白内障及び老眼を阻害する方法
本明細書では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を投与することにより、眼における白内障形成又は老眼の進行を阻害する又は後退させる方法が記述される。老眼及び白内障はいずれも、クリスタリン、特に、βLクリスタリンと呼ばれる、可溶性の水晶体タンパク質の凝集により引き起こされる。βLクリスタリンの凝集は、静電現象であり、静電相互作用阻害剤を用いて、βLクリスタリン凝集物の形成を阻止することに加えて、既に形成された凝集物を脱凝集化することできることが判明した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼の水晶体における加齢変化の進行を阻害する又は後退させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
[0001]眼の水晶体は、虹彩のすぐ後方に吊り下げられている透明の構造であり、光線を網膜上の焦点に導く。水晶体は、可溶性タンパク質及び不溶性タンパク質の両方を含有し、両タンパク質で、水晶体の湿重量の35パーセントを占める。若年の健常な水晶体では、クリスタリンと一般的に称する可溶性タンパク質が、水晶体タンパク質の90パーセントを占める。老化プロセス中、水晶体のクリスタリンは不溶性の凝集物を形成し、これは少なくとも部分的には、近傍の物体に対して焦点を変化させる眼の能力の喪失である老眼を特徴づける水晶体核の変形能低下の一因となる。老眼における水晶体の不溶性凝集物の形成は、加齢性白内障の形成における早期段階であると考えられている。
【0003】
[0002]白内障は、眼の水晶体における濁り(cloudiness)又は混濁化(opacification)により定義される。個体が加齢するにつれて、水晶体内に存在するクリスタリンが凝集物へと転換されるために白内障が形成し、結果として水晶体の混濁が増大する。具体的に述べると、加齢と共に、ヒトの水晶体核における可溶性シャペロンであるαクリスタリンが高分子量の凝集物内及び不溶性タンパク質内に組み込まれ、αクリスタリンの濃度が徐々に低下する。凝集物の存在は、水晶体の健康及び機能を損ない、治療せずに放置すると、白内障により、実質的な視力喪失、又はさらには失明がもたらされる可能性がある。現在のところ、白内障の最も一般的な治療は、手術である。
【0004】
[0003]クリスタリンとは、脊椎動物の眼の水晶体線維細胞において最も高度に発現する構造タンパク質である。クリスタリンは、2つのサブファミリー:低分子の熱ショックタンパク質スーパーファミリーのメンバーであり、分子シャペロンとしてもまた機能するαクリスタリン(αAクリスタリン及びαBクリスタリン)、並びに水晶体における可溶性タンパク質の大半を占め、水晶体構造の透明性及び屈折特性に寄与する、進化的に連関するβクリスタリン及びγクリスタリンのスーパーファミリーに分けられる。白内障の発症における役割に加えて、αAクリスタリン及びαBクリスタリンは、アレキサンダー病、クロイツフェルト−ヤコブ病、アルツハイマー病、及びパーキンソン病などの神経変性疾患にも関与している。
【0005】
[0004]米国特許出願公開第2008/0227700号は、シャペロン活性を有するペプチドを治療的処置として用いる、タンパク質の脱凝集化について説明している。具体的に述べると、αBペプチドが用いられて、光散乱により測定されるpHに誘導されるβクリスタリンの凝集物が脱凝集化された。水晶体内にアルファクリスタリンを継続的に供給することは難題である。必要とされることは、白内障及び老眼の阻害及び/又は後退のためにクリスタリンを脱凝集化するために適する代替的な方法である。
【発明の概要】
【0006】
[0005]一実施形態では、眼における白内障形成の進行を阻害する又は後退させる方法は、眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、白内障を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む。
【0007】
[0006]別の実施形態では、眼における老眼の進行を阻害する又は後退させる方法は、眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、老眼を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む。
【0008】
[0007]別の実施形態では、眼における加齢による水晶体変性の進行を阻害する又は後退させる方法は、眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、変性を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】[0008] 23℃の(A)水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、及び(B)水中の0.2mg/mLのαクリスタリンの動的光散乱によりもたらされる確率分布関数を示す図であり、図中のτは、遅延時間である。
【図2】[0009] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの確率分布関数を示す図であり、図中のτは、遅延時間である。
【図3】[0010] 23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの相対散乱強度を示す図である。
【図4】[0011] 23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンのフラクタル次元の解析を示す図である。
【図5】[0012] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの相対散乱強度を示す図である。
【図6】[0013] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンのフラクタル次元の解析を示す図である。
【図7】[0014] 23℃の水中の0.2mg/mLのαクリスタリン、0.6mg/mLのβLクリスタリンの、角度を40°〜85°についての確率分布関数を示す図であり、図中のτは、遅延時間である。
【図8】[0015] 水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの、(A)0.15Mの塩を含む急速モード及び0.15Mの塩を含まない急速モード、並びに(B)塩を含む緩徐モード及び塩を含まない緩徐モードの流体力学半径を傾きが明らかにするグラフである。
【図9】[0016] 23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの速度論的研究を示す図である。
【図10】[0017] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの速度論的研究を示す図である。
【図11】[0018] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの、pH2、7、及び10についての確率分布関数を示す図である。
【図12】[0019] 白内障形成について提起される機構について例示する図である。
【図13】[0020] 水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの、SDSを含む急速モード及びSDSを含まない急速モード、並びにSDSを含む緩徐モード及びSDSを含まない緩徐モードの流体力学半径を明らかにするグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[0021]当業者は、以下の詳細な説明、図面、及び付属の特許請求の範囲から、上記で説明した特徴及び他の特徴を認識及び理解するであろう。
【0011】
[0022]本明細書では、βLクリスタリン凝集物を脱凝集化する方法であって、該βLクリスタリン凝集物を、該βLクリスタリン凝集物を脱凝集化するのに十分な量でβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む組成物と接触させるステップを含む方法が開示される。眼における白内障形成の進行を阻害する又は後退させる方法であって、眼を、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、白内障を阻害するのに有効な量の組成物と接触させるステップを含む方法がさらに開示される。眼における老眼の進行を阻害する又は後退させる方法であって、眼を、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、老眼を阻害するのに有効な量の組成物と接触させるステップを含む方法もまた開示される。特定の実施形態では、静電相互作用阻害剤は、ポリペプチドではない。
【0012】
[0023]本明細書において、本発明者らは、動的光散乱、濁度測定、及び透過型電子顕微鏡法などの技法を用いて、溶液中のクリスタリンにより形成される凝集物を調べた。興味深いことに、溶液中のαクリスタリンは、流体力学半径が約10nmの狭い範囲の集団として存在し、一方、溶液中のβLクリスタリンは、1つは流体力学半径が約7nmの集団、2つめは流体力学半径が約150nmの集団という、2つの集団として存在する。流体力学半径が約150nmのβLクリスタリン集団は、凝集した集団である。さらに、αクリスタリンを、βLクリスタリンに約3:1の比で添加すると、αクリスタリンのシャペロンとしての性質のために、凝集したβLクリスタリン集団が消失する。βLクリスタリンの様々な集団を確認することを可能とするために、本発明者らは、αクリスタリンに加えて、βLクリスタリンのサイズを低減させるか、又はβLクリスタリンの形成を阻止することができる相互作用阻害剤を同定する実験を試みた。約0.15MのNaClの添加が、βLクリスタリン凝集物のサイズを減少させ、一方、0.1mg/mLのドデシル硫酸ナトリウムは、βLクリスタリン凝集物のサイズに影響を及ぼさず、0.1mg/mLのプロテオグリカンは、βLクリスタリン凝集物のサイズを増大させる結果をもたらすことが判明した。加えて、pHをpH約10からpH約2へと低下させると、βLクリスタリン凝集物のサイズが増大する。
【0013】
[0024]理論に束縛されずに、βLクリスタリンの凝集は、静電現象であると考えられている。静電相互作用を破壊しうる塩などの分子種は、αクリスタリンのシャペロン活性の代わりになり、βLクリスタリン凝集物のサイズを阻止/低減することが可能である。ドデシル硫酸ナトリウムは、タンパク質間相互作用を破壊するには有効であることが多いが、βLクリスタリン凝集物のサイズは低減しない。凝集物のサイズを低減しないのは、ドデシル硫酸ナトリウムなどの添加剤が、クリスタリン分子の疎水性残基と複合体を形成するためであると考えられている。さらにより驚くべきことに、プロテオグリカンは、βLクリスタリン凝集物のサイズを増大させる。プロテオグリカンの場合、多くのクリスタリン分子が、クリスタリン分子と比較してはるかに高分子であるプロテオグリカン分子と非共有結合により結合すると考えられている。
【0014】
[0025]βLクリスタリン静電相互作用阻害剤による治療は、白内障及び老眼など、βLクリスタリンの凝集から結果として生じる疾患及び/又は状態を治療するのに用いることができる。本明細書で用いられる白内障とは、水晶体におけるタンパク質相互作用の変化により引き起こされる、眼の水晶体の混濁である。タンパク質相互作用には、タンパク質のミスフォールディングに加えて、凝集など、タンパク質間相互作用も含まれる。老眼は、加齢又は老齢に起因する視覚障害である。老眼の症状には、近くの物体に焦点を合わせる能力の低下、眼精疲労、細かい印字を読むことの困難、読書又は照明されたスクリーンを見るときの疲労、はっきりと接視することの困難、印字を読むときのコントラストの低下、読書のための明るくより直接的な照明の必要性、読書対象をはっきりと見るために読書対象を遠くに保持する必要があること、及び頭痛、とりわけ、近見視力を用いるときの頭痛が含まれる。老眼を患う個体の視力は正常であることもあるが、時間と共に、近くの物体に焦点を合わせる能力が少なくとも部分的には失われ、老眼を患う個体は、読書など、近見視力を必要とする仕事に眼鏡を必要とするようになる。40歳を過ぎたほとんどすべての個体が、多かれ少なかれ老眼に罹患する。
【0015】
[0026]眼における白内障形成の進行を阻害する方法では、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、眼が、1つ又は複数の発症しつつあるか又は完全に発症した白内障を既に含有しうる。したがって、該方法を用いて、眼におけるさらなる白内障の形成を阻害することもでき、眼に既に存在する、発症しつつある白内障の成熟白内障の形成を阻害することもできる。代替的に、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、眼が、発症しつつあるか又は完全に発症した白内障を伴わない場合もある。
【0016】
[0027]眼における白内障形成の進行を後退させる方法では、眼を本明細書で開示されるβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させることにより、眼における白内障の少なくとも部分的な後退〜完全な後退を達成する。
【0017】
[0028]同様に、眼における老眼の進行を阻害する方法では、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、個体が、1つ又は複数の老眼の症状を既に知覚している可能性がある。したがって、該方法を用いて、知覚される症状(複数可)の進行を軽減することもでき、老眼のさらなる症状の形成を阻害することもできる。代替的に、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、眼が、老眼の症状を伴わない場合もある。
【0018】
[0029]眼における老眼の進行を後退させる方法では、眼を本明細書で開示されるβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させることにより、眼における老眼の症状の少なくとも部分的な後退〜完全な後退を達成する。
【0019】
[0030]本明細書で用いられるβLクリスタリン静電相互作用阻害剤とは、βLクリスタリンの凝集をもたらす、βLクリスタリンによるタンパク質間静電相互作用に干渉するのに適する分子である。一実施形態では、静電相互作用阻害剤は、ポリペプチドではない。βLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、βLクリスタリン凝集物の形成を阻止、及び/又は既に形成された凝集物のサイズを低減する。特定の実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、有機塩、無機塩などの塩、若しくはイオン性液体、及び/又はpH約9〜約5の溶液である。
【0020】
[0031]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つの塩を含む。本明細書で用いられる「塩」という用語は、NaCl、KCl、NH4Clなどのハロゲン化アンモニウム、CaCl2などのハロゲン化アルカリ土類金属、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸アンモニウム、クエン酸ナトリム、クエン酸カリウム、クエン酸アンモニウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム、酢酸カルシウム、又はこれらの混合物のうちの1つ又は複数が含まれるがこれらに限定されない有機塩又は無機塩を包含することを意図する。さらなる有機塩には、エチルアンモニウムニトレートなどのアルキルアンモニウム塩、クエン酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、アスコルビン酸ナトリウム、グルコン酸マグネシウム、グルコン酸ナトリウム、トロメタミン塩酸塩、コハク酸ナトリウム、及びこれらの組合せが含まれる。
【0021】
[0032]別の実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つのイオン性液体を含む。イオン性液体は、100℃未満では、有機カチオン及び無機アニオン又は有機アニオンからなる塩である。例示的なイオン性液体には、例えば、N’−アルキル及びN’−(ω−ヒドロキシ−アルキル)−N−メチルイミダゾリウムクロリド、トリ−イソブチル(メチル)ホスホニウムp−トルエンスルホネート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート、テトラエチルアンモニウムブロミド、n−ブチルピリジニウムクロリド、テトラブチルホスホニウムブロミド、ベンジルトリエチルアンモニウムクロリド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1,3−ジメチルイミダゾリウムメチルスルホネート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロアセテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム2(2−メトキシエトキシ)エチルスルフェート、1−ブチル−1−メチルピロリジニウムジハイドロジェンホスフェート、及びこれらの組合せが含まれる。
【0022】
[0033]特定の実施形態では、有機塩及びイオン性液体が、カチオン及びアニオンを含有し、該カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である。
【0023】
[0034]別の実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、pH約9〜約5の溶液である。該溶液は、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、クエン酸、リン酸、酢酸、及び塩酸など、1つ又は複数のpH調節剤を含むことが典型的である。
【0024】
[0035]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、ポリペプチドではない。本明細書では、「ポリペプチド」、「ペプチド」、及び「タンパク質」は、アミノ酸残基のポリマーを指すように互換的に用いられる。該用語は、1つ又は複数のアミノ酸残基が対応する天然アミノ酸の人工の化学的模倣体であるアミノ酸ポリマーに加えて、天然のアミノ酸ポリマー及び非天然のアミノ酸ポリマーにも適用される。
【0025】
[0036]βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を眼と接触させて、白内障の進行の阻害及び/若しくは既存の白内障の軽減、又は老眼の症状の阻害及び/若しくは軽減をもたらす。本明細書で用いられる「眼を接触させる」という用語は、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を、眼に直接適用する方法を包含する。上記で説明した方法では、当業者に知られる適切な手段を用いて、眼を化合物と接触させることができる。このような方法の例には、眼科用デバイスの形態で適用されるか、又は他の形で眼に局所適用される、眼内への化合物の注射、又は化合物の点眼若しくは噴霧が含まれるがこれらに限定されない。
【0026】
[0037]本明細書で用いられる「白内障を阻害するのに有効な量」という用語は、眼における白内障の進行若しくは形成を阻害するか、又は眼に既に存在する、発症しつつある白内障の、進行又は成熟白内障の形成を阻害する量を意味する。白内障を阻害するのに有効なβLクリスタリン静電相互作用阻害剤の量は、当業者に知られる多様な因子に依存する。このような因子には、眼のサイズ、眼に既に存在する、完全に発症したか又は発症しつつある任意の白内障の数及び進行、並びに投与方式が含まれるがこれらに限定されない。白内障を阻害するのに有効な量は、医薬組成物が、単回投与されるかどうか、又は医薬組成物が、ある期間にわたり定期的に投与されるどうかにもまた依存する。該期間は、任意の日数、週数、月数、年数であってよい。一実施形態では、白内障を阻害するのに有効な量のβLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、約0.001g〜約0.1gである。具体的には、白内障を阻害するのに有効な量は、約0.01g〜約0.05gである。
【0027】
[0038]本明細書で用いられる「老眼を阻害するのに有効な量」という用語は、眼における老眼の症状を軽減するか、又は眼における老眼のさらなる症状の進行を阻害する量を意味する。老眼を阻害するのに有効なβLクリスタリン静電相互作用阻害剤の量は、当業者に知られる多様な因子に依存する。このような因子には、眼のサイズ、個体に既に存在する症状の数及び種類、並びに投与方式が含まれるがこれらに限定されない。白内障を阻害するのに有効な量は、医薬組成物が、単回投与されるかどうか、又は医薬組成物が、ある期間にわたり定期的に投与されるかどうかにもまた依存する。該期間は、任意の日数、週数、月数、年数であってよい。一実施形態では、老眼を阻害するのに有効な量のβLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、約0.001g〜約0.1gである。具体的には、老眼を阻害するのに有効な量は、約0.01g〜約0.05gである。
【0028】
[0039]本明細書で用いられる「眼科用組成物」という用語は、眼への投与に適する薬学的に許容される製剤、送達デバイス、機構又はシステムを指す。「眼科用組成物」という用語には、溶液、懸濁液、ゲル、軟膏、スプレー、デポ剤デバイス、又は眼に対するβLクリスタリン静電相互作用阻害剤の短期的送達若しくは長期的送達に適する、他の任意の種類の製剤、デバイス、若しくは機構が含まれるがこれらに限定されない。例えば、経口製剤とは対照的に、眼科用組成物は、例えば、結膜及び角膜の刺激、閉眼、涙液の分泌、並びに有痛の反応など、多様な反応の誘導を回避する、薬学的に許容される眼科用ビヒクルの使用を含めた、眼科用組成物の眼への適用と関連する、特定の技術的特徴を示す。具体的な眼科用組成物は、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含有する眼科用溶液若しくは眼科用懸濁液(すなわち、点眼液)、眼科用軟膏、又は眼科用ゲルの形態であることが有利である。選択した具体的な形態に応じて、組成物は、緩衝剤、等張化剤、可溶化剤、防腐剤、増粘剤、キレート化剤、抗酸化剤、及びpH調節剤など、各種の添加剤を含有しうる。
【0029】
[0040]適切な防腐剤の例には、クロロブタノール、デヒドロ酢酸ナトリウム、塩化ベンザルコニウム、セチルピリジニウムクロリド、フェネチルアルコール、パラヒドロキシ安息香酸エステル、塩化ベンゼトニウム、酸化エチレンとジメチルエチレンイミンとの親水性二ハロゲン化コポリマー、これらの混合物などが含まれるがこれらに限定されない。増粘剤は、例えば、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロール、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、硫酸コンドロイチン、及びこれらの塩から選択することができる。適切な可溶化剤には、ポリオキシエチレン水添ヒマシ油、ポリエチレングリコール、ポリソルベート80、及びモノステアリン酸ポリオキシエチレンが含まれるがこれらに限定されない。典型的なキレート化剤には、エデト酸ナトリウム、クエン酸、ジエチレントリアミン五酢酸の塩、ジエチレントリアミンペンタメチレンホスホン酸、並びにエデト酸ナトリウム及び亜硫酸水素ナトリウムなどの安定化剤が含まれるがこれらに限定されない。
【0030】
[0041]有用な緩衝液には、ホウ酸緩衝液、リン酸緩衝液、炭酸緩衝液、酢酸緩衝液などが含まれるがこれらに限定されない。眼科用組成物中の緩衝液濃度は、選択した具体的な緩衝液に応じて、約1mM〜約150mM以上で変化しうる。
【0031】
[0042]本明細書で用いられる「ビヒクル」という用語は、眼科用に適する担体、希釈剤、又は賦形剤を包含することを意図する。「賦形剤」とは、1つ又は複数のバルクを供給し、好ましい加工特徴を賦与し、溶解速度を制御する一助となり、また他の形で組成物にさらなる望ましい特徴を与える成分を指す。特に、眼科用組成物が有効成分を同伴する涙液の分泌を誘発しないように、賦形剤を選択する。許容される賦形剤は、所望の製剤に応じて賦形剤を選択する方法について知る当業者によく知られている。
【0032】
[0043]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を、コンタクトレンズ又は涙点プラグなどの眼科用デバイスの形態で投与する。適切な眼科用デバイスには、矯正用、美容用、又は治療用の品質を備えた生体適合性デバイスが含まれる。
【0033】
[0044]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、場合によって制御放出組成物として、コンタクトレンズに付着させてもよく、コンタクトレンズ内に組み込んでもよく、コンタクトレンズに結合させてもよい。コンタクトレンズは、既知の材料、例えば、ハイドロゲル、シリコーンハイドロゲル、シリコーンエラストマー、及びポリメチルメタクリレート(PMMA)、メタクリル酸エステルのポリマー、オリゴシロキサニルアルキル(メタ)アクリレート単量体/メタクリル酸のコポリマーなどの気体透過性材料を用いて作製することができる。含水性眼科用ソフトレンズ用材料の具体例には、米国特許第5,817,726号において説明されている材料、米国特許第5,905,125号において説明されている2−ヒドロキシエチルメタクリレートポリマー、欧州特許出願第781,777号において説明されている眼科用レンズ材料、米国特許第5,942,558号において説明されている、さらに脂質層でコーティングしたハイドロゲルレンズが含まれる(これらの特許文献のすべては、コンタクトレンズに関するこれらの特許文献の教示について、本明細書に組み込まれる)。上記において知られる材料から作製される、ハード型レンズ又は硬質の角膜型レンズ、及びゲルレンズ、ハイドロゲルレンズ、又はソフト型レンズなど、一般的に用いられるコンタクトレンズを用いることができる。
【0034】
[0045]例えば、コンタクトレンズ及び徐放に関するそれらの教示について本明細書に組み込まれる、米国特許第5,658,592、同第6,027,745号、国際特許公開第WO2003/003073号パンフレット、米国特許出願公開第2005−0079197号において説明されている、徐放薬物と共にコンタクトレンズを作製する既知の方法に従い、コンタクトレンズに、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物を組み込むか、結合させるか、又は付着させることにより、徐放型βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物を作製することができる。具体的には、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物を、ポリビニルピロリドン、ヒアルロン酸ナトリウムなど、微粒子化するか又はゲルによる徐放剤の一部に付着させることにより、コンタクトレンズを作製することができる。加えて、レンズの前面を形成する構成要素、及びレンズの後面を形成する構成要素からコンタクトレンズを作製することなどによって、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物のリザーバーを形成することによっても、徐放をもたらすことができる。
【0035】
[0046]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を、涙点プラグにより投与する。本明細書で用いられる涙点プラグという用語は、下涙点及び上涙点のそれぞれを介して、眼の下涙小管及び上涙小管へと挿入するのに適するサイズ及び形状を有するデバイスを指す。
【実施例】
【0036】
[0047]以下の非限定的な例により、本発明をさらに例示する。
【0037】
材料及び方法
クリスタリンの試料調製:
[0048]ウシの眼の水晶体に由来する、βLクリスタリン(C5163、Sigma−Aldrich)及びαクリスタリン(C4163、Sigma−Aldrich)を、生体用冷凍庫内に保存した。これらの実験のために調製した4つのストック液は、水中の2mg/mLのβLクリスタリン、PBS中の2mg/mLのβLクリスタリン、水中の2mg/mLのαクリスタリン、及び水中の0.15MのNaClであった。これらの実験で用いる水はすべて、濾過及び脱イオン化した。水中の2mg/mLのβLクリスタリンのストック液は、汚染を除去した20mLのシンチレーションバイアル内で、10mgのβLクリスタリンを、5mLの水と混合することにより調製した。水中の2mg/mLのαクリスタリン及びPBS中の2mg/mLのβLクリスタリンを調製するのにも、同様の手順に従った。
【0038】
[0049]これらのストック液の希釈液を用いて、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、水中の0.2mg/mLのαクリスタリン、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、0.15MのNaCl、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、0.6mg/mLのαクリスタリン、及びPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンによる2mLずつの試料を創出した。
【0039】
[0050]マイクロ90(Micro−90)界面活性剤(Z281506、Sigma−Aldrich)の極希薄な溶液中で1時間にわたり超音波処理し、次いで、濾過した脱イオン化水で8回にわたりすすぎ、その後、アセトンで8回にわたり洗浄することにより、20mLシンチレーションバイアルを洗浄した。ケムステーション(ChemStation)ソフトウェアを装備するアジレント8453(Agilent 8453)UV分光光度計を用いて、クリスタリン濃度を検証した。280nmにおけるαクリスタリン及びβLクリスタリンのモル吸光度は、それぞれ、0.75及び1.3である。
【0040】
[0051]pH研究のために、PBS中の2mg/mLのβLクリスタリンストック液を用いて、被験試料を創出した。pHを調節するのに、HCl及びNaOHを用いた。定期的にpHを点検して、安定なリーディングを確認した。
【0041】
動的光散乱のバックグラウンド:
[0052]動的光散乱(DLS)は、系のブラウン運動を分子レベルで緻密にモニタリングすることを可能とするので、レンズの凝集機構を調べるのに理想的である。DLSを用いると、溶液中のクリスタリンの天然の立体構造及びサイズを決定することができる。DLSの限界の1つは、溶液が、Zimmレジームに従わなければならず、したがって、散乱強度の測定値がqR g<1の範囲内にあり、濃度が重なり濃度(c*)
【数1】
未満でなければならないことである。
【0042】
[0053]Arレーザー(λ=514.5nm)によるALV測定器を用いて、35°〜65°では5°間隔で、70°〜90°では10°間隔でDLSデータを収集した。ALV5000相関器を用いて、データを解析した。ガラス製のDLS用試験管(4mL)を、マイクロ90の極希薄な溶液中で1時間にわたり超音波処理し、次いで、濾過した脱イオン化水で8回にわたりすすいだ後、アセトンで8回にわたり洗浄した。水晶体内のクリスタリン濃度は、極めて高いのが典型的である。しかし、Zimmレジームにより賦与される限界により示される通り、DLSによる特徴づけには、クリスタリンの希釈溶液が必要とされる。したがって、0.2〜0.6mg/mLのクリスタリン溶液を、脱汚染化したDLS用試験管へと注入した。
【0043】
[0054]DLSは、リアルタイムにおける濃度の変動をモニタリングすることにより、ポリマー溶液のブラウン運動についての情報を収集する。このプロセスでは、式(2)[式中qは、散乱の波動ベクトルである]
【数2】
を用いて、散乱強度の自己相関関数I(q,t)を決定する。
【0044】
[0055]ALV測定器により収集されるデータは、g2(τ)を与える。Contin解析により、自己相関関数を、確率分布関数へと変換する。これは式3
【0045】
g2(τ)=1+|g1(τ)|2 (3)
[0056][式中、g1(τ)は、分布関数F(Γ)のラプラス変換である]を用いて、g1(τ)について解くことにより達成される。Γは、相関時間τの逆数である。Γが直線的なq2依存性に従うことが実験的に示される限りにおいて、式(4)
Γ=Dq2 (4)
を用いて、Γを拡散係数Dへと関連付けることができる。
【0046】
[0057]ストークス−アインシュタインの式
【数3】
を用いて、流体力学半径Rhを決定することができる。
【0047】
[0058]式(5)において、kBは、ボルツマン定数であり、Tは、ケルビン単位の温度であり、ηは、溶媒の粘稠性である。
【0048】
静的光散乱のバックグラウンド:
[0059]静的光散乱(SLS)とDLSとの根本的な違いは、SLSでは、散乱光の、時間で平均した平均二乗濃度の変動が報告されるのに対し、DLSは、粒子のブラウン運動を解析するということである。SLSは、慣性半径(Rg)、重量平均分子量(Mw)、及び第2ビリアル係数(A2)を決定するのに用いることが典型的である。凝集物が、qRg>1で溶液中に存在する場合は、フラクタル次元(df)もまた決定することができる。
【0049】
多重サイズスケールからの相対散乱の分配:
[0060]単分散性の均一溶液を解析する場合は、確率分布関数に、狭いピークが1つ現れる。この単一のピークは、溶液中に1つのRhが存在することを表わす。単一のポリマー溶液について2つのピークが生じる場合、ピークは、溶液中におけるポリマーの個別の鎖及び凝集形態を一般的に表わす。溶液中で多重サイズスケールが生じる場合は、角度1°当たり特定の確率分布について現れる各ピークの重みづけ積分に基づき、各サイズスケールについて、相対強度を決定することができる。相対強度を決定する第1のステップは、式(6)
【数4】
を用いて、各ピークの積分を決定することである。
【0050】
[0061]0からaまでの区間で求められる積分は、急速な減衰速度を表わし、急速モードとして知られている。第2の積分は、緩徐モードと呼ばれ、aからbまでの区間で求められる。急速モードの積分及び緩徐モードの積分を、それぞれ、F1及びF2とする。2つを超えるピークが存在する場合は、積分の限界を調整し、さらなる積分を加えることにより、この式を改変すべきである。各角度についてF1及びF2を決定し、式(7)、(8)、及び(9)
【0051】
I(q)total=I(q)1+I(q)2 (7)
【数5】
を用いて、各角度について収集された静的散乱データI(q)totalに相対的重みを適用することにより、それぞれについての相対散乱強度であるI(q)1、及び凝集物についての相対散乱強度であるI(q)2を決定することができる22。
【0052】
qRg>1のときの形状因子:
[0062]形状因子は、単量体の密度関数に対するフーリエ変換として定義される。この関数は、解析されるポリマー系の形状に対する洞察を得る目的で用いる。デバイの式は、ガウスコイルの形状因子である。
P(q)=2N/(q4Rg4)×[e−q2Rg2−1+q2Rg2] (10)
この式は、2つの限界qRg<1及びqRg>1を適用することにより、さらに簡略化することができる。
qRg<1のとき、P(q)=(1−q2Rg2/3) (11)
qRg>1のとき、P(q)=2/(q2Rg2) (12)
【0053】
[0063]Zimmの条件を満たすには、qRgが1未満でなければならないことは既に述べた。しかし、本明細書で論じる実験では、100nmより大きい慣性半径Rgを有する大型の凝集物の場合、この条件は満たされない。凝集物が100nmより大きい場合、散乱強度は、フラクタル次元、多分散性、及び局所的な単量体密度についての情報を包含する。フラクタル次元dfは、凝集物の形状に対して何らかの洞察をもたらすので、特に所望される。dfについての情報を導くために、相対静的強度データを、式(10)の形状因子P(q)に適合させた。
P(q)=P(0)×[1+2/(3×df)×(qRg)2]−df/2 (13)
[式中、P(q)∝(qRg)−df、qRg>1 (14)]
【0054】
[0064]式(10)は、すべての次元について、P(q)が、デバイの式でqRg>1のときのN/(qRg)dfに比例するという結論に基づき導出した。
【0055】
[0065]式(13)の線形化形であるy=A(1+Bx)[式中、y=I(q)−2/df、A=I(0)−2/df、B=(2Rg2)/(3df)、及びx=q2]を用いて、Rg及びdfの最良適合を数学的に決定した。
【0056】
実施例1:動的光散乱(DLS)によるクリスタリンの特徴づけ
[0066]希釈溶液における水晶体クリスタリンの凝集傾向を解析することにより、凝集の物理的特性を理解することができる。解析される2つのタンパク質は、αクリスタリン及びβLクリスタリンであった。DLSは、23℃の水中の0.2mg/mLのαクリスタリン溶液が、ただ1つのサイズスケールを有することを明らかにした。溶液中には、10nmのRhだけが見出された。サイズ選択を、図1に示す、単一のガウスピーク分布関数へと翻訳した。Rhを10nmとするタンパク質は、拡散係数が2.42e−7cm2/秒であると認められた。逆に、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンに対してDLSを実施したところ、分布関数には、2つのガウスピークが現れた。2つのピークは、急速モード及び緩徐モードを表わす(図2)。急速モードは、溶液中で好ましい個別のポリマー鎖の流体力学半径Rhを示唆する。緩徐モードは、凝集物のRhを表わす。該試料についての急速モードのRhは、20nmであった。緩徐モードのRhは、DLSを用いて正確に決定しうるサイズスケールを超えていた。
【0057】
[0067]βLクリスタリンを水中に入れる場合は、急速モード及び緩徐モードが存在する。しかし、βLクリスタリンを、リン酸緩衝生理食塩液であるPBS中に入れると、多数のモードが存在する。PBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの分布関数には、4つの異なるモードが存在する。ある大きな角度では、4つのモードが、2つのモードに見えるように重複する。これは、角度によりこれらのピークがシフトする結果である。小さな角度では、図2で見られる通り、4つのピークが完全に分解される。溶液中に見出されうる4つのRh値は、1nm、4nm、97nm、及びDLSの正確な範囲を超えるより大きなスケールサイズである。
【0058】
実施例2:βLクリスタリンのフラクタル次元解析
[0068]βLクリスタリンが形成する凝集物の形状及びサイズを理解するため、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、及び23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンに対して、フラクタル次元解析を実施した。式(6)〜(9)を用いて、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについて、個別の鎖及び凝集物に起因する相対散乱強度を決定し、次いで、図3にプロットした。
【0059】
[0069]予測される通り、図3は、凝集物に起因して、散乱のバルクが存在することを明らかにする。このデータを用いて、[I(q)/I(0)]×(qRg)2をqRgと対比してグラフ表示することによって創出されるクラツキープロットを構築することにより、式(13)を用いて凝集物のフラクタル次元(df)を決定した。
【0060】
[0070]図4によれば、dfは、約4.4である。Rgは、537nmであると決定されたが、これは、DLSにより決定された値の相関オーダーにある。DLSにより約440nmであると決定されたRh値は、この大きさのサイズスケールを解析するときのDLSの限界のために、正確ではない可能性があることに注意することが重要である。図4のピークにおけるデータ点は、右側に大きくシフトしており、理論値と比較して増幅されている。このシフト及び増幅は、凝集物の多分散性及び凝集物の分枝に起因する可能性が高い。
【0061】
[0071]23℃のPBS溶液中に0.2mg/mLのβLクリスタリンを入れたときには4つのサイズスケールが観察されたが、クラツキープロットにより解析するための基準に適合するピークは1つだけであった。Rh≒1200nmの最大凝集物が、qRg>1の基準を満たす唯一の凝集物であった。4つのサイズスケールの各々に起因する相対強度は、式(6)〜(9)を用いて決定した(図5)。
【0062】
[0072]式(13)を用いて、23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンにおける最大凝集物のdfを、クラツキープロットにより、2.3と決定した。このクラツキープロットに対応するRgは1452nmであり、1200nmのRhのオーダーにある。
【0063】
[0073]図6のデータ点は、dfを2.3とする理論的趨勢腺の近傍に一定の誤差限界を有するようである。誤差は、確率分布関数における4つのピークすべてが必ずしも分解されたとは限らないという事実に起因する可能性が高い。dfに誤差が生じれば、相対分散強度の分配においても誤差が生じる可能性があり、したがって、クラツキープロットにも反映されるのであろう。
【0064】
実施例3:αクリスタリンのシャペロンとしての役割
[0074]前述の通り、αクリスタリンは、凝集を緩和又は阻害するので、水晶体では、シャペロンタンパク質として作用する。αクリスタリン及びそのシャペロン能の、βLクリスタリンに対する影響を決定するため、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン溶液、0.6mg/mLのαクリスタリン溶液を調製して、DLSにかけた。DLSが明らかにした分布関数のピークは、1つだけであった(図7)。したがって、シャペロンの添加は、凝集物を除去することが認められた。
【0065】
[0075]βLクリスタリンと3:1の重量比でαクリスタリンを混合したところ、緩徐モードが抑制された。緩徐モードは、帯電したポリマーが、電解質溶液中で凝集する自発的傾向の結果である。このようにして形成される凝集物のサイズ、及び凝集物の脆弱な構造は、静電相互作用の強度及び範囲を決定する実験変数により制御可能である。これらの凝集物は光を散乱するので、このような凝集物の形成を回避することが極めて重要である。緩徐モードの抑制により、αクリスタリンとβLクリスタリンとの相互作用の性質についての問題が提示された。αクリスタリンがβLクリスタリンの凝集を調整する能力のために、凝集自体の性質が静電作用によるものである可能性がある。
【0066】
実施例4:βLクリスタリンの凝集における静電作用の役割
[0076]クリスタリンの凝集の性質が静電作用によるものであるかどうかを決定するため、0.15MのNaCl水溶液中の0.2mg/mLのβLクリスタリンに対して、動的光散乱を実施した(図8)。
【0067】
[0077]急速モードは、塩により大きく影響されなかったが、緩徐モードは大幅に変化した。塩の添加により、凝集物のRhが230nmから120nmへと減少した。NaClの添加により、凝集物のRhが2分の1に低減されたことは、βLクリスタリンの凝集の性質が静電作用によるものであることを示す。
【0068】
実施例5:溶液におけるβLクリスタリンの速度論的趨勢
[0078]凝集の動態は、濃度に依存する。2mg/mLのストック液を0.2mg/mLへと希釈することにより、各試料を調製した。したがって、各濃度のそれぞれにおいてかかった時間を記述する変数を定義することが重要であった。βLクリスタリンの速度論的傾向を記述するのに用いた2つの変数は、tストック及びt試験管であった。tストックとは、ストック液を創出してから希釈するまでに経過した時間を指す。t試験管とは、ストック液を希釈することによりDLS用試験管中の試料を作製してから経過した時間である。まず、水中のβLクリスタリンの速度論的結果について論じ、次いで、PBS中のβLクリスタリンの結果について再検討する。
【0069】
[0079]tストック値を5時間及び214時間とし、室温の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンを有する試料に対してDLSを実施した。保管寿命及び混合に関して短時間及び長時間を表わすように、これらのtストック値を選択した。t試験管時間を1、4、7、24、及び214時間として、各試料に対してDLSを実施した。tストックを変化させることの影響は、急速モード及び緩徐モードのいずれに対しても顕著であることが判明した(図9)。
【0070】
[0080]tストックを5時間とする系では、平衡が即時的に達成されなかったので、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンとしたときの凝集の動態は濃度依存的である。室温における0.2mg/mLのβLクリスタリン溶液は、tストックを5時間とし、t試験管を100時間としたときに、安定状態を達成した。凝集物の流体力学半径もまた、tストック時間を214時間として調べた各t試験管値において平衡に達したことが判明した。急速モード及び緩徐モードの平衡Rh値は、それぞれ、7nm及び210nmであった。
【0071】
[0081]10倍濃度のリン酸緩衝生理食塩液(PBS)(Fisher Scientific)中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについての速度論的特質を、図10に示す。DLSを用いたところ、室温の緩衝液中に、βLクリスタリン凝集物の4つの異なるサイズ分布が観察された。ここでもまた、5時間及び214時間のtストック値を用いた。t試験管値を1、4、7、24、及び214時間とし、DLSを用いて、試料を解析した。図10によれば、流体力学半径は、濃度に依存せずに一定を維持した。したがって、PBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンによる凝集状態は、測定した時間スケールでは速度論的プロセスと認められなかった。
【0072】
実施例6:βLクリスタリンに対するpHの変動の影響
[0082]機能的な眼においては、pHの変化が、クリスタリンの凝集状態に影響を及ぼしうる。本節では、水晶体におけるβLクリスタリンの凝集に対するpHの役割について探索する。HCl及びNaOHによる滴定を介して、pHを調整した。23℃で、2、4.8、6、7、8、及び10のpH値について検討した(表1)。
【表1】
【0073】
[0083]生理学的pH以外のすべてのpH値では、動的光散乱において、急速モード及び緩徐モードが存在する。各モードは、散乱実体の特定のサイズを表わす。急速モードは、非凝集分子を表わし、緩徐モードは、凝集構造を表わす。最も酸性(pH=2)の条件下及び最も塩基性(pH=10)の条件下では、最大サイズのスケールがデータにおいて優勢であったが、第2のサイズのスケールも明らかに存在した。第2のサイズのスケールも存在するという結論は、確率分布関数における2つのピークに対する相対積分に基づいて導出した(図11)。集合したタンパク質凝集物のサイズ及び凝集傾向は、明らかにpHに依存することから、静電作用の役割が裏付けられる。
【0074】
[0084]異なる溶液におけるクリスタリンの性質、及び静電作用の役割についての知見を考慮して、本明細書では、白内障において見出される凝集を引き起こすと以前考えられていた分子間ジスルフィド結合が、分子内ジスルフィド結合であることを提起する。図12は、提起されるモデルを例示するものである。
【0075】
実施例7:SDS及びプロテオグリカンはβLクリスタリンを脱凝集化しない
[0085]実施例4と同様に、非イオン性界面活性剤であるSDS、ドデシル硫酸ナトリウム(Sigma Aldrichから購入した)の、βLクリスタリンの脱凝集化に対する効果を調べた。SDSのCMCは2.36mg/mlであるので、SDS濃度を2.36mg/ml未満に維持した。図13に示す通り、SDSは、βLクリスタリンの脱集合を刺激しなかった。
【0076】
[0086]プロテオグリカンは、硫酸ケラチン、硫酸コンドロイチン、及びヒアルロン酸からなる。表2に示す通り、プロテオグリカンをβLクリスタリンに添加したところ、凝集サイズが増大した。
【表2】
【0077】
実施例8:βLクリスタリンの凝集サイズに対するpHの影響
[0087]βLクリスタリンの凝集現象を、白内障形成に関与する凝集の物理的特質を理解するためのモデルとして用いた。系の初期解析は、αクリスタリンが、溶液中で1つの流体力学半径Rhを表わす、1分布ピーク系を形成することを示した。βLクリスタリンは、水中では急速モード及び緩徐モードをもたらし、PBS中では4つのサイズスケールをもたらした。急速モードは、単離分子に対応し、緩徐モードは、凝集物に対応する。散乱強度を、フラクタル物体についての形状因子と適合させることにより、水中の最大凝集物及びPBS中の最大凝集物の両方について、フラクタル次元を調べた。次いで、αクリスタリンとβLクリスタリンとの相互作用、又はより具体的には、αクリスタリンのシャペロンとしての性質について調べた。βLクリスタリン溶液に添加すると、αクリスタリンは、βLクリスタリンの集合を低減することが裏付けられた。次いで、αクリスタリンではなく、0.15MのNaClを用いることにより、凝集物の低減効果を観察した。この実験は、βLクリスタリンの集合の性質が、静電作用によるものであることを裏付けた。
【0078】
[0088]2週間にわたり、散乱強度及び時間の関数として散乱強度の相関をモニタリングすることにより、23℃の水及びPBSの両方において、凝集の速度論的特質を調べた。水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについてのRh値は、平衡に達するのに約2週間を必要とした。したがって、これらの溶液についての平衡は、実験に影響を及ぼす時間スケールにおいて達成されることが決定された。PBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについてのRh値は、数分間で平衡に達した。
【0079】
[0089]23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリン溶液について、pHを調整した。生物学的条件は、広範な範囲のRh値が溶液中に存在する結果をもたらした。しかし、pHを酸性(4.8)のレジーム又は塩基性(8〜10)のレジームへと変化させたところ、溶液では1つの凝集物サイズスケールが優勢となった。論じた一連の実験、すなわち、βLクリスタリン及びαクリスタリンの組成、PBS緩衝液対水、pH、温度、SDSの存在、及び塩濃度の変化は、環境の変化がβLクリスタリンの凝集に対して大きな影響を及ぼしうることを裏付けた。
【0080】
[0090]βLクリスタリンの集合において静電作用が果たすことが決定された顕著な役割のために、白内障の凝集機構自体においてもまた実際に、静電作用が優勢であることが本明細書で示唆される。したがって、本発明者らによる結果は、静電力に慎重に干渉することにより、βLクリスタリンの凝集の原因となる力、及び白内障の発症を緩和する戦略をもたらす。
【0081】
[0091]イオン性液体は、凝集しつつある単量体の静電相互関係を切断するための2つの要件を満たす。イオン性液体の化学的構造は、疎水性部分とイオン性部分との複合体である。イオン性部分は、タンパク質単量体間の静電相互作用を調整する。同時に、これらの低分子イオンは、それらの疎水性テールをアンカリングすることにより、タンパク質分子の近傍に配置される。加えて、低分子イオンのテール長は短いために、低分子イオンが、油水溶液中のようにタンパク質から相分離することは阻止される。
【0082】
[0092]「1つの(a)」及び「1つの(an)」という用語は、量の限定を示すのではなく、指示された項目のうちの少なくとも1つの存在を示す。「又は」という用語は、「及び/又は」を意味する。「含む」、「有する」、「包含する」、及び「含有する」という用語は、オープンエンドの用語(すなわち、「〜が含まれるがこれらに限定されない」を意味する)と解釈されるべきである。
【0083】
[0093]本明細書では、本発明者らに知られる最良の形態を含めた実施形態が説明されている。前出の説明を読めば、当業者には、このような実施形態の変形形態が明らかであろう。当業者は、必要に応じてこのような変形形態を用いることが予期され、開示された方法は、本明細書で具体的に説明されたものとは別の形で実施されることが予期される。したがって、本明細書に添付の特許請求の範囲で列挙される対象物に対するすべての改変物及び同等物が、関連法規により許容される範囲内で包含される。さらに、本明細書で別段に指示されるか、又は文脈により別段に明確に反証されない限り、すべての可能な変形形態における、上記で説明した要素の任意の組合せを包含する。
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼の水晶体における加齢変化の進行を阻害する又は後退させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
[0001]眼の水晶体は、虹彩のすぐ後方に吊り下げられている透明の構造であり、光線を網膜上の焦点に導く。水晶体は、可溶性タンパク質及び不溶性タンパク質の両方を含有し、両タンパク質で、水晶体の湿重量の35パーセントを占める。若年の健常な水晶体では、クリスタリンと一般的に称する可溶性タンパク質が、水晶体タンパク質の90パーセントを占める。老化プロセス中、水晶体のクリスタリンは不溶性の凝集物を形成し、これは少なくとも部分的には、近傍の物体に対して焦点を変化させる眼の能力の喪失である老眼を特徴づける水晶体核の変形能低下の一因となる。老眼における水晶体の不溶性凝集物の形成は、加齢性白内障の形成における早期段階であると考えられている。
【0003】
[0002]白内障は、眼の水晶体における濁り(cloudiness)又は混濁化(opacification)により定義される。個体が加齢するにつれて、水晶体内に存在するクリスタリンが凝集物へと転換されるために白内障が形成し、結果として水晶体の混濁が増大する。具体的に述べると、加齢と共に、ヒトの水晶体核における可溶性シャペロンであるαクリスタリンが高分子量の凝集物内及び不溶性タンパク質内に組み込まれ、αクリスタリンの濃度が徐々に低下する。凝集物の存在は、水晶体の健康及び機能を損ない、治療せずに放置すると、白内障により、実質的な視力喪失、又はさらには失明がもたらされる可能性がある。現在のところ、白内障の最も一般的な治療は、手術である。
【0004】
[0003]クリスタリンとは、脊椎動物の眼の水晶体線維細胞において最も高度に発現する構造タンパク質である。クリスタリンは、2つのサブファミリー:低分子の熱ショックタンパク質スーパーファミリーのメンバーであり、分子シャペロンとしてもまた機能するαクリスタリン(αAクリスタリン及びαBクリスタリン)、並びに水晶体における可溶性タンパク質の大半を占め、水晶体構造の透明性及び屈折特性に寄与する、進化的に連関するβクリスタリン及びγクリスタリンのスーパーファミリーに分けられる。白内障の発症における役割に加えて、αAクリスタリン及びαBクリスタリンは、アレキサンダー病、クロイツフェルト−ヤコブ病、アルツハイマー病、及びパーキンソン病などの神経変性疾患にも関与している。
【0005】
[0004]米国特許出願公開第2008/0227700号は、シャペロン活性を有するペプチドを治療的処置として用いる、タンパク質の脱凝集化について説明している。具体的に述べると、αBペプチドが用いられて、光散乱により測定されるpHに誘導されるβクリスタリンの凝集物が脱凝集化された。水晶体内にアルファクリスタリンを継続的に供給することは難題である。必要とされることは、白内障及び老眼の阻害及び/又は後退のためにクリスタリンを脱凝集化するために適する代替的な方法である。
【発明の概要】
【0006】
[0005]一実施形態では、眼における白内障形成の進行を阻害する又は後退させる方法は、眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、白内障を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む。
【0007】
[0006]別の実施形態では、眼における老眼の進行を阻害する又は後退させる方法は、眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、老眼を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む。
【0008】
[0007]別の実施形態では、眼における加齢による水晶体変性の進行を阻害する又は後退させる方法は、眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、変性を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】[0008] 23℃の(A)水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、及び(B)水中の0.2mg/mLのαクリスタリンの動的光散乱によりもたらされる確率分布関数を示す図であり、図中のτは、遅延時間である。
【図2】[0009] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの確率分布関数を示す図であり、図中のτは、遅延時間である。
【図3】[0010] 23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの相対散乱強度を示す図である。
【図4】[0011] 23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンのフラクタル次元の解析を示す図である。
【図5】[0012] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの相対散乱強度を示す図である。
【図6】[0013] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンのフラクタル次元の解析を示す図である。
【図7】[0014] 23℃の水中の0.2mg/mLのαクリスタリン、0.6mg/mLのβLクリスタリンの、角度を40°〜85°についての確率分布関数を示す図であり、図中のτは、遅延時間である。
【図8】[0015] 水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの、(A)0.15Mの塩を含む急速モード及び0.15Mの塩を含まない急速モード、並びに(B)塩を含む緩徐モード及び塩を含まない緩徐モードの流体力学半径を傾きが明らかにするグラフである。
【図9】[0016] 23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの速度論的研究を示す図である。
【図10】[0017] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの速度論的研究を示す図である。
【図11】[0018] 23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの、pH2、7、及び10についての確率分布関数を示す図である。
【図12】[0019] 白内障形成について提起される機構について例示する図である。
【図13】[0020] 水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの、SDSを含む急速モード及びSDSを含まない急速モード、並びにSDSを含む緩徐モード及びSDSを含まない緩徐モードの流体力学半径を明らかにするグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[0021]当業者は、以下の詳細な説明、図面、及び付属の特許請求の範囲から、上記で説明した特徴及び他の特徴を認識及び理解するであろう。
【0011】
[0022]本明細書では、βLクリスタリン凝集物を脱凝集化する方法であって、該βLクリスタリン凝集物を、該βLクリスタリン凝集物を脱凝集化するのに十分な量でβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む組成物と接触させるステップを含む方法が開示される。眼における白内障形成の進行を阻害する又は後退させる方法であって、眼を、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、白内障を阻害するのに有効な量の組成物と接触させるステップを含む方法がさらに開示される。眼における老眼の進行を阻害する又は後退させる方法であって、眼を、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、老眼を阻害するのに有効な量の組成物と接触させるステップを含む方法もまた開示される。特定の実施形態では、静電相互作用阻害剤は、ポリペプチドではない。
【0012】
[0023]本明細書において、本発明者らは、動的光散乱、濁度測定、及び透過型電子顕微鏡法などの技法を用いて、溶液中のクリスタリンにより形成される凝集物を調べた。興味深いことに、溶液中のαクリスタリンは、流体力学半径が約10nmの狭い範囲の集団として存在し、一方、溶液中のβLクリスタリンは、1つは流体力学半径が約7nmの集団、2つめは流体力学半径が約150nmの集団という、2つの集団として存在する。流体力学半径が約150nmのβLクリスタリン集団は、凝集した集団である。さらに、αクリスタリンを、βLクリスタリンに約3:1の比で添加すると、αクリスタリンのシャペロンとしての性質のために、凝集したβLクリスタリン集団が消失する。βLクリスタリンの様々な集団を確認することを可能とするために、本発明者らは、αクリスタリンに加えて、βLクリスタリンのサイズを低減させるか、又はβLクリスタリンの形成を阻止することができる相互作用阻害剤を同定する実験を試みた。約0.15MのNaClの添加が、βLクリスタリン凝集物のサイズを減少させ、一方、0.1mg/mLのドデシル硫酸ナトリウムは、βLクリスタリン凝集物のサイズに影響を及ぼさず、0.1mg/mLのプロテオグリカンは、βLクリスタリン凝集物のサイズを増大させる結果をもたらすことが判明した。加えて、pHをpH約10からpH約2へと低下させると、βLクリスタリン凝集物のサイズが増大する。
【0013】
[0024]理論に束縛されずに、βLクリスタリンの凝集は、静電現象であると考えられている。静電相互作用を破壊しうる塩などの分子種は、αクリスタリンのシャペロン活性の代わりになり、βLクリスタリン凝集物のサイズを阻止/低減することが可能である。ドデシル硫酸ナトリウムは、タンパク質間相互作用を破壊するには有効であることが多いが、βLクリスタリン凝集物のサイズは低減しない。凝集物のサイズを低減しないのは、ドデシル硫酸ナトリウムなどの添加剤が、クリスタリン分子の疎水性残基と複合体を形成するためであると考えられている。さらにより驚くべきことに、プロテオグリカンは、βLクリスタリン凝集物のサイズを増大させる。プロテオグリカンの場合、多くのクリスタリン分子が、クリスタリン分子と比較してはるかに高分子であるプロテオグリカン分子と非共有結合により結合すると考えられている。
【0014】
[0025]βLクリスタリン静電相互作用阻害剤による治療は、白内障及び老眼など、βLクリスタリンの凝集から結果として生じる疾患及び/又は状態を治療するのに用いることができる。本明細書で用いられる白内障とは、水晶体におけるタンパク質相互作用の変化により引き起こされる、眼の水晶体の混濁である。タンパク質相互作用には、タンパク質のミスフォールディングに加えて、凝集など、タンパク質間相互作用も含まれる。老眼は、加齢又は老齢に起因する視覚障害である。老眼の症状には、近くの物体に焦点を合わせる能力の低下、眼精疲労、細かい印字を読むことの困難、読書又は照明されたスクリーンを見るときの疲労、はっきりと接視することの困難、印字を読むときのコントラストの低下、読書のための明るくより直接的な照明の必要性、読書対象をはっきりと見るために読書対象を遠くに保持する必要があること、及び頭痛、とりわけ、近見視力を用いるときの頭痛が含まれる。老眼を患う個体の視力は正常であることもあるが、時間と共に、近くの物体に焦点を合わせる能力が少なくとも部分的には失われ、老眼を患う個体は、読書など、近見視力を必要とする仕事に眼鏡を必要とするようになる。40歳を過ぎたほとんどすべての個体が、多かれ少なかれ老眼に罹患する。
【0015】
[0026]眼における白内障形成の進行を阻害する方法では、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、眼が、1つ又は複数の発症しつつあるか又は完全に発症した白内障を既に含有しうる。したがって、該方法を用いて、眼におけるさらなる白内障の形成を阻害することもでき、眼に既に存在する、発症しつつある白内障の成熟白内障の形成を阻害することもできる。代替的に、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、眼が、発症しつつあるか又は完全に発症した白内障を伴わない場合もある。
【0016】
[0027]眼における白内障形成の進行を後退させる方法では、眼を本明細書で開示されるβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させることにより、眼における白内障の少なくとも部分的な後退〜完全な後退を達成する。
【0017】
[0028]同様に、眼における老眼の進行を阻害する方法では、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、個体が、1つ又は複数の老眼の症状を既に知覚している可能性がある。したがって、該方法を用いて、知覚される症状(複数可)の進行を軽減することもでき、老眼のさらなる症状の形成を阻害することもできる。代替的に、眼をβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させる前に、眼が、老眼の症状を伴わない場合もある。
【0018】
[0029]眼における老眼の進行を後退させる方法では、眼を本明細書で開示されるβLクリスタリン静電相互作用阻害剤と接触させることにより、眼における老眼の症状の少なくとも部分的な後退〜完全な後退を達成する。
【0019】
[0030]本明細書で用いられるβLクリスタリン静電相互作用阻害剤とは、βLクリスタリンの凝集をもたらす、βLクリスタリンによるタンパク質間静電相互作用に干渉するのに適する分子である。一実施形態では、静電相互作用阻害剤は、ポリペプチドではない。βLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、βLクリスタリン凝集物の形成を阻止、及び/又は既に形成された凝集物のサイズを低減する。特定の実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、有機塩、無機塩などの塩、若しくはイオン性液体、及び/又はpH約9〜約5の溶液である。
【0020】
[0031]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つの塩を含む。本明細書で用いられる「塩」という用語は、NaCl、KCl、NH4Clなどのハロゲン化アンモニウム、CaCl2などのハロゲン化アルカリ土類金属、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸アンモニウム、クエン酸ナトリム、クエン酸カリウム、クエン酸アンモニウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム、酢酸カルシウム、又はこれらの混合物のうちの1つ又は複数が含まれるがこれらに限定されない有機塩又は無機塩を包含することを意図する。さらなる有機塩には、エチルアンモニウムニトレートなどのアルキルアンモニウム塩、クエン酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、アスコルビン酸ナトリウム、グルコン酸マグネシウム、グルコン酸ナトリウム、トロメタミン塩酸塩、コハク酸ナトリウム、及びこれらの組合せが含まれる。
【0021】
[0032]別の実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つのイオン性液体を含む。イオン性液体は、100℃未満では、有機カチオン及び無機アニオン又は有機アニオンからなる塩である。例示的なイオン性液体には、例えば、N’−アルキル及びN’−(ω−ヒドロキシ−アルキル)−N−メチルイミダゾリウムクロリド、トリ−イソブチル(メチル)ホスホニウムp−トルエンスルホネート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート、テトラエチルアンモニウムブロミド、n−ブチルピリジニウムクロリド、テトラブチルホスホニウムブロミド、ベンジルトリエチルアンモニウムクロリド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1,3−ジメチルイミダゾリウムメチルスルホネート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロアセテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム2(2−メトキシエトキシ)エチルスルフェート、1−ブチル−1−メチルピロリジニウムジハイドロジェンホスフェート、及びこれらの組合せが含まれる。
【0022】
[0033]特定の実施形態では、有機塩及びイオン性液体が、カチオン及びアニオンを含有し、該カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である。
【0023】
[0034]別の実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、pH約9〜約5の溶液である。該溶液は、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、クエン酸、リン酸、酢酸、及び塩酸など、1つ又は複数のpH調節剤を含むことが典型的である。
【0024】
[0035]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、ポリペプチドではない。本明細書では、「ポリペプチド」、「ペプチド」、及び「タンパク質」は、アミノ酸残基のポリマーを指すように互換的に用いられる。該用語は、1つ又は複数のアミノ酸残基が対応する天然アミノ酸の人工の化学的模倣体であるアミノ酸ポリマーに加えて、天然のアミノ酸ポリマー及び非天然のアミノ酸ポリマーにも適用される。
【0025】
[0036]βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を眼と接触させて、白内障の進行の阻害及び/若しくは既存の白内障の軽減、又は老眼の症状の阻害及び/若しくは軽減をもたらす。本明細書で用いられる「眼を接触させる」という用語は、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を、眼に直接適用する方法を包含する。上記で説明した方法では、当業者に知られる適切な手段を用いて、眼を化合物と接触させることができる。このような方法の例には、眼科用デバイスの形態で適用されるか、又は他の形で眼に局所適用される、眼内への化合物の注射、又は化合物の点眼若しくは噴霧が含まれるがこれらに限定されない。
【0026】
[0037]本明細書で用いられる「白内障を阻害するのに有効な量」という用語は、眼における白内障の進行若しくは形成を阻害するか、又は眼に既に存在する、発症しつつある白内障の、進行又は成熟白内障の形成を阻害する量を意味する。白内障を阻害するのに有効なβLクリスタリン静電相互作用阻害剤の量は、当業者に知られる多様な因子に依存する。このような因子には、眼のサイズ、眼に既に存在する、完全に発症したか又は発症しつつある任意の白内障の数及び進行、並びに投与方式が含まれるがこれらに限定されない。白内障を阻害するのに有効な量は、医薬組成物が、単回投与されるかどうか、又は医薬組成物が、ある期間にわたり定期的に投与されるどうかにもまた依存する。該期間は、任意の日数、週数、月数、年数であってよい。一実施形態では、白内障を阻害するのに有効な量のβLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、約0.001g〜約0.1gである。具体的には、白内障を阻害するのに有効な量は、約0.01g〜約0.05gである。
【0027】
[0038]本明細書で用いられる「老眼を阻害するのに有効な量」という用語は、眼における老眼の症状を軽減するか、又は眼における老眼のさらなる症状の進行を阻害する量を意味する。老眼を阻害するのに有効なβLクリスタリン静電相互作用阻害剤の量は、当業者に知られる多様な因子に依存する。このような因子には、眼のサイズ、個体に既に存在する症状の数及び種類、並びに投与方式が含まれるがこれらに限定されない。白内障を阻害するのに有効な量は、医薬組成物が、単回投与されるかどうか、又は医薬組成物が、ある期間にわたり定期的に投与されるかどうかにもまた依存する。該期間は、任意の日数、週数、月数、年数であってよい。一実施形態では、老眼を阻害するのに有効な量のβLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、約0.001g〜約0.1gである。具体的には、老眼を阻害するのに有効な量は、約0.01g〜約0.05gである。
【0028】
[0039]本明細書で用いられる「眼科用組成物」という用語は、眼への投与に適する薬学的に許容される製剤、送達デバイス、機構又はシステムを指す。「眼科用組成物」という用語には、溶液、懸濁液、ゲル、軟膏、スプレー、デポ剤デバイス、又は眼に対するβLクリスタリン静電相互作用阻害剤の短期的送達若しくは長期的送達に適する、他の任意の種類の製剤、デバイス、若しくは機構が含まれるがこれらに限定されない。例えば、経口製剤とは対照的に、眼科用組成物は、例えば、結膜及び角膜の刺激、閉眼、涙液の分泌、並びに有痛の反応など、多様な反応の誘導を回避する、薬学的に許容される眼科用ビヒクルの使用を含めた、眼科用組成物の眼への適用と関連する、特定の技術的特徴を示す。具体的な眼科用組成物は、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含有する眼科用溶液若しくは眼科用懸濁液(すなわち、点眼液)、眼科用軟膏、又は眼科用ゲルの形態であることが有利である。選択した具体的な形態に応じて、組成物は、緩衝剤、等張化剤、可溶化剤、防腐剤、増粘剤、キレート化剤、抗酸化剤、及びpH調節剤など、各種の添加剤を含有しうる。
【0029】
[0040]適切な防腐剤の例には、クロロブタノール、デヒドロ酢酸ナトリウム、塩化ベンザルコニウム、セチルピリジニウムクロリド、フェネチルアルコール、パラヒドロキシ安息香酸エステル、塩化ベンゼトニウム、酸化エチレンとジメチルエチレンイミンとの親水性二ハロゲン化コポリマー、これらの混合物などが含まれるがこれらに限定されない。増粘剤は、例えば、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロール、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、硫酸コンドロイチン、及びこれらの塩から選択することができる。適切な可溶化剤には、ポリオキシエチレン水添ヒマシ油、ポリエチレングリコール、ポリソルベート80、及びモノステアリン酸ポリオキシエチレンが含まれるがこれらに限定されない。典型的なキレート化剤には、エデト酸ナトリウム、クエン酸、ジエチレントリアミン五酢酸の塩、ジエチレントリアミンペンタメチレンホスホン酸、並びにエデト酸ナトリウム及び亜硫酸水素ナトリウムなどの安定化剤が含まれるがこれらに限定されない。
【0030】
[0041]有用な緩衝液には、ホウ酸緩衝液、リン酸緩衝液、炭酸緩衝液、酢酸緩衝液などが含まれるがこれらに限定されない。眼科用組成物中の緩衝液濃度は、選択した具体的な緩衝液に応じて、約1mM〜約150mM以上で変化しうる。
【0031】
[0042]本明細書で用いられる「ビヒクル」という用語は、眼科用に適する担体、希釈剤、又は賦形剤を包含することを意図する。「賦形剤」とは、1つ又は複数のバルクを供給し、好ましい加工特徴を賦与し、溶解速度を制御する一助となり、また他の形で組成物にさらなる望ましい特徴を与える成分を指す。特に、眼科用組成物が有効成分を同伴する涙液の分泌を誘発しないように、賦形剤を選択する。許容される賦形剤は、所望の製剤に応じて賦形剤を選択する方法について知る当業者によく知られている。
【0032】
[0043]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を、コンタクトレンズ又は涙点プラグなどの眼科用デバイスの形態で投与する。適切な眼科用デバイスには、矯正用、美容用、又は治療用の品質を備えた生体適合性デバイスが含まれる。
【0033】
[0044]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤は、場合によって制御放出組成物として、コンタクトレンズに付着させてもよく、コンタクトレンズ内に組み込んでもよく、コンタクトレンズに結合させてもよい。コンタクトレンズは、既知の材料、例えば、ハイドロゲル、シリコーンハイドロゲル、シリコーンエラストマー、及びポリメチルメタクリレート(PMMA)、メタクリル酸エステルのポリマー、オリゴシロキサニルアルキル(メタ)アクリレート単量体/メタクリル酸のコポリマーなどの気体透過性材料を用いて作製することができる。含水性眼科用ソフトレンズ用材料の具体例には、米国特許第5,817,726号において説明されている材料、米国特許第5,905,125号において説明されている2−ヒドロキシエチルメタクリレートポリマー、欧州特許出願第781,777号において説明されている眼科用レンズ材料、米国特許第5,942,558号において説明されている、さらに脂質層でコーティングしたハイドロゲルレンズが含まれる(これらの特許文献のすべては、コンタクトレンズに関するこれらの特許文献の教示について、本明細書に組み込まれる)。上記において知られる材料から作製される、ハード型レンズ又は硬質の角膜型レンズ、及びゲルレンズ、ハイドロゲルレンズ、又はソフト型レンズなど、一般的に用いられるコンタクトレンズを用いることができる。
【0034】
[0045]例えば、コンタクトレンズ及び徐放に関するそれらの教示について本明細書に組み込まれる、米国特許第5,658,592、同第6,027,745号、国際特許公開第WO2003/003073号パンフレット、米国特許出願公開第2005−0079197号において説明されている、徐放薬物と共にコンタクトレンズを作製する既知の方法に従い、コンタクトレンズに、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物を組み込むか、結合させるか、又は付着させることにより、徐放型βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物を作製することができる。具体的には、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物を、ポリビニルピロリドン、ヒアルロン酸ナトリウムなど、微粒子化するか又はゲルによる徐放剤の一部に付着させることにより、コンタクトレンズを作製することができる。加えて、レンズの前面を形成する構成要素、及びレンズの後面を形成する構成要素からコンタクトレンズを作製することなどによって、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤組成物のリザーバーを形成することによっても、徐放をもたらすことができる。
【0035】
[0046]一実施形態では、βLクリスタリン静電相互作用阻害剤を、涙点プラグにより投与する。本明細書で用いられる涙点プラグという用語は、下涙点及び上涙点のそれぞれを介して、眼の下涙小管及び上涙小管へと挿入するのに適するサイズ及び形状を有するデバイスを指す。
【実施例】
【0036】
[0047]以下の非限定的な例により、本発明をさらに例示する。
【0037】
材料及び方法
クリスタリンの試料調製:
[0048]ウシの眼の水晶体に由来する、βLクリスタリン(C5163、Sigma−Aldrich)及びαクリスタリン(C4163、Sigma−Aldrich)を、生体用冷凍庫内に保存した。これらの実験のために調製した4つのストック液は、水中の2mg/mLのβLクリスタリン、PBS中の2mg/mLのβLクリスタリン、水中の2mg/mLのαクリスタリン、及び水中の0.15MのNaClであった。これらの実験で用いる水はすべて、濾過及び脱イオン化した。水中の2mg/mLのβLクリスタリンのストック液は、汚染を除去した20mLのシンチレーションバイアル内で、10mgのβLクリスタリンを、5mLの水と混合することにより調製した。水中の2mg/mLのαクリスタリン及びPBS中の2mg/mLのβLクリスタリンを調製するのにも、同様の手順に従った。
【0038】
[0049]これらのストック液の希釈液を用いて、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、水中の0.2mg/mLのαクリスタリン、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、0.15MのNaCl、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、0.6mg/mLのαクリスタリン、及びPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンによる2mLずつの試料を創出した。
【0039】
[0050]マイクロ90(Micro−90)界面活性剤(Z281506、Sigma−Aldrich)の極希薄な溶液中で1時間にわたり超音波処理し、次いで、濾過した脱イオン化水で8回にわたりすすぎ、その後、アセトンで8回にわたり洗浄することにより、20mLシンチレーションバイアルを洗浄した。ケムステーション(ChemStation)ソフトウェアを装備するアジレント8453(Agilent 8453)UV分光光度計を用いて、クリスタリン濃度を検証した。280nmにおけるαクリスタリン及びβLクリスタリンのモル吸光度は、それぞれ、0.75及び1.3である。
【0040】
[0051]pH研究のために、PBS中の2mg/mLのβLクリスタリンストック液を用いて、被験試料を創出した。pHを調節するのに、HCl及びNaOHを用いた。定期的にpHを点検して、安定なリーディングを確認した。
【0041】
動的光散乱のバックグラウンド:
[0052]動的光散乱(DLS)は、系のブラウン運動を分子レベルで緻密にモニタリングすることを可能とするので、レンズの凝集機構を調べるのに理想的である。DLSを用いると、溶液中のクリスタリンの天然の立体構造及びサイズを決定することができる。DLSの限界の1つは、溶液が、Zimmレジームに従わなければならず、したがって、散乱強度の測定値がqR g<1の範囲内にあり、濃度が重なり濃度(c*)
【数1】
未満でなければならないことである。
【0042】
[0053]Arレーザー(λ=514.5nm)によるALV測定器を用いて、35°〜65°では5°間隔で、70°〜90°では10°間隔でDLSデータを収集した。ALV5000相関器を用いて、データを解析した。ガラス製のDLS用試験管(4mL)を、マイクロ90の極希薄な溶液中で1時間にわたり超音波処理し、次いで、濾過した脱イオン化水で8回にわたりすすいだ後、アセトンで8回にわたり洗浄した。水晶体内のクリスタリン濃度は、極めて高いのが典型的である。しかし、Zimmレジームにより賦与される限界により示される通り、DLSによる特徴づけには、クリスタリンの希釈溶液が必要とされる。したがって、0.2〜0.6mg/mLのクリスタリン溶液を、脱汚染化したDLS用試験管へと注入した。
【0043】
[0054]DLSは、リアルタイムにおける濃度の変動をモニタリングすることにより、ポリマー溶液のブラウン運動についての情報を収集する。このプロセスでは、式(2)[式中qは、散乱の波動ベクトルである]
【数2】
を用いて、散乱強度の自己相関関数I(q,t)を決定する。
【0044】
[0055]ALV測定器により収集されるデータは、g2(τ)を与える。Contin解析により、自己相関関数を、確率分布関数へと変換する。これは式3
【0045】
g2(τ)=1+|g1(τ)|2 (3)
[0056][式中、g1(τ)は、分布関数F(Γ)のラプラス変換である]を用いて、g1(τ)について解くことにより達成される。Γは、相関時間τの逆数である。Γが直線的なq2依存性に従うことが実験的に示される限りにおいて、式(4)
Γ=Dq2 (4)
を用いて、Γを拡散係数Dへと関連付けることができる。
【0046】
[0057]ストークス−アインシュタインの式
【数3】
を用いて、流体力学半径Rhを決定することができる。
【0047】
[0058]式(5)において、kBは、ボルツマン定数であり、Tは、ケルビン単位の温度であり、ηは、溶媒の粘稠性である。
【0048】
静的光散乱のバックグラウンド:
[0059]静的光散乱(SLS)とDLSとの根本的な違いは、SLSでは、散乱光の、時間で平均した平均二乗濃度の変動が報告されるのに対し、DLSは、粒子のブラウン運動を解析するということである。SLSは、慣性半径(Rg)、重量平均分子量(Mw)、及び第2ビリアル係数(A2)を決定するのに用いることが典型的である。凝集物が、qRg>1で溶液中に存在する場合は、フラクタル次元(df)もまた決定することができる。
【0049】
多重サイズスケールからの相対散乱の分配:
[0060]単分散性の均一溶液を解析する場合は、確率分布関数に、狭いピークが1つ現れる。この単一のピークは、溶液中に1つのRhが存在することを表わす。単一のポリマー溶液について2つのピークが生じる場合、ピークは、溶液中におけるポリマーの個別の鎖及び凝集形態を一般的に表わす。溶液中で多重サイズスケールが生じる場合は、角度1°当たり特定の確率分布について現れる各ピークの重みづけ積分に基づき、各サイズスケールについて、相対強度を決定することができる。相対強度を決定する第1のステップは、式(6)
【数4】
を用いて、各ピークの積分を決定することである。
【0050】
[0061]0からaまでの区間で求められる積分は、急速な減衰速度を表わし、急速モードとして知られている。第2の積分は、緩徐モードと呼ばれ、aからbまでの区間で求められる。急速モードの積分及び緩徐モードの積分を、それぞれ、F1及びF2とする。2つを超えるピークが存在する場合は、積分の限界を調整し、さらなる積分を加えることにより、この式を改変すべきである。各角度についてF1及びF2を決定し、式(7)、(8)、及び(9)
【0051】
I(q)total=I(q)1+I(q)2 (7)
【数5】
を用いて、各角度について収集された静的散乱データI(q)totalに相対的重みを適用することにより、それぞれについての相対散乱強度であるI(q)1、及び凝集物についての相対散乱強度であるI(q)2を決定することができる22。
【0052】
qRg>1のときの形状因子:
[0062]形状因子は、単量体の密度関数に対するフーリエ変換として定義される。この関数は、解析されるポリマー系の形状に対する洞察を得る目的で用いる。デバイの式は、ガウスコイルの形状因子である。
P(q)=2N/(q4Rg4)×[e−q2Rg2−1+q2Rg2] (10)
この式は、2つの限界qRg<1及びqRg>1を適用することにより、さらに簡略化することができる。
qRg<1のとき、P(q)=(1−q2Rg2/3) (11)
qRg>1のとき、P(q)=2/(q2Rg2) (12)
【0053】
[0063]Zimmの条件を満たすには、qRgが1未満でなければならないことは既に述べた。しかし、本明細書で論じる実験では、100nmより大きい慣性半径Rgを有する大型の凝集物の場合、この条件は満たされない。凝集物が100nmより大きい場合、散乱強度は、フラクタル次元、多分散性、及び局所的な単量体密度についての情報を包含する。フラクタル次元dfは、凝集物の形状に対して何らかの洞察をもたらすので、特に所望される。dfについての情報を導くために、相対静的強度データを、式(10)の形状因子P(q)に適合させた。
P(q)=P(0)×[1+2/(3×df)×(qRg)2]−df/2 (13)
[式中、P(q)∝(qRg)−df、qRg>1 (14)]
【0054】
[0064]式(10)は、すべての次元について、P(q)が、デバイの式でqRg>1のときのN/(qRg)dfに比例するという結論に基づき導出した。
【0055】
[0065]式(13)の線形化形であるy=A(1+Bx)[式中、y=I(q)−2/df、A=I(0)−2/df、B=(2Rg2)/(3df)、及びx=q2]を用いて、Rg及びdfの最良適合を数学的に決定した。
【0056】
実施例1:動的光散乱(DLS)によるクリスタリンの特徴づけ
[0066]希釈溶液における水晶体クリスタリンの凝集傾向を解析することにより、凝集の物理的特性を理解することができる。解析される2つのタンパク質は、αクリスタリン及びβLクリスタリンであった。DLSは、23℃の水中の0.2mg/mLのαクリスタリン溶液が、ただ1つのサイズスケールを有することを明らかにした。溶液中には、10nmのRhだけが見出された。サイズ選択を、図1に示す、単一のガウスピーク分布関数へと翻訳した。Rhを10nmとするタンパク質は、拡散係数が2.42e−7cm2/秒であると認められた。逆に、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンに対してDLSを実施したところ、分布関数には、2つのガウスピークが現れた。2つのピークは、急速モード及び緩徐モードを表わす(図2)。急速モードは、溶液中で好ましい個別のポリマー鎖の流体力学半径Rhを示唆する。緩徐モードは、凝集物のRhを表わす。該試料についての急速モードのRhは、20nmであった。緩徐モードのRhは、DLSを用いて正確に決定しうるサイズスケールを超えていた。
【0057】
[0067]βLクリスタリンを水中に入れる場合は、急速モード及び緩徐モードが存在する。しかし、βLクリスタリンを、リン酸緩衝生理食塩液であるPBS中に入れると、多数のモードが存在する。PBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンの分布関数には、4つの異なるモードが存在する。ある大きな角度では、4つのモードが、2つのモードに見えるように重複する。これは、角度によりこれらのピークがシフトする結果である。小さな角度では、図2で見られる通り、4つのピークが完全に分解される。溶液中に見出されうる4つのRh値は、1nm、4nm、97nm、及びDLSの正確な範囲を超えるより大きなスケールサイズである。
【0058】
実施例2:βLクリスタリンのフラクタル次元解析
[0068]βLクリスタリンが形成する凝集物の形状及びサイズを理解するため、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン、及び23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンに対して、フラクタル次元解析を実施した。式(6)〜(9)を用いて、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについて、個別の鎖及び凝集物に起因する相対散乱強度を決定し、次いで、図3にプロットした。
【0059】
[0069]予測される通り、図3は、凝集物に起因して、散乱のバルクが存在することを明らかにする。このデータを用いて、[I(q)/I(0)]×(qRg)2をqRgと対比してグラフ表示することによって創出されるクラツキープロットを構築することにより、式(13)を用いて凝集物のフラクタル次元(df)を決定した。
【0060】
[0070]図4によれば、dfは、約4.4である。Rgは、537nmであると決定されたが、これは、DLSにより決定された値の相関オーダーにある。DLSにより約440nmであると決定されたRh値は、この大きさのサイズスケールを解析するときのDLSの限界のために、正確ではない可能性があることに注意することが重要である。図4のピークにおけるデータ点は、右側に大きくシフトしており、理論値と比較して増幅されている。このシフト及び増幅は、凝集物の多分散性及び凝集物の分枝に起因する可能性が高い。
【0061】
[0071]23℃のPBS溶液中に0.2mg/mLのβLクリスタリンを入れたときには4つのサイズスケールが観察されたが、クラツキープロットにより解析するための基準に適合するピークは1つだけであった。Rh≒1200nmの最大凝集物が、qRg>1の基準を満たす唯一の凝集物であった。4つのサイズスケールの各々に起因する相対強度は、式(6)〜(9)を用いて決定した(図5)。
【0062】
[0072]式(13)を用いて、23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンにおける最大凝集物のdfを、クラツキープロットにより、2.3と決定した。このクラツキープロットに対応するRgは1452nmであり、1200nmのRhのオーダーにある。
【0063】
[0073]図6のデータ点は、dfを2.3とする理論的趨勢腺の近傍に一定の誤差限界を有するようである。誤差は、確率分布関数における4つのピークすべてが必ずしも分解されたとは限らないという事実に起因する可能性が高い。dfに誤差が生じれば、相対分散強度の分配においても誤差が生じる可能性があり、したがって、クラツキープロットにも反映されるのであろう。
【0064】
実施例3:αクリスタリンのシャペロンとしての役割
[0074]前述の通り、αクリスタリンは、凝集を緩和又は阻害するので、水晶体では、シャペロンタンパク質として作用する。αクリスタリン及びそのシャペロン能の、βLクリスタリンに対する影響を決定するため、23℃の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリン溶液、0.6mg/mLのαクリスタリン溶液を調製して、DLSにかけた。DLSが明らかにした分布関数のピークは、1つだけであった(図7)。したがって、シャペロンの添加は、凝集物を除去することが認められた。
【0065】
[0075]βLクリスタリンと3:1の重量比でαクリスタリンを混合したところ、緩徐モードが抑制された。緩徐モードは、帯電したポリマーが、電解質溶液中で凝集する自発的傾向の結果である。このようにして形成される凝集物のサイズ、及び凝集物の脆弱な構造は、静電相互作用の強度及び範囲を決定する実験変数により制御可能である。これらの凝集物は光を散乱するので、このような凝集物の形成を回避することが極めて重要である。緩徐モードの抑制により、αクリスタリンとβLクリスタリンとの相互作用の性質についての問題が提示された。αクリスタリンがβLクリスタリンの凝集を調整する能力のために、凝集自体の性質が静電作用によるものである可能性がある。
【0066】
実施例4:βLクリスタリンの凝集における静電作用の役割
[0076]クリスタリンの凝集の性質が静電作用によるものであるかどうかを決定するため、0.15MのNaCl水溶液中の0.2mg/mLのβLクリスタリンに対して、動的光散乱を実施した(図8)。
【0067】
[0077]急速モードは、塩により大きく影響されなかったが、緩徐モードは大幅に変化した。塩の添加により、凝集物のRhが230nmから120nmへと減少した。NaClの添加により、凝集物のRhが2分の1に低減されたことは、βLクリスタリンの凝集の性質が静電作用によるものであることを示す。
【0068】
実施例5:溶液におけるβLクリスタリンの速度論的趨勢
[0078]凝集の動態は、濃度に依存する。2mg/mLのストック液を0.2mg/mLへと希釈することにより、各試料を調製した。したがって、各濃度のそれぞれにおいてかかった時間を記述する変数を定義することが重要であった。βLクリスタリンの速度論的傾向を記述するのに用いた2つの変数は、tストック及びt試験管であった。tストックとは、ストック液を創出してから希釈するまでに経過した時間を指す。t試験管とは、ストック液を希釈することによりDLS用試験管中の試料を作製してから経過した時間である。まず、水中のβLクリスタリンの速度論的結果について論じ、次いで、PBS中のβLクリスタリンの結果について再検討する。
【0069】
[0079]tストック値を5時間及び214時間とし、室温の水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンを有する試料に対してDLSを実施した。保管寿命及び混合に関して短時間及び長時間を表わすように、これらのtストック値を選択した。t試験管時間を1、4、7、24、及び214時間として、各試料に対してDLSを実施した。tストックを変化させることの影響は、急速モード及び緩徐モードのいずれに対しても顕著であることが判明した(図9)。
【0070】
[0080]tストックを5時間とする系では、平衡が即時的に達成されなかったので、水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンとしたときの凝集の動態は濃度依存的である。室温における0.2mg/mLのβLクリスタリン溶液は、tストックを5時間とし、t試験管を100時間としたときに、安定状態を達成した。凝集物の流体力学半径もまた、tストック時間を214時間として調べた各t試験管値において平衡に達したことが判明した。急速モード及び緩徐モードの平衡Rh値は、それぞれ、7nm及び210nmであった。
【0071】
[0081]10倍濃度のリン酸緩衝生理食塩液(PBS)(Fisher Scientific)中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについての速度論的特質を、図10に示す。DLSを用いたところ、室温の緩衝液中に、βLクリスタリン凝集物の4つの異なるサイズ分布が観察された。ここでもまた、5時間及び214時間のtストック値を用いた。t試験管値を1、4、7、24、及び214時間とし、DLSを用いて、試料を解析した。図10によれば、流体力学半径は、濃度に依存せずに一定を維持した。したがって、PBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンによる凝集状態は、測定した時間スケールでは速度論的プロセスと認められなかった。
【0072】
実施例6:βLクリスタリンに対するpHの変動の影響
[0082]機能的な眼においては、pHの変化が、クリスタリンの凝集状態に影響を及ぼしうる。本節では、水晶体におけるβLクリスタリンの凝集に対するpHの役割について探索する。HCl及びNaOHによる滴定を介して、pHを調整した。23℃で、2、4.8、6、7、8、及び10のpH値について検討した(表1)。
【表1】
【0073】
[0083]生理学的pH以外のすべてのpH値では、動的光散乱において、急速モード及び緩徐モードが存在する。各モードは、散乱実体の特定のサイズを表わす。急速モードは、非凝集分子を表わし、緩徐モードは、凝集構造を表わす。最も酸性(pH=2)の条件下及び最も塩基性(pH=10)の条件下では、最大サイズのスケールがデータにおいて優勢であったが、第2のサイズのスケールも明らかに存在した。第2のサイズのスケールも存在するという結論は、確率分布関数における2つのピークに対する相対積分に基づいて導出した(図11)。集合したタンパク質凝集物のサイズ及び凝集傾向は、明らかにpHに依存することから、静電作用の役割が裏付けられる。
【0074】
[0084]異なる溶液におけるクリスタリンの性質、及び静電作用の役割についての知見を考慮して、本明細書では、白内障において見出される凝集を引き起こすと以前考えられていた分子間ジスルフィド結合が、分子内ジスルフィド結合であることを提起する。図12は、提起されるモデルを例示するものである。
【0075】
実施例7:SDS及びプロテオグリカンはβLクリスタリンを脱凝集化しない
[0085]実施例4と同様に、非イオン性界面活性剤であるSDS、ドデシル硫酸ナトリウム(Sigma Aldrichから購入した)の、βLクリスタリンの脱凝集化に対する効果を調べた。SDSのCMCは2.36mg/mlであるので、SDS濃度を2.36mg/ml未満に維持した。図13に示す通り、SDSは、βLクリスタリンの脱集合を刺激しなかった。
【0076】
[0086]プロテオグリカンは、硫酸ケラチン、硫酸コンドロイチン、及びヒアルロン酸からなる。表2に示す通り、プロテオグリカンをβLクリスタリンに添加したところ、凝集サイズが増大した。
【表2】
【0077】
実施例8:βLクリスタリンの凝集サイズに対するpHの影響
[0087]βLクリスタリンの凝集現象を、白内障形成に関与する凝集の物理的特質を理解するためのモデルとして用いた。系の初期解析は、αクリスタリンが、溶液中で1つの流体力学半径Rhを表わす、1分布ピーク系を形成することを示した。βLクリスタリンは、水中では急速モード及び緩徐モードをもたらし、PBS中では4つのサイズスケールをもたらした。急速モードは、単離分子に対応し、緩徐モードは、凝集物に対応する。散乱強度を、フラクタル物体についての形状因子と適合させることにより、水中の最大凝集物及びPBS中の最大凝集物の両方について、フラクタル次元を調べた。次いで、αクリスタリンとβLクリスタリンとの相互作用、又はより具体的には、αクリスタリンのシャペロンとしての性質について調べた。βLクリスタリン溶液に添加すると、αクリスタリンは、βLクリスタリンの集合を低減することが裏付けられた。次いで、αクリスタリンではなく、0.15MのNaClを用いることにより、凝集物の低減効果を観察した。この実験は、βLクリスタリンの集合の性質が、静電作用によるものであることを裏付けた。
【0078】
[0088]2週間にわたり、散乱強度及び時間の関数として散乱強度の相関をモニタリングすることにより、23℃の水及びPBSの両方において、凝集の速度論的特質を調べた。水中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについてのRh値は、平衡に達するのに約2週間を必要とした。したがって、これらの溶液についての平衡は、実験に影響を及ぼす時間スケールにおいて達成されることが決定された。PBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリンについてのRh値は、数分間で平衡に達した。
【0079】
[0089]23℃のPBS中の0.2mg/mLのβLクリスタリン溶液について、pHを調整した。生物学的条件は、広範な範囲のRh値が溶液中に存在する結果をもたらした。しかし、pHを酸性(4.8)のレジーム又は塩基性(8〜10)のレジームへと変化させたところ、溶液では1つの凝集物サイズスケールが優勢となった。論じた一連の実験、すなわち、βLクリスタリン及びαクリスタリンの組成、PBS緩衝液対水、pH、温度、SDSの存在、及び塩濃度の変化は、環境の変化がβLクリスタリンの凝集に対して大きな影響を及ぼしうることを裏付けた。
【0080】
[0090]βLクリスタリンの集合において静電作用が果たすことが決定された顕著な役割のために、白内障の凝集機構自体においてもまた実際に、静電作用が優勢であることが本明細書で示唆される。したがって、本発明者らによる結果は、静電力に慎重に干渉することにより、βLクリスタリンの凝集の原因となる力、及び白内障の発症を緩和する戦略をもたらす。
【0081】
[0091]イオン性液体は、凝集しつつある単量体の静電相互関係を切断するための2つの要件を満たす。イオン性液体の化学的構造は、疎水性部分とイオン性部分との複合体である。イオン性部分は、タンパク質単量体間の静電相互作用を調整する。同時に、これらの低分子イオンは、それらの疎水性テールをアンカリングすることにより、タンパク質分子の近傍に配置される。加えて、低分子イオンのテール長は短いために、低分子イオンが、油水溶液中のようにタンパク質から相分離することは阻止される。
【0082】
[0092]「1つの(a)」及び「1つの(an)」という用語は、量の限定を示すのではなく、指示された項目のうちの少なくとも1つの存在を示す。「又は」という用語は、「及び/又は」を意味する。「含む」、「有する」、「包含する」、及び「含有する」という用語は、オープンエンドの用語(すなわち、「〜が含まれるがこれらに限定されない」を意味する)と解釈されるべきである。
【0083】
[0093]本明細書では、本発明者らに知られる最良の形態を含めた実施形態が説明されている。前出の説明を読めば、当業者には、このような実施形態の変形形態が明らかであろう。当業者は、必要に応じてこのような変形形態を用いることが予期され、開示された方法は、本明細書で具体的に説明されたものとは別の形で実施されることが予期される。したがって、本明細書に添付の特許請求の範囲で列挙される対象物に対するすべての改変物及び同等物が、関連法規により許容される範囲内で包含される。さらに、本明細書で別段に指示されるか、又は文脈により別段に明確に反証されない限り、すべての可能な変形形態における、上記で説明した要素の任意の組合せを包含する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼における白内障形成の進行を阻害する又は後退させる方法であって、
前記眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、白内障を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む方法。
【請求項2】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、有機塩、無機塩、イオン性液体、pH9〜5の溶液、又はこれらの組合せを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有する有機塩を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有するイオン性液体を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、pH9〜5の溶液である、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つの眼科的に許容可能なビヒクルを含む眼科用組成物の形態である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記眼科用組成物が、点眼液である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記眼科用組成物が、眼科用デバイスである、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
眼科用デバイスが、コンタクトレンズ、眼内レンズ、又は涙点プラグである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
眼における老眼の進行を阻害する又は後退させる方法であって、
前記眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、老眼を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む方法。
【請求項11】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、有機塩、無機塩、イオン性液体、pH9〜5の溶液、又はこれらの組合せを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、pH9〜5の溶液である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有する有機塩を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有するイオン性液体を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つの眼科的に許容可能なビヒクルを含む眼科用組成物の形態である、請求項10に記載の方法。
【請求項16】
前記眼科用組成物が、点眼液である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記眼科用組成物が、眼科用デバイスである、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
眼科用デバイスが、コンタクトレンズ、眼内レンズ、又は涙点プラグである、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
眼における加齢による水晶体変性の進行を阻害する又は後退させる方法であって、前記眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、変性を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む方法。
【請求項1】
眼における白内障形成の進行を阻害する又は後退させる方法であって、
前記眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、白内障を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む方法。
【請求項2】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、有機塩、無機塩、イオン性液体、pH9〜5の溶液、又はこれらの組合せを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有する有機塩を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有するイオン性液体を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、pH9〜5の溶液である、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つの眼科的に許容可能なビヒクルを含む眼科用組成物の形態である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記眼科用組成物が、点眼液である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記眼科用組成物が、眼科用デバイスである、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
眼科用デバイスが、コンタクトレンズ、眼内レンズ、又は涙点プラグである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
眼における老眼の進行を阻害する又は後退させる方法であって、
前記眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、老眼を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む方法。
【請求項11】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、有機塩、無機塩、イオン性液体、pH9〜5の溶液、又はこれらの組合せを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、pH9〜5の溶液である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有する有機塩を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、カチオン及びアニオンを含有するイオン性液体を含み、前記カチオン及びアニオンがそれぞれ独立して、炭素原子4〜15個の長さの脂肪族部分を有する脂肪族基である、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
βLクリスタリン静電相互作用阻害剤が、少なくとも1つの眼科的に許容可能なビヒクルを含む眼科用組成物の形態である、請求項10に記載の方法。
【請求項16】
前記眼科用組成物が、点眼液である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記眼科用組成物が、眼科用デバイスである、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
眼科用デバイスが、コンタクトレンズ、眼内レンズ、又は涙点プラグである、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
眼における加齢による水晶体変性の進行を阻害する又は後退させる方法であって、前記眼を、ポリペプチドではない少なくとも1つのβLクリスタリン静電相互作用阻害剤を含む、変性を阻害するのに有効な量の眼科用組成物と接触させるステップを含む方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8(A)】
【図8(B)】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8(A)】
【図8(B)】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公表番号】特表2013−513622(P2013−513622A)
【公表日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−543328(P2012−543328)
【出願日】平成22年12月13日(2010.12.13)
【国際出願番号】PCT/US2010/060044
【国際公開番号】WO2011/075430
【国際公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(507088266)ユニバーシティ オブ マサチューセッツ (4)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月13日(2010.12.13)
【国際出願番号】PCT/US2010/060044
【国際公開番号】WO2011/075430
【国際公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(507088266)ユニバーシティ オブ マサチューセッツ (4)
【Fターム(参考)】
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