説明

発酵法による目的物質の製造法

【課題】 L−アミノ酸、抗生物質、ビタミン、成長因子、生理活性物質などの目的物質を微生物を利用して製造する方法において、従来の方法と異なる原理によって目的物質の生産性を改善する方法を提供する。
【解決手段】 微生物を培地中に培養し、該培地中に目的物質を生成蓄積させ、該目的物質を採取する、微生物を利用した目的物質の製造法において、前記微生物として、目的物質の生産能を有し、かつ、RNAポリメラーゼ活性が増強された微生物を用いることにより、目的物質の生産性を改善する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、微生物を利用した目的物質の製造法に関し、詳しくは、L−アミノ酸、抗生物質、ビタミン、成長因子、生理活性物質などの目的物質を微生物を利用して製造する方法において、目的物質の生産性を改善するための手段を開示するものである。
【0002】
【従来の技術】微生物を利用した物質の製造法の代表的なものとして発酵法によるL−アミノ酸の製造法が知られている。L−アミノ酸は、調味料や、食品として用いられるだけでなく、医療を目的とする様々な栄養混合物のコンポーネントとして利用される。さらに、動物用飼料添加物として、製薬業および化学工業における試薬として、微生物によるL−リジンやL−ホモセリンなどのL−アミノ酸産生のための成長因子として利用される。発酵法によってL−アミノ酸を製造できる微生物としては、コリネ型細菌、エシェリヒア属細菌、バチルス属細菌、セラチア属細菌等が知られている。
【0003】発酵法によってL−アミノ酸を製造するには、野生型微生物(野生株)を用いる方法、野生株から誘導された栄養要求株を用いる方法、野生株から種々の薬剤耐性変異株として誘導された代謝調節変異株を用いる方法、栄養要求株と代謝調節変異株の両方の性質を持った株を用いる方法等がある。
【0004】さらに近年はL−アミノ酸の発酵生産に、組換えDNA技術を用いることが行われてきた。この技術ではL−アミノ酸生合成系酵素をコードする遺伝子を増強することにより宿主微生物のL−アミノ酸生合成系を強化することを、その原理としている。これらの事情については例えば「アミノ酸発酵 学会出版センター1986年」に解説されている。
【0005】また、L−アミノ酸以外にも微生物を用いた発酵法で生産されている物質は多い。例えば抗生物質や、ビタミン等もその例である。これらの物質の発酵生産においても、組換えDNA技術の利用は、目的物質又はその前駆体の生合成系酵素をコードする遺伝子の増強が主なものである。
【0006】上記のような微生物の育種技術により、目的物質の生産性は著しく改善されてきている。一方、微生物が産生する物質は、その物質の生合成系以外にも種々の生化学的反応の影響を受け、微生物の生育によっても左右される。したがって、目的物質の生産効率を向上させるために、培地や培養方法等の培養条件に関する検討が種々行われている。しかし、RNAポリメラーゼ活性と微生物の生育や目的物質の生産性との関係については、検討がなされていない。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、L−アミノ酸、抗生物質、ビタミン、成長因子、生理活性物質などの目的物質を微生物を利用して製造する方法において、従来の方法と異なる原理によって目的物質の生産性を改善する方法を提供することを課題とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、微生物のRNAポリメラーゼ活性を増強すると、同微生物の生育が向上し、目的物質の生産量が増大することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、以下のとおりである。
【0009】(1)目的物質の生産能を有し、かつ、RNAポリメラーゼ活性が増強された微生物。
(2)前記目的物質がL−アミノ酸である(1)の微生物。
(3)RNAポリメラーゼ活性の増強が、rpoA、rpoB、rpoC及びrpoDの各遺伝子のコピー数を高めることによるものである(1)の微生物。
(4)微生物がエシェリヒア属細菌又はコリネ型細菌である(1)の微生物。
(5)前記(1)〜(4)のいずれかの微生物を培地に培養し、該培養物中に目的物質を生成蓄積せしめ、該培養物から目的物質を採取することを特徴とする目的物質の製造法。
【0010】
【発明の実施の形態】以下、本発明を詳細に説明する。本発明により製造される目的物質は、微生物によって生産され得る物質であれば特に制限されず、例えばL−スレオニン、L−リジン、L−グルタミン酸、L−ロイシン、L−イソロイシン、L−バリン、L−フェニルアラニン等の種々のL−アミノ酸が挙げられる。その他にも、グアニル酸、イノシン酸等の核酸類、ビタミン類、抗生物質、成長因子、生理活性物質など、微生物により生合成される物質が挙げられる。また、現在微生物を利用して生産されていない物質であっても、微生物によって生産され得るものであれば本願発明が利用できることはいうまでもない。
【0011】本発明に用いる微生物は特に制限されず、従来発酵法による有用物質の生産に用いられている微生物であれば使用することができる。また、従来、産業上利用されていない微生物であっても、目的物質を生産する能力を有する限り、本発明を適用することができる。本発明の微生物は、本来目的物質を生産する能力を有するものであってもよいし、変異法や組換えDNA技術などを利用した育種により目的物質を生産する能力を付与されたものであってもよい。
【0012】具体的には、エシェリヒア・コリ等のエシェリヒア属細菌、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム等のコリネ型細菌、バチルス・サブチリス等のバチルス属細菌、セラチア・マルセッセンス等のセラチア属細菌等が挙げられるが、これらに制限されない。
【0013】より具体的には以下の菌株が挙げられる。例えば目的物質がL−スレオニンの場合はエシェリヒア・コリVKPM B-3996(RIA 1867)(米国特許第5,175,107号参照)、コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム AJ12318(FERM BP-1172)(米国特許第5,188,949号参照)等であり、L−リジンの場合はエシェリヒア・コリ AJ11442(NRRL B-12185, FERM BP-1543)(米国特許第4,346,170号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ11082(NRRL B-11470)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム AJ3990(ATCC31269)(米国特許第4,066,501号参照)等であり、L−グルタミン酸の場合はエシェリヒア・コリ AJ12624 (FERM BP-3853)(フランス特許出願公開第2,680,178号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ12475(FERM BP-2922)(米国特許第5,272,067号参照)等であり、L−ロイシンの場合はエシェリヒア・コリ AJ11478(FERM P-5274)(特公昭62-34397号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム AJ3718(FERMP-2516)(米国特許第3,970,519号参照)等であり、L−イソロイシンの場合はエシェリヒア・コリKX141(VKPM B-4781)(欧州特許出願公開第519,113号参照)、ブレビバクテリウム・フラバム AJ12149(FERM BP-759)(米国特許第4,656,135号参照)等であり、L−バリンの場合はエシェリヒア・コリ VL1970(VKPM B-4411))(欧州特許出願公開第519,113号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム AJ12341(FERM BP-1763)(米国特許第5,188,948号参照)等であり、L−フェニルアラニンの場合は、エシェリヒア・コリ AJ12604(FERM BP-3579)(欧州特許出願公開第 488,424号参照)ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム AJ12637(FERM BP-4160)(フランス特許出願公開第 2,686,898号参照)等である。
【0014】本発明に用いる微生物は、目的物質の産生能を有し、かつ、RNAポリメラーゼ活性が増強された微生物である。RNAポリメラーゼは、α、β、β’及びσの各サブユニットから構成され、α、β、β’は各々rpoA、rpoB、rpoCの各遺伝子によりコードされている。エシェリヒア・コリでは、rpoB及びrpoCはオペロンを形成している。また、σサブユニットは、複数種存在し、エシェリヒア・コリではσ32、σ72等が知られており、それぞれrpoH、rpoDによりコードされている。これらのうち、rpoDは増殖期に特異的に機能するものであり、本発明には好ましい。
【0015】RNAポリメラーゼ活性を増強するには、RNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子断片を、目的の微生物で機能するベクター、好ましくはマルチコピー型ベクターと連結して組換えDNAを作製し、これを目的微生物に導入して形質転換すればよい。各遺伝子の細胞内のコピー数が上昇する結果、RNAポリメラーゼ活性が増強される。
【0016】RNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子としては、エシェリヒア・コリ等のエシェリヒア属細菌、コリネ型細菌等、いずれの微生物の遺伝子も用いることができる。エシェリヒア・コリではrpoA、rpoB、rpoC、rpoDの各遺伝子の塩基配列は明らかにされているので(rpoA:GenBank/EMBL/DDBJ Accession J01685、rpoB,rpoC:GenBank/EMBL/DDBJ Accession J01678、rpoD:GenBank/EMBL/DDBJ Accession J01687)、これらの塩基配列に基づいてプライマーを合成し、エシェリヒア・コリの染色体DNAを鋳型にしてPCR法により取得することが可能である。
【0017】rpoA遺伝子を増幅するためのプライマーとしては配列番号1及び2に示すプライマーが、rpoBCオペロンを増幅するためのプライマーとしては配列番号3及び4に示すプライマーが、rpoD遺伝子を増幅するためのプライマーとしては配列番号5及び6に示すプライマーが挙げられる。
【0018】PCR法により増幅された各遺伝子は、エシェリヒア・コリやコリネ型細菌等細胞内において自律複製可能なベクターDNAに接続して組換えDNAを調製し、これをエシェリヒア・コリ細胞に導入しておくと、後の操作がしやすくなる。エシェリヒア・コリ細胞内において自律複製可能なベクターとしては、プラスミドベクターが好ましく、宿主の細胞内で自立複製可能なものが好ましく、例えばpUC19、pUC18、pBR322、pHSG299、pHSG399、pHSG398、RSF1010等が挙げられる。
【0019】コリネ型細菌の細胞内において自律複製可能なベクターとしては、pAM330(特開昭58-67699号公報参照)、pHM1519(特開昭58-77895号公報参照)等が挙げられる。また、これらのベクターからコリネ型細菌中でプラスミドを自律複製可能にする能力を持つDNA断片を取り出し、前記エシェリヒア・コリ用のベクターに挿入すると、エシェリヒア・コリ及びコリネ型細菌の両方で自律複製可能ないわゆるシャトルベクターとして使用することができる。
【0020】このようなシャトルベクターとしては、以下のものが挙げられる。尚、それぞれのベクターを保持する微生物及び国際寄託機関の受託番号をかっこ内に示した。


【0021】これらのベクターは、寄託微生物から次のようにして得られる。対数増殖期に集められた細胞をリゾチーム及びSDSを用いて溶菌し、30000×gで遠心分離して溶解物から得た上澄液にポリエチレングリコールを添加し、セシウムクロライド−エチジウムブロマイド平衡密度勾配遠心分離により分別精製する。
【0022】RNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子とベクターを連結して組換えDNAを調製するには、各遺伝子を含むDNA断片の末端に合うような制限酵素でベクターを切断し、同DNA断片とベクターを連結する。連結は、T4DNAリガーゼ等のリガーゼを用いて行うのが普通である。各サブユニットをコードする遺伝子は、単一のベクターにすべてを挿入してもよく、異なる2種又は3種以上のベクターに別々に挿入してもよい。後記実施例では、rpoA遺伝子及びrpoBCオペロンを同一のベクターに挿入して得た組換えベクターと、rpoD遺伝子を別のベクターに挿入して得た組換えベクターの2種の組換えベクターを用いて、コリネ型細菌にこれらの各遺伝子を導入した。
【0023】上記のように調製した組換えDNAを微生物に導入して形質転換するには、これまでに報告されている用いる微生物に応じた形質転換法に従って行えばよい。例えば、エシェリヒア・コリ K−12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel,M.and Higa,A.,J. Mol. Biol., 53, 159 (1970))があり、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法( Duncan,C.H.,Wilson,G.A.and Young,F.E., Gene, 1, 153 (1977))がある。あるいは、バチルス・ズブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang,S.and Choen,S.N.,Molec. Gen. Genet., 168, 111 (1979);Bibb,M.J.,Ward,J.M.and Hopwood,O.A.,Nature, 274, 398 (1978);Hinnen,A.,Hicks,J.B.and Fink,G.R.,Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75 1929 (1978))も応用できる。コリネ型細菌には、電気パルス法(特開平2-207791号公報参照)が有効である。
【0024】RNAポリメラーゼ活性の増強は、RNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子を微生物の染色体DNA上に多コピー存在させることによっても達成できる。微生物の染色体DNA上にDNA断片を多コピーで導入するには、染色体DNA上に多コピー存在する配列を標的に利用して相同組換えにより行う。染色体DNA上に多コピー存在する配列としては、レペッティブDNA、転移因子の端部に存在するインバーティッド・リピートが利用できる。あるいは、特開平2-109985号公報に開示されているように、RNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子をトランスポゾンに搭載してこれを転移させて染色体DNA上に多コピー導入することも可能である。いずれの方法によっても形質転換株内のRNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子のコピー数が上昇する結果、RNAポリメラーゼ活性が増殖される。
【0025】RNAポリメラーゼ活性の増強は、上記の遺伝子増幅による以外に、RNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子のプロモーター等の発現調節配列を強力なものに置換することによっても達成される(特開平1-215280号公報参照)。たとえば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、ラムダファージのPRプロモーター、PLプロモーター、tetプロモーター、amyEプロモーター、spacプロモーター等が強力なプロモーターとして知られている。これらのプロモーターへの置換により、RNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子の発現が強化されることによってRNAポリメラーゼ活性が増殖される。発現調節配列の増強は、各遺伝子のコピー数を高めることと組み合わせてもよい。
【0026】本発明の微生物は、本発明の効果が損なわれない限り、RNAポリメラーゼ活性が増強されていることに加えて、目的物質の生合成系酵素が増強されているなど、他の性質が付与されていてもよい。目的物質の生合成系酵素としては、例えば目的物質がL−グルタミン酸である場合には、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、グルタミンシンテターゼ、グルタミン酸シンターゼ、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、アコニット酸ヒドラターゼ、クエン酸シンターゼ、ピルビン酸カルボキシラーゼ、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ、エノラーゼ、ホスホグリセロムターゼ、ホスホグリセリン酸キナーゼ、グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ、トリオースリン酸イソメラーゼ、フルクトースビスリン酸アルドラーゼ、ホスホフルクトキナーゼ、グルコースリン酸イソメラーゼ等がある。
【0027】また、本発明の微生物は、目的物質の生合成経路から分岐して目的物質以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性が低下あるいは欠損していてもよい。例えば、目的物質がL−グルタミン酸である場合には、前記酵素としては、α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ、イソクエン酸リアーゼ、リン酸アセチルトランスフェラーゼ、酢酸キナーゼ、アセトヒドロキシ酸シンターゼ、アセト乳酸シンターゼ、ギ酸アセチルトランスフェラーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、L−グルタミン酸デカルボキシラーゼ、1−ピロリンデヒドロゲナーゼ等が挙げられる。
【0028】さらに、本発明の微生物は、目的物質の生産にとって好ましい他の性質が付与されていてもよい。例えば目的物質がL−グルタミン酸であり、微生物がコリネ型細菌である場合には、界面活性剤等のビオチン作用抑制物質に対する温度感受性変異を付与することにより、過剰量のビオチンを含有する培地中にてビオチン作用抑制物質の非存在下でL−グルタミン酸を生産させることができる(WO96/06180号参照)。このようなコリネ型細菌としては、WO96/06180号に記載されているブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ13029が挙げられる。AJ13029株は、1994年9月2日付けで工業技術院生命工学工業技術研究所に、受託番号FERMP-14501として寄託され、1995年8月1日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-5189が付与されている。
【0029】また、L−リジン及びL−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌に、ビオチン作用抑制物質に対する温度感受性変異を付与することにより、過剰量のビオチンを含有する培地中にてビオチン作用抑制物質の非存在下でL−リジン及びL−グルタミン酸を同時生産させることができる(WO96/06180号参照)。このような菌株としては、WO96/06180号に記載されているブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ12993株が挙げられる。同株は1994年6月3日付けで工業技術院生命工学工業技術研究所に、受託番号FERM P-14348で寄託され、1995年8月1日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-5188が付与されている。
【0030】本発明の微生物の構築に必要な染色体DNAの調製、遺伝子断片とプラスミドとの連結、PCR、プラスミドDNAの調製、DNAの切断及び連結、形質転換、プライマーとして用いるオリゴヌクレオチドの設定等の方法は、当業者によく知られている通常の方法を採用することができる。これらの方法は、Sambrook,J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition", Cold Spring Harbor Laboratory Press, (1989)等に記載されている。
【0031】上記のようにして目的物質の生産能が向上した微生物を培地中に培養し、該培地中に目的物質を生成蓄積せしめ、該培養物から目的物質を採取することにより、目的物質を製造することができる。
【0032】培地は、使用する微生物に応じて従来より用いられてきた周知の培地を用いてかまわない。つまり、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じその他の有機成分を含有する通常の培地である。本発明を実施するための特別な培地は特に必要とされない。
【0033】炭素源としては、グルコース、ラクトース、ガラクトース、フラクトースやでんぷんの加水分解物などの糖類、グリセロールやソルビトールなどのアルコール類、フマール酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類等を用いることができる。
【0034】窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。
【0035】有機微量栄養源としては、ビタミンB1、L−ホモセリン、L−チロシンなどの要求物質または酵母エキス等を適量含有させることが望ましい。これらの他に、必要に応じて、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が少量添加される。
【0036】培養は、利用される微生物に応じて従来より用いられてきた周知の条件で行ってかまわない。例えば、好気的条件下で16〜120時間培養を実施するのがよく、培養温度は25℃〜45℃に、培養中pHは5〜8に制御する。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。
【0037】培養終了後の培地液からの目的物質の採取は、本願発明において特別な方法が必要とされることはない。すなわち、本発明は従来より周知となっているイオン交換樹脂法、沈澱法その他の方法を組み合わせることにより実施できる。
【0038】
【実施例】以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【0039】<1>エシェリヒア・コリのRNAポリメラーゼ遺伝子の単離とRNAポリメラーゼ遺伝子導入用プラスミドの作製E. coli W3110株の全ゲノムDNAを、斎藤、三浦の方法(Biochem.Biophys.Acta.,72,619(1963))により調製した。このゲノムDNAを鋳型として、PCRによりRNAポリメラーゼの各サブユニットをコードする遺伝子を増幅した。
【0040】プライマーは、公知のRNAポリメラーゼサブユニット遺伝子の塩基配列(rpoA:GenBank/EMBL/DDBJ Accession J01685、rpoB,rpoC:GenBank/EMBL/DDBJ Accession J01678、rpoD:GenBank/EMBL/DDBJ Accession J01687)に基づいて合成した。
【0041】rpoA遺伝子を増幅するためのプライマーとして配列番号1及び2に示すプライマーを、rpoBCオペロンを増幅するためのプライマーとして配列番号3及び4に示すプライマーを、rpoD遺伝子を増幅するためのプライマーとして配列番号5及び6に示すプライマーを、それぞれ使用した。
【0042】rpoD遺伝子を取得するために、前記染色体DNAを鋳型とし、配列番号5及び6に示すプライマーを用いたPCRにより得られた断片をEcoRIで消化した後、プラスミドpVC7(後述)のEcoRI部位に挿入し、プラスミドpVCDを作製した。次に、rpoBC遺伝子を取得するために、前記染色体DNAを鋳型とし、配列番号3及び4に示すプライマーを用いてPCRを行い、得られた断片をDNAブランティングキット(宝酒造(株)製)を用いて平滑末端化し、前記pVCDのsmaI部位に挿入し、pVCBCDを構築した。続いて、rpoA遺伝子を取得するために、前記染色体DNAを鋳型として配列番号1及び2に示すプライマーを用いてPCRを行い、得られた断片を上記と同様に平滑末端化した。pVCBCDをSacIで消化した後に、上記と同様に平滑末端化し、それを平滑末端化したrpoA遺伝子断片と結合させて、プラスミドpVCBCADを構築した。
【0043】前記pVC7は、以下のようにして、エシェリヒア・コリ用ベクターであるpHSG399(Cmr;Takeshita, S. et al., Gene, 61, 63-74, (1987)参照)にブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムのクリプティックプラスミドであるpAM330を結合することによって構築した。pAM330は、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムATCC13869株より調製した。pHSG399を一箇所切断酵素であるAvaII(宝酒造(株)製)にて切断し、T4DNAポリメラーゼにて平滑末端化したのち、HindIII(宝酒造(株)製)にて切断し、T4DNAポリメラーゼにて平滑末端化したpAM330と接続した。pVC7は、E. coli及びブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムの細胞中で自律複製可能であり、かつ、pHSG299由来のマルチプルクローニングサイトとlacZ’を保持している。
【0044】<2>RNAポリメラーゼ遺伝子で形質転換されたコリネ型細菌のL−アミノ酸生産菌の作製及びL−アミノ酸の製造(1)コリネ型細菌のL−グルタミン酸生産株へのpVCBCADの導入とL−グルタミン酸生産ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ13029を電気パルス法(特開平2-207791号公報参照)によりプラスミドpVCBCADで形質転換した。pVCBCADを保持する株は5μg/mlのクロラムフェニコールを、それぞれ含む培地で選択した。
【0045】得られた形質転換株AJ13029/pVCBCADを用いてL−グルタミン酸生産のための培養を以下のように行った。5μg/mlのクロラムフェニコールを含むCM2Bプレート培地にて培養して得たAJ13029/pVCBCADの菌体を、同じ濃度の薬剤を含む表1に示す組成の種培養培地に接種し、31.5℃で24時間振とう培養して種培養を得た。表1に示す組成の本培養培地を500ml容ガラス製ジャーファーメンターに300mlずつ分注し加熱殺菌した後、上記種培養を40ml接種した。撹拌速度を800〜1300rpm、通気量を1/2〜1/1vvmとし、培養温度31.5℃にて培養を開始した。培養液のpHはアンモニアガスで7.5に維持した。培養を開始してから8時間後に培養温度を37℃にシフトした。コントロールとしてコリネバクテリウム属細菌AJ13029株をpVC7で形質転換した菌株を上記と同様にして培養した。
【0046】
【表1】
表1────────────────────────────────── 濃 度 成 分 ──────────────────── 種培養 本培養────────────────────────────────── グルコース 5 g/dl 15 g/dl KH2PO4 0.1 g/dl 0.2 g/dl MgSO4・7H2O 0.04g/dl 0.15g/dl FeSO4・7H2O 1 mg/dl 1.5 mg/dl MnSO4・4H2O 1 mg/dl 1.5 mg/dl 大豆蛋白加水分解液 2 ml/dl 5 ml/dl ビオチン 50 μg/l 200 μg/dl サイアミン塩酸塩 200 μg/l 300 μg/dl──────────────────────────────────
【0047】培養終了後、培養液中のL−グルタミン酸蓄積量を旭化成工業社製バイオテックアナライザーAS−210により測定した。このときの結果を表2に示した。
【0048】
【表2】
表2───────────────────────────── 菌 株 L-ク゛ルタミン酸生成量(g/L) 培養時間(h)───────────────────────────── AJ13029/pVC7 83 30 AJ13029/pVCBCAD 89 23─────────────────────────────
【0049】(2)コリネ型細菌のL−リジン生産株へのpVCBCADの導入とL−リジン生産ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ11082に、前記と同様にしてpVCBCADを導入してAJ11082/pVCBCADを得た。5μg/mlのクロラムフェニコールを含むCM2Bプレート培地にて培養して得たAJ13029/pVCBCADの菌体を、同じ濃度の薬剤を含む下記組成のL−リジン生産培地に接種し、31.5℃にて培地中の糖が消費されるまで振とう培養した。コントロールとしてブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ11082株をpVC7で形質転換した菌株を上記と同様にして培養した。
【0050】〔L−リジン生産培地〕炭酸カルシウム以外の下記成分(1L中)を溶解し、KOHでpH8.0に調製し、115℃で15分殺菌した後、別に乾熱殺菌した炭酸カルシウムを50g加える。
【0051】
グルコース 100 g(NH42SO4 55 gKH2PO4 1 gMgSO4・7H2O 1 gビオチン 500 μgチアミン 2000 μgFeSO4・7H2O 0.01 gMnSO4・7H2O 0.01 gニコチンアミド 5 mg蛋白質加水分解物(豆濃) 30 ml炭酸カルシウム 50 g
【0052】培養終了後、培養液中のL−リジン蓄積量を旭化成工業社製バイオテックアナライザーAS−210により測定した。このときの結果を表3に示した。
【0053】
【表3】
表3───────────────────────────── 菌 株 L−リジン生成量(g/dl) 培養時間(h)───────────────────────────── AJ13029/pVC7 28.9 72 AJ13029/pVCBCAD 30.1 60─────────────────────────────
【0054】(3)コリネ型細菌のL−リジン及びL−グルタミン酸生産株へのpVCBCADの導入とL−リジン及びL−グルタミン酸同時生産ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ12993に、前記と同様にしてpVCBCADを導入してAJ12993/pVCBCADを得た。5μg/mlのクロラムフェニコールを含むCM2Bプレート培地にて培養して得たAJ13029/pVCBCADの菌体を、同じ濃度の薬剤を含む前記L−リジン生産培地に接種して31.5℃にて培養した。培養を開始してから12時間後に培養温度を34℃にシフトし、培地中の糖が消費されるまで振とう培養した。コントロールとしてコリネバクテリウム属細菌AJ12993株をpVC7で形質転換した菌株を上記と同様にして培養した。
【0055】培養終了後、培養液中のL−リジン及びL−グルタミン酸蓄積量を旭化成工業社製バイオテックアナライザーAS−210により測定した。このときの結果を表4に示した。
【0056】
【表4】
表4─────────────────────────────────── 菌 株 L-リシ゛ン生成量(g/dl) L-ク゛ルタミン酸生成量(g/dl) 培養時間─────────────────────────────────── AJ12993/pVC7 10.5 18.9 60 AJ12993/pVCBCAD 11.2 20.1 45───────────────────────────────────
【0057】
【発明の効果】本発明により、目的物質を産生する微生物の生育及び目的物質の生産性を向上させることができる。
【0058】
【配列表】
SEQUENCE LISTING <110> 味の素株式会社(Ajinomoto Co., Inc.)
<120> 発酵法による目的物質の製造法<130> P-6307<141> 1999-07-19<160> 6<170> PatentIn Ver. 2.0
【0059】
<210> 1<211> 17<212> DNA<213> Artificial Sequence<220><223> Description of Artificial Sequence:primer for amplifying rpoA gene of Escherichia coli<400> 1gagaaagcga agcagtc 17
【0060】
<210> 2<211> 20<212> DNA<213> Artificial Sequence<220><223> Description of Artificial Sequence:primer for amplifying rpoA gene of Escherichia coli<400> 2ctctgcagca gcttctgctt 20
【0061】
<210> 3<211> 20<212> DNA<213> Artificial Sequence<220><223> Description of Artificial Sequence:primer for amplifying rpoBC operon of Escherichia coli<400> 3gccaaccctt ccggttgcag 20
【0062】
<210> 4<211> 20<212> DNA<213> Artificial Sequence<220><223> Description of Artificial Sequence:primer for amplifying rpoBC operon of Escherichia coli<400> 4cgattactcg ttatcagaac 20
【0063】
<210> 5<211> 30<212> DNA<213> Artificial Sequence<220><223> Description of Artificial Sequence:primer for amplifying rpoD gene of Escherichia coli<400> 5gcgcgaattc atggagcaaa acccgcagtc 30
【0064】
<210> 6<211> 30<212> DNA<213> Artificial Sequence<220><223> Description of Artificial Sequence:primer for amplifying rpoD gene of Escherichia coli<400> 6gcgcgaattc ttaatcctcc aggaagctac 30

【特許請求の範囲】
【請求項1】 目的物質の生産能を有し、かつ、RNAポリメラーゼ活性が増強された微生物。
【請求項2】 前記目的物質がL−アミノ酸である請求項1記載の微生物。
【請求項3】 RNAポリメラーゼ活性の増強が、rpoA、rpoB、rpoC及びrpoDの各遺伝子のコピー数を高めることによるものである請求項1記載の微生物。
【請求項4】 微生物がエシェリヒア属細菌又はコリネ型細菌である請求項1記載の微生物。
【請求項5】 請求項1〜4のいずれか一項に記載の微生物を培地に培養し、該培養物中に目的物質を生成蓄積せしめ、該培養物から目的物質を採取することを特徴とする目的物質の製造法。

【公開番号】特開2003−204783(P2003−204783A)
【公開日】平成15年7月22日(2003.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−205267
【出願日】平成11年7月19日(1999.7.19)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】