ベタイン1、4、5及び6を用いた。
【0073】
酵素反応は、以下の条件で行った。先ず、Tris−HCl緩衝溶液(pH9.5)、ベタイン誘導体、BCIP、NBTを、最終濃度がそれぞれ100mM、0〜1000mM、0.01重量%、0.03重量%になるように96穴マイクロプレートのウェルに加えた。更に、アルカリフォスファターゼ溶液は、ウェルの壁面に付着させ、ウェル内の添加量が最終濃度2×10-6units/μlになるように添加した。
【0074】
次に、37℃の温度条件で、プレートを振とうさせ、ウェル内の溶液を混合することで反応を開始した。酸化反応が進行すると、540nm付近の吸光度が増大した。反応の進行は540nmの吸光度変化をマイクロプレートリーダー(サーモサイエンティフィック社製、Multi-scan)で測定することで評価した。全ての条件で酵素反応は2時間で吸光度の上昇が停止した。
【0075】
各ベタイン誘導体毎に酵素反応2時間後における540nmの吸光度を測定した結果を図11及び表3に示す。図11及び表3から分かるように、ベタイン5及び6を添加した場合は、ベタイン1及び4を添加した場合に比して、BCIP/NBTの発色が顕著に増強されていた。即ち、この結果からも、本発明で規定する一般式(1)に示すベタイン誘導体は、発色基質による発色効率を上昇させることが確認された。
【0076】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)に示すベタイン誘導体の存在下で、発光基質又は発色基質に対して酵素を作用させることを特徴とする、酵素反応方法。
【化1】

[一般式(1)中、R1〜R3は、同一又は異なって、炭素数1〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基を示し、且つR1〜R3の少なくとも1つは、炭素数3〜8の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。nは1〜5の整数を示す。]
【請求項2】
R1〜R3が同一又は異なって炭素数3〜6の直鎖状のアルキル基であり、且つnが1である、請求項1に記載の酵素反応方法。
【請求項3】
酵素がペルオキシダーゼである、請求項1又は2に記載の酵素反応方法。
【請求項4】
一般式(1)に示すベタイン誘導体が0.00001〜1Mの濃度で存在する、請求項1乃至3のいずれかに記載の酵素反応方法。
【請求項5】
発光基質又は発色基質を用いた酵素反応において発光効率又は発色効率を向上させるために使用される発光効率又は発色効率の向上剤であって、下記一般式(1)に示すベタイン誘導体からなることを特徴とする、発光効率又は発色効率の向上剤。
【化2】

[一般式(1)中、R1〜R3及びnは前記と同じ。]
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載の酵素反応方法を行うためのキットであって、下記一般式(1)に示すベタイン誘導体と、発光基質又は発色基質と、を含むことを特徴とする、キット。
【化3】

[一般式(1)中、R1〜R3及びnは前記と同じ。]

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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