説明

発酵法によるカロテノイドの製造法

【課題】アスタキサンチンなどのカロテノイドを産生することができる細菌を培養してカロテノイドを高収率で製造する方法を提供する。
【解決手段】カロテノイド生産菌[例;アグロバクテリウム・アウランティアカス(Agrobacterium aurantiacus)sp.nov N−81106(FERMP−14023)またはその変異体]を、0.5ppm未満の酸素が存在する培養液、又は酸化還元電位−200mV〜−70mVの培養液で培養し、その菌体または培養液からカロテノイドを回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂溶性色素であるカロテノイド、特にアスタキサンチンを製造する方法に関するものである。アスタキサンチンは養殖サケ・マス・マダイの色揚げ剤や鶏卵の色調改善剤、健康補助食品、医薬品として有用な化合物である。
【背景技術】
【0002】
アスタキサンチンはβ−カロチンやリコペンなどと同じカロテノイド系の色素で、オキアミ、カニ、エビなどの甲殻類やマダイ、サケ、マスなどの魚類、フラミンゴなどの鳥類、藻類や微生物等に広く分布する天然の化合物である。近年、アスタキサンチンはサケやマス、マダイ等の養殖魚の色揚げ剤や鶏卵の色調改善剤として需要が増加している他、抗酸化活性や抗癌活性などの様々な生理的作用が確認され、医薬品や健康補助食品としての利用も注目されている。
【0003】
アスタキサンチンの製造方法としては、化学合成品、天然物からの抽出品、微生物による発酵生産品などがあるが、現在は主に価格等の要因から化学合成品が使われている。しかし、化学合成品は原料に臭素および塩素を含むハロゲン系化合物や重金属類を使用するため安全性に懸念があり(例えば特許文献1参照)、消費者の自然、天然志向にともない天然物由来のアスタキサンチンが注目されている。
【0004】
天然物からの抽出品としてはオキアミ等からの抽出品があるが、これらは含量が低く、採取、抽出、精製などに多大な労力を要し、コスト的に問題があった。
【0005】
微生物を利用した製法としては、酵母ではファフィア・ロドチーマ(Phaffia rhodozyma)(例えば非特許文献1参照)、藻類ではヘマトコッカス・プルビアリス(Hematococcus pluvialis)(例えば非特許文献2参照)、細菌ではアグロバクテリウム・アウランティアカス(Agrobacterium aurantiacus)(例えば非特許文献3参照)の報告がある。
【0006】
ファフィア酵母は増殖速度が遅いため培養日数が長く、細胞壁の破壊が困難なために抽出効率が低く、含量が少ないためコスト高である。ヘマトコッカス藻類は増殖速度が非常に遅いために非常に培養日数が長く、光を必要とするため立地条件や設備などに制約がある他、クロロフィルなどの夾雑物の除去が必要になりコスト高である。細菌による方法は増殖速度が早いため培養時間が短く、細胞壁が破壊し易いため抽出が容易で、カロテノイドの工業的生産に適している。
【0007】
アグロバクテリウム・アウランティアカスを用いたカロテノイド合成の研究は横山らにより報告され、液量や振とう条件を変えることでカロテノイド成分が異なることを見出した(例えば非特許文献4参照)。すなわち、培養液中の溶存酸素濃度がカロテノイドの成分に影響することを示し、通常の好気性細菌よりも低い酸素供給条件が適していることがわかった。しかしながらこの報告はフラスコを用いた結果であるため、具体的な最適酸素濃度についてはわからず、工業的な生産を考えた場合に問題があった。また、他の細菌としてはパラコッカス属細菌による例があり、酸素電極を用いて溶存酸素濃度をかえることでカロテノイドの成分が変化することを示し、20〜30%の飽和酸素濃度がアスタキサンチン生産に適することを報告している(例えば特許文献2参照)。しかし飽和酸素濃度5%以下の酸素濃度については報告がなく、酸化還元電位についても示されていない。
【0008】
【特許文献1】米国特許第4283559号
【0009】
【非特許文献1】Andrewes,A.G.ら、Phytochemistry,15,1003,1976
【非特許文献2】Renstrom,Bら、Phytochemistry,20,2561,1981
【非特許文献3】Yokoyama,Aら、Biochem.Biotech.Biochem.,58,1842,1994
【非特許文献4】FEMS Micorbiol.Letters,128,139,1995
【特許文献2】特開2001−352995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、アスタキサンチンなどのカロテノイドを産生することができる細菌を培養してカロテノイドを高収率で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、培養液中の酸素濃度または酸化還元電位を制限することにより、効率良くカロテノイドが生産されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、カロテノイド生産菌を、0.5ppm未満の酸素が存在する培養液、又は酸化還元電位−200mV〜−70mVの培養液で培養し、その菌体または培養液からカロテノイドを回収すること特徴とする、カロテノイドの製造法である。以下に本発明を更に詳細に説明する。
【0013】
本発明に用いる細菌としてはカロテノイド生産性のものであれば特に限定はないが、例えばアグロバクテリウム(Agrobacterium)属細菌を用いることができ、中でもアグロバクテリウム・アウランティアカス(Agrobacterium aurantiacus) sp.nov N−81106(FERM P−14023)やその変異株が好ましい。そのような変異株として例えばTSUG1C11株(FERM P−19146)をあげることができる。
【0014】
本発明に用いる培養液としては、カロテノイド生産菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであればいずれを使用してもよく、例えば炭素源には廃糖蜜、グルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、デンプン、乳糖、グリセロール、酢酸などが、窒素源にはコーンスティープリカー、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆粕等の天然成分や、酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩等やグルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン等のアミノ酸類が、無機塩にはリン酸1ナトリウム、リン酸2ナトリウム、リン酸1カリウム、リン酸2カリウム等のリン酸塩や塩化ナトリウムなどが、金属イオンには塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、塩化第1鉄、塩化第2鉄、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム・2水和物、硫酸カルシウムなどが、ビタミン類として酵母エキスやビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシン等が使用できる。
【0015】
本発明では、カロテノイド生産菌を0.5ppm未満の酸素が存在する培養液、又は酸化還元電位−200mV〜−70mVの培養液で培養する。好ましくは通常の酸素電極の最低検出限界0.1ppm未満の酸素が存在する培養液、または酸化還元電位が−180〜−100mVの培養液である。培養液の酸素濃度は直接測定してもよいが、0.5ppm未満という希薄なために測定が困難な場合は、酸化還元電位をその指標とすることができるため、酸化還元電位−200mV〜−70mVの培養液を用いればよい。
【0016】
それ以外の培養の条件については、カロテノイド生産菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであれば特に限定はないが、例えば培養温度は15〜35℃が好ましく、pHは6〜9が好ましく、培養時間は24〜168時間が好ましい。なお、より効率的にカロテノイドを製造するためには、培養の初期には上述のものより高い酸素濃度または酸化還元電位の培養液で培養して菌体数を増加させ、その後、上述の範囲の酸素濃度または酸化還元電位の培養液を用いて培養することが好ましい。
【0017】
本発明におけるカロテノイドの回収方法は、菌体または培養液から安定に効率良く回収されれば特に限定はなく、例えば抽出溶媒としてはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルフォルムアミド、ジメチルスルフォキシド等がよい。抽出されたカロテノイドの定量は、各種カロテノイドが分離され定量性に優れる高速液体クロマトグラフィーにより行なうことが好ましい。
【0018】
本発明で製造されるカロテノイドとしては、例えばアスタキサンチン、アドニキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、エキネノン、β−カロテンなどがあげられる。特にアスタキサンチンが本法により好ましく製造される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によって、培養液の酸素濃度又は酸化還元電位を制御することにより、アスタキサンチンなどのカロテノイド化合物を効率良く生産することが可能になった。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0021】
カロテノイドの定量法
カロテノイドの定量は逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィーにて測定し、以下の操作手順で行なった。すなわち培養液の一部を遠心分離して菌体を回収し、適量の純水を加えチューブミキサーにて10分間懸濁させる。次いで純水に対して9倍量のアセトンを加えてチューブミキサーにて30分間攪拌後、14,000回転5分間遠心分離を行ない上清を回収し、一部を高速液体クロマトグラフィー(TSk−gel ODS−80TM、商品名、東ソー(株)製を使用)にて生成したカロテノイドを定量した。
【0022】
実施例1
表1に示した組成の培地300mlを、500ml容の三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌後、アグロバクテリウム・アウランティアカス sp.nov N−81106(FERM P−14023)を植菌し、25℃で1日間、毎分100回転の振とう速度にて培養した液を前培養液とした。表1に示した培地の内、ペプトンを30g/L、酵母エキスを15g/L、グルコースを50g/Lに変更した培地2.5Lを5Lの発酵槽に入れ、121℃、20分間で滅菌後、得られた前培養液を植菌した。培養条件は温度22℃、攪拌数毎分350回転、pH7.0〜7.2、通気は空気にて1VVMで制御し、約72時間培養した。培養終了後の菌体内の総カロテノイド量、培養24時間以降の平均酸化還元電位および溶存酸素濃度を表2に、カロテノイド成分の分析結果を表3に示した。酸化還元電位電極および溶存酸素電極はメトラー・トレド社製を使用した。
【0023】
【表1】



実施例2
攪拌数を毎分450回転としたこと以外は実施例1と同様な手順で培養を行ない、途中グルコースを70g加えた。この培養で得られた菌体内の総カロテノイド量、培養24時間以降の平均酸化還元電位および溶存酸素濃度を表2に、カロテノイド成分の分析結果を表3に示した。
【0024】
実施例3
攪拌数を毎分500回転としたこと以外は実施例1と同様な手順で培養を行ない、途中グルコースを63g加えた。この培養で得られた菌体内の総カロテノイド量、培養24時間以降の平均酸化還元電位および溶存酸素濃度を表2に、カロテノイド成分の分析結果を表3に示した。
【0025】
比較例1
攪拌数を毎分550回転としたこと以外は実施例1と同様な手順で培養を行なった。この培養で得られた菌体内の総カロテノイド量、培養24時間以降の平均酸化還元電位および溶存酸素濃度を表2に、カロテノイド成分の分析結果を表3に示した。
【0026】
【表2】


【0027】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カロテノイド生産菌を、0.5ppm未満の酸素が存在する培養液、又は酸化還元電位−
200mV〜−70mVの培養液で培養し、その菌体または培養液からアスタキサンチンを回収すること特徴とする、アスタキサンチンの製造法において、カロテノイド生産細菌がアグロバクテリウム(Agrobacterium)属のアグロバクテリウム・アウランティアカス sp.nov N−81106(FERM P−14023)であることを特徴とする方法。
【請求項2】
カロテノイド生産菌を、0.5ppm未満の酸素が存在する培養液、又は酸化還元電位−
200mV〜−70mVの培養液で培養し、その菌体または培養液から総カロテノイドに対して30%以上のアスタキサンチンを回収すること特徴とする、アスタキサンチンの製造法において、カロテノイド生産細菌がアグロバクテリウム(Agrobacterium)属のアグロバクテリウム・アウランティアカス sp.nov N−81106(FERM P−14023)であることを特徴とする方法。

【公開番号】特開2010−88450(P2010−88450A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−284382(P2009−284382)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【分割の表示】特願2003−319631(P2003−319631)の分割
【原出願日】平成15年9月11日(2003.9.11)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】