説明

発振素子、及び検査装置

【課題】共鳴トンネル構造の発振素子において、一つの発振素子を異なる発振周波数で発振させる。
【解決手段】共鳴トンネルダイオードを用いた発振素子である。発振素子は、第1の障壁層と量子井戸層11と第2の障壁層とを含み構成される利得媒質を、第1の厚さ調整層9と第2の厚さ調整層13との間に介在させて構成されている共鳴トンネルダイオードを備える。また、前記共鳴トンネルダイオードに印加するバイアス電圧の極性を切り換えるための手段20を備える。前記第1の厚さ調整層9と前記第2の厚さ調整層13との厚さは異なる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミリ波帯からテラヘルツ帯(30GHzから30THz)までの周波数領域における電流注入型の発振素子に関する。さらに詳細には、共鳴トンネルダイオード構造を有する電流注入型の発振素子に関する。
【背景技術】
【0002】
ミリ波帯からテラヘルツ帯(30GHzから30THz)までの周波数領域の電磁波(以後、単に「テラヘルツ波」という。)を用いた非破壊センシング技術が開発されてきている。この周波数帯の電磁波の応用分野として、X線に代わる安全な透視検査装置としてイメージングを行う技術が開発されている。また、物質内部の吸収スペクトルや複素誘電率を求めて、物質の結合状態などの物性を調べる分光技術、生体分子の解析技術、キャリア濃度や移動度を評価する技術などが開発されつつある。
【0003】
また、テラヘルツ帯特有の吸収スペクトル、いわゆる指紋スペクトルを持つ物質の有無を検査する検査装置などの開発も検討されている。このような検査装置の場合には、調べたい物質の指紋スペクトル近傍の発振周波数(典型的には0.1THzから10THz)を持つ発振器を離散的に複数用意すれば、時間領域あるいは周波数領域の掃引がないために高速に検査することができる。
【0004】
THz発生手段としては、フェムト秒レーザを光伝導素子に照射してパルスを発生させる手段や、ナノ秒レーザを非線形結晶に照射して特定周波数を発生させるパラメトリック発振手段などがあるが、いずれも光励起であり小型化や低消費電力化には限界がある。
【0005】
そこで、テラヘルツ波の領域で動作する電流注入型の素子として、量子カスケードレーザや共鳴トンネルダイオード(Resonant-tunneling-Diode:RTD)を用いた構造などが検討されている。特に、特許文献1、2で示されている共鳴トンネルダイオード型は、1THz近傍で室温動作するものとして期待されている。典型的にはInP基板上に格子整合系でエピタキシャル成長されたInGaAs/InAlAsから成る量子井戸により構成される。電圧―電流(V-I)特性および発振特性としては図12に示すように負性抵抗を示し、この領域の近傍で発振することが観測される。
【0006】
発振するための共振器構造は、特許文献1で示されるような基板表面に平面状に形成されたアンテナ構造が好適に用いられる。特許文献2のタイプでは3次元構造の空洞共振器を形成するもので、素子壁面や裏面も電極で覆う構造である。
【特許文献1】特開2007−124250号公報
【特許文献2】特開平08−116074号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、これらのテラヘルツ波領域の半導体発振素子においては、発振周波数を大きく変化させることは難しく、物質内部の指紋スペクトルを用いて物質を特定する検査に応用するには、異なる発振周波数をもつ発振素子を数多く用意する必要があった。
【0008】
特許文献1のアンテナ共振器型の場合、共鳴トンネル構造を構成する活性層の両側には電極コンタクトを得るためのコンタクト層との間にノンドープのスペーサ層があり、当該スペーサ層の厚さによっては、ここにキャリアの存在しない空乏層が形成される。そして、発振動作をさせるために素子に電圧を印加すると、前記スペーサ層に形成される空乏層厚が変化して、わずかに発振周波数は異なるが高々数%程度の違いなので、複数のスペクトルに対応できるほどではなかった。
【0009】
また、特許文献2に記載の素子構造は3次元的な空洞共振器なので、よく知られているように共振器のQ値が比較的大きく、内部全体の等価的な誘電率が変化すれば発振周波数が変化するが、1つの素子で大きく異なる周波数を発生させることはできない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、第1の本発明に係る共鳴トンネルダイオードを用いた発振素子は、次の特徴を有する。第1の障壁層と量子井戸層と第2の障壁層とを含む利得媒質を、第1の厚さ調整層と第2の厚さ調整層との間に介在させて構成されている共鳴トンネルダイオードと、共鳴トンネルダイオードに印加するバイアス電圧の極性を切り換える手段とを備える。且つ、前記第1の厚さ調整層と前記第2の厚さ調整層との厚さが異なる。
【0011】
また、第2の本発明に係る発振素子は、次の特徴を有する。電磁波の利得を有する利得媒質と前記電磁波を前記利得媒質へ閉じ込めるための平面アンテナ型共振器と前記利得媒質へキャリアを注入する手段とを備えた発振素子である。前記利得媒質は、1つ以上の量子井戸層とそれを隔てる複数の障壁層から構成されて、前記1つ以上の量子井戸層間のサブバンド間でキャリアの遷移がフォトンアシストトンネルを経て利得が発生する共鳴トンネルダイオードに基づく構成である。前記キャリアを注入する手段は、第1と第2の導電性のある半導体からなるコンタクト層と前記障壁層との間に挟まれた第1と第2の厚さ調整層を含み、前記第1と第2の厚さ調整層の厚さが異なる。
【0012】
また、第3の本発明に係る検査装置は、前記発振素子の発振周波数を、検査対象となる物質の固有振動スペクトルに調整することで、検査対象物質の有無を検査することを特徴とする。
【0013】
また、第4の本発明に係る通信方式は、前記発振素子の発振周波数を、前記極性を切り換えるための手段を用いて周波数スイッチングを行うことにより、周波数シフトキーイング方式による通信を行うことを特徴とする。
【0014】
なお、本発明の厚さ調整層とは、従来技術のノンドープのスペーサ層に当たるものであるが、積極的に後に詳述するようにキャリアの存在しない空乏層の厚さを調整して共鳴トンネル構造素子としての特性を制御するために、調整層と呼んでいる。その場合、発振素子に印加する電圧の極性を第1、第2の電極に対して逆転させることで、負性抵抗が発生するバイアス点を変化させ、発振周波数を異ならせることが可能となる。
【0015】
前記厚さ調整層は5nmから60nmの範囲であることで効果的に発振波長を異ならせることができる。
【0016】
また、このように2周波数で発振できる素子でバイアス電圧の極性をスイッチすることで、2つの周波数を切り換えることにより発振周波数を時間的に変える駆動を行うことが可能である。
【0017】
本発明による発振素子の発振周波数を検査対象となる物質の固有振動スペクトルに調整することで、検査対象物質の有無を検査する検査装置を提供することができる。
【0018】
また、本発明のような発振器を用いれば、背景技術で述べたテラヘルツ領域のセンサー装置やイメージング装置で小型、低消費電力なシステムを提供することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る発振素子によれば、1つの発振素子で2つの周波数で発振させることが可能となる。また、特定物質の有無を指紋スペクトルにより検査する装置を構成する場合、通常であれば、様々なスペクトルに対応した相当数の発振素子が必要となるが、本発明に係る発振素子を用いることにより、必要な発振素子数を低減することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明に係る共鳴トンネルダイオードを用いた発振素子について説明する。テラヘルツ帯の電磁波を発生させるために共鳴トンネルダイオードを用いる。この共鳴トンネルダイオードは、第1の障壁層と量子井戸層と第2の障壁層とを含み構成される利得媒質を、第1の厚さ調整層と第2の厚さ調整層との間に介在させて構成されている。詳細は図1を用いて後述する。
【0021】
そして、本発明に係る発振素子は、前記共鳴トンネルダイオードに印加するバイアス電圧の極性を切り換えるための手段を備え、且つ、前記第1の厚さ調整層と前記第2の厚さ調整層との厚さが異なることを特徴とする。このような構成にすることにより、一つの発振素子を用いて、異なる発振周波数の出力を実現できる。
【0022】
ここで、前記第1及び第2の調整層の厚さは、特に限定されるものではないが、例えば、5nmから100nmの範囲の厚さから選択できる。但し、バイアス電圧の切り換えにより、周波数の変化量を大きくするためには、5nmから60nmの範囲から選択される2つの厚さにするのがよい。前記第1及び第2の調整層の厚さの差は、発振周波数差を大きく確保するという点では、10nm以上、好ましくは20nm以上、更に好ましくは40nm以上あるのがよい。
【0023】
前記共鳴トンネルダイオードには、バイアス電圧を印加するための第1の電極と第2の電極とを設けておく。そして、前記切り換えるための手段は、前記共鳴トンネルダイオードに印加するバイアス電圧の極性を、前記第1及び第2の電極に対して反転させることにより、発振周波数を変化させるための手段となるように構成する。
【0024】
前記利得媒質は、複数の前記量子井戸層を有し、該量子井戸層同士の間には、障壁層が設けられていることが好ましい。
【0025】
また、前記第1の厚さ調整層は、前記第1の障壁層と第1のコンタクト層との間に設けられ、ノンドープの層として構成されるのが好適である。また、前記第2の厚さ調整層も、前記第2の障壁層と前記第2のコンタクト層との間に設けられ、ノンドープの層として構成されるのが好適である。
【0026】
なお、前記量子井戸層は、インジウムガリウム砒素からなる材料(InGaAs)で構成される。前記第1及び第2の障壁層は、例えば、アルミニウム砒素あるいはインジウムアルミニウム砒素からなる材料(AlAs、InAlAs)で構成される。前記第1及び第2の厚さ調整層は、例えば、ノンドープのインジウムガリウム砒素からなる材料(InGaAs)で構成される。なお、それぞれの層を構成する材料の組成比は適宜定めることができる。
【0027】
また、バイアス電圧の極性を切り換えるための手段は、前記共鳴トンネルダイオードに印加するバイアス電圧の極性を反転させることができれば、特に限定されるものではない。また、バイアス電圧の極性を反転させた場合に、その絶対値は必ずしも等しくする必要は無く、例えば、正電圧の或る値から負電圧の或る値まで、徐々に変化させてもよい。
【0028】
前記発振素子には、アンテナ共振器を設けて、発振素子として構成することもできる。例えば、電磁波の利得を有する利得媒質に対して、前記電磁波を前記利得媒質へ閉じ込めるための平面アンテナ型共振器を設けるのである。そして、前記利得媒質を、1つ以上の量子井戸層とそれを隔てる複数の障壁層から構成し、前記1つ以上の量子井戸層間のサブバンド間でキャリアの遷移がフォトンアシストトンネルを経て利得が発生する共鳴トンネルダイオードに基づく構成とする。この共鳴トンネルダイオードの前記利得媒質へキャリアを注入する手段を設けておく。そして、このキャリアを注入する手段は、第1と第2の導電性のある半導体からなるコンタクト層と前記障壁層との間に挟まれた第1と第2の厚さ調整層を含み構成される。前記第1と第2の厚さ調整層の厚さは、既述のように異ならせておく。
【0029】
このような発振素子を用いることにより、発振周波数を検査対象となる物質の固有振動スペクトルに調整することができるので、検査対象物質の有無を検査する検査装置を構成することができる。
【0030】
検査装置を構成する場合は、例えば、以下のように構成することができる。具体的には、本発明による異なる発振周波数をもつ複数の発振器と、その電磁波出力を検査対象に照射するためのミラー、レンズ等の複数の光学系と、検査対象からの電磁波を前記発振器の各々の周波数に対応して独立に検出する検出器とを用いて構成される。
【0031】
また、前記発振素子の発振周波数を、前記極性を切り換えるための手段を用いて周波数スイッチングを行うことにより、周波数シフトキーイング方式による通信を行うことも可能となる。即ち、本発明に係る発振素子を光源に用いて、新規な通信システムを構成することもできる。
【0032】
以下、具体的に図1を用いて説明する。なお、図1においては、発振素子にスロットアンテナ構造を設ける場合を示しているが、アンテナは必要に応じて設ければよく、またアンテナの構造もスロットアンテナ構造に限られるものではない。
【0033】
図1(a)、(b)は本発明に係るTHz発振素子の構造を説明する図である。基板1上に電極兼アンテナとなるTi/Pd/Au層2、3が絶縁層6を介して形成されている。上部の電極3には一部に電極2、3を除去した窓領域4があり、スロットアンテナ構造を形成している。本発明ではこのスロットアンテナで共振器が構成され、矢印で示された窓領域の長さが発振周波数を決めるファクターとなっている。また、5はポスト状に形成された半導体領域であり、そのA−A’断面図が図1(b)に示されている。
【0034】
半絶縁性のInP基板1には、以下の層が形成されている。15は第1のn+-InGaAsコンタクト層、14はn-InGaAs層、13は第1のノンドープInGaAs厚さ調整層である。12は第1のノンドープInAlAsバリア層、11はノンドープInGaAs量子井戸層、10は第2のノンドープInAlAsバリア層である。そして、9は第2のノンドープInGaAs厚さ調整層、8はn-InGaAs層、7は第2のn+-InGaAsコンタクト層であり、これらの層は、例えば、分子線エピタキシー装置などにより結晶成長される。そして、一辺2.5μmの矩形ポストになるようにICP法などのドライエッチングにより形成される。
【0035】
電源21または22に接続した電極2、3を通してこれらの層に電圧が印加されることになる。このうち、10、11、12の層よって2重障壁量子井戸構造による活性層を構成し、負性抵抗を有する共鳴トンネルダイードとなって利得部を形成することになる。
【0036】
ここで厚さ調整層とは、ドープ層と活性層を構成する最外郭のバリア層に挟まれたノンドープ層として従来スペーサ層として呼ばれている部分を総称して表現している。通常のスペーサ層は、結晶をエピタキシャル成長する際に活性層にドーパントが拡散して品質が劣化することを防ぐために5nmで設けることが一般的である。これは、厚すぎる場合にはキャリアの走行スピードが低下するとともに抵抗値が上昇するからである。
【0037】
本発明では、通常のスペーサ層に空乏層を制御するための調整層が設けられたものが厚さ調整層になっている。この厚さ調整層のうちキャリアを取り込むコレクタ層、すなわち電子がキャリアの場合には陽極に接続する側の厚さによって空乏層厚さが変わるため、素子の寄生容量が変化することになる。
【0038】
コレクタ層の厚さと発振周波数の関係を図2に示した。素子パラメータとして、アンテナ長が50μm、図12に示すV-I特性のピーク電流密度Jp=200kA/cm2の素子の場合を考えてみる。コレクタ層の厚さを5nmから60nmまで変化させると、発振周波数が300GHzから550GHzまで大きく変化できることがわかる。60nm以上厚くすると、キャリアがバリスティックに伝導できる領域以上になってくるために伝導スピードが遅くなり、発振周波数をそれ以上大きく変化させることはできない。
【0039】
図2よりキャリアを注入するエミッタ側の厚さ調整層の厚さが実質上変わらないと仮定すると、コレクタ層側の厚さ調整層を40nm、20nmにした場合、それぞれおよそ480GHz、370GHzで発振することになる。そこで、例えば、第1の厚さ調整層を40nm、第2の厚さ調整層を20nmにした場合、素子に印加する電圧の極性によってコレクタ層として機能する厚さ調整層が逆転するために、コレクタ層の厚さの異なる素子を駆動することに相当する。これは、極性の異なる電源に接続するためのスイッチ20を切り換えることで実現できる。もちろん、正負の両出力可能な電源装置を用いればスイッチを用いることなく切り換えても良い。
【0040】
このコレクタ層の厚さにより特性が変化する様子を説明する図が図3である。図3においては、電子がキャリアの場合として伝導帯のみを示している。図3(a)は第1の厚さ調整層がコレクタ側、すなわちd2=40nmの場合である。このとき図1の電極3に陰極、電極2に陽極が接続されるが、図2のポイント(i)の場合になるので480GHzの発振である。一方、極性を逆転させれば図3(b)の状態になり、d3=20nnmの薄いコレクタ層として動作するため、図2のポイント(ii)に移り、370GHzで発振する。このときエミッタ側ではキャリアは十分拡散し、厚さ調整層の厚さが異なることは影響しない。すなわち、d1とd4には大きな差がないか、あったとしても動作速度に関係がないと考えられるので、発振周波数はほぼコレクタ層となる厚さ調整層の厚さで決まることになる。
【0041】
この特性は、図4に示す共鳴トンネルダイオードの等価回路からも理解することができる。図4において、Ccont、Cactはそれぞれコンタクト層、活性層の容量成分、Lactは活性層のインダクタンス成分、Rcont、Rpost、Ractはそれぞれコンタクト層、ポスト部、活性層の抵抗成分を表している。図3におけるCact=εS/dは厚さd2、d3の違いを反映して図4における等価回路のCactが変化することになる。この結果、同じスロットアンテナ型共振器でも全体の共振周波数が変化することになり、発振周波数の変化として現れる。これは、一般に平面アンテナ共振器のQ値が比較的小さく、素子の寄生容量の変化が全体の発振周波数の変化として反映されやすいためと理解できる。
【0042】
以上のことから、厚さ調整層を第1と第2で非対称な厚さにすることで、バイアスの極性を反転するだけで異なる周波数で発振する素子を提供することができる。これまでキャリアを電子として説明してきたが、ホールを用いて価電子帯で同様の動作原理の2周波発振素子が提供できる。
【実施例】
【0043】
(実施例1)
本発明の第1実施例は図1に示した構造で、最良の形態で述べたようにアンテナ長が50μm、共鳴トンネルダイオードを構成する半導体層5が2.5μm角のポストになっている場合である。半導体層の厚さはそれぞれ以下の通りである。
【0044】
n+-InGaAsコンタクト層15:400nm
n-InGaAs層14:50nm
第1のノンドープInGaAs厚さ調整層13:40nm
第1のノンドープAlAsバリア層(In=0)12:1.5nm
ノンドープInGaAs量子井戸層11:4.5nm
第2のノンドープAlAsバリア層(In=0)10:1.5nm
第2のノンドープInGaAs厚さ調整層9:30nm
n-InGaAs層8:50nm
第2のn+-InGaAsコンタクト層7:20nm
【0045】
この素子に通電した場合の電圧―電流特性の例を図5に示す。図3の状態(a)の場合、すなわち、コレクタ側を厚い厚さ調整層にした場合には、より高電界が必要なため、負バイアス側のV2で最大の利得が得られる。逆に図3の状態(b)が正バイアス側のV1で最大の利得が得られる。いずれもそれぞれのバイアス電圧近傍で、V1=0.4Vにおいて370GHz、V2=-0.5Vにおいて480GHzで発振する。
【0046】
V1やV2を負性抵抗が発生すなわち利得のある領域で図5の矢印に記載したように変化させると、それぞれの同じコレクタ層内での空乏層の厚さがわずかに変化するため、発振波長をわずかに(数%程度)変化させることができる。したがって370GHz、480GHzで発振させつつ、それぞれを±10GHz程度可変にすることもできる。
【0047】
実際に発振周波数を変化させる場合には、図1に示すような電源に接続するところのスイッチでV1、V2が切り替わるようにすればよい。実際には、素子の保護のためにバイアス電圧を徐々に0に下げてから極性を変えて徐々に電圧を上昇させるように駆動しても良い。また、高速に2つの周波数をスイッチングして切り換えることにより、サブTHz帯の通信としてFSK(周波数シフトキーイング)変調して光源として駆動しても良い。
【0048】
(実施例2)
本発明による第2の実施例においては、共鳴トンネルダイオードを構成する半導体ポスト60をスロットアンテナを形成する窓領域61の中央でなく、図6のように中央からずらした位置に配置するものである。
【0049】
このような構成にすることにより、さらに発振周波数を向上させることができる。実施例1と同じような構造で、この中央位置からのずれ量を15μmだけずらして位置に配置すると、それぞれを20%程の周波数向上することができ、2周波発振の幅をさらに広く調整することもできる。
【0050】
(実施例3)
本発明による第3の実施例では、共振器すなわち図1のスロットアンテナの長手方向の長さを変えて発振周波数を調整するものである。
【0051】
図7にその設計例を示す。アンテナ長を30μm、15μm、10μmと短くしていった場合にコレクタとなる厚さ調整層厚さに対する発振周波数を表している。ここでは、半導体層5が1.8μm角のポストでピーク電流密度が400kA/cm2の場合である。
【0052】
このとき、例えば、30μmのアンテナ長で厚さ調整層を40nm、20nmとすれば610GHzと770GHzの2周波発振が可能であることがわかる。その他、図7から所望の発振周波数を選択して任意の2周波発振素子を提供することができる。
【0053】
このように、ポスト径を小さくしアンテナ長を短くすることで実施例1,2よりもさらに周波数の高いところまで発振させることができる。
【0054】
(実施例4)
本発明による第4の実施例は、図1のスロットアンテナのアンテナ長を30μmとして、さらに、半導体層5を2.3μm角のポストとして図9に示すような3重障壁量子井戸による共鳴トンネルダイオードを用いるものである。それぞれの厚さは、以下の通りである。
【0055】
ノンドープInGaAs厚さ調整層90:40nm
ノンドープAlAs障壁層91:1.3nm
ノンドープInGaAs量子井戸層92:7.6nm
ノンドープInAlAs障壁層93:2.6nm
ノンドープInGaAs量子井戸層94:5.6nm
ノンドープAlAs障壁層95:1.3nm
ノンドープInGaAs厚さ調整層96:20nm
なお、各層の厚さは一例であってこれに限るものではない。
【0056】
このときの設計例を図8に示す。Bは5.6nmの量子井戸94をエミッタ側とするときのコレクタの厚さ調整層の場合の発振周波数依存性、Aは7.6nm量子井戸92をエミッタ側とするときの発振周波数依存性を示している。このグラフから、40nmの厚さ調整層がコレクタの場合はAのグラフより590GHz、20nmの厚さ調整層がコレクタの場合はBのグラフより210GHzとすることができる。このときのそれぞれのピーク電流密度は、90kA/cm2、280kA/cm2となっている。このように、3重障壁層のタイプでは2重障壁層のタイプに比べて周波数差を大きくすることができる。
【0057】
これまでの素子においてアンテナ共振器としてスロットアンテナを用いた例を示してきたが、パッチアンテナ、ダイポールアンテナ等、他のアンテナ構造を用いても良い。
【0058】
また、ここまでの実施例において発振素子の説明を行ったが、同様の構造で発振直前の状態にバイアス電圧を調整しておき、外部から入射した電磁波の高感度検出を行うこともできる。その場合、発振周波数の近傍でのみ高感度で検出できるため、狭帯域周波数フィルタ付検出器として動作する。この場合も、バイアス電圧の極性によって異なる2周波数の検出が可能なものとなる。
【0059】
(実施例5)
本発明による第5の実施例は、本発明による発振素子を用いて物体の検査装置を提供するものである。
【0060】
図10に示すように、2周波数で発振する本発明による発振器70a〜70dから、f1〜f8までの複数の発振周波数を発生させる。そして、それぞれの電磁波は放物面鏡74で平行ビームとして伝播させ、検体となる対象物体72に照射した透過光をレンズ73で集光して検出器71a〜71dで受信する。本実施例では透過配置にしているが、反射配置で検査しても良い。
【0061】
検査物質がf1〜f8までの周波数でいずれか1つまたは複数の特定な吸収スペクトルを有していた場合に、予め検出器で受信すべき強弱の組み合わせパターンを記憶しておいて比較すれば、検査したい物質が対象物体72中に含まれるかどうかを判別できる。
【0062】
図11は検査物質の指紋スペクトルの例である。周波数f1、f6、f7に吸収ピークを持つために、予め本物質の吸収パターンを記憶しておいて、f1、f6、f7で検出出力が弱く、その他の周波数における検出出力が大きいという情報を照合すれば、本物質が含まれると判定できる。
【0063】
これは、空港での危険物・禁止物質検査、郵便・貨物等の物流品検査、工場における工業製品の検査等に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明による発振素子の斜視図および半導体層構造を示す図
【図2】コレクタ層厚さと発振周波数の関係を説明する図
【図3】バイアス電圧の極性を変えたときの状態変化を説明する図
【図4】半導体層部分の等価回路を示す図
【図5】本発明による第1実施例の素子のV-I特性を示す図
【図6】本発明による第2実施例の発振素子の斜視図
【図7】本発明による第3実施例の発振素子の発振周波数を設計する計算例の図
【図8】本発明による第4実施例の発振素子の発振周波数を設計する計算例の図
【図9】本発明による第4実施例の発振素子の活性層の構造を示す図
【図10】本発明による第5実施例の検査装置を示す図
【図11】検査物質の透過スペクトルの例を示す図
【図12】共鳴トンネルダイオード型発振素子の特性を示す図
【符号の説明】
【0065】
1‥基板
2、3‥電極
4、61‥アンテナ部
5、60‥半導体領域
6‥絶縁層
7、15‥コンタクト層
8、14‥ドープ層
9、13、90、96‥調整層
10、12、91、93、95‥バリア層
11、92、94‥量子井戸層
20‥スイッチ
21、22‥電源
70a〜d‥発振器
71a〜d‥検出器
72‥検査物体
73‥レンズ
74‥ミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
共鳴トンネルダイオードを用いた発振素子であって、
第1の障壁層と量子井戸層と第2の障壁層とを含み構成される利得媒質を、第1の厚さ調整層と第2の厚さ調整層との間に介在させて構成されている共鳴トンネルダイオードと、
前記共鳴トンネルダイオードに印加するバイアス電圧の極性を切り換えるための手段と、
を備え、且つ
前記第1の厚さ調整層と前記第2の厚さ調整層との厚さが異なることを特徴とする発振素子。
【請求項2】
前記第1及び第2の調整層の厚さは、5nmから60nmであることを特徴とする請求項1に記載の発振素子。
【請求項3】
前記共鳴トンネルダイオードにバイアス電圧を印加するための第1の電極と第2の電極とを有し、前記切り換えるための手段は、前記共鳴トンネルダイオードに印加するバイアス電圧の極性を、前記第1及び第2の電極に対して反転させることにより、発振周波数を変化させるための手段であることを特徴とする請求項1あるいは2に記載の発振素子。
【請求項4】
前記利得媒質は、複数の前記量子井戸層を有し、該量子井戸層同士の間には、障壁層が設けられていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の発振素子。
【請求項5】
前記第1の厚さ調整層は、前記第1の障壁層と第1のコンタクト層との間に設けられているノンドープの層であり、且つ前記第2の厚さ調整層は、前記第2の障壁層と前記第2のコンタクト層との間に設けられているノンドープの層であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の発振素子。
【請求項6】
前記量子井戸層は、インジウムガリウム砒素からなる材料で構成され、前記第1及び第2の障壁層は、アルミニウム砒素あるいはインジウムアルミニウム砒素からなる材料で構成され、前記第1及び第2の厚さ調整層は、ノンドープのインジウムガリウム砒素からなる材料で構成されていることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の発振素子。
【請求項7】
前記発振素子は、アンテナ共振器を備えていることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の発振素子。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の前記発振素子の発振周波数を、検査対象となる物質の固有振動スペクトルに調整することで、検査対象物質の有無を検査することを特徴とする検査装置。
【請求項9】
請求項1から7のいずれか1項に記載の前記発振素子を光源として用いて、前記発振素子の周波数スイッチングを行い周波数シフトキーイング方式で通信を行うことを特徴とする通信システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−49692(P2009−49692A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−213644(P2007−213644)
【出願日】平成19年8月20日(2007.8.20)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)